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はてなキーワード: 学費とは

2014-09-08

金持ちを憎む貧乏人が金持ちになった時どうなるのか?

オレが大学1年の時に知り合った、医学部一年生のA。Aの家は貧乏で、親に迷惑をかけないために大学学費生活費全てを奨学金でまかなってた。

口を開けば「医学部金持ちボンボンばっかり」「親の金で車買いやがって」「これだから金持ちは」っていう典型的な「金持ちアレルギー」。

彼女からもらったプレゼントを見て「こんな高いものをくれるなんて、アイツの家は金持ちに違いない!」とかいうやつだった(それは彼女一年バイトしてコツコツ貯めて買った物だったが)。

話を聞くと、どうやらAの親もそう言っていたらしい。Aの親戚皆貧乏で、医者になるというAはほとんど突然変異存在だった。

オレはふと思った。「貧乏な家で育ったコイツが、医者になって金持ちになったどうなるんだろう?」

興味があったので、自分が4年生大学卒業して就職してからもちょくちょく連絡をとってAが医者になるのを待っていた。


医者になって2ヶ月目のAに久々に再開した時は笑ってしまった。

大学時代、共に何度も訪れた居酒屋に現れたAは開口一番こう言った。「なんでこんなクソみたいな安居酒屋なの?」

貧乏人が来るような店とか腹立つよなー。全部潰れりゃいいのに」

「あ、そういや先々週借りたDVD返してなかったわ。まーいいかw」

「俺らも大学生じゃないんだし、量より質で食うもの選ばないとw」


人ってここまで変わるんだなぁと思いながらAの話を聞いていた。

お金持ちになるにつれ少しずつ変わるんじゃない。「お金持ちになった瞬間」、お金持ちに変わるのだ。

話を聞きながらAの見下す「貧乏人」にオレやAの親が入ることについてどう思っているんだろう?と思った。まあ、オレはいつの日か縁を切られるんだろう。

しかし、「お金持ちの金の使い方」に関して偏見を持っているAの親は、「お金持ちの金の使い方」をするようになったAに対してどういう反応をするんだろうか?


個人的興味の調査はまだまだ続きそうである

2014-09-04

http://anond.hatelabo.jp/20140904164011

薬剤師の実務経験なんて、規制無くなったら精々時給数百円でドラッグストア従業員やるくらいしか役にはたたんよ。

現在無資格者と同じ仕事していても資格だけで遥かに高い時給貰えるけど、資格無意味になったら給料無資格者と同じになるだけ。

数百万の学費大学通っている間に激減する収入も考えたら負担は一千万クラスか)かけてそれじゃ割に合わなさ過ぎる。

そもそも私立薬学部学費払える財力あるなら底辺暮らしなんぞやってないし、

公立薬学部入れる偏差値あるなら他にいくらでも道あるだろうし。

つーか金も偏差値も無いなら看護学部の方が給料高くて将来性もあるよね。

2014-08-29

http://anond.hatelabo.jp/20140829213755

「親とはかかわりの無い自分人生を生きるにはどうすればいいか」

具体的には、良い大学に行ってカネ持ちになる方法はあるか?

って考えりゃいいだけのお話

ちょっと知識をつければ、「親の問題所詮親の問題」ってとこまでは到達する。

そこからは簡単だろ。各所に問い合わせして調べるだけの作業なんだから

つーか、周囲に必ず知識を持った人間がいたはずで

大学行きたいんですうわああああああ!」って泣き叫ぶのがぶっちゃけ一番はええよ。

成績さえ一定水準以上なら、誰かしらが力貸してくれるもんだ。

俺はそうやって高校行った。まぁ、親に学費使い込まれて辞めたけどな。

http://anond.hatelabo.jp/20140829212053

おまえの高校時代学費兄貴が工面しなくても

回生保に落ちる覚悟すりゃ、奨学金でなんとでもなってんだよ。

大体、高卒資格なんて簡単で高認とりゃ大学入試資格はあるわけで。

俺も高校中退してるが、大学入試には何の問題もなかった。

デカイ声で恫喝しようが何しようが、おまえの母親は大人なんだから

自分でついたハンコは自分責任だ。

つーか、おまえ本当に無知だな。

おまえが今そこにいるのは、おまえが無知だったからとしか言いようがねえ。

父親を切り離さないって選択をした時点で失うものが多々あんのはわかりきった話だっただろうが。

つーか、人的保証のハンコさえつかなきゃおまえの母親も兄もおまえも

なんとでもなってた話だろ。バカバカの多重連鎖だが、全部お前の責任だろ。

おまえにもうちょい知識があれば全員まとめて何とか出来た話だ。

からでも遅くないから家族まとめて切り捨てろよ。自分人生を生きろって。

悪い表現をすれば、おまえの母親と兄は自分決断におまえを巻き込んだだけだ。

恩人でもなんでもねえよ。

http://anond.hatelabo.jp/20140829205321

国金や新聞奨学生で借りられない理由が知りたい。

俺は負債を500万以内に抑えて卒業たかたか

高卒から2年働いて、二種奨学金+国金の教育ローン給付で行ったけど

プライベート奴隷レベルで束縛される新聞奨学生選択肢に入らんかったわ。

どうして二種も取れず国金で金も引けないような事態になったの?

公立なら学費入学金等等合わせても3~400万あれば足りるはず。

これを国金でひけばあとは生活費のみだろ?

どーしてそうなる?自分経験に照らしても、どう考えても何とかなる話だろ。

俺は給付取って私大たから国公立事情わからんが、どうしてそうなるよ?

親父の借金相続拒否すればいいだけのお話で、

借金持ちからすれば、家の所有物が他人名義なんて都合良いだけのお話じゃん。

正直に言えよ、単なる学力不足だろ?おまえの努力不足だよ。

2014-08-20

ケチだった親父の話

俺の親父はドケチだった.

とにかくドケチだった.

口を開けば「カネがない」とグチった.

貧乏だった.

お袋は貧乏が嫌で俺を置いて出て行ったらしかった.

食う物と言えばパンの耳,着るものと言えばボロ雑巾みたいな古着だった.

ガキだった俺は友達が持っているスーファミが羨ましくて親父にせがんだ.

帰ってきたのはゲンコツだった.

そんなカネねえ,と.

ケチなクソ親父め.

でも俺はあきらめなかった.

キャラクターテレビの中で自由に動かせるのに,熱中していた.

根負けしたのか,なんとかしてやると言い出した.

俺は興奮で眠れぬ夜を過ごした.

翌週親父が持ってきたのは,中古PC98だった.

どうやら友人から譲ってもらったらしい.

なんだか嫌な予感がしながら電源を入れたら,文字しか出てこねぇし,なにすりゃいいのか分からないし,

まさに「コレジャナイ~」と泣きながら手足をバタバタさせてダダコネたい気持ちになった.

やっぱりクソ親父はクソ親父だった.

曰く,

「これさえあればゲームを作れるらしい.そんなに欲しいなら自分で作れ」

そして俺とPC98とBASIC生活が始まった.

始めはとっつきにくかったが,やってみると面白かった.

ゲーム自分で作れる」という魅力的な言葉に酔っていたのかもしれない.

まだ習ってない漢字の入ったマニュアルも苦にならなかった.

これでいつか俺も,F-ZEROを作ってやるぞと,本気で思っていた.

ゴミ捨て場から拾ってきた古いベーマガを読みながら,小さなゲームを作っては楽しんでいた.

始めてジャンケンができるプログラムを作った時の感動は忘れられない.

グラフィカルなゲームは作れなかったが,友達も一緒になって楽しんでくれた.

だが中学2年に上がるころ,長年連れ添った俺の愛機が突然動かなくなった.

ついに寿命が尽きたのだ.

俺はこの世の終わりのように感じた.

まるで愛犬に死なれたような気持ちだった.

しばらく学校も休んだ.

今思えば前の持ち主から数えて10年近く,よく動き続けたものだと感心する.

ケチな親父は,当然だが新しいPCを買ってくれるわけはなかった.

帰ってきた言葉

「そんなに欲しいなら自分で作れ」

次の日からジャンクめぐりが始まった.

新聞配達で稼いだ金で少しずつパーツを買い集めた.

ゴミ捨て場からまだ使えそうなモニタを拾ってきた.

OS友達Linuxを用意してもらって入れた.

始めて自作PCが立ち上がった時は感動した.

Linuxに移行したのをきっかけに本格的にCを始めた.

親父に本を買ってくれと言ったら,始めは渋っていたが,ボロボロ技術書を何冊か古本屋から調達してくれた.

ヴォルトのアルゴリズムデータ構造と,クヌースのThe Art of Computer Programmingもあった.

難しすぎたし技術的なところが足りないから,遠くの図書館までわざわざ出かけて技術書を借りてきては読みふけった.

学校の授業中にも読んでいた.

プログラミング技術はもちろん,画像処理のための数学の道具についても勉強した.

同級生2次方程式因数分解をやっている横で,三角関数行列計算をしていた.

特にアフィン変換には感動させられた.

こんな風に言うと,さぞ数学の成績がよかったのだろうと思うのかもしれないが,テストの点はそこそこだった.

コードを書くのに必要概念として知っているだけで,証明問題は苦手だった.

特に幾何学はさっぱりだった.

それと,古典社会時間は全部すっぽかしてノートコード書いてたから散々だった.

高校に入ったあたりでX windowシステムを使ったグラフィカルなゲームを作れるようになった.

出てきた敵を撃つだけの簡単なインベーダーゲームに始まりオセロブロック崩しウィザードリィみたいな迷宮探索ゲーム,思いつく物何でも作った.

時代はWin95が出たあたりで,パソコンブームだった.

友達の家にもPCがあるところが多くて,Windows移植して簡単なネットワーク型対戦ゲームなんかを作ったりもした.

ここまで本格的にゲームプログラミングをやっていると,さすがにジャンクパーツを集めただけのPCでは性能に不満が出ることが多くなってきた.

ビルドの待ち時間が長くていらいらしたり,友達の家で動くゲーム自分PCで動かなかったりした.

ダメ元で親父に相談してみたら案の定,

自分で稼いで買え」

親父はどこから取ってきたのか,俺でもこなせる程度の仕事を持ってきた.

始めはパソコン教室バイトだったり,ゲームデバッグだったり,まともなバイトだったのが,

ある日学校から帰ってくると,何に使うのかは知らないが,明日までにこういうコードを書けと言われて徹夜プログラミングしたりするようになった.

時々は他人の書いたコードを別環境移植する仕事をやった.

プロの書いたらしいコードを読んで書き直す作業は,かなりの勉強になった.

給料は親父から手渡しで貰ったが,今まで見た事もないような額になった.

その金で新しいマザーボードPentium IIと32MBメモリを何枚かと,自分の開発環境用にWindowsPCを作った.

こんな感じで高校には通っていたものの,勉強らしい勉強ほとんどしないで過ごした.

当然大学入試は全部落ちた.

それでも,手に職はあるわけだし,しばらくは同人ゲームでも作って過ごそうと思っていた.

だけど親父は反対で,大学ぐらい入れと言い出した.

てっきり学費ケチれる分,喜ぶとばかり思っていた.

それでもやる気のなかった俺に,

大学合格できたら最新のMacintoshを買ってやる」

一体何が起こった,このクソ親父,脳の病気にでもかかったかと本気で疑った.

どうやら正気で言っているらしいと分かると,俺も必死勉強を始めた.

そうは言っても,中学時代から受験意識した勉強なんてさっぱりしてこなかった俺には,何をどうしていいのか分からない.

しかも,やっぱり親父はドケチで,塾や予備校なんていく金は無い.

しかたがないから高校時代友達で,頭のいい大学に行ったやつにお世話になることになった.

結局2年かかってしまったが,そいつと同じ大学に入れた.

厚かましくも,キャンパスにまでついていったりしていたから,新入生として入って行くと顔見知りに驚かれた.

親父は約束通りPower Macintosh G3を買ってくれた.

だが,俺の親父はドケチだった.

今回のドケチさはちょっと予想外だった.

「せっかくいいパソコン買ってやったんだからそいつ学費ぐらい稼げ」

さすがにそいつは無いだろうと思った.

自分で遊ぶ分くらいは当然稼ぐつもりだったが,学費丸ごととは.

お前が無理言って入学させた大学なのに,そりゃないだろと.

いくら国立大学とは言え4年分の学費となると200万ほどになる.

しか教科書代やもろもろを考えると300万円は無いと厳しい.

300万円稼ぐために俺ができることと言えば,やはりゲームを作るぐらいだった.

から大学ゲーム開発サークルに入ることにした.

志望動機を聞かれて,

ゲームを作って300万円ほど稼ぐためです」

と言ったら爆笑された.

金が必要理由を言ったら,一瞬でお通夜みたいな空気になったけれど.

