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はてなキーワード: 電波少年とは

2022-07-04

anond:20220703134056

共同体への適応力が高いかいか

高いと浸かってしまうからアップデートできない。

低いと常に孤独他人事からアップデートできる。

80年代まれ空気読めない陰キャ(当時は陰キャという言い方は無かったが)やってたけど、正にその通りだと思うわ。

当時から電波少年とか大嫌いで全く見てなかったのでクラスで浮きまくってた。

2022-07-03

anond:20220703132033

この価値観の申し子が水ダウのプロデューサー藤井健太郎(1980年まれ)だな。

現在進行形放送コード内でできる限界の悪意のオードブルみたいなことやって強固な支持を得てる。

クイズタレント名鑑やテベコンヒーロの頃から、この悪意のオードブル趣向は一切ブレてない。

著書でも学生時代からメディア絶対放送できないような不謹慎な内容で友達同士で盛り上がってたと書いてた。

あとガキ・ごっつは勿論、松村が居た頃のイカれてた電波少年中学生ぐらいで観ててそこからも影響受けてたはず。

2022-04-20

anond:20220419191718

めちゃめちゃイケてるとか電波少年とか

そういう合法的嫌がらせ得意だったな。

元は5chだろうがバラエティー番組の影響とかもあるのかな?

最近では「検察庁の前で麻雀大会」くらいしか記憶にない。

電波少年普通に悪質だったけど。

へずまりゅうがその後釜なのか?

2022-03-27

anond:20220327181133

はなれていくホロライブ

Vtuberの人気とリスナーの近さ

前項ではVtuber歴史から分析を行ったが、Vtuberの今後を書くために、彼らが持つ特性と売れた理由分析しておきたい。

なぜならば、これこそが「ホロライブリスナーから離れていく」理由につながっていくからだ。

 

Vtuberが現状に見られるほどにリスナーに受け入れられてきたのには、

以下のようないくつかの理由があると考えられる。

1.3Dイラストを元としたビジュアルイメージおよび設定

  まず現実アイドルタレントまた生主とは違い、理想化されたイラストなどのビジュアルを持っていたことが大きい。

  これはアニメ漫画を好んできたオタクに訴求され、生主Youtuberとは違うリスナー層を獲得することになる。

  ゆっくり実況を聴いてきたニコニコリスナー声優ラジオ視聴者層Vtuberリスナー拡大の一員となっているだろう・

  

2.配信頻度の多さ

  前項からの繰り返しの解説になるが、Vtuber配信頻度の高さ、供給の多さはリスナーの獲得に大きな影響を与えている。

  ソシャゲは早くて1週間で1イベントテレビ番組番組では1週間で30分、漫画でも早くて1週間更新という中で、

  専業Vtuberでは1日更新で数時間兼業Vtuberでも週に2,3回の更新といったサイクルの早さが大きなアドバンテージとなっている。

  

  更には上位層では1週間に30時間超という膨大なコンテンツ量が、

  より多くの供給を求めていたオタク層に訴求できていた可能性がある。

  事実として同じ事務所内で見た時に、配信時間が長いほど視聴者数が多い傾向がある。

   例:ホロライブ2022年1,2月配信時間視聴時間ランキングhttps://twitter.com/Holo_Data/status/1498471655248523266

  

3.Vtuberの多さ

  Vtuber容姿関係なく活動できることから

  当時の生主配信者にあこがれながら見た目で辛いを思いをしてきた人々の多くがVtuberに流れた側面もある。

  

  特にのじゃロリおじさんや兎鞠まりのような「バ美肉おじさん」が生まれたことによって、

  男性だろうとアイドルのように受け入れられると言った実績が作られて、

  それが配信者たちの参加の敷居が低くしたのも大きいだろう。

  その結果として、Vtuber全体の参加が多くなり、より多様なリスナー引き付けて、視聴者層を増やしていくことに繋がった。

  

4.リスナーとの近さ

  ただ多くの売れた理由の中でもVtuberが人気になった要因として大きな影響があり、

  さらに今現在問題とも直接かかわってもいると自分が考えいている要因が、

  「Vtuberリスナーの近さ」である

  

  既存TVアニメゲームなどと違い、

  Youtuber生主、そしてVtuberコメント欄チャット欄でユーザーと即座に直で反応を返せる。

  即時のレスポンス性の高さが。他と比べて大きな利点となっている。

  また送られたマシュマロスーパーチャットに対しての「お返事配信」などを行い、

  1対1の対話を疑似的に楽しめるといった、気軽で距離の近い視聴の仕方が出来ることも大きい。

  

  テレビ俳優や、雑誌に出るグラドルでは、気軽にできないようなファンとの距離感の近さが、

  リスナーとの心理的距離感を縮め、「応援したくなる感情」を作り出していると言える。

  

  この点に関して、過去現実世界で売れたアイドルタレント演出比較をしてみよう。

   ・視聴者の購買数を引退と結び付けた「ポケットビスケッツ」や「電波少年からつながる売り出し方

   ・視聴者投票アイドルオーディションとを絡ませて応援する気持ちを煽った「モーニング娘。

   ・ドンキ劇場で会える身近さや、握手会といったファンとの距離感を近づけて売れていった「AKB48

  日本だけの特性なのかもしれないが、

  アイドルには「身近さ」や「自分応援しなくては」という感情を呼び起こすことが強い売りとなることが多い。

  

  これらと類するようなVtuberリスナーとの近さが、

  より親身な応援や、より切迫感をファンに感じさせ、支援活動を強くすることになっていったのではないか

  単純なテレビタレントよりも、グッズの購入を導き、動画再生をしようとしたり、

  スーパーチャット(生配信中の金銭授与、投げ銭とも)を投げようと言った欲求につながっていると私は考えている。

 

一方でVtuberは現世と隔絶した存在としてイラストや設定持っており、

例えばファンタジー世界の住人であったり、例えば架空の学園の生徒であったりと、

夢の世界存在、またアニメの中の存在といった建前を持たせている。

(例:キズナアイは「電脳世界AI」という設定を持つ。
   他にもホロライブ猫又おかゆは「おにぎり屋さんで働く猫」、にじさんじの剣持刀也や「剣道部高校生」という設定がある。)

 

しかし、現在Vtuber達は生配信において、

しろ逆に中にいる配信者本人の私生活趣味嗜好をそのまま語っている。

 例1:収録でも帽子を外せない話をするホロライブの湊あくあ(設定メイド) https://www.youtube.com/watch?v=tbK5nP_biXI
 例2:飲み過ぎて改札で吐瀉した話をするホロライブのアキ・ローゼンタール(設定女子高生) https://www.youtube.com/watch?v=QGspko3seVM
 例3:配信中に実の妹を登場させるにじさんじの文野環 https://www.youtube.com/watch?v=hzuaqG4uVOg

このように、Vtuber虚構だけの世界ではなく現実世界と地続きであることをアピールして、

リスナー達に身近な存在であると、親近感を持たせることに成功しているのではないか

 

完全に作られたアニメのような理想的な存在とは違い、

現実芸能人アイドルに感じるような完全な現実とは違い、

理想と身近さの良い所どり・合いの子のような存在とも言えるかもしれない。

 

※ただし、Vtuberの喋っている私生活現実に本当のことかは不明で、言ってることが嘘だとバレたことも多い。

 Vtuberの設定とは別に、「中の人の設定」を喋っているだけの可能性は十分にある。

 例1:イタリア旅行中と宣言しながら日本廃品回収の音が配信に乗ってしまったにじさんじの郡道美玲 https://www.youtube.com/watch?v=JnOjyZjGQXU
 例2:有名アニメのことを知らないと言っていたが元声優であったと噂されているホロライブの大空スバル https://www.youtube.com/watch?v=Mry71kaDmFc

 それでも嘘をついてでも私生活一種の売り物としているのは多くのVtuberで(生配信者でも同様に)見られる行為だ。

 

また、リスナーとの近さという点では、

上記のような私生活の切り売りによって親近感を呼ぶのとは別に

Vtuberはその参入のしやすからリスナーと近い存在としてみなされてきた。

 

それは例えば、Vtuber黎明期の頃に個人勢であり、自作3Dモデルを使った

バーチャルのじゃロリ狐娘Youtuberおじさん」が人気を博したことが大きいのではないか

その目に見えた参入障壁の低さから

リスナーには「自分達でも配信者側・Vtuberとして参加することが出来る」と感じられた人が多く見られたように思う。

 

