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2019-12-03

anond:20191203192035

とりあえず物質の三態変化やる中学理科から高校物理にかけてやりなおせば

常人で6年かかる知識をここで得ようとか無理無理

とはいえやすがないと読みすすめる気力もないかもしれないからざっくり目次だけ書くと

エネルギーには身近なものだけでも

速度エネルギー

位置エネルギー

エネルギー

エネルギー

音波エネルギー

電気エネルギー

があってここにかいた全部の種類を高校でやるぞ

高校が3年の最後まで全部授業をやるなら原子エネルギーもやるここでe=mc2の莫大さを知る

たとえば原子爆弾の爆発では原子核分裂エネルギーをつかった爆発だが

音、速度、位置、熱、光、音波、電気、全部出てたんだよね 

一つずつ丁寧にエネルギーがどう変化して動いたか計算してやらないと

「なんかドーンってなっていっぱい死んだ」っていう理解で終わりにしちゃだめなんだ

それだけじゃ原子炉の平和利用もつかえない、

昔の人にとっての災害と同じで祈るしかできないことになる。

  

あとは高校化学化学エネルギーやるよな、つきつめれば量子的エネルギーなんだが

で、その上にようやく素粒子がくるから反物質の話

anond:20191203192035

エネルギーは熱じゃないぞ

それは熱エネルギーとなまえがついてる

エネルギーは「何か現象を起こす力」と思えばいい

そしてエネルギーは他の形に変換できる

エネルギーから位置エネルギーに出来るし光エネルギーにも変換できる

2019-10-23

anond:20191023114433

いや、てこの原理くらい分かるやろ。少しの位置エネルギーもものっそい運動エネルギーに変換するのは不可能やないで。

無限の長さの剛体てこを作れるなら事実上永久機関やで。

2019-10-21

anond:20191021165933

お前が大地を踏みしめて立ち上がる時、太ももハムストリングスを伸縮させるために必要なのが運動エネルギー

運動エネルギーを使って位置エネルギーを得る時に足の裏にかかるのが力

足の裏に掛かる力に対して、同じくらいの力で反発する大地の力が応力

2019-09-18

死ぬしか無いんだと思う

俺は俺のなりたい自分になれる道を完全に見失って、なりたくなかった自分として生きるしかなくて、これから時間が経つほどそれは悪化していく。

周りの人間は俺の存在を心底疎ましく思っていて、いっそ早く死んでしまえと思いながら日々舌打ちをかましてくる。

この状況を打破するために俺がこの場所を逃げ出して、その結果辿り着けそうな場所はもうどこにもなくて、位置エネルギーを利用してどこかにダイブしようにも既にここは海抜メートルで、俺はすでにへたり込んでもう立ち上がることも出来ないから、転がって同じ海抜メートルの所にいくしかないけど、そうしようにも周りは壁で囲まれていてもう何も出来ない。

死ぬしか無い。

他に道はもうなくなったんだと思う。

人生って、本当に詰むんだね。

2018-08-23

毎日地を這うモチベーションなので意識高い人の高さを分けてほしい

意識にも位置エネルギーはあるよ

35歳超えると実感する

2018-04-17

anond:20180416212418

ゲイ語源を知っているか

”陽気な”って意味だ。

なんで、「ホモセクシャル男性」が「陽気」なのか。

自分が思うに、セクシャリティがどうであるかということを悩み、悩みを突き抜けて、差異ありのままに受け入れ笑い飛ばすことを身に着けたからだと思う。

差異でもって区別して社会位置付けられるのではなく、差異から生み出される位置エネルギーを運動エネルギーに変えて前進したり踏み台にされたりするでもなく。

まあ、当事者ではないから、勝手想像の域を出ないから、傷ついた奴がいたらすまん。

おれは幸運なことに(あるいは残念なことに)ヘテロセクシャルから、同性の裸を見ても勃たないしヌケないが、全部の異性に対して勃ってヌケけるかっていえば、「これはむりでしょ」ってたたないしヌケない異性もいる。

LGBTは、そう言う方向が様々違うってだけだ。

から自分は、ヘテロセクシャルであってもゲイの心意気をもって生きよう。

あらゆる差異を、寛容さをもって受け入れ、笑い飛ばし多様性奉仕しよう。

2017-12-29

anond:20171229160425

リンク先の説明潮力発電関係なしに、「地球の自転の運動エネルギーが徐々に月の位置エネルギーに変換されてますよ」ってだけの話じゃない?

潮力発電という形でエネルギーを熱やらなんやらとして取り出すっていうのは、近いけど別の話なのでは?