先輩が相談に乗ってくれて,成績優秀なら学費免除になったり半額になったりすることを教えてくれた.

それならなんとかできそうな金額だった.

大学生活は楽しかった.

学校の授業でプログラミングをやるということに驚愕した.

プログラミングをしているだけなのに,「お勉強」として扱われるなんて.

情報科学の基礎を作る数学面白かった.

今まで何気なく使ってきた道具に,こんなに深い基礎理論があるなんて,知らなかった.

講義が終わったらサークル棟に入り浸って,入学祝いMacintoshで朝までゲームを作ったりしていた.

学費を稼ぐためのゲームだが,やはりエロゲを作ろうということになった.

ただし,そのためには絵師必要だということで,先輩が漫画研究会から絵師スカウトしてきた.

かわいい女の子だった.

一目惚れした.

彼女の絵は綺麗で,エロかった.

こんなちっこくてクリクリして可愛い女の子が,こんなドエロい絵を描くなんて!

俺の頭はすっかり茹だって,も~だめだ~という感じになった.

それからなんやかんやあって,結果的彼女俺の嫁になった.

詳細は伏せるが,なかなかにこっ恥ずかしい青春を送った.

とにかく,彼女の絵を俺のゲームに入れると,

今まで○とか■とか,ちょっとしたドット絵しかなかったキャラクターに命が吹き込まれるようだった.

作った同人ゲームも,学費がまかなえる程度に売れた.

先輩たちが,売上金を快く俺にカンパしてくれたおかげでもある.

満ち足りた大学生活だった.

就職先には当然ゲーム会社を選んだ.

スーファミはもう時代遅れになったが,自分の作ったゲームが本当に発売されて,ゲーム機の中で動いているのを見た時は嬉しくて泣いた.

娘が生まれた時と,どっちがと思うくらい泣いた.

さて,俺のドケチな親父だが,娘が生まれてほどなくして死んだ.

あんなにドケチに金を惜しんでいたのに,財産も何も残さず死んだ.

遺書を読んだら,葬儀簡素親族だけで行うように,とあった.

最後最後までドケチなまま逝った.

親戚付き合いらしい親戚も居ないし,どうせ誰も来ないだろうと思っていたが,

葬式当日には呼んでもないのに大勢の参列があって,なんだこれは,人違いかなにかかと思った.

なんでも,親父の運営するNPO法人従業員だとか,親父の寄付金で建てた養護施設代表さんだとか,

親父とは無縁の世界の住人だとばかり思っていた,立派な善人ばかりだった.

家に居ないことの多い親父が外で何をしているかなんて興味なかったし,どうせ競馬かなんかで稼いでるんだろうと思っていた.

最後最後さら最後まで,面倒事を運んでくるクソ親父だ.

葬儀が終わって,ちょっとした額になった香典の山を眺めていると,

「さあ自由に使っていいカネだぞ.お前はそれで何をするんだ?」

そんな声が聞こえてくるようだった.

なんだかむかついたので,その金は今まで通った学校プログラミング関係の本を寄付するのに使うことにした.

一銭も残さずに,全部.

それでもなんだか負けた気分だったから,ボーナスをつぎ込んで,倍額にして寄付してやった.

ケチなクソ親父を,見返してやった.

最高の気分だった.

それが6年ほど前の話だ.

ところで最近小学校に上がった娘が,アニメに出てくるようなフリフリなドレスを着て学校に行きたいと言い出した.

うそんなお年ごろになったのか.

女の子の成長は早いものだ.

子供には不自由させたくないと思っていたが,調べてみると我が子の眼鏡にかなう服は,日常的に着る服にしては,ちょっと高い.

悩ましい問題だ.

家の家計は諸事情により逼迫している.

さて,どうやって安上がりにすませようか.

2014-08-19

http://anond.hatelabo.jp/20140819133110

大学院出て研究職に就いた時点で田舎人間じゃない。田舎にそんな職場無いだろ。

娘を大学院に行かせようと考えた時点で親も「適齢期になったら結婚して会社を辞めて専業主婦に」なんて望んでなかっただろうし。

それを望む親なら院の学費なんて出さずに実家呼び戻し見合いでもさせるでしょ。

その時代に女が親に逆らって都会の生活費学費自力で稼いで院に進学ってのは無理だ。

そして「結婚可能な年齢の娘を持つ母親」の世代でも、定年まで仕事続けた女は(勿論今ほど多くは無いが)それ程珍しくないんだよ。

うちの団塊世代母親の友人にも数人いるくらいだ。母親田舎出身で大したことな大学

(と言ってもその世代女性大卒というだけで上位数%に入る高学歴)だけどね。

そりゃ全体からしたらろくな教育も与えられなかった女が大多数の時代だったけど、そこそこ金や学歴のある世界であればそれなりにいるんだよ。

しろ増田の方がお若いんだろうね。

2014-08-17

お金が大好きだった

 ぼくは小さいこお金が好きだった。母子家庭で家が貧乏だったからだと思う。電気やガスを止めたり、おやつをうちだけ少なくしたり、母に徹夜で内職をさせる。不憫だ、子どもが不憫だと時おり、母を涙させる。そんなお金の力に引き寄せられたのかもしれない。

 小学校二年生までのぼくの趣味は、おこづかいや、数少ない親戚から年に一度もらえるお年玉、たとえば数千円。それを両替機で崩すことだった。全部10円に。お金が増えるのがすきだった。受け皿に硬化が落ちてくる、あのジャラジャラッ、という音もすきだった。全部10円玉になると、店のおばちゃんに数十枚の銅色の硬化を渡した。きびすを返し両替機に銀色の硬化をまた突っ込んだ。繰り返し。迷惑なはなしである

 小学校三年生に上がると、その行為がまったく無意味だと悟った。今度は本当の意味お金を増える方法をかんがえはじめた。勉強にも友達にもそれほど興味はなかった。


 最初のぼくのビジネスは、自販機の小銭と落ちている空き瓶をあつめることだった。今はどうかしらないがその頃、一本あたり10円で特定のビンを買い取ってくれる駄菓子屋があった。たとえば、コカコーラスプライト

 二週間後には町内の自販機地図をつくり、近所の子どもたち数名を組織化してビジネスを拡大した。上がりは折半だ。軌道に乗った矢先、浮浪者ボス一喝されてそのビジネスはご破産となった。

 次は自販機ビジネス資本をもって、今でいう「せどり」に挑戦した。カメレオンクラブキャンプわんぱくこぞう、遊コン。情報化前夜の昭和末期。ゲームカセット買取価格と販売価格が逆転している商品をしらみつぶしに探しては、他の店に売りとばした。これも仲のよい同級生組織化した。仕入れの費用がない場合はぼくが肩代わりした。が、ただ、店舗が密集しているわけではなかったので、仕入れの問題であまりうまく行かなかった。そのうち同種のカセット買取制限つきはじめた。息の短い商売だった。

 中学生になってやったのがパソコン通信ログ取得代行する、というサービスだった。今思うととこれは犯罪だったかもしれない。Nifty-servePC-BANの規約はもう見れないので許してほしい。日夜マニアック議論が繰り広げられる大手パソコン通信サイトログダウンロードしては草の根BBSで知り合ったおにーさん達に高値で売りつけた。ただのテキストが垂涎の情報となる時代があったのだ。

 小さな商売としては、ビックリマンシールの仲買。発売日前に週刊少年ジャンプが並ぶ店を見つけて手に入れ時間貸しCDダビングを手伝ったりした。もちろん牛乳配達新聞配達もやった。

 最後にやったのはパチンコだった。本当はアルバイトをしたかった。が、中学生を雇ってくれる福祉的なビジネスマンを当時のぼくにみつけることはできなかった。ぼくの世代には一時期これで食べていた人が多いと思う。といってもぼくが中学生の頃なので、羽根物権利物フィーバー機など釘の甘い台をみつけては打ち止めにする。という同世代パチスロプロより1つ前の世代だった。あからさまな中坊がパチンコ屋に来ても見て見ぬふりをしてくれる、牧歌的時代だった。LUNA SEA有線放送でよく流れていた。軍艦マーチももちろん流れていた。


 そうしてぼくは晴れて16歳になり、まっとうに労働を金銭と交換し、またそれの再生産を繰りかえす立場となった。

 ぼくはなるべくして中卒になった。1つも願書を出していない。

 義務教育学校に行く理由がまったくわからなかった。お金を稼ぐ事以外世界意味がないと思っていた。だれも勉強をする理由を教えてくれなかった。貧乏な家の親、多くの市井公立小学校先生にはそれを子どもに説明する能力が、ない。ぼくも30をすぎてようやく勉強をする理由を先人の言葉を使って説明できるようになったくらいだから、無理もない。

 高校へ通うには学費が多くかかると知った。これも進学しなかった理由の一つだ。さすがに15歳の僕にもわかる。母親の稼ぎだけで四人の年子高校に行くのは不可能なことを。ぼくが行けても下の弟二人はきっと中卒だろう。

 中学三年の担任は、進路相談でぼくが進学しないというと、とりあえずその場をなあなあで済ませた。その後、考えをあらためさせるべくぼく親友山根を狩り出した。ぼくの説得を試みたのだ。まったく進学しない中卒は珍しかったらしい。無論、とりつくシマもなく断った。二人の目には、ぼくの事が、世界中を敵だと考え怯える、野生児のように見えたと思う。そんな目をぼくはしていた。

 その後、労働お金を稼ぐことより、お金を作る仕組みのほうに興味を捨てられなくて、自分商売を始めるんだけど、それはまた別の話。

今はだいぶその呪縛から解き放たれたと思う。

戦後のはなしではありませんバブル世代です

2014-08-16

大学4年間で、約200万の学費を払って、得たものがこれだ。

無を取得。

大学の4年間で何も得なかった。

クソだろ?大学で何も得ないってクソ過ぎる。

例えば、勉強別に成績は悪か無いけど、何も身についてない。生かせるものは何も無い。情報系の資格は取ったが、こんなもの社会人が1ヶ月実務経験すれば覚えられる事だ。わざわざ取る必要もない。

次に遊び。大学生だっていうのに飲み会カラオケスキースノボー、野営、なにもやってない。じゃあオタ趣味オタ充なのかといえば、そうでもない。アニメ漫画の知識なんて一般人以下だ。なんでリア充ってアウトドア趣味も充実してるのに漫画とかも結構知ってるんだろう。いつ読んでるの?

次は恋愛まぁこれは言わずもがなだけど。大学入ってからのほうがめっきり女の子と話す機会が減った。だって大学って自由だからわざわざ女の子が非リアに近寄る理由が無い。

まぁー、そういうことで、リアな人間とかなりの差ができてしまった。

でもリア充努力してその経験を積んできたんだろうな。女の子に気に入ってもらえるように、服にお金かけて、美容院でカッコいい髪型にしてもらって、ワックスで髪を立たせて、トークを磨いて、話題を溜めて、女の子に気まずい思いをさせないように、ちゃーーーんと努力してるんだろう。俺はクソだから、何もしてない。そのくせ、グチを書いてるんだぜ。クソ過ぎるだろ。なぁ、こういうクソ野郎ってのはリア充から見てどうなの?死ねばいいのにって感じ?それとも、早く大人になりなよ、とかそういう事言っちゃう?クソ、むかつくな。

でもお前らリア充は実際、そんなこと言わないんだろうな。リア充って性格良いやつが多いから、そんなことは言わないんだ。性格がいいからこそのリア充なんだ。性格の悪いリア充は得てしてDQNだ。

あー、お前らほんとカッコいいよ。顔の話じゃないんだ。リア充って輝いてるもんな。目がキラキラ輝いてて実に楽しそうだ。その楽しそうなオーラは伝染して周りの人まで楽しくさせるんだ。そういう正のスパイラルがあるんだよな。そういうところに人は集まってくるんだ。素晴らしいよ、ほんと。

2014-08-11

留学先でメイロマさんみたいな人にたくさん会った件

断っておくが、このエントリーメイロマさんを誹謗中傷するものではない。

僕はむしろ氏のファンで、Twitterフォローしてるし、本も全て買ったし、有料メルマガは初回からずっと購読している。

僕はメイロマさんの持っている稀有経験豊富な知識に裏付けされた言論に、いつもたくさんの気づきをもらっている。

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僕は社会人経験を経てからとあるきっかけでアメリカのある場所に自費で留学した。

