はてなキーワード: 規則とは
自分は今現在無職だからこんな時間にはてな匿名ダイアリーを見ていられる。
好きな時に起きて好きな時に眠り、好きな時に食べて好きな時に出せる。
とても不規則で不健康な生活だとは思うけど、ストレスは殆ど無いと感じている。
数年に一度のペースでこれでは駄目だ、と派遣会社やアルバイトに応募して少し働いてみるけど結局数日で辞めてしまう。
1日7時間程度の労働でこれなのだから、週5で8時間労働に加えて残業や通勤時間も込みで半日以上働いている社会人の体力はとんでもないと思う。
自分には到底同じ事は出来ない。もし何かの間違いで働くようになれたとしても、結局へまばかりで周りに迷惑をかけ給料泥棒と馬鹿にされるだろう。
自分が嫌な思いをしてまで薄給のために働きたい、と思えない。自分に出来る仕事といえば時給900円ほどの簡単な仕事だけで、それも正直難しい。
どうしても働かなければいけない事情や、働きたくて仕方がないというやる気が出てくるまできっと真剣に働こうとは思えないだろう。
ならもう働かなくて良いと割り切った。毎日好きなだけネットを泳ぎテレビを見てゲームを遊ぶ。それでも本当に時間が足りなくて困っている。
学生時代に積んだまま10年以上経っても一度も読んでない本が沢山ある。家の中はゴチャゴチャしているので整理整頓しなくてはいけない。
買ったまま一度も起動していないゲームはいつか最後まで遊びたい。もう本棚に入らない読み終えた本が床に平積みされた書庫に足の踏み場を取り戻したい。
働いていなくても自分にはどうしてもやりたい事が沢山ある。働くのはそれを終えてからでも良いだろう、と最近考えている。欲を言えば不労所得で生きていきたいな。
32歳腐女子の増田(https://anond.hatelabo.jp/20200709170615)読んで自分も現状ヤバいなって思ってるけどどうすればいいかわからん、っていうの自分すぎて五臓六腑に染み渡った
私は20代前半大学生で上記増田のように既婚の友達はまだ居ないけど、高校から大学に行くだけでも大分オタク友達って変わるもん(いわゆる大学デビュー)で、オタク、また腐女子を辞めた友達や、彼氏が出来た友達、など様々だった。
一番刺さったのは化粧だ。大学入ってから高校の友達で化粧してない子はほぼ居ないくらいで、会うとみんな綺麗になっている。
私はというと、高校時代は化粧なんて校則破るパリピ女子がやるものだし....と大学生になっても学生なんだからまだ必要ない、どうせやる事になるなら就活の時に始めればいいって考え........というのは言い訳で、オタ活で化粧品に回す金が無いのと、化粧どころか今までスキンケアの一つもしたことが無かったのでやり方がわからない、あと化粧にそこまで興味がないというかめんどくささしかない理由がある。
スキンケアしなくてもニキビ一つ出来ない肌質に甘えてきたのもあって、今回の自粛の不規則で初めてニキビが出来てしまって、やっと洗顔フォームを買ったぐらいしかしてない。
もう就活目の前だしそろそろまともに化粧始めなきゃな〜と思ってる
あとファッション面の心配もあって、オタクながら好きなブランドができて服にお金かけることは出来てるけど大学生だから許されるファッションしてる自覚あるからもっと歳相応な落ち着いたファッションをしたい
非科学的なので放っとこうと思ってたけど、年々時間が経つごとに忘れていくので備忘録書いとく。
昔、救急病院で働いてた頃のこと。
当直中、病棟ナースから電話がかかってきた。いわく、病棟まで来てほしいとのこと。
急変ですか?と聞くも「いや…緊急性はないと思うんですけど…」とはっきりしない。
こういうことはたまにあって、緊急性なさそうだけど微妙に気がかりなケースだったり、地味な困り事だったり、こっそりアイスを食べる共犯にされるとこだったりする。
とりあえず行ってみる。
消灯中の病棟は真っ暗でしーんとしていて、ひとまず急変という雰囲気ではなかった。暗いリノリウムの廊下に非常灯の緑のランプがぼーっと光ってて、左右の病室からたまに患者さんが寝返りを打つ音が聞こえた。その中でナースステーションの明かりだけが煌々と白く灯ってて、近づくにつれて遠隔心電図モニターのプップッていう規則的な音が聞こえてきた。
夜勤の看護師さんは二人。見回りは終わったとこみたいで二人ともナースステーションにいた。その日の担当は一人は中堅さん、もう一人は、年齢は中堅さんと同じくらいだけど最近新しく採用された新入りさん。とりあえず声をかける。
「あの…子供が走ってるみたいで…」
は?
脱走か?解熱して元気になったやんちゃ盛りの子かな。ちゃんと巡回してるはずだし、ここ小児病棟とだいぶ遠いけど。
「いや…」
新入りさんが言い淀む。中堅さんは苦笑いしている。からかわれた?
「いや…なんか子供がいて」
耳をすましてもモニター音以外何も聞こえない。救急車のサイレンもナースコールも誰かの叫び声もない、穏やかな良い夜だ。…寝ていたかった。
一応ダメ元で小児病棟に問い合わせる。「いなくなってる子いませんか?」PHSの向こうの声が怪訝そうに「はぁ?」と言った。一応見回ってくれてるらしき靴音が電話の向こうでちょっとだけ響いて「みんな寝てます」。
だよね。
「あの」
新入りさんが言った。
「幽霊だとおもうんですけど」
今度は私が「はあ?」となった。何でこのクソ眠い時間にオカルト与太話聞かなならんのだ。
たぶん露骨にイラッとした顔してしまったんだろう(ごめん)。中堅さんが新入りさんと私の間に割って入った。
「や、私もパタパタって足音?みたいなの聞いた気がしますし。一回だけ念のため病棟内見てもらえませんか?いやホント、一応」
はーーーーーー?????
こんな静かな夜は珍しいのに。起こされなければ寝てられたのに。いや苛立ってはだめだ。一緒に働く人のメンタルは大事。腹を括って「分かりました」と言う。
新入りさんが何か準備するものないですか、と言った。ナースステーション内を見回すと、お昼に学生さんが実習したシリンジやら針やらが目に入った。
若干腹立ち紛れに50ccシリンジと18G針を手に取り、空のシリンジに『カラ』と書く(使ったシリンジには即中身を書かねばならないので)。人間か幽霊かとかこの際知るか。人の安眠邪魔しやがって。見つけ次第刺す。絶対に刺す。朝まで刺す。
(悪い子には注射するぞーーー!!)
廊下だけじゃなくてリネン室や車イス置き場、トイレ、ストレッチャーの影まで鬼の形相でペンライトを向ける。誰もおらん。当たり前やけど。
可能な限り穏やかに整えたつもりの顔でナースステーションに戻ると、看護師さんが二人ともニコニコしながら私を出迎えた。
「誰もいませんでしたよ」
「みたいですね」
「もう(宿直室に)戻っていいですか?」
「はい!」
二人ともさっきのぎこちなさが嘘のような上機嫌。
新入りさんが笑顔で私の持つシリンジを指差した。捨ててくれるらしい。
お礼と共にシリンジを渡して、私は寝た。
ここまでなら割とよくある、怖がりさんが怖がったけど何も起きなかった話だ。すぐ忘れる。
記憶に残ったのはこの後の展開のせい。
数日だか数週間だか経った頃、たまたまこの病棟で仕事をしていた時のこと。
何気なく目にした看護師さんのカートの上に、筒状の変な布切れの塊?みたいなものが載せてあるのに気付いた。
好奇心で近づいてみると、私があの時持ってた50ccシリンジだった。「カラ」って書いてあるし。お札やらお守りやらでびっしりぐるぐる巻きにされている。
怖!!!!
こんなん感染源やんけ!!
院内感染の元をカートで持ち歩くなよ!!!誰だよ!新入りさんか!!
ごめんけど捨てた。
その数日後だったと思う。(ずっと病院にいすぎてあんまり日付の感覚がない)
血相変えて新入りさんが私のところに来た。半分寝ぼけながらパソコン叩いてた私に小さな白い箱を押し付け、彼女は言った。
「あの、これに祈ってください」
「はい?」
よく見たら箱は18G針100本入りの箱だった。封を切ってないディスポの注射針が箱の中に整然と詰め込まれている。
「祈るって何……」
「念じるだけでもいいので!」
状況が分からず困惑する私。あんまり話したことはなかったけど、新入りさんは割と穏やかな人という印象だった。それが徹夜明けみたいなぼさぼさの頭と化粧っ気のない顔で、目を血走らせてこっちに箱入りの大量の注射針をぐいぐい押し付けてくる。
「握りしめてくれるだけでもいいんです!ぎゅって!!」
いや ぎゅっ じゃねえ。
助けを求めて周りを見回す。(やべー)の顔をした研修医がそそくさと部屋を出て行った。おいやめろ置いていくな。
ヒートアップする新入りさん。
困る私。
脳炎じゃないよな、薬か?精神疾患か?こんな病態あったっけ?何だどうしたどうしよう、と思ってるところに病棟師長さんが来た。師長さんは私に「ごめんね」と言うと、新入りさんの肩を抱いてどこかに(たぶん控室に)行った。
しばらくして、新入りさんが辞めたと聞いた。
いまだに思い出しても謎。
書くの結構大変だな
思い出したらまたメモする
私の故郷はとても寒い場所にあって、そこで大人になるまで暮らしていました。
事情があって町を出てから初めて、あぁ、私はここから本当に離れたかったのだなと気がつきました。
一人暮らしを始めた日は大雨警報が出ていて、ラジオからは空港で足止めになった人がインタビューを受ける声が聞こえました。
これから暮らす知らない街は嫌がらせのように道が入り組んでいて、番地の順番はひどく不規則でした。土砂降りの中、散々迷ってほうほうのていでアパートに辿り着いたとき、私は全身ずぶ濡れで、まるで服のままシャワーを浴びたかのようでした。
電気がまだ通っていなかったので部屋の中は真っ暗でした。ドアを開けると、安くて古い家特有の匂いがして、一歩進むごとに床がぎしぎし鳴りました。アパートの廊下の灯りに照らされて、自分だけの部屋に一人佇む私のシルエットが浮かぶのが見えました。
それを見た瞬間、お腹の底からわーっと力強いエネルギーのようなものが湧き上がってきました。
半径数十、いや数百キロメートル圏内には私のことを知っている人はたぶん誰もいなくて、その事実はしびれるような幸福感をもたらしてくれました。
****
色々な街に住むための行動を起こしたのではなく、そのときどきで必要な行動をした結果色々な街に住むことになったのですが、
無意識のうちに移動を伴うような選択をしてきたのかもしれません。
夜の車窓から見える街の明かりのせいで心細くなるので、旅は好きではありませんが、
知らない街でそこの住人に擬態して生活するのはとても楽しいことでした。
その土地の美しい景色、独自の生活様式、特徴的な食べ物、そしてそこに住む人々について知るたびに、自分がまるで文化人類学者であるかのような気がしました。
そして、
何か嫌なことがあったり、滅多にないことでしたが人間関係にまつわるトラブルに見舞われたとき、
最悪引っ越せばいい、と思えるようになってからは、悲しい気持ちや、人への執着や、期待といったものを水に流すことができるようになりました。
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今の街に来てから、もう四年間が経ちました。
適度に都会だけれども人々にはよそよそしさがなく親しげで、食べ物も美味しくて、とてもいいところだと思います。
ですが、しばらく同じ場所に住んでいると何だか息苦しくなってきて、変化が欲しくなってきます。
本来ならばこんなに長くここにいるつもりはなかったのですが、なぜ留まり続けているかというと我ながら陳腐だなぁと少し呆れるのですが、好きな人ができたからです。
ここに来てしばらくして知り合ってすぐ好きになってしまったのですが、半ば世捨て人のような生活をしてきたので自分に自信がなく、そのため何らかの働きかけをする勇気が出ませんでした。なので、特別な関係になりたいとは考えていませんでした。
そう思っていたのですが、ちょっとしたきっかけでとても親しくなって、一年ほど前からお付き合いしています。
その人は、私と雰囲気は少し似ているのですが、
穏やかで、よく考えてからゆっくり話すタイプで、生まれてからずっとここで暮らしていて、子供の頃からの友人と今でも親しくしていて、とにかくそういった意味で全然性質が違う人です。
ずっと一緒にいたいなと思います。真偽のほどは不明ですが、その人も同じように言ってくれます。
ある日、一緒に遠出したときに、私たちの住む街を見下ろせる小高い丘のようなところに行きました。
道中で、この街が好きですかと恋人に尋ねました。彼は、好きですねと答えました。
眼下に広がる街の明かりはとても綺麗で、繋がれた手のおかげで心細くなかったのですが、
私はずっとこの街で暮らすのだろうか?本当に?
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ときどき漠然とした言い知れぬ不安に襲われるのは、私のアイデンティティが脅かされているからだと思います。
ずっと同じ場所で暮らしていくのなら、これまでのやり方、最悪引っ越せばいいという姿勢ではいられません。
それに、恋人と過ごしていると、自分の境界がわからなくなるような気持ちになるのでした。
うまく言えないのですが、
一緒にいると、彼の体から出てくる粒子の細かい不思議な粉が私の肺の奥深くまで入り込んで、頭がだんだんぼうっとしてきて、
そうしている間に二の腕やらふくらはぎやらの軟らかい場所から順番に食べられていくようなイメージが浮かびます。
最近では、自分が無意識のうちに彼のような言動や考え方をしていることがあります。
このまま放っておくと、私は恋人とこの街に徐々に侵食されて、いつか個を失ってしまうのではないかという気がしています。
でも、それも悪くないと考える自分もいます。それどころか、むしろそうしたいとすら思っているのかもしれません。最近は自分のことがよくわからなくなってきています。
だんだんぼんやりしていく頭の中で、今まで暮らしてきた街の景色や人々、初めて一人暮らしをしたときのわくわくするあの感じ、寒くていつも天気が悪い白くて小さな私の故郷のことなどを考えて、
旅をしてきたのではないはずなのに、楽しい旅だったなと、胸のところがすうすうするけれども懐かしくて暖かい気持ちになって涙がこぼれました。
法定速度を守って一本道を走っていたとしよう。
後ろの車には簡単に追いつかれる。
そして前の車は遥か遠くだ。
このとき、法定速度のまま走り続けることは後ろの車の進路を妨害していると言われる可能性は本当に0だろうか?
そんなことはない。
この国の道路交通法は、その矛盾を解消できるように作られていないのだから。
いくつもの規則がお互いにいくつもの矛盾を生み出し合いながら、裁判をする者達の気分や都合によっていくらでも組み替えられて運用されているのが現状だ。
まずはそれを何とかすべきではないだろうか?
結局、自分よりもバカな人を騙して大金を稼ぎ美味しいものを食べる人生が一番だと思う。
未知の分野に挑んだり、清く正しく生きようなどと思わないほうが良い。
http://takedanet.com/archives/1013803981.html
STAP事件の推移を見るにつけ、私は日本の若い人はもう科学者にならない方が良いと思うようになりました。科学の研究というのはとても辛いもので、大学生活でもいわゆる文科系の学生が講義をさぼったりしている時に、土日でも大学で実験をしなければなりません。
今回の小保方さんも、早稲田大学の学生がNHKのニュースで次のように言っていました。
"日曜日に研究室に行ったりするとほぼ必ず小保方さんの姿を見た"
「ほぼ必ず」というのですから、1か月に1回ぐらいは日曜日にいなかったという感じでしょう。実際にもそうです。そうして夢を追い、大学院に進み、アメリカに留学し、そして博士号をとる。その間、家族もかなりの応援をしなければ科学者にはなれません。
一方、サラリーマンになるなら大学をそこそこ勉強して卒業して、そのあとは給料をもらい、時には上司に誘われて飲みに行ったり、「行きたくない」と断ったりして入ればそこそこの生活ができます。
しかし、科学者は博士号をとって研究機関に入っても2年ぐらいは無給だったり、ポスドクという不安定な立場で教授や指導者の手下になって雑用をこなさなければなりません。その間を縫って実験をし、夜の夜中に論文を書いていきます。学会も出なければなりませんが、旅費も思うようにはでないのです。
若い頃の論文は欠点だらけなので、普通は査読を通過するには至らず、書いてはダメ、書いてはダメという日々を過ごします。そしてやっと通った論文に少しでもミスがあると、叩きに叩かれ、論文を出すときにはまったく協力してくれなかった「専門家」という人たちが、論文がでたらすぐ欠点を追究してきます。
さらに論文が少しでも社会に評価されたら、大変です。NHKの記者が追まわし、女性なら女子トイレにまで追っかけてきます。本人が犯罪を犯したわけでもないのに、まるで犯罪人扱いになります。
また、科学の世界には多くの「掟」があり、それはどこにも書いてないので、一つの研究室にできるだけ長くいて、先生の雑用をこなして少しずつ教えてもらうしかないのです。うっかり「著作権法とその判例」などを勉強して、「知的所有権を正しく守る論文」など書こうものなら「剽窃・盗用」と罵倒され、時によっては無給でも散々な目に遭うことがあります。
そんな時には博士課程の恩師や、職場の教授などはまったくあてになりません。事件が起こるとどこかに隠れてしまいますが、それはもともと教授などは一人一人で身を守っていかなければならないので、逃げる習性がついてしまっているからです。
さらに社会も許してくれません。社会の人の多くは「未知のもの」などと取り組んだこともなく、普通は「規則通りにやればよい」という社会ですし、何か問題が起きれば組織が守ってくれるから、たとえ善意でも科学者の苦悩は理解できないのです。
確かに科学は人の魂を揺さぶり、やりがいのある仕事ですが、これほど日本社会が硬直化し、バッシング社会になり、論理が通らないので、すでに限界を超えていると思います。「研究のような感じで研究ではない」という普通のことならなんとかできますが、「新しい分野」を拓こうとすると、その経験がなく、自分の仕事が暇で、他人を批判するのが生きがいという人が大量にいますので、つぶされてしまうでしょう。
高校生、大学生でこれから科学者になろうとしている人は、時代が悪いので、やめた方が良いと私は思います。悲惨な目にあいますから。NHKがSTAP事件の番組の取材で小保方さんを追まわし、負傷させ、しかも番組の宣伝までやっているのを見て、私は「日本の科学に若者を進ませてはいけない」と強く感じました。
実験をしたり、論文を書いたりした経験があるとわかるのですが、それも未知の分野のものの場合、その苦労、失敗、ミスは多いのです。親御さんの含め、今の時代は未知の科学に進ませることはお子さんの不幸になる可能性が高いと思います。
まだ、ケアレスミスしかわかっていないのに、「稀代の詐欺師」などともいう人がいます。本当に若い人にとっては人生を失うかも知れず、進路としては危険がありすぎると思います。
この春、仕事がうまくいかなくてもう八方塞がりでどうしようもなくなって、人生の中で最も、あるいはそれに近いほど苦しい時期を過ごしていた。
自分がとった行動は、辛い現実から逃れるために寝食を忘れてひたすら受動的に映像コンテンツを貪り観ることだった。映画だったり、ドラマだったりをただひたすら観ていた。睡眠不足になり、食事も不規則になり、視力も低下して、体にはよくなかったと思う。
ステイホームにかこつけて家で寝転びながらただひたすらに誰かの人生をなぞるのは現実逃避としてちょうどよかった。そこまでは計算どおりだったけど、予想外だったのは、現実逃避のために睡眠や食事をおろそかにすることで自分の体が蝕まれている状態に、不思議な感覚を抱くようになっていたことだった。
つらいことから逃れるために死ぬ勇気なんて微塵もないけど、自分のことは痛めつけたかった。
前から自殺や自傷をする人の心理がわからなかった。人生で、逃げたいと思うことはあっても死にたいと思うことはなかった。そんな自分が、寝ずにドラマを見ることでだんだん起きてくる動悸とか体の反応に、自分はまだ耐えられているとか、立ち向かえているとかそんな風に感じることで、逆説的に自身のの生命の灯火の強さを感じて、むしろ強気になれていたような気がする。もっと言えば、そのような痛みに生きてる実感を見出していたのかもしれない。プロセスはいびつだけど、まるで向精神薬のようでもあった。
最近出た中公新書について、細かい誤りを見つけたんだけどどうすれば著者に届くかよくわかんなかったのでとりあえず増田に放流してみる。
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2020/04/102589.html
「ラテン語は、現代では使われていない古典死語であり、ギリシャ語、ゲルマン語などをはじめとした多くの語派を含有した西洋の古典語である」(24頁)というのは、ちょっと世界史や地理に詳しい人なら容易にツッコめると思う。これを校正さんが見逃したのは本当に謎。
ラテン語はギリシャ語やゲルマン語を含有してない。それらを含有してるのはインド・ヨーロッパ語族だ。つまり、こういうこと。
語族・語派・語ってのは目・科・属みたいなもんだと思ってもらえれば(めちゃくちゃ雑な説明。実際には他の言語との系統関係が証明されていないグループを「語族」というので、目というよりは門とか界とかの上位分類に近い)。こう整理すれば上の文のおかしさもわかってもらえると思う。動物の分類に関する本で言語の分類に関する大ポカをやらかすというのはなかなか批評性が高いけど、生物学が専門の人が言語の分類に明るくないのは仕方ないので、校正さんがきちんと拾ってあげるべきだったと思う。日本語でいくらでも情報が手に入る話なんだし。
「japonicusも「日本産の」の意味であるが、これはJapon(Japanのラテン語綴り)に“-icus”の接尾辞を加えたものである」(186頁)とあるけど、ラテン語で「日本」はIaponiaである。これはラテン語版Wikipediaを引いてみれば一発でわかる。IとJはもともと同じ文字なので、Japoniaということ。どうもこの著者さんは、形容詞形から語尾を引けばもとの名詞になる、あるいは、名詞の後ろに決まった語尾をつければ形容詞形ができると勘違いしているのではなかろうか(「中国」に関する説明からも、そう勘違いしていそうなことがうかがえる)。しかし、英語のFranceとFrenchの関係を見ればわかるように、印欧語では名詞のうしろに決まった語をつければ形容詞になるとは限らないのだ。
少なくとも、この本、ラテン語の部分はラテン語がわかるひとにチェックしてもらって大幅に書き直した方がいいと思う。著者さんが、「学名をつけるときの語尾のいじり方」については知っていても、「ラテン語文法」をわかっているようには見えないので(「こういう名前のときはこういう語尾をつける」というのは、経験知であって「文法パターン」[185頁]ではない)。学名をつける側のひとも、-iや-aeといった格変化のうしろにどんな文法規則が隠れているか知ることができたら面白いんじゃないかな。
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2020/06/102595.html
「フォカスという名の下士官将校」(35頁)ってあるけど少なくとも近代以降では下士官と将校(士官)ははっきり区別される別の身分である。日本語版Wikipediaでは「下士官」と書かれていて、英語版Wikipediaでは「下級士官(low-ranking officer)」と書かれているんだけど、要するにビザンツ帝国軍は近代的な軍組織ではないので、ある階級が士官か下士官か厳密には決められないってことだと思う(フォカスは百人隊長だったらしい。うーん……)。でも「下士官将校」はおかしい。「下士官」と書くか、「下級将校」と書くかのどちらかにすべき(個人的には、前近代でそのへんの厳密な区分はできないんだから、素直に「百人隊長」と書けばいいと思う。こう書けばどんな地位なのか一発でわかるし)。
「セルビア人の有力な領主コンスタンティン・ドラガシュ・デジャノヴィッチ」(275頁)って書いてあるけど、英語版Wikipediaを確認するとKonstantin Dejanovićなのでどう見ても「デヤノヴィッチ」です本当にありがとうございました。ロシア語の綴りはКонстантин Деяновичだけど、これを見れば「デジャノヴィッチ」ではありえないのが一発でわかる(セルビア語のja=ロシア語のя)。ひょっとしてギリシャ語だとデジャノヴィッチが正しいのかな? って思って現代ギリシャ語版Wikipedia見てみたけどΝτεγιάνοβιτςなので普通に「デヤノヴィッチ」ですね。著者さん、さては西欧語の文献だけチェックしてギリシャ語の綴りチェックしてないな?
最後になるけどどっちの本も面白かったです。すごい勉強になりました。上で挙げた点は非常に些細な間違いなので、本全体の価値を貶めはしないことを付け加えておきます。
①業界のいいとこわるいとこ
いいとこ
・働いてて楽。作れば売れた時代、その時稼いだ金があるから他の業界だと通用しない仕事っぷりで全然まかり通る
・とにかく金が動くから経済の活性化には貢献している。業界従事者もみなさんが思っているより多いと思います。
・やることない人間(サポリーマンとか老人とか)の暇つぶしには一役買っているし、適度に遊べばコスパが最高に良い遊び。
わるいとこ
・仕事で得た技術や知識が他業界で一切役に立たない。営業も企画も開発も。
・ギャンブル依存症を生んでしまう。(こればっかりはパチンコでギャンブル依存症になるというより、そもそもギャンブル依存症になりやすい性質の人がパチンコをきっかけにギャンブル依存症になるだけかので、パチンコがなくてもたぶん変わりません。)
②業界がだめってどゆこと
・そもそも時代に合ってない。インターネットやスマホの普及によって、余暇の過ごし方が多様化したのにパチンコ店は昔のまま。そりゃ客減る。
・そこに様々な追い打ち。健康増進法でタバコが吸えなくなり、規則改正で今ある台の撤去が迫ったり、同じく規則改正で「ギャンブル的に考えておもしろい台」がほぼ作れなくなったり、そこにとどめのコロナ。
・業界は確実に痩せ細っていく。完全に息の根が止まることはないだろうが、大手(マルハンダイナム そのレベル)だけ残ってあとはほとんど潰れると思う。これがこの先2年以内の出来事。
・それに伴い、取引先が減って売り上げの目処が立たなくなった機械メーカーもどんどん業界から撤退していく。この先5年以内の出来事。
・最終的に、大きな店と大きなメーカーだけ生き残って、大衆娯楽のひとつとして機能して終わり。
③みなさんに知ってほしいこと
こんな感じで、もうすでに弱りきっている業界なので、あんまり不用意に叩かないであげてください。
たしかに経営者や創業者に某国出身は多いですが、某国に送金したりはしていません。
たしかに感染リスクがないわけではありませんが、換気はしっかりと為されているしクラスターも発生していません。
たしかに景品交換(いわゆる換金)はグレーに見えるかもしれませんが、風営法上セーフですし、なによりこの行為はヤクザの資金源にならないようにするために作られたものです。(たばこなどの一般景品にしか変えられなくなると、それを安価で買い取り売りつけるという商売が生まれ、裏社会の資金源となってしまいます)
真っ白ではありませんが、みなさんが思っているよりは白いと思います。もう充分苦しいので、これ以上苦しめないでいただけると助かります。
コールドスリープから目覚めた私に、30代のアフロヘアの友人は楽しそうに語っている。
右手には30年前も見かけたシェイクが握られている。この時代では黒人であるか否かは、差別であるか否かを問うことと同様に意味がない。
ただし30歳年上になってしまった友人に知識量で負けているという落差はあるような気がしてならないが。
「だからね、お前の時代にあったストレージなんて今の世の中にはないんだよ」
右手のシェイクはすっかり空になり、彼はフライドポテトを口の中へと放り込む。塩か粉かが宙を舞った。
「いやそうじゃない」
窓の外の手すりを猫が歩いている。
「このケーキのようなんだ、ちょうどね」
彼は私が目覚めた際に用意したホログラフィックVRケーキを4等分すると言った。
「これが俺」
とケーキを指差す。
「つまり、どういう?」
「ある日人の思考をデジタルデータ化する方法が編み出されたんだ。こいつは面白い技術でね。そこからあらゆるコンテンツや映像が生み出された。するとそこから自然とイメージをどう保存するかという問題にもさしあたる。イメージは大量のデータ容量を消費した」
話を遮ってしまったが彼は口角を上げると口笛を吹いた。
「良い質問だ。大量のイメージは妄想も含んでいた。そこからイメージを調律する学校もできたし、東洋的なメディテーションの技術も科学的に研究されるようになった。ただ、これは人間側の努力にすぎない」
目線を一時だけ窓にやると、窓際の猫が群れをなして規則的な動きをしている。思えば妙な動きだ。色は真っ黒で統一されている。
「イメージはやがて機械的な手段で"間引き"されるようになった」
「それとケーキはどう繋がるんだ」
「まあ待てよ。それでもデータは膨大なんだ。するとお前の生きた時代じゃストレージなんてものが必要になってくる」
持って回った言い回しに僅かな違和感を感じる。そして窓際の猫はまるで蟻のように同階のマンションへと消えていった。
「俺たちの時代にはこう考えた。いっそ全てのマシンをつないで、そう、トレントやブロックチューン、それの人間版といったところさ。そいつに全てを共有させる。フィルタリングは各人の無意識の脳の領域と顕在意識の2つを使って最適化された。つまりつながれば繋がるほど最適化される」
「それじゃマイノリティは大変だな」
猫がまた列をなして下の階から上がってくる。そうかと思えば彼らは急にバラけて別々にマンションの窓へと飛び込んでゆく。
「マイノリティ。ずいぶん古い概念だな。少なくとも今そんなやつはいないさ」
「そんなはずはない。社会が最適化されてもニッチは消えないし、マイノリティはますます先鋭化されるはずだろう」
各マンションですべての猫が一斉に鳴く。それはまるでハーモニカとクラクションを混ぜた音に聞こえた。
「だからケーキの一部なのさ。あらゆる動物も含むイメージが連結されて、各人がそれぞれの存在でいながら全てが共有される。あらゆる性的指向も暴力も好きなタイプも優秀な頭脳も全てだ。フィルタはグローバルフィルタとプライベートフィルタリングで制御される」
「それじゃプライベートなんて」
鳴き声が一斉にやんだ。
「あれってなんだい」
「猫さ」
彼はまた口笛を吹いた。
「ああ、俺にゃ見えないね」
「もう一つ疑問が。こちらはその、なんでイメージが繋がってないんだ。コールドスリープから目覚めたばかりだからか?」
「それも少し違うかな。その質問に答える前に、お前に話しておきたいことがあるんだ」
「もう何年も前になる。俺にはお前に似た友人がいてね。コールドスリープするってきかないものだから、俺りゃ友人として何度の止めたのさ。何しろコールドスリープなんて未来になんの担保もない技術だ。あいつはそれでも聞かずに冬眠に入っちまった。そこから数年後に冷却装置が故障、契約者の大半の脳は凍傷を起こして死亡した」
部屋の隅から白と黒の二匹の猫が入り込んできて、くわえたネズミを床に落とすと去っていった。ネズミはたちまちシェイクへと姿を変える。
「ところが我が友は幸運だった。やつの脳だけは無事だったのさ。そこからイメージを再生するのもね。今だって自由にイメージの世界を行き来してるさ」
「そいつは願いがかなったのかな」
「特定のデバイスがあれば幽霊じゃねえけどよ。そうじゃない限り、そうだな、お前が見ている猫みたいなもんさ」
黒猫たちに混ざって白猫もたくさん見えるようになった。私は窓の外へと飛び出すと、今まで味わったこともないスピードで彼らを追いかけていた。
>「特定技能は日本人と同じ待遇での雇用が基本」「技能実習は日本で学んだ技能を母国に持ち帰る建前なので最低賃金とか知らん世界」ってこの2制度の違いが浸透していないことをあらためて確認
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002ag3s-att/2r9852000002ag9v.pdf
「技能実習生に対する報酬の額が日本人が従事する場合の報酬の額と同等以上であること」
https://www.otit.go.jp/files/user/191122-2.pdf
これらの法律は碌に守られていないのが、現状です
今夜は産まれないとタカを括って、いつもは湯船に入るけど、シャワーのみ。
寝付きが悪い。寝る前にやってたゲームを夢の中でもプレイしてる。
今振り返ると、前駆陣痛(本陣痛?)でお腹が張ってたから寝付きが悪くて夢を見てたのかもしれない。
6:55 破水
目が覚めてTwitter巡回してたら、どぅるんって胎動が下の方であった直後にシャバっと破水。
お股を手でガードしてトイレまで辿り着くも、便座に座る前に盛大にバシャっと床に落ちる羊水😂
陣痛の痛みはなし。
不規則に張る程度。
麻酔投入①
足、下腹部、腹部に保冷剤を当てられて、麻酔の効きをチェック。下腹部は本当に何も感じない(°_°)
4cmのバルーンを挿入。麻酔が効いてるため違和感程度の痛み。
麻酔がないとかなり痛いらしい、と先生から聞いて、麻酔の効きに感謝する。
11:00 やっと朝ごはん。そういえばたまに痛いかも!?程度の痛み。
11:30 お昼寝。蒸気でホットアイマスクつけてすやぁ(´-`)💤
陣痛用ご飯。かわいいサイズのおいなりさん1つとお味噌汁、一口ゼリー3個。
陣痛が激しくなったら、これしかご飯食べられないのかとびびる。
13:00 陣痛(腹部鈍痛)5分間隔に。
ゲームのイベントが14時〆だからひたすらリズムゲームに熱中。ゲームに気を取られてたら、結構痛くなってきた。
麻酔②追加。
13:45 陣痛2〜5分間隔に。
麻酔③追加
14:15 内診。4センチのバルーン挿入入れたところ、なんと子宮口5センチに😲
バルーン分よりもより開いてる‼️
ずっと上向きで寝てたら、👶の心拍が80位まで落ちる。
(正常域は110〜160程度)
助産師さん3〜4人がバタバタと駆けつけ、ちょっと異常な雰囲気。
麻酔④追加
この麻酔④から、助産師さんを呼んで注入してもらうのではなく、自分で手元のボタンを押して任意のタイミングで麻酔入れられるタイプに。
無痛分娩代(+10万円)払ってるから、絶対に痛くないお産にしようと意気込み、躊躇なくボタンを押すことを決意。
15:30 やっぱり上向くと👶の心拍が下がっちゃう。酸素マスクつけて横向きに。
やることなくて暇だから、「新鮮な空気美味しいねえ」とか「あと何時間で会えるかなあ?」とかひたすらお腹の中に話しかける。
16:30 陣痛の間隔2分おきに。👶の心拍も安定してるから、酸素マスク外す。
17:00 内診。子宮口は変わらず5センチくらい。子宮口をやわらかくするための注射をお尻に打つ💉
導尿ついでに内診したら、👶の頭の位置が下がってきてるとのこと!
18:30 促進剤やめて明日にするorつづけて今日産む会議。
→つづけるに決定!👶頑張るよー!
19:00 隣の分娩室にいきなり経産婦さん(破水始まりの子宮口全開?)はいってくる。叫び声にびびる。
隣の妊婦さんと助産師さんの「はーーー」の呼吸に合わせていきむ練習する。
廊下で助産師さんが旦那さんに電話してて、「ついたときに生まれてるかもしれません」って言ってるの聞こえる…。
こんなに叫ぶほど痛くなるのかと震えて、「この人は無痛じゃない無痛じゃない」と心の中で念仏のように唱える。
隣の人の叫び声にびびって麻酔のボタン押しそびれたから、この日一番の痛みが2分毎に。
キリキリ系痛さじゃなくて、鈍痛系痛さ。
痛さとしては、2日目の生理痛で「今日はもう仕事休んでしまおう」と心が折れる数年に一度の憂鬱な生理の日レベル。
20:00 導尿②
やったあー!!!
(新型コロナのため立ち会い出産は分娩直前1時間程度とのルール。)
でも相変わらず上向きで寝ると、👶の心拍が90くらいまで下がる。
場合によっては(心拍下がる状態が続くようなら)帝王切開or鉗子分娩かもしれないと医師に告げられる。
ただ、もう鉗子できる位置まで下がってきてるから、あとは鉗子で引っ張るだけとのこと。
このあたりから、ずーーーーんっとお尻の骨が内側から押される感じ。(痛くはない。違和感。)
21:00 旦那到着🚕
待ち望んだ子宮口全開(((o(*゚▽゚*)o)))
助産師さんからもらったクラリセージ(分娩促進成分あり)のアロマを嗅ぐと、ちゃんと陣痛の波が来る。
アロマのパワーすごい(°_°)‼️
22:00 微弱陣痛になっちゃってたから、頑張っていきもう、次に👶の心拍下がったら鉗子分娩にしよう(帝王切開はしない)と医師が決める。
でも無痛で微弱陣痛だから、いきむタイミングがなかなか掴めず。
NSTの数値が上がったタイミング(陣痛がきたタイミング)でぎゅっとお腹&お尻に力を入れてみる。
この時点でもお腹の痛みはなし、お尻の骨をズーンと押される違和感しかなく、旦那、助産師、医者と冗談言いながら笑って話せる程度。
10回位いきんだところで、これ以上なかなか降りて来ないからと鉗子分娩に切り替え。
いきむタイミングで助産師さんにグイグイお腹を押されたけど、麻酔のおかげでその痛みもなし。
押してる助産師さんは大変そうだけど、痛みがないから結構他人ごと。笑
ただ、何回目かのいきんだタイミングで助産師さんが、何かをさっと拭き取ってポイッとゴミ箱に投げ入れる動作をしてたから、💩を漏らしたんだと思う。
そんな状況も冷静に観察できるくらい痛くない。
いきむタイミングで、肛門に指を入れられて、内側から押してもらう。
このとき推しカプの姿がふっと脳裏をよぎり、わたしは無痛の麻酔が効いてるから全然痛くないけど、いつも痛い思いをさせてごめんね、となぜか懺悔の気持ちになる。
会陰をチョキンと切開する。痛くない。
鉗子の挟む器具をつけてもらう。
微弱陣痛とともに5回くらいいきんだら、つるん!で頭が出てきて、にゅるん!で肩から下が出てきて産まれてきてくれた。
体力全然余ってたから、大きい声で「おつかれさま、よくがんばったねー!かわいいー!!!」を連呼。
23時以降
「会陰縫う回数なるべく少なくしてください」ってお願いするも、「細かく塗った方が綺麗に縫合されるよ」的なことを言われ、体感8針〜10針くらい縫われる。
「麻酔が切れる前に縫合おわりますように」とひたすらに願ってたから、この時間が一番長く感じた。
あとは麻酔が切れるのを待ち、部屋に戻って就寝。
生後1週間たった今は、よく寝て、よくおっぱいを飲んで、布団をキックで蹴り飛ばす脚力強い子を育ててます。
出産時より、今の方が授乳等の肩こり、おっぱいの張り、抱っこの腱鞘炎で体の節々が痛い。
兄弟に出産祝いとしてエステ券を要求したから、届くのが楽しみ。
破水始まりで、病院到着後すぐに麻酔を投入したこともあり、「痛い」とは1度も言わなかった。
これは病院が「麻酔で、生理痛レベルの痛みをMAXにする」との方針で、すぐに麻酔を入れてくれたおかげ。
また、わたしが「無痛分娩代の元取るぞ!麻酔入れまくるぞ!」と気合十分で挑んで、全然痛くなくても麻酔投入のボタンを30分〜40分に1回は押したおかげ。
痛みがないことで、ソフロロジー式呼吸やお腹の中の👶への声かけに専念することができて、結果穏やかな楽しいお産につながった。
ちなみに一番痛かったのは、38w頃の前駆陣痛。
寝てたら急にキリキリ系の痛みがきて、「痛い💢💢💢」と半ギレ状態で目が覚めて、身体中汗びっしょりだった。
38w時点で96mmと頭が大きかったので、帝王切開の可能性もあると言われていた。
自然分娩じゃないことに対する申し訳なさ等は予習段階から一切なし。
無事に健康で生まれてきてくれたら、分娩方法は問わないよってお腹の中の👶に言い聞かせてた。
インスタで鉗子分娩で生まれてきた頭の長い👶の写真をあらかじめ見てたため、頭が引き延ばされて生まれてきた👶を見ても、「まあそうだよね!」という気持ち。
頭の長さは生後2日で元に戻った。
ただ、やっぱり頭は大きい笑
だっこしてると頭がかなり重い笑
すでに腱鞘炎になりかけてるため、バンテリンの手首サポーターのお世話になってる🙏
分娩時間は11時間、鉗子分娩もしたから一般的に「最高の安産!」というわけではないけれど、個人的には最高に楽しくていいお産だった。
痛みを感じることがなかったから、心に余裕を持てたことが一番の要因かな。
無痛分娩=時と場合によってはかなり痛い、とは知ってて、かなり運要素が強いものだと思ってたけど、幸い当たりを引くことができてよかった。
本当、私はたまたま今回運良く麻酔がきっちり効いてくれたおかげで、今後あるかもしれない第二子の出産に対する恐怖まで取ってくれた。
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-43538302
以下ではチェリーピッキングをする。
リベリアでは肌の色に基づく差別的な規則がいまだにまかり通っているという。
しかしヘイジさんは、リベリアでは二級市民だとされている。実際、彼は市民ですらないのだ。肌の色と、家族のルーツがレバノンにあるという理由で、リベリア社会の正式な一員となることを妨げられている。
数百年後、リベリアの新しい大統領、元サッカー選手のジョージ・ウェア氏は、この規則を「不必要で、人種差別的で、不適切だ」と表現した。
その上ウェア大統領は、人種による差別は、「自由」を意味するラテン語「liber」に由来する「リベリアのそもそもの定義に矛盾する」とも述べた。