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2019-04-12

大学生の頃ツタヤエコール児童ポルノ映画)を借りた

もう10年前の事だし、もう時効だよな?

2017-05-19

ルジャンドルフランスウラン(Oullins)に生まれランス大学およびパリ大学に学んだ[1]。父親のJean-François Legendre-Héralは人物像を得意とした古典主義彫刻家エコール・デ・ボザールの教師[2]。24歳のときニューヨークの著名な弁護士の娘であったクララヴィクトリア・ミュロックブリュッセル結婚した。結婚後すぐに米国移住し、帰化した。

南北戦争[編集]

1861年に南北戦争が勃発すると、ルジャンドルは第51ニューヨーク志願兵歩兵連隊兵士募集に協力し、1861年10月29日に同連隊少佐に任官した。その後ノースカロライナでの戦闘従事し、1862年のロアノーク島の戦いにも参加した。しかしながら、1862年3月14日、ニューバーンの戦いで重傷を負った。

負傷にもかかわらず、ルジャンドルは軍を離れず、同年9月20日には中佐に進級。1863年には第9軍に配属され、多くの戦闘に参加した。1863年3月14日には大佐に進級。ヴァージニア荒野の戦いではユリシーズ・グラント将軍の指揮下にあったが、その最中の1864年5月6日ルジャンドルは再び重症を負った。今回は顔面を撃たれ、左目と鼻を失った。アナポリス病院入院したが、その間にも南軍最後攻撃から街を防衛するための準備を手伝った。その後ニューヨーク移送され、そこで第9軍の兵士募集を手伝った。1864年10月4日名誉除隊したが、1865年3月13日には准将名誉進級した。

中国[編集]

1866年7月13日ルジャンドル厦門米国領事に任命された。7月ニューヨークリバプールに向けて出港し、その後ヨーロッパアジア大陸旅行12月厦門に到着した。領事として、ルジャンドルは5つの条約港、すなわち厦門基隆台北、淡水および高雄責任を持った。そこでは、年季奉公人の不正取引抑制に尽力した。

1867年3月12日米国ローバー号が台湾遭難し、その乗員が台湾原住民殺害されるローバー事件(en)が発生した。ルジャンドルは福州へ赴き、台湾中国側当局問題解決圧力をけるように、福建・浙江総督を説得した。福建総督は自ら行動は起こさなかったが、ルジャンドル台湾に行く許可を与え、台湾知事が協力するように紹介状を書いた。

ルジャンドルは、遭難現場訪問のために米国船アシュロット号を雇い、台湾当局に行動させようとした(これは失敗した)。その後アメリカ合衆国海軍ヘンリーベル少将懲罰作戦実施したが、これも失敗した。さら情報を集めるため、ルジャンドルは再び台湾に出向いた(このときは、紹介状は無しであった)。

中国へ戻ったルジャンドルは、南台湾に軍隊派遣するよう福州の総督を説得し、ようやくこれに成功した。ルジャンドルは400〜500人の規模を希望したが、これよりはかなり小さな遠征隊が、1867年7月25日台湾に送られた。ルジャンドル砲艦派遣ベル提督要請したが、これは拒否された。このため、武装商船ボランティア号が雇われた。ルジャンドル9月4日台湾上陸したが、上司に対しては全くの傍観者として行動したと報告している。

ルジャンドル直ちに本来任務を開始した。南台湾の険しい山岳地帯を通りぬけ、原住民酋長と難破した欧米の船員の安全保証するための条約協議した。

1871年9月6日琉球宮古島)の船が台湾沖で遭難したが、ローバー事件と同様に、多数の船員が殺害された(宮古島島民遭難事件)[3]。1872年2月29日ルジャンドルは先に結んだ条約日本人船員にも適用するよう拡大するため、台湾に出向いた。任務は不成功に終わり、またルジャンドル北京駐在米国公使フレデリックロウ(en)とも不仲になってしまった。

日本[編集]

