はてなキーワード: 徴収とは
昔の話。
飲みサーの幹事となるとさぞかしウェイウェイしてるだけと思うかもしれないが、そんなことはない。考えることはたくさんある。
なお当人たちは「飲みサー」という言葉を自称したがらない。あくまで他称「飲みサー」を好むのだ。
幹事の仕事は飲み会の開催前から始まっている。サークルにはがさつな人で溢れている。事前の出欠確認に期待なんかしてはいけない。
出欠を取り、なおかつ全体リマインドを行っても返信率は50%を上回ればいいほうだ。
リマンドなんて初めからなかったかのように個別に出欠の連絡を取らなけらばならない。
連絡すると
「え?いつー?行くに決まってんじゃん!」
と返信が来る。
店選びでは、行ったことがない場所は危険信号だ。このご時世ではコール禁止の店は多い。客層やトイレの位置・配置を確認しておき、店長らしき人と友好関係を結んでおくことが望ましい。小上がりがあるほうがいい、むしろこの有無の違いは飲み会の後半に顕著に現れる。
いざ予約する段階では想定される人数よりも少なめに言っておく。ドタキャンはいつでも発生する。なおかつ店側は人数が少なくなる分には当初の予定通りの金額を請求するが、多くなる分には柔軟に対応してくれる。そのためにもこの人数でこの場所に案内されるだろうな、という目星は付けておきたい。機動力が求められる飲み会でスペースの狭さは致命的だ。
集合は早め設定する。それでもどうせ時間通りには集まらない。なので18:30に集合と伝えれば、19:00から予約を取っているのだと周りは勝手に勘違する。実際には19:15に予約をとっておく。
会が始まると幹事はまず盛り上げ役に徹する。積極的にコールを振る。序盤には周りを巻き込める、かつテンポのいいコールをチョイスする。必要があれば自らが飲む(自発的に飲むのは基本的には序盤だけに留めなければならない)。ここまでは一般的な飲みサーの幹事のイメージかもしれない。
中盤に差し掛かると、いちおう「飲みサー」なので各々のエンジンがかり自走し始める。この時の幹事の役目はコールを振ることではない。スムーズなお酒の供給である。コールは周りが好き勝手に始める。
なおこのような飲み会ではジョッキでの提供はとても追いつかない。基本的に瓶ビールで提供してもらい、グラスで飲むことになる。瓶ビール自体もテーブルに一つ一つ店員さんに置いてもらうのは申し訳ないし効率も悪いため、瓶のケースで用意してもらい一箇所に置いてもらう。そこから必要に応じて各テーブルへと幹事を筆頭に運ぶのだ。
コールが流れてる時の注意として、その人の周りにいつでもすぐさま次のお酒を提供できるように複数のグラスを用意しておく。これがスムーズに行えるように、後輩たちには周りでコールがかかったらグラスにお酒を注いでスタンバイするように教育する必要がある。
幹事は飲むことはあれど、飲みすぎてはいけない。幹事の目的はみんなを楽しませることである。早飲み選手権があれば、本来ならば2秒で飲みきれるところを、周りの盛り上がりを伺いながら5秒くらいかけて飲む。また、自分にコールが降りかかれば、苦しそうに隣の人に更なるコールを振ることも大切である。
ビールは炭酸なのでみんなの胃のキャパはすぐになくなる。つまりリバースが盛んになる。全員が全員トイレの狙った位置にリバースできればいいが、なかなかそうもいかない(幹事にはanywhere, anytimeは必須のスキルである)。
リバースするかしないかの境目を見極めながらコールを続ける必要がある。言い忘れたが、グラスを用意した人は、それと同時に飲んでいる人の口元におしぼりを添えて、お酒が床にこぼれるのを防ぐ役割がある。
自由自在にリバースできる人には積極的にリバースしてもらうのが好ましい。後で溜め込んでトイレに立て込まれるのが一番やっかいだ。
幹事はトイレをこまめにトイレットペーパーで掃除しよう。標準をもろに外していない限りは対処可能だ。
コールもある程度落ち着くと、5~6人程度のグループにそれぞれが分かれた状態で適度に盛り上がっている。ここで意外に思えるかもしれないが、飲みサーでも全てのメンバーがノリノリでコールを振れるわけではない。中には中盤から少し孤立気味になってしまう人もいる。