しろ潮力発電によって潮の流れが阻害されて、地球に対する摩擦力が減り、自転の運動エネルギーの減少幅が小さくなるとかそういうことにはならないの?

anond:20171229154536

多分その失われるエネルギーというのは月の持つ位置エネルギー運動エネルギーだろう

ここが間違い。失われるのは、地球の自転の運動エネルギーの方だ。

まり潮力発電させればさせるほど、地球の自転は遅くなる。

そして、地球の自転が遅くなると、月は遠ざかる。

詳しくは下記を参考に。

潮力発電=海底の地表と海水との間に大きな摩擦力が加わるというイメージで考えたらOK

https://moonstation.jp/faq-items/f320

anond:20171229154536

でも重力って保存力だから地球と月を合わせた系のエネルギー一定のはず

潮力発電によってエネルギーを取り出せば、その分系からエネルギーが失われるわけだ

多分その失われるエネルギーというのは月の持つ位置エネルギー運動エネルギーだろう

潮力って余波なんじゃ?

 

月に海水が引っ張られる(周りから水が月の直下に集まって高くなる)のと、

月が動いて、海水が元の低い位置に戻る(集まったのが広がる)という

上下への移動する力が重力なのであるから

 

その元に戻る時の海面全体へ水が広がる力が潮力、

まり横への移動の力なわけで、

横へ移動する時の余波を幾ら発電に使おうとも

上下海水が移動する力は全然変わらないか

特に重力には問題ないのでは?

潮力発電ってあるじゃん

まだあんまり実用化はされてないけど

あれって月から重力で海面が上がったり下がったりすることを利用して発電するんだよね

でも重力って保存力だから地球と月を合わせた系のエネルギー一定のはず

潮力発電によってエネルギーを取り出せば、その分系からエネルギーが失われるわけだ

多分その失われるエネルギーというのは月の持つ位置エネルギー運動エネルギーだろう

このふたつのエネルギーの和が小さくなると、回転の半径は小さくなる

まり潮力発電をすると月が地球ちょっと落ちてくるということになる

ちょうど揺れてる振り子からエネルギーを取り出すようなもの


「だから潮力発電危険なのでは?」と主張したいわけではない

(人類が使ってるエネルギーと月が持ってる位置エネルギーざっと計算してみたけど、どうやら心配には及ばないようだ)

「潮力からエネルギーを取り出す→月が落ちてくる」という仮説を導いてみたはいものの、その間のメカニズム全然わかんなくてもやもやしてるのだ

風が吹けば桶屋が儲かるみたいに、なにか現象が連なってそうなるんだと思うんだけど、具体的には全然わからん

かかしこい人、仮設の正誤も含めて考えてみてくれ

2016-07-29

太陽ロケット落とすのが簡単なわけない

http://b.hatena.ne.jp/entry/gigazine.net/news/20160721-nuclear-waste-sun-hard/

冗談みたいなブコメに星が沢山付いてるんだけど、ギャグとかじゃなく本気なのか?

まず、公転軌道上で逆噴射だが、宇宙空気抵抗も何もないから公転軌道を向かせる力なんか無い

から公転方向の真逆を向くための制御必要、当然燃料を使う

さら逆噴射し続けるのも相当燃料効率が悪い

次に「公転速度以下にすれば」「渦巻き状」「徐々に太陽に近づく」なんてブコメあるが、そんなわけ無いだろ

これはケプラーの法則ぐらいを知ってれば出てこない発想

この例でのロケットに働く力は、ロケットが加減速しない限り太陽重力のみで他の外力はない

から角運動量は保存される

太陽に遠いところではゆっくりまわって、近いところでは高速にまわる、位置が変われば速さも変わる

これは理想的振り子が同じ高さまで上がるという、位置エネルギー運動エネルギー関係を思い浮かべれば分かりやすいと思う

宇宙場合空気抵抗のようなものがないから、ロケット角運動量を失わず太陽を焦点とした楕円軌道を辿り続ける

なぜ楕円かといえばもともと太陽を回る速度を持っているから(ベクトルを考えれば雰囲気はわかるはず)

太陽を回る速度を無くす(公転速度を打ち消す)と太陽に一直線に落ちるが、これは楕円が極端に歪んだ状態

太陽重力で加速し通り過ぎるので、ぶつからない限り太陽に落ちない

太陽の近くで脱出速度を下回れば落ちるが、そうとうの減速が必要

楕円でなく渦巻き状に近づくのは角運動量が減っているときで、つまりロケットが減速し続けているとき

星の脱出速度が極端に大きければどんな早くても落ちるけど、それはブラックホール事象の地平面の内側以外にあるんだろうか

地球の公転軌道上で一度減速しただけでは、太陽の近くを高速で移動するので、太陽に近づいたら減速というのは相当効率がわるい

やるなら一気に太陽の半径をかするように減速した方が効率が良い

これは太陽の半径の軌道に入るためのホーマン軌道と考えてもいい

ただ地球の公転速度が30km/sもあるので、30km/sを全部打ち消す必要は無いけど結構な減速が必要

そこで、公転軌道上であえて加速しロケットの遠日点(軌道上の太陽から最も遠い点)を太陽から離し、速度の落ちる遠日点で逆噴射して近日点を太陽にぶつける方がΔvは少なく済む(ただし時間はかかる)って言うのが元動画最後の話

2015-09-10

世界いちばん遠回りな世界一周

http://anond.hatelabo.jp/20150910215231

からの続き

自分の本当の想いに気づいたなら、あとは現実的な算段をつけていくだけだ。

僕が主に学びたいのは経済学である。だから経済学部のある大学を目指す。それは確定として、どの大学を目指すべきだろうか。みんなどうやって志望大学を決めてるんだろう。調べても情報が多すぎて混乱してくる。旧帝とかMARCHとかってなんぞ。ゼミとか研究室とか修士とか博士とかもよくわからない。そもそも大学の仕組みがよくわからない。最初のうちは学ぶ側で、そのうち教える側だったり、最先端研究をする側にまわる、というのはなんとなく知ってる。以前は「4年勉強して卒業」としか思ってなかったので、これでも大学に対する理解はだいぶ進んだほうだけど、やっぱり前提知識がいろいろ足りてない気がする。

いや待て、そういった知識的な問題よりも何よりも、その前にまず僕には大学受験資格がない。僕は中卒なのである。正確には高校中退だけど、数ヶ月しか通っていないので取得した単位なんてないも同然だ。どこを志望するとか、大学に通う資金はどうするとか、それ以前の問題だ。受験資格を手に入れなければ、スタートラインに立つことさえできない。まずはその問題から片づけよう。あとのことはあとで考えよう。

そういうわけで大検について調べてみる。どうもいまは名前が変わっているようで、高等学校卒業程度認定試験、略して高認という名称になっているらしい。試験は年2回、8月と11月に行われる。科目は、国語英語世界史A/B、日本史A/B 、地理A/B 、現代社会政治・経済倫理、科学と人間生活化学基礎、物理基礎、生物基礎、地学基礎、数学I。これらの中から8〜10科目を受ける。合格ラインは40点前後らしい。半分正解できればいいのだ。しか高校で習う教科ってこんなに多いのか。けっこう大変そうだ。文科省サイト過去問が公開されているようなのでひとつずつ見ていく。

まずは国語。大問が4つで、現代文が2問、古文漢文が1問ずつ。現代文のほうは普段から本を読む習慣のある人なら普通に解けそうな感じだ。僕もいちおうコンスタントに本は読んでいるし、現代文に関しては問題なさそうだった。古文漢文に関しても文章の意味は7割以上わかるし、試しに問題を解いてみたら全問正解だった。あれ? 古文漢文って中学でやるんだっけ? 独学でやった覚えはないから中学でやったんだと思うけど、20年たっても意外と覚えてるものだと思った。文法とかはさっぱりわからんけど。

英語に関しても問題なさそうだった。英語は二十代のころに必死こいて勉強した時期がある。1回だけ受けたTOEICは680点だった。そのあと半年海外放浪して日常会話くらいなら問題なく喋れるようになったし、これで合格点を取れないってことはまずあるまい。

次は世界史。これに関しても最近やったばかりだし問題なさそうだった。AとかBとかどう違うんだろ、と思ったけど、Bのほうが範囲が広く、より深い内容になっているらしい。高認の試験ではかぶっている問題が多いし、そんなに違いは感じなかったけど。ちなみにA/Bどちらを受けるかは当日に試験問題を見てから決めていいらしい。

日本史、もしくは地理。これは願書提出時に事前選択するようだ。日本史はかなり難しい。半分正解できるか、ちょっとあやしい地理のほうが点数を取れそうだったので、こちらを選択することにした。半分は正解できそうだけど、これに関してはちょっと勉強しておいたほうがいいか。

公民は、現代社会、もしくは政治・経済倫理から選択する。科目数は少ないほうがいいので、現社でいくことにした。毎日ちゃんとニュースを見ている社会人なら誰でも普通に合格できそうな内容だ。これは勉強する必要はないかな。

理科系科目は、化学基礎、物理基礎、生物基礎、地学基礎のうちから3科目を選択するか、もしくは科学と人間生活+どれか1科目。これも科目数が少ない後者でいこう。

科学と人間生活って聞き慣れない教科名だと思ったけど、理科総合のことのようだ。学習指導要領改定されて、つい最近こうなったらしい。試験は基礎4科目からそれぞれ易しめの問題が出される感じ。でも半分いけるかちょっと微妙ラインだ。これは勉強必須だなあ。

あとの1科目は地学基礎にした。これも以前は地学Iとかだっけ。地学I→地学基礎、地学II→地学、みたいな感じで変わってるようだ。これも半分いけるか微妙。勉強必須

まあでも理科系科目がちょっと不安なくらいで、全体的にはけっこう余裕かな。なあんだ、身構えて損したよ。ハハ。ああ、そういや最後に数学が残ってたっけ。まあこれも余裕かな。ハハハ。じゃあちょっと過去問を見てみようかな。

え? これあれでしょ? 東大入試問題でしょ? ちょっと文科省さんしっかりしてくださいよアップするファイル間違えてますよやだなあもホントかんべんしてくださいよマジでマジで……。なんぞこれ……。1ミリわからん……。死にたい……。

マジやばい。本当に本気で1問もわからない。最初のほうのサービス問題っぽいのすらわからない。解き方がわからないとかじゃなくて問題文の意味すらわからない。なにこれマジやばい。というかいまさらだけど自分は文系だったのだとこのとき初めて気づいた。プログラミングで飯を食ってたりするんだからてっきり自分理系なのだとばかり……。マジかよ……。

嘆いていてもしかたない。これをどうにかしないことには大学には行けないのだ。ならどうにかするしかない。

まずは本屋で数Iの参考書立ち読みしてみる。なるほど、わからん。よし、次だ。中学数学参考書。なるほど、わからん。よし、次だ。算数の本。なるほど、わかります。でも、最大公約数とか最小公倍数とか通分とか約分とか、けっこう難しい。小学生ってこんなのやってるのか。すげえな。

参考書ドリルを何冊か買って帰り、勉強を始めた。地獄のような日々の始まりだった。

算数ドリルをやってみると、四則演算はさすがにできるけど、九九がところどころ記憶から抜け落ちてることに気づいた。やばい。そして分数の計算がまったくできない。分数の割り算ってなんだよ。割り算で割るってどういうことよ。意味わからん。と思いつつも、算数についてはなんとかなった。問題は中学数学からである

算数から数学になると急激に難易度が上がる。なんでマイナスマイナス掛けたらプラスになるの。分数の割り算が今度は逆数の掛け算になるとかどういうことよ。ちょっともう本当に意味がわからない。そうしているうちに1週間、2週間が過ぎる。やばい。それでもぜんぜんわからない。中学数学最初の段階でこれだけ時間かかってたら数Iを終えるまでに何年かかるんだ。本当にこんなので大学へ行けるのか。さすがに焦りが出てくる。心が折れそうになる。何より、やっていてまったくおもしろくない。つまらない。こんなの社会に出てから何の役に立つんだ。これを必修にするとか文科省陰謀だろ。あ、人が陰謀論に走るのは精神的にまいってるときなのか。ひとつ勉強になった。

そんな感じでウンウン唸りながらも参考書を読み進めていると、「-xは係数に1が隠れている」という一文が目に止まった。あ、そうか、-xは、-1x、-1掛けるxってことか。なるほど。でもこれって、マイナスだけじゃなくてプラスでも同じじゃないか? つまり、xは、1掛けるxなのだ。あ、これって文字じゃなくても同じか。つまり、5は、1掛ける5だ。あれ? もしかして、どんな数にも、係数として1が掛かっている……? ああなんだか考えすぎて頭がパンクしそうだ。脳みそギシギシと軋む音が聞こえる。でももうちょっと考えてみよう。

つまり、つまり分数も同じなのだ。1/2は、1掛ける1/2だ。算数的にいえば、ケーキ1個を半分にしたものがケーキ1/2個だ。うん、それでいい。でもよく考えたら、ケーキを半分にしたあとで他の誰かがやってきたら、その人は最初の大きさを知らないのだから、半分のサイズケーキを1個とカウントするはずである。1/2個とカウントするには、「半分にした」という事実認識必要なのだ。いや待て、そもそも、1/2という数字それ自体が「半分にする」という意味なのだ。これは、「半分」という名詞ではなく、「半分にする」という動詞なのだ。1/2というのは何か実体のあるものではなく、「いまからお前を半分にしてやる」という意思、考え方、概念なのだ

そのときバタン!」と音を立てて扉が開いた。それは数学の扉だった。

そうだ、数(すう)とは概念なのだ。いち、にぃ、さん、とものをかぞえるときに使う数(かず)とは違うのだ。そして前者を扱うのが数学であり、後者を扱うのが算数なのだ。僕はいままで数学をやっているようで、その実、算数をやっていたのだ。ぜんぜん違う教科をやっていたのだから、わからなくてあたりまえ、つまらなくてあたりまえだった。

数とは概念である。その前提を踏まえてみると、これまでとはまったく違う世界が見えてきた。数を感覚的に扱えるようになってきた。数式の手ざわりがわかるようになってきた。なにこれやばい。超おもしろい。いままで「数学おもしろい」っていう人のことがまったく理解できなかったけど、そうか、こういうことか。数の正体を知っている人と知らない人では、同じ数式を見ても、まったく違うものを見ているのだ。

それからはこれまでの苦悩が嘘のようにサクサクと勉強が進んだ。中学数学も予想より早く終わった。よし、ここからが本番だ。と気合いを入れて数Iに突入したけど、参考書パラパラとめくってすぐに拍子抜けした。なにこれ中学数学ちょっと発展させただけじゃん……。気合い入れて損した……。

よし、最大の懸念だった数学はなんとかなりそうだ。次は理科系科目にいってみよう。

まずはまた本屋参考書を何冊か購入し、読んでみる。数学ときほどまったくわからないということはないけど、なんだかいまいち頭に入ってこない。原子がどうの、位置エネルギーがどうのといわれても、なんだかいまいち実感がわかない。これはまた数学ときと同じく、勉強の仕方を間違えているのではないかと思った。こういうのを学校で習うときは、実験を行いながら、実感をともなって理解していくもののように思う。本を読むだけではその実感は得られないのは当然だ。でも個人で実験器具を揃えるなんて現実的じゃないし、わざわざこのためだけに予備校に行くのも大げさだ。そうだ、どこかの動画サイト実験映像がアップされてるんじゃないだろうか。それを見れば多少は実感もわくだろう。

いろいろとネット上を探していると、NHKの高校講座を発見した。どうやらNHKでは放送済みの高校講座をすべてネット配信しているようだ。理系科目はもちろん、文系科目もある。こんなんあったのか。もっと早く教えてくれよ。とかぼやきつつ、さっそく科学と人間生活の講座を見てみたら、バラエティ番組っぽい雰囲気ちょっと面食らった。NHKの高校講座ってこんなんだっけ。講師が延々と解説してるだけの、いかにも教育番組って感じの、おかたい雰囲気じゃなかったっけ。いまはタレントがメインで出ていて、講師あくまで補佐的な役割のようだ。そのぶん雰囲気はゆるくなっているけど、見ていて飽きない作りになっている。化学物理実験映像で見られるのもそうだけど、習った内容が社会の中で実際にどう活かされているのか、町工場や、最先端研究現場リポートもあったりして、興味をかきたてられる内容になっている。これを無料配信するとか、NHKすげえな。しかしやはりこういう講義形式はわかりやすい。本で独学だと、自分の理解が合ってるのかどうか、不安になることが多々あるし。

よし、どんどんいこう。化学基礎。いまはpHを「ペーハー」じゃなくて「ピーエイチ」って読むらしい。マジか。物理基礎。ダムの水が持つ位置エネルギーは何から与えられたエネルギーか。え、わからん。正解は太陽エネルギー。マジか。太陽パネェな。生物基礎。呼吸と燃焼の反応式は同じ。温度と反応速度が違うだけ。え? マジで? 生まれときから呼吸してるのに知らんかった……。ショック……。地学基礎。グリーンランド沖で沈み込んだ海水は、太平洋の表層に達するまでの5万kmを、1000年とか2000年とかかけて流れる。壮大すぎだろ。地球パネェな。地理。お、このケッペンの気候区分ってのは世界一周アプリに使えそうだ。GIS(地理情報システム)を本気で開発するなら、地理に関してはもっと突っ込んだところまで勉強しないといけないかもしれないな。

さら日本史世界史数学I……NHK高校講座おもしろすぎわろた、とかやってるうちに、試験本番の日がやってきた。


試験会場に集まっていたのは、ほとんどが二十歳前後若者だった。控え室には、参考書と格闘している人もいれば、友人同士で最終的な確認をしあう人たちもいる。そういえばこの人たちはベルリンの壁崩壊後に生まれてるんだよな。それはもはや教科書で習う「歴史なのだ。そして逆に、僕より上の世代にとっての東西冷戦は、自分たちが生きた時代のものだ。「あのままずっと世界は真っ二つに分かれたままだと思ってた」というような話はよく聞く。いまとなってはわからない感覚だけど、当時は誰もがそう思っていたようだ。僕はそのどちらでもない。十分に咀嚼された「歴史」でもなく、自分が生きた時代でもない。だからそれについて、誰よりも知らない。しかしだからこそ、誰よりも知りたくなったのかもしれない。そしてそのために、僕はいま、ここにいる。

高認の試験は2日間に分けて行われる。初日の1科目目は現代社会だった。まったく対策らしい対策をしなかったから、ここで初めて気づいたけど、グラフの読み取り問題がやたらと多い。間違い探しのように精査しなければならず、1問にかかる時間が長い。問題よりも時間配分の仕方がわからない。時間が足りない。もっとちゃんと過去問で練習しとくんだった……。

次は国語。問題文にちょっとおもしろい箇所があって、静まり返った試験会場で「デュフフwww」とかキモい笑いを漏らしてしまった。死にたいしかしおかげで緊張はほぐれた。

英語TOEICに比べたら楽勝だった。9割はいけたんじゃないだろうか。

そして数学。これがいちばん不安だったけど、落ち着いてやれば余裕だった。これも9割いけたんじゃないだろうか。あらためて問題を見てみると、捻った問題というか応用問題すらないので、基本的なことがわかっていれば確実に解けるようになっている。東大入試問題とかいってたやつ誰よ。

科学と人間生活。範囲が広いのであまり詳しく勉強してない箇所の問題もあったけど、半分はいけたはず。

1日目、無事終了。

2日目。地理海外放浪ときにまわった国の問題が多く出ていて、なんだか常識問題のようだった。ちょっとチートっぽいけど、こうやって実地で得た知識もれっきとした学力だ。うん。

世界史。これも範囲は広いけど、さほど突っ込んだ問題はない。9割いけたはず。

地学基礎。フズリナと同時期に繁栄した生物は、1.トリゴニア、2.カヘイ石(ヌンムリテス)、3.ロボク、4.デスモスチルス、そこまで詳しくしらんがな。クイズか。そんな感じの問題もあったけど、なんとか半分はクリアできた。

2日目も無事終了。

試験が終わると一気に力が抜けて、何もやる気が起こらなかった。しばらくは勉強もせずダラダラと過ごした。

1ヶ月後、試験結果が届いた。

全科目合格だった。

それが先週の話。

そしていま、こうして増田に投稿する文章を書いている。

からこのお話はここで終わりだ。正確にいうなら、ここから先の展開はまだわからない。


あらためて思う。世界は巨大で、そして複雑だ。

数学の扉を開いたとき、数式が以前とはまったく違って見えたように、新しい視座を得れば、世界がまったく別物に見えてくる。世界が変わる。そしてまた、以前は気づかなかった、新しい視座の存在に気づく。

あとどれくらい、そんなことを繰り返せばいいんだろうか。

方程式定理法則電気磁気エネルギー素粒子、宇宙、銀河太陽地球生命遺伝子、進化、化石燃料、製錬、農耕、富、労働、権力支配、隷従、社会自由イデオロギー宗教民族言語貨幣、法、国家議会政党福祉、教育、研究、産業、組合、企業、グローバリゼーション条約為替貿易経済

時間軸と空間軸を埋め尽くす、無数の点と線。それらが織りなすのは、世界という長大な書物。

そのことを考えると、なぜか胸が苦しくなってくる。無性に泣きたくなってくる。

人生のすべてを費やしても、その書物を読み解くことは決してできないと、どうしようもないほどに思い知らされるからかもしれない。

だけど、それでも僕は、次のページをめくらずにはいられない。

それはきっと、生まれながらに組み込まれた、僕の中の最もプリミティブなプログラム

未知の領域へ。さらその先へ

どんな権限をもってしても、そのプロセスを殺すことはできない。

から僕は、今日も本のページをめくり、旅をする。

たとえそれが、世界いちばん遠回りな世界一周の旅だとしても。

2015-07-24

トイレ貴公子

私は「あっトイペない!」となったことがない。

なぜなら、前もって入るときトイペをチェックするからだ。

なぜそのような習慣がついたのか。

私が幼少のころ、洋式便所はひどく小さかった。

そのせいか、うんこ位置エネルギーで水が飛び散り、跳ね返った水がお尻についてしま事件が度々起きていたのである

私は、なんとかこの忌々しい陳情を打開したかった。

すると、ある夜、神が降りてきて私にこうおっしゃるである

トイペはケツを拭くためだけではない。便器に敷くためのものでもあるのだ。」

私はガバッと起きて、トイレに駆けつけた。無論、便意のためである

ドアを開けると、神の仰せの通り、便器にトイペを敷くことにした。

しかし、トイペが無かった。そうだ。ドンキ今日買って玄関に置いたままだ。

急いで玄関からトイペを持ってくると、すかさず便器に敷いた。そして座る。ふう。

その日は大漁であった。にもかかわらず、尻に水は飛び散ることがなく、ストレスフリーだった。

これが、私のトイペ確認する習慣であり、これをやりだしてから私はトイペの無い便所でも俊敏な対応が出来る。

2014-08-23

心ぴょんぴょんとかとかそういう楽しげなフレーズを俺も一度使ってみたかったんだけど、どうも使いどころがわからない

というか使う機会がない。そんな弾むことねえもん

ネットだと適当な事言えちゃったりもするけど、そこまでの嘘はつけない

毎日ただ惰性だけで生きてる

一年上前転職した時のがんばるぞーおーの惰性だけで暮らしてる

摩擦とか何とかでどんどんエネルギーは失われていく

もともと大した精力があったわけでもなく、日々の仕事をさほど効率的に回せているわけでもなく、どんどんどんどん堕落していく

もう落ちる先がない

学生時代に積み上げた位置エネルギーももう使い果たした

このままじゃダメだと思うんだけど、それを変えていく気力もない

面倒臭い

明日を生き抜くのが面倒臭い

日一日と生きにくくなっていくのがわかっているのに、また明日を向かえなくちゃいけない意味がわからない

俺はもっと強い子だと思ってたのに、いつからこんなになっちゃったんだろう

2014-07-02

位置エネルギー無駄にしたくない

自転車で走っていて、下り坂を下りきったところにある信号が赤になっていた(あるいは、なりそうだった)時に、坂の上で待機するのってよくやるよね?

2012-11-11

自由の発見、自由論

自由の発見、自由論

解る人は自由な人

からといって解らない人の中に自由な人がいないとは限らない

何かが「自由」かどうかを知りつくす事は不可能だけど、「自由の否定」ができないものは沢山確認できる

「わからないという事がわかる」という「無知の知から「わからない事がそもそもわからない」という事は

確かに言えそうに感じるけど、そこで少し視点が自由になったのではないかと言える視点から

「そもそも何から認識されてない何か」すらに対しても「存在」として見る事が可能になる

そんな自由そのものの事を自由に語ってみたいと思います

それでは、、まず「数」の意味。考え方、数え方を基に展開収束を実際に行き来して

自由に自由そのもを扱い、自由にここに表す様をご覧頂き「どう感じるか?」を自由にしてみてください

これからはじまる文章を「どう感じるか?」をなるべく自由に感じてもらえるように書きました。

書き手の私が視点を自由に移動させますので、一緒に移動したり、無視したり、反発してみたり

様々な視点で読み進めて頂けたら幸いです。 勿論、今ここでスルーしたり時系列的に一つ前のページに戻っても自由です。

さあ何もかもから自由になってみましょう!それではばいばい!

「数と自由の両者を次元という次元からそれこそ自由に俯瞰するところから始まった思索記」

自由の数え方は、まず自由を知ってからではできないの?

いいえ

まずは「在った」のかどうかが「数える」という行為の前提です

なぜなら、数の次元は数でもってその「次元」を扱える事から次元」という考え方そのものよりも

上の次元として考える事ができる

しかしこのように考える際に見落としがちなのは

その時にそれらの次元同士の関係性を俯瞰する「視点」という次元

「数という次元」が「次元」という「次元」の内部外部問わず自由に在るという事を認識した「視点」そのもの

「数という次元」と「次元」という次元からも「自由に在った」からだという事だ

なぜなら、まず「次元」よりもその次元認識しそれらの間柄、関係性が認識できなければ

そもそも意味意味の繋がりを認識する事はできず、意味意味として認識する意識のものが無いという事になってしま

意識があるからこそ「次元」に対して「数」が自由で在ると同時にお互いの関係性そのものが「次元」で繋がり関係し合っている事に

気が付かないはずだし、築いてこれら何かしらの対象に対して意識を持つ事ができる

その意識であり意識としての働きも併せ持つという事を否定できない「視点次元」は

「●●の次元」とあらわす以上は次元という考え方の内部では自由に移動できているはずなので

視点という次元」は「次元」という考え方の内部にしか存在しないはずなのだけど

視点が「次元次元からも自由でその外から視点認識しない限り視点という次元のもの次元という次元の内部だけで自由なのか?

それとも「次元」という次元からも自由なのか

はたまた、どちらか一方で自由なのか、それとも自由ではないのか? わからないし、知覚しないはずだ

でも私たちは、常に何らかの認識に対して反応する時に様々な反応を示す

身体が反応を示したり、心が反応を示したり、またどちらか一方であったり、相関のある反応を示したり

相関不明な反応を示したり、また「反応が無い時など」と様々な反応を示す。

という事は、どういう事かというと、これらから存在定義」いくつか考える事ができる

存在とは「感じる事」

存在とは「感じ反応する事」

存在とは「何かが生じる事」

存在とは「反応しない事」

「反応がない」という対象はそものも一見すると存在していないかのように考えられるけど

何かが「ない」と感じた時にその「ない」という意味が生じてしまうので

それは「無」という存在存在している事になる

なぜかというと

「無」はその性質から、もしどこかに「存在していたとしても」認識できないはずだけれど

無に対する認識がそもそも無ければ、その性質や関係性などをこのようには言い表す事はできないはずだ

もし貴方が、何らかの認識をする時に「その認識」の存在が「有」でもあり「無」でもある矛盾によって

そのバランスでもって存在しせみせているという認識を持つ視点に対しても自由であるのならば

それは究極の自由「自由からも自由」で在る実感でき本当の「自由」を楽しむ事ができるだろう

簡単な事だと言ってしまえば、どのように思われるかわからないけれど

1=有限に在る 0=無限にない「無という次元に在るのか無いのかワカラナイ」

として

1=自由に設定できる有限 0=無の限り「ないものをそもそも測れないので自由度は不明」

と考えると

ただの数字の「1」ですら実は自由だという事が解る

ほら、次元は数で測れる事が可能だ 他の何かや他の次元からも観測はできるかもしれないけれど

こんな風に認識が自由だという事、また自由に認識することで

自由というポテンシャルエネルギーにはベクトルがありそのベクトルには「広がり」は在る事がわかる

しかしそれと同時に「収束」のベクトルが発生してしまう事を忘れてはいけない

何かの関係性を構造という認識だけでもって解こう説こう知覚しようとすると

構造認識する以上、構造上の位置エネルギーに縛られて

縛られると同時に位置とその位置の持つポテンシャルエネルギー

構造構造として存在する為に構造を維持しようとして働く反対向きの方向性認識が発生しているのに

時系列的に先に認識した認識視点が引き寄せられてしま

なぜなら認識のものエネルギーを持つ以上、構造次元に対して自由な視点

存在する事が自由であるし、その次元内に存在したと同時に同じ次元内で引き寄せられてしまうばかりだと想いがちなんだけど

この考えを公開するという事は、その次元間の関係からも自由になって認識して

自由に「自由」そのものを考える事だできた事を明かしたかたかである

おわりんご

2012-08-16

http://anond.hatelabo.jp/20120816143405

前半分と、後ろ半分は言いたいことが違うから

位置エネルギースカラーであると考えるほうが、多くの場合に便利である

に突っ込まれた。という事でいい?

位置エネルギー というか ポテンシャル 単体は 定義しようと思えば テンソルでもベクターでもスカラーでも そのいずれでも定義可能であるが(ベクトルポテンシャル存在している)

エネルギー交換の法則ベースに考えると、ポテンシャルエネルギースカラーであるほうが便利であるからポテンシャルエネルギー位置エネルギーとしたんだなぁ。という話。(和訳したと言うよりもスカラーポテンシャルが持つエネルギーポテンシャルエネルギーと命名した)

 

ポテンシャルエネルギーは スカラーポテンシャルベクターポテンシャルがある(らしい)し ベクターテンソルと考えることにも非合理性はないのに

なぜ、ポテンシャルエネルギーであるところのポテンシャルエネルギー位置エネルギーを わざわざスカラー量に限定したのか? という話で 繰り返しになるけど エネルギー交換の法則ベース にしているんだなぁと。

思った ということ。

 

まり僕は ポテンシャルエネルギーと ポテンシャルエネルギーの違いがわからなかったけど、うっすらわかって、まだまだ趣味の範囲で勉強するよという話。(用語が不正確ですまんね)

逆に言えば、仮に 運動エネルギーベクターで表す社会があったとしたら、位置エネルギーベクター量だった可能性が高いんだなぁ。という 話。

 

命名規則の話かね。

http://anond.hatelabo.jp/20120816135312

定義定義であって証明するものじゃない。

位置エネルギーで言えば、空間中の適当な力場F(r)中で、点A(座標r_A)から点B(座標r_B)に物体を移動させたとき仕事

ΔE = \int_{r_A}^{r_B} F(r)・dr

が経路によらないとき、ΔEを(r_Aに対するr_Bの)位置エネルギー定義する。というだけ。

定義が正しいとか正しくないとかそういう問題ではなく、そういう性質を満たす力場Fが自然界に存在するのかどうかを実験的に確認することしかできない。

例えば重力場は(非相対論的極限では)実際にそういう性質を持った場であることが増田想像を遥かに超える膨大な実験事実によって確認されているわけ。

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