はてなキーワード: 注射とは
例の記事についてようやく語れるところまで落ち着いた。ただまだ記事そのものは読めていない。
というのが当たり前に交わされていた。
透析といっても祖母は糖尿病ではなく腎疾患による通院であった。
痩せぎすの、骨と皮だけのような腕には注射痕がいくつも残っており、晩年は腕からは出来ないとのことで足の甲、腹部とその位置は変わっていった。
祖母の姉妹である大伯母も晩年は透析をしながらの入院であった。
明確に遺伝するというものではないようであるが、状況から私もいつかは、と漠然とした不安は抱えている。
もうそれだけで駄目だった。祖母も父も大伯母も、いつかの私も殺されるということなのだろうか。
ブコメなどを見ると糖尿病による透析患者に対してということであるようだが、それでもタイトルを目にした瞬間の感情は決して消えはしない。
※このダイアリーは長文です
いきなりだが、次の一文を読んでみてほしい。
「私は世界でひとりきり」
さて、あなたはこの一文についてどのような解釈を持っただろうか。少し考えてみてほしい。
別に心理テストをしているわけでも何でもないのだが、自然に(1)の解釈を持った人は色んな意味で幸福な人生を歩んできて、今現在も歩み続けている人なんだろうと思う。少なくとも(2)の解釈を持ってしまうような人からすれば、そう思える。かくいう私は「ひとりきり」という言葉を聞いて「個性」よりも「孤独」を連想するタイプの人間である。
話は少し逸れるが、数年前まで週刊少年ジャンプで連載されていた「魔人探偵脳噛ネウロ」というマンガがある。知らない人のためにこのマンガをざっくりと紹介すると、「魔界から来たドSの魔人が女子高生を奴隷化して数々の難事件を解決していく」SMアクション謎ときマンガである。本能に忠実に従って爆弾を爆発させまくる主婦や直接注射すると筋肉ゴリゴリに変身できるスープを作るコック、自分でこしらえた家具を身体に装着して戦う家具屋など、常識の枠にとらわれない犯人が毎回登場することで少し話題にもなった。私は中学生のころジャンプを購読していたので、毎週このマンガを読んでいた。別に「魔人探偵脳噛ネウロ」が読みたくてジャンプを購読していた訳ではなく、「せっかくジャンプを買ったのだからついでに読んでおこう」程度の気持ちで読んでいたのだが、このマンガがあるエピソードに入ったとき(正確にはそのエピソードが終わった時)、私は強い衝撃を受けた。それは「こんなにも私の気持ちを代弁してくれるようなマンガがあるのか」というものだったが、その衝撃は今でも覚えている。人に「一番心に残っている作品は?」と質問されたとき、すぐに「魔人探偵脳噛ネウロ」と答えるくらいだ(作品自体がめちゃくちゃ好きというわけではないが)。
さて、猿のような中学生にそこまでの衝撃を与えるエピソードはどんなものかというと、以下のようなものである。
①探偵事務所に超有名歌手の「アヤ・エイジア」という人物が現れ、仕事を依頼する
②依頼内容は事務所で首を吊っていた彼女のプロデューサー・マネージャーへの警察による自殺判断の調査
③ネウロと主人公が探偵調査を行った結果、実はプロデューサーとマネージャーは自殺ではなく、他殺だった
⑤謎解き終了
私のミジンコレベルの要約能力では読者の方は恐らく何のことかサッパリ分からないと思うが、興味がある人は原作(2巻だったかな)をあたってみてほしい。
ここまで簡潔・適当に要約したのは、私が衝撃を受けたのはこの事件のトリックや謎解き、犯人ではないからだ。私が最も衝撃を受けたのは自身のプロデューサーとマネージャーを殺害したアヤの動機だった。動機については当日記の核心となる部分なのでもう少し丁寧に説明する。
アヤはある特殊な能力を持っている。それは「ある特性を持っている人間を、『歌』を歌うことで失神させる」というぶっとんだものである。では「ある特性を持つ」人間とはどんな人間かというと「自分は世界にひとりきり」と感じている人らしい。アヤによると、全ての人間の中の数%(正確な割合は忘れた)は先天的にこの特性を持っており、この特性はなかなか消滅するものではないという。そして、アヤ自身も「自分は世界にひとりきり」と感じる人間だった。彼女は「ひとりきり」であり、「ひとりきり」を完全に理解できたが故に「ひとりきり」の特性を持つ他人の脳に直接干渉・失神させることができたのである。彼女はこの能力を歌手としてフルに発揮し、数年のうちに全世界に名を轟かせる超有名歌手になった。
