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2021-09-24

体力テストでD判定なのに嬉しかった話

先週、体力テストの結果が帰ってきた。

普段はろくに見もしないが、今年は高校3年生で最後だし……と読んでみることにした。

しか自分は体育が得意ではない。文化部陰キャ運動音痴三拍子揃っている。体育の五段階評価で2を当たり前のように取っていた人間だ。見る前から「がんばりましょう」相当の言葉が並んでいるのは目に見えている。でもなんで見ちゃったんだろう。

最初は「長座には自信がある。これだけは運動部の子にも負けない。」そんな気持ちだったはずだった。

『平均並です』(54cm)

嘘……だろ…………?

ショックだった。1番自信のあった種目でこれなんて。もうちょっと色をつけてくれても良かったんじゃないか? いや体力テストからダメか。

去年までろくに見てなかったから気にしてなかったけどこの成績表はそこそこ長めのコメントを書いてくれていた。調べても機械が書いてるのか人が書いてるのか分かんなかったけど。

体力プロフィールのところに『心肺持久力が低いので、学校まで早足で歩くことから始めてみましょう』とあった。こちとらチャリ通なんじゃとキレかけたが相手はそんなこと知らないししょうがない。3年間雨風の中、雪の日もチャリ通し続けたのに心肺持久力が低い自分呪いたい。

上の方に総合コメントみたいなものがあった。

『○○部に所属していますので、楽しい友達も多そうですね。部活動雰囲気も良く、学校生活も楽しそうです。』

すみません、ひとり部活です……。2年生のときまではもう1人同級生がいたけど先輩が引退してすぐに抜けてしまった。喋りかけすぎてウザいとか思われてたらどうしよう。LINEブロックされてたか自分のことが嫌いなんじゃないかと気になってヒヤヒヤする。もう嫌われたくない。

メンタルプロフィールというものもあった。自信ばっかり飛び抜けていた。なんだか自分の悪いところが浮き彫りになったようで嫌だった。

大した実力もないのに花形役割ばかり希望してオーディション投票で落とされる。そんな過去自分を思い出した。

全体的にコメントは丁寧で温かい言葉だった。会社商品として出しているものから当たり前なんだけど。

なんだか無条件で肯定してくれるお母さんみたいで涙が出てきた。

たぶんこのコメントを書いてくれた人(?)には自分運動音痴だけど友達が沢山いて学校が楽しそうなように見えているんだろう。クラスの子はみんな優しいしいじめもないか学校は嫌いじゃないんだけど。

なんかまとまりのない文章になってしまった。これでも文系なのに。

2021-08-24

anond:20210824193153

労災降りるチャリ通ならいいけどさ…

あーでも雨の日の問題があって嫌

傘なんかさしてないでしょうね

条例違反だよそれ

電車は~~~」とかアホかよ俺はもうチャリ通になってるぜ?

お前が時代適応してないのを皆もそうだと思わないでくれよ?

2021-07-19

蓋が開いていろいろ出てきて疲れた

リアルタイムでは読んでないけど、

あの雑誌記事20年くらい前に、

たまたまネットで読んだ。

怖いもの見たさで読んでしまった事を後悔して、

心の中に閉まって蓋をした。

私は、何も読んでない事にした。

この土日で、その蓋が開いてしまい、

いろんな事が飛び出してきた。

「そういう時代だった」「サブカル界隈はこうだった」と。

そうだったかも。いやそうじゃない。でもそうだったかも。

中学生から高校生くらいまでの出来事。嫌な出来事。ぶわーって出てきた。

目立つタイプでもないから、武勇伝もない。

から思い出したくなくて蓋してた。

ヘルメットかぶってチャリ通してたあの地元の廃れた道。

地元に帰ってもあの道はあまり通りたくない。

ギリギリ学校に着くと、怒鳴られ、

運動場を1周走らされてから教室に向かった事。

竹刀を持った体育教師がいた事。

殴られて鼓膜が破れた人がいた事。

時代遅れの不良の残党みたいなのがいて、

更に不良ぶった人がいて、優等生っぽいけど悪人もいて。

セーラー服リボンの長さで呼び出しくらうとか。

怖かった。

小学校の時に仲良かった友達中学校で変わってしまった事。

の子が、廊下でみんなが見てるなか、他の女子と取っ組み合いの喧嘩をしてた事。

勇気を振り絞って仲裁に入った事。

渋谷とは遠い田舎の地で、

フリッパーズギターアルバムジャケットも曲も

とてもオシャレだと感じて、心がキラキラした事。

同級生が亡くなった事。

生前、その子のお家に行った時、本棚に「完全自殺マニュアル」があったのを

思い出した事。それは誰にも言っちゃダメだと思った事。

援助交際に誘われたけど、断った事。

卒業式の日に「この制服ブルセラに売れるから売ろうよ!」と誘われた事。

売れる訳ないだろと思って断った事。

偶然会った 中学校の時の友人が、

円形脱毛症になってて、でも、それに触れられなかった事。

「ひょっとしたら」と思ったのに

なにも言葉をかけれなかった事。

そんな事を、

この土日で思い出してしまって、

うわぁあああーってなった。

疲れた

同じ距離なのに

同じくらいの距離通勤してるのに電車バスだと交通費出てチャリ通だと交通費出ませんっておかしくない?

距離で出せよ。距離で。

2021-05-06

膝がいたい

痛い めっちゃ痛い 歩くのが必死になるぐらい痛いし座って安静にしてても痛い

昨日歩きすぎたのが原因だと思うけど膝が痛くなることは時々あったし安静にしてれば大体治る

けど今回はクソ痛い チャリ通勤も死にそうだった

整骨院整形外科か、どっちに行けば良いんだろうと思って昼休みに調べてたけどよく分かんねえ

どこが痛かったら何科とか保険適用されるされない、料金はこのぐらいとか診察時間とか予約の有無とか病院システムマジで分かんなくて

毎回諦めてまあ放っておいたら治るし病院行かんとこってなってしま

多分治ってないんだろうけど はーもう退勤してえ

2021-04-28

首を吊ってる母親を、自分の手でドアから降ろした話。

これも結構前の話になる。

「そういえばあの時、どんな気持ちだったっけ?」と思い返す機会があったので、折角なので文字に書き残しておきたい。

そうすれば胸に落ちるものも、もしかしたらだけど多少はあるんじゃないのかな?って感じで。

内容が内容なので、少し長くなるかもしれないけど、お暇な方がいらっしゃいましたら読んでやってください。

あんまり仔細に年月日を狭めすぎるとアレなので、時期は今から7年ほど前。

ちょうど今のような、若干寒さも落ち着いてきたかな?ってぐらいの春頃のお話だと思って下さい。

当時の俺は大学入学したての、ピカピカの一年生でした。

兄の方がとても優秀だったんで、随分と見劣りはするけれど、俺の通っていた高校レベルからすれば「まあ頑張ったんじゃないの?」程度の大学へと入学

その筋のマニアには結構有名な、二郎インスパイアの名店が近くにある登り坂の長い大学ですね。

あれは本当に数少ない良い思い出です。メチャメチャ美味かったな。店狭いし、オッサン怖いし、汚いけど。

オススメは小ラーメン・麺少なめ・ニンニクマシ・アブラシマシです。

しか高校まではチャリ通で10分だったところが、電車を乗り継いで1時間半になったのは本当によくなかった。

職場学校は、絶対に自宅から近い場所を選びましょう。近い場所にないのなら、あなた引っ越ししまいましょう。(経験則

そんなこんなで深夜までゲームやらアニメうつつを抜かしては、中途半端時間に目覚めて、一限は余裕でアウト。

気付いた母親に叩き起こされて、仕方なく起床。もそもそと着替えて、遅刻前提の移動。

それで素直に大学まで向かえばいいものを、「途中で行くのも面倒くせえな」と地元カラオケで朝割フリータイムしてたり、本屋立ち読みしてたり。

入学当初からそんなんだから、とにかく授業内容は良く分からないし、眠くて眠くて仕方なかった。

何よりも人見知りだったもんで、良くも悪くも自由大学形式の授業とサークル活動に、いまいち馴染めずにいた。

大学は少中高と違って、能動的に働きかけないと友達はできないもんなんです。あの頃の俺に教えてやりたい。本当に。

夢見ていた大学生活は、俺にとってはただの眠気との闘いに成り代わっていたのである……。

そんなんで仲の良い友達全然いないもんだから、授業サボりまくって、図書施設ビデオ設備で「ロード・オブ・ザ・リング」とか「戦場のピアニスト」とか見てたな。

いや、完全に余談でした。すみません

とにかく、こんなカスの具現化みたいな大学生活を送らないよう、新入生の皆さんは頑張ってください。

話を戻します。

俺が小学校に上がるぐらいの前に、うちの母親は一度離婚している。だから俺は種親の顔をほとんど覚えていない。

自分ママとパパと話すけど、ふたり全然しゃべらないなぁ」とか「やたらと関西実家に行ったり、親戚の子がうちに来るのはなんでだろ?」とか。

そんなことを子供ながらに思ってたんだけど、今思い返せばそういうことだったんだと。

そんなこんなで気付いたら第一父親が消えて、俺が小学校二年生ぐらいの時に、新しい父親が来た。

第二の父親は、俺は子供ながらに「良い人」だと思った。

そりゃ向こうも腹を据えて、血の通ってない兄弟二人を抱えるわけだから、多少の上っ面は確保してくるには違いないんだけど。

一緒にお風呂に入れてもらったことが嬉しかったのを覚えてる。そんな第二のお父さんの背中には、ご立派な龍のモンモンが彫られていたけど。

仮初でも、その人は優しくて良い人で、色んな場所に連れていってくれたりした。なんかホテルが多かったな。海ほたるとかもよく連れていってもらった。

多分これまでの人生25年、その人が来てからの数年が一番幸せだったんじゃないかな?

中学に上がる前ぐらいの、それぐらいの間。ホント幸せだったと思う。ボンボンボンボンで、当時Xbox360COD4ネット対戦してたの俺だけちゃうレベルで。

母親も、その時が一番楽しかったんじゃないかな?

俺も兄貴母親父親も、心から「家族」を感じてた最後の瞬間だったと思う。

で、俺が中学に上がった頃に、第二の父親が手掛けていた事業が一気に傾いてしまったと。

これは直接見たわけでもなんでもないけど、父親の元同僚の方に聞いた話なんで、間違いないことだと思います

首の回らないレベル借金も抱えることになったと。

そっからの酒乱っぷりたるや本当に凄くて、中学生ぐらいになると俺も兄貴も(特に俺は)夜更かしをするようになってるから

ベロンベロン状態で帰ってきた泥酔親父に、子供相手に何を言い出すねんみたいな絡み方をされだして。

うわぁ、イヤやな……って、毎日夜になる度に鬱になってたのを思い返します。寝てたら寝てたで起こしにくるし。逃げようないやん。

そんな紆余曲折を経る中で、第二の親父が俺に放った言葉

「お前なんて、オレの本当の子供じゃねえんだからな?」

この一言が本当に忘れられなかった。シグルイのあの人ばりに、(この傷は二度と戻らんな)と泣きながら感じたのを覚えてます

しかもこれ確か、母親の目の前だった気がするんですよ。なんか二人で揉めてて、俺が仲裁に入るじゃないけど、間に入ろうとしたらこうなったみたいな。

酔うと貯め込んだ本質が出るタイプの人っているじゃないですか。つまりはそういうことだったんだな、と。

それ以降、父親と心を通わすことは一切なくなった。もちろん話したりってことはあるけど、他人みたいなことで。

そんなこんなで、それでも気付いたら中学生になって、高校生になって。

第二の父親は家からはいなくなって、お金だけを入れながら、たまに連絡を取るぐらいの関係になって。

こっからはもう蛇足なんで、ちょっと飛ばし飛ばし

小中校まではすごい楽しかったんですよ。面白い友達もいたし。なんで急に大学ダメになったのか、不思議だなぁ。

母子家庭あんまり余裕のある生活じゃないけど、塾にも行かせてもらって、奨学金も出る。

大学にも行けるんだと思えば、ちょっとぐらいの家庭内のゴチャゴチャがあるぐらいで不幸ぶんなよ、俺よりひどいやつなんて山ほどおるぞと自分自分を戒めたりもして。

そして母親の様子がおかしくなりだしたのは、このあたりだったと思います。ちょうど俺が大学受験を終えたぐらいの時分。

深夜、お腹すいたなーと思ってリビングに行くと、母親ワインと大き目なビニール袋みたいなんを用意してて、一人で黙々と飲んでて。

で、ちょっとなんか変な感じがして、母親の目から。据わってるって言えばいいのかな。とにかく、明らかに普通じゃないけど、普通を装うとしているのが伝わってくるような、そんな感じで。

無言でいるのも変なので、「なにこれワイン?家での飲んでるの珍しいね、いいやつなの?」みたいなことを訊いた覚えがあります

うちは父親の件もあったので、母親とはすごく仲良しだったから。

思い返せば、極度のマザコンだったんだと思います特に兄貴が遠方の大学にいってからは、実家には俺と母親の二人だけだったから。

とにかく変な雰囲気だったから、「お酒家で飲むの初めて見たかも!俺もひとくちもらおっかなぁ」みたいな、おどけてなんとかしようみたいなムーブをした記憶があります

「いいよいいよ。飲んでみな」と、母親が余裕で許可をくれたことも結構意外でした。酔ってたのかな?分かんないけど。

ド深夜、テーブルライトだけつけたリビングの机、ワイングラス、謎の大きなビニール袋。

なんかすげえヤバイことになってんのかな?と。

なんでだろう、このあたりから薄々感じ取り始めたというか、そんな気がしました。今までにこんなことなかったよな?って。

そして寝て起きたら、横に母親がへたりこんでるんです。体育座りを右斜めに崩したみたいな恰好で。

俺は一瞬、本気で死んでると思った。でも慌てて抱き付いたら、ちゃんと体温も呼吸もしてたので、本気で安心したのを覚えてます

えっえっ?ってなって、どうしたん?って聞いたら「いや、ちょっと……」みたいなことで、手元を見たらスカーフ?とハンカチを束ねて作ったような、首吊り用の縄?があって。

正直ワインときから厭な予感はしてたから、メチャクチャ驚いたし、なんで?ってなった。

「それはだめだって、それだけはだめだよ。これからどうすんの?」って泣きながら問い詰めた記憶があります

人間、本当に近しい人であれば、ちょっとした行動から、「なんとなく自殺しそうだ」というのが分かるものなんだって思いました。

マジでここらへんの記憶が、ずっと頭からこびりついて離れない。身体を下ろした時よりもキツかったかもしれない。

未だに良く分からない。要するに母親は、部屋のドアノブに縄を引っかけて、首吊り自殺をしようとしたんだと。

しかも俺の部屋のドアノブだった。誰のだったらいい、ということじゃないけど。この時には、兄貴はとっくに外に出ていたはずなのに。

首元を見たら、真っ赤っていうか、うっ血したようなアザになっていて、「失敗しちゃった」みたいなことを半笑い、作り笑いで言っていたような記憶があります

未だに後悔しています

あれだけ明確に希死念慮を見せていたにも関わらず、なにもできなかった。

母親がこのとき、俺に助けを求めていたのかは分からない。あるいは本当のショックを与える前に、「私は死ぬからね」という予告をしたのかも分からない。

兄にも周囲にも連絡をしなかった自分の愚かしさ。せめて身内だけには言うべきだった。

でも、言ってもどうにもならないんじゃないか、言われた側に負担を強いるだけになるんじゃないかと、どこかで想ってしまっていたのも事実です。

母親自殺をするかもしれない。どうか助けて下さい。」この言葉を俺はいったい誰に伝えればよかったのか、いまでもわからない。

救い方があるとしたら、それは俺がどれだけ母親が好きで、愛していて、感謝しているかということを、心変わりするまで何度でもいうことしかなかったんじゃないかと。

ある日、大学に行った。四月の上旬。はっきりと覚えてる。

ちょっと早めに授業が終わったのか?サボったのか。正直どっちでもいいけど、俺は家に帰った。

なんだかすごい胸騒ぎがしてた。兄も俺も家にはいない。家にいるのは母親だけ。

ただいまとドアを開けた瞬間、やはり自分の部屋の前で、足元に椅子を置いて、スカーフで作った縄を首にかけて、うなだれて扉にもたれかかる母親を見つけた。

凄まじい衝撃と同時に、「やっぱりこうなった」とどこかで思う自分がいた。

首にかけているスカーフ素手では取れなかったので、キッチンからハサミを持ってきて、片方の刃で切り落とした。

抱き抱えた母親身体は、思い返せば想像よりもずっと軽かった。

「誰か、誰か助けてください」と今までにいったことのような言葉を金切り声で叫びながら、居間の上にあおむけにさせて寝かせた。

そして震える指でスマホをうって、まず兄にコールした。

兄は大学二年生で、本来なら学生寮にいたはず。この日はたまたま里帰りをしてきて、何かを読みに本屋にいってくるといっていた記憶がある。

しかすると母親は、この日を待っていたのかもしれない。兄弟が揃う日じゃないと死ねないと思ったのか。分からない。

ママが首を吊ってた。いま俺が下ろしたけど、意識がない。救急に連絡するから、すぐに帰ってきてほしい」

と言って、すぐに電話を切った。兄は「わかった」とだけ言っていたような気がする。

家の場所を伝えて、どうか助けてくださいというと、すぐに救急車と救助隊の方々が来た。

俺は人命救助の方法とかがまったく分からなくて、もしかすると心肺蘇生とか、胸骨圧迫とか、本当はいろいろなやりかたがあって、

待っている間にそれができていれば、母親を助けられたんじゃないかと思う。

でも本当に現実現実として受け止められてなかった。頭がヘンに冷静だったのは、「こんなことになったけど、きっと助かるよな」と無根拠に信じ込んでいたからだと思う。

ここではどうにもならないから、と救急車に乗り込んだ。

ハサミで深く切った指から血が流れていることに気付いた。痛みはまったく感じなかった。

俺「こんなんなっちゃったな」

兄「俺、これからどんな顔して顔あわせればいいかわかんないわ」

俺「そうだなぁ」

こんな会話を、兄弟で悠長に会話していたのをハッキリと覚えています

ここまではすごくハッキリ覚えているのに、ここから先があいまいなのが不思議で、不思議で。

確か夜の病棟に運ばれて、「自意識が戻る可能性はない」と言われたこと以外は、実はほとんど覚えてないんです。

翌日の病室の面会で、意識のない母親を前に過呼吸になるぐらいに泣いてしまたことを覚えてます

そして「自意識が戻る可能性はありませんが医療を続けますか?」というような旨を医師の方に伝えられて、「もういいです」と伝えたことは覚えてます

そしてずっと病院に居るわけにもいかいから、家に戻って、母親のいない家で過ごして。

三日後か四日後、電話の連絡で「お母さんは亡くなりました」と同僚の方から連絡をいただきました。

母親の死に目に会わなかったのは、自分にとって幸運だったのか、不運だったのか、未だに分からずにいます

からない、本当に今でもわかりません。

あのワインの日から自分に何が出来たかをずっと考えています

間違いなくサインとなっていたあの日ちょっとでも行動を起こす勇気自分にあったのなら、もしかすると母親は今も生きていたのかと。

2021-02-07

搾取されてるのって「冴えないおばちゃん」が多くない?

全然美魔女」ではない野暮ったいおばちゃんが、無料や驚くほど低い賃金で働いてること多くない?

ノーメイク日焼け止めだけ塗って、髪も頻繁に切るとお金かかるからショートの人はめったにいなくて、伸ばしたままの黒髪のひっつめで。

介護職に多いというのもそうだし、事務職でも「えっ、時給900円×5時間×週3でこれだけの量の作業こなしてるの!?」みたいな人もいたり。

単純計算で額面月給54000円だよ?そこから税金とか引かれるから絶対暮らせないよ。でもその割に任されてるルーティンワークの量が多すぎる。

通勤交通費が出ないという職場から毎日15kmチャリ通勤してるとか。もちろんロードや電動じゃなく、20年くらい乗ってそうな錆びたママチャリだよ。

それって労働基準法違反してない?みたいなことも受け入れてて。仕事のための費用自己負担したり、持ち帰りで仕事してたり。

管理職年収だったらわかるよ?でも額面月給10万円を切っているパート待遇でそんなプライベート浸食を求めるのはおかしいでしょ…。

加えて家事育児も全部こなしてきたのが彼女たち。これが「自民党の認める、正しい(わきまえている)日本人女性」なのかなと思うとうんざりする。

2020-10-09

千万ぶち込んだ親族ガチで恨まれてた話 (追記:2020-10-16)

記 (2020-10-16):文数制限を超えたのでお返事わけました ↓
 L 続編増田【お返事1】数千万ぶち込んだ親族ガチで恨まれてた話 (文字数制限を超えたのでわけました) anond:20201013203033
 L 続編増田【お返事2】数千万ぶち込んだ親族ガチで恨まれてた話 (文字数制限を超えたのでわけました) anond:20201016133908

 

anond:20200630011932

 

我が家の両親はどうかしていた が、高校入学までは、なんとなく生活は回っていた。

電気ガスが止まる度に、母が父に鬼電してお金を用意させ、当日中に使えるようになっていた。

 

しかし、高校に入ってから、ついに水道が止まる。

電気ガスが止まるのはよくあることだったが水が止まるのは初めてのことだった。

というか水道が止まるとなにも出来ないので、直ぐに振り込んで再開させるよう母にお金を渡した。

 

これがいけなかった。

 

高校入学と同時に週5でバイトを始めてから生活費としてなぜか毎月5000円を徴収されていたが、それ以外はお金要求されたことは無かった。

高校入学費・制服代は両親が払ったし、止まってから騒いで払うというのは理解しがたかったが、光熱費も両親が払っていた。

 

しかし、自分水道代を払って以降は、簡単お金要求してくるようになった。

しかも母は全然すまなそうな様子は見せず『だってガス止まっちゃうよ?』とかほざくのである

一度、知るかよと突き放したところ、本当にガスを止めた。おかげで水風呂に入るハメになった。

 

どうにもならないので諦め、毎月徴収されている謎の5000円とは別に光熱費自分が受け持つ事にした。

さらには高校学費自分で払うようになる。担任から受け取った「納入のお願い」を渡しても支払わないのである

これについてはバツの悪そうな顔だけはしていたのでギリギリまで放っておいた。

そもそも交通費節約して(もちろん両親が交通費なんか出さない)チャリ通をし、

昼代を使わず(もちろん母が朝食やお弁当を作るとかない。自分も面倒で作らず。友人が弁当を恵んでくれた)、

進学のために貯めているお金である。出さないで済むなら済ませたかった。

 

ある時、いったいどこにお金が消えているからこの有様なんだ?と母を問いただしたことがある。

難病家族がいるわけでもなく、事業に失敗したわけでもなく、父はサラリーマンである

カードなどの各種請求から父が高額所得者であることは知っていた。そもそも住んでいる家の家賃がそこそこする。

すると母は悪びれた様子もなく『父が飲み歩いている』と言った。

『なぜ子どもお金たかっておきながら父の勝手は許しているのか?』と母を責めたところ『仕事必要だと言われたら仕方がない』と言う。

カード請求書明細書を突きつけて、『シアターセットやソファー仕事必要なのか?バカなのでは?』と更に詰めたところ、

勝手に父の請求書を見るな!!と母に逆ギレられた。

『母さんが父さんの行動を常に監視していないといけないのか?』とか言うのでこれは普通に『そうだよ?』と答えた。こいつ頭大丈夫か?と思った。

一度、勝手に父の携帯をいじって外にいる父の女のメールを母に見せたことがあるが、1日父と大喧嘩して終わり。離婚するわけでも父が浪費を止めるわけでもなく。

以降、バカしかったので放っておいた。

ただし、お金を渡す時は毎回必ず、『父の勝手は許すのに子どもにはお金たかれるんだね』と母に伝えた。

 

お気軽ATM化していたが進学に必要な額は順調に貯まっていた。

奨学金は父が高額所得者のため受けることが出来なかったが想定内だった。

腹がたったのは受けられないで終わりにした母だった。

いつでも『わたしがなんとかする』とか言うくせにこれはなんとかしようと言わないのか?

まぁ、自分貯金から入学金と1年目の費用が賄えればとりあえずはいいか・・・と内心は思いつつも、

『進学したいんだけど、お父さんとお母さんは進学費用をなんとかしてくれるんだよね?』自分から母と父に尋ねた。

二人とも『なんとかする』というのでギリギリまで放っておくことにした。

 

が、父母の両親に立続いて不幸が発生した。

父の両親と妹の援助には自分は1円も出していないのだが(お金要求されなかった)、

母方の実家に帰るための家族4人分の往復飛行機代を要求された。

いつもは母が悪びれる様子もなく自分お金要求していたのだが、この時は父が『貸して欲しい』と言った。

『どうやって貯めたお金か、何のために貯めたお金かわかっているよね?』と父に言ったところ『必ず返す』と答えた。

もちろん返されることはなく、その後も更に弟の高校の進学費用を出して欲しいと言われた。

 

仏のような心は持っておらず、こいつら全員氏ねと思っていたので、

弟の高校の進学費用を出すのを断り、この時点で家を出ればよかったのだが、何故か出なかった。

(弟は何故か父親が嫌いではない様子だった。父に刺々しくあたるというか「家に帰ってくるな」という自分に対して、

「お父さんが可哀想」とかすっとぼけたこと言うヤツだったので、イラッとして蹴り飛ばしたこともあった)

 

 

仕事はアホみたいに残業したので、高校卒業したばかりにしてはかなり給与は貰っていた。

若者若いだけで可愛がられるので社長の覚えがよく、キンコーズ的な社内部門と社内インフラを任せて貰っていて、

金銭的には全然余裕はあったのだが、家を出なかった。

 

働き始めて1年も立たないうちに両親は家賃も払わなくなり、直ぐ近くに住んでいる大家と非常に気まずい感じになった。

これには自分が耐えられなかったので、自分から家賃を払うと申し出た。

家賃自分が払うではなく、家を出ればよかったのだが、なぜか出なかった。

 

なんとなく毎月20万入れるのが当たり前になり、父が失業したり、弟が自殺未遂したり したが家を出なかった。

もちろん、仏のような心は持っていないので、何かにつけて、『誰がお金を出していると思っているんだ?』とは言った。

特に父にはキツくあたった。クズクズに相応しい扱いをすべきだと思っていたし、失業してからずっと家にいたのだが、どの面下げて家にいると思ったからだ。

 

あっ、『これは流石にダメですわ』となったのは、毎月20万も払っているのに、父の失業保険は満額出ているのに、母もパートで働いているのに、家賃を滞納した時。

父は女遊びもパチスロもしていない様子だったが、とにかくどこかにお金が消えた。父・母に問いただすも、父方の両親妹への援助がどうのとゴニョゴニョと。

 

その日のうちに、不動産屋を回り、駅前に引っ越すべきマンションを見つける。

 

数年前から働ける状態になかった弟に『引っ越すぞ』と声を掛けると『二人っきりで住むのは無理』と即座に断られる。草

しか家族全員に、もちろん弟にもキツく当たっていた自覚はあったので、仕方なく母にも声を掛ける。すると、母は父を見捨てられないと言い出す。

『お父さんが稼いでいるときはい暮らしをさせてもらったじゃない』という。『いい暮らしとは????』と母を問いただすと、

『たとえばこの家とか』などとほざく。いやだいぶ前から自分家賃を払っているんですけど??????

 

しかし、押し問答をしても仕方がない。

弟は自分と二人っきりでは暮らしたくない、母は父を見捨てられない、であれば父も連れて行くしかない。

 

引っ越し費用は、敷金礼金家具家電含めて自分が全額出す。

ただし、賃借名義は自分にしないし、家賃も払わないし、今後は20万円も入れない。というか1円も入れない。

一度でも何かを滞納したら即追い出す、この条件でよければお父さんも連れて行ってもいいよ』と伝えた。

 

父と母はこの条件を飲み、父は仕事を見つけ、手狭な3DKのマンション引っ越した。

が、何にお金を使っているから足りないのか知らないが、すぐに家賃を滞納した。

しかも、債権回収業者日中に頻繁に来るようになり精神病を患っている弟が過呼吸を起こした。

 

ゲームセットである

 

弟に『引っ越すぞ』と伝えるがやはり即答で断られる。今回は草は生えなかった。

お前(弟)の高校費用病院費用も全て自分が払ったっていうのにマジでなんなんだ???勝手氏ねよと思った。

思っただけではなく、たぶん、弟に余計なことも言ったと思う。記憶には無いが自分性格的に。

 

次に母にこう伝えた。『お父さんか自分か選んで』

これでもし父を選ぶようであれば二度と母と弟には会わないつもりでいた。母は今回はさすがに自分を選んだ。母はパート経済力がないからね。

 

父には何も告げず、家具家電は父に全て残して、ある日突然引っ越した。

気軽に追っかけて来られられても困るので違う区に引っ越した。

 

貯金はすべて払い出したが、とても晴れやかで軽やかな気分だった。これから健全平穏に暮らせるなぁと思ったら、

今度は母の弟が住み着くようになった。

叔父(母の弟)もメンタルを患っており、くわえて身体も弱く、さらには身丈に合わない契約もぽんぽんし、職場でもトラブルを起こし、本当に金が掛かる人だった。

母が弟を見捨てられないと言うのと、叔父に悪気がなさそうなのは見ていてわかったので、根気よく叔父に付き合ったが、まさか叔父からから家を出て行った。

広い家でも無いし、まぁいいか・・・と放っておいたら、今度は病院から定期的に入院したと連絡が来るようになった。もちろん病院入院費を払うのは自分である

叔父名義で家を借りていればその家を引き払うための費用を払うのも自分

 

ちなみに母と叔父は非常にアレだが、母の姉(伯母)たちは成功していて裕福だ。

『 “わたしに任せろ” なんて見栄を張らず、成功している母の姉(伯母)にお金を出して貰いなよ』と再三言ったが、

『姉たちには姉たちの家庭があるので出せとは言えない』とか平然とほざくのである。本当にコイツ・・・である

『まず、お母さんは叔父さんに掛かる費用自分で払ってないよね?』

パートから払ってる』

『いや払ってないよね?お母さんの収入だと家賃払って終わりなんだけど?しかもそれすら払ってないよね。

 なぜかお父さんの代わりにしてた借金を払っていて、放棄しろって言ってもしないし。何考えてんの?』

こう詰めると母が泣き出して終わりであるお金のことで言い返せないと思って』と。

 

この頃の自分は本気で母のおつむは大丈夫なんだろうか?と思っていた。

 

埒外があかないので、勝手に伯母に連絡し、叔父入院費等を送るように要求した。伯母たちにはっきりこう伝えた。

『なぜ自分叔父の面倒を見ないといけないのかわからないが、母の弟なので今まで出来る限りのことをした。

 でもも限界だ。経済的に余裕のある貴女達が叔父の面倒を見て欲しい』

 

母はなぜか激おこだった。1週間くらい口を聞こうとしなかったが、アホらしいので放っておいた。

ていうか出来るなら伯母たちの住む地域叔父を引き取って欲しいくらいなんだが???

 

叔父に関する細々としたお金は出るが、叔父に関するまとまったお金は裕福な伯母たちが出してくれるようになった。

 

これでようやく、今度こそ、平和に暮らせると思ったら、今度はお世話になった人の夫がガンになりとか言い出した。

この時出したお金自体は大したことなかったが、母が自分カードの支払いをせずカードを止めた。

その理由まさかの置いてきた父への援助。支払いをすべて母に任せていたのだが渡したお金本来用途以外に使ったのだ。

ていうかあのパーフェクト・クズを援助しないといけないような理由って何かある???

 

叔父がいなくなったと思ったら、また父、そして赤の他人。母はどうにもならないのだと悟った。

 

そのあともゴタゴタしたが、ある日、何もかもがバカらしくなり、会社に行く代わりに、

キャリーケースに、スーツ1着、下着私服3着、PCだけを入れて、母と弟と住む家から出ていくことにした。

なにかあった時に気軽に来られても困るので、訪問飛行機のいる距離があるところへ移住することにした。

家を出る前に、弟に『一緒に来るか?』と尋ねたが、『行かない』と食い気味に断られた。草

 

いきなり自分がいなくなったら何もできなくなるかも知れないと思って自分の名義のカード2枚を弟に渡した。

『ただし、職も決めずに出て行くので、このカード代は自分は支払えない。考えて使ってね』と。

 

 

そして、タイトル

移住先の地方都市で、家を借りるために適当バイトを決め、とりあえず家を借り、しばらくは海を眺めながらのらりくらり過ごした。

 

たぶん、母たちは自分名義のカードを枠いっぱい使って支払え無くなっているんだろうなと思ったが、信用情報は1年を過ぎても正常なままである

どうやって支払ってるんだろう?母の収入だと家賃払って終わりのはずだが?と思っていたところに、母から連絡が来る。

生活保護を受けるので支援できないとサインして欲しいのだという。

 

???????????????である

 

『えっ、借金とかあると生活保護は受けられないんじゃなかったっけ???

自己破産した』

『あれだけ放棄しろって言っても拒否したのに自分がいなくなったら簡単にしたの?』

『あーーーーーもーーーーうるさい!!!!面倒くさい!!!!ただサインをして欲しいだけなのにアンタはなんなの!!!!』

『それはこっちのセリフなんだけど?』

 

『本当にアンタにはウンザリしてたんだから!!!言い返せないと思って言いたい放題言って!!!

 アンタがいるせいでずっと家がピリピリしてたんだから!!!○○(弟の名前)もアンタがいなくなってせいせいしてるし、

 元気になったんだから!!!

 

以上、数千万ぶち込んだ親族ガチで恨まれてた話でした。

 

パーフェクト・クズの父は、今どこで何をしているか知らない。東京に住んでる頃から父は自分からの連絡は取らない。

しかし弟はたまに父に会ってお小遣いを貰うようだ。(ちなみに弟も父の現在の住居を知らないらしい。なんなの?)

から電話はたまに父は取るようだ。一方的に母がキーキー言うだけだがそれでもたまに電話を取るらしい。

 

なお、叔父最近結婚したのだが、その話を直接叔父からではなく、叔父に1円も支援していない従兄弟から聞いた。草生える

もっとも、叔父に関しては、自分以上に支援した伯母たちも、母から聞くまで知らなかったようだが。

 

とんでもない大金をブチ込んで良い事なしでした、ちゃんちゃん

 

▼ 要約

 

増田を書いた理由

 

▼ こういうのって意外とよくあるの?

5chとか増田みてると意外とよくあるみたいね。口にしないだけ

 

例)

 

 2020-10-10 

anond:20201009105459

デジハリ書いた者だが、お互い高い勉強代だったな……。

頑張っていこうぜ。それしかできないしな。

 

 

○ 誰向けに書いた 増田 なの? → 似たようなサイバー向けです

近しい環境の人のサバイバー向けに何か得るものがあればと思って、関連増田含めて、ダラダラ長文を書いてみたよ。

 

 

枠的には イネイブラー なり スーパーノーマル なりにブチ込んで終わりの話で、要約の通り 6行 で終わる内容なんだけどね。

 

 家の恥だから現実じゃ誰も口にしないだけで、結構同じ環境の人がその辺にいるよ。サバイバー貴方だけじゃ無いよ。

 

そして、同じ失敗はしないでね。あと現在進行系で戦闘力高めの毒家族に苦しめられている弟のような人、ごめんよ🙏

精神健康を害する前に、毒家族から逃げてくれ。

 

 

○ 似たようなサイバーにオスメの本

逆境に生きる子たち――トラウマ回復心理学

https://www.amazon.co.jp/%E9%80%86%E5%A2%83%E3%81%AB%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%82%8B%E5%AD%90%E3%81%9F%E3%81%A1%E2%80%95%E2%80%95%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%9E%E3%81%A8%E5%9B%9E%E5%BE%A9%E3%81%AE%E5%BF%83%E7%90%86%E5%AD%A6-%E3%83%A1%E3%82%B0-%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%A4/dp/4152097914

 

○ [原書] Supernormal: Childhood Adversity and the Untold Story of Resilience

https://www.amazon.co.jp/Supernormal-Untold-Story-Adversity-Resilience/dp/1455559156

 

 

○ 内容

心理学者メグ・ジェイ博士の『レジリエンス』に関する画期的な新しい研究です。

子供時代のさまざまなトラウマを克服し、人並み以上の社会的成功を収める多様な人々のグループ物語を語っています

これらは、子供のように平均以上の苦難を背負っている "スーパーノーマル"であり、期待に反し、大人として平均以上の成功を達成しています

しかし、どのようにして、どのような犠牲を払って?それは、

 

 

メグ・ジェイ博士私たちに紹介する人々は、すべてのサバイバー(生存者)です。

彼女は、サバイバーが幼少期のトラウマを克服し成功した大人生活を構築を可能にした共通点を探ります

そして彼女質問をする。そのような力を開発するために何を犠牲にしたのか?

そして、生き残り、さらには生き抜いた後、どのようにして信頼され、充実した人生を築くことができるのか?

メグ・ジェイ博士は、個人的科学的、文化的知識と共に "スーパーノーマル" の経験に声を与え、より良い自分自身を理解し、

彼らの強みを最大限に活用するためのツール提供し、それらを理解しようとする人のために彼らの世界への窓を与えます。<

2020-09-13

傘を失くしすぎる

この前セブンイレブンで購入した高級傘(1100円)を二ヶ月も経たんうちに紛失した!と思って落ち込んでたんだがよく考えたら近所のスーパーに忘れてたな、と思って、雨模様の日に安いビニール傘持ってそのスーパーまで行ってさ、無事発見、安堵、そんで傘置きの同じグリッドに高級傘とビニール傘を同居させてさ、帰りに二本ともひっつかんでミッションコンプリートや!と思ったはずなんだけど、今見ると二本とも家にないのはなぜか?二本とも置いてきたからだ、どうして置いてきたのか?俺が致命的に鳥頭バカで愚かで無能クズゴミカスから

いやいや、俺はそんなにクズではないですよ、悪いのは傘のほうだ、というか、俺と傘の相性が悪いんです

考えてみると昔っからそうだ、小学校6年で使った傘は12本?15本?田舎のガキだから出かける先は学校だけしかないんで傘をなくすことはなかった(翌日に回収できるから)んだけど、そのかわり年に二本は壊す勢いでバンバン壊してた

杖みたいについて歩いてたら骨組みが崩壊した、側溝にうっかり突き込んで取り出せなくなった、風にあおられて回復不可能な形で裏返った……とにかくまあ壊しまくっていた

中学チャリ通学だったから傘を壊す機会は減ったんだが、その代わりなのかなんなのか少し傘を手にすると瞬間的に壊れる、なかば異能めいた力を持ってたんだよな

家庭訪問に来た先生を外で迎えるために折り畳み傘を持って外に出て、手持ち無沙汰でちょっと傘の持ち手のストラップを持って振り回したら、持ち手が壊れて本体がヤブに飛んでいった

友達から傘を借りてちょっと近くの案内所で道を訪ね、友達のところに戻ろうと思ったらいつのまにか持ち手が強力な力を加えたみたいにひしゃげてた時はマジで理由が分からなすぎて恐怖を覚えたな、5分そこらで気付かないうちに傘がひしゃげることあるか?

そして都会に出てきて傘を持ち歩くようになったら、今度は壊れない代わりになくなりつづけるとき

1週間に3本傘を買ったことすらある

あんまり

傘に呪われてるのか?俺

つか、壊れると傘と俺の双方にダメージがあるから痛み分けの感じがあるんだが、なくすと逃げられた感じがして不快なんですよね

破壊するべきなのか?傘をなくすと直感した段階で、逃げられる前に破壊すればいいのか

いやいやそんなバカな、だいたいなくすとわかってるんならなくさないんだよな

傘はバカ 無能が考えた最低の道具

原始時代レガシー ゴミ

産業の敗北 人類史の恥

2020-06-23

anond:20200623213721

横田だけど、田舎dkで片道8kmチャリ通してて一番遠いチャリ組だったから30km自転車普通と言えるのはすごいな

晴れてりゃもっと長くても気にせんけど毎日通学すると体調悪かったり天気がひどかったりで毎日その距離はつらいなあ

2020-06-19

ワイは会社の近くに住んどるおかげでチャリ通勤しとる

電車で来よる人たちは交通費手当てが出てるのに

チャリ通のワイには手当てが一切ない

差別やろこんなん

2020-06-01

年収700万子供部屋おじさんのリアルを教えよう

https://anond.hatelabo.jp/20200530164357

便乗企画

そこの学生諸君!不動産業界に煽られて就職したら家を出ようとか思ってないか

今日世間の白い目にも滅気ず子供部屋に住んでいるおじさんのリアルを教えよう。

まず自分スペック

33歳男、独身都内在住、年収700万ほど。正直言うと年収把握してなかったんだけど、先日東マラソンチャリティ枠還付のために源泉徴収見たらギリ700超えてた。

住民税の通知書と源泉徴収に書かれてる総額って違うんだね。知らんかったわ。

なお頑張って家賃を払っている皆さんを煽るために書いた記事かと言うとだいたいそんな感じで、こどおじの内面リアルを伝えるために書いた記事である

家賃について

Zero.It's very important, so I'll say it again: Zero.

実家からな。管理費は3.5。

23区内にある4LDKのマンション。築17年だったかな。最近最初の大規模改修をやった。

諸般の事情で今この家には私一人しか住んでいない。なので無駄に広い。掃除面倒。

故に子供部屋でばかり生活している。実質1LDK。

最寄りの駅まで700mほどあるのが唯一の欠点かな。

ももともと通勤チャリ通だったし、最近輪をかけて使わないので駅までの道歩くと新しい店できててびっくりしたりする。


普段食事について

9割自炊

スーパーで買う時はOKイオンスタイル

弁当はあまり買わない。複雑なものは作らないが料理するのは好きだ。

チーズが好きなのでこれはよく海外通販で取り寄せている。

食事は家に家族が揃っていた頃からわりと担当していたが、その頃と比べると品数が減った。

自分の分だけと思うと栄養バランスと総カロリーしか考えなくなるね。餌だ。

普段の贅沢品はコーヒー。全国の好きな店から豆を切らさないよう買ってる。

飲み会などの食事について

職場飲み会嫌い。職場飲み会自分歓送迎会以外は全スルーを決め込んで5年位になる。

家族とか、気心の知れた友人とうまい飯食いにくのは好き。

だいたい2ヶ月に1度くらいは一人頭1-3万円くらいの食事をしている。

ミシュランガイドとか白本を眺めながら次行く店を考えるのが好き。

家族と行くときは半分ぐらいは私のおごり。こどおじだからな。

一人でいく贅沢として、ミシュランに載ったラーメン屋は北は利尻島から南は九州まで全国ほぼコンプリートした。他の旅行のついでではあるけど、旅費込みだとなかなかの贅沢だ。

美味しいお酒は好きだけどなきゃないで平気。何かの機会がなければ、家でアルコール飲むことはない。

ウィスキーボトルは幾つか家にあるけどなくなるまで1年以上かかることもある。

頻度は少ないが、酒には結構お金使ってると思う。

仮想通貨ちょっと儲けたときはその年のDRC銘柄飲み比べ企画に参加した。20万円弱くらいだったかな。

その時は流石に酔いが冷めてから何やってんだろ俺、と思った。

コンビニスーパーでの買い物

食事についてにも書いたけどイオンOK

イオンに行くと会計が2割くらい高くなるね。なので多少贅沢したい気分のときに行く。

特にイオンチーズコーナーを覗いて新商品があると1000円くらいしても躊躇なく買う。意識してやってる贅沢。

ファッション

学生時代にだいたい買ったので近年はあまり買ってない。

休日はだいたい体動かしに外出するので、いわゆる街着の消耗速度がガタ落ち、まだ着れている。体型変わってないし。

下着類とか消耗品アンダーアーマーとか。ユニクロ下着はすぐへたると悟ったので買わない。

部屋着は使い切れないほどもらえるマラソンの参加Tシャツ。だいぶ減らしたんだけど、まだ20枚以上ある。

スーツ就職時に気合い入れて仕立てたもののここ数年は年に10回ぐらいしか着てないな

女性関係について

大学院進学前後にフラレて以来彼女なし。

こどおじに女なんぞ寄ってくるわけがない。

女性との食事は全額出してもいいと思ってるけど機会がねえよ機会が。

車について

親父の置いていった車がある。近場への旅行なんかにはよく使わせてもらっている。

駐車場台は月1000円。

タクシーは使わない。というか、都内の移動は9割方ロードバイク

1000万の人のテンプレに沿って書いたら何が言いたいのかわからない感じになってしまった。

こどおじなので広がりがねーんだよ広がりが。

こどおじやってると、年収がどうこうと言うより、お金のもの無頓着になると言いたかったのかもしれない。


結論

俺と同じ沼に落ちろ!

2020-05-08

anond:20200508181016

提案ありがとう

地元企業に勤めてるから自分チャリ通(狭い範囲しか移動しない)、ほかの大多数はバスか車通勤

どこの道で事故があったとか、どこのルートが混んでるとかそういう話が始まると

何も分からんので微笑みながら背景になるしかない

地雷踏み抜きキャラで行くか…

2019-12-16

顔の話

私は幼い頃から自分は可愛くないんだと本気で思っていた。今考えてみれば父親外国人のような顔立ちをしており、それに似ていた私は割と良い方ではあったのかもしれない。ただ、当時私はそれが嫌だった。

中途半端な奥二重、思春期特有の汚い肌。しょーもないベタさだけど好きだった男の子そばかすのことをつっこまれて本当に嫌になっていた。こんな私なんて、と自己肯定感はどんどん低くなって、生身の人間交流するのが怖くなってアニメや男アイドル現実逃避してのめり込んでた。男性アイドルに夢を見まくっていたから、身近の男の子たちが苦手で、気軽に男の子お話できる女の子たちが羨ましくて妬ましかった。それが小学生から中学生までの話。

中学3年後半あたりからある程度お化粧とかおしゃれに興味は持つようになった。アイドルアニメは相変わらず好きなまま。高校生になってちゃん美容室に行って髪の毛をボブにして、アイプチで二重にしてみたり、部活チャリ通学で少し痩せたりもした。そうしてみるとある程度自分にもほんの少し自信がついた。相変わらず生身の男と話すことは怖かったし、こんな私なんての気持ちは消えなかった。それでも大変ありがたいことに2人の男の子告白してもらえた。ハーフみたいで可愛い。そう言って貰えることが増えて、昔コンプレックスだったものが少しずつ自分の良さであることに気づき始めていた。時代の流れもあったのかもしれない。とはいえそれでも拗れた性格は治らず、アニメ男性アイドルに全てを捧げていた。そして大学生になって、YouTubeなどの動画メイクや綺麗になれる方法が具体的に知ることができるようになった時代とかさなって、私もそれなりに綺麗になれるようになった。

小顔マッサージの仕方、美肌になる方法眉毛の書き方、髪の巻き方、自然デカ目にする方法

何もかもを試してやった。

そうすると自分の顔まあいけるんじゃね?そう考えるようになって、男性とも積極的お話するようになった。相変わらずアニメ男性アイドルは好きだったけど。でもアニメが好きな男性を好きになったか共通話題があってそれもまた功を奏していた。気がする。他には授業中に私を見かけて話しかけてくれた後輩の子や、友達の紹介などでも出会いがあったし、合コンでは自分の顔のクオリティはある程度自分及第点クリアしていたから、顔を気にせずお話積極的になれたし、コミュニケーションも取れていたから何人か声をかけられることもあった。それでも私の拗れた性格は本当にしつこくて、付き合えたところで私なんかよりもっといい人、可愛い人たくさんいるだろと本気で思っていた。結局上手くいかない、セフレまりばかりだった。私の美意識を上げてくれていたのは大学での出会いの為というよりは、アイドル認知ファンサをもらいたいがためのものだった。大学生時間だけは無駄にあったから、毎日1時間ウォーキングストレッチマッサージヨガ筋トレ、全身浴で体を温める、野菜中心の生活、何もかもに気を使っていた。

運動効果もあってか、気持ちも前向きになったし、生理の諸々の辛さもなかった。同時にメイク技術は上がっていく。それもこれもネット情報が気軽に手元ですぐ見れる環境もあってこそでもあると思う。この時代に生まれてよかったなと今でも感じてる。

大学生の時は自分磨きの方法模索して(勉強ちゃんとしてたけど)、外見における自分コンプレックスの解消方法を見つけることが出来て、気持ちポジティブ、もはや武器になるとすら思っていた。社会人になってその武器をフル活用して、職場の人やお客様にも綺麗な人と認知されたり、連絡先も聞かれたりして、本当に嬉しくて完全に自信になった。

同期に誘われた合コンで念願の彼氏もできた。趣味嗜好の理解があって、優しい人。今は結婚も考えていて、順風満帆とは言えないけど、楽しい毎日である

自分の見た目をとても気にしていた過去は、究極に自信がなくて、凄まじいほどに自己肯定感が低かった。

こんな私なんて相手にされないから、恋愛なんて馬鹿げてる、と外見にかけるお金アニメ男性アイドルに費やして現実逃避しまくってた。

そこから少しずつ自分のできることを懸命にしていったら、自分の顔が好きになって、余裕と自信が生まれて、コミュニケーション積極的になれるようになった。コミュニケーションが取れるようになると、自分はこんなことも出来たんだって気づいてもっともっと自信がもてて、自分が好きになれる。そうなると、そんな自分のことを大切にしたいと思ってくれる人と出会えて、承認欲求がとっても満たされる。

あの頃そばかすで泣いていた自分大丈夫だよと言ってあげたい。

そばかすハーフみたいで可愛い

そう本気で言ってくれる人に出会うために努力した自分をほめたたえてあげたい。

正直まだ気になるところはあって整形もする予定。ある種醜形恐怖症な感じもあるけど、現状である程度欲求は満たされてるから、何事もやりすぎないように気をつけないとなとは思う。




顔での差別が顕著だなと感じた余談。

職場の窓口に小さい女の子が親御さんと一緒に別々で来た時。1人目が橋本環奈ちゃんばりの可愛さの子で、もう1人が普通の子だった。環奈様似に対して私たちテンションが上がって、窓口に置いてある飴を積極的にあげようとしたり、かわいいね〜と声をかけたりもした。その後に来たもう一人の子に対しては、親御さんの手続きが終わるまで特に何もしなかった。その一連の流れがあって、そのあと職場人達対応差に思わず苦笑してしまった。

逆の立場を私も経験したことがあって、お祭り屋台に行った際に、前に並んでいたお姉さんに対しておっちゃんが「綺麗だからもう一本あげるね!」と言っていて、その次の私には無表情無言で対価に見あった分だけを正しくいただきました。悔しいと思う反面まあまあ切ない思いをしてややトラウマにもなったので、気をつけないといけないなと思った…

