はてなキーワード: NOTEとは
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/note.com/ono_matope/n/n8919af73eb68
しかも自分の無知を知らず、「警察が、検察が、法体系が間違ってる」と自分こそ絶対に正しく他者が間違ってると妄信する有害なタイプのバカ。
大前提として、警察・検察は被害者からの被害届or告訴がなければ動かない(動けない)。
建前上は非親告罪となってても、被害者が「私は被害受けてません」といってるのに動くことはない。
だから弁護士は依頼を受ければ、まず必ず被害者との示談を成立させて、示談書の中に「処罰を望みません」という文言を入れて、被害届・告訴も取り下げてもらって、警察・検察が動く意味をなくすことを目指す。
被害者が被害届・告訴を取り下げれば、逮捕前の任意捜査の段階ならそれで捜査終結となって逮捕はされないし、検察は確実に不起訴(起訴猶予)にする。
起訴後なら刑を軽くする効果しかないが、それでも確実に刑の軽減を狙えるし、今回のnoteは起訴前の話だ。
小野氏のnoteでは「被害者に示談を持ち掛けたが、処罰は望んでない、必要ないと言われて引き下がった」とあるが、示談に関する弁護士の言動が全く出てこないのが不自然すぎる。
まともな弁護士なら、被害者が何と言おうが絶対に示談成立に向けて動く。それが依頼人(加害者)の唯一の確実な不起訴を得る手段だから。
警察が小野氏をその後に逮捕して検察も起訴したってことは、被害者は被害届or告訴を取り下げてないってことで、それは「処罰を望んでない」という小野氏による被害者の言い分と明確に矛盾する。
被害者が小野氏に嘘ついたのか、小野氏が被害者のいう内容を都合のいいように改変して誤認したか、小野氏が嘘ついてるのか、どちらでしょう。
この段階でもあとの段階でも、弁護士は常に示談の成立を最大目標にしてたはずで、依頼人(小野氏)から示談は必要ないと言われても「でもあなたが逮捕を避けるため、不起訴になるためには、示談が絶対に必要ですよ」と小野氏を説得してるはず。そこに一切触れられてないあのnote、俺には違和感しかない。
そして逮捕前に示談を持ち掛けたという記述があるのに、後半で検事から「あなたが否認するなら被害者との示談交渉を取り次がないよ」と言われて焦って供述調書にサインしたとあって、これまた矛盾してる。
逮捕前に自分で示談持ち掛けられたんだよね?逮捕後の検事の取り次ぎって必要?なんで???
そして自分が言った内容ではない検事の作文調書にサインしたってあるけど、弁護士から「それだけは絶対にしように」と口酸っぱく言われてたはずだけど?罪を認める内容の調書にサインしたら終わりだって弁護士はアドバイスしてたはずだけど?刑事手続きでは検察による取り調べは絶対にあるので、弁護士からそれだけはやっちゃいけない禁忌事項(作文調書にサインしない、修正を求める)を聞いてるはずだけど。
検察取り調べに関しても弁護士の言動が一切出てこなくて、これまた違和感しかない。
少なくとも被害者との示談、検事取り調べの関係だけでもこれだけおかしな点があるのに、争ってる事案で一方の当事者の話だけ聞いて鵜呑みにして義憤にかられて検事や警察を口汚くののしってるブクマカ、あまりにもバカすぎる。
争いについて判断するなら、両者の言い分を聞いてから判断しろ、一方だけの話で判断するな、人は嘘をつく、ってお母さんから教わらなかったか?
mkotatsu 他の俺コロナマンは実刑もあるし、この超うっかりさんも有罪妥当だろうけどお店自身が許したれよと言ってるしな…
お店が被害届を取り下げてない(=警察が逮捕して検察が起訴してる)時点で「許したれよ」って意思は無いんだよ!
スピード違反で捕まって「もっとスピード出してる車がいるだろ、そっちを捕まえろよ(そして俺を放免しろ)」みたいな典型的な言い逃れだな!
それ単なる屁理屈ですから!「山ほどある仕事」の中には赤切符のスピード違反とか、もっと軽い罪だってあるからな!
perfectspell お店への被害を考えるならツイート削除しようとした小野マトペが正しく、証拠保全の為に削除を許さなかった警察が偽計業務妨害として告発されるべき。
お店への被害は投稿した時点で発生してるんだよ!あとから削除しても証拠隠滅でしかないんだよ。
「痴漢が電車内で女性のスカートに精液かけて捕まった。痴漢はスカート回収してクリーニングしようとしたのに警察が証拠として押収してクリーニングさせてくれない。警察こそ被害回復を妨害する加害者だ!」てそんなわけあるかバカ。
お前らが普段義憤にかられてる池袋暴走事故の取り調べ状況(飯島の「踏み間違いでなく車の故障だ」という供述内容)だって、全部リークだぞ。
世の中の事件の逮捕後の報道のほとんどは警察・検察のリークだぞ。
今更!?
matchy2 検察ってヒマなんだなあ
殺人事件のような新聞テレビを騒がせる大事件だけが検察の仕事だと思ってる?
残念ながらそれはごく一部で、検察の扱う事件のほとんどはこんな罰金刑で済むような小さな事件ですよ。
murlock これを有罪にすることで誰が得するのか?
被害者がいない事件・・・スピード違反の赤切符も同じように検察が略式起訴して罰金刑になってるけど、あれも誰が得すると思う?
同様の事件を防ぐことで将来の被害者をなくすためにやってんだよ。
そうか?罰金刑で「罪が重すぎる」か? 「俺コロナ」は懲役10か月の実刑判決だったぞ。あのときは「罪が超絶重すぎるゥゥゥ!!!!」とでも叫んだか?
tcngn ひどいなあ、かわいそう、、、もっと捕まえるべき悪いやつおるやろ、、、
そうだね、いるね。だから何?
許してねえよバカ。加害者は被害者に被害弁償もしてないし、示談もしてないし、被害者は被害届を取り下げてもいねえよ。
この状況でどうやったら「被害者は許してる」て言葉が出てくるんだよ。加害者が言う「被害者は俺を許してる」を鵜呑みにするバカか?
はじめに自分の政治スタンスを説明しておくと、非自民党支持者で、また地方住まいかつノーテレビのためオリンピックは可能ならば中止それがダメならばワクチンが行き渡る2022年まで延期というもの。なので、ワニウエイブ氏の記事が仮に彼の note で発表されていたのならば「語調はキツイがこれもまた東京五輪開会式のレビューであるな」と受け取ったと思う。ただそれが政治的中立に見えるゲーム専門メディアに発表されたのがショックだった。
目次
「東京オリンピック開会式への怒りと絶望…ゲームへのリスペクトがない演出とそれをありがたがる人々が許しがたい」 https://www.gamespark.jp/article/2021/07/25/110634.html
というものだ。自分が最も疑問に思うのがこれは誰に向けて書かれた記事であるのかと言う点だ。はたして Game*Spark の読者に向いて書かれた記事なのか?
自分は、開会式でゲーム音楽使われて喜んだ大衆の大半は、非日常でよく知った音楽が流れてきたから単にアガっただけだと感じている。そこに国家威信の誉もなければ愛国も何もない。そんな気持ちが大半の読者に対して、実際に開会式を見ていない人が「自らの政治スタンスを自覚しろ。楽しむのは現政権を支持するのと同じだぞ」と攻撃的に主張するのはいちゲーム専門メディアとして良いやり方なのか?自分はそうは思わない。
また仮に読者を攻撃するような内容ではなく、あくまでワニウエイブ氏がそう感じているだけであるという内容であったとしても、最終段落の
秋には衆院選がある。もちろん選択は自由だが、老人たちに「ゲームファンは大増税しても何しても、ゲーム音楽を流してれば文句言わずに従うチョロい連中」などと思われないことこそが本当にゲーム文化を守ることや、リスペクトすることにもつながるはずだ
というのはライターの政治性が強すぎて、中立的なゲームメディアを標榜するならば絶対に排除しなければならなかった。この文から始まる段落は「政治家の老人達を落とすために選挙へ行け」という主張になっていると思うが、これまでの前提と合わせると 政治家の老人達=オリンピックに関与する与党政治家 となり、この段落は自民党の政治家を落とすために選挙へ行けという主張になる。重ねて言うが、特定の政党を擁護/批判するようなものを中立的なゲームメディアが載せることは絶対にあってはならないものだ。なぜ政治批判に繋げる?なぜオリンピック組織(IOC、JOC、東京都)批判を超え衆院選という国会の話を持ち出すのか?
めちゃくちゃ些末だけど「『ファイナルファンタジー』や『サガ』シリーズは、“かみ”を殺したり、環境テロリストが主人公だったり、その世界の仕組みそのものを恨むような反権威的なシリーズのはずだ」これ前者のゲーム(FF7)が環境テロリストで後者(サガ1)が神殺しなので、前段と後段がチグハグな説明になっていると思う。
「7月25日掲載のオリンピックに関するコラムにつきまして」 https://www.gamespark.jp/article/2021/07/27/110661.html
二日後に出された編集長の声明は、記事の賛否を受けたものとして完璧な内容に思う。記事を削除したり、チェック不足と言い訳したり、ライターの責任としたりするようなことはしていない。ライターに記事の依頼をしたこと、批判を覚悟して掲載に至ったこと、そしてすべて編集(部|長)の責任であることをはっきりと宣言し、ライターおよびその記事の内容を守ることを表明している。だからこそ自分は「読者を攻撃する文調かつ政治的中立とはとても言えない」コラム記事の掲載を問題ない判断した編集部と編集長に失望を覚えた。なぜならば、このレベルの内容ならば今後も編集部として注釈なく掲載するつもりであることが本声明によって肯定されるからだ。少なくとも自分はそう受け取った。今後、自分は Game*Spark は攻撃的な主張も政治的中立ではない内容も載せるメディアとして見るようになるだろう。
政治的中立性について補足すると、声明では「常に特定の政治思想を背景にしながらコンテンツを制作しているということもありません」とある。自分も直ちに Game*Spark が左や右に偏ったメディアとなるとは考えていない。しかし自分が危惧しているのは、これから Game*Spark に対して「左だから」「右だから」という要らぬ対立軸を立てレッテルを貼る輩が出てくること。ゲーム業界は娯楽をターゲットにしているため政治性から逃れている部分があるのに、なんでこっちから飛び込むのよ…
強調しておきたいのはこれが一概に悪い変化というように考えている訳ではないということ。もしかしたら政治色の強い記事を好む人が多いかもしれないし、政治性を明らかにした記事の方が読み応えがあるものができるかもしれない。ただ自分にとってはそれは not for me だ。
スペースが余ったので自分のゲムスパに対する感想でも。自分にとって Game*Spark/INSIDE は他のメディアがやらないような泥臭い企画をやったりしているけどイマイチ一流になれないゲームメディアというものだった。ただ大手メディアにしては珍しくコメント欄を開放しており、読者との距離が近く独自のコミュニティが形成されているように見えた(某通はコメント欄をすぐに封印したからね…)。今でも続いている「来週はどんなゲームを買うか」等のユーザーアンケートも豊富なところもそれを後押ししていたところがある。あと変な企画もいっぱいあった。「インサイドちゃんのゲーマー相談」とか誰得なものもあった。それから脇が甘くてたびたび炎上・謝罪していたイメージもある(栗本チャレンジとか)。
しかしここ2-3年はライターの独自性を生かした企画が次々にヒットしており、個人的には最大手(F, D, 4)とはまた異なる面白い立ち位置のメディアになっている印象だった。例えばFE風花雪月の「なんでそんなことするんですか?」とか現役パイロットによる Microsoft Flight Simulator の紹介、あつまれどうぶつの森の生物を DPZ でおなじみ平坂さんが紹介する企画など目の付け所が良い企画がいくつも発表されていた。なので編集長が交代し、ライターが生き生きする良い方向に変化しいるなあと感じていたところに今回のこれがあった。
気持ちとしては「たまに通りかかるグラウンドで見かける近所の草野球チームが最近いい感じになってきたけど、急にダーティーなプレイをするようになって驚いたし、今後もそのレベルのプレーをすると聞いて驚いた」に近い。
●元note
https://note.com/yasuharakenta/n/ne19f1e86e899
https://megalodon.jp/2021-0312-1252-48/https://anond.hatelabo.jp:443/20210312043044
●しれっと再開note
https://note.com/yasuharakenta/n/n4803628b9bdf
“ どんなに売れているミュージシャンでも、数件の低評価ボタンに傷つくはずだとずっと思ってた。今度はそれを体で理解しなくちゃいけない。心を支配された結果、称賛をモノクロに、非難をカラフルになんてしちゃいけない。
そう頭では分かっても数日は動機が止まらず、食事と睡眠が下手になった。寒くないのに震えて起きたり、かと思えば異常な寝汗をかいて起きることもあった。体に反応がくることは今まであまり経験がなかったので、どうやら緊急事態のようだった。
それでもおやすみを1週間以上続けていると、不意に鼻歌を歌えるようになったり、新しいテレビやラジオを見聞きできるようになったり、毎日書いていた詩もまた書けるようになった。一生続くかもしれないと思ってたから、一生よりずっと、早くてよかった。
どんなに売れているミュージシャンでも、数件の低評価ボタンに傷つくはずだと思ってはいるけど、その低評価ボタンではなくせないものもある。必死でエッセイを書いていた自分は、むしろえらかったと思う。
数か月前のことだ。
ネットでバズっていたとあるnote記事に対しての批判文を、増田に投稿したことがある。
自分の中ではよく書けた自負があって、トラバやブコメを含め多くの人からの反応を期待していた。つまり、バズる自信があった。
けれど、所詮、増田は増田だし、まずははてぶの新着欄にでもあがらないと、読まれることもなくスルーされてしまうのではないかと思ってしまった。
それで、あろうことか、複数アカを使ってセルフブクマをしてしまった・・・
(厳密に言うと、5~6年ほど前から保持したまま放置していたサブ垢を使ってセルフブクマをしてしまった)
当たり前だが、運営にはすぐにバレた。
(詳細は分からないが、おそらく、登録時に同一のメールアドレスを使用していたようで、自演対策を行うシステムに自動で検知されたのではないかと思う)
まさか自分のはてぶアカがBANされる日がくるとは思ってもみなかった。
でも、自分が悪いんだ。
今思えば、どうしてあんなバカなことをしてしまったのかと後悔しかない。
気の迷いだったとはいえ、普段から、互助会や自演行為が叩かれるのを散々見てきたし、自分も、そんな卑怯な行為を見るのは嫌で、発見され次第永久に追放されてしかるべきだと思っていた。
それなのに、自分の書いた増田をバズらせたいとう一心で調子に乗り、愚行を働いてしまった。あぁ、本当に情けない・・・
その後、件の投稿は案の定ホッテントリ入りしてしまい、正直に言って、色々な反響が来たことは嬉しかったのだけれど、嬉しい以上に、卑怯な手を使ってしまったことへの不甲斐なさと、アカウントが凍結されたことへの悲しさの方が勝っていたからなんとも複雑な気分だ。
普段から正当な方法で、良質な投稿やコメントをしているユーザーのみんなを裏切るようなことをしてしまって、大変申し訳ないとも思う。自分のしてしまった行為は恥ずべき行為だし、アカウントが凍結されたことは当然の報いだと受け止めている。
許してほしいとは言わないが、あくまで懺悔というか告白をして反省するという意味も込めてここに書き記しておきたい。
そして、このようなことは二度とやらないと誓いたい。
ただ、今回の件を通して、はてなの運営がしっかりと自演垢への対策を行っているということを身をもって知ることができたのは、むしろ運営への信頼感はましたので、そのことだけが唯一の良かった点であり、みんなにもその旨を報告しておきたいと思う。
凍結されたアカではコメントが全くできなくなったけれど、他人のブコメにスターを付けることだけが許されている。これからはズルをせず、本当に良いと思ったコメントを吟味して、謙虚な気持ちでスターを献上する生活を送ってゆきたい。
「意思疎通できない殺人鬼」はどこにいるのか?|斎藤環(精神科医)|note
underd なんで受け手の解釈を作者サイドに詰めるのかな。配慮とか言って。解釈次第で誤解されうる表現もNG、が通るならPCに1ミリも抵触しないゴルカムも今後どうなるか分からないでしょ。表現をどうこうじゃなく啓蒙しようよ
「なんで受け手の解釈を作者サイドに詰めるのかな。配慮とか言って。」と疑問を投げかけている。
「作者サイドに詰める」というのは「紙媒体での出版に際しては、アンチスティグマのための配慮を強く求めたい」という記載のことを指していると私は理解した。
斎藤環氏は出版社に配慮を求めたい理由は「アンチスティグマのため」と書いているので、underd氏は記事によって解釈を表現することについては特段いうことはないが、出版社に配慮を求める理由がわからないということだろうか。
その点、斎藤氏が出版社に配慮を求めたのは、Noteを読まない読者の方が大多数なのだから、斎藤氏の「アンチスティグマ」という目的を達成するには出版時に「配慮」をしてもらったほうがより目的が達成されるからだと思う。
「解釈次第で誤解されうる表現もNG、が通るならPCに1ミリも抵触しないゴルカムも今後どうなるか分からないでしょ。」
斎藤氏は「解釈次第で誤解されうる表現」については「配慮」をしてほしい、と主張しているのは間違いないだろう。
ブコメの「NG」が何を意味しているかによるが、斎藤氏のNoteでは描き直しを直接的には要求していないものの、「配慮」という言葉でなんらかの変更(削除、修正、注釈の追記等)を求めていると考えられ、このままでは「スティグマ」を強化するという主張ではあると思う。それは「NG」には含まれているものと解釈できる。ただ、NGにも濃淡があり、より強いのは公開停止や表現の修正の要求かと思う。Noteだけでは内心どこまで求めているのかはわからない。
「PCに1ミリも抵触しないゴルカム」は斎藤氏の記事内の「徹底した取材とゆきとどいた配慮によって、PCには1ミリも抵触することなしに、手に汗握る変態暴力宝探しを展開し続けている。」を指して言っており、PCに1ミリも抵触していないと述べているが、ここはブコメでもそんなことはないといっている人もいるようだ。
ただ、その前提が覆るようなら斎藤氏も配慮を求めるべきと考えるのではないだろうか。なので、「今後どうなるか分からない」についてはその通りかなと思う。
「表現をどうこう」というのは前述の出版社への配慮を求めるという点だと思うが、そのような配慮を求める以外の方法で「アンチスティグマ」を達成するべきだという主張と理解した。
これについては問題のある手段を用いず目的を達成すべきだという観点からのコメントだと思うが、出版社に配慮を求めるという手段に問題があるかという点が焦点になってくると思う。
懸念点としては表現の自由が棄損される可能性が挙げられると思う。
では配慮を求めることは表現の自由を狭めているだろうか。個人的には配慮を求めることも表現の自由だし、それを受け入れたり拒んだりするのも表現の自由だろうと考える。
今回はNote上で配慮を求めると書いてあるだけだが、実際に出版社に「要望」として伝えるのだって自由だろう。当然、「表現を変えないでくれ」と要望するのだって自由だと思う。
それらの意見や批判を受けて出版社が作者が何かを感じて表現を変えるのも変えないのも自由だろう。
何らかの意味があっての描写であれば変える必要はないし、もし意図が十分に伝わっていないと感じたのなら表現を変えるのはより作品をよくする可能性もある(説明するのが作品の魅力に必ずしもつながるわけではないが)。
表現の自由を守るということは「表現をどうこう」言うのも自由であるということだし、それに対しての批判も当然自由。
だから出版社やクリエイターを委縮させるような批判は表現の自由を棄損する可能性があるのだから配慮してほしいというのは自由だと思うが、それをするのであれば出版社に「アンチスティグマ」のために配慮してほしいというのもまた自由なのではないか。
これで思い出したんで、エピソードとして書き留めておこうと思う。
大好きなアーティストがCDをリリースした際、ある一曲の歌詞の一箇所が、人種・国籍等の観点から私はどうしても許容できず、所属会社の問い合わせ先に感想の形で伝えたことがあった。「許容」という言い方が適切かはわからない。ひどく悲しい気持ちは個人的なものだけれど、アーティストが本来願っているメッセージとの矛盾を感じたのも十分に当然だと、今でも思う。念のため書いておくと、小林賢太郎氏の例よりはかなり穏当だ。
ファンレターで伝えるのは避けた。アーティスト本人にダイレクトに伝わる……とは限らなくても、その可能性があるのは本意ではなかった。その楽曲の作詞者は別にいたし(こちらの方にも何一つ伝えていない)、CDの発売に合わせてライブも予定されていたから、その直前に万が一にも水をさしたくなかった。そのアーティストはレーベルとの関わりを感じさせる振る舞いをしていたので、レーベルのプロデュースサイドに伝われば、それでもういいだろうと思った。
世に出てしまったものはどのみち撤回できないし、この先、より素敵なものを見せてもらえることを願っている、というようなことを書いた。
その後、同じアーティストが好きで心から信頼できる友人に、自分の感想・会社へ伝えたことも、そっと打ち明けた。どうしてもこの楽曲だけは苦手になってしまった、と白状した私に、「増田に言われるまで歌詞の問題には気づかなかった」というコメントに合わせて「そういう気持ちになるのは理解できる」と言ってくれ、その話はひっそり終わった。蒸し返されることもない。でも、たぶん覚えていてくれるだろう。
あれからもう5年は経っているか。果たしてアーティスト本人は、あの曲で「人種・国籍等の観点を問題視し、傷ついた」ファンがいたことを知っているんだろうか? プロデュースサイドは本人に伝えただろうか。確かめようもない。でも、それ以降、同じような歌詞は出てきていない。その後もライブで何度かその曲は歌われて、ちゃんと観客席は盛り上がっていた。私個人は全力では楽しめなかったけど、多少のノリの悪さは許されたい。ある一箇所だけは悲しく、嫌悪感すらあるけれど、それ以外の部分の歌詞はけっこう好きだったりするし。
あと10年経ったら、アーティスト本人へのファンレターにも書くかもしれない。15年後にするかもしれない。
私は話しているファンである。伝えるべきだと思えば、相手と時と表現を慎重に選んで伝え、信用できる友人にもおそるおそる共有している。今だってやっている。そういうことをひっそりと、自分なりにやっているファンもいる、ってことを書いておきたかった。問題点そのものをインターネットに広く公開する以外のパターンのひとつとして。
たぶん、小林賢太郎氏にもこういうファンはいたんだろう。裏を返せば、ファンがひっそり話した程度では大きな力にはなりにくいという絶望、という見方もあるのかもしれない。よくわからない。所詮はファンの自己満足かもしれないし、一方で、あちらが何かを感じる可能性が皆無と断じる気にもなれない。わからないので、わからないなりにこれからもやります。
なお、「そのアーティストって誰?」「どんな表現が問題だったの?」と思う人もいるんでしょうが、今でもアーティスト本人に伝わるのはまだ早いと判断しているので、全力でボカしていく所存。人種のステロタイプを利用したとか、国籍を根拠になんらかの限定を行ったとか、そういう類のこと。実在個人への被害があったり、歴史上の出来事と結びついたりする表現ではない。
note 始めました。https://note.com/takepoyo23/n/nfc7d1f275595
noteでセフレを作るまでのことを書いていきましたので、セックスまで、セックス後について、反省も込めて書いていきます。
呪われたコンドーム
初めてコンドームを手に入れたのは高校3年生の終わりごろ。受験が終わった時でした。予備校の同級生女子を家に連れ込んで映画を見ていたところ、、、父親が帰ってきてしまいエンカウント!!
ほんっとにその時は何もなかったんですが、父親的にはそりゃ心配でしょう。自分の息子が知らない間に女を連れ込んで映画見てるんですから。映画を見るってセックスの前兆なんですね。今ならそう思います。あの時は本当に映画鑑賞のみでした。
数日後父親が帰ってきてぼくにむかって銀色の箱が投げつけられました。「ちゃんと使えよっ」って。これがぼくとコンドームの最初の出会いでした。誤解されたことがきっかけで手に入れたこのコンドームが、数年後まで影響してくるとは全く思っておりませんでした。
数年後です。仲良くなって週に数回家にくるようになった女性がいました。ただ一緒にいるだけ、半同棲みたいな感じです。一緒にご飯を食べて、夜まで作業をして、ベッドで一緒に寝ることもありました。
ぼくも男の子です。もっとその子のことを知りたくなって、距離が近くなって、ブラの下に手を入れました。そうそう、ベッドの下にコンドームがありますね。パパあざっす!この日のためにもコンドームは用意しておくべきです。さっと袋を破り頭の部分にちょこんとかぶせます。シ○ケン先生が言ってました。予備知識はおっけー!あとは下にくるくるっと下げるだ。。。け。。。。?
ん?うまく下がりません。中間地点ぐらいで止まっちゃいます。2個目を開封。。やっぱりダメです。数年経っておりダメになっていたみたいした。ゴムが機能しないので、初めてのセックスは頓挫です。
後日談ですが、ゴムのサイズが合ってなかったみたいです。初めてゴムをお使いになる際はその辺を事前にチェックしておいた方が良いです。せっかくの初舞台でサイズが合っていないので残念なんてことは避けたいですよね。
相手と駅で合流
待ち合わせってのはいつになっても緊張します。特に初対面の時って緊張しますよね。初めて会う際には美人局っていう詐欺だったり、男性の”釣り”だったりいろいろリスクがあります。集合場所では自分の安全のために、先に到着して、集合場所が見える場所から電話などで連絡し、必ず相手が一人で来ていることを確認してから会いましょう。今まで自分はないのですが、二人っきりになる以上、ある程度の危険もあるものだということは覚悟してから会ってください。
当時お金のなかった僕は(今でもありませんが)家に女性を呼んでいました。家までの道中は本当に緊張しますし、会話がクソほど弾みません。僕の場合は電話アプリが主だったので結構話せる方だと思ってたんですが、初対面って気まずいですね。
記憶に新しいSさんとのお話。年齢が自分より5つほど上なSさん。電話だとよくお話してくれていてシャイな印象はありませんでした。自分ではシャイだと言っていました。目を合わせられないんだーって。彼女は家に"ご飯を食べに"来てくれました。ちょうどおいしい肉を調理していたんですよね。それで来てくれました。女性は名言しない方が来やすいみたいな話なんでしょうか。ヤるためにくるって名言しているケースもあったんですが、今回は完全にご飯のためっていうテイでした。そんな彼女ですが家に来ると部屋の角にちょこんと座って俯いていました。後から聞くと、自分が結構年上だから、期待外れだったかなって感じていたらしいです。ぼくとしては、めちゃめちゃ緊張しちゃっているSさんにどのように声をかけていいかわからなかっただけでした。
当初の目的どおりお肉とか野菜とかを出したんですが、そこは割愛。映画か何かを見ていたんだと思います。映画を見てて、自分がベッドの上にいて、「おいで」って。ここ!!
ベッドへの誘導が童貞男子的にめちゃめちゃに難しいポイントです!!ベッド誘導を制すればセックスを制す!!みたいな感じ。これは何度ワンナイトしてもなかなかうまくなりません。ここの駆け引きを楽しむのも醍醐味の一つだと思います。ここからいくつかパターンを挙げていきます
映画中に寒くなり膝掛けをふたりでかける。そこから距離が近くなる
話をする際に自分が先にベッドに上がってしまうせいで、会話に高低差が生まれるため、ベッドにて会話をする。そこから横になる。
この辺のバリエーションは持っておくに越したことはありませんので。そもそも論なんですが、ヤるつもりで呼ぶのは違うと思います。こんな内容書いててあれですが、お互いの距離感があったところで、ベッドにいきたいなって思って初めてベッドって行くものだと思います。
誘っていい距離感って?
ではお互いの距離感が合うってどんな感じなのかなって。向こうからの接触があった場合はOK。これが一番わかりやすいです。映画を見てる時だったり二人になった時の距離感で体が当たるぐらいの距離。相手が立ち上がって戻ってきた時に座る距離が、前回座っていた地点と比べて近いか遠いかも一つの指標になります。屋外で言えば、デートで歩いている際にちょっと狭いところを通って広い道に出た時、距離を開けるのかそのままなのか。いろいろ判断基準ありますがその辺は参考になりました。そもそも家来る時点でって言うのは今回はナシで。
>ところでreiさんにはいるんですか?優秀で知性溢れる優しい友人。
東京大学卒業後東京大学大学院医学系研究科を出て獨協医科大学で助教を務め、英語の翻訳が趣味、非モテやらの話題に執心なYS_GPCRさんと相互フォローだから、reiさんが頼めばnoteの査読位はやって貰えるかも。
私達が欲しいのは「金」と「数字」であって、感想は別に求めてません。
それを理解していない消費者が多すぎるから苦言を呈させていただきたい。
何でこんな日記を書こうとしたのかというと、某匿名掲示板で「コンテンツについて不特定多数の人と楽しみを分かち合うことは普通に価値あることでは?」と言われて
あまりにも気持ちが悪くて吐きそうになったからです。その掲示板の流れの中の文脈で言うと、要するに、「作品を褒め合う馴れ合いのコミュニケーションに価値がある」と言われてたんですね。
もうね、馬鹿かとアホかと、小一時間問い詰めたい。
素人同士が書く作品の感想には、ハッキリ申し上げて「良い感想」も「悪い感想」もありません。
わかりますか?