加えてVtuber黎明期Vtuber同士の仲の良さも身近さを感じさせるのに大きな影響があった。

Vtuber同士で集まってゲームをしたりオタク談義をする配信には、

げんしけん」や「銀の匙」のような同好の士が集まったサークル的な楽しさがあった。

ある種、Vtuber達のコラボ配信ネット著名人たちの「サロン」のようにも見えたのかもしれない。

 

自分も楽しそうなVtuber達の輪の中に入れる入れるのではないか

「むしろ自分達も輪に入りたい」

そう言った期待もまたVtuberたちを親身に応援させ、親近感を憶えさせ、

やがて地元高校甲子園に出るなどというような、

自分達と地続きの伝説として、より応援熱狂さを増していた点があったのではないか

 

そう言った点を分析するに至って、

私はVtuberにとって「リスナーとの近さ」は大きな要因だったように考えている。

2022-02-03

水曜どうでしょうの新作全部見ちゃった

どうでしょうとか電波少年とかロケみつみたいなバラエティが好きなんだけど、最近ってもうこういう番組ないのかな

YouTubeでも良い

2021-10-04

anond:20211003110531

世界が近くなってしまった今、これほど遠大な紀行番組が作られることはもはやないだろう。

世界が変わってしまった今、あれと同じ光景は二度と撮ることはできないだろう。


ただただ懐かしい

1990年代、まだインターネットが普及していなかった時代

東京港から上海南京武漢鄭州西安、蘭州、酒泉、敦煌、哈密、ウルムチ、アクス、カシュガル、タシュクルガン、そしてカラコルム山脈のクンジュラブ峠を越えてパキスタンのススト、カリバードフンザさらにはアフガニスタンイラントルコへと旅した記憶がよみがえった

あのころ現在と比べたらずっと自由チベットウイグル自治区旅行できた

1996年の「チベット―全チベット文化圏完全ガイド (旅行ノート)」なんかを見て欲しい

https://www.amazon.co.jp/%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88%E2%80%95%E5%85%A8%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88%E6%96%87%E5%8C%96%E5%9C%8F%E5%AE%8C%E5%85%A8%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%89-%E6%97%85%E8%A1%8C%E4%BA%BA%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88-%E6%97%85%E8%A1%8C%E4%BA%BA%E7%B7%A8%E9%9B%86%E9%83%A8/dp/4947702567


インターネットなんてないか宿屋にある手書きの「情報ノート」で情報共有してたんだ

ああ懐かしい、富永マップを見て旅したな

当時の雰囲気を思い出せるよう、あの頃の空気を懐かしむための本を書き残しておこう

小田実の何でも見てやろう(1979)

NHK特集 シルクロード(1980)

矢作俊彦大友克洋気分はもう戦争(1988)

蔵前仁一のゴーゴー・インド(1986)、ゴーゴー・アジア(1988)、ゴーゴー・アフリカ(1993)

遊星通信(現在旅行ノート)

沢木耕太郎深夜特急(1986~1992年)

バンコク楽宮ホテル(1990)

ねこぢるのぢるぢる旅行記(1995)

小林紀晴アジアン・ジャパニーズ(1995)

進め!電波少年の、猿岩石ヒッチハイクユーラシア大陸横断(1996)

さいとう夫婦バックパッカーパラダイス(1996)

バックパッカー読本(1998)

堀田あきおアジアディープな歩き方(1999)


また行きたい、また行こう

2021-07-23

anond:20210723204218

俺が思春期だったのは90年代だけど、普通にイジメっ子が偉い雰囲気だったよ(俺はいじめられてた側)。テレビ番組電波少年とかで悪ノリして人に迷惑を振り撒くのがイケてるって雰囲気が強かった。

2021-06-30

電波少年増田生活

挑戦者募集中

 

ノートパソコンのみが設置された部屋に閉じ込められるところからスタート

風呂トイレあり。トイレットペーパーあり。

増田記事投稿し、ついたブクマ数1個につき1円が支給される。

注目エントリ入りで+10円支給

人気エントリ入りで+100円支給

 

ネットを使って検索を行うことは可。

増田以外のウェブサービスに書き込むことは禁止

 ※はてなブックマーク禁止事項に含む。

稼いだ金でネットで購入可能ものを購入できる。

 ※食事含む。購入はスタッフが行う。

 

10万円稼ぐまで部屋から出ることができない。

 

部屋を出るころには君は立派な増田中の増田だ。

2020-07-27

anond:20200726224745

好きな人が好きなものに金を出すだけ

YouTubeなんてのも究極一緒

いろんなロイヤリティを発生させるシステムがあるし会員制のなんとかにまでわざわざ登録して好きなものお金をかけるのよ

 

ただ、その新人は、というか新人プロデュースしてる奴はド下手

100ワニと同レベルの勢いで稼ごうとしたけど展開の仕方が普通キャラ物と同じスキームで展開しちゃって100ワニという作品ちゃん理解してない馬鹿が集まって物売り始めたから追悼も何もなく絵本もなんも売れなくなっちゃった、そんなタイププロデュース

新人っていう部分もわかってないし、VTuber理解して無い、ただの出来損ないのアイドルと同じスキームで展開してるんだと思う

それこそ無茶苦茶昔の電波少年やらの時代からどういう人間がどういうプロデュースをされるのかをやらせ込み込みで見てたのに、今の時代プロデューサースピードさえ早めたらカッコつくと勘違いしてる馬鹿から一ヶ月くらいでストーリーが出来上がってると勘違いしてる。

お前が倍速で動画再生してるだけで世の中の人は0.5倍速、それ以下のスピード動画配信も見てるのに、

ビジネス発破をかけるタイプのと同じノリでやっちゃうから視聴者が置いてけぼりになってる。

まぁその新人半年やら一年くらいしたら運営と離れることになって裏話やらなんやらをするだろうけど、それでも、その新人を好きで、理解力があるタイプオタクが金を出してくれるだろうけど

そこまで金を出さなくても良いかなってなったら、そこで終わるだけよな

まぁ所詮水商売よ。キャバクラと一緒、メイドカフェやらリフレやらと一緒。

そして芸能界水商売

創作というガワを被っちゃいるがその時々の民草のご機嫌次第で主流や好き嫌いが変わんのも一緒

それでも、その時代の主流でも、一番愛されてる存在でも、認められるべき正義でもないものに金を出してくれるから水商売の奇妙さなんだろう。

でもその奇妙さは、そのお金を出す人に対しての期待や理解して納得できるようになったスジを理解したら奇妙さも解消される訳で。

 

から増田違和感を覚えたなら、その商売は下手くそだったんだと思うよ。

そして、何度も言うけどそんな不出来なものでも、そのキャラが好きだからで金を出す物好きはいるんだと思う。

それこそ、百人でも定期で金払ってくれる人いたら小遣い稼ぎ、維持費ぐらいにはなるかなってお話

それが千だの万だの行ったら大儲けよ

 

それでも、好きなものが生きるなら、じゃん。

好きなものは残念だけど死ぬんだよ。

諸行無常なんてもんじゃない、何も為してないのに死ぬの。

それこそ三十超えた新人声優蔓延世界で、いつだって夢半ばで終わるのよ。

2020-05-08

進め電波少年みたいな感じで首だけという編集にしたらどうだろうか。

2020-04-15

リモートだけどさ

ここんとこずっとリモートワークしてるんだけど、いくつか困ることが出てきた。

・年に一回あるかないか位の依頼がくる。例えば、紙で印刷署名捺印がいるもの

 ワードファイル送られてこられても、プリンタいかコンビニ印刷、その後押印してPDFって、

 またコンビニスキャンかよ。

Slack同時多発的に質問くる。/dmの嵐、その裏で@channnelカマしてくるやつが多すぎ。

zoomで自宅丸見え。壁紙使えよって話だけど、電波少年的でちょっとアレな気分。

 帯域食うから映像オフってるけどね。

・とにかく動かない。

 ダイエットの天敵。

2020-04-11

anond:20200410235924

ちがうちがう。

ビデオチャットアプリが顔の部分だけを認識して、顔だけを切り取ってみんなに映すから本人は何着ててもみんなには見えないってことだよ。

てゆーか、電波少年たことある

2020-04-10

anond:20200410235557

電波少年みたいに顔だけ映し出すようになってれば服なんか気にしなくていいのになー

2020-01-31

お笑い芸人世代分けを再考する

多くの人はこちらのWikipedia記事を参照していると思われる。

日本お笑い史 - Wikipedia

この記事も踏まえた上で、実際に主だった芸人を「活動開始時期」や「人気が出た過程」で並べ、あらためて世代分けを考えてみたい。

芸名活動開始人気が出た年代備考
横山エンタツ花菱アチャコ1930年1930年しゃべくり漫才元祖コンビとしては1934年解散するが、それから60年代までラジオ映画などで活躍アチャコ吉本看板芸人となる。
夢路いとし・喜味こいし1937年1950年代1949年ごろからラジオ番組上方演芸会』に出演して名をあげる。いとしが亡くなる2003年まで漫才を続けて「上方漫才の宝」と称される。
中田ダイマル・ラケット1941年1950年代1957年開始のテレビ番組ダイラケのびっくり捕物帖』はテレビの「上方コメディ番組元祖
ザ・ドリフターズ1956年1960年代1963年開始のテレビ番組大正テレビ寄席』に出演したこからコントを中心とするようになり、1969年開始のテレビ番組8時だョ!全員集合』にて大ブレイクする。
てんぷくトリオ1961年1960年代大正テレビ寄席』などへの出演で人気を博す。「トリオブーム」の中心的存在三波伸介1970年テレビ番組笑点』の司会に就任するなどしてテレビスターに。
コント55号1966年1960年代1968年開始のテレビ番組『お昼のゴールデンショー』『コント55号の世界は笑う』などで支持を得てドリフと人気を二分する。1975年以降は萩本欽一がピンで活躍する。
横山やすし・西川きよし1966年1960年代60年代後半に演芸ブームに乗って人気を獲得、80年代前半までバラエティ番組の司会などで活躍する。「漫才ブーム」では大将格となる。
B&B1972年1980年代実力は評価されつつ関西でくすぶっていたが、吉本芸人としていちはや東京進出したことで人気を得て、漫才ブームを牽引した。
ツービート1972年1980年代漫才ブームに乗って「毒舌」を武器に台頭。特にビートたけしは、1981年開始のテレビ番組オレたちひょうきん族』などへの出演からピンで大人気となった。
明石家さんま1974年1980年代70年代後半から関西で人気を獲得、東京進出してのち『オレたちひょうきん族』でブレイク。たけし・タモリと合わせて「お笑いBIG3」の一人と称される。
タモリ1976年1980年代キワモノ芸人としてマニアックな人気があったが、1982年開始のテレビ番組笑っていいとも!』の司会を務めるなどしてお茶の間の顔となる。
島田紳助松本竜介1976年1980年代漫才ブームに乗って「ツッパリ漫才」で若者の支持を得る。『ひょうきん族』にも出演して人気を博す。1985年コンビ解散して以降は、島田紳助がピンで活躍した。
とんねるず1980年1980年代お笑いスター誕生!!』に素人ながら出場して知名度を高める。ラジオ深夜番組若者からの支持を獲得する。1984年楽曲『一気!』がヒット、1988年に冠のテレビ番組みなさんのおかげです』を開始する。
ダウンタウン1982年1990年代1987年開始のテレビ番組4時ですよーだ』の司会をきっかけに関西若者から爆発的な人気を得る。80年代末に東京進出深夜番組夢で逢えたら』を経て、1991年に冠のテレビ番組ごっつええ感じ』を開始する。
ウッチャンナンチャン1985年1990年代結成当初に『お笑いスター誕生!!』に出場している。1988年開始の深夜番組夢で逢えたら』で知名度を上げ、1990年に冠のテレビ番組『誰かがやらねば!』『やるならやらねば!』を開始する。
爆笑問題1988年2000年代1994年開始のテレビ番組タモリのSuperボキャブラ天国』で人気を博す。90年代後半から深夜帯を中心に冠番組が増えはじめ、2000年ごろからゴールデンでもレギュラー番組をいくつも抱えるようになる。
雨上がり決死隊1989年2000年代1991年に結成されたアイドル芸人ユニット吉本印天然素材」のリーダー格。2000年開始のテレビ番組ワンナイR&R』や2003年開始の冠番組アメトーーク!』などで人気を博した。
さまぁ〜ず1989年2000年代90年代前半に「バカルディ」名義でいちど人気が出たが、2000年ごろに「さまぁ〜ず」に改名して再ブレイク、多数の冠番組を抱えるようになる。
ナインティナイン1990年1990年代吉本印天然素材」出身1994年開始のテレビ番組ぐるぐるナインティナイン』、1996年開始の『めちゃ×2イケてるッ!』など、早くから冠番組を持ってブレイクする。
くりぃむしちゅー1991年2000年代タモリのSuperボキャブラ天国』にて「海砂利水魚」名義で人気を博す。2003年ごろから再び人気が出はじめ、2000年代後半には多数のレギュラー番組を抱えるようになる。
ロンドンブーツ1号2号1993年1990年代ダウンタウンナイナイに続く、若者人気の高いコンビとして早くからプッシュされ、90年代後半から『ぷらちなロンドンブーツ』『ロンドンハーツ』など多数の冠番組を持つようになる。
ネプチューン1993年2000年代タモリのSuperボキャブラ天国』で人気を博す。1999年開始のテレビ番組『力の限りゴーゴゴー!!』で司会に抜擢されるなどしてブレイク2000年代には多くのレギュラー番組を抱えるようになる。
バナナマン1993年2010年代あえて『ボキャブラ』への出演をせず、ライブ中心に活動したことで売り出しが遅れたものの、2000年代半ばから徐々にテレビに出演しはじめ、2012年ごろから冠番組が急増してブレイクした。
有吉弘行1994年2000年代『進め!電波少年』の企画1996年に「猿岩石」としてブレイクするもまもなく停滞。2004年からピン芸人として活動を始め、2007年ごろから毒舌ネタ再ブレイク
タカアンドトシ1994年2000年代札幌で結成されたコンビで、2002年東京進出2005年ごろから笑いの金メダル』などで披露した「欧米か!」というツッコミ流行り、2000年代後半には複数冠番組を持つようになる。
ブラックマヨネーズ1998年2000年代2005年M-1グランプリで優勝する。2006年東京進出し、2010年ごろから冠番組を持ちはじめる。
チュートリアル1998年2000年代2006年M-1グランプリで優勝する。2007年東京進出し、2010年ごろから冠番組を持ちはじめる。
サンドウィッチマン1998年2000年代2007年M-1グランプリで敗者復活から優勝する。2010年代後半からレギュラー番組が増加し、2018年芸人好感度ランキングトップに立った。
オードリー2000年2000年代2008年M-1グランプリで敗者復活から2位となりブレイク
オリエンタルラジオ2003年2000年代結成してすぐの2005年ごろに「武勇伝ネタブレイクし、まもなく冠番組を含むレギュラー番組を持つことになった。
霜降り明星2013年2010年代2018年M-1グランプリで優勝する。

まず画期としては1953年テレビ放送の開始が挙げられる。この時期に人気があったのは落語家喜劇俳優であり、またコミックバンドも人気があった。上の表で言えばいとこいダイラケあたりが該当する。いわば「第0世代」であろうか。

次にやってくるのが「演芸ブーム」で、1963年開始のテレビ番組大正テレビ寄席』を中心に数々の演芸番組放送され、その勢いが1970年ごろまで続いた。一般にこの時期に人気が出た芸人が「第一世代」と呼ばれる。「寄席」をテレビでやるので落語漫談漫才コントコミックバンドなど幅広い芸人が登場した。てんぷくトリオを筆頭に三人組が多かったので「トリオブーム」とも呼ばれた。1970年代はドリフ萩本欽一コント番組が人気を二分した。やすきよもこの世代に含まれる。

続いて、1980年放送された『花王名人劇場 激突!漫才新幹線』『お笑いスター誕生!!』『THE MANZAI』などが立て続けに高視聴率を取り「漫才ブーム」となった。このブーム自体は二年ほどで終息するが、若手漫才師がアイドル的な人気を得て「漫才」のイメージを変えたり、吉本興業が東京進出したりするきっかけとなった。1981年から1989年まで続いた『オレたちひょうきん族』が『8時だョ!全員集合』の視聴率を超え、出演していたビートたけし明石家さんま山田邦子らは一躍スターとなった。たけし・さんまタモリを加えた「BIG3」を中心に、漫才ブームひょうきん族から出てきた芸人を「第二世代」とみなすべきだろう。

その次が「第三世代」と呼ばれる芸人たちで、お笑い養成出身の若手が、小劇場ライブで腕を磨き、夕方番組深夜番組きっかけに人気を得て、ゴールデン帯で「バラエティ番組」を持つ、といったキャリアを踏むのが特徴であるとんねるずダウンタウンウッチャンナンチャンがこの世代代表格となる。一般に「第三世代」は80年代デビュー組で区切るようだが、個人的には似たようなキャリアから早めにブレイクしたナイナイロンブーあたりも含めるべきではないかと思う。

次に来るのが「ボキャブラ世代である1992年から1999年まで続いた『タモリボキャブラ天国』は、当初は視聴者投稿型の番組だったが、徐々に芸人ネタ見せ番組に移行。この番組登竜門に「キャブラー」と呼ばれる芸人が続々と登場した。吉本興業が首を突っ込みそこねたらしく非・吉本芸人が多い。またボキャブラ終了とともに一時的に低迷した芸人が、2000年代に復活するあたりも共通している。先述したとおり、ナイナイロンブーなどを第三世代に含めるとすれば、この「第四世代」は爆笑問題くりぃむしちゅーネプチューンあたりが代表格となる。

2000年代に入って「M-1グランプリ」が始まったことで「お笑いブーム」が醸成された。また同時期に『爆笑オンエアバトル』『エンタの神様』『笑いの金メダル』『爆笑レッドカーペット』などのネタ見せ番組スタートしてお笑い人気に拍車をかけた。賞レースを目指してストイックに芸を磨く若手芸人と、多数のネタ見せ番組により短期的な人気を得た「一発屋」が混在し、芸人レベル底上げされたものの、数としては飽和した感がある。2010年M-1グランプリが終了するとブームも終息し、多数の「ひな壇芸人」を出演させてトーク中心に作られる低予算番組が増加した。(2010年までの)M-1ブレイクした芸人と「ネタ見せ番組」によって登場した芸人が「第五世代」といえるだろう。

2010年代になると、第二世代・第三世代がフェードアウトし、第四世代と第五世代バラエティの「司会」の座を奪い合う群雄割拠時代に入った。第五世代は図抜けた存在はいないものの層が厚いので、2000年代デビュー組の多くがつかえて中堅に留まっているように思える。そんな中で、霜降り明星および彼らが「第七世代」と称する2010年代デビュー組が既に台頭してきている。この場合2000年代デビュー組が「第六世代」とされるわけだが、2000年代デビュー組は遅咲きになりそうなので、おそらく2000年代デビュー組と2010年代デビュー組をあわせて「第六世代」と呼ぶようになるのではないか2020年現在芸人の主戦場YouTubeになりつつある。後世から振り返れば「第六世代」は「YouTube世代」と括られるのかもしれない。

2019-12-10

昔やってた深夜番組が全く思い出せない

電波少年とか水曜どうでしょうとか、ぷっスマとかくりぃむナントカかめっちゃ見てたあの頃に、

毎週楽しみにしていた名前を思い出せない番組

トキワ荘みたいなボロボロの荘だか寮だかにブチこまれ漫画家たちが4コマ漫画書いて人気投票募るって企画

ハガキだか電話だかで1週間後に面白かった順のランキング作って、1位が連続して取れたらどっかで連載できるとか

最下位連続してたら退寮させられるとか、そんな企画番組があったはずなんだよ。

めちゃくちゃ面白かったのは鳥男シリーズで、たしかその鳥男が優勝してどっかで連載だか賞金もらって企画終了。

それ以降、鳥の頭付けたサラリーマン風のキャラ見るとそのテレビ番組を思い出すんだけど、漫画タイトルテレビ番組タイトルも思い出せない。

荘の名前もでてこない。トキワ荘のもじりだった気がするんだけどな。

あれは俺が受験シーズンで病んでいた時に見た幻想だったのか。

深夜の動いてない脳みそが作り出した存在しない番組だったのか。

有識者が居たらなにか教えてくれ。誰も身の回りで、それを覚えている人は居ない。

追記2019/12/10 5:00

判明しました。

見ル野栄司先生の「鳥男」シリーズがまさにそれでした。

番組は、2000年5月テレビ番組ウンナンホントコ!」(TBS)のホントときわ荘という企画

見ル野先生漫画は以前から知っていたのですが、まさかコレが本当にデビューきっかけだとは思いませんでした。

あと先生Wikipediaにはホントデビューとは書いてないので余計に苦労しました。

5人が住んで、3週連続トップだったらデビュー、3連続ドベなら引退ルールはやっぱりあっていました。

当時しのぎを削り合ってた他の作家名前が全く出てこないし、その時の漫画が見たいなあ。懐かしいなあ。

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