「二級市民」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 二級市民とは

2020-06-27

西村大臣が夜の街連呼しているのは

そこにいるのは二級市民から病にかかろうが死のうがどうでもいいってことですよね

2020-06-15

リベリアでもマイノリティ権利制限されているらしい

リベリア――肌の色で市民権が決まる国

https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-43538302

以下ではチェリーピッキングをする。

リベリアでは肌の色に基づく差別的規則がいまだにまかり通っているという。

しかしヘイジさんは、リベリアでは二級市民だとされている。実際、彼は市民ですらないのだ。肌の色と、家族ルーツレバノンにあるという理由で、リベリア社会正式な一員となることを妨げられている。

数百年後、リベリアの新しい大統領、元サッカー選手ジョージ・ウェア氏は、この規則を「不必要で、人種差別的で、不適切だ」と表現した。

その上ウェア大統領は、人種による差別は、「自由」を意味するラテン語「liber」に由来する「リベリアそもそも定義矛盾する」とも述べた。

リベリアアメリカも肌の色の違いで不利益が生まれない社会になるといいな。

2020-04-19

anond:20200419232623

東京の方が給料が高い。地方地元企業給料では一生二級市民だ。

だった。過去形になってしまった。もうみんなリモートワークだ。

東京しかない文化的体験がある。

あった。過去形になってしまった。もう美術館博物館も各種芸術イベントも全滅だ!

2020-04-05

自分事とか言われても

底辺労働の単身アラフィフKKOだが、最近報道関係コロナ自粛要請だんだん感情に訴えるタイプになってきててイライラする。

過去から積み上げた資産も明るい未来も持ってないんで、罹患しても発症しなければラッキー運悪くツモって別に死んじゃってもいいやぐらいに思ってるし、家から出ないでいたら金くれるとか、外出してたら逮捕されるような状況にでもならん限り、今後も自分ささやか快楽の方を優先するだろう。

そもそも自分に守りたい物がない状態で、ちょっと前まで「お前ら自己責任二級市民やってんだろ」と嘲り蔑んできたような連中の生活を自腹切って守る理由なんてないよなあ。

つーか自覚症状出てもダマで全ツッパだし検査にも行かない。だって陽性って判明して隔離される事にインセンティブないし。

2019-12-03

非モテの星YSニキはモテないだけで年収700万に株の運用もしてて大学教員っていう正真正銘強者男性だぞ

2019-11-26

英語力を語る時忘れられていること

英語で会話しようとする人の90%は、外国語英語を喋っている人であって

大半の場合ネイティブからみたら下手、とかクソどうでもいいということ。

彼らから難しい単語は(専門用語を除くと)出てこない。

から発音がどうとか、語彙力がどうとか、ネイティブはI'm fine thank youって言わないとかはっきり言えば全部雑音。

スラングや独特な言い回しは、必要ならば使っている集団に混ざってから学べばいい。

スウェーデン人の元上司も、英語で一番やり取りが難しいのは英国人だと言ってた。

勉強をするのは世界の人と意思疎通をする共通語を学ぶためであって、

英語圏の人に二級市民として認めてもらうツールを得るためじゃねえよ。

2019-11-04

お前らは全員フェミニズム理解していない

献血ポスターの件でまたあちこち燃えているけれど、フェミニズムについて両陣営がよく理解していないまま戦争しているなあ、と考えていたらふと学生時代に書いたレポートを思い出したので供養しようかと思う。

これは「ポルノグラフィ法規制」に対してのフェミニズム観点テーマであって今回の件とは必ずしも直接は関与しないが色々なところが補助線として使えるのではないかと思うのでもし議論の整理に何らか役立てば。

字数が切れていたので分割。

anond:20191104142158

以下本文

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1. 問題設定

レポートでは、ポルノグラフィとその法規制について、いくつかの観点から検討する。ポルノグラフィは、フェミニズム運動の中でリプロダクティヴ・ライツやセクシュアル・ハラスメントなどと並んで一定地位を占めてきた。一方で、その規制は、日本国憲法21条や米国憲法修正1条にいう表現の自由と正面から激突するものでもある。本レポートにおいては、日本国憲法の射程に限定しつつ、これらがいかに衝突するものであり、どう分析されるべきかを簡単に整理することを目標とする。