具体的に言うと、おとなしめな女の子、サークルの本業をメインで活動する人(飲みサーは他称なのだ)、ノリに着いてこれない新入生などがそうなりがちである。飲み会が激しいサークルであっても一定数必ず存在する。
誤解してはならないが、実は根っこの部分でサークルを支えているのはこういう人たちであることが多い。大多数は好き勝手にウェイウェイして私生活もウェイウェイやってるだけなので、ウェイウェイ人材だけではサークルは回らない。
全体の満足度を高めるためにも、自ら輪に入れない人たちには話題を振ることで輪に入れるようにする。女の子の場合にはそこらへんの男を呼べば食いつく。下級生は何かしらの話題を見つけてそれに合った人を呼び込む。
輪に入れないからといって、飲み会が嫌で嫌で仕方ないというわけではない。ある程度の期間在籍してくれている人なら、きっかけがあれば打ち解けてくれる。
飲み会のお金は会の途中で払っておく。これは飲み会の終了時にスムーズに二次会に進むためということもあるが、店側から追加徴収を取られにくいというメリットもある(飲み残し食べ残しによって追加料金を取られるのを防げる)。また、酔っぱらいが多いため、周りのものを破損しがちである。飲み会終了時に料金を支払うと追加請求される場合があるが、予め払っておくと再度お金を請求されることは滅多にない。
飲み会が激しいと出禁になることも多々ある。初めの方にも書いたが店員さんへの根回しはけっこう効く。
いや、お前が公平を平等と思い込んでるだけだろ。
https://kotobank.jp/word/%E5%B9%B3%E7%AD%89-121375
かたよりや差別がなく、みな等しいこと。
人の命が金で買える状況ってアメリカの奴隷制度より酷いんだが、
それでも差別が生じないと思うんだったら頭の中がお花畑で埋め尽くされてるとしか思えん。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E7%AD%89
均等な配分。
あーっと、まず私自身は子供の教育費については出してる。実をいうと私自身は足りてないとは思ってない。というか自分の子供の教育費用は普通、親が出す。まぁ貧困層は救済されるべきだが、私は対象ではないかな。いまのところは。
ただ「私の子供が社会に出る段階になった時にも良い社会だと良いな」とも思う。
今の所、世帯年収は800万弱、息子と娘がいる。千葉県の松戸在住。マンションのローンもない。夫婦共にそんなに高級志向ではないし、楽しく暮らしてる。子供が出来て嫁さんは笑う回数が増えた(怒る回数も増えたが叱るのは仕方がない)夫婦仲も問題がない。私に不満はないし、学資保険にも入っているので、私が死んでも(生涯年収ほどではないが)なんとか母親独りでやってけるんじゃないの?という保険金がでる設計なんでまぁ死んじゃってもいいかな、死にたくないけどまぁ悪くもない、というレベル。
あと職場のあれこれについてはブラックな企業は労働者が減ることで倒産してほしい、と思ってる。働くママが悪いとか働いている人にお願いしないといけないとかではなく、そういう会社は緩やかに消えてほしい。流動性は低いけどね。みんな割と会社から逃げない。
ただ「今みたく、反対する人からもお金徴収したり」これは徴収せざるえないんじゃないかな、大体の人は払いたく無いわけだし。
もちろん無政府主義者で野山でサバイバルする生き方も良い。ただ全体的にはインフラや都市機能を使って生きてる人の方が多いし、それを維持するための税金を出さない人は、フリーライダーかよバーカバーカっていいたいなー
そこは勘違いだよ。徴税は私有財産権の侵害にほかならない。ただ、私有財産権は公共の福祉の制限を受けているから、実際的には私有財産権の完全な発露を抑制されている状態ってだけなんだよ。公共の福祉のためにということで個人の財産の一部を徴収するのが税というシステムだと言いかえることもできる。
