いつも、ちょっとだけ人より出来が良かった。
足が遅いのとアトピー以外で人にコンプレックスを抱いたことはなかった。
幼い頃の写真を見ると、親からめちゃくちゃ愛された子供に見える。物心つかない頃から遊園地や旅行や、色んなところに連れて行ってもらっていたようだ。高校生までは毎年夏にはキャンプや父方の実家の九州に連れて行ってもらってた。
家はそこそこ裕福寄りで、持ち家もあるし、相続予定の土地もあるし、奨学金もなしに大学も出た。
それでも父が嫌いだ。尊敬出来ない。
理不尽で気まぐれで、常に顔色を伺ってご機嫌を取らないとすぐ怒鳴る。
子供の頃は「こんなに怒られると言うことは自分が悪いのだろう」と思っていたが、13歳を越える頃には「いや、こいつの言ってることが無茶苦茶なだけだ」と思うようになってた。
父と仲がいいと思ったことは一瞬たりともない。父に本音を話したことは一度もない。介護をしたくない。葬式を出したくない。
気まぐれで「受験料は自分が認めた一校分しか出さない」などと言い出したり。
お前は馬鹿だ馬鹿だと罵るくせに親戚に私の偏差値を自慢したり。
アトピーでいじめられストレス性の胃腸炎を患い、結果的に不登校になった私を、三和土に引きずり出して「明日から学校に行くから許してください」と言うまでビンタしたり。
それを全部忘れて「お前はいじめられても頑張って学校に行ってた。えらかったな」と言ったり。
父なりに私を愛してはいるのだと思う。
ある犯罪被害に遭った結果、通常の社会人生活は送れなくなった私のために、父は独立して会社を作った。日常ルーティンさえしていればそうそう食いっぱぐれない会社だ。
何の興味もない仕事である。でも私のために作られた会社なのだから、私が継がねばならない。
幸い、人よりちょっと出来がいいのは継続していて、根幹業務も総務もIT関連も、ほぼ全部自分が取り仕切っている。
会社に入って10年。「そろそろお前がこの会社のことを考えておけ」と言われた。
じゃあ、言わせてもらおう。
この会社が建った後、近くに鉄道の駅が出来ることになり、地価は年間15%上がり続けている。そしてこの仕事は八割リモートでこなせる仕事だ。出来ればこの会社兼実家を潰しビルに建て替えたい。一時的に現金は無くなるが10年で投資額は回収出来るし、両親の老後資金は確保出来る。建物を相続するにしても、ローンが残った状態の方が有難い。
そして、私が別の場所にマンションなりを購入し、その中の一室を事務所に割り当て、基本はリモートワークにしたい。現状、主力社員は無駄に遠距離から通勤しており、彼の家の近くか中間地点にオフィスを移したい。
ともかく、今の家は売るか建て直したい。
と言うか、実家の離れを改装した私の住処がひたすら不便なのだ。部屋数は多いし広さも十分あるのに水回りがクソ過ぎる。台所にはガスもなく、冷蔵庫は廊下にあって、何故かワンルーム用ユニットバスがついていて、洗濯機置き場がない。洗濯は、毎回実家まで持って行っている。
(※ちなみにこの改装は、全て父が勝手に執り行った。さらに言えば、最初は台所どころか風呂トイレもなく、「外階段を使って実家までくればいい」と言っていた。ふざけんな。慢性胃腸炎で週に三日は下痢してるって言ってるだろうが。)
10年、この環境でやってきたのだから、自分の好きなように建て替えるくらい許されるだろう。
そう言ったら目を白黒させていた。どうやら彼は、私がこの家を大層気に入ってると思っていたらしい。
言ったのに聞き届けなかったんじゃないか。「せめてトイレだけはつけてくれ」と言った次の日に、勝手にユニットバスを発注していたのだ。
「そんなことは考えていなかった」「今のは聞かなかったことにする」
考えろと言ったのはそちらだ。
「リモートワークと言ってもこの情勢が続くとも思えない。まだお前の考える時ではない」
なるほど。じゃあ、私はこの件については放棄する。勝手にしてくれ。
「そうは言っていない」
考えるなと言ったのはそちらだ。
「考えなくていいとは言っていない」
何がしたいんだ、お前は。
久しぶりに大声で喧嘩した。
彼はそう言う人間だ。私のために金や労力は使うが、それに対して私が100%望み通りの反応をしないと否定してくる。
「パソコンが動かないから見てくれ」と言われて、彼の想定外の解決法を提案すると拒否する。そう言うタイプの人間だ。
自分にしか興味ないのだ。だから、不登校の私を殴ったし、泣きながら学校に行った私は、彼の中で「父の叱責を受け止め、強くなった我が子」に改変されてたのだ。
いつもはストッパー役になる母もいない状況で、私と父は延々とヒートアップしていく。
双方、無駄に頭が回り口が立つので、口喧嘩に決着がつかない。親子なせいか、論理の組み立て方も似ている。
ずっとずっと言いたかったことを言ってしまいたかった。勢い任せで言ってしまいたかった。
「そんなに気に食わないなら、実家の玄関で首吊ってやってもいいんだぞ!!! どうせ死のうとしたのは二度や三度じゃないんだからな!!!」
言いたくはなかった。自殺未遂に取り乱した父と母の顔はよく覚えてる。家を二回も買い替え、それぞれ多額のリフォームを行い、私が死ぬまで家に引きこもって過ごせるようにしたのは、間違いなく「我が子に死んでほしくない」という親の愛だ。
知ったことじゃない。
そんなもんはどうでもいい。
お前らの身勝手な押し付けなんかどうでもいい。そんなもんはいらない。この世界から逃げたかった。
でもお前らが死んでくれるなと何度も言うから、そのためにいくら金を積んでも惜しくないと言うから、
「じゃあ、仕方ないから、親の金が無くなるまで生きててやろうかな」と思っているだけなのだ。
父はすんっと黙り込み、罵り合いは終わった。
やっぱ抑圧して無理やりいうこと聞かせるのはダメだな 不登校のニートになろうがすねかじりの根性なしになろうが恨まれて毒親扱いされるよりマシ 子供には十分な選択肢と適度な自由...