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2015-09-04

佐野研二郎氏のGoogle検索結果からパクリ問題が消え、クリーンイメージ回復される

383 自分番組の途中ですがアフィサイトへの転載禁止です (ワッチョイ be74-MEQr) 投稿日:2015/09/04(金) 18:51:52.06 ID:GREk8R870

ふざけるなよ こんなの教科書の黒塗りと一緒じゃないか 歴史を改変するな


400 名前番組の途中ですがアフィサイトへの転載禁止です (ワッチョイ 099b-E7MU) 投稿日:2015/09/04(金) 18:55:12.00 ID:jcCyZd8C0

次はウィキペディアの書き換え合戦かな?

佐野研二郎氏のGoogle検索結果からパクリ問題が消え、クリーンイメージ回復される

367 名前番組の途中ですがアフィサイトへの転載禁止です (ワッチョイ 0238-9ixC) 投稿日:2015/09/04(金) 18:48:05.43 ID:fJbQ4KQx0

金さえあればネットなんて書き換えられるってことなんだろうか

五輪エンブレム問題の終わり、そして次のエンブレムに向けて


大阪芸術大学教授純丘曜彰氏の発言への疑問を述べた記事に、氏から応答があった。


元の記事

五輪エンブレム問題についての純丘曜彰氏(大阪芸術大学教授)の発言

http://anond.hatelabo.jp/20150903062450


純丘氏の応答

佐野五輪エンブレム超弩級の駄作!」(page: 6)

http://www.insightnow.jp/article/8644?page=6


もう佐野研二郎氏に関わるような話題は終わらせたほうがよいと考えているので、

議論がふたたび活発になるようなことは望まない。

筆者から疑問を投げかけ、氏がそれに答えてくれたので

パンチ一発ずつ(?)ということでこれ以上の応酬はやめようと思う。

なぜか筆者が「チャレンジャー」ということになっているが……


ただ、わざわざ返答をくれた氏に対してこちらから感想ちょっとした考えを述べておきたい。

加えて、幻となってしまった佐野氏のエンブレムへの所感を残して旧エンブレムについては最後とし、

次のエンブレムについての思いを記そうと思う。



ニーチェ綴り


ニーチェ綴り2ちゃんねるでどうこう、ということだが、なんのことやら」(純丘氏)

炎上という非常事態に対してまさにこの「なんのことやら」という意識で臨み、

周辺に挙がっている言葉火種)をそのまま拾って記事を作るということが、

筆者の言う「なんの検証もなく」という状態であると考える。



■色の件


一般の人が読むことも考えて説明を加えたのだろう。

残念だがこちらの疑問に答えたものではなく、新たな論点もない。


この項を借りて…

「私なんぞの記事真剣に読んでくれて」と謙遜されていたが、

氏の表象論などを用いたデザインに関する言説は(半分以上フィクションとしてだが)みな

面白く読めるものだったことを付け加えたい。



■純丘氏の社会的影響


非常にあったと考えている。

それは、(失礼だが)純丘氏の所論が正しく、力強かったからではない。

炎上サイバーカスケードという事態において、

とてもよく燃える燃料だったかである


マスコミはもちろん燃やすのが仕事であり、

識者の言質さえ取れればいい、このフリップのこのスペースが埋まればいい、

そんなノリでコメントを拾っている。


8月10日、純丘氏のこの一文を読んでびっくりしたのをよく覚えている。

「このデザイナーpinterest、その他、ネットのかなり奥深いところから

巧妙に素材を拾ってきていることが完全に明らかになってしまった」


Pinterest ついては、この時点では「完全に明らかになった」といえるような

証拠は出ていなかった(強く紐づけられるものがせいぜいニーチェの件で、

結局、最後まで確たる証拠といえるようなものは出てこなかったと考えている)。

しかし、この記事は一気に広まり、その後のムードを作っていったように思う。


純丘氏には、「佐野エンブレムを下ろしたい」というご自身希望

そのまま社会活動としていくのはご自由としても、

識者として、炎上デマがむやみに広がらないような、

適切な言葉と確かな情報検証を元に発言してほしかった。



さようなら佐野エンブレム


初見ロゴだけを見たときはあまりいい印象をもっていなかった。

が、明滅するアニメーションを見て選ばれた理由がわかった気がした。

その後は、騒動の最中ではあったものの見慣れていき、黒がよい主張と映ってきた。

CMスポンサーロゴの両脇を固めたオリンピックパラリンピックエンブレムにはリッチで崇高な印象をもった。

黒のことがよく言われるが、プラス方向に見ればゴージャス、フォーマルな色である

しろあの黒がチャームポイントになるはずだった。

もちろん、この強い色の使用はチャレンジだった。

桜のリースのようなデザインもすばらしいが、今回の選考委員の半数はチャレンジを選んだ。

オリンピックでこれまでに使われたことのない「黒」も、

選ばれた主な理由だと考えられる「組み替えアイデア」も、チャレンジであったと思う。

そして、チャレンジ理解されるには時間がかかる。

時間をかけて受け入れられるには障害物が多すぎた。



■これから五輪エンブレムに向けて


再び公募になったということで、それ自体は楽しみである

筆者自身、応募したい気持ちもあるのだが、

選ばれることがすなわちよい結末になるとも限らない、そんな不安がある。

何か思い当たるふしなどなくてもだ。


コンペではよく「勝った」「負けた」という言葉が使われる。

新国立競技場のコンペについて伊東豊雄氏もはっきり「負けました」という言葉を使っていた。


芸術も、学問も、勝った、負けた、の話じゃない。なにが本当か、

どうすればより美しくなるか。みんなで知恵を絞るにこしたことはない」


今回、純丘氏から聞けた言葉である

次の五輪エンブレムのコンペほど、「勝者のいないコンペ」という言葉がふさわしいものはないだろう。

それがいい意味でになるのか、悪い意味でになるのかは、わたしたち自身にかかっている。

http://anond.hatelabo.jp/20150903150152

しろ白紙撤回になってからパクリのことよりもデザインの内容のほうを腐すテレビコメンテーターが目につくようになった

デーブ・スペクターとくダネ!佐野研二郎のことヤってた時に「盗作疑惑とか関係なくこのデザイン自体がダサくて相応しくない。最初にこの時代遅れ気持ち悪いデザインを選んだ審査委員はどうなってんだ」とか言っててびっくりした

2015-09-03

サノケン騒動について、第五の権力について

統括するにはまだ早いと思うのだけど覚書。

業界関係者でも、デザイナーでもないです。念のため)



【1】一連の騒動について

【2】デザイン的に見てどう思うか

【3】佐野氏に同情できるか



【1】一連の騒動について

サノケンエンブレム取り下げまでの一連の事件を振り返ってグーグル会長が書いたエリック・シュミット『第五の権力』を思い出したので書いておく。

まず第五の権力とは何か。

行政司法立法の3つの権力に対して今まで報道第四の権力となぞらえていた。それを本書でエリックは第五の権力のことを、全世界の人がオンラインでつながったことで手にする力と言っていて、つまりインターネットをもった我々のことで、有体にいえば『炎上』のことである

で、サノケン炎上だけど、これまでの炎上と明確に一つ違う点があることを留意しておきたいと思う。

それは今回の炎上海外に飛び火したことだ。

海外デザイナーフォトグラファーらとニュースを通じてオンライン上で繋がり、情報が次々と提供され、外堀を着々と埋められてしまって国はもう言い逃れできなくなってしまった。

恥の文化がある日本人にとって、海外リアクションはすごく耳が痛かっただろうなと思う。

サノケン炎上で我々は世界と繋がったのである


で第五の権力、つまり炎上』についてまだまだ日本過小評価されているような気がする。

佐々木俊尚氏に限っては、いまだにネット民の自制が必要みたいなナイーブな話をしているし、茂木健一郎氏は、権威者層に対する下位層による妬み、対立みたいな話になっている。

いやいや、デザイナー広告業界からタレコミが多かったと思うけどな。政府関係者の中にもサノケンエンブレムが気に入らなかった人は大勢いたんじゃないかなと思うし。

ていうか、妬みの力だけで国は動かないし、動かせるわけがない。もし妬みで国を変えられるのなら、Gakut何人必要なんだよって話だよね。

トートバックの事案、過去デザインの掘り出し、原案意匠の発表と、無視できない事案が重なってエンブレムが取り下げになった。

それに寄与したのが業界関係者言葉と、海外の反応である

しかしたらデザイン業界ではコピペ(盗用)・改変(剽窃)は、慣例的に、普通に行われていたのかもしれない。

でも、もうそれは許されることではなくなった。

どうでもいいけど、茂木氏がクオリア死語)的にデザインが受け付けないと語った時にはこれはギャグなのかなと思った。

(あと茂木健一郎佐野研二郎って名前ちょっと似てるよね)




【2】デザイン的に見て

素人目に佐野エンブレムデザイン的に悪いところを個人的に挙げておく。

1:デザインが堅苦しい。

他のオリンピックエンブレムと比べて、

スポーツの躍動感がない。

祭典のイメージがない等


2:パラリンピックの白黒反転ロゴが、『T』に見えず、『U』に見えること

佐野的にはパラリンピックは『=』(イコール平等)をイメージしたらしいがパラリンピック関係者は、それを

聞いてどう思っただろうね?

まだ『U』でUNITE(結合)とした方が良かったのではないか。せっかく26文字作ったんだからさ。


アルファベットイニシャルが、日本人にはそもそも受け付けないものであること。

なんでTOKYOのTなんだろうね? 

日本には「ひらがな」や「カタカナ」や「漢字」があるじゃん

アルファベット26文字の中で判別できたのいくつあった?

たぶんあれは原案を元に作成されたもので、意匠変更を経て発表できなくなったものなんだろうなと推測。

素人目には、ここまで悪いところを挙げられる。


あとプロ素人境界職務に対して『批判的』になれるかである

批判的になれないのは『商売人』であって、『プロフェッショナル』ではない。





【3】佐野氏に同情できるか

はっきり言って、どうでもいい。

同情は彼の仲間が(同情)するべきことで、無関係の我々がすることではない、よね?

同業者に求めることは、再発防止に努めることだけである

著作権を軽視してトレパクすることは、他人の住所を勝手ネット書き込みすることに等しい犯罪であることを認識してほしい。

とりあえずインターネットウィルスによる情報漏えいと同クラス対策を取らないと自社、取引先の企業価値を大きく毀損する結果になるとだけ忠告しておく。

TPPによって著作権侵害の非親告による摘発が可能になればさらにこの流れは加速するはずだ。

しろ、このことによってオリジナルクリエイター権利が守られることを望みたい。

そういえばトートバックの件でで剽窃したと思われる猫のデザインはいつになったら取り下げてくれるのだろうと思っている。

佐野デザイン名前を付けている以上、名前に大きく責任を持つべきだと思う。

盗用されて被害を受けているデザイナーフォトグラファークリエイターが実際にいることを忘れちゃいけないと思う。

クリエイトすることによって飯を食っている人たちであることを忘れちゃいけない。

佐野氏より、五輪提携企業より先に、こちらに対して、まずどう補償していくのかが今後のこのサノケン事件の焦点になるのかなと思っている。

才能があるのに無名で売れないクリエイターってたくさんいるんだからさ、これを機に還元される流れになってほしいな。

以上です。

一般国民の一人からエンブレムの件について

騒動に一区切りついたので、一般国民からも少し話をしようと思う。

ロゴについて

パクリでは無いと考えている。

「この先クライアントから色々言われてしまうんだろうな」

当然であるデザインを購入した後、世間から問い合わせを受けるのはクライアント。もし、サントリーの一件で佐野氏の名前が出ていなかったら、どうなっていたか


自社の名前で出している以上"管理杜撰意識がなってない・人のものを盗んでも平気な会社"そう言われるのはクライアント。盗用騒動があって尚、業界全体に擁護被害者意識がある以上、こちらが自衛するのは当然の行為


また、説明を求めるのも当然。発表後はあなたの代わりに説明をしなければならない。その行為を「文句いちゃもん」だととらえ、「黙らせる」ためにはどうしたらいいのかなど、まるで敵であるかのように表現されているのを見ると、非常に残念。

擁護非難

論文で嘘が発覚

安全の為の試験を怠る

等、業界の信頼を著しく落とすような問題が発生した場合同業者はそれを非難、または自分のところは違うとはっきりと主張する。


ところが今回はどうだろう。

業界ではよくあること

・そんなこと言っていたら、商売にならない

・内々の資料が表に出ちゃってかわいそう

圧倒的に擁護の声が多い。理解に苦しむ。一体何を守ってるのだろうか。

一般国民にはモノを作る大変さは理解できない」

モノを作っているのは自分たちだけだと考えている方が多いようだ。なんという傲慢あなた身の回りにあるモノやサービス自動で生まれてくると思っているのか。


私もモノを作る仕事従事している。


我々の世界では、プレゼン用はもちろん、部署内で数人しか目にしないモノでも、お金を払って正規ルートで入手した素材・原料を使って試作を作る。他社商品を参考にする際も、お金を払って購入する。人のモノを盗んで作ったりはしない。人のモノを盗んで商売に使うのは、それ素材を作った人に対する侮辱、そして犯罪


社内の試食会で、コックが畑から盗んできた野菜を使って料理をしていたら、あなたはどう思うだろうか。


一般国民には、あなた方がやっていることはそう映っている。


世の中には有料無料を問わず、使っても問題ない画像が多数存在してるが、それを購入・探す手間すら惜しむ。そんな意識で「モノを作る大変さ」などと口にしないでほしい。複製が容易なデータからと、甘えてるだけだ。「内部的なものは人から盗んでも可」という甘ったれ業界常識一般国民には通用しない。ここを改めない限り、悲劇何度でも繰り返す。


そうは言っても…、ではなく、まずあなた自身が"盗用とわかっているものを使わない"、そう”指導する”ことから始めて欲しい。さもなければ、イザという時、あなたも同じ目にあってしまうだろう。

オリンピックエンブレムデザイナー

此度、使用中止という結果に終わった原因は、エンブレム類似性よりも、作ったのが佐野氏だったからだと考えている。当初、私や周りの人間エンブレムを支持していた。世界規模で探せば似ているモノがあって当然と。


だが、トートバッグあたりから雲行きが怪しくなり、それ以後、彼らが行動を起こす度、不信感が募り、空港写真が決定打となった。


我々一般国民も日々苦労しながらモノ・サービスを作っており、誰かの下で働いている。


会見で後付のコンセプトを話し、内々だから日常的に盗用を行い、それが公開される事故が起こったら、部下が何も言わなかった、業界では普通と弁解する人間作品に罪はない。けれど、私は佐野研二郎という人間を支持することはできなかった。


使用予定だったエンブレムは優れている。インターネット上で作られたどの作品よりも、上品で堂々としている。しかし、人の権利蔑ろにする人間に、オリンピックエンブレムデザイナーでいてほしくはなかった。使用中止の速報を見た時、ホッとした。