1872年厦門から米国へ戻る途中、ルジャンドル日本に立ち寄り、明治政府台湾問題武力解決提唱した。これは副島種臣外務卿意見とも一致しており、ルジャンドル米国領事の職を辞し、1872年12月12日外交および軍事顧問として明治政府雇用された[1]。1873年2月、副島は2年前に台湾で起きた宮古島殺害事件の処理交渉特命全権公使外務大臣として北京派遣されたが、ルジャンドルもこれに参加した。この交渉部分的には成功であったが、引き続きルジャンドル1874年台湾出兵の準備を手伝った。台湾問題に関して、ルジャンドル駐日米国公使チャールズ・デロングの支援を受けており、また個人資格でこの遠征に参加するつもりであった[4][5]。加えて、2名のアメリカ軍人が雇用された。ところが、デロングの後任の米国公使ジョン・ビンガムは、ルジャンドルを支持せず、1874年4月19日台湾出兵は一旦延期とされた。ルジャンドルらは長崎で出征準備を整えていたため、大久保利通長崎に向かった。結局遠征部隊5月18日長崎を出港したが、ルジャンドル大久保と共に東京に戻った。その後、ルジャンドル交渉のため福州に派遣されることとなったが、アメリカ総領事職場放棄の罪に問われ、短期間ではあるが上海収監されてしまったため、遠征には参加できなかった。1875年には日本政府から勲二等旭日重光章を授与されたが、これは外国人としては最初のものであった[1]。その年の末には顧問を辞任した。

ルジャンドル1890年まで日本滞在し、大隈重信個人的顧問を務めた。

韓国[編集]

1890年3月ルジャンドル日本を離れ、朝鮮王高宗顧問となった。1899年9月1日漢城(現 ソウル)で卒中により死亡するまで、その職を務めていた[6]。

2016-03-24

フランス子育て

http://d.hatena.ne.jp/inumash/20160323/p1

ここに書いてあることはその通りで、シラク三原則寺井校長スピーチは違う。

ところで、シラク三原則などフランス価値観日本にあうかというとそれはまた別問題だろう。

フランス価値観は上記サイトにもある通り。女性の権利は最優先である仕事をする権利は守られなければならない。子供も3歳から上は幼稚園というか学校エコールマテルネル)に入るので、就業前と就業後に父親母親が分担してお迎えすればなんとでもなる。あるいはシッター(ヌヌー)がやる(フランスでは小学生高学年くらいまで、子供一人で家にいることだけでなく外出することも法律違反なので、幼稚園小学校の送迎が必要)。日本幼稚園と違って、4時くらいまで面倒を見てくれるし、無料だ。面倒を見るというか授業してるけど。まあ、まずはこれが成立するために週35時間労働制だとか安くてたくさんのアフリカ移民主体とするベビーシッターフランス語を話せないこともまれではない)が必要になる。

しかし3歳まではそれもなく、保育園(コクシネル)は競争率が高いしお金もかかる。そのため、子供はほぼヌヌーさんに預けっぱなしであるパリ公園で平日の昼に観察しているところによると、彼女たちヌヌーさん(男女平等差別禁止が徹底されているはずのフランスで、なぜかヌヌーさんのほとんどはアフリカ女性だったように思う)は子供たちが遊具で遊ぶのを遠巻きに眺めつつ、みんなで集まってベンチに座ってタバコを吸ったりマックを食べてだべっている。

実際ヌヌーさんに預けるというのはどういうことなのかとフランス人に聞くと、それはやはり不安なことはある、とは言うのである

しかしそれでも預ける。なぜか?女性が働かないなどというのは考えられないからのようだ。そちらのほうが優先だからのようである

日本からの赴任家族では、当然ながら(?)奥さんは働いていないことが多い。それを知った時のフランス女性不思議そうな顔つき、「ずっと家にいるの?へぇ~」という反応を見るに、これは女性選択の自由尊重しているように私は思えなかった。日本では子供がいる母親は働かず家で子育てをした方がよいという暗黙の圧力があるのと同じように、フランスでは子供がいても母親は外にいて働いているはずだという暗黙の圧力があるように感じたのである。私はこれは「自由」の名のもとに行われる別の因習社会であるように感じた。

まあ、それはそれでいいのだ、不思議なことではない。世界のどこかに理想郷があるわけではないのだ。あるのはバランスであり、フランスでは子供母親とずっと一緒にいられることよりも、母親仕事をして自己実現を続けることを選んだところ、(因果関係は分からないが)出生率が向上したらしい。社会がどれを選ぶかの話であろう。正解と誤答があるような話ではないと思う。

ドイツ人に、ドイツはどうかと聞いたことがある。ドイツでもやはり女性労働権利であり、その程度は日本よりもずっと強い。しかしそれと同じくらい、子供が小さいころは母親は家にいて子供の面倒を見るべきだという社会的意識も色濃く残っているそうだ。それはまた母親の多くもそのようにしたいと思っていることでもある。また、出産一年以内に仕事を再開しようとすると、あなたそんなことをして子供はかわいそうではないの??という周囲の目があるのだそうだ。ちなみにドイツ出生率日本と同様に低い。

フランス経験談だがドイツは伝聞である出羽守ではあるが、真実を含んでいないとは思わない。日本はどの方向に向かうべきか。フランスの方向に向かうのは不可能であると思っている。

2015-12-20

大学院を出たとは言うけれど

日本では学歴社会だなんだの言われて久しいが、中々面白い記事を見つけた。(フランス パリマッチ紙による西側日本は除く)主要国家学歴職種、業種などの相関に関するデータ

http://www.parismatch.com/Actu/Economie/DataMatch-L-Etat-est-il-un-vivier-de-patrons-856209

インフォグラフィックなので言葉が分からなくてもちょっと感覚はつかめるかもしれないが、気になった箇所を抜粋する。

フランス大企業社長の平均年齢は56歳、94%は修士以上(注)、その内、40%がエコール・ポリテクニック、32%がHEC、25%がENA。真ん中の円も特に特徴あるのだけど、フランス大企業社長24%がパブリックセクターキャリア最初を歩んでいる(一方で他の国は数%)

イカニモ労働者貴族1%ハイパーエリートの為の国というところか。

さて他の国に目を移すと、キャリアスタートとしてはドイツエンジニアイギリスマーケティングファイナンスアメリカ法律マネージメントだそうな。

★ちなみに、注の修士以上だけど大陸欧州日本教育制度が違い単純に言葉比較できないので注意されたし。

2010-10-28

静謐なロリコンの思索

最近幼女萌えることが出来ない。

かつて僕は、幼女の肢体に魂を奪い尽くされた男だった。人間が生まれた、その初期の段階にしか持てない無垢さ、そういったものが僕の頭脳に濁流となって押し寄せ、圧倒的な浄化(カタルシス)をもたらしてくれた。今の幼女にはそれがない。最初から現代のギャル文化に支配されている。分厚い化粧をしている幼女もいるとか。やめておくれよ。僕の膝元に座りなよ。泣きながら化粧をぬぐいとってあげよう。

しょうがないから『はてなランドに僕のおにんにんが~突撃~』とか下らない書き込みを2chにしていたらはてなランドが潰れてしまった。僕のせいだろうか。

こんなことしている場合じゃなかった。今日ロリ映画を紹介したいんだった。

もっとも、有名なやつだけど。『エコール』って映画

幼女のビチクが芸術という名の元に拝めます。しかしそれよりも、この映画の不気味さ、怪奇

というものは、見ていて鳥肌が立つレベルです。これぞロリ映画最高峰です。

いやーしかし、最近少女は本当にレベルが上がってるよね。僕もこの前日曜日ジャスコに行ったら

かわいい幼女がいっぱいいて、恥ずかしながら……その、勃起しちゃいましてね。

家にまで帰ってきた次第です。

さて、そろそろあの人が帰ってくるし、『ポク』なんて言葉遣いは止めよう。

ガチャ。「おーい、帰ったぞ」「おかえりなさい。あなた」(勃起しちゃいましてね がミスリード

2009-02-23

いつの間にミステリは閉塞感のあるジャンルになったんだろうか?

