「力学」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 力学とは

2021-11-01

現代政治運動における嘲笑効果戦略

政治運動において敵対者への嘲笑時代地域を超えて普遍的である

SNSにおいても、特定政治家のみならず支持者や大衆への嘲りは、もはや見飽きた光景だ。

だがその効用は明らかとは言い難い。

嘲笑することは一見敵対者への攻撃にはなるが、第三者の反応はまちまちだ。

一緒になって攻撃するか、逆に攻撃者への批判を呼び起こすか、そういった争い自体忌避して場を立ち去るか。

とくに、最後効果、つまり政治自体忌避させる原因を、政治運動における嘲笑帰結する分析もある。

支持を拡大するという目的マイナスにもなりうるのにも関わらず、なぜここまで嘲笑が溢れているのだろうか。



社会学において支配関係類型化した初期の学者であるマックス・ヴェーバーは、政治運動上層部運動員に与える精神報酬ひとつだとしていた。

選挙活動などの強力な支配行動に人々を動員するには当然、従わない人間よりも多くの報酬必要である

しかし、(とくに猟官制の廃止された後の)民主主義では、大衆を動員するときに直接的な経済的見返りを与えられない。

それ故に様々な精神的見返りを与えることが必要であり、「嘲笑のための大義名分」がそれにあたるのだと。

この描像だと、嘲笑あくま精神的な見返りのひとつであり、怒りや復讐心の発散なとど同列とされ、そこまで重視はされていない。

政治家トップダウンで操る戦術オプションとして扱われている。



現代的な心理学の描像だと、嘲笑もっと政治に直結したものだとみなされる。

そもそも、「笑い」という行為や付随する情動は、自他の思考や行動の間違いを指摘するために獲得されたと考えられている。

人は、社会的に正常な状態だと思いこんでいた状態が間違っていると発見したとき、その気付きに対して笑う。

自分が間違っていたと自分で気づいた場合には行動を改めるだけだが、重要なのはこれが仲間に、かつ攻撃的に向けられたとき(すなわち嘲笑)だ。

期待されている効果は、間違っていた人間が態度を改め、仲間に従うことだ。

だが、仲間の「間違い」に気づいたとしても、実際に正しいのは自分なのか、相手なのか。それはどうやって決まる?

社会的な正常さを決めるのは、群れの政治力学だ。人間原始的社会は単純な多数決でもないし、かといってリーダー強者による完全な序列制でもない。

たとえば、強く序列が高い人間の笑いには追従の笑いをもたらす効果がある。これによって周囲から笑われた人間は態度を改める。

しかし、リーダーが明らかに間違っている場合には、群れの全員から嘲笑され、リーダー側が反省を強いられる場合もある。

場違いな場面で他人を笑った人間が、逆に間違いを笑われることもあるだろう。

このように、嘲笑とは複雑な政治行為の最も原始的な発露であり、人間特有の行動である



無論、現実、とくにSNS上の政治言論における嘲笑はこの2つの描像の中間にあるというのが実際のところだろう。

特定政党政治家言論人が嘲笑行動を種々の政治目的扇動する場合もありうる。

そういった目的を持たない、無意識の笑いが政治シーンに影響を与えることもある。

もちろん、この無意識なかに個人政治信条も含まれている。

ただ、そういった背景を無視して効果だけを見れば、ひとつほぼ明らかな事実がある。



嘲笑多数派を固めるためだけに有効であり、それ以外の場合には逆効果になる、ということだ。

集団的に行われる嘲笑は、味方には精神報酬をあたえ、仲間関係確認し、支持を固めて動員する効果がある。

また、怒って反応する敵対者あぶり出し、敵として認定することもできる。

日和見派のうち気の弱い人間には追従笑いを引き起こす。彼らはすくなくとも言論の場では逆らわないことが期待できる。

そして、何よりも重要なことに、それ以外の無関心層を遠ざける効果がある。

これによって、多数派勝利を確定させる一方、少数派にとっては確定するのは敗北となる。


さて、ここから考えると、もしあなたがすでに多数派だとわかっている場合だけ、集団嘲笑戦略をとるのが合理的である

という非常に単純な戦略しか導かれないように思われる。

だが現実には、少数派が集団的他人嘲笑し、かえって袋叩きに合い、劣勢を固めてしまうという現象はありふれている。これは何を意味するか?

まず、自分多数派か少数派かを判断するのは、大半の人間には難しい。

社会調査などの客観的指標でなく、周囲の人間意見を重視してしまバイアスは容易には逃れがたい。

次に、感情を抑えてまでマクロ合理的政治行動を行うほどのインセンティブ個人にはない。

感情進化的な意味では合理的であったとしても、それは過去環境適応したものであり、現代政治における合理性とは相容れない。

これらはそもそも戦略的に振る舞えない個人がいるという問題だ。



が、真に重大なのは、この理由により「少数派に属している時、味方が嘲笑という不合理な選択をとりうる。そしてそれに対する良い戦略がない」ということだろう。

その味方は自身多数派だと意識的あるいは無意識に考えている。

嘲笑追従しないことは、対象孤立させるシグナルとなるし、たしなめたり批判したりすれば敵対行為だとみなされるだろう。

よって追従することが局所的には合理的だが、それにより嘲笑は拡大し、多数派敵対者日和見派の目にとまり、敗北を拡大することに貢献してしまうのだ。



この問題にたいする回答は筆者の力量では思いつかない。

SNS上において政治言説をひろめたい、政治的に少数派であると考えている人々は、この現象対応する戦略を考案する必要があるだろう。

2021-10-24

左翼は岸田支持率低下に狂喜しているようだけど・・・

「岸田は主張がブレている、長老の顔色を伺っているか支持率が下がっている」などと言っている人がいるが、間違い。そんな高尚な理由では断じていない。


岸田の支持率は、総裁選の時から高くはなく、人気投票的には最も不人気だった。総裁選における「派閥力学総裁になった」という報道の仕方も、不人気の原因となった。「反新自由主義」を貫いたとしても支持率の低迷は変わらなかったと思う。