出来上がったモノと作ったヒトとを混合して判断する行為は、モノを作る人間として恥ずべきものだ。騒動が収まり、冷静になった今、深く反省している。今後、同様の事件が起こった際、冷静に多くの問題を切り離し考えるよう改めたい。

http://anond.hatelabo.jp/20150903114323

だいたいの日本人にとっては、佐野研二郎は「あ-あのパクリの人」という認識を持つくらいで充分なんじゃないのかな。

http://anond.hatelabo.jp/20150903112909

フィーリングじゃねぇよ。

佐野研二郎名前でやった仕事に盗用があり、それを部下がやったことだと認めているケースにおいては

佐野本人がやってるのに部下に責任をなすりつけた」か「本当に部下がやった」かの二択、

まり倫理観がないか管理能力がないかの二択なんだから

この二択になった時点で「佐野あかん」ってことが確定すんだから、これ以上の詮索は無意味だっつーことだ。

五輪エンブレム問題についての純丘曜彰氏(大阪芸術大学教授)の発言


五輪エンブレム白紙に戻った。

この一連の騒動の中で気になったのが、大阪芸術大学教授純丘曜彰である

反「佐野エンブレム」の急先鋒としてメディアで派手に〝活躍〟した人物だ。

エンブレム問題の経過をつぶさに見てきた者、デザイン周辺の知識をもっている者で

純丘氏の発言に疑問を持った人も少なくないのではないだろうか。

筆者の感じた純丘氏への疑問とは、

「明らかなデマの流布」「度の過ぎた個人的感情の表出」

そして「独りよがりデザイン論」「デザインに関する知識不足である



明らかなデマの流布


東京オリンピックエンブレムはもう無理筋8月10日

http://www.insightnow.jp/article/8591


瞬く間にメディアのあちこちに取り上げられ、反「佐野エンブレム」への動きを活気づけた記事である

デザインに関して識者といえる人物がここまであからさまにエンブレム下ろしを唱えたのは初めてであり、

純丘氏が五輪エンブレム問題の御用コメンテーターになるきっかけともなっている。

以下は、佐野氏のデザインしたトートバッグに関する部分である


ニーチェの独文の警句英文引用して、名前綴りコピー元のままに間違っていたり

(page:2 より)


Pinterest に一枚の画像として存在していたニーチェの一節、

その最後名前部分に綴り間違いがあり、佐野氏が孫引きしたために同じ箇所で間違えている、

すなわち佐野氏が Pinterest を利用していた証拠である、という論旨だ。


このニーチェの脱字の件は、丸ごと事実誤認なのである

Pinterest綴り間違いの画像などなく、佐野氏のほうだけがたまたま書き間違えていたのだ。

ここで問題なのは佐野氏が Pinterest を利用していたかどうか」ではない。

事実誤認、それも2ちゃんねるが発信源である単純なデマを、

純丘氏はのまま引き写して記事構成しているのである


この純丘氏の記事が出たころにはもう2ちゃんねるの当該スレは自らその事実誤認に気づいており、

ニーチェの一件は「佐野氏が Pinterest を利用した証拠」としては除外の方向へ向かっていた。

純丘氏は、佐野エンブレム下ろしに使えるものはなんの検証もなく使っていたのである

最低でもその誤字があるとされる Pinterest の元画像をその目で確認してから記事を書くべきだろう。


このような杜撰情報収集と決めつけで書かれた文章

大阪芸術大学教授」の肩書きで公にされてしまえば、何も知らずに読んだ人は事実と思い込んでしまう。

論文というのは人文科学であろうと事実を積み重ねなければならないものだが

こんなお粗末な方法文章を書いている人物が学生論文指導をしているのはいかがなものだろう。



度の過ぎた個人的感情の表出


オリンピックに潜り込んだゴキブリたち」8月20日

http://ironna.jp/article/1881


あんな黒いゴキブリ印は、生理的に無理。とても嫌な感じがする。汚らしい。穢らわしい。なにより不潔だ。あまりに不吉で、自分まで不幸に呪われそうな黒いゴキブリ。金と銀の足が夜中にカサコソと動き出して、きみの手の上に登り、パジャマの中にまで入り込んで来る。きみに、多種多様の救いがたい病原菌をなすりつけ、触覚をピロピロさせる。おまけに、突然に羽を広げて飛び上がり、きみの顔をめがけて襲い掛かる。考えただけでも寒気がする。あまりに気味が悪い。


この記事の、黒い生き物の比喩を用いた執拗レトリック

およびそこに貼られた画像は、読む者をいやな気分にさせる。

まるでいやな気分にさせること自体目的ひとつにもなってしまっているようだ。

純丘氏の「佐野エンブレムが嫌いだ」「黒が嫌いだ」という気持ちはよく伝わってくる。

だがそれは個人的感情であり、公にするにしてもせいぜい個人のブログにとどめるべきだ。

大学教授美術博士という肩書き付きでオピニオン系サイトに開陳するようなものとは思えない。

識者なら事実を元に冷静に分析し、問題を明らかにする役割を担うべきだろう。

騒動の中、感情ほとばしる文章で純丘氏は何を訴えようとしたのか。

これ以降、掲示板でもエンブレムゴキブリ呼ばわりする人が一気に増えていった。



独りよがりデザイン


佐野五輪エンブレム超弩級の駄作!」8月26日

http://www.insightnow.jp/article/8644


もはやリエージュロゴからの盗用かどうかは関係なく、

ひたすら駄作である、見るに堪えない、と力説している。

疑惑があるとはいえ、多くの人が関わって世に送り出されたもの

超弩級の駄作」「ゴキブレム」「梅干」と品なく形容する姿勢にもあきれてしまうが、

この他者制作物に対する容赦ない物言いは、おそらく氏の、

デザイン制作とは無関係な経歴(専門は哲学)と関係あるように思う。

むろんそれ自体問題ではないが、次章の「デザインに関する知識不足」も含め、

己の手にあまるデザインに関する解説を、あたかも〝識者〟として発表するのは

それこそ「無理筋」ではないか、と言葉を返しておきたい。


孤の中心がロゴの中心にある限り、この2つのパーツは、このロゴの四隅以外に配置することは不可能である

(1. 形態問題:パーツの寄せ集め より)


この一文の含まれ段落を「デザイン論」として理解できた人がいたら

ぜひ翻訳してほしい(もちろん逐語的な理解はしている)。

「9分割を元にフレキシブルな組み替えが可能」というアイデア否定するのが目的のようだが

なぜそこに「無理と矛盾」(純丘氏)があるのかわからない。

9分割の真ん中に必ず弧の中心が来なければならないデザイン上の理由とは?

さまざまな大きさ・形でさまざまな場所に弧が立ち現れていた、

あのアニメーションのどこに無理と矛盾があるというのだろう。


黒は、ほとんどすべての文化で、死や悪、権力、固着、腐敗、を意味する。同様に、赤は、血のシンボルであり、命や致命傷だ。それに金銀を加えるなど、まさに軍事配色のナチス悪趣味

(2. 配色の問題ナチスフラッグ色 より)


ここは純丘氏お得意の表象である

解釈はさまざま可能なのでナチスフラッグとみる者がいてもいい。

エンブレムを仮に芸術ひとつとするなら、芸術はさまざまな解釈に向けて開かれたものだ。

しかし、これは誰もが知っているようにオリンピックのために施された「デザインである

デザインとは、提示された課題を〝解決〟するものであって、

アートのように何ものからも束縛されない自由意志構成、配色したものではない。

見る者も「日本」で開かれる「五輪」の「エンブレムであるという情報とともに接する、

そのような場、コンテクストにおいて機能するようにあつらえたものだ。

解釈といっても常識的範囲がある。


佐野エンブレムスポーツを感じさせないとか、祝祭感が足りないとかいった批評は可能だ。

が、「ナチスフラッグである、「ゴキブリ」「致命傷」であるなどというのは

エンブレム出自コンテクスト無視した悪意のあるミスリードしかない。

ゴキブリ画像同様、ナチスの絵まで用意して独りよがり解釈

強くイメージとして植え付けていこうとする純丘氏の手法には疑問を禁じえない。



デザインに関する知識不足


どんな媒体でも、ほぼ同じような発色になるように考えておかないといけないのに、全体が印刷物無視RGBベースで出来ていて一般フルカラー印刷YMCKの四色のインクでは出せない「特色」の金銀が入っていたり

(上掲「佐野五輪エンブレム超弩級の駄作!」page:3 より)


