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2024-01-23

anond:20240123163508

マジで宗教マターを社会法制化しようとするのだけやめれくれれば宗教団体許すんだがなあ

2023-07-01

無修正動画売って捕まった女の件

やっぱり刑法175条っておかしいよな?

道徳や性秩序の維持などを含む社会法益を守ってるつもりなんだろうが、モザイク修正のないもの頒布することによってこれを害すること(あるいは、モザイクがあることによって法益が守られること)に合理的説明はできないはず。根拠がないから。

そうであるにも関わらず、この法の存在によって、成人向け表現を扱う業界が払っているリスクが大きすぎる。今回捕まった女もそうだが、当局が目をつけたらいつでも引っ張れる恣意性があるのはヤバい松文館裁判もそういう感じだった。

参議院にも廃止請願書が提出されているようだけど、これを機に世論も熱くなるといいなと思った。

2022-07-20

anond:20220720161035

それじゃ政治ツールとして使えないじゃん

本来用途として

2022-07-20

カルトかどうかよりお布施制限したほうが良くない?

~~~~~~~追記~~~~~~~

ブコメトラバをみて僕の狙いというのをちゃんかいておくべきだったと感じたので追記

お布施に上限をつけたい、というのは生きていく上での悩みや不安を少しでも減らしたいと思って宗教にすがったのに

その結果、自分だけでなく家族も含めて今日食べるものにも窮するという本末転倒なことが起きないようにしたいという考えから

いまはみんな旧統一教会に目を向けてるけどそれ以外にも胡散臭いものはたくさんあるし今後また起きる可能性をなるべく減らしたい。

個人自由制限することになるのではというコメントがあるんだけども会社法人における36協定宗教法人版だと思って欲しい。

会社法人は裁量労働契約労働者がどんなに働きたいと思っても労働者の肉体的、社会的健康まもるためにそれを止める義務がある。

それと同様に信者お布施をしたいと思ったとしても

生活に支障がでるレベルであればそれを止める義務宗教法人は持つべきだという考え。

社会法益の観点からみても理に叶ってるんじゃないかな?

強要が行われていることに着目すべきという意見もわかるんだけど、信心深いひとだと強要だと認識しない、という問題があるんだよね。

なにより強要だ、ということになってくれればすでに現行の法律対処できる。

あと霊感商法かどうかを基準にしちゃうぶっちゃけ仏壇戒名霊感商法みたいなもんだからね。

(まぁ個人的にはあれも制限していいとは思っちゃいるけど信教の自由観点から一律に制限しづらいでしょう)

なので「経済的困窮せしめ社会生活をおくるのに支障を及ぼすようなお布施献金を法として制限する」

信教の自由をある程度担保した上で依存による生活破綻が防げるラインじゃないと考えてるのです。

(本文では10万とかにしたけど別に生活破綻しないのであれば年収の2, 3%とかでもいいとは思う)

~~~~~追記おしまい~~~~~~~~

統一教会の話が最近持ちきりで、旧統一教会規制しろ、という声をよく見かける。

多分、個々の事案、トラブルには裁判等で対応していくということはできるとは思うんだけど

その一方で根本的な対応は無理な気がするんだよね。

統一教会名前変更が問題になってはいたけど

傀儡となるような人を立てて別の宗教法人を立ち上げるってことも現実的には可能なわけでそれをやられたら結局防げない。

何より日本信教の自由保証されているか教義の内容に政府が口出す、ということはできないし

するべきではない。

頭がおかしいとしか思えない教義でも存在は許されるべきではある。

となるとカルト宗教とそうじゃないものの間はグラデーションで「XXと◯◯があればカルト宗教である」という定義はなかなか難しいんじゃないだろうか。

というわけでここ最近、全宗教法人の寄付金詳細の公開義務付けと

一世帯あたりから寄付の年間総額の上限設定、というのを立法化できないかなと考えてる。(年間10万までとか)

宗教法人の非課税廃止というのもありだと思うんだけど、その非課税が認められてる建て付けが宗教法人は営利団体ではないから」なんだよね。

であればそれを逆手にとって営利団体じゃないんだから寄付金お布施目的じゃないよね、という感じで押し付けたい。

てか、個人的にも信者幸福功徳第一とか無償の愛だと言っておきながらお布施を払わせる事に矛盾を感じる

前段で日本信教の自由があるから頭がおかし教義でも許されると書いたんだけど、

流石に社会秩序を乱すような、例えば人を殺せば天国に行けると言った教義をもとにした「活動」は許されないわけなので

人の家庭を破産させるような恐れのある宗教活動制限されるべきだと思うんだよね。

これ立法するとしたら、どうだろう、問題なさそうかな?

だれか知識ある人、立法経験者の人教えて

(初詣のお賽銭あたりが問題になりそうだけどまぁ参拝客の概算総数から算出という手もある気がする)

カルトかどうかよりお布施制限したほうが良くない?

~~~~~~~追記~~~~~~~

ブコメトラバをみて僕の狙いというのをちゃんかいておくべきだったと感じたので追記

お布施に上限をつけたい、というのは生きていく上での悩みや不安を少しでも減らしたいと思って宗教にすがったのに

その結果、自分だけでなく家族も含めて今日食べるものにも窮するという本末転倒なことが起きないようにしたいという考えから

いまはみんな旧統一教会に目を向けてるけどそれ以外にも胡散臭いものはたくさんあるし今後また起きる可能性をなるべく減らしたい。

個人自由制限することになるのではというコメントがあるんだけども会社法人における36協定宗教法人版だと思って欲しい。

会社法人は裁量労働契約労働者がどんなに働きたいと思っても労働者の肉体的、社会的健康まもるためにそれを止める義務がある。

それと同様に信者お布施をしたいと思ったとしても

生活に支障がでるレベルであればそれを止める義務宗教法人は持つべきだという考え。

社会法益の観点からみても理に叶ってるんじゃないかな?

強要が行われていることに着目すべきという意見もわかるんだけど、信心深いひとだと強要だと認識しない、という問題があるんだよね。

なにより強要だ、ということになってくれればすでに現行の法律対処できる。

あと霊感商法かどうかを基準にしちゃうぶっちゃけ仏壇戒名霊感商法みたいなもんだからね。

(まぁ個人的にはあれも制限していいとは思っちゃいるけど信教の自由観点から一律に制限しづらいでしょう)

なので「経済的困窮せしめ社会生活をおくるのに支障を及ぼすようなお布施献金を法として制限する」

信教の自由をある程度担保した上で依存による生活破綻が防げるラインじゃないと考えてるのです。

(本文では10万とかにしたけど別に生活破綻しないのであれば年収の2, 3%とかでもいいとは思う)

~~~~~追記おしまい~~~~~~~~

統一教会の話が最近持ちきりで、旧統一教会規制しろ、という声をよく見かける。

多分、個々の事案、トラブルには裁判等で対応していくということはできるとは思うんだけど

その一方で根本的な対応は無理な気がするんだよね。

統一教会名前変更が問題になってはいたけど

傀儡となるような人を立てて別の宗教法人を立ち上げるってことも現実的には可能なわけでそれをやられたら結局防げない。

何より日本信教の自由保証されているか教義の内容に政府が口出す、ということはできないし

するべきではない。

頭がおかしいとしか思えない教義でも存在は許されるべきではある。

となるとカルト宗教とそうじゃないものの間はグラデーションで「XXと◯◯があればカルト宗教である」という定義はなかなか難しいんじゃないだろうか。

というわけでここ最近、全宗教法人の寄付金詳細の公開義務付けと

一世帯あたりから寄付の年間総額の上限設定、というのを立法化できないかなと考えてる。(年間10万までとか)

宗教法人の非課税廃止というのもありだと思うんだけど、その非課税が認められてる建て付けが宗教法人は営利団体ではないから」なんだよね。

であればそれを逆手にとって営利団体じゃないんだから寄付金お布施目的じゃないよね、という感じで押し付けたい。

てか、個人的にも信者幸福功徳第一とか無償の愛だと言っておきながらお布施を払わせる事に矛盾を感じる

前段で日本信教の自由があるから頭がおかし教義でも許されると書いたんだけど、

流石に社会秩序を乱すような、例えば人を殺せば天国に行けると言った教義をもとにした「活動」は許されないわけなので

人の家庭を破産させるような恐れのある宗教活動制限されるべきだと思うんだよね。

これ立法するとしたら、どうだろう、問題なさそうかな?

だれか知識ある人、立法経験者の人教えて

(初詣のお賽銭あたりが問題になりそうだけどまぁ参拝客の概算総数から算出という手もある気がする)

2021-10-29

anond:20211024224215

空想非実在規制論か… なかなか難しいな。大元増田の理路に則って、抽象化された個人法益保護ではなく、社会法益だけを保護するように拡張するならば、例えばこういう前提を認めることになる。



たとえエルフが年を重ねていたとしても、見た目の年齢が低いならば、彼女性的ぞんざいに扱われたとき、読者は何に興奮するのか… ? ロリババアひとつジャンルになっていることから考えると、ロリ性が必要だとわかる。他方、老いロリババアに興奮する人がいないことから、見た目の低年齢が性的興奮の要因になっていると考えられる。また、コンビニに置いてある雑誌の表紙にそんな絵があったとして、それを見て恐怖する少女は設定年齢を知って安心したりはしないだろう。ゆえに、見た目の年齢が低いなら規制対象にすべきだ。

見た目が大人っぽいバスケ部高校生。同じように書店に積まれてるのを目撃しても、初見では傷つかないだろう。でも何らかのきっかけで実は年齢が若いってことを知ったら、その時点で心の傷は生まれる。興奮する側にしても、少年大人っぽい格好をするギャップ萌えているのではないか…? だとすると同様に低年齢さが鍵となっていることになる。規制すべきだ。

2021-09-04

性的ものが表にあることで起こる被害の話」に賛同することの拙さの補足

はじめに

この元増田 anond:20210903184406 が言いたいことがあまり伝わってなさそうなので解説と補足をしてみようかなという試みです。

id:yas-mal ゾーニングされてましたよ? 有料なのはもちろん、順路的にも突き当たりで、入る前に説明文、カーテンも掛かってた。河村市長だってそんな馬鹿理屈は言ってないはず。(「河村より馬鹿」の称号ゲットおめ)

とか言う意見があったりするんですがたぶんそーいう話じゃないと思うんですよ。

あと結構な人が勘違いしてそうなんですが、追記

ゾーニングて言うならエロ表現だってゾーニングされてて、公的子供に見せちゃダメ認定された18禁表現は表に出されてないだろうが

と書いているので多分ゾーニング反対論者でもないと思うんですよね。

たぶん「起こる被害を防ぐ」すなわち治安理由ゾーニングしちゃいかんよねという話じゃないでしょうかね。

アイトリとの比較の話にもどると一般市民権限を持つ市長では立場が違うので無理がないわけじゃないのですが

「ある表現を行うことによって治安が脅かされるという想定の上で違法とはいえない表現自分管轄関係領域から切り離そうとしている」ということに関しては共通しているんです。