そこはあらゆる人種の人がいる非常に多様化した街で、日本人もたくさんいた。

僕はある有名大学の短期MBA的なところで、1年くらいビジネスを学んだ。

3ヶ月ごとにクラスが入れ替わるのだが、はじめのクラスは半分くらいが日本人

他のクラスでも多かれ少なかれ日本人はいて、横のつながりも含めれば40人以上の日本人出会い、うち30人は社会人経験者だ。

30人の日本人女性のほうが多く、年齢は20代後半から30代中盤くらいまでの独身ほとんど。

割と良い日本大学卒業して、数年間会社に務めた後、辞めてアメリカ留学に来たってパターンが多かった。

これだけ聞くと割とエリートっぽい、意識の高い(笑)人が多そうな気がするかもしれない。

しか現実は逆で、彼女から発せられるオーラはいつも暗い。

はじめの頃、彼女らは口を開けばいつも日本の不平不満ばかり。

会社ブラック企業で、給料全然上がらない。公平に査定されない。不平等

社会に閉塞感が漂っている」

アメリカはこんなに優れてるのに、それに比べて日本・・・

適当に聞き流してそのうち数ヶ月すると、日本の悪口をやめ、今度はアメリカの悪口を言うようになった。

「こんなに高い学費を払ってるのに、この学校サービス・・・

アジア人人種差別されている」

アメリカの行き過ぎた資本主義労働者搾取されている」

僕は気づいた。

彼女らは高い志と目的があってアメリカ留学しに来たのではない。

ただ現実から逃げているだけなのだと。

勉強一筋で日本大学を出るまではうまく行っていたが、自身不器用さゆ会社活躍できない。

はじめは自分を責めていたのが、いつの間にかそれが社会への憎悪に変わってゆく。

自分は頑張っている。しか日本社会自分を認めてくれない」と。

そして、海外にいけば何かが変わる、と。

しかアメリカに行っても何も変わらない自分に気づくも、それを認めたくないゆえ今度は標的を変える。

彼女らの転職回数は決して少なくない。

「隣の芝は青く見える」現象が常に起こっている。

理想を求めてアメリカにまで来たけど、根本的なマインドセットがそのままだから、何も変わらない。

彼女らの思考パターンには特徴がある。

日本disる時は「日本ダメアメリカは進んでいる」とはじめから結論が決まっているから、アメリカの良い所と日本の悪いところを比較する。

次にアメリカdisる時は、同じく「アメリカダメから入るから自分に都合の良いデータしか見ない。




僕はそんな時、Twitterメイロマさんの存在を知った。

メイロマさんのtweetは、今まさに留学中の僕にとって刺激に溢れるものだった。

氏の豊富海外経験と独特な視点はたくさんのファンを虜にしたようだ。

僕はメイロマさんのtweetと本を読んで、僕がアメリカ出会ってきた憎しみの塊のような女性たちに似てるなと、何故か直感的に思った。

Twitterでは、下ネタを除けば終始日本の悪い点ばかりtweetしている。

日本の悪口を言う、なんだか病んでそうな人のリツイートを良くしているのを見かける。

自身の「英国では〜」とイギリスの優れた例と、日本の悪いところを一緒に比較して、だから日本ダメなんだという得意の論理展開は、まさに先の例そのままである。

例えば『日本世界一「貧しい」国である件について』という本は、終始日本の悪口に徹し、具体的提言はおまけ程度に最終章にまとめれれているだけだ。

あぁ、きっとメイロマさんも日本から脱出してきた人のひとりなんだなぁと。

日本に殺されず幸せに生きる方法』ではだいぶマシになっていたけれど、それでもまだ日本への憎悪は消えていないように見える。

なんでわざわざ日本の悪口を言ってるtweetを探し当てては、リツイートしてるんだろうと。

僕は氏にフォローされてないけど、試しに日本英語教育の悪口をtweetしてみたら、見事に拾われてRTされた。

メイロマさんの言ってることは、決して嘘ではないし間違ってもいないと思う。

でも、共感はできないのはなぜだろう。

アメリカ出会った彼女たちと、メイロマさんの影が重なるのはなぜだろう。

2014-08-07

ソリティアの人

ニートの父親の話だ。もうすぐ60歳になる。

一言で言えばニートである

もう20年近くニートをしているので時代を先取りしたニートだ。すごい。いや、すごくない。働け。頼むから

もともと父親はちゃんとした企業に勤めるサラリーマンだった。だが、どこかで糸が切れたらしく、勤めていた会社早期退職し、それを元手に生活の術を探り出した。

起業株式投資コンサル紛い、あらゆることを始め、うまく行かなくて数ヶ月で放り出す。退職金はあっという間になくなったらしい。

そして、ある日を境に、リビングに置いたパソコンで延々とソリティアをするだけになった。

母親パートタイム生活費を稼いでいたが、当時の私と弟はまだ中学生学費だなんだと金が掛かる一方で、後で聞いたが母方の祖母に相当出してもらっていた。

私も弟も、母方の祖母に高校まで行かせてもらっていた。

大学奨学金(育英会のあれ)を最高額で受給して私学に通った。自分で返済している。

私が就職社会人になり弟が大人になっても、父親は延々とソリティアをし続けた。

母親パートタイムで働きながら、祖母に金を無心しながら、父親に働くように言ってきた。でも、父親はすべてをソリティアをやりながら聞き流した。

やがて母親は説得を諦め、父親は何も考えずにソリティアに集中できるようになった。いや、働けよ。ソリティアで飯は食えねぇよ。

父親にも色々と試練はあったのかもしれない。父親の母親(父方の祖母)は新興宗教にはまり、妙なことを言い周囲を混乱させ、家族の金を勝手に持ち出してお布施する人だった。

今でも存命だが、平気で自分正当化する嘘をつく。そして嫌いにならないでと泣きついてくる。

そうだね。大変だ。自分母親がそんなクズだとしたら切ないし悲しい。

だが、それとソリティア関係なくねぇ?

父親は何かに負けて考えることをやめたのだ。母親奇行早期退職して自立しようとした賭けにも負けた。

でも日常はそれとなく続く。続いてしまった。

俺が働かなくても、なんか知らんが子ども学校に行けているし、ご飯は毎日出てくる。きっと妻がうまく回しているのだ。ああ、なんか考えるのとか向き合うの、めんどくさい。ソリティアやろ。

ソリティアだけで20年過ごせると、あの人は実証してみせた。なにそれ、すごーい!

完全に依存ソリティア動機になった父親は一人で生きていけるのか。きっと生きてはいけないだろう。母親のように依存できる人を探すだろう。そして、その人の横で何も考えずにソリティアをしたいと願うだろう。

はっきり言って母親に苦労をかけ続けてきた父親を私も弟も見限っている。

面倒を見るなんて死んでもごめんだ。働きたくないのなら流行りの生活保護でも受けて一人で生きろ。

面と向かって、それを父親に言えるのか。だってあのソリティアの人は、それでも私の父親なのだ

2014-08-05

http://anond.hatelabo.jp/20140805165654

東大に行く学費を出してくれたってのは?

それとも学費生活費も全部自分調達したのか?

http://anond.hatelabo.jp/20140805113008

それももうあんま続かないっしょ……

もうニート養える親もどんどん高齢化して来ちゃって、今の若者の親世代は居食い飼ってやるどころか子供学費すら出せないで奨学金なんか借りさせてる有様だし。

「国費で生活保護受けてるニート経済活動に貢献してるからいいんです!」という蛸に自分の足喰わすみたいな論理もいつまで続くかなあ。

福祉費は常にパンク寸前、目の前にはこれからも絶賛増加予定の大量の老人(票田)と、若くて働ける体があるくせに働かないし投票にも行かないニート、この状況でどっちが福祉切られるかって火を見るより明らかだよね。親の財布や寿命と同じように、国家財政と体力にも限界があるわけで。

2014-08-03

30歳からの就労を目指す~平成生まれ女子人生設計

prayishi 某SNSIDです。

エイリアスですが、石田サナつけます。

平成生まれ女性で、職業はあえて言うなら大学生

経済学科というところに所属しながら、恋人がいて、その恋人結婚して、子供を産みたいと願っている。

これだけなら、普通かもしれない。

2006年統合失調症を患った。

最近では誤診ではないかと思っている。

しかし、勇気がなく、セカンドオピニオンはできない。

親は両親ともに生存中。

彼氏は、今年46歳、コンピューターエンジニア

鬱というか、双極というか、そんな感じで精神神経科受診している。

私も、統合失調の診断を受けてから心療内科というところへ通っている。

彼氏は、ロリコンだったのだろう。

その昔、東南アジアの国へ、当時10代前半の女子性的なことをするために、旅行した。

その中で、顔立ちが整ったある女性を身請けした。

13年ほどにわたり、その女性学費生活費を持った。

しかし、その女性彼氏結婚することはないであろう。

その女性のあるSNSアカウントでは、幼児写真が少し前からたくさんアップロードされていた。

私はその幼児彼女の子供で、現地に別の彼氏がいるのだと思った。

また時はさかのぼり、私と彼氏出会いなどを書く。

2010年、私はその時はまた今とは別の学校学生だった。

なんちゃって援助交際ということをしていた。

そのころの、3人目の客。

それが今の彼氏だ。

値段交渉の場で、私は彼と話をしていて、惹かれた。

から性交に誘った。

彼はお金はあまりない、一般的援助交際報酬は払えないと言った。

私はお金はいらない。逆に私が払ってもいいと言った。

ラブホテルへ行き、甘えた。

施設への利用料は彼が支払い、私は彼に払ってもいいといったお金は受け取ってもらえず、結果私からは渡さなかった。

メールアドレスなどを交換し、交際した。

2010年に知り合ったのだから、もう4年付き合っているのだな。

その間に、私は売春から身を引き、今度はコンシューマゲーム機のRPGにはまって、そのゲームを共通の趣味とする女子友達もできた。

そのつてで知り合った仲間と小説といスタイル同人誌を発行したりもした。

冬コミというやつに参加したりした。

いまでも、SF的な物語を書いて、趣味としている。

読書趣味だ。

彼は、出会った当初からEDだった。

シアリスという男性性的機能を補助する薬を月に一度利用し、ラブホテルコンドームを使わずにしている。

私は、避妊用のピルのようなものは一切使っていない。

それは4年間変わらない。

妊娠する気配はない。

それどころか、彼はゴムなしで私の女性器へのインサートをして、動かしていても、射精に至ったことは一度としてない。

彼が射精する様子を見たのは、彼が自分自身で手で刺激を与えて至る場合だけだ。

女性と実際にできない期間が長すぎたのと、マスターベーションで手による強い刺激に慣れすぎたのだろう。

女性の中で射精に至れない男性器の持ち主になったようだ。

40代でこれは、男性として、おそらくはショックなことだろう。

彼は、子供が欲しいとは思うらしい。

今年になって、彼は、私と結婚してもいいと言い始めた。

嬉しくて、私も経済学部卒業したら結婚しようという話しで、親などにも話を始めている。

ニ年後くらいに結婚して、早く彼の子供が産みたい。

だが、既に書いたように、EDだし、膣内射精もできない。

また、私の眼の前で殆ど射精に至らないため、知らなかったが、彼がマスターベーション射精に至ると、怖いことになる。

体液を受け止めたティッシュなどのものは、真っ赤に染まり、血みどろになるのだ。

それだけを聞いて、インターネットなどで私が調べても、該当する病気は、前立腺がんだろうか。

今まで4年以上、コンドームピルも利用ず交わっても、妊娠しなかったが、それには彼の前立腺病気抗鬱薬などの副作用EDが強く疑われる。

どちらかといえば、私の女性機能は正常だ。

それなりに生理痛はあるものの、およそ30日周期で生理がきて、5日ほど経血がでる。

婦人体温計で毎朝体温をはかり、ケータイサイトメールウェブ入力をして管理しているが、体温のグラフきれいな形で線を結ぶ。

18を過ぎてからは必ず毎年12回、規則的に生理が来ている。

栄養状態も良く、偏食もあまりなく、BMIは21から22前後と、痩せすぎず、太りすぎず、健康的だ。

もし、二年して、入籍したら、すぐに生殖医療を行う婦人科泌尿器科旦那となった彼を連れていきたい。

私の排卵なども検査はするが、おそらく正常だろう。

問題は、彼氏だ。

生殖医療不妊治療のクリニックなどでは、男性にはトイレ自分で精液をコップに取りだしてもらうと聞く。

血が混じるのに、それは使えるのだろうか。

不安ではあるが、入籍してから考えるしかないだろう。

私は、彼氏のことが大好きだ。

大好きで惚れているから、彼の子供を産みたい。

苦労するだろうし、不妊治療必要かもしれない。

とりあえず不妊治療がうまくいったとする。

私は出産し、育てるとする。

30歳くらいになるだろうか。

子供幼稚園子ども園(現在施行が進みつつある)にいれられる年齢になってから仕事を探したい。

大学をでてすぐに就職を目指さないのは、先に不妊治療をしたいからであり、その間は彼の収入生活する。

しかし、子供が成人する前に、彼は通常なら定年退職する年齢となる。

そして、彼は太ってもいて、血糖値も高く、腰痛もあり、血中コレステロールなども再三注意をされている。

命さえも危ないし、男性機能もいつリミットが来るかわからない。

先に、とにかく妊娠活動をしたい。

だが、子供が産まれたら育てるためにお金はいるし、私も将来は働くつもりである

そこで、30歳からの就労活動を計画している。

目指す仕事は、広告業界で、広告プランナークリエイト職というものだ。

はじめはどこかの広告代理店などで、アシスタント事務などを経たい。

納期を必ず守る、商業作家になりたい。

個人と社会関係お金商品、そしてどんな商品を買いたくなるか、どのような広告効果的か、考えて媒体クリエイトする。

それが私の夢である

私の感覚は、変わっている。

食べ物好きだ、広告好きだ、文章好きだ、お金が好きだ。

創作が好きだ。

幻想を作りたい、イメージを守りたい、購買意欲を知りたい。

広告系の商業作家になりたい。

それで、旦那子供経済的に支えたい。

そのために、経済学科で、マーケティングなどを学ぼう。

同人誌などの創作もしていよう。

石田サナという、統合失調の平成生まれ女性の名を聞いたものも、ここには来ているだろう。

もちろんエイリアスだが。

ただ私は、いとしい男性の子供を産み、育てることが夢な女性なだけだ。

なんらかおかしい考えの持ち主で、非凡だ。

自分人生も、自分で作りたい。

SANA ISHIDA

http://anond.hatelabo.jp/20140802210912

今時、共働きじゃないときつい。

結局、子供のために母もパートしなきゃならなくなる。

子供が小さいうちはいいけど、手のかからない小学生になったら、妻は専業主婦としてやることがなくなる。

もちろん、旦那年収が800万とか1000万とかなら別だろうけれど、、そうでないのならば。

マイホームでも車でも学費でも、何かしらお金必要になったら、妻は働かなきゃいけない。

けど仕事辞めてるから高校生でも出来る仕事を、高校生と並んで、年収百万でするしかなくなる。

これが40代から始まったとしても、二十年間続く。

会社で部下を持ち家庭と両立しながら、誇りをもって働いてる同僚の女性と、

トイレ掃除しか仕事がない妻を比較して、虚しくなるのでは。

高校生にもできる仕事40代、50代も続けるしかない妻を、

尊敬できますか?

あなた年収が400万だとして、パートの妻がいれば世帯年収は500万になります

もし妻が正社員だったら、、、世帯年収は800万になってたはずです。10年間で3000万円の差が出ます

そうなることを分かってて、就労への低い意識や、古臭い母性イデオロギーに従って、寿退社する人を、愛せますか。

子供が親の手を離れたあと、上述した状況にある妻を、あなた尊敬できますか。

できるなら、いいと思う。

でもそうじゃないなら、二十代前半から

仕事辞めて楽しようとしてる女性とは、結婚しない方がいいと思います

2014-07-24

http://blogos.com/article/91029/

http://b.hatena.ne.jp/entry/blogos.com/article/91029/

を読んだ。

ブクマじゃ「0→1より2→3の方が効果費用が大きいのは当たり前」なんて言われてるけど

実際自分の周囲の半径10mくらいの範囲を観察するに、そこそこ金がある界隈だと3人子持ちってのは今でもそんなに珍しくない。

「2人産んで下が小学校に入った時、とても寂しくなったからもう1人作った」と言う話を聞いた時には

歳離れた3人目持ち=避妊失敗で嫌々産んだんだろ、と思い込んでいた自分にはカルチャーショックだった。

この世知辛い世の中でも「子育て楽しい、沢山子供が欲しい」と考える奇特な人は、はてなで言われているよりはいる模様。

ただ現状では「そこそこ金がある」夫婦でなければ3人目は難しいわけで、

それを「そこそこ金があるわけでもない」夫婦でも3人目産めるようにする、ってのは効果は高いだろうと思う。

でも大学学費無料にでもしない限り効果ないと思うけど。

しか

ネット上ではどちらかというと「結婚や一人目もままならないのに第三子なんて的外れ」といった批判が多かった。

これって男の感覚だよなあ。「金がない→モテない→結婚出来ない」という。

でも女だと、結婚しない人・しても一人目すら産まない人って、不妊を除けば最初から子供欲しがってない人が大多数だと思うけど。

彼女らは子供産まない口実として「金が無い」と言ってるだけで、例えどんなに金あっても「金が無い」と言い続けるだけだよ。

そもそも子供が居ない女性子供産まない理由のトップは「仕事との両立が出来ない」であって経済的理由ではないんだよね。

2014-07-23

http://anond.hatelabo.jp/20140723213024

んー、理系だったら普通に実験するのに国立学費なら全然お得だと思うけど。

修士以上でやる実験なら学費の何倍もかけた実験を出来たりするわけで。

文系だと教授陣とどれだけ接しれるかによるかもしれないけどね、元を取るとか思えば。

http://anond.hatelabo.jp/20140723211020

だよね~

ただ、大学提供してくれる教育に対してあまりにも学費が高すぎないかとは思ってしまう…

スッカスカすぎるっていうか一年の半分が休みって何事だっていうか

大学に払う学費があったらもっと実践的で就職に直結するような就職予備校に金を払いたい

現状日本でそんな都合の良い教育組織ないから大学行くんだけどね

飛び級制度改編についての具体的な試案など

http://anond.hatelabo.jp/20140723104113

神童元増田です。ご返事ありがとうございます。結論については穏当で受容され易いものを目指したつもりでしたが、もう一段掘り下げるべきとのご指摘であればよく理解できます

 

現段階での試論をごく簡単に述べると、大学入学直前に1学年飛び級できるのみで、かつ対象に上位の大学が含まれていない(失礼)という現在制度は、優秀層にとって応募のインセンティブが薄く、結果としてその効果も薄くなっていると考えます。よって、インセンティブの向上を図るべく、これらの点について要件を緩め、対象範囲を拡大することが選択肢として考えられます

 

具体的には、まず複数学年の飛び級を認める方法としては、最も手軽な方法として、大検高認)の受験資格及び合格後の大学受験資格について年齢制限を撤廃することが考えられます。そうすれば、一部の優秀層は、自分の準備ができたと判断した時点でこれを受験し、早期に上位大学合格してゆくでしょう。年齢に関係なく試験に通った者が合格するという方針はフェアだとも整理でき、社会的にも受け入れやすいように思います。追加コストほとんどかからずに済むでしょう。

 

次に、上記の実現が難しい場合は、次善の策として、例えば防衛大や自治医大対象範囲を拡大することが考えられます。これらの大学については、学費免除が認められているという元々の位置づけから、仮に1年のみの飛び級であっても、家計が裕福でない優秀層にとって更に強烈なインセンティブとなるでしょうし、防衛省自治省管轄下という性格から政治主導であれば試験的に制度改編を進めるのも相対的に容易だろうと思います。他方で、早熟児達の知的好奇心を満足させる効果社会的影響の程度も上記案より小さくはなりますが、漸進的なアプローチという点ではひとつ方策だろうとは思います

 

元記事へのブコメで頂いたコメントには、短文でも考えさせてくれるものが多く、有難く思っています。これらに加えて、上記の試論についてもご指摘・ご意見・ご批判等あれば、ぜひコメントいただけると嬉しいかぎりです。勿論、上記へのコメントに限らず、思いついたことなど広くコメントいただければ嬉しいです。

 

======

追記:

なお、そもそもの前提として、必要な知識は自分で学び身につけることができる優秀層を対象層として想定しています。上の学年のクラスで学ぶ機会を与え学習支援してあげた方がよいという観点からは、段階的に飛び級をしてゆくアプローチの方が望ましいという考え方もあるでしょうが、そこは割り切っています早熟児(神童と繰り返すのが気恥ずかしくなってきたのでこちらにしました)の相当数は、勉強目標を与えてあげれば自分学習を進めます。そんな彼らにとって、最大の問題モチベーションをどう維持するかです。少なくとも僕は、小4で習った科目がクラスで出るまで5年以上待たないといけないという状況に当時飽き飽きしていました。自分能力さえつけばいつ大学に行ってもいいよと当時言って貰えていたら、それだけでも、勉学へのモチベーションは劇的に強化されたろうと思います

2014-07-22

http://anond.hatelabo.jp/20140722175713

うんそうだね。

それ以下の収入だと子供大学行ったあたりで収入の大半が学費仕送りに消えたり、子供2人以上だと完全に破綻したりするよね。

運が良ければ奨学金バイト漬けで回せるかもしれないが…。老後資金とか考える余裕あんのかな。爪に火を灯すくらいの生活は最低限必要そう。

http://anond.hatelabo.jp/20140722170117

現在だと僻地在住の子より、近くの学校レベルが低かったり荒れているか子供を行かせたくないけど

レベル高い学校には(学費や距離の面で)通わせられない親がやってる方が多いみたいだけどね。

実技系の科目は学校でやるので、そこで集団コミュニケーションは学べるらしい。

あとホームスクールの親同士で繋がりがあるから一緒に子供を遊ばせてたり。

でも日本じゃ無理だろうね。少しでも他人と違う経歴があると排除される社会から

http://anond.hatelabo.jp/20140722122335

子供にカネがかかる時代って高校大学から

学費子供高校生になってから用意する予定じゃ駄目過ぎでしょ。

中学の1クラス男子20名とすると、20✕0.12✕0.7=1.68人

クラスの上位2名をゲットすれば

普通の公立中学の前提?

共働き500万円ずつとか

出産後も500万稼げる女子の周りには1000万くらい稼げる男子がいると思うよ。

扶養範囲内でのパート

扶養パート収入なんて誤差みたいなもんでしょ。その収入が無ければ子供学費足りないってのは

1000万必要教育なんて最初から考えてないレベル

1000万必要教育する家庭の奥さんが扶養パートしていたとしたら、それは金の為じゃなくて専業主婦が嫌だからやってるだけだよ。

嫁「冷静になって考えてみたら昨日契約した家ってせまいよね。。」

契約した翌朝にこんなことを言われた。

子供もできて今の家が手狭になったこともあり、

週末を利用して、物件探しに出かけた。

初めて見た物件だが、思いの外条件が合致したので、即日契約した。

全て思い通りというわけではないが、客観的に見ても悪くない物件だと思う。

こんな風に書くと、その場のテンションで購入したように見えるが違う。

3か月ほど前から、5件くらい回り、当日はさらに5件ほどまわり、

物件メリットデメリットを洗い出し、

表を作って、各物件対照できるように工夫した。

そのうえで、最終数件まで絞り込み、

確認のために、再度、内見を行った。

購入物件仕様書、販売会社情報を隅から隅まで確認した。

ファイナンシャルプランニングし、

将来的に払っていけるのかどうか、子供学費、老後の生活費も不足しないか

十分に検証した。

営業さん、12時間ほど付き合ってくれてありがとう

かつ、「今回の時期は見送る。」という選択肢も十分に話し合った。

そして、お互い結論を出した。

自分物件A、嫁は物件Bと意見割れたのが昼の時点。

昼飯食ってお互いちょっと冷静になって、物件Aで合意

で、契約に至る。

契約後は、一方的契約破棄は無理ということもお互い知っている。

何回も確認した。

そして、今朝、開口一番が表題言葉である

「あれだけ話し合ったのに、後から文句言うこと」については腹立たしいけど、

人間だしそういう感情の揺れは納得できる。

前文でもあるように、「全て思い通りというわけではない」なので。

なのは、まるで「他人事」だからだ。

確かに俺の給料でローンを払っていくけど、

俺が働けるのはあなた家事やって、子供の面倒も見て、財布の管理もしているからですよ。

まりあなたお金なんですよ。

表題言葉には、「でも、あなたお金から私は文句言えないわ。。。」が隠れている。

実際に「あなたの城だね。」とも言われた。

いいえ、「あなた」と「私」の城です。

私はサブだから仕方ないみたいに主体性無かったら、

今後、あなたとやっていく自信がなくなってしまわないかと危惧しています

会社でいい歳して主体性のかけらも無い万年社員の面倒を嫌というほど見ています

年上の指示待ち野郎を相手にするほど苦痛はありません。

それを家でもやるのかと。。。ウンザリ

2014-07-20

http://anond.hatelabo.jp/20140720192508

その通りと思う。ドイツ好景気で手当を配って学費格安でも出生率低いのも文化的要因。

遠い異国の例を持ってきて「これが対策だ!」とドヤ顔の人は多いけれど。

http://anond.hatelabo.jp/20140720171908

できるかできないかわからん世帯に注力するより「確実に子供ができる」世帯でがんがんつくってもらったほうが確実だわな

って、子供農作物か?w

3人目以降の養育にかかる扶養費用の補助、学費免除くらいはやってくれるんだろうな。

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