はてなキーワード: 死別とは
なんかずっともやもやしてることがあって。
旦那のお母さんが調子が悪くなってから通いで家事などを私がしてたりしたんだけど
退院のめどがついたものの、義母は今まで住んでいた実家に帰ると言い張ってて
(引きこもりの家族がいて、義母は自分が世話をするべきと強く思っていた)
「これは通いで私が家事をするしかないんだろうな」と思っていた。
(うちは狭いアパートなんで、物理的に。あと実家は田舎で子供を通わせられる小学校も近くにない)
施設が一番なんだけど、と言っていたが
そしていつも通りの日常になった。
はっきりいっちゃあなんだけど、私はこっそりほっとした。
薄情なことばかり考えていてやっぱり少しは罪悪感があるんだと思う。
「ああ、よかったね」といつも思う。
女の子は父親が生きていたほうが、もしかしたらずっと嬉しかったかもしれない。
降ってわいたような、与えられた材料で、
女の子が自分で幸せになろうと頑張ってるからなのかもしれない。
なんか、そういうことを考えて、どうもうまく言えないけれど
「死んでくれてよかった」とか「悪いことあったら次はいいことある」というのでもなくって
因果はいろいろあるけれど、それを幸せの材料につなげるのは自分次第なのかもなあと思ったのです。
2年ほど前の春に父親が病気で亡くなった。どんどん筋肉が無くなっていく病気だった。
私は母が心配だった。
1番下の娘(私)は県外の大学に進学したばかり、長年連れ添った夫とも死別し、母(私からするとおばあちゃん)も病気で、長女は(私の姉)精神障害で手がかかる。長男は仕事が忙しいようであまり家に帰らないしご飯もお家で食べることは少ない。ただ、次男は色々話してくれるし色々聞いてくれる。
こんな状況の母が心配だった。
本当は地元には帰るつもりはなかったけど、大学を卒業したら地元に帰った方がいいかもなと思った。
「お母さん、彼氏できたんだけどどう思う?」 私はびっくりした。正直少し複雑な気持ちだったけど、母が幸せなら良いと思った。ずっと心配だったから、そういう存在ができて良かったと思った。
そして4ヶ月ほど前、名字を私の旧姓に戻さないかという旨の電話が母からかかってきた。というのも、亡くなった父の遺品を整理していたところ浮気していた写真がいくつか出てきたらしい。父は旅行に行くのが好きだった。ほぼ年に1回は家族で国内旅行をしていたし、父一人で海外へ旅行に行くことも多かった。写真には中国人女性との写真が写っていたらしい。他にもいくつか写真が出てきたらしく、どうやら国内外問わずいくつかの場所にそういった女の人がいたらしいことがわかった。3年ほど病気の父の介護をしていた母。ずっと父を信じていた母。それなのに、こんな写真が見つかって辛かったと思う。
だから父の名字をもう名乗りたくないのだ、と私は思った。しかし、母が言った言葉は予想外のもので「あんたのお父さんはあんまり良くない人だった。お兄ちゃん(次男)も前からあまり良くない人だって気づいていたみたい。そして、おじさん(母の彼氏)は前世とか見える人で、この名字はあまり良くないと言っている。実際ルーツをたどっていくと昔戦争で何万人もの人を生き埋めにした人たちが先祖だった、この名字のままではあまり良くない、不幸が訪れる」といったニュアンスのものだった。
別に大昔の先祖がどうだったとか私にはどうでもいいし、それで不幸になるという意味がわからない、私は名字を変えない というような事を喧嘩腰で言ってその時は母も折れて電話を終えた。
あれからその話を持ち出されることはなかった。お金あるー?とか住民票を移したいとか事務的なメールが続いていた。
バイト中だったので最初は電話が取れず、その後メールで至急電話くださいとあり、何事かと折り返し電話をしたら名字を変えた方がいいという旨の電話だった。
「〇〇(私)の中学の頃の写真を見てたんだけど、おじさんがあんたの後ろに悪いものが4人いるって言ってた。お母さんもびっくりした。早く名字を変えないといけない」
というような話だった。すごく切羽詰まっている様子だった。そんなこと言われても私もどうしていいかわからない。“後ろに悪いものが4人”って何?ぴんとこない。おじさんにかわると言われて母親の彼氏に電話が代わった。
さっきと同じようなことをまた説明された。そして話が先祖が戦争の際生き埋めなど残虐な行為をした〜この名字は良くない、不幸になる云々といった下りにもなったときに「一つ疑問なんですけど、じゃあ私と同じ名字の人皆不幸になるってことですか?」と私は尋ねた。相手はすこしごもった様子にも聞こえたが「皆んなが皆ではない、ただこの先祖を辿っていた人は不幸になる」というような事を言われた。そして私はもう一つ言った。「私はあなたの名前も歳も、どうやってお母さんと出会ったのかも分からない それなのに急にそんな事言われても困る」というような事を話すと「あんたが知る必要はない」と言われた。
私が責め立てるような口調だったのも良くない。ただ、そんな言い方あるだろうか?
そもそも8月に帰省して会ったときにも特に挨拶も無しに馴れ馴れしく私の名前を呼ぶ貴方のことが気持ち悪いと思ったし、普通に常識が無いと思ったし、受け入れられなかった。今でも私はあなたの名前も知らない。
私は電話を一度切って、また電話をかけなおした、母が電話をでた「ごめんねさっき間違って切っちゃった。電車乗るからまた家に着いたら電話かけなおすね」と言った。
帰り道、電車の中で泣いた。
もうわけがわかんなかった。
家に着いて、話す内容を紙に整理して書いて電話をかけ直した。
泣きじゃくりながら話した。
お母さんのことをずっと心配してた、だからお母さんにそんな人ができて安心した。だけど誠意が感じられない。突然名前も何も知らない人に言われても混乱する、お母さんが私のことを心配してくれてるのはわかる。でも私の気持ちも考えて欲しい。さっきお母さんの彼氏に「あんたが知る必要はない」と言われた。
色々言ってる間にも話を遮って名字の下りの話をしようとしたから泣きながら今は私の話を聞いて欲しいと何回か言った。電話口の向こうからお金足りるか聞いてといったことを母の彼氏が2回ほど言っていた。
ここまで話してもお母さんがあの人のことも何も教えてくれないのはなんで?と聞くと元々高校の同級生だと教えてくれた。救世主のようなものだと言っていた。電話の向こうで代わるよ、俺が説明するという声が聞こえた。すると、「甘ったれは勝手にしたらいい、死ね」といわれ電話を切られた。
震えが止まらなかった。
お母さん、実の娘に死ねと言ってる人を見て何も思わないの??
泣きすぎて呼吸がうまくできなかった。
また電話がかかってきて、電話をとると母の彼氏だった。さっきはごめんというようなことを言ってる、 こわい。数秒で何があったの
タイトルに「母が新興宗教にハマり」とあるが元々母は霊波之光の信者だった。私が物心つく頃には良くお昼に何か唱えている母の姿があった。別に私は否定も肯定もしていない。それで母の気持ちが救われるなら、と思い干渉しなかった。
母の彼氏が新興宗教に関わっているかどうかは定かではない。ただ、人に相談した所それは新興宗教じゃないかと言われた。私は今客観的にこの状況をみることができない。ただ、私からするととても怖いのだ。母が恐ろしい、得体の知れないものにハマっているように見えて仕方がない。
これから私はどうしたらいいんだろう。
母は母の彼氏と一緒になってから悪い方向に進んでいるようにしか見えない。夏に帰省したときには再婚も考えてると話してた。母が救われるならそれでいい、でもあなたの実の娘に「死ね」という人をみて何も思わないのか、おかしいとおもわないのか疑問だし悲しくてやりきれないし、私にとって大好きな唯一無二の母親を返して欲しい。
でも母自身がこれが異常だと気づいたときの絶望を想像するとこのままの方がいいのかとも思う。
母はずっと専業主婦だ。父親の遺産は割とあるが母の彼氏に持っていかれたのではないか心配だ。私は春から大学4年生。学費も家賃も出してもらってる身分。でもそのお金は母の彼氏からきているのだろう。
私はどうしたらいいんだろう。
わからない。
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【追記】1/4 16:05(コメントくれた方にこれで通知はいくのでしょうか?)
たくさんのコメントありがとうございます。
正直、私一人ではどうしたらいいか分からない部分が多く色々意見が聞けてすごく参考になります。先ほどの文には無かったことも踏まえて追記させていただきます。
1.兄弟について
母親からの昨日の電話によると私以外の兄弟は皆名字を既に変えたそうです。本当かどうかは分かりません。
ただ、長女は精神疾患なのでまともに考えることはきっとできません。次男は昔から母寄りで実の父もあまり好きではなかった様子でした。私はそんな兄のことをマザコンキモいな位に思っていたのですが今考えると母に依存していると思います。兄は中学の時不登校だった過去があり正直友達も少なく周りと上手く関わることができていません。現在は仕事をしていますがきっと母親の信頼する母親の彼氏にもう取り込まれています。
長男は唯一普通だと思うのですが、もう彼も33歳位だし面倒なことには関わらないようにしているのではないかと私は予想しています。ただ、これは私の勝手な推測です。
そして兄弟仲はというと全然良くないです。もはや良い悪いの次元ではないです。私が小学生の頃以来全然話をした記憶もありせん。もちろん、連絡先も知りません。同じ家に住む他人のような存在でした。
2.遺産について
去年の夏に帰省した際に母親から父の遺産をお金でもらいたいか金塊で貰いたいかという話があり、私はなんとなく金塊で貰いたいと言いました。すると、「わかった。おじさんが今度金塊に変えてくるからね。」と母がいっていたのですがそれから特に音沙汰ありません。父は市役所に勤めていました。あとは自分が大家のアパートを持っていたりちょっとした土地も持っていた様です。父はよく旅行に行く人だったのでお金に苦労はしていないのかと思っていましたが、父が病気になり1年ほど県外の病院に入院したり、姉もたまに入院したり色々あった上に私が上京し、私立大学にも通ったことから正直お金がどこから出てくるのが分かりません。父親の遺産がどの程度だったのか、家計状況がどのようなものなのか分かりません。
3.これからについて
私はもうすぐ大学4年生です。なので就職活動も控えています。就活中はアルバイトもセーブして就活に専念しよう、就活はお金もかかるので多少親に金銭的に甘えることもあるかもなと考えていたのですが、今の状況だとどうしていいか分かりません。
きっとお金を振り込んでと言っても昨日の電話口で母の彼氏からお金はあるか聞いてということから考えるに、母の彼氏のお金がくるんだと思います。
それを考えるともう金銭的に助けてもらうことはしたくないのですが、学費や家賃(寮なので一気に払います)のことを考えると金銭的に援助してもらわないときっと卒業は厳しいです。
下手に動いて金銭的な援助が無くなり、学費も家賃も払ってもらえない状況になるのは避けたいです。他の人に相談したところ、アルバイトなりなんなりで学費も家賃も稼いで経済的にも自立するようアドバイスを貰いましたが、就職活動をしながらそういったことができるとは正直思えません。
金銭的な面も踏まえてどのように関わればいいのかまだわたしには分かりません。
母の彼氏という存在が母にどのような影響を与えるのか、異常だと知らせたいけどそれを知った時母は本当に孤独になるのではないか、無事私が来年東京で就職し、経済的に自立したとしてもどう実家と関わるべきか、連絡はこまめにとったほうがいいのか、わかりません。
昨日死ねと言われ電話を切られて、少しするとまた電話がきたのでとるとごめんというようなことを言われ、怖くて電話を切り(ここらへんは正直自分から電話を切ったのか何なのか覚えてません)、また電話がかかってきたのですがとりませんでした。ただ、数時間後メールで母に「さっきは電話とれなくてごめんね。急にお母さんの彼氏に〈甘ったれはいい加減にしろ、死ね〉と言われて電話切られて怖くてうまく呼吸ができなくてとても電話に出れそうにありませんでした。お母さんは辛くても人のことを悪く言わないし私にとって尊敬できる人です。でも何かあったらたまには私にも相談してね。今までいっぱいワガママを言ってごめんね」とメールしました。返事は返ってきてません。何でこんなメールを送ったのか私もわかりません。こんなこと言わなければよかったのかもしれない。
これからどうするべきなのでしょうか
そうなのか。正直、高卒の事務の子とかが多いのかな?と思ってしまってた。
Uターンの子が多いってことは、地元のほうが心地いい=地元コミュニティの存在=結婚・出産しやすい環境というのは大きいと思う。
都会は出てきている人が多いわけで、この逆になる。これは個人の事情というか自分語りになっちゃうけど、私は両親と死別しているので子供は諦めている。忙しい職種なのもあるけど、親の存在はそれくらいデカい。
そういえば友人が都内で40代~60代の女性が多い事務系の職場に勤めてるんだけど、みんな未婚なんだそうな。
その年代だったらお見合いとかで結婚してそうじゃん?そういう、周囲がもたらすチャンスがなかったということだ。都会は隣人関係が希薄だから孤立しやすい環境だというのは間違いなくあるなと思う。
アイドルマスターsideM、TVアニメ化おめでとうございます。ファスライのチアリングから現場に参加するようになり、セカライLVで発表の瞬間に立ち会ったのがついこの前のようだ。正直アニメ来年の冬だと思ってたよ。それどころか本家の他にもう一つゲームがリリースされるなんてびっくりだ。セカライでのガミPの挨拶を思い出しつつ先行上映会行ってきました。(エントリー投稿は関西圏でのTVでの放送終了を目処にしてます。)
sideMからこのアイマスの世界に触れて、ほかはデレステをゆるゆるやってるくらいのまったりしてる身なので、正直765のアイドルの子たちを殆ど全く知らなかった。(さすがに天海春香の名前は知ってたが)それでも皆が可愛くてかっこよくて、映画始まってすぐに、キラキラした春香さんたちに惹かれた。(数日前にやっていた一挙放送を一部見ていたので、「頑張ります!」って言葉を聞くと卯月ちゃんを思い出して心配で胃がちょっと痛かったし、雨で濡れた窓ガラスが春香さんの涙の代わりとなって流れるあのシーンにだいぶやられた。見事な演出だったが彼女らの事を思うと思わず変な声が出そうだった。当時劇場で見た先輩Pたちの心境は想像を絶する)
こんなに頑張ってる765の子たちの前にライバルとして現れた男性アイドル。そりゃあ、なかなか受け入れてもらえないだろう。当時のことは調べて出て来るページを読むことしか出来ないが、良くは思われないだろうな、とは想像がつく。だけど、Jupiterを諦めないでいてくれた関係者の方、そして先輩Pたちのおかげで今に繋がった。Jupiterがいなければ315プロダクションのアイドル達はきっと日の目を見ないままだっただろう。大好きな担当と出会えたのも、7年前から今へと繋いでくれた人がいるから。だから彼らは特別だ、と、個人的には思っている。
そんな3人の移籍までを描く、ということもあって、「輝きの向こう側へ」に感動し泣きながらエンドロールを眺める傍ら、緊張で喉も乾いていた。しんどい。アイドルしんどい。でもカッコイイ。
そして始まった「Episode of Jupiter」。40分とは思えない密度に制作陣の本気を感じた出来の良さだった。運良く2回先行上映に行けた中で、冬馬と「おとな」たちについて(記憶のある範囲で)書いておきたい。
※以下ネタバレ含む
1)冬馬と北斗
…Jupiterの3人は翔太(14)、冬馬(17)、北斗(20)と3つずつ歳が離れているので、必然的に冬馬は「こども」(翔太)と「おとな」(北斗)の真ん中になる。Jupiterのリーダーとして二人を率いる姿は非常に格好良くて頼もしいが、まだ出来ない事もある。懲りずにやってくるスカウトマン達の対応や事務関係の窓口は北斗が主に請け負っていたが、冬馬の表情はそれを良しとしていないのがありありと伝わってきていた。
業界大手の事務所で結果を出していたJupiterは、恐らく結構な収入があった筈で、インディーズになっても資金の方では困っていなかったのでは、と思っている。何故なら彼らは「お金に困って」活動をしていたのではなく、「自分たちを応援してくれるファンのために」動いていたから。「年齢」がネックになって思うように動けない冬馬は、「3人の中で俺が一番年上だからね」と、なんでもないことのように(そしてスマートに)面倒な仕事を引き受ける北斗に対して、恐らく多少なりとも申し訳無さを感じていただろう。「出来ることならなんでもやるから言ってくれよ」と、やや切羽詰ったような表情と声音の冬馬からは、自分たち3人の誰か一人が重荷を背負う事になるのを絶対に良しとしない、リーダーとしての意地も感じられた。
(ところでこの3って木星の環にかけてるのかな。黒ちゃん結構ロマンチスト…)
…この項目は個人的な推測を多く含むので、過去アイマス2を筆頭にゲームをプレイし、今までの刊行物を網羅している先輩Pからすれば間違っている箇所もあるかと思う。どうぞお手柔らかにお願いしたい。という前書きは置いといて。
アニメの黒井社長はやり過ぎだったけど他媒体ではあそこまでひどくないんだよ、と幾つか話を聞いたのと、コミカライズにて「天ヶ瀬冬馬は頂点に立つ価値がある」と父親を説得したらしいことなどを踏まえての話。先に離反シーンを見てしまっていたのでどうにも悪い人の印象が拭えないが、エムステで冬馬をデスクにした際のセリフや、そもそも3人が961でJupiterとして活躍している時でもあまり天狗になっていなかった辺り(※ドラマCD聞いた)、根っからの極悪人ではないのか?と。媒体によって「悪人」度合いに結構な差があるそうなので一概には言えないが、父親と離れて暮らす冬馬にとっては、「親代わり」とまではいかなくても、「認めてほしい大人」のひとりだったのではないだろうか。だから裏工作の件も、単純に許せなかったのは勿論のこと、「そんな事をしなくても自分たちは実力をつけてきた(し、それを認めてくれ)」という気持ちもあったんじゃないかな、と思う。実際、自分が見つけてきたアイドルの原石を何が何でもトップに、というのは、マネージメントする側としては間違ってるとは思わないので(手段がダメだが)。
ただ、自分の事を見つけてくれた人間と決別しなければいけないというのは、やはり何かしら精神的に傷が残ってもおかしくないんだな。ということで次。
…961を辞めてからJupiterは1年(!)もインディーズ活動をしていた事が物語冒頭で明かされる。ライブに協力してくれたスタッフたちを労うシーンのすぐ後、充実感・達成感をぶち壊すように現れるスカウトマン達の群れ、一方的に告げられる待遇や金銭の話。
正直、劇中でスカウトマン達をあしらうシーンが見ていて一番辛かった。なるべく荒立てないように言葉を選んでいる北斗と、そんな事など気にも留めないまま話を進めてくる人々。「一線」を越えてしまった後、何の合図もなしに現れて無邪気な笑顔のまま拒否を示す翔太、そしてダメ押しで追い返す冬馬。この1年、数え切れないくらいこんな場面があったのだろう。3人でJupiterを守ってきたのだろうなと思わせる、熟れてしまった連携プレイ。…胃が痛い。
冬馬の周りにいる有象無象の「おとな」は綺麗に二分されている。自分たちを食い物にしようとする汚い「おとな」と、協力してくれる「おとな」。Jupiterのリーダーとして、きたない「おとな」には真っ向から対峙する事で対処できるが、個人的には、協力してくれる「おとな」に対しても、どこか申し訳無さはあったように思う。というのも、味方になってくれるスタッフたちが「格安で」仕事を引き受けてくれているのだと翔太との会話で出た時、冬馬の表情はあまり明るくなかった。間違っても「安く済んでラッキー」とは思っていない。
思うに、961時代に良い環境でアイドル活動をしていたのだから、スタッフの質と、もしかすると「見合った賃金」くらいは分かるようになってたのではないだろうか。いい仕事をする人間には相応に対価を支払うべきである、と、学んでいたのではないだろうか。それを「Jupiterのファンだから」との一言で気前良く引き受けてもらっている現状は、金銭よりも「パフォーマンス」と「信頼」が勝っている関係だ。ただ「プロ」である以上、満足はしていなかったと思う。(勿論、翔太と北斗も)
以上の事に加えて、冬馬は一人暮らしである。母親とは死別し、父親は四国に単身赴任中。当然、家に帰っても誰もいない。これは相当キツかったんじゃなかろうか。甘えられる人が傍に居なかったのだから。
…齋藤社長の登場から、3人は一気に表情の幅が増える。絵に描いたような神出鬼没っぷりと、ゲームで知っていた以上にパワフルさ溢れる社長に北斗でさえもたじたじだ。しかし社長は他のスカウトマン達と異なり一切金や待遇の話をしない。それどころかライブ準備を手伝い、3人の仕事現場へも顔を出す。「Jupiter」のネームバリューと生み出すお金に惹かれた有象無象のスカウトマン達とは異なり、きちんと仕事内容を見た上でスカウトを続けた。
(余談。いつもシルエットの社長だけれど、そういえばこのポロシャツどこかで見たな…?と思ったら、本家のスーパーライブ・フェス2015の雑誌で出てた。気づかなかった…)
最初こそ戸惑っていた冬馬も、社長が他とは違うことを感じて真摯に向き合う。「あんたは悪い人じゃない」。それでも冬馬はどこにも所属しないのだと告げる。
単なる意固地ではない。リーダーとしての責任やファンへの思い、これからの活動など沢山の要素が絡み合っている中で、また誰かを「信じる」ことが怖かった筈だ。3人が互いを支え合うことで表面化していなかったけれど、傷ついていなかったはずがない。
社長がそこまで見抜いた上でスカウトを続けていた事に驚いた人、多かったのではなかろうか。そして、その後の315Pにも。
今回のチアリング上映で、何故「輝きの向こう側へ」と同時だったのか。勿論あのシーンがメインだと思うが、この場面でも大いに意味があったと思う。劇マスがアイドル達の「ただいま」から始まり、最後また日本に戻ってきたバネPに対して「おかえり」と出迎える所で終わる。対してライブハウスで活動を続ける冬馬たちは、時間がきたら場を去らなければならない。いくら「いつも使わせてもらってるライブハウス」であっても、そこは拠点にならない。改めて自分たちの現状を確認した上で、帰る場所のない事は重く響いていただろう。
だけど、そこに315Pがやってきた。それも遅い時間、全速力で息を切らして。齋藤社長と315Pだけは、Jupiterをスカウトする上で「誠意」「誠実さ」を忘れなかった。この7年、Jupiterを信じて待ち続けた「こちら側」のプロデューサー達を劇中に投影させるなら、これほどぴったりな性格はないだろう。
Jupiterのために扉をあけたシーンがあったのは、315Pただ1人だ。
…物語の終盤、渋滞に巻き込まれた為315Pの到着が遅くなることを聞かされた冬馬が「しゃーねーな」と言う横で、翔太が彼をからかうシーンがある。
「冬馬くん、ほんとあの人のこと好きだよね」
「! お、お前だって妙に懐いてんじゃねーか」
「うん、あの人いいよね」
素直に好きだと言う翔太に対して、冬馬は指摘された時に顔を真っ赤にしている。けどその前に、Pの姿が見えない、と、3人で事務所内をキョロキョロと見渡す箇所がある。たぶん、この前日譚で3人が自分たち以外を探したのはここが初めてだ。探す相手ができたこと、帰ってくる事務所ができたこと。
信頼できる「おとな」と出会った彼らの物語は、ここからまた始まる。
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961時代、王者でなければ生きている価値がない、と教えられてきた冬馬は、315プロダクションに移り、そしてソロで「HAPPY×HAPPYミーティング」を歌った。「meet」(知らない人と出会う)も「meeting」(会議・集会・大会)も1人では出来ないことだ。「向き合ったみんな」が手にする輝くサイリウムに導かれるまま、冬馬は、Jupiterは、そして315プロダクションは、未来へと進んでいく。
すごく好き合って納得して結婚しようとなってこいつしかいない、むしろこいつ以外なら結婚なんてそもそもする気無ぇわwwww
……って思ってた自分すら、結婚前数か月の頃には、仕事も忙しくて「結婚マヂムリじゃね?…」ってなったからほんとマリッジブルーってあるんだと思った。
ちなみにその後なんとか結婚まで漕ぎ着けて10年。波乱なく変わらず関係良好で、強いて言えばあの1か月が一番危機らしい危機だった。
あのとき妙な決断したり、他の子に目移りしたりしてたら、それこそ一生モノで後悔してただろうと思う。ちなみにこれは自分が意志が強かったとかそういうんでなく、単にそういう巡り合わせがなかっただけだ。単なるラッキーだ。
「すごく好き」が「すごく好き(だから重い/怖い)」になる瞬間がある。何をどうしようもなくそうなる。大体逃げ癖あるから、余計やばかったと思う。
マリッジブルー怖い。まじで。
https://anond.hatelabo.jp/20170628203058
※そんなわけで「待って」って言われたら待つしかねえじゃん。無理矢理進むとかできるわけない。でも、もし自分に少しでも余裕があるなら、信じて待ってやってもいいと思う。結果ダメかも分からんけど、「結納直前に『待って』って言われて待ったら『やっぱ止める』って言われた人」って、それだけで十分好感度高いと思う。死別とか不可抗力での×1並に。少なくとも「待ってって言われて待たずに強行して最後逃げられた人」よりはかなり好感度高い。大人しく「待つ」一択でしょ。
結局、改善されたんだっけ?
正直、改善して欲しいんだけど。言っちゃ駄目なのは分かるけど、シングルマザー優遇無くして欲しい
死別やDVからの逃亡は良いけど、そうじゃない離婚事由でシングルになった母親を優先するとか止めて欲しい
あと、糞役に立たないケア施設なんて郊外に移転して、保育園作って欲しい。
というか、商業圏に近い地域に住む老人は郊外に引越せ。代々の土地なら子供に継がせろ。保育と介護の両立とか無理なんだから、分けてそれぞれに注力しようよ
対して金を落とさず、タンスにこまめに溜めこむ老人邪魔。その金で保育園作れ。老人への労りなんぞは子育てに余裕出来たらいくらでも分け与えたる
結婚5年目 子なし
「そんな無駄なもの買う余裕があるなら、私に指輪でもプレゼントしなさいよ!」とか、
俺のオタ趣味を許してくれる人だったから結婚したのに約束が違う、とか思いつつ、
惰性でここまで来たが、
妻の思った通りに振る舞ったり、
妻の言って欲しいことを言わないとすぐにヒスるので、
正直もう限界だ。
本当は今すぐにでも離婚したいのだが、
これまたなんだかんだ理由をつけて、
調停までもつれ込んだ結果こんな女に慰謝料払わなきゃいけないのかと思うと暗澹たる気分になるし、
もうそれすらめんどくさい。
メンヘラこじらせて首でも吊らねーかなと思いながら生きてる。
家庭内がどうであれ、事情を知らない傍から見たら悲劇的な妻との死別だから、
世間体も悪くないし。
いつか我慢の限界が来たら、妻の前から突然姿を消そうと思ってる。
机の上に置き手紙だけ置いて。
俺自身が道具のように使われたこともあった(いや、道具というか天秤にされた)
成り行きはこんな感じ
シングル「子供の算数でこんな問題出されたの意味が分からないおしえて」
俺「うん、(わかりやすくおしえる)」
シングル「そうよねえ、あたしもそう思ったの」
シングル「そういえば知り合いに数学専攻の大学でた人いるのよ!すごいのよ!その人にもきいてみる」
俺「」
なんかそういうのって失礼じゃないですかね?と言い返したこともあったが本心から理解するつもりはなさそう
挙句、黙って裏でやられるよりこうやって言ったほうがまだましでしょ と開き直る
スカイプを使ってよく会話するのだが、
つくづく思うのだが片親の人って何かと問題(性格上)を抱えてる人が多いのではないだろうか?
(妻や旦那が死別してシングルなった場合を除くが、例外もある気がする)
すぐ子供を楯にして言ってくる、もしくは結婚してないでしょ等を理由にマウントをとってくる
他者からちやほやされて育ってきたのが彼女の生育暦なのか、人に教えてもらうが当たり前
たとえば、息子の勉強みてあげてと言ってきたので教えていたらその途中、
「あたし数学の専攻してる大学院でたすごい知り合いるのその人にもきいてみるね」といいだす。
たとえば、PCが調子が悪くて俺に教えてと言ってきたので教えていたら、
「あたし○企業で働いてる年収とかかなりある人知っててその人にPC送っちゃうね」といいだす。
どれも本人目の前にしてだ。
裏で天秤にかけている人もえげつなさや酷いと思うけれど、表立ってやられるのも心に傷がつく
そのシングルの親が元教員(小)だったらしく子供の勉強を見てやるのは全部その人
あとは塾に投げっぱなし
本人と会話して意見の食い違いなんかがあるときに子供がはいってきてそこで中断させられる(子供を楯に使う)
おじさんスペック
・高身長と言われる部類、タバコ吸う、イケメンではないフツメン?どうだろう…
・過去の恋人数は両手あれば足りる位、仕事人間してたので8年位彼女なし
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・条件無し 64万人
18-19 5千人
25-29 22万人
30-34 13万人
35-39 6万5千人
40-44 3万5千人
45-49 2万人
50- 2万人
・一週間以内ログイン 14万人
(所謂WAU、これより最終ログイン古い人はマッチングするのかなり難しいと思う
・3ヶ月以上ログイン無し41万人
(多分もう忘れてるとかアプリ消したとか系
・いいね数最大3600
・未婚子持ち 600人
登録者数めっちゃ多いみたいに色々なところで紹介されてるけど殆どが野郎だと思う、女性も60万人位は登録してるがWAUとしてみると三分の一もいない。
女性は実質15万人位と思ったほうがいい、ここから世代で別れていくので全世代にまんべんなくモテるぜ!みたいな人以外は数千から1万人ちょいが対象になるはず。
・28~34で
(単純に若い子がいいとかではなく後述の理由により年下希望、28歳まではいいね来たことがある実績も踏まえて
・体系「太め」以外
・自己紹介文あり
・結婚や実際会うことに対して最低でも前向きに思っている
・未婚、子供無し
・フリーワードで趣味や気になる事を何個か入力(or検索っぽい
以上の条件で820人位
※7/9 俺調べ
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・大体時系列
まず登録してすぐに30後半~40ちょい位の女性からいいねが数個きた。
子供はできればほしいかなと思ってるので歳上は出産年齢とかあるし申し訳ないけどスルー。
20代の頃は歳上の30近辺のおねーさんでもいいかなって思ってたけど自分が30半ばになると流石に上はないわ。
一通りの項目を埋めて適当に自己紹介を記入し興味のあるコミュニティに50個位入る。
まず、タバコ嫌いな人が結構多いのでその時点でかなりの人数が除外されることになる「タバコ嫌い」コミュで7000人位いる。
他にも細かいコミュニティあるのでタバコ吸ってると10000人くらいは除外されることになると思われる。
タバコは絶対辞めないという気は全くないけど現時点で吸っているのは事実だし、後からそこ指摘されてもお互い不幸にしかならないので気にしない人か吸ってるひとで探すようにしてる。
嫌煙家の人だとどうやっても分かり合えない気がするのでお互い近寄らないが吉。
同世代から-10位の範囲でさがして気になる子にポチポチといいねしていくが最初の頃は全く帰ってこない。
プレミアムなんちゃらがなんかお得期間とのことだったのででなんとなく1年planに申し込む。
更に調べていいねが多い人からは帰ってこない率が相当高くマッチングしないためいいねが無駄になるという事らしいので、いいね数がある程度以下に絞る。
Twitterで「pairsでこれだけいいねもらえましたー、みんなにいいねもらえて嬉しい、じゃ退会します」みたいな画像載せたりしてる女性を数名みたのでいいねがあまりにも多い女性はちょっと信用できない感じがしたというのもある。
ボチボチといいねがもらえたり、いいねありがとうが帰ってき始める、週に数人ペース。
写真は正面からの物じゃなくても結構いいね帰ってくる、あとから正面の写真も追加したけどいいね数増加率は特に変わらなかった。
自己紹介はちゃんと書かないとダメっぽい、思いつくままに書いた場合全然だめ、仕事・趣味・性格とかみたいな何個かの大分類に分けて書いたらいいね数がちょい伸びた。
数名とメセージをまったりやり取りしつつたまに検索して気になる子にいいねぽちぽちを続けてる感じ。
帰ってくるいいねについて分析した感じでは同じくらいの世代ならかなりの確率でいいね帰ってくるっぽい。
30近辺からがくんと下がる。
20代後半は極稀。
という感じで今に至る。
現時点で
いいねした数120弱、いいねもらった数35ちょい位、マッチング15位、年齢的には28~35まで。
直近一週間の足跡はずっと80位で安定してる感じ、二週間目くらいまでは150超えてたけどその後約半分に減った。
3名メッセージのやり取りした、2名は数日に一回ペースでもう二週間位雑談してる。
1名は会ったけどその後お礼メッセのやり取りした後ログインしてないっぽいしメッセージ送っても反応ないので他の人とのやり取りで誤爆怖いし近いうちにブロックへ移行予定。
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結構な数の女性のプロフみて俺が思ったこと、完全に個人の感想ですので一意見として見ていただければ。
両方乗ってる人は差がパないのでそういうの見てるとSNOWオンリーのは全部詐欺写真にしか思えなくなってくる。
複数の写真のっててその全てで輪郭レベルで違うとかどうかと思うの。
プリクラか何かの目がめっちゃ大きくなってるのだけってのも同じくやめたほうがいいと思う。
「正面からの顔写真ない人は~」で自分はSNOW写真だけ、とかないわーマジないわー。
コミュニティとかみてちょっと合わないかなーと思っていても笑顔かわいい写真何枚かのってるとついうっかりいいね押しそうになる男の性よ…
風呂は毎日入ってるし、匂いのケアもそれなりに気を使ってるし髭も毎日剃ってるけど。
そんなレベルでいいのか曖昧すぎるので清潔感があるの定義を教えてほしい…
結婚してからもそんなペースで海外に遊びいくつもりなんすかね、世の男子はそんな時間的・金銭的余裕あるの…?。
サイトが用意してるの以外にどっかのサイトにテンプレとして載ってんじゃないのってくらい同じような自己紹介の人多い。
ほんと女性すきねあそこ。
「わたしおやれなレストランや高級そうなお店大好きで素敵でしょ?」が透けて見える感じ。
毎回高級レストランを求められて金掛かりそうなイメージしかもてないので、そこら辺で飲んでるヤツとかも有るなら乗せたほうがいいと思う。
数万人いるなかで、プロフのTOP画像だけで「あっ、前に見たことある人だ」ってわかるのほんとごく一部だと思う、だいたいプロフ開いてから気がつく。
というか、最新の足跡で時間上書きされるのに「前回と今回で時間が違って何度も来てるキモい!」って思うほど足跡チェックしてるんです?
・嫌いな食べ物とか苦手な事や物を書いてるのはありがたい。
ooは絶対嫌とか嫌い近寄らないでみたいな否定and拒否みたいな書き方だと自分が当てはまらくても、なんとなく気が強くて性格悪そうな気がしていいねする気にはなれない。
面識がない時点から始まるからこそ、攻撃的と思われそうな内容のプロフはやめたほうがいんじゃないかなとおっさん的には思います。
明らかに20~30代の写真で103歳とか112歳とかなってる人結構いるので「いいねが全くつかない」って思ってる女性は自分の誕生日設定見直したほうがいいと思う。
大体の男が検索するときに年齢でフィルタすると思うのでそりゃ検索で出てこなけりゃいいね以前にプロフ殆ど見られないでしょ感。
多分リアル最高齢は70ちょいあたり。
・婚活情報みてると男性の年収表示って必須みたいに言われるけど女性の場合無しが普通なんすかね年収乗せてない人多い
奥様の年収気にしない位稼いでる男性と結婚して専業主婦狙いなのかな?
ゼロではないなら載せた方がいい気がする、最初の頃は仕事してない人はちょっとなという気持ちでフィルタの最低値200以上にしてたらそれだけで検索結果5万人位違ってたことをあとで知った。
いい歳なので無職やバイト生活じゃなければ普通に正社員であればいいので年収条件150以上とかもうちょっと刻めるようにしてほしい感ある。
それで30ちょいとかだと「その年齢で結婚まで行かず別れたって事は野郎に問題あったか女性側がアレだったか」って事かなと思うのでマイナスイメージしか俺の場合はないかな。
ちょっとイタい人なのかなと思っちゃうのでスルー、そこを検索条件に入れられないのはどうなんすかね結構重要な気がするんですけど…
自分は「男性が多めに払う」を選択してるけど、普段の友人との飲み会でも全額出すことはたまにある程度にはゴチするのは嫌いじゃない。
だが奢られて当然という態度の人には絶対ゴチしない。
初対面でご飯食べに行くことになるのに、会う前から全額男が出すべきって言われるのはちょっとね。
・めっちゃアウトドア派で色々なところに色々な人と遊びに行ってる人
そんだけアクティブに出回ってて恋人出来ないってのはそれはそれで何かあるのでは?友達としてはいいけど恋人にするにはちょっと系の方ですかね。
男性とかたくんでる写真とか、その人とおつきあいすればええんちゃいます?
・40超えて「実年齢より若く見られます♪♪」で実際美人な人多いけど…
出産なんかを考えると見た目年齢とかどうでもいいかな実年齢のほうが大事。
音楽好き、猫好き、カレー好き、漫画好き、とか結構色々あるので探して入った方がいいと思う。
某宗教団体hoge学会コミュとかエセ科学系コミュに入ってるような人は全員ブロックして関わりたくない。
うっかりいいねするともったいないので全部ブロックして表示されないようにしたい…
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とりあえず一ヶ月使ってこんな感じ。
一ヶ月たつと女性側からいいねが先に来ることもほぼなくなって、こっちからのいいねも帰ってくる事減ってくるので短期集中でやるのがいいんじゃないかなと思ってる。
(自分からいいねする人は実績諸々含めてハードル高いだろうなってところを敢えて狙ってるので帰ってくる数へるのはまぁ仕方ないところではある。
ちなみに会ったこと有る女性に聞いた感じだと男でも多い人は1000近く行ってる人とかいるらしい。
あった人は30ちょいだったんだけどその人はTOPの写真はあまり気にしてない感じだった「どんな写真だったっけ?」とか言われるレベルで見てないっぽい。
そういう人もいるので「俺はイケメンじゃないから無理だろう」て思ってる人でも気になるなら卑屈にならず登録してみればいいんじゃないですかね。
ただ自己紹介はちゃんと読んでるっぽいのでそこはちゃんと書いたほうがいい。
趣味がないから書くことが無いとか言ってる人たまにいるけど、平日夜とか土日家から一切出ずにずっと寝てるとかそんなん以外なら友達と飯食いに出かけたりゲームやったり漫画読んだりとか何かしらやってるっしょ。
エンジニアで勉強会とか行ってるなら「新しいこと学ぶのがすきでそういうのよく行ってます」みたいなのでも全然いいと思う。
本気で書くことないなら、まず趣味作るところからしないと無理じゃない?という感じ。
追記
もうちょっと素直になろうぜ。
めっちゃ登録人数多いし友人が出会って結婚したからマジおすすめ!みたいな感じで知り合いにすげー勧められて登録してみたけど書いてる通り実際は言われてるほど多くないしな。
FBで友達10人以上必須だから安心とか言われても10人なんて簡単に集められるからあまり意味ない。
https://www.buzzfeed.com/jp/kazukiwatanabe/20170706?utm_term=.iiyvgLEKRa#.qtrKmR2aJj
「私はゲイです」文京区議がカミングアウト 死別したパートナーへの思い
同性婚反対は別に差別でもなんでもない。どこの国でも当たり前にされてるもの。価値観の違いでしかないものを悪者扱いでおかしな奴らだとみなすやからには本当イライラする。同性婚には理解を示して寛容なふりをするが、価値観が違う人の考えは理解しようとすることすらないブコメがわんさかだ。
結婚というのは、男は外で働き女は一生尽くすつもりで家に嫁ぐという覚悟の契約でもある。結婚に対して保守的な価値観を持っている人たちの結婚観はこれ。
実際、この価値観に基づいて結婚や家族法は整備がされてきた歴史がある。
単純にこの結婚観は、同性婚にはそぐわないから反対だというのが一つの意見だ。
価値観が違うのだから同性愛者には同性愛者のパートナーシップ制度を作れば良い。騒ぎになってるように、病院で立会いできないなら、できるようにすれば良いし、ニーズに応じた法整備を拡張していけば良いだけ。
価値観の違いは差別じゃないし嫌悪でもない。新しい制度を作れば良いだけのものであって、昔から続く価値観を否定する必要もない。
山本常朝
山本常朝
山本 常朝(やまもと じょうちょう、万治2年6月11日(1659年7月30日) - 享保4年10月10日(1719年11月21日)は、江戸時代の武士、佐賀藩士。『葉隠』の口述者。「じょうちょう」とは42歳での出家以後の訓で、それ以前は「つねとも」と訓じた。通称神右衛門、俳号は古丸。
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1 略歴
3 史料
4 参考文献
5 関連項目
6 外部リンク
略歴[編集]
万治2年(1659年)に、佐賀城下片田江横小路(現在の佐賀市水ヶ江二丁目)で、佐賀藩士山本神右衛門重澄の次男として生まれた。母は前田作左衛門女。
常朝が自分の生い立ちのことを語っている項が『葉隠』・聞書第二にあり、それによると、自分は父70歳のときの子で、生来ひ弱くて20歳まで生きられまいと言われたので、塩売りでもやろうと父は思ったが、名付親の多久図書(茂富、重澄の大組頭)の「父の血を受け末々御用に立つ」という取りなしで、初名を松亀と名づけられ、9歳のとき、鍋島光茂(佐賀藩2代藩主)の小僧として召し使われたという。
11歳で父に死別し、14歳のとき、光茂の小々姓(いわゆる児小姓・稚児小姓)となり、名を市十郎と改める。延宝6年(1678年)20歳に元服して権之丞と改名、御傍役として御書物役手伝に従事する。この年に、田代陣基が生まれている。
この間、私生活面では20歳年長の甥・山本常治に厳しい訓育を受けたが、権之丞が、若殿綱茂の歌の相手もすることが光茂の不興をかい、しばらくお役御免となった。失意のこの頃、佐賀郡松瀬の華蔵庵において湛然和尚に仏道を学び、21歳のときに仏法の血脈けちみゃく(師から弟子に法灯が受けつがれること)と下炬念誦あこねんじゅ(生前葬儀の式、旭山常朝の法号を受けた)を申し請けている。
『葉隠』で慈悲心を非常に重んじている素地はこのとき涵養されたといえよう。さらにこの前後、神・儒・仏の学をきわめ藩随一の学者といわれながら下田(現在の佐賀県大和町)松梅村に閑居する石田一鼎を度々訪れて薫陶を受けた。このことも後の『葉隠』の内容に大きな影響を与えている。
天和2年(1682年)24歳のとき、6月、山村六太夫成次の娘と結婚、同年11月、御書物役を拝命。28歳のとき、江戸で書写物奉行、あと京都御用を命ぜられている。帰国後の33歳のとき、再び御書物役を命じられる、命により親の名“神右衛門”を襲名した。
5年後の元禄9年(1696年)、また京都役を命ぜられ、和歌のたしなみ深い光茂の宿望であった三条西実教よりの古今伝授(古今和歌集解釈の秘伝を授かること)を得ることのために、この取り次ぎの仕事に京都佐賀を奔走した。古今伝授のすべてを授かることは容易ではなかった、が元禄13年(1700年)ようやくこれを受けることができ、隠居後重病の床にある光茂の枕頭に届けて喜ばせ、面目をほどこした。
同年5月16日、藩主の光茂が69歳の生涯を閉じるや、42歳のこの年まで30年以上「お家を我一人で荷なう」の心意気で側近として仕えた常朝は、追腹禁止により殉死もならず、願い出て出家した。5月19日に藩主の菩提寺たる曹洞宗高伝寺の了意和尚より受戒、剃髮して名を旭山常朝と改めた。7月初旬に佐賀城下の北10キロの山地来迎寺村(現在の佐賀市金立町)黒土原に朝陽軒という草庵を結び、「尋ね入る法のりの道芝つゆぬれてころも手すずし峰の松風」と詠じて隠棲した。
田代陣基が、常朝を慕い尋ねてきたのはそれから10年後、宝永7年(1710年)3月5日のことである。『葉隠』の語りと筆記がはじまる。
のち、朝陽軒は宗寿庵となり、光茂の内室がここで追善供養し、自分の墓所と定めたので、常朝は遠慮して、正徳3年(1713年)黒土原から西方約11キロの大小隈(現在の佐賀市大和町礫石)の庵に移り住む。正徳4年(1714年)5月、川久保領主神代主膳(光茂七男、のちの佐賀藩五代藩主鍋島宗茂)のために、藩主たる者の心得を説いた『書置』を書き、翌5年、上呈する。
享保元年(1716年)9月10日、田代陣基が『葉隠』全11巻の編集を了える。山居すること20年、享保4年(1719年)10月10日、61歳で没した。翌日、庵前において野焼、墓所は八戸龍雲寺。
辞世の歌:
重く煩ひて今はと思ふころ尋入る深山の奥の奥よりも静なるへき苔の下庵
虫の音の弱りはてぬるとはかりを兼てはよそに聞にしものを