はてなキーワード: 要請とは
発達障害で自由意志が薄弱で他責思考な私は、このように相手の自由意志を尊重して自由意志に対する要請をしてくる相手が非常に苦手で、こういう要請を正面から受け止めるととても生きていられないと思う。
けれども、それが社会のスタンダードである以上遭遇機会も多いので、「内的には自然現象であると割り切りつつ、外に対しては意志と責任の存在を装う」ことで一時しのぎ的に対応している。つまり物を失くしたら「ごめん」と謝るし形式的な対策はするけど、心の中では徹底的に自責を避けて、例えば薬が合ってないかもな、などと考える。人間がお互いを自然現象であると合意して回るような社会ならこんな心労は無いのにと思いつつも、実際そうでないのだから今ある社会に合わせるしかないというのには同意する。というより、現状の社会がこうであることも、他者に自由意志を要請する人間が居ることもまた、今のところの自然の流れなのだと思っている。
意思と責任の物語にうまく参加できないことを認めてもらい、部分的に社会から降りて心の平穏を得るというモデルは、(私の個人的な意見だけど)そんなに魅力的じゃない。
自然現象=宿命ではない。自分の意思も他者の意思も自然現象であり、自然現象だからこそ分析して利用/回避/あるいは克服できると認める。自由意志なんて尊い幻想は捨てて、使える道具を全部使って人間をハックする。全員が人間をやめて、平等な自然現象として相互作用する。そういう社会が良いなと思う。医学化ってその流れの一部なんじゃないかな?
いや、私が対峙するのは原作であって、原作者の方はあまり関係ないかなっていう感じですね。
はい、人それぞれやり方は違うので。
ねねこさん。原作者さん気の毒です。脚本家さんも気の毒です。 脚本は原作を変えるように言われることも多いですよね。ね、伴さん多いですよね 恋愛要請入れてくれとか。
結構注文がつくことは多いですし、役者さんが決まってから変えてくれみたいなこともあったりしますよね。
意外と多いのが役者さんからの要望っていうのもあったりするのかな。
ロックさん。素人からするとアニメは比較的原作に忠実で、実写は原作から離れるイメージがありますね。
やっぱり肉体を持った役者さんが演じるってなった時に、変えざるを得ないことが多いんですよね。
伴
昨日もちょっと話しましたけど、アニメって原作、シナリオを作らないでまんま原作を映像化するみたいなケースもよくあると聞いたんですが、どうなんですか?
そういうケース。
原作が一番大変なのってことですね。
ですよね。だからもう映像化も想定したところで全部作られてる、作られるケースってのはこれから多分アニメーションが増えてくるのかもしれないですね。
宮崎駿も脚本も描かないといきなり絵コンテから入っちゃうみたいですからね。
この問題、いろいろ脚本化、オリジナル描きたいですっていうことは強く言いつつ、やっぱり。
伴
原作、売れてるもの、売れてる原作しかやらないっていうふうに決まってるらしいんですよ。
だからそうなると、こっちはオリジナルで描きたい、それこそ人のふんどしで相撲をとりたくない方じゃないですか、どちらかというと。
でも、その道も閉ざされてるんですよ、一方で。
はい。本当その通りです。
うーん。ね、せめて配信だったらオリジナルやれるだろうって脚本家たちも思っていたんですけどね。
その道もちょっと閉ざされつつあって。
伴
でも、あるテレビ枠は、ある曲の、あるテレビ枠は、もう、なんで原作モノやんなきゃいけないの?みたいな。
まあ、予算が少ないこともあって、オリジナルで作っていきましょうみたいなところもあることはあるんですけどね。
伴
まあ、自由にできるじゃないですか。
原作料を払わなくても、それができる。
いや、だから、やっぱりこう、テレビもだいぶ予算がね、減っているみたいな話も聞きますし、予算が減ると、かける時間も減ってしまう。
いや、悪循環ですね。
伴
そうそうそう
ちょっとまとめに入りたいと思うんですけれど、原作者さんが攻撃したかったわけじゃなくてごめんなさいってコメント残されてるのが本当に私切なくて
謝る必要なんか全然なくて、なぜかというと最初から条件として出していたその約束を
どういう経緯かわからないけど破られてしまったっていう、その経緯を説明しただけなんですよ
どうしてこういうことになったのか、それはやっぱり人として説明したいじゃないですか
ファンの方もいらっしゃるし、なんかいろんなところで誤解をするよりはってなって、それをしただけで全然
謝る必要なんかないし、誰が 責めるべきことでもないし
でも誰かを責めたい人は脚本家さんに向かってしまって、でも脚本家さんもやっぱり自分の言われた仕事をしただけなんですよ
だからそのあたりはやっぱり脚本家さんも責めてほしくないし、ただ状況が生んだなんかボタンの掛け違いで
こんなになんか世間が対立構造を作って攻撃するような状況を起こしてしまったことが私はとても悲しくて仕方がありません
はいすいませんこれが私の今回の皆さんにお願いしたいことです
本当にあの今回の件に限らず皆さん好き勝手言ってくださってもいいんですけれど でも 読んだ人は匿名のただの思いつきの発言でもやっぱり
脚本家として自分の作品が何か叩かれたりとかするのは皆さんが思っている10倍20倍実は傷ついているってことはわかっていただきたいなと
そう思っております
伴
じゃあちょっと最後にもう質問が来てるので コセキさんから、今回の問題は今後の脚本家の先生の仕事に影響を与えると思いますか?
という質問がきているんですけど
伴
どうなんですかね、脚本が勝手に変えたんだっていう風潮が広まるのは、よろしくないし、それで影響されることは出てくるかもしれないですよね
本当に原作通りやらないと、脚色は認められないようなことになってしまいますかね
でも原作通りにやるとなると、それこそ事務所側の要望も聞かない、TV局側の都合も言えないってなってほんとに純度高いものがつくれることってあるんですかね?
そういうふうにするしかないんでしょうけど
それが求められてる、世間の人が求めてることだよっていうふうに制作サイドが判断してしまうと そうなってしまうかも知れないですよね
ちょっとじゃあ私が本当に今回 もう胸が痛んだツイートを 最後に読んでご意見いただいてもいいでしょうか とある方が
このようにツイートされていました今回話題の原作をないがしろにしている脚本家って ミステリーというなかれですね
の脚本もなの?大人になってからドラマ映画って初期設定が多少違うだけで話の展開も 恋愛も人間関係もほぼ同じに見えてあまり見なくなった
もしかして全部原作の魅力をダメダメにしている脚本家のせい? 同じようなつまらない展開は10代のうちならまだ見飽きてないけど20代になったら
またこの展開か と ごめんなさいねまたこの展開かよって飽きてくるよね 水戸黄門とかのお決まりの展開を求めている人はそれ見てるだろうし原作の設定
だけコピペして人気フリーライドするのが脚本家の仕事なの? っていうツイートがあるんですけど
世間はこういうふうに見ている方がいるのかな
まあ結構多いでしょうねそういうふうに見てる方
ということです
ようは全部同じような設定に見えてきちゃうとこですか?