税金を払いたくない(多くの人はそうだろう)に対してそれを徴収することができるというのは、これは前記事でも触れたとおり「暴力」なんだよ。前記事やここで「暴力」としているのは「対象の意志を無視して自分の意志や行動を強行/強要する能力、行為全般」だ。
もちろん公共の福祉という概ね良い目的のために、国民が監視可能な形で、適切に運用されているから課税/徴税は現代日本において「悪い暴力」ではない。
でも歴史を見れば分かる通り、財産の徴収が国家独裁者の一方的な都合で行われて、戦争などに使われた例なんてざらにあるわけ。だから、「徴税は暴力ではない」なんて詭弁だよね。まさに暴力にほかならない。大多数にとって納得できて現代日本の社会では善として扱われている(あるいは近代国家運営のための必要悪)だけであって、暴力であるのは否定できない。これは警察(治安維持)なんかもそうで、僕らの日常にも暴力は溢れているわけ。
選挙を始めとした多数決だってアレは暴力だ。数が多い事をてこにして少数者の意見を踏みにじるためのツールだ。もちろんその暴力が適切に、みんなを幸せにするために使われることはあるし、事実現代日本では多くのケースでそうだろう。でもだからといって、そういう暴力性を無視しちゃいけないんだよね。無視したところから民主主義の崩壊は始まる。だからこそ多数決で勝った側が負けた側
少数者)の声に耳を傾けることが重要なわけ。民主主義=多数決ではなくて、むしろ多数決をした後あるいはする前の合意形成技術や、それを支える民度が民主主義の精髄だ。
さらに例えば、経済的な地位を濫用して企業が労働者を搾取するってのも(経済的あるいは社会権力的な)暴力だ。暴力だからこそ法で規制する必要があるわけだよね。またその逆側の、労働者が数を頼んで選挙やストなどで他者(多くは富裕層)の財産や権利を奪おうとするのも、これまた暴力だ。
人間社会は(先進国では概ねちゃんと制御された)暴力の応酬で形作られている。長い歴史の中で人間は(人間の政治は)暴力の範囲を限定してきた。ロングソードで農民の頭蓋骨を数個割れば村の徴税権ゲットだぜ! なんて時代に比べれば文明的になった。
でもブコメなんかに見られる「現代日本で暴力は駆逐された」みたいに信じている人のそれは正しくないんだよ。むしろありとあらゆる接触に暴力が上乗せされているのが現代社会というものだとおもうよ。
多少ひねくれた表現が許されるのならば、政治とは「利益の異なる個人や集団の暴力の相克を、なんとか社会崩壊しない範囲内で収める術」だと言いかえることもできると思う。それに失敗すると、ベネズエラとかジンバブエになるし、その手前の「社会の分断」段階でもEUやらアメリカみたいになる。
「富裕層から税をぶんどれば良いんだ」「AIに課税してしまえばいいよ」「共産主義にして金持ちの資産を国有化しよう」これらはすべてコメにあった無邪気な意見だけど、それらは「あいつを殴って奪おうぜ」という暴力肯定の意見だとちゃんと自覚して発言しているのか、そこが疑問だ。別に富裕層をかばうつもりは全然ないんだけど、「あいつを殴って奪おうぜ」に賛成するのならば、当然に「自分が殴られてすべてを奪われる」覚悟が必要だよね。
一番最初の記事(https://anond.hatelabo.jp/20171115141727)に感じたのもそういう懸念だったんだ。「俺はあいつを殴っても殴り返されないし許されるだろう」みたいなふわっとした(悪い意味での)信頼感。
いやいやとんでもないそれ暴力だから。記事中ふれたように暴力は社会のあらゆる場所に(表面的にはあたかもそうではないようなカモフラージュをされて)存在するものだから、殴るなとも暴力を振るうなとも全く言わないのだけど、でも振るうのならばせめて自覚しないと危険だよ? と思った。
全力で殴り返されて半死半生になった後に「そんなつもりはなかったのに」って言っても手遅れなわけで。
先日、裏のおばさんと今年の班長が連れだってやって来た。なにかと思えば回覧板の順番が変わり、今度うちの次に回す家の場所が分かりづらいので説明しに来た、との事。裏のおばさんはただの野次馬?よくわからん。
何で順番変わるの?お隣さん引っ越すんです?
