「リア充」を含む日記 RSS

はてなキーワード: リア充とは

2016-04-12

http://anond.hatelabo.jp/20160412110926

今のゲームやってる層がゲームが好きなんじゃなくて良識がなくて頭も心も悪く思いやりも強さもない生きてるのも哀れな劣等種だから

ゲームが好きでゲームしてる層は他人レビューとかどうでもいいし

ゲームを安定してできるようにちゃんと仕事して余暇を作って楽しんでリア充してるから

こんなレビューに書き込もうなんて思わない

作品面白くなかったら次から買わなければいいだけだから

 

馬鹿は次も買うから文句言うことでガス抜きしないといけない

テイルズがそう

2016-04-11

俺はもう、そういう勝負からは降りてるから

俺はもう、そういう勝負からは降りていて

そういう勝負って言うのは

だれか知らない他人承認欲求を得ることだったり

SNSリア充を装ったり

ガツンと稼いでいい車乗るみたいなことなんだけど

 

俺はただ、幸せになりたくて

そういう勝負に勝つのがしあわせだって勘違いして

でもその勝利の先の成功にはしあわせなんてなくて、

まってたのは、ただ他人に合わせるように擦り減らした自分だけだった

 

俺はもう、そういう勝負から降りてるから

今は昔

より全然苦しくなくて

ただ皆は苦しそうで

その勝利の先にはしあわせなんてないよ

って皆に伝えたいんだけど

俺の言葉じゃ皆には届かなくて

俺の周りの人達しか伝えられない

 

俺はもう、そういう勝負から降りてるけど

うまく社会と折り合って

大切な人との価値観大事にすると

成功してなくても成功

それはとてもしあわせなことなんだ

少女漫画イケメンって結局女主人公の顔で選んでるよね

少女漫画におけるイケメンって言っても外見もさる事ながら

浮気性の女主人公に対して一途過ぎる所や女主人公の、読者からすれば、

糞みたいな性格の全部を受け入れてくれる、そんな性格イケメンばかりなんだろうと思う。

はいえ、女主人公自称普通女子校生(小中も含め)を名乗る割に顔も入れてハイスペック女子だったりする訳だけど

逆に本当の意味で何もない女の子性格ブスだったら、きっと世のイケメンは振り向かないだろう。

そういう意味では、イケメンって言っても結局顔で選んでるよなぁって感じる時もある。

まり言いたくないけど、顔面ゾンビみたいなブス女が本当にイケメンリア充に惚れられるなんて

俺には想像できないな。

から、そこそこ以上の顔の可愛い女の子主人公に選ばれるんだろう。

結局ブスは少女漫画世界でも受け入れられない。

そんな気は前からしてたんだ。

2016-04-09

女子高生って本当に実在するんですか?

土曜の昼日中セーラー服姿のおにゃのこを見たのですよ。

たぶん女子高生(以下、JK)だと思います

コスプレした成人女性かもしれませんが、性風俗産業に毒されていない人にはJKと映ったはずで、観測的にはJKと呼んで間違いないです。不安な方は五反田量子力学講義を受けてください。

おそらく学校ないし(ある?)、カバン持ってなかったので、""あえて""制服を着ていたのだと思います

黒髪ナチュラルメイクリア充クラスタといった感じの子で、制服姿の自分をウリにしているというか、自分かわいいことを自覚していて、それを嫌味なくプレゼンテーションできる、コミュ障ノックアウトオーラをまとっておられました。

いやぁ、まぶしかった。

ロシュフーコーも「太陽JK直視できない」と言ってますが、キモヲタなのでキラキラした学生を見ると気後れしてしまます

インターネットの暗くジメジメしたテキスト文化に肩まで浸かっているので、あやうくJKに巻き込まれ死ぬところでした。

JKjk(常考(常識的に考えて))に痴漢もとい置換する心の防衛本能が働いていなかったら、確実に落命していたことでしょう。

嗚呼制服……

昨今のJK事情には疎いのですが、JKブランド価値って高い……の?

大塚明夫が「アイドル声優の旬は16,7歳」と著作(声優魂)に書いてて、おいそれ若すぎるだろと思ったのですが、マジでガチでそれくらいの来いよアグネスな年頃がビンゴなのでしょうか。

私は心が汚れているので、JKと聞くと「未成年から危ない、食えない」と思ってしまます

往時(90年代前半)、青森ではJKより人妻の方が援交相場価格が高かったらしいです。私も年増の方が好きです。

キモヲタ界隈では『コミュ障ヲタクに合わせてお喋りしてくれる菩薩のような女性』がマドンナとして虚数空間シェアされているように見受けられます

う〜む。性的弱者にはイマイチよく分からないお話ですね。パナマ文書について何か発言したいけれど、当事者意識が持てない貧困層の姿を彷彿とさせます

童貞をこじらせた皆々様におかれましては、JKというよりも三次元女性が縁遠い存在ではないでしょうか。ニュータイプから仕方ないね

2016-04-08

女の人って親友同士でも見下し合ってることが多い

男性事情は知らないけど、女性は仲が良くてもマウンティングし合ってる気がする。

一緒に旅行したり頻繁に遊んだりしていても腹の中はわからないし、普通に嫌味っぽいことを言い合える仲が「一緒にいてラクな友だち☆●●といるとマジ落ち着く」と思ってる人たちもいる。

そういう人たちは多少むかつくことあっても、リア充っぽさをアピールするためや男を狩るために無意識合意で団結してるんじゃないかと思える。

しょうがないけど、性格悪い人が多すぎだと思う。

中には親しき仲にも礼儀ありで、いくら仲良くてもマウンティングしない女子もいるけど。

本音で何でも言い合える仲が親友☆っていうのはストレス溜まる人が多そう

2016-04-05

おそ松くん16話があまりにもあまりにもだった

そういえば、先月は番茶アニメ殆ど見てないことを思い出しておそ松さんの続きを見始めたら、ローション会だった。

クール目のおそ松さんは好きだったんだけど、2クール目は女子向けに突き抜けすぎて、ちょい食あたりやなぁ〜。

16話って女性の業の深さが見えて、「逆恋愛工学」みたいになってて、一周回ってホラーしか見えないんだが…。

ここで言う逆とは「恋愛工学めいた【利己的な遺伝子】的発想を女性側が自分達が干からびてでも受け入れる」という意味での逆。恋愛工学…つまり、正位置では振りかざしてたことをね

クール目のおそまつさんは見ないほうが良かったのかな…特に16話は最初から最後まで媚び媚びすぎて、しんどい…。

なんだろう…こうじゃないんだよ。

どっちかというと、少年マンガとかロボットアニメの1シーンからヤオイ的なものを拾っていくのが好きな感覚を「腐」として認識するわけで

少女マンガはあの独特のテンプレシュールさを楽しむ、バカエロAVとか、テンプレート的なライトノベルの女版文化だと思ってみてました。ごめんなさいw(たまにすげーいいのはあるけど、典型的な奴は本当にシュールっす)

妹にハルヒとかおおふりのキャラソンをかたっぱしから聞かされた時のことをおそ松さんエンディングの入りで、思い出す。

男の作品ってこういうのないから、そこは新鮮。

地獄の16話終わったと思ったら、17話は十四松まつりかよ…マラソンで見ようと思ったら、タフネス要求されるなぁ〜。これ。

16話でなんか、最近の嫌なことを色々思い出して、思考がこじれたから寝るけど

恋愛カテゴリに手を出して、女性向けアニメ見るとなんか精神平穏を保ちながら見るのがすげーしんどい

ゲスな女の恋バナと、部分的に一致していくのを見ると「あーオタクでも女の子はやっぱりそっちノリなのか?」みたいな気持ちになる(実際そうなのかはサンプル不足で謎だから気持ち問題

自分の語彙力不足経験不足で、ゲス恋愛論を言う人間と、女性向けのオタク的な色恋ものをきっちりと切り離せない。

これが、男性向けだと「ねーよ」とか「うぶすぎてかわいい」ってのが全部仮想であると同時に安心するんだけど…。そして、ないと思っても意外と初な女性っているからねぇ…うん

前に、とれいC(@sakenomitracy )さんから「他の記事はいいのに、青二才さんの恋愛論だけはなんか違う」って言われたのは本当に的を射てると思う。

というのも、恋愛論をかじってから人間の見え方が変わっちゃって、不信感とアウェー感で押しつぶされかけてるのよね…うん。

正直言って、恋愛のコツは2つしかない。「足るを知ること」と「自分モテたいタイプの人のいるところに行く」ことの2つ。

で、恋愛論の多くは「ミスマッチ他人のせいではなく、大半は自分の鏡でしかない」と気づいてないだけ。

そこを結論でなく共感あいたい女版・チャラ男居酒屋談義

恋愛地獄なるもの」を提唱したいね

結局のところ、なんで恋愛論が存在するかというと、結論よりも共感大事する女と、そこにうまく頷くとヤれること・モテることを知ってる男が「男ってホント馬鹿ね」「あいつがモテないのはキモいからっしょ」といいあうという地獄

