はてなキーワード: 伝統とは
20代ということもあって結構可愛がってもらえるし仕事も序盤からやりたい事やれて充実してた。
今年の5月までは。
今年の4月に消防団長とかいう人と自治会長が家に勧誘に来た。消防団自体はなんとなく聞いたことあったけど地元じゃ全く活動している気配がなくて何やるのか全然知らなかった。
団長には「まあ同年代と集まって酒飲むだけの集まりだから。」と言われた。酒は好きだしこっちにコミュニティがあるわけでもないから特に拒否はしなかった。それに何か問題があれば辞めさせてもらえばいいやと軽く考えていた。
そんで4月中はなんとなく花見やらなんやらに出て酒を飲んでいた。でも若い人たちは消防団への愚痴が凄かったのが印象的だった。
5月になって急に呼び出し回数が多くなった。なんでもソーホーとかいうものの練習をするらしい。そして俺はポンプ車の2番とかいうのをやるらしい。しかもこれから週5日も訓練があるらしい。話が勝手に進んでいて困惑した。
俺「ソーホーってなんですか?」
俺は「火消すんですか?」
班長「いや消火みたいな実践的なことより、動きの綺麗さを競う大会」
俺「それ意味あるんですか?」
俺「俺仕事で週5日も出れないですけど」
全然意味がわからなかった。全然意味がわからないけど話がどんどん前に進んでいた。
とりあえず仕事を口実に休んで(実際、個人事業主だからめちゃくちゃ忙しいんだけど)そのまま影が薄くなったところで退団しようと決めた。
でもダメだった。休みはじめて2日目の21時、仕事から帰ると幹部の人たちが家の前にいた。
団長「なんで来ない?」
俺「いや、仕事なんで」
団長「君は番員になったんだから来ないとみんなに迷惑かかるよね?」
俺「じゃあ辞めます。」
団長「無理無理。君が入ってくれたから前の2番員退団したから。」
埒が明かなかった。そのまま小一時間話したけど全然話が進展しないからとりあえず後日話し合うということで一旦帰ってもらった。
翌日、今日こそ退団しようと思って詰め所に向かった。幹部がみんないた。
団長「おう、待ってたよ。」
俺「あの、退団届け出しに来ただけなんですけど。」
団長「とりあえず一旦落ち着いて話そう。まあ飲みなよ。」
団長「仕事ってw君、個人事業主でしょ?なんとでもなるじゃん。」
俺「いや、個人事業主だから駄目なんです。仕事やらないと飯食えないんで。」
俺「今の仕事やるのがずっと夢でここまで必死にやってきたので。」
団長「ずっとってまだ20代でしょ?もっと良い選択があると思うけどなw」
心底ムカついた。学生のときからやりたい仕事でそのために経験積みたくて満員電車に6年耐えてその業界の企業で働いた。経験も事業計画も煮詰まってきてやっとの思いで起こした仕事。お客さんにも喜んでもらえてるし売上も立ってきた。田舎だからそれなりに地域にも貢献できてる自負がある。俺の生きがい。
それを全部否定された。
殴っちゃう前に無言で帰った。
そのあとは何があっても音信不通にした。
仕事に集中できるようになった。
でも今俺はほとんど村八分状態だ。この一件まではお客さんとして沢山来てくれた地区の人もほとんど来てくれなくなった。
嘘のような本当の話だ。
昨日の人気エントリーに入っていた研修医2年目の子の話https://anond.hatelabo.jp/20180630150652を読んで俺も書こうと思った。これは俺個人の意見だから、外科の先生みんながそう思っているわけじゃない。だから批判するなら俺だけにしてほしい。
俺のころはまず初期臨床研修制度ってものがなかった。2年間いろんな科をローテーションするってやつがなかった。だから当時俺たちは卒後すぐに診療科を決めなくちゃいけなかった。俺は家が病院ってわけでもなかったから、何科に行くのも自由だった。だからこそ悩んだよ。だってまだ俺その時25才だぜ?25才で一生やってく仕事なんてそんな簡単に決められねーよ。学生時代に2週間ぽっち診療科をグルグル見たってさ、たった2週間だぞ、そんなんで決められねーよ。
でさ、悩んだ挙句俺は呼吸器外科に入ったよ。入った理由はさ、バスケ部の先輩にグイグイ引っ張られてっていうただそれだけ。2個上の可愛がってくれた先輩が「外科はおもしれーぞ。俺んとこ来いよ」って飲み会の席で肩に手を回してきて「外科はいいぞ、毎日楽しい」って言うもんだから酒の力もあって俺は入局宣言した。でも別にこれは今でいうパワハラなんかじゃなかった。嫌ですって断ったらきっとすぐ解放してくれたろうし、何よりその外科を語る先輩がすごく楽しげだったんだよ。
入局してからはさ、毎日忙しかったよ。でも楽しかった。最初のころは丁稚奉公みたいな感じで上の先生のアシスタントとしてちょこちょこ術野を動き回ってた。外科系は体育会系の熱いやつらが多くていっぱい叱られたよ。でも仕事が終わった後医局でたまに開かれる飲み会はいつもベロンベロンになっていた。みんな外科が好きで、いつもこの前ああ切った、あの時もっとああすればってのを酔っぱらいながら話すんだ。うちのとこは教授もガンガン術野に入った。雲の上の存在だと思ってた教授だったけど術野で隣にいると不思議と距離が近いように感じたよ。教授が大事にしている日本酒をこっそり講師の先生が出してきて飲んだのもいい思い出だ。
外科のいいところは昨日出来なかったことが努力次第でできるようになるところだ。最初は教えられた外科結びを先輩に遅せぇなぁとからかわれながらやっていた。でもやればやるだけ少しずつ速くなる。今ではすっかり俺も教える側でからかう側だ。
術式もどんどん新しくなっていく。より侵襲が少なく、より速くに進化していくんだ。今は開胸よりも今は胸腔鏡手術が主要になってきた。胸腔鏡手術…VATSっていうのは胸に2,3cmくらいの穴あけてそこから細長い鉗子やカメラを突っ込んで、画面見ながら手術するんだよ。すげぇよな、胸開かなくていいんだぜ?俺も初めてやった時、すげぇな、本当に面白れぇなって思った。群馬大の腹腔鏡手術の件は医局でも結構話題になった。やっぱり腹腔鏡とか胸腔鏡ってのはすごく難しい。一朝一夕でどうにかなるもんじゃない。俺のいる大学病院は週3回、大体一日2件手術があるけど、自分が入る手術はその半分くらいだ。それだけの手術じゃ上手くなりようがないから時間外にトレーニングルームに籠って練習する。でも努力した分今日やったことが明日はもっと速く、正確に、できるようになる。だから俺は結構好きだし他のやつらも結構好きなんじゃないかと思う。
たださ、若いやつらはどうなんだろうな。外科系は肉体的にキツいってのは本当だからさ。俺の所属する呼吸器外科はまだ手術時間は短い方だと思う。大体3~4時間だ。胸膜の癒着とかあれば6時間とかになることもあるけれどそんなのは大したことじゃないさ。心臓血管外科や脳神経外科なんて1日術野に籠りっぱなしだ。中には椅子がなくて座らずにサポートする先生もいる。昼食休憩や交代はあるところはある、ないところはない。だから外科の先生は基本的に痩せているよ、食う暇がないから。
実習生や研修医はそれを見て外科に入りたいって思うのか、心配だった。俺のころとは随分違って彼ら彼女らは吟味する時間が十分に与えられている。外科を選ばなくていい理由なんか山ほどあるんだ。眼科・耳鼻科・皮膚科・泌尿器科のようなマイナー科の誘い文句は「内科系の管理も外科系の手術もうちの科は出来ますよ」だ。内科業務の合間にちょっとした手術もなんてまさにいいとこどりで魅力的な話だと俺も思う。眼科の白内障の手術なんて30分ごとに患者交代で1日10件もやれる。
次に俺たちは思っている以上に開業が難しいってことだ。体力が落ちてきたら町医者開業って未来がない。いくらVATSが出来るようになっても医局や大病院を出てしまえばそんな手術できない、器具も設備もオペ看もないからな。その点内科やマイナー科は忙しい業務が辛くなれば辞めて開業して悠然と働けるじゃないか。賢いというか自分の将来を見据えている学生や研修医ほど外科を選ばない時代がきているのだと思う。
俺の奥さんは専業主婦で家のことは全部やってくれている。俺はひたすら手術に打ち込んでて家事や育児をそこまで手伝ってあげられなかった。それでもうちの奥さんは優しくて毎日アイロンの効いたシャツを渡してくれるし、息子は息子で部活のことをそこそこ話してくれる。家族に恵まれたと思う。本当に感謝しているよ。だから、もし俺がもう少し忙しくなかったら家族にもっとしてあげられることがあったんじゃないか、と考えることがないわけじゃない。
