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2024-08-13

7月開始アニメで視聴を継続している作品を今さら2行くらいで感想言う

負けヒロインが多すぎる!

内容はようわからん

ノリとか絵が良いから見てる

恋は双子で割り切れない

美人双子姉妹ハーレムもの

主人公君が双子ちゃんに劣情煽られまくってるのが楽しい

VTuberなんだが配信切り忘れたら伝説になってた

VTuberの人ってこんなこと毎回してるの?おれオッサンからわかんねぇ

その人(VTuber)のことがよほどお気に入りじゃないとみてられないよね、という物珍しさがある

ダンジョンの中のひと

ダンジョン勤務をホワイト企業風に描くとこうなる

ほんわか風に見えてモンスターの首や腕がちぎれ飛ぶ

小市民シリーズ

ヤベェ女の小佐内さん

彼女奇矯を楽しむ

菜なれ花なれ

チアリーディングの動きがすごい

負傷療養中の子が復帰するのかが一番気になる

異世界失格

太宰治異世界

マイナス思考異世界無双する

グミレガシー

3話あたりまで爆笑

最近ちょっとパワー切れ

真夜中ぱんチ

最近増えた動画配信者モノ。OPEDが良い

上記VTuberなんだが~」と同じく物珍しさから

かつて魔法少女と悪は敵対していた。

エロい

3話めくらいまであった主演声優による本編全部コメンタリーはもうやらない?

天穂のサクナヒメ

ゲームやってたか

正直、鬼うんぬんの話はいいかコメ作る話だけやってほしい

ラーメン赤猫

今季最大の癒し

見てるとあっという間に時間が過ぎる

逃げ上手の若君

キャラ絵が可愛らしい

色合いもきれい

0歳児スタートダッシュ物語

5分もの異世界転生

箸休め

戦国妖狐 千魔混沌

たまがあんまり出てこなくなって

もう惰性で見てる

SHY

キャラが良い感じ

惟子がそろそろヒーローにならないかと思いながらみてる

義妹生活

淡々悶々してて良い

どうせ最後はやるんだろうと思いながらみてる

疑似ハーレム

正直、早見さんの演技見るためだけにみてる

内容は関係ない

時々ボソッとロシア語でデレる隣のアーリャさん

主人公ハイスペでありながらあたりの優しい感じに好感が持てる

女の子を丁寧に扱う主人公って最近増えたなぁ

先輩はおとこのこ

主人公トランスジェンダーよりも

ちびっこの闇の深さに興味が持っていかれる

魔導具師ダリヤうつむかない

ファンタジー作品として普通におもしろいのに

冒頭の「過労死の後転生」って設定、わざわざいる?その後も一切触れられることないし

NINJA KAMUI

アクションシーンのカネの掛け方が尋常じゃない

硬派・ハードボイルド

推しの子】第2期

とりあえず「第17話 成長」だけで2000円くらい課金してもいい

今期は出だしおとなしい感じだったのに急にアクセル全開

2024-08-12

ダンジョン飯って面白い

面白いって言ってる人がいっぱいいるから気になって漫画買おうか迷ってる

好きなフォロワーさんも面白いって言ってるし、人気作品は基本面白いんだろうなって思うし

1巻読んだけど正直面白いとは思えなくて(グルメ漫画そんな好きじゃないからかも?)でも調べた感じ途中から展開変わってくるっぽい?

シリアス路線にいくなら面白そうかも

アニメはね…なんか動画見るの疲れちゃうから見れない…

ここ2年くらいでまともにアニメ観れたのぼざろしかいかも…なんでなんだろ漫画小説はいっぱい読めるのに

□□だよ○○ちゃん構文

X(Twitter)で、「□□だよ○○ちゃん」って書いて□□の画像をアップしている(例えば、ラーメンだよ 花子ちゃん みたいな)Postをよく見るけど、あれはどの方面発祥文化なんだろう?

個人的には(地下)アイドル系が発祥なのかなと思っているけど、詳しくはわからない。

最近アイドル以外でもアニメキャラクターVTuberでやっている人もいて、だんだんと拡がってきているようにみえる。

狼と香辛料アニメってデカくなったホロがめっちゃ柴犬じみててなんか迫力無いというか

現実に"brown wolf"で検索して出てくる姿よりのっぺりしすぎてて覇気というか畏怖に足る強さが感じられないんだよね

そこだけが不満

一時期「規制だらけの地上波テレビを倒す」みたいな扱いされてたAbemaT

アニメ韓流恋愛リアリティ競輪格闘技公営ギャンブルというおじさんの趣味に深夜バラエティのなりそこないみたいな番組というニッチを寄せ集めてるラインナップ

これでなんとか食いつないでるんだろうなとは感じるが、アニメチャンネルだけでいくつあるんだよ。。。感は否めない

オリジナルコンテンツニュースニュースひろゆきインテリ枠扱いされるレベルだしという

地上波もつまらんつまらん言われてるけど、それなりに多様性があって選択肢もあり、深夜や日曜の昼には低予算なりに攻めた番組やったり採算度外視ドキュメントつくってるからAbemaTVの現状よりはかなりマシ。

まぁ考えてみたら「地上波より規制がゆるい」としても、客は地上波ドラマアニメで育ってきた世代な訳で、今更平成初期や昭和規制が緩かった時代のノリやり直すだけじゃ勝てるわけねぇんだよな

規制がゆるいネット配信からこそできる新しい作品、を作れなかった結果がこれなんだろうなぁ。とかそんなことを久しぶりにダウンロードして思った

表現の自由 思想の自由

スケボーとかブレイキンみたいな「自由象徴」的な競技でも中国勢がそこそこ活躍するの、どう思う?

それを言ったら、かつてのソ連イラン映画だって国際的評価されているわけだ。

だったら、表現の自由思想の自由があった方が良いものが創れるって話は眉唾じゃないかなあ。

日本表現の自由大国みたいな顔してたけど、いまやアニメゲームでも中国に負けそうだし、世界で勝てるの女性への嫌がらせぐらいだろ。

俺もインターネットでおじさんにチヤホヤされたいなあ羨ましい(本音)

以下、建前。

ゲーム面白いからXで感情ポストして共感を得ようとする

→よくわかる。良いSNSの使い方だと思う。

ゲームをして面白かったから大量のスクショ関係ない最近アニメニチアサインターネットユーモアで盛ったブログNoteに書く

→僕はちょっとよくわからないけど、そういうのが好きな人もいるのはわかる。

・もう既にファン層の多さが明白なゲーム10分に一回ぐらいのペースでスクショと共に“無垢な”を短文をポストする

→一線を越えている。もう主従が逆転している。ゲーム面白いんじゃなくて、SNS面白いのかな?

>「著作権侵害天国日本」に世界の生成AI企業が引き寄せられている


コミケマンガアニメもそうだけどさ、日本ってパクリパクられの文化じゃん。AIと相性良いと思うけどね。 銃が無い国でパクられ妄想して大量殺人した国なんて日本だけ

キモいオジサンランキング

ハゲデブなどのルッキズム差別なので除外します。

10ダジャレオジサン

常に面白くないダジャレを言う。本人は明るく陽気な人気者のつもり。いちいち反応するのがめんどくさい。話が長いのも特徴。無視すると怒る。キモい

9位 貧乏オジサン

気の毒だとは思うけど、貧乏はやっぱり色々アレなのでキモい

8位 オタクオジサン

オジサンなのに萌え絵とか好きだとキモい鉄ヲタラヲタキモい普通にゲーム好きとかアニメ漫画も見るくらいなら問題ない。

7位 汚オジサン

汚いのはダメ。これはルッキズムではなく、いい大人なのに身だしなみすら整えられない社会性の欠如の問題。かなりキモい

6位 無能オジサン

仕事ができないのはやっぱりキモいしか無能のくせに女性社員特に若い女社員バカにしているのもまたキモい存在邪魔

5位 ネット論客オジサン

増田にもたくさんいるけど、ネット政治の話とか熱く語るのガチキモいリアルでそんな話してるとさらキモいからネットに閉じこもっててくれたらいいんだけど、たまにリアルでも漏れ出すので絶望的にキモい

4位 若いつもりオジサン

氷河期世代に多い。いつまでも若者側のつもりで話すオジサン。元イケメンで今でも若い子にモテるのだと勘違いしている。いつまでも恋愛脳でモテるかどうかを気にしていてキモい。顔しか取り柄がなかったから、正しく年齢を重ねられなかったのだと思う。若者流行に敏感だったり、媚びてる感じがとにかくキモい

3位 偉そうなオジサン

なぜかわからないがやたらと尊大で態度が悪いオジサン。なぜかいつも不機嫌。店員や部下など自分より下とみなしている人間への態度がおかしい。キモいだけでなく大変不愉快なので、関わり合いになりたくない。こいつらは妻子がいるパターンが多いのだが、理解できない。定年離婚されるのがよくわかる。

2位 性欲オジサン

抜きん出てキモい。まともな性行為で発散できなくなったからか、変な溢れ方をしている。シモネタ連発したり妙に距離が近かったり触ってきたりオジサン構文LINE送ってきたり、脳が性欲を制御できていない。キモい若いつもりのオジサンや偉そうなオジサンと両立してるオジサンが多い。若い女にオジサンがまともに相手してもらえるわけないと知るべき。フィクションはオジサンの願望の反映なので、現実とは違うと理解しろ。とにかくキモい

1位 オジサン

色々言ってきたが、よく考えたらオジサンはみんなキモい

耐えられるレベルキモさに抑えてるオジサンと、キモさが溢れ出してるオジサンがいるだけ。

はてブつまんない

お盆は働いているマトモな人が休みでいなくなるからさらブコメ記事品質コメント品質が落ちる。

はてブをみていても日本終わってるな感しかない。ふわちゃんとかどうでもいいし、オッサン臭いかいう話もどうでもよすぎる。

Togetterデマギリギリみたいな根拠の薄いネタ話とかどうでもよすぎるし、害悪

幼稚なアニメ話題もどうでもいい(赤猫は許す。銀英伝もまあ許す。)

[]【高橋源一郎にきく】今あえて社会内面化しない勇気

本書は、3年毎日に連載されている「これはあれだな」の中から選ばれた文章を集め、過失したエッセイです。

「これはあれだな」とはどのようなコンセプトのコラムでしょうか。

何か気になった事件や本、作品などがあったら、それについて書くのが普通ですよね。それだけじゃ面白くないので、過去に同じようなことがなかったかと探し当て、その二つを比べて何が変わって何が変わっていないかを考えるというのがコンセプトです。

まり、例えば文学作品であれば、文学作品と何かの映画とか、100年前に同じようなことがあったとか、こういう事件があったけど、50年前に全く同じようなことがあったよね、といったことです。だからジャンルが違う場合もあって、例えば映画と最新作のアニメでは、これどこかで見たことあるなと思ったら、80年前のあの映画と同じことをやってない?ということです。

パッと5、6個思いついて「これならできそう」と思って始めたんですが、途中で「大変だ」ということに気づきました。少なくとも二つは見つけなければならない作業であることに10回目くらいで気づいたんです。普通は一つの話題で済むところを、必ず二つ見つける必要がある。多ければ多いほどいいんですよ。例えば今と大正明治で同じようなことがあった、とか。

時代は変わらないね、というのは面白いんだけど、めちゃくちゃ手間がかかる。読み直しを結構確認しなければならないですからね。一応記憶に頼って「こんなことあったな」と思い出しても、記憶曖昧になってきます。でも、本当にこれ面白いんだと。途中からは大体ストックがあって、これは似てる、逆に今のこれがあれだけど、あれから発想する場合もあるんです。昔こんなのあって、こんな面白ものって今にはないかな、と。

そうやって見ていくと、最近若い人の旅に出た記録が1000年前の元神尚の記録に似てるとか、1500年前のものそっくりだ、とか。そういうふうにしていくと、結構いろんな時代に似たものがある。特徴性が被るものがある。だから時代にそういうものを生み出す必然性があるっていうことを考えると、話としては面白いんで、ただ手間がかかる。

今回本にまとめられたのも、別に今回が初めてではないです。これで3冊目です。毎週締め切りがあると憂鬱なっちゃう。まずこれを見つけるでしょ?で、あれがなきゃダメなので、どんなに面白くても「これ面白いんだけど、ペアになるものがいないよね」ってなると、できない。

そもそも、ご自身文学作品を作るっていうのも、アイデアを出さなきゃいけない。アイデアはひねり出すんですけど、あれを見つけるっていうのはなかなか難しい。でもやっぱりコンセプトが光ってますね。やっててうまくいったときは「これ、よく見つけたな、自分でも」って思います

あの、本書の前半では、2022年9月13日フランス映画監督ゴダールの死について書かれています高橋さんにとってゴダールはなぜこれほど特別存在なんでしょうか?

これは世代的なもので、僕の世代芸術音楽映画文学好きな人ゴダールに影響を受けていない人はいないと思います

皆さん結構しますね、やっぱり。

当時はSNSもないし、情報だって今ほどは入ってこなかったから、例えば映画ニュースもなかった。テレビニュースやらないから、どこで知ったかというと、映画雑誌とか、映画芸術とか、そういうところにちょこっと載っていて、新作が出たって今だったら全部SNSでお知らせが来るんでしょうが、そういうのがなかった。だから新作が出たって言っても、日本公開がいつかはわからなかった。

僕は映画だと、アートシアターというのに入っていました。60年代、相当幼い時から、そういう会の会員になって、中学入ってすぐそういう会に入った。だから映画クレイジーキャッツからゴダールまで一緒に見ていました。そもそもそれを分けて考えるのはダサいって感じだった。

しかも極端なことを言うと、芸術ばかり見ていると馬鹿にされるから、逆にクレイジーキャッツとかGS映画を見ないと恥ずかしいって感じだった。そういう背景の中で、ゴダール作品はかっこいいと思ってましたね。彼の即興スタイル特に印象的で、シナリオを書いていかないんですよね。当日、その場でセリフを持っていく。そして基本的編集映画を作るというスタイル

引用が多い。ゴダール作品は、引用が多くて、ただ引用しているだけのものもある。それはオリジナリティに対する嫌悪なんだと思うんです。オリジナリティではなく引用作品を作る。だから過去世代否定する度合が一番強いのが彼で、その影響を受けていると思います

最後作品についても書かれていますが、イメージばかりが連続してくる、写真バンバンバンと順番に来るような映画で、画質は必ずしも良くないのに、なんだか異様に綺麗な映像が印象的でした。

どうでしたか?その最終作に対する感想は?というと、ゴダール作品が好きだなって感じですね。もういい悪いじゃなくて、好きだって感じですね。ゴダールはずっと「映画テーマがどうとかじゃなくて、90分なら90分、じっとその映画館に座って見ていればそれでいい」と言っていて、ただ画面を見ていれば幸せ映画ってそれでいいんだ、という考え方を持っていました。

ゴダールは、自分映画自殺映画だと言っていて、主人公死ぬ映画が多いんです。「気狂いピエロ」もそうだし、「勝手にしやがれ」もそうだし、最後主人公自分で目を閉じて死ぬ。あれはすごいなと思う。しかも、あれがデビュー作なんですよ。最後自分意思表現する映画を撮るという意味で、彼の作品は一貫してそのテーマを持っているんです。

「映画史」という映画も撮っていますが、ゴダールという監督は、常に作品現実境界を取り払うことを考えていたんです。作品現実が別々のものではなく、その境界を取っ払って、映画館で観ている観客に語りかけるという姿勢がありました。

映画の中で、主人公が観客に話しかけるというのは珍しいことではないですが、それを堂々とやったのがゴダールアメリカでも10年くらい前に「ハウス・オブ・カード」とかで流行りましたけど、ゴダールもっとからそれをやっていた。それがかっこよかったんです。

また、魚くんの電気映画「魚の子」や、中村喜子の「女と刀」、植物学牧野富太郎の「牧野富太郎自伝」などについて書かれた箇所を読むと、一つの観念や興味に取り憑かれて、非論理的であろうが、非経済的であろうが、自分の道を進む人が高橋さんの好きなタイプなのではないかと思いました。そういう方にどんな魅力を感じるのですか?

いや、面白いですよ。単純に普通面白くないですか?ちょっと病的な感じさえありますが、頭おかしいんですよね。でも、そういう人は見ていて面白いですね。付き合いたいとは思わないけど。

でも例えば、魚くんだと、そこに書きましたけど、魚くんも面白いけど、お母さんがすごいですよね。僕も読んで「あ、そうなんだ」と思いました。魚くんの主人公はお母さんなんですよね。つまり、こういう人はいるんですよ、きっと。街を歩いても変な人はいます。変な人はいるけど、大体は困るんですよね。それが普通で、生きる人の知恵です。普通に生きてるとそうなるんですよ。

でも、時々そうは思わない人が出てくる。だから、変な人も大事なんだけど、その変な人を受け入れる人の方が自由だと思っています。お母さんがそうですね。お母さんは自分の息子だけど、そのおかしさを全面的に抱きしめる。

普通おかしいって言っても結局排除されるか、直されちゃう。「お前、おかしいか普通にしなさい」と。でも、そのおかしさを育てるというのがすごいなと思います。それは他者とか異業のもの尊重するってことなんですよね。つまりおかしくても存在意義がある。

これは結局、すべての人に存在意義があることにつながるんですけど、普通の人は存在意義があると認められている。でも、おかしな人とか、魚くんならいいけど、例えば身体障害者とか、知的障害者の人たちは見たくないと思うこともある。でも、それでも家族でも受け入れられない人もいる。

僕も色々調べました。障害ある子供が生まれると、受け入れられる家族と受け入れられない家族がいます時間をかけて受け入れられるようになる家族もいます特に父親最初は受け入れないんですよ。でも、母親はすごいなと思います。お母さんは何でも受け入れるんですよね。

魚くんも牧野富太郎も色んな人が出てきますけど、その面白さとは別に、それを誰が受け入れたのかが重要なんです。牧野富太郎変人だけど、奥さんが受け入れたんですよね。牧野富太郎植物愛に没頭する変人ですが、それを受け入れるのは大変なことですよね。

でも、それを受け入れたからこそ、彼の生存保証されたんです。だから、僕が書いた美方ククスとかも超天才だけど、あれ夫だったら困るよ。でも、受け入れた人がいたから、その生存保証された。

でも、どうですかね。例えば、牧野さんとか魚くんとか、みんな著名になって仕事に繋がって成功しているけど、そこまでお母さんが考えていたか奥さんが考えていたかは分からないけど、魚くんになれなかった魚くんや、牧野富太郎失敗版みたいな人も絶対たくさんいたはずです。

結局、成功者の影には1000人の失敗者がいると思います。きっとそういう人たちのところにも、お母さんがいたんですよ。でも成功しなかったけど、いいんじゃない、それで。

これでも、親もすごいけど、1000人の失敗した人を見守ってた親がいて、その人たちが不幸だったかっていうと、そうでもない。そういう人たちは必要なんですよ、ということをよく考えますね。

セコさんの漫画マダムたちのルームシェア」とか、信友直子監督の「ボケますからよろしくお願いします」、早川知恵監督の「プラン75」など、老いと向き合った作品が多数言及されています。今、世界で最も高齢化の進む国と言われる日本で、高橋さんは何を感じていますか?

自分が年取ってきましたからね。今年で73歳です。もうやばいです。あと2年で後期高齢者です。やっぱり、身体的な衰えを感じます。確実に老いていくのがわかります。それに対して色々と体に気をつけています

一つは、老いを新しい経験だと捉える感覚です。確かにそうですよね、経験したことないことですから、新鮮です。僕もそうですよ。ちょっと年を取ってきて体が辛くなってくると「こんなの今までなかった」と思うことがあります

例えば、鶴見俊輔さんという哲学者の方が「限界芸術論」を書かれたんですが、90歳を過ぎて、「今日1日転ばないことを目標に生きよ」と書かれていました。「あ、そういうもんなのか」と思って、わかりました。

転びそうになるんです。僕、スクワットして足腰を鍛えているから平気だと思っていたら、筋肉じゃないんですね。バランスが悪くなっている。神経が悪くなっていて、神経は鍛えようがないから転ぶ。僕は筋力鍛えれば大丈夫だと思っていたけど、そうじゃなかったという新しい発見がありました。

そんな老いを新しい経験だと思って、余裕を持って受け入れることが大事なんです。実際、この国、これは日本だけじゃないと思いますが、68歳、70歳、72歳になると社会の窓が次々と閉まっていく。つまり、色々なことができなくなってくるんです。

例えば、家を借りようと思ってインターネットを引こうとしたら「72歳ですか、ではご家族契約になります」と言われたんです。「70歳とインターネット契約ができないってどういうこと?」と聞いたら、「こういう決まりなので」と言われて、「おかしいでしょ」と思いました。これってちょっと差別的ですよね。

プラン75もそうですが、年寄り不要だという考え方があるんですよね。これが寂しいです。今「シルバーデモクラシー」と言われて、年寄りが恵まれていると言われていますが、それは嘘だと思います。年を取ってみたら、社会の窓が閉じていく。シルバーデモクラシーという言い方で、年寄りが恵まれていると若い人に思わせようとしているんです。

でも実際には、全世代がそれぞれ抑圧を受けている。70代以上はこういう抑圧があるけど、20代30代も年金の支払いなど、みんなそれぞれ抑圧されているんです。だから、全世代連帯しなきゃいけないと思うんです。分断が一番都合がいいから、それをやめるべきです。

僕は政治テーマとして、全世代連帯すべきだと考えています。知らないかもしれませんが、70歳になったらインターネット引けないんですよ。72歳になったらローンもできないんです。なのに恵まれているなんて、ふざけているとしか思えません。

これは、土線(映画)とかでテーマになってもいい話ですよね。でもそれはなかなか声になりにくいんですよね。40代50代の時には知らなかったけど、68歳70歳72歳で新しい抑圧が出てくるんだな、と気づくんです。

社会ってさ、普通のことは知らせないようにしているんですよね。それぞれの世代とかジェンダーで、社会から抑圧されていることをお互いに調べ合って、連帯しなきゃだめです。

ジャニーズ問題玉音放送について、高橋さんテレビ局の幹部たちに「ジャニーズ問題無視するのか」と質問した時のエピソードについて書かれています。昨年末ジャニーズの性加害問題が巨大なテーマになりましたが、この間、どう感じていましたか

あそこにも書きましたけど、僕がちょうどBBC放送した直後に番組審査員を辞めて、最後番組で「これはダメだよ」と言ったんですが、沈黙がありました。その後、某テレビ局が漫画問題で騒ぎになって、それを良かったと思って続けました。

でも、やっぱりテレビ局は商業放送から視聴率が下がることが怖いんですよね。だから視聴率が下がる可能性があることはなるべく避けたい。僕は怯えすぎだと思うんですけどね。もうそんなに怖がらなくても、普通常識でやればいいのに、忖度している。忖度しない方が視聴者の指示を得るんじゃないかと思いますが、なかなかそうはならないんですよね。

今と昔を比較して、昔の方が保守的だったかというと、そんなことはなく、テレビ全体は進化している。ただ、メディア動画サイトSNSに壊れていく時にどうするかを同時に考えなきゃいけなくなっているので、やることも多いんです。

から、僕も言ったんですが、面白動画サイト番組テレビより面白いですよ。テレビバラエティなんてやめたらいいと思います個人で作っているものでも、ものすごくよくできた動画番組があるんです。それを見たら、テレビお金も人もあるんだからもっとできることがあるはずなんですよね。

Netflixドラマなんかも面白いですよ。コンテンツの中身も含めて、やれることがあるのにやっていない。同じようなラブコメばかり作って、誰が見るんだろうって思います

江戸川乱歩の「芋虫」を現代では取り上げることがかなり難しいということについて書かれていますが、以前、マルキ・ド・サド作品を絶賛されていた話もあります。今の時代言論空気感についてどう感じていますか?

メディアテレビラジオだけじゃなくて、小説も含めて、僕がデビューした頃に比べると、だいぶ書きにくくなっています。例えば「ピエロ」って言えないじゃないですか。今では「ピエロレフ」って言われることがありますが、検索しても出てこない。

一番怖いのはこれですよね。こういう名詞ごと削除されること。ポリティカル・コレクトネスで、こういう言葉を使いなさいというのは一つの考え方としてあるかもしれませんが、元々あった言葉が使えないというのは、歴史捏造じゃないですか。

今、「ジプシー」って言葉も使えないんです。「ロマ」とか言いますが、これは歴史捏造であり、存在させないという方向に進んでいるんです。例えば、ゴダールの「気狂いピエロ」も、僕はそれを見ましたからね。でも、「ピエロレフ」って言われてもわからない。

ポリティカル・コレクトネスについては、理解できるところもありますが、理解できないところも多いです。多分、それを推進している人も、やっていて変だと思っているんじゃないかと思います定義や限度が確定していないのが問題で、空気みたいなものから

ポリティカル・コレクトネスの一つの問題点は、日本が元々空気社会から空気で決めるというのはやばいポリティカル・コレクトネス空気で決められるようになっているのが、日本事情なんですよ。

上辺だけの議論が多く、社会的な不正義の問題は見ないで、言葉だけで物事判断する。ポリティカル・コレクトネスは、社会的な問題言葉だけで覆い隠そうとしているだけです。

その辺が、日本という国は忖度する社会から空気を読めということがずっと言われてきて、変わらなかった。変わるかと思ったら、ずっと空気を読んでいる。片方では多様性を唱えているけど、それは言っているだけで、実際には何も変わっていない。

大杉栄についても言及複数見られます思想生き方性格、私には高橋さんと似ている印象を受けましたが、大杉栄をどのように見ていますか?

大杉栄は、日本でも代表するアナキストですが、やっぱり感じがいいですね。友達になりたいなと思う。問題はいっぱいありますが、女癖が悪いとか、迷惑な部分も多いけど、その一方で愛すべき点がある。だから、あの人は人たらしなんです。

例えば、子育てをしていたんです。普通政治的な人は政治活動はするけど、家のことは見ない。でも、大杉栄は、伊東のと結婚して子供が生まれたら、赤ん坊選択をしたり、オムツを変えたりしていた。嫌じゃなくて、それが好きだったんです。

彼の中では、夫婦や男女の形は形式じゃなくて、対等であって、子供から自分 Permalink | 記事への反応(1) | 08:25

何を今更。昔からだぞ

男らしく何を言われても耐え忍ぶ男なんて元々いなかったぞ

10年以上前から男性差別だ!痴漢が嫌なら鎧を着ろ!」と言いながら襷つけて女性専用車両に乗り込む男さんたちがいたし、

レディースデーや「男性差別CM」に集団クレーム入れる男さんたちがいたし、

アニメ男性差別描写(暴力ヒロインとか)に文句つけるスレなんかもあったぞ

https://anond.hatelabo.jp/20240811161747

2024-08-11

彼氏に振られた(25)

大学から付き合ってた彼氏に振られた。

初めての彼氏結婚の話もしてたのに。

自分から彼氏作ろう!みたいに思ったことがなかった上に、自然と同年代男性と知り合える学生期間も終わってしまい、職場恋愛は妻帯者のおじさまばかりなので全然期待できない。

すぐに彼氏がほしい!ってわけではないけど、このままいくとズルズル一生ぼっちになりそう。

友達もほぼいないに等しいし、一人っ子だし、孤独死まっしぐら趣味はあるけど、sns交流するのが苦手でアカウントはロム専だし、自分オタクのくせに趣味垢あるような夢中になれるものがあるオタクは嫌なんだ。わがままでごめん。無趣味で、彼女趣味になってくれるような空っぽ人がいい。まあでも彼女趣味になってくれるなら、鉄オタとか、無機物オタクなら楽しそうかもしれないアニメキャラとかアイドルが好きなのは辛い。


アプリしかないんだろうか。なんか怖いし、自然出会いたいとか思ってしまう。一度アプリという選択肢恋愛に入った人って、気に入らないことがあるとすぐ「まあ次アプリで探せばいいや」みたいな、別れるハードルが低そうという勝手偏見がある。かといって他に何か手があるかと言われると、特に何も思いつかないな。都合よく同窓会でも開催されたらな。特にあてはないけど。

友達がどうやら三枚目クレカに手を出したらしい

友達の部屋に行ったらコンビニレシートが落ちていた。そこには800円 クレジットカード決済と

書かれていた。私はやれやれたかと思いながらレシートを元の場所に置いた。

友人はクレカの利用に二回失敗している

一回目は野球チームのクレカ10万ぐらいリポ払いで使って払えなくて強制引き落とし

二回目は五等分?とかいアニメクレカをリポ払いで申し込んで払えなくて利用停止

その他に消費者金融から30万円ほど…

あと私が貸した8万も(スマホ代)

どうして人とはこうやって同じことを繰り返してしまうのだろう。私はわからない

後藤正文さんはフェミニズム界隈についてどう思ってるんですか?

ASIAN KANG-FU GENERATION のボーカル後藤正文さんが美少女アニメぼっち・ざ・ろっく!』に言及した。

8月11日に『ぼっち・ざ・ろっく!』のアニメ公式がX(旧Twitter)に後藤正文さんのコメント投稿している。

また、過去には自分のブログでぼざろに言及したことがある。

それに対する私の感想はこうだ。


あなたフェミニズム界隈についてどう思っているんですか?


後藤正文さんは、ぼざろに登場する主人公名前の由来になっているとはいえ好意的言及できる立場ではないだろう。

まず、後藤さんは左翼で有名な人だ。特に反原発運動に関しては顕著で、日本共産党投票していることも明かしている。

一方で、日本共産党フェミニストとつながっている。フェミニスト美少女アニメを「萌え絵」を呼んで蛇蝎のごとく嫌っており、性的搾取非難している。

事実、官民問わず美少女アニメとのコラボフェミニスト糾弾して炎上する事件が後を絶たない。

そんな風潮で美少女アニメ好意的コメントをするのは左翼に対する背信行為ではないかと思う。

名探偵コナンのグッズラインナップでカップリング妄想してる人

Xでキャラグッズのラインナップからこれは公式カプになる匂わせだ!って喜んでる人を見たんだけど、

グッズの企画が、例えば映画なら上映の一年前位から計画されてるから

あんまり期待しない方がショックが大きくなくてすむよ…

プライズとかも映画アニメ連動させて企画してるから

ゲームなら企画から実装までのサイクルが短いからまだしも

コナン関連は匂わせだ!→セット購入ってオタクが元から多い

そもそもグッズの企画まで作者の監修がいってるかというとそうではない

いってたらそのコピーはつくだろうけど、大体はキャラグッズの会社企画提案するだろ

あとその会社先生の頭の中を覗ける訳ではないからな

匂わせだと妄想するより、先生の出したもの粛々と受け入れるしかないと思うぞ

anond:20240811140710

日本国憲法には全ての国民生命自由及び幸福を追求できる幸福追求権が明記されています。なので、「死ね」という発言、「死んでくださーーーい」という記述のいずれも基本的に許されることもなく、故に最近急速に芸人がその言葉を発する頻度は減少しています子供がよく「死ね」を発するのはアニメ漫画の影響が大きいと思いますが、適切な教育によって改善されますね。どちらかと言うと、

場合によっては「死ね」が許されるのだから「死んでくださーーーい」を書くのがダメ理由がわからない

というあなたの考え方は非常に歪んでいて、

やっぱり私たちも「死ね」とか軽々しく言ったり書いたりしちゃいけないんだよねって再認識しました

くらいがちょうどいいのだと思いますよ。

綺麗な思い出は綺麗なままにせざるを得ない話

先日、高校同窓会に出席した。

共学高校工学大学自動車業界と歩を進めてきた私にとっては、高校部活同窓会というのは男女比がほぼ5:5になる唯一のコミュニティだ。

大学に入って以来女子のほうが多い飲み会に参加した記憶などなく、仕事帰りに男女で居酒屋に入っている集団を見ると例外なく殺意を覚えたものだが今回ばかりは私がその男女の集団なのである

そんな飲み会に参加できるのであれば、妻との交渉にて使ったHäagen-Dazsなど安いもの

ただ一言だけ断っておきたいのは、私は決して浮気不倫等の社会倫理に悖るコトをしたいのではなく、ただ単純に旧友に会って話がしたいということのみであり、ついでに女子が多く場が華やかであれば尚良しというただそれだけのことである

さて高校3年間、16~18才の所謂"青春時代"をともに過ごしたメンバーであるから破局したカップルがいたり、叶わぬ片思い相手がいたりと愛憎渦巻く飲み会であった。

カップルが、現在全く別の相手結婚していたりいまだ独身だったりするのであるから、それは破局したと言って差し支えないだろう。

全員アラサーであり、良くも悪くも大人なので昔の恥ずかしくも甘酸っぱい思い出を語るようなことはせず、もっぱら話題結婚出産子育てマイホーム転職、近況が主な話であり、それぞれ自分人生を歩んでいると思った。

マイホームとその予算子育て仕事との折り合い。転職投資。今の日本を覆う諸問題は、眼の前の旧友たちにも例外なく振りかかっているようだ。

そんな中、私の元片思い相手は絶賛彼氏募集中という話を聞いた。

一番結婚から縁遠そうな私が結婚したので、妻との馴れ初めや結婚式の話をしていると、そのようなコトを言っていたのだ。

どうやらマッチングアプリを使ってはいものの、なかなかいい人と巡り合っていないという近況とのこと。

それを聞いたときの私の心情というのが今回の文章主題である

温めの燗酒と炙ったイカをお供に私の舟唄を聞いてほしい。

その件の相手というのは高校同級生で、入学したとき私の前の席だったのを覚えている。

どちらかと言うと明るいが奇妙奇天烈性格で、典型的オタク女という分類になるのであろう。

意識したきっかけは何だったか、はっきりとは覚えていないが確か魔法少女まどか☆マギカ映画化に際して、今度よかったら一緒に観に行かない?と(おそらく向こうにとっては)なんの気無しに言ったお誘いだった記憶

女子からなにかに誘われるということはそれまでの人生で1度となく、胸が高まったというのだけは覚えている。

地元イオンモールに2人で買い物に行ったことがある。私の人生初デートである。その時の目的もはっきりとは覚えていないが、確か何かしらのアニメグッズを買いに行くのが目的だったはずだ。

そこから約1年。同じ部活メンバーとして練習をしたり、みんなでカラオケに行ったりという何気ない日常が続いていた。

その頃にはもう好きになっていたのであろう。

まどか☆マギカを観に行かないかという誘いは、そして果たされることになる。

201X年の12月24日県庁所在地にある映画館にて映画を見に行った。

当時アマガミという恋愛シミュレーションゲームにハマっていた私は、クリスマスデートというのは絶対に抑えておきたい高校生活のメインイベントだった。

彼女にその気があったかは私は知らないし、知ることはないだろうがそれでも私にとってはデートだった。

親に出かけるといい、精一杯のおしゃれをして、なんとなく親には察され、待ち合わせ場所に向かった。

地元の駅で待ち合わせ、映画館に向かう間は私は緊張してあまり喋れなかったように思う。

映画を観終わって帰路をたどっている最中、私はどうやって告白するか、それだけを考えていた。

もう少し正確な表現を心がけるなら、おそらくその日は1日中告白することだけを考えていたのだろう。

恋愛シミュレーションに毒された高校生が、12月24日映画館デートをしているのである

意中の相手クリスマス・イブに2人で出かければ、意識をするなという方が酷な話であろう。ましてや17才青春真っ盛りの高校生であれば、恋愛脳であっても誰から咎められはすまい。

だが私は結局言い出せなかった。

告白なんかできる雰囲気ではなかった。言えるタイミングがなかった。言い訳を挙げればキリがないが、要するに怖気づいて言えなかったのだった。

部活はまだ続いていく。告白して失敗し、気まずくなるよりはリスクを冒さずに現状維持することを選んでしまったのだ。

この選択は正しかったと15年たった今でも自分言い訳を続けている。

年が明け、年度が変わり高校3年生になった。私は理系彼女文系なので違うクラスに。それは部活引退すれば疎遠になるということだった。

インターハイが終わり、私の高校での部活は終わった。これから大学受験に向けて各々勉強する時期である

とはいえ高校生活はまだ続いていくからイベントはある。文化祭体育祭球技大会などクラス単位で楽しむイベントはまだ残っている。

当然私も自分クラスで、文化祭体育祭など全力で取り組んだ。文化祭の出し物の打ち合わせで22時過ぎまでファミレスクラスメイトと話し合いをして、追い出されたのはいい思い出である

ただ、そんなとき彼女のことが心の片隅に残っていた。

彼女と同じクラスで出し物ができる、文系クラスの友人を羨ましく思った。

冬になるとイベントも終わり、いよいよ大学受験本番である

私は英語が大の苦手で、このままでは英語が足を引っ張り不合格になるであろうことが予想されていた。

両親の方針で、地方でひとり暮らしをしてでも浪人絶対NGとのことだったので二次試験英語のない地方大学目標を変えざるを得なかった。

詳しくは知らない(し、未だに彼女がどこの大学に行ったのかはよくわかっていない)が彼女実家から通える都内大学受験すると聞いた。

2人の距離が、どんどん開いていくような気がした。

3月になり、私は地方大学でひとり暮らし彼女都内大学に通うことが決まった。4月になれば離れ離れである

卒業式が終わり、付き合っているわけではないが彼女との別れが近づいてきた。

私は彼女秋葉原メイド喫茶池袋アニメイト本店に行きたいと言っていたのを覚えていたので、彼女デートに誘ったのだ。

私は当日が楽しみだった。普段は見ない朝のテレビ占いなんかもみて自分運勢確認したくらいである。

そしてクリスマスの日にできなかったことを今日こそはとも思った。

しろもう後が無いのである。月末には私は地方に行かねばならない。

都内でのデートは非常に楽しかった。私の青春集大成と言ってもいい。

行く先々でカップルと見られるのは心地が良かったし、この時間永遠に続いてほしいとも願った。

帰り道、私は彼女告白した。

フラレるのは半ば理解していたが、どうしても言いたかった。

どうしても遠距離になってしまうし、現実的には厳しかったのも理解していた。

高校の3年間で少しだけ大人になってしまっていた。

ただこれから絶望的な以上、クリスマスときのように比べる天秤がない以上、一兆分の一の可能性を信じたかった。

地方引っ越しをした時が私の人生で一番寂しかった時期だろう。

知らない街、知り合いは誰もいない中で、選別に貰ったキーホルダー失恋を常に思い出させた。

失恋から6年後、キーホルダーが壊れてくれたお陰で、私は青春と漸く決別できたのである

同窓会で再開して、彼氏募集中のようであったとしても、私にはもう人生をともにする伴侶がいる。

「やりなおし」は永遠に来ないのである

今の妻と別れてもう一度青春を取り戻すべきであろうか?

それが不可能であり、すべきでないことは論じるまでもないであろう。

綺麗な思い出は綺麗なまま保管せざるを得ないのである

せめても彼女に、佳き人が現れることを願う。

身体障害者ゲーム

っていうテーマで読み物かなんかがあってもいいと思うんだけど、思ったより出てこないよね

 

あ、アニメで一個あったな、ネタバレなるけど

実は重要キャラ車椅子生活で〜っていう

anond:20240811121256

アニメ卒業する時が来たってことだろ

ガキどもは放っておいてお前は現実を生きろ

anond:20240810161003

エジプトにいた増田です。

書いたら色々思い出したので、言語に関する単なる思い出語りをちょっとメモさせて頂きます別に面白くないと思います

わたし滞在していた時はアラブ革命前後だったので、段々シリアの方が物騒になってきて、シリアにいた外国人留学生エジプトに逃げてきました。

それで何人かの子と同じフラットで住むことになったのですが、シリア勉強していた人は当然シリア方言です。そしてエジプト方言に馴染んだ日本人から見ると、シリア方言を話す青い目の西洋人めっちゃかわいくて上品に見えました。

前提のお話をすると、アラブ世界というのは中世ヨーロッパみたいな感じに、「正式言葉」と「普段使う言葉」がかなり乖離していますフスハーと呼ばれる「正式言葉」は、書き言葉のほか、宗教関係法曹関係演説テレビニュースなどで話し言葉としても使われますテレビアニメ教育目的フスハーが使われていたりします。このフスハーアラブ世界共通です。

一方、アーンミーヤ地域差が激しく、それぞれの方言があります

で、日頃この方言で話している場で急にフスハーで喋る人がいると、日本で言えば「ござる言葉」で話す人みたいで滑稽で、なんか可愛い感じもします。

シリア方言エジプト感覚からすると少しフスハーに近いというか、古くて伝統的な感じがするのですが、外国人が喋っているとそれも相まってめっちゃ可愛いのです。まぁ、わたしエジプト方言を喋るのもエジプトからするとかわいかったのかもしれませんが。

これも単なる自分の思い出語りですが、わたしは元々ずっとフスハー勉強していて、アラビア語愛が高まりすぎて仕事を辞めてエジプトに行ってしまった人間なので、エジプトに行ったばかりの頃は、「あの美しいフスハーを喋らない現代エジプト人は、なんて堕落しているんだ!」「エジプト方言はイーイー言ってる感じで下品!」と思っていました。

アニメきっかけで日本語を勉強した外国人が、実際に日本に行くと誰もナルトとか悟空みたいな喋り方をしていなくて愕然とする、みたいな感じでしょうか。

最初の頃はひたすらフスハーを学び、関わりのあるエジプト人もフスハーで喋ってくれていました(教育水準によりますが、なんちゃってフスハーでよければ皆んな多少は喋れます)。

でもしばらく暮らしていると、買い物をするのにも不便だし、その辺の無学なおっちゃんの喋っていることは全然からないし、普段周りにいる人達の会話に入っていけないのはすごく辛いです

で、途中からエジプト方言積極的に学ぶようになり、エジプト人同様に二刀流になりました。

フスハークルアーン時代言葉ベースにかなり無理して人工的に保存している言語なので、純度が高いですが、アーンミーヤには前のエントリで書いたようにトルコ語とかアラブ化以前のコプト言葉、古いイタリア語由来らしい言葉などが結構混ざっています。もちろん現代語彙では英語フランス語由来のものもあります。その辺のごった煮な感じに現代方言ならではの魅力があります

ちなみに文法の超絶難しい正則アラビア語に比べると、現代方言は簡略化されていますが(ラテン語フランス語くらいの感じ)、その分不規則要素が多くなり、なんというか、英語みたいに「ノリ」で話している感じがあります

これも余談ですが、アラビア語ヘブライ語兄弟言語なので、会話などはまったくわからないものの、古い言葉はなんとなく類推意味がわかるものもありますそもそもラビーアラビア語イブリーヘブライ語は同じ子音の順番を変えた言葉で縁が深い)。

ヘブライ語ではなくアラム語みたいですが、イエス最後に言った「エロイエロイ、レマ、サバクタニ」とかも、アラビア語風にカタカナ表記をすれば多分「イラーヒー、イラーヒー、リマーザー、タラクタニー」(إلهي إلهي لماذا تركتني)で、すごく似ています。tとthが入れ替わったのかなぁ、とか想像が膨らみますアラビア語訳の聖書とかも重々しい感じでジーンと来ますよ!(もちろん、本当はヘブライ語ギリシャ語で読むべき)

この辺は言語の本物の研究者の方たちがめっちゃ深堀りされているでしょうね。自分中途半端にかじったレベルなので、本物に色々教えてもらいたいです。

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