そうそうそれって結局原作の魅力を全部消している 脚本家のせいなんだね
そんな原作にフリーライドするのが脚本家の仕事なんだね だったらもう見ないよ
そういう意見がね 届いたり
脚本家のせいって言うよりもプロデューサーの意見が入らない脚本ってないじゃないですか
本来 制作体制とかその脚本を生み出す構造側にもっと大きな問題があるんじゃないのかなと思いますけどね
伴
ただ数日前にちょっと
CAさんとかそのお友達とかと会ったんですけど脚本家って言ってもどこまでやってる人かまだ知らないんですよ
そういう人たちってプロデューサーが何をやるかもわからない さらにわからない
わかりにくい仕事じゃないですか皆さん決めたりとかキャスティングとか全部やってるんだって言ってもなかなかヒントもないみたいなね
そうなんですよ だからね 結局でもそういう人たちの意見を取り入れすぎなのかもしれないんですよね
分からないんだから分からない人のに 分かってもらおうとかっていうんじゃなく
分からない人たちの意見みたいなものも今やっぱりね sns どれぐらいフォロワーがいるかとか
世間の認知度ってやっぱり sns 上で測ってしまう以上そこで声が上がったものが神様のように扱われてしまって
そこにこうみんながそっちめがけて動いていってしまっているから 状況変わらないかなぁ
伴
僕もこの件に関してポストしたのは 両方に同情しますって書いてあるのにそうやって擁護するんだってリアクションがあったりとかね
僕はそういうことをいろいろ説明するべきだと思うんですよ 脚本家の仕事はどういうことでプロデューサーはどういうことでみたいなことはね
でも最低限の知識を持ってほしいなと思うのと
そうですね
うん、そうですね。だから、やっぱり脚本家としてね、やっぱりこういう形できちんと脚本家ってどういうことをするのかっていうのは、
やっぱり少しでもね、わかっていただけるように、やっぱり脚本家も努力していかないといけないのかもしれないですよね。
伴
あと、昔の映画とかの広告を見ると、必ず脚本家と監督が同じポイント数で、表示されてるじゃないですか。
これもさきほどずっとやってることだけだと、もう、氏名表示っていうのはまあ作品についてくるんだけれども、
あの、ポスターとかでも脚本家の名前がなかったりとか、あるいはさっきおっしゃった鬼滅の刃みたいに、脚本家の名前が出なくて会社名になってるとか、
そういう、そこら辺の業界内でのその脚本家に対する扱いみたいな、あの、すごく軽くなってる感じはするんですね。
ここから、発信する側から変えていかないと、 なかなか伝わってこないところもあると思うんですよね。
そうですね。
もちろん、あのね、皆さんに見てもらって、初めて作品って、なんだろう、成立するってところがあるわけですから、
そういう方々の意見も大切なんですけれど、
あと、10ならえではなく、やっぱりこちらの方が一歩先に立ってリードするぐらいの作品をこれから作り出していけたらいいですよね。
伴
じゃあ、人のふんどしっていう意識はちょっとあるんじゃないですか。
オリジナルでやりたいっていうね。
はい。それはもう本当に、脚本家をオリジナルでやりたいと思ってますっていうことは、
そのためには本当にみんな勉強してる方もたくさんいますので、それだけは本当にわかっていただきたいのと。
みんな勉強そこから入りますからね、オリジナルでどう書くかっていうところから。
本当にそうです。
伴
あとほら、脚本家自身がこの小説を映画化したいとか、ドラマ化したいと思うこともあるじゃないですか。
そういう時は、直接本人に言います?
伴
それともプロデューサー?
ああ。
伴
なると思いますね。
だから、これをきっかけにして、原作物はやめようみたいな意識が、業界に働いて素晴らしい原作が見過ごされるのも悲しいじゃないですか。
うん。もちろんです。そこら辺ね、もう本当に極端に走るのはやめましょうよっていうのもありますよね。
まあね、決してその、脚本家だって頑張ってるんだから、そんな原作改編とかそんなこと言わないでよっていう気持ちも分かりつつ、
その、ね、その実際に、その、僕が、じゃあ逆の立場になった時に、
好きな原作のドラマを見てみて、うわ、なんでこんな風にしてんだってことだって、往々にしてあるし。
だから、その、なんですか、別にすごい脚本家の方持ってとは言わないですけど。
ね、でも、ね、なんかちょっと、どういう、その、色々書いちゃってるのは脚本家だけじゃないよっていうのはちょっと、知っといていただければっていう気がします。
ということで、今回は急遽本当に、伴さん、ありがとうございました。
伴
えー、すいません。何か、まともな話が出来たことが。
あ、いえいえ、いえいえ、やっぱり、はい。
じゃあ、脚本家も頑張りますということですし、本当にね、もう今回のことを教訓に、私たちも丁寧な仕事をしていくことを求めたいなと思いました。
出典:
芦原妃名子さん自◯事件について日本シナリオ作家協会の削除された密談動画の全文文字起こし公開
こんばんは
脚本家たちの深夜密談です
と言いますのもですね
やっぱり脚本家の深夜密談ということで
はい急遽決めました
私たちだけでは心もとないので
伴さんのお話を
お伺いしたいと思いますが
お伺いする前に
一応ちょっとここまでの経緯を
まずこの件の発端というのが
で当初は9割方脚本家を攻めるような
28日になって原作者の方が攻撃したかったわけではなくてごめんなさいというツイートを残してアカウントを消されてるんですよね
その段階で私自身も伴さんにこの話したいんだとお願いしてはいたんですけれど
やはり当事者の方がもう触れてほしくないのかなというツイートをアカウントを消されてるってことは
もう取り消しにしたいのかなというので触れない方がいいのかなと考えたりもしていたんですけれど
今日になって芦原さんがお亡くなりになったというニュースが届きまして
やはりここはちゃんと取り上げて
あくまでも報道やSNS上ご自身たちの発信で知ったことが全てですので
手に入れてお話しするつもりもありません
ドラマ作りなどあるいは脚色の仕方など
どんなことを脚本家がしてどんなトラブルこれまで起こってたのかなどを
お伝えできればなと思っております
伴さんもこれまでの経緯をかなり
チェックされたりされているかと思うんですけれど
伴
進んでしまってるのが一番の原因かなと思ったんですよね
僕は揉めたことなくて
そうですね
お友達になって飲みに行ってっていう方の方が多いんですけどね
ドラマを成立させてくれたんだなとは今振り返って思っててね
話し合いをしたいとこっちが言ってるけれども
間に入る編集者とかプロデューサーがそこは合わせない方がいいと思ったのか
お互い忖度してくれてるのか
合わずに
話が進んじゃう
面白かったですって言ってくれたりみたいなことがあったので
会う時間がなかったのかもしれないけれども
何かあったら直接会って話すっていうのは一番誤解もとけるし
そうですよね
私はしがちですけどね
私はして当然だと思ったりするところもあるんですよね
ただそんなに何だろう
トラブルになる
トラブルが全くなかったってわけではなく
原作者の方からこういう要請が来ましたみたいなことは結構ありますし
そこで意見がぶつかって
呼びつけられて
あなたって本当に私の原作のこと全然わかってないわねみたいなことを言われてたこともありましたけど
ただ基本的に直接脚本家が原作者の方と会うってなかなかないですよね
それはやっぱりですよね
だからそんなのを合わせたらお互い対立するに違いないみたいなこともあったり
プロデューサーが間に入り調整した結果
5聞くことにして5は原作者の方に納得していただいて
持ち帰った5だけはこちらが説得されて直すとか
やっぱりツイッター上でX上でね
とっても心が痛んだんですよね
伴
いや僕の場合結構そういう意味では原作から変えてることが多いんですよ
例えばツイッターにも書きましたけど
クリカンとか
あともう1人子供も加わってみたいなことまで
それをプロデューサー止めてたのかどうかもわからないんですけれども
本当に面白かったみたいに言っていただいて
みたいなことまで
犬がパートナーっていうのも
あのこっちで作ったやつだと思うんですよね
それが参りましたみたいなね
本当に面白いこういう漫画を書きたかったみたいなことまで書かれてたんですよ
なるほどね
そのお二人の原作に
入る時にですよ
原作ってどれくらい変えていいですよみたいな説明ってありました?
伴
これをやるんだったらこうしたいとかね
で大体そこでまとまったら
そういうのをやったと思いますよ
やっぱりそれは企画会議っていうプロデューサーさんとの会議を経て
なんか決定することですよね
そうでその企画会議でいやいやこれは原作通りにやってくださいって言われた時に
伴さんであったとしてもなかなか変えられるものではないですよね
伴
えっと原作通りにやれっていうことですか?