ttp://d.hatena.ne.jp/g616blackheart/20090223/1235290371を読んでいてふとタイトルのようなことを言われていると気がつきました。

トリックアイデアが行き詰っているように見える現代ミステリの新たな道を切り開くきっかけとなりうるのではないかと思うのだ。

や当の竜騎士07氏の

ミステリはもっと楽しいものだったはずなんです。今のファンの方にはそれを思い

出して欲しい。

という発言をしている。

ミステリばかり読んでいる自分としては毎年毎年新しい人、新しいトリックやその新しい見せ方、プロットのひねり方に他ジャンルとの融合など結構ダイナミックに変化のあるジャンルだと思っていたのですが……

古典芸能に例えられることもありますが多くのミステリ作品エンターテイメント本位の作品が多いと感じていました。本格ミステリでも先行する有名古典作品を読んでいないと面白くない、なんてのは小数派だし、好きなものを手にとって読めば構わない気楽なジャンルです。

勿論先行作品に目を通しておかないと楽しめないものもありますが、そんなものばかりでは無い。出ないと最近ガリレオブームや京極、森といったメフィスト賞からのベストセラー作家の輩出は一部のミステリオタクだけでなす事は出来ないでしょう?多くの人を巻き込んだからこそ、じゃないのかなぁ?

更に言えばトリックの面でも最近は新しい物も出てきてます。紅楼夢の殺人の逆トリック(そう正に逆に仕掛けられたトリックでした)、蛍のトリック、厭魅(まじもの)の如き憑くもののネタアリスミラー殺人事件のネタも良かった、ウルチモ・トルッコの大胆なトリックも新しかった、エコール・ド・パリ殺人事件やトスカの接吻のような新たな息を吹き込むような作品も面白い。トリックもここ10年くらいは「トリック必然性」を重視している作品が多いですし、なんか言ってる事が古臭いというかなんと言うか

余りミステリを読まない人が簡単にジャンルの閉塞感を語ることは勘弁願いたい。多くの作品を読まないことには上っ面を適ッ当になでただけの言説になる上にそれを読んだ人が勘違いを起こすと思うんですけども。一時期唐突に「ノックスの十戒」や「ヴァン・ダインの二十則」を語る人が増えたときにも感じたことなんですが…… ミステリ好きなら今更これは無いよと思うんじゃないかなぁ。竜騎士07氏の言うことにも10~20年ぐらいのタイムラグを感じます。今更感がすごいと言うか、「なぜ、今、それを言うのか」みたいな。アンチミステリにしても後期クイーン問題にしてももう一段落着いて数年たってからの蒸し返しですから本当に「なぜ今更?」

まぁ愚痴です。知らんまにミステリが狭っ苦しいものとされるのには我慢ならなくて。

2009-02-22

最終的には近所か…?という結論に至ると前置きして

少年サンデーで連載中の若木民喜先生の住所はブログの文章からある程度絞り込めるんじゃ?と思って確かめてみた。

まず、大雑把に読んでいくと都区内・あるいは周辺都市にあると想定できる。(都区内のケーキ屋に行ったという記述が圧倒的に多い為)

なおかつ、下記に挙げるケーキ店が複数回に渡って登場していること・引越し記述が無いことから、大きく移動する引越しを行った可能性は限りなく低いはずだと思う。

続いて、記事の中から住まいに近いのでは、と予想できる店名・単語を抜き出してみる。

以上の他に何点かの諸要素から、先生の住所は『西武池袋線 江古田駅~東長崎駅間周辺・線路の南側周辺』ではないかという予測に至った。

…まあ、仔細な住所まで分かるわけ無いし、とりあえず「てか、俺んちの近所じゃん。もしかしたら知らずに遭遇してたんじゃね?」と神のみの単行本を3冊抱えてちょっとドキドキしながら終わりにしときます。

次の休みにでもここのケーキ屋行ってくるか。ブログ見てたら滅茶苦茶食いたくなってきたわ。

2008-12-22

勉強が出来る=頭が良い」で概ね間違いないよ

中学の頃「勉強が出来る≠頭が良い」を主張していた奴は、頭が悪い奴だった記憶がある。

進学校に進んだ高校で、やっぱり勉強できる奴は頭の良い奴が多いなと思った記憶がある。

中高生のとき「勉強しろ、でもそれは頭が良い事を意味しない」とか言われて、非常に困り、むかついた記憶はないだろうか。

当人からすると矛盾だが、なんのことはない、中高生勉強をするのは、大人からすると「頭の良い」選択なのである。

きっと「勉強が出来る≠頭が良い」と思う人々の中では、

勉強が出来る=成績が良い=テストができる=教科書を理解している、みたいになっていて、

教科書なんて本当は重要じゃないんだけど、将来のためには勉強するのが最善の選択なのよ」なのである。

世間的な「頭が良い」なんて、せいぜいその程度のことである。気にすることはない。

そんなものは言い換えれば、ただの生活上手くらいの意味でしかない。

そもそも、勉強というのは、頭が良い人が切り開いてきた知を辿ることだ。

将来のためとか生半可な気持ちで学ぶ・学ばせるから、「勉強が出来る≠頭が良い」になってしまう。

だから「勉強が出来る≠頭が良い」というのは、単純に日本の「勉強」がつまらないという意味でしかない。

なら結論は一つで、「勉強が出来る=頭が良い」になるような勉強を学び・学ばせること。

エコールノルマルとか考えたら、「勉強が出来る≠頭が良い」とか、恥ずかしいだけだと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20081221200806

2008-06-07

http://anond.hatelabo.jp/20080607181309

近所の図書館に寄贈するとか、BOOK・OFFにでも売ってしまってはどうか。

借りに行くなり買い戻すなりすればまた読めるし。

最悪、国立国会図書館が完全バックアップしてくれているので、この世からなくなる心配もないよ。

と、思えば、すぱっと処分できるのではないだろうか。

 

ちなみに、国会図書館にはこういうものも・・・。

請求記号YH21-1100
資料種別電子資料
タイトルデスクリムゾン
並列タイトルDeath crimson
電子的内容プログラムファイル
出版地大阪
出版者エコールソフトウェア
出版年c1996
形態CD-ROM1枚 ; 12cm
付属資料取扱説明書12p
注記Segasaturn

(あるファンが寄贈したものらしい)

2008-04-15

http://anond.hatelabo.jp/20080415004507

釣りか?大学の敷地が立派なだけなら日本にだって北大があるし、歴史を言うなら高野山大ってのがある。高野山大は前身まで遡れば創立はなんと835年!だ。

大学の格は研究者の質にある。

ちなみに君の好きそうなランキング

http://www.timeshighereducation.co.uk/hybrid.asp?typeCode=144

TIMES関連誌のランキングだから英語圏に有利だし、実際日本大学は「外国人受けいれ」で点数をものすごく損してるのだが(日本語は難しいからね)、そんな基準でさえ東大京大世界の一流大の位置にいるんだからね。フランスエリート校として有名なエコール・ポリテクニックやエコールノルマール・シュペリエールも京大の下なんだよ。

2007-11-01

http://anond.hatelabo.jp/20071101192723

なんかずいぶん懐かしいネタだなあ。

エコールメルブラだのアルカナだのの移植で金稼ぎまくってるみたいだからなあ。

Wiiで続編出さないかね。

2006-12-02

エコールといわれると

どーしても『デスクリムゾン』のイメージしか湧かない。

せっかくだから俺はこの幼女を選ぶぜ」

ガイシュツネタだろうなぁ。

映画は観てません。

なんか映画みたい

何がいいだろう

エコールはむり

 
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