そんな彼女を影で支えていたのがプロデューサーとマネージャーだった。両人ともアヤがデビューしたての頃からアヤのことを親身に、時に厳しくサポートしており、アヤにとってはかけがえのない人物となっていたのである。しかし、彼らがアヤに近づけば近づくほど、アヤは「ひとりきり」という感覚を失ってゆく。彼らがかけがえのない人になればなるほど、アヤの能力は弱まり曲の売り上げも悪くなる。アヤは悩みに悩んだ結果、能力の消滅を恐れてプロデューサーを、その次にマネージャーを殺害した。2人が死んで「ひとりきり」の感覚を取り戻した後のアヤの曲は再び世界的に大ヒットするようになった。
孤独を感じない人間などいない。しかし、例えば恋人とデートしていても常にどこか心の中に相手のことを信じていない自分がいたり、友人とどれだけ楽しく話せていても心の中に高い壁があるように感じたり、家族と食卓を囲んでいるのになぜか他人と食事しているように感じたり…と、明らかに異常な場面・異常な頻度で孤独を感じる人がいる。少なくとも私は「ひとりきり」の人間だった。だからこそ、訳の分からないぶっ飛んだ謎解きマンガに信じられないくらいの衝撃を受けたのだ。今考えれば「中二病」と呼ばれる症状の一種なのかもしれないが、しかし20代中ごろを突っ走る今現在も、私自身の「ひとりきり」という感情は存在している。さすがにもう中二病は卒業していると信じたいのだが…。
私がなぜ数年前のマンガを扱ったこの日記を書くに至ったかというと、アヤと同じで「ひとりきり」の感覚を失いつつあるように感じたからだ。私はこれまで孤独とともに生きてきた。この孤独は常に1人であるという意味ではない、常に1人であるように感じてきたという意味だ(実際1人でいることが多いのだが)。1人でいると心が安定するので勉強や仕事も捗る。学生時代は1人でいたので受験には成功したし、そこそこの職に就くこともできたし、社会人になってからそこそこの仕事もこなしてきた。しかしここ1年ほどで状況が大きく変わった。職場でかけがえのない友人や心から尊敬できる上司と出会い、彼らとの交流を深めてゆく中で自分が「ひとりきり」でないように感じてきた。そして明らかに仕事の出来が悪くなった。きっと交友関係に無駄な時間を割いているからだと自分には言い聞かせている。
他人からすれば「ひとりきり」でなくなることは良いことだろう。しかし生まれてからずっと「ひとりきり」だと感じてきた私にとって、「ひとりきり」の感覚を失うことは自分自身を失うようでとても怖い。また、今はまだ問題の無いレベルだが「ひとりきり」でないことが生活にまで影響してきていること、さらに今後も悪化しそうなことも怖い。
もしこの日記を読んだ人の中でこのような精神病を知っている人がいればぜひ教えてほしい。
それにしても、私と同じように自分を「ひとりきり」と感じる人はどれくらいいるのだろうか…
(1)高濃度のテストステロンを「投与」された結果、攻撃的になって事件起こしたら誰がどういう罪になんの?
・本人も知らない場合…たとえばオリンピック選手がコーチから、筋肉増強のため「合法的な栄養剤だよ」と騙されて注射されてた場合とかなら?
(2)第三者が、本人にテストステロンがどばどば出るような食事・生活を送らせることで、攻撃的な性格にした結果、その人が事件を起こしたら?
・これも本人があずかり知らないところで、たとえば妻がDVを起こさせ有利な条件での離婚を企んでそのようにしていたとしたら?
(3)生まれつきテストステロンがどばどば出る人が攻撃的な性格に育って、事件を起こしたら?
・ちなみに、事件後抑制する治療を受けたところ、実際すっかり穏やかな性格になったとする。本人は「子供に適切な診察と診療を受けさせなかった」として虐待のかどで両親を訴えるつもりとする。
(4)器質的には特に目立った問題がないが、性格面で子供のころから妙に性欲が強く自制心が弱い子がいたとして、そのまま成長して事件を起こしたら?