まあまあ会議上
伴
まあそれはもちろん同意がないとできないですもんね
できないですよねっていう
あの僕がやる時は大体プロデューサーと一緒に本を作ることにしてて
出来上がったもので
でただ****の場合はもう現場の周りもすごい面白い監督なんで
まあやったんですけどそれもまあ僕のシナリオからはみ出してない
それも面白がってくれてたんですよね
あの原作者の方の中にはやっぱりなんか2種類いるなと思っていて
もうご自由にどうぞ出来上がりを楽しみにしていますっていうタイプの
まあそういうタイプの多分今のね2ケースの場合は2ケースの場合は多分そういう原作者さんだったのかなっていう気もするんですけど
その一方で特にあの
初めて書いた本ですとか小説ですっていう原作者さんに多いのがやっぱり自分にとってすごくこだわりがあるので
原作はなるべく変えてもらいたくないですっていうようなケースもありますよね
まあ以前前々回かな深夜密談でもちょっと話題に出た柔らかい生活のね
小説なのでっていうことでまあちょっと裁判になってしまったりとか
伴
この作品だったら自由にやってくださいでもこれはっていうのがあって
だから私の場合は原作で企画ができた段階で原作者の方ってどれくらい変えていい方なんですかっていうのはまず聞くようにしてますね
そういうぐらいちょっと最近はやはりこだわられる方が増えてるのかなっていう以前よりも感覚として
という感じは
伴
で実は東野圭吾さんが**賞を撮って放課後っていうのを脚本してるんですよ
それは高校が舞台のやつだったんでもうちょっと青春よりな青春ものっぽいノリで書いたんですけど
それに関しても東野さんと会ってもいないし
なんか*****も聞いたこともないんですよね
うんうんうんそうなんですよね
ただやはり今回の場合すごく実は特殊なケースだったんだなって後から分かったのが
そのドラマ化を許可する段階の条件として原作通りにやってくださいという条件が出されていたっていうのが
ただそれを受けてしまったというか伴さん可能ですかと思うんですよね映像化するにあたって
原作まんまみたいな
伴
何をもってまんまっていうのかだってもう媒体が違うわけだから絶対同じものにはならないじゃないですか
同じものにはならない
そうですね
なんですけれどやっぱりそれをどこまでならないですよ
だけどできる限り原作を生かす方向でいきますみたいな説明がなされたのかとか
やっぱりそのあたりがまずどうだったのかっていうことと
あとその点をどれだけ脚本家に伝えていたのかっていうこの2点が分からないので
伴
脚本家のインスタ見るとそれは全く伝わってない感じですもんね
それは丸山雅樹さんが書かれたけれどもこれだから約束ごとの問題ですよね
なんか良い悪いとかじゃなくてそこがちゃんと伝わってない
両方が思ってることが違うっていう違ってたっていうことですもんね
伴
えっと僕とは多分交わしてると思うんですけど
伴
どういう約束しましたかみたいなことは聞くことは可能かと思うんですけど
ただえっと
**せ再びって
筒井康隆さんの原作のやつをNHKでやったことがあるんですけど
その時にはもうプロデューサーが筒井さんにこういう風に変えたい
なぜならこういう理由でみたいなことを愛を込めた文章でメールを送られて
そういったところから始まったみたいですね
それもこういう理由でみたいな
そういったことを言って多分テレビ化をOKしてくれたと思うんですよ
原作者チェック以上にここはこのセリフは繋がってるかみたいなことまで毎回メールをいただいて
そういうやりとりをやりました
始まる前にちょっと原宿のお家にも挨拶というか説明に行ったこともありますけどね
いやだけどなんか伴さんの今の話を聞いてなんとなく問題点が分かってきたなって ちょっと感じたのがですね
とある原作者の方がすごくドラマ化に当たってもめている最中にその原作者の方と
あってお話する機会があったんですよ 私はかからなかったんですけど そしたらその原作者が言うには別に変えてくれてもいいんだけど
変えるなら変えるなりの理由を説明してもらいたいんだよっていう そういうあたりをふわっとしたまま変えられても納得いくわけないじゃないですか
その方がおっしゃってて うんまっその通りだなと思ったんですよねうん こっちだってね他の方の原作を変えるには 変えた方がいいっていう確信がなかったら
安易に変えてるわけじゃないじゃないですか でそれをどれだけねお伝えして納得していただけるかっていうのはやっぱり丁寧な
プロセスだし時間が必要なんだと思うんですよ だけどやっぱり最近のテレビドラマの撮影のスケジュールとか制作のスケジュールを見る
ともうそういうスケジュールを取る余裕さえないような状況で作られている場合と多いかなと思うんで なんかまあねー
でもそこは時間かけるべきところですよねぇ
ほんとそう思いますねーどってそこに時間掛けなかったら その原作者にも意図も伝わらないし
うーん脚本家にもにもう 何ですか原作者にも意図が伝わらないから
そうなんですよだから不信感だけが募ってって ことなのかなってちょっとコメントいただいているので
木村さん、芦原さんは最後の2話をご自身で脚本を書かれていますが、全話ご自身で脚本を書く話はなかったのかなと思いました
いやそれは多分ご自身もなんか出ているニュースを読む限りは本当は書きたいよ 書きたくて書いたわけではなかったという
うんでねえまあを推測はしないというは言いましたけど 多分最初の約束として提示されていたんですってこれを憶測じゃなく事実として出てるん
ですけれど 完結していないからドラマの完結するその話に関しては
自分の通ストーリーを使ってほしいし、セリフもそのまま書いてくださいという条件を出していたんです
企画の時に でただその最中ですごく加筆が多くて時間的なことも考えて自分で書いた方がいいん
じゃないかって決断されたんだろうと思うんですよね だからやはり脚本は脚本家で最初のうちはきちんと任されていたんだろうと思います
そんなになんか色んな要求をされていたわけでもないしいただ やはり
何て言うんでしょうね その芦原さんには芦原さんのファンもいらっしゃるし
その脚本家さんには脚本家さんのファンもいるわけでそのファンの方々がそれぞれね自分の好きな脚本家さんあるいは原作者さんに期待するものが多いしその期待に応えたといと
思うのってやっぱりそれはねお二人とも当然 じゃないですかだからああいう説明に至っ
たんだろうと思うんですよね でそれぞれのファンの方はそれ読んで納得
すればそれで済むことだったのに そうじゃない人たちが
なんかあまりにも攻めすぎなんじゃないのっていうのは
ちょっと感じましたね
伴
まあね芦原さんの最後のツイートがツイートっていうかポストがね攻撃したかってわけじゃ
なくてって そうなんですよだからこれね
それなのに原作者がこういうことを書くっていうのはやっぱり
心を痛められたのかなぁと思っちゃいますよね
まあ 推察なんですけど
その辺りはあれなんですけれど
そうなんですあのなんでしょうねやっぱり ここ最近本当に私自身がもういけない風潮だなーって
やめてもらいたいなと思っているの がすぐに対立構造でものを語りたがる
対立したりしていた話ではなかったように思うんですよ
なんかそれで脚本家が意地悪をしたとかねー
語ってしまっているからこういう 原作者さんにしても胸を痛めるような
になってしまったのじゃないかと思いますし なんか意見を言うのは本当にねまあ
憲法で保証されている 言論の自由みたいなものを重ねておっしゃる
作られるのか先ほども言ったように脚本家1人の独断でなんて絶対改編できないのに
そんなことも知らずに なんか脚本家が一人で
な原作を変えたかのように決めつけ 避難するっていうそこはやっぱりしてはいけないことだと
私は思いましたし それは本当に皆さんにお伝えしたいなと思って
うーん今回時間を設けさせていただいているんですが
つづく
→ https://anond.hatelabo.jp/20240203204953
女の見た目に一番厳しいのは女である。女が化粧をするのは女社会からの要請であって、男は化粧してようがスッピンだろうが本来的にはどうでも良いと思っている。他人を見た目で判断するのは女だ。男は多少見た目が悪い女が相手でも興奮して生殖可能であるが逆はそうはいかない。人間を見た目で男でも女でも判断するのは女だ。
AIに書き起こさせて、途中まで手を入れましたが面倒になったのでひとまずここで公開。
こんばんは、脚本家たちの深夜密談です。今週はちょっと先週からの予告を変更しまして、急遽セクシー田中さんのお話をしたいと思っております。言いますのもですね、やっぱり「脚本家の深夜密談」ということで脚本家の名前を貸している以上、ちょっと脚本家の立場からこの話をして、ご理解していただきたいところもあるなというところから、はい、急遽決めました。なかなか勇気のある決断だったので、私達だけでは心もとないので、40年にわたってテレビドラマで活躍されている伴一彦さんに急遽ゲストとして来ていただきました。伴さん、よろしくお願いいたします
よろしくお願いします。伴さんのお話をお伺いする前に、一応ちょっとここまでの経緯を簡単にお伝えしますと、まずこの件の発端というのが12月の24日に脚本家の方が、そして今月の26日に原作者である芦原妃名子さんが、それぞれなぜセクシー田中さんの9話と10話を原作者である芦原さんが書くに至ったのかという、経緯をSNSに投稿されるんですよね。
それを受けて、ニュース、Webニュースなどでも取り上げられたり、X上、SNS上で大炎上し始めるんです。当初はもう9割がた脚本家を責めるようなツイートが多くて、「原作クラッシャーだ」などとひどい攻撃が上がっておりまして、28日、昨日ですね、になって、原作者の方が「攻撃したかったわけではなくて、ごめんなさい」というツイートを残してアカウントを消されてるんですよね。その段階で、私自身も伴さんに「ちょっとお話したいんだ」とお願いしてはいたんですけれど、やはり当事者の方がもう触れて欲しくないのかなというツイート、アカウント消されてるってことは火消しにしたいのかなというので触れない方がいいのかなと、考えたりもしていたんですけれど、今日になって、芦原さんがお亡くなりになったというニュースが届きまして、やはりここはちゃんと取り上げて、脚本家のドラマに関してですよね。この件に関して私達は当事者ではなくて、あくまでも報道やSNS上、ご自身たちの発信で知ったことが全てですので、憶測で物も言いたくないですし、業界関係者から新たな情報を、確信もなく確認することもなく、手に入れてお話しするつもりもありません。あくまでも今わかってる事実に基づいて、ドラマ作りなど、あるいは脚色の仕方など、どんなことをキャッチし、脚本家がしてどんなトラブル、これまで起こったのかなどをお伝えできればなと思っております。はい。ということなんですけれど、伴さんもこれまでの経緯をかなり、こう、何て言うのですか、チェックされたりされているかと思うんですけれど、
はい。
いかがですか。
いや、僕もツイート、X、ポストか、したんですけど、やっぱり両方、原作者と脚本家両方がお互いの意向というか意思を知らないで、進んでしまってるのが一番の懸念かなと思ったんですよね。
うんうん。
そうなんですか。
そうですね、お友達になって飲みに行ってっていうかパターンの方が多いんですよね。
ええ、ええ
そのとき、もう、いや、だから、別に責めるっていうか、まぁ番組って、だから、脚本家が自由に書けるわけじゃないじゃないですか
はい。
監督が勝手に言っとるわけで、やっぱりプロデューサーが全ての責任を負うんですよね。この番組の方向性だとか、そういう本にするとか、誰に書かせるとか、そういうのは全部、あのうそこ、プロデューサーの仕事なので、僕の見えないところで、原作者と、いろんな交渉をして、ドラマ、バリューチェーン繋げてくれたんだなとは、今振り返って思うんですよね。
つまり、トラブルがなくすのが、プロデューサーの仕事というふうに思ってるんで。ただ、原作者の意図とかわからないときに「話し合いをしたい」とこっちが言ってるけれども、やっぱ間に入る編集の人とか、プロデューサーが「そこは会わせない方がいい」と思ったのか、お互いに忖度してくれてるのか、合わずに、あの、話が進んじゃう。で、最後に、何か打ち上げか何かでお会いしたときにはもう、記者会記者発表のときか、お会いしたときにはもう「面白かったです」って言ってくれたりみたいなことがあったんで、もっと早く…多忙な作家さんだったんで、うん、逢う時間がなかったのかもしれないけれども、何かあったらやっぱり直接会って話すというのが、一番誤解も解けるし、やりたいことも再確認できるし、いいんじゃないかなと思いますね。
そうですよね。私も、まぁ、テレビに限らず映画なんかでもそうなんですけど、やっぱり、私の感覚からすると、やっぱり脚本家と原作者って、やっぱり作家同士ですのでね、性質上どうしたって対立したりってする、しがちっていうか、私は当然だとは思ったりするところもあるんですよね。
ただ、そんなになんだろう、トラブルになる、トラブルが全くなかったってわけではなく、やっぱりこちらで書いたものを、原作者の方からこういう要請が来ましたみたいなことは結構ありますし、そこで意見がぶつかって、はい、まあね、「ちょっとうちで話しましょう」みたいな呼びつけられて、「なんかあなたって本当に私の原作のこと全然わかってないよね」みたいなことを言われてたこともありましたけど、ただ、やっぱり基本的に直接脚本家が原作者の方と会うってなかなかないですよね。それは、やっぱり、ですよね、だからそんなの「会わせたら、何かお互い何か対立するに違いない」みたいなこともあったり、プロデューサーが間に入り調節した結果、だから原作者の要望も十聴くのではなく、五聴くことにして、五は原作者の方に納得していただいて、持ち帰った五だけはこちらが説得されて直すとか、なんかそういうことで仕事をしてきた経験があるので、やっぱりTwitter上、X上でね、なんか「脚本家が原作を全部変えている」みたいな発言を見ると、とっても心が痛んだんですよね。
伴さん、経験上、ご自身、勝手に「もうこのキャラクターこっちに変更しますから」って言って通るってどれぐらいの確率であります?
