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2015-09-10

五輪エンブレム問題に見る”万引き常習犯窃盗犯を叩く”滑稽さ

アニメアイコンK-POPアイコンアイドルアイコン・・・

テレビアニメ映画キャプチャ・・・

まずは、自分の手癖を直しましょうよ

ただの、ネットDQNですよ、万引き常習犯のみなさん

あと、マンガしろアニメしろアイドルしろゲームしろ

興味ない人間からしたら、パクリの最たるものしか見えない

文化文脈があって成り立ってるから、それが悪いとも思わないけど。

ちなみに、五輪主催地だけのものなの?

2015-09-09

五輪エンブレム問題専門家デザイナーではなく法律家

深津氏の http://bylines.news.yahoo.co.jp/takayukifukatsu/20150907-00049112/ とそのブコメを読んで問題が混乱してるのを感じたので書く。

ただし自分法律専門家ではないので,これを読んだ法律家の人がちゃんとした記事を書いてくれたらありがたく思う。

法律的観点から見た五輪エンブレム問題

今回の問題関係しそうな法的権利は以下の3つ。

それぞれ保護目的保護される範囲侵害判定基準が異なる。

権利保護対象保護目的侵害判定基準権利の発生
著作権創作物全般創作物の公正な利用→文化の発展類似性依拠自然発生
商標権商標(ロゴ,マーク,社名/ブランド名等)ブランドの信用維持→産業発展及び消費者保護類似性登録
意匠権製品デザイン意匠創作奨励産業発展類似性登録

商標権意匠権は割と似てるが,違いは商標権商標を一つ登録するだけで(特定産業分野の)あらゆる製品についてその商標保護されるのに対し,意匠権製品意匠デザイン)が保護対象なので,製品ごとに登録必要な点。自動車を例にとると,自動車会社エンブレム商標を一つ登録すると車種に関係なく保護されるが,意匠は車種ごとに登録必要になる(自分で書いててあまりいい例じゃないと思ったが,他に思いつかないのでこのまま進める)。つまり今回のエンブレムのようなものは,意匠権での保護は難しく商標権での保護一般的ということになる。あと商標権登録者だけじゃなくそれを見てモノを買う人=消費者保護重要目的だが,意匠権は専ら登録者保護目的

以上を踏まえて今回の問題時系列的に整理し直してみると,

1. 原案の提出

2. 原案商標調査侵害の可能性の指摘

ここで問題になったのは「商標権」であり「著作権」ではない。従って侵害の有無は類似性のみに基づいて判断される。コンセプトとかは一切関係なく,見た目が似てたらアウト。但し保護目的の大きなウェイトを「消費者が誤認しないこと」が占めるので,誤認しない程度の類似なら許容される。

3. 一次修正案の提出

4. 二次修正案の提出

5. 二次修正案を最終版に決定

6. 最終版の公表

7. 最終版がベルギーリエージュ劇場デザイナーから著作権侵害として使用停止を求められる

ここで問題になったのは「著作権」。著作権侵害は,類似性依拠性(被侵害著作物を知っていて,それを真似した)の両方が立証されて初めて成立する。従って元の著作物を知らずに作ったものたまたま似てしまった場合は,著作権侵害にはならない。佐野氏が pinterest の会員だったかどうかが問題になるのも,この「依拠性」の証明関係してくるから。但し単に会員だったというだけでは依拠性の証明としては全く不十分。佐野氏が(一次修正案以前に)リエージュ劇場ロゴを見ていたという蓋然性が高いことを示す証拠(例えば pinterestログ等)が必要

他方,深津氏は「依拠していない」ことの証明として「コンセプトが違う」ことを挙げているが,これも現時点では証拠としては弱すぎる。証拠というよりは傍証レベル。まずその「コンセプト」なるものがすべて頭の中で考えられたものしかない。つまりリエージュ劇場ロゴを見たあとでも,言い訳としてそのようなコンセプトを考えることは極論今からでもできる。「いや,このコンセプトでずっと考えてたんですよ」ということを示す物証ラフスケッチや素案,メモ等)が出てくれば多少マシだが,それでも「見ていない」証拠としては弱い。ただこの場合挙証責任基本的に訴えた側のドビ氏にあるので,よっぽどマズい法廷戦術をとって挙証責任押し付けられない限り,佐野氏側は「依拠していない」ことを証明する必要はない。

ちなみにもしリエージュ劇場ロゴ商標登録されていたとしたら,商標権での争い,すなわち類似性のみでの争いになるため,「専門家であるデザイナー」諸氏がどれだけ「コンセプトが違うから違う」と言っても一笑に付されていたはず。もっともそうなる前に商標調査で引っかかった可能性は高いし,また類似性のみの判断になるとしても消費者が誤認するレベルかというと正直微妙だとは思う。

五輪エンブレム問題専門家デザイナーではなく法律家

以上に書いたことを冒頭に挙げた深津氏の記事特に「まとめ」の直前に掲げられている5項目と読み比べてみるとわかると思うが,2番目の「コンセプト」の話以外はだいたい同じ。2番目の「コンセプト」の話も「コンセプトが違う」ことを以て「(著作権侵害問題になる)依拠性はない」という主張を補強する傍証としているだけで,デザイナー専門性とかは本質ではない。

まり,深津氏は「法律的には問題ない(はず)」と言っているだけなので,だったら「この問題専門家デザイナーじゃなくて法律家じゃね?」と考える次第である

今回の問題関係しない権利

権利保護対象保護目的侵害判定基準権利の発生
特許権自然法則を利用したアイディア発明奨励産業の発展類似性登録
実用新案権自然法則を利用した物体の形状や構造に関するアイディア考案の奨励産業の発展類似性登録

特許機能を実現する方法装置などの技術手段アイディア保護するもの実用新案も,特許ラスボスとした時の中ボスみたいな位置付けだと思うので,意味的には特許と変わらない。いずれも機能とは無関係表現としてのデザイン保護とは全く異なるので,そもそも特許制度比較してどうこうというのは筋違いだと思う。

2015-09-07

五輪エンブレム問題記者会見が開かれたら聞きたいこと

ブコメだと書ききれないけど,日記ブログ始めるほどでもないのでこちらへ。

対象者ごと/だいたい時系列順のつもり。

佐野研二郎

原案について

1回目の修正案について

2回目の修正案=最終版について
  • 「躍動感が失われた」という指摘に対して,この時行った修正で「躍動感」が回復したとする説明を誰に,いつしたか? またそれはどのような説明であったのか? 【質問意図デザイン意図を知り,修正妥当性を明らかにするため】

審査委員会(の各委員

原案

原案審査過程に関しては http://bunbuntokuhoh.hateblo.jp/entry/2015/08/28/234056 に詳細な説明があるので,特に聞きたいことはない。

1回目の修正案
2回目の修正案=最終版

永井一正氏(審査委員長

原案

組織委員会

1回目の修正
2回目の修正=最終版の受理

終わりに

とりあえずこんなところか(長くなりすぎて途中から手抜きになった感は否めない)。

2015-09-04

五輪エンブレム問題の終わり、そして次のエンブレムに向けて


大阪芸術大学教授純丘曜彰氏の発言への疑問を述べた記事に、氏から応答があった。


元の記事

五輪エンブレム問題についての純丘曜彰氏(大阪芸術大学教授)の発言

http://anond.hatelabo.jp/20150903062450


純丘氏の応答

佐野五輪エンブレム超弩級の駄作!」(page: 6)

http://www.insightnow.jp/article/8644?page=6


もう佐野研二郎氏に関わるような話題は終わらせたほうがよいと考えているので、

議論がふたたび活発になるようなことは望まない。

筆者から疑問を投げかけ、氏がそれに答えてくれたので

パンチ一発ずつ(?)ということでこれ以上の応酬はやめようと思う。

なぜか筆者が「チャレンジャー」ということになっているが……


ただ、わざわざ返答をくれた氏に対してこちらから感想ちょっとした考えを述べておきたい。

加えて、幻となってしまった佐野氏のエンブレムへの所感を残して旧エンブレムについては最後とし、

次のエンブレムについての思いを記そうと思う。



ニーチェ綴り


ニーチェ綴り2ちゃんねるでどうこう、ということだが、なんのことやら」(純丘氏)

炎上という非常事態に対してまさにこの「なんのことやら」という意識で臨み、

周辺に挙がっている言葉火種)をそのまま拾って記事を作るということが、

筆者の言う「なんの検証もなく」という状態であると考える。



■色の件


一般の人が読むことも考えて説明を加えたのだろう。

残念だがこちらの疑問に答えたものではなく、新たな論点もない。


この項を借りて…

「私なんぞの記事真剣に読んでくれて」と謙遜されていたが、

氏の表象論などを用いたデザインに関する言説は(半分以上フィクションとしてだが)みな

面白く読めるものだったことを付け加えたい。



■純丘氏の社会的影響


非常にあったと考えている。

それは、(失礼だが)純丘氏の所論が正しく、力強かったからではない。

炎上サイバーカスケードという事態において、

とてもよく燃える燃料だったかである


マスコミはもちろん燃やすのが仕事であり、

識者の言質さえ取れればいい、このフリップのこのスペースが埋まればいい、

そんなノリでコメントを拾っている。


8月10日、純丘氏のこの一文を読んでびっくりしたのをよく覚えている。

「このデザイナーpinterest、その他、ネットのかなり奥深いところから

巧妙に素材を拾ってきていることが完全に明らかになってしまった」


Pinterest ついては、この時点では「完全に明らかになった」といえるような

証拠は出ていなかった(強く紐づけられるものがせいぜいニーチェの件で、

結局、最後まで確たる証拠といえるようなものは出てこなかったと考えている)。

しかし、この記事は一気に広まり、その後のムードを作っていったように思う。


純丘氏には、「佐野エンブレムを下ろしたい」というご自身希望

そのまま社会活動としていくのはご自由としても、

識者として、炎上デマがむやみに広がらないような、

適切な言葉と確かな情報検証を元に発言してほしかった。



さようなら佐野エンブレム


初見ロゴだけを見たときはあまりいい印象をもっていなかった。

が、明滅するアニメーションを見て選ばれた理由がわかった気がした。

その後は、騒動の最中ではあったものの見慣れていき、黒がよい主張と映ってきた。

CMスポンサーロゴの両脇を固めたオリンピックパラリンピックエンブレムにはリッチで崇高な印象をもった。

黒のことがよく言われるが、プラス方向に見ればゴージャス、フォーマルな色である

しろあの黒がチャームポイントになるはずだった。

もちろん、この強い色の使用はチャレンジだった。

桜のリースのようなデザインもすばらしいが、今回の選考委員の半数はチャレンジを選んだ。

オリンピックでこれまでに使われたことのない「黒」も、

選ばれた主な理由だと考えられる「組み替えアイデア」も、チャレンジであったと思う。

そして、チャレンジ理解されるには時間がかかる。

時間をかけて受け入れられるには障害物が多すぎた。



■これから五輪エンブレムに向けて


再び公募になったということで、それ自体は楽しみである

筆者自身、応募したい気持ちもあるのだが、

選ばれることがすなわちよい結末になるとも限らない、そんな不安がある。

何か思い当たるふしなどなくてもだ。


コンペではよく「勝った」「負けた」という言葉が使われる。

新国立競技場のコンペについて伊東豊雄氏もはっきり「負けました」という言葉を使っていた。


芸術も、学問も、勝った、負けた、の話じゃない。なにが本当か、

どうすればより美しくなるか。みんなで知恵を絞るにこしたことはない」


今回、純丘氏から聞けた言葉である

次の五輪エンブレムのコンペほど、「勝者のいないコンペ」という言葉がふさわしいものはないだろう。

それがいい意味でになるのか、悪い意味でになるのかは、わたしたち自身にかかっている。

 
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