2. ポルノグラフィ定義

最初検討されるべきは、規制対象たりうるポルノグラフィいかなるもの定義されるかということである。もちろん、いかなる性的描写ポルノグラフィであって規制対象たりうる、という立場自体不可能ではない。しかし、表現の自由が強く保障されることを前提としたときに、容易には首肯しがたい立場であるということは言うまでもない。表現の自由への制約は可能な限り小さくなくてはならないというのが前提であるとすれば、規制対象となるべきポルノグラフィもそれ自体また狭く定義される必要があるであろう。

まず、一般的ポルノグラフィ定義について俯瞰する。いわゆる四畳半襖の下張事件において、「わいせつ性の判断に当たっては、文書全体としてみたとき、読者の好色的興味に訴えるものであるかどうか否かなどの諸点を検討することが必要で、これらの事情総合し、その時代健全社会通念に照らして、チャタレー事件で示したわいせつ要件に該当するといえるかどうか判断すべきである」という判断がなされており、わいせつ要件(通常人羞恥心を害すること、性欲の興奮、刺激を来すこと、善良な性的道義観念に反すること)をベースとしたうえで、社会通念に照らして文書等のわいせつ性が判断されるという判例を構築している。

判例立場は、わいせつ性が前面に出ているのか否かという観点を取り入れることによって性的対象を扱った作品であっても、芸術的価値の高さなどに応じてわいせつ物該当性を認めないという形で一定の制約を設定しているといえる。ここには、表現の自由との緊張が見て取れる。つまり本来性的表現であっても、直接他者危害を与えるものでない限り、国家によって自由を制約されるべきではない。しかし、わいせつ該当性があるならば、例外的規制することが許されるとしていわゆる定義づけ衡量を行ってわいせつ図画を規制しているものであるといえる。

一方で、Andrea DworkinやCatherine McKinnonはポルノグラフィいか定義たか。それは、実際に彼女たちが起草した反ポルノグラフィ条例に見て取れると考えられる。ミネアポリス市の反ポルノ条例第三条 は、「ポルノグラフィとは、図画または文書を問わず写実的描写され、性的にあからさまな形で女性従属させるものであり、かつ次の各事項の一つまたはそれ以上を含むものを言う。(1) 女性人間性を奪われた形で、性的な客体、もの、または商品として提示されている、(2) 女性苦痛や辱めを快楽とする政敵対象物として提示されている、(3) 女性レイプされることに性的快感を覚える性的対象物として提示されている、(4) 女性性が縛られ、切りつけられ、損傷を加えられ、殴られ、または身体を傷つけられた性的対象物として提示されている、(5) 女性性的服従姿勢提示されている、(6) 女性が、その身体の部位……に還元されるような形で示されている、(7) 女性が生まれつきの娼婦として提示されている、(8) 女性がモノや動物によって挿入された状態提示されている、(9) 女性が、貶められたり、傷つけられた李、拷問されたりする筋書きにおいて、汚らわしいものないし劣等なものとして、または出血したり、殴られたたり、傷つけられたりして描かれ、かつそれらの状態性的ものとする文脈の中で提示されている」と詳細に定義している。最高裁判例の打ち立てた上記基準と比べるとこれは、はるかに明快である

ところでこの二つの定義には、その明確性を超えて、根底的な部分でのポルノ観の相違が明々白々と見て取れる。これは、ポルノ規制日本において考える際にも重大な差異であると考える。

最高裁におけるわいせつ概念定義は、三要件を用いたその定義から明らかに社会的性道徳、善良な性風俗といったもの保護対象としている。つまり、過度に扇情的ポルノ作品市場に氾濫することで、社会を成り立たせている道徳基盤が破壊されることを防ごうという目的である。いわゆるチャタレイ事件控訴審における判決理由中の「かゝる文書猥褻文書として排除せられるのは、これによつて人の性慾を刺戟し、興奮せしめ、理性による性衝動制御否定又は動揺せしめて、社会的共同生活を混乱に陥れ、延いては人類の滅亡を招来するに至る危険があるからである」という文章は、まさにこの懸念わいせつ文書規制するべき理由であるということが念頭に置かれているものであると考えられる。

ミネアポリス市かいくつかの都市で起草された条例は、こうした目的のもとにポルノグラフィ規制しているのではない。それは、McKinnonらの論文や、また、条文そのものから明白である。ここで、ポルノグラフィはまさしく「女性差別」そのものとして認識されている。