リア充版駄サイクル

頭の悪いやつのために補足しておくけど、ヘイトでもミソジニーでもないです。

男だろうが女だろうが、悪口を言って盛り上がる奴はゲスであり、簡単に擦り寄られる。

恋愛論は女版居酒屋談義。つまり、男の場合それは上司社会への悪口に相当

嘘みたいだろ。こいつ自分が硬派なオタクだと思っててニワカなオタク滅びろってブログで息巻いてる奴なんだぜ。。。

http://anond.hatelabo.jp/20160405002751

美容師仕事聞かれて、プログラマだのPC触る系だのっていうと、どいつもこいつも「賢いんですねー……」って言ってフリーズするのやめろ。

お察しの通り別に賢くねえし、絡み辛そう感が強すぎてなんかこっちがごめんってなるから

昔「あ、じゃあボクWinnyの使い方が全然からなくてー、金髪のおねーちゃんの動画が見たいんですけどー」

って言ってきたヤツが一人だけいたが、他の客もいる美容室で出す話題として適切かどうかは置いといて彼は面白かった。

まあ、個人的にはできれば俺の職業とかそんなどうでもいいことより、お前の家の犬とか猫とかヤドカリとか、

なんだったらおしゃれリア充カップルの生態的な話とかの遠い世界の話を聞かせてくれ。頼む。

あとどうせ誉めるんだったら頭の形とか髪質がどうとかこんな髪型ならセットしやすそうとかそういう感じで誉めてくれたらプロに誉められた感あってうれしいぞ。

2016-04-02

うまく現実逃避ができなくて困ってる

アニメとかアイドルに没頭している人って嘲られがち

だけど俺もあん体験してみたいもんだよ

映画を観ることが辛うじて趣味といえなくもないんだけど

それでも集中して2時間観ていられない。

ADHDというわけではないよ。受験就職もそつなくこなして今までやってきた。

ただ映画を見ていると、この2時間実益に繋がらないことに費やしていて大丈夫なんだろうかと思う。

俺が散々軽蔑している俗に言う意識高い系は、

休みの日にのんびり映画を観ることなんて無駄だと馬鹿にするだろう。

そんなくだらない奴らに出し抜かれたら自分価値観ケチがついたようで不愉快だ。

からこそ、奴らがちっぽけな自己顕示のため即物的に勉強を重ね年長者を欺こうとしている時に

こんな牧歌的時間の使い方をしていていいのだろうかと不安になる。

多分正解があるのだとすれば、何事もそつなくこなして、

その上で自分の知識欲を満たすために勉強し、なおかつ余暇の充実も意識してそこんとこ両立させることだろう。

自分感性に自信をもって、好きなことを時間使っていいのは本当に意識高い人だけなんだよね。

でもそんなこと考えたこともないような無邪気な顔して

小汚い顔をさらにくしゃくしゃにしているオタクみたいな生き方もありなのかな、

なんて時々考えちゃってさ、とうとうやばいとこまで来てるね俺。

イラスト描いたりしててセンスいい人は普通にリア充だなと思うだけなんだけど、

Twitterで仲間とギュフフ的な会話ばっかしてたりニコ動とかに出来が荒い何かをアップしているような奴見たとき

上記のようなもどかしさを感じてしまうんだよな。

2016-04-01

日本を不幸にするアニオタ男達

アニオタ男達が実在青年を不幸にしている。

アニオタ男達が社会を不幸にしている。

アニオタ男達が日本を不幸にしている。


アニオタ男達の多くは、司法国家に生きていない。

犯罪者本来、法が裁くものだ。

個人の感情物事を裁くと社会が混乱する。

から法律が生まれた。

つの基準則って、相手国籍性別・年齢・信仰関係なく、公平な裁きを受ける。

これこそ人類の叡智だ。

一方、アニオタ男達の多くはネットリンチが大好きだ。

彼らはいじめが大好きなのだ

大好きで、大好きで、毎日誰かをいじめずにはいはれない。

その証拠に、ちょっとTwitterを覗けば、

たくさんのアニメアイコンアカウント今日も誰かを炎上させている。

彼らの情熱は、絶えず誰かをいじめることに注がれている。

しか恐ろしいことにアニオタ男達の多くはこれを「いじめ」ではなく、

正義」あるいは「正論」だと思っている。

アニオタ男達の多くは、いじめ学校でのみ起きるものだと思っている。

自分達の青春灰色にした学校いじめだけを憎んでいる。

彼らは、中学高校の時に、ウェイウェイなリア充オラオラヤンキー

馬鹿にされたり、無視されたり、あれこれされた傷を後生大事に抱え込んでいる。

30才になっても40才になっても抱え込んで、被害者面をして、

見ず知らずの他人攻撃することを正当化している。

アニオタ男達の多くはらいじめられる痛みを知っているはずだ。

それなのに、人に優しくするどころか、人をいじめてうさを晴らす側に回っている。

どろどろに煮詰まった恨みの気持ちで、

今この瞬間にもたくさんのアニオタ男達が、誰かを不幸にし続けている。


アニオタ男達の多くは、自分達に「悪」を裁く権利があると勘違いしている。

アニオタ男達の多くは、インターネット越しの安全地帯から

ありとあらゆるもの欲望のままに裁く卑怯者達だ。

彼らのいう「悪」は、自分が気に入らないものだ。

ピーマンは苦くて俺たちは嫌いなんだと言って、よってたかってピーマン畑に石を投げる。

そんな馬鹿げた行為を「正義の裁き」と勘違いして、快楽を得ている。


彼らはいつ何時でも、お仲間のアニオタ男を擁護する。

例えそいつ犯罪容疑者でも、具体的な事実もなしに、

ただアニオタ男の1人だからという理由だけで、憶測擁護する。

逆に言えば、彼らはお仲間のアニオタ男以外の全てを叩く。

アニオタ男達を馬鹿にするマスコミ

アニオタ男達と同じかそれより困難の多い在日韓国中国人

アニオタ男達とは実績が段違いの社長

アニオタ男達とはリソースが違うお金持ち。

アニオタ男達とは好きなものが違う腐女子、あるいは性別が違う女性

アニオタ男達とは趣味言動が違う、ヤンキーやウェイ系といった、

スクールカースト上位だったであろう人々。


アニオタ男達の多くは社会経験薄っぺらで、客観性に欠けるので、

次の3人のアニオタ男を同列に擁護する。

テレビ番組インタビューに答える秋葉原アニオタ男が、スタジオで受け答えを馬鹿にされる。

高校生アニオタ男が、ヤンキーいじめを受けて自殺する。

大学生アニオタ男が、未成年を親元から誘拐して、2年間監禁する。

なるほど、①は不当だろう。自分の好きなものや仲間を馬鹿にされて怒るのは理解できる。

②も可哀想な話で、加害者は相応の罰を受けるのが筋だ。

はいえ、被害者無関係アニオタ男達が、

加害者を好き勝手いじめ抜く権利などないから要注意。

そして。

③を擁護するどころか、被害者非難するヤツらは頭がおかしい。

未成年を、保護者の承諾か虐待等の正当な理由なく誘拐するのはどう考えても犯罪だ。

犯人アニメが好きだろうが、サッカーが好きだろうが、司法の裁きに何の影響もない。


