2016年06月26日の日記

2016-06-26

来年就活だけど、夢中になれるものが見つからなくて死にたい

子供のころから、良い大学に入って大企業に努めるのが幸せロールモデルだって思ってきた。

大学受験とき、「実際人生学歴企業だけじゃないっしょww」とか言いながらも、やっぱり頑張って勉強して私大の雄と言われる大学入学した。

だけど、大学入ってみて、自分が夢中になれる勉強なんてどこにもなかった。

マーケティングだってプログラミングだって、いま流行りのデータサイエンスだって、どれも手をつけたし、今も続いてるものはあるけど、それが楽しいってわけじゃない。

ただ、大学で用意された知識・技術の中で将来性がありそうだからってだけで選んだ。

入学してから自分が夢中になれるものを探してきたけど、どれも楽しくないんだよ。

来年から就活って言ったけど、今年の6月から18卒向けの就活サイトも公開されて、実際にはもう始まってる。

高給取りのコンサル商社マスコミは人気だ。

俺もコンサル希望してる。

理由は、大学受験ときと変わってない。

結局、これっていうものがないから、高学歴高収入っていうそこそこの一般家庭に与えられたお決まりのレールの上の人生抗うしかないんだよな。

大企業に入った先に幸せが待ってる約束されているわけじゃないことは、大学生活を通してわかってるのにさ。

夢中になれることのない毎日なんて虚無感しかないんだ。

今の自分に、一日の大半を捧げなくてはいけない仕事に夢中になれる自信なんてない。

まらなかったら、転職すれば良いとか言うけど、そのトライアンドエラーみたいなことを続けたって夢中になれる仕事出会える保証なんてないだろ。

社会の諸先輩方、教えてくれ。

いま、夢中になれるほどの仕事に就いているのか?

幸せだとしたら、その要因は何なんだ。

どうしたら、夢中になれたんだ。

幸せはいったいどこにあるんだ。

パチスロを打つことについて、自分自身への手紙

1 まず最初に断言しておこうか。

 パチスロを(習慣的に)「打つ」ことと「打たない」ことを比較したら、

 「打たない」方がより良い。

 そんなことはわかっている?

 うん、そうだろう。

 わかっててやめられてないか問題なんよね。

2 パチスロを打ってはいけないなどとは言わない。

 そんな義務はない。

 道徳的にも、法律的にもパチスロを打ってはいけない義務があるとは思えない。

 普通パチ屋普通にスロ打って逮捕されたりなんかしない。

 誰も決して打つなと俺に強制していない。

 打つか打たないかは完全に「選択」の問題なんよ。

3 パチンコパチスロを打たない人が打つ人に対して言うセリフ代表的もの

 「パチンコパチスロは必ず客が負けるようになっている。わざわざ金を失いにいくようなものだ。

 打ちに行っているやつはバカだ。」

 これ自体は確かに正しい主張ではある。

 だが、これをスロ打ちの人間への批判の論拠にする奴は救いようの無いバカだ(俺もお前も思ってるよな?)。

 「必ず客が負ける」というのはあくまでも最終的な収支の話だ。

 一回一回の勝負では当然勝つこともある。

 でかい金額が短時間で手に入ることがある。

 たとえ設定が1であったとしてもだ。

 「負けるから打つな」なんてのは、的外れなのだ

 一度ずつの勝負で見れば、常に勝つ可能性はある。

 そして俺自身を含めスロを打つやつのほとんどは直前の勝負勝敗しか頭に無い。

 パチスロを打つかどうかは、「打ってはいけない」という決まりを守るかどうかと言う問題じゃない。

 勝つ可能性も負ける可能性もあるが、「打つ」と「打たない」どちらを選ぶかの「選択」の問題だ。

 曲がり角を左に行くか、右に行くかという選択と同じだ。

 どちらも同じ地位にある選択肢って言えばニュアンス通じるか。

4 パチスロを打たない方が良い理由は勝ち負けの先にある。

 打たない方が良い理由は、「どんなに勝っても意味がない」こと。

 スロで勝ちまくって、あぶく銭が増えまくっても俺自身を取り巻く現実ほとんど変わらない。

 パチスロでどんなに勝ちまくったとしても、結局手に入るのは金だけ。

 それも「あぶく銭」、重みを感じられない金だ。

 スロで万枚を出しまくって、100万以上買ったとする。

 だが、それが何だろう。

 出来ることは物を買うことだけだ。

 自分自身人格、周囲の人間人格、嫌な社会自分過去未来職業を直接変えられない。

 銀行口座の残高が増えるくらいか

 クソみたいな現実を変える力は、自分自身の行動にはあるが、スロで得るあぶく銭にはない。

 あぶく銭は現実を変えない。変えてくれない。

5 お前はスロット打ちの習慣を断ち切ることができるはずだ。

 お前は過去スロットを打ってはやめる、また打つを繰り返してきた。

 年単位で打たなかったこともあれば、数ヶ月だけのこともあった。

 やめるために重要なことは今日一日、その日一日だけに着目することだ。

 明日、あさって、来月、来年、スロを打つかどうかはその時期が来た時に自分しか選択」できない。

 とりあえず今日だけは打たないを積み重ねれば良い、というかそれしか出来んやろ。

 パチスロという博打に対する自分自身感情、考え方をもっともっと理解すれば、

 より楽にやめられるだろう。

6 パチスロを打ちたがっている自分へするべき問いかけは「負けたらどうするの?」もしくは「負けるかもしれないぞ?」

 ではない。

 「勝ったとしてメリットがあるか?」、「あぶく銭を得る必要があるか?」だ。

 あぶく銭を得て、それを使って買いたいと思っているもの価値を見極めることだ。

 俺自身を含め博打をする人間は往々にして、本当は必要ないものを得ることを博打をすることの言い訳にする。

 理由があるからパチスロを打つのではなく、パチスロを打ちたいから無理やりあぶく銭を得なければならない理由でっち上げ

 自分を納得させようとする。

 自分で思ってるよりも巧妙に自分を騙せるのだ。

7 「勝ったとして、このクソみたいな現実が少しでも直接変わるだろうか?」でも良い。

 今現在自分はもう既に必要ものを十分に持っていることを思い出せるはずだ。

8 矛盾しているように聞こえるかもしれないが、

 「パチスロを打つことをしないようにしよう、我慢しよう」という考え方をしてはいけない。

 「しないようにしよう」と考えているつもりでも、結局パチスロという博打意識を向けている。

 最初距離を置くために考えていたつもりが、結局打つべ理由を考えてしまう。

 当たり前だ。

 パチスロ打ちにとって、パチスロ最上の娯楽なんだから

 パチスロをやめても、今までパチスロで埋めてきた「暇な時間」というものは消えない。

 何らかのことでそこは埋めなけれならない。

 ほぼ一年中、さらに一日中営業しているパチンコ屋は手っ取り早くその暇を埋めさせてくれる。

 そこが罠なのだ

 「パチスロをやめる」=パチスロを「しない」ではなく、パチスロ以外のことを「する」ということに意識を向けなければならない。

 これは必ずしも言うほど簡単じゃない。

 パチスロ打ちにとって、パチスロは色鮮やかで華やかな映像で映し出され、パチスロ以外のことは灰色で塗りつぶされた廃墟映像に映る。

 幸い俺はゲーム好きだから、代わりの行動はあるが。

9 理想としている自分は、パチスロを打たないはずだ。

 機械の前で延々とボタンを押しながら不毛博打をする自分理想じゃない。

 それこそが、パチスロをやめるべき理由の最たるものかもしれない。

10

 

 

 

プログラマってサンドバッグみたいだね

たくさんのバグ報告や仕様変更に耐えながら、もくもくと実装

みんなに言葉でどつかれる、それはまるでサンドバッグ

同僚女性から集団モラハラフルボッコにされた

先日、会社部署の同僚と飲みニケーションに行った。

ウチの部署デザイン系ということもあって、滅多に部署全員(と言っても10前後)で飲みに行くことはない。

俺は中途採用ということもあり、部署全員と飲みに行くのは初めての機会だった。

さて、宴会も盛り上がってきて、たまたま恋愛トーク的なノリになったとき

俺は軽い自己開示のつもりで三十路過ぎても彼女いないよ、という(男同士ならそこそこウケる鉄板ネタを開示してみた。

すると、どうだろう。会社の同僚女性がよってたかって俺を精神的に叩きまくる。

切なくなるから言われた台詞をいちいち書くつもりはないが、端的に言って人格否定オンパレードだった。

挙げ句の果てに「お前みたいのが犯罪起こすんだろ!痴漢ロリコン警察突き出すぞ!」って、酔い過ぎだろ(汗)

別に変にフォローが欲しかったわけじゃなくて、単に話のネタを振っただけのつもりだった。

男同士なら「マジか! じゃあ今度誰か紹介するわ。まあ飲め!」的な流れで終わる話だと思う。

それが俺の人生人格を微に入り細に入り批判避難罵倒の繰り返し。まさにサンドバッグだった。

俺が軽く涙目になったのを察して、優しくてダンディな上司(男)が止めに入ってくれたお陰で、

少なくとも同僚全員の前で号泣するハプニングだけは避けることができた。マジ感謝しますm(_ _)m

てか、アレってぶっちゃけ、これってモラハラだと思う。

女性にとってモテない男性というのが相当アレな存在ということは勉強になったが、

正直、酔いが入っているとはいえ、そこまで徹底的に相手こき下ろすのはどうかと思う。

女性諸君、逆の立場で、モテない女性に対して同僚男性集団罵倒し倒す様を想像してみてくれ。

そのグロテスクな様を想像して気分が悪くなったら、どうか今後モテない男性犯罪者扱いするよなことだけはやめてほしい。

俺も今後は下手な自己開示をして場の空気を悪くしないようにしよう、と心から反省した。

辛いことがあっても酒を飲むと前向きになれる

思考の幅が狭まっているというのもあるだろうが、辛いことがあったときに酒を飲むと、前向きになれる気がする。元がのんきな性格で、お酒が好きで、辛いことがあるとそればっかり考えてしま性格からというのもあるかもしれないけど。

気が進まない飲み会の時も、前もって酒を飲んでおけばいつもよりテンション高めで臨めている気もするし、「なんで飲んでんだよw」と突っ込まれた時も「お酒楽しみだったから~~~!!」って具合でうまい感じに言い訳ができて、なんとかなる。

だけどこれじゃ依存しそうだ。辛いことから逃げるためにお酒を飲むといつもより饒舌になって普段陰湿雰囲気を醸し出している俺でもみんなとワイワイして周囲の雰囲気に乗れるのは最高で耐え難いものなんだけど、これが素面になるともうだめになってしまう。

酒に強いほうだとは思うんだけど、どこかで自制しないと。どっかで心も体も壊れてしまいそうだ。

防衛費人殺し予算とした共産党議員擁護する人が結構いて驚いた

いやそりゃ人殺し拳銃を持つ警察官とか日本全国に配備されてますけど、

それでもって日本全国に人殺しがいるって言う理屈あんま変わんないですよね?

よしんば殺戮兵器を持つことが良くないというのなら、

世界各国の政権与党を同じ熱量批判しなきゃおかしいですし、

何より昔の社会党民主党政権にあった時もやっぱり人殺し兵器運用してたからそれも批判しなきゃおかしいですよね?

そもそも、

人殺しのチカラを持つことで他国から人殺し脅威から身を守ること。」

という判断意図的スルーしてますねこの人たち?

「そりゃ当然暴力装置だ。人殺し兵器を買う予算だ。」という事実認識までは良いですよ?

でもあなた抑止力という論点はどこにあるの?無いの?認めないの?

このテのシンパの一番薄汚い点は、

抑止力としての軍すら拒否したいというのが偽らざる本音なのに、

それを言うと不利になるのがわかっているからわざと言わないでおきまーす、

という戦略を取っているところなんだよね。

自衛隊は消えろ、但し被災したら必ず自衛隊は利用する。」というヤツが前に話題になったけれど、

これとおんなじ人種なんだろう。

ファッキン加藤と言っていたらいつの間にか自分がそうなっていた

二股かけて同時に肉体関係も持っていたのだけど、先日、二人目の彼女としていたときに1人めの彼女がちょうど家に入ってきて行為中に鉢合わせしまった。なんというエロゲ展開。

1人は状況飲み込めず気が動転してしまう、もう一人はめっちゃ笑っている。

僕はどうすればいいのか、全くわからない。うーん、二股なんてするべきじゃない。

500文字以上の文章が書けない

ツイッターネット掲示板適応しすぎたのだろうか。

500文字を超える文章を書くことが出来なくなった。

単純に自分の知識量の不足から来る文章材料不足によるものなのだろうか。

起・承・転・結に与太話を挟んだものいくら引き延ばそうとしても500文字を超えることが出来ない。

正確に言うと蛇足に当たる文章を書こうとすると体が震え始めて書くことができなくなる。

きっとこのネット世界で読む価値の無い長文を見続けてきたせいだろう。

中身の無い文章、当初のテーマと違う話が始まること、そういった類の文字列自分が書くことは許せないのだ。

はいえ50文字程度ならそういった物も平気では有る。

さて、話は戻るが私はあまり長い文章を書くことが出来ない人間になってしまった。

中学校日本的国語教育で培われた何の価値もないただ文字数を増やすだけの言葉を紡ぐことが出来なくなっているのだ。

その上で自分自身から見て価値があると判断できる文章を1つのテーマで書けるのはせいぜい500文字限界なのである

それならば2つのテーマを一度に取り扱えば良いのではないだろうか?と疑問に思った人もいるだろう。

だがそれは私の本能が許さない。

テーマが2つあるならばその文章にはどんなタイトルが付くのだろうか?

文章は1つのテーマについてだけ書くことが美しいのだ。

たとえば3分クッキングレシピで「カレーライスハヤシライス」だの「ハンバーグ豆腐ハンバーグ」だのといった題名がついたものがあったら思わず何を言いたいのだコイツは思うに違いない。

一見関係の有りそうな、いや実際に関係性の深いテーマであっても、1つ1つのテーマは1つの記事にまとめるべきのだ。

もしもその2つの関係性を描きたいならそれだけをテーマをにするか、先にその2のテーマについて1つずつ記事を作り合計3つの記事を作るべきだ。

そう考えてしまうのだ。

から私は500文字を超える文章を書くことが出来なくなった。

これは進化なのだろうか。

それとも退化か。

いや対価か。

まさかNHKあいまいみーとは

天津向うぜえと思ってたけど、まさかこうやって芸人つながりでNHKアニソン番組に出てあいまいみー動画流して歌もバナナマンに歌わせるとかすげーわ

っつーかあいまいみーらきすたアニソン標準として話すなや勘違いキモいオタク

メシマズが作るものサラダですら不味い

洗った後はそのまま盛り付けをする(フレッシュに見えるよう水気は切らないとのこと)

ベッショベショの上へマヨネーズ

臭い水の中にマヨネーズの欠片が漂ってる何かでしかない

http://anond.hatelabo.jp/20160626233951

へいへいほーε==================((((´ー`)

http://anond.hatelabo.jp/20160626232647

女で集まって観戦行ったりする奴いるぜ?

コミュ症っていう個人のなかにある原因をぼかすために

ジェンダーとかそういうでかい括りを持ち出してくるなよ

結局さぁ…

昼の番組パンチラなんてしたら

「昼の番組けしからん! ゾーニングだー」

とか言って

から深夜番組パンチラしたら

深夜アニメパンチラがああぁぁー! ゾーニングだー」

挙句の果てに購入者しか見れないはずのゲームでまで

「こんなエロは耐えられない! ゾーニングだー」

って完全にエロ描写をこの世から駆逐したいだけじゃねーか

何がゾーニングだよ

こいつらに一度でも譲歩したら最後、どこまでも防衛線が後退して最後はこの世から消え去るまで「自主規制」させようとするだけじゃん

ランニングコースタバコ吸うのヤメロ!!

何しに来てんだ!帰れ!走って!

いくら好きだからって、嫌がってるのにモフったら駄目だって言ってるだろ!

そういうのがモフハラなんだよ!

インターネットの向こうには現実しか無かった。

からVRの向こうにもきっと現実しか無い。

仮想現実に対する驚嘆は第二の現実誕生を祝う言葉ではなくテクスチャレンダリングへの賞賛以上の意味を持たない。

そこではやはり我々の現実の延長だけが存在する。

そこでプログラミング予測不能の行動を起こすのはそこに人の手を離れた力が介在するのではなくただ人間の見落としによってメモリに格納された数値に以上が発生しているだけだ。

インターネットの向こう側には第二の現実誕生することはなく。

常に現実の延長線上の物語事象があり、極めて不特定多数回線を共有したテレビ電話拡張版以上の存在であることはなかった。

仮想現実もそこは変わらないのだ。

我々は新しい現実を手にすることはない。

科学技術が新しい現実を我々に与えるのはまだ先の話だ。

ただただ思う。生まれ時代を間違えた、と。

http://anond.hatelabo.jp/20160625234332

だったら深夜アニメとか買わなきゃできないゲームとか完全に公共問題じゃねーじゃねーか

エロ作品存在さえ許しません」って言ってるだけだろうが

つかちょっと放置するとこんな言説まで「ゾーニング」で正当化しようとしてる時点で、規制反対派の危機感は正しかったんじゃん

http://anond.hatelabo.jp/20160626233014

自演しまくりだなwwww

すこしはバリエーションを増やしてみてはいかが

あ、社会と隔絶された生活を(以下略

http://anond.hatelabo.jp/20160625202139

閃乱カグラSV」とか完全にその手の層に向けたゲームまでエロ叩きしてる時点で、ただの表現規制派だね

ゾーニングとか言いながら、完全にゾーニングされてる作品まで文句つける

結局この手の界隈を付け上がらせるとどこまでも「ゾーニング」が加速するだけ

こいつらに譲歩し続ければそのうち「日本国内エロ作品を売るのはゾーニング違反! 海上で売れ!」になるよ

ただただ目につくものから片っ端にイチャモン付けてるだけなんだから

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