ポルノグラフィは、女性を隷属させ、性的対象化objectificationするものである、とラディカルフミニストたちは考える。つまり、「ドウォーキンはいう。『女性従属においては、不平等のものがセクシュアルなものにされる』。マッキノンも次のように述べている。『ポルノグラフィーは女性の不平等をセクシュアルなものにする。それは女性の不平等セクシーものに仕立て上げる。それは、言葉の最も広い意味で、支配服従をセクシュアルなものにする』」 。

ここで、ポルノグラフィに対する定義が、二方向のアプローチを有しうることが示されている。つまりポルノが消費されたときに、社会倫理的道徳的にどのような影響を受けるかという観点と、道徳観点を一切取ることなく、ポルノの中で女性がどのように扱われているか、またポルノを消費する男性女性に対してそれを再演することでどのような危害が生じるか、という観点である

Millの提示した危害原理を素直に適用する限り、後者観点の方が規制根拠としては明らかに優れている。前者において、明白な危害存在していない。先に引用した人類滅亡論などは、まさしく論理の飛躍であろう。一方で、後者アプローチをとるならば、それが証明される限り、実際の危害が生じていると言える。これは、いか表現の自由価値絶対視し保護するとしても、しかしそれを規制する十分に強力な根拠たりえる。次章では、ここで主張される危害について検討する。

3. ポルノグラフィ危害

ポルノグラフィが「危害」を有するものであるならば、それは表現の自由を主張してもなお規制に当たることは言うまでもない。表現の自由に対して強く保護を与えることを主張したアメリカのOliver Wendell Holmes Jr.判事であっても、満員の劇場で「火事だ!」という嘘を叫ぶことをいかなる表現の自由保護しないと明言している 。また、実際にポルノグラフィ一般的危害を生ぜしめないとしても、上記の条文を見るに、発生しうる危害から逆算的にポルノグラフィ定義されており、これは限定列挙であると考えるべきであろう。

もっとも、注意しなくてはならないのは、ここで挙げられたものは、危害を「創作」したものまで範疇に含まれることである。つまり女性傷害を受けるという「現実」の存否にかかわらず、そうした創作は、ポルノグラフィとして定義される。そうした映像が、現実における傷害と必ずしも一致しないことは、あらゆる劇作の前提である 。そして、実際に生じた傷害については、こうした条例法律にかかわらず民事上、刑事上の責任を負わしめることが可能である

危害がどの広さで認識されるべきかということについては、確定的な見解はいまだ存在しないものと考える。元来はMillのいう危害原理、すなわち身体的な危害を指していたものであるが、現代的にはこれを精神的(に深刻)な不快の限度にまで拡大した不快原理offense principleと言われるものまで提唱されている 。もっとも、身体的な危害については明確で客観的基準の定立が可能である一方で、主観的不快およびその深刻性については、客観的判断が困難であり、現行の法システムに馴染むのかという点で深い疑義がある。

ラディカル・フェミニズムの主張する「危害」がそうしたグラデーションの中でどこに位置するものであるかは、詳細な分析必要とする。McKinnonの言明する危害は、ポルノグラフィはそれ自体性差別であり、それによって女性従属化されるということである。そして、そのポルノグラフィ撮影において、また、ポルノグラフィが再演されることによって、女性は「縛られ、殴られ、拷問され、貶められ、時には殺される場合さえある。あるいは、単に犯され、使用されている。視角ポルノに映し出されているあらゆる行為のために、女たちは実際に、縛られ、切りつけられ、焼かれ、猿ぐつわをはめられ、鞭うたれ、鎖でつながれ、肉吊り棒や木からロープで吊り下げられ、あるいは、……放尿させられ、排泄物を食べさせられ、ウナギネズミナイフピストルで貫かれ、喉の奥までペニスで侵され、血や泥や糞便や精液で汚される。……ちなみに、膣にペニスが挿入されるという意味での性交は、そこでは副次的テーマに過ぎない」 。すなわち、ポルノグラフィは、男性女性に対する性欲そのものが充足されるためのものではなく(それは副次的テーマに過ぎない)、もっぱら女性に対して暴行を加え、二級市民化することによって従属せしめることが目的とされ、そのためのプロパガンダとして成立しているものであるとされる。「ポルノグラフィ女性憎悪純粋蒸留物であり、女性経験の中でレイプ女性殴打、近親姦強制売春と結びついている。そのことを考えるなら、ポルノグラフィ擁護して発言する自称フェミニストがいったいいかなる道徳的・政治的原則にもとづいているのか、とうてい理解することができない」 と彼女は断言する。