安倍長期政権になったのはマスコミを懐柔して一方的批判を許さなたから。民主党政権安倍政権とでは、同じマスコミかと言うくらい姿勢が変わった。モリカケ問題の時ですら、「説明が不十分」で批判が止まっていた。民主党政権時の連日の「いつ辞任するのか」は、安倍政権では一度も聞かれなかった。

そして今のマスコミはというと、安倍政権の頃に比べると岸田批判をそんなに遠慮していない。菅官房長官のように、マスコミ圧力をかける人物がいない。そして、支持率はその通りになっている。それだけである。このあまりの単純な事実には、本当にうんざりさせられる。



結局、日本における政権支持率など、しょせんテレビマスコミの「伝え方」一つでしかない。岸田政権のことを「みんながバカにしている」という感じで報道していたら、それに同調しているというだけ。日本国民は「みんな」から外れることを極度に嫌がるので、「みんな」が岸田首相のことをバカにしはじめたらそれに同調する。コロナ対策が壊滅的だった大阪維新支持率の高さを見ていれば、マスコミへの圧力・懐柔の有無でしかないことは明らかである



左翼は岸田支持率低下に狂喜しているようだけど、残念ながらその結果は維新の会の大躍進。そして維新の会は、テレビマスコミの懐柔・圧力批判を許さないということについてはすでに実績がある。

2021-10-10

anond:20211010151609

解決策が権力力学に曲げられてしまうのはとても残念だと思う。

今更独裁や寡頭政に戻る訳には行かんし。

2021-10-09

anond:20211009080421

演技とは「らしさ」であるとも言える。

「らしさ」とは、そのシチュエーションにいるそのような人物は、そのように動き、話すだろうという、私たちが共有している思い込み、ということになるだろうか。要はテンプレートである

テンプレ演技を難なくこなされれば、きっと見たとき違和感はない。それらしく見える。この時点で演者は「演技がうまい」と思われるかもしれない。

しかし、演技のリアリティという部分を考えていくと、教室で実際に過ごす高校生のように、「らしさ」に回収されない言動雰囲気に突き当たる。高校生らしさ、というのは共有している思い込みのうえのもので、実際には個々人の差異や、場が作る影響によってテンプレ通りにはならない。

個人的には、演じられる人物の背景や、その場の力学作品としての統一感など、テンプレに収まらない範囲情報を、こちらの想像を超えて落とし込まれた演技に「うまさ」を感じる。テンプレから離れ、その人の解釈技術をもって実現されている状態テンプレを越えて存在感がある状態

2021-10-06

anond:20211006202307

議員連盟が一個人私企業もの申せばそれは圧力になりうると思うんだが

今回警察というこれまた公的機関に対して抗議しているわけだから公権力行使かと言われるとなあ

ただ『圧力』の定義は難しいと思う

というか人により認識に差があるのが見てとれる

圧力=不当な公権力行使』的な『悪いこと』ととる人もいれば、単純に『警察判断に影響を与えうる外からの声』という力学的な要素としか見てない人もいる

今回のフェミニスト議連による抗議文は前者ではないけど後者ではあるかな

2021-09-27

知ったことではないという人間が大半、偉くなって初めて忖度させることが出来る

美形に貢ぐ力学

2021-09-24

スティーブ・ジョブズ女性の胸は揺れている」

だが、スティーブ・ジョブズはこれになにか不満だったようだ。

「なるほど、乳房レンダリングはうまくいった。ところで弾力のある乳房の揺れはどうだ?同じようにできるか?」

「いやそれは無理です。力学的に乳房の揺れを実現するのは遥かに難しい。それにそんなもの必要ですか?」

ビルスティーブ乳房の高速描画を思ったほど評価せず、より多くを望んだことにムッと来ていたと思う。

スティーブは急に怒り出した。

弾力のある揺れる乳房はどこにでもある!この部屋の中を見てみるといい!」

実際そういう形はそこらじゅうに存在した。

ホワイトボードデスクもボヨンボヨン揺れていた。

次に彼は窓の外を指さした。

「外を見てみろ!もっともっとあるだろう」

彼はビルを連れ出して、弾力のある揺れる乳房を見るたびに説得した。

2021-09-06

総裁選派閥ばかりに気を取られてはいけない

しか総裁選行方を考える上で派閥重要だ。ただ、派閥がどこまで重要かは注意すべき。

過去の例が参考になる。2001年4月小泉純一郎橋本龍太郎を破って総裁になった。橋本は最大派閥リーダーで、政策通として知られ、首相経験者という申し分ないプロフィールだった。なぜ小泉が勝ったか

それは、国民に人気のある小泉純一郎の方が好ましいと考えた大量の党員票で流れが変わったからだ。

この背景には、衆議院選挙採用されている小選挙区比例代表並立制がある。特に小選挙区政党本位選挙になるから、党のリーダー国民に人気か否かが選挙結果に直結する。派閥の力で自民党内に権力を轟かせても、党リーダー国民人気がなければ選挙で勝てない制度だ。

派閥に縛られない党員票は純粋国民に人気な(選挙で勝てる)総裁を選ぼうとするので、派閥力学を動かすことがある。

国会議員票についても派閥の力は限定的になるだろう。今回は衆院選総裁選後に行われることが決まっていて、今の自民党当選3回(2012年政権交代選挙当選した組)以下の議員がすごく多い。

こういう若手は選挙基盤が盤石ではなかったりするので、選挙への不安感が大きい。となれば、国民に人気のある総裁を選ぶことが自らの議席死守に繋がると考える。派閥に従っていれば安泰という時代は終わった。

anond:20210905011447

2021-09-05

自民党総裁選の近況

政治記者自民党に近い評論家情報まとめ

9/5時点

細田派(安倍下村萩生田、西村稲田など)

安倍高市支援を表明

(河野党員票を割る目的で、安倍本命は岸田か?)

過去派閥を辞めた高市に反発も 

保守色の強い「保守団結の会」(反稲田)のメンバー高市支持

・「岸田支持」「下村支持」「河野支持」で分裂

下村博文と稲田朋美が共闘し、女性議員を中心に下村への支持が集まっている

 

麻生派(麻生、甘利、河野など) 

麻生河野出馬に反対だが容認

麻生が反対してるのは世代交代と党内力学が崩れることを阻止するため

派閥幹部の甘利、森英介河野支持に反対

派閥内での河野支持は若手中堅など20~30人、岸田や高市を推す声も

 

■岸田派

・岸田支持で唯一結束

・他派閥秋波を送る

竹下派(茂木、小渕、加藤勝信)

茂木出馬に意欲がある。候補者が乱立すれば出馬する可能

 

 

二階派(二階、武田良太平沢勝栄など)

野田と石破が支援要請

・二階不在の二階派会合で怒号が飛び交う

河野、岸田を推す声も

石破派

17しかいないが、すでに河野支持に走ってる議員

二階派の協力なしに推薦人を集めるのが困難

石原派(石原)

10しかいない

野田毅が河野支持を示唆

自主投票

無派閥(菅、小泉野田)

小泉河野支援で若手議員に声をかけてる

・菅は河野支持、菅グループ無派閥議員(三原じゅんこなど)も河野支持か

野田聖子は推薦人集まってない

2021-08-23

anond:20210823192210

総裁選の推薦人なんて、派閥力学しかないだろ。

高市無派閥自分派閥を持ってない。(それについては菅も同じだけど)

現時点で高市を表立って推す派閥はないし、自主投票になりそうな派閥もない。

勝ち目があればまだ派閥無視して推薦することもありうるが、勝ち目がない候補の推薦人になったって今後の政治活動考えればデメリットしかないでしょ。

2021-08-21

パラリンピック政治力の強さなんなの

与党自治体首長も前のめりに子供感染もとい観戦させたいと目をキラキラさせてるの、どういう力学なんですか

開会式本来台本なんかより興味あるぞ

2021-08-10

オリンピックは終わったが

ふと思ったのだが、立民(または共産党)が政権をとっていたら、オリンピックは中止したのだろうか?

単に、与党は推進し、野党は反対する という力学しかないような気がしてきた

あと、コロナ対策政府仕事しろ派は、パレンス・パトリエ(国親思想)的な施策を求めているのだろうか?

オリンピック中止のワンイシューで済むほどデルタ株はやわじゃないわけだが、彼らが引き合いに出す諸外国の厳しめの対策パレンス・パトリエ的、私権制限を伴うものが多いわりに、ギリギリそこに近い形で攻めてきた西村大臣酒類提供の件はものすごく問題にして潰したわけで…

フランスワクチンパスポート台湾の水際対策オーストラリアロックダウン、ほんとに本邦でそれを望む?

2021-08-07

anond:20210806195309

反発して「デマ」とか「怪文書」とか書いてる人はどの部分についてフェイクと考えているのだろう。

2014年問題人物との記念写真

・それが海外問題になったこ

1994年ヒトラー本への推薦文

・これらが英語版Wikipediaに載っていること

これらはリンク貼ってソース提示してるし「文化状況」の説明時系列評価が間違ってるならそれを指摘すればいい。

元増田の話の肝はリベラル系の米民主党女性議員の下で働いていた経歴を封印していたって点だから封印してない!公開してる!日本版Wikipediaにも書いてあるし!って反論したくてフェイクと言ってる?

かに元増田も「封印」と評価した内容は詳述してないが(いついつの経歴には米民主党名前が書かれてなかったみたいな「封印」の具体例がほしいね。又聞きなら元ネタソース

またはCNNキャスターを務めたなんてソースいから嘘だ!と言いたいのか?いや元増田が書いてるのはCNNじゃなくてCNNデイウォッチだぞ。CNNデイウォッチ1980年代末のテレ朝深夜番組自民党政治家の武見敬三キャスターを務めていた番組だ。Wikipediaの主な出演者情報には高市早苗名前はないが名前の出てない出演者大勢いる。フランス革命200周年のレポートの話なんかは元増田記憶メモを元に書いてるんだろう。(高市早苗は同時期にテレ朝プレステージ水曜枠にも出演していて蓮舫なんかと同じで当時のテレ朝深夜枠の文化常連だったみたい)

あとは「自民党支持者や党内部のこんな力学事情があって~」という政治記事でよく解説されているような一般的な話だから別に怪文書でも何でもない。

やっぱり「封印」と評価した根拠出せって言ってんのかな。だったらちゃんとそう言えばいいっしょ

anond:20210807085642

何真面目に語ってるんだ?

電通がどれだけ儲けるか力学しかないだろ

あとはパソナにどれだけお金配るか力学

オリンピック開会式クオリティ問題には、クソUIが生まれ力学が大いに働いていると思われる。

それは、リソースの不足・スケジュールの不足・不適切アサイン・不十分な議論・利害調整役の不在もしくは不十分・あるべき専門家の不参加・議論無視した上層の介入… などなどにより、設計が失敗したままリリースされたということ。

その道の専門家も参加していたはずで、今は言いづらいだろうが、後でなぜこれらが発生したのか記録に残してほしい。きっと学びがあるはず。

2021-07-25

これがPC配慮したオリンピック開会式だ!