「消費を促すコミュニケーション」に価値があるのであって、それが「楽しみを分かち合うこと」である必要性は全くないんです。
貴方達が何かを褒めていて、それが消費を促すならそれは価値があることです。
逆に、貴方達が何かを貶めていて、それが消費を促すなら、それも価値あることなんですよ。
文春砲だの何だのと言って他人のゴシップを語って他人を傷つけて、ネガティブなコミュニケーションが生まれようがなんだろうが、文春が売れてるならそれは価値があることなんですよ。
「不特定多数の人と楽しみを分かち合うこと」という馴れ合い自体には何の価値もありません。深く胸に刻んで欲しい。
数字は欲しいですよ。
何万RT、何万いいね、これは消費を促す傾向がありますからね。だからいいねとリツイートは欲しい。統計的に。
そういう意味で、「数字」は欲しい。でもね、感想は要らないです。
ハッキリと申し上げてしまうと、書き殴られた素人の方の感想を作品の軌道修正に使うことはあまりありません。
購入後のアンケートなどの意見は参考にしますが。SNS上のコミュニケーションは無駄なので観測していません。
ここから下は個人的な意見です。商売人としての意見ではありません。
何で今のインターネットって、正しく自分を卑下できない人がこんなに増えちゃったんですか?
みんながゴミだからいいんじゃないですか。世界の石ころが全部ダイヤモンドだったらダイヤモンドに価値なんてなくなっちゃいますよ。
匿名での意見や言葉というものに一切価値はない、という方が気持ちがいいじゃないですか。
『誰でもない何か』という最高の無価値を、何故投げ捨てようとする人が多いのか理解できない。
この世で無法というものは最も価値があるものなのに。素晴らしき自由と無責任を何故自ら捨てようとするのか理解できない。
そもそも、この世界で価値がある文章というものには全て値段がついています。このテキストに価値がないのと同じです。
つまんねーんだよ死ねカス作者どんな教育受けてきたんだ?というテキストと何万文字にも及ぶ誉め言葉は同価値で0円だということです。
本当に価値のある誉め言葉ならnoteでも何でも使って、有料記事にしてみればいいじゃないですか。
価値があるということは責任があるということです。有料のコンテンツにはその分の責任が発生します。
しかし、無料の感想なんてものには何の責任もいらないんですよ。それでいいじゃないですか。だから他人が自分の好きなコンテンツをけなしていても、それを修正しようとか思わなくていいんです。
クリエイターと消費者を繋ぐのは馴れ合いのコミュニケーションなんかじゃない。金です。
だからね、別にいいんですよ。別に作品をけなそうがなんだろうが金を払ってくれるならどうでもいいハズです。
万人に褒められるような作品を作るなんて責任負いたくないんですよね。息苦しくてやってられないですよ。
でもね、支払ってくれた金分はキッチリ楽しませますよ。それ以上の責任は負いたくないということです。動作不良修正以上のアフターサービスはクリエイターの保証外じゃないと嫌なんです。
褒められるために頑張るのではなく、金のために頑張る。これが一番素敵なことです。
出せたーーー!!!!
ってツイートに震えてたけど、
予定のちょっと前倒しで入稿できたよーー!!大丈夫だよ、過去の私ー!!!!
印刷所の人は怖くなかったし、
終わるのかなと思った30数ページの漫画も描いてたら終わるし、
(というか締切になったら嫌でも終わる)
自家通販のやり方を教えてくれるnoteやらツイートやらもいっぱいあった!!
すごくすごく嬉しくて、ちょっと泣いた
画面越しでよかったね!
怖いし大変そうだから無理ですって言ってたけど、
(散々暴れ回った増田糖質がまさかの休場。このまま引退か?→【今回の幕内】)
再投稿ネタを指摘する増田。横綱のパリコレを含め複数人が存在し、微妙に仕事ぶりが異なる。
ただご存じの通りブクマカはトラバも本文も読まない上、過去の再放送ネタにも平気で釣られて伸ばすダボハゼなので、あまり意味がない。
また、彼らに対して「再投稿は正当な権利」と訴える増田や、彼らをおちょくるためにわざと再投稿を繰り返す増田などが出ており、治安維持に役立っているかどうかも疑わしい。
「人生がクールポコ状態。」なるタイトルの増田を何度も投稿している増田。当初本文はほぼ全て空で、全く意図がわからなかったが、最近は申し訳程度の文章があることも多い。
なんでもかんでも「これは私たちフェミニストの総意。」で締めようとする増田。しかもフェミニズムと全く関係のない話題がかなり多い。
政権批判を繰り返す増田。といっても内容は割とまともな方で、さすがに安倍botほどの狂気度はない。なぜかブクマ数が毎回3桁と異常なほどの多さを誇る。
こいつも旺盛な自己顕示欲の割にやることなすことひたすらつまらないクソ。Yahoo!知恵袋出身。名前は自称だが、由来はもはや本人にもわからないらしい。
回文になっていない回文から始まる増田。水曜日以外もすいすいようび。超長文だが日に二度以上の連投は行わず、概ね無害で愉快な存在。しかしあの文体とテンションは別の意味でヤバい。