デザイン生業としている人、その周辺に詳しい人で

この部分を読んで頭の中が「?」でいっぱいにならない人がいるだろうか。

この2行だけでも純丘氏が自分の手にあまること、自分のよく知らないことを

結論ありき、佐野下ろしを目的に書いていることが明らかである


CMYK を「YMCK」としているところはご愛敬だが、

純丘氏のこの不案内な言説はさまざまな場所で〝プロ〟のそれとして引用されてしまっている。

発表されたエンブレムRGB ベースでできていて、CMYK ベースではないらしい、

色指定の要領を知らず、特色を用いてしまっているらしい、

佐野研二郎氏は、デザイナーとしてはひどく低いスキルのまま今のボジションに祭り上げられ、

あたわない五輪エンブレム設計者の大役もしくは影武者の役を任されたようだ……


RGB ベースというのはモニターなど映像における混合方式であり

CMYK ベースというのは紙媒体など印刷で用いられる混合方式である

RGBCMYK は、媒体に応じてふさわしいデータを用いる、ただそれだけである

RGB ベースでできている」もなにもない。

ウェブでの使用に向けてロゴを配布するならば RGB だし、

ポスタープログラム印刷するなら CMYKデータを用意する。

純丘氏の中で佐野氏は、この知識としても初歩の初歩、

デザイン業務上、日々出くわしてはそれに従って作業している単純なことをまるで知らないという設定らしい。


ここに、さら意味不明な特色のくだりが加わる。

特色というのは印刷インクの一種で、

通常のプロセスカラーCMYK インク)で表現できない色をカバーするためのものである

エンブレムに特色の指定がしてあったというのはどこから情報かわからないが

(筆者は見たことがないので、まずはそのソース問題である)、

それだけをとれば、企業ロゴなどにおいては珍しいことではない。

RGBCMYK と同様、特色を用いるかどうかは運用現場に応じて「自然に」決まるのであって

雑誌カラーページなら金は4色分解(CMYK)で表現されるだけである

媒体や場面によっては、予算や仕上がりを考慮した上で

金や銀を特色にすることも、黒や赤を特色にすることも可能だ。

もちろんそのために CI マニュアルのようなものがあり、

特色で刷るならばここはこの色(PANTONE 、DICなどの番号)、

4色で表現する場合はこの CMYK 値、

そしてディスプレイ用にはこの RGB 値というように、列記されているのがふつうだ。


・特色番号(印刷用)

CMYK 値(印刷用)

RGB 値(映像用)


純丘氏の言葉を再掲する。

以下のような色指定を同一の紙の上に記すデザイナー想像できるだろうか。

すなわち、これが「ワンセット」になっていて、それ以外の指定CMYK 値)のない、

そのような色指定が本当に存在するだろうか。

純丘氏の作為産物か、氏がまたネットかどこかで拾ってきてしまったデマではないのか。

むろん常識的デザインの知識さえあれば、

このような「物理的に」とすら言っていいほど存在しえない〝キャラ設定〟をすることも

デマを拾ってきて書き写すとこともありえないのだが。


RGBベースでできていて(略)「特色」の金銀が入っている



最後


大阪芸術大学教授純丘曜彰氏の言葉は、目くらましのように効果を発揮してきた。

佐野五輪エンブレム超弩級の駄作!」での、ルネッサンスからフラットデザインへ至るくだりなど

エンブレムとはデザイン論において爪の先ほども関係ないが(ゴール地点のフラットデザイン自体なんの関係もない)、

このペダンティック解説や周辺タームは、氏の肩書きと一緒になって人々の目にもっともらしく映り、

エンブレム白紙化の力のひとつになったと考える。

芸術デザインの「専門家」(日刊ゲンダイ)と目される社会的影響力のある人物が、

この混乱の中で、明らかに事実に反すること、半可通なことを、

己の求める結論佐野エンブレム下ろし」に向かって品のない言葉作為的イメージを用いて

流布してきたことには、疑問を通り越してあきれてしまった。


ここには、筆者の知る事実デザインとその周辺に携わる者なら誰でも知っているような知識から

明らかにおかしいと思われるものについてだけ論じた。

五輪エンブレム騒動の中で交わされた、デザインに関する言葉への理解一助となれば幸いである。

署名入り増田佐野研二郎問題は「不手際」とかのハズがない。

id:nobiox

増田を書かずにブコメするヤツは非生産的、という増田を見て驚いたが、なるほどと思う面もあるので、増田デビューしてみる。だってみんな、オレのブログなんて読んでくんないんだもん。しかid署名付きだ。増田意味を踏みにじる暴挙だ。規約違反とかだったら謝る。規約はぜんぜん確認してない。とりあえず自分が一番にブコメすることで、他人idを騙ってるわけではないことの証明とする所存。いやもしかすると過去デビューしてるかも知れないけど。



ここから本文。

反省には二種類ある。ミス反省するのと、考えを反省し考えを改めるのと。

「もとより増田を書かないなんて有り得ないと重々認識はしていたが、手続き上の不手際で結果としてなかなか果たせずにいた」というのが前者。「増田書く必要なんてどこにもないと考えていたが今は反省している」というのが後者(ちなみにオレは、別に反省していない)。

佐野氏は「管理不行き届き」「不手際」、つまり、飽くまでミスだったと言う。だが、到底信じることは出来ない。主な理由五輪エンブレム展開使用例の件と、もうひとつ、それも含めた疑惑の数。

まず、展開使用例。「今回の事態について」後半に、「エンブレムはMR_DESIGNで応募したものではなく、私が個人で応募したもの」「デザインを共同で制作してくれたスタッフもおりません」とある。素直に受け取ると、あの羽田空港渋谷駅前の写真ネットで探して見つけてダウンロードしてコピーライト表記カットして加工したのは佐野氏本人ということだ。「このくらいいいじゃん」と思ってなきゃそんなことはできない。オレ自身が「そのくらいいいと本音では思ってるけどバレると怖いからやめとこう」派なので、「このくらいいいじゃん」という気持ちはよくわかる。

もうひとつ疑惑の多さ。ネット民おもしろがって追求してるターゲットは当初こそ佐野氏ひとりだったが、やがて疑惑疑惑を生み、徐々にターゲット日本デザイン界全体に移った。「永井一正」「森本千絵」「佐藤可士和」等の名前は多くのネット民Google画像検索に集中的に曝されたに違いない。なのに出て来る疑惑ほとんどが佐野氏ひとりに集中している。これがすべて管理ミスだとしたら異様なまでに突出したうっかりさんということになるが、「このくらいいいじゃん」と思ってたと考えれば普通に納得できる。

というか、ほとんどのデザイナーはどこかの段階で権利関係確認作業をしてるはずだ。少なくともオレはする。必ずしも倫理からではなく、後で揉めて金銭の問題になるのが怖いからスタッフがシラ切ったって、お前が撮ったならその元写真を見せろ、というだけで簡単に見抜ける。佐野氏がそれをしてなかったのは、そんなのいいんだよ、可士和さんみたいに、部活っぽいノリで、レディメイドのものをポンポンと配置して行くスピード感を大事にしようぜ、と考えていたからなんだよ。その考えは一理あるよ。わかる。言いたいことはよくわかる。だからこそ、正直な、いっさいごまかしのない反省文が読みたいんだよ。

この騒動を通して佐野氏は何かを学び、何かを反省したはずだ。ミスではなく、より自分自身の考えの根幹に近い、何かを。佐野氏はそれを語るべきだ。例えば「そのくらいいいと思ってた。今にして思えばたしか権利関係意識が甘過ぎた」とか。あるいは「自信を持って言うが、芸術の神はオレを支持してる。アーティストとして恥じる点は微塵もない。ただ、庶民のみなさんにこの論理は受け入れてもらえないということは今回つくづく実感したし、まあ神ならぬ庶民論理がそうなるのは考えてみれば確かにもっともなので、そういう意味で、今後は他人写真を無断で使わないように考えを改めます」だとか(以上はすべて、素材のパクリの話です。アイデアパクリはまた全く別の話で、素材のパクリよりはるか微妙で、考えるのがむずかしい)。



えー、以上で終わりだけど、「佐野ってヤツは恥ずかしくないのかよwwwww」について、ついでに私見を述べます

ネットで拾った写真を無断で使うのってどうなのか、という問題には、「1:デザイナーとしての矜持」「2:法律的大丈夫か」「3:オリジナルの人にムッとされたら法的に無問題でもやっぱマズくないか」という三層があると思う。佐野氏的に、少なくとも1はすべてクリアしてたんだよ。それは間違いないと思う。そして、ボクサーが百人いれば百通りのボクシング観が有り得るように、デザイナーが百人いれば百通りのデザイン観があっていいわけで、そこは、本人のなかでクリアしてればそれでいいんだよ。他の素人や他のデザイナーが「オレだったら恥じる」とか言って攻撃するのは基本的無意味。というか傲慢。お前のデザイン観だけが唯一の正解とか思ってんじゃないよ、って話。勿論、本人の心境も現在は多少変わってるかも知れないけど。

2015-09-02

佐野研二郎先生罵倒してるネットの屑どもへ

いい加減腹立ったので書いておく。

内部資料用に拾ってきた画像使って何が悪い

内部資料だぜ?

それを勝手クライアントであるノーパンしゃぶしゃぶ武藤が外に出したのであって、佐野先生は内輪で使うためにあれを用意したに過ぎないわけ。

お前らだってツイッターアイコン適当に拾ってきた画像だろ。

コピーライトを削った?

それがどうしたんだよ。お前らが使ってるそのどこかで拾ってきたアニメ調の壁紙画像検索にかけてみろよ。コピーライトなんか余裕で削ってるぜ? みんなやってんだよそれくらい。画像まとめサイト壁紙配布サイト管理人がやってることを、日本トップデザイナーであり年収5億を誇る佐野先生東京五輪エンブレム選定という世界規模の大仕事プレゼンでやっちゃいけないのかよ。なんだその差別

拾ってきた画像使って何が悪い

大体、アート世界ではネット画像を拾ってくるっていうのはごく普通ことなわけ。

例えば若手の一流アーティストであるカオスラウンジ

海外のド素人が作ったキメこなを、東浩紀先生も絶賛する梅沢先生アート昇華させたわけで、ありがとうございますと涙を流して感激するならともかくパクリパクリって頭どうかしてる。

画像は使います!使います!それ以上のコミュニケーションはないです。

ネットにある画像フラットから全部使う。使うことにごめんねはない。

ネットにある画像サンプリングしていきます

その結果として体力のないコミュニティが潰れてもしょうがない。

ネットにあるものは全部僕らの素材ですからそれ掠めとって芸術作品として世に出しますよ。

黒瀬陽平カオスラウンジ宣言』UStream内の発言より)

梅沢先生はなぜか「自分コピペでやりくりしてるから」とか卑屈なこと言ってて、黒瀬先生ノーコメントなのが残念だけれど、藤城先生佐野先生の全面擁護を展開、ネット民は今すぐ首吊って死ねツイートされていて本当に心強い。

アーティストってのはインターネット上の素材を自由に使い、編集する権利を持ってるわけ。どうもそれを理解してないゴミどもが多くて困る。

そもそもド素人パクリパクリうるせぇんだよカス

構図が似てたらパクリとかアホか。

んなこと言ったらArialはHelveticaパクリか?

FAIRYTAILワンピースパクリか?

コンプライアンスマルドゥック・スクランブル外伝パクリか?

ArialなんかaだけでHelveticaとの違いが一発で分かるし、FAIRYTAIL作家名を見れば一発で違うと分かるし、コンプライアンス漫画であって小説じゃないから一発で違うと分かる。

永井先生もおっしゃっているとおり、教養もない大衆にはコンセプトの違いが理解できないんだろう。お前ら大衆ブルーヌードを見て「なんだこれオランピアパクリじゃねぇか!」と喚き立てるわけだろ? あのコンセプトの違いが見て分からないとかほんと残念な目をしてんな。

しか迷惑メールを送りつけるとか、恥を知れよ。

佐野先生はもう十分社会的制裁を受けてるだろうが。

迷惑メールなんぞフィルタ自動削除だろとか考えてんのか?

メッセサンオー事件被害者のことを考えれば鼻糞未満の被害だろうがとか考えてんだろう。人間として最低だなお前ら。

さら佐野先生が公開した写真ネット上に晒すとか。

佐野先生が公開した写真を断りもなく、その引用元も明記せずに勝手によそで晒し、配布するっていうのは非常識しか言い様がない異常な行為で、まともな人間のやることじゃない。

あれは佐野先生著作物だろうが!

佐野先生許可とれよ屑どもが!

フリー素材じゃねぇんだぞ!

ツイッター2ch佐野先生の悪口が連日書かれている状況とか、まさに「人間として耐えられない限界状況」だと思う。カオスラウンジ黒瀬先生は何も気にすること無く今日美術学校講師としても活躍していらっしゃるし、鳩山元首相とか元気ハツラツとしてツヤツヤしていらっしゃるけど、ネット炎上が人を確実に死に追いやる行為だということをお前らは自覚した方がいい。

お前らのやってることはまさに現代魔女狩りなんだよ。

魔女他人の作ったもの剽窃して金と名誉社会的地位を荒稼ぎしていたことが露呈したからといって、狩っていいって話にはならねぇだろ。正義ヅラしやがって。正義の反対は悪ではなくまた別の正義なんだよ。魔女正義理解しろよ。金のない貧乏人が僻んでんじゃねぇ。

加えて家族への攻撃とかほんと論外。嫁はミスターデザイン広報担当トートバッグの件は部下に責任があり悪いのは全て部下です佐野関係ありません悪いことは全て部下がやりましたと言っただけで今回の問題とは無関係な全くの善人であることは明白だろうが。

だいたい、お前ら佐野先生自殺したらどう責任をとる気なの?

お前らだってSTAP事件の笹井先生のことを毎日思い出しては「やり過ぎてしまった、人の命は地球より重いのになんてことをしてしまったんだ」と悔やんでるだろ? それをまた繰り返したいのか?

集団で個人を叩いて面白いか? どうせお前らは集団で叩かれた側の人間だろうが。いじめダメだって習わなかったか? 不正手段で金と地位名誉を少々得たからって、それはいじめる理由にならねぇだろうが。とはいっても先生財産は半端ねぇし、なんぼでもやっていけるだけのコネも持ってるし、お前らがギャーギャー喚いたって痛くも痒くもねぇけどな。東電社長清水さんとかあれだけお前らが槍玉に上げたけど、結局今でもバリバリ現役だからな。慶応評議員にも立候補したし。

佐野先生よりもっと悪い奴がいるはずだって意見がある。それは一面的には分かる。でもそれじゃ佐野先生も悪いみたいじゃないか。佐野先生は悪くない。コピーライトを削って100万ぽっちを稼ぎ、五輪エンブレムデザイナーとしての地位を得ようとしたこと、それは業界の闇と陰謀によって佐野先生がやらざるをえなくなってしまったことだというのは誰が見ても一目瞭然で、佐野先生は完全に被害者なんだ。9/1付けで写真権利者が佐野先生からコンタクトがないことを明かしたけど、その程度の不手際を責めるのは明らかに不当だと思う。佐野先生のところは担当者がいつも不在なくらい多忙なんだよ。お前ら家に引きこもってるニートとは違うんだよ。

私は佐野先生全面的に支持します。

Justice is Done.