しかし、アニオタ男達の多くは馬鹿なのだ

致命的な馬鹿なのだ

そうでなければ、容疑者アニオタだったからという理由だけで、

犯罪者擁護被害者名誉を毀損したりするはずがない。

③のケースで容疑者ヤンキーなら、ネットいじめが大好きなアニオタ男達は

間違いなくそちらをバッシングする。

断言してもいい。

そして実家グーグルマップで調べて画像2ちゃんに貼り付け、

息子が逮捕されて傷心の母親に何百回とイタ電をかけて苦しめ、

息子との距離のある関わり方を深く悔やむ父親のこと会社嫌がらせFAXを延々と送りつけ、

ピンポンダッシュする様子をニコ生放送したりしただろう。

しかし③では、加害者アニオタ男だったせいで、被害者やその家族は不当に傷つけられている。

ネットいじめが大好きなアニオタ男達が擁護するのは、まず間違いなく、

アニオタ男>未成年被害者ヤンキーの順だろう。

犯人が何をやったかではなく、どのジャンルに属するかで有罪無罪勝手に決める。

アニオタ偏見の目に晒されている!と被害者意識を丸出しにしているアニオタ男達こそが、

誰よりも差別的なのだ

レッテルだけで苛烈に人を裁くことにかけて、このようなアニオタ男達の右に出る者はいない。

から見ればとても奇妙な矛盾だが、彼らはなぜかそれに気づかない。


こうして指摘をされたところで、彼らの多くは精神的に幼いので、

事実を受け入れることはできないだろう。

そして、論点とは離れたところにある言葉尻や例えにフォーカスして

「それはおかしい!」と言い張るに違いない。

アニオタ男達の大半は、行為を注意されると、存在のもの否定されたと思う。

彼らは子どもなのだ

図体ばかり大きくなって、想像力や思いやりは身につけず、

自分以外の全てに対して怨念をまとったもの

それが多くのアニオタ男達の実像だ。

以上をもって、改めて言う。

アニオタ男達が実在青年を不幸にしている。

アニオタ男達が社会を不幸にしている。

アニオタ男達が日本を不幸にしている。























------------------------------

補足

------------------------------

とある誘拐事件に対するTwitterの反応を見て、この記事を書くことにした。

この事件では、加害者アニオタだったために、

加害者擁護が転じて被害者叩きが発生したのだ。

被害者被害者家族への言われない非難が何千もRTされ

肯定されていることに唖然としたが、

不当なものへのネットリテラシー原則は、黙殺だ。

社会では大半の人がそんなものを取り合わないと思っていた。

ところが、次の日人のいいアニオタの知人とこの事件について話したところ、

そんな馬鹿げた根も葉もないツイートを、

彼はまるで真実のように口にしたのだ。

衝撃だった。その衝撃が、筆者にこの文章を書かせた。

筆者は、アニメオタク男性の全てが上記のようだとは思っていない。

実のところ、筆者自身アニオタを含む二次オタだ。

世間から見れば、立派に「オタクの男」という分類になる。

しかし残念ながら、事実として、

Twitterでこのような発言をしている人の中には

アニメオタクの男の割合が一番多い。

そんなお仲間の目にぜひ入って欲しい、

一方的偏見を向けられる辛さを思い出して欲しいと思い、

あえて「アニオタ男」という極めて偏見に満ちた括りでこの文を書いた。


本当は、被害者のためにも

この件にはなるべく触れずに早く風化させるのが一番だ。

でもこのままでは、ネット上に流布する下衆の妄想が、

マジョリティ意見のように見えてしまう。

犯罪被害者やご家族が、世間の好奇の目に晒されたり、

下衆の勘繰りに傷つけられていいはずがない。

これは加害者のご家族も同様だ。

もっと言うと、加害者本人についても、

関係者警察司法関係者以外の人間が、過剰な叩き方をするのもおかしい。

罪は法律で裁くもの

下衆の勘繰りTwitter2ちゃんに書かないこと。

被害者被害者家族加害者プライバシー侵害する週刊誌は買わないこと。

世間の7割の人がこうするようになれば、

きっと今よりも生きやす社会になると思う。

ちなみに、10人いればどうしたって2~3人は捻くれ者だから

そういう人はやっぱり無視するに限る。

重ね重ね、今回過激物言いを選んだのは、

この記事により多くの人に目を通して欲しいと思ったからだ。

馬鹿だの何だのと失礼なこと、

怒りを煽るようなことを言ってしまった事については申し訳ない。

筆者の友人には、当然ながらアニメ好きも多い。

漫画が好きだろうが、アニメが好きだろうが、

ゲームフィギュア電車ミリタリー声優アイドルが好きだろうが、

夢中になれるものがあるのは本来とても健全でいいことだ。

人や社会迷惑をかけなければ、生き生きしている人は見ていて気持ちがいいと思う。

からこそ言いたい。

アニオタ仲間だからという理由犯罪者擁護することは、

かえって世間アニオタへの嫌なイメージへと繋がると。

アニメ漫画は、自分達に思いやりや優しさも教えてくれたはずだ。

今こそその学びを実践していこう。

そして、ついつい誰かを叩きたくなった時は思い出して欲しい。

心の中の二次嫁は、いつも俺達のふるまいを見ていると。


以上

※このメッセージ本質的対象は、

アニメオタク男性に限ったものではありません。

他人に石を投げがちな全ての人に、何かしら伝われば幸いです。

2016-03-31

他の人も書いてるけど、昔のLIGならこの一幕を小芝居にすると思うんだよなぁ…。でも、こんなにシンプルにするということ、そして、ある時期のLIGの中心人物をまとめて三人抜くということは穏やかじゃないのかな?


ついでに、面白いものを見つけたから書いておくと…今日LIGブログにアップされた記事野田クラクションぺぺさんの記事と、菊池ツベルクリン・ヨシキ氏の退職エントリーなんだけど…ぺぺ氏にはいいねツイートも0。退職エントリ殿堂入り。みんな、思いは一緒だったんだなぁ〜

この際、はっきりさせておきたいから書くけど…LIGが下に流れる予兆野田クラクションぺぺさんが目立ち始めたところからなんだわ…。

彼って僕に言わせれば、典型的キョロ充なんだもん。オタクでもリア充でもない人は芸をしちゃダメ


いらない敵を作ってるのは承知だけど…僕はLIGクラクションぺぺと、はてなブログの宮森はやとはもう、腸が煮えくり返るほど「お前らは前に出ていい人間じゃない」って思ってるわけだよ。

キョロ充から

リア充でもオタクでもない誰かの真似っ子が自傷行為めいた芸をするのが一番アレ!!

オレは「意識が高い」ってニュアンスが嫌いだから、「キョロ充」という言い方をするけどさ…要は「がんばる前に、向き合え!深呼吸して本当に自分が望んでることに向き合え」なんですよ!!

それができてない奴が人の真似をしたり、犠牲を払って笑いだけとっても悪目立ちにしかならないんだよバーカ



区切りの「、」がおかしくて、正反対意味に取れる文章ができあがっちゃったから、ツイート消して直した。

いい加減、ツイート編集する機能がついてくれないかな…。勢い余ってどちらの意味にも取れる文章を書いちゃった時に拡散されまくって焦ることが多すぎる


オタク定義

・落涙するほど感動した映画音楽があること

・感動するほど心を揺さぶられた体験にこそ真実味をかんじられること

・人が感動した作品事実を笑わないで、重く受け止められること

だと思う。

卒業式で泣く女子アニメでなくオタクを、小馬鹿にする人は絶対オタクになれないよ




青二才って自分キョロ充なのにホント自覚ないよな。

https://twitter.com/tm2501/status/715423544318959616

このチラっチラッって効果音付けたるなるツイートやら周りの観客の目を気にしまくってるのが見え見えな振る舞いやら。

自分のことをほかの人がやってたら文句言うのってすごいコンプレックスの塊ってことなんだけどな


https://twitter.com/tm2501/status/715382184928890880

これもな。 意識高い系はひはんするくせに老害って言葉を使うのは全然問題ないと思ってるあたり知性が死んでる。

2016-03-30

http://anond.hatelabo.jp/20160330183341

そりゃサルでもセックスしたり、モテたりしてるからなあ。

サルには性格もクソもないでしょ。

人間的に勝ち組だってなほうが大事だわ。

まり女性相手にされたいなんて全く思ってないってことか。そりゃすまんかった。

逆にそういうリア充アピール中絶文化推し進めてて人間としてどーなの?w

俺なんかはリア充のうちに入らんよ。あと大多数の人間中絶なんてしないよ。

頭いいなら考えなくてもわかると思うが…。

ちなみに「人間的に勝ち組」ってどの程度の話なんだろう。

そこまで恵まれた生まれだと、ノーベル賞現実的に狙っていくくらいじゃないと怠慢だと思うわ。

http://anond.hatelabo.jp/20160330182440

元増田だが。

そりゃサルでもセックスしたり、モテたりしてるからなあ。

サルには性格もクソもないでしょ。逆にそういうリア充アピール中絶文化推し進めてて人間としてどーなの?w

人間的に勝ち組だってなほうが大事だわ。

ちなカーちゃんは海外の有名大学出てる。とーちゃんも日本医者としてトップ

身長160センチの男だが

身長は、辛いかといわれると、辛くは無い。

ただ、普通得られるだろう楽しみを持て無いという意味では辛いのかもしれない。

言ってみれば、高卒みたいなもんかもしれない。大卒に対して辛いとは思わなくても、持たざるモノだっていう意識はあるかも。

  

女に相手されないっていうけど、リア充文化リア充なんて言葉ができる以前から嫌いだったので、女に相手されなくてもかまわないし。

だってリア充文化があるせいで、中絶だのいじめだのパワハラなんて成立してるわけじゃん。だったらリア充文化嫌いになるのが普通じゃん。中絶みたいな人殺し肯定してまでリア充なりたくないし。

でも、女に相手される生活を知ってる男からすれば惨めなんじゃないか?くらいは思う。

  

だけど、こうも考えている。俺は東大医学部出るくらいには頭もいいし、親も金持ちから

俺は、多分神様ステータスをどう割り振るか聞かれて、「頭と親の金に全力」でステータスを振ったんじゃないか。

俺が神の前で選んでいいよって言われたらそういう風にステータス絶対振るし。顔とか身長とか髪の毛とか全部ゼロにして、頭に振りまくる。

そう考えると、自分人生やや納得している。

仮に身長180のイケメンに生まれるのと選べるといわれても、今のほうを選ぶ。

  

確かに、低身長ってことで、失ってるものあるけど。

考え次第じゃなかろうか。

少女誘拐犯が、秋葉原の人、パソコンの人等メディアの取り上げ方にお嘆きのオタクのみなさーん

自身リア充DQN老害ネトウヨマスゴミだとかレッテル貼りのご経験ないのかしら

2016-03-29

好きでは無い人と交際する風潮

俺には合わない。

その辺、学生時代から付き合って結婚するリア充はまともだなと思う。

2016-03-28

http://anond.hatelabo.jp/20160328011654

役者さん本人は何回も結婚しているしリア充なんだけど、役柄的には、六角精二さんとか、割とオタク的な役割だと思うけど。

2016-03-27

中絶率15%→リア充最低だな

日本中絶経験した女性は15%らしい。

ってことは、そういう危険セックスしたのってその3~4倍はいそうだから、50%くらいの女性殺人未遂なわけか?

  

じゃあ、なんでそういうセックスが横行してるのか。端的に言ってリア充文化のせいじゃないか。

そう考えると、リア充肯定してる今の風潮、あるいは恋愛モノのドラマとかスンゲー気分悪い。

  

ってことで、俺は多分非リアを選んでるし、風俗オナニーが大好きな風になっているように思う。

2016-03-26

http://anond.hatelabo.jp/20160326150002

確かにリア充雰囲気ではないことは確か。

でも女同士で見た目できもがられるってないと思うんだが。

主観だけどクラスにいたら美人ともブスとも認識されない系統の顔で中肉中背。

2016-03-24

知らなかったんだ

私は若いころ、友人と遊ぶことや、リア充を装うことがマストだと思っていた。

それができない人間落ちこぼれで、取るに足らない人間だと思っていた。

学校コミュニティの中で自然とそういう考え方になっていった。

友人と一緒にいることは楽しくなかった。

自分の功績、ステータス、友人関係恋人ポケモン扱いして、見せびらかすような自慢合戦にも辟易としていた。

楽しいフリはしてたし、いろんなコミュニティに顔を出したり、いろんなことに手を出した。

自分もそんなポケモンバトルに参加しないとダメだと思ってた。

本当は家でまったりしていたかったし、好きな本をずっと読んでいたかった。

だけど、そう感じてしまうことは悪いこと、ダメなこと、かっこ悪いことで、

リア充じゃない人は逃げているだけだってずっと思っていた。

もちろん逃げているだけの人もいるだろうけどさ、

リア充になろうとしない人たちのことはすべて怠け者、変な人、悪い人、取るに足らない人。

ずっとそう思っていた。

でも気づいたんだ。

逃げているのは自分だった。

本当の自分気質に向き合うのが怖かったんだ。

学校的な価値観テレビリア充至上主義価値観自分気質が相反していることを認めたくなかった。

ただそれだけなんだ。

努力だと思っていたことは、自分自分を認められないゆえの逃げだったのかもしれない。

自分が一番かっこ悪かった。

知らなかったんだ。

そういう気質の人は受け入れるしかないし、

そういう気質の人たちでも生きていてもいいんだということに。

私の青春時代からっぽだ。

たからみたらリア充だと思うかもしれないが、からっぽなんだ。

2016-03-23

原宿HUBってバーがリア充っぽくなかった。

女子会男子会が各席で開かれていた。

当然バーなんて、男女入り乱れてナンパが起こるものかと思ったんだが。何も起こらない。

ってかさ。男女混合で来る客が皆無。

  

あれ?早稲田のヤリサーくらいのをイメージしてたんだけど。。。

リア充女子リア充男子達が、同性で固まってはしゃいでいた。

  

う~ん。期待を裏切られたぜ。

2016-03-22

http://anond.hatelabo.jp/20160321122600

あー、俺がリア充になった友人と距離を置くのはその辺かもしれない。

気を遣われたくないし、かと言ってリア充トークなんて聞きたくもない。

住む世界が変われば、友人関係も変わっていく。

無理に継続する必要はない。

2016-03-21

増田炎上させる場所じゃないぞ

いつからこうなったんだ。

静かに日々を語るエンジニアや、コミュ障非モテ童貞鬱屈の掃き溜めが

プロ炎上屋が種をまいて炎上させる劇場みたいになっちまったのは。

 

 

増田絶望した!