「雑誌『映画秘宝』の記憶」というタイトルの、ナンバリングのついた記事で関連する人物を批判している増田。内容自体はそこまでヤバくないのだが、投稿数がすでに60近くになっている。
その名の通り寿司とギャルに情熱を燃やす増田。タヌキックマスターの生みの親でもある。特定増田にはきわめて珍しく、とにかく明るく前向きな性格。今でも稀に増田に出没する。
ここ最近は投稿が見られないものの、スパムが暴れていた頃にも一度消えて戻ってきたことがあり、現時点で引退と断定はできない。
なお、以前の投稿に「kokorohamoe」なるアカウント名が含まれていたが、この増田と同一人物かどうかは不明。当該人物によるブログは最近まで更新が続いていたが、現在は見られなくなっている。
排外主義や政治家などを理由に挙げ「ニュージーランドへの移住はおすすめしない」増田。他にもニュージーランドのあらゆる問題を指摘していた。
ただし、専門家を名乗る別の増田から内容にツッコミが入ることもあった。
増田は「何かにつけて人間性センターが表示されてうっとおしいのでやめてみた」らしく、現在はnoteに引っ越している。
2017年に七千万ぐらい集めた劇場版アニメの感想noteを読んだので勝手にレスポンス
Twitterに書いてたら長くてツリーにするのがめんどくさくなったので。
これは勝手な推測だが件のアニメがあんなシナリオになっているのは、当時の原作ゲームが出たとき、
「なんで男たちは出てこないのか。ほかのキャラは出てこないのか。FDではないのか」
という声がメーカーにたくさん届いたのだろうと思われる。
ので、その当時の声に従って、当時は作れなかったそれを作っただけに過ぎないのではないか。
商業メーカー的には、ロイヤリティの高いユーザーたちから多数その声が届けばそれが唯一の正解なのでは。
劇場版アニメのヒロインキャラについて、メーカーは正直扱いに困っていたのかもしれない。
スピンアウト作品である原作ゲームのスピンアウト元作品では、男キャラたちがメインディッシュで人気がある、とされていた。
とはいえギャルゲーメーカー的には男キャラグッズをバンバン作れば売れたか、というと実際そんなに出ていないことからも、
「商業的な人気」はそれほどでもない、とソロバンを弾いたのだろう。
なので彼女のグッズはたくさん出た。初出の作品が15年近く前になるのに2021年にもフィギュアが出るぐらい。
メーカー的にはありがたいはず。
そこの社長がアキバブログがどっかで、当たり(人気)キャラは天然的に生えてくるから難しい(意訳)みたいなことを言っていた気がする。
ただそのキャラはメーカー生え抜きのシナリオライターからは産み出されなかった(それが何故かは識者が答えてくれると思う)。
キャラクターデザインを行った原画家を売りだすことは成功したから、結果オッケーと思っていたかも。
扱いに困るだろう、とはそういう意味。
Vチューバーが中の人交代で荒れるように、萌えキャラの中身が解釈違いになることは荒れることでしかないし。
そんなこんなで自社IPとして活用しようとしたとき、メーカー視点からは、かつてユーザーから出た不評を回避しようとして、
最大公約数的なシナリオにしたのだろう。アンケート、ネットの評判いろいろから
件の「スピンアウト作品(原作ゲームそのもの)」を好きな人又はそのキャラがすきな人 <
(多く見積もって前者は3~4割、後者は6割と勝手に想像している。)
このロジックはつまるところ、原作ゲームの忠実なアニメ化は不可能である、という命題の前に、ディレクターだかライターだかが頭をひねったのだろう。
TVアニメ版はそもそもギャルゲーなのに友情ゲーといわれてるから恋愛描写を削ったぐらいで、そこから派生してるのだから当然の流れではある。
とはいえ、件のクラファンは「原作ゲームのアニメ化」を謳って資金を募ったわけで、最初から「スピンアウト元作品の拡張OVA作ります」
にしておけばnoteのひとみたいな悲しみを生まなかったのではないか。
そうであれば多数派以外のひとも笑って見られたのでは。
「なんで男たちは出てこないのか。ほかのキャラは出てこないのか。FDではないのか」
六割取れれば勝ちである。
と、メーカーは考えたのかもしれない。
それだけの話のような気がする。
小説買って読んだらクソつまんなかったか時に、ソつまんねー駄作だった、金と時間の無駄、買おうとするやつはやめとけ、ってネットに書くのは当然問題ないよな。
amazonでイヤホン買ったら音質ガビガビだった時に、amazonレビューに安いからでは受け入れられない音の悪さ、止めましょうって☆1つけるのも問題ない。
バラエティ番組を見て、VTRがやらせ丸出しだとか、ゲストのトークがクソ下手、見てていたたまれないとかも、番組やトークがテレビ局や芸能人の作品だからら問題ない。
Youtuberなど配信者の場合は配信やトークが作品だから、あいつがやるとどんな企画が滑る、ゲストに呼ばれたら途端視聴者減るのも納得、みたいなのは作品批判として問題ない。
noteとかの有料ブログだったら、論が偏りすぎ、知識が全然足りてなさすぎる、みたいなのは購入者の批評ないし口コミとして自然な内容だ。
違いますかね。