いや、僕の声結構そういう意味じゃ、原作から変えてることが多いんですけど、例えばツイッターにも書きましたけど、クリスチャンとかも原則を歴史小説家なんですけれども、それもやめて探偵事務所にしてジョシュ担当の上司がいるんですけど、それも原作だと女性だけのお2人の男女にして、あともう1人、子供も加わってみたいなこともあるんで、ほとんどもう原作のエピソードも使ってないんですよね。
なるほどなるほどはい。でもそれに関しては寺沢さんって原作者の方からは何もなくそうですか。そのプロデューサーが止めてたのかどうかもわからないんですけれどもうん、うん最後のスタジオ収録の日、最終回のスタジオ収録のときにいらっしゃって、ホテルとかですって僕はちょっとドキドキしてたんですけれども、本当にご紹介あったみたいでいただいて、それから結構一緒に飲みに行くようになって、うん。
エースの悪口を言ったりとか、みたいな部分までだし、後で頑固も、もう、うん。原作はほとんど使ってないし、多分ちょっとだいぶ忘れてましたけどええ。昨日、犬がパートナーっていうのも、こっちで作ったやつだと思うんですよね。
ええ。国際の森本と書かれると森本翔子さんっていう方が原作者なんですけれども。はい。そう、何回目か、進んだときに、スタッフルームに手書きの漫画付きのFAXをいただいてそれがほ参りましたみたいな、多分本当に面白いこういう番号を書きたかったみたいな言葉で書かれてたんですよ。
なるほどねそのお2人の原作2入るときにですよその仕事を受ける段階でプロデューサーから原作ってどれくらい変えていいですよみたいな説明ってありました。いやあ、僕になかったと思いますなるほど。それいや、ちょっとこの、これをやるんだったらあれだ、うんをしたいとかね、運行しましょうみたいなのを企画会議でやって、うん大体そ、そこでまとまっただったと思いますよ。
やっぱりそれは企画会議っていうプロデューサーさんとの会議を経て、何か決定することで、強ねそれでその企画会議でややこれは原作通りに行ってやってくださいって言われたときに、晩餐です。あったとしてもなかなかるものではないんですよね。
原則通りにやれっていうことですか。ママ会会議場を、つまり晩餐1人の力で変えられるものなのかなっていう、それはもちろん、同意がないとできないです。できないですよねっていう僕がやるときは大体、プロデューサーと一緒に訪問することにしててはいはいええ。
監督後から入ってくる先生も出来上がったもので、うん、うん。ただ眼光の場合はもう現場のありもすごい面白い監督があって現場で思いついたことを入れてたりとかねやったんですけどそれを僕のシナリオからはみ出してない、原作からははみ出してると思ったんですけれども。
うんそれも面白がってくれてたんですよね。ですよね原作者の方の中には、やっぱり何か2種類いるなと思っていて。うん。もうね、原作は原作映像化は映像から全く別物なので、もう50にどうぞ出来上がりを楽しみにしていますっていうタイプの原作者さんも少なからず、いらっしゃるっていうそういうタイプの、多分今のね2ケースの場合は、バケツの場合は、多分そういう原作さんはファンだったのかなっていう気もするんですけど、その一方で、特に初めて書いた本ですとか、小説ですっていう作者さんに多いのが、やっぱり自分にとってすごくこだわりがあるので、はい。
原作はなるべく変えてもらいたくないですっていうような大きいケースもありますよね以前、前々回かな。陳亜美さんでもちょっと話題に出たやわらかい生活のね、はい車や作者さんも本当に思い出のある小説なのでっていうことでちょっと裁判になってしまったりとか、うんやわらかい生活でしたっけ、やわらかい生活ですねはいっていうのもあったりですねお父さんこんばんは。
もうアンさんのポストも拝見してます。ゆはい、拝見してましたってことでした。はい人偏に半分の判断でよろしくですそうです。はい。3社になってますねこれ細谷さん違います違います。それさんではないです。別な方失礼しました。
患者さんの知らないファンの方もいらっしゃるということで、はい、はい、うんそういうはい。いや、僕東野圭吾さんってどっちタイプなんですか。私は東野さんやったことないのでよくわからないただ作家の方でも作品るケースも結構あるんですよね。
この作品だったら自由にやってください。でもこれはっていうのがあって、だから私の場合はもう原作で企画ができた段階で、原作者の方ってどれくらい変えていい方だなんですかっていうのをまず聞くようにしてますねっていうぐらい、ちょっと最近はやはりこだわられる方が増えてるのかなっていう、以前よりも感覚としてこうっていう感じは、今月は東野圭吾さんが担当相を取った放課後っていうのを着色してるんですよ。
はいはいはい。ドスパラ部木曜ドラマストレートだったかな、うん、うん、それは高校が舞台のやつだったんで、もうちょっと青春寄りな精神者っぽいノリで書いたんですけど、それに関しても東野さんと会ってもいないし、何か意見を聞いたこともないんですよねそうなんですよねただやはり今回の場合、すごく実は特殊なケースだったんだなって後からわかったのがもうそのドラマー化を許可する段階の条件として、原則通りにやってくださいよという条件が出されていたっていうのが、うん。
ちょっと今回の場合、かなり特異なケースだなとは感じたんですよねただ、それを受けてしまったというか伴さん可能ですかと思うんですよね映像化するにあたって、原作まんまみたいな。上着を持ったまんまっていうのがあっても、媒体が違うわけだから、絶対ね同じものには何年か同じものにはならないですね。
なんですけれどやっぱりそれどこまでならないですよ。だけどできる限り、うん、もう原作を生かす方向でいきますみたいな説明がなされたのかとか、うん。やっぱりそのあたりがまずどうだったのかっていうことと、あとその点をどれだけ脚本家に伝えていたのかっていうこの2点がわからないので、いや、脚本家にすすめるとそれは全く伝わってない感じですもんねそうですそれはそうそう丸山を正木さんが書かれてるけれども、これだから約束事の問題ですよね。
何か緑色に悪いとかじゃなくて、そこがちゃんと伝わってない、両方が持ってることが違うっていう違ってたっていうことですかね。こういうのって普通の契約書みたいなのって交わすんですか。特に多分返してると思うんですけど、僕は1回も原作者と局が交わした契約書を見たことはないです。
脚本家が見れるものではないんですね。そうですねどういう約束しましたかみたいなことを聞くことは可能かと思うんですけど、僕は聞いたことはなくて、そういう質問したこともないんですけど、ただ、七瀬再び行って、筒井康隆さんの原作のやつをNHKでやったことがあるんですけど、そのときにはもう、プロデューサーが、筒井さんに、こういうふうに変えたい。
なぜならこういう理由ねみたいなことを、もう愛を込めた文章でメールを送られて、たところから始まったみたいですね。だからヘンリーっていう円だったかな、黒人が出てくるんですけれども、ちょっと時代的にも今の時代はちょっと黒人が上位に出てくるタイミングでみたいな、うん能力の話ですけど、それはちょっとまずいかなっていうものもあって、日本人に変えたんだけどね。
うん。ヘンリーというそれそれもこういう理由でみたいなこと言って、多分テレビかOKしてくれたと思うんですよ。手続きの場合は、もう本当にあの台本隅から隅まであって、原作者チェック以上に、ここはこのセリフは繋がってるかみたいなことまで毎回、メールをいただいてそれをプロデューサーが僕に直接見せてくれたんですよね。
そういうの直したまんま直したかちょっと忘れましたけれどもそういうやり取りをやりますよって言って始まる前にちょっと原宿のおうちにも挨拶というか、説明に行ったこともありますけどねうん。いやだけど、なんかお母さんの今のお話を聞いて何となく問題点がわかってきたなってちょっと感じたのがですね、とある原作者の方がすごくドラマ化にあたって揉めている最中にその原作者の方と会ってお話する機会があったんですよ私は関わりがなかったんですけど、うん。
そしたらその原作者が言うには、別に変えてくれてもいいんだけど、変えるなら変えるなりの理由を説明してもらいたいんだよっていう、そういうあたりをふわっとしたまま帰られても納得いくわけないじゃないですかってその方おっしゃってて、うん。
全くその通りだなと思ったんですよね。うん。こっちだってね他の方の原作を変えるには、変えた方がいいって確信がなかったら安易に変えてるわけじゃないじゃないですか。うん。それをどれだけね、お伝えして納得していただけるかっていうのはやっぱり丁寧なプロセスだし時間が必要なんだと思うんですよ。
うん。だけど、やっぱり最近のテレビドラマの撮影のスケジュールとか制作のスケジュールを見ると、うん多いスケジュールを取る余裕さえないような状況で作られてる場合って多いかなと思うんで、なんかねでも、そこは時間かけるべきところですよね。
本当そう思いますね。だってそこに時間かけなかったら、原作者にも意図が伝わらないし、虚構化にもう、なんですか、原則省の意図が伝わらないから、結局齟齬は発生してそのままずっといっちゃいますよねそうなんですよ。
だから不信感だけが募ってってくることなのかなってちょっとコメントいただいてるので、6木村さん、芦原さんが最後にはご自身で脚本を書かれていますが、前はご自身で脚本を書く話はなかったのかなと思いました。いやそれは多分ご自身も何か出ているニュースを読む限りは、本当は書きたいを書きたくて書いたわけではなかったという。
うん、うんね。推測はしないというは言いましたけど、多分最初の約束として提示されていたんですって。これは憶測じゃなく事実として出てるんですけれど、完結していないから、ドラマの完結する和に関しては自分のストーリーを使ってほしいセリフもそのまま書いてくださいという条件を出していたんですって、許諾のときにただその最中ですごく過失が多くて、時間的なことも考えて自分で書いた方がいいんじゃないかって決断されたんだろうと思うんですよね。
だからやはり脚本は脚本家で最初のうちきちんと任されていたんだろうと思います。そんなに何かね、無効な要求をされていたわけでもないし、ただやはり、なんていうんでしょうね。芦原さんには芦原さんのファンもいらっしゃるし、その脚本家さんには脚本家さんのファンもいるわけで、そのファンの方々がそれぞれね自分のが好きな脚本家さん、あるいは原作者さんに期待するものが多いし、その期待に応えたいと思うのってやっぱりそれはねお2人とも当然じゃないですか。
だからああいう説明に至ったんだろうと思うんですよねそれぞれのファンの方はそれ読んで納得すればそれで済むことだったのに、そうじゃない人たちなんかあまりにも攻めすぎなんじゃないのっていうのはちょっと感じましたね。
まあね芦田さんの最後のDとかツイートっていうか、そこがね、攻撃したかったわけじゃなくてってそうそうそうなんですよ。だからやっぱりね、うん。すいません、このプランだから、あの脚本家の方に非難が集中してるけれども、原則車に避難っていうのはな、ほとんど僕見たことがないんですけどそれ、それなのに、原作者がこういうことを書くっていうのはやっぱりSNSへの誹謗中傷に心を射止められたのかなと思っちゃいますけどね省察なんですその辺りはねあれなんですけれど、そうなんです。
なんでしょうねやっぱりここ最近、本当に私自身がもう行けない風潮だなって、やめてもらいたいなと思ってるのがすぐに対立構造で物を語りたがるっていうだからこれだって別にね、そこまで本課さんと原作者さんが直接的に2人で対立したりしていた話ではなかったように思うんですよ。
ひょっとして、日テレと小学館がドラマ化契約締結した後に、この脚本家に決まったのを知った原作者が脚本家に作品を改変させない(必要があると思い込んだ)ために契約に含まれない「約束」を日テレに守らせるよう小学館に要請してて、小学館もちゃんと契約外の要請を日テレに結構ゴツくやり続けてたけどドラマ現場スタッフ的には契約にないのになんか原作者がうるせーなってずっとなってたんかも。んで毎回「約束」を守らない→書き直し手直しを繰り返すもんだから日テレ上層が小学館の顔を立てて脚本家降ろしたのに原作者が裏側暴露しちゃったから日テレが行って来いでブチ切れて契約違反で訴訟だのなんだのって言っちゃったんじゃないかなっていう妄想。
・避難先の鵜川小学校には被災者が300人ぐらいいるが備蓄が尽きていることなどを発信
・個人ボランティアやキッチンカーや医師などが「な」の呼びかけによって集まる
・「な」は県外に借りてる部屋があるが、避難所は高齢者ばかりなので介護のため残る
・近隣の避難所では「個人ボランティアから物資を受け取ると世間から怒られる」と拒否しているところもあったが、「な」は全部受け入れていた
↓
・県や国が個人ボランティアの自粛要請しているのに呼び込むな、と県内外から「な」へ批判殺到
・「な」は被災前にDiorの香水をクリスマスにもらっており、「Diorなんて女子大生はパパ活しなきゃ手にできない」と認知プロファイリングされる
・「避難所でもパパ活してる」「パパ活で物資をもらった」「パパ活目的で避難所から出ていかない」と中傷される
・「な」がインタビュー受けたことで実名が報道され、実名を挙げて「パパ活してる、学校でも嫌われ者」と無関係の福岡の50代男性が吹聴
・鵜川小学校は勝手に個人ボランティアを呼び込む奴がいるから支援は後回しにしろと馳知事にリプが飛ぶ
・どこかのボランティア団体が鵜川小学校や付近に行ったり行く報告をするたびに「鵜川小学校は十分恵まれているから後回しにしろ」と部外者がリプ
↓
・「な」のインスタが特定され、相互フォローの大学同級生まで中傷対象になる
・「な」、災害記録としてTwitterアカウント自体は残すが発信はもうやめるとのこと
・一連の流れを追っていた人たち、「な」叩きに怒り、福岡の50代男性が「誤解していた」と陳謝
・福岡の50代男性、自分への叩きが酷すぎるから名誉毀損で訴えると宣言
「な@0x2x0x1様が未成年で喫煙やパパ活をしていると投稿しましたが、こちらの勘違いでした。
また、攻撃的だと捉えられることも発言したことをお詫び申し上げます。
この度はな様や #鵜川小学校 の方々。支援してくださっている方々へ多大なご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした。」
「少ないですアピール(´^д^`)ワロタ
タダ飯食えて、新品の服や家電が貰えるから、わざわざ避難所に来てるんだろ
お前、学校でも噂になってるぞ」
「他の被災者と違い自分達のことだけを垂れ流し続ける、自分達だけでも状況を改善したいという本音がある人が運用しているアカウントですね。
もちろん鵜川地区の皆さんが皆そういう人ばかりだと思いません。この運用者だけ。」
「同じ被災者を含む他のアカウントがリツイートしてくれているおかげで拡散されて、医者もボランティアも来たのに、鵜川小学校発信者は常時自分たちのことだけ発信し続けて、タイムラインも見やすくしている。お察しですね。
「随分と贅沢な避難所だな
ここを支援物資受入の拠点としてるみたいだから、良いものはここで止めて、余り物を他の避難所へ持って行ってるんだろうな
他の避難所に行かせるべきだろ」
「鵜川小学校は物資がツイッタラーが発信して、ボランティアがたくさん来て物資が潤っている。
鵜川小学校以外に物資を届けよう!!#能登地震 #能登半島地震 #能登町鵜川」
「鵜川小学校は、1月12日(金)に大阪のボランティア団体がシャワー室設置済です。
御社が鵜川小学校に設置したシャワーは撤去して、他のシャワーが無い避難所に設置してあげてください🙇♂️」
「能登町・鵜川小学校は被災者の1人による私的なTwitter発信により、避難所の中ではトップレベルに物資が潤って良い環境にあります。
鵜川小学校だけはスルーして、他に山ほどある、わずかな公的支援しか受けられない避難所への支援をお願いします。」
「なお、その手厚い支援をしている首謀者が兵庫県在住の「****」という部外者の女子大生
帰省した時に被災しただけで、帰る家はあるのに帰らず、避難所に留まり、SNSで呼びかけ、支援物資を溜め込む。
「他所に家や生活基盤があるのに避難所にいる人は、「被災者」ではなく「ボランティア」だ。
その「ボランティア」が「被災者」のために送られる公的支援物資を受け取ることは、税金泥棒に該当する。」
「中途半端なボランティアが、下調べが不十分だから簡単にツイッタラーにホイホイ付いて、有名避難所に群がる😓
#能登半島地震 #能登町鵜川 #鵜川小学校 #能登町 #能登 #石川県 #石川 #地震」
「帰省中に避難したなら、住む場所失った本当に困ってる被災者とは違うのに、いつまでも避難所に居座って支援された物資を消費したり、炊き出し食べる人って不思議。住む場所があるなら家族引き連れて自分の家に戻ればいいのに。住む場所失ってもいないのに。1人減るだけで消費量変わるよ」
「帰省中に被災した人は、速やかに避難所を出て自宅に帰って自活するべき。
それにより、生活基盤が現地にしかない皆さんへ支援物資が行き渡る。
自宅へ戻って自活出来る人が支援物資を受け取るのは、税金泥棒である。
#能登半島地震 #能登町鵜川 #鵜川小学校 #能登町 #能登 #石川県 #石川 #地震」
個人情報特定され、今頃、必至に過去ツイートを削除し、インスタを非公開にして、逃亡」
「ホントだwww写真消してるwwwメディア取材に対応して、フルネームも公開されてるしね承認欲求が強いと大変だね」
「SNSでの嫌なコメントが気になってメンタルが〜、って自分がアピール投稿続けてきた結果じゃん。
嫌なら鍵アカにすればいいのに。
鍵アカにすればお仲間だけにヨシヨシしてもらえてちょうどいいじゃん。
そもそも、自分達さえ良ければっていう思考で周囲への配慮に欠けた投稿をしなければイイのに」
「現在、特定用インスタ垢で捜索中…フォロワーの6割は兵庫県民」
「すごいっ!!わかったらヨロシクです。◕‿◕。」
シンプルな疑問として、地震直後にヘリを飛ばして多くの箇所での家屋崩壊、土砂崩れが確認できたら、
各国に救助隊を要請、翌日には人員と必要な物資をヘリで送り込むことができないのか、とは思う。
だけれども、今更、誰が良いとか悪いとか、揚げ足取りをしても仕方がない。
「道路が足りないから」「自衛隊が配備されていないから」などの問題点はよくわかったので、
他の地域でも、想定の震度をさらに高く設定して、深甚な災害に耐え、迅速な展開・救助ができる体制を整えようぜ、という落とし所でいいのじゃないの?
これからも地震があるたびに人死にを多く出して、想定外でした、インフラがなかった、仕方がないことでした、と繰り返していいとは思われない。
でも山本太郎がボランティアに入ったら「来るなって言ってるのに行った!!!」って大騒ぎしてましたよね???
あの時山本太郎を叩いてたやつら、変な情報発信した石川県、どうすんの???
来るな!とか言って行った奴叩くような状況で誰が行くんだよwwwww
山本太郎を叩いてたやつらはこういう状況を作り出した自覚あるの?間接的に人を殺した実感ある?
そもそも山本太郎は現場のNPOの要請を受けて現場入りしたわけで、つまり不要不急ではなく必要で急を要したケースなんだけどただ単に山本太郎叩ければ何でもいいって思ってヒスってNPOごと叩いてたバカ壺共は人殺しの顔をしろよ
ああ、でも被災者とかも避難が長期になると毎日そうやって援助に対する「心からの感謝」「もうしわけなさそうな仕草」を強要されつづけることに疲れたっていう話きいて印象的だったね
どうしてもギリギリのとこで支え切れないと思うなら一生二度とつきあわないとして社会に託すしかないわな
ただここに相談してるってことは元増田はまだ踏みとどまれるかもしれないとおもってるわけだよね
1 彼女は気づいて最初に謝罪または感謝してるけど「心がこもってない」とかで忘れられてるケース これは元増田が悪い
2 彼女はそういう言葉を本当に一切口に出していない(録音してみればいいとおもう)←これは彼女が悪いし、たぶん自覚もない。
発達障害者には「無くした」「見つかった」などというサプライズに対応する力が弱い人が多い。
「見つけた人の気持ち」まで気が回らない、完全に余裕がない場合も多い。
「いっしょに録音をききなおしてもけっこう対応がひどいよね、こういうときは落ち着いた後でいいから謝罪か感謝して。
他でもそうしたほうがあなたの印象もよくなるよ」といってみよう。
parrying 選択的夫婦別姓は大いに賛成なのだが「パスポートの名前とビジネスネームが異なる」程度のことでトラブルが発生する海外さんサイドにも問題があるだろう
esbee ブコメ、『海外さんサイドにも問題があるだろう』じゃあ国連にでも問題提起するか?諸外国に配慮をお願いするのと国内の制度を変更するののどちらが現実的か、考えるまでもないと思うけどね
parrying はぁ?俺が海外に変えさせるのが現実的だとか言いましたか?言ってもないし思ってもないことに言いがかりつけないでくださいね
オレは parrying さんの肩を持つ。
困難な現実を目の当たりにして心がポキリと折れて考えるのをやめてしまうのは、いわゆる内面化のプロセスだ。
例えば、受験日の痴漢に要請してやめてもらうのは現実的ではない。自衛する方が現実的だ。そのようにして被害者たちは自分を責めがちである。だけどそもそも加害者である痴漢がすべて悪い事を忘れてはいけない。
法哲学の議論を参照して「愛らしいから」=「他とは区別される特定の属性を持っているから寄付する」という考えが正義にもとることは肯定しつつ,寄付するべきではないという考えを批判してみる.
まず,正義は「等しきものを等しく扱う」ことが本質だとしばしば定義される.
かわいそうなポメラニアンと,かわいそうな黒い大型犬はどちらも「かわいそうな犬」という属性で等しく,両者に対して異なる扱いをすることは正義にもとる行為にあたる.
他方,慈悲,あるいは愛は,「等しきものを等しく扱わない」.
個体の属性ではなく,今まさに存在する「この個体」を救うことに関心があるからだ.
「かわいそうな犬」だからではなく,「この」かわいそうなポメラニアンだからこそ人は憐憫を垂れる.
法哲学者の井上達夫の言葉を借りれば,「愛の本質である個体性への関心と配慮が正義の普遍主義的要請と対立する」(井上達夫. (1986). 共生の作法: 会話としての正義. 創文社. 117.).←たしか近年新版がでている.
では我々は,正義にもとるということを理由に,特定の属性を持つ人々のために自発的に寄附を行うべきではないのだろうか.
何が「等しい」のかを民主的手続きに基づいて決定し,一応の正義を認めることができる主体である民主主義国家による再分配に我々の持つ金銭というリソースは委ねられるべきなのだろうか.
そうではない.
なぜならば,民主主義国家によって達成される正義は手続的正義にすぎないからである.
「正しい手続きを踏んだから,かわいそうなポメラニアンを救済することにし,黒い大型犬は放置することにした」.
これは本当に正義だろうか.
何が正義なのか,何が「等しい」のか,やはりその実体に踏み込んで考える必要がある.
この実質的正義と寄附を考える上で注目すべきが,この十年で存在感を増している「効果的利他主義」である.
昨今のオープンAIのアルトマン解任騒動で目にしたことがある諸兄もいるかもしれない.
効果的利他主義とは,簡単に言ってしまえば「社会全体にとって最も費用対効果の高い良いことをすべき」という考え方である.
ここでの費用には,金銭だけではなく,自分の時間・労働も入る.
かわいそうだから,というある種偶然に基づいて他者のためのリソース投下をするのではなく,コスパという等しい基準を置いてあらゆる利他的活動を比較評価し,最もコスパが良いものに投資する.
この比較には,「リソース投下に対する社会的インパクトを定量化できる」のが大前提になっている.
社会科学の素養がある人間ならばすぐに気がつくように,あらゆるものを同じ基準で定量化することは不可能である.
例えば,生命という多くの人が合意するであろう基準に関しても,単に生きていれば良いのか,健康寿命なのか,QOLによって測り方が変わる.
定量化の前提は,効果的利他主義の限界の一つとして指摘できるだろう.
効果的利他主義において,個体性への関心はどのように扱われているだろうか.
便益を最大化することにこだわることは,特定の目標との個人的な結びつきを否定することになる.例えば,「家族ががんでなくなったからがんの撲滅に情熱を注ぐ」という行動は否定されるべきなのかという批判に対しては,次のように反論している.
たまたまの理由だけで一部の人々のニーズを優先していることになり,もっと効果的に手を差し伸べられる人々に対して不公平である,と.(ウィリアム, M.. (千葉敏生訳). (2018). 「効果的な利他主義」宣言! : 慈善活動への科学的アプローチ. みすず書房. 42-43.)
そろそろ疲れてきてしまったのでまとめよう.
特定の属性を持つという偶然を理由として寄附をすることは正義にもとる一方で,民主主義国家を通した再配分には手続き的正義に留まるという限界がある.
実質的正義を追求するには,効果的利他主義のような一定の基準を持った上で,最終的には自分なりの正義を追求して寄附を行うべきなんじゃないだろうか.
なお,筆者自身は効果的利他主義者ではなく,単におもしろい考えの一つとして注目しているに過ぎないという点を申し添えておく.
ここ最近、憲法9条って実は良いんじゃないかと思うようになった。
① 中東情勢には心を痛めているが、いざ改憲してアメリカや国連から派兵要請来たら「No thank you…」な感じだろう。特に宗教関係で巻き込まれるのはごめん被る(パレスチナ解放戦線のしたこととかマジ勘弁)。9条掲げて距離を取りたい。
いや、本当にあそこらへんの問題は、俺たちになんの関係あんの?
② ウクライナ情勢も、ロシアは日本の隣国ではあるが、基本的にNATOとの角の付き合いだろう。人道支援に文句は無いけど、9条を盾に実働は避けたい。
③ こう書くと敗北主義だとか言われるだろうが、自衛隊は現在の法体系のなかでは、ある程度動けるから、とりあえず9条ぶち上げとけばいいんじゃないかと考えてる。むしろ、改憲派は①や②に積極的に関わりたいん? 専守防衛でいいやん。
自衛隊の位置付けについては、日高義樹の本とか参照。ただ、本当に自衛隊の不祥事多いよね〜
https://news.yahoo.co.jp/articles/3c631d51dbb3d564b6f8159d8058f32b807ae2a2
要約すると、滝沢秀明氏が旧ジャニーズ退社後立ち上げた芸能事務所TOBEが被災地で炊き出しを行ったという話だ。
これだけだと美談に聞こえるが、公式からのコメントを見ると美談にしてはいけないことが多すぎる。
https://twitter.com/tobeofficial_jp/status/1744343194320699461
まず被災地へいち早く行き過ぎている。
1/3には東京から被災地へ向かっており、1/4、1/5に炊き出しを行っているのだが、1/4には県知事が個人での訪問を控えるよう呼びかけが行われている。
訪問をしたのはあくまで個人ではなく企業としてだから問題がない、という擁護が出ているが、震災発生から数日というまだ被害全容が出ていない段階で零細企業の受け入れができるのだろうか。
1/2や1/3で物資を運んだのは山崎パンやフジパンなど、日用品を日ごろから担っている企業が主である。
TOBEはあくまで芸能事務所であり、このようなレベルの物資を運んだとは考えにくい。
県や市の関係者とやり取りをして被災地に行く企業もいて、TOBEもこの手順を踏んだ可能性がある。
例えばタレントの紗栄子氏が立ち上げた社団法人や野口健氏のNPOでは自治体からの要請のもと被災地へ物資を届けていることを公言している。
TOBEも同じかもしれないが、「関係各所」としか書いておらず、この関係各所に自治体が含まれているかは定かではない。
定かではないので「入っているんだ」と捉えるのは危ない。
そもそも公式文書が「ある一つの連絡をきっかけに、」という言葉から始まるのはどうかと思うが、被災地訪問へのきっかけが「孤立したある家族を救うため」と公式文書には記載がある。
もちろんこの家族は誰なのかを書く必要はない。しかし、災害救助のプロではないTOBEが行く必要もない。
これを許してしまうと、例えば被災地ではない土建屋が輪島にいる親戚を救おうと何台もの重機で行って救う、というのも許容されてしまう。
こういったケースがいくつも増えてしまうと統制が取れない、道路が渋滞して作業が滞るなどの恐れがあるため、先述した通り知事から呼びかけが行われている。
実際某泡沫党を除き、主要な政党は訪問を控える方針を固めている。
個人的に一番憤っているのが現役のタレントを帯同させたことだ。
若い力を率いてある家族を助けに行きたかったのはわかるが、あくまで彼らはタレントであり、救助のプロではない。
もちろん、ボランティアが救助のプロである必要はなく、旧ジャニーズではタレントが豪雨被害や台風被害にあった地域のがれき撤去ボランティアを行っている。
しかしまだボランティアの受け入れすら行っていない、行えない地域に素人を連れて行くことは危険すぎるのではないか。
いや、ただの素人ならまだいいが、連れて行ったタレントは全くの無名ではなく、ドームでライブを控える超有名タレント。その影響は考えなかったのだろうか。
自分の推しがまだ危険な状態で連れていかれたら事務所へ不信を抱くし、行くと豪語したら何言ってんだと思うし周りは止めろよって思う。
被災地の人は喜んだからいい、被災地に一刻も早く救助が必要だからいい。
確かにそうだ。実際自分が被災者で不安な日々だったら感謝をするかもしれない。
しかしこの賞賛はもしかしたら数多の犠牲を生んでいたかもしれない。
今回はたまたま運がよかっただけで、もしかしたら移動の間に土砂崩れにあっていた可能性もあるし、津波に巻き込まれる可能性もある。
地震が多いからこうしたリスクは常にあるということはそうだが、少なくとも今は該当の地域はそのリスクが格段に上がっていることくらいはわかるだろう。
手放しで褒め称えているファンは、アンチTOBE勢力関係なく、一般の人からなぜTOBEがへずまりゅうやコロアキといった迷惑Youtuberや山本太郎と並べられているか、もう少し考えたほうがいい。
10日現在、エンタメ界では義援金・支援金を寄付する報告が絶えない。被災地に行きました報告は「ほぼ」ない。
義援金を届けること、支援金で団体をサポートすること、エンタメにいる人は災害時のプロではない、それがわかっているからエンタメ界は皆お金で支援をし、ファンに呼びかけているのだ。
TOBEに多額の寄付をしろとは言えない。立ち上げたばかりの事務所、CSRに投資することができない可能性もある。
ただそれでも、そのSNSで寄付を呼び掛けることはできるのではないだろうか。自治体の呼びかけに応じ、ファンに被災地への訪問を控えるよう呼びかけることもできるのではないだろうか。
ラノベみたいだけどラノベみたいな文章で公式が声明出してるんだわ
https://twitter.com/tobeofficial_jp/status/1744343194320699461
※当時一般車両が原因で石川では渋滞が発生し、県知事が来訪を控えるよう強く要請
※ヤマザキパンなど国や県の要請により石川入りするのはよいが芸能事務所であるTOBEに要請が来ると思えず、その記載もなし
※1/3-1/6の期間のうち、自分たちの食事、眠る場所、トイレなどの記載がなく不透明
※この期間は余震が続く可能性が高く、自分たちが二次災害に巻き込まれる可能性あり
やったことは善行かもしれないがこれを美談にしてはいけないと思ってるし、称賛しているのはTOBEの一部ファンだけで安心した。
れいわ新撰組山本太郎氏の能登半島入りが問題視されている。ネット上では、れいわ支持者と批判者の間で激しい応酬が続いており、増田個人としては山本太郎氏には批判的である。(石川県から要請が出ているように交通網の寸断が激しく、現時点ではNGO含む一般人の立ち入りを控えて自衛隊などのプロに任せる方が人命救助につながるという見方 / 山本太郎氏が影響力があるので感化された素人が現地に行って迷惑をかけたり、役所を電話対応等で疲弊させてしまう事の懸念)
Xやはてブ等のネット上の温度感もおおむね批判的(体感8割くらい?)だけど、思考実験として日本維新の会の神戸市出身の議員(仮に議員Aとする)が「阪神大震災の時に全国から支援してもらったので恩返しがしたい」と言って、スタンドプレーに走って能登半島入りしたらどういう反応になるだろうか?
考えられる組み合わせとしてはこの8通りになる。
1 | れいわ支持者 | 山本太郎の行動支持 | 維新の議員Aが同じ行動をやったら支持 |
2 | れいわ支持者 | 山本太郎の行動支持 | 維新の議員Aが同じ行動をやったら不支持 |
3 | れいわ支持者 | 山本太郎の行動不支持 | 維新の議員Aが同じ行動をやったら支持 |
4 | れいわ支持者 | 山本太郎の行動不支持 | 維新の議員Aが同じ行動をやったら不支持 |
5 | れいわ支持者でない | 山本太郎の行動支持 | 維新の議員Aが同じ行動をやったら支持 |
6 | れいわ支持者でない | 山本太郎の行動支持 | 維新の議員Aが同じ行動をやったら不支持 |
7 | れいわ支持者でない | 山本太郎の行動不支持 | 維新の議員Aが同じ行動をやったら支持 |
8 | れいわ支持者でない | 山本太郎の行動不支持 | 維新の議員Aが同じ行動をやったら不支持 |
理性的な人なら山本太郎の能登半島入りも議員Aの能登半島入りも両方同じ態度をとるはずである。(増田は誰がやっても不支持という立場)
が、世の中党派性が強いので、いわゆるネトウヨ的な保守派は議員Aが同じ行動をやったら賞賛しそうだし、れいわ支持者は議員Aが同じ行動をやったら批判しそうに思えてしまう。実際に一貫した態度取れる人って半分もいないんじゃなかろかと思う。上記組み合わせでいうところの2や7のような反応が多いんじゃないかと。皆さんはいかがお考えだろうか?