実際にこれらが物理危害として発生しているのならば、それは全く看過することのできない危害のものであり、規制はされてしかるべきものであるしかし、これらは実際の刑法典、民法典の規定によって補足可能ではないか? という疑問が生じてくる。McKinnonはこれに対して、現実にそうした摘発がなされていないことをもって実質的に法は存在せず、それゆえ国家及び社会ポルノグラフィ公認していると見做される旨主張する。

McKinnonの熱烈なポルノ批判に対し、Drucilla Cornellはポストモダンフェミズムの立場のもと、一定距離を置く。「私たちは、ポルノグラフィ生産に対してとられるべき法的行為措置を、ポルノグラフィの配給に特化してとられるべき行為措置から区別すべきである。私は、この区別が、ポルノワーカーを含めた女性たちが、人格となるプロジェクトを引き受けるのに十分なだけ自己を固体化していく、というフェミニスト目的根本的に寄与すると主張する。この産業女性たちを連帯に値しない不幸な犠牲者として扱うことは、彼女たちの基本的尊重を拒絶することである」 という言葉は、ポルノワーカー女性について、「ポルノグラフィに出演している女性の多くは、子どもとき性的虐待の被害者であった。……自宅から性的虐待を逃れて都会に出てきた子どもたちは、そこでヒモに拾われ、レイプされ、殴られ、麻薬づけにされ、売春ポルノグラフィ従事させられるのであるポルノグラフィに出演している女性の多くは貧しく、たいてい教育を満足に受けていない。ポルノグラフィ存在している社会は、女性経済的に不利な立場に置かれている社会である」 と記述するMcKinnonらを批判対象としている。Cornellはさらに、「私は二つの特殊フェミニスト的な理由からポルノグラフィ規制法律に過度に頼りすぎることに対して懐疑的である第一に、反差別法の基礎としてステレオタイプ女性性を強化すべきではない。言い換えると、キャサリン・マッキノン仕事のように、女性を「ファックされる者 fuckee」か犠牲者に切り詰めたうえで、そのような存在としての女性に対する保護要求するような、文化的コード化された女性性を促進するような法はいらない。そういうわけで私は、マッキノンやアンドレア・ドゥウォーキンのそれのような、ポルノ規制の適切な法的手段としての市民権条例案を拒否する」 と言う。

2019-08-28

anond:20190827162611

でおっでお、でおっでお

ってとりあえず言っておけばいい?

地上波だとミニしかないんだよな。

まあ、最近やっと男性家事二級市民扱いされていることが海外問題視されてきたところだから、輸入するのに10年くらいかかって、それから改名されるのでは?

2019-08-04

例の表現不自由展の話


国や県の補助金が入っているか政府が展示内容にいくらでも口を出してもいい、って本気で思っている人がいまだにいるみたいだけど、そんなことはないんだよ。

何故かというと、表現の自由保障するということは、政府国民の間で交わされる表現活動について中立的であるべきことも含意するから

これはちょうど、信教の自由保障政教分離原則が密接な関係にあるのと同じことだと思えば理解やすいだろうか。

国によっては、国教を定めつつもその他の宗教も一応認めます、ってところもあるけど、それではやはり国教徒以外は二級市民ということになってしまう。だから日本では、政教分離原則を定めて国家宗教に関わらないことにしたんだよ。

同じように、政府が、この表現は正しいか補助金を出します、この表現は正しくないか補助金は出しません、とやりだしたら、表現の自由保障はすぐに形骸化してしまうんだよ。

例の表現不自由展の話

国や県の補助金が入っているか政府が展示内容にいくらでも口を出してもいい、って本気で思っている人がいまだにいるみたいだけど、そんなことはないんだよ。

何故かというと、表現の自由保障するということは、政府国民の間で交わされる表現活動について中立的であるべきことも含意するから

これはちょうど、信教の自由保障政教分離原則が密接な関係にあるのと同じことだと思えば理解やすいだろうか。

国によっては、国教を定めつつもその他の宗教も一応認めます、ってところもあるけど、それではやはり国教徒以外は二級市民ということになってしまう。だから日本では、政教分離原則を定めて国家宗教に関わらないことにしたんだよ。

同じように、政府が、この表現は正しいか補助金を出します、この表現は正しくないか補助金は出しません、とやりだしたら、表現の自由保障はすぐに形骸化してしまうんだよ。

2019-07-18

anond:20190716124215

「お母さんのお手伝い?えらいねぇ」って言われたことあるか?