 

 

増田ってのは人間関係に負けた人たちが、静かで、相手にされない苦痛を持ちながら、

たまに世の中に毒を吐く。そういう静かな場所であるべきで、商売の種じゃないんだ。

 

童貞最後フロンティアまでリア充が攻めてくるのかよ……くそっ。

コミュ障の俺にとって、一方的独り言の殴りあいみたいなゆるいつながりが好き。

たまにやってくる仕事できそうな人や、

文章がやたら上手な人のくだらない話を読むのが好きなんだ。

 

自分に自信が持てなくて世の中をうらんでいるお前とか、

書いては消し書いては消しするお前とか。

すっぱいぶどうを見上げるお前とか。

 

連日炎上っぽいエントリしかなくてうんざりだよ。

カムバック朽ちた人たちと、気のいいインテリが混ざり合う掃き溜め。

2016-03-20

http://anond.hatelabo.jp/20160315173152

http://anond.hatelabo.jp/20160316231324

女性男性労働結婚出産などの、ここ100年くらいの状況って総括するとどうなるんだろ?

よくまとまってる記事とかブログとか本ってない? なるべく私怨が少ないやつで。

この辺の問題を論じるとき参加者は背景の共有ができているのだろうか。できてないと話ズレるとおもう。

自分の頭の中の認識だとこんな感じなんだけど:

修正・加筆・全部書き直しとか誰かキボンヌ

要点キーワード列挙するとこんな感じ

男女、歴史的経緯政治の無策、教育自分で考える能力のなさ(政治の無関心)、権力構造時代適応して価値観を変えたり次世代に引き継ぐことができない権力

■昔

選択の自由がない単純化されたシステムだった。キツいが、役割を果たせば成立しているシステムであった。でも役割がキツすぎたのか反発が起きていく。

男性労働して家族を養っていた。つまりそれだけの給料をもらえていた。ただ、家庭と職場の両面で社会的重責が課せられた。その反動家庭内では暴力的だった。

女性労働しづらかった。だから一人で生活不可能なので、旦那を見つけて専業主婦するしか選択肢がなかった。たとえ暴力旦那でも。

男女がお見合いで利害の一致によってくっついて家庭になるので必然的子供もできた。

このとき男性側のメリットって何なのだろうか?メリットというよりは社会的圧力だろうか。

まり能力がなくても就職できさえすれば年功序列によって救われた。

女性は生きていけないので、旦那イケメンかどうかとか言ってられない、なりふり構ってられない状況であった。だからブサメン男性も救われていた。

また明治初期は、女性労働どころか選挙権すらなかった。

寿命現代ほどは長くなく、高齢者現代よりも少なかった。

現代

男性給料が減り、家族を養うどころか自分一人を生かすのも危うくなった。男性一人の収入家族を養えるのはごく限られた一部になった。

女性能力意志さえあれば働けるようになり、一人で生活が可能になった。とはい給料男性と同じかそれ未満。給料的に置かれてる状況は同じ。金が無い。

このことから子供を作る場合共働きでないと収入面で辛くなった。それでも働いているので時間がなかったりしてかなり厳しい状況なので子供を作れなくなった。DINKSという。

仕事育児もなんでもこなスーパーウーマンなんかはごく一部である共働きはいベビーシッターを雇えるような状況でもない。

親子間での殺人事件ネグレクト子供騒音問題ベビーカー問題子供への犯罪養育費の高騰、核家族化による育児サポートのなさ、大学まで行かせても低い就職率、ブラック企業日本の将来性など、子供未来にも暗い影があることも出産抑制している。

それに子供以前に、結婚をしなく・できなくなった。女性は自活できるので、結婚への圧力は減り、恋愛自由競争化しお見合いが減った。なので市場価値の高いもの志向するようになった。昔の男性のような家族を養える高収入アイドルブーム二次元の発達による美形、などを志向する風潮。

また、労働能力意思がない女性は、昔の時代女性が受けた暴力反動根拠とするアジテートからか、都合の良いATM旦那家事育児旦那を求めたり、痴漢冤罪恋愛弱者男性迫害といった、婚前・婚後を問わない男性への社会的暴力を開始した。昔の男性の罪など知らない現代男性にとってはこれを不服とし、「イケメン無罪」「※ただしイケメンに限る」「メンヘラ」「(イケメンには良い顔をする)クソビッチ」などの揶揄批判用語を作り出して応戦した。泥沼化している。

昔の男性の罪は、現代男性が負うべきなのだろうか。罪というかみんな別々の辛さだったんだけど。その批判なら男性でなく明治政府に対してすべきでは?

男性に対する結婚への社会的圧力も減ったので、男性側も結婚を選択しないで済むようにはなった。というか市場価値不足によってしたくてもできないのも大きい。女性社会的暴力辟易してしまう成分もあるし、二次元の発達、性風俗従事する女性の美形レベルの向上もある。旦那がガンになったら捨てられたりする。熟年離婚セーフティネット互助機能家族から失われている。「病める時も健やかなる時も〜」という宣誓は何だったのか。昔のところに書いたように、イヤイヤでも仕方なく結婚したケースも多いから仕方ないのか。

労働意思能力があり、自活できる女性DVから救われ自由を手に入れた」わけだが、「労働意思または能力がないので高収入旦那ATM必要とする女性」はあまり救われてない感じであるATM旦那を見つけたとしても、そんな妻をもった旦那のほうはイヤイヤ結婚生活であり苦痛である鉄道模型を捨てられたりするし。

恋愛市場価値の高い男性引く手数多であり、未婚率が男性が高く女性が低いのは、そういった男性再婚をするからである

恋愛市場価値の高い男性と、低い男性との間でも溝ができた。「恋愛アドバイスだって?じゃあさ、まず女の子食事いくとするじゃん?」といった、前提レベルが違いすぎる分かり合えない溝を産んだ。

告白したらフラれたリア充しね。

労働能力意思の無い(低い)男性は、強い社会的圧力さらされている。

昔は年功序列によって無能も救済された。だが、徐々に能力主義になっていくにつれ無能は淘汰され、そもそも入社できなくなっていく。しかし昔の無能年功序列によって上層部になっていくので、能力主義による淘汰を免れた。いまでは上層部の中・高齢者無能と有能が混在し、中堅以下の中年や若年には無能存在できなくなった。そういう組織構成になった。医療進歩寿命が延び、高齢化社会になったのもある。

女性ならまだしも、男性が働かないとはなにごとだ」

それでもニートは200万人くらいいるらしい。「働いたら負け」の名言も産んだ。デイトレード新小岩も産んだ。

ニートはなぜか上限が35歳までで、そこまでしか統計を取っていないようだが、あまり年齢上限の意味はないと思う。

から現代を通じて「男性への労働圧力」はなんら改善されていないし、反発もされていないのだが、ニート200万人が無言の反発ともいえる。

女性労働機会改善」「DV改善」などはなされているのに。

昔の男女の役割固定の価値観は、現代役割生き方自由化しようとしていることと相性が悪い。男だって働きたくない、男だって家事育児したい、女だって働きたい、女だって産みたくない。昔の価値観どおりにいくのはごく限られた一部であり、多くの現代人の足かせになり、もはや適さない。誰も得せず不幸にするだけ。

現代人は昔の人に教育をされたわけなので、昔の価値観教育されている。それがもはや現代人を幸せにしない価値観なのにも関わらず。だから価値観再構成する必要がある。そこに気づくことのできない、"優等生"現代人が、その意味理解しないまま社会的圧力次世代担い手となり、自分自身をも苦しめている。昔の人の誰得価値観を守るために。20代-30代の労働における自己肯定感の低さと自殺率の高さたるや。棄民された氷河期世代も含まれる。

結婚出産への社会的圧力は減ってはいるが、無くなったわけではなく、むしろ昨今の年金問題少子化問題が深刻化するにつれて圧力が復活しているようにも見える。政治的失策国民責任転嫁する形で。

先述の「昔側の男性」に属する為政者による発言にもそういった圧力が増えた。産む機械発言とか。それが、男性へは収入(労働)への圧力女性へは収入(労働)と出産への圧力となっていて、男女間でのさらなる火種となっている。というかすでに炎上しているところに油を注いでいる。

×1年間に渡って独り身だったのだけれど、恋人ができてしまった。

付き合い始めた切欠けは、告白したでもされたでもなく、あるとき結婚しない?」と言われたことだった。10年来の知人である。後になって訊いてみたら、その当時つきあっていた彼女にふられて挙句相続関係実家問題が起こり、絶縁状態になっていて、何となく言い出したものの「ここで断られたら一生一人で生きていこう」と思っていたとか何とか。私は男性と恋をしたいとはそこまで強烈に思っていなかったのだけれど、ただ家庭を持ちたい気持ちはうっすら存在していて、以前から、どう生きても×2歳あたりまでにはそのへん、やってみるか諦めるか決めなきゃと思っていた。そのとき先方×0歳、当方×9歳。2年前の話。

話を戻したところ、先方が「せっかくだから恋人関係からやってみたい」と言い出して今に至る。数ヶ月前の話である

付き合い始めて真っ先に認識したのは、自分には「男性男性であるというだけで欲情するという感覚がない」ということだった。気づいたときちょっと悩んだ。女性の魅力についてだったらまぁノンストップで三時間くらいは語れる。男性に関していうと、性的にはそこまで強烈に希求してこない。SNS百合の話ばっかりしていると友人に笑われたことがあるし、しょっちゅう男性向けのエロ同人だとか百合系のテキストだとかイラストを漁っているのだけれど、そこは二次元趣味で、「性癖」だとは思ってなかったのだけれど、どうももっと根本的な部分で「女性が好き」だった節がある。そういえば人生最初に好きになった相手女の子だった。
 とはいえ、自分性向について深いこだわりはない。世間的によくある程度の倒錯だ。

恋人について。ある種切実な話として、彼には女装歴がある(私はその頃のことを知っている)。とはいえ、付き合い始めた理由特にそこは関係ない。現在フツーにどっからどう見ても「男性」だし、本人曰く「女装してた頃より10kgは太った」ということだし、まぁ(格好によっては)男前ではあるのかなと思うけれど、典型的フォーマットとして、中性的とかそういうことはない。私は「視覚的に興奮を得るのは女性」という話だけれど、かといって別に男性嫌悪者でもないので、一緒にいたり視界に存在していても、その人が傍にいる、という感覚しかない。「異性への」、というか、セクシャルな高揚、みたいなのは最初から今に至るまで、あまり実感がない。

つきあいはじめ、相手性的に興奮していることに対して、嫌悪や重さを感じることが多かった。性嫌悪的な傾向はとくにないじゃないんだけど、自分がどうこうする話となると話は別だ。その上で許容できていたのは、相手が「話せる」他者だったのと、この人とパートナーシップを構築するのは楽しいかもしれない、という単純な予感があったことがひとつ。もうひとつは、そのひとが単純に「触られても平気な相手」だったからだ。理由はいろいろあるのだと思う。この葛藤をどうにかする価値はある、というおかしな決意みたいなものがあった。

段々と距離感を調節できるようになって、「自分が受容できる/尊敬できる相手に、自分存在を求められている」ということによる承認欲求が充足される感覚、とか、他者承認承認される快感(性的快感とはちがう)、みたいなのを感じられるようになったのはごく最近だ。大きく変わったんは、意外なことに、セックスをするようになってからだった。どうもスキンシップの欲求自体はちゃんと存在していたようで、思いの他セックス楽しいのだけれど、「違う体を持った、受容できて話の通じる他者とあれこれ試すのが楽しい」といった部分が強くて、欲しい、みたいなのは今のところ思ったことはない。今後もないんじゃないかと思う。セックスをしていてたまに、この人が男性で私が女性でよかったのかもしれない、と思うときもある。この人が女だったら別の楽しさがあったのかなと思うこともある。

男性女性を問わず、わりと惚れっぽいというか、「いいな」と思いやすい性分だった。貞淑であるのは気が多いことに等しい。それでも「恋愛をする」コストが賄いきれなくて、長い間恋をせずにやってきた。処女だったことに、周囲とか世間が言うほどには抵抗はなくて(むしろ、例えば童貞であることをアイデンティティの欠陥であるかのように悩む人々を見て不思議にすら思っていた)、相手を選んだいちばんの理由は、たぶん単純に、「一番最初に話を持ちかけてきたのがその人だったから」だった。
 選択は間違えていなかったと思うけれど、決めた相手女性だったとして、それでもそれなりに必死になれた自信みたいなものはある。必死になる、というか、おそらくそれが「愛する」という感覚で、でも、それを知ったのはこの人のお陰で、仮に今後、分かれることになったとしても(だってこの先何があるかなんてわからない)、この感謝だけは絶対に忘れないはずだ。私は人を愛することができる。それは現在で、どのように生きるにせよ、一秒一秒、つねに過去になる。それは刻々と更新されている。その事実が、どれだけ嬉しいことか。

この社会で男であるである、というのは、ある種とても辛いことなのだと思う。自分が「もてない男であることに悩んでいた知人が、30代を過ぎて、どんどん偏屈になっていったのを見ていた(なお、私は縁を切られた)。同世代女の子たちは、自分が女としての生を生きなければならないことにその都度悩みを抱えていた。恋人は、(私の見ている範囲では)社会においてそれなりに有能な人だけれど、折に触れて当時「女の子になりたい」と言っていたのを見ている。私は、外見は紛れもなく女だけれど、ジェンダーロールとしての「女らしさ」をそつなくこなすことに色々な局面で駄目出しをされてきたし、今でもコンプレックスがある。

初回のデートの行き先を提案したのは私だった(そして彼は財布を忘れた)。現在のところ私のほうが収入が低いのと、けっこうすぐ困窮するので、わりとよく奢ってもらっていて(競争で財布を出しているけれど、私は人に奢るのも好きなので偏るのは不本意ではある)、あと、料理は好きなので、それぞれの家に行くことがあったら材料はこっちで用意して作ったりはする。ときどき普通の男女カップルらしい趣になっていて、ときどき、一般的に見たらおかしなことになっていて、それも特に「そうであってはいけない」とも思っていない。それなりに面白い。それは、私のコンプレックスとは無関係に。

付き合っていて感じるのは、「こうすべき」ではなくて、「こうして欲しい」「こうしたい」を相互に伝え合うことの重要性だ。一般的な男だとか女だとかのあれに結果的に近いこともあるし、遠いこともある。けれど、何より、それはとても楽しい遊びだ。遊び、だと思う。意見の相違はたびたび起きているけれど、基本的には、それを調整することもすごく楽しい。怒ってみせる(「みせる」であって、別に本気で怒っているわけじゃないけれど)こともある。情に訴えることもある。でも、そういった駆け引きも遊びの一環で、相手根本否定しないスタンスというのか、その上でやいのやいのやるのは本当に楽しい。この点については、彼氏のほうも同様なのではないかと思う。この遊びができる、ということはとても楽しい。逆に、「こうしてくれるはず」と思って漫然と待ちの姿勢になると何となくうまくいかない。

現実的問題は常に起こる。お金問題とか健康問題とか、これは各自ずっと努力していかなきゃいけないことだと思っている。けれど、男であるであるという重さより前に、「何かが起こる」「何かができる」ということが、ただただ楽しい。男だから女だから、ではなくて、恋人いるから、でもなくて、ただ楽しい配偶者がいる、ということに社会的ステータスが付加される風潮に疑問を感じていたし、今でも好きではない。可能なら、一緒にいてくれる人をそんな風に何かの道具にしたくはない、と思っている。一方で、ふたりで、今の自分たち事実上リア充だよねという話をたまにするのだけれど、でも、「恋人いるから」楽しいわけではなくて、ただ自分たちのしていることが楽しい、という感覚は丁寧に捕まえていたいなと思う。

ろくでもない時間を生きてきて、長いことネット界隈にいると、不幸な話のほうが身近であるように感じてしまうというのか、「楽しい」というのがなんとなく釈然としないのだけれど、ある場所にはあるのだなと思ったりもする。身近な他人の、そういうような話をきいたときと同じように。遠い世界の話のように。

「らしい」愛情表現ができるほうではなくて、「好き、でいいんだよな?」と、よく確認される。
 「好きだよ」と答えるけれど、いかにも恋人がいますというような、どきどきした感じは未だにない。好き、ということに、実はちょっと自信がない。先日母と電話で話したとき、同じことを話したら「つまらないんじゃないの」と言われた。どきどきしたりせつなくなったりしない恋は退屈ではないのかと。
 そんな恋はそんな恋で魅力的かもしれないけれど、今の楽しさと天秤に掛けて、そちらを取れる自身はない。
 恋をしている、実感は、今でもあまりない。でも、選んだのがあなたで良かったし、それぞれ負担にならない範囲模索しつつ、楽しくやるための労を惜しまずにいたい、とは思っている。

2016-03-19

http://anond.hatelabo.jp/20160316092326

話の本筋と全然違うけど、音ゲーっていつからオタク趣味になったんだろうな。

昔の音ゲーリア充御用達DDRDQN御用達ギタドラって感じで、特にギタドラなんて全盛期の鉄拳と変わらないくらDQNが集まってたのに。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん