はてなキーワード: 深夜ラジオとは
ロリコンオタクの日記です。せっかく書いたし、どうせ匿名だから投稿しますが、キモイので読まなくていいです。
午前3時半頃。眠れずTwitterを眺めていたら、とんでもないニュースが目に入った。ある作曲家が逮捕された、というニュースが深夜ラジオで流れたらしい。アニソン界では最も名が知れているといっても過言ではない人で、衝撃のあまり完全に目が覚めた。嘘だろ?
午前4時頃。周りのオタクも気づき始めていた。検索すれば山ほどヒットする。しかし、検索発信源と思われるツイートは全然伸びていない。供述内容のような情報が断片的に流れてくるが、どれもソースがない。5ちゃんねるを見に行ったが、憶測が蔓延っているだけで、見ていられない。一旦寝て、再び起きる頃には何か情報が出てくるだろう。悪い知らせでないことを願いながら、午前5時前に就寝。
午前11時頃、起床。丁度ネットニュースが更新され、Twitterではオタク共がざわついていた。夜中に流れていた情報(逮捕されたことと、供述内容)は、少なくとも本当のニュースらしい。内容が内容だけに、詳細に言及する人は見られないが、彼を知る者にとって衝撃的であったことは間違いない。
その後、暗澹とした気分で一日を過ごした。怠惰な学生である私は、悩む以外のことをしなくて済んだ。
第一に、好きなアニメやゲームにかなり多く携わっていた人が逮捕され、その内容も少なくとも部分的には事実でありそうだということが苦しい。彼が携わっていたアニメ・ゲームに罪が無いことは言うまでもない。感動して泣いたものもある。その感動には彼の楽曲も多分に影響しており、だから彼の楽曲が素晴らしいものであったことも認識している。罪を犯したからといって作曲技術が偽物だったというわけではなく、作曲者の人格と作品の価値については分けて考えるべきだという意見にも概ね同意している。だが、罪を犯して捕まった人が作った楽曲である、という一点がチラついてしまうと、素直に楽しむことが難しい。苦しい時には彼の曲を聞いて元気を出していたのに、今回はそれができない。いつまでも苦しい。
第二に、犯罪者に対する社会からの認識が苦しい。自分が犯した罪でないのに、この手の事件の度に人々の反応を見ると苦しくなる。
正直に話すと、私は小児性愛の傾向があることを自覚している。成人女性との性行為をしたいと思えない。当然ながら未成年女性との性交は禁止されているので、性交を諦め、日々自慰行為に励んでいる。法律が変われば良いのにと思うこともあるが、そのための合理的な理由が無いことを理解している。実際の行為を行うにはリスクが大きすぎるし、女性を傷つけることが何よりも嫌いだから、自分が犯罪者になろうという気は全くない。しかし失うものが無くなったら、あるいは未成年女性との性交以外に得たいものが無くなったら、一時の気の迷いで事を起こしてしまうのではないかと、不安になってしまう。犯罪者予備軍と言われると否定しきれない自分が情けない。
自分に当事者意識があるせいで抱いている歪んだ認識であるかもしれないが、多くの人々にとって未成年は性の対象でないから、未成年に対する性犯罪はバッシングしやすいのだろうと感じる。私は人を殺したいと思ったことがないので、殺人を犯すなんてありえないと思っている。同様に、おそらく普通の人は未成年とセックスしたいという願望を抱いていないので、淫行を働こうとした者はありえない罪人で、同情の余地がないのだろう。未遂であっても、実行の意思がないとしても、その願望自体が非難の対象であるのだろう。と、思ってしまう。
性欲に関しては正しく生きていけば一生満たされないのだろうという悲しみがある。それは一人で抱えて生きるか、自然に消滅するのを待つしかないと思っている。
その時が来るまでに暴発してしまった例を見てしまうと、平常心で居られなくなった。幾ら頑張って名を揚げても、一つの失敗で台無しになるのであれば、努力する気力が無くなってしまった。何がトリガーになったのか知らないが、自分にもその可能性があるのでは、という不安が常に付き纏うようになってしまった。人生を終わらせたくないです。
乱文ですみません。
アメリカ人の友達「偽物の教会で、お葬式の曲が流れる不思議な結婚式に出たのよ」「それ、日本の標準的結婚式です…」
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1956479
これはつまり「ブライダル業界の結婚式」だが、なんでこうなったのか?。
今主流のこういう結婚式の始まりは1970年代なんだが、その元は60年代にある。
日本のイエ制度は明治に出来たようなもんだが(武家を除く)、昭和初期には堅固なものとなり、更に国家と天皇がイエに擬製されて人間はそこから逃れる術はほぼ無かった。ゲマインシャフトと国家有機体論の合体だ。
戦争に負けるとおせっかい焼きのアメリカが自由の形だけを作って置いていった。国家権力だけは縛ったからあとは勝手に使うがよいと。
それで戦後も時代が下り生活レベルが向上すると段々と生活や人生上の自由が増大化していった。
イエというのは家督であり、継げるのは長男一人だけだ。しかしその他の女子や次男以下も生き方が制限された。
長男は適齢期になると親が勝手に縁談をまとめて「あの家の娘と一緒になれ」。断った場合は勘当されて死ねと言われる。
次男以下は中学(尋常小学校)を出ると「小僧」の勤め先を親が決めてくるので、そこに入る。小僧っていうのは商家に住込みの店員見習いだ。然程の長時間労働ではないが「仕事」ではなくて24時間主人に仕える事が求められる。全人格労働だ。
こういう風習があったので会社勤めが一般化しても昭和中期まで独身者は会社の寮に住込みが基本だった。勿論集団生活で雑居だ。プライバシーとかいう事を気にする者はアメリカかぶれの不良である。
女子は妙齢になるとやはり親が勝手に嫁ぐ先を決める。断るのはアメリカかぶれの不良である。そもそも断ると生きていく術が無い。本人が何とかなっても家族が村八分になる。
商家に女版小僧として働くというケースもあった。勿論住込みの全人格労働だ。これも妙齢になると主人が見合いの相手を見つけてくるので恋愛期間なく結婚せねばならない。
戦後生まれの団塊世代が成人する60年代末になると都会ではそういう古いイエに縛られない核家族が増え、子供用個室が出来たりもした。
でもそれは都会の話で、田舎の方ではまだ古いイエに縛られたままの人間が多かったのだ。
例えば中島みゆきの『ファイト』は1982年の歌だが、「薄情もんが田舎の町に砂かけんのか、出てくならお前の身内住めんようにしちゃる」と言われて長距離切符燃やそうとしたが出来なかった。東京行の文字が滲んだ切符をまだ持ってる、っていう節がある。
なんでこんなキツイ歌詞を考えつくの…と思うがこれは中島みゆきの深夜ラジオに送られて来たリスナーのハガキの内容を切り貼りした歌詞なんである。
つまり1970年代末~1980年代頭にもこういう思いをした人は居たという事だ。
「ファイト」の語感だけで元気を振るう歌だと思っていると衝撃を受ける事と思う。苦難や挫折が生々しいのだ。
勉強を頑張って東京の大学に進む事が出来るように先生に親を説得してもらう(余計な勉強なんかして更に大学に進もうなんて親不孝のアメリカかぶれの不良である)。
集団就職に参加する。
一度商家に入り、数年奉仕し18or20歳の年齢制限をクリアして暇を貰い、水商売に入る(増田の親のパターン。単に不良である)。
そういう状況だったから古い世間では自由恋愛=不良であった。それは流行恋愛歌に乗せられて人の道を踏み外すアメリカかぶれの不良である。
一方、若者からすれば自由恋愛とは誰と恋愛してもいいよという状態の事だけじゃなくて因習から逃れる解放のテーゼだ。
人は好きな人と結ばれる権利がある。それを称揚すべきである。ロマンチックラブイデオロギーだ。
そういう訳で沢山のフォークソングで自由恋愛が称揚されるようになった。1960年代には社会への異議申し立てという歌詞が多かったのが、70年代になると安保闘争の挫折も相俟って現状肯定、恋愛称揚などのポジティブ系にシフトしていく。
有名なのが吉田拓郎の『結婚しようよ』1972年で、僕の髪が伸びたらチャペルで結婚式を挙げよう、というもの。
チャペルはキリスト教会の礼拝場の事なのだが、実際に多く使われるのはミッション系大学の礼拝場だ。要するに学生結婚したいねという欲求を惹起する歌だ。
もう一つ有名で披露宴でも使われるのがチェリッシュの『てんとうむしのサンバ』(1973年)で、夢の国の森の小さな教会で結婚式を挙げました、という歌詞。
こういう曲のヒットにより「小さなキリスト教会での挙式」というのが憧れとなり、実際にミッション系大学併設の教会での挙式が多く行われた。因みに式の前に洗礼を行って形だけでも「キリスト教者」になっておく。
ただ、ミッション校の教会は限られていてパイが少ないし両方の親族が沢山来たら礼拝堂に入らない。
でもそれがまた「イエvs.イエ」の結婚式へのアンチテーゼとして働いた訳だ。
なんでキリスト教会なの?と言えば、それは第一に西欧への憧れであり、第二に「日本古来の神式、仏式でないから」だ。神式、仏式にはイエの因習の表象をまとっていた。
今は厳かな神式も人気で特に鎌倉鶴岡八幡宮の舞殿で行われる神前式は人気だ。これには団塊/全共闘の残した軽いノリへのアンチテーゼで権威的なものを好むというテイストもあるだろう。
でも今の神前式を選ぶのと60年代の仏/神前式は意味が違うのだ。現代のは一度因習との結びつきが嫌われて廃れ死んだ後に、「博物館入り」して個人にとって安全になったものだ。安全になったので「自由意思で選択」しているのである。
「花嫁は夜汽車に乗ってとついでいくの」という『花嫁』(はしだのりひことクライマックス 1971年)なんか歌詞をよく確認してみたら駆け落ちなのな。こいつを披露宴で掛けるのはヤバそうだ。
それ以前の結婚式は仏式/神前とあったが、特に都市部だと著名な特徴があった。
それは「祝言(しゅうげん)として能の演目『高砂』の一節の謡いを仲人がやる」という事。俗にいう「高砂や~」である。
https://www.youtube.com/watch?v=Zm1Se2fRnvU
これをこの調子で仲人が謡う。これは都市部では必ずやる。絶対にやる。だから仲人はこの祝言を暗記して慣れない能の謡い方を練習した。それを笑った落語もある。「高砂や~」って練習してる時に「とうふ~」と豆腐売りが来ちゃって混じって覚えちゃうのな。
これは恐らく江戸時代後期には一般化していたと考えられるが、廃れた時期ははっきりしてて団塊世代の適齢期だ。
ちょっと脱線だが老松町という地名があったり地名変更で無くなったが祭りの町内会名や祭りの神輿や山車の提灯なんかで出てきたりする。
でも昔は結婚式では「必ず」高砂の祝言を謡ったのだ。『高砂』の内容とは、神主が兵庫県の高砂で老女老男に出会い、我らは片や高砂の、片や大阪市住之江区の住吉大社の老松だと言われる。小舟に乗って去った老夫婦の後を追って船で住吉に向かうと、住吉明神が神々しい舞を見せた、というものだ。
まぁ今は埋め立てで遥か内陸になってしまって阪堺電軌じゃないと行けませんがね…。
この「老松」なのですよ。昔は結婚式で必ず仲人が高砂を謡った。故に門出の歌なのですな。
関東大震災で下町が壊滅すると多くの人が板橋区とか池袋、世田谷、杉並などの郊外に移り住んだ。すると農村の人口が増えて村から町になり区画も分割される。そこでめでたい瑞祥地名として新婚の門出と長寿と願って老松町というのが増えた。
でもその後字面が年寄臭いって事で消えてしまった。『高砂』が廃れた現在から見るとやっぱ年寄臭く見えるけど、それは習俗が途絶えて常識が消えたせいなんでありますな。
会場が教会だったり披露宴でフォークソングとか歌うし高砂やはやらないしで、この新しい結婚式に保守的な人らは憤慨していた。
どのくらいかというと、わざわざ入試問題に新型披露宴を批判したり、親戚のオヤジがマイクを渡されてフォークソング披露宴への憤懣ぶちまける説教演説したのを現代文の問題で出したりするくらい。そんなのを入試に出すなよ。過去問としてアーカイブされて10年以上参照されるんだぞ。
しかし芸能人などが次々とキリスト教式で挙式するようになる。するとこれは大きな需要であるから「ブライダル業界」が立ち上がり、洗礼とかがない宗教的に気軽なキリスト教式結婚式を提供するようになったのだ。それまでは互助会のような組織が主だった。
ホテルなどでの挙式よりは断然安い。しかし教会での式よりは断然高い。
だから団塊のイエへの抵抗から始まったブームが大きくなって70年代中頃に業界化し、80年代には完全に一般化してこっちが主流になったのである。だが80年代には色々行き過ぎて珍妙な式が行われており、それでまた年配者の顰蹙を買ったようだ。ハイジみたいなブランコで新郎新婦が登場とかラブソングカラオケ熱唱とか色々おかしい。
だから「なんで偽物の教会でやるの?」と聞かれたら「それが昔は近代的な解放だったんだよ」「その意味が社会から消えても形式と業界がそのままになってるんだよ」「貴方の国の若い人らもハングルやひらがなを混ぜて書く事があるけど、それも同じ抑圧からのサブカルチャー的解放の意味があるんじゃないの」と言えばよい。
それとは別にやっぱあの形式の結婚式にはダサさを感じるし、偽物の教会も中途半端で教会建築への理解の少なさが出ちゃってる。標準的形式の練り直しはすべき時期かもしんない。
現在、VTuberグループのにじさんじが、幕張メッセを3日くらい使って、グループあげてのオフイベントであるにじフェスというのをやっている。
盛り上がっているようだし、スタッフもVTuberも力を込めているようである。
が、俺はにじさんじを活動スタートの頃から追ってるオタクのくせに、いまいちそれにノれない。
地方に住んでる上にひきこもりだから東京のオフイベに行けないというのもあるが、そもそも、肉体接触でみんなで盛り上がるというのが猛烈に苦手なのである。
「にじフェスはまるで文化祭みたいだ」というのはVTuber自身がちょくちょく口にするのだが、実際まあそういう盛り上がりであり、そして俺の苦手意識も、文化祭や体育祭がキツかったことに近い。
中学高校の文化祭は人のいない場所に逃げ込んで時間を潰していた。修学旅行も苦痛だった。
そして俺の厄介な所は、イベントに参加するのは苦痛なくせに、悠々自適なひとり学生生活に満足しているわけでもなかったということだ。
ワイワイやっているクラスメイトのノリが嫌いだったが、しかし楽しそうなそいつらを見てルサンチマンや疎外感や不公平感は強く覚えるのだ。
にじフェスについても同じだ。にじさんじ、ないしいちからが成長するのはよいことだし、マクロかつ客観的にはオフイベは成功してほしいが、ミクロで主観的な俺は、ひたすら置いてきぼり感がある。
月ノ美兎は言うまでもなくにじさんじのメインどころの一人であり、ここしばらく私生活の事情で休止していたが、にじフェスでもライブを二本もこなすように、しっかり箱イベントにコミットしている。
だが彼女は、今回のイベントのイメージソングである、じんが文化祭をモチーフに作詞作曲した『Hurrah!!(フレー!!)』という曲を紹介する時に、こんな風に言っていた。
「この曲のいいなって思うのが、明るいんだけど、陰の感じもあるの。私はそう受け取ったの。文化祭ってやっぱ、一部のお祭りになったりするじゃん。でも、なんか、救いがあるんだよね、この曲」
じんはこの曲にそのような救いをこめたのかもしれないし、そして、それを感じ取って明言してくれる月ノ美兎は俺のような人間にとって救いである。
月ノ美兎は今までのグループイベントを楽しんでいるようだし、彼女自身のプライベートでの文化祭も楽しむ側だったことは、何となく伝わってくる。
だがそれでも彼女は、彼女の人生で疎外感が発生した経験や、主流の生き方をできなかったときのキツさを覚えているのだと思う。
(そもそも彼女はVTuberとしても特殊だ。活動初期は3D動画勢がVとして当然であり、2Dで生配信のにじさんじは邪道的であった。その後彼女たちの活躍によって生配信系Vが大きなブームとなるのだが、ゲームや長時間配信を得意としない彼女はやはり特殊だった。ぱっと見は脚光を浴びているのに、主流派やマジョリティとしての振る舞いができない、「ステージ中央にいる異端」として5年間活動しているのがVTuber月ノ美兎である)
そしてにじさんじが、あるいはVTuberが、ネットが、オタク文化自体がメジャーになり陽キャやアイドル的になりキラキラした「マトモな人間達」のものになっていっても、「マトモに生きられないし他者と関われないので、一人で部屋でオタクコンテンツを摂取することでしか生き延びられなかった人間」の存在を認識してくれていて、どんどん派手で幸福そうになっていく界隈の賑やかさの中で、たまにモールス信号のように、あるいはradiko以前の深夜ラジオのように、月の光のように、彼女から俺たちへ密かにメッセージを送信してくれているように感じる。
それは相互理解なんかではなく一方通行の送信であり、それどころかそもそも月ノ美兎はそんなメッセージは意図しておらずオタクにたまたまそう聞こえただけの偶然のノイズなのかもしれないが、とにかく、俺はそう受け取っているのである。
・空気階段の踊り場
・むかいの喋り方
・佐久間宣行のオールナイトニッポン0
・ほらここがオズワルドさんち
・ハライチのターン
・宮下草薙の15分
・霜降り明星のだましうち
JUNKはなんだか合わなくて聴いていない
オードリーann、アルピーdcg、サンドリは数回聴いたことがある(だけ)
ゲスト目当てで星野源ann、都築サクラバシも聴いたことがある
種類は違うが、アイドルファンやジャニオタなど、自分の暇な時間を全てつぎ込める趣味があるって、楽しいんだなと今更ながら思った。
radikoプレミアムは月385円で全国どこのラジオでも聴けるのでコスパ良いと思う。
実生活で趣味はラジオを聴くことって言うと、ラジオ?へー珍しい。と流されやすいので、もっとラジオの話できる知り合いが欲しい。がまあ下ネタまみれではあるので大々的に流行るものでもないか。
今ネット界隈ではアクシアとかいうアクシズみたいなvtuberが腐女子ファンと決別したくて苦労しているらしいな
ところでオレにはしょっちゅうスマホ通話で会話する若い友人がいる。
いつもギャハハ系のノリのいい子で、ちょっと行動の矛盾(たとえば恋人が欲しいのにオシャレをしない、できない)をつつくと「ちがうんだちがうんだきいてくれ~ぇ」って絶叫してとんでもない言い訳(全然言い訳になってない)を言い出すのでみんな気持ちはわかるだけに笑ってしまう。
だが昨日は一味ちがった。なんとスマホが故障してiPadで通話していたのだが全くギャハハ声に聞こえないのだ しっとりとしていて深夜ラジオで聞いたらうっかり惚れてまうやろ系の声。
そういえばその人とリアルであったことが2回(しかも30分くらい)しかないのだが会った時にはすっかり成熟した大人の話し方をする人という感じがして尊敬の念さえ抱いたのだ。だが家にかえってきていつものように通話をかけたらあいかわらずちげーよ系のあわてんぼサザエさんキャラだったからすっかり忘れていた。
というわけで母親系夢女子に困ってるやつはマイクを安かろう悪かろうのやつにかえろ。笑点に出られるマイクとエロ通話できるマイクが世の中には分かれているのだ。高性能マイクには正しく人を惚れさせる力が宿っている。だがおまえの中身はそういうやつじゃないんだきっと。
あと石田彰とか三ツ矢雄二といった、「厄介ファン=腐女子に性欲をむけながらつきまとわれて対処せざるを得なかった声のよい男性」は過去にもたくさんいるのでみんなお互い注意しような。
ここまでいってアクシズが声が悪かったらどうしよう。どうもせんわ。
以上だ。じゃあの。
ここ2~3年サウナに行くのが週末の楽しみになった。
けれど疲れた時や大きな風呂に入りたいなという気分の時に、近所のスーパー銭湯に行く程度だった。
生活圏内の地名をそのサイトの検索ボックスに入力しては、訪問するのが毎週末の習慣になった。
1軒は都内で最も温度の高いサウナを持ち、1時間1000円で入れるサウナ
もう1軒は3時間2000円かかるが、プールのように大きく冷たい水風呂のあるサウナだ
両店ともサウナとは店によって個性があって人気のお店には理由があるのだと、サウナ初心者を感動させてくれた。
しかし錦糸町とは千葉県民の自分にとって遠く、年に何度かは行くが訪問のレギュラーにはなれなかった。
所要を終えると、時刻は17時頃になっていた。
夏のはじめ頃だったので周りはまだ明るく、家に帰るには何となく早い気がした。
新しくもう一つできたという情報をレビューサイトで読んでいたからだ。
受付に行くと以前何度か訪問した時のおじさんと同じ人がいた。
受付のおじさんに目を合わせずに最も安いコースを注文する。
料金を支払い、ロッカーのカギを受け取ると、1階奥の更衣室で指定された番号のロッカーに荷物を押し込み、
館内着に着替え2階の浴室に向かった。
浴室は改装したとの評判だったが以前と景色は変わらないように見えた。
だが奥のサウナに向かって歩くと垢すりのコーナーだった場所にサウナが設置されていた。
早速そのサウナに入る。
サウナの中には先客がいて神経質そうなおじさんが一人で大汗をかいていた
私はおじさんと反対側に座ることにした。
サウナは高温で湿度がないタイプで、体力を奪いそうな熱の中でFMラジオが小さな音で流れている。
湿度のないカラカラ系のサウナだと汗が出ずらい私は、しっかり汗を出せるか不安になった。
私のサウナルーティンは12分サウナに入り水風呂に体が冷え切るまでつかり、浴室のベンチなりなんなりに座り休憩をする。
経験的にこの12分間で汗が出れば出るほど水風呂は気持ちよくなる。
カラカラ系のサウナだと、相性が悪いと体がきつくなるばかりで、汗が少ししか出ないことがあるのだ。
そうすると不思議なもので水風呂での気持ちよさは半減し冷え切るまで冷水の温度に耐えられなくなる。
そんな不安を覚えながら、サウナで流れているFMラジオに耳を傾けていると、滝のように汗が出てきた。
ほう、ここはどういう具合かわからないが、かなりの発汗を誘発するタイプなのだな、カラカラ系にしては珍しいな
そんなことを考えていると、おじさんがもう耐えられないという表情を浮かべサウナから出て行った。
そして入れ替わりにサウナハットをかぶった青年が一人で入ってきた。
青年は私の反対側の正面に座った。
痩せ型の優しそうな顔つきの男だった。
なんとなくだが深夜ラジオとか好きそうだな思った。
そんなことを考えているうちに滝のように出ている汗は勢いを増し、我慢の限界に近付いているような気がした。
まだ半分なのか、そんな絶望感を感じた時だった。
「このサウナすごいですね」
私はそう正面座る男に話しかけた。
知らない人としゃべるということが億劫になってぞんざいにその会話に返答してしまう
私の経験上きっと青年はめんどくさそうに思うだろう、そして場を取り繕うような返答をしてくるのだろう。
もしかしたら返答すらしない、そんな残酷なことを平気でするかもしれない。
優しそうな顔つきの男というのは、優しいのは自分の周りに対してで「他人」に対しては平気で残酷なことをするのだ。
「いやここは本当にすごいですね」
そう私にむけて嬉しそうに言った。
そしてさらに
「ここよく来るんですか?」
と聞いてきた。
私は自分のことを棚に上げて友達のいなさそうなやつだなと思った。
それからサウナを出ると青年と水風呂でも、2周目のサウナでも同じになった。
けれどサウナを出た後青年に話しかけるのは気恥ずかしく、できるだけ遠くに座った。
サウナに満足した私は風呂上りに、かき氷を食べようと食堂に行くとまた青年がいた
せっかくだから話しかけてビールでも同伴すればいいじゃないか、
そんなことが頭をよぎったがすぐにそれはとても無粋だと思いなおした。
注文したかき氷は予想よりも大きく、シロップがたくさんかかっていた。
そして食べるのに大変難儀した。
青年の遠くでかき氷を食べ終え食堂を出て、サウナをチェックアウトする
派手なネオンで装飾した看板の中華屋さんの間に挟まるようにチェーンの居酒屋が軒を連ねている
そのビルの地下でガールズバーや性的なマッサージをしてくれるお店がうごめいている。
呼び込みキャッチをよけながら、空を見上げるとあたりはもう暗くなり始めていた。
私はラジオが好きだ。
特に深夜ラジオが好きで「オールナイトニッポン」も、もうかれこれ10〜15年くらい聴いている。
今でこそ、Twitterとの連動やお笑いブームもあって人気コンテンツになりつつあると感じるが、当時はまだラジオはマイナーな趣味だったと思う。
だがなんとなく聴きはじめてからすっかりハマってしまい、ここ10年くらいは深夜に頑張って起きて聴いたりごくたまにだがメールが読まれたり、いわゆるヘビーリスナーと言ってもいい立場だと思っている。
そんな自分だが、先週配信されたニッポン放送55周年記念「あの夜を覚えてる」にどうしても違和感というか、冷めた気持ちを感じてしまった。
長年好きなコンテンツのはずなのにどうしてそう感じてしまうのか、自分の考えをまとめたい気持ちもあって今これを書いている。
一応書いておきたいのが、ニッポン放送やオールナイトニッポンと分けて考えれば、物語自体はとても面白かった。
例えばこれが普通の映画だったり漫画だったりしたら、とても好きな作品になっていたと思う。
なのになぜモヤモヤしてしまうんだろうかと考えてみて、一番感じたのは「"エモ"は公式から押し付けられると冷める」ということだ。
これはこの作品だけでなく他のコンテンツにも感じたことがあるのだが、私は公式から「エモ狙い」の宣伝や発信をされて冷めてしまうと感じる。
深夜ラジオを長い間聴いていると、いわゆる「神回」に出会うことや、「エモい」というか、テレビや漫画など他のメディアでは味わえないような感動を味わったこともある。
でもそれは、公式から「神回ですよ」「エモいですよ」と言われているのではなく、聴いているリスナー側がそう受け取っただけのことだと思っている。
10年以上続く人気番組「オードリーのオールナイトニッポン」が「部室」と言われているのもそうだが、パーソナリティのトークを、それぞれのリスナーがそれぞれの感覚で受け取る。
それがラジオの好きなところだと、私は思っている。
だから、公式から「あの夜」と言って深夜ラジオというコンテンツのことをドラマチックな「エモい」物として発信されてしまうと、なんだか違うと感じてしまうのだと思った。
また、劇中にいくつもあった普段のリスナーならわかるような「小ネタ」のひとつを、公式Twitterで「元ネタはあのラジオのあの回です」とツイートしていたことも「なんでそんなことをするんだろう」と思って不思議だった。
そういった「小ネタ」は伝わる人にだけ伝わればいいものだと思っていたので、公式から声高に解説されたことに違和感を感じてしまった。
公式Twitterは他の宣伝ツイートも謎のポエム調のツイートばかりで、終始「酔っている感」というか、さきほども書いたが「エモ狙い」をすごく感じてしまうものだった。
長々と不満を書いてしまったが、結局はあくまでも私の一人よがりな「深夜ラジオ」のイメージや今まで約10年間の印象と、今回公式から発信された「深夜ラジオ」に対する価値観が違いすぎて勝手にがっかりしてしまっただけなのだと思う。
また、一リスナーの意見だが、こういった作品を作るような金銭的・人員的余裕があるならば、もっと今放送している番組の企画やイベントに力を入れてほしかったとも思う。
あまりにもネットやTwitterで絶賛の声しかなかったので、「本当にずっと深夜ラジオを聴いてきたような人がみんなそう感じているのだろうか」と思って書き始めてしまった。
タイトルの時点でいないとは思うが、この作品が好きでこれを読んで不快にさせてしまった人がいたらごめんなさい。
やっぱりこんな風に感じたのは自分だけなのかな。
霜降り明星コンビのチャンネルも前から人気だったけど粗品個人のチャンネルの盛り上がりが止まらない。
オードリーがやっていたようにゴールデンの番組では好感度高めのキャラを見せて、深夜ラジオでマニアな人気を得るというのがYouTubeでもできるようになってるんだな。(霜降り明星もオールナイトニッポンやってるけど)
チャンネルの内容はというとギャンブルだらけで、特に土曜日に競馬の予想して日曜日に外れた報告をするのが人気コンテンツになっている。
個人チャンネルなのでせいやのツッコミもないので非常に教育に悪そうだが、コメント欄でろくでなし扱いされることでバランスを取っている。
何週か前の水曜日のダウンタウンのアンケートで霜降り明星が男子中高生人気3位をとっていたけど、そんなことは親世代は知らなそう。
Vtuberのゲーム実況生配信が長いと思う人もいるだろうが、そもそもゲーム実況生配信者(ストリーマー)は、顔出しでも顔隠しでも、日本でも海外でも、多くの場合、数時間やるものである。
だからVtuberだってゲーム実況が長いのは当然であり、むしろ、どうしてVtuberでだけ「あんなに長いのは不思議だ」という疑問が持たれるのか、と考えた方が適切だろう。
その答えは、Vtuberはもともとゲーム実況生配信をしていなかったからだと思われる。
2016年11月 キズナアイがVtuberの開祖として動画投稿をはじめる
2017年後半 電脳少女シロ、ミライアカリ、輝夜月、バーチャルのじゃロリ狐娘Youtuberおじさんも動画投稿活動で人気を上げ、五人でVtuber四天王と呼ばれる
2018年2月 にじさんじ一期生の月ノ美兎がトーク主体の生配信Vtuberとしてバズる。同じくにじさんじ一期生の静凛や、現ホロライブのロボ子さんはゲーム実況主体の生配信Vtuberとして活動し、ストリーマー的な活動もアリなのだ、と徐々に根付かせる。
2018年5月 にじさんじゲーマーズとしてデビューした叶が初配信でPUBGを9時間プレイして話題になりその後も人気を獲得、にじさんじに限らずVtuber業界全体において、ストリーマー的な長時間のゲーム生配信活動のシェアが拡大していく。
ここに叶を出すことが不思議な人もいるかもしれないが、にじさんじの初期組は「叶さんの登場でトレンドが変わった」とよく言っているので、演者たちの肌感覚として大きな変化があったのだろうと思い記述した。
Vtuberのトレンドは、編集済み画動画投稿 → 生配信 → ストリーマー的生配信、と複数のインパクトを受けて変化してきたのだ。
よって、Vtuberのイメージと、ストリーマースタイルのイメージは、必ずしも重なって受け取られていない。
だが、ここ1、2年でにじさんじやホロライブのファンになった人にはそんな感覚はわからないだろうし、しかもその層が今では多数派のようだが……。
とはいえ、Vtuberの活動で一番ポピュラーなのがストリーマー的な長時間ゲーム生配信にはなっても、相変わらず月ノ美兎は深夜ラジオ的なトークが特徴だし、おめシスは凝った動画を投稿しているし、周防パトラはASMRの雄ならぬ雌だし、理原ひなりは毎週コーヒーを挽いているし、ピーナッツ君はラップをしてぽんぽこはゆるキャラグランプリに輝いている。
主流ではあってもあくまでストリーマー的活動はVtuber活動の一種でしかないから、Vとストリーマー文化は完全に重なって受け取られてはいないのだと思うし、そのゴチャマゼっぷりが好ましいとも感じる。
ちなみに、バーチャルのじゃロリ狐娘Youtuberおじさんや輝夜月が出現して話題になったのは2017年12月で、にじさんじゲーマズのデビューが2018年5月と、この間はわずか半年しか空いていない。
新人募集を告知して期間は一週間、選考に一週間、一カ月弱で新顔がデビューする、というスピード感であった。
今の十倍の速度感があったと言って過言ではない。
私はただのリスナーでしかないが、不思議な、そして灼熱の時期であった。
奇しくも本日2月8日は、にじさんじ一期生8名のデビュー四周年である。めでたい。
余談だが、Vtuberに限らず、そもそもストリーマーゲーム実況者はなぜあんなに長く配信をし、視聴者はそれを見るのか、ということについて個人的感想も述べておこう。
ゲーム生配信者というのは、基本的にゲームが好きだからやるのだ。
趣味のゲームをやってる姿を配信で流したら、おまけとしてファンがついたりお金がもらえるならサイコー!というのが根源的な部分にある。
活動をしているうちに、より儲かるように工夫を加えたりはするだろうが、おおむね、まず趣味としてゲームがしたいのだ。
そして趣味としてゲームが大好きで、かつ学校や会社に行かなくていいなら、そりゃあ何時間だって遊ぶだろう。
では視聴者は何なのかというと、友達の家にあつまって、人がゲームしてるのを見ながらダベってる感覚が近いだろう。
自分も他のゲームをしたりソシャゲの周回をして、耳と口だけで混じっていてもいい。途中でコンビニに行ってもいい。
「認知もされてない1視聴者なのに友達気分ってアイタタタ」などと揶揄されることもあるが、そうは言っても、そのような娯楽が人気なのだからしょうがない。
そして、居心地のいい友達の家でダベるのは一時間で十分かというとそんなわけはなく、三時間でも四時間でもやりたいものである。
「俺は深夜ラジオでハガキがよく読まれるだけの冴えないサラリーマン」みたいな自己紹介に「は?深夜ラジオでハガキが読まれるだけで凄いんだが?冴えないサラリーマンといいつつ自虐風自慢か?」と噛み付く奴らのようなもの。
たとえば元甲子園球児だけど今はそれをひけらかして野球ファンに特攻出来るがそうじゃない客からは完全に相手にされてない営業マンとかは、「元甲子園球児」「一部の顧客に特攻」「でも総合評価では無能」の全てが一人の人間の中で共存している。
この状況で本人が「ぶっちゃけ俺は営業として、いや社会人としてゴミだよ」と口にしたのを「は?一部の客にめっちゃ強いのに?は?自虐風自慢か?」って食いついていってもしゃーないだろ。