成績順で上から決まってくアメリカと違って日本の医師は自分の希望する診療科に就くことが出来る。だから一回「辛い、キツイ」って印象がついた科は敬遠される。敬遠された科は残された人の業務が増えますます「辛い、キツイ」の印象が強くなる。このまま外科に入局する研修医がいなかったら、外科の世界はどんどん高齢化していく。農業や伝統工業のように継承していく若者がいなかったらきっと衰退していく。内科が行う内視鏡やカテーテルで診断はつきました、ただ切って治す人はいませんの時代が来るのかもしれないな。
「これ、いくらだと思う?」
術野に入る学生にはこうしてVATSの自動縫合器を見せるようにしている。一緒に入るオペ看や助手にはまたその話かって目で見られるけれど、この機械がカートリッジだけでなく本体すら使い捨てで数万円~数十万だと言うと彼らは驚いた顔をする。その顔を見るのが好きだ。そうだ。俺たちはここで、最新式の機械で最新式の術式で最高の医療を届けているんだよ。こんな些細な会話が彼らの胸のどこかに刺さって、外科に興味を持ってくれたらいいと思う。俺も教授や先輩から教えられた技術や経験もお前に教える、何よりさ
外科はおもしれーぞ。俺んとこ来いよ
アイヌってもいろいろでさ きみたち和人でいうと ホンモノのニッポンの伝統を教えます! といって出てくるのが江戸しぐさみたいなやつ、みたいなことや ニッポンの伝統を受け継ぐものとして認定します! という団体が日本会議みたいなところ、みたいなことが じつはあるわけさ ツイッターで着物にオカンムリのアイヌが キミたち和人でいうところのネトウヨみたいな人 みたいなこともあるわけさ だからしかるべき機関に問い合わせろとか 認定システムがあるよとかいってるのみると ぷぷぷ わかったようなこといっちゃってさ と思うね しかるべき機関も 認定システムも けっきょくきみたち和人が安心したいだけ ほとんどの今生きてるアイヌにはかんけいない 研究者やエライ教授は結局 口のうまいアイヌの話ばかり聞く リベラルな人達はいかにもなアイヌの話しか聞いてくれない ネトウヨはアイヌなんていないという 会いに行ける被差別民 生きている教材 私たちニッポンジンの言及していいマイノリティ さっきもツイッターでアイヌがアイヌを責めていた こんなケンカいくつか見てきたけど きっかけはいつも親切ぶった人 そして親切ぶった人は少数民族の化身のようなアイヌの話は聞いてくれるのに こんな増田を残すような中途半端なアイヌには決して言及してくれないのですた
日銀のETF購入額が20兆円を超えたってね。政府が税金で株価を支えて株価が上がって株を持ってるやつの懐が温まったけど、庶民の我々の何が変わっただろうか。
モリカケ、日報隠蔽、機能不全の忖度検察、高プロ、カジノ、食べ物はどんどん小さくなるし、「2020年 女性の過半数が50歳以上に!」ってSFかよ。
自転車操業のクソみたいな私立大学の獣医学部に何十億も税金が流れ込むことになんで納得しなきゃいけねえんだよ。
記憶も記録もないやつらになんで納得しなきゃいけねえんだよ。
あの記者会見のタイミングもわざとだとしたらクズとしか言いようがないし、偶然だとしたら無思慮の馬鹿だろ。
高プロは竹中みたいな誰がどう見たってクズでしかない人間が一枚噛んでる時点でお察し。
そんなクズを近くに置いているやつが誰かよく考えろ。
カジノはおそらく外資が参入してくるし新たな利権の誕生でしかない。
以下引用
"「日本企業はカジノ運営の経験がなく、ノウハウを持つ米企業に依存せざるを得ない。世界一のカジノ王と呼ばれる米ラスベガス・サンズのアデルソン会長は、日本のカジノに100億ドル(約1兆1000億円)の投資を繰り返し公言しています」...... アデルソン氏といえば、トランプの最大のスポンサーだ。" (https://news.nifty.com/article/domestic/government/12136-041216/)
日本のギャンブルといえば既に警察公認のパチスロがあるし、パチスロのおかげで景気も好調!ってわけねーだろ。
インバウンドもたかが知れてる。観光業の収益はGDP全体の1%未満。
ギャンブル依存症でホームレスになったやつを誰が面倒見るんだ?カジノを運営してるやつらか?
あとネトウヨ。
ネトウヨはだいたい人生が詰んでる独身のおっさんたちで構成されてるし、大阪で地震が起きた時にデマ流すような連中だよ?
自分のくそみたいな現実から逃れるために権力者の視点でプロパガンダをかますの勘弁してくれ。
お前らはただのおっさんなんだ。
この先、詰んでる連中はどんどん増えるから、そいつらに付き合わされるコストも増える。
お前らみたいな「愛国者」のせいでこの国がどんどん愛せなくなってるよ。
国とか伝統とかぼんやりしたものに縋るのはいいけど巻き込むな。
次にお前らは「それならこの国から出ていけー」と言う。
わかってる。
ジャニーズなのにお顔がアレでネットで一躍有名になったら、それを逆手に取ってキスマイBUSAIKU!?って番組をスタートさせたグループ。
そいつら7人が金曜から日曜まで東京ドームでコンサートやってたんですよ。
7人もいるとメンバーを覚えられないからか、前の3人と後ろの4人で分けて、後ろの4人は中居正広プロデュースで舞祭組(ぶさいく)というユニット活動もしてるんですね。
自チケが当たったら一回コンサート行けばいい程度なのでジャニヲタじゃなくてファンと自称してる。
9月に帝国劇場で玉森主演の舞台に共演することが決まったんですよ。
ドリームボーイズというジャニーズ伝統の舞台が2年ぶりの復活で。
13日(水)に会見があって14日(木)にワイドショーで取り上げられたので、金曜日のコンサートでは当然MC中に告知されると思ってたんですよ。
待てど暮らせど告知をする気配がなく、言い忘れてるのか?と思ったら休憩に入り後輩のジャニーズJr.に場を引き継ごうとして、おい待てよと。
後輩の10月の舞台の告知は彼らにさせていたのにそれはないだろ。
アイドルにはメンバー紹介曲があるじゃないですか、キスマイにもKis-My-Callingという名曲があるけど全員分は紹介してないんですよね。
やっと全員を紹介してくれるんだと喜んでいたら、最悪でした。
Kis-My-Ft2は彼らの名字のイニシャルから付けられたグループ名。
前出のCallingはKi!北山!s!千賀!とイニシャル順に続いていくんですよ。
今回は何と、前3人と後ろ4人で分けてきやがりました。
いやいやそれはないだろ。試聴がスタートした段階でどんよりしました。
何だこれ、こんな曲をこれからずっとメンバー紹介曲として歌い続けるの?
Twitterが少し荒れました。
女性作詞家がいちいちヲタクのツイートを自己弁護のごとくRTしていて引きました☆
しかしコンサートで歌う時には前のメンバーが後列ゴーを舞祭組ゴーと替えてくれたんですよね。
少しは気持ちが楽になる予定でした。
よりによって自分がコンサートに入った回だけ後列ゴーと歌っていてフリーズしました。
他にもメンバーが一人一人アドリブで長い感謝の挨拶をするのですが、同じ単語を繰り返すばかりで国語なら0点だぞ?という感じでした。
他の日は甘い言葉を言ってくれたらしいのに。
つくづく運が悪いなと思います。
土日の公演レポートをTwitterで読んでは違いに泣いてしまいました。
好きになるのは一瞬ですが嫌いになるのも一瞬だなと思います。
楽しみにしていた舞台もどうでもよくなってきました。
生粋のジャニヲタからしたら、くだらない、入る公演増やせば?と思われることと思います。
でも、ライトなファンにしたらショックで、楽しそうにしているフォロワーにはこんなこと言えなくて疲れました。
格差なんてない違うグループに降りたら楽になれるかもしれないけど、他のグループには興味が持てないのです。
もう疲れた。
正座とか土俵女人禁制とか夫婦別姓とか日本の伝統と言われてるもんは大体この辺りに出来たもんでしょ。
それでいて富士山女人禁制みたいな目立って海外からバカにされる伝統は、海外では女性も登山するからと中止した。
あの日武道館で『輝きのエチュード』を聴きながら、左隣りの人も右隣の人も、嗚咽を漏らして泣いていました。私も泣いていて、まともにサイリウムを振ることすらできませんでした。会場中から鼻をすする音が聞こえてきました。でも、こんな企画をやられてしまうと、あの武道館は一体何だったんだろうと、そう思わざるを得ません。
別に「卒業」したはずの歌唱担当が『アイカツ』のイベントに登壇することに文句を言いたいわけではありません。「あなたたちは卒業したので来ないでください。歌は全部声優が歌います」なんてことになったら、それこそひどい話です。だからそういうことではなくて、「5周年」にかこつけてイベントを乱発すること自体が問題だと思うわけです(というかもうすぐ6周年じゃないですか?)。「思い出は未来の中に」ではなかったのか。「同じ光のなかこれからも 迷わないでわたし歩いていける」と、あの日誰もがそう思ったのではなかったのか。「心に集めるたくさんの永遠」とは、「いやあアイカツは素晴らしいね尊いねいつまでも終わらないね」と定期的に執拗に確認しないと消えてしまうような「永遠」だったのだろうか。これではまるで、星宮いちごのアメリカ行きを無理矢理引き止めているみたいではないか。なんでも弁当もスターライト学園も全部放ったらかしにして、無理矢理マスカレードをステージに立たせているようなものではないか。霧矢あおいが、光石織姫が、星宮りんごが、一体そんなことをするだろうか。大げさかもしれませんが、そう考えてしまいます。
東日本大震災が起きたあの日を契機に、『アイカツ』は「皆で一緒に笑いながら身近な幸せを改めて感じ、明日を信じる力、未来への夢を持てる作品」を目指してきました。「こんなことが起きたら、いままで話したような作品はできないね」と。
——その後、ゲームおよびアニメの企画は、どうなったのでしょう?
(加藤陽一)大きな転機になったのが、東日本大震災です。コンセプトを固めている最中の2011年3月に、東日本大震災が発生しました。地震が起きた瞬間、僕は東京・浅草のバンダイ本社で『アイカツ!』の会議に出席していたんです。地震で電車が止まったので、車で来ていた僕が3人に声をかけて、皆を送っていくことになりました。TVで原発や津波のニュースを見ながら進むうち、都心で車も動かなくなっちゃって。結局浅草を出て、皆を送って23区内の家に帰るまで12時間位かかりました。そのとき一緒にいたのが、アニメ『アイカツ!』の若鍋竜太プロデューサーと企画スタッフです。車に缶詰状態で、8時間から10時間ぐらい、地震の影響を目の当たりにしながら、皆で『アイカツ!』のことを話しました。まるで合宿みたいな濃い時間でした。「こんなことが起きたら、いままで話したような作品はできないね」という話もその場で出て。それを受けて書き直した企画書の内容が、そのときの僕らの思いを込めたものだったんです。
——どんなふうに変わったのでしょうか?
ネガティブな出来事も起こりえるレトロなスポ根路線は消えてなくなり、代わりに、「皆で一緒に笑いながら身近な幸せを改めて感じ、明日を信じる力、未来への夢を持てる作品」が必要だろうということになったんです。「トップアイドルを目指すスポ根サクセスストーリー」の部分はそのままに、「温かくて前向きな気持ちになれる作品を作ろう」と、企画をブラッシュアップしていきました。この段階の企画書に書いてあることは。現在のところほぼすべてが、作品内で実現しています。あの震災が、『アイカツ!』という作品にとっての転機だったと思いますね。
そして『アイカツ』はたくさんの人を「温かくて前向きな気持ち」にし、たくさんの人が前へと進みました。「今日が生まれかわるセンセイション」、「いつだって、ここから、あたらしい夢 どこにだって行けるよ!」。『アイカツ』を観たたくさんの人が「素敵な明日」を迎え、「未来向きの今」から未来へと全力で走り出したはずです。『アイカツスターズ』もそうです。あれだけの作品を前にして、前作とは別の方向へと舵を切るなど、並大抵の覚悟ではできません。巴山萌菜さんもそうです。私は詳しい動向を追ってはいませんが、TVドラマ『賭ケグルイ』のOPを歌っていたようですし、ワンマンライブもやっていたと思います。STAR☆ANIS/AIKATSU☆STARS!から卒業し、自分の決めた道で頑張っています。
それが、何故こうなるのでしょうか。別にイベントをやるなとは言いません。「卒業」した歌唱担当を呼ぶなとももちろん言いません。ただ、何故今なのか。10周年や20周年まで待てないのか。これではまるで、私たちに「明日を信じる力、未来への夢」なんかないのだと言わんばかりではないか。全く「未来向き」じゃない、完全に過去を向いている。私にビジネスの知見はありませんが、商業的に考えてもこんなやり方では長生きできないと思います。
昨年9月、甘粕試金氏によって『この幼形成熟の世紀に』と題された原稿が公開されました。当時それを読んだ私は「言いたいことはわかるし何も間違ってないと思うけど、アイカツのファンダムはそんな人ばっかりじゃないのになあ」とかなんとか思っていました。でも、どうやらもうそんなことを言ってはいられないみたいです。
『アイカツ!』が放送終了して新シリーズ『アイカツスターズ!』が始まった今『アイドル活動!』よもう一度とばかりに『アイカツメロディ!』が来ることの意味は、先述の原稿の論旨で言えば「和声」的解決を意味することになり、『アイカツ!』も円環的時間の気持ちよさによって欲望を生産する作品だったという結論にならざるをえなくなる。それを証し立てるきっかけになったのが「シリーズ5周年記念企画」の楽曲だったという事実は、フランチャイズの圏内にある作品がファンク的時間を持つことの不可能性をも証明してしまったのではないか。このことに私はほとんど嘔吐せんばかりになってしまったわけです。
「なんで和声的ならダメなの? 気持ちよければ良いじゃん」という問いに答えるには、それだけで一つのまとまった原稿が必要になるのでここでは書きません。フランチャイズに話を絞りましょう。ここ数年で最も忘れがたいフランチャイズ批判、高橋ヨシキさんが『ローグ・ワン』を前にして発表した「幼年期の終わり 〜さようなら『スターウォーズ』〜」を部分的に引用します
観客が耽溺し続けること自体を難ずる権利はぼくにはありません。〔中略〕それでも、観客を「耽溺させることを目的に」商品を作り、供給することは邪悪なことではないかとぼくは思うのです。
〔中略〕
なぜなら、それは観客を消費者へと変え、幼児化させ、駄々っ子のように振る舞うことを是とするものであり、その駄々っ子の口に好物を際限なく突っ込み続けることで、彼らを判断能力を失った中毒患者へと変える行為だからです。
〔中略〕
「前へ!」というのは、ルーカスだけでなく、どのようなクリエイターにとってもいちばん重要な姿勢だとぼくは信じています。その先に何があるか分からなくても、あるいはそれがどういう評価を下されるにせよ、とにかく 「前へ!」。これはクリエイターに課せられた祝福でもあり呪いでもあるのですが、「前へ!」という大前提は旧三部作でも、またプリクエルでも(プリクエルは実は後退していたわけではないとぼくは思っています。何度も言いますがコンセプトに対してエクセキューションが貧しかったのがまずかった)、そして部分的ではあれど『フォースの覚醒』にも共通していました。前へ!
〔中略〕
ところが『ローグ・ワン』は「もはや前に進む必要などない」という、ルーカスフィルム/ディズニーの宣言のように、ぼくには見えました。なぜ前に進む必要がないのか? なぜならそれを誰も望んでいないからです。誰も、 というのは『スター・ウォーズ』世界に耽溺することに慣れきった観客のことです(ぼくも含みます)
〔中略〕
興行的に、『スター・ウォーズ』が「前へ」進む必要がないことを『ローグ・ワン』は証明してしまったのです。
Crazy Culture Guide Vol,30-30,5(http://www.mag2.com/m/0001673228.html)
SWシリーズにまったく思い入れを抱いていないうえに『ローグ・ワン』も(ドニー・イェンがドン・キホーテ役をやっている映画なのだし)楽しく観ることができてしまった私は、当時「はぁ、そういうものなのかなぁ」程度にしか読めなかったのですが、少なからず前のめりに接してきた『アイカツ!』5周年企画に際して、これらの文章は「あっ、この状況を言ってたのか!」という今更の得心とともに蘇ってきました。「前へ」進む必要がないこと、それは「和声」的時間に閉じること、フランチャイズの体系に閉じること、円環的時間=手回しオルガンの歌に耽溺しきることを意味してはいないか。ベケットらを念頭に置いて「終わる必要がない」作品だと言うとき、それは「終わりが永遠に引き伸ばされる」作品の偽装された姿を言っていはしないか。それこそがフランチャイズの罠であり病ではないのか。という疑惧と危惧が一斉に襲ってきたわけです。これは単に「前に書いた文章と矛盾しちゃった」から狼狽えているのではありません。「あれっ、自分は《これ前にも聴いたことあるわ、良いわ〜、知ってるわ〜、延々と続けられる正当な伝統、良いわ〜》みたいなことに気持ちよくなりたくてこの作品を支持してたのか? そもそもこれってそういう気持ちよさを是とする作品だったか?」という、本質的な足場が揺るがされたことに原因があります。それも公式の「5周年記念企画」によって。
甘粕試金『この幼形成熟の世紀に』(http://petrushkajp.blog.fc2.com/blog-entry-165.html)
「アイカツ!シリーズ5thフェスティバル!!」を楽しめる人を悪だとは一切思わないですし、主催者がダメだとも思いません。もちろん、私が正しいとも一切思っていません。私も何かの手違いでチケットを手に入れたら、それはそれでそれなりに楽しめるんじゃないかと思います。そりゃあ声優と歌唱担当が揃ったら嬉しいです。生アフレコなんてしたら最高です。そりゃそうです。ただ、あの日「車に缶詰状態」で「合宿みたいな濃い時間」を過ごし、それを受けて書き直した企画書は、そこに込められた思いは、「皆で一緒に笑いながら身近な幸せを改めて感じ、明日を信じる力、未来への夢を持てる作品」とは、こういう類のものだったのか。木村監督がプロットを書いた「大スター宮いちごまつり」のMCの「みんなの今日が、明日が、少しでも素敵になったらいいな」とは、「いつでも何度でも集まって際限なく盛り上がれる。いつまでも終わりを引き伸ばせる。ずっとここにいられる」という意味だったのだろうか。『アイカツ』が3年半、『アイカツスターズ』が2年かけて描いてきたことは、そういうことだったのだろうか。どうしたって、そう頭を悩ませずにはいられないわけです。そして、“「終わる必要がない」作品だと言うとき、それは「終わりが永遠に引き伸ばされる」作品の偽装された姿を言っていはしないか。”。このことは、常に考えるべき問題であると思います。
でも、ツイッターを見ている限り「歌唱担当戻ってくるなら純粋に楽しめばいいじゃん」「そんなにヒリつくことじゃなくない?」という人が多数派を占めているようです。だから私がおかしいのかもしれません。「めんどくさいオタク」なだけなのかもしれません。なので、「アイカツ!シリーズ5thフェスティバル!!」に行かれる方には、純粋に楽しんで来て欲しいと思っています。皮肉でも嫌味でもなく、本当にただ純粋に、楽しい時間を過ごしてきて欲しいと思います。アイカツファンの方々——あるいは演者やスタッフの方が読んでいないとも限りません——、お気を悪くされた方がいたら、本当に申し訳ありません。拗らせたアイカツファンの戯言だと思って、どうかご容赦ください。
ここ最近相撲とか記者に対するセクハラ?とか某アイドルとか色々あった。そしてそのたびに相手の性別を叩きたい人達による的外れなケンカが始まり、要らんとこまで話を広げて、肝心な点は忘れられる
まるでマスコミみたいだ、当事者達のことを考えてない、自分達のネタが欲しいだけ
相撲に関しては『緊急時』なのにあんな事した司会が悪いで済むことだし、通常は今まで通り男だけでいいと思う。「女は土俵に上がるなよww」という意見を見たが、『通常時』だったらそれは正論かもしれない
伝統ルールは無く、ただ男が居ないだけ、女が居ないだけだったらどんどん進出して欲しい、職業選択の自由はその為にある
話は少し変わるが、表現規制(主に萌え系の)運動してる人達がいるみたいだ、その人達の意見を見ると児童ポルノ!ロリコン!性犯罪!とか言ってる。さらにはワンピなどの一般向けにも文句を言う
いや、おかしいだろって、萌え系はがなくなったから性犯罪、児童ポルノが消える、減少する保証はどこにあるの?そのいう事やる人は関係なくやらかすよ?不謹慎発言?女ヲタも結構酷いよ?
あと、一部の反フェミに一言いわせてもらうと、何故そうなったかを調べないまま否定して、自分達に都合のいい話ばっか引用するから言ってる事がめちゃくちゃになってる、ミイラ取りがミイラになってる
死ねばもろとも、人を呪わば穴二つ
野党支持の地元住民としてはもっといろいろ頑張っておけばなあと、
団体の構成員ではないものの、初めて少しだけ選挙運動にも参加してみた身として思った。
そうしたなか、社民系の候補で接戦に持ち込んだのは確かに健闘したというねぎらいの言葉はありがたい。
他方、国政の争点や原発への強硬姿勢を持ち込むことについては、
自民党が建設業者へ従業員や従業員の親族へ期日前投票を行くよう踏み絵を迫ったことを考えると、
農政の充実や、福祉事業者の支援など、幅広い公約を周知するためにくぎを刺す程度にしておいた方が良かったかもしれない。
圧力をかける候補がおかしいことは事実だが、どうせ投票所へ行かされる人が居るなら
ほかの政策を知っていればまだ引きはがせたかも、と思わないではなかった。
一方で、矛盾するみたいだけれども、
「国政や原発の主張以外に重点を置かなかった」(※演説等の時間配分が少なかった)
→「ほかに興味が無かった」
という連想が正しいのかというと、それは違うだろうと思う。
選挙期間中から原発や国政に傾斜しすぎだという批判が野党支持者からも寄せられていたが、
花角英世陣営はこういう三段論法を有権者に刷り込んできたわけだ。
業界団体を固めて逃げ切ることが戦略だったのだろうという印象もある。
世論調査でも最終盤まで花角を追い抜けなかったため、
そうした結果を交え批判を繰り返す選挙マニアの言動は野党支持者であったとしても極めて不愉快だった。
新潟県民も東京都民の気持ちが分かっただろうという感想もあるだろうが、
(県民が趣味で国政イシューを持ち込んだと思えるなら、都民も100%自分の意思で知事選にポピュリズムを求めているのだろう)、
反原発を直接新潟県民が東京都知事選に押し付けたかのような言いがかりは理解に苦しむ。
勿論、柏崎刈羽原発は東京電力が首都圏のために発電を行うための施設なのだ。それを考えればますます不謹慎である。
それでも、それにしても4万票差と言うのは米山当選時ほどではないがかなりの大差だ(米山は8万票差)。
国政審判の場になるではないかということは政権側も与党内会合などで触れていたことから、世論への怯えも感じる。
なので、それを防ぐ方法を考えてみたいし、考えて欲しい。
正直この締め付けへの抵抗方法抜きに現状与党に勝てないのではないか。
県民は騙されたから自己責任だ、バカなんじゃないかとけなされる筋合いもない。
(追記)
野党側の戦術としては与野党対決が投票率を押し上げたこと自体は認められていること、
先述の通り本来組織票を固める選挙を自民党が伝統的に行ってきたことから、
(分かりにくい書き方をしてしまったが)行わないよりは遥かにマシだった、と答えざるを得ない。
投票率の上昇は期日前投票へ行くことを脅された側と、与野党対決で伸びた側とを分けて考える必要があると思っている。
だからこそ自民党新潟県連が支持した会社へ期日前投票した社員や社員の家族の名簿を提出しろと命令したことに焦点を合わせている。