休日子供と二人で出かけたとき、年配のおばちゃんにかけられた言葉だよ。

自分たちの親の時代父親子どもと仲良くしていると変態扱いだったらしい。

今はそれよりはずっと良くはなっていると思うけれど、いまだに二級市民扱いしてくる奴がいる。

まあ、冒頭のセリフを吐くような失礼な奴らには「今では父親育児するのは当たり前ですけど?!親ですから」と答えることにしている。

余談だけれど、入院した時思ったけれど、男性看護師男性の病室の担当に重宝してるっぽいなって思った。

2019-06-30

anond:20190630082417

これを見て、ふと男女共同参画センターとか糞だなって思った

収入の多い人=世の中で権力を持ってる人、なわけで、保育料上げるとこの層の猛反発食らうから無理でしょ。

例えば世論を左右するマスコミ業界人なんかここに当てはまるわけだし、彼らが自分らに都合が悪い政策を支持する意見を流すわけがない。

twitterなんかで騒いでるワーママ連中もtwitterで遊ぶ余裕がある(収入多い)人たちが多いわけで、彼らも炎上させるだろうし。

流通業界の値上げはみんな、なんだかんだ言って受け入れたのに、こういうのの値上げは受け入れられないんだな。

なんでなんだろーって考えたら、二枚舌で糞すぎるという結論しか至らなかった。

男女共同参画センターとか行くとさ、DVされてませんかとか、男性と同様の雇用を受けてますかとか、マタハラに対する抗議がうたってあるじゃん

でもさ、そこで"女性活躍する"ために搾取されている連中を保護しようなんて考え方を見たことは一度もないんだよね。

こういう人の存在世間では時々言われているけれど、男女共同参画センターではなんていうか、いない人扱い。いわば、女性活躍二級市民だよね。

先日、大会社の人の育休後配置転換が騒がれていたけれどさ、保育園でおそらく普通に行われているマタハラってどうなのよ?

あっちは大きい会社の人で、裁判も起こしたからいる人扱い。

保育士はさ、人々にに訴える手段もなく、弁護士を使うという発想もなかったりして、弁護士に支払うお金もないか裁判も起こせず、いない人扱いだったりしないの?

2019-06-21

非正規と言うな!

かに二級市民とかの方が実態表してていいよね

2019-05-16

anond:20190516171701

これは分かる

社会子育て」などと嘯くなら、子育てしない・できないやつは二級市民だろ。

2019-04-20

anond:20190420204831

は?

家父長制の元の女は二級市民でもなんでも無いが。性別役割分業の結果として大変尊重されてるけど?

曲解著しいぞ。フェミプロパガンダに踊らされてんのか?

そしてそれがKKOの言ってることであると言う根拠もない

2019-04-14

強制二択

連休「月収四分の一カットか年間有給半分消化のどちらかを選べ」

ホント二級市民地獄だぜ・・・・・・ハハハ・・・ハァ・・・

2019-03-03

anond:20190303114621

それがどうした?(オタクの大好きな宇宙最強の台詞www

オタク現代二級市民にしてエタヒニンだろ

自分たち立場をいいかげん理解しろ

2018-11-07

anond:20181107211300

オタクがエタヒニンであり二級市民であるというのはそれだけの期間の伝統のある定着した立場だという話だが。

2018-11-05

外国人労働者二級市民として扱うのは世界標準です

母国人との待遇に差をつけることは他国ではごく当たり前なのだけど、左翼はなぜ同等に扱えと言うのか。

人権を守る程度のこととは別問題でしょ。

2018-11-03

anond:20181103202323

宮崎事件以来オタク社会が認めるサンドバッグにして二級市民だったのにどうして反撃してくるんですか?(電話を持った猫の画像省略

2018-09-19

anond:20180919023638

20年引きこもってるやつ知ってるから長期懲役刑特別厳罰だとは思わない

長寿化が進んでさら家族持たない人生普通化して個人主義跋扈する今は余計に長期の懲役世間の求める「厳罰」とはかけ離れていく

それがさら厳罰化に拍車をかける構造

犯人だけでなく親兄弟実家やご近所、地域全体も連帯責任だ!ってな感じにネット世論は沸騰する

 

世間の求める厳罰とは多分懲役数字を加算するだけのものではなくて犯罪者見える化、罪を犯した人の二級市民化であり、そのための法制化を必要としているのだろう

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