2019-10-05

anond:20191004191146

10時出社5時退社、チャリ通勤のワイ、高みの見物。

2019-06-07

女の問題提起が男の共感を得られない理由

お兄さんお兄さん、今度はKuTooですって。

まあ、体裁を気にする芸能人実業家、(自称)フェミ男性しか支持を表明しないだろうね。

女の問題提起殆ど場合、男の共感を得られない。

からすると、女は勝手策定したマイルール自縄自縛になっているように見えるのだ。

洗濯物の裏返しをやってあげてる精神で~」とか言うのがバズってたが、まさにあれだね。

大半の男は洗濯物が裏返ってようが、多少シワが寄ってようがほぼ気にしてない。

まりにも気になれば自分アイロンかけるし、衣服へのこだわりが強いなら自分洗濯するまでだ。

皿洗いの皿に多少油が残ってようが大して気にもならねえよ。ガーガーうるさいんだよ。

女の化粧だってヒールだって服装だって別に就業規則強制されてるわけじゃないっしょ。

「他の人は皆やってるし、自分だけやらないのは・・・」っていう、よくわからないマイルールでしょ。

常日頃言ってるじゃん。「ファッション社会や男の為にやってるんじゃない!」ってさ。だったら即座に止めることもできるだろ。

お局様やオッさんが「みっともない!」なんて言ってきても無視すりゃええのよ。そいつらのがお先短いんだし。

評定でも下げてこようもんなら、そんな封建的会社なんかやめちまえって話だよ。

もし規則や慣習が不満なら直訴して様子見るなり、転職するなりすればいいだけ。

そこまで大ごとにしたくなければ、規則や慣習の範囲内で自分なりに妥協点を考え出す。

かくいう俺もスーツが大嫌いだ。なにより動きにくいし、暑がり・汗っかきだからだ。

から仕事スーツ必要局面が生まれ場合はダーク系のジャケットと濃い色のチノパン

サイズ若干緩めのシャツ(人と会うときだけネクタイ着用)、革靴風のスニーカー、という服装にする。

一見それらしく見えるけど、一番楽な服装だ。冠婚葬祭以外ならわりとどうにでもなる。

「もうちょっと堅めの服装しろ」と言われたこともあったが、適当お茶濁して無視したよ。

靴ぐらい自分で好きなもの選んで履けよ。靴がペッタンコだろうが、誰も気にしてねえよ。自意識過剰すぎ。

緩い規則破りも延々続けてりゃ、周囲も慣れてそのうちその人のキャラの一部になるよ。髪型とかさ。

痴漢問題だってそうだ、通学通勤時間ずらすなり、そもそも電車を使わないなど回避方法はいくらでもある。

だって満員電車が嫌な奴は早起きしたり、チャリ通勤したり、地方移住・職住近接したり、リモートワークに切り替えたりしてるよ。

被害者の方が労力は払うのはおかしい!」はいはい、ごもっとも。じゃあ、鍵を買う金を惜しんで泥棒に入られれば良いさ。

育児問題も同様、ワンオペキツイ?一旦地元に帰って親頼れよ。ベビーカー満員電車郊外引っ越して車使え。

食事作りが大変?全部出来合いでも死なねえよ。旦那が非協力的?その旦那を選んだのはお前だ。ケツ引っ叩いてでもやらせろ。

脳味噌が付いてりゃ、不本意状態を変える方法なんて、少し考えればいくらでも思いつくはず。

大人ならいかに楽するか、ストレスを抱えずに生きていけるか、常に考えとけってんだよ。

不満をバケツいっぱいに溜め込んで、溢れてから大騒ぎする女が多すぎる。溢れる前に頭使えアタマ

みんな自分で頭使ったり、それ相応のコストや労力を払って生きやすいように工夫してんだよ。

「困った事態に陥ったら、ぎゃんぎゃん泣き喚けばそのうち誰かがやってくれるだろう」という子供のような考えを捨てろ。

自分のケツくらい自分で拭け。ケツが拭けなくなったら代わりに拭いてくれるような器量を持つパートナーや友人を見つけろ。

そのかわりそいつらが自力でケツが拭けなくなったら、代わりに拭いてやる手間を惜しむなよ。互助精神を忘れるな。

大学入試で弾かれてた、みたいな明らかな差別じゃなければ男はあまり共感できませんよ、って話。

追記

仕事上でで男から「女なんだから化粧くらいしろよ」と言われたことがあります

会社の人には「肌に合う化粧品が無く、酷くなるために化粧できません」って伝えてるのに。

あんたは一切悪くない。その上司理不尽なだけ。

男女問わず職場の信頼できる奴に相談しろ

信頼できる奴が一切いない、もしくはその相談内容を聞いても

味方してくれる奴がいないようなら転職視野に入れるべき。

今は人手不足から行動さえすればなんとかなる。自分をもうちょい大切にしろ

そんなクソな職場精神を磨耗し、人生を浪費するな。以上。

追記

女1「あたしだけ我慢してヒール履いてるのに、なんであいつは履いてこないんだよ」

うそう。

女が抗議行動を起こす時のモチベーションって自分が「ズルい」って感じたかどうかなんだよな。

「男だけズルい!」「若くて可愛い娘だけズルい!」「外国在住者だけズルい!」って妬みメンタリティスタート

からそもそも「その抗議をおこなうことで何を獲得したいのか。」が、何だかよう分からんことになる。

「私も同じように扱え!」「あいつだけ抜け駆けできないように、私と同じ位置まで引き摺り下ろしてくれ!」ってとこだ。

その一見したところズルそうに見える奴らだって、なんらかのコストを払ってるからその利益を得ているんだって

女のトラブルは八割方これだから相談受ける気も失せるってものよ。なんでも他人比較して妬むようなその性根を改めろ。

あと主語がでかいとか一括りにするな、とかうるせえし、知らんから。俺がエビデンスから

是非とも、男を全員性犯罪者呼ばわりしてる同胞たちにも言ってやってくれな。

目が滑る?やかましいわ。この程度の長文読めないくせに、覚えたての言い回し使いたいのだけは分かった。

感情的なのは意図的じゃ、ウスラトンカチが。

2019-02-18

高三の頃クラス一のギャル

と二回だけ会話したことを突然思い出した。

私は陰キャブスのど底辺クラス内の関わりはゼロ、その二回以外で話した記憶は無い。

1回目は遠足かなんかのバス内で、何が起こったか隣の席になったのがきっかけだった。私はその時死を確信したが、その子は実はとてもいい子で私にも差別せず沢山会話をしてくれた。

時間くらい乗っていたので混み入った話、恋愛とか自分価値観とかそういう話もめっちゃした。その子は見た目は派手で言動も目立つのにとても繊細で恋愛下手で、でも誰にも譲れないこだわりがあるという漫画に出てくる子みたいだった。

バス内で会話して終わり、それ以降ほんとうに何もなく、2回目の会話は卒業式前日、学校からの帰路で会ったことがきっかけだった。

私とその子の家は近くないけど、私が別ルートで帰ったので偶然出会った。(お互いチャリ通)

大学入学前にトイックを受けたいという話になり、お互いの塾の先生に良い参考書を教えてもらおうと別の塾を一緒にはしごした。その後本を買いに本屋を同じくはしごしまくり、隣の駅まで行ってようやく一冊見つけた。じゃんけんで私が負けてその子が買うことになったが、優しいその子は購入直前まで私に買わせようとしていた。その後一緒にクレープを食べて解散した。

卒業式特にさなかった気がするしその後のやりとりもここ数年一切ない。

ただ私は、バスで会話したあの時から、あの子に妙な繋がりを感じていた。だから帰宅途中に会った時もそのまま一緒に帰ることにしたんだと思う。てきとーに挨拶すればかわせたはずなのに、一緒にいることを選んだ。彼女は優しいから私に合わせてくれたんだろうけど、そうではなくて、彼女も同じように私との繋がりを感じていたとしたら、それはちょっと嬉しいかもしれない。

一応事実なはずだけど書いてて自分でも疑問が残る

2019-02-05

anond:20190205170758

> ああ、金ないアピールなんてしてないよ。単純に増田が、大元増田の言ってる意味全然分かってない?お子さんいない?増田受験とかしてない系?って思ったんだけど。

以下、取り消したい発言があるなら取り消していいぞ?


ワイ:文京区荒川区台東区から徒歩やで

キミ:だからなんやねん。

キミ:区立の学校な、学区内に住んでいる子供しか通えないんだよ

ワイ:国立とか私立とかあるんでそれらの区に(当然、荒川区台東区から通える)


例:お茶の水女子大学附属中学校筑波大学附属中学校東京学芸大学附属竹早中学校桜蔭中学校駒込中学


私立国立へ通うため満員電車に乗ってる子どもとか本当哀れ


つか無理して住むと公立しか選択肢ないのな

団地や中堅所得住宅に入ればいいのに

キミ:あのね、国立私立の方が元公立行くより金掛かるし電車も乗らなあかんやろ?

ワイ:なぜなのか?(荒川区台東区から文京区徒歩可能地域チャリ通(学校としては禁止)可能地域という話をしてるのだが?)

キミ:立は入試の前に抽選があることや田が上げてる私立は超絶賢い子しか行けないor高い金出す価値がない学校ばかりだというのは知っているのか

ワイ:それは子ども自分選択で決めることであり、東京に夢見ている/現実逃避しているカッペ親が決める事ではないので

もう何度目か分からないが団地や中堅所得住宅に入ればいいのに

(土地勘無さそなカッペの気配がしたので具体例提示所得上限:(単身) 584万、(4人世帯)689万)


なお、貯金審査対象に入らないし、住んでる区にもよるが、元増田か嫁が一時的に専業か収入抑えれば、中所得住宅入れるぞ?

上限、689万とかなんで

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