もちろん、無辜の一市民たる作者と一大都市首長たる河村氏が負わねばならない責務、倫理からみて

河村市長のほうが問題が大きいのですが・・・

なので元増田はわかりづらいところはあるもののそこまでおかしなことは言っていません。

ただ、なぜそれがまずいのかは説明していません。

というわけで、文頭に述べたように僭越ながら僕の方からなんでそれがまずいか補足しようと思います

あ、ちなみに最初に言っておきますが僕自身ゾーニングはある程度すべきであるし、禁書房の関しても

この漫画の中の事例にかんしても子供が中身をみないような工夫をすべきだとおもっています

ゾーニングはある程度すべきであるし、禁書房の関しても

この漫画の中の事例にかんしても子供が中身をみないような工夫をすべきだとおもっています

(大事ことなので2回)

ゾーニング治安向上の目的にしてしまうことの拙さ

ブコメ割れ窓理論を援用してポルノ広告が街中にあると治安が悪くなるという意見を書かれている方が何人かいますよね。

その方達は落書きポルノと言った「風紀」を乱すもの放置しておくと犯罪率があがる、だと思ってそうですが実はちょっと違います

割れ窓理論は「風紀」が乱れる治安悪化する、ではなく、「秩序」が回復されないと治安悪化するという理論です。

割れた窓を放置すると治安悪化する、という事ですね。

まり困った状態になってもそれに誰も関心を持たないような状況下なら犯罪も起きやすいよね、という話です。

なので、割れ窓理論において重要なのは割れ窓」が発生した際に迅速に回復させる仕組みを作ることであって

窓を割るやつを排除することではないのです。

ここで問題になってくるのは AVポスター等は「割れ窓」に含まれるのかということです。

正直、どのようなものが飾ってあったのかはみないとわからないのですが、あの漫画の挿入画を見るに

なんだかんだ言って局部は隠してあったんじゃないかなとおもっています

(というか丸出しならわいせつ頒布等の罪としてうったえればいいだけの話ですからね)

となると秩序を乱していない以上、割れた窓扱いするのもおかしいでしょう。

なので漫画に書かれてたような痴漢がでたりした場合はすぐに逮捕できるように、

もしくは、痴漢を防止するためにパトロールする警官を増やせ、というほうが割れ窓理論に沿っているではないでしょうか。

もちろん、窓を割りそうなやつを排除するほうの指針というか政策もかつてありました

ニューヨーク市長のジュリアーノ氏がやった「ゼロ・トレランス政策がそれにあたります

ニューヨーク家族で歩ける街にする、というスローガンのもと

落書き未成年者の喫煙の取り締まりといった小さいのからまりポルノショップの締め出し行って行きました。

しかし、残念ながらその施策は最終的にはホームレス強制収容にまで発展してきました。

故にid:by-king 氏や id:nikakunikaku 氏の保育園建設反対運動ホームレス排斥につながるのではという意見歴史的経緯からみてもそんなにおかしな話じゃないのです。

実際、宮下公園の話( https://anond.hatelabo.jp/20200815092248 )とそれに紐づくブコメみてもホームレスの人がいなくなって治安がよくなった、というコメントまぁまぁありますよね。

ゾーニング理由治安にしてしまうのを危険視してるのは上記のような排除治安維持のもと容認されかねないからです。

実際、世紀の悪法と呼ばれた治安維持法はそうでしたよね?

結局ゾーニングをすべきなのか

じゃあゾーニングしなくていいのかというとそーいうことではないです。

最初の方に述べたようにゾーニングはすべきだと考えています特に就学児童が通るようなところであれば。

当たり前ですが性交渉にはリスクが伴います。充実した内容とはいえないとはいえ

義務教育下の性教育を履修が完了していない児童ポルノを見せることは弊害が大きいでしょう。

また、すでにお酒タバコと言った年齢制限のある商品少年誌広告をだせなかったり CM20時以降という制約があります

ポルノ商品にも年齢制限がありまた、わいせつの法的定義的にもある種の有害性が定義されている以上ある程度のゾーニングは仕方ないでしょう。

とくに公道から商品内容が見える、みたいなのは避けるべきです。

結論

以上、僕の意見をまとめると

子供が通るような道にポルノ連コンテンツを設置するべきではないが、それは公序良俗社会法益または子供教育視点から論ぜられるべきで

決して治安維持の観点から語るべきではない、という事になります

よねはらうさこ氏のポルノ商品ゾーニングをすべきだという部分は同意できるものの、なぜすべきなのかの部分が非常に危うく

そしてそれを指摘してる人が少なかったため書きました。

2021-07-28

国民一般的宗教的感情」はしゃーない

[B! 司法] 「国民の一般的な宗教的感情」を害したので有罪。孤立出産で死産したベトナム人技能実習生、地裁判決の中身(望月優大) - 個人 - Yahoo!ニュース

 この件、既にブコメでも言われてるから敢えて書く必要はないかもしれないが、「国民一般的宗教的感情」が持ち出されるのは仕方ないと思う。

 誤解無いように言えば技能実習生だったリンさんに対して下された判決のもの妥当だと言ってるわけではない。「国民一般的宗教的感情」の中身や適用範囲には議論余地があるが、「国民一般的宗教的感情」という概念自体はやむを得ないというお気持ち

2021/7/29 18:30追記

Q. 「国民一般的宗教感情概念自体は仕方ないにしても有罪に導くロジックおかしいのでは?

A. 実際のところ実務的な論点はそっちの方が重要だと思うよ!このエントリ死体遺棄罪の保護法益は「国民一般的宗教感情」としか言えないしそこはしゃーないって話しかしてないからね。「殺人罪保護法益は『人命』です」ってエントリだけじゃ実際の事件に対して殺人傷害致死か過失致死か、正当防衛緊急避難か、手術の失敗みたいな仕方ない事案なのか、責任能力はあるのか、そもそも被疑者犯人なのかetcなんて語れてないというのと同じです。

2023/3/24 20:30追記

ベトナム人元技能実習生に逆転無罪判決 死産児遺棄の罪 最高裁 | NHK | 事件

 最高裁逆転無罪判決が出たようです。かなり珍しい形ではないでしょうか。難しい判断だったか愚考しますが個人的には良かったと思いますNHKのこの記事論点網羅していて良い記事ですね。技能実習生に対する妊娠出産に関しての不適切言動について「出入国在留管理庁が去年初めて……実態調査を行った」レベルなのは今まで行われてなかったのかと愕然とするものがありますが…。

 制度に関する有識者会議現在開かれています。この事件を通して技能実習制度が孕む問題について真剣社会的議論が行われることを切に望みます技能実習制度の抜本的な改革が叫ばれてもう20年以上経ちました。その間に訴訟が起き労働者性が認められ、法が変わり労基法適用されるようになりましたし、外国人技能実習機構という新しい組織がなんかできたりもしました。もちろん状況の改善がなかったとは言いません。しかし一方でずっと同じ問題が指摘され続けてもいます。そろそろこの問題に決着をつけてほしいと願うばかりです。

死体損壊・遺棄罪は宗教項にある

刑法

24章 礼拝所及び墳墓に関する罪

第188条

1 神祠し、仏堂墓所その他の礼拝所に対し、公然と不敬な行為をした者は、六月以下の懲役若しくは禁錮又は十万円以下の罰金に処する。

2 説教礼拝又は葬式妨害した者は、一年以下の懲役若しくは禁錮又は十万円以下の罰金に処する。

第189条

 墳墓を発掘した者は、二年以下の懲役に処する。

第190条

 死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三年以下の懲役に処する。

第191条

 第百八十九条の罪を犯して、死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三月以上五年以下の懲役に処する。

第192条

 検視を経ないで変死者を葬った者は、十万円以下の罰金又は科料に処する。

 まず刑法の建て付けとして死体遺棄罪を含む死体損壊罪等(190条)は「礼拝所及び墳墓に関する罪」という章の中にあるんだよね。同じ章にある第188条は「礼拝所に対し、公然と不敬」をした人間を罰するもの礼拝所不敬罪)だったり第189条は墳墓の発掘者を罰するもの(墳墓発掘罪)だったりで非常に宗教的な内容。なので190条も宗教的な項目だと見るのはそこまでおかしくない。もちろん猥褻関係の罪のように同じ章でも個人法益保護社会法益の保護と分かれてるものもあるので必ずしもというところではあるんだけど。実際192条は明らかに性質が違うので。

墓地、埋葬等に関する法律

第1条

この法律は、墓地、納骨堂又は火葬場の管理及び埋葬等が、国民宗教的感情に適合し、且つ公衆衛生その他公共の福祉見地から、支障なく行われることを目的とする。

 関連して墓地埋葬法では宗教的感情理由墓地や埋葬に関わる規制を行うと明示している。

感情保護

 しかし、それでも死体損壊罪等は宗教的側面から逃れられないだろう。と、その前に感情保護法益にできるのかという話をしなければならない。

 確かに刑法において感情保護法益にするのはあまり好ましく思われていない。例えば侮辱罪について保護法益名誉感情とする説もあるが人気はない。刑法は謙抑的でなければならないのに安易感情理由にした規制を認めれば際限なく広がりうるからだ。社会秩序としての「国民一般的宗教的感情」が云々と言った時も何とかして法益の最終地点を社会秩序とか宗教的風俗とかそういうところに落とし込もうという謎の努力垣間見られる。

 しかしはっきり言えば第188-191条は基本的に「宗教的感情」を保護法益とするものだと理解されることが多い。礼拝所不敬罪についての高裁判例を見てみよう。

……思うに、同条は、国民宗教的崇敬ないしは死者に対する尊敬感情を害する行為処罰するものであつて、そのいかなる行為がこれに該当するかは時代によつて同一ではないであろう。しかしながら、今日のわが国の公衆一般感情としては、特に清浄を保つべ場所たる墓所区画内において放尿するがごときはなお明らかに墓所神聖を穢すもの観念されるのであつて、このことからさら推して考えるならば、たとえ現実には放尿しなくとも、放尿するがごとき格好をすること自体、見る者をしてその墓所に対する崇敬の念に著しく相反する感を与えるものといわなければならない。……

東京高判昭和27・8・5

 いや、判例がそう言おうとも礼拝所不敬罪(188条1項)と説教妨害罪(188条2項)についてはあくま宗教的自由保障なんだという意見はありえる。墳墓発掘罪(189条)についても確かにそう言えなくもない。これらは他者宗教的行為に対して害をなしていると言う立論もできなくもないからだ。

 しか果たして死体遺棄損壊他人宗教的行為に害をなしていると言えるのだろうか?やはり死者への崇敬の念という宗教的感情説明せざるを得ないのではないか(通常189条に対してもこう説明される)。

 これはつまりそもそも何故死体はここまで保護されるのだろうかという問題である。何故器物損壊罪では飽き足らず、死体損壊罪を特別規定したのだろうか。感情を持ち出したくないなら死者の生前人格権の延長と見なすという方法はある。それでも権利主体でもない死体法益帰属主体となりえるのかという疑問は湧く。しかもこれだと生前火葬拒否していた人間火葬したら人格権否定として死体損壊罪の構成要件に該当する可能性まで生まれしまう。

 実際のところ死体が敬意を伴って丁重に扱われ慰撫されるのは生きている我々でしかない。死体が傷つけられたのを生命への侮辱と見るのはそれこそ素朴な「宗教的感情」ではないか無宗教を自認する人間の多い日本では宗教的感情と死者への敬虔を別と考えたくもなるかもしれない。ナイーブな気がするが、まあ宗教的でない普遍的感情としてもやはり「感情」が保護法益であることを否定はできていない。「国民一般的感情」としても問題は変わるわけではあるまい。

 まあネットでは「お気持ちカード切ればゲームに勝てる感じだしまネット上の議論なんてそんなものでもいいのだが、現実を見るとそう簡単に割り切れるものでもない。今回は刑事なのでちょっと違うが民事名誉毀損では「名誉感情”」が保護されることになっている。「お気持ち」と法で言う「感情」は同じじゃないと言えるかもしれんが…本当にそうかなあ。実務的にはどういう感情というかお気持ち保護されるべきかみたいな方が喫緊課題なんじゃないかな。ネット上の議論はその辺り無視して話をできるからやりやすいですな。建設的になってるかは知らんけども。でもはてブAPIも非建設的なコメント建設的と認識してる気もするからまあヨシ。

一般的

 「一般的」とか勝手に言うなというのは分かる。ところが刑法判例を見ると「普通人」だの「通常人」だのという言葉もそれなりに見る。

 最高裁様が決めた悪名高き刑法175条「わいせつ概念定義を見てみよう。

……徒に性欲を興奮又は刺激せしめ、且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義に反するもの……

最判昭和26・5・10

 「普通人」「正常な」ってなんだよ。そもそも羞恥心みたいな感情を害することを軽々と要件にしていいのか。何らなら「善良な性的道義」もよく分からないが、しかしまあこの定義は脈々と受け継がれている。ただ、正直に言えばこうした罪状はこういう言い方しかできない部分が無いではない。

 もう少し言えば他の罪状でも「通常人」を持ち出すしかない部分はある。例えば過失の認定をするのに危険が発生することを予見できたのか、という思考実験を行わざるをえない時もある。その際に通常人から見て予見可能性はあったのかと考えるのである。そうでなければ、被疑者が「自分には危険は予期できなかった」と言えばそれに反する証拠を提出できなければ全て無罪になってしまう。過失犯は立証困難になり死ぬというわけだ。

 それと実際上の問題としてわいせつ概念や死者への敬虔の発露の方法時代社会によって大きく異なることは留意せねばなるまい。わいせつに関しては女性の胸の扱いとか見ると分かる気がするんだけど、下着姿の女性公然わいせつになったりというのはある時代ある社会ではありえないことだろう。今の日本では実際に逮捕されたりしてるけどね。死者の扱いもやはりその場所その時の習俗に大きく左右されるのは分かるだろう。だからこそ「一般」「普通人」みたいな限定をかけておいてあまりにも硬直的で時代遅れにならないようにしてる部分はある…のかは分からないんだけどたぶんそう。

 ただまあ「一般」も「普通人」も「通常人」も裁判官想像上の産物しかないので注意を向けなければならないのも確かではある。どうしても恣意的になるしそうなると罪刑法定主義からしてどうなんだって話にはなるし。今回の件も宗教的感情という言葉のものよりそういうとこが問題なんじゃないかな。




余談:外国人技能実習生に対する妊娠禁止規定違法です

 これはもう労働法妊娠による不利益取り扱いを禁じていて、その労働法技能実習生適用されるよう法改正した時点で自明ことなんだけど、何故か未だに妊娠禁止とか恋愛禁止とか決められてたりするんだよねえ…。技能実習生に対しては日本労働者と同じ扱いしなくていいと思ってるのか、そういうヤバイ労働環境から日本人が来なくて技能実習生代替せざるをえないのか分からんけど。

 裁判例としては最初期の2013年の地裁判決の内容を紹介しておく。

(事例)

 中国人技能実習生女性中国の送り出し機関妊娠禁止規定を結んでいた。ところが来日食品加工会社で働き始めてから6ヶ月後に妊娠が判明した。

 すると日本の受け入れ団体(監理団体)は妊娠理由強制帰国させるべく抵抗する当該女性を拘束して空港連行した。なおも女性抵抗空港保護される。

 こののち女性流産女性はこのことで記者会見を開いたため会社解雇された。

結論

 ・妊娠禁止規定不適切解雇無効

 ・帰国強制流産には因果関係がある

 ・会社団体は未払い賃金損害賠償を払え

参考:妊娠を理由に帰国迫られ「流産」 元実習生が勝訴した「裁判のポイント」は? - 弁護士ドットコム

 技能実習生に対しては非人道的行為がわりと行われてたりするので法の限界事例みたいなのがしばしば起こる。会社所有の寮にカメラがあって盗撮されてたという事例なんかははてブでも話題になってたが実は日本法体系の間隙を突いた問題なんだよね。迷惑防止条例公共の場限定してることが多いか会社所有の寮みたいな私的空間には適用できず、そういう時に拡張して使われる建造物侵入罪は所有者が被害届を出さないと適用できない。軽犯罪法の窃視の罪にはなりそうだけど、迷惑防止条例拡大解釈した建造物侵入罪でとりあえず対応しておくという実務というかちゃん法整備してないツケ。閉店した後の店とかも公共の場ではなくなるので実は真摯議論する必要がある部分だと思うんだけど、まあこういうことが技能実習制度で分かるというのは平常人間が受けない仕打ち技能実習が受けやすいということでもあるんだろうなあ。違法状態が常態化してるのおかしいですよ。

2020-03-22

リバタリアニズム限界か…

元のツイの方が余りにアレなので当時の例を出されたのだろうけど。

そもそもコロナ禍の問題はまた別の問題だとも思うけどね。

ブロッキング騒動以前の単純所持規制創作物規制話題になっていた時ですら、規制に反対していた方こそ児童保護厚労省管轄にして、保護予算をつけるべきであり、児童ポルノ性的虐待物に名称変更すべき等の具体的な個人法益としての実在児童保護の案を実際言われていたのは当時見ていた人は判っていると思う。

からこの指摘自体あってるよ。

それにあの規制自体余りにも弊害が多くて、効果自体期待できないモノだったからこそ反対されていたのは事実から

大体世間的には反対される規制論理的に間違っている者が多い。

多くの規制問題場合、ただ表現の自由言論の自由だけと言う話ではないからね。

寧ろ当時の児童ポルノ禁止法やらと条例の時は逆に反対していた人達の方がどの位ネット規制及びゾーニング規制の幅を問題ない程度に行い抑えていくべきかと言う話もあった位だしねぇ。

そもそも当時これを無視して規制ばかり進めたのが当時のフェミニストキリスト系とかの推進派だったし、彼等は社会法益化しようとしていたのは事実

からこそ児童ポルノ禁止法はここまで歪な代物になったし、海外において創作物規制をした国こそ実在児童犯罪が今も酷く、この規制自体リソース分散悪化を招いたと言われるのも必然だし皮肉だと思う。

2019-05-11

anond:20190511145918

上記にも示した通り、社会法益と個人法益を混合しているから。

漫画等の表現規制問題社会法益の問題、つまり社会風紀の問題道徳問題ですね。

児童保護問題子供虐待とかから保護問題になります

まり根底からして本来は別問題です。

テンプレ的な回答になってしま申し訳ないですが。

そして保護活動と言うけども表現規制活動を行う事によってその児童保護リソースを割く結果を招く事にも繋がります

この辺は山田太郎さんの記事動画等に詳しく説明されているので、そちらを読んで頂ければありがたいです。

https://originalnews.nico/11787

http://taroyamada.jp/?page_id=9626

[]国連パブコメに関連した米国の話

国連児童ポルノガイドラインパブコメが締め切りが3月31日であったにも関わらず、5月6日付で突然アメリカパブコメが表示された事に関連した話。

https://www.ohchr.org/EN/HRBodies/CRC/Pages/DraftGuidelinesOPs.aspx

参考:OPSC Draft Guidelinesに対する各国コメント

https://beni-uo.hatenablog.com/entry/2019/04/20/101159

一応メールをしてとあるから返答が来た。

そこで

小説ロリータアメリカでは一度も規制された事はない。

アメリカでも漫画自体児童ポルノではない。

・ただ猥褻定義自体児童ポルノよりも曖昧である

・州や裁判によって受け取り方が様々であり、それで漫画ラフであっても逮捕される事例が起こっている。

・実際に2018年囚人が書いたラフによって逮捕された事やただ漫画を所持していただけ逮捕された様な事例もある。

・ただ過去には違憲判決が出た例もある。

大体こんな感じの事を返答してくれた。

またやはりその方も国連パブコメの締め切りが終わった後に米国パブコメを受け入れた事は興味深いらしい。

アメリカでは児童ポルノ禁止法が個人法益ではなく、社会法益化してしまっていると言う認識で良いのかな?これだと。

絵を描くだけで逮捕とかマジ狂気だわ。

しかしこんな事すれば更に実在児童保護から観点が離れて、逆に児童権利すら後退させる事態を招くと思うのだけどね。

漫画等の表現の自由問題関係するけども逆に創作物とわざと混ぜて規制なんかしたら児童権利にも悪影響を与えるよ。

この法律自体実在児童保護を主目的をしているのにこれをわざと潰そうとしているのだから、後々その反動で逆に子供権利自体衰退する様な事態を招きかねないと思うけどね。

今回のアメリカパブコメと言い、悪意しか感じないよ本当に。

真面目に児童保護を考えている人からすれば本気で迷惑なんじゃないか?これ。

でも彼等(宗教的な力が強すぎて)文句も言えない状況に追い込まれてそうなのも想像できるしなあ。

本当規制を推進している人達はわざと子供権利漫画等の表現規制を混合して考えているとしか思えないしね。

日本でも児童保護施設に予算ついていない事をずっと前から指摘され続けているにも関わらず、無視し続けているしね。

本当、300件中200件以上が61-63項(漫画等の創作物に関連する事)についての指摘だったみたいだし、日本だけならず、オーストリア漫画ドローイング児童ポルノではないと言うコメントをしていたし、バチカンですら、条約自体国際的に決められたものから委員会勝手拡大解釈してはならない的な意見をだしていたので、余程国連のこの委員会に都合が悪い意見ばかりだったから、委員会アメリカに出向いて自分達に都合の良い意見を取りに行ったのではないのかと邪推してしまうよ。

正直国連委員会はこのアメリカパブコメを使って圧力をかけそうで怖い。

本当、こっちの問題も本当に危険なのだけども漫画家やオタク界隈の人達は今はDL規制やらブロッキングやらの著作権問題ばかり熱を上げて、こっちには誰も興味もないみたいだしなあ。

見ている限り、土壇場になっていつも焦りだすのが彼らの習性なのかも知れないけども。

その時は大概手遅れなのにね。

これも本当に危険問題なのだけども誰も関心がなさ過ぎて怖い。

正直胃が痛くなる事ばかりだよね。

嫌になるよ。

2019-03-19

ドイツナチに関する情報規制の仕方は個人権利より社会法益を優先する全体主義のものなんだけど、それを日本が見習えとか本気で言ってるのか。

あれは社会法益を優先せざる得ない危機に対する例外であって、国として汚点でしかないんだぞ。

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/kaori_sakai/status/1107366165574283264

2018-09-24

anond:20180923160906

法律のことを言い出すんなら

生活必要のある法律自体刑法民法労働法などの社会法)を古文時間で教えたほうがいいと思うがどうでしょう

2016-11-08

インターネットでの女性差別表現問題を考える

インターネットで「(90年代オタクネイティブは秘していたような、女性に対して暴力的言語表現一般化してしまった」理由として、

00年代以前のインターネット社会では「女性マイノリティだった」というのが大きいのだと思う。

なお、タイトルで「女性差別表現」としたのは、

女性嫌悪的な記事や、『ま~ん()』『腹パン』『糞女』などの『女性に対する明確な差別的言論』やセクシズムに溢れた表現が、

住み分けされることなく偏在し、男女双方の性嫌悪再生産し続けている、という現状を重く捉えるためである

後半、ポルノメディアゾーニングについても触れるが、弊害が大きいのはむしろ差別言論のほうであるように感じる。

まとめサイト有害

インターネット社会は、公/私の領域区別が限りなく曖昧だ。

かつてアングラサイトだった2ちゃんねるは、まとめサイト存在によって「公」空間に引きずり出されてしまった。

ソース元となる「ニュース速報系」は、かつては「極端な思想同士が延々とプロレスをしている」一元さんお断り空間だったが、

雑談系板の分離、アフィリエイト排除のための板新設などを繰り返した結果、かつての「喪板(=モテない男性文化)」的な、

非モテミソジニー文化が幅を利かせる空間として先鋭化した。客層をターゲットした広告が配置され、結果として女性差別と、男性向けの性表現で溢れかえる

新たな住民流入し、育ち、巣立っていくサイクルの中で、一般的女性が見たら嫌悪感を持つ空間が醸成されてしまったのはほぼ必然といえる。

たまに誤解している女性がいるが、これを「日本社会差別性の象徴」と捉えるのは正確ではない。

まとめサイトによる、配慮を欠いた著作権侵害行為によって、

「もともと限られた男性たちが醸成した空間が、外部者である女性の目に触れるほどに一般化してしまった」が正しい。

なお、ここまでの推察は、既にあるまとめサイトをどうこうすべきという話ではなく、「結果としてやむを得ず現状がある」という過程の話である

解決案1:住み分けの徹底

多くのインターネットサービス提供しているのは、異文化衝突に対する、技術アプローチによる解決だ。

Google的な広告モデルは、個人需要に対して徹底的にパーソナライズされる仕様になっている。受け付けない広告は、右上などに表示された×ボタンを押せば表示を止められる。

例えばtwitter本来TLがデザインできる空間なので、攻撃的なタイプの「弱者男性(女性車両反対)」層、ツイッターレディースなどの、

IS○S的な用途は、本来サービスデザインに反する。「嫌いなものブロックして見ない」が正しい使い方となる。

また、facebookは年々ポリティカルコネクトネス的な締め付けを強めているので、猥雑なインターネット空間が受け付けない層はそちらへ行くのが妥当、という側面はある。

はいえ、情報リテラシーが高い、あるいは自制可能人間ばかりでない。

そして、往々にして人間は、自分空間デザインすることではなく、差別者批判することではなく、

『嫌いな』表現攻撃する行為に労力を割いてしまう。現状、技術手段有効活用されているとは言いがたい。

解決案2:規制する

二項目だが、人が一言目に求めがちなのがこれである

性差別を受ける体験から嫌悪を強め、あらゆるセクシズム的な表現に対するアレルギー発症する人は多い。

社会における表現の自由は「人権の総量」と同義であるといって過言でない。

表現規制基本的人権侵害に及んだ場合社会的人権確立が十分でない子供、そして次に女性権利を奪われる。

この例は、事実上男性向けポルノ規制である青少年育成条例周辺の改正案が、全て、「子供権利を奪う」方向に進んでいることに顕著だ。

焚書を及んだナチス・ドイツや、青少年健全育成法との内容的類似が指摘される、戦前国家総動員法物語る通りである

一部東南アジア国家では強硬規制政策が取られているが、独裁政権が横行し、「エロ本を買うより女を買うほうが安い」といった状況だ。

タイでは軍事政権に対するクーデターが起きたものの、短い平穏のあと、名君の死による大変な混乱が起きているのは周知の通り。

さて、「表現の自由」論について多くの行数を割くことは、ここではせず、過去他国の先例に触れるに留める。

論じたいのは、見た目のイージーさに対して重要リスクを持つ「社会法による規制」に訴えず、

女性差別表現に傷つかないネット空間を用意するにはどうしたら良いのか、という部分だ。

解決案3:女性にとって「クリーンな」サービス新規に作る

まとめサイト女性の目に触れる、ということは、扱われるトピックに、女性にも共通する需要があり、

一般メディアのセクシズムに不満が出る、というのは、逆に捉えれば「セクシズムが除外された空間需要がある」ということだ。

クリーンな」と書いたが、女性向けキュレーションメディアの多くは

女性趣味嗜好は細分化やすいので、隙間需要はおそらく多い。

女性向けで、かつ、現行のまとめサイトに近いものとして「ガールズちゃんねる」「GIRL'S TALK」などがある。

まだ十分に一般化していない印象があるが、これらは、需要を上手く捉えたサービスだと思う。

ところで、女性向けキュレーションメディアの大半が「セックス」「恋愛」を全面に出している。

セクシズムこそが人を惹きつけ、湯水のように金を出させることは否定のしようがない。セクシズムは男性のみならず、女性にも深く根付いている。

社会的な建前が排除された女性向けメディア、「ガールズちゃんねる」「大手小町」あたりを見ても、女性女性による女叩きは溢れかえっている。

それらを除外したサービスを作ったところで、収益を上げづらい(作るメリットが薄い)であろう、という推論は成り立つ。

視界内からセクシズムを排除したいならば、自らをゾーニングし、徹底的に安全場所に引きこもる他はないだろう。

解決案4:女性向けの性文化の氾濫を起こす

ここまで敢えて触れなかったが、女性向けのネット文化は、存在しなかったわけではない。

日本は性文化においても、女性への「slat shaming(ふしだら侮蔑)」的感覚が強く、また、女性のほうが趣味が細分化やす事情もあり、

女性向けの性表現は自ら「隠れている」のが実情だ。学級会文化、と揶揄されるように、同調圧力が非常に強い。

一般化する前の、かつてのオタク文化に近い傾向を持っているとも言える。

ただし、女性男性向けの性表現嫌悪感を抱くのと同様、本邦の男性女性向けの性表現嫌悪を抱く。

あらゆるネットサービス問題となる、「腐叩き」に顕著だが、「腐叩き」が問題になっても、「女叩き」が問題になることは少ない。

マイノリティ」の弱みだが、女性インターネット利用は既に一般化しており、そもそも男女の大きな人口差はないので、人数的にはマイノリティではない。

最近腐女子がやりすぎている」のではない。男性向けの性暴力表現一般性を考えれば、表に出てくるのは至極自然現象だろう。迫害するほうが不当だ。

男性性への嫌悪から女性差別表現と共に氾濫している男性向けポルノ規制を求めれば、女性向けの性表現規制を受ける。

ミラーリング」に必要なのは個別キンタマ潰しでもなく、ポルノバッシングでもなく、女性向けのポルノを、公空間に氾濫させることだと思う。

女性向けイラスト投稿SNSというのもできている。

なお、筆者は少女表象を好み、男性向け文化を主に嗜好してきた性別女性だが、

BL愛好女性の語りが好きだし、女性向けのゴア表現の行き着く先がどのようなものなのか、強い興味がある。

同性が表象によって「性的消費」されることに抵抗はないし、異性に対しても特にない。

個人イリーガル侵害しない範囲に限るが(実在者の加害行為扇動する気はない)、文化としては、更なる先鋭化に期待する。

最後

ここまで、もうひとつ、敢えて書かなかった選択肢がある。

攻撃的に、あるいは非攻撃的に、「自粛を求める」というものだ。何故書かなかったか。そもそも無理だと考えるからだ。

殴ったところで、他者加害傾向の強い人間は「反応があった」事実に溜飲を下げるだろうし、

攻撃的でない人は傷つき、嫌悪ないし憎悪を増幅させる。前向きな進展が起こるとは考えづらい。

空間のパーソナライズという形での技術解決は更に模索されるべきだが、人間はそも身勝手で、経験外の事象への想像力を欠いた生き物だ。配慮を求めるのは非常に難しい。

一般社会では許されないような表現が溢れかえるインターネットの「公空間」だが、「すでにそのように形成されてしまった空間」において、性差別欲望抗うのは難しい。

現在の本邦において、男性女性も、「男性嫌悪」「女性嫌悪」を内在させている。

女性向け」のインターネット空間では、女性は性表現への渇望を隠さないし、お行儀よく振舞っているわけでもないし、男性を「消費」しもする。

最初から女性インターネット空間マジョリティだったとして、「自粛」などできる筈がない。これはそういう問題だ。

想像不可能事象人間は「配慮」なぞしないし、想像力の欠如は、体験することによってしか補われない。

男性にも、目に見える範囲で同性の表象理想化され、客視され、消費される体験必要なのだと思う。それこそが戦うこと、ミラーリングになる。

裏返しに言えば、とき男性オタクが憧れるように、「憧憬され」「求められる」のは、「女性」の特権ではないはずだ。

相互に消費し、消費され尽くす経験を経て、住み分けやお互いの線引きを探るか。社会法による規制という形で表現の自由幸福に生きる権利が奪われることを望み、

共に滅ぶことを選ぶか。

女性の生きづらさ」を改善するためには、空気を、構造を変えなければならない。

それは、「黙らせる」のではなく、自らが声を挙げ、表現することによってしか実現されない。

追記:本稿で取り扱いたかったのは、主として「女性に対する差別言論」が全く住み分けされない(されづらい)現状だったのですが、

表現上、ポルノメディアとの区別曖昧になっていたので、一部をリライトしました。

ポルノメディアはかなりの割合でsexismを含むと認識していますが、それが単純な女性差別であるとは捉えていません(17:38)

 
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