佐野研二郎に対する我々の行いはイジメでもリンチでも、ましてや私刑でもない。正義である

奴は圧倒的強者であり、近親者も超優秀であるから我々の行いは弱者に対するものではない。我々こそが弱者である

これがジャイアントキリング、大勝利でなくてなんだというのだ。

バカサヨキモい

2015-09-01

エンブレムにつきまして 2015年9月1日 佐野二郎

MR_DESIGN HP

エンブレムにつきまして

私は、東京オリンピックパラリンピック大会成功を願う純粋な思いから

エンブレムコンペティションに参加致しました。エンブレムフラッグに掲げられ、

世界中の人に仰ぎ見られている光景や、金メダルに刻まれエンブレム

強くイメージしながら伝統的かつ新しい日本東京表現すべく大胆に、

そして丁寧にデザインしました。

このような国をあげての大切なイベントシンボルとなるエンブレム

デザイン選考への参加は、デザイナーにとっては大舞台で会って、

疑いをかけられているような模倣盗作は、原案に関しても、最終案に関しても、

あってはならないし、絶対に許されないことと今でも思っております

模倣盗作断じてしていないことを、誓って申し上げます

しかしながら、エンブレムデザイン以外の私の仕事において不手際があり、

謝罪しました。この件については、一切の責任自分にあります

改めて御迷惑をかけてしまったアーティストや皆様に深くお詫び致します。

その後は、残念ながら一部のメディアで悪しきイメージが増幅され、

私の他の作品についても、あたかもすべてが何かの模倣だと報じられ、

話題となりさらには作ったこともないデザインにまで、佐野研二郎盗作作品となって

世に紹介されてしまう程の騒動に発展してしまいました。

自宅や実家事務所メディア取材が昼夜、休日わず来ています

事実関係確認がなされないまま断片的に、報道されることもしばしばありました。

また、私個人の会社メールアドレスネット上で話題にされ、

様々なオンラインアカウントに無断で登録され、毎日誹謗中傷メールが送られ、

記憶にないショッピングサイトSNSから入会確認メールが届きます

自分のみならず、家族無関係親族写真ネット上にさらされるなどの

プライバシー侵害もあり、異常な状況が今も続いています

今の状況はコンペに参加した当時の自分の思いとは、全く別の方向に向かって

しまいました。もうこれ以上は、人間として耐えられない限界状況だと思うに至りました。

組織委員会の皆様、審査委員会制作者の私自身とで協議をする中、

オリンピックパラリンピック成功させたいとひとえに祈念する気持ち

変わりがない旨を再度皆様にお伝え致しました。

また、このような騒動や私自身や作品疑義に対して繰り返される

批判バッシングから家族スタッフを守る為にも、もうこれ以上今の状況を

続けることは難しいと判断し、今回の取り下げに関して私自身も決断しました。

図らずも御迷惑をおかけしてしまった多くの人々、そして組織委員会の皆様、

審査委員会の皆様、関係各所の皆様には深くお詫び申し上げる次第です。

記事情のゆえ今回の判断に関しましてはどうか御理解くださいますよう

お願い申し上げます

                       2015年9月1日 佐野二郎

http://www.mr-design.jp/

佐野氏のこと

都内で細々と自営のデザイン屋をやっております。今回のエンブレム騒動もここにきて(とりあえず)一つの区切りがついたようなので、この一連の出来事において個人的に感じたことなどを忘備録も兼ねて書き留めておきます

まず、佐野研二郎という人物についてですが、今回の騒動でまぁ国民に広く知れ渡るほどの知名度を得ましたけど、デザイン業界においてはスーパースター的な知名度が元からありました。まぁサッカーの日本代表スタメンに入るようなイメージですかね。ちなみに僕はJ2にも入れないぐらいですね。サッカー観ないからよく知らないけど。まぁ所詮業界内だけのことを国民的なスポーツに置き換えるのもアレなんですけど。

で、そんな彼がこんな形で騒がれ始めて、まるで自分自分のやってる仕事に対していちゃもんつけられてるような気になって一人で勝手に心を痛めていたわけです。しばらくは。

今回のエンブレムが発表されて最初に感じた個人的感想は「これはちょっとやばいぞ」でした。何がやばいかというと、一般ウケしないのは一目瞭然だったんですよ。まぁ皆さんがダサい理由としてあれこれ上げてらっしゃることと同じ理由で。でも選ばれた理由幾何学的な要素だけで構成された、今後の展開やブランディング視野に入れてのことなんだなというのは初見でなんとなくわかりました。

とはいえですよねぇ。今回のオリンピックボランティアユニフォームはダッセーって騒ぎになったしスタジアムはまぁあんなゴタゴタですし。もっとかのぼるとAKB開会式に出すんじゃねーの?やめてよね!みたいな機運もあったり。もっとかのぼると、そもそも毎回オリンピックやるたびに選手団ユニフォームダサいって槍玉に挙げられてるし。もう国民感情ちょっとでも変なもん出したらただじゃすまねーよって空気が既に醸成されてたわけですよ。

そんななかあのエンブレムでしょ。「こりゃやばいぞ」と思うわけです。

でも正直ここまで大ごとになるとは思ってなくて、なんだかんだいって世間も落ち着いて、そのうちあのエンブレムがいろんな使われ方をして面白い展開がされていくなかで、徐々に世間から受け入れられていくんだろうなと楽観してたんですよね。

ダサいかダサくないかは正直これからの使われ方次第、というのが僕のデザイナーとしての見方でした。

そこにきてあのベルギー劇場ね。パクりかパクりじゃないかというと、個人的見解としてはパクりじゃないですねアレは。

ただ、あのとき記者会見で完全な悪手を打ったのは間違いないです。どういうことかというと、デザインプロセス素人にもわかるように説明しなかったからですね。

例えを出すと、アルファベットの「E」とカタカナの「ヨ」、ひっくり返ってるだけですごく似てますよね。でもこれらはまったく違う文化文脈プロセスを経てたまたまアウトプットが似てしまっただけなのはわざわざ説明するまでも無いんだけど、これぐらい明確に多くの人が納得出来るアウトプットまでのプロセスを開示してくれれば良かったんです。(ダサいダサくないは別な議論として)

ちなみにこの辺りではまだ僕は100%佐野さん擁護立場でした。

そのあとトートバッグの件とかあれこれパクりだなんだと掘り返されてく騒動を見てて、明らかにいちゃもんだろってのも多かったんですけど、こりゃ完全に黒だわってのもボンボン出てきて。ほんと正直な話をしちゃうと、程度の差はあれネットから無断で画像拝借して勝手に使っちゃうって経験ほとんどのデザイナーにあると思うんですよ。

からトートバッグの頃まではもちろん悪いことだけど同情も禁じ得ないみたいなね。下のデザイナー勝手にやっちゃったんだろうなーと。だからこの辺までは個々の問題は切り分けて議論すべきという立場で、まだ擁護派でした。

でもそのあとさすがに出てきすぎだよね。僕ぐらい小さな仕事しかしてないデザイナーでも人の目に触れるような仕事では他人の素材を勝手に使うのは怖くて出来ないのによくやるなーと。お客さんによっては「予算いから素材購入はそっち持ちで。撮影?無理無理www」みたいなのとか「ネット画像適当に使っちゃってよ、どうせバレないっしょwww」なんてケースもけっこうあります。やんないけど。でもあれほどのビッグクライアントがそんな予算渋るとは思えないしね。あり得ないよね。

で、佐野氏を結構擁護してた僕なんですけど原案を見て「もうダメだわ」となりました。

だって当初発表していたデザインコンセプト自体が後付けだったってことがはっきりしちゃったので。亀倉さんへのオマージュなんてどこにも無いじゃん!みたいな。あー、どうりで最初の会見でプロセスをはっきり説明出来なかったんだなーと。この時点でもう擁護するのが面倒になりました。心ももう痛まないです。

まぁ結果的に取り下げになったのは佐野氏にとっても委員会にとっても国民にとっても良かったんじゃないかなと思います。というか空港画像の件、取り下げる理由を探してた委員会としてはとても良い言い訳が見つかってホッとしてるんじゃないかなと。

話がまとまってないけど、あのネットで話題になった扇のエンブレムね。あれを汚いって中島英樹氏は言ったけど、あれはデザインが悪いという意味とはちょっと違いますね。多分だけど。あれはあの丸のレイアウト幾何学的な法則性がなくて、なんとなく配置してるだけなんですよ。だから揃うべきところが揃ってない。あと配色もなんとなくで決めてるのがわかりますしね。その点佐野氏のデザインは円と正方形のみでちゃん計算されたエンブレムなので、そういう意味での完成度は明らかに違います。(ダサいダサくないは別な議論として)

最後に「デザインわからん素人は黙ってろ」というこっち側人間に多く見られた反応ですけど、あれは呪詛ですよ。絶対にやってはいけない。

僕もネットの心無い書き込みを見て「素人がなんも知らんくせに」という感情が何度も湧き上がったのは正直に告白します。でもそれを言ったらもう終わりなんですよね。わからんやつは黙ってろじゃなくて、わからせるためにこっちは何が出来るか、わかってもらうための努力まで込みで考えてものを作るのがデザイナーアートディレクター仕事だと思うんです。

から出産直前で佐野擁護発言をした森本氏がこれから新しい命が誕生する前になんでこんな呪詛を振りまくんだろうと不思議で仕方なかったです。あれなんて典型的な「素人黙れ」発言だったので。

普段まり文章を書く習慣の無い人間ありがちな、非常にまとまりのない文章すみませんでした。

でもデザイン業界側の人間で僕みたいな捉え方してる人ってわりと多いんじゃないか勝手に思ってるので、多少そんな人たちの代弁ができたんだとしたらいいなと思ってます

おまけ:マスコミは全部ネットの後追いしてるだけで、彼ら仕事してないよね。

五輪エンブレム騒動について業界末端の人間が思うこと

20代デザイナーです。普段は業界の末端にてWEB以外の商業デザインなどしています

今回の件、誰もちゃんと内容が分からないまま話が進んでいるのがモヤモヤするので、簡単にまとめようと思います

個人的に今回のエンブレム感想を書いておくと、震災があった中で、それでも前に進もうとする強い意志、円を基調とした設計に前回の東京五輪への深い尊敬が見える、力強くいいエンブレムだと思いました。まあ、原案は円関係ないんかい!とも思いましたが。

一応僕もデザイナーなので少し偏った見方があるかもしれませんが、どうか生暖かい目で読んでいただけたらと思います…。


◼︎そもそもアートディレクターとは

まず、アーティストアートディレクターについて誰も区別がつかないまま話が進んでいるのが怖かったので簡単に説明しておきますアートデザインの違い、となるとそれは永遠に答えが出ないと思いますが、「アートディレクター」はあくまでも「アート」部分に関する「ディレクター」であって、別に絵を描いたりする人ではありません。

さらに上の「クリエイティブディレクター」という役職の人が映画プロデューサー的な立ち位置でしょうか。どんな作品にするかの意思決定します。

そしてそれをもとに、「アートディレクター」という役職の人が、どのような形でそれを表現するか決めます。これは映画でいうと監督でしょうか。監督がセットを作ったり、メイクをしたりはしませんよね?

さらにそれをもとに、イラストレーターが登場したりカメラマンが登場したりしてデザインの素材を作ります。(素材という言い方は彼らに失礼ですが…)

さらさらにそれらをまとめて、部下のデザイナーが画面やアイテムに落とし込みますアートディレクターはそれを見て「こうじゃない」「それいいね!」など意見します。自分で手を動かすこともあります

という訳で、本来アートディレクターという立場は一人で何か作品を作るものではなく、チームを引っ張って、その案件商業的に成功させるための監督のような立ち位置です。



◼︎トートバッグについて

エンブレムは「佐野研二郎」名義のものトートバッグは「MR.DESIGN」名義のものエンブレムはおそらく、会社スタッフは関わらず一人で作り上げたのでしょう。これは一旦置いておいて、トートバッグの無断転用はどう考えてもNGです。

先ほどの例えで言うと、本来イラストレーターカメラマンにお願いして新しく作ってもらうべきですが、他人のものを無断で使用してしまった。

これは、佐野研二郎さん個人というよりは、「MR.DESIGNのアートディレクター」としての責任です。部下のデザイナーのやったことを見落としてしまったのか、内情は分かりませんが、きちんとした対応必要な部分です。

(同じ業界人間としては、好きでパクったりはしないだろうと思うので、それくらい激務だったんだろうなあ…と同情してしまう部分もありますが…。アニメーター問題に近いかもしれませんね)




◼︎エンブレムについて

エンブレムのものにここではコメントしません。

問題は、今回のエンブレムや、動物園ロゴなど、「形が似ているかパクリ」とされているものに関してです。実際佐野さんがパクッたのかどうかは分からないので置いておくとして、この流れを放置するのはまずいことです。

美術学校ではロゴデザインについてある程度同じ教育を受けていますし、同じ時代に生きていれば同じセンスを共有しています。そしてデザインを志すような人間視点基本的に近いと思うので、たとえば、「アルファベットのAを簡略化しろ」と言われたら、多くの人が「△」を思い浮かべると思います。実際、アルファベットのAを三角表現したフォントはたくさんあります

まりパクリでなかったとしても、偶然同じ形になってしまうことはたびたび起こります

チェックを入念にしたとしても、シンプルな形の組み合わせであれば、何かしら似ているものは見つかってしまうでしょう。

もちろんその中で独創性あるものを追求するのがデザイナー仕事ではありますが、

「形が似てるものパクリ」となると、僕たちはともかく、10年後、20年後デザイナーは何も作れなくなってしまうのではないでしょうか?

また、今後パクリ疑惑をかけられるのを恐れて、いろいろな要素を組み合わせた野暮ったいデザインが世の中に広まっていくのだとしたら、そのはどこかで止めなければなりません。

そうなったとき、何がパクリ/オリジナル判断基準になるのか?

出来上がったデザインをどう守ればいいのか?

これが今回出てきた一番の問題です。




◼︎コンセプト

「コンセプトが違うので盗用ではない」という言葉を何回も聞いて皆さんは死ぬほど不信感を持っていると思いますが、実際のところデザインにはコンセプトが存在します。

まあコンセプト全くなくていい!かわいい!おしゃれ!という世界もあります

しかし、五輪エンブレム企業エンブレムなど、これから何年も使われるものに関しては、流行りや気分に左右されない、柱となるコンセプトや設計必要です。

ここがややこしいところです。

多くの人にとって、美術デザインというのは「学校の副教科」でしかありません。副教科では、「カラフル自由にのびのびと描いてね!」くらいしか言われないでしょうし、美術デザインに対する認識がそこで止まったまま大人になってしまうでしょう。

(少し逸れますが、本来美術の授業は、美術が好きな子のためにあるというよりは、いつかクライアントになるかもしれない子たちが、「作品はそんなにすぐにはできないし、手間もかかる」と自らの手で実感するためにあるのかなと思います。)

「本当にコンセプトなんてあるの?適当にやってるんじゃないの?」

というような心無いコメントもたまにもらいます

「数時間適当に作ってくれればいいから!」「無印みたいな簡単なデザインでいいから!」

というような要望もたまにもらいます

これらは、デザイナーや僕が舐められているというよりは、本当にデザインについて知らないから起こってしまうすれ違いなのかなと思っています。「好き勝手作ってお金もらえて、楽な職業だな」くらいに思われているのかもしれません。

デザインにも歴史があり、多くの人が様々な技法設計を編み出してきました。

それを僕たちは何年もかけて迷い、悩みながら勉強しています。少なくとも、そういった先人たちやデザインのもの小馬鹿にするのは止めてほしいです。

ただまあ、僕もいきなり「やっぱりオゴペ料理のハンヌスはフラッペンよりピテポが合うよね〜」とか言われたら何言ってんだコイツと思うでしょう。もっと分かるように説明しろよ、と。

デザイン業界の一部には「どうせクライアントには言っても分からないから押し通そう…」とか、カタカナ語を多用しすぎて主張が意味不明な人もいますが、そんなことやってないで、精一杯説明して伝えないと何も始まりません。これからもっとわかりやすく、丁寧に伝えていく必要があるのでしょう。



◼︎なんで佐野さん選ばれたの?公募じゃだめなの?

エンブレムだけ作れる人ならたくさんいますし、「それっぽいもの」なら誰でもすぐに作れてしまうと思います。ただ、実際それに決定されたとして、会場のインフォグラフィックだったり、全体のポスターだったり、広告だったり、グッズだったりへ落とし込む際の監督をその人ができるか?という問題が出てきます。結局その監督を誰か雇うなら二度手間になってしまます。だからこそ、国内外活躍しているデザイナーに絞ってコンペを開催したのでしょう。そして、その案の中で佐野さんの案が最もイメージの湧きやす提案だったのではないでしょうか。


◼︎なんで次点を繰り上げじゃなくて修正になったのか?

たとえば「名刺を作るコンペ!」やランサーズなどの簡単なコンペなら繰り上げでいいと思いますが、仕事のコンペって「誰に任せるか」を決めるものでもあります。全ての提案を見た上で、「この提案をした人にどうしても任せたい!」と決まったのではないですかね。「エンブレムを決める」というよりは、「提案を見て、オリンピックデザイン監督を決める」コンペだったのでしょう。



◼︎写真盗用について

今回、会場での使用イメージに使った写真が無断転用だという話題が出ました。

あの写真は、おそらく審査員向けの内部資料カンプ)であって、本来表に出るものではありません。

から転用していいという事にはなりませんし、クレジット意図的に消したのもいけなかったと思いますが、クライアント向けの内部資料まで1からオリジナル撮影している代理店デザイン事務所ほとんどないでしょう。

広告雑誌売れっ子アートディレクター特集した記事などでは、カンプモザイクがかかっているのをよく見かけます予算は変わらず、でも資料に使う写真までオリジナルで作って、と言われたらほとんどの会社潰れると思います

この内部資料に使う素材に関しては、業界全体が考え直さなければいけない問題です。外には出ない資料だとしても引用元は明記するなど、なにかアウトラインが欲しいですね。



◼︎利権擁護について

まあ実際どうだかはわかりませんが、全体的に業界人手不足だと思います

僕も「人権とは??労働基準法とは??」レベルで働いてます

で、やっぱり一緒に仕事をするチームはいつも同じになってきてしまます

それは、デザインが「ロゴ作って終わり!」というものではなく、人と人とのコミュニケーションの中で作っていくものからです。全く知らない奴が急に飛び込んでくるより、お互いがよくわかっているチームで仕事をしたほうがやりやすいのは間違いないです。これにはいい面もあるし、悪い面もあります

そういう信頼関係が何十年も続いていったのが今の業界なのかもしれません。そしてそれを利権と呼ぶのかもしれませんが、賞やコンペに関しては公正は保たれているように見えます

今回の件、個人的には、「この人は、僕が作ったものが何かに似てしまっていたら、手の平返して袋叩きにしてくるんだろなあ…」という目線で交友関係を見直すことができました。

と同時に、「◯◯くんはパクリなんかしないだろうから信頼してるよw」というような声もいただきました。その言葉は、今回の擁護騒動そのものを表していませんか?他の大御所デザイナーも、きっとそれと同じ気持ちで彼にコメントしていました。




◼︎まとめ

本来デザインは素敵なものだと思います

精一杯努力して作ったものが誰かに気に入ってもらえると、何より嬉しいです。

それに憧れてこの業界を目指しました。

しかし、ずっとここに居たせいで、おかしなことを常識だと思い込んでいたり、「こんなの説明しなくても分かるでしょ…」なんて思ってしまったこともあります

片っ端からデザイナーを叩いたり足を引っ張り合うのも結構ですが、そうではなく、何がダメで何がダメじゃなくて、これからどうしていけばいいのかを真剣に話し合わないとどこへも進めません。デザイナーデザイナーで、もっと色々なものを公開して、説明していく義務があると思います

僕たちの世代は生まれた時にはもう不況で、経済おかしくなったり震災があったり、ずっと踏んだり蹴ったりでした。そんな中で、生まれて初めて舞い込んだハッピーかもしれないニュース東京オリンピック。これがこんなに荒れてしまったのでは本当に悲しいです。

「こんなの俺でもできるじゃんww」という方、どうかデザイナーになって業界を助けてください。これから先、今まで以上に大変な道が待っていると思います

嫌になることばかりですが、それでも人を信じてコツコツ頑張っていこうと思います

業界の末端の人間寝言でした。最後まで読んでくださりありがとうございました。では。

マスコミ取材した素材をどれくらい保管しておくのだろう

今まで好意的報道だったのに突然手のひらを返したりすることってあるでしょ。

そうすると、それまで笑顔写真とか使ってたくせに、どこから出してきたの?ってくらい悪意に満ちた表情を持ってくるわけじゃない。

あいう素材ってどれくらいストックしておくものなのかね。

手のひら返しもさることながら、地味に努力してるんだなぁとつまらぬ感心をしてしまった。

ロゴ中止が決まってからというものの、使われてる佐野研二郎の顔がスポーン的なアメコミの悪役にしか見えないんだけど。

いま、佐野研二郎画像検索すると

若かりし頃の希望に満ちた顔からだんだん成功者の顔になって、天下を実感した直後から欺瞞に満ちた表情までが楽しめます。(マスコミ恣意的ものも含めて)

自分にはオリンピックロゴデザイン周辺の話よりも、人間のこうした変化のほうがよっぽど興味深い。

http://anond.hatelabo.jp/20150901142024

ん?企業が不始末をして、その責任を取ったところで、それ以降もその企業倫理が疑われるのは当然だろ。

同じように下の者が不始末をして、その責任を取ったところで、看板である佐野研二郎自身倫理が疑われるのも当然。

個人の看板仕事をするっていうことは、そういうことだろ。

http://anond.hatelabo.jp/20150901140754

トヨタ豊田章男の信用で成り立っている会社なら、部下の不始末も社長の不始末だろ。

この場合佐野看板を使った仕事なら、佐野研二郎個人の不始末。

組織の一員の不始末は組織の不始末。

佐野研二郎は個人の名前であると共に、仕事上の看板でもあるんだから、本人の信用の問題になるのは当然だろ。

http://anond.hatelabo.jp/20150901140103

佐野研二郎という人間倫理観自体が疑われてる

佐野名前を冠してやった仕事であるならば、それは佐野倫理問題だ。

人間自体が疑われてるの? 名前が疑われてるの?

http://anond.hatelabo.jp/20150901134507

じゃあ、たとえば「佐野研二郎デザインに使う素材の収集は部下に任せていたが

その中にネットから適当にパクってくるだけの奴がいてこんなことになった」という

有り得そうな状況が原因だった場合(というかトートバッグの件で佐野はそう説明している)、

もちろん佐野管理責任は問われるけど倫理観は問われないよね?

おまえは「佐野個人の倫理観問題」と決めつけているけど確証はあるの?

写真の盗用をした自覚がありながらパクリ疑惑を晴らすためにそれをドヤ顔で公開した馬鹿デザイナー」が佐野だと思ってるの?

もし前述のような事情だった場合、おまえは「根拠もなく他人倫理観を疑って義憤ごっこをしていたクズ」ということになるけど、

その覚悟があって「倫理観問題」と決めつけてる?

http://anond.hatelabo.jp/20150901133902

だって佐野研二郎という人間倫理観自体が疑われてるんだから、仕方がない。

その人が信用できるかどうかは、結局、過去の行いから判断するしかない。

我々はみなデザイン専門家ではないのでね。

その作品パクリでないということの説得力は、その人がパクリを行ってこなかったという実績でしか生み出せない。

そして佐野には前科がある。

今回のデザイン案取り下げは、そうした一般的人間感覚に寄り添うものだったと思うよ。

http://anond.hatelabo.jp/20150901132932

原案は、ヤン・チヒョルトのものかは知らないが、

「知らないが」じゃないでしょ。

大事なのは佐野研二郎という人間が、デザイナーとして信用に足る仕事をしているかどうか、でしょ。

あらぬ疑いをかけてしま申し訳ありませんでしたってことになったの?

何言ってんの?

疑いから耐え抜けるデザインをするのがこの人の仕事でしょ?

批判や疑い自体問題視するほうがおかしい。

佐野研二郎擁護のしかた

オリンピックのほうも原案パクリの疑いが出ている状態で、佐野擁護している人は、今どういうスタンス擁護しているのだろうか?

佐野研二郎の収め方

もう誰かが死ぬしかないんじゃないかという気がする。

まりは笹井さんの役割の方。

今回で言うと誰だ?

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