「カリ」を含む日記 RSS

はてなキーワード: カリとは

2021-02-06

自分他人認知が一致しない

中学生の時に道端で知らないおっさんや同年代男の子に”どけよブーーース!!”と小突かれる経験を2回ほどしてから私は自分はブスだと思って生きてきた。(実際当時の写真は目も当てられないブスだ)

そこから成長して化粧をして髪と服に少し気を使ったら男女問わず美人かわいいという評価をしてくるようになった。

おそらく成金美人成り上がり美人?というやつなんだと思う。ただ中高時代写真を見た元カレには顔変わんねーなと言われたし、自分感覚としては美人になった気はしない。ややマシになった程度だ。

ただあまりにもモテるだのモテそうだの言われるので、1年前くらいからそう発言してきた人に端からモテるとは?”と質問していた。

どうも私はそれに当てはまるようだった。

ほとんどの人はナンパもされないし、ご飯に行こうとも誘われることもあまりないらしい。飲み会でこの人好みだから後日飲みに行きたいなと思っても撃沈する人もそこそこいるらしい。(=1回目すら引っかからない)

他にもいろいろ言われたがへぇ〜と思ったのはこの辺りだ。

モテるのかもしれないけどお付き合いの経験はほぼないし、自分が付き合いたい思っててもうまくいかないことの方が圧倒的に多い。

ほぼ喪女なのに見た目が美人ゆえに勝手相手ハードルが上がって恋愛経験豊富みたいにみられるのがだるい

面白さをとりたい気持ちから性格もノリがいい親しみやすいオネエバーのママっぽい感じになっているのといわゆる恋愛脳ではないので距離感に男女差はほぼない。

それで男の人に緊張することがあまりないのもそうみられる一因かもしれないが、あくまで”そうみえるだけ”にすぎない

そしてこっちが相手想像に見合った振る舞いが出来なくてめちゃくちゃガッカリされるのが何気に傷つく。

一回テンプレみたいな付き合い方したら、うまく恋愛距離感と使い分けられるようになるのかな。

なんかどうしたいかもわかんないけどぐちゃぐちゃした気持ちになって吐き出し。中身と外見を一致させたい。できれば中身を外見に合わせる方向で。

anond:20210206165806

「部屋の断熱を気にするなんて…ガッカリだわ」

どんな親だよ

最近YouTube億ション物件案内動画を見てるが

並行して高気密・高断熱住宅動画やその他家の断熱関係動画を見てるせいで、物件案内動画を見るときも「窓は樹脂サッシかな?」というのを注目して見てる。

(※部屋の温度は多くは窓から抜けるため、ちゃんとした物件は窓枠がアルミサッシではなく樹脂サッシを採用している。その他色々あるが、だいたい窓をちゃんとすると部屋が快適になるそうだ)

その結果、だいたい窓がアルミサッシなので「億払ってもこんなもんか」とガッカリするようになってしまったよ。

2021-02-05

なにか物語を作ってる人が実は平凡な価値観だった時がっかりする

普通のそこら辺にいるTwitter民みたいな語彙力だったらめちゃくちゃがっかりする

たとえば作者がフェミニズム的な事を言ってたとして、Twitter民と似たようなこと言ってたらほんとにガッカリする

その思想が良かろうが悪かろうがある程度の独自性が無ければ、作家である意味ないじゃん

そういう意味では、同世代創作って思考回路が大体理解できちゃってつまんない

2021-02-01

anond:20210201150407

ばばあは若い子とセックスできるが、じじいは勃起しなくなるから

そりゃガッカリするだろうて

anond:20210131173923

あんた、ページのトップ

女の子を捕まえたりアイテムを見つけたりする戦闘パート『ヒトカリ』と、

捕まえた女の子身体を使って資金を稼ぐ運営パートハルウリ』を繰り返し、

戦力を蓄えて強大な敵にチャレンジしていきます。」

と書かれてるゲームに何を期待して紹介文読んでんだよ。

2021-01-31

anond:20210131223643

そうか、経費にできると違うのかな…。

サラリーマンの1000万ってこんなもんなんだなとガッカリもっと夢のある数字だと思ってたなあ。

anond:20210131173923

拉致強制売春無視してゲイの扱いを問題視する風刺の効いた増田

魚拓https://archive.is/f1rtQ

女の子を捕まえたりアイテムを見つけたりする戦闘パート『ヒトカリ』と、

捕まえた女の子身体を使って資金を稼ぐ運営パートハルウリ』を繰り返し、

戦力を蓄えて強大な敵にチャレンジしていきます

2021-01-29

子供の頃に鼻くそを食べていたという記憶は多くの人にあると思うけど

おそらく、そんなの食べなかったと言い張る人もそれなりにいると思う

どちらのほうが割合的に多いのかはわからないが

床屋で髪を切ってもらっているときにふと、これに関して

コアラの子供はお母さんのウンチを食べることでユウカリの毒素を分解するための酵素を取り入れている」という話を思い出した

人間の子供も本能的に、何かに対抗するための物質を得るために鼻くそを食べている、鼻くそ人間の子供にとってワクチンのようなものである、という仮説はどうだろう

子供の頃に鼻くそを食べていた人とそうでない人では、感染症へのかかりやすさな医学的な差異があったりしないだろうか

そういう研究してる人いないか

でもコアラと同じならお母さんの鼻くそを食べるべきなんだけどそれはかなり嫌だよね

2021-01-28

https://news.yahoo.co.jp/articles/cf5da39eeb8738f01a701c5c9a308d685d9efa04

立憲民主党って政権交代する気がマジで無いのがガッカリ

期待した愚民が悪いしマスメディアが悪いし、支持率が上がらないのは安倍元総理のせいで立憲民主党は何も悪くない、ってスタンスだし。

自民ダメでも、「ほかに与党になり得る政党は」って考えたら人数的には立憲民主党が最有力候補になるはずなのに、ここまではっきりと政権交代する気がないと表明しちゃうんだな。

しかも、そういうスタンスに対して「さすが枝野さんはリアリストだな!」ってブコメが星集めててさらがっかり

責任転嫁しまくりなのにリアリストって擁護ちゃうんだな。

幹事長が「僕は2009年民主党政権交代の失敗を中心のすぐ隣で見ていました」と言ってるわけでしょ。すごい他人事感じゃん。それを褒め称えるのってどうなの?

はてブ自民党嫌いが多いのは分かるけど、ここまで現状認識が酷い人たちばかりってのはかなり驚き。やっぱりバカが増えてるんだな。

2021-01-27

anond:20201209181152

どうせ「無残様のテーマ曲だったんだよ!!!」とか言い出すんだろと思ったら、やっぱり。

ところで2番は偶然だろうけど善逸のテーマみたいになっちゃってるね。

イナビカリの雑音が耳を刺す 戸惑う心

逸材の花より 挑み続け咲いた一輪が美しい

本気の僕だけに現れるから 乗り越えてみせるよ

2021-01-26

わたしルークハントをゆるせない理由

.

ツイステ5章を読みました。

わーん。どうして?悔しくて、お腹がぐつぐつする。

.

.

わたしルークハントをゆるせない理由は、「ヴィルへの裏切り」だとか「今までの危険を顧みる言動は結局推し(ないし自分)の為だったのか」だとかそういうことじゃないです。

全員に失礼だと思ったからです。彼が大好きなネージュくんにも失礼だし、勿論ヴィルさまにも失礼だし、デュースくんたちにも小人たちにも、観客たちにも失礼。それを自覚していないことがなによりもいやだ。

.

だってネージュ vs ヴィルじゃないんだよ。

RSC vs NRCなんだよ。

ルークハントが言う「美しい」が「自分自身が自分を認めること」だと言うなら、

主人のカリムもリーダーのヴィルも差し置いてセンターソロダンスを堂々と踊り切ったジャミルはいちばん美しいし、

自分の魅力、魅せ方を理解して、センターを譲れって自信を持って言葉に出来たエペはいちばん美しいし、

自分の弱点を認めて受け入れて、その上で長所還元して形にできたデュースはいちばん美しいし、

ジャミルに負けたくない!って初めてのくやしいっていう気持ちの中自分なりに精一杯楽しんで踊ったカリはいちばん美しいし、

しっかりと自信満々に歌も踊りもこなして見せたエースはいちばん美しい。

.

しかネージュくんは美しいかもしれないけど、小人7人は美しかった?ルークハントの言う「美しい」という言葉に当て嵌まるようなパフォーマンスをしていた?

高校生なのに、自己紹介すらまともに出来ず、ダンスバラバラ

.

「美しい」っていうことに対してルークハントなりの考えがあるなら、それをしっかり態度で示して欲しかった。

自分チームメイトなのに、チームメイト卑下するような言動を取ったことにがっかりした。彼らの「美しさ」には目を向ける価値もなかったかネージュとヴィルを比べることにしか価値を見出せなかったか?オイ その行為は「美しい」か? ルークハントは人の「美しい」ところを素直に平等に見れる人だと思っていました。実際そう描写されてたよね。あれ?夢?

ネージュとヴィルしか見ていないならなんで参加したんだ そのジャッジをもしするなら2人のたたかいでやってください チーム戦での判断基準ではない。ぜったいに。

怒ってる。

本当になんで参加した? なんのために? どういう意図

.

カリムの時もしかり、なんでこうも光属性キャラは他キャラを引き立て役にさせるような描写ばかりなの?このままこのムーブが続くなら、シルバーくんもこれになる…?やめてよいやだよ

ここまで書いといてあれだけど、ルークハントというかシナリオライターいちばん怒ってる おまえ、おまえ、おまえ、自分創作キャラクターの魅力を損なわせるようなことしていいんか、ねえ、なんでこんなことするの?

.

もやもや言葉にして吐き出して消化したい気持ちだけで書いたのですっきりした 寝る(^ ^)

『うっせえわ』への批判が増えてきた

筆者は20代半ば、いつになったら名実共に大人になれるかと思案したりはするものの、まかり間違っても子供を名乗れるような歳ではない。

うっせぇわ/Ado https://youtu.be/Qp3b-RXtz4w

Adoの勢いは止まることなく、17歳最後の日である10月23日メジャーデビュー曲「うっせぇわ」を発表。楽曲を手がけたのは、Adoカバーしていた「邪魔」、「馬鹿」などでも知られる、2020年最も躍進したボーカロイドプロデューサー・syudou。Adoハイテンションかつナイフのように尖りまくったボーカリゼーションによって、毒っ気ある低音から耳を突き刺すハイトーンまで歌声自在に使い分け、鬼気迫る迫力で圧巻の歌唱を聴かせてくれた。意外にもチェッカーズPsysalia Psysalis Psyche彷彿とさせる隠れキャラのようなフレーズを忍ばせる言葉遊びの妙。ど頭から内に秘めた思いを叫ぶ〈正しさとは 愚かさとは それが何か見せつけてやる〉というパンチラインが頭から離れない。強烈なインパクトを持ったこ楽曲は、YouTubeにて2000万回再生突破した(12月24日時点)。

__Ado歌い手としてヒット連発 「うっせぇわ」「レディメイド」…ボカロ音楽J-POP架け橋となるか より引用

(https://www.google.com/amp/s/realsound.jp/2020/12/post-680013.html/amp)

私のオタクTLでは、昨年から各所で流行していたこの曲。

今月半ばくらいまでは、『うっせえわ』、Ado共に賞賛する声の方が目立っていた記憶がある。ファン彼女の曲を好意的に思う層の目にしか留まっていなかった、というのも大きいと思う。

それが、ここ数日でガラリと様変わりした。

ツイッター検索サジェストは「うっせえわ 共感性羞恥」「Ado 嫌い」など否定的もので埋め尽くされ、YouTubeMVコメント欄でも批判、中には中傷に近い発言散見されるようになった。

きっかけは、先日のミュージックステーションへの電話出演だったのではないか。私はそう睨んでいる。

上司母親も、「子供大人になったことがないけど、大人子供だったことがあるんだから、分かるわけないなんて偉そうに」「子供大人を敵視していればいいから楽だよな」と散々な言いようだった。どちらも60近い年齢だ。

常識を押しつけてくる敵__大人を詰って罵って、憂さ晴らしするための歌が、一般の人々に、大人の耳に届いてしまったのだ。ああもハッキリと色濃い悪意を向けられては、大人もいい気はしないのだろう。

そりゃあ、創作物に大して抱く思いは自由だ。頭に浮かぶ感想まではどうしたって妨げられない。

でも別に、18歳の作者の見える場所で、痛い曲とか出来損ないの歌とか言わなくてもよくない???

創作されたものに対して、聞き手がどんな感想を持つの自由だ。第一メジャーデビューした彼女プロミュージシャンなのだから否定的意見も飛んでくるだろうし、必要なら受け止めなければならない。

それでも、作品批判するときには最低限の敬意を持たなければならないと私は思う。作者への敬意を欠いた非難は、もう誹謗中傷となんら変わらないのではないか

とはいえ、私も社会人になって数年経つから、『うっせぇわ』に共感できるとは言い難い。というよりもこの歳になって、『うっせぇわ』に感涙している人間がいたらちょっと驚く。

元々優等生でなかったのもあるが、自分より年上の大人に敵意はそこまでない。というか深い怒りや悲しみという感情自体エネルギー溢れる子供だけのものなような気もする。25を越えると怒ったり悲しんだりする余裕も体力もない。もちろん元気な25歳も30歳もいるのだろうご、少なくとも私は、あなたが思うより健康ではない。

上司の空いたグラスに酒を注ぐのも、焼き鳥を串から外すのも別にどうでもいい。それで人間関係が円滑に回るようになるのなら、ヒステリック拒否するほどのことでもない。

たぶん、大人になったからだ。子供ときは許せなかったのかもしれないが、記憶はだいぶ薄れてしまった。前述したように、私の親世代には「子供大人になったことがないけど、大人子供だったことがあるんだから、分かるわけないなんて偉そうに」語る者もいるのだが、忘れているから分からない、子供気持ちもきっとあるのだろう。

ここからは余談かつ個人的意見にはなるが、『うっせぇわ』の語り手(歌い手主人公?)は中高生でもよかったような気もする。あの語り手は恐らく社会人だと思うのだが、社会人として見たときに少し子供っぽいきらいはある。自分大人に分類されるだろうに、(歳の離れた人間を指しているであろうとはいえ)同じ大人にああまでヘイトを向けているというのは少し幼い、もしくは不自然であるかもしれない。

あの語り手の無敵感も、自分天才豪語する自信も、中高生特有のものに見える。私もかつては自分特別存在だと思っていたが、今では黒歴史だ。凡庸大人自分万歳

秘密基地子供たちが隠れてヒソヒソやっていた大人悪口。突然、外に出て大人の目に触れたから、こんなに燃えしまったのではないか

それがどうした。見て見ぬふりしてやろうぜ。私たち大人だろ。

生意気にも歯向かってくる子供がムカつくのは、容易に想像できる。子供は「大人は分かってない」と喚くが、むしろ子供こそ大人を分かっていない部分もあるだろう。経験していないから。

しかし、『うっせぇわ』は語り手こそ社会人で描かれているか違和感があるけれど、子供の子供による子供のための曲だ。大人MV中傷コメントをしていく必要はない。

こんな記事投稿したら、年上の大人には叩かれ、子供たちからは分かったような顔をするなと言われてしまうのかな。

結論中傷に近い批判をしたいなら検索避けするか2chですべきではないでしょうか。

2021-01-24

anond:20210124125604

辛いですよね。でもあなた女の子を産んだら同じような辛い想いを子供にさせるのですよ。

とはいえ、私は妊娠あなたと同じく性差に苦しみ恨みながらも女の子が欲しいとずっと思っていました。

そして男の子で。ガっカリ。ガッカリした。今はまだ赤ん坊から可愛いけど、成長しても愛せるか。男の方が高確率駄作になる。古今東西、どこを見ても人間の男の方が犯罪率が高く社会性がない。

また妊活をして、今度こそ女の子をと願っている。辛い思いをさせるのはわかってる。これは私のエゴだ。

anond:20210124005301

しゃぶしゃぶ」は「セ◎クス」の隠語なので、この増田不倫告白です。

解読に成功したので以下で解説する。

2021-01-22

オンラインサロンに参加するメリットがわかってない奴多すぎる

養分とか騙されてるだけとか的外れ批判ばかりで本当にガッカリする。

そういう奴らはオンラインサロンに金払って参加するメリット全然見ようとしていない。

ただいかがわしい仕組みで金を巻き上げる集金装置しか見ていない。

俺が今からオンラインサロンの正しい使い方を教えてやる。

  

自分必要サロン吟味する

正直、ここで間違ってる奴が大半を占めている。「憧れて」とか「自分を変えたくて」なんて曖昧動機サロンを選ぶから何も得られない。

大事なのは目指す自分の姿をもっと具体的にイメージする事。そして将来なりたい姿に最短ルートで到達できる場所を選ぶ。

書籍編集者になりたいのか、エンタメ業界で働きたいのか、etc

炎上している界隈だけじゃない。実は様々な業界前線活躍している人がオンラインサロンを開いている。

情報収集をきちんとやって、しっかり選ぼう。

  

どんなプロジェクトに参加するかが重要

サロメンを見ていると、「自分にでも出来そうな事」にお金を払って参加している人が本当に多い。

わざわざお金を払っているのに、だ。

そこで信用を得たところでステップアップなんて出来るわけない。便利に使われて終わり。だれの記憶にも残らない。

お金を払うんだから自分能力ではちょっとだけ難しそうな企画積極的に参加するべきだ。

この「ちょっとだけ」がミソだ。

同じ企画に参加している人はお金を払ってその企画に乗っかっている熱量のある人ばかりだ。

能力不足な人が居ても、「多少」なら許されるし励まし、サポートしてくれる。

会社だと叱責されても致し方ない状況でも、「大丈夫だよ!一緒に頑張ろう!」って言ってくれる。

これこそが「お金を払ってプロジェクトに参加する」意義だ。実践で学びを得るまたとない機会だ。

間違っても後片付けにお金払って参加しちゃいけない。そんなのは無駄金だ。

  

優秀な人を見分け、関係を構築する

サロメンにはいつくかのタイプがある。

1.熱狂的な代表者ファン

2.何をすればいいのかよくわかっていない人

3.お金をただ払っているだけの人

4.熱量だけやたら高くどこにでもグイグイ来る人

5.サロンを足掛かりに自分の居場所を作ろうとしている人

サロン批判している人たちは1~2を見て騒いでいる。そしてそういう批判に「自分は冷静だ」「的外れだ」とコメント付けているのが3の人種

4は周りが見えていないので炎上している事もよく分かっていない。

で、当然人間関係を構築すべき存在は5。明確な目的をもってサロンを利用しようとしている人種だ。

彼らは将来、サロンを離れても同じ業界に留まる可能性が高い。もしくは既に業界に足掛かりを築いている。

自分が全くそ業界にツテが無いのであれば、このチャンスを生かさない手はない。

  

代表者取り巻きに取り入る

ある程度プロジェクトで実績を作って実力が伸びてきたら既に経験のある企画難易度を少し下げた企画を中心に回していこう。

実績も経験もあるので主導するリーダーポジションに付く事も増える。

ここからが仕上げのポイント代表者取り巻きに気に入られていこう。

代表者に直接取り入ろうとするのは悪手だ。ライバルは多いし、最悪、気を悪くした取り巻きにあることないこと言われて潰される。

取り巻きとの関係を築き、サロンの外側にも目を向けていこう。

目的サロンが生み出してる経済圏の外側、取引先との関係を把握する事だ。

なので事務処理や発注などを引き受けている様な人がベスト

そういう人と仲良くなっておくと、取引先の姿、業界リアルな姿が見えてくる。

起業するにせよ、就職するにせよ、リアル業界地図を把握するにはこれが一番の近道だし、

「あの会社に前から興味あったんです」って言うと担当者を紹介してくれたりもする。

  

サロンの会費はそんなに高いもんじゃない。未経験者が下手な専門学校に入る入学金の方がよっぽど高い。

専門学校知識は学べるが、本当意味での「現場」は知ることが出来ない。それがわかるのは卒業し、就職した後だ。

オンラインサロンなら現場中心、常に本当の意味でもビジネスがそこにある。知識不足を感じたなら、そこからスクール検討すればいい。

付きたい職業、入りたい業界を目指すなら、オンラインサロンという選択肢全然「あり」だ。

2021-01-21

だーれだ?(ズボッ

あ、このカリは○○くーん!

はずれー

2021-01-20

なんで「20代~50代の皆様へ」なのか説明しないと分からないことに絶望した

60代以上を含むと社会的権力がある人達圧力をかけてくるからに決まってんじゃん。

この国は老人が牛耳ってる。

それも感情的で、自分絶対正義で、自分たちは老人だから若者と違って何をしても許されると思ってる老人たちが。

老人はコロナに罹ったら苦しむ、だから自己責任のもとにステーキ会合を開いてもいいし、自己責任のもとにしょぼいマスク暮らしていいし、自己責任のもとにお友達へのバラマキを最優先してもいい。

そう思い込んだ危険な老人たちがこの国を牛耳ってる。

それこそチョット目立てば「首相がお怒りですよ」と上級国民パンチを叩き込まれて引っ込めるしか無くなってしまう。

この増田も目をつけられればアッサリ消されちゃうんだろうな。

そうならないように、射程範囲から人達を外してるんだよ。

世代を選ばずに発信したら、上級国民のお祖父ちゃん達にも自粛を促し、ひいては彼らの今までの行動さえ批判ちゃうだろ?

そうしたら記事が消えちゃうわけ。

から、50代までに限定してるの。

なんでこれをわざわざ言わなきゃ分からないのかなあ。

君たちってそんなに理解度低かったんだね。

ちょっとガッカリ

不妊治療終わったら、私は鶯谷園に行く

そろそろ終わろうとしている。

足掛け4年、治療期間でいうと3年間。掛けた金額年収2年分。

不妊治療だ。

肝心の原因は省くが、私たち夫婦はクリニックに行ったら「自然妊娠は限りなく難しく、さまざまなレベル治療のうち、一番最後の一手『顕微授精』しか取れる手はありません」と言われた。

「顕微授精」とは、卵子を体内から取り出して、精子を1匹、針で注入して受精させる方法だ。まさしく試験管ベイビー。手術も伴い、1回1回の治療が高額なのが特徴だ。

医師説明素人計算によると、自然妊娠可能性は・・・

0.00002%~0.00007%くらいだ。

数学が苦手な私でもわかる。

これは天文学的数字だ。

ハッキリ言って、その事実だけで十分に打ちひしがれる。

私たちも打ちひしがれた。

でも、打ちひしがれてばかりでも年を取るばかり。今が、人生のうちで一番若い

私たちも、そして私たち卵子精子も、どんどん年を取る。治療に取り掛かるなら早い方がいいのだ。

いくつかの不妊専門クリニックを訪ね、とあるクリニックで早速、顕微授精のための治療を始めた。

流れは主に以下。

月経が来たら、受診治療計画を立てる。この時、ホルモン補充のための服薬や注射スケジュールも組む。女性ホルモンあの手この手ガンガン入れて、本来1か月に1個しか取れない卵子大量生産する。

②クリニックの方針によって、その都度予約しての院内注射自己注射を選ぶ。(高くても自己注の方が、圧倒的な気楽さが私はあった)

③再び指定の日に受診し、卵子を包む袋が増えているか、大きさなども測り、採卵手術の日を決める。予定通りの大きさ等になってない場合は、ここで何回か受診をして様子観察を繰り返す。(これが仕事のある身には辛い。そんなカンタンに予定を開けることなどできないのだ。)

④採卵手術の日が決まったら、指定時間病院に行き、手術を待つ。麻酔は使うクリニックと使わないクリニックがある。使い方さまざま。針を打つ箇所にに限定的に使うところもあるし、希望により静脈麻酔を使うところもある。

(手術自体10分程度だから、あまり強い麻酔を使って麻酔が覚めるまで院内で休憩しても、お互いあまりいいことがないのだ。)

毎回50万近く払って、私が得たもの

それは、ホルモン補充によるひどい副作用

孫悟空の頭のわっかを締め付けられるようなひどい頭痛吐き気。脂汗。気持ち悪さ。

布団から起き上がれない。仕事に支障が出る。

ただでさえ、当時はフルタイム勤務と土日の家業の手伝いで疲れがたまっていた。

そこに、追い打ちをかけて不妊治療

夫も夫で、こんなに副作用がひどいとは露ほどにも思わず、「土日は休ませてくれ」とお願いする私をずいぶん怠け者扱いした。

今は時が進み、治療期間の私を放っておいた方がいいと理解している。

また、ホルモン補充の注射自己注射に切り替わったので、夫が見てる前で注射儀式

注射の針を見せては、「これをお前にぶっ刺す!そしたら、具合悪くなって私みたいに布団から離れられなくなるんだからな!笑」と脅している。

ちょっとかわいそうだけど、仕方がない。

採卵手術は採卵手術で、手術中の気絶を経験

採卵手術では、ながーい針をあそこにぶっ刺して、子宮から卵巣まで貫通させる。で、針をぐりぐり動かして、卵子を吸い取る。人によって痛みの差があるらしいが、私は最初の手術で意識を失った。

採卵後には。ホルモン補充により卵巣が膨れ上がり、1週間絶対安静。1日3回ウエストを測り、腹水がたまらいか確認する。尿の出が悪くなったり腹囲が大きくなったら、即連絡。

注意書きが山ほど書かれた紙を持たされて、疲労困憊で帰宅する。

この症状は「OHSS(卵巣過剰刺激症候群)」といい、ホルモン補充療法の一番の副作用だ。

悪化すると、血液が濃くなり電解質の異常が起こったり血栓症を引き起こすこともある。

何十万もお金払って、そんなことになるなんて・・・

私は安静だけで、事なきを得たが、本当に色んな事が辛すぎる。

以上の症状は毎回ではなかったが、私を打ちひしがせるのに十分だった。

もはやフルタイム仕事を続けるのが無理だと思われた。

実際、無理だった。たびたび仕事に穴をあけ、仲間のフォローを受けながらも、フラフラだった。

でも、不思議なことに治療の回によっては、全然大丈夫なこともある。

から、元気な時は体調もいつもどおり。

「次もこのくらい大丈夫だといいな」と思うし、でもひどい時は目が当てられないくらい体調が悪くなるので、自分でも自分の体調が読めない。

すべての治療を事細かに周囲に説明するのも気が引けた。

説明すればするほど、自分の状況が克明になるし、人に言われるまでもなく「この治療を続けても、授かれるのか?」という難問にぶちあたる。

この問題真剣に向き合う気にはなれなかった。今もなれない。

距離に住む義両親に打ち明けたのは、今からほんの数か月前だ。毎週のように会っているけど、絶対言いたくなかった。

ガッカリさせるのも嫌だし、気を使われるのも嫌だ、不妊の原因を話すのも嫌だ、今月は治療だというのも嫌だ、詳しい治療の結果を話すのも嫌だ、全部が嫌だった。

それでも、打ち明けたのは「もう治療を終わらせよう」と思ったからだ。

0%と0.00002%~0.00007%の間には、毎回体調を奪われるような副作用と数十万円のお支払いが待っている。

考えれば考えるほどバカのようだし、実際バカにならないと、こんなこと続けられない。

そして、バカなりに色々考えながら、3年間治療に取り組んできた。

ドクター相談しながら、治療の順番を変えたり、今できる最善を尽くしてきた。

0%と0.00002%~0.00007%の間には特に何もないようにも思われたし、

今吸っている空気から二酸化炭素だけを素手で取り出すのと同じくらい、困難があるようにも思われた。

そして、今この文章を書いている。

この3年間、不妊治療について何か書こうなんて夢にも思わなかった。

でも、「書こう」と思ったのは「治療を一旦卒業する」ことを決めて、振り返ってみると、

「あぁ、なんだ。私ってすごい頑張ってきたなぁ」と思えたからだ。

私はこの3年間ものすごい困難と向き合い、あるのかないのか分からない0%と0.00002%~0.00007%の間を、行ったり来たりしながら、歩いてきた。

治療の結果は最初から最後まで奮わなかった。

私たちは、治療の度に1つか2つの受精卵を冷凍しながら、ここまで来た。

液体窒素冷凍された卵たちに、特に何の思い入れもないが、得られた結果といえば、

このいくつかの受精卵。

これを身体に戻せば妊娠できるのか?

ハッキリ言って「神様すら知らない」領域だ。

何回か体内に移植はしているが、結果がいつだって(ー)だ。

そして、妊娠したとして、それは継続するのか?

私の親族には、「妊娠悪阻」で長期入院歴を持つ者と、「子宮妊娠」を繰り返した者がいる。

私もそうなるかもしれないし、ならないかもしれない。でも、なんだか確率は高そうだ。

こういう分かりきった結果をや推論、不安を重ねながらも、1回1回の治療を着実に積み上げてきた。

そんな中で、言った本人は心配しているつもり。だけど、心をえぐられるような言葉にも出会った。

「顕微授精は止めた方がいいよ。身体ボロボロになるよ。」

ありがとう、うっせー死ね。もう既にホルモン補充で独特の太り方をしているよ。

妊娠したくて治療を頑張っているかも知れないけど、産んでからの方が大変だからね。」

ありがとう、うっせー死ねあんたんとこも不妊治療たからって、土足で踏み込んでくるな、ばーか

気持ちだけ受け取って、言葉ゴミ箱に捨てる。

しろ宇宙に放り投げる。二度と地球に帰ってこないように、大気圏燃え尽きて死ね

こういう黒い気持ちになることもある。

いつも気持ちベクトル自分になってしまう。

一人で打ちひしがれて、誰にも当たれない。相手も悪気0%だ。

無茶を承知治療継続しているから、涙が出てくることもある。

それが辛い3年間でもあった。

そろそろ最後の採卵手術を迎える。

このあと移植が控えているけれど、特に期待はしていない。

この3年間で得たもの

それは、副作用、期待薄な結果、それでも向き合い続けながら、生活構成する全てに中途半端になりながら生きてきた証。

こんなことを言うのは大げさだけど、今までやりたいことは努力ほとんど叶えてきた。

行きたかった高校大学海外留学、取りたかった資格、それを活かした仕事に就いてきたこと。

でも、この不妊治療ばっかりは、体調・仕事・休養・家業金銭などなど生活の根幹をなすことがら全てが思うようには進まず、身体メンタルボロボロになった。

倒せないものがあること。

努力が何の成果にも結びつかないこと。

それでも、それに向かって進んでいくこと。

そういう今までにない道のりを味あわせてもらった。

別にありがとうを言うつもりは毛頭ないが、この3年間はそれを味わい尽くした期間だった。

また今日も、ホルモン注射を打つ。

私は、注射より焼肉に行きたい。

同じホルモンなら、注射より食べる方が断然いい。

カルビハラミホルモンシマ・・・思い浮かべるだけで美味しそうだ。

さあ!全部終わったら、5年ぶりに鶯谷園行くぞ。

(断っておくが、鶯谷には鶯谷園だけのためにしか行ったことがない。)

そう決意すると、

あぁ、よだれが出てくる。

2021-01-19

55歳共通テスト受験者だが

https://anond.hatelabo.jp/20210118203758

40代共通テストを受けるというだけで非難されるとか高卒と断定する人がいると知ってガッカリしている。編入情報が少ない上に実施している所も少ない。自分知識編入後のカリキュラムにも大きなギャップがあって、どうせなら最初から入り直した方がやりやすい。数は少ないが、夜間学部なら就労とも両立可能

この人に関して言えば他の挙動から弁護の余地は無さそうだが、同室者のツイートにもなかった年齢情報メディアで報じられているのは違和感ある。報道機関側にも、40代共通テスト受験者に対する偏見があるからだよな。

自分趣味教育学で今回の受験はその一環。

定年後は大学学部入学も考えている。

マスクもしたがお咎めはなかった。

追記:

もし監督官からマスクをやめるよう指示があったら従った?

そりゃ従わざるを得ない。眼鏡が曇るから裸眼で受けることになるが。

追記その2

室内なのにメガネ曇るの?

実際曇った.試験会場はとても寒い

当日は,ヒートテックの上にズボン二枚重ねで靴の中にはホカロンを入れた.

これでも思ったよりはマシだった.一日目の朝と昼しか窓開けていなかったからね.

2021-01-17

エンドロールのその先

自分の整理のために記録として書いています

長いし、読む価値は無いので、読んでからガッカリしたとしても自己責任でお願いします。




子供の頃からなんとなく漠然と、自分人生は二十歳で終わると思っていた。

高校受験学校見学で魅力的な学校を見つけ、どうしても入りたくて、頑張った。

憧れた高校入学して、そのあと何をしたらいいのか分からなくなった。

受験が、入学が、私のゴールだった。

高校生活は何をすればいいのかわからなくて、とりあえず「それっぽい」ことをして終わった。

憧れた高校生活は、ほとんど何もせず、ただ好きな制服を着て、かっこいい校舎を彷徨くだけだった。

それで満足していたし、それ以上はなかった。

大学は行きたくなかった。

やりたい事はほぼなくて、勉強もできないし、将来の目標も無いから、行く意味が分からなかった。

小学生の頃の昼休み友達に「絵が上手いか漫画家になればいいじゃん」と言われた。

その時からなんとなく漠然と、自分漫画家になるんだ、と思っていたし、漫画家になるなら専門学校の方がいいと思っていた。

あとは、当時見た3D映画がかっこよくて、そういうのを作る人になりたいと漠然と思って、そういう専門学校も考えていた。

結局、絶対大学じゃなきゃダメだという両親に説得され、漫画3Dも学べる大学に入った。

入学から半年後、学部全体説明会で、学長に言われた。

「お前ら今すぐ全員大学辞めて専門学校行け」

新設の学部だったし、入試説明会や案内には、漫画アニメ…それこそ専門学校のようなラインナップが書かれていて、親が許さず専門学校ではなくこちらにきた、という人が私以外にも大勢いた。8割はそうだったと思う。

実際、入学前に散々確認した3Dモデリングに関する知識のある講師は、入学後には存在しなかった。

かろうじて漫画講義はあったが、ただのオタクおじさんが自分ロリ趣味を語って聞かせるだけで、そこに学べるもの(例えば、そのロリの魅力、なぜいいのか、どういうところがファンの心を掴むポイントなのか、などを話されればまだしも、ただ「かわいい」としか話されなかった)は無かった。

これは、このままここにいても意味がない。このままじゃ無駄時間を過ごしすぎる。

だって私の人生はあと数年で終わってしまうのだから

二十歳まで残り2年、アルバイトを頑張って、大学在学中に夜間の漫画専門学校に通った。

ぶっちゃけ漫画専門学校に通わなくても描ける。

それでも学校に行ったのは、私自身がそうしないと一作も描けない人間だったからだ。

まり、この時点で気づくべきだった。

私に漫画は向いてない。

専門学校では初めこそ有意義時間を過ごせた。

話の組み立て方、起承転結コマ割り…

授業は週一、1年間。必死で稼いだバイト代ほとんどを注ぎ込んだ。最大限に有効活用して作品作りに役立てようと息巻いていた。

入学特典として、時間外でも個別相談作品を見てもらえたので、入学2ヶ月後、早速初めてのネームを見てもらった。

ストーリーも何もかもボロボロで、とても酷いネームだったと思う。

それでも、丁寧に指導してもらえて、学ぶことがたくさんあって嬉しかった。

教えてもらった事を活かすために、早速新しいものを描いて、2週間後にまた持っていった。

あなたネームは長いし、見るのに時間がかかるからなぁ。僕、家が郊外で遠いし、嫁が家で待ってるから

今思うと、先生だってそりゃ家庭があるし、仕方ない話だ。

それ以来、週一の授業も休みがちになり、半年をこえた頃には専門学校は行かなくなった。

自分でなんとかしなきゃ。

とにかく、まずは一作。

そうして、専門学校卒業前に1人で作品を完成させ、初めての持ち込みに行った。

せっかく描いたし、なるべくたくさんの意見を聞いて次に活かしたい。

5個の編集部に持ち込みに行った。

うち2箇所で、二度と漫画を描くなと言われた。

そんなバカな、誇張が過ぎると思うでしょ?一箇所はあくまでやんわり、自分担当作家と私との違いを長々と話した上で、向いてないと思うと言われた。

もう一箇所は誇張無しでハッキリと、「二度と描くな」だった。

そりゃ、最初から傑作が描けるとは思わなかった。

まして、今回は誰にも見せてなかった。ダメ出しも覚悟の上だ。

でも、2度目を描くことも許されないとは思わなかった。

帰り道の足取りは重かった。

初めての単身上京、知らない街。

憧れた新宿から半蔵門まで歩いた。

足を止めたら消えてなくなる気がしたから。

そんな作品だが、一応残りの2箇所では名刺をもらった。

うち一つは、みんなの憧れで厳しいと言われる場所で、なんならそここそ絶対無理だと思っていた場所だ。持ち込み予約の電話時点で扱いが悪かったし、当日も約束時間に行って、30分待たされて、待ってる間他の人が酷評されているのが聞こえて、怖くて途中で帰ろうかと思っていた。

でも、そこの編集者が1番優しくて、また見せてほしいと言われた。

社交辞令かもしれなかったけど、それが嬉しかった。

でも結局、編集部名前が凄すぎて恐れ多いし、なにより田舎者自分はそう簡単に持ち込みに行けないので、もう1箇所の名刺をくれた人にネームを送るようになった。

結果から話すと、うまく行かなかった。

私の実力と、担当さんの期待値が合わなかった。

その頃には大学卒業の年になり、最後の思い出のつもりで卒業制作を別の編集部投稿した。

ついでに、同じ雑誌イラスト賞にも応募した。

持ち込みの時にも行った編集部だが、持ち込みの反応はかなり悪かったし、きっと今回もダメだと思っていたが、卒業旅行中の魚市場で受賞の連絡を貰った。

カニを見ながら泣いた。嬉しかった。

漠然と、自分漫画家になる、と思っていたから、就活はしていなかった。

元々していたアルバイトフルタイムにして、漫画を描いていた。

しかバイトハードすぎて漫画を描く時間はなかった。休憩時間事務所トーン貼りしたりしてた。

鬱になった。

正確には鬱になったのは卒業制作中、同じゼミの子と比べられるプレッシャー作品ができない焦り、バイトの繁忙期が重なってパンクした。

ある日突然、プツンと何かが切れるような感覚があって、それ以降、目の前で話しかけられても、音声として認識できても言葉として理解できなかった。

話を聞いているのに、聞き取れない。理解できない。

当時の店長相談して、接客から裏方作業に切り替えてなんとか過ごしていたが、色々あって結局辞めた。

元々2年で辞めるつもりだったし、漫画バイトもうまく行かなくて、就活を考えた。2年以内ならまだ第二新卒枠がある。

何社か受けて、履歴書を見て笑われたこともあった。

それでも雇ってくれるという会社があった。絵を描ける技術を買ってくれて、新しく雇用形態も増やして、漫画の夢を追いながらうちで働けるようにサポートしてくれる、と。

すごく嬉しかったが、断った。

私は、言葉呪いが効きやすタイプだ。

そして特に、親の言葉は。

雇ってくれるという会社は、夜の街に近かったし、それに隣接するお店も取引先になっていた。

両親はそれが心配だったらしい。

「周りの人に、そんなとこで働いてるって言えるの?」

私は働いた事がないから分からないけど、親が言うならそうなのかも、と思ってしまって、断った。

今思えば、あの時あの会社で働いていたのが、1番幸せ分岐だったのかもしれない。

面接をしては落ち、を繰り返している間にふと、どうせ働くなら漫画に近い場所の方がいいのでは?と、アシスタント先を探すことにした。

当時はまだアナログが主流で、どこも都内で通いの募集ばかり。田舎者自分には不可能だった。

そんななか、本当に偶然、地元募集を見つけた。

から自転車で行ける場所、未経験者可、自分にとっては最高の条件。

早速応募して、面接

そこで初めて、現役の漫画家さんと話した。

採用になり、週に四日、6時間勤務。

作家さんの仕事場はフルデジで、ワンルーム作家さんと私用のPCと液タブが、それぞれ壁を向いて設置されていた。他は何も無い。

お互いにコミュ障で、会話はあまり弾まなかった。それでも、ネームを見てもらったり、トーンの貼り方をなんとなく教わったりした(基本的には「いい感じにして」の指示だったので、ほとんどは独学だった)。

その作家さんは漫画業界の闇に触れすぎて疲れていたので、ほとんど話し相手役割だったが(そもそも週刊と月刊の2本連載をほぼ1人で描く狂人だった)、私にとっては貴重な話がたくさん聞けた。

あと、その話を聞いてて、「漫画家なんてなるもんじゃないのかもしれないな」、とも思った。(作家さんが毎日のように辞めたいと言っていたから。そもそも異常な執筆量を1人でこなしてたし、そりゃ辞めたくもなるわな、と今は思う。)

そこで1年半すごし、作家さんの連載の終了と共に辞めた。

その頃は、何度か原稿を送って、1番小さい賞を何度か取っていた。しか担当さんとはうまくいかないし、原稿送っても「悪くは無いけどよくもない」しか言われず、何をどうしていいかからない状態だった。

そしてふと、自分は今まで一度も漫画を楽しく描いた事がないことに気づいた。

展開が、目線誘導が、読者の盛り上がりが…

初めて描いた時から、そんな事を気にしてばかりで、自分自身が楽しく漫画を描いたことがなかった。

アシスタントも無くなり、名実ともに無職になり、再度就活を始めた。

相変わらず履歴書を笑われて、嘘つきな採用担当意味不明な事を言われながら、最後自分の好きなものを描いてみようと思った。

何を描いても、誰にも何も言われない。

好きなように、楽しく。

結果的にやっぱり「読者の目が〜」とか「起承転結が〜」とかを気にしてしまい、完全には楽しくなかったけど、それでも、今までで1番気楽に描けた。

せっかく描いたし、SNSにあげてみた。

今まで私の漫画学校先生と、編集部の人くらいしかたことがないし、反応をもらえた事はない。

いいねが1万件ついた。

びっくりした。

たった一晩で想像もしない人数が見てくれた。感想コメントもいっぱいついた。

しかった。

それから就職が決まるまでの間…と、少しずつ好きな作品を描いた。

編集部酷評だったけど、SNSコメントは優しかった。

これで漫画最後にしようと思っていたのに、やっぱり描きたくなった。

SNSにあげた漫画を、編集部に送ってみた。

ジャンルが違うので、今までのところではなく新しい編集部だ。

ほとんど返事はなかったが、1箇所だけ返ってきた。

そしてそこで、いきなり連載になった。

今までもらった事ない反応が続いて、ある種のハイ状態だった事もあり、その連載もうまくやれる気がしていた。

電子のみの連載だったが、書籍化もできる自信がなぜかあった。

そして実際単行本も出した。

これだけ聞くと、SNSで人気出て連載、書籍化、すごく順調っぽい。

当時の自分もそう思っていた。

でも実際は違う。

話数が増えて、人気もちょっとずつ出て、物語ちょっと複雑な内容を追加した。

すると担当から言われた。

エロがあればいいから、余計な事はしないで」

私が描いていたのは、エロ系の漫画だった。

とはいえ、ただエロシーンが続くだけでは読者も飽きるし面白くない。何より話が続けられない。

そして元々少年漫画が描きたかった私は、エロだけを描くのは本意では無い。

今までは「いつか人気が出れば複雑な話も描けるから」と言われて頑張っていたが、その「いつか」が来ない。

担当にはっきりと、「絵がそこそこ描ければ話なんてどうでもいいから」と言われ、自分から打ち切りを申し出た。

今でも配信サイトコメント欄には続きを望む声が書かれていて、非常に申し訳ない。

描けなかった。

今度こそ、きちんと、話で勝負できるように。

単行本と、新作のネームを持って持ち込みに行った。

連載の経験もあるし、単行本も出てる。今までとは違う。採用にならなくても、作品を良くする話をしてもらえるはず。

「よくこれで本が出ましたね」

持っていったネーム単行本も、今までのどの持ち込みよりも酷い評価だった。

曲がりなりにも約2年、頑張って描いていたのはなんどったのか。

当たり前といえばそうかもしれない

過去に2社で連載をしたが、その二つ共が作品の打ち合わせはほぼ無かった。

一社に関しては一応ネームチェックがあり、エロの量だけ指示された。

もう一社に関しては、企画段階で一度だけ電話があり、メールの内容の復唱だけして終わった。以降は何を送っても「いいですね!」何も良くない。こっちが頑張って、相談しても特に取りあわれず、返事は全て「いいですね!」

1人で何度もネーム再考して、完成原稿を期日までに送る。

一応お金をもらっていたけど、やってる事はSNS投稿漫画と同じ。

商業作品の魅せ方のノウハウはもちろん無く、作品作りの才能がない自分には、自分だけの力で読者を惹きつける漫画を描くことはできなかった。

3度目の、「もう漫画やめよう」が来た。

悔しいけど、やっぱり自分には描けない。

でも、今日まで頑張った事を無駄にするのも惜しい。

また、「最後」と言う名目で、好きな漫画を描いて本にした。

作画配信したりしたおかげで、完成前から応援の声は多かった。

そして初めて、オリジナル同人誌完売した。

その漫画は、内容にアラは感じていたが、今までで1番楽しく描けた。

初めて感想差し入れもたくさんもらえた。

その作品を持って出張編集部に行って、そこでも2社声がかかった。

あの時がたぶん、私の漫画人生ピークだった。

その後、持ち込んだ漫画を元に読み切りを描き、運良く掲載

SNS時代ファンの皆様の応援もあり、連載化が決まった。

描けなかった。

私の中でイメージするキャラは持ち込みの時から変わっていない。けれど、いくらネームを描き直しても、担当さんからキャラブレ、別人になってるという指摘をされた。

だんだん自分でもそのキャラがどんな子なのかわからなくなった。

しばらく練り直して、やはり変わらなくて。

諦めて別の話を描くことにした。

そこからは真っ暗闇だった。

どんな話を描いても、中身が全部同じと言われる。

当然だ。「好きなもの」を描いてるから

下手に考えるより、自分の好きなものを好きなように描いて、それを膨らませる。

そう言う方法で描いた方がうまくいくタイプなのは自覚していたから、そのように描いていたつもりだ。

結局実力も追いついていなかったし、描きたいものも分からなくなってダメだった。

そんな事が2年近く続いた。

別の編集部の人に、考えている途中のネームを見せたこともある。

足りないのは実力じゃなくて話の一番の見せ所だ。あとちょっとでうまくいきそうだし是非頑張って。

それは、私が初めての持ち込みの時からずっと言われている事だった。

初持ち込みから10年。

結局自分は、10年経っても何も変わらなかった。

そろそろ30になる。

二十歳で死ぬと思っていたのに、10年もロスタイムを生きてしまった。

友達は1人もいない。比喩表現ではなく、本当に誰もいない。

小学時代、一番仲が良かった子に、ある日突然いじめられた。

一番仲がいいと自分では思ってたし、昨日まで仲良く遊んでたのに。

転校して、中学時代もそうだった。

突然クラス男子からいじめに遭い、それを一番仲が良い友達相談していた。

男子を使ったいじめの首謀者がその子だと気づいた時は目の前が真っ白になった。

「そう言う事するなら、あなたとはもう友達じゃいられない」

はっきりと意思表示をした。思い直してくれることに期待した。

別にいいし」

友達を作るのが怖くなった。

どんなに仲良くなっても、弱みを握られるだけだ。

お陰で高校の2年間はクラスで1人で過ごした。

ある程度損得が考えられる生徒が多かったから、いじめにはならなかった。

触れてはいけない、祟り神みたいな扱いだった。

3年でようやくできた友達は、卒業と同時に「私たち高校の間だけの友達じゃん」と言われた。

友達って難しいな。

中学時代、好きな男の子にはペットボトルを投げられた。

親には言えなかった。

高校時代、好きな子相談を親にした事があった。

友達に言うとまたいじめられるかもしれない。親なら相談に乗ってもらえるだろう。

あんなこ辞めときな。大学生になったら彼氏できるから!」

大学時代バイトと専門、学部女子が圧倒的に多い。

そのまま卒業した。

「いつかいい人が現れるから

そう言われ続けて卒業した。

卒業した瞬間、「いつになったら彼氏できるの」に変わった。

友達の作り方も分からないのに、彼氏ができるわけない。

一応婚活とか街コンには何度か行った。

まずは友達が欲しかった。

何人か連絡先を交換して話したりした。

仲良くなった人もいる。

その頃の私はマニキュアを塗るのが楽しかった。

ちょうどアシスタントを始めた頃で、それまでバイトの都合で服装制限があったし、オシャレはほぼした事がなかった。

ネイルと言うにはお粗末だが、100均の安いマニキュアを買ってなんとなく色をつけて喜んでいた。

100均のマニキュアを使った事がある人なら分かると思うが、乾くのが早い代わりに、木工用ボンドみたいにペロッと剥がす事ができたりする。

オシャレに無頓着な私はそれが何となく楽しくて、塗った後しばらくたって剥がれたマニキュアをめくったりもしていた。

ある日、LINEのやりとりで仲良くなった1人に食事に誘われた。

趣味の話とかゲームとか、そう言う楽しい話をしていた、異性で初めてできた友達感覚だった。

自分の指先が、剥がし掛けのマニキュアボロボロなのを完全に忘れて食事に行った。

かい合った個室のテーブルで、その爪に気づいたその人に、「ネイルやってるの?見せて」と手を握られた。

そして、ボロボロの爪を見られた。

「オシャレだね」

怖くなった。

ボロボロハゲ公園遊具ペンキみたいな指先を綺麗と言ったのだ。

しかも、気持ち悪い笑顔を貼り付けて、視線は全く手を見ていなかった。

メガネの奥の瞳と視線があって、二度と会わないことを決めた。

男女でただの友達になれるのは大学まで、そのあと仲良くなれるのは下心のある人だけらしい。

それがたまらなく怖かった。

その後も何度か友達までの付き合いの人はいたが、例えばふとした瞬間肩を触られたり、手を握られたり。

そう言うのが怖くて続かなかった。

そのままもうすぐ30だ。

家を出る能力がないので実家暮らし毎日両親…特に母に怯えて生きている。

「家にいるんだから家事しなさい」「他の人は外に働きに出てるんだから

少ないながらに在宅でアシスタントはしている。

両親の中で、外に通勤していない、在宅労働は「仕事」ではないらしい。

本当は拘束時間が長い職場だが、家事があるため作家さんに頼んで短くしてもらっている。

当然、その分給料は減る。

給料が少ないから、その分早く自分原稿で稼げるために作品作りに励む。焦る。

それでもようやく希望が見えてきて、前向きに色々挑戦できそうになってきた。

真夜中に叩き起こされ、いつ結婚するのかと叱責された。

完全に寝ていたので、はじめ何を言われているのか分からなかった。

真っ暗な部屋の中で、Permalink | 記事への反応(1) | 16:44

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん