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2023-03-26

母の死を願う親不孝者

私の母親は、昨今話題の旧統一教会信者だ。

遡れば、アラフォーの私が小学生の頃から信者だ。

ちょうど、桜田淳子合同結婚式などで世間を騒がせたあとくらいで、たぶん霊感商法とかもまっさかりの頃だ。

ちなみに、私は信者ではない。

父も、弟も、他の家族親族もみんな信者ではない。母だけだ。

私は中学生くらいのころにビデオセンターに連れていかれたが、幸か不幸か中二病わずらっており、「自分こそが神」だと信じ込んでいた。

そんな私には、ビデオの内容は全く響かなく、母親は私を信者にするのをあきらめたらしい。

とりあえず、表面上は。

しかし、毎日毎日、お風呂の時に風呂場で私の名前と「伝道できますように」を連呼する。

センターに連れて行って積極的勧誘することはあきらめたけれど、心の底では私も信者になることを願っているのだ。

実家の壁は薄い。

声は丸聞こえである

その声を聞くたびに、とても気持ち悪く、気分が最悪になって病みそうになる。

母のせいで、家庭はめちゃくちゃだ。

統一教会は、今の名称世界平和統一家庭連合や、世界平和女性連合という。

人の家庭を壊しておいて、何が世界平和だ、真の家庭だ、真の父母様だ。

あんたの父母は田舎のじいちゃんばあちゃんだ。

母は、貯金家計お金献金つくし、弟の奨学金にまで手を付けて、

私にクレジットカードキャッシングをさせようとし、父にばれ夫婦げんかになり、離婚騒動になった。

結局、世間体もあり離婚はしていないが、夫婦仲は冷めきっている仮面夫婦だ。

いっそ離婚してくれたら…と何度思ったことか。

私は、母を宗教から引き戻そうと、何度も考えた。

心理学も学んだ。

でも、洗脳がそんな簡単にとけることはなかった。

毎日毎日、私のフルネームを言われて、悪魔のような伝道できますように、の唱和。

私が家を出ても、続くのだろう。

私が旧統一教会信者になることは、天地がひっくり返ってもないが、日本には言霊という概念もある。

ありえないと思っても、このままでは精神崩壊しそうだ。

幸い、私は昨年結婚した。

(当然、合同結婚式ではない。宗教関係ない夫である。)

もうすぐ、家も離れる。

でも、母は直らない。

いっそ、死んでほしい。

と思ってしまう。

親不孝者なことは承知の上だ。

育ててくれた恩はある。

信者でない部分の母は好きだ。

でも、20年来の信者である母には、宗教ももうきっと母の一部なのだ

一番いいのは、宗教を辞めてくれることだけど。

そんなのは無理なので。

母の死を願ってしまう。

それが一番、簡単から

親不孝者の雑記でした。

2023-03-18

anond:20230318052047

ツッコむ気が失せるくらいすべてが根本から間違っている

言葉に関心があり、ある程度の作文も出来るのに、なぜ辞書を引けないのか?なぜググれないのか?

辞書を引けない・ググれないのなら、それこそChatGPTGPT-4、GPT-3.5)に要約して貰う・何かを教えて貰ってはどうか?

あれは質問に正確に答えるチャットではなくて 自然な会話を提供するアプリやぞ この認識素でなさそうな人多くて震えるって何度も突っ込んできたが、増田レベルなら確実に役立つぞ

AIの意味を辞書で引いてもろて って何度も突っ込んできたが、ChatGPTGPT-4、GPT-3.5)にAI意味を教えて貰え

 

いま思っていることは、

まず、さっきも書いた通り元増田知的障害がありそうな印象は受けない

ツッコむ気が失せるくらいすべてが根本から間違っているが、わかりやすい読みやすい文を書いている

次に学習障害があるかどうかはこのやり取りだけではよくわからない

最後発達障害ほかメンタル系の偏りによる、極端な知識の偏りと不可思議コミュニケーション、これは確実にあると感じてる

たぶんいまの増田状態は『知能(思考)とは言霊(言語)』がやりたくてAI特に興味ないんだなと思っているところだよ

そう言うときは興味ないAIには触れず、『知能(思考)とは言霊(言語)』だけやればいいと思うよ

スピな増田意外といるので何度か投稿してれば反応つくと思うよ

2023-02-03

鬼はコーヒーを飲めるのだろうか

節分は煎った豆で邪気を祓う行事だが……

「魔滅」の語呂合わせとして豆の言霊に込められた霊力で鬼を祓う、という仕組みなのだろう

コーヒー豆には言霊として豆を含むので鬼は苦手とするが、飲み物としてのコーヒーにまでなってしまうと鬼に効果が無いのではないだろうか

あるいは、アツアツのコーヒーを鬼に浴びせたら鬼に効くかもしれない

対照実験をやってみたい

煎っていない大豆、煎った大豆豆乳納豆豆腐醤油、煎っていないコーヒー豆、煎ったコーヒー豆、コーヒーコーヒー牛乳

どれが一番鬼を祓う力があるか

豆乳効果が認められたら、豆乳を水で希釈したもの効果を調べたい

豆乳の何倍希釈でそれぞれどのくらいの効果があるかを調べれば定量的判断が出来るだろう

鬼を祓う力をどうやって調べるんだよ(マジレス

はい

はいじゃないが

2023-01-03

anond:20230103030126

ちんこたれなんて言葉を使ってたらいざという時ちんこが勃たなくなります

もし本当に増田さんがモテないのであれば、ベッドインという一世一代のチャンスをそのせいで棒に振ることになるかもしれませんよ

まぁちんこたれてるので棒というのもおかしいですが

言葉言霊です

気をつけましょう

2022-12-11

anond:20221211082333

そういえば艦船命名とか21世紀だけど言霊的に土地の霊みたいな力を借りようとしているところがあって面白い。さすがにスサノオとかヤマトタケルとかアマテラスヒミコみたいな人間あんまり出てこないけど。一方で米軍空母ロナルドレーガンとかアイゼンハワーとかニミッツとか強そうな人名がつくところが面白い

2022-12-08

anond:20221208083930

昔、言葉呪文だった

発した言葉には言霊が宿ると考えられていたのだ

短歌は魔術の極みだったし、「平安時代までは短歌を詠むのが政治だった」も「言の葉に想いを載せやすい形で発することが政(まつりごと)」と読み替えると納得できたりする

……ほら、これが言霊

たとい日本語の語彙の意味は放散はしても、ある時不意に本来の力を甦らせる

それでいいじゃない。平安の世ではなく今は令和なんだし

2022-11-28

anond:20221128183800

言及することに価値があるんだからしょうがない

ようは言霊を信じてるやつらなんだから

女は家宝婚であってほしい、そういう現実であってほしい。そうでないならそういう現実にするまでだってやつらなんでしょ。

2022-11-10

anond:20221110141340

統一問題起死回生マウント案件なんだから何がなんでも支持率は下がっていないといけない

願えばきっと叶う、引き寄せの法則言霊などありとあらゆる手法自民党崩壊を狙っている

2022-11-03

言霊の力で、何とか、可愛らしいビール腹のおじさんと結婚させてくれませんかねぇ。

2022-10-28

anond:20221027094739

平成30年5月31日 箱根町長及び町議会議長等による表敬 | 平成30年 | 総理の一日 | ニュース | 首相官邸ホームページ

ブコメにも貼ったけど、半分食った時点でジョークとして「3.5年伸びたね」って言ってるだけで全部食べてないわけではない

全部食った上で7年生きてないので、黒玉子誇大広告問題か、あるいは安倍さんの軽口が言霊として作用しただけだよね

2022-10-23

鬼滅の刃嗅覚人間の本性その他の話(1)

 世間流行の移り変わりとは無関係に、私は度々『鬼滅の刃』の原作単行本を読み返しているのだが、またも同作を読んでいる。

 ここ最近の読み返す切っ掛けの一つとなったのは、例によって金関丈夫の『木馬と石牛』である。何度目だ。

 ひとまず最初に紹介しておく金関丈夫論文は「わきくさ物語」と題する一篇である

 これは、腋臭(わきが、えきしゅう)や体臭肯定的に捉えるか否定的に捉えるか、その相違について、人類学的な統計データに基づいて西欧人と東アジア人の腋臭体質の多寡(出現頻度)を比較するとともに、東西文学作品や文献に於ける腋臭体臭に関する記述比較したという内容である。今さら気づいたが、論文題名は『若草物語』のパロディである

 金関丈夫の論旨を大雑把にまとめて紹介すれば、次のようなものである。「人類学的に見て、西欧人の集団では腋臭体質の人の出現頻度が高く、日本中国などの東アジア人の集団では出現頻度が低い。それに呼応するかのように西欧では、身体臭い肯定的に捉えて讃美する詩や文学作品が見出される。それとは対照的日本中国では、身体臭いを讃美する文学作品記述は見られない。ひどい体臭の人が周囲から疎んじられるといった、否定的記述内容は見出される。日本文学においては、田山花袋の『蒲団』など西洋文学の影響を受けた近代の少数例を除けば、体臭文学存在しなかったのではないか」云々。これも今さら気づいたが『大衆文学』の駄洒落である

 それはともかく、かのナポレオン愛人に宛てて「近々戦場から戻るから風呂に入らずに待っているように」と手紙を書いたという有名な挿話を知っていると、金関丈夫の主張にも頷けるところがある。

 しかし、体臭文学に関して言えば、確かに金関丈夫の言うとおり国文学の中では劣勢なのかもしれないが、嗅覚のものは、時代の変遷や題材の違いによる差異はあれども、国文学においても大なり小なり着目したり描かれたりしてきたのではないかと思う。源氏香(※)のような遊びが生まれたぐらいなのだから香り匂いを味わうことの悦びを昔の日本人も持ち合わせていなかったわけではないだろう。それにまた、腋臭のような刺激的な匂いに対する肯定的記述が見られないからといって、体臭のものに対する愛好癖が日本人の間に存在しなかったとまでは断言できまい。好ましくない体臭に対する認識があったのならば、好ましい体臭に対する認識があってもおかしくはない。したがって、いま少し詳細な再検討必要ではなかろうかと思われる。[※注:源氏香は、室町末期以降の遊びであるが、源氏物語各巻の見出し源氏香の記号が付記されるようになったのは明治以後のことらしい。また、その記号は、組合数学テキストで例として挙げられることもある。]

 とまあ、こういった具合に「わきくさ物語」を読み直したことが切っ掛けで、嗅覚について色々と思いを巡らせていたところ、竈門炭治郎のことも連想して『鬼滅の刃』を再読し始めたという次第である

 ところで、上に述べたとおり、私は金関丈夫の主張に対しては批判的な考えを抱いているわけだが、そのような批判的思考は私の独創ではない。以前に読んだ本の記憶から「はて、国文学でも、それなりに嗅覚重要視されていたはずではなかったか?」と思ったので、金関説にも疑問を抱いただけなのである

 さらに、その時に本で読んだ内容には『鬼滅の刃』を妙に連想させる記述も含まれていたと記憶していた。そこで本棚を漁ってみたところ、それらしきものを再発見した。次に、それを紹介しようと思う。

 『鬼滅の刃』の主人公たちである竈門炭治郎、我妻善逸、嘴平伊之助の三人が持つ優れた感覚は、それぞれ、炭治郎=嗅覚、善逸=聴覚、伊之助=肌感覚(触覚)である。炭治郎や善逸は、相手人間か鬼か、人間であれば善人か否かを、これらの感覚によって看破できることは、漫画を読んだりアニメを観たりした人ならばよくご存知のことと思う。

 この三感覚と同じ取り合わせを、私が目にしたのは、小松和彦の著書『神々の精神史』(講談社学術文庫)に収録されている「屍愛譚(しあいたん)をめぐって 伊弉諾(いざなぎ)・伊弉冉(いざなみ)二神の冥界譚を中心に」と題する論文の中であった。

 まず、私が『鬼滅の刃』を連想させるもの記憶していた箇所を、少し長くなるが同論文から引用しておこう。

 「男と女の愛の語らいは、昔から夜中に行なうのが一般的であった。言い換えれば、愛とは、第一次的に視覚依存するものではなく、香り(嗅覚)や声・物音(聴覚)あるいは肌触り(触覚)のなかからかに創り出されるイメージの、想像力による夢幻世界における営みであった。そして、日本女性美の一つは、この視覚的な隔離から発生しているともいえよう。『堤中納言物語』の「虫愛づる姫君」のなかに「鬼と女とは人に見えぬぞよき」とあるが、この言葉が苦しまぎれに吐かれた言葉にせよ、実に見事に女の美のあり方を、愛のあり方を示唆している。」

 奇しくも、小松論文の中で三つの感覚が挙げられる順序は『鬼滅の刃』の物語主人公たちが登場する順序と一致している。果たして吾峠呼世晴は、小松和彦論文著作を読んでいたのかどうか。真実は分からないが、そういった想像をしてみるのは楽しいことである

 さて、小松和彦論文は、国文学などにおいて見られる、妻・夫・愛人などに先立たれた人が、パートナーの亡骸を屍姦したり冥界を訪れるという物語記述について論じたものである。その中でも題名のとおり特に、亡くなった妻のイザナミ恋しさに黄泉の国を訪れたイザナギ物語、そこで語られる覗き見の禁忌、その侵犯について考察している。

 死して黄泉の国の住人となってしまったイザナミは、自分を現世に連れ戻すために訪れた夫イザナギに対して「それでは、現世に戻れるのかどうか、殿内に入って黄泉の神と協議します。私を待つ間、決して中を覗かないようにして下さい」と言い残して黄泉殿内に籠もる。しかし、妻と黄泉国神との協議が終わるのを待てなかったイザナギ禁忌を犯し、黄泉の国におけるイザナミの変わり果てた姿(肉体が腐敗して蛇に集られている有り様)を覗き見てしまったがために、彼女は現世に戻ることが不可能となり、二人は別れざるを得なくなる。

 この禁忌を犯す場面において、イザナギは彼の御髻(みみずら)に挿していた湯津爪櫛(ゆつつまぐし)を抜いて、それに火を灯してから黄泉の国の殿内を覗き見るという筋書きになっている。この灯火を焚く必要があったということは、つまり黄泉の国でイザナギイザナミが語り合ったのは、闇の中であったことを示している(そうでなければ、黄泉の国で最初に再会した時点で、イザナミの肉体的変貌にイザナギは気づいていたはずである)。ここには、現世でも黄泉の国でも何ら変わることのない「男女の愛の営みや語らい(ピロウトーク)は暗闇の中でこそ行われる」という形式がある。

 小松和彦論文でも指摘されていることであるが、日本イザナギイザナミの冥界譚やその他の屍姦譚・屍愛譚には、中国大陸の物語から影響を受けた節が窺える。小松論文でも紹介されているが中国東晋時代書物『搜神記』における屍姦譚の一例として、次のような話がある。

 美しい女性結婚した男が、妻から「私は普通人間ではないので、結婚してから三年経過するまでは、夜、明かりで私の姿を照らさないで下さい」と言い渡され、それを守りながら夫婦生活を送り、二人は子まで設けた。しかし、どうしても夫は我慢が出来ず、ある夜、明かりで照らして妻の姿を見てしまった。彼が目にした妻の姿は、腰から上が普通人間女性で、腰から下は干からびた白骨というものであった。妻は「私は死者であるが、あなたが、あと一年だけ我慢して私の今の姿を見ないでいてくれたならば、完全に蘇生することが出来たのに。しかし、あなたが禁を破ったがために、最早それは叶わなくなった」と言い残し、形見として袍(うわぎ)の端布と二人の間に生まれた子を残して、男の元を去ってしまった。その端布を持って嘆き暮す男のことは、スイ陽王(スイは目偏にオオトリ旁)の知るところになり、袍の端布が王の若くして亡くなった娘姫のものと同じであったこから、娘姫の葬られた墓を暴いたとの嫌疑で男は取り調べられることになった。男が語った事の経緯を信じられない王と家来が、娘姫の墓を検分したところ、墓暴きに遭った形跡も認められず、念のために墓内に入って棺も確かめると、袍の裾が棺の蓋の隙間からはみ出ていた。それを見て「さては、本当に墓を抜け出して夫婦生活を送っていたのか」と、王も家来も信じるようになったとの由。この生者の夫と幽霊の妻も、彼らの愛の営みを、妻の申し渡した禁忌を犯さないように、明かりの無い暗闇で行なっていたことは確実である

 イザナギイザナミ冥界譚と『搜神記』における人間・死者婚姻譚との間に共通するのは、妻の本当の姿を見ることの禁忌、それを夫が犯したために妻の蘇生が叶わないという点である

 特に前者の覗き見の禁忌について、小松和彦考察し、その本質は「女性が『ありのままの姿』を公に晒すのは好ましくないという、昔日の社会における男女観・価値観倫理観の反映」であり「女性の本性を覗き見ることについての禁忌」だったのではないか推理している。それを裏付けるかのように、生者であるパートナーに対して自分の本当の姿を見ないように要求する死者の話は、圧倒的に女性要求する側であることが多いのである。また、禁忌を犯した夫イザナギに対するイザナミの怒りの言葉は「吾に辱(はぢ)見せつ」(私に恥を晒させた!)というものであるさらに、類似物語として、豊玉姫(トヨタマヒメ)が出産の時、産屋に籠もり、それを彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)が覗き見ると、豊玉姫の正体はワニ(サメ)の姿であったという話もまた、女性の本性を見る禁忌の事例として挙げられる。

 死者にしろ生者にしろ、隠れている女性の姿を覗き見る男の性向というのは、時代を下っても変わらない。例えば『伊勢物語』の「むかしおとこうゐかうふりして」という出だしで有名な最初の一篇でも、田舎には不釣り合いな雅やかな女性が里に暮らしていることを知った主人公(在原業平)は、垣根の破れた所から彼女たちの姿を覗き見る。ずっと時代を下った現代においても、男性向けアダルトコンテンツは、視覚表現重要性を持つことは周知の事実である。このように、イザナギ在原業平の昔から変わることなく、男性は「視覚的な欲求」を満たすことを強く好むと言って間違いない。

 ところで、この「屍愛譚―」論文を再読し、期せずして気づいたのであるが、論文の著者である小松和彦の行なう考察もまた(覗き見の禁忌を論じて考察する必要から、当然のことではあるとはいえ)、やはり「視覚範疇」に留まっている。これもまた、視覚を重視する男の性向の顕れと言えるかもしれない。しかも、上に引用した箇所で「夜の闇の中での男女の愛の営みや語らいにおいては、嗅覚聴覚・触覚が重要である」といったことを述べているのにも関わらず、同論文は、それらの三感覚重要な働きを示している国文学上の具体例を、特に挙げてはいないのである。あるいは、国文学に詳しい人たちからすれば周知の事実なので、態々挙げる必要がないとして言わなかっただけのことなのだろうか?

 とりあえず、男女の機微の話は後回しにして、ひとまず、妖怪識別する手段としてのこれら三つの感覚について、話を進めることにする。

 聴覚妖怪識別に用いる事例は、比較的容易に見出される。例えば、誰そ彼(たそかれ)時・彼は誰(かはたれ)時・夜のように、人間なのか物の怪なのかを視覚的に区別をつけ難い時、相手妖怪が発する声によって正体を見抜くという事例は幾つも見つけられる。カワウソなどの物の怪は、人間から「誰じゃ?」と問いかけられると「俺じゃ」と言えず「おねじゃ」とか「かわい」などとしか言えないので、正体を見破られてしまうという。これは、言霊の力とも解釈できるが、音声(聴覚)による正体識別の事例と考えても許されるであろう。また、仮に人間の方が話し掛けたり問い掛けたりしなくても、妖怪の方から自発的に何らかの独特な声や音を発してくる(アズキアライ・テングダオシのような怪音、ヤロカ水の怪しい呼び掛け声など)ので、それを聞けば正体が分かるという例もある。これらも聴覚による妖怪識別に含めてよさそうである

 触覚の方はどうだろうか? 例えば、厠(便所)で河童などの物の怪に人間が尻を触られるという怪異の話は数多い。そして、それらの怪異譚は「毛むくじゃらの手である」といったような、通常の人間とは何かしら異なる手触り・肌触りの特徴を持つことを窺わせる描写が伴うことが多いように思える。厠が家屋の中では暗い場所に分類されることを併せて考えれば、これも視覚には頼り難い状況下で、触覚により妖怪識別する事例と考えることが可能ではないだろうか。他には、猟のために山に分け入った猟師が、夜になり「これでは鼻を摘まれても分からないな」と独り言を呟いたところ、突然「これでもか?」と何者かの手に鼻を捻られたという怪異譚もある(参考:千葉幹夫『全国妖怪事典静岡県の部)が、これは残念ながら手触りについて伝えていない。しかし、このように暗い場所時間帯において、物の怪に身体の一部を触られるという怪異譚は、枚挙に暇がない。これらも触覚によって人か物の怪かを判断するという事例に含められないか否か、再検討してみるべきかもしれない。

 問題は、嗅覚により妖怪識別する話や本性を看破する話なのだが、残念ながら今のところ、これといった事例を見つけられずにいる。逆に、妖怪嗅覚の方を利用し、何らかの臭いを発するもの人間が用意することで魔除けにするという事例ならば、比較的容易に幾つも見出だせるのであるが。例えば、焼いた鰯の頭を魔除けとする例は有名である。また、今でこそカカシといえば田圃に立つ人形のことであるが、日本神話でオオクニヌシスクナビコナと出逢うくだりに記されているように、本来の古い和名はソホド乃至ソフドである。それがカカシと呼ばれるようになったのは、稲を荒らす鳥を追い払うのに、鳥の死骸を焼いたもの竹竿の先に紐で括り下げて掲げるという風習があり「臭いを鳥に嗅がせる」という意味でカガシと呼んでいたものが、鳥避け人形混同されるようになったかである。上に挙げた鰯の頭も、ヤイカガシ・ヤッカガシ(焼き嗅がし)と呼ぶ地方があり、明らかに鳥避けのカガシと同じである。他にも、山中でタヌキやムジナの類いに化かされたことに気づいたならば、煙管(煙草)を一服すれば妖怪は逃げていくとか、小便をすると臭いを嫌がる妖怪を避けられるとか、人間嗅覚ではなく妖怪嗅覚を逆手にとって利用して払う例は多い。

 小松論文では具体例が挙げられていないものの「視覚的に本性を見ることが禁忌とされた状態特に暗闇の中で、何者かと一対一で対峙する状況において、重要役割を果たすのは、嗅覚聴覚・触覚である」という見解は、説得力を感じさせられるものであることは確かである特に、愛の営みに関しては、そうである人間がお互い裸一貫となって同衾する時、見た目の虚飾は、ほぼ通用しなくなるのだから。したがって、これら三感覚重要性が高まることは、必然であるように思われる。

 とはいえ「思われる」ということと、国文学などにおいて実際にどのように捉えられていたのかは、もちろん別問題であるから、これは検証必要があるだろう。あるいは(素人である私に言われるまでもなく)既に専門家の間では検証済みなのかもしれない。国文学中の、特に男女の愛の営みや語らいにおける三感覚が占める役割について、どのように描かれ、語られてきたのか、可能ならば識者の見解を知りたいものである

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 さて、私は上で、男女の機微の話を後回しにして、妖怪の正体を識別する感覚的な手段の話をすると書いた。そこでいよいよ、男女の機微、すなわち異性のパートナーのことを暗闇の中で知る手段としての嗅覚聴覚・触覚の三感覚について論ずる順番がやって来た。といっても、上の文章を読んでもらえば分かるとおり、専門的な知見を私は持たない。そこで、識者の見解とは無関係に、今の私個人が思うところを書くことにする。したがって、これより以下は全くの駄文である

文字数制限のため分割したので、続きは⇒anond:20221023224411

2022-10-09

人魚姫』は何の物語か?

もちろん、海の妖怪人間王子に恋をするという悲劇的な恋愛物語であるが、実はフリードリヒ・フーケの『ウンディーネ』という、水の精霊人間騎士との恋愛物語を描いた先行作品存在する。そういう意味ではアンデルセン作品は、あまりオリジナリティが無いとも言えるかもしれない。

フーケの作品ウンディーネ』には無くて、アンデルセンの『人魚姫』には有る要素として、我々がよく知っているのが、主人公人魚姫人間になることの代償として「声」を失うという筋書きである

この「人間になることで声を失う/奪われる」という描写元ネタと考えられているものの一つに、アイルランド海浜に近い場所存在する某村に関する民間伝承がある。

周辺の他村の住民たちは、某村の住民たちのことを「人魚の子孫」と見なし、彼らと会話することを忌避していたというのである

この話から直ぐに連想するのが、ホメロスの『オデュッセイア』にも登場する、妖怪セイレーンのことである。これは、航行する船を操る船乗りたちを、美しい歌声で惑わして誘き寄せ、船を難破させて殺害し、その人肉を喰らったとされる、半人半魚の妖怪である。ここでも「声」禁忌とされている。しかし、どうしてもセイレーン歌声を聞きたいと願った知恵者オデュッセウスは、部下の船乗りたちの耳を蜜蝋で塞がせて、歌声を聞こえないようにさせてからセイレーンたちの居る岩礁の傍を通過するように船を航行させた。オデュッセウス自身は、己の身体を帆柱に縄で縛り付けさせ、決して海に落ちることの無いように万全の防止策を施してから、その耳で彼女たちの歌声を聞いたという。

日本においては、人魚との「会話」が禁じられていたというわけでは無いものの、やはり不吉な影が付き纏う。『吾妻鏡』や『北条五代記』等には、人魚らしき妖怪発見事例が記されており、これを何かの前触れとした陰陽博士などの占術職能者によって、兵革の兆し奥州藤原氏の滅亡の前兆などと見なされたといった例が見出される。

ただし、これらの国文学的な文献に記された人魚は、アンデルセンの『人魚姫』のような美しく可愛らしい姿とは、かなり異なる。例えば、頭部だけが人間人面タイプであったり、四脚らしきものが生えていたりと、なかなか奇怪な姿をしていたようである。中には、頸部に鶏冠の如きヒラヒラしたもの付属していたという事例もある。また、発見される場所も水辺だけではなく、時には、山肌で起きた土砂崩れ現場発見されたことも有るようである

してみると、人魚にとって魚身であることは、我々現代人が思う程、重要ではないのであろうか。実は、先に挙げた『オデュッセイア』に登場するセイレーンにしても、元々は半人半魚ではなく半人半鳥であったとする説が有る。その鳥の怪が、もしも水鳥の怪であったとすれば、後に、半魚の怪との交雑を起こしても、それほど不思議では無いと考えてもよいのかもしれない。重要なのは、半人半怪という混合性である

さて、アイルランドの某村に関する民間伝承比較するために振り返ると、日本においても「妖怪の子孫」と見なされた人々が存在しなかった訳では無い。例えば、江戸時代南町奉行根岸鎮衛(ねぎやすもり)の著した雑話集『耳嚢(みみぶくろ)』に収められた「河童の難を遁るゝ歌之事」という文章を参照してみよう。そこでは、菅丞相(かんしょうじょう)すなわち菅原道真(すがわらのみちざね)の作として伝えられる、次のようなまじない歌を紹介している。

「ひよふすべよ 約束せしを 忘るゝな 川だち男 うぢはすがはら

根岸鎮衛は、菅丞相の作は疑わしいとしつつも「ひよふすべ(ヒョウスベ)と云ふは川童(カッパ)の事の由」と記しているが、これは、長崎県諫早市周辺でのカッパに該当する水怪に対する方言的な呼称であるしかし、カッパ避けの歌が伝えられていたのは、現在で言うところの千葉県(アメリカで言えばノースダコタ州)である。随分と遠くの地までヒョウスベの名が伝えられていたことになる。

岩波文庫版では「川だち」には「水泳の上手い者」との注釈が付けられている。これは遊戯としての水泳のことを言うのではなく、職業的必要性から河川で泳ぐことをしていた者たち、職能者たちと考えるのが妥当である。その川だち男が「我々は菅原氏の関係者なのだ約束を忘れるな」と、歌を通じてヒョウスベ≒カッパに向かって呼び掛けているのである。一体、何を約束したというのか?

菅原道真家系である菅原氏は、遡れば土師氏(はじし)に連なるとされる。土師氏の祖は、野見宿禰(のみのすくね)とされ、当麻蹴速(たいまのけはや)との角力すなわち相撲(すまひ)による決闘を行ったことでも知られる。現代では十把一絡げに河童(カッパ)と総称されるようになった水の妖怪が、相撲を好むことは昔話などを通じて広く知られているが、その起源には、土師氏菅原氏との関わりが存在するということである

この土師氏は、埴輪を作ることを能くしたが、埴輪といえば赤土であるが、この赤い色は、酸化鉄を多く含むためである。このような粘土採掘は、鉄分を含む土の採掘であり、これは時代が下れば、鉄を初めとした金属鉱脈採掘にも関連・発展したことであろう。

鉄に限らず金属は、採掘されるだけでなく精錬されるので、山の掘削、森林樹木伐採という環境変化を伴う。これは、山に水源を発する河川にも影響を及ぼしたと考えられ、そうなると、粘土採掘金属採掘精錬を行う山の民と、漁業・水運などによって河川生業を立てる川の民との間で、何らかの紛争を招いたのは想像に難くない。本来の「カッパによる水難」とは、元々は「山にいるカッパ」による山林環境の変化によって引き起こされた、河川災害環境破壊のことを指したのではないのか。なお、カッパといえば河川などの水辺だけにいると現代人は思いがちだが、カッパ河川から山、山林から河川へと、季節の変化ごとに移動するという伝承が見られるのである

山林の環境破壊が火種となって紛争が発生し、これを停止するための平和条約のようなものが「約束」であり、それが川の民と土師氏菅原氏との間に結ばれたことにより河川災害発生件数が減少したこと、それが「カッパ避け」の実態だったのではないか。川の民に害を及ぼさないと、かつてカッパ親分であったであろう土師氏菅原氏が約束したことが変化して、川だち男が「我々は菅原氏=土師氏の裔であるぞ、だからカッパよ、我々には害を及ぼすな」と呼び掛けるようになったのではないか

ヒョウスベには「兵主部」の漢字が当てられる。このうち「部」は物部や斎部などと同じであるが、では「兵主」は何なのかと言えば、これは大陸から渡来した蚩尤(しゆう)のことではないかと言われている。というのも『史記』では、蚩尤は金属製の戦用武具を生み出した「兵主神」とされており、しか角力(相撲のようなもの)を能くするのである。その上、石や鉄を喰らうとされるので、これは金属精錬象徴するのではないかと考えられる。ここから、兵主部とは元々は「兵主神を祀り、それに関連する金属職能に携わる部民」であろうと考えられる。

脇道に逸れた話の部分が予想外に長くなってしまったが、土師氏菅原氏という職能集団的氏族カッパの裔であると考えられていたということ、そして、カッパに対する民の恐れの根源には、職能活動による影響が存在した可能性のことを言いたかったのである

本筋に戻ると、アイルランド海浜そばの某村に住むという「人魚の子孫たち」が、周辺他村の人々から会話をすることを忌避されたのは何故か。それは、彼らが「予言する能力」を持っていたからではないのかと私は推測する。ただし、予言と言っても、超常の能力ではない。彼らが漁業や水運業など海の船仕事に携わっていた職能集団だったとしたら、どうだろうか。そのような仕事に携わることで、海路における岩礁や難所の存在場所についての知識も蓄積されたであろう。また、船仕事に影響するような天候の変化を読む(予測する)観望天気の知識も蓄積されたであろう。そのような、いわば専門知識能力を身につけた彼らが、もしも「海路のあそこには岩礁が有るぞ」「嵐が来るぞ」と予測して教えてくれたとしたら、何の知識も持たなかった他村の人々は「某村の住民が不吉な予言をする。彼らが予言を行うせいで不吉な出来事が起こる」と逆転した考え方をして、誤解したのではないだろうか。それが「会話を忌避する」ことに繋がったのではないだろうか。

上で粘土採掘金属採掘精錬を行う職能集団カッパの関連を述べたが、こういった専門的な仕事は、その仕組みを外部から理解しにくい。自分たちには出来ない仕事をする能力を持ち、影響力が大きい者のことを、人間尊敬するだけでなく同時に差別もするという例は、古今東西を問わず広く見られる現象である。例えば、西アフリカ伝統的な音楽歌唱職能グリオ(griot、フランス語。現地のウォロフ語でgewelギュウェル、トゥクロール語でgauloガウロ、マンディング語でdjeliジャリなどと呼ばれるのが語源)たちは、歌の言霊を駆使することで、人を幸せ気持ちにしたり、戦の前に闘争心鼓舞したり、逆に人々の間の争い事の調停役を担ったりといった役目を果たすことから、非常に尊敬を受ける反面、亡くなると普通の墓に埋葬されずにバオバブの木の虚穴に遺体を遺棄されるという。そこでは、尊敬差別心理アンビバレントに同居している。

日本人魚が不吉の前兆と見なされた話は既に述べたが、その中には、人魚自身言葉を口にしたという例も見られる。それも、もしかしたら海の民などの姿を人魚に反映していて、やはり海の民による予言とそれに対する恐れの感情の名残なのかもしれない。

西洋人日本渡来するようになると、剥製ミイラ製造技術も伝えられ、魚や動物のパーツを組み合わせることにより、カッパ人魚ミイラ製造されたことは、現在日本の各地に残るミイラの実物とともに知られている。したがって日本における人魚形態傾向が、人面タイプや四脚タイプから現代人にも親しみのある上半身人間下半身タイプへと変化した原因として、西洋人の影響が有るという可能性は、もっと大きく見積もっても許されるであろう。しかし、日本よりも先に西洋人との接触果たしていた中国を通じて、もっと早い時代ミイラ製造技術日本に伝えられていたという可能性は無いのだろうか。その時に、西洋人が抱く人魚イメージも一緒に、早期から日本流入したという可能性は無いのだろうか。大陸西洋から人魚伝承流入によって、前触れ予言というイメージ形成された可能性は、今後より丁寧に調べる必要が有るだろう。

まだまだ考察すべきことは多く残る。

人頭獣身の妖怪しかも不吉の前兆予言を伴うといえば、人頭牛身の妖怪「件(くだん)」が思い浮かぶ。上で半人半怪の混合性が重要と述べたが、この混合性の故に、人間の住まう現実世界と、非日常・非現実世界との結節点となる役目が、人魚や件のような半人半獣の妖怪には与えられたのであろう。そして、その役目を具現化したものが、前触れ予言なのであろう。

また古来、予言神託の役目を担う者の多くが、巫女という女性であった。これは、女性には生理があり妊娠出産可能であることから男性に比べて、より自然というカミの領域に近い存在であり、現実日常世界との仲立ち・結節点の役目を果たすことが出来ると信じられていたかであるセイレーン人魚に限らず妖怪怪物たち(例えば、エデンの園アダムとイブを誘惑した蛇など)に女性性が付与されているのは、ユダヤ教キリスト教仏教などが地位確立する以前の世界において、カミの領域との仲立ちを務める職能を担っていた女性たちに対する、尊敬差別というアンビバレント感情が反映された名残であろう。

最初に『人魚姫』は何の物語か?と掲げ、長々と文を書き連ねたが、正直に言えば、それを確定することは実は難しいと思っている。ただし、少なくとも、異なる世界の住人が出会った物語、それに伴って起こったコンフリクト悲劇物語とは言えるのかもしれない。

乱文も長くなり過ぎたので、ここまでとしよう。

2022-08-05

anond:20220805195226

仏教キリスト教イスラム教もあわせて30分くらいしか生涯で勉強してなさそうで草

■お前も無神論者にならないか?【ガチ勧誘

俺はホンマモン無神論者なんだが。お前も無神論者にならないか

無神論者になろう杏寿郎。

言っとくがそのへんの自称無神論者と違って俺はホンモノだぞ。

科学説明できない現象はすべて信じていない。物理的に観測できない現象は信じない。

俺は神を信じていないし、神だけでなく幽霊精霊も信じていないし、言霊オーラ運命あの世地獄も何もかも信じていない。

から俺は誰にもバレないことが確定しているなら祖父の墓に小便をひっかけることも躊躇わない(なかなか確定しないので、やったことはない)

俺は神社には行かないし、友達付き合いで行ったとしても手を合わせながら「修行するぞ修行するぞ修行するぞ」みたいな不謹慎なことを考えてる。

家族づきあい仏壇に手を合わせるときも「そそそそそそそ尊師~」って脳内で歌ってる。

俺はガチ無神論者なんだわ。

お前も無神論者にならないか

お前もそろそろわかってきだろ?世の中の宗教ってのは全部、全て、例外なく、本質的統一教会オウム真理教と同じなんだよ。

そりゃ悪質さでオウム統一教会に勝てる宗教はなかなか無いかもしれんが、程度が違うだけでどの宗教もやってることは同じなんだよ。

ちょっと考えてみてほしいんだが、オウム統一教会みたいな悪質カルト規制するとして、どこに線を引くんだ?

家庭崩壊するまで献金させる団体規制すべきなのか?じゃあ崩壊一歩手前までなら良いのか?崩壊しないように加減して徴収すればいいのか?信者1万人のうち1人だけ加減を間違えて崩壊してしまったらその団体規制すべきなのか?10人だったら?100人だったら?信者が完全に自分意思献金した結果として家庭が崩壊したらどうだ?本人の意思だったら規制されるべきなのか?本人の意思かどうかはどうやって決めるんだ?崩壊するかどうかに関わらず献金自体規制すべきなのか?大体の宗教喜捨を良い行いと捉えているが?信者との金のやり取りなしで成り立っている宗教団体はおそらく存在しないが?新興の宗教はすべて規制すべきなのか?伝統があったらいいのか?オウムみたいにテロを起こしたらダメなのか?じゃあイスラム規制するべきなのか?キリスト教規制したほうがいいのか?テロじゃないにしても統一教会みたいにひっそりと国を蝕むのはいいのか?蝕まない程度で国政に代表者を送るのは?国会議員干渉せずに社会運動をするのは?社会運動なら良いとして、なんで国会干渉するのはダメ社会運動はいいんだ?壺を売ったらダメなのか?じゃあおみくじはいいのか?神社がお祓いをするのはいいのか?お祓いは1回いくらまでだったらセーフなんだ?1万か?10万か?信者が不幸になるなら規制すべきなのか?イスラム教徒はそうでない人から見たら不幸に見えることもあるが規制するべきなのか?ヘッドギアを付けるのはダメか?なら滝行ならいいのか?断食は?

な、難しいだろ?

どこからNGでどこからOKというラインを決めるのは、無理じゃないかもしれないが、どうしても「どこかに線を引かなきゃいけないから無理やり決めて思い切って引いた感」が出るだろ?合理的ラインを決めるのは難しいよな?

なんで難しいか教えてやろうか?

あらゆる宗教本質的に同じだからだよ。

あらゆる宗教本質的に同じことをやっていて、あらゆる宗教本質的に悪質なんだけど、その中でも特別に悪質度が高いのが統一教会オウム真理教だったってだけなんだよ。

この世には悪質度が1しか無い近所のお寺から悪質度100のオウム統一教会までが存在していて、1から100の間のどこにラインを引けばいいか規制する側の好みの問題なんだよ。10規制したがる奴もいれば90まで許す奴もいる。

あらゆる宗教は地続きになってるんだよ。

俺は別に近所の寺まで規制するべきだとは思わないし、仮に統一教会であっても宗教弾圧絶対にするべきではないと思ってるが、それと同時に俺は絶対宗教を信じないし神を信じないし霊や地獄のような超越的な存在を信じない。

なんで宗教本質的に悪質なのかわかるか?

神や霊や地獄オーラのような本当は存在しないもの存在していると主張しているからだよ。

要するに嘘をついてるんだわ。

嘘をついてるから何をやっても悪質性がつきまとうわけ。

例えば、飲むとガンが治るとされる麻原尊師血液10万で売るのは悪質な霊感商法だけど、飲むとガンが治る抗がん剤10万で売るのは善行だろ?

前者と後者の差は、嘘をついてるかついていないかしかないんだよ。

献金霊感商法はいくら金を積んでも効果が無いか問題なのであって、仮に本当に金額に見合った効果があるならなんの問題もないだろ?

効果がないもの効果があると主張したり、存在しないもの存在すると主張していたりするから問題になるんだよ。

統一協会否定するためには、神や霊のような超越的存在や、オーラ波動神通力のような超越的な現象の全てを例外なく否定しないといけないんだよ。

おみくじを買うことと、仏壇でご先祖様に近況を報告することと、墓にしょんべんをかけないことと、占いを信じることは、全て統一教会問題と地続きなんだよ。

悪質度が0.1しか無いおみくじだって1000枚買って10万払えば悪質度100の統一教会10献金したのと実質変わらないんだよ。程度が違うだけで悪質なのは変わらないんだよ。

からお前がダブスタ抜きで悪質カルト否定したいなら俺のような完全無神論者になるしかないんだわ。

俺は大学実験物理学寄りの研究をやっていたことがあって、極めて微弱で繊細な物理現象観測できる巨大な装置をいろいろ使ったこともあったけど、神や霊や神通力なんてのは物理的に観測できないし再現もできないんだわ。

神がいる、いない、みたいな青臭い議論を今更したくはないけど、どう考えたって神なんて居ないし超越的な現象なんて存在しないんですよ。

それでも超越的存在現象を信じたいなら東海道新幹線火災事件ウィキペディア読んでみろよ。

新幹線内で焼身自殺した男の巻き添えで女性が死んでしまった事件な。

「巻き添えとなったとみられる乗客横浜市青葉区在住の52歳女性が、1号車後方のデッキで倒れ死亡しているのが発見された。司法解剖の結果、女性の死因は気道熱傷による窒息死と判明した[7]。女性は、伊勢神宮へこれまでの平穏無事のお礼参りに向かっている最中だった」

かわいそすぎるだろ。

なんで尊師マーチを心のなかで歌いながらお伊勢参りした俺みたいなカスが元気ピンピンで、この女性のような人がこんなに酷い死に方をするんだよ。

教えはどうなってんだ教えは。

一応言っておくけど、俺は無神論者でありながらも宗教弾圧絶対にされるべきではないと思っているし、市民を守るためのカルト規制も慎重にするべきだと思ってるんだよ。信仰を大切にしている人に心無い言葉をかけるようなこともあってはならない。

思想はどのようなものであれ絶対弾圧してはいけないし、思想の一形態である信仰弾圧してはいけない。

でも、公権力宗教弾圧してはいけないのと、俺やお前が無神論を貫くのは、両立するだろ?

賢いお前なら神や霊を信じることのばかばかしさを理解してくれるはずだ。

お前もわかってきただろ?伊勢神宮も、近所の寺も、家の仏壇も、土産屋のパワーストーンも、おみくじも、天皇の御稜威も、占いも、全部統一教会オウム真理教と同じなんだよ。神なんて居ないし、その他の超越的な存在も居ない。超越的なパワーも存在しない。この世界物質とその運動で出来ている。

やはりお前は無神論者になれ杏寿郎

2022-07-30

俺がオワコンと言えばオワコンなんだよ

そして俺の言うオワコンは「できれば関わったやつ全員が悶え苦しみながら死んでほしいほど嫌いで、早急に終了してほしいコンテンツ」って意味

まり俺の『呪詛

言葉を何度も連ねりゃ、いずれ実現は近づく、言霊はあるんだよ

2022-07-11

集合的言葉遣い、いわば

言霊(ことだま)が行動に影響するのは同意する

anond:20220711141600

https://anond.hatelabo.jp/20220713095757

■やっぱりアベガーのせいじゃね?

https://news.yahoo.co.jp/articles/57ddc39041688a913772ff293aa609fa8ce51941

岸信介元首相も敵視か「宗教団体日本に招いた」 安倍氏銃撃容疑者

これを読んでの話です。

※ごめんねn=1の話です。

簡単自己紹介

母親統一教会

酒鬼薔薇世代

最高偏差値75

母親教会お金を使いすぎたせいで大学いかず専門へ

父親はすでに他界

父親保険金ほとんどが教会

専門卒業フリーター派遣正社員現在は&副業

会社給料は平均よりちょっと

妻子あり

持ち家建築

座右の銘「人事を尽くして天命を待つ」「誰かが困っていたら 助けるのは当たり前!」

政治的思想特になし。ちょっと右よりかな。

選挙では、選挙区は与党、比例は野党当落線上の人に入れる

ちなみに母親からは、毎回自民党の誰それに入れてくれと連絡が来る。


最近2018年くらいかな?)の教会我が家トラブルは前に増田に書いたところ250?300?くらいブクマしていただいた記憶

あのときテンションが高かったですけども。だってあてにしてた1000万円が消えてたんだから

思い出したら腹たってきた。クソ。

まぁそんなこんなで、個人的にも教会への憎しみはそれなりにある。

だが、現在実の母は遠方で一人暮らしであるが、

今の教会はもはやどちらかと言えばデイサービスだ。

若いはいいから、老人共の寄り合いである

そんなところを恨んでも仕方ない。

しろ母親の世話をよろしく頼むというくらいなもんである。そのために教会の人ともしばしば話はする。

エリアの長だったり、教会のご友人だったりなどなど。

※母はまだまだ自活してます仕事もしてるし。色々ガタがきはじめたけど。

そんな俺からすると、統一教会安倍元総理関係性なんて全くどうでもいい。

もちろん仲がいい?のは随分前から知っていた。

母親にも教会安倍元総理関係については聞いたことはある。世間話の一貫で。あんまり覚えてないけど。

だけど、岸信介氏が教会日本にどうのとかなんて今回はじめて知った(以前も見たかもしれないけど記憶には残らない程度ということ)。

その情報を知り、鵜呑みにし、殺人を決行するに至るのは、

教会への恨みももちろんだが、本人がアベガーに近い属性だったからではないか

教会幹部から安倍元総理に標的を同志諸君が喜ぶと思ったからではなかろうか。

なぜなら、山上容疑者ほどひどくは無いとはいえ、似た境遇で育ち、同じく教会ふざけんなと思っている俺が、教会への復讐安倍元総理を標的にするとか、一ミリ理解できないかである

ごめんねn=1の話です。(二回目

仮に俺が教会復讐するとしたら、何をどう考えても、母親脱会させたあとで裁判という普通の流れ。

ただまぁ高齢者から信念とデイサービスを奪い取るのは得策ではないと思う(ので放置)。

もちろん、俺は家族に恵まれているということもあり、復讐にとらわれるなんてことはない。

まぁ俺的には、サバイブに失敗した酒鬼薔薇世代のアベガーによる暴走という風に見える。

我らが世代はやることが派手でダメだよね。

恥ずかしい。

なお俺らくらいだともう氷河期も終わりかけなので、あんまり氷河期世代ヅラはしない。というかそう言われることに違和感

余談というか個人的感想だけど、自衛隊入ったのはいつかこうなる日が来ることを想定してたんじゃないかなと思う。

偏差値65以上で就職先に自衛隊がちらつくことってあるんかな?っていう単純な疑問。

少なくとも元同志社というだけで働き口なんていくらでもある中で、敢えて銃が撃てる場所を選んだっていうのは、まぁそういうことじゃないかな。

=== 追記 ===

ブコメより

「そんな俺からすると、統一教会安倍元総理関係性なんて全くどうでもいい。」お前はな。奴はそうじゃなかったんだわ。

→ うんまぁだから、そうなったのはアベガーの影響でしょっていう話なので。少なくともアベガーが発信し続けた情報鵜呑みにしたんでしょってことです。

  俺は右も左も極端なやつは嫌いだし、口が悪いのも嫌いなので、教会からといってもアベガーの発信する情報は追いかけていなかったかな。






=== 再度追記 ===

やっと過去増田見つけた

オレオレ詐欺なんて可愛い

https://anond.hatelabo.jp/20191231002144

2022-07-09

anond:20220709141745

さらっとしか読んでないけど、集合的言葉遣い、いわば

言霊(ことだま)が行動に影響するのは同意する

2022-07-08

anond:20220708201415

その時はそうなるように願っていたのだろ

なら具現化してよかったじゃん(奈良だけに

日本言霊の国だと言うのを忘れてはいかん

2022-06-30

言霊のこと黙(言霊)ってたの?

なんつって

ぷぷ

舞妓問題の原因は京都弁やねん

うちは男なんやけどな、

京都弁って女言葉やねん。

知っとった?

「◯◯どす」とか「したはる」とか、

男は使わへんねん。

そもそも京都弁には男の一人称があらへん。

京都弁一人称は「うち」しかいねん。

おかしいと思わへん?

男は「おいでやす」とか使わへんねん。

「ほな、ごめんやす」も使わへんねん。

せいぜい「おおきに」かなあ。

それも老舗の商人くらいしか使わへん。

例えば抹茶パフェが出てきても

「ほな、よばれまひょか」「冷やこいなあ」「まったりしたええ味どすなぁ」

とか言うのは女の人やねん。

まり何が言いたいかっていうとな、

京都弁は女の文化やねん。

女メインなん。

舞妓はんのことが話題になっとるけどな。

舞妓はんの使とる言葉はそのまま京都弁や。

まり京都中に舞妓はんの文化が広まってるわけや。

言霊って言うやろ?言葉文化を作るねん。

から舞妓はんのこと反対しても無理やねん。

言葉である京都弁が広まってる以上、舞妓文化は無くならへんねん。

まりな、舞妓はんのこと解決しようと思ったら、

京都弁をやめなあかんねん。

でもそんなの無理や。

から京都はずっと今のままや。

かんにんな。

うちの言ってること、どうでっしゃろか?

おかしいと思う人は、ぶぶ漬けでもどうどすか?

2022-05-29

anond:20220523225431

素に銀と鉄。 礎に石と契約大公。 祖には我が大師シュバインオーグ。

降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。

 

閉じよ。 閉じよ。 閉じよ。 閉じよ。 閉じよ。

繰り返すつどに五度。 ただ、満たされる刻を破却する。

 

―――告げる。

汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。

 

誓いを此処に。

我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。

汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!

2022-05-10

国際金融のトリレンマを知らずに円安に大騒ぎのはてなーを見たときも思ったけど、国庫納付金の存在日銀財務に関する責任を負っているのが日本政府であることも知らないのね。

平たく言って実態として子会社じゃなかったら上納金存在したり財務のケツ持ちするわけないじゃん。中銀の独立性なんて通貨マフィア自身特権階級にするための抽象的な言霊に過ぎんのよ。

2022-04-22

から飛び出た刃がいつ自分の後頭部に吹き飛んでくるかおびえる

暴力的発言やあまりにも鋭利批判、こき下ろしのような言葉遣いに対して、年を取るごとにおびえるようになっている気がする。

それは経験則なのか、それともただ脆弱になってきているだけなのか、はっきりとはわからないが。思うこと、考えることはあってもできる限り人にそういった言葉を投げつけないようになった。

匿名からって理由はあっても何となく言霊というか、そういうことばかり言っているといずれはどっかでぼろが出て「おれ個人」とわかる部分でそんな暴力的文言が飛び出すのではないか、と。

それがもし起こった場合、おれの事を周りが「そういう言動をする人間」として四方八方から言葉の槍で突き尽くすのではないかと。

いつからかおれは人をほとんど信じられなくなっているような気さえする。いつ失態を、失言を放ってくれるかという下卑た期待をこちらに向ているんじゃあないかと猜疑する。

味方のふりして近づいて、その実じつに心地よくおれのことを悪へと仕立て上げ、周囲の人間とともに歌いながら身ぐるみはがして凌辱するためにじわじわと追い詰めているのではないかと恐怖する。

経験則なのか、変な映画の見過ぎかはわからないが。あるいは自身の失敗をそいつらに押し付けるためのおれ自身卑劣のあらわれか。

いずれにしても、とにかくどこにも属さず、できる範囲でだれも傷つけず、しか思考を止めずに目の前の問題に立ち向かわな得ればならないことに変わりはない。

今日も怯える。そうなら増田など開かねば良いというのに。怖いもの見たさか、あるいは増田であることの安心感への逃避か

けが巡り巡ってはなった本人に帰結するなら、その逆の行為だってきっとそうに違いない。

ああ、だめだ。おれはこの考えにいたると、もう何もせずにとにかくどうか誰にも迷惑をかけず、道端の石が車にはねられてどぶへ落ちるように、消えてしまいたくなる。

2022-02-26

anond:20220226192105

尖閣なんて無人島で、あれ自体には資源もないか侵略するメリットなんてないけど中国は攻める気でいるのにね。

リベサヨ侵略日本という贖罪意識戦争反対言霊の力で自家洗脳されて認知がゆがみ過ぎ。

強者既婚子持ち男性おひとりさま人生奨励する際

そのままだと説得力を欠くかもしれないね

でもいきなり釈迦様みたいに妻子を捨てて未婚化したらちょっと見直さない?

ついでに家財ダメ押し喜捨だよ

言霊説得力が出てきて世の弱者男性も喜んで従って独身の道を選ぶよ


問題はねバツあり元強者には実績があるので結局女性が群がってしまいがちなこ

弱者一般男性と異なり女性がほっとかないので言霊説得力一時的ものに終わる危険性が高い

2022-02-13

anond:20220213182417

この手の「言ったところで相手が聞くわけないだろ」なコメントを書く人って言霊信仰かなんか信じてんの?

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