はてなキーワード: 茶の間とは
フルタイムの仕事を終えて帰宅したら、ちょうど旦那も帰ってきた。
お風呂に入ってから即晩酌をするので、今日はもう料理をする時間がないな、じゃあ水炊きでいいかと聞くとそれでいいと返事があった。
豆腐がないけど、それでもいいかとお風呂から出た彼に聞くと、ないなら買いに行けば、と言う。
まだ時間も早いし、鍋の用意をしておくから買ってきてほしいと頼むと、お風呂に入ったので嫌だと言う。
まあ、それもそうか。
機嫌悪そうに、買いに行けばと言うので、もろもろを飲み込んで近所のスーパーに行った。
少し腹立たしかったけど、でもまあ、いっか。
なんとか自分をなだめて帰ってきたら、残りの家族で先に食事を始めていた。
豆腐を待たずに。
まあ、いい。
豆腐を切って、鍋に投入する。
すると、旦那が私に「その服、変だね」と言った。
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確か前に着ていた時にも言われたことがあるので、彼の趣味に合わないんだろう。
恐らく、少し機嫌を損ねている私に対して和ませるつもりで、冗談で言ったのだと思うけど、正直むかつくだけだったので「放っておいて」と言ったら、茶の間が一瞬凍った気がした。
うたの☆プリンスさまっ♪が好きだった。
19歳の夏にドはまりして、もうすぐ8年目を迎えようとしている。計算が合っとるかは知らん。
別に後悔は無いけれど、楽しい楽しい大学生活の大半をうたプリのために費やした。
それはそれで最高に楽しかった。
うたプリを通じて友だちができた。今でもプライベートで遊ぶ人たちもいる。ただ、もううたプリの話はしないけれど。
シャイニング事務所は実在、と念じていた。プリツイがそれを高めてくれた。
イチオシのアイドルを自担と呼んで、同担拒否だった。ファンレターも書いた。
こんなに2次元(当時は3次元だと思い込みたくて、そう振舞っていたけれど)にはまったのは初めてだった。
一人暮らしをいいことに、部屋にもポスターを貼ったりフィギュアを飾ったり、腕枕クッションを買ったりした。
痛チョコを作った。ケーキも焼いた。自担の喜びそうな料理を覚えて、自炊を頑張るようになった。
自担がプリツイで紹介したものと同じものを買っては自己満足に浸っていた。
みんなの生まれ年を考察したツイートに感化されて、みんなはサザエさん方式ではなく毎年一緒に年齢を重ねていってくれているのだと信じていた。
自担の誕生日は特に豪勢にお祝いした。いろいろ作りました。いろいろやりました。
完全に黒歴史だけれど、コスプレもした。いやあれはダメです。見返すことのできない黒歴史。
どこに行くにもくまプリを連れて行った。写真もいっぱい撮った。自分の写真の数倍、くまの写真がある。
自担の白い衣装は汚れやすくて、何度も一緒にお風呂に入った。洗濯ネットに入って吊るされる姿は何とも言えずかわいかった。
汚れも落ちなくなってきて、くま本体もボロボロになってきて、今は部屋でゆっくり眠ってもらっている。お疲れさまでした。今まで、本当にありがとうございました。
自担の担当!って感じの服、イメージカラーとかモチーフとか、自分には似合わんのにいっぱい買ったな。
イベントがあれば頭の先から靴まで一式「それっぽい」のを探し回って揃えるのも楽しかった。
楽しかった。
最高だった。
ただ、公式に対して不満に思うことが多すぎた。
自担は、アイドルのみんなは悪くないのに、と葛藤することが日課だった。
プリツイでのキャラ崩壊もやめてほしかった。誰ですか。誰だったんですか、あれは。
飛行機距離の茶の間なりにたくさんのイベントにも行ったつもりだけど、物販何も無くてすごすご退散することも一回二回じゃなかったよ。
それは私が大人になったのかもしれない。
大人になったから、運営に対して「社会人としてこれは無いわ」とますます思うようになったのかもしれない。
大人になったから、周りの若い子たちの勢いについていけなくなったのかもしれない。
大人になったから、猫なんて抱えて持ち歩けないと思った。別にねこママたちをディスっているわけではないけれど、自分には無理だった。
ただ、大人になったから、「彼らのために割く時間がもったいない」とは一度も思ったことがない。
7thプリライが取れなかった。
マジLOVEキングダムは、とてもよかった。最高だった。あれが見たかったのだ、私は。
だから、7thも行きたかった。過去形じゃないですね。行きたい。
なんならもう交通も宿泊も押さえてる。地方の民だから馬鹿高いんだわ。それでもキャンセルしたくないんだよね、ハハ。
けれど、私は4thの雪がドサドサ降り積もる中立ち続けた前日物販地獄や、
5thの寒空の下7時間立ち続けて何も買えなかった物販地獄や、
カルライ1stの始発で行って並んでもやっぱり買えなかった物販地獄や、
6thの入場本人確認リストバンド地獄を経験している。退場も地獄だったけれど。
スタリファンミも入退場はそれなりに地獄だったけれど、熱が落ち着いていたのでそこまで何も思わなかった。
それらを思っても、行きたいと思ってた。
ただ、あの頃のような熱はもうないのだと気がついた。
昔なら、はらわたが煮えくり返るほどに怒っていた。
4万出したって行きたい、と思ってた。買わなかったけど。
だけど、最低3万5千くらいのそれらのチケットを見て、私は何も思わなかった。
この値段を出して行きたいな、と思えなかった。
いや行きたいんですけど。
ただ、あの値段を出してまで、高額転売から買ってまで、行きたいと思えなかった。
転売に対する怒りも、あの頃ほど湧かなかった。無だった。どうでもいい、と思った。
私の熱はそんなもんになっちゃったけど、今が楽しくて燃えてる人はたくさんいるんだと思う。
それはそれでいいと思います。楽しいもんね、うたプリ。楽しかったです。
うたプリ、今まで本当にありがとうね。たくさん感謝しています。
これからもよろしくって言いたいけれど、今の心境だとちょっと難しい。
でも7thは行きたいです。両日。
へりくつかもしれんけど、マジLOVEキングダムを経てのプリライ7thなので、このライブは個人的に「これまで」なので。
別にジャンルを完全に離れるつもりはないし離れられるとも思えないので、これは砂掛けじゃないです。
別にいいけど。
ひとまず以上。
とあるコンサートチケットの高額転売について、色々考えた事があるので記録しておく。
チケット高額転売とは、その名の通りチケットを定価を超える金額で販売する行為である。
高額転売と聞くと大量のチケットを高額で売り捌く業者、所謂転売ヤーを連想しがちだが、その内業者と思われる割合は意外と少ない。
では他には誰か。
それは非常に悪質な、しかし悪質という自覚のないファンたちによる転売なのである。
ここで一例を挙げる。
友達を誘って行けばそれまでだが、折角なら2公演分入りたい。
なので、残りの1枚は同じコンサートで他の日時のものと交換する。こうすれば金銭も発生しないで、2公演楽しめてハッピー。勿論、合法。
自分のチケットの座席は3階席の後列で需要が少ない。地方公演のチケットなので、人気都市の公演に行きたくても同じ会場同士でしか交換できない。平日なので土日公演と交換してもらえない。
ここで、一度転売し換金してから、希望の公演のチケットに金を積んで入る、という行動を取る。金を経由しチケットを得る。
そうすれば相場の差額を払うだけで当選していない公演に入れるのだ。
相場が定価の5倍だとすると、定価5000円のチケットが大体25000円で取引される。
自分のチケットは何らかの理由で、相場で18000円分の価値しかないが、人気都市・人気日時・良い座席のチケットは70000円で取引されている。
交換してもらえるはずがない。価値も需要も埋められない差があるからである。
しかし例えば同じ会場、少し良い座席、土日公演のチケットが26000円で取引されてるとする。勿論自分は交換したいが、相手にとってメリットは少ない。
(勿論一定数定価主義のファンも存在するが、運良く交換成立する場合は稀である)
そこで一度転売、換金し8000円金を積んで26000円のチケットを手に入れる。
もし残りの1枚を友人に譲ってしまうと2公演目は26000円のマイナスだが、転売すると8000円マイナスで済む。
この場合18000円、定価の3倍強の高額転売だが、その売り上げは26000円のチケットを売った別のファンへ流れている。ファンは結局アーティストの為に金を使い、別のファンもアーティストに払う。
ファンの同士の中で金が回り、アーティストの為に消費される金である。
単純に、通路横席、最前席、いわば「神席」などと呼ばれる座席と、3階の後列や埋もれ席など、「天井」などと呼ばれるクズ席が同じ金額で売られているのに問題がある。
もしくはコンサート中盤と最終日が同じ金額、地方公演と人気都市公演。
肉眼で見れ、触れそうな位置でパフォーマンスをする2時間と、豆粒くらいの見えてるのか見えてないのか、TVで見ている方がマシな2時間が同じ金銭価値な訳がない。
コンサート中盤の中弛みしてきた公演と、最終日の涙ながらに気合の入った公演が同じでいいのか。
基本的にランダム、良い公演良い座席に当たるかは運だ、と言われている。
もしくは手数料である。良い座席、良い日程、良い会場を当てた人へのチケット分プラスアルファの手数料である。
ある界隈では最前席は20歳以下の若いファンしか当たらないという、公表されてないが共通認識の裏ルールがある。若くないが金のあるファンは、絶対に手に入れる事のできない若さを金で買っているのである。
この様に他にも公表されていない選択基準があるのかもしれない。それらは全て運という言葉で片付けられている。
1枚のチケットに、条件が揃えば20万だの30万だの法外的な金額がつく。そしてそれを買うファンが存在する。少なくない数、存在している。
しかし、どうしてもそれが悪だと思う事ができない。良い座席にはその金額に見合う価値があると思い、法外な金額を積んでしまっているのである。
実際、その価値はある。と思う。
通路横の座席の、すぐ近くをアーティストが通り、匂いを感じ、顔を目視でき、喉から声を絞り上げる姿を見れ、マイクが拾わない声を聞ける、そんな生の体験と。
ステージから遠く離れた天井席で、豆粒のようなアーティストを双眼鏡で必死に追いかけている、悲しくなる絶望感。
その2つを経験してしまうと、とてもじゃないが同じ価格だと思えない。
その気持ち、金を出してでも運を買いたいという気持ちは十二分に理解できる。
問題は、運営から離れたファン同士(もしくは転売屋)の間で金が動いてしまっている点である。
だからやはり、金銭差がなく運のみでチケットが選ばれる制度自体に問題がある。元凶である。
舞台であればS席、A席、B席…など前列の座席程料金が高く設定されている場合がある。金を出せば対価としてより良い観劇環境を手に入れられる訳である。
この制度自体は問題ないが、現時点で高額転売は多数存在する。やはり値段設定と座席の区分が相場と合っていない上、日時による区分が存在しないのである。
全席オークション形式にすれば金を払いたいファンは自分の希望する座席に入れる。金のないファンは去るしかない。これなら
運営に金が入り、金があるファンはいくらでも払う。正にwin-winな関係である。
誰かに仲介される事なく純粋なチケットへの対価が金額に表れる。
小金持ち程度のファンも集まれば立派な金づるである。新規ファンを常に増やしたい運営にとって得策とは思えない。
特にSNS主体の現代では、金は無くとも拡散力のあるファンはアーティストの立派な広告塔なのだ。少しの太客よりより多い茶の間ファンなのである。
また道徳的にもよろしくない。という風潮が現在存在しているだろう。
運営から離れたところで相場が生まれる、というのはある種の主張である。
定価以上の金を払ってでもよい席に入りたい、それだけの価値がそのチケットには存在する。良いチケットをくれ、その分金は払う。
しかしその声が届く事はない。
高額転売は終わらない。
多ステとか良席で入りたいからっていうのもあるけど、そもそも倍率高いと名義の数で殴らなきゃいけない。
あとは普通に最速先行でDVDだのCDだのに封入された先行シリアルを使ったものもあって、それを使っても落選することもザラにあるから、やっぱりこれも円盤積み上げて数で殴らなきゃいけない。
そして数で殴って得たチケット達。単純に名義の数で殴るのはそんなに大変ではない(が、友人知人へのお願い参りにはそれ相当の時間的労力は発生する)。問題は後者の俗に言う「円盤先行」の方。
既にチケ代の他に円盤代が発生しており、落選すればシリアルはただの紙屑になるし、円盤も嵩張るゴミ山になる。CD×握手会とかはアイドル界隈でよくあるが、あれは買えば基本的に握手参加は確定だから羨ましい。こっちは100枚買って全滅だって有り得る世界なのだ。
既にチケ代以外に赤字を背負い、当選分は更に入金で謎の先行サービス代等と称して更に2~3千円しょっぴかれていく。こっちはこの時点でチケ代に加えて、何千何万円と赤字が発生しているのである。
さてそんな中でチケットが余ったとする。余った分とはいえ、自分にとっては様々理不尽な赤字を抱えてでも手に入れたかった公演のチケットである。これを何故定価(チケ代)だけで他人に譲り渡さなければならないのか。
自分が必死こいて手に入れたチケットを、定価でにわかに譲り渡して適当に消費されるのは個人的にとてもではないが我慢できない。せめてそのチケットの価値を理解して、積んででも欲しいと思い、そのチケを大切にして現場を楽しんでくれる人に譲りたいのである。一人一人の人柄を確認するのは手間など限界もあるしお互い情報開示するのにはリスキーである。
その辺を簡単に振るいにかけられるのが「金を積ませる」ということなのだ。こっちは最悪赤字が赤字のままでも構わないのだ。定価で見知らぬ他人に譲るくらいなら、タダで信頼出来る友人を呼んだ方が何倍もマシだとすら思う。
制作側が円盤先行と称して何万もする円盤をおたくに買わせる。しかし倍率にもよるが、円盤先行は大抵全当はしない。申し込む日程の倍率を読み間違えると全落ちすら有り得る。何十万円も積ませておいて。
片やおたくが個人で相手に積ませる時は、何万か何十万か払ってもらったらチケットは確実に用意している(詐欺は除く)。しかも大抵はだいたいの座席位置すら開示しているので、双方winwinの取引なのである。積ませて自分の利益に…とは殆どならない。円盤代諸々の赤字と相殺しても、よっぽど上手く回さない限り赤字フィニッシュ。万が一黒字フィニッシュでも、結局おたくはその黒字を推しに使ってしまうからやっぱり自分の得にはなっていない。
円盤積ませておたくを淘汰するのと、おたくが積ませておたくを淘汰するのって何が違うんだろうな。ましてや前者は当落という博打要素も強いのにな。後者は法律によってこれから規制されるけど、前者も充分法規制されてもいいと個人的には思うんだよな。
しょうがないからこれからは円盤を定価で引き取ってくれる人にチケット譲ろうと思ってるんだけど、それもアウトなのかなあ?高額転売コロスマンのおたくとか茶の間とかは円盤引取すら怒ったりするけどさ。
こっちからしたら円盤すら積む金もない分際で、こっちが苦労して手に入れたチケットの座席位置選り好みして定価で寄越せ(後列だったら値引きしろ)って言ってくるお前らの方がよっぽどヤクザだわって思います。
はーおたくやめたい。
先日、久しぶりにオタク街コンに行ってきた。
が、しかしあまりにも疲弊してショックを受けたので、それについて思うことを、(別に誰も参考にしないと思うけど)書いておく。
ちなみに地方住み彼氏なしアラサー婚活初心者、結婚はしたいけど恋愛は一切したくない限界腐女子です。
さてさて、早速ですが本題。田舎のオタク街コンにはいくつかの欠点があります。
当たり前なんですが、年齢で参加者を募っているものや出身地で募って居るものに比べて、企画ものは圧倒的に参加者が少ない。
そしてその一部は何度も参加している常連というパターンが多い。
常連がなぜ良くないかというと、数を打っているのに収穫が獲られていない人間というのは、基本的にちょっと難があるパターンが多いからです(実際私があった人もちょっと合わなそうだった)。
参加人数が少ない=圧倒的に出会える数が少ないため、コスパが悪い。
②『1人参加が条件』は慎重に選べ
「1人でも参加しやすい、良いじゃん。友達誘うのも恥ずかしいし……」
いや、気持ちは分かる。
ですが、今回体感してみて、この「1人参加」が地獄の一端を担っていたように思う。
趣味の街コン=趣味が偏っている人間、(今回の場合はオタク)が来るのだけど、それを無作為に男2女2で座らせていくわけです。
そうすると、同じテーブルにゲームオタク男とアニメオタク男とドルオタ女と腐女子が座る、みたいな地獄が発生する。
か、会話が噛みあわないことこの上ない……!
しかも今回、自分が行った街コンは女子の参加人数が少なく(ドタキャンもあった)、男2に対して女1で話をしていたのだけれど、男性陣の趣味が全然違うのを1人で捌く必要があり、めちゃくちゃ疲弊した。
年齢の10離れた原作厨とぬるアニオタを1人で面接しているときが一番キツかったです。
会話が続かないのは結構しんどいし疲弊する。可能なら友達と一緒に行けるものをおすすめする。
③情報開示がこんなに少ないとは聞いてない
今回、オタク街コンへ行って感じた最大の問題は、情報が極端に少ないという点でした。
単純に友達を探したい、彼氏彼女が欲しいというのならばギリギリいけるかもしれない。ただ、婚活には圧倒的に向かない。
・名前
・年齢
・出身
・最寄駅
・職業
・好きなジャンル
しか書くところがない。
これで何を知れというのか???
職場の業種・職種(みんな職業:会社員て書いてあったんでさっぱりわからなかった)や年収や身長や家族構成や学歴…わがままは言わないので、せめてこの中の2つくらいは明かしてほしい。高卒か大卒かは教えてくれない?だめ?だめか……。
婚活において、最低限ここをクリアしてほしい、みたいな条件がある人は少なからずいると思うのだけど、オタク街コン=オタクの話に限定されるため、スペックを全く確認できない雰囲気だったので、終わった後の虚無感がすごかった。
ていうかですね、他の条件をすべてすっ飛ばしてオタクである事だけを条件にする街コンを騙るのであれば、
・円盤積むのか積まんのか
・好きなものは共有したい派かお互いに自分の好きなことをしていたい派なのか
そういうことの方が知りたかったですよね!!!?!?(絶対無理なのは分かってる)
せめて街コンのあとに別の合コンにつなげられたらと思うのに、お互いの基本スペックがわからないため、街コンに参加した人間の周り(職場や学生時代の友達の像)が全く見えてこないんです。
企画系街コンは元々年収や学歴で絞ってない限り開示情報が少ないので注意されたし。
と、いうわけで、オタク街コン、ものすごく疲弊したので、婚活しんどいな……みたいな気持ちが強いです。
まとめ
・友達がいるのであれば2人以上で参加の方が話題がとっ散らからない
・企画系街コンは企画内容に重点を置くためスペックが分からず不発
ということです。
あと、個人的に今回得た知見なのですが、街コンって男性の参加料金が圧倒的に高いじゃないですか。今回行った街コンも結構(男性9,500円とか)費用がかさむので、高収入以外は来ないのかな?って思っていたんですよね。
ですが、男性曰く「結婚相談所に行くと入会で50万取られるので、それに比べると街コン1回1万なら街コンに50回行く」らしいです。
マジかよ……
〇〇の同級生が今はこうだとか、昔人気だったけどなにかしらの事件やらトラブルで消えたタレントが、女優が、芸人が今どんな暮らしをしてるかとか。
この辺少し無知で申し訳ない、それはいわゆるドキュメンタリーというやつなのかもしれないが
「自分ではない」「この世界で生きている一個人の」「人生」をネタにする番組が多いなあと、ぼんやりテレビを見ながら別に良いとか悪いとかではなく純粋に思った。
私はついていれば観るが、ついていなければ別に自分からは観ない。
けれど、上記の類いのものは何故かうちの父親のお気に入りのようで高頻度でチャンネル選択されている。
(他にもいろいろ好みはあるようだが、得てしてどれも大変不快である)(原因はほぼ父親にあるが)
最近のテレビはつまらない、と言う意見を見かけたり見かけなかったりするが、まあ地上波はあんまり面白くないなとは思う。
正直やること何もないんじゃね?とかも思ってる。
改編期が来るたびに番組が消えて、また生まれて、その度にネタはどんどん消費されていく。
その頻度がますます上がって、似たり寄ったりのネタやテーマしか無くなってきて、結局同じようなことをやっているか、
冒頭のドキュメンタリー(仮)に落ち着いてる。
私自身、アイデアを出すとかネタを作るとかそういう、発想力があまりにも乏しい人間なのはもう悲しいくらいに理解しているので、
最初にそういう番組が増えてきたときは「あーなるほどな、他人の人生ってもうそこにあるし、寸分狂わず同じ生き方してる人間なんていないし、こりゃ考えずして無数のネタゲットじゃん。ある意味考えたな」
で、まあそういうのが嫌いでも不快でもその原因は父なので、番組内で題材になってる人に関しては何の罪もなくて。
人生経験の“じ”の字もあるんだかわからない底辺の私はこれまた意外と真面目にすごいなとか思いながら観てたり聞いてたりするんだわ。まんまと制作側の意図に嵌められている。
その流れでなんとなく思ったんだが、私の生きてきたしょーもない数年でも文章に起こせば暇つぶしの読み物くらいにはなれるんじゃね?と思った。
私はメンタル的にちょっとだかかなりだか知らないが病んでいるやつで、時々上向きになるものの、今はかなり悪化してきた状況だ。
しかも何でかってさあ、フォロワーとちょっとトラブルがあった(ちな2件くらい)とかそんなかすり傷みたいなことでよ?
まあそのうちの1件について話すけど、こっちがちょっと不快だったことをちらつかせたら向こうが察してすぐごめんって謝ってきたけど、
どうにも謝る気がなさそうな取り急ぎの謝罪文でこっちがカチンときて、キレ気味で返したら向こうが私だって実はこうだった、ああだった、あの時もそうだったなどと後から出してきやがって、こりゃ水掛け論になる埒があかねえなと思い、謝らずに話を進める方法は無いものかと考えてたら死にたいほどめんどくさくなったという話。
このめんどくさいが意外とやる奴で、つまり面倒がくさすぎて幸い死にたいとまでは思わないがその辺ももしかしたらこの数年に起こしたことに関係あったりするかもしれない。
ノートに書いて置いておいても見るのは私だけで、結局完結しない自己完結みたいになるので、多少まとまったらまた書いてみようかと思う。
重ね重ね本当に申し訳ないけどとりあえずドキュメンタリー系多すぎ。あと外国人が〜とか◯百景とか遠い異国の地で暮らす日本人探しに行く系とか秘境の家訪ねにいくやつとか、あの類いの番組は本当に観るほど不思議。純粋に。
予算削減かつ制作コスト(これは何回か書いたけどアイデアとかネタの部分)削減でスタッフがロケ敢行してるのはまあ良いけどじゃあワイプに映ってるスタジオゲストって要るか???????
茶の間でテレビ見てるワイらとたいして変わらんやんけ。コメントさせるためならコメント求めてやれよ。
「自分以外の誰かの人生ってものすごく良質なネタだよね」と言うことをまずクソデカ大声で言いたかったんだが、そこからの派生が思ったより長くなってしまった。
6月からチケットの転売禁止法なんたらが施行されるとかでツイッターが盛り上がってて転売撲滅!転売反対!みたいなのがいっぱいあって超~~~~~~~キモイ~~~~~~~~
大体転売に対してムキー!!!!ってなってるやつって1公演1、2回みれたらいいくらいの気持ちでしょ、当てたら勿論嬉しいし行くけどチケットが取れなかったら観たかったなぁって諦めるレベルでしょ
発券して席が悪くてまた買いなおしたりしないでしょ
こっちは絶対全通したいし3列目より後ろに入りたくないし推しの立ち位置しか座りたくないんだよぉ~~~~~~~~~~~~
毎回友達に頭下げて名義借りたりお金払って有料会員になってもらったりFC入ってもらったりしてチケット申し込んでんだよ~~~~~~
いっぱい申し込んでいっぱいチケット取ってその中から席選んだりしてんの~~~~~~
そういう作業ってめちゃくちゃめんどくさいの~~~~~~~~~~発券して日時とかまとめて知らん奴と取引してってクソクソだるいの~~~~
しかも今はチケットがアホみたいにとれない舞台とか多いの~~~~
そりゃ1枚のチケットに諭吉何枚も出したりするのがすごいアホらしいことはわかってるし払わなくていい金だから払いたくないよ
でも後ろの席でなんかみたくないの!!!!!!!!!!!!最速先行のくせに3階とか見切れ出して来たりS席とかいいながらS席の範囲広すぎやろって席出して来たりそもそも最前と最後列が同じ値段なの意味わからんしそんなに転売禁止とかいちいち喚くなら最初っから席種によって値段かえてよ3万とかでもいいから最前確定席みたいなの売ってよ
毎回クソダルい作業をやって現場に通ってるのになんでそういう努力何もしないで1枚チケットが取れなかっただけで転売ガーとか騒いでキモいタグではしゃいだり公式に問い合わせ()したりいちいち流みてスクショ貼って拡散希望とか言ったりしてんだよキモイんだよまじで
そもそも転売屋がどうとかっていうけどさオタクが想像してるヤクザみたいな転売屋ってこの界隈にはそんなにいないと思うよよっぽどじゃない限り良席以外のチケットが高値で売れることなんてそうそうないからそんなリスク高いことしないよ何も知らない一般人がさ
お前らの目の前に座ってる若い女が良席のチケット売りまくってるよ
あんなに転売に厳しいJだって表面には出てこないだけで裏ではめちゃくちゃ取引されてるよ。会場内で札束もってやり取りしてるよモモクロとかは知らないけどね
当時はカラーギャングブーム(反社集団がブームだなんて今じゃ考えられないな!)で、東京を舞台に若者同士で殺し会う漫画やドラマを日常的に目にする時代だった。
そんな中、家族団らんで飯食い終わった夜の9時頃。ボーっとテレビを眺めていたら
カラーギャングに拉致された女子高生が、エロ本が散乱する倉庫内でレイプされるシーンが映った。局はTBS。
普通に女子高生役の女優の上着がはだけており、乳首が丸見えである。おれは「お、オッパイ!」とテレビに釘付けになったのだが、
オカンが「何この、胸糞の悪い!」とチャンネルを入れ換えてしまった。
当時我が家には茶の間にテレビ1台しかなく、ストーリーよりオッパイが気になってしょうがないのに続きを見ることができないまま悶々として寝たのを覚えている。
番組名もわからないままなのだが、おれの予想では当時大ブームだったドラマ「池袋ウエストゲートパーク」ではないかと睨んでいるのだが、
当時「池袋~」を観ていたという奴に上記レイプシーンがなかったか、と聞いても
「当時観てたけど、普通に考えてジャニーズ主演のドラマでそんなシーンある訳ないだろ」派と、「当時観てたけど確かに池袋は胸糞シーン連発だった。そのシーンも観た」派に二分してしまう。
おれはストーリーが気になっているといううより、あのとき中断されてしまったオッパイを、最後まで観たいのだ。
(2)無かったなら、なんというドラマのシーンか。
どうしても観たい、頼む
数年前、好きだったアイドルが脱退を発表した。
それはSNSを騒がせ、友人たちからは心配のラインが続々と届いた。
アニメオタクの私だが、三次元のアイドルを推す事になった時は驚いたし、
奨学金を借りながらの苦学生という身分もあり茶の間から応援するようになっていった。
元々同担を探して交流をしていなかったのもあって茶の間になるのは容易だった。
音楽番組に出れば観ていたし、
ドラマに出れば録画して観ていた。
しかし、ある時脱退を発表した。
でも脱退したんだよ。
茶の間でもショックだったよ。
今一番応援してるかと言ったら、正直めちゃくちゃ応援しているアニメの方に財産を全フリしてる。
けれど、最初で最後の三次元のアイドルがアイドルを辞めるということが
どうしてもショックで、悲しくて、悔しくて、しばらくロスが続いた。
しかし、ある程度の沈黙期間を破って、芸能界に復帰するという報が入った。
もう後悔するまいと、茶の間じゃいられないと、
リリイベではそれはもう近くで見られた。
これ以上ないぐらい推しを間近で見た。
でも、ココロが遠かった。
なんとなくこっちのジャンルが好きなのかなぁとは脱退頃には思っていたが、
私が落ちた頃の推しとは表現するものもレベルも世界観も違っていた。
「もう推せない」とリリイベの会場を出た瞬間に痛感した。
私の場合はグループの中のアイドルとしての推しにココロ惹かれていたのだと。
嫌いになったわけではないとはっきり言える。
だけど、「音楽性の不一致」なんてありふれた陳腐な言葉の重みを知ってしまった。
物をすぐに処分できる質なら良かったのに、
そこに思い出が乗るとアルバムのように思えて手が伸びない。
認知症の話。
祖父が認知症なんだけど、まぁ、今日も今日とて粗相を起こしたらしく、
その怒声で起きた。
今日に限らず怒声で起きてしまったことに関してはまぁ問題は無いが、
父が、毎度つらそうで聞いてられん。
怒っても仕方ないのはわかってる、それでも耐えられない、
そう言う板挟みのような状態。
なんなら漏らしたことだってもうわからなくなってる。ついさっきのことにも関わらず。
怒る方も怒られる方もストレスが溜まるだけ。
こんなに虚しい不治の病が国中に蔓延してる。
極稀に、本当に極稀に心暖まる話は聞くけれど、おそらく大半は
誰に知られることもなく、日々辛い思いをしてる人たち。
誰も幸せにならない。
なんでこんな病気があるんだろうな。
ジャニーズJrといえども、先頭をきって集団を率いるタイプの人気Jrではなく、はしっこでひっそり一生懸命パフォーマンスをするタイプのJrだ。
第一印象はぶさいくだなぁという感じだった。
2回目彼をテレビで見た時、独特なパフォーマンスに度肝を抜かれた。
全くマークしていなかった子に、いきなり心を持っていかれ私が守らなければ、と謎の使命感を生み出されるのだ。
そんなこんなでわたしは彼のとりこになった。しかし、ジャニーズJrの仕事はデビューした人達と違って不定期である。
ジャニーズJrは現場主義の世界だった。もともとデビュー組茶の間でほとんどコンサートに行かない私は、週一のジャニーズ番組くらいでしか動いている彼を見ることは出来なかった。
応援しているうちに彼の待遇は悪くなっていった。無くはない程度の仕事量で辞めるにやめられない状況かもしれない。
彼はそこそこの年齢で、人気も乏しい。
少なくない数の辞めジュを見ているうちに、自担もいつかそうなってしまう未来を想像するのは難しいことではなかった。
しんどかった。
ふつうの青春を諦めて、プライベートをきりうりして頑張ってくれている。そんな彼が枯れていく姿を想像したくなかった。キラキラの、明るい未来をしめしてくれる彼しか見たくなかった。
ここで応援するのをやめるか、応援し続けるかいろいろな意見があると思う。私は、公式写真、雑誌以外はほとんどお金を出していなかったし、わたしひとりオタクが辞めるだけでは自担の人生にはなんの変化もないだろう。
しかし、わたしは今まで数え切れないほど悩んで、泣いて、喜んで、生活の軸が自担だった。
自担がどう思うか、自担が嫌なことは絶対存在してはいけないし、何事も自担、自担、自担だった。しんどい時は、自担も孤独なんだろうな、と勝手に想像して元気を出した。完全に依存していた。
自担は明るいし、イケメンだし良いところは数え切れないほどあります。
一生懸命だから、どこへ行っても可愛がられると思う。ジャニーズを辞めるかやめないか、それだけじゃない悩みとか、きっといっぱい考えたり、しんどいこともたくさんあると思う。だけどあなたは絶対にどこへ行っても、何をしてても幸せになれるよ。
だから自分のしたいことを、やりたいことを全力で楽しんでいっぱいしてね。
勇気や元気を与えてくれて、いろいろな経験をさせてくれてありがとう。
本当にありがとう。大好きでした。
M-1終わった直後は上沼恵美子と立川志らくにムカムカしてたんだけど、もう一回見直して考え方が変わった。
・上沼恵美子(3点)
ジャルジャル、トムブラウンが低評価なことから今までにない形の漫才を自分が笑えたかどうかに関係なく評価するのは苦手。
立川志らくの99点以降バランスの崩れた採点となったのが残念。
・松本人志(2.5点)
客ウケと会場の空気を重視した採点傾向。
点数の振れ幅が大きいほうだがウケ重視の採点なので茶の間とのかい離が少なく、見てる分にもストレスが溜まらない。
悪く言えば可もなく不可もなくという感じ。
・サンドウィッチマン富澤(1点)
爆発したというコメントを残した霜降りと人間力がといったかまいたちの点数が変わらないなど不可解な点がある。
点数の振れ幅もコメントの説得力もないのでここにいる意義が感じられなかった。
・立川志らく(4点)
客ウけと革新性を重視した採点傾向。
これまでにない試みをやっているかどうかという目線が強い。ジャルジャル、トムブラウンの結果から上沼恵美子とは対照的な評価軸。
評価軸が明確で納得感はあるが、コメントが無骨すぎることと最初につけた見取り図の基準点85点を忘れている感はある。
・ナイツ塙(4.5点)
技術力、客ウケ、新しさ、人柄をバランスよく取り入れた採点傾向。
コメントを聞いても採点根拠が明確かつきちんと差もつけれており、M-1初審査員でここまでできるのは現役バリバリかつ経験値の違い。
・中川家礼二(3点)
明確ではないがおそらく間や表現力と客ウケを重視した採点傾向。
かまいたち、ミキとしゃべくりの評価が高いが会場が爆発した霜降り、和牛が上回ったことからも空気感も点数に反映されている。
ただ、サンド富澤同様点数の振れ幅はもっと大きくしてほしいところ
・オール巨人(3点)
コメントも的確で基準もわかりやすい、普段から劇場で若手のネタをしっかり見ているため新しい笑いへの理解力も高い。
惜しむべきはやはり点数の幅の狭さ。
偉そうに書かせてもらいました。
個人的に下位二人は松本とサンド富澤なんだけど、松本はさすがに外すことはできないので、
次回はサンド富澤をみちょぱに変えればベストな審査員になると思う。
【追記】
個人的には採点基準に独自の視点がありそれが明確に示されており、
かといって採点基準を明確にするのは競技化につながるので反対で基本的に審査員は好き嫌いで点数つけていいと思います。
あとであれこれ語れるのもM-1のいいところですよね。
はじめに言っておくと、わたしは東京入国管理局のツイートに憤っています。
https://twitter.com/IMMI_TOKYO/status/1064810387797733376
「FREE REFUGEES(難民を解放せよ)」という落書きが歩道や壁に書かれた写真とともに下記の文章が投稿されているものです。
>~落書きは止めましょう~
>少しひどくはないですか。。。
東京入管が被収容者に不当な拘束をして人権侵害しているのが周知されるようになったからか、
「人権侵害している東京入管の批判逸らしだ」という批判のリプライが多いのですが、その通りだと思います。
なぜそう思うかというと、どうして日本に「難民を解放せよ」という落書きが生まれてしまうかの想像力は持たないくせに、
東京入管が器物損壊事件について当事者面することが欺瞞であり、
同情を乞いていて、
正論言っているふうを装う狡いところが、
それでいて茶の間でワイドショーでも見ているかのように薄っぺらい意見?を言っているだけの他人事でいられる神経が分からない。
東京入管を批判する人を批判しているヤツもどうかしていると思います。
そういうヤツはたいてい「それはそれ、これはこれだ」という論理をぶつけています。
批判を封じ込めるためにその批判と関係のない方向から持ってきた理屈で同調しない人間を黙らせてやろうという最低なやり口を始めます。
そういうのやるヤツって赤ちゃんなんですかね?
自分の純粋な主張を関係のないところから持ち出した論理でそれっぽく押し潰されて「おかしい」と思った経験ないんですかね?
意見に対して正面からぶつからないのが狡くて腐った考え方だなと感じたことないんですかね?
先に結論があってこその論理を展開するのが陳腐だという実感がないんですかね?
実感がないだけじゃなくて、想像して慎重になることもできないんですかね?
東京入管のツイートを見ている人が考えるべきことは、何が原因でこうなったのかを考えることではないでしょうか。
落書きはいけませんが、入国管理局の人権侵害が根絶されない限りはこういうメッセージはなくなるはずはありません。
「~落書きは止めましょう~」と言う前に「落書きが産まれるほどの不当な抑圧をなくそう」と考えるべきです。
あと、落書きをやめることを訴えるなら、法務省管轄の東京入国管理局ではなく、器物損壊事件を取り締まる警視庁が主体となるべきではないでしょうか。(落書き行為を批判する以外の意図があるから入管が出しゃばるのでしょうが)
東京入管は、届けたいメッセージを一定の層には届けることができたと推察します。
私は新規だ。
謙遜でもなんでもなく新規のおたくだ。若手俳優界隈自体の新参だ。
私はほんの少し前に推しに出会った。舞台の映像を見て、世界が変わった。汗だくで踊るその人は、本当に素敵だった。これまで三次元にあまり興味のなかった私だが、一気に引き込まれた。
学生身分であることと、親が厳しいことの弊害で見れないものも多かったが、出来るだけ代表作の映像を見た。余っているチケットを譲っていただいて、テスト後に無理やり舞台の予定をねじ込んだ。
初めて生で見たその人は席の問題で遠かったが、凄くかっこよかった。また見たいと思った。ただ、その舞台は初演から一気に人気に火がつきチケットが手に入らず多ステには至らなかったので、円盤を予約した。
それ以降、出演予定のイベントや舞台は、行けると確定しているところは全て応募した。このままではファンとして恥ずかしいと、ダイエットを始めた。生まれて初めて写真集を手に取った。そして今、ブログやインタビュー記事を過去に遡りながらコツコツ読んでいる。
私の周りに俳優のおたくはいない。友人は二次元か声優のおたくなので、私が必死に情報に手を伸ばしているのを「頑張って、協力するよ」と応援して、色んな発表を一緒に喜んでくれる。毎日幸せで仕方ない。
ただ、ずっと怖いと思っていることがある。
時間は巻き戻せない。どれだけ祈ったところで、私が今「推し」と認識しているその人に出会うのを数年前にすることはできない。どれだけ後悔しながら円盤を見ても歴は伸びないし、どれだけ過去舞台のトレブロを回収しようと定価以上に払うお金が推しに回ることはない。
はてブロで「3年目の新規」と書いている人がいた。3年目で新規なら、私はその辺りに落ちている紙切れにも値しないんじゃないか、と考えてしまう。古参の方々は、私のような突然舞台に通い始めた新規を受け入れてくれるのか、笑われやしないか、今のままでは茶の間と呼ばれてしまうのではないか、それが怖い。
私は、別界隈に追いかけ始めて8年になる同性の推しがいる。私より歴の長いおたくは他界した人が多いため、私は今では古参と呼ばれる立場だ。一度推し始めると長いため、もう自分が新規だったことのことが思い出せず、今どうすればいいのかわからなくなってきた。
しかし、今はただ推し俳優さんの演技が見たい。板の上で輝いている姿を見たい。接触に行くつもりは今のところないので、同担さんと何もないことを願うばかりだ。
「仮面ライダーになるにはどうしたらいいですか?」
それが最適解なのではないか、そう思う今日この頃。皆さまどうお過ごしでしょうか。
以下の文章はコンテストそのものの歪みや、運営に対する不信感への愚痴ですので、ジュノンボーイの男の子たち自身に問題があるということではないと最初に宣言しておきます。直近(第31回)のコンテストのジュノンボーイには、推し、いませんし。
今年度はチアーズ 、ショールーム、プラチナジュノン(ジュノンの有料携帯サイト)、本誌のアンケートハガキが審査項目となっており、それぞれの項目の順位ごとにポイントが付けられ、そのポイントの上位者が次のラウンドに進める、という方式になっていた。ラウンドはBEST1000→100→50→30→15→ファイナリスト、のはず。途中で敗者復活も入ってきたりするが。
このうち、チアーズとショールームはリアルタイムで結果のわかるアプリなので、順位ははっきりとわかる。大体でしかないが、通過有望な候補者が発表前に予想できるわけだ。
が、各通過段階でかなりの番狂わせが生じていた。プラチナジュノンと本誌アンケートの順位は公表されていないので、その2つで下克上したという言い訳が通用する場合もある。しかし、どう計算しても落ちるはずのない候補者が脱落していたりもした。勿論、私の試算がザルである可能性は十分にあるが、4つのうち2つの審査項目で上位に組み込んでいる候補者が、他の2つで圧倒的に弱い、などということがそう何度も、ギリギリの線で起こり得るだろうか?
次に、候補者の扱いが蔑ろすぎる。私は候補者自身ではないので推測でしかないが、サポートがあまりにも希薄すぎるような印象を抱いた。
コンテストの候補者は10代から20代。事務所に所属している人間はエントリーできないので、全員素人である。
あくまで自分から立候補してきているのだし、ある程度は大変なことは覚悟すべきだとは思う。しかし、学生がメイン候補者であるのに都内に集まらせる行事を平日にやったり、チェキ会までやらせるのはどうかと思う。というか、チェキ会は明白に労働ではないだろうか…。
前述したように、このコンテストはショールーム、チアーズ、プラチナジュノン、本誌読者アンケートの4つの項目で審査される。この4つに金が絡まないものは一つもない。
プラチナジュノンは確か月額300円くらいだし、本誌は当たり前に代金がかかる。ショールームとチアーズは無課金でも応援できるが、まあ、そんなものは塵と同じである。
飼いならされたオタクである私は、今更芸能界の搾取構造に憤ることはできない。金出す奴が偉いし金なし茶の間は黙ってろ、というのはどの界隈でも見られる空気感ではある。
しかし、それはあくまでそれが推しに還元されるという前提があってこそのものだ。(その前提も希望的観測の上に立っているに過ぎないが。)
どれだけ課金しようとも、ジュノンボーイコンテストでは推しの懐には一銭も入らない。もちろんポイントを稼げればラウンド通過なり敗者復活なりはできる。が、そこにはブラックボックスがあるし、出来なければそれで終わりだ。
素人なのに金が関わってくるというのは、読者投票で成り立っている雑誌系のオーディション全てにおいて、昔から言えることではある。だが、SNSの発達によって、金を出している相手とダイレクトに交流出来るようになった今、それが候補者のプレッシャーになりすぎていると思う。
まだ成人していないような一般人の男の子たちが、なんのリターンもサポートもない状態で課金したからとデカイ口を叩く人間やよくわからん荒らしを配信で捌きつつ、課金の金は運営に全部行くのである。謎。
私の推しはそんなにぶっちゃけて話す子ではなかったが、「課金してもらうのは心苦しい」というニュアンスのことは言っていたし、重課金の説教オタクにあーだこーだ言われて疲れているように見えた。(私がその人のこと嫌いだったからそう見えただけかもしれないけど)
お金を払われることに責任を感じることは悪いことではないけれど、それはお仕事に出来てからの話だ。リターンを貰えないのに責任を感じるいわれはないし、でも感じてしまわざるを得ない構造に心底吐き気がした。
はっきり言ってしまえば推しに偉そーなクソリプ送るやつらが嫌いだっただけの話なのだし、ここでぐちぐち言っても何も変わりはしないのだが、ネットに投げることで何か変わればいいなーと0.0000000001%くらい思っている。
ひとりごと。思ったことをそのまま書くのでとっちらかっている。
舞台を主として活躍してる若手俳優、特に2.5次元舞台にでてる人を推すのってメンタル的にも体力的にも金銭的にもしんどい。
でも好きだから推し事したくて、微々たる力添えだけど自分のできる限りでお金使って、推しが頑張ってる姿を見られるのはとても好き。
歴関係なくお金を落としている人が偉いと思っているし、そういう風潮(といいつつ真実ではあるんだけど)でもあるから周りからしたら私は茶の間同然かもしれない。
全通したりとか何百も個ブロ積んだりとかしている方には本当に頭が上がらないし、俳優は自分のためにこういうことしてくれる人こそ大切にしてほしいなと思う。
なのに現実は若手俳優のカノバレやクズバレの炎上ばかりで、とても悲しくなってくる。
人間だから完璧なわけないんだけど、もっとうまく隠せなかった? と思うこともたくさんある。
他の界隈に足を突っ込んだことがないから、舞台界隈が他と比べてどうともいえないんだけど、結構闇は深めだなと感じることが多い。
舞台を見始めた頃、人に迷惑はかけていないがマナー違反をしていたり、発言が馬鹿だったり、相当脳内お花畑な奴だったなと今になって思う。あのときに戻れるなら自分の頬をひっぱたいてやりたいほどには恥ずかしい過去だ。そういう経緯もあるから、愚痴垢でどんな人がいまだに界隈にいるのか気になってしまう。きっと心の中で、話題になっている人をみて過去の脳内お花畑な自分よりはこの人よりマシなのかもと思いたいのかもしれない。過去の自分とファイトしても仕方ないのだけど。
今は、無知が怖いと思う。
私はなにも情報はもってないし、炎上してる俳優においおいと思うことがあるだけで、口が出せるほど偉くない。若手俳優もっと賢く生きろよと願う反面、どうしても気に入らない俳優を炎上させようとしている人を見ると他人事ではあるが苦しい。
無知が怖いから自分の中で手っ取り早く界隈の状況と情報をつかめる愚痴垢巡りは、やめたくてもやめられない。愚痴垢もってる人は他人に情報をひけらかすとか絶対そんなつもりで作った垢ではないし、そもそも私の愚痴垢への対応のベクトルが違うのは分かっているんだけど。
でも愚痴垢みると心が死ぬことが多い。心が死んだら2日ぐらい落ち込む。
それが俳優への失望なのか、ただ他人の愚痴に疲れているだけなのかは分からない。ただ苦しい。きっとこういう情報収集の仕方は私に向いてないし、なんなら界隈も肌に合ってないのかもしれないんだけど、舞台を観ることは楽しいしこれからも趣味にしていきたいと思う。
若手俳優は特に、安定していない限り1年後に仕事があるかないかという不安定な職業だと思う。人気商売だから頑張っていても人気がでなければクビだろうし、人気があっても炎上して仕事に影響がでたら当然仕事は減る。
それをどれくらいの若手俳優が感じているのかな。アルバイト感覚なんだろうか。そうなんだろうな。全員がそうではないと分かっているけど。
頑張ってほしいな。炎上しないで。賢く生きて。彼女はいて当たり前だと思っているけど、ファンとあなたの人気のためにうまく隠して。最悪結婚しててもいいからうまく隠して。馬鹿な女に捕まらないで。若手俳優のプライベートに求めることはこれだけなのに、うまくいかないなぁ。