大坂なおみのせいで何もかもが台無しになった東京五輪開会式 - Togetter

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1749260

という意見に対して、はてなブックマーカー批判的にとらえ、

大阪なおみの参加こそが多様性があってすばらしいことだという評価が強い。

 

私はこれを政治開会式演出に介入した事例だと考えるのだが、

これが素晴らしいことならば森元小池百合子の介入も許容しなければならないだろう。

どちらも政治的な力学で決まったことだ。これらこそがポリティカル・コレクトネスだ。

要するにはてなブックマーカーがいろいろ文句言ってるけど

彼らが開会式演出考えても政治的内紛の末に同じようにグダグダ開会式しかならないよ。

 

あーあほくさ。

演出的な美しさがどうかなんてどうでもよくて、政治的な象徴性の方がみんな大事なんだろ?

誰も大事にしていないものが重視される訳ないよ。

重視してたらユダヤ人団体交渉して演出家解任は開会式終わってからにしようとするだろ。

いいや違うか、

ビジョンを持って全体を統括する演出家なんてものもの存在しなかったということか。

 

日本芸術分野の才能に自由やらせてみるってことが出来ないんでしょうかね?

人類二極化するように出来ているよね??

誰と結婚するとかが自由なんだから

美形で、金持ちで、運動ができて、コミュ力が高く、権力を持ってて、センスがいいみたいな

そういう一部の人気者が子孫を反映させていく

これって当たり前だよな

淘汰という仕組みがあるんだから

あくまでその変化が速いかいか

多夫多妻制とかなら変化は速いだろうし、ほとんどが結婚してた昭和時代とかなら変化は遅いように思える

戦争バンバン死んでた頃とかは変化が早いかもしれないし

本来淘汰されるような人が強権を持ったら変化が遅いかもしれない

 

ただ現代においてはそこそこ変化は速いのではないかと思う

人があまり死なないし、婚姻率も落ちていってるし

 

どうであれ二極化する仕組みはある

頭が良いと金持ちになって、美形のパートナーをもらい、子孫を増やす

当たり前のこと

美形なやつは性格もいいし頭もいいし金持ち、というケースが増えていくのが当然

 

でも世界はそれに抗いたい人らがたくさんいる

いや抗いたいのは良い、より悪いのはその二極化するという力学を信じたくない人らだ

そこがどうも納得できない

世の中は確実に平等じゃない

頑張っても頑張っても人間生物でいるうちは平等じゃない

努力することはできるけど、皆が普通に努力してる状況では差が付きづらいし、何なら努力するのも才能の一つだし

あくまで「世界は不平等だよ?」ってところをスタート物事を考えたいのにそうなっていない

何か知らんが二物も三物も持った人の存在を認めたくないらしい

 

それで努力してのし上がってみたら、その先に現れるのはスーパーマンたちだ

その絶望感はすごい

せめて平等なんかじゃないと若いから自覚できていたらよかったのに

2021-07-12

anond:20210711004743

この件でひろゆきを叩いている人たちの傾向というのは明らかだよね。

まず、知識学問に対して謙虚でない。この話を厳密に論じようと思えば、大学2年生レベル力学ベクトル解析の知識必要になる。私も専門家ではないので、こんな書き込みつのめにもなるべく多方面から情報を得て、裏を取るように心がけている。たとえば、質点が剛体になれば考慮しなければいけない条件は変わるし、天体運動に関しても自転や公転を考慮すれば結果が変わることはあるからだ。ひろゆきを叩いている人たちは、「この程度のことは知っている」と高をくくっており、そういう態度が全く見られない。

そして、わざとなのか無意識なのかは知らんが、やたらと詭弁を使いたがるということ。たとえば、「重力が0」という言葉についても、自分が使うときは「実用上影響がないか無視する」という意味で使うのに、相手が使ったときは「理論的にも0になる」「重力自体存在しなくなる」などの意味すり替える。

こういう人たちとは会話できないよね。

2021-07-11

ひろゆき位置エネルギー発言叩いてる奴って馬鹿だろ

まず断っておきます。私はひろゆきの元の発言を知りません。面倒臭いので調べる気もありません。以下の文章は、ネットで見聞きした情報を元に「恐らくこういうことを言ったんだろうな」という想像で書いています

ひろゆきが、宇宙行ったら位置エネルギーが無いみたいな発言して、なんかネットの面倒くさい自称理系知識人たちに噛み付かれてる。こういう連中って、小学校テストで掛け算の順序逆にしたらバツになったみたいなくだらないことで、毎年のように腹を立ててる人たちなんだろうな。まあ、こいつらには影響力無いか無視すりゃいいんだけど、今回は俺が個人的にこいつら馬鹿だなあって思ったので、それを書く。

そもそも、今回のひろゆき発言は何が問題なのかが分からんだってひろゆきが言ってることは間違っていないからだ。ひろゆきの主張をまとめるとこうなる。

これはまさに、普通流儀で書かれたすべての力学教科書における位置エネルギー定義のものである。だからひろゆきの主張は結果的には「教科書に載ってる正確な定義に基づいて授業しろ」と言っているに過ぎない。これに噛み付いてる奴は、

のどちらかだ。もしかしたら上記位置エネルギー定義よりも厳密で理論的に洗練されたものがあるのかも知れないが、私は物理学科出身ではないので知らない。いずれにせよ、中学高校理科には関係無い話だ。

このひろゆき発言を叩いてる連中は、他人を叩いてるつもりが自分無知晒している。だから馬鹿だなあって思うわけだ。

まあ、こういう人たちって、相手が嫌いな奴ならどんなに不合理な理屈を捏ねてでも叩いてやろうって連中なんだよね。だから議論するだけ無駄なんだろうな。

2021-07-09

anond:20210709141530

自分自身のために研究を行なっているのなら、そしてなおかつ給与が欲しいのなら、給与が貰えるところに行けばいいのでは?

べつに日本にしがみつく必要ないでしょう。国士様かな?たとえ国士様でも海外キャリア積んでから日本に帰って来れば良いのでは?

他人のために、ましてや国(日本)のために、自分自身人生があるわけじゃないでしょう

まずはなにより、自分自身人生の充実では?

  

もっと海外なら、必ずしも日本より貰えるとかないですし、たとえ貰えたとしても物価差分日本と変わらない・以下とかありそうですけど

 

ただ明日未来を掴み取ろうという野心あふれる移民で溢れている国々は、日本と違って競争苛烈なので、

日本よりは謎の力学年功序列がなく、日本よりは実力が給与に反映されやすいのでは?

 

子ども子どもを作ってはいけない

2021-07-04

ツール・ド・フランスの楽しさ【本日無料放送

ツール・ド・フランスに関する増田を書いたところ興味を示された方が少しおられましたので、私が考えるツール・ド・フランスの楽しさを少しずつご紹介できればと思います。うまく伝わるとよいのですが。

なお、私なんかの雑な解説よりもはるかにキチンと書かれた解説文献がネット上にはごろごろあります。内容が少し古いのですが JSPORTS の「ツール・ド・フランスを知るための100の入り口:Vive le Tour!」などがオススメです。

https://www.jsports.co.jp/cycle/tour/tour_100/

どんなレース

100年以上の歴史を持つ、世界最大の自転車ロードレースです。町から町、村から村へと移動しながら3週間かけてフランスを一周するというコンセプトの催しです。tour は英語ツアーではなくフランス語の「一周」。定冠詞をつけて le Tour と言えばフランスではツール・ド・フランスを指します。たぶん。

お祭りであり、競技でもある

だんじり祭りのようなもの」という対比が腑に落ちると支持を集めていましたが、さりとて完全に形式的行事というわけでもなく、UCI(国際自転車競技連合)では最上位の格式を与えられたれっきとした国際競技です。勝者には多くのポイントが与えられ、テニススキーのようにランキングされます

お祭りムードなのはツールの規模や歴史がそうさせているのであって、観客にとってはお祭りだけれど選手たちにとっては重要な(そして最も栄誉のある)国際試合です。

バーチャルフランス観光

世界配信されるツールの中継は観光立国フランス観光案内の側面も持ちます

選手たちの熱戦のあいあいまに風光明媚フランス国土景観雄大アルプスピレネー大自然中世のたたずまいをそのまま残す町並み、古い城塞寺院等の生映像がこれでもかと挿入されますレースの流れはいまいちわからないという人でも、数機の空撮ヘリを駆使して送られてくるそうした風景を眺めているだけでもまったく飽きさせることがありません。

ステージレースのしくみ

自転車ロードレースには、一日で終了する単発の「ワンデーレース」と、数日かけて開催される「ステージレース」があります

ツール・ド・フランス代表されるステージレースは一日一日のレース独立したひとつレースで、その都度優勝者がひとりいます(これをステージ優勝といいます)。が、それとは別に、すべてのステージを通して通算ゴールタイムが最も短かった人が総合優勝となり、基本的にはこの総合優勝がそのレースもっと名誉のある成績となります

ツール・ド・フランスステージレースの中でも最長のもので、途中で2度の休養日を挟みつつ全21ステージを戦います

同時進行する複数レース

勘のいい方なら、ステージ優勝と総合優勝はそれぞれ個別に狙うことができることにお気づきでしょう。

その通り、総合優勝を狙うほどの実力がない選手でもステージ優勝は狙えるし、逆に、大会最後まで通算トップタイムを維持できれば、必ずしもステージ優勝を獲らなくても総合優勝することができます

このように、同じひとつレースを走っているように見えても「ステージ優勝したい選手」と「総合優勝したい選手」とが入り混じって走っていて、それぞれの思惑、それぞれの戦略、それぞれに警戒すべき競争相手がいるという重層構造ステージレースにはあるのです。

各賞がさらレースを熱くする

総合優勝ステージ優勝のほかにツール・ド・フランスには「ポイント賞」や「山岳賞」といった名誉も同時進行します。

毎日コースにはそれぞれチェックポイントが設定されていて、そこを上位で通過すると通過順に応じた点数が与えられます

ポイント賞はスプリンター(短距離を全力疾走する力にすぐれた人)のための賞で、ステージ中間の平地や、平坦なステージのゴール地点に点数が設定されています

山岳賞はその名の通りクライマー山登りが得意な人)向けの賞で、上りのしんどさに応じて点数が設定されています

これらの各賞争いのゆくえもレースの進行に奥行きを与える要素となっています

個人戦のように見えて実はチーム戦

ツール・ド・フランスには総勢184名の選手エントリーしていますが、マラソンなどのように「個人参加が184名」ではなく、「8名チームが23組」です。

23のチームは

「ウチはめっちゃ強い選手がひとりおるけん、こいつを総合優勝させたるんや」

「ウチは総合優勝を狙えるような選手はおらんけど、ステージ優勝をいくつかカッさらうつもりやで」

といったように、それぞれに異なる思惑を持って大会に参加しています。こうした目的意識の違いから、あるステージでは空気のようにおとなしくしていたチームが別のステージでは突然はりきりだす、といったことがあります

エースアシスト

このように、どのチームも「ある選手を勝たせる」ことを目標としてチームを作り、作戦を練っています。8人で参加していても、ステージ優勝も総合優勝もワクはどっちみち1人なので、たった1つのそのワクをチーム員8人に互いに競争させて争わせるよりも、かつぐ1人を決めて残りの7人でその選手バックアップしたほうが勝率は上がりますよね。

かつぐ選手エースといい、バックアップする選手たちをアシストと言います

エース格の選手はふだんはアシストたちから様々なサポートを受けながら自分ポジションを守り、ここぞと言う時にその実力でライバル勝負します。

アシスト格の選手自分の体力やタイムと引き換えに(いわば捨て駒として)エースサポートしつつ、出番がなければ体力を温存したり、エースの出番がないステージならステージ優勝を狙って名前を売ったり、というスタンスレースに参加しています

空気抵抗集団走行

マラソンなどと違い、自転車ロードレース集団走行します。これは空気抵抗と大きな関係があります

前面投影面積の自乗に比例とかそういう難しい話は省略しますが、とにかく平均時速40km/h以上という自転車レーシングスピードにおいて、もっとも大きな走行抵抗は「空気抵抗」です。

そしてこの空気抵抗は誰かの真後ろを走ることで劇的に軽減することができます。これをスリップストリームとかドラフティングといいます

時間距離となる自転車ロードレースでは、誰かが風よけとなって先頭を走り、みんなでその後ろをついていく省エネ走行します。たまに風よけ役となる選手を交代しながら、身を寄せ合うようにして走ります

集団の人数が多ければ多いほど、すなわち風よけ役となる交代要員の数が多ければ多いほど集団走行メリットは大きくなるので、敵対関係にあるチーム同士でも「今は一緒に走ってたほうがトクだよね」と利害が一致することになり、敵同士なのでまるで味方同士のように全員で仲良く集団走行をすることになります

レースの中でもっとも大きな集団をメイン集団とかプロトンと呼びます

(7/6:今日読み返して間違いに気づきましたが「前面投影面積の自乗に比例」ではなく空気抵抗は「速度の自乗に比例」です)

典型的レース展開《平坦ステージ

平坦基調コースでは、多くの場合「ゴールスプリント」がステージ優勝を決めることになります。瞬発力と最高速度に優れたスプリンターたちがゴール前の数百メートルをお互いに肩をぶつけながら猛ダッシュして着順を争う、とてもエキサイティング勝負の場面です。

なので、有力なスプリンターを擁するチームの目標は「我がチームのスプリンターをゴール前まで無事に・いい位置で連れて行くこと」になります

しかゴールライン200km先です。スプリンターをゴール前まで無事に連れて行くことが目標のチームばかりだと、レースは終盤近くまで非常にのんびりと穏やかな集団走行になってしまます

そこで、抜け駆けを狙う選手が出てきます。長距離比較ハイペースで走ることに秀でた選手たちがステージ優勝を狙って一発「逃げ」を打つのです。

たいていの場合逃げ集団は数名から20名ほどの小集団で、「逃げたい」という思惑の一致した色んなチームの選手から構成されます敵対関係にあるはずの選手同士ですが、「メイン集団から逃げる」という利害関係が一致している間はお互いに協力し合って、メイン集団を突き放そうとします。

一方、メイン集団スプリンターを勝たせたい人たちの集まりですから、彼らをまんまと逃げおおせさせるわけにはいきません。ただ、上でも書いたとおり集団は大きければ大きいほど有利です。なので、逃げ集団をいつでも捕まえられる位置に泳がせておいてほどよく追いかける、という展開になります

なぜ逃げを許さずに早々に捕まえてしまわないかと言うと、捕まえてしまって集団ひとつにまとまってしまうと、またそこから逃げを打とうとする選手が出てきて、そのたびに追いかけたりなんだりの悶着があってペースが乱高下し、大事スプリンターを消耗させてしまうからです。

逃げ集団は多くの場合ゴール寸前でメイン集団にとっ捕まってしまます。これはレース力学しかたのないことなのですが、それでもなお逃げ屋が逃げを打つのはなぜかというと、「絶対にとっ捕まるとは限らないから」です。風向きの変化など様々な要因によってメイン集団が思うように逃げ集団との差を詰められないことがたまにあり、「確率は低いものの狙ってみる価値はある」くらいの勝機があるのです。

典型的レース展開《山岳ステージ

今日放送時間が迫ってしまいました。とりあえずここまでで一旦投稿します。後ほど続きを書き足していきます

==

山岳ステージは峠道の上り坂をコースのメインに組み込んだステージです。1つのステージでの標高差(垂直方向への移動)が2000mから3000m以上にもなりますツール・ド・フランスではアルプスピレネーのふたつの山岳地帯が必ず日程に組み込まれていて、大会ハイライトとなります

当然ながら山岳賞争いが展開しますが、同時に総合優勝候補同士のぶつかり合いになるのが山岳ステージの見どころです。

まず山岳賞を狙うクライマーたちが集団を抜け出してヒルクライム競争します。一方、メイン集団では総合優勝を狙う選手同士がガチンコ直接対決をし始めます。先頭と後方でふたつの戦いが同時進行するような感じです。

ヒルクライム走行速度が低くて空気抵抗があまり問題とならないため、アシストを動員した集団走行メリットが少なく、チーム力よりも個人の登攀力が勝負の鍵になります山登りの得意な、あるいは調子のいい総合優勝候補にとって、そうでないライバルをふるい落とすチャンスなのです。

集団の中で体力を温存する(ある意味サボる)ことができない山岳ステージでは選手ひとりひとりのコンディションの良し悪しが表面化するというのもひとつの見どころかと思います

閑話休題(7/6)

書いたのはおとといなんだけど今ごろになってブクマがつき始めたぞ?

しばらくブクマトラバもまったくなかったので投げ出しちゃったんですよね。寄せられたコメントを見る限り、現時点でも読んでくださっているのはすでにサイクルロードレースをよくご覧になっている方々ばかりのようなので、紹介記事という体裁ではありますのんびりと書き足していきます

マイヨ・ジョーヌのゆくえ

しくみの項で述べたとおり、ステージレースの最終目標総合優勝です。各ステージのゴールタイムの合計がいちばん短かった人。

総合タイムは毎ステージ加算されていきますので、第1ステージから先は常に「今のところ持ちタイムいちばん短い暫定首位」が一人いて、この選手は真っ黄色ジャージを着て走ることになっています。いつでもどこでも、あの選手が暫定トップなのね、ということが一目瞭然です。この黄色ジャージマイヨ・ジョーヌといい、ツール・ド・フランスはこの黄色ジャージ争奪戦解釈することもできますね。

緒戦第1ステージをいいタイムステージ優勝すればまずはリーダージャージを着られるので、序盤のうちは総合優勝など全然狙っていない選手が着用するなどリーダージャージのゆくえは流動的です。

ですが、レースも中盤に差しかかってくると各チームの本命選手たちが総合タイムの上位を占めるようになり、ジャージ争奪戦様相が濃くなっていきます

2位以下の選手トップ選手から突き放されないように、トップ選手ライバルに出し抜かれないように、互いが互いをマークしながらレースを進めることになります

リーダージャージを着てしまえば、あとはずっと2位の選手にぴったりくっついて走ることできればタイム差は縮まらないのでそのまま総合優勝できてしまいそうな気がしますが、これは半分正しくて半分正しくありません。

リーダージャージ防衛の基本戦略はたしかにそれなのですが、必ずしもそう簡単に事は運びません。アシストに守られながら集団のままゴールできるステージばかりではありません。大会中1~2回設定されるタイムトライアルのステージは一人ずつ走るので駆け引き余地がありませんし、山岳ステージではアシストを使い果たした本命同士の一騎打ち複数チームが包囲網を敷いてリーダーに波状攻撃をかけたりと、リーダージャージを奪い取るチャンスは時おり訪れます

==

中継が始まったので今日はここまで

2021-07-03

なぜ、電源タップケーブルで音質が変わると思ってしまうのか

一部のオーディオマニアは、電源タップケーブルを「良いもの」に変えると音質が向上すると信じている。

常識で考えて、そんなわけはないのだが、なぜ彼らはそんな荒唐無稽妄想を抱いてしまうのか。(たとえばケーブルによって変わる電気的な特性は、導線の抵抗値くらいしかないが、それは部屋の温度が数度変わるのと同じ程度の影響しかない)

ここでは、そんな彼らの多くが共通して信じている理論の紹介と、なぜ人はそういうニセ科学を信じてしまうのかについて説明する。

きれいな電気」という概念

オーディオに関する非科学を信じる人の多くが共通して持っている考えは、電気には「きれいな電気」と「そうでない電気」があるというものだ。これはちょうど、飲料水に「きれいな水」と「そうでない水」があり、きれいな水を飲むと健康に良いと言うようなものだ。電気場合は当然、「きれいな電気」で駆動したスピーカーからは「良い音」が発せられると彼らは主張する。

彼らによれば、家庭用の電源や大衆向けオーディオ機器流れる電気は「きれいな電気」ではない。それをオーディオマニア向けの高額製品を使って変換したり、「不純物」の少ないケーブルを通すことで、スピーカーに「きれいな電気」が流れるらしい。

この理論の秀逸なところは、その単純さにある。本来、音質を決定づける要因は無数にあり、それらは複雑に影響しあっている。それらをすべて把握することは容易ではない。しかし、「きれいな電気理論」なら、

「高額オーディオ製品を通す→きれいな電気流れる→音質がよくなる」

となり、単純明快だ。水質と健康アナロジー理解やすいのもポイントだ。

安易理屈がつけられるものを信じようとする」という思考停止

オーディオオカルトに限らず、多くのニセ科学共通するのが、問題を過度に単純化して説明を試みる点だ。マイナスイオン身体に良くてプラスイオン身体に悪いし、血液型性格判断診断なら人間性格は4種類に分類できるし、波動測定装置を使えばあらゆる食品身体にいいかどうかたった1つの指標で判定可能だ。

もちろん、「問題単純化して説明する」というアプローチ自体は間違っていない。たとえば、力学で摩擦や空気抵抗が非常に小さいならば、それらは無いものとして考える。疑似科学問題は、その理論を立証する過程実験者の主観排除するしくみが備わっていなかったり、そもそも理論中の概念が適切に定義されていなかったりする点だ。オーディオ場合で言えば、音質の評価は聴者の主観対象製品への先入観に大きく依存するし、そもそも「よい音」とか「きれいな電気」の実態も正確に定義されていない。

から、この種の「きれいな電気を流せば音質がよくなる論」は疑似科学である

なぜ、オーディオマニアはこのような疑似科学を信じるのか?結局、人は安易理屈がつけられるものを信じるということだ。オーディオ機器の内部構造やそれらの音質に与える影響を正確に理解するには、どうしたって大学レベル物理工学知識が要る。一方、オーディオマニア理論なら

これだけの理解で済む。一部の人達にとっては、小難しい数式を出されるよりも、こちらの方が説得力があるのだろう。 

ただ、事実はこの説明の通りにはなっていない。ケーブルや電源タップの変化をブラインドテストで聴き分けられた人は、この世に存在しない。結論としては、音質の向上を期待してそんなところに金をかけるのは、馬鹿げていると言える。

2021-06-23

推し活は本当にコンテンツを救うのか?

推しという言葉キモくてキモくてたまらないオタク

https://anond.hatelabo.jp/20210621222603

ついにきたな、と感じました。

ワイドショー推し活というワードが聞かれるようになってしまった昨今、ようやくアンチ推し活の声があがりはじめた。

あ、自分クリエイターサイドの、推される側の人間です。詳細は書きません。特定されやすいので。

実は、推し文化見直して欲しいな、と思っとります。ので、便乗します。

推し活の正当性を一つ、否定してみることにします。

推し活の正当性とは?

推し活には、資本主義社会化SNS時代における正当な活動という空気感があります

つまるところ、

推し応援する→推しが儲かる→推しが更に活動できる→自分が満足できる】

という論理的正当性推し文化にはあるわけです。

ところが、ここに問題があります

1人でコンテンツを支える、少人数でコンテンツを支えるということが不可能なのです。

まあ、現代コンテンツというのは何かと生産するのにコストがかかりますからね。

まり、上の流れは実は成立しないのです。億万長者でもなければ、1人の消費など、焼石に水をかけているだけですね。

しかし、そこで登場するのがSNSです。

ユーザー1人1人が、なんと広告塔になれると。個人宣伝を行うことが可能になった。

まり推し活をすることよって口コミ効果が起きると。そういう力学の発生を、皆様信じておられるのですね。

先ほどの論理にこう加わります

推し応援する→その声を聴いて他の人も推し応援してくれる→推しがすごく儲かる→推しが更に活動できる→自分が満足できる】

現代人は自分個人の力がいかに無力なのかを、とても良く知っている。

その上で、一人一人がメディア機能果たしてSNS上で、大声で推し活をすることで、より自分が満足できる環境が構築されるに違いない、と思っているわけです。


◎実はユーザー同士の口コミコンテンツが盛り上がることはない

重要なのは本音感』です。

企業広告が嫌われ、ユーチューバーなどの個人が行う宣伝は好かれる理由がここにあります

要するに企業宣伝って嘘っぽいけど、個人個人が本当に好き!これはいい!というとそれっぽく感じちゃうわけですね。

そして、個人ユーザーSNS宣伝を行うと、素人感≒本音感のある声を溢れさせることができる。

からユーザー推し活をすることでコンテンツが元気になるんだと。そういう思考があるわけです。

ところがどっこい、効果ないです。

実証ソースは確か海外研究論文ダイヤモンドオンラインとかで和訳されていたはずなので探してみてください)

さてさて、所謂健全口コミって、みなさん下記のような流れを想定されると思います

ユーザーA→ユーザーB→ユーザーC→ユーザーD…】

Aさんがこれいいよ!と言い、Bさんがわかる!といい、それがCさん、Dさん…と流れていく、という形ですね。

ところが、現実は下記のような流れでコンテンツ話題になります

ユーザーA→ユーザーB ユーザーA→ユーザーC ユーザーA→ユーザーD】

わかるでしょうか?

まり大本になる発信力の強いAさんの情報が、バラバラに、それぞれに届いているのです。

この二つの違いもわかりますね。

宣伝能力という面で、ユーザーBさんやユーザーCさん、ユーザーDさんには価値がないということです。

Aさんは何者なのか。多くの場合インフルエンサーと呼ばれる存在です。

もしくは、クリエイターまとめサイト管理人でしょうか。皆さんも心当たりがあるのではないでしょうか。

たまに、ズブの素人が下の図のユーザーAさんになることもありますしかし、本当に稀な話です。

そして、コンスタントに下図のAさんのような立場になれるなら、自然インフルエンサーになるでしょう。

簡単に言っちゃいましょう。

インフルエンサーでなければ宣伝をする意味は全くない』=『インフルエンサーでなければ推し活をする意味は全くない』

ということです。

まり、ここに

推し応援する→その声を聴いて他の人も推し応援してくれる→推しがすごく儲かる→推しが更に活動できる→自分が満足できる】

という論法は、ほとんどの場合破綻するのです。

だって世の中のほとんどの人は、インフルエンサーじゃないんですから

口コミコンテンツが盛り上がることはありません。

◎推され疲れ

さて、ところが、さらに上の話が転換します。

ズブの素人だろうとなんだろうと、インフルエンサー的な力を簡単に持つ方法があるんです。

それは、悪評です。

まり、○○はこんなひどいやつだ!と、できればソースつきで言うことですね。

その場合、どういうわけだか、非常に簡単に広まってしまうんですね。

まあ、端的に言っちゃうと、まとめサイトとかのゴシップ好きや、善意のフリをして悪評を広めるインフルエンサーが多いからなんですが。

インフルエンサーサイドも、話の正誤を他人に預けられるというリスクヘッジができますし)

小さい声を拡声する機能は、コンテンツクリエイター攻撃する場合に、非常に簡単に、かつ効果的に発揮されるんですね。

ハッキリ言って、やってられないですよ。作る側としては。

だって良い声には意味がなく、悪い声は意味を持ちやすい。それが現代ですから

良い声がいっぱいSNSに溢れている状態というのは、まあありがたいっちゃありがたいんですが、結局、その状態に持って行った時点でもうコンテンツとしては勝ってるんです。

まり、ほぼ初動でインフルエンサー存在が、推してくれるかどうかだけが、売上にとっては重要なのです。

多くの人に推されたから売れるのではなく、売れたから多くの人に推されるのです。

から、その、申し訳ないのですが、人気になった後は推してくれようがくれまいが、あまり関係ないんですよね。

なのに、推してくれる人のご機嫌は常に伺わねばならない。

成功はなく、失敗だけがある事業のようなものです。

最後

結局、グッズや商品情報コンテンツを多数の人にお金を出して買ってもらわねば、クリエイターは生きられないのは確かなのです。

この話は、

推し応援する→その声を聴いて他の人も推し応援してくれる→推しがすごく儲かる→推しが更に活動できる→自分が満足できる】という論理否定するものです。

推し活の定義や、細かい部分でそれは違うぞ!というお話はあると思います

しかし、貴方推し活は実は言うほど尊いものではないかもよ?って意識は、持っておいて欲しいです。

推し活であれば全てが肯定されるという風潮は、危険ですよ。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん