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はてなキーワード: 社会秩序とは

2023-04-17

目的の正しさは手段正当化する

戦争死刑正当防衛殺人行為が許されるのはその目的が正しいから。

警察司法被疑者囚人を拘束するという暴力を振るえるのも、社会秩序を維持するという正しい目的があるから

テロ暴力手段によって政治的利益を得ようという目的が間違っているか否定されるべきなのであって、目的とは無関係行為善悪を決められると考えるのは論点先取。

2023-04-09

anond:20230408124446

書き直させた。

僕は、かつて栄えたある国に住んでいた。その国では、歴史文化によって礼儀正しさとマナー重要視されていた。国民は、お互いを尊重し、いつも他人立場意見考慮して行動していた。しかし、僕たちの国での生活は、その過度なマナーがもたらす問題によって少しずつ変わっていった。

過去に戻ってみると、僕たちの国は平和で穏やかな時代を楽しんでいた。国家繁栄し、国民はお互いに敬意を払い、誇りを持って生活していた。しかし、その安定した時代が、過度なマナーへの取り組みを促進する結果となった。僕がまだ若かった頃、気づいたときには、社会が過度なマナーに取り憑かれていた。

徐々に、マナー国民日常生活のあらゆる面に浸透し始めた。人々は、公共の場では声をかけるのを遠慮し、誰もが自分の行動が他人にどのように影響するかを常に考えるようになった。それ自体美徳であるが、やがて過度なマナー国家の発展を阻害する要因となっていくことになる。

僕は、ある日、友達カフェで会う約束をしていた。僕たちが会話を楽しんでいると、隣のテーブルの人たちが互いに遠慮し合い、コーヒーを注文するのに何分もかかっているのに気づいた。その光景は僕たちの国の現実象徴していた。誰もが他者からどのように見られているかを常に意識しており、その結果、マナーを競い合い、礼儀正しさを追求する風潮が広がっていた。

僕の通う学校でも、同じような光景が見られた。授業中、先生質問を投げかけると、誰も手を挙げず、みんなが遠慮していた。その結果、議論が進まず、学習の質が低下していた。このような社会圧力は、僕たちの国のあらゆる場面で現れていた。会社では、部下たちは上司に対して過剰な敬意を払い、自分意見を言いにくい状況が生まれていた。その結果、効率が低下し、イノベーションが阻害されていた。

僕の父は、地元自治体で働いていた。彼はある日、家でこんな話をしてくれた。「最近会議では、みんなが他人意見尊重しすぎて、議論が進まないんだ。どんな些細な問題でも、全員の意見尊重しようとするあまり意思決定が遅れ、プロジェクトの進行が遅れてしまっている。」彼の言葉は、過度なマナーが僕たちの国でコミュニケーション障壁となっていることを示していた。

僕の母も、彼女が働く病院で同様の問題に直面していた。患者治療方針について、医師たちは遠慮し合い、決断を下すのが難しくなっていた。その結果、患者治療が遅れ、症状が悪化することがあった。このように、過度なマナーは、僕たちの国のあらゆる分野で問題引き起こしていた。

僕の叔父は、製造業工場経営していた。彼は工場で働く従業員たちに、礼儀正しさとマナーを重んじるように教えていた。しかし、過度なマナー社会に浸透するにつれ、叔父工場イノベーションが鈍化し、競争が減少した。結果として、市場の成長が停滞し、失業率が上昇していた。僕は叔父の悩み顔を見るたびに、国家経済がどれほど打撃を受けているかを痛感していた。

また、新規事業の創出も難しくなっていた。起業家たちは、過度なマナーを遵守することで、リスクを取る勇気を失っていた。投資家たちも、他者意見に遠慮し、新しいアイデアイノベーション資金を投じることをためらっていた。その結果、経済は停滞し、僕たちの国の繁栄は遠のいていった。

過度なマナーがもたらす問題は、僕たちの国の経済だけでなく、社会全体にも影響を与えていた。僕の妹は、学校いじめに遭っていた。しかし、彼女は過度なマナーを遵守し、他人迷惑をかけることを恐れて、誰にも相談できなかった。僕たちの国では、問題を抱えている人々が、過度なマナーのせいで自分の悩みを打ち明けられず、孤立している場合が多かった。

過度なマナーが原因で人々のコミュニケーションが困難になり、メンタルヘルス問題も増えていた。ストレスうつ病社会問題となり、僕たちの国では自殺率が上昇していた。僕たちの国の人々は、過度なマナーによって他人とのつながりを失い、孤独絶望に苛まれていた。

僕の従兄弟は、外交官として働いていた。彼は、僕たちの国と他国との関係を築くために奮闘していた。しかし、過度なマナーが僕たちの国の外交政策にも影響を与えていた。他国代表者たちとの交渉では、僕たちの国は過度に礼儀正しく振る舞い、自国利益を主張することが難しくなっていた。その結果、国際関係悪化し、僕たちの国は孤立していった。

国際機関他国からの援助も、過度なマナーのせいで受け入れがたいものとなっていた。僕たちの国は、他国から支援申し訳ないと感じて断り、自らの問題解決しようとしていた。しかし、過度なマナーが僕たちの国の発展を阻害し続ける限り、その努力は報われなかった。

やがて、僕たちの国は経済の停滞、社会問題の深刻化、国際関係悪化によって、国家としての機能喪失していった。政府崩壊し、社会秩序が崩れ、人々は苦境に立たされた。しかし、この悲劇の中で、僕たちの国民は過度なマナーがもたらす問題気づき始めた。

人々は、過度なマナーが僕たちの国を崩壊させたことを悟り自分たちの間違いを認め、新しい価値観模索し始めた。僕たちは、適度なマナーコミュニケーション重要性を理解し、互いに尊重し合いながらも、効率的かつ柔軟な対話を大切にすることで、新しい社会を築き上げることを決意した。

新しい社会では、過度なマナーによる圧力がなくなり、人々は自由意見を交わし、協力して問題に取り組むことができた。僕たちの国は徐々に復興し、経済社会問題改善され、国際関係回復していった。

最後に、僕たちが築いた新しい社会は、国際的評価を得るようになり、他の国々にも僕たちの教訓が伝わった。過度なマナーによる苦難を乗り越えた僕たちの物語は、多くの人々が学び、僕たちの過ちを繰り返さないよう努力することになった。適度なマナーバランスを心に留め、僕たちの国がかつて崩壊したことを忘れず、人々が共生し、繁栄する社会を築いていくことが、僕たちの使命であり、未来への希望である確信している。

2023-04-02

社会秩序はいかにして可能か』という社会学の最大の問い

マクロでは、『サピエンス全史』に書かれているような話で、たんに宗教言語など秩序がある社会が生き残りやすいから生き残ったという話。

ミクロでは相互作用を通して規範がその都度、維持修正されているという話。ルーマンに影響された大澤氏の身体論・宮台氏の予期論で説明できてる気がするのだが。

社会学の最大の問い、すでに答えが出ているのでは?