同じく「ある人に生まれつきの問題があり健全な社会生活を送ることが困難である場合、いつ誰がその人の『ハンディ』を修正する責任を負担するのか。両親?本人?周囲の人間? それとも社会全体?」という問にはどう答えるのが正しいのか。ケースバイケースなのか。
(追記)
すごく早く回答がきてびっくりしました。ありがとうございました。3人のトラバを見ると、要は「薬物の影響下であっても自由意志の存在が認められない程度でない限りは本人責任」ということになるんですね。人間の理性や「自由意志」に対する法の期待ってなかなかすごいものなのですね。「気分」なんてものに人間が左右されることは想定していないという。
後者の問題(ハンディの責任は誰に?)についても同じように考えることになるんでしょうか(自由意志が存在し意志の支配が可能なことについては100%本人責任?)。今回の事件の犯人である彼の性格を一種の「障害」とみなすことはできないのか、その場合、一般に障害の責任を本人に100%背負わせないように、本人以外にも責任を分散させるという考え方はないのかな、と思ったんです。
(追記2)
NEW GAME! という、美少女しかいないゲーム会社を描く作品がある。
放映開始当初から「働くおっさんたちが過労のあまり幻視している理想の会社」という言説がありまして。
この仮説を裏打ちする根拠は作品全体を通して随所に見られるが、ここでは第七話を例に論証してみるぞい。
何かが待っているのかな?(納期)
強くなれる(圧倒的成長環境)
そう君は1人じゃないよ(失踪するなよ)
Stand up★(朝礼)
何気ないような朝がきた(絶望)
おふとんが いとしいな(出社拒否)
走りだそう(通勤ダッシュ)
……すべて。
楽になりたい。
夢。
おっさんが現実を思い出さないように、肝臓や胃腸検査の話が全く出てこない。
元気が出るお薬。
沖縄出身者の性『阿波根(あはごん)』を笑いのネタにするのはどうかと。
オッサン、ならびにアニメーター(やはりおっさん)はPCを気にする余裕さえなかったのか。
入社して間もないと言っても、いきなり3Dキャラが作れて初任給ももらってる青葉(主人公)が、エラー警告の存在すら知らないというのは考えられない。
おっさんたちは疲れているのだ。
こういう娘をリクルートしてくれ人事。頼むぞい。
ありえねーだろ
http://anond.hatelabo.jp/20160803104341
ttp://anond.hatelabo.jp/20160803012024
この増田が叩かれまくっていて
鍋に使うショッツルなら、熟成するまでは気を遣えばいいけど
最大でどれくらいっていう期限が決まってる
ところが糖尿病のやつはいつ何がきっかけで爆発するかわからないんだろ?
例えるなら何を歌ってるかわからないシャンソンみたいで負担が半端ない
コメントで「弱い力の物理的な障害」に関してはカラーがないとか言ってるけど
「力が弱く物理的な障害」のある人がウィークボソンで電気工事とかしてたら
一度潰れた職場で復帰するとか神経太すぎだろ
表面にだしてないだけで、大抵の人は上のミンクみたいな風に思ってるんだよ
尿意を得たりって思ったね
叩きまくってる増田どもは、やっぱ凧を引っ張る側だったことがわかったわ
筆者は半分くらいしか観てないので間違いとかあったら指摘してください。
・庵野秀明『エヴァ(旧世紀版&新劇場版)』 : 同じBGMを使用している。ヤシオリ作戦の内容・名称の元ネタ。
・岡本喜八『日本のいちばん長い日』 : 激しいカット割りの元ネタ。日本が危機に直面した時の官僚・政治家の動向を描く点は同一。監督岡本喜八の写真が本作に登場する牧吾郎の写真として使われている。
・本多猪四郎『ゴジラ(初代)』 : 冒頭に映る古い「東宝」画面、第2形態時の咆哮音、冒頭に襲われる船の名前(「栄光丸」⇒「グローリー丸」)はこれが元ネタ。
・押井守『機動警察パトレイバー the Movie』 : 『シン・ゴジラ』に登場する牧吾郎のあり方が、『機動警察パトレイバー the Movie』に登場する帆場暎一と被る点が多い。①冒頭で海に消える、②事件解決の鍵を握るが、本人は既に死亡しているため、彼の思考の解明に主人公たちが翻弄される、③東京を破壊する動機が匂わされる、等。
・福島第一原発 : ①ラストシーンで凝固剤をクレーンで投入するシーンは、福島第一原発にコンクリートなどを流し込む姿を模しているとの指摘あり。②また、ラストにおいてゴジラは死亡せず凍結されるに留まるが、これは福島の原発事故の現状を表してるとの指摘あり。すなわち、冷温停止状態ではあるが、これからもきちんと処理を続けないと、また放射能汚染の惨禍を生むということ。
・長谷川和彦『太陽を盗んだ男』 : ラスト、石原さとみと長谷川博己が語り合う建物が、菅原文太とジュリーの決戦の場と同じ。ヱヴァ破でこれのサントラを使っていたため、意識して使用した可能性がある。また、制作中の仮題が『日本対俺』であり、これは『シン・ゴジラ』のキャッチコピーである『現実(ニッポン)対虚構(ゴジラ)』に類似する。
・庵野秀明『巨神兵東京に現る』 : 終盤、ゴジラの尻尾から出てくる人型が、『巨神兵東京に現る』に登場する巨神兵に酷似している。
・橋本幸治=中野昭慶『ゴジラ(84年)』 : 今回のシン・ゴジラと同じテーマ(危機に直面した日本がどう対応するか)を扱った作品。第4形態時の咆哮音の元ネタ。『シン・ゴジラ』のキーマンである牧吾郎の初出。
・本多猪四郎『宇宙大戦争(59年)』 : ヤシオリ作戦シーンのビーム作画、ビームSE、BGMの元ネタ。ただし、マーチについては、直接の元ネタは『怪獣大戦争』ではないかとの指摘あり。
・富野由悠季『イデオン』 : ゴジラが、背びれから全方位ミサイルを出し、尻尾からソードを出しているのは、これが元ネタではないかとの指摘あり。
・岡本喜八『沖縄決戦』 : 上述した『日本のいちばん長い日』と同じ理由。ただしこちらはシン・ゴジラと違って民間人の視点からも事件を描く/人の死亡シーンまで描く。また、『シン・ゴジラ』のラスト付近に登場する第32普通科連隊の丹波一佐は、『沖縄決戦』で第32軍長勇参謀長を演じる丹波哲郎が元ネタ。
・佐藤純彌『新幹線大爆破』 : 東京駅で作戦をするシーン、新幹線に爆弾を積んでぶつけるシーンの元ネタ。
・赤井孝美『八岐之大蛇の逆襲』 : 「ヤシオリ」という名称(ヤマタノオロチを酔わせた酒)からすると、ヤシオリ作戦の元ネタはエヴァではなくこちらを挙げるべきであるとの意見あり。また、血液凝固剤を注射ではなく経口投与にしたのは、ヤマタノオロチの伝承に倣ったものか。なお、これに登場する八岐之大蛇は第2形態に似ている。
・山崎豊子『白い巨塔』 : 財前正夫(國村準)、大河内清次(大杉漣)、里見祐介(平泉成)、花森麗子(余貴美子)、東竜太(柄本明)、柳原(矢島健一)、金井(中村育二)の”苗字”の元ネタ。たぶん探せばもっと出てくる。
・安野モヨコ作品 : 矢口蘭堂(長谷川博己)(⇒『ジェリービーンズ』)、カヨコ・アン・パタースン(石原さとみ)、尾頭ヒロミ(市川実日子)、花森麗子(余貴美子)(⇒『ハッピー・マニア』)の”名前”の元ネタ。たぶん探せばもっと出てくる。
女がヒステリー起こすのを避けるテクニックを書いた増田記事が人気だけど、ブコメとかトラバにちらほらとドヤ顔でPMSという単語を持ち出してくるのがいる。
それら「PMSに理解があるよアピールの男」は、正確に言うと「女のヒスに理解があるよアピールの男」であってPMSのことは本当はわかってない。
それが保険で治療できる症状であり、個人差はあるものの投薬で改善が見込めるものであり、従って「PMS持ちのパートナー」は相対的にヒスの程度は軽い(PMS持ち=診断名がついてる=治療してる=症状落ち着く)ことになるのでヒスを避けるテクニックがそもそも要らなくなるはずということがわかっていない。
「ウチの嫁さんヒス酷くってさー、ほらアレだよPMS。こないだなんか大ゲンカになってケーサツ呼ばれちったw」とか言ってるのは、
「ウチの旦那タバコで肺にできもんできちゃってさー、ほらアレよ肺気腫。こないだなんか息できないっていうからとりあえずタバコ全部捨てちゃったw」と言ってるも同然であり、
「いやそれ早くいい病院探して連れてけよ、ネタにしてる場合かよ」が共通解となるという事実がわかってない。
なのになぜか、彼らPMS理解アピール男らは「PMSと理解してヒスに耐えている俺、マジ嫁を愛してる」というわけのわからない勘違い自己陶酔に浸っている。
「病院行けっていうと嫌がるからさー。困ったもんよ」とか言ったりするのもいる。
困っているのは警察呼ぶくらいの騒ぎを起こされている近隣住人であるとか深刻なPMSは他の婦人病が原因である可能性もあるとか子どもが予防注射を嫌がっても連れて行くのが親心であるのと同様に嫁の説得くらいするのが夫婦というもんじゃないかとか、そういったことには一切考えが及ばないようだ。
挙句、事なかれ主義を煮詰めたようなTipsをありがたがったりしている。
彼らが愛しているのは嫁ではなく、「嫁を愛しているが故に耐える俺」なのである。
だから、病院というワードがひとつも出ないままに、ヒステリーとPMSを結びつけてるようなドヤ顔な意見が出回ることが許しがたい。
はっきり言って、嫁にPMSという診断名がありながら度を越したヒステリーを起こしているとしたら、治療を受けさせず放置している男には被害者ぶる資格はないし、病院で治療しているわけではないがたぶんPMSだというのは、ネットによくいる「医師でもないのに他人をアスペ呼ばわり」と同じことをやっているわけで真面目に取り扱うに値しない。
何より、嫁が治療して改善するという未来に結びつくにあたり、そのような夫は大変な障害となるのであるから、自己陶酔から覚めて離婚してやるのも愛のかたちだと思う。
なお、わが妻と同じように、治療するも薬が合ってないのかいまいち感情コントロールが上手くいかないという配偶者をお持ちの男性諸君。
頑張ろう。道のりは長いかもしれないが、少なくともがけっぷちにぶら下がっていた頃とは違って、一応は道のある上り坂のテイを成してはいるはずだ。
漢方は案外いいぞ。あとは王道だが運動も。夫婦でジョギングも楽しいもんだ。
定時で帰ってカエル途中で注射上にはいろうとした車のよこっぱらに自転車ぶつかった
チャリのタイヤすこし車にふまれたけどふつうにうごいてる感じだったし自分もちょっぴりすりむいただけだったから警察はよばなかった
問答無用で警察よばないといけなうはずだけど車のおっさんは「警察呼ぶ?」とかこっちに聞いてきて、いや聞かずに呼べよとか大概だなあとか思った
帰ってすぐシャワー浴びてごはん田部て映画海街ダイアリーを1時間見て(長澤まさみの下着シーンあった)ほんのすこしだけPSPのダンガンロンパやって眠くなってきたから寝た
夜絵書きたいと思ってたけど元気なかった
俺は医学部に入る前は医学を馬鹿にしていた。所詮基礎研究のほうが強いんだろと。医学なんて老人を長生きさせてるだけじゃないかと。
しかし、医学を学ぶにつれ、「これこそ人類の宝だ」と思うようになった。
具体的には、高血圧対策のすごさ、ペストやコレラやエボラ対策なんかのすごさだ。人類の『禍』っていうと中二くさいが、人類が何万年何億年と苦しんできたものを一つ一つつぶしていっている。これはすごい。基礎研究で人類が次のステージに行くのと等しい。
でも、普通の医者なんて単なる金儲けだろ?って思うかもしれないが、意外と学会なんかでは普通の医者が普通に薬やら治療法の効果についての論文だしているし、そういう研究が集まってしっかり人類の礎になってるのが感じ取れる。
医学ってのは、天才だけのものじゃないってのがハッキリ分かる。優秀な奴らがチーム組んで数で押しまくって人類の禍に挑んでいる。その距離は決して遠くない。普通の大学の普通の医者が普通に結果出せるんだってハッキリと理解できた。
単なるつまらない単純作業と変わらない人種なんかではない。人間として素晴らしい挑戦ができる権利を持っているんだなと感じられた。
高血圧対策というと、ネタに思うかもしれないが、高血圧対策で減りまくる脳梗塞や心筋梗塞の数を見たらビビルよ、いかに効果があるか。
今後は、ガンとか、ipsとかも加わってくるだろう。もうなんていうか、人類が金かけまくって正面から神と勝負してるんだよ。こんな分野なかなかないよ。
自分の人生、クソほども価値もないし、俺は世の中楽しめる能力ねーなと思ってたけど。自分の人生を少しだけ生きようと思えるようになれた。
患者さんを人間的に扱うことが大事だぞ!と親から教えられて育てられた。
患者さんへ高級ホテル並みのサービスをすることってのは今後医者に求められるだろうし、地域や医療の需要に柔軟に対応した医者としての身の振りが大事だと考えていた。
しかし、実際に注射なり点滴なり、問診なりすると、患者さんは人間的な振る舞いよりは患者的な振る舞いになる。
そりゃまあそうなんだよね。だって、警察に呼び止められて職質されたら、普段の人格じゃなくて、職質されてる人の人格になるよね。
そういう感じなんだなあと思った。
俺は医療慣れしてるから、点滴痛かったらちょっと人間的に思っちゃうなー、なんで患者さん怒らないのかなーって最初は思ってたけどさ。
これ本当に意外。でも、長期的に付き合えば一部の人はやっぱり人間的な反応するし、普通の人も後で冷静になって人間的な感情持つだろうし、やっぱサービス大事だね。
③いろんな人がいるもんだ。
普通ではナカナカ知りえない側面から人間を知ることになるから。へー人間ってこんな感じなんだなーって驚くことも多い。
生理周期や、病気についてなんて、友達でも話しないわけで。なぜその病気になったかの経緯を聞くと、「そういう風に考えたりするもんですかー」と面白い。
自分の知ってる物事も、他人から解釈すればこういうこともあるんだなーという驚きがある。
ラーメン屋の人はラーメン屋からみた客を解釈するだろうが、医者ほど深いとは思えない。
医者って、合法的に触れちゃいけない部分までその人を知るんだよなあと。
この人の血管はきれいだな。とか、MRIとかでこの人の内臓のつき方はなかなかアートだなとか。普通では見れない部分でその人の美醜を解釈するようになった。
俺は昔いじめられたから、どーしても他人が好きになれないんだけど。それでも美人やイケメンにはやっぱりリア充押しされて負けてしまう。それが悔しかったんだけど。
イケメンに見えても、MRIが汚いとか。美人に見えても医学的筋力弱いとか。そういう欠点を見つけてやっぱり嫌いだなーと思えるようになった。
他人と話しているときも、相手の欠点を思い浮かべて冷静に話できるようになった。
弱いのは俺だけじゃない。皆どこかしら弱いんだ。単に俺の弱いところが他人から指摘されやすいところだっただけで、他人も俺も奇形なんだ。そう思えるようになった。
その男と私の関係はその日の夜の30分だけだった。援助交際というジャンルで動いたその30分で、その関係は終わる。
LGBTが流行語になるように、世の中には様々な性的指向/嗜好を持った人々が存在する。いわゆる男女交際を指す「シスヘテ」の世界に援助交際があるように、例えばLGBTの世界にも援助交際は存在する。出会い系サイトに「割り切り」の分野があるのも、もちろんシスヘテの世界だけではない。LGBT同士で、またはトラニーチェイサーと呼ばれるトランスジェンダーが好きな人向けの出合い系サイトもあり、「割り切り」も当然ある。むしろ法制度や社会的偏見により多くが結婚ができないLGBTの世界において、多くの出会いは結婚を目的としたものではなく、身体だけを目的としたものだ。
大学図書館をくたびれ果てた身体で出て、吉祥寺を徘徊して夜0時15分。待ち合わせ場所にした市街地近郊にあるバス停のガードレールで目印のヘッドフォンを首から下げて、私はこれから何をしようとしているのか考えようとした。でもそれはできなかった。これから車で来る30代の男に、自分の、18歳の、女性ホルモン剤を注射した身体を売る。トランスジェンダー向けの出合い系サイトに「舐めることくらいならできます」と書き込んだら、10時間くらいのあいだに200件くらいメールが来た。そのなかに「お小遣いありでフェラお願いしたいなぁ。プロフとか写真交換したりできますか?」と書かれたメールを見つけ、今からお会いできますか? と返信した。それがその、これから車で来る30代の男だった。
「今は家にいるのー? どこら辺に住んでるのかな?」
「××××××」
「今中野。30分くらいで着くよ」
私には恋人もいるし、性に飢えているわけではなかった。
バス停に滑り込んでくる日産のワンボックスカー。ワンボックスカーの前後には、タイムズカーシェアの黄色いステッカーが貼られている。車はバス停で停まる。車内を伺うと、男が頭をヘコヘコと下げていた。私が助手席のドアの前に立ち、ドアノブを指で指すと、男はやはり頭を下げた。
車に乗り込むと、やはりレンタカーらしかった。男は「この近所で目立たないところないかなあ」と言う。黄色の看板のタイムズの駐車場を見つけては「ここは明るいなあ」などと言って通り過ぎる。男は目ざとく一本入った先に利用者の少ない駐車場を見つけると、そこの奥に車をおいた。
「じゃあ、はじめようか。荷物前置いて。後ろ行く?」
男は前席のシートを倒し、後部座席へと移動した。私も移動する。
「キスしていい?」私は頷く。
舌を早く出し入れするだけの雑なディープキス。私の口に、男の髭が刺さる。
「興奮してるの? じゃあはじめようか」
男は私のジーンズを脱がせて、自分のボトムズも脱がせにかかる。男のそれはすでに大きくなっていて、私はそれを咥えて、舐める。口に含んで転がす。今まで恋人にされて気持ちよかったように、男のそれを刺激する。カーセックス。
「はあ、すごいなあ。本当にこれがはじめて?」
男のそれを口に咥えた状態で「うん」と言う(やればわかるが、口に入れた状態で「はい」と言うのはとても難しい)。
男はそれを私の喉にあたるような場所まで押し込もうとして、思わず吐きそうになる。
「暗くて顔が見えないなあ。今度から髪を縛るためのゴム持ってきてよ」
正直、録画されていても気が付かないと思った。
「おちんちんおいしい?」
口に咥えたまま「うん」と言うと男は
「ほーら、返事は? これが舐めたくて仕方がないんでしょ?」
車をバス停につけて、男はバス停に車を停めて、2千円を「今日のご褒美」といい私に渡す。「また連絡するね」。私が車を降り、ドアを閉めると車はバス停から去っていった。
次の日、私はその2千円を国会図書館の科研費報告書のコピーであっという間に使い果たした。今まで好きな人、本当に好きな人にしか使ったことがなかった口を2千円で売った事実は私にとても重くのしかかってしょうがない。
はてなでは、水素水やら塾生肉やらサーモンやら、世間で話題になった記事の批評や炎上が多い。
スマホが普及し、ニュースはキュレーションメディアやSNSで知り合いがシェアしたものを読むのが主流になりつつある中で、大量に流れてくる記事でどれがデマなのか、判断するのはなかなか難しい。デマ記事を見分ける方法としては、
・バズワード、流行もの、似非科学に類する話題は特に注意して読む(怪しそうな話題の嗅覚を磨く)
などがある。情報収集の効率の観点から、すべての記事を批判的に読みいちいち吟味するより、基本は専門家の伝聞を鵜呑みにし、1つ目、2つ目の方法がよい気はする。
ただ、自分の頭で考えて判断するのが本質的に重要だと思うので、3つ目のやり方を書く。
自分はディベートを5年ほどやっていた。ディベートではそのテーマについて資料・文献を大量に読み漁り、使える資料を見つけることが重要である。また試合中、反駁(はんばく)のパートの人は、相手の主張を切り崩す必要があるのだが、どこに着目して突っ込めばよいのかは経験を積まないとなかなか身につかない。
例のサーモン記事 (http://www.salmon-garage.com/entry/2016/05/29/175437)を例に、いかに批判的に記事を読むのかを説明する。
まずは、議論の構造を把握することが大事。今回の場合、議論の構成は
主張:日本のスーパーで売られているチリ産のサーモンを買うべきでない。
理由:チリ産のサーモンの養殖過程で深刻な海水汚染が行われているから
深刻性:??
こんな感じの構成。記事のタイトルとこの手の記事によくある食品品質の問題で間違えそうになるが、この記事の主張と根拠は決して
「チリ産サーモンの品質管理に問題がある」から「チリ産サーモンを買うのはやめよう」ではない。
この記事の著者の書き方は、(意図的か)海水汚染の話に混ぜて、日本人が食いつきそうな、チリのサーモンは品質的にどうなのか、みたいな話を混ぜて書いていて紛らわしいしよろしくないと思う。
http://www.salmon-garage.com/entry/2016/05/29/175437
「サーモンの餌は魚ではない」「養殖場には殺虫剤は流れてこない」「抗生物質はサーモンにさほど影響がない」「狭いかどうかはサーモンが決める」
こうした主張において、メリットなりデメリットが発生するポイントとしては、「発生確率」と「重要性・深刻性」がある。これは同時に反論ポイントでもある。
例えば、「発生確率」を削ってしまえば、「それそもそも起きないよね?」ということになる。
「重要性・深刻性」を削ってしまえば、「それって起きたとしてもそんなに重要じゃなくね?」となる。
ディベートでは、
「メリット・デメリットの大きさ」=「発生確率」×「重要性・深刻性」
という考え方をするので、基本は両方突っ込む。
今回の例で構成を見てみると、海水汚染がそれが世の中の人にどれほどの影響を与えているのか、記載されてないため、「重要性・深刻性」に対してこうした反論ができる。
「サーモン養殖による海水汚染がどれだけ深刻なのか分からない」
発生過程の反論も基本的には、どういう話の筋でそれが起こるのかをきちんと把握することから。
できるだけ細かく、矢印で、AAA→BBB→CCC、というように分割する。
そこで、AAA→BBBが起きる理由があるかを疑う。これは演繹的な根拠を崩す方法。
もし理由があっても、全てのAAAがBBBにならない例を探して削っていく。または、他の原因があることを示唆する。
もしAAA→BBBが実際に起きてるという実例が書いてあるなら、その前提条件を疑う。こっちは帰納を崩すやり方。
・魚の餌による汚染
②海水に流れ出した餌が赤潮を発生させる確率をどの程度高めているのか不明
③2500万匹の鮭が死んだ赤潮の例は、赤潮の発生原因はエルニーニョ現象であり、魚の餌による汚染とは無関係
④エルニーニョ現象と比較して、魚の餌による赤潮発生寄与が不明。
という反駁ができる。あと直接な反論ではないけれど、
⑤鶏→鮭→牛→鳥のエサの連鎖が海水汚染とどう関わっているか不明
というのもある。
本筋は、チリの鮭には寄生虫免疫なし→殺虫剤が必要→殺虫剤が海に流れ甲殻類を殺す、な感じ。反論はこんな感じ。
本筋は、チリ産鮭が成長するには抗生物質投与が必要→ノルウェーより1000倍くらい使ってる→海に流れて汚染。
③海に流れたとして、抗生物質が海に影響を与える原因、程度が不明。実被害も不明。
筋書きが明確に書いてないなく、正直この項は破綻していると思う。
始めは、多国よりかなり密集して飼育されてる→水質が悪化→大量死→汚染
もしくは、多国よりかなり密集して飼育されてる→ウイルスで感染が広がりやすい→大量死
のシナリオかと思ったのだが、ウイルスで死んだ実例も根拠もない、密集してることのデメリットで述べられているのは酸素濃度だけで、酸素濃度が低下したら何が問題なのか分からない、と具体的に何が悪いのか述べていない。
挙句の果てには、鮭が大量死したのは、測定されていないプランクトンの大量発生が原因、と述べられている。
例としてサーモンの記事を使ったが、記事のあちこちに、いかにも関連しそうでサーモン養殖にネガティブな印象を与えそうな、サーモンに関係のない情報が入ってくるのでとても読みづらかた。また基本的に伝聞の情報ばかりなので、根拠が不明だったり、ロジックがかなり適当。
こういう読み方をすれば、かなり浮ついている文章ということが分かる。
とりあえず、私は医療関係者でもなく、書く内容はネットやメディアからの知識だと言う前提で読んでいただけると幸いです。
私自身も顎関節ではありませんが、原因不明の痛みを長く持ってて、今は落ち着いてますが、今思うとひどい鼻炎からくるエラから首にかけての不調から始まったんじゃないかと考えてます。
口腔外科で取り合って貰えないという事。痺れがあるという事は、可能性からして、神経内科(投薬治療が中心かと)、ペインクリニック(主にブロック注射等の治療、投薬もあるかな?)
基本的に整形外科は骨と関節以外にはあまり詳しくない場合が多いので、そこまで期待が持てませんが、筋肉に関する治療を行っている整形外科がありますので、筋筋膜痛症候群に取り組んでる整形外科が近くにあるなら当たって
見るのもよいのかもしれません。根拠はこのあたり→ http://merckmanual.jp/mmpej/sec08/ch097/ch097g.html
口の中で頬を舌を使って凝りが無いか、目から下の顔(特にエラから頬のでっぱりとか口回り)に凝りの有無は自分でも調べられると思います。
筋筋膜痛症候群は鍼灸師の方が得意とされてるという話はありますが、あくまでも医師免許があるわけではないし、私も行ったことがないので何とも言えません。
あと、痛みや痺れは、心因性ストレスとはかなり密接なかかわりがあるので、心因性も考えた方がよいかと思います。
とりあえず、(「慢性疼痛患者に対する統合医療的セルフケアプログラムの構築;厚生労働省科学研究費」http://mhlw-grants.niph.go.jp/niph/search/NIDD00.do?resrchNum=201325025A )からでている「慢性疼痛患者のセルフケアガイドブック」というのがありますので、検索したらPDFが出てきますので参考にされてください。(載ってるのが鍼灸院だったので、URLを載せるのは遠慮させてもらいました)
予定日より2週間早くおしるしの出血があり、陣痛が始まり、夜中に入院。
医師が吸引を試みるも、やっぱり出てこない。
赤ちゃんの心拍が弱くなり「帝王切開に切り替えます」という医師の声。
スタッフが慌ただしく手術の準備をする中、看護師長から「あなたは十分頑張ったわ、あとはこちらに任せてね」と言われた。
夜中の入院から7時間以上経過しており、眠っていない私の意識は朦朧としていた。
麻酔科医からの質問にもうまく答えられず、付き添いの母が代わりに答えてサインしていたようだ。
とにかく、陣痛の痛みを何とかしてほしいのと、赤ちゃんを助けてほしいだけ。
しばらく待って麻酔の効き具合を確認され、感覚が残っている箇所があったけれど、赤ちゃんが危ないので切開することに。
メスを入れられたのは分かった。
下に降りていた赤ちゃんをグイッと取り出すのも分かった。
私は後処理と縫合。
少し痛みを感じて、麻酔を追加で吸入した。
麻酔科医がずーっと話しかけて、眠くて仕方なかったので「眠っていいですか?」と聞いたら「ダメです」と言われた。
手術が終わり、医師から「あなたは今後も普通分娩では産めないから、次は2年ぐらい空けるように」と言われた。
児頭骨盤不適合とのこと。
やっと病室に戻れたものの、しばらくは麻酔のチューブが付いたまま、体を起こすこともできない。
医師が新生児室で赤ちゃんの写真撮って持って来てくれたので、それをずっと眺めていた。
「おまえ、頑張りが足りなかったね」
第一声にわが耳を疑った。
この人の子どもは二度と産まないと心に誓った。
私のいた病院では、帝王切開だと点滴が外れるまでの間、赤ちゃんは新生児室で過ごし、母乳の時間だけ看護師さんが連れて来るというスタイルだった。
「この部屋にはどうして赤ちゃんがいないの?」
「ふーん、部屋に赤ちゃんがいないから産んだ気がしないでしょう?」と私を向いて言った。