はてなキーワード: トライアンドエラーとは
まずはじめに言うと私はアスペルガーでもないし、発達障害でもない。数回検査をして、違うと診断が出ている。
小さい頃から太っていて、カンが強く、思い込みは激しく、怒りっぽい。友達は少なかった。中学は半分不登校だった。高校はランクが低いところをだましだまし通っていた。ニート、引きこもり、の前座としてはよくある話だ。
20代はずっとフリーターだった。10~15万円の給料をもらって、実家からでないまま遊んだり、勉強もすこしはしただろうか。一年務まればいい方で、数ヶ月でクビになった。クビを宣告される前は私も体調を崩すようになっているので、ショックはあったけれどもう通わなくていいのだと思うとほっとしていた。そして何ヶ月かニートになり、また金がなくなると働き始める。その繰り返しだった。職場では、遅刻とまではいかないが、いつもギリギリに到着していた。同僚との仲も徐々に悪くなっていった。それでも大きく態度に出さなかったのはとてもありがたかった。もしかしたら鈍感すぎて、いじめには気がつかなかっただけかもしれない。
そんな中、20代後半になって唯一長く務まるバイトに出会った。数年続いた。給料もまぁ、仕事の時間を考えればそこそこ貰えた。趣味や、ツイッターでできた友達と遊んだり、楽しかった。それでもこの仕事も突然ダメになった。体を壊したのだ。
原因が分からずに、病院に行った。いくつも病院を回って、どうやらこの症状はメンタルから来ているらしい、とわかった。意味がわからなかった。この仕事でストレスを感じることは他の仕事に比べればほとんどなかった。
仕事は体力仕事なので、体が動かなかったら働けない。けれど仕事は溜まっていて、人が足りなかった。出られないか?と何度も言われた。私も、行ったところで仕事にならないのを認めなくなくて仕事に行った。仕事は終わるはずもない。誰かに肩代わりしてもらうしかなかった。そんなことをズルズルとやって、結局数ヵ月後に退職した。
なおしたかった。働きたいと思っていた。しかし、それが何年も続くとどうだろう、私の中にあった怒り、欲求は薄れて、ただのボンクラが出来上がってしまった。もともとボンクラだったのかもしれないが、それが輪にかけてボンクラだ。
動けないならネットの仕事をすればいいのに、と思ってサイトに登録してもみたが、結局ダメだった。趣味を仕事にしてみたら?ダメだった。
トライアンドエラーを繰り返すうちに、どんどんと自分がダメなものなんだなぁと自覚させられる。自分が自分に期待をして、頑張ってみないか?と思うのももう嫌になってしまった。
それでも不幸なのだろうか、と思ってもそうではない。通院の結果少しずつ動くことはできている。趣味の友人とネット上で楽しく交流させていただいている。両親はいるし、持ち家もパソコンもスマホもある。月に少しおこずかい(30代が!ここは笑うところだ)を頂いている。
大変あまっちょろいと本当の不幸の方にお詫びする。私は、ただ障害を負っただけのクズなのだ。辛いことも、未来のことも何一つ考えない。今が楽しければそれでいいとバイオリンを弾き鳴らすキリギリスなのだ。
…本当は、未来のことを考えないこともない。でもわからない。時折、家族と喋る。これから何をすればいいと思う?どうすれば?そんなことを言われても、何をすればいいかなんて全く考えが浮かばない。本当に、何一つ、わからない。
小説だったらこういうとき、主人公は血のにじむような努力や優秀な頭脳を使って困難を打ち負かしていくんだろう。素晴らしいハッピーエンド。私はどちらもすることができない。私のような人間は物語には登場しない。
夏にバイオリンを弾くキリギリスは、冬には寒さで死んでいく。私の家も決して裕福ではない。両親からは、私たちが働いているうちは援助もできるが、定年になったら無理だ。と言われている。定年まではあと数年だ。きっと私の夏もあと数年なのだろう。願わくば冬の辛さを味わうのは、少しだけがいいと祈らずにいられない。
1 ヶ月くらい前からサインバルタという抗うつ薬を内服している。これは SNRI という薬剤に分類されるもので、神経伝達物質であるセロトニンとノルアドレナリン、両方の機能を増強するものだ。かなりの劇薬で、この手の薬剤にはよくあるように内服開始すると早々に副作用が出てくるものの、患者が必要としている薬効は少なくとも 1 週間くらいは内服継続しないと出てこない。
これまで何年間も抑うつ状態から浮かび上がることができずに苦しんでいたが、サインバルタを内服開始してから 1 ヶ月ほど経過し、やっと副作用もやわらいで気分落ち込みのない "普通" の時間が出てきた。ただしそれが終日続くようなことはなく、せいぜい 30 分から 2 時間くらいのことであるが、それでも気持ちが穏やかな時間ができたのは本当に嬉しい。
今回改めて思うのは、自身のうつ病を薬物なしで、気持ちの切り替えなどの自助努力のみで良くすることは自分には無理だっただろうということだ。しかし今までも他の抗うつ薬を試す機会は何度かあったが、それらは全く上手くいかなかった。では何が違うのか、私的経験のみにもとづくものではあるが考察してみたい。
当然のことであるが、薬の合う合わないはあるかと思う。抗うつ薬は効果が出るまでに時間がかかる一方で、抗うつ薬の副作用は強烈であるし、うつ病患者にはトライアンドエラーができるほどの気持ちの余裕は全くないため、効く薬さがしは難儀することが多いかとは思う。また単剤で十分量を十分期間投与というのがうつ病治療の基本らしいのだが、十分期間を待つことも難しい。今回は日中の眠気が少ない薬剤を選択してもらえたのが継続できた理由のひとつかと思う。
いずれも抗うつ薬の治療効果をマスクしてしまう可能性がある。つまりアルコールや抗不安薬での気分変化のほうが大きいため、抗うつ薬が効いていたとしてもその変化を感じとれない可能性がある。かつての私はこの問題に陥っていた可能性が高い。今回はアルコールも抗不安薬も常用していなかったので僅かな気分の復調を敏感に感じとることができ、それも治療継続のモチベーションとなった。
運動によって自発的に脳内麻薬/エンドルフィンモードをつくり出せると、気分のよい時間を増やすことができる。有酸素運動で脳内麻薬を出すにはマラソンにおけるランナーズハイのようにけっこうな時間がかかってしまうが、短距離走ダッシュとか筋トレなど全力を出すような無酸素運動であれば比較的簡単にエンドルフィンモードに近づけるようだ。この状態にするには全力を出すことが肝心なようで、自重だけで十分負荷をかけるのは困難なので、筋トレするならジム通いが効率的だろうと思う。私は 10 回ギリギリできるくらいの負荷をかけ、時間をおいて 3 セット繰り返すようにしている。
私は完全に地頭が良くないタイプの人間で、地頭が良いであろう人間を目の当たりにする度自分と比較して凹んできた。
(こうして人と自分を比較している時点で本当に愚かなことがよく分かる。)
・本質を捉えることが出来る
物事にはなんでも本質というものがあって、それを捉えることが出来るものは地頭が良いのではないか?と常々思っている。地頭の良い人は的外れなことを言わない。
問題が目の前にあって、それに対して真の原因を探っていく。
これはぼんやり生きているだけだと恐らくダメで、考え続けるということを自然に出来る人間が強い。
訓練である程度のところまでいける気はしてる。
幼い頃から疑問を絶やさず自ら思考出来る人はこれを当たり前にやってのけるのではないだろうか。
・アウトプットを常にしている
アウトプットするということはトライアンドエラーの繰り返しだ。
アウトプットの形態は何でもいいが考えるだけでなく、実際に何かを形に残す、人に伝えるということが出来る能力は地頭の良さに関係している気がしてならない。
そもそもアウトプットするということは前述の「考える」ということになるからだ。
何かを作ろうとする視点を持ちながら世界を見ることで考えを深めたり、実際アウトプットすることでその反応を肌に感じてまた次のアウトプットに生かせるのでは。
そうすると考え続ける人生になる。
もちろんアウトプットのためのインプットを常にしているだろう。
・長い目で物事を見ることが出来る
目の前のことだけをこなすことと、一歩下がって視野を広く持ち長期的に問題解決に向けて物事を考えることは大きく違う。
それに対して後者は問題の根本的な部分と向き合うことをしている。
時間的に過去から現在、未来までを考慮しながら思考し行動できる。
ふわふわ考えてみたけど結局こんなことは誰にでも考えられるし挙げられる。
思考は日々の繰り返しだし訓練だ。ひとつの物事について掘り下げが必要だ。
スマホは怖い。マルチタスクが可能なので思考があちこちに飛んでしまう。便利だが飲まれないようなしたい。
考えることをやめたくない。でも自分の考えがひどく的外れであるかもしれないしそのことにすら気付けないのは地頭が悪いことの不幸だし、幼少期から思考を怠ってきたツケでもあるかもしれない。
情報弱者の略語ではあるが、意味はよりシンプルだ。バカ。著者のことである。
今日まで、9年に渡ってiPhoneとApple製品を使い続けてきた自分は、少なくともこの類の人間ではないと信じていいた。
2008年 秋 日本発売された直後のiPhone3G欲しさに、「お義父さんストラップが貰える」『料金が安くなる」などと吐き、家族全員をドコモからソフトバンクへ移行させることに成功する。11月 当時中学2年生オタクまっしくぐらの自分はついに念願のiPhone3Gを手に入れた。
説明書はない。今のようにまとめサイトや聞けば誰かが優しく教えてくれるSNSもない。
ひたすらGoogleで調べ、信頼できそうなブロガーの記事を見つけ、そこのコメント欄からコミュニティーが広がり、
更に別の良質な記事を見つけ、トライアンドエラーを繰り返すことで、iPhoneを使いこなしていった。
SBの店員すらもよく使い方や設定すらもよく分かっていなかった当時、頼れるのはネットの向こうの見知らぬおじさんたちしかいなかった。
某巨大掲示板で半年ROMってギズモード・ジャパンやライフハッカー、ギガジンのリンクを踏み、痛いコテハンをつけたり、最初は手探り手探りでiPhoneの設定や使い方をマスターしていった。
その中でも最もよく利用していたのが、個人ブロガーするぷ氏の和洋風(現在は和洋風カイ)とスタートアップ期のAppBankの運営するiPhoneBBSだ。
書いてるだけでも懐かしくなってきた。
するぷ氏の優しいお兄さんのような語り口の文章は厨房の自分にも非常に分かりやすく、かつブロブのデザインもおしゃれでセンスが良かった。たまーに出て来る技術的な話も、グーグル先生片手に必死に読んでいた記憶がある。
このするぷ氏の匠な技のせいで、私はAppleとジョブズ、そしてiPhone さらには水樹奈々を愛するようになってしまった。
iPhoneBBSでは主に他のユーザーとの情報交換が主だった。
どうすればプロバイダメールをiPhoneで受信できるか?といった何気ない話から、最強の脱獄アプリは何かと言った少々アウトローな部分まで。
流石に当時の少ないアプリ数ではAppleの監視の目が厳しかったのか、
脱獄関連のスレッドはAppBank運営サイドによって一瞬にして消されるようになり、運営兼ライターの方「配信停止になるから脱獄の話は頼むからやめてくれ」と懇願されるまでになったことをなんとなく覚えている。(違ったらごめんなさい)
ほかにも高校生起業家 うめ◯ん や 勝間某といったiPhoneやTwitterの黎明期の有名人が色々いたような気がするけどまぁいいか。
閑話休題。
先述のような試行錯誤の成果が全て自分のiPhone3Gの中に入っていた。
アプリの配置から、内容まで自分だけのiPhoneが仕上がっていたと自負していた。
最新版のOSの動きが鈍い事にしびれを切らし、契約更新の際、iPhone3Gは一気にiPhone4に進化した。
圧倒的に美しいRetinaディスプレイ、信じられないにパワフルになったA4プロセッサに加え、従来のデザインを刷新して両面を強化ガラスに変更。側面の削りだしのアルミもかっこよかった。
この時、私は、iPhoneの、性能やデザインとは全く異なる強さを痛感するのだ。
iTunesとバージョンアップ機能のお陰で、ボタン一つで今日買ってきた新品のiPhone4の中身が昨日まで使っていたiPhoneと同じになった。なってしまった。
アプリ、写真、メール、電話帳 その他設定などがすべてが一瞬で引き継げた。
2年間、ネットとリアルの間で四苦八苦し続けた成果や思い出の写真、音楽などがお蔵入りになるはずが、一瞬で新しい端末に引き継げたのだ。
これほど嬉しいことは無かった。
中身のデータは何一つ昨日と異なるところはないのに、動作は一気にパワフルに、本体のデザインはさらにスタイリッシュになった。
以降は2年の更新月が来る毎に、時の最新機種に乗り換えて、中身のデータの引き継ぎを行い続けた。
13年には5Sにバージョンアップ。この頃には、iPhone OSの名称はとっくに無くなり、ジョブズ当人ですら帰らぬ人になってしまった。
16年春 水没した5Sの後継としてPhone6sを契約。
いつものようにバージョンアップから復元し、昨日までの環境を再現、新たなスタートを着り、今日2018年1月12日に至る。
約9年 4台に渡ってiPhoneを使い続けた結果、その中のデータは、私が中学1年生から大学4年生の今に至るまですべての成長の記録すべてと言っても差し障りない。
写真データなどはとうに1万枚を超え、中1のクラス写真や、中3の修学旅行で友人が軍艦島の策を乗り越えようとするところを、柔道家の先生に取り押さえられるシーンなどが含まれる。
音楽などは、より顕著かもしれない。アニソンに始まり、ロック、パンクロック、フュージョーンに流れジャズに回帰する 自分の音楽ブームの流れが見て取れる。
さて、そんな私のすべての詰まったiPhoneが再起不能となってしまった。
火曜日から原因不明の40℃を越える高熱に悩まされていたとはいえ、全く合理的でないことばかりをしてしまった。
熱に魘され、寝ぼけながらパスコードを変えてしまい、それが分からなくなってしまった。
なぜかは全く覚えていない。
大方、このまま死んでしまったら両親は簡単にiPhoneの中身を見ることでき、それが恥で嫌だからややこしいパスコードに変えたのだと思う。自分が。
思いつく限りのパスコードを今日1日使って総トライするも、当たるはずもなく、ついてにiPhoneに使用不可のロックが…。
また、バックアップデータも移動のつもりが誤って消してまうという、全くもって理解できない行動が続いた。
こうして、中1から約10年の筆者の成長記録はそのすべてが無になってしまった。
一番惜しむのは、我が家で買っていた初代の飼い犬の写真が、iPhone以外に自分は持ってないということ。
その分2代目の写真を多く取っているけど、2代目の写真を取れば撮るほど初代の子を忘れていくような気をしてします、
ただ、このタイミングで熱が出て、パスコードが分からなくなってデータが消える意義はあるのか?
社会人になる2018年、過去の遺物との繋がりを断ち切るために消えた?
バカが。
情報弱者の略語ではあるが、意味はよりシンプルだ。バカ。著者のことである。
今日まで、9年に渡ってiPhoneとApple製品を使い続けてきた自分は、少なくともこの類の人間ではないと信じていいた。
2008年 秋 日本発売された直後のiPhone3G欲しさに、「お義父さんストラップが貰える」『料金が安くなる」などと吐き、家族全員をドコモからソフトバンクへ移行させることに成功する。11月 当時中学2年生オタクまっしくぐらの自分はついに念願のiPhone3Gを手に入れた。
説明書はない。今のようにまとめサイトや聞けば誰かが優しく教えてくれるSNSもない。
ひたすらGoogleで調べ、信頼できそうなブロガーの記事を見つけ、そこのコメント欄からコミュニティーが広がり、
更に別の良質な記事を見つけ、トライアンドエラーを繰り返すことで、iPhoneを使いこなしていった。
SBの店員すらもよく使い方や設定すらもよく分かっていなかった当時、頼れるのはネットの向こうの見知らぬおじさんたちしかいなかった。
某巨大掲示板で半年ROMってギズモード・ジャパンやライフハッカー、ギガジンのリンクを踏み、痛いコテハンをつけたり、最初は手探り手探りでiPhoneの設定や使い方をマスターしていった。
その中でも最もよく利用していたのが、個人ブロガーするぷ氏の和洋風(現在は和洋風カイ)とスタートアップ期のAppBankの運営するiPhoneBBSだ。
書いてるだけでも懐かしくなってきた。
するぷ氏の優しいお兄さんのような語り口の文章は厨房の自分にも非常に分かりやすく、かつブロブのデザインもおしゃれでセンスが良かった。たまーに出て来る技術的な話も、グーグル先生片手に必死に読んでいた記憶がある。
このするぷ氏の匠な技のせいで、私はAppleとジョブズ、そしてiPhone さらには水樹奈々を愛するようになってしまった。
iPhoneBBSでは主に他のユーザーとの情報交換が主だった。
どうすればプロバイダメールをiPhoneで受信できるか?といった何気ない話から、最強の脱獄アプリは何かと言った少々アウトローな部分まで。
流石に当時の少ないアプリ数ではAppleの監視の目が厳しかったのか、
脱獄関連のスレッドはAppBank運営サイドによって一瞬にして消されるようになり、運営兼ライターの方「配信停止になるから脱獄の話は頼むからやめてくれ」と懇願されるまでになったことをなんとなく覚えている。(違ったらごめんなさい)
ほかにも高校生起業家 うめ◯ん や 勝間某といったiPhoneやTwitterの黎明期の有名人が色々いたような気がするけどまぁいいか。
閑話休題。
先述のような試行錯誤の成果が全て自分のiPhone3Gの中に入っていた。
アプリの配置から、内容まで自分だけのiPhoneが仕上がっていたと自負していた。
最新版のOSの動きが鈍い事にしびれを切らし、契約更新の際、iPhone3Gは一気にiPhone4に進化した。
圧倒的に美しいRetinaディスプレイ、信じられないにパワフルになったA4プロセッサに加え、従来のデザインを刷新して両面を強化ガラスに変更。側面の削りだしのアルミもかっこよかった。
この時、私は、iPhoneの、性能やデザインとは全く異なる強さを痛感するのだ。
iTunesとバージョンアップ機能のお陰で、ボタン一つで今日買ってきた新品のiPhone4の中身が昨日まで使っていたiPhoneと同じになった。なってしまった。
アプリ、写真、メール、電話帳 その他設定などがすべてが一瞬で引き継げた。
2年間、ネットとリアルの間で四苦八苦し続けた成果や思い出の写真、音楽などがお蔵入りになるはずが、一瞬で新しい端末に引き継げたのだ。
これほど嬉しいことは無かった。
中身のデータは何一つ昨日と異なるところはないのに、動作は一気にパワフルに、本体のデザインはさらにスタイリッシュになった。
以降は2年の更新月が来る毎に、時の最新機種に乗り換えて、中身のデータの引き継ぎを行い続けた。
13年には5Sにバージョンアップ。この頃には、iPhone OSの名称はとっくに無くなり、ジョブズ当人ですら帰らぬ人になってしまった。
16年春 水没した5Sの後継としてPhone6sを契約。
いつものようにバージョンアップから復元し、昨日までの環境を再現、新たなスタートを着り、今日2018年1月12日に至る。
約9年 4台に渡ってiPhoneを使い続けた結果、その中のデータは、私が中学1年生から大学4年生の今に至るまですべての成長の記録すべてと言っても差し障りない。
写真データなどはとうに1万枚を超え、中1のクラス写真や、中3の修学旅行で友人が軍艦島の策を乗り越えようとするところを、柔道家の先生に取り押さえられるシーンなどが含まれる。
音楽などは、より顕著かもしれない。アニソンに始まり、ロック、パンクロック、フュージョーンに流れジャズに回帰する 自分の音楽ブームの流れが見て取れる。
さて、そんな私のすべての詰まったiPhoneが再起不能となってしまった。
火曜日から原因不明の40℃を越える高熱に悩まされていたとはいえ、全く合理的でないことばかりをしてしまった。
熱に魘され、寝ぼけながらパスコードを変えてしまい、それが分からなくなってしまった。
なぜかは全く覚えていない。
大方、このまま死んでしまったら両親は簡単にiPhoneの中身を見ることでき、それが恥で嫌だからややこしいパスコードに変えたのだと思う。自分が。
思いつく限りのパスコードを今日1日使って総トライするも、当たるはずもなく、ついてにiPhoneに使用不可のロックが…。
また、バックアップデータも移動のつもりが誤って消してまうという、全くもって理解できない行動が続いた。
こうして、中1から約10年の筆者の成長記録はそのすべてが無になってしまった。
一番惜しむのは、我が家で買っていた初代の飼い犬の写真が、iPhone以外に自分は持ってないということ。
その分2代目の写真を多く取っているけど、2代目の写真を取れば撮るほど初代の子を忘れていくような気をしてします、
ただ、このタイミングで熱が出て、パスコードが分からなくなってデータが消える意義はあるのか?
社会人になる2018年、過去の遺物との繋がりを断ち切るために消えた?
バカが。
些細なミスを繰り返し、何度注意されても治らず、書類はぐちゃぐちゃ、
メモをしても、メモもめちゃくちゃ。早朝から深夜まで仕事しても、仕事は片付かず、片付いたと思ってもミスだらけ。
慌ててあちこちに聞いて、落ち着けと言われる、使えない部下こと俺。
そんな部下に対し、周りにも聞こえる声で、だらしない、いい加減にしろと声を荒げ、
「見てみろお前、この子はこんなにやってるのに、お前はこんなにダメだ」と言い、
「誰々に比べてお前はやばい」「あの人もこの人も、お前はダメだと言っていた」と、叱る。
挨拶はたまに無視。「寒いな」という一言に「そうですね」と返すと、「お前に話しかけてない」とうんざり顔。
電車の中、客先で部下が泣いても、変わらぬトーンで叱り続ける課長。
この2人で売上を作って行かなければいけない。
そのためにできることとして、俺はADHDの治療をつい昨日から開始した。
まだ診断ははっきり出ていないが、投薬が始まった。正確にはADなのかADDなのかもしれない。
改善には時間がかかるかもしれないが、薬や仕事方法についてトライアンドエラーで取り組むつもりだ。
さて、俺が頑張るだけではいけない。と思っている。
課長にも、きちんと売上を作るための指導をしてもらいたいと考えている。
これを、「私も改善します。それと同時に、課長にも、【売上を作るための人事マネジメント】を学んで欲しい」という切り口で、
果たしてこの切り口は最適か??生意気か???通じるか???改善するか???どうしたらいい????
正直なところ、はっきり言って、毎日泣き続けるのも限界だ。怖くて仕方ない。
逃げたい。居なくなってほしい。
「もう辛くて怖くて仕方ないから、超優しくしてくれ」と泣きつきたい。
それがあると、例えば、20代後半から出会う相手は、結婚できるかどうか?という視点で見るようになる。
それでうまく付き合えたら、付き合ってる期間は、「長く一緒に入れるか」、という観点で関係性を評価する。
そしたら、1年もしたらプロポーズすべきかどうか、なんてジャッジできる。
実際付き合ってみて、こりゃ価値観あわないわ、、という感じの相手は1ヶ月もすればわかる。
・相手も適齢期だから申し訳ないと思いつつも、結構早めにお別れを言うことが大事だと思う。お互いのために。
・このトライアンドエラーをまわすために、結構たくさん出会いの場には行って「付き合えるようにアプローチする」数を増やすこと。
・白馬の王子様(お姫様)は現れない。自分が出会えた人の中から選ぶ、と考える。
このプロセスは、恋愛結婚の体をとっているが、実態は若かりし頃にした恋愛とは違う感覚だった。
パートナー探し、に近い。
恋愛 VS パートナー探しの重みを評価すると、若ければ若いほど恋愛に重みがあり、年を重ねるほどにパートナー探しの重みが増えたと感じる。
この2つのバランスは、どちらかの二択ではなく、自分のコンディションや相手との相性如何で分散される感じ。
子どもは想像を絶するほどにかわいくて、あー家族を持つ幸せってこういうことかーと思ってる。
結婚して、初めて分かった相手のいい面も、嫌な面もあるけど、非常に納得して結婚してるので基本的に前向きにいられる。
子どもができて、恋愛してる感はさらに減ってしまったけど、パートナーとは根本のところでずれてないから、まぁ多分、離婚せずにいられると思う。
我ながら機械的かもしれないけど、運命とやらを口を開けて待ってるより、自分から手にしていくには、限られたチャンスで最適な判断をするしかない。時間って進んじゃうからね!
競馬の世界じゃインブリードなんて当たり前に行われているわけだし、長年のトライアンドエラーで最適な血の濃さや危険な濃さも実証されてるわけだから、科学的な見地における合理性については「許可しても良いんじゃね?」って言い分はわからんでもない。
ただ、人の社会を形作る要素には全てが合理性で片付く話ばかりじゃなくて、むしろ多分に感情論や感覚値が入り込むものだし、それを愚かとか現代的じゃないと切り捨てるのは少々乱暴というか、人という生物への理解がちと足らん気はするよね。
あと、敢えて合理性の土俵で話をするなら、現行の禁止ルールを敢えて「許可」に変えて行くにあたり、それ以外の様々な法律やルールにも修正が必要になったりするわけよな。
簡単に「それも直せば良い」というが、影響範囲の調査と落としどころの検討と、それほどまでの多大な手間をかけてそれを押し進める事に対して、結果社会全体で得られる利益がどれほどあるかどうかってあたりも検討の余地があるんだよな。
元増田です。ただのぼやきにこんなにブコメがつくと思ってなかった!ありがとうございます。
色々雑な内容で分かりにくいのが申し訳なくて追記しにきました。
例えば、1年後の大会までにフルマラソンを走破するという任務が与えられたとします。
■ゴール(最終到達点)
・1年の間に、フルマラソンの42.195kmを体を壊さずに走破できるようになること
■現状把握(のために走ってみると)
・1km8分ペースで、3km走るのが限界であった
現状のままではクリアできないことがわかったので、42.195kmを走破できるようになるまでどのようにトレーニングを積み重ねていくかの計画(戦略)を立てる。なんですけど、
ランニングに関して知識経験ともに豊富であれば、ゴールのために必要な計画が立てられるんですが、
知識経験がない場合は着実に目標に近づけるトレーニング計画なんてすぐに作れないので
・お金をかけて、プロのトレーナーに練習メニューを作ってもらう
など、自分で知識を仕入れる / 知識経験豊富な人に助けてもらい、練習計画を立て→トライアンドエラーを繰り返してしてみて、状況に合わせて計画を変えていくということになると思います。
とはいえ、
を判断した上で、
念のため、相手に無理強いはしていません!
就活を機にドンヨリいそいそとスッピンじゃあれだよなぁ等とググり出した過去の私へこのエントリを送る。
そもそも世の中の初心者向け就活メイクというのは丁寧すぎる。もちろん化粧というのはお絵かきのようなプラモの塗装のようなものだから丁寧に工程を積んでゆけば仕上がりは違うし、就活においては就活のルールの許す限り仕上げられるところを仕上げたくなるものだ。
しかしこちとら化粧なんてものは七五三で唇を紅に染められて以来、中学も高校もこっそり色気付き出したクラスメイトを傍目に素肌で生きてきている。描けば描くほど、この状態はあっているのかと不安になるのだ。
そこで、今回は最低限の薄化粧についてレクチャーする。(悲しいことに多分今から話すのは多くの女の子が中高生で通っている部分かもしれない。)
ビフォーアフターの違いは「自分の顔だから鏡で違いがわかる」程度で、「きちんと化粧をしている」感は求めない。それは貴女にはまだ早すぎるし、そもそも職種によっては「化粧がちゃんとできているか」は論点ではない。インターン等で、人事ではなく自分が採用される職種の若い女性の化粧をチェックしてみよう。同じ社内でも人事のお姉さんは「そもそも化粧するひと」が採用されてる率が高い。また、例えば技術職女性でも、年齢に比例してどんどん化粧がしっかりしてくる。
ここで求める化粧の効果は「すっぴんじゃないからマナーをわきまえられているぞ!」という内心の自信と、純粋な化粧の効果すなわち「見た目の印象を詐欺ることで同じ言動でも感じよく思わせる」こととする。いいか一部のサービス業・接客業やセクハラ親父のお膝元じゃなければそれで十分なんだ。
長くなりました。
本題に入ります。
まず前提として(まだ塗る話にいけない)洗顔と保湿はこれまで通りでは足りなくなる。化粧と化粧落としは肌に悪いので意識しないと荒れてくるので、放置派の貴女も最低限化粧水は用意するように。心細いなら乳液も。化粧水は洗顔後と化粧前に顔にパシャパシャ付ける。
銘柄はドラッグストアで定番商品っぽく売られてる安いやつでよい。最初は選び方がわからなくてもだんだん「クサい」とか「こんなの水道水とかわらないのでは」とか好みが見えてくる。徐々にPDCAを回して行け。個人的にここはあんまり安いと怖いから百均は避けておきたい。
次に、毛をなんとかしよう。ひげとほほげは剃ろう。足腕ふくめカミソリを使ったことないなら切り傷をこさえちまうから剃らない方が良い。とはいえヒゲが濃い自覚があるならせめて「横滑り防止」とパッケージに書かれているものを慎重に。切れ味カミソリ級のものを顔に当てるので不慣れだと血が滲みまくる。
フェリエという電動カミソリが絶対切り傷ができないのでとてもおすすめだけど4000円弱するので無理にとは言わない。
眉毛は剃るより抜く方がゆっくり処理できるし怪我もないから抜こう。幸い今は太眉がはやっているので俺物語でもマイナスは小さい。まずは眉間と瞼だけでよいので「そこは眉じゃないでしょ」というところに生えているやつらを抜き尽くそう。濃い人は特にそれだけでは心もとないかもしれないが、眉毛本体を変形させるような行為には慎重に。しばらくテレビや雑誌で美人の眉毛をまじまじと見る期間を持って勉強していこう。
さてやっと塗って描く話にしよう。ここで化粧童貞が誤解しているのは「化粧は基本的に色が薄くて透明度が高い」という点である。例外はアイライナーと一部のコンシーラーや口紅(ルージュ・グロスではない)くらいなもので、基本的に画用紙にクレヨンで描いたようには塗られない。うすーく塗って、すこーし変えるものだ。
世の中によくいるガッツリ塗られている人は、カバー力が高い色んなものを何層にも厚めに塗っているもので、普通にささっとやると、ああはならない。
化粧下地はファンデーションを使いたいなら必要になる。化粧のノリが違う。
化粧のノリといわれてもよくわからないかもしれないが、化粧以外に例えるなら素材による汚れやすさとか汚れの落ちやすさが似ている。電柱にぶつかってウワッというくらい汚れる上にちょっとはたいたくらいじゃ変わらないのがノリが良い状態である。下地の第一の役割はファンデをノセることなので、化粧水と同じで、割となんでもいい。逆に下地にも使える日焼け止めもよいだろう。下地をミスると肌が荒れたり乾いたり、ときにはかぶれたりするので、訝しんだら早めに使用中止&買い替えを。これは他も同じだけれど下地・BBクリーム・ファンデは商品点数豊富な上に、体質に合わない時は明確に合わない。自分の好みや肌質が掴めてくるまではプチプラで試行錯誤を。
BBクリーム、あるいは「下地がいらない」と書いてあるファンデなら下地は不要だ。
次に、ファンデとどっちが先でもいいけど、コンプレックスがあるなら(目のくま、鼻の赤み、部分的なくすみやニキビ跡など)コンシーラーを塗って隠す。これは質感は二の次でとにかく塗り潰すというものなので多様すると変になるのでピンポイントに。合う商品はかなりケースバイケースなので(塗り面積、地肌の色、症状など)、値段が3ケタのものから買っては試すしかない。具体的なブランドでいうと、キャンメイク、セザンヌ、ケイト、ちふれ、メイベリンあたりが定番か。百均も最近はふつうに使い物になるらしい。
次にファンデあるいはBBクリーム。これは、顔の色味を整え、かつ質感を盛るためのものだ。顔がテカりやすい人ならパウダーファンデ、それ以外ならBBクリームでいいだろう。1000円台が安くてそこそことしては相場。ここで欲張って色白になろうとすると事故るので、なるべく地肌に近い色をできればドラッグストアで顔に、抵抗あるなら手や腕に塗って試す。いざ顔に薄く塗り伸ばすと何も変化が無いような印象があるが、もう一度言う、そういうものだ。肌荒れが気になったり塗る行為に抵抗があったらCCクリームを買おう。CCはBBから塗り潰す力を犠牲にして代わりに色々いいことがあるようなやつである。
BBクリームやリキッドファンデの上からはフィニッシュパウダーあるいはフェイスパウダーを塗るのが定石だけどまぁ、無くてもまぁ。
文を打つのに疲れてきました。
チークは顔色が良くなるので必須。ほとんどの人がピンクが似合うタイプの人いわゆる「ブルベ」か、オレンジが似合う「イエベ」のどっちかだけど、売れ筋人気はコレと書かれたのを選べは大抵ピンクとオレンジの中間の色なのでそれを買おう。プチプラ相場は3ケタ円。本当に塗ったのかどうかよくわからないくらいにほっぺのらへんに載せればオッケー。
眉を描くなら、自眉が薄いなら、「輪郭ボケてていいから、眉が有る」という状態まで持っていけば良い。描くと眉が有るようになるので自分でびっくりするので、まずはそれに自分で見慣れてから形状は徐々にトライアンドエラーで修正する。
アイライナーは今の流行りからしても別にいらない。アイシャドウはいらん! 不慣れだとラメやパールにびびる。(化粧することに慣れてから、目元は塗りがいがあるので手を出してみよう。まずは焦茶色の単色や、パッケージがまぶたの形になっている「見たまま塗るだけ」商品から。)
ビューラーは失敗も少ないししたほうが良いけど、まつ毛が抜けたりまぶたを挟みやすかったり苦手なら無理しなくていい、とはいえ、まつ毛長いね〜とよく言われる人は変化が大きいから練習したいところ。つけま? いらん。カラコンもいらん。
くちびるは荒れてるならまずはリップクリームで治そう。色が薄い、あるいは悪いならプチプラ商品を試す。安いのはどれも一長一短。特にコンプレックスは無いなら放置でよい。
あと何かあるかな。
ああ、クレンジングは(同じ価格帯なら)化粧が落ちやすいものほど肌に悪いので、肌の調子と自分のマメさ丁寧さを見ながら…。
家にもうすぐやっと着くので終わりにします。
「教育困難校に勤務してるけど、もう無理」 のように困難校に赴任すること,たしかに想定していなかったなぁと思って,今の気持ちを書くことにしました。
教員はブラックだと近年特に言われているし,大学の教職課程で最初に学ぶのはモンスターペアレンツと学級崩壊についてだった。
基準のあいまいな体罰は解雇,セクハラも解雇,いじめを管理職や教育委員会が認めてくれないと現場の教員にペナルティがある。
しかも,新卒で教員になってしまうと,もし鬱やいろいろな事情で教員を辞めたら,企業は元教員を雇ってくれないと聞く。
もともと教育に携わりたいと考えていたが,上記のような理由もあり,視野の広い先生になりたいという思いもあり,ずっと迷って就職活動をしていた。
子どもたち一人ひとりがたくさん悩んで,うれしいこともたくさんあって,いろいろと考えて生きていることを目の当たりにしたからである。
悩んでいる子どもに,しっかり寄り添いたい。
喜んでいる子どもと一緒に喜びたい。
もし間違った方向に進もうとしている生徒がいたら,真摯に向き合いたい。
やはり,今の子どもたちに直接かかわり,影響を与えていくことができるのは現場の教員しかないと思った。
この子どもたちと一緒に成長していけるようなこの仕事に就きたいと強く思った。
先輩の先生の授業では,子どもたちが興味を持って主体的に学んでいく様子を見て,こんな授業がしてみたいと思った。
最初はうまくいかないかもしれないが,その子どもたちに合った方法を一緒に探していきたいと思う。
実際に授業をしてみて,ちょっとした工夫で生徒の反応が全く違うことに驚いた。
こうやってトライアンドエラーで授業を作っていくんだな,と感触だけ分かった気がする。
教員になりたいのに,一度経験を……と考えて企業に就職するのは,どちらに対しても失礼だと感じ,まずはチャレンジしてみようと新卒で教員になることに決めた。
来年から教員になるにあたって,赴任校もまだ分からないし,生活の流れもよく分からない。
担任を持つのか,部活動を持つのか,どんな生徒とかかわっていくのか,何も分かっていない。
まだ採用前研修で何日か講義を受けただけだが,4月からはとにかく生徒を迎えることになる。
不安でいっぱいだが,期待もたくさんあって,来年度からの生活がとても楽しみだ。
忙しくなって辞めたくなったときに思い出したいと思い,書いてみました。
いい点
まとめると現役バリバリエンジニアは開発案件で稼いだ方が有益だと思う。拘束されるとますます遊ぶ時間がなくなる。もっと密度濃く働いた方が良い。
暇で案件なくて副業初心者な方にはいいかも。ただあまりスケールする印象はないから、本業で昇級するように頑張った方がいいかもね。
>もっとちゃんとした就職予備校設置してほしいけどそういう変革は無理なんだろう。
↑
でもたぶん本質的にはあまり変われないところが多いんじゃないかな。
半端な時期に実施される検定ありきの専門学校が、半年のカリキュラム制に合わせられるか超疑問だけど。
▲専門職業大学創設を答申 文科省、3年後の開学目指す:朝日新聞デジタル
http://www.asahi.com/articles/ASJ5V3HL0J5VUTIL00J.html
>パソコンのご本を読めるようになるのが難しい、という感じのお話。独学? が難しい。
>全体的なビジョンがないわけ。実際の世界がそれで動いてるようなビジョンが。だから読めない。
↑
→わかる。そういうことじゃない、ってやつだよね。丁寧さはそこに求めないというか。
→でも丁寧に作らねば、苦情来るので、丁寧になる理屈もわかる。
>僕は社会の役に立つことを直接学びたかったよ。社会がどういう風に動いてるかみたいな話をさア
>技術の実態みたいなやつ。そういうのは学校で教わらないんですよね。
→実際のコードとか見れたら最高ですもんね。でも実務のそれは守秘義務で出せないから、技術者がプライベートで造ったものくらいしか見せられないジレンマ。
>優秀な人はバイトとかやって知ってるっぽいけど、それみんなバイトでやるの? みんなはやらんでしょ。
→意志があるひとは飛び込むやろな。
>というかバイトみたいな形で社会参画しないと学べない知識だったら、それはそれでやばくないですか? という提起でもあります。
→やばいけど、安定しない市場規模だから、なかなか学生育てる体制がな整えられない状況だし、状況が変わる見込みも少ないという。
>そういう知識があれば、大学の図書館に置いてあるような「技術本」っぽいやつ? の扱い方がわかるんだろうなーと思う。
→うん、その通りかもしれない。(そうか、学生は、「技術本」の拾い読みの仕方がわからないことに今気づいた…)アルバイト大事。
>僕が何を期待しているのかって?それは実務のうちで難しいお話が出てこない、環境の話、という感じ。
→?
>あるいは別にアプリなんか作ってないのかもしれないよな。とすると何かしらサーバーを使って捌くようなシステム・サービスの細かい調節のお手伝いをしてたりするわけだ。
>その具体的なトラフィックがどうだからどうのこうの、というお話をしたり、アクセスの仕方がどうの脆弱性がどうの、新しい技術がどうの、という話だと思うんですけど、
>端的に言ってそういう話がぜんぜんわからない。そういう話がわかるとスンナリ進めるはずなんだけどな~と思いながら。
>親の金で大学行ってるのに、なんかもっとこううまくできるはずなのに……という感じでつらい。
→これはわかる超わかる。出資者の親への申し訳なさ。でも親は子がしあわせそうだったらお金払う価値感じるから、
学び取りきらなくても、せめて増田が学業を楽しんでれば、それが孝行になっているはず。
>そういうの、本とか、自分の足りない知識とか、おそらくその辺にあるんだろうな~と思いながら、でもバイトで働くにも微妙にプログラミングの知識が必要で、「これまで何作ってきましたか?」と言われても、
→いや、ホント1つ完成させるだけでいいんだと思うよ。スペシャリスト期待してない。新卒に。どちらかというと、0から実装する発想力とか、完遂力とか見てるんだと思う。自分は求人担当した時にはそれだけ見てた。
>絶対手打ちより良いやり方あるはずだけど、僕は知らんし、知らない以上何が効率的に作れるのかもよくわからないし、わからないことにはできるだけ手を出さない方がいいな、と思う。
→いや、そこはやった方がいい。愚鈍でも。
→なぜかと言うと、あったとしても、まずは手打ちの手順理解してないとそれのメンテが全然できんからね?メンテしないで済むフレームワーク(ツール)は存在しないですん。
>同年代で「めちゃくちゃプログラミングできちゃいます!(漠然)」みたいな人間いるけど、僕が例えばどういう本読んでどういう道筋を歩んだらそういうカンジになれるか、かなり見えなくてつらいし、
で、それを実装するための手法を、泥っぽくても良いから考えろ。これな。
→それ繰り返してる内に、『調べる力』がまずつくし、点がたくさん生まれて、その内つながるから。
>「でも本当に役に立つ本って開いた瞬間に読みやすいのでは?」みたいな信念がある。 これが原因なのかな。でも、この信念、少なくともこれまでめちゃくちゃ役に立ってきたものなんだよなあ……。
→それだな!それは『教科書がある世界』までのお話や。先人がいる世界までの話。
→温故知新じゃないが、先人が残したものの先からが私たちがやるべき領域で、独自の領域になってくる。(学問の「研究」が指すところ)
独自の歩みを始めると人口がぐっと減るから、読みやすさ極めた本はなくなるぞ。じゃなきゃ英語のリファレンスなんか読まないんよ……。()
>そういうのができるようになるのかと思ってたらあんまり学校でも学べる感じじゃない。全体像とは……となっているけど、こういう悩み、自然に解決したりしなかったりするんだろうな。
→自然解決はしないね。地道に自分でトライアンドエラーするしか。で、全体像は、個別すぎて全種類フォローは不可能なので、共通部分となると、理論の話とか、すでに学校でやってる内容がそれなんですな。振出しに戻るみたいになるけど;
→だから、共通部分やった後、大学ではゼミ制になるんじゃないかな。
>できるところからできるところだけ勉強していきたいと思います。それが、僕にとって、よくわからない本をじっと読まなきゃいけない義務から抜け出した罰の引き受け方っぽいので。
→自分のカンを働かせて調べようとしてるこの姿勢こそ、この記事での悩みの解決策になると思う。とてもよい増田。
→これが遠回りだとしても、これも一つの近道(学生にとっては必要な過程)だから、まずやってみて、そしてまた詰まったら増田に投稿してほしい気がする。
→これは個人的なレスだが、まずは「何を作りたいか」「何をやりたいのか」を持つと、自然とやることや調べる事も見えてくるから、それを大切にするのが一番近道だと思う。
こういう投稿するってことは、悩みを外に伝えて
前に進もうとしてるってことだから、
すごい成長するにおいがする。
未経験であるにもかかわらず、まともな教育・研修と呼べるものがなく、日々トライアンドエラーを繰り返し参考書を片手に技術を学ぶ毎日です。
会社として様々な知見が溜まっているはずなのにそれを共有せず、私には独学させます。その上でダメ出しをしてきます。車輪の再発明なのでしょうか。組織の所属する意味を感じられません。
隣にはベテランの社員さんがいますが、私が嫌われているのかあまり会話をしてくれません。
制作の資料を購入するのも自費のようでした。今使用している参考書も給料から天引きされているのかも知れません。
また、どう見ても未成年の社員が多数所属しており、終電間際まで働いています。
ある程度の権限があれば、会社にペットを持ち込んだりと非常識な事が許されるようです。
直属の上司は激務で家に帰ることができず、よく会社に泊まっています。私もいずれこうなるのでしょうか。
結婚は諦めたほうが良いのかも知れません。
安全をあからさまに軽視する企業は少ないけれども、レベル感が低い所が未だにちらほらある。
「何をそんな大げさな」と言うかも知れないが、安全を軽視すると「従業員が離れる」「体外的な視線が厳しくなる」「事故対応にリソースを割かれる」など、結果として業績に影響する。
コンプライアンスを重視するのも同様だ。一発失敗した時のインパクトがでかいから、それだけ重視する。
じゃあ、どうやって安全を確保するんだろう。
ここでは、自動車で営業周りする人間の、交通災害について考えてみたい。どうやったら事故の発生件数を減らせるのか。
2つの方向性がある。①乗車時間を減らすことと、②事故率を下げることだ。
よく安全対策会議で話し合われるのが、②についてのone of themで、例えば「若年者層へ講習を実施しよう!」などだ。
乗車時間を減らすには、単純に車に乗らなければいい。いかに効率的に車に乗らないかを重視する
・目的地の近くまで乗りあわせて行き、現地で散開する
また、事故率が固定と考えられれば
なんて方法がある。
⇛事故率を下げるには、ハインリッヒの法則に従い、ヒヤリハット数を減らせばいい。
⇛ヒヤリハット数をカウントし、その度にトライアンドエラーにて学習すればいい
こういったニーズから、ドライブレコーダーなどが発売されているのだろう。
こういった対策が企業ではとられている。結局、従業員のスキルが上がれば事故発生率が減ってハッピーだよね?効率も下がらないよね?というパターンだ。
乗る人間の能力向上を狙うには、何ができるか/できていないかを定量的に判断し、事故率を算出する必要がある。
運転スキル = 操作スキル × 認知スキル に分解できると思う
操作スキルは教習所で習うようなものだろう。究極的に言えば車両感覚が正しくあるかどうか。車の挙動が想像できるかだ。こちらは課題と制限時間を与えれば、案外簡単に評価できそうだ。
認知スキルの私の知る最高峰は google:防衛運転 20箇条 だ。しかし、これを実践できているか?を評価する仕組みがまだない。
たとえ、隣で検査官が同乗しても、その時だけ頑張るということが起こりうる。