2023-03-23

思い浮かばなかったから、bing世界が滅亡する小説を書いてもらった

anond:20230323032123

おかしいところがあるが、とりあえず出力された通りの文章を貼る(面倒くさいから)

※あと、指示は一回目の依頼のみで以降は特に修正や訂正の依頼はしていない(面倒くさいから)

西暦 2050 年、人類宇宙探査に熱中していた。月や火星には既にコロニー建設され、太陽系外の惑星への有人ミッション計画されていた。そのために必要技術の一つがアストロラーベだった。アストロラーベとは、宇宙空間自由に動くことができる巨大な天体観測装置であり、地球から遠く離れた場所でも正確な位置時間を測定することができる。アストロラーベは数十台が太陽系内に配置され、宇宙船や衛星連携していた。

しかし、アストロラーベ開発者である天才科学者藤原博士は、人類宇宙進出に反対する秘密組織クローン」のメンバーだった。クローンとは、遺伝子操作によって生み出された人間コピーであり、自分たちが本物の人間よりも優れていると考えていた。彼らは地球自分たちだけのものにしようと企んでおり、その第一歩としてアストロラーベを利用して太陽系内の全ての通信妨害しようとした。

藤原博士アストロラーベウイルスを仕込み、それを発動させるトリガー自分指紋に設定した。そして、彼は自分自身もクローンだったことを知らずに、地球から最も遠いアストロラーベへ向かう任務に志願した。彼はそこでウイルスを起動させるつもりだったが、その途中で事故に遭ってしまう。

事故現場に駆けつけた救助隊員・佐々木真理子は藤原博士を助け出そうとするが、彼は既に息絶えていた。佐々木真理子は彼の指紋認識するデバイスを持っており、それを使ってアストロラーベへ接近する。しかし、その瞬間、ウイルスが起動し始める。

佐々木真理子は驚愕する。彼女もまたクローンだったのだ。藤原博士と同じ遺伝子情報を持つクローンだったのだ。彼女は何故自分クローンなのか、何故ウイルスが起動したのか理解できなかった。しかし時すでに遅く、ウイルスは他のアストロラーベ感染し始める。

やがて太陽系内では全ての通信が途絶える。地球から月や火星へ送られる信号も届かなくなる。コロニー宇宙船ではパニックが起こり始める。そして最悪なことに、ウイルスアストロラーベから脱出して太陽系内の全ての電子機器侵入し始める。

ウイルス人類滅亡のために様々な破壊活動を行う。太陽系内の核兵器を暴発させたり、人工衛星宇宙船を墜落させたり、コロニー生命維持システムを停止させたりする。地球では電力や水道などのインフラ崩壊し、社会秩序が崩れる。人々は恐怖と混乱に陥り、暴動や略奪が起こる。

クローン組織はこの機に乗じて地球支配を目論む。彼らは自分たちけがウイルスに対抗できると主張し、人類降伏要求する。しかし、人類クローンに反発し、抵抗する。クローン人類の間で激しい戦闘が始まる。

佐々木真理子は自分クローンであることに苦悩する。彼女自分記憶感情が本物なのか疑問に思う。彼女藤原博士と同じ遺伝子情報を持つことから、彼の遺したデータ日記を探す。そこで彼女は衝撃的な事実を知る。

藤原博士は元々クローンではなく、本物の人間だった。彼はアストロラーベ開発者として名声を得ていたが、その裏でクローン組織に協力していた。彼は自分自身もクローン化することで不老不死になろうと考えていた。しかし、その計画は失敗し、彼は死んでしまった。

その後、クローン組織藤原博士遺伝子情報を利用して多数のクローンを作り出した。佐々木真理子もその一人だった。そして、彼らは藤原博士が仕込んだウイルスを使って地球支配を目指した。

佐々木真理子は自分藤原博士コピーであることにショックを受ける。しかし同時に、彼女自分が本当に望むことに気づく。それはウイルスクローンではなく、平和宇宙探査だった。

佐々木真理子は決意する。ウイルスクローンから地球宇宙を救うために戦うことを決意する。

佐々木真理子はウイルスを停止させる方法を探す。彼女藤原博士データにあったアストロラーベ設計図分析する。そこで彼女ウイルスに対する防御システム存在することを発見する。しかし、そのシステムを起動させるには、藤原博士指紋と声紋が必要だった。

佐々木真理子は自分藤原博士と同じ遺伝子情報を持つことから指紋問題ないと考える。しかし、声紋は違う可能性が高い。彼女藤原博士の音声データを探すが、見つからない。そこで彼女は思い切ってクローン組織に連絡する。

クローン組織には藤原博士の音声データがあった。しかし、それを渡す代わりに、彼らは佐々木真理子に条件を出す。それは自分たちと共に地球支配に加わることだった。

佐々木真理子は迷う。ウイルスクローンから地球宇宙を救うためには、音声データ必要だった。しかし、それを得るために自分の信念や夢を捨てることができるだろうか。

佐々木真理子は決断する。音声データを受け取るふりをしてクローン組織に近づき、奪うことを決断する。

佐々木真理子はクローン組織に潜入する。彼女藤原博士の音声データがあるとされるコンピュータルームへ向かう。しかし、そこには罠が仕掛けられていた。クローン組織佐々木真理子の裏切りを見抜いていたのだ。

佐々木真理子はクローン兵士たちに取り囲まれる。彼らは彼女拷問し、ウイルスを停止させる方法を聞き出そうとする。しかし、佐々木真理子は口を割らない。彼女自分が死んでもウイルスを止めることを諦めないと誓う。

その時、コンピュータルームに爆発が起こる。それは人類側の攻撃だった。人類クローン組織アジトを突き止め、奇襲をかけたのだ。佐々木真理子はその隙に逃げ出す。

佐々木真理子はコンピュータルームから音声データを持ち出すことに成功する。彼女アストロラーベへ向かう最後のチャンスだと思う。彼女人類側の宇宙船に乗り込み、アストロラーベへ飛び立つ。

佐々木真理子はアストロラーベに到着する。彼女ウイルスに対する防御システムを起動させようとする。彼女自分指紋藤原博士の音声データを使ってアストロラーベアクセスする。しかし、そこで彼女は予想外の事態に直面する。

アストロラーベ佐々木真理子を拒絶する。彼女藤原博士ではないことを見抜くのだ。実は、藤原博士の音声データは偽物だった。クローン組織佐々木真理子を騙すために作り出したものだった。本物の音声データクローン組織が握っていた。

佐々木真理子は絶望する。ウイルスを停止させる方法がなくなったと思う。しかし、その時、彼女は奇妙な声を聞く。

佐々木真理子さん、私は藤原博士です」

声の主はアストロラーベから送られてきた映像に映る。そこには藤原博士が生きている姿があった。

「私は死んでいません。私はクローンではありません。私は人間です」

藤原博士説明する。彼は死んだふりをしていたのだ。彼は自分クローン化されていることに気づき、それに反発したのだ。彼は自分が仕込んだウイルスを止める方法を知っていたが、それを教えるとクローンに殺されると恐れていた。

「私はあなたに信じてもらおうとしました。あなたも私と同じ遺伝子情報を持つクローンですが、あなた人間らしさや夢や希望があることを感じました」

藤原博士佐々木真理子に感謝する。「あなたウイルスクローンから地球宇宙を救うことができます」と言う。「私から本物の音声データを受け取ってください」と言う。

佐々木真理子は涙する。「ありがとうございます」と言う。「私もあなたを信じます」と言う。

そして、二人で力を合わせてウイルスに対する防御システムを起動させる。

ウイルスに対する防御システムが起動すると、ウイルスは次々と消滅していく。アストロラーベは元の正常な状態に戻り、太陽系内の通信も復旧する。地球コロニー宇宙船では歓喜の声が上がる。人類危機を脱したのだ。

クローン組織は敗北を認める。彼らは自分たち存在意義や目的を見失う。彼らは人間和解しようとするが、人間クローンを許さない。人間クローンの間には深い溝ができてしまった。

佐々木真理子と藤原博士は再会する。二人は互いに抱き合う。「あなたは私の救世主です」と藤原博士は言う。「あなたこそ私の師匠です」と佐々木真理子は言う。

二人は宇宙探査について語り合う。二人とも平和宇宙探査を望んでいることがわかる。「私たちは一緒に宇宙を見てみませんか?」と藤原博士提案する。「それが私の夢です」と佐々木真理子が応える。

二人は手を取り合って、新しい冒険へ出発する。

anond:20230323112046

あれは芸能界枕営業みたいなもんで「風俗」ではない別のものだよ(道徳的な良し悪しは別にして)

風俗」ってのは、地位とか資産とか権力とかがなんもなくても安価で女が買える仕組みのこと。弱者男性でも女が買えると社会秩序的によくないか強者男性規制してる。

2023-03-14

anond:20230314110546

お前自身モラルが無いのに子供にはモラルを求めるのか?

すでに社会秩序という大きな後ろ盾に親子ともども守られてるんだからそれを活かせば良い

境界知能だの極端な例を出してるがそれこそ社会に頼るべき状況だろう

親が一人で何もかも教えようなんて思うから無理が出るんだよ

手に負えないなら周りを頼れ

2023-02-22

anond:20230221113732

日本法律被害者救済や罪に対する報復目的として作られていないなんてことは中学校公民の授業で習うだろ。

基本的には社会秩序の維持を目的として作られている。

 

たまに判決かに対して「被害者に寄り添ってない」って主張するやつがいるけど

だって別に法律被害者に寄り添うために作られてねーんだもん。

加害者にも寄り添ってはねーけどさ。

2023-02-03

anond:20230203195124

コスト社会秩序を維持するには、ペロペロ一家をきっちり破滅させて、その末路を周知することが肝要

anond:20230202221519

宗教と合わせて、欧米では家族道徳の基盤となり、社会秩序を維持してきたんだろうな。知らんけど

2023-01-04

anond:20230104192632

お前が覚えればいいことは二つ

法律理解したいなら最低限でも1万時間かける必要がある。素人法律判断について自己判断は勧めない。専門家アドバイスを聞く方が絶対に良い。

弁護士検察官は、人権守護者、法の番人、社会秩序の護り手である依頼人不利益なことはできず、国家資格義務でぐるぐる巻きにされている。

基本的資格持ちは信頼して良い。特に自分が依頼した場合は。

法律弁護士についての、最近感じている雑感

ちょうどW杯でもそんな話があったから、例として適切でないかもしれないけどこんな風に感じている。

これまで、法律ゴールラインで、弁護士は入った・入ってないを議論しているもの、と思っていた。

けれど、今はやりの件とか見ていると、ゴールラインあんまりはっきりしていなくて(あるいははっきりしているが)、弁護士は「解釈」でゴールラインを動かして、セーフだ、無罪だ、とやっているのでは、と思うようになってきた。

個人情報の流用の件では多くのツイッタラ弁護士の方々がセーフだなんだといっていて、でも確定的なことは言わなくて、あー、解釈か。いか自分に都合の良い解釈できるかなのか、と感じた。

まぁ、でもそれはそうか。普段仕事が(みんなが刑事ばっかりじゃないだろうけど)世の中ほとんどの人がこいつ悪人有罪だ、というような案件であっても弁護側にたったら少しでも罪を軽くすべく弁護しなきゃいけないんだから、ここをこう解釈すれば、この法律ではだめでもこっちの法律に絡めれば、って少しでも有利な解釈を使って弁護するわけだから

ついでに言えば、これも当然かもしれないけど、白か黒か、という判断をしてくれるものかと思ったら、黒でなければセーフ、っていう持ってき方、法的にアウトでなければセーフ、グレーはセーフっていう考え方なのかなってのもすごく感じた。

それらが、いわゆる弁護の際にはそれでいいんだろうけど、そうじゃないステージで使われると、すごい傲慢な印象を受けてしまう。

言い方が悪いけど、自分たちに都合の良いように解釈して、ゴールラインを動かして、それが当然のようにふるまう。

裁判ではそうしなければいけないからそうするんだろうけど、そういうのが弁護士の人たちの認知のゆがみになってたりしないだろうか、と感じてしまう。

もちろん、ネットに表出する弁護士なんて全体の極一部で、かつどちらかというとちょっと押しの強い特殊な例で、ほとんどの弁護士の方々は真面目に弁護士の使命を果たしていらっしゃるだろうと思うのだけれども、今回のもろもろを見ていると、裁判なりなんなりまでいかないと法律にのっとった判断にならず、民事的なものって本当に守られるのか、強者しか勝たん、なのかと思ってしまう。

ちなみに、弁護士の使命は

弁護士の使命)

第一条 弁護士は、基本的人権擁護し、社会正義を実現することを使命とする。

2 弁護士は、前項の使命に基き、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度改善努力しなければならない。

だそうです。(https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=324AC1000000205

社会正義定義しだいだよね。これも。本来は、社会正義社会ってのはみんなに共通ものを前提にこの言葉は使われたんだろうけど、最近、この社会ってのが、分断というか、自分に都合の良い社会、っていう風になってきている気がする。上流だったり底辺だったりオタクだったりフェミだったりアンフェミだったり右だったり左だったり、社会正義が一つじゃない、弁護士それぞれにとっても社会正義が違うってなったら、この使命って大丈夫なのかな、信じていいのかなって思ってしまうね。

2022-12-28

日本人反省すべき

大学総長が、卒業式アジア人揶揄する発言。その後謝罪も、ネット非難

https://news.yahoo.co.jp/articles/d6bf29eedb33847bd9e3dde017c8f4061f0ddac8

欧米では大学総長差別的発言をすれば、すぐさま批判が集まり正常な社会秩序を取り戻す自浄作用がある。

翻って日本はどうか。

差別発言を繰り返す政治家YouTuberらが野放しになっている。

この今回この、今回、日本人こそ反省必要があろう。

2022-12-15

anond:20221215152326

まともな社会秩序を持った人なら陰謀論で叩かれてる人を擁護するんやで

2022-12-06

猥褻物の陳列は社会秩序を乱すから禁止されてるの?

無修正動画配信者が逮捕されたニュース見てるともう何が悪くて逮捕されてるのかよくわからんね。

エロ社会秩序を乱す?エロ犯罪が起こる?いや、これは起こるね。

2022-11-09

ありのまま自分」が社会秩序否定されている時点で、自己肯定感を高めろもクソもあるかよって感じなんだよな

2022-09-27

anond:20220926162401

たとえ、どんなに偏った思想作品でも、便乗商法でも、くだらないクソ映画でも、法を侵してない限り公開を妨害されてはならない。批判したけりゃ公開作品を観て、思う存分にこき下ろせば良い。それが表現の自由


というようなくだらない論法はてなには本当に多くてうんざりするが、公開を妨害するとはどういうことか、という当該コメント自体問題点はさておき(例えば圧倒的な不評で公開が打ち切られた場合は「公開の妨害」に当たるのだろうか。「観て」「こき下ろ」したのであれば、一瞬の公開でも公開した以上は良いのだろうか。)、違法でない限り表現の自由侵害できない、という狂った言論問題に触れておきたい。 

そもそも表現の自由というのは憲法上の権利であり、法律がこれを侵害していた場合は、その法律に優先すべき規範である。すなわち、法律があるから表現の自由を制約できるのではなく、表現の自由を制約できる理由があるから法律によって制約できることを忘れてはならない。

要するに、表現の自由を制約できる(「ある表現をするべきではない」と判断できる)価値判断は、現行法関係なく存在することに注意する必要がある。余談だがこれは財産権が「法律でこれを定める」とされていることと対照的だ。名誉棄損やわいせつ物陳列が表現内容に着目した規制であるのにもかかわらず刑事罰という国家として最も強い制約を課すことができるのは、それらが刑法に定められた犯罪からなのではなく、それぞれの守るべき価値表現の自由を制約する理由たり得ると考えられているからとなる。ちなみに、「名誉権」という明文の憲法上の権利はないし、わいせつ規制に至っては個人権利保護ではなく社会秩序理由とした規制である

さて、この時に、現に法規制されていない表現について、「これは表現者の表現の自由を制約してでも公表されるべきではない」と考えた者がいたとする。その時に、「この表現規制されるべきである」と主張すること自体表現の自由保障されないのであれば、この人は一体どうやって自身の考えを実現することができるのだろうか。そもそも、そういった内心を表現し、相互に影響を与えながら政治的合意を得るということが民主主義社会にとって不可欠であるが故に、表現の自由特別重要権利とされているのではないか

というようなことをここまで考えたうえでようやく、現状のSNS社会におけるキャンセル運動が、時に一個人・一企業対応限界を超えてしまうことで、言論価値ではなく「物量」で黙らせる事例を考慮し、こういった事実上の「圧力」が公的規制よりも表現を委縮し、自由表現による合意却って妨げているのではないか、という問題に行き着くのである。ここで、キャンセル運動個別言論自体はその価値を認めざるを得ないという難しさを前提としない限りは、現行法に従うことだけを価値とする冒頭のブコメのようなくだらない言論になってしまう。表現の自由について散々話題にする割に極めて拙い理解に留まるはてなが少しでもましな議論のできる場になることを祈る。

2022-09-26

完全盗撮は何がダメなのか

盗撮の罪についてずっと考えてる。

もし盗撮して本人にバレずにネットにも流出せずに、自分だけで楽しむとしたら、それは罪になるのか。

誰も傷つけて無いではないか。——しか犯罪ではある。

先週、ルッキズム話題で盛り上がったときに、ブクマの人がこんな事を言ってた。

オッパイで女を選ぶのはいいけど公言するなよ?」

選ばれた・選ばれなかった女性に伝えなければ、乳房理由に選別しても良いらしい。

私は反対の立場だ。間違ってると思う。それには盗撮と同じ論理適用できる。

すなわち、社会秩序を乱した罪。

「バレない盗撮してる」/「乳房理由に女をルッキズムで選んでる」

そうした言動・行動自体女性たちの安全暮らしを脅かすのは、否定できない。

多くの男がバレない盗撮をしている事実ルッキズム女性を選んでる事実は、女性たちの人生を恐怖に満ちたホラーに、理不尽さに心を病むような悲劇に、変える。

同じ理由で、同僚の男性自分側の見た目だけ巨乳女性アバターに置き換えるのも、良くないと思う。

現在既に、そういう試みをしていると宣言してしまっているし、完成したら彼はネットに報告するだろう。

すると、「女性の体を、性的まなざしで見て利用する」のを既成事実化することになる。

それを見て羨ましがった増田ブクマカーが現れるだろう。しかし同じ環境を用意できないなら、欲望が高じて同僚の巨乳女性に不自然に近寄ったりするかも知れない。

社会秩序崩壊とは、微かな粗野な言動が知れ渡ることで、もっと大それた邪悪助長する恐れをもたらすこと。

私の話をちゃんと聞いてくれたなら、悩んでいた疑問に今や答えられるはずだ。

完全盗撮を達成してその事実を墓の下に持っていくとして。

「完全盗撮ダメか?」——…ダメ

「何がダメなのか?」——…『完全盗撮は良い』と言うことがダメだ。それは事実上『完全盗撮ダメ』と同じ意味になる。

anond:20220926190213

2022-07-20

anond:20220720161035

それじゃ政治ツールとして使えないじゃん

本来用途として

2022-07-20

カルトかどうかよりお布施制限したほうが良くない?

~~~~~~~追記~~~~~~~

ブコメトラバをみて僕の狙いというのをちゃんかいておくべきだったと感じたので追記

お布施に上限をつけたい、というのは生きていく上での悩みや不安を少しでも減らしたいと思って宗教にすがったのに

その結果、自分だけでなく家族も含めて今日食べるものにも窮するという本末転倒なことが起きないようにしたいという考えから

いまはみんな旧統一教会に目を向けてるけどそれ以外にも胡散臭いものはたくさんあるし今後また起きる可能性をなるべく減らしたい。

個人自由制限することになるのではというコメントがあるんだけども会社法人における36協定宗教法人版だと思って欲しい。

会社法人は裁量労働契約労働者がどんなに働きたいと思っても労働者の肉体的、社会的健康まもるためにそれを止める義務がある。

それと同様に信者お布施をしたいと思ったとしても

生活に支障がでるレベルであればそれを止める義務宗教法人は持つべきだという考え。

社会法益の観点からみても理に叶ってるんじゃないかな?

強要が行われていることに着目すべきという意見もわかるんだけど、信心深いひとだと強要だと認識しない、という問題があるんだよね。

なにより強要だ、ということになってくれればすでに現行の法律対処できる。

あと霊感商法かどうかを基準にしちゃうぶっちゃけ仏壇戒名霊感商法みたいなもんだからね。

(まぁ個人的にはあれも制限していいとは思っちゃいるけど信教の自由観点から一律に制限しづらいでしょう)

なので「経済的困窮せしめ社会生活をおくるのに支障を及ぼすようなお布施献金を法として制限する」

信教の自由をある程度担保した上で依存による生活破綻が防げるラインじゃないと考えてるのです。

(本文では10万とかにしたけど別に生活破綻しないのであれば年収の2, 3%とかでもいいとは思う)

~~~~~追記おしまい~~~~~~~~

統一教会の話が最近持ちきりで、旧統一教会規制しろ、という声をよく見かける。

多分、個々の事案、トラブルには裁判等で対応していくということはできるとは思うんだけど

その一方で根本的な対応は無理な気がするんだよね。

統一教会名前変更が問題になってはいたけど

傀儡となるような人を立てて別の宗教法人を立ち上げるってことも現実的には可能なわけでそれをやられたら結局防げない。

何より日本信教の自由保証されているか教義の内容に政府が口出す、ということはできないし

するべきではない。

頭がおかしいとしか思えない教義でも存在は許されるべきではある。

となるとカルト宗教とそうじゃないものの間はグラデーションで「XXと◯◯があればカルト宗教である」という定義はなかなか難しいんじゃないだろうか。

というわけでここ最近、全宗教法人の寄付金詳細の公開義務付けと

一世帯あたりから寄付の年間総額の上限設定、というのを立法化できないかなと考えてる。(年間10万までとか)

宗教法人の非課税廃止というのもありだと思うんだけど、その非課税が認められてる建て付けが宗教法人は営利団体ではないから」なんだよね。

であればそれを逆手にとって営利団体じゃないんだから寄付金お布施目的じゃないよね、という感じで押し付けたい。

てか、個人的にも信者幸福功徳第一とか無償の愛だと言っておきながらお布施を払わせる事に矛盾を感じる

前段で日本信教の自由があるから頭がおかし教義でも許されると書いたんだけど、

流石に社会秩序を乱すような、例えば人を殺せば天国に行けると言った教義をもとにした「活動」は許されないわけなので

人の家庭を破産させるような恐れのある宗教活動制限されるべきだと思うんだよね。

これ立法するとしたら、どうだろう、問題なさそうかな?

だれか知識ある人、立法経験者の人教えて

(初詣のお賽銭あたりが問題になりそうだけどまぁ参拝客の概算総数から算出という手もある気がする)

カルトかどうかよりお布施制限したほうが良くない?

~~~~~~~追記~~~~~~~

ブコメトラバをみて僕の狙いというのをちゃんかいておくべきだったと感じたので追記

お布施に上限をつけたい、というのは生きていく上での悩みや不安を少しでも減らしたいと思って宗教にすがったのに

その結果、自分だけでなく家族も含めて今日食べるものにも窮するという本末転倒なことが起きないようにしたいという考えから

いまはみんな旧統一教会に目を向けてるけどそれ以外にも胡散臭いものはたくさんあるし今後また起きる可能性をなるべく減らしたい。

個人自由制限することになるのではというコメントがあるんだけども会社法人における36協定宗教法人版だと思って欲しい。

会社法人は裁量労働契約労働者がどんなに働きたいと思っても労働者の肉体的、社会的健康まもるためにそれを止める義務がある。

それと同様に信者お布施をしたいと思ったとしても

生活に支障がでるレベルであればそれを止める義務宗教法人は持つべきだという考え。

社会法益の観点からみても理に叶ってるんじゃないかな?

強要が行われていることに着目すべきという意見もわかるんだけど、信心深いひとだと強要だと認識しない、という問題があるんだよね。

なにより強要だ、ということになってくれればすでに現行の法律対処できる。

あと霊感商法かどうかを基準にしちゃうぶっちゃけ仏壇戒名霊感商法みたいなもんだからね。

(まぁ個人的にはあれも制限していいとは思っちゃいるけど信教の自由観点から一律に制限しづらいでしょう)

なので「経済的困窮せしめ社会生活をおくるのに支障を及ぼすようなお布施献金を法として制限する」

信教の自由をある程度担保した上で依存による生活破綻が防げるラインじゃないと考えてるのです。

(本文では10万とかにしたけど別に生活破綻しないのであれば年収の2, 3%とかでもいいとは思う)

~~~~~追記おしまい~~~~~~~~

統一教会の話が最近持ちきりで、旧統一教会規制しろ、という声をよく見かける。

多分、個々の事案、トラブルには裁判等で対応していくということはできるとは思うんだけど

その一方で根本的な対応は無理な気がするんだよね。

統一教会名前変更が問題になってはいたけど

傀儡となるような人を立てて別の宗教法人を立ち上げるってことも現実的には可能なわけでそれをやられたら結局防げない。

何より日本信教の自由保証されているか教義の内容に政府が口出す、ということはできないし

するべきではない。

頭がおかしいとしか思えない教義でも存在は許されるべきではある。

となるとカルト宗教とそうじゃないものの間はグラデーションで「XXと◯◯があればカルト宗教である」という定義はなかなか難しいんじゃないだろうか。

というわけでここ最近、全宗教法人の寄付金詳細の公開義務付けと

一世帯あたりから寄付の年間総額の上限設定、というのを立法化できないかなと考えてる。(年間10万までとか)

宗教法人の非課税廃止というのもありだと思うんだけど、その非課税が認められてる建て付けが宗教法人は営利団体ではないから」なんだよね。

であればそれを逆手にとって営利団体じゃないんだから寄付金お布施目的じゃないよね、という感じで押し付けたい。

てか、個人的にも信者幸福功徳第一とか無償の愛だと言っておきながらお布施を払わせる事に矛盾を感じる

前段で日本信教の自由があるから頭がおかし教義でも許されると書いたんだけど、

流石に社会秩序を乱すような、例えば人を殺せば天国に行けると言った教義をもとにした「活動」は許されないわけなので

人の家庭を破産させるような恐れのある宗教活動制限されるべきだと思うんだよね。

これ立法するとしたら、どうだろう、問題なさそうかな?

だれか知識ある人、立法経験者の人教えて

(初詣のお賽銭あたりが問題になりそうだけどまぁ参拝客の概算総数から算出という手もある気がする)

カルトかどうかよりお布施制限したほうが良くない?

統一教会の話が最近持ちきりで、旧統一教会規制しろ、という声をよく見かける。

多分、個々の事案、トラブルには裁判等で対応していくということはできるとは思うんだけど

その一方で根本的な対応は無理な気がするんだよね。

統一教会名前変更が問題になってはいたけど

傀儡となるような人を立てて別の宗教法人を立ち上げるってことも現実的には可能なわけでそれをやられたら結局防げない。

何より日本信教の自由保証されているか教義の内容に政府が口出す、ということはできないし

するべきではない。

頭がおかしいとしか思えない教義でも存在は許されるべきではある。

となるとカルト宗教とそうじゃないものの間はグラデーションで「XXと◯◯があればカルト宗教である」という定義はなかなか難しいんじゃないだろうか。

というわけでここ最近、全宗教法人寄付金詳細の公開義務付けと

一世帯あたりから寄付の年間総額の上限設定、というのを立法化できないかなと考えてる。(年間10万までとか)

宗教法人の非課税廃止というのもありだと思うんだけど、その非課税が認められてる建て付けが宗教法人営利団体ではないから」なんだよね。

であればそれを逆手にとって営利団体じゃないんだから寄付金お布施目的じゃないよね、という感じで押し付けたい。

てか、個人的にも信者幸福功徳第一とか無償の愛だと言っておきながらお布施を払わせる事に矛盾を感じる

前段で日本信教の自由があるから頭がおかし教義でも許されると書いたんだけど、

流石に社会秩序を乱すような、例えば人を殺せば天国に行けると言った教義をもとにした「活動」は許されないわけなので

人の家庭を破産させるような恐れのある宗教活動制限されるべきだと思うんだよね。

これ立法するとしたら、どうだろう、問題なさそうかな?

だれか知識ある人、立法経験者の人教えて

(初詣のお賽銭あたりが問題になりそうだけどまぁ参拝客の概算総数から算出という手もある気がする)

2022-07-04

anond:20220704193536

俺が思うのは、世の中には暴力が足りていないということだ

今の法律日本が今よりもっと荒んでいて、凶悪犯罪が横行していた時代に制定されたものだ。

法律暴力抑制するのは社会秩序を守るためだったのだろう。しかし今の日本暴力欠乏症なのだ。やり過ぎたら殺されるかもしれないという、当然の緊張感が社会から消え去って久しい。暴力を押さえ込みすぎて、馬鹿増長を許し、心優しい者がすり減る一方・・・その結果、聞けば毎年2万人も自殺してるそうじゃないか。かえって社会秩序がめちゃめちゃになってしまっているのだ。

今こそ立ち上がろう。俺たちは人間である前にアニマルだ。やられたら逃げる。それがアニマルキングダムの合理性だ。あれ?

anond:20220703120023

公共の福祉とは、原則として権利利益同士が対立した時にそれを調整するためのものだ。

間違い。

なんか、真に受けてる人が多いみたいなのでちゃんと書いておくけども。一部ブクマが指摘しているとおり、「公共の福祉」を人権相互矛盾・衝突を調整するための実質的公平の原理であると解する立場は「一元的内在制約説」と呼ばれ、昭和30年代からわりと長らく憲法学の主流な学説とされてきた。

けれど、机上の空論に過ぎないことが既に広く知られている。

みんな大好き長谷部教授の「新法学ライブラリー2 憲法」(新世社。当増田の底本は第4版(2008年))から持ってきてみよう。

もっとも,一元的内在制約説については,より根底的な点で,その妥当性に疑問を呈することもできる。

第一に,人権を制約する根拠となるのは,かならず他の人権でなければならないとの前提は,「人権」という概念をよほど拡張的な意味で用いない限り理解が困難である。たとえば表現の自由規制する根拠として持ち出される街の美観や静穏,性道徳の維持,電波の混信の防止などは,いずれも個々人の権利には還元されえないものであり,社会全体の利益公共の福祉)としてしか観念しえない。一元的内在制約説のよって立つ前提は,政府がかならずしも個々人の権利には還元し得ない社会全体の利益としての公共の福祉の実現を任務としているという明白な事実あいまいにするばかりでなく,現にある人権が制約されている以上,その制約根拠となっているのも人権であるという誤った思考を導く危険がある。

元増田は、一元的内在制約説という古い欠陥理論依拠している点で誤っているのみならず、一元的内在制約説の解釈適用においてすら、「『人権』という概念をよほど拡張的な意味で用い」る必要があるにもかかわらず、表現の自由の対抗利益に置きうる「人権」を限定的にすることで「公共の福祉概念を過小に設定している。

 

一元的内在制約説は1955年に登場した古い学説で、かつては一世を風靡したが、今じゃ(というか十数年前には既に)芦部憲法高橋教授個人人権の間に損する矛盾の衝突の調整と、自由国家にとって最小限の任務とされる社会秩序の維持と危険の防止であるという定義を付記せざるを得なくなっている。すなわち、現代ではもはや維持されていない学説だ。

そもそも元増田自身が「最低限の性道徳」による制約を引っ張ってきた時点で気付かなかったのだろうか。

 

そして増田の論はその後、創作物規制広告規制を行うとするならば、それは当然に『表現の自由』に対抗できるだけの権利利益が無いといけない。という独自見解開陳し、それを武器に、対抗利益の要保護性をお気持ち断じてバッサバッサと巻藁切りを始める。

まぁこれは、一元的内在制約説の広く共有された欠陥である「制約の可否を判断する具体的な基準が導かれない」という弱点の犠牲になったものとみることもできるが、それにしても、トラバで指摘されている屋外広告物規制条例のように「そうはいっても結構規制されてるよな?」と気付かなかったのだろうか。今じゃ常識の三段階審査とまでは言わないまでも(交通事故業務上過失致死だと書いているくらいだから法律を学んだのは何十年も前のことなのだろう)、古来より伝わる二重の基準くらいは持ってきて欲しかったものである

anond:20220704002250

えっマジでわからんのか。

クリティカルシンキング日本的社会秩序の原因であるか結果であるかは関係なくて、事実として現状そのような秩序になっている以上、仮にクリティカルシンキングを教えることでそのような秩序が変わるのだとしてもそれを教えることは既存秩序の破壊を引き起こすから忌避されて教えられた方は不利益を被るわけで、従ってそういったことは教えずに既存秩序を保つことが双方にとって合理的判断となるナッシュ均衡になってるだろって言ってるんだけど。マジでわからんのか。

2022-07-03

続・表現の自由についてのメモanond:20220702054142追記

anond:20220702054142追記。基本引用元は元記事ブコメhttps://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20220702054142)。

1. 表現の自由私人間で問題となる場合はどんなものがあるか

frothmouth 公権力でないか規制でない、ってのも今の時代実態にそぐわない気がするなあ。キャンセルカルチャー批判とか考えるとね/真面目に書いた増田に「精液で全身ドロドロ〜」みたいなブコメ付けられて気の毒

 ここで問題にしているのは一般人の抗議運動ボイコットのことで、その手のものは「規制」と考えることは不適切だということである公権力でないか規制ではないとは言っていない(私人間効力の論点はもう半世紀以上前からある)。せっかくだから書いておこう。

 2022年現在公権力以外の「規制」を論じる意味があるとすれば、デジタルプラットフォーマー問題だろう。我々の言論はあまりにも出版放送通信インフラ依存している。たとえばツイッターフェイスブック、「マンガアニメ」の類を配信しているプラットフォームpixivなんかの同人投稿サイト。こうしたプラットフォーム言論依存しているので、もはや作者の書く自由擁護するだけでは何の意味もない。その手のプラットフォーマー恣意的管理をすれば言論は生き残れない。一方で、こうしたプラットフォーマーもまた出版自由を有するから、「持ち込まれ言論絶対出版しなければならない」義務政府が課すことは許されない。そして実例として、SNS各社はプラットフォーム内でのヘイトスピーチ禁止しているし、pixivも同様である。みんなプラットフォーマーというとGAFAしかイメージしないが、もっと小規模なレベルプラットフォーマーに目を向けるのが大事だ。

ピクシブ株式会社サービス利用規約14条

23 極端な思想反社会的行為を賛美・助長する表現投稿または編集する行為

24 人種信条職業性別宗教などの差別を賛美・助長する表現投稿または編集する行為

言論流通過程全体を保護するためには―わかりやすく言えば2chの削ジェンヌみたいな滅茶苦茶な「管理」をされないようにしないとけない―プラットフォーマー私人はいっても、その行動を公権力によって規制する必要が出てくる。そしてプラットフォーマーもつ出版自由との慎重な調整が必要となる。その繊細な調整が表現の自由論の課題ますますなっていくだろう。

 なぜ繊細慎重な調整と必要となるか。DPへの介入は、プライバシー名誉毀損にあたる言論裁判所差止めるのと同じ構図だし、言論の分野ではないが、旅館業法が、ホテル旅館(これも私人だ)に宿泊者を原則として拒否できないとする義務を課すのと同じ構図がある。似たような調整はこれまでも行われてきたわけである。ただ、後者営業自由は、もともと社会権保障したり公平な自由を確保するために制限することが幅広く認められると観念されているのと違って、前者は、差止めの要件がかなり厳しく設定されている(『宴のあと事件などを見れば明らか)。それは表現の自由がそれだけ「重い」権利だという観念があることによる。プライバシー名誉毀損営業に対する介入を比較すれば分かるように、表現の自由就中送り手の自由)を重視すればするほど、プラットフォーマーもつ表現の自由」へ介入するのは困難となる。ブコメした多くの人が「表現の自由」はとにかく大事なんだという観念を持っているようだが、果たして一般論として表現の自由称揚すればするほど、プラットフォーマー地位が向上していき、利用者立場は低下していく関係にある。DPに限らず、出版社も独自ポリシーを持っていて、刑法175条の要求とは別に原稿に対していろいろな要求をして、修正しないなら出版拒否する。表現の自由称揚し、表現の自由地位を向上させればさせるほど、出版拒否に対して裁判所が介入するのは困難となっていく。皮肉な話である。「表現の自由」を称揚すればするほど、公権力以外の「規制」はつよくなりうる。私人間同士の対立場面で「表現の自由」を登場させないことには、それなりの理由がある。

 なお、私は一般人の抗議運動を「規制」と言っているような人に調整作業やらせたいと直感的に思えないところがある。その人こそが削ジェンヌになるのではないか

2. 規制とはなにか

minominofx66 まずは宇崎ちゃんしろたわわにしろ萌え絵アニメ規制されるべき「エロ」なのか、健全表現範囲内なのか、この際だから徹底的に議論して白黒はっきりさせるべきだと思う。

 第一に、さしあたって規制されるのは「わいせつ」(刑法175条)である。「エロ」ではない。そして「エロ」とか「健全」かそうでないかという問題は、表現の自由擁護する上でどうでもいいことである重要なのは「不健全」でも公権力によって規制されないということではないか。「不健全」なら規制しても良いという観念が前提にあるように見えるのは驚くほかない。アニメマンガの類の少なくない作品が不健全とか不道徳とか退廃的とか言わざるを得ないのは確かだろう(少なくともハード・コア・ポルノ的なものなら、だいたいどれかには当てはまるだろう)が、だからといって公権力刑罰をもって発売頒布禁止することは許されない。それが表現の自由論ではないの。

 第二に、「規制」がどんな規制かも考えなければならない。仮に刑法175条が廃止されたとする。そうすると性器修正処理などは全廃されるだろうが、成人向けの書籍ビデオ等は依然として年齢制限が課せられる(公権力法律条例をもって年齢制限を課すこともあれば、出版業界の内部協定として行うこともある)。販売頒布禁止されなくても、流通過程制限されることがある。それは言論の内容に着目したものではなく、付随的害悪(たとえば見たくない人の目に偶然触れるのを防ぐため)の阻止するための規制(内容中立規制というやつだ)である一般論としてそのような規制は認められなければならないだろう※。付随的害悪を阻止するための規制もいっさい認められず、街路に成人向け書籍広告を出したり、街頭モニタービデオを上演したりすることも制限なく認められなければならないというのなら、もはや見解の相違としか言えないが。

 第三に、宇崎ちゃん欠缺ポスターやたわわのポスターに対する抗議や批判は、いかなる意味でも規制ではない(国連からという声もあるが、それは「日本の」公権力ではないし、日本国に対して強制力を持ったなにものでもない)。批判や抗議は、表現の自由がもともと予定するものであろう。「不健全表現規制せよ」と主張することすら(私はそうは思わないが)、表現の自由である。それに反論するのも自由だが、そういう主張自体が「規制」と言うのは馬鹿げている。

 とはいってもこれがかなり厄介で、そのような規制によって出版社に過剰な経済的負担を課し、実質的に内容規制をしていこうという方法がないではない。しかし、付随的害悪の阻止のために合理的規制を行うことは、一般論としては認めなければならないだろう。あとは個別事例による。

3. 雑多に。

(1)

daydollarbotch 用語はそれっぽいが内容が所々おかしい。嫌がらせがあるなら不法行為たり得るし、間接適用説の下で表現の自由考慮され得る。判決引用部分では特にわいせつ表現表現の自由保護範囲外とは読み取れない(2階へ

①「わいせつ」に該当してもただちに保護範囲外にならないと最高裁認定しているという趣旨か。だったら以下は何なのだろうか。なお、これはわたしあなたが考えているところのあるべき「わいせつ概念ではなく、最高裁判例法理では「わいせつ」がどういう扱いを受けているかという問題である

ところが猥褻文書は性欲を興奮、刺戟し、人間をしてその動物存在の面を明瞭に意識させるから羞恥感情をいだかしめる。そしてそれは人間の性に関する良心麻痺させ、理性による制限度外視し、奔放、無制限に振舞い、性道徳、性秩序を無視することを誘発する危険を包蔵している。もちろん法はすべての道徳や善良の風俗を維持する任務を負わされているものではない。かような任務教育宗教の分野に属し、法は単に社会秩序の維持に関し重要な意義をもつ道徳すなわち「最少限度の道徳」だけを自己の中に取り入れ、それが実現を企図するのである刑法各本条が犯罪として掲げているところのものは要するにかような最少限度の道徳違反した行為だと認められる種類のものである。性道徳に関しても法はその最少限度を維持することを任務とする。そして刑法一七五条猥褻文書頒布販売犯罪として禁止しているのも、かような趣旨に出ているのである

チャタレイ夫人の恋人事件最大判

②間接適用説のもとで「誰の」表現の自由考慮するかが問題である。抗議者の言動裁判所差止めれば、それこそが表現の自由制限となるから裁判所差止権限行使するにあたっては、表現の自由趣旨を取り込んで適用しなければならない、というのが間接適用説だろう(ドイツリュート判決はこれとそっくりな構図だった)。表現の自由私人間効力は、抗議者に対して、一般論として相手表現を一切抑制しないように注意する義務を課すものではない。もしそうだとすれば、あらゆる抗議の類が不法行為になるはずである

嫌がらせがあるなら不法行為なのは違いない。それは個別事例による。

関連して。

type-100 175条にしても猥褻物の作成・所持を禁じているわけではない。猥褻性を持つもの表現言論自由保護を受け、他の権利との綱引き規制されている。

 確かに刑法175条はわいせつ文書・図画等の作成・所持を禁じていない。その限りであなたのいうとおり、「保護を受け」ると考えてみよう。しかし、販売頒布禁止される。警察刑法175条の取締り方針を変更して、性器露出したり、性行為描写するあらゆる作品を取り締まったとする。そこで作成・所持だけが保護されたとして、何の意味があるのか。「保護されない」という言い回しが気に入らないなら、「保護レベルが著しく低い」という風に言い換えた上で読んでいただきたい。加えて、最高裁作成・所持の禁止まですれば違憲となる、とも言っていない(アメリカなら、Stanley v. Georgia, 394 U.S. 557 (1969) 判決がそう言っているが)。

(2)

CocoA "一般に「エロ」の表現の自由を目指していきたいのであれば、少なくとも刑法175条を廃止しなければならないはずである"<-えっ、廃止に賛成している表現の自由戦士たちを知らない・・・

 「戦士」なら刑法175条を廃止する署名運動なり政治運動なりをやるべきであろう。あるいは「戦士」とはただのネット弁慶か。廃止提案されたら賛成するが、そうでなければ特に何かしないのか。

(3)

hom_functor これだけ長文書いても表現規制する合理的理由絶対説明しないんだよな。「抗議をやめる~ように請求する法的資格を有する」なんて見かけない主張を創作したり反論やすブコメチェリーピッキングするだけ

 「規制」なのかという問題か否かを読み取っていただけてないらしい。上記で書いたように、抗議運動なりボイコットなりは「規制」ではない。政治道徳的な観点からそれに理由があれば正当だし、理由がなければ不当だというだけのことである。むろん嫌がらせの類は、不法行為である。抗議運動なりボイコット理由があるかという部分はともかく、「規制」というおかし問題設定をしていることが馬鹿げているということだけはくみ取っていただきたいのだが。

(4)

sirobu 表現不自由展に対する街宣カーも自由制限する不当な圧力だと思ってるんだけど、増田はそう思わないってことかな?

 あなたが街宣カーで街宣される時点で表現の抑圧だと考えていることはよく分かった。そういうレベルから見解が異なるのなら、議論がかみ合うことはないだろう。以下は参考まで。街宣カーで道路を走りながら何か言うだけなら、それは自由である馬鹿なことを言っているなとは思うが)。問題は街宣カーそれ自体ではなく、殺害予告だったり大量電話のような嫌がらせだろう。また、名古屋市長支出拒否しかり、大阪府知事の会場施設利用許可しかり、公権力規制に乗り出していることを考えれば、表現不自由展では「不当な圧力」どころか、ズバリ規制」が問題だった。公権力嫌がらせを煽っていることも見逃せない(特に名古屋市長愛知県知事リコール運動)。

(5)

thesecret3 憲法法律ではないので専門家判決がどうでも各自独自解釈で主張してもいいと思う。自由保障すると言ったら基本は保障されなければならないのであって政府邪魔しなければいいってもんではないと私は思う。

 それは畢竟独自見解ですね。

 なんか進次郎構文っぽいトートロジーが・・・。

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