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はてなキーワード: 社会関係とは

2021-05-06

[]2021年5月5日水曜日増田

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2021-05-05

anond:20210505161938

社会関係では人種性別・出生/門地などによる不利益差別定義され社会解決を行うようになっているが、

人間関係での容貌性格社会的地位(職業,財産)などによる不利益社会干渉しない

ここで人間関係問題社会的に解決しようとすると https://anond.hatelabo.jp/20210505162539 にも書いたように

黒人のことを「内心」嫌い、「個人的範囲で」親しくならない自由はあるのよね

この内心の自由制限する必要が出てくるんよね

これが個人主義内心の自由デッドロックを起こすんだよな

anond:20210505161012

社会関係では人種性別・出生/門地などによる不利益差別定義され社会解決を行うようになっているが、

人間関係での容貌性格社会的地位(職業,財産)などによる不利益社会干渉しない

これが問題である

ということかな?自分なりにまとめてみると

anond:20210505155826

増田に書かれてきた実例をみてると

社会関係よりもよりプライベート人間関係不全の問題

2021-03-14

anond:20210314050550

すいません、大学学会みたいな責任ある社会関係を想定していないです。よくわからない。。

2021-03-12

anond:20210312093728

横だが、ステレオタイプものを言うことと差別を同一視するのは、悪い差別観だぞ。

 

ステレオタイプ存在するのは、悪いことではない。

例えば「入れ墨している人はヤクザまがいだからしかけてはいけないよ」というのは、完全にステレオタイプだ。

お前はステレオタイプを持たないようにしてるからヤクザっぽいけど善い人かもしれないと思って、そいつと仲良くしようとする。

するとどうなるか?

そいつはやはりヤクザで、お前は危険な目にあう。

 

ステレオタイプっていうのは、おおざっぱにしかし確実に社会関係判断するために、人間が備えている機能のことだ。

爺だから労われ、子供から子供あつかいしろ。敵国人兵士から警戒しろ

そういうことを判断するためのものだ。

 

ステレオタイプに従わないなら、 

おじいちゃんだけど元気かもしれないから、席を譲るのが逆に失礼かも

子供っぽいけど年齢わからいから、大人扱いするべきかも

銃持ってるけど敵か味方かわからない

いちいちそういうことを考えるハメになる。

それは重過ぎるコストなので、じゃあどうするかっていうと、社会関係自体を断つ以外になくなる。老人や子どもそもそもしかけない現代人の出来上がりだよ。

 

差別ってのは、偏見ステレオタイプから即ち差別じゃなくて、被害が発生してるからとか、嫌な感情がおきるからとか、そういうことで判断するしかないよ。

2020-11-07

かわいいって、結局本能なんじゃね?

anond:20201105100415

Wikipediaの「選択進化)」より:

 性選択 有性生殖を行う生物で、オスとメスの間の社会関係によって引き起こされる選択

 選択が働く ーー中略ーー この差を生む要因を選択圧または淘汰圧という。

 

かわいい」身なりをしていれば、異性に好まれ遺伝子を後世に残す確率があがる。

何100世代とか、長い時間がたてば、いちいち頭の中で男ウケがどうこうとか考えなくても、

大多数の女子直感で「かわいいものを身に付けたいと思うように進化していくんだね。

2020-09-09

anond:20200907221550

そこまで本音が言えるなら何でそんな女性としての魅力に乏しい人と結婚もしないまま8年も付き合ってるの。

生活は別途素晴らしいプロフェッショナルエンジョイして満足できていて社会関係上の何かを求めてでもいるの?

そんな役目も理解していなさそうな相手に?

2020-08-07

anond:20200807081338

リスクなくイケメンおっさんに迫られる」ならいいけど、それはフィクションの中だけの話でしょ。

現実社会関係の中でそういうことをしちゃったら、人間関係職務上の様々な問題が生じるわけで、しかも主導権を握ったのはおっさん側でも、なぜか女性側が配置転換されたり、リスクを引き受けさせられることは多いよね。

そういうリスクをあえて犯したいリスクジャンキーもいるだろうし(サークルクラッシャーってのはそういう人なのかもね)、リスクに対する想像力が欠如している人もいるだろうけど。

2020-05-31

DeepWeb Undergroundの元セバスチャン

DWUのセバスチャンはまぁ障害を持っている可能性が高いんだけど、

あの系統人間を今まで見てきた中での彼の心理状態分析すると、

結局、自分を強く見せるためにあのような態度をとっているだけなんだよね。そして本人は自分が行っていることが間違っていると結構マジでわかっているがそのことから逃げ続けている。

自分で深掘りして理解していくほど、自分クズさを自分で認めてしまうことになるからその行為から無意識に逃げあのような態度になってしまう。精神科に行こうが行かないが今のままじゃ逃げ続け逃げ続けどんどん信用を失っていく一方だ。

自分を強く見せずに、ちゃん自分能力や知性、性格と向き合うことができれば彼も周りも今よりも少しは真っ当な社会関係を築けたと思う。

全く愚かでかわいそうな人間だ。

全ての人間に幸あれ。

2020-04-21

anond:20200421025009

どーなんだろうねえ

元々X染色体一個しかいから先天性疾患が多い、ってのは社会関係ないわけだし

頭がアレでも肉体的な力があれば何とかなるってんで、そういう性質が残りやすかったってのはあるのかもな

ももう肉体的な力だけで生き残れる世の中じゃないからねえ

2019-04-15

anond:20190413114026

 私は現役東大生だが、

 「現役東大生だが、上野千鶴子祝辞ゴミだと思う」(https://anond.hatelabo.jp/20190413114026)に反論を試みたいと思う。

 ここには上野氏の祝辞https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html)がほとんど引用されていないので、論旨が追いづらいかも知れないが、読んでくださる諸氏にはご容赦願いたい。

 以下、引用中略は[……]、上野から引用は「」、上記はてなから引用は四角い枠と “ ” 、私自身の強調は[]で示した。



ソースはここhttp://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2018/09/10/1409128_002_1.pdfで、六年間の推移が1.17→0.76→1.31→0.95→1.04→1.04でその平均が1.03なので仮説検定をすれば有意でない、すなわち平等とわかる数値なんですが、なんでこんなに持って回った言い方するの?

 この後に述べられている通り、「医学部を除く他学部では、女子の入りにくさは1以下であること、医学部が1を越えていることには、何らかの説明が要る」。そして平均としては確かに1程度である女子医学部にだけ特別に入りにくい)ので、他の大学より遥かにマシだとはいえ、このデータには読み解くべき何かがあることになる。


↑ここまでの話をまとめると、私立医学部ではどうやら不正入試が行われているが東大では医学部はじめ全ての科類で平等入試が行われている。ということなんですが、これはもはや私大医学部問題[……]で、東大入学式祝辞の一発目に持ってくる話題としては不適当では?

 東大は(権利問題として)特権的学府ではなく、他の最高学府と並列の、ただの[大学]だ(事実問題は置いておいて)。だから、他の大学の話は、東京大学という固有名において確かにそれだけ関係が薄いし、しか大学であるという点において強く関係している。他の大学との交渉も避けられない状況、そして例の不正が、入学試験という、どの[大学]にもある制度於いて発生した不正である、ということに鑑みると、やはり他大入試不正無関係であるとは言えないだろう。


↑ここ統計データを示せよ。なんで女子差別されてる話は具体的な数字しまくったのに女子が優れている話は具体的な数字さないんだよ。

 これは、追記

https://anond.hatelabo.jp/20190414151912

により推察されているとおりだと思う。


↑これどういう意味だよ。偏差値の平均は女子の方が上ってさっきお前が言ったんだろ。

 女子学生偏差値のほうが上だというのは、東京大学受験者を母集団とした時の偏差値のことで、偏差値正規分布性差はないというのは、母集団を全体とした時の話である。そのくらい、現役東大生なら読み取りましょう。


↑なんで親の性差別って断言してるんだよ。統計どこ行ったんだよ。

 大学進学率の男女差の原因分析は、統計一本では不可能だ。たしかに、その差が統計的に有意かどうか示されていないのは穴かも知れない。原因が性差別によるものだということも、根拠は示されていないのもそのとおりだ。だが、それは先にも指摘したように統計のみによる分析ではない。他の統計フィールドワーク社会学的な先行研究などを踏まえて、より厳密な研究において慎重に示されたものだろう。それが省略されたものだと読むのが適切だろうと思う。

 まあ、なにか根拠を示して欲しいとは思うが、そこは論文を読めということを世論誘導しているのだろう()


↑並列された三つの主張から導き出される結論は何だよ。ちゃんと言えよ。

 そう……彼女はここに於いてことごとく結論を省いているのだ。それを私が補うこともできようが、それは実に恥ずかしいのでしない。とにかく、その空隙はみな、彼女の策略だと読むことができる。……できる、というのが曲者であり重要で、テクスト読解における著者の意味論的意図をどう扱うかという問題に繋がるのだが、とりあえずここでは、そのように[読める]ということはそのような解釈を受け入れて良いと言うことでもあると述べておこう。


↑てか普通に考えたら 第一女子安全志向 第三:親が性差別している を要因として 第二:東京大学入学者の女性比率が二割以下 が発生してるって話になるだろ。なんで並列なんだよ

 ここは正直、言っていることがよくわからない。第一及び第三を原因として第ニは導き出される、ということを言いたいのだろうか?それを指摘すれば丁寧だったかも知れないが、特に指摘する必要はない。

 ここで示されているのは、①女子安全志向(ゆえ男子と比べ偏差値的の高い人が東大受験する)、②女性比率が二割以下であり、偏差値の高低に性差はないため、男子と比べ(略)、③女子男子より四年生大学進学率が低く、大学受験自体への逆風がある、ということだ。追記にある、③への疑問はもっともで検証必要かも知れないが、大学進学をdiscourageする気風がある中で尚、東大進学を果たす人の集団がそうでない人の集団に比べ優秀であると推測するのはそう不自然なことではない。

 東大の「1.03」という数字不正の影を見るかどうかはわからないが、少なくとも医学部女性を入れにくくする何か(不正に限らず)が働いている、と疑いを抱く読み解きはおかしものではないだろう。


↑「娘の翼を折らないようにしてきた」という父親の事例を挙げて得られる結論がどうして「多くの娘たちは、子どもなら誰でも持っている翼を折られてきた」なんだよ。

 確かに論理的にはそこからそれは導き出せないが、これは論理的な筋を追う文章ではなく、レトリックとして、別の事例に於いてしかし同様の自体が起こっていることに結びつけ、全体の帰結を引き出している、ある種の帰納的な修辞だ。繰り返すように、これは論文ではなく演説である


↑どうやって?

 差別に満ち溢れた社会の中頑張って勉強してきて。


↑突然男子学生を画一化したなお前。性差別って知ってるか?


 確かに画一化。まあしかし東大男子が全体の傾向として異性にアトラクティヴなものとして映るというのは間違いではないように思う。


↑突然男子学生を画一化したなお前。性差別って知ってるか?


 男子大学生は東大生であることに誇りを持っていることは傾向として否定できないと思いますけどね。

 統計的傾向は個人説明し切ることが出来ないが、かと言ってそれ自体否定できるものではない。

 そもそもここでの画一化は突然ではない。初めから、男女という、大きな別々の傾向性を持つ、二つの、緩やかな集団の話をしている。



〜同様のため中略。極めて不毛。〜



↑どんな目で見られてるかちゃんと言えよ。マイナスイメージ[……]が正しいと言いたい(文脈的にこっち)ならそれは性への圧だろ。

 [どのように]見られているか明確に言わない、というのはやはり演説的(というか普通意味で)レトリックであろう。文学於いて、全てゴテゴテ説明したら品がないし衝撃を薄めてしまうのと同じかと思われる。

 高学歴男性批判なのだから、『彼女頭が悪いから』における見方一定価値を置いていることは明白であるし、“性への圧”をかけていることを批判しているのだから、その抑圧的な側の“性への圧”になるのは当然だ。“圧”をかけねば批判できないのだから


男子サークルって書き方からして完全に男子悪者にしてるけど他大学女子競争相手を減らすために東大女子を入れないようにしてる可能だってあるだろ。性差別か?お?

 そのような事例は、全体の傾向からして少数派である判断たからだろうという反論と、他大女子がそのような行動をしているというのならば、やはり女子勉強が出来ると魅力が減るという偏見存在証明することになるという反論の二つが想定できる。


↑その原因が東大内の性差別という意味?だったらこんな時代性が交絡するようなデータじゃだめだよね?

 原因ではなく、東大於いて性差別が存在していることを、別の形での表出を例示することで補足的に示している。

 “時代性が交絡するようなデータ”というのが何を指しているのかよくわからないが(学部などの学内女性比率データと、学部長などに女性が極めて少ない上東大総長に女性がいないことを示すデータ、という2つがあることか、それぞれのデータが何年度の調査であるのか示されていないということなのではないかと思う)、両者は比較されていないので、双方共に有効データであれば問題なし。


↑これを祝辞で喋る意図が明確になるように主張のギャップを埋めて欲しい。

 これも文意がうまく取れなかった。

 上野氏の話の内容が“祝辞で喋る”のにふさわしいかどうか、というのであれば、個人スタンスによると思うので割愛。私の意見結論だけ言えば、全く問題ないと思う。……少しは気の毒と思うけれど。素朴な親御さんにとっては。


↑これ普通に気になるな

 気になりますよね。


↑後述の話を先取りするけどお前のは恵まれ環境のおかげじゃなくて努力の成果なのかよ。

 闘ってきた、ということは事実記述。恵まれ環境がそれを支えてきたかどうかとは別の問題。もちろん、その闘争も、努力のみならず、阻害しない環境が最低限整っていたというのは間違いないと思う。


↑冒頭で不正がある話したの私立医学部だけだろ。

 不正入試だけではなく、大学における女性差別という[がんばってもそれが公正に報われない社会]がある、という話。


↑そこ断言するの流石に祝辞としてダメだろ。毒親から逃げて東大来たやついるけどそいつにこれ言えんの?

 傾向は個人説明しない。

 加えて、それでも、努力が[東大合格]という結果に対しての最低限、報われる環境という必要条件を満たしていたことは、観測選択効果により論理的に明らかである


↑これはまあそういう意見もあるよね。

 そうですね。


↑恵まれない人を助けることに繋がらない学問やっちゃいけないの?ブラックホール撮影しちゃだめ?ニュートリノ観測しちゃだめ?

 学問の話だけではない。普段生き方価値観の話だろう。

 第一ブラックホール観測は、恵まれない人々を貶めない。むしろ間接的にではあれ勇気を与えることもあろう(嫉妬深いポスドクを苦しめるかも知れないが……)。

 この言葉は決して、能力の使途範囲積極的規定しようとするものではない。「弱者」を貶めるために使うな、と言っているのだ。そうしなければ、差し当たり何に使っても構わない。「弱者」を助けるため[だけ]に使えなどとは言っていない。

 そして、ここは確かに難しいところだが、社会的「強者である東大生が持つ、大きなリソースが「弱者」に分配されれば、社会状況は良い方向へと一歩進むだろう。そのためにも、その力を「弱者」のために使ってほしいと、[お願い]しているのだ。命令でも、べき論でもない。これは[自由意志]に訴えるしかないのだから


結局東大生弱者であって欲しいのか弱者を助ける存在であって欲しいのかが見えてこない。弱者を助ける存在もまた弱者で、だから他の弱者に助けてもらいましょう。ということなのかな?全員弱者なら女子受験生の話をした意味は?

 おそらく全ての人は、あるところに於いて強者であるとともに、また別のところでは「弱者である。絶大な権力を持つ政治家社会関係の多くの場面で「強者」だが、病院に行けば脆弱身体医者晒しいるかも知れない。東大女性だって社会通念に於いてはそれが負の属性であるかもしれないが、知性を持つという事実於いて強者」でもある。「弱者」というのはここでは女性という属性のことだけではない。みなが持ち、みなが足蹴にする可能性のあるものだ。


↑まずこの弱者って特に女性を指してるの?だとすれば女性は謂れなき差別を受けていてそのために被害を受けているという話だったよね?てことは女性は謂れなき差別を受けたままで尊重されるべきってこと?意味不明じゃない?

 [「弱者である]ということは差別を受けるということと等価ではないだろう、当然。分かるよね?

 ……付言するなら、「弱者である自己否定否認して「強者」に成り上がることだけがこの社会に生きる唯一の道だというなら、それは極めて殺伐とした恐ろしい世界だということだ。相対的に見て、ある能力に乏しい存在であるということは、[悪]を意味しない。そもそも能力の優劣自体も、極めて価値論的な事態なのだから


総評として、全称記号任意記号恣意的混同によってデータ自分の都合のいいように改変して使用する、統計学ひいては学問を完全に馬鹿にした祝辞であったように思える。思想としてのフェミニズムであればこのような「過激な」スピーチにより注目を集めるのも一つの作戦なのだろうが、この人は「学問としてフェミニズムを修めている人間」として「これから学問を修める3000人の東京大学新入生」にスピーチしたわけで、その内容としては甚だ不適当だと言わざるを得ない。

はっきり言って、こんなものを褒めそやす人間は、たとえそれがどれだけメタ的な視点から評価のつもりでも、科学世界を脅かすありふれた権威主義愚か者集団に含まれる一人にすぎないと言えよう。

 統計根拠を一々述べ立てるアジなんざ、アジとしての役割を果たすわけないのだ。全称命題存在命題とを断りなく混在させているのは事実だが、どれがどちらかというのはきちんと読み解けば理解できるものだし、そこで意味されている内容も至極真っ当なものばかりだ。根拠が常に明示されているということが学問第一条件ではないし(科学方法論に於いて絶対かも知れないが、それでも初めは根拠の見当たらないところから探求はスタートするのである)、目の前に立っている人間がいつも親切に根拠を示してくれると思うなら、それは歩行器に頼り切って自分は歩けると錯覚してしまっている憐れな赤ん坊しかないだろう(そんな自意識的な赤ん坊はいないけれど)。

 それに、学問営為実践と不可分であるような領野などいくらでもある。工学社会実装を常に見据えてあるだろうし、医学看護学臨床心理学などは常に目の前に他人がいて、それにどう働きかけるかという視点がなければ成立しない。クローズドスキルだけでは学問は成り立たない。倫理学者が、平気で己の立てた操に反しているならば、それこそ非倫理的だろう。厳密にいうならば、程度の差こそあれすべての学問日常接続しているはずなのだそもそも、このスピーチ学問的に水準以上の盤石さの上に成り立っているものだと思われるわけだし。

 権威主義を警戒する姿勢は全く健全ものであるが、目先の手触りのザラツキに神経を逆撫でされて走り出してしまうのはいただけない。きちんとテクストを読み解いてから非難に当たるべきだろう。そのようなあり方こそが学問的な……という以前に、真摯姿勢による対応だと思われる。

2019-03-17

anond:20190317225356

死んだほうがいいという価値判断が人それぞれだからじゃない

人類全員死んだほうがいいと思う人もいれば

人類全員生きてたほうがいいと思う人もいれば

人類全員死のうが生きようがどっちでもいいって思う人もいるだろうし

生きる価値がないなら死ぬ価値もないと考える人もいるだろうし

社会関係合理的に考えても、死んだほうがいいという思考的な傾向は、生命の軽視になり生命犯の氾濫を招きかねないし、弱者にとっては生命の恐れが増大するし権力者にとっても治安悪化、謀反の恐れが増大するわけだから

生命大事にしようという言論蔓延するのでは

2019-01-09

某氏科学技術系の話になるとダメだな・・・

Twitterフォローしている某氏は、思考実験社会関係の話については面白いんだけど、

科学技術系の話になると急に頓珍漢な発言になるのが残念。

ついさっき見たときも、

「将来は科学知識一般的ではなくなる。AIとの付き合い方とか、TCP/IP知識かに取って代わられる」

みたいなツイートしていた。

AIとの付き合い方」と「TCP/IP知識」が同列?

TCP/IP知識」が科学知識より重要視される社会

意味不明

思考実験的な意味があるのかもしれないが、根本的にずれてる感。

2018-10-11

anond:20181011161118

母親でも奥さんでもない、私は一人の女」

これを

社会関係から見た立ち位置でなく、自分の表明した自己肯定」 って言い換えてるんだよ

社会関係から見た立ち位置とは、母親であること奥さんであること

anond:20181011153137

それって男がダンディ気取るのと同じで、自分の性への肯定だろ

社会関係から見た立ち位置でなく、自分の表明した自己肯定だけ見て欲しいっておかしな話じゃん

社会から外れるでもなく、自分自分に対する表明や決定を他者に求めるって独断独善じゃん

そうでないなら内心の決心や仲間内目標で終わる話で、外はただのとばっちりやん

2018-10-04

キズナアイ騒動をみて

SFシチュエーションとして、コンピュータの中で生まれた人工知性が肉体を得たいと思った時に女性体を自発的に選んだ時のあれやこれやを描く、なんていうネタを思いついた。

狙いとしては、

 1,既にある社会関係性の中で生まれた知性体が、その関係性と無関係でいられるのか?

 2,私たち社会社会哲学フェミニズムに限らず)は、そういった人工知性を範疇に収められるのか?

あたりだろうか。

で、多分既に先駆者がいるはずで(1なんかはそれこそAIもの定番であり、どれもそういった要素を内包している)、そういったものを読みたいんだけど、こういう性的社会関係性を描いた作品って、なにがあるかな

追記 あー、「未来のイヴ」は考えてみればそういった論考に近いのかもしれない。

2018-09-21

anond:20180921140648

入ってない。その理由は、一般には性的志向」と性的「嗜好」を分ける考え方があるからだ。だが、その説明が十分かというと、私は必ずしもそうは思わない。

志向と嗜好を分ける方は、その二つを絶対区別できると思っている。確かに概念として切り分けることは可能だ。だが、実際に自分性的衝動の根源が、対象の「性」にあるのか、あるいはそれ以外の「属性」にあるのか、私たちはハッキリと区別できているのだろうか?

たとえば年下の女性しか相手にしない男性性的衝動の根源は、対象の性にあるのか属性にあるのか本人に区別がついているのだろうか? 女性好きだ、特に物憂げな顔が…という男性は、単に女性好きなのかそれとも「物憂げな顔」フェティッシュなのか。「性的志向としては異性愛者で性的嗜好は年下好みだと言えます」「性的志向としては異性愛者で性的嗜好は物憂げな顔フェチです」という分析は確かに可能だろう。だが、それらの男性衝動はもともと一つである。そのとき、その切り分けに何か意味があるのだろうか?

 

そして「性的志向」も「性的嗜好」も本人の意志とは無関係に育まれものであるとき、前者は尊重すべきだが後者は異常である、と断言することがフェアなことだろうか? 二つを区別せよという言い方には、「性的嗜好は変態だが、性的志向変態などではない」といういささか差別的物言いが含まれているように感じられる。性的志向だって度が過ぎて社会関係破綻をきたせば異常だし、性的嗜好だって嗜むレベルにとどまるならそれは治療必要もない正常の範囲内ではないのか。だとしたら、嗜好することの権利は確保されてしかるべきではないかと思う。たとえば空想や、社会的に実害の及ばない範囲内で。

課題はある。それは、たとえば「社会的に実害を及ぼさないようにすることが難しい」性的嗜好が存在することだ。たとえば殺人行為のものに強い快感を覚える殺人嗜好などがそれだ。窃視や露出も「実行」の一歩を踏み出せばすぐ違法になる。それ以外については、同嗜好の集団である程度解消できそうではあるが、マイナー性的嗜好は公言しにくいだけに、どうしても反社会的世界とのつながりが強くなってしまうところがあり、危険であるロリペドもそうした嗜好とみなされているし、それを公言しただけで周囲に危険を感じさせるため決して口にすることも許されないだろう。ただ、だからといって自らの嗜好を卑下する必要はないと私は思う。性的志向保護されるべきものであるのと同様に、性的嗜好もそれ自体としては権利として守られるべきと考えるからだ。たとえどのようにマイナー性的嗜好であれ、その人の内心の自由尊重されなくてはならない。

2018-04-04

anond:20180404141806

記事全文、男女逆にした方がふさわしいな。

女性こそ、これがドンピシャじゃん。

自分意思とは関係なく持ってしま権力に敏感になる、っていう、社会関係の当たり前があまりにもおろそかにされています


それを、一方的に「加害性」しかも「生まれながらにして」なんて、

暴言というのも生温い。

擁護する人がいることに驚きだわ。

これが示すのはなにか。

女性の胸先三寸で「生まれながらの加害性」を理由弾圧されかねない。

逆に、男性よりの権力勾配なんてないよ。

例えば、私がここでいくら吠えてても、悲しいか女性は突然変わらない。

anond:20180404140916

権力勾配に自覚的であれって話でしょ?

たとえばここで言われている

http://wezz-y.com/archives/49587/2

自分意思とは関係なく持ってしま権力に敏感になる、っていう、社会関係の当たり前があまりにもおろそかにされています

というのと同じような話。

2017-11-29

anond:20171129162213

元々そういう人間関係的なの興味なくて覚えられないんだよね。人間関係っていうか、社会関係か?年賀状とかも一枚も書いてない。

anond:20171129040616

いや、お前が公平を平等と思い込んでるだけだろ。

https://kotobank.jp/word/%E5%B9%B3%E7%AD%89-121375

かたよりや差別がなく、みな等しいこと。

人の命が金で買える状況ってアメリカ奴隷制度より酷いんだが、

それでも差別が生じないと思うんだったら頭の中がお花畑で埋め尽くされてるとしか思えん。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E7%AD%89

均等な配分。

法の下の平等という用語で、日本では、日本国憲法第14条第1項に定められている社会関係上の概念差別から自由

法の下の平等は上の解説と被るので省略。

均等な配分であって均等な徴収とは定義されていない。

補助金が一律定額なら平等

でも税金が一律定額な場合は公平であっても平等じゃないだろ。

2017-11-12

ネット原住民消滅時間問題

私自身がネット原住民深淵まで理解しようとしたばかりに、随分ネット匿名サイトに書かさせて頂きましたが、答えが出た様です。私がネット原住民に対する切り口での考えや視点でもって考えられる限りの考察は一巡し、ネット原住民分析としても考えられる限りの領域カバー出来たとの認識でいます。途中幾つか、試行錯誤でかなり手探りな部分も目立ちましたが、私としては、ネット原住民は、既に新たな発想でのネット活動不可能だという結論が出ています。すなわち、今後のネット原住民は、単なる焼き直しの考えの反復が続き、いずれは行き詰まり、彼らの痕跡の全てが消滅するだろう、という結論です。ネット原住民には時代適応するという着想が完全に欠けており、それはやはり、彼ら自身が傷付く事を恐れる余り、生の社会関係経験に乏しく、結果として現代への不適応という結論を、ネット原住民自身が招いたという事です。ネット原住民活動が困難なのは、一重に体力の欠如だという点であって、彼らの年齢を考えれば、彼らなりに生き延びる事は大変な困難が、容易かつ明瞭、自明な形で予想されます。以上の点を踏まえ、私の結論で恐らく間違いは無いだろう、との結論に至りました。私は、多分今後もネット原住民ヲチに関しては続けるのでしょうが、私はネット原住民では無いのですから、今後ネット原住民に関する感知は一切行わないつもりです。ただ一つ言えるのは、今後時期的に早い段階でネット原住民消滅を見届ける事になるだろうという事です。それが、今までのネット原住民を観察し、深く考慮した中での、私の結論です。

2017-09-26

無意味署名活動の意義 ~署名自己循環~

馬鹿の書いた文なので読みづらさと論考の浅さはご勘弁。

なんとか読み取って言わんとすることを拾って書き直してくれる人が現れることを祈って・・・

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署名活動無意味だ」

ただし、署名活動無意味になる状況は限られている。

すなわち、署名活動メッセージを受け取る相手が、参政権と関わりのない企業であること。

署名を受け取るまでもなく消費者意見がまとまり企業等に伝わっていることがある。

前者は、法的に署名運動意味を持っていないこと。

後者は、法的に意味を持っていない場合署名活動が持つ効果、「消費者意見をまとめ伝える」ことが既にされている状況を示す。

特に後者は、SNS時代現代において起こるようになり、また起こりやすい状況である

分かり易い例で言えば、SMAPの存続、解散撤回を求める署名運動けものフレンズたつき監督の存続署名運動がある。

どちらの例も、署名がどれだけ集まろうと法的強制力はない。その意味に限れば、署名活動無意味である

しかし、実際、SMAPしかり、けもフレしかり、無意味であるのに署名活動がされている。

何故だろうか。

その理由は当然、「意味がある」からであろう。

ではその意味とはなんだろうか。

前述の通り、署名活動無意味であると全員が認識していれば、そもそも署名が集まることはない。

まり署名活動参加者は、単に無意味活動だとは思っていないのである

ここで大きく2つの心理が考えられる。

1つは、意味があると思い、署名活動に参加している可能性。

そしてもう1つが、「システムとして無意味だと分かっていてもやる」という儀礼的、感情的活動参加の可能である

後者儀礼的、感情的参加の可能性は、法的に意味がある場合の、本来署名活動に倣ったパフォーマンスのようなものだろう。

無意味だと思っていてもやる」 この儀礼感情的参加による何かしらの影響が、署名活動意味となっている可能性がある。

ここで、一旦「何かしらの影響」の検討は棚上げし、

冒頭で無意味説明した状況かつ、消費者署名活動意味があると考えて参加している前提で、

活動の流れを簡単検討する。

はじめに個人によるネット主導や、ファンクラブのような集団主導で署名活動が動き出す。

すると、署名活動中にはネットニュースになったりテレビに取り上げられたりされ、活動はヨリ認知される。

署名が集まると、嘆願書企業に提出される。

この様子は、ときテレビ雑誌などのマスメディアで流されることもある。

なるほど、署名活動によって、『世間意味があると思われている「署名活動」』の情報が広がっているのだ。

企業の単なる動静でもなく、消費者群の大きな潮流でもなく、「署名活動」の情報が伝播しているのだ。

これにより、「署名活動」がされたぞ、○○万人も署名したんだぞ、企業はどう動くんだ?という見方がされる。

署名活動」がされたという見方、法的強制力のある場合に倣った見方がされている。

そう、参加するほうも儀礼的なら、世間見方も同様に儀礼見方がされるのだ。

すなわちこれは、法的強制力とは直接関係のない、社会による風潮であり、勝手ルールなのである

署名意味がない→署名が集まらない→無意味 でもなく

署名に法的強制力がない→無意味 でもなく

””署名意味がある→署名が集まる→世間マスコミが注目する→企業が注目され、圧がかかる→有意義”” なのだ

加えて言えば、署名による圧により企業が動けば、署名意味があるという最初の要素に立ち返り、署名活動自己循環する。

署名意味がある」という定義けが世間に残り、自己循環の度に、署名意味関係は強くなる。

ただ厄介なことは、「署名意味がある」という定義は、参政権に基づいた署名も、企業への署名も、同じ定義を共有して考えられてしまっていることだ。

これが、法律社会の風潮との誤差になっており、度々、「署名無意味だ」と言われる原因ともなっている。

この流れは、血液型性格診断と似ている。

血液型性格診断は、科学的に全く根拠がないとされている。しかし、実際はA型几帳面であるとかO型はガサツであるとか、よく耳にする言葉である

幾度となく科学的に否定されようと、その声が絶えることはない。

それはおそらく、実際に血液型性格が一致していることが多いからなのであろう。

なぜ一致してしまうのだろうか。

科学理由ではないところに、根拠を求めるとすれば、個人心理社会にあるだろう。

全く勝手な推測だが、例えば「A型几帳面だ」と周囲の人間が思っており、

そのように言っていれば、言われた方は暗示が働き、几帳面として振舞うように個人性格が方向付けられてしまうのではないだろうか。

思い込み自己暗示の力である

全ての人間が周囲から情報性格が決定づけられるとは当然考え難いが、それでも多少の影響はあるだろう。

人間生物根拠とは無関係に、社会的心理的作用として、血液型性格因果関係を持つこともあるのである

からこそ、血液型性格診断のもの科学的根拠はないという、ただその一点で血液型性格診断否定するのは浅はかではないか

そして、本文の主題に立ち返り、換言すれば、

署名活動のもの強制力だけで無意味と切り捨てるのは浅はかであるということ。

意味がある」という前提が意味のないことを意味あるものにしてしまうパワーがあるということが言えるだろう。

署名活動無意味だ」

簡単に言ってしまうのはもったいない社会不思議なパワーを、今こそ使いこなすべきではないか

たつき監督。がんばれ。

PS.

 つらつらと、署名活動応援するようなコメントを書いてきたけれど、どちらかと言えば私は活動否定派です。

 署名活動をするなら、もうひと工夫するべきだと考えています

 単にこうしろああしろ等と、感情と風潮に訴えるだけの署名には効果を感じません。

 というのも、なんというか現代合理主義社会関係に見合ってないからです。

 かと言って、不買運動を起こすなんてのは、ホトトギスを殺してしまうようでスマートじゃない。

 だから、その間を取って、「ユーザー意見聞かないと、これこれ買うの辞めますよ」って署名を集めるのはどうでしょう

 すぐに不買に動くわけじゃないから、企業も損をせずに対応を決められる上に、ちょっと意見の強さは増すし。

 うーむ。でもこれじゃまるでゲームを取り上げるお母さんのやり口だな・・・

2016-08-21

貧困問題を解消するのは当然「功利的」理由である

増田は「利己的」と書いていたが「功利的」と言うべきだろう。その上で「功利である」ことには同意だが、その理由は異なる。その理由を少し述べる。

増田の論は、人間能力というもの一元的に数値化できるという架空仮定に基づいているが、これが根本的に的外れである人間能力というのは非常に複雑なもので、社会全体の生存を考える上ではその多様性担保することがもっと戦略的には正しい。たとえば日本社会で非常に高く評価される「空気読む」能力は、世界の中ではほとんど不要能力であるが、狭い環境下で長期的に社会関係を維持しなくてはならない場合(たとえば長期にわたる宇宙船内での作業員等)では、非常に有効能力である可能性がある(ただし、現代日本人が比較的不得意な「異文化の受容」に関わる問題クリアできた上での話であるが)。

知能というのも残念ながらその測り方が日々検討されているような状態で、たとえば現下のセンター試験で測れるような「能力」が今後役に立たないとはよく言われているところであるが、しかしだからといってそこに全く正当性がないということもないし、また、「役に立たない」という人々が、それに代わる明確な測定方法を示しえているわけでもない。

江戸時代、「能力のある武士」をそれなりに取り立てるシステムも全く機能していなかったわけではないし、実際幕末幕府高官が無能ぞろいだったわけではないが、明治維新を成し遂げ、またその後の新政府をそれなりに運用したのは下級武士…すなわち江戸幕府からは「能力が低い」とみなされていた人たちだった。変動期にどのような「能力」が重要なのか、社会予測することは難しい。

から、ある社会が持続可能であろうとするならば、さまざまな能力可能性を排除すべきではない。いまのシステム下で測定できない「能力」をもつ人間は、この社会のあらゆる地域、年齢、階層の中に眠っている可能性があり、必要ときにそれが脚光を浴びることができるように多様性担保しておくことは重要なのだ。これが、社会貧困問題に適切に取り組むべき「功利的な」理由である

http://anond.hatelabo.jp/20160821164908

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