って聞いたらそうではなくて、班長曰く隣の人は町内会を抜けたんだそうで、何で抜けるのか隣の奥さんに聞いたらなんか色々いってたけど話を総合すると「面倒臭いから」って事みたい?なんだそうだが班長が隣の奥さんの話をちゃんと理解できたかどうか班長本人自信がないらしくて疑問符をつけたっぽい。
ま、町内会を抜けるなんて何か特別な事情でもない限りはそれに尽きると思うが、お隣さんは結構真面目に町内会のお仕事に参加している人達であるので、町内会を抜けたいと思うくらいに面倒臭さを感じていたとは意外だ。
町内会の仕事なんて誰しもちょっとは面倒だと思っていて、積極的にやりたいやりたくてしょうがないと思っている人の方がむしろ少数派だろう。だから負担にならない様に最低限の事しかしない様になっているし、最低限の事ったって重要度は低く、ただ何か理由つけて住民を集合させ親睦をはかる意味しかないだろうと私は思う。たまには近所の人達とわいわいするのもいいかもね、くらい。
今町内会でしてる事と言えば、
・総会
・公園の掃除(住民の要望で作られた公園なので住民自身で手入れする約束らしい)
・公民館掃除(年2回。輪番制。班が多いので滅多に回ってこない。ちな今年がうちの班)
・夏祭り
・その他(よくしらない)
くらいかな。大体どこかを掃除する活動で、お祭りは何か運営の人達は昔から住んでる人達ばかりなのか手伝えって言われた事は、7年くらい住んでて一度もない。一般参加も自由なので一度しか行ったことがないが排他的な空気感がすごいのでとても居づらい。奉る神社がある訳でもないからか、祭典費を徴収された事もない。
参加しなかったところでペナルティーも何もないので、皆出来る範囲内で参加してるんじゃないかな。
あれでも堀浚いについてだけは罰金があった年があった様な気がするが記憶が曖昧だ。以前住んでた所の別の町内会の話だったかな?今いる所で今年は罰金無いのは確かなのだが。
話がそれるが、うちの庭の端に丁度接する所に堀が流れているんだけれど、ある時庭周りの草むしりをサボってたら近所の農家の人が草を全部刈ってくれた事がある。
庭で大家さんではない知らない人が草刈ってるからびっくりして話かけたら、その人は草が伸びて堀に入ると詰まって水が流れなくなるから刈らせてもらったという。今は地域で田んぼをやる訳でもないし、ただ田んぼの近くに住んでいるだけの住民に強制も理解もさせられないから、農家の人達がそうして堀を見回って自分達で管理しているという事。堀浚いも本当は町内会にさせるのは心苦しいんだが、手が足りないし慣例だからしてくれるって町内会から言われたんで厚意に甘えてしてもらっているけれど……と。そういう訳らしい。
農家的には堀浚いは重要なお仕事だけれども、後からこの土地に入って来た住民の私達にとっては何でうちらが?って、突き詰めればそういう話なんだけれど、田んぼに囲まれた長閑な景観が好きなので敢えてここに住んでいるところもあるから、私は別に良いけどね。米食だから米育てるコストが上がるのも良くないと思うし。でも日常で堀浚って恩恵を与っている実感は湧かないかもね。
堀浚いだけでなく町内会活動で自分が直に恩恵を与る実感は得られないだろうと思う。公民館も公園も掃除したって私ら若い住民が利用する機会はあまりない。お祭りは地域の昔からの住民ばかりが楽しくて私らみたいに他所から入って来た者には居場所がない。
同じ借家に住んでる隣人も同じ。何の恩恵も無いのに必要な時だけ駆り出されている私の方がおかしいのかもしれない。
隣人は結構アクティブな方らしく、休日でも早起きして家事を片付けて出掛けたり何かの活動をしている様で、町内会の仕事にもむしろポジティブな感じで出ていたが、真面目に働くほどに「こんな事に参加して何の意味が?」って思うのかもしれないな。
この町は古くから市内に住んでる夫のお祖母さんによれば歴史が浅くて、田んぼと農家が二、三件あっただけの所に、団塊~私の親世代くらいの人達が移住してきて出来た町なんだそうで、住民と共に町自体が老いていて閉鎖的な感じがする。私達が住んでいるのは余った土地に建てられた借家で、大抵は自分の家を建てるまでの仮の住処としての利用なので此処の住民は町民のうちには入らないらしい。住み心地は良い土地だが、どんなに頑張って町内会活動をしたってうちと隣家は孤立している。
子供の幼稚園のお友達には新興住宅地に住んでいる子が多いんだが、そういう所は親も子も同世代同士でわいわいやってて、なんか楽しそうでいいなって思う。
もうなんか刑法で選挙に行かなかった場合の罰則を定めればいいんじゃないか。
行った人いかなかった人って選挙人名簿ですぐ分かるから対象者の補足も超簡単。
だって、現状、自民党とか公明党とか強固な支持団体を持っている政党は
選挙に行かない人が多いほうが得になってて、そうやって自分たちに有利な状況に甘んじているのは明らかに民主主義への罪だと思うのですよ。
でもあえて選挙に行かないことで与党にダメージを与えようとする人々が発生する可能性があるから、
選挙に行かない人や、その親にも罰則を設ける。過料10,000円くらい。
①円安により割安になった日本の株に外国人投資家の買いが入った。
2012年12月28日日経平均10395円、85円/ドル。円は第二次安部内閣発足時より40%程度毀損している。
10395円×0.4=4158円、少なくとも4000円程度の上昇分は円の毀損による株価の上昇。
②円安による家計から企業への所得移転により企業の売り上げが増えた。
トヨタの売上 20兆円(80円)
円安によりトヨタの売り上げが10兆増えたとしても、それは家計の負担増が為替市場を通じ移転されたに過ぎない。
③将来の財政破綻による銀行券の大量発行を見越し投資家に買われた。
アルゼンチンやジンバブエなどにおいても財政破綻時は著しく株価は上昇した。
【結論】サギノミクスによる株価上昇は、①円安により国民負担を増加させ、かつ、それを
為替市場を通じて企業の利益へ移転させた。②ドル建てで割安感の出た外国人投資家が
日本株を買った。③日銀によるETF買い。④将来の財政破綻を見越し投資家の買いが入った。
⑤デフレ脱却をお題目に企業に値上げを促し、それによって家計の所得を企業へ移転させた。
ことによるものである。企業が強くなったものでは全くなく、国民を苦しめた結果生じたものである。
原価率7割として原価200円、利益80円。付加価値が80円から180円になった(225%増)。
GDPが牛丼一杯あたり225%も増えた。これがサギノミクスによるGDP増の正体。
デフレ脱却をお題目に意図的に企業に値上げを促し、その結果、効用(満足)は変わらないのに物価だけが上がり、
国民を苦しめたことにより達成されたGDP増がサギノミクスのGDP増。
企業利益になるくらいなら、その利益分を消費税増税で税収として徴収し、国民の福祉
(教育や行政の効率化を促す投資)に回したほうがよっぽど良かった。
安部自民は消費税増税の時に散々値上げを促していたが、企業利益のための値上げと
消費税増税による値上げをいっぺんにやったら、物価は急激に上がり消費が落ち込むのは
明らか、結果、個人消費の落ち込みは想定以上になった。あの対応は馬鹿としか言いようがない。
【結論】サギノミクスによるGDP増は国民を豊かにした(財産などを与えた)のではなく、国民を苦しめ、
国民の財産を企業に移転させたことによって生じたものである。これは貯蓄率などからも伺える。
① 円安と企業の売り上げを増やすための意図的な値上げで貧困層が増え、
今まで働いていなかった主婦が働かざるを得なくなった。
② 円安と企業の売り上げを増やすための意図的な値上げで年金だけでは
生活できなくなり、今まで働いていなかった高齢者が働かざるを得なくなった。
③ 今まで大手の正規社員だった夫や家族が非正規になったため、賃金が減り、
主婦が働かざるを得なくなった。
④ 高齢者の増加で医療介護の需要が増え、それを賄うための雇用が増えた。
⑤ 円安により国力を弱めた結果、外国人観光客が増え、それに伴う観光業の雇用が増えた。
国力を弱めれば外国人観光客が増えるというのは後進国などを見れば自明。
⑥ 資格取得など教育に関する補助金などにより、教育関連の雇用が増えた。
⑦ 円安により製造業が強くなったというのは全くの出鱈目。雇用はほとんど増えていない。
雇用者数 製造業 宿泊観光 医療介護 教育支援 公務員 (万人)
2011 5459 998 314 647 267 222
増減 237 1 20 131 15 9
http://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/tsuki/
【結論】サギノミクスによる雇用増加は①高齢者の増加。②円安による国力低下(国民貧困化と外国人観光客増)。③財政支出(公)により需要を創出した(バラマキ)。の結果生じたものである。
① 若年労働人口の減少(求人は圧倒的に若い労働者に対するものが多い)。
■労働力人口の推移
15-24歳 25-34歳 合計
2015 516 1191 1707 ▲25
③ 政府に有利になるように数字を操作している可能性もあり得る。企業が偽りの求人を出したとしても統計でそれを省くことは不可能。
【結論】サギノミクスによる有効求人倍率の改善は、少子化による若年労働人口の減少と高齢者の増大
による医療介護の求人の増大によるものである。金融緩和や政府の経済政策によるものではない。
そもそも安倍自民が優れた行政集団であるならば、あらゆる分野(医療介護、製造業、飲食など)で生産性を
効率化させたはずであり、そうなれば雇用者数は減っているはずである。
それでも家計が窮することのない豊かな社会を作り、余剰労働力はもっと知的な生産活動(科学文芸など)
に投入され、科学や音楽、映画、ゲーム、文学などの分野において、もっと優れた作品や技術革新が
生み出されたはずである。
だが、現実は正反対あり、世界で賞賛されるほどの文芸作品や技術革新はほとんど生み出されず、
http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/column/14/346926/101101158/
https://anond.hatelabo.jp/20171012165214
市町村役場で大規模開発が必要なシステムと言えば住記・税・福祉系の3つだが、この中でも福祉系がぶっちぎりで地雷。
住記:住民票の管理。住民票はほぼ全国統一のフォーマットなのでシステム移行は容易。
税:市町村の税で大きいのは住民税・固定資産税・軽自動車税。細かい税率は違うが基本の計算式はほぼ全国統一されてるのでこれも移行は容易。
○国民年金:運営は日本年金機構が行っているが、申請受理や審査の窓口業務は市町村。
○障害者福祉系:障害者手帳の交付・自立支援医療の給付・通所サービス・その他医療費助成(重心)等。
○児童福祉系:児童手当・児童扶養手当・保育(保育園幼稚園)・妊婦健診・その他医療費助成(小児慢性や養育医療)等。
これらの業務それぞれが国・県からの権限移譲されたものと市町村独自のものが混在している。
市町村ごとに千差万別と言っても過言ではない。また、普通の市町村と中核市と政令指定都市でも、どこまで権限があるかは異なる。
これらの業務を全て1つのメインフレームで運用しておりそれを新しいものに入れ替えるだけ、
これらの業務は根拠法令が成立して制度が始まった時期がバラバラなため、そのたびに入札を行って新たにシステムを構築する羽目になる。
そのため、役所内にメインフレームと、異なるベンダー・異なる言語のパッケージが乱立する状態になる。
京都市は今回そんな状態を解消すべくシステムの一括更新を試みたがプロジェクト炎上した、と推測する。
パッケージに業務を合わせろという指摘、業務が役所の内部だけで完結するシステムなら簡単。
人事給与や財務や決裁のシステムであればどこの役所も業務を適宜修正してる。
問題は仕様変更が住民に影響を及ぼす業務(印刷物を送って申請をしてもらわなければならない類のもの)。
毎年送られてくる役所からの文書が変わると混乱してしまう住民の方はものすごく多い。
もちろん事前に今年からこのように変更になります、とお知らせはするんだが読まない方は読まないので。
京都市レベルの大都市で役所からの書類が全部いっせいに変更なんてことになったら、
なので、対外的に住民に出す文書の様式は従来のものから変更はなしで、という仕様になりがち。
ふざけるなNHK!
http://www.sankei.com/premium/news/171002/prm1710020001-n1.html
元NHK経営委員長代行の上村達男・早稲田大教授は「憲法で保障されたプライバシー権の侵害にもつながりかねず、照会制度を放送法に記すことができたとしても運用が可能かは疑問だ。国民的な議論となる」と指摘する。
そんなことしなくても、ペイパービューにすれば良いのだ。
最近ではレッテル張りのようになってたり、アニメや漫画じゃまるでテロリストなんていう職業や技能があるかのような勘違いをしている人が多いから大学時代の研究論文を要約して書いてみようと思う
まず第一に、テロリストという職業はない、厳密にいえば、テロリストを仕事とした場合、その仕事が成功したら、それはもう「テロリスト」とは呼ばれないからだ
例としては毛沢東、チェ・ゲバラ、フィデル・カストロ、レーニンといった「成功した人たち」がこれに当たる
これを見ればわかるが、レーニンは「政治家」だし、毛沢東は「軍閥(軍事勢力)の指揮官」だし、ゲバラとカストロは「ゲリラ部隊の指揮官」で、軍事的・政治的技術や技能をテロリズムに活かしただけで、テロリストという職業が成立する「専門技能」というのはないということがわかる。
第二に、世間一般に一昔前想像されたテロリスト像、これが一番テロリストというステロタイプに近い、冷戦時代のテロリストたち
例えばPFLPはイスラエル軍と正面戦闘で戦えるだけの立派な「軍事勢力」だし、赤い旅団や日本赤軍、その他イタリア「鉛の時代」のテロリストたちや、ETAやIRA、80年代まではテロリストといえば、PFLP系かIRA系のイメージが強かったが、これらもPFLPやソ連から直接訓練や支援を受けて動いたスパイとして育てられたエージェントだし、IRA暫定派やバスク祖国と自由のテロ技術のルーツは、第二次世界大戦にイギリスが編成した「SOE」のノウハウが元というのだから、彼らは「スパイ」や「破壊工作員」であって「テロリスト」という技術ではなく、スパイや準軍事的な技術をテロに応用しているだけである。(超有名な「カルロス・ザ・ジャッカル」も、パトリス・ルムンバ名称民族友好大学でスパイ&破壊工作員として訓練を受けた超万能のコマンドかエージェントであって、その技能をテロに応用してソ連の支援を受けて動いていただけである)
※余談だが冷戦時代が舞台の映画や漫画で「ソ連でテロリストとしての訓練を受けた~」という元ネタは、このパトリス・ルムンバ名称民族友好大学で行われたパルチザン・スパイのカリキュラムのことを指す
あとはIRAに至っては、全盛期のその9割近くの日常業務が、違法煙草や違法薬物の密売、パトロールと称したみかじめ料の徴収、地道なイギリス軍への諜報活動、裏切り者やスパイの摘発・捜査・そして裏切り者の処刑や暗殺と、過激な暴力団とやっていることはたいして変わらない、では暴力団とIRAのテロ組織といわれる違いは何か?
これはもうただたんに「目的」の違いでしかない、IRAは自治権や議会設置の要求が最終目標で、それが達成すれば一応は武装闘争を放棄して市井の市民に戻った。
暴力団は思想的背景はなく、恒常的に犯罪行為で金を設けてる営利団体だから、暴力団である、それが政治的な目的かそうでないかが重要で、やっている技術そのものはたいして変わらないのだ。
そして現在吹き荒れるテロも、テロリストたちの大半はイスラム国の戦闘員かその訓練を受けて母国に戻ってテロ事件を起こしている形で、youtubeなどでイスラム国の訓練映像を見ればわかるが、どこの軍隊もやっている新兵教育の内容で、その軍事技術をテロに応用しているという形である。
唯一「バックボーン」の存在しないローンウルフテロリストというのも最近多くなってきているが、アメリカの統計によれば、ローンウルフテロの6~7割が軍に身を置いていた経歴があるので、その技術をテロに応用しているにすぎないということがわかる(余談だが残りはスクールシューティングテロリスト等で、彼等のバックボーンは競技射撃である、たまに連続狙撃事件や銃撃テロにもこのバックボーンのタイプがいる)
繰り返しの結論になるが、結論としては「テロリスト専門の技術やノウハウが存在してそれを準拠にテロリストというクラスや職業のようなものがある」という認識は誤りで
「軍隊式・警察式・競技式といった技術をバックボーンとしてそれを応用してテロを起こした者がテロリストと呼ばれているだけ」ということである。
少しでも理解を深めることが、テロ根絶の第一歩になると思うので書いた次第である。
ゴルゴ13や映画「LEON」などのイメージで、テロの戦術として狙撃がポピュラーというイメージがあるかもしれないが、実はこれは大きな間違い
FBIの統計では、テロ・暗殺事件に分類される銃犯罪の内、57%が「拳銃で至近距離から撃たれる」というのが殆どで、35%が「自動火器・小銃による無差別乱射」で、残りにようやく狙撃のロングキルが入るほど、テロや暗殺において狙撃は使われなかったりする。
理由としては、7.62ミリ弾クラスであっても、一発で即死させようと思えば、発射から30m以内のところまででないと、それ以上は急所にキレイに当たらないと、重症にはなるが即死する確率はぐんと減るからである(国内の事例を挙げれば昭和の頃に自衛隊で起きた自動小銃乱射事件の時は、至近距離で撃たれた隊員は即死、その後ろの隊員は弾丸が貫通して重症(後に全治)でさらに後ろの隊員の体内に弾丸がめり込み重症(後に全治)というものなどがある)
イスラエルのモサドや、イスラム系テロリスト、70年台のIRAが多用したように、車爆弾や時限爆弾でターゲットが近づいたところを爆破するという方法が、唯一「テロとしてのみに特化した手法」といえるであろうか。
追記
「狙撃は有用ではない」という意見も出たが、厳密にいえば暗殺・テロにおけるステロタイプの狙撃というのは、ハッキリ言って非常に困難で準備に手間がかかるから選択されないというだけである。
まず狙撃銃というのは、かなり高価な部類に入るうえに、たった1~2発を撃つためだけに、狙撃ポイントを下見して、ターゲットの行動や予定を下調べをして、逃走経路から時間帯まですべて指定、手配した上で、それが本当に予定通りにいくかもわからない中で、狙うというのがそもそも無理筋なので、フィクションの中での話が大半だ、というのがFBIやアメリカ軍のテロ研究の見解といわれている。
テキサスタワー乱射事件のチャールズ・ホイットマン(M70に1-6×32スコープ搭載)や、近年起きたDCスナイパー事件(AR-15クローンに、ホロサイト、フォアグリップとタクティカルライトを搭載)のように、立て籠もったり、徘徊しながら無差別に狙撃をして回るというというものならいざ知らず、こういったステロタイプな狙撃での暗殺事件は、史料上ではケネディ大統領暗殺事件でしか存在していない(それもほとんど推測の域を出ていない)からだ。
その上でも、チャールズ・ホイットマンがあれだけの殺傷ができたのは、長距離に特性を合わせた30-06弾というライフル弾をしようしていたからであり
アサルトライフルの標準的な実包というのは、実は5.56ミリでさえ、弾道特性上150mくらいで重症は負わせられても即死は難しいという結果がある(初速がそれだけ低下するうえに、ヨーイングといって風邪で左右にずれていくからだ)
そもそも、暴力を背景とした行為や脅迫を生業として行うから職業テロリストは存在するというのなら、日本国内の最大のテロ組織は山口組ということになるし