はてなキーワード: 冷徹とは
先週土曜日のホーム戦、対福岡にあっさりと負けて今季の黒星はいくつになったのでしょうか。わかりません。数えておりません。三節が終わったあたりから順位表も見ていない。降格の危機にあることと、今の首位くらいしかわからない。
開幕前、現在の首位を降格筆頭候補に挙げていた人たちは何を思うのか。
理由は監督です。別に黒田監督が悪いわけではない。ただ嫌いなだけ。黒田監督に似た人が。小学生のときの担任と黒田監督が激似で、本当に本当に、視界にいれることが無理。
その担任はメタクソに贔屓をするクソだった。気に入った生徒にはニコニコして何をしても叱らなかったけど、気に入らない子に対しては冷徹そのものだった。どちらかといえば自分は気に入られていたほうで、ひどいことをされたりはしなかったのだが、あまりにひどい贔屓っぷりが気持ち悪くて仕方なかった。
贔屓クソ野郎が贔屓するのは、比較的勉強のできる子や、明るくてクラスの中心になる子、可愛い子。それは女子ばかりだった。学年で一番可愛いような子が同じクラスにいたのだけど、その子と仲良くしていたある男子に、いきなり冷たくあたりはじめたときには本気で引いた。可愛い女子には媚びへつらうと言ってもいいくらいに猫なで声になるのに、女の子と仲良くした男子や、大人しめの男子、勉強出来ない子にはあからさまに冷たかった。これ、小学二年生のときの話だよ。そんな、右も左もわかんない年齢の子どもに、明らかなエコヒイキしてたんだよ。本当に最悪な担任だった。そして学年の主任だった。
黒田監督は何も悪くない。悪くないのはわかっているけれど。でも、黒田監督を初めて見たとき、あれは何年だったか忘れたけど、高校サッカー選手権の中継で。
は????あいつ今高校サッカーの監督してんの????と一瞬にして吐き気を覚えた。
まったくの別人だとわかってもだめだった。生理的に無理だった。脳が拒否する。青森山田サッカー部の試合は見られない。
でも入れ違いのような形で昇格できた。やったね。
やったね。と思ったのに、あれよあれよと快進撃で黒田監督が一年目で昇格を決めた。
あ、今の首位には、テクニカルコーチがこっちから行ってます。結果に結びついているようで何よりです。いや、何より悲しい気持ちなのだけれども。
テクニカルコーチを持っていかれたからこっちが~とかそれだけではないのも重々承知しています。
ああ、別に、移籍したことをここでごちゃごちゃ言いたいのでもないです、それは本人が決めたことだし、そういう人だったということで。この話は終わりです。
話を戻して
重要ピースが抜けたとしても開幕前ならそこへの対応はしておくべきなわけですね
てか今のテクニカルコーチが云々と言いたいわけではな・・・・・くもないけど
アルベルさんが残してくれたものを食いつないでいくにせよ、そこに今の監督・コーチ陣がプラスして研鑽して結果に出せていけるのか、いけそうなのか、がちょっと期待が持てなくなってきている現状ということです。
ここ数試合の有り様は如何ともし難く希望もなにも持てなくなってきている。
なまじ、攻撃の形ができてしまっているだけに、惜しいシーンが手の中をすり抜けていき、気がつけば先制され、失点を重ね、最後の最後になんとか一矢を報いて終わる。
ボールを保持するのもパスを重ねているのも、一体何を目的としているのか。ボールキープもパス成功率も、それが目的ではない。ボール保持もパスもゴールに繋げるための手段でしかない。その基本的な部分を見失っているとも思わないけれど、ボールを受けてからの判断が遅い、悪いケースが多すぎる。
それは勝ちから遠ざかっているための消極的さや焦りからなのか、パスを繋げることに意識が行き過ぎているからなのか。でもパスを受けても、対峙する相手やスペースも見えてないのになんでその判断になる?ってのも多い。
パスを繋いで組み立てていくのは生命線のはずだけど、今シーズン開幕してから逆にその生命線を自ら断ちにいっている気がする。最終ラインでボール回すところをプレスされて狙われてというのを何回見たか。
と、まぁ、不満を書き出せばきりがないのでやめます。
2003年11月23日の初昇格を決めたあの日から、J2降格を経験し、再度の昇格を果たし、石にかじりつき辛酸を嘗め耐え難きを耐え忍び難きを忍び、やっと手が届きそうだった、ひとつ上の段の「縁」。
上りきれるかはわからない。でも、やっと、そこへ、手を指を掛けられるかも、と
ずっと壁しかなかった視界に、乗り越えた先の風景が、少しでも遠くにでも見えるのかも、と
そんな前途の拓きを抱いて迎えた今シーズンだったわけです。
でも、黒田監督が率いる昇格クラブは、あっさりとその「縁」に、手どころか足を乗せた。いや、飛び越えていった。あれだけ羨望し焦がれた「段」を、「縁」を、それはもう軽々と。
大宮が無敗記録を作ったとき思ったのは、うちはそういう記録めいたものには程遠いなということと、そういう意識もないなということだった。
たぶん悔しいんだろうとは思います。悔しい、勝てなくて弱くて悔しい。なんでこんなに弱くなってしまったんだ。
嫉妬とは、自分が努力していない・しても勝てないと理解している・理解しているのに認めたくないという心理が働き、自分よりも優れている人に対して抱く感情。
J1昇格を成し遂げてくれて、アルベル監督のサッカーを継承してきた松橋監督に対し、監督交代とかそういうことを少しでもつぶやくと
結果を出さなければならない立場にいて、結果が出ていないなら、厳しい目を向けられるのは仕方ないし。タヒねとか誹謗中傷や罵倒は論外ですが。
反町監督がいたころ、当人が苦言していた「俺を肩たたきする人がいない(クビと決断する人がいない)」という状況は好ましくはないと思いますね。感謝と、現場としての結果からの判断は、やはり切り離して考える必要がある。
札幌や京都みたいに、クラブも何らかのアクションを起こしてもいいんじゃないですかね。残留を最優先とする戦い方へ切り替えなければならない時機は過ぎたんじゃないかなあ。
去年までのうちなら、首位だろうがなんだろうが臆することもなかったし、むしろ「勝てるっしょ」と思えたのだろうけれども
すみません、この状態で「首位食ったるで!」と思えない自分は弱いです。強気をくじき、とか、中位力、とか、そんなのを拠り所にできる心の余裕がない。チームを、監督を、選手たちを、信じていないわけじゃない。信じていても、「でも」が出てくる、それは自分の心が弱いだけ。弱いのは私の心です。
俺も米スタートアップで日本からリモート勤務してるけど、1度従業員の数分の1を解雇するレイオフに遭遇したよ
幸いにも自分はレイオフ対象にならず今も働いてるけど、うちの会社と大きく違うな~って思ったのはウチのスタートアップの場合はおそらくCEO/COO以外のマネージャー、VP、CxO含めてレイオフされる側だったこと
だってVPやManager, CxOクラスの人がバンバンfarewellメッセージをSlackに残して去っていくんだぜ?
むしろなんで俺がレイオフされなかったのか聞いてみたいが、誰がレイオフ対象を選別したのかも分からんしどうしようもない
ただ凄い面白いなと思ったのは、レイオフの2ヶ月後くらいにレイオフされた元従業員数名が普通に再雇用されて職場に戻ってきたこと
・レイオフは勤続年数長いシニア社員はレイオフ優先度下げなければならない
・レイオフ後再雇用を実施する場合はレイオフされた元従業員を優先的に雇用しなければならない
って法律だか規則だかがあった気がするけど、レイオフしといてすぐ再雇用するとか、こんなのありかよ!って思ったわ
だってレイオフしたらストックオプションパーだぜ?戻る方もどんな思いで職場復帰したのか気になってしょうがないわ
しかもレイオフで従業員が減ってストックオプションの権利が会社に戻ってきた後、残った社員に余ってダブついたSOが再分配されたんだぜ?えげつなさすぎだろ
元仲間の従業員のクビをぶった切って、死体に残った肉をレイオフされなかった社員で山分けだぜ??資本主義って凄すぎだろマジで
アメリカ企業の徹底した合理主義、利益第一主義、ほとんど表に出さない人間間の個人的感情・評価、これはアメリカのスタートアップで体験できる凄まじいダイナミクスさだよ
貴重な経験だった
割とCxOにゴマすって、俺は上層部と仲いいんだぜアピールしてた奴とか、普通にレイオフ対象になってたからね
だけどことあるごとにCxOやVPにかみついて発狂しまくってたシニアエンジニアは普通にレイオフ対象から外れてサバイブしてた
表面上仲良く友好的な雰囲気な奴だとか、上層部と喧嘩ばっかで仲悪そうな奴だとか、そいつらを会社の利益から逆算して冷徹にどっちを残すか決めてるわけだからな
日本だったら上層部と喧嘩したシニアエンジニアとか良いチャンスだとばかりに解雇するだろ?
ところが全然違ったわけだから、徹底した資本主義ってむしろ尊いものだな~って感心したよ
資本主義教に俺も入信しちゃいそうだ
成婚した今だから言うけど、結婚相談所での活動中は相手の年齢を10歳〜5歳年下に設定して、それ以外の人とは会わないようにしていた。
プロフィール上にこんなことを書くのは感じが悪いので、希望年齢欄は空白にしていたので、対象外の年齢の人からも申し込みは来てしまったけど、冷徹にお断り。
中には会ってみたいと思えるようなプロフィールや写真の人もいたけど、子供を持てる可能性は残したくて、交際が進んでから相手の年齢で悩むのはイヤだったので年齢で足切りしていた。
無理そうだったら年齢を幅を広げようかなと思っていたけど、結果として6歳下の人と成婚できた。
長生きした上に名前も残して、しかも自らが考案した看護師育成システムや病院運営、看護システムが現代にも形や技術は変わりつつ残ってるとか羨ましすぎる。
あと数百年は忘れられないだろ。
つまりそれだけ生きた証を残したってこと。
俺が育った町はイギリスと何も関係ない海沿いの片田舎だったけど、その近くにある看護学校にもナイチンゲールの像があった。
羨ましい…
羨ましい…
ああ、羨ましい…
対比して俺の人生は…
悔しい…
悲しい…
虚しい…
ああ!!!!!
はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!はぁっ!あっ!
日本学士院賞受賞
第〇〇代内閣総理大臣
第〇〇代合衆国大統領
〇年〜〇年の間、世界で一番の億万長者であった(Forbes)
こういう誰にも忘れられない、何かしらの記録に残るであろう称号が欲しい!!!!!!!
死んだらそこで終わり!!!!
俺「死が怖いです。どうすれば生きた証をこの世界に残して後悔しない人生を送れますか?」
馬鹿「旅行行って良い温泉入って良い焼肉食べなさい。幸せになれるから」
はぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜????
いや、旅行行って温泉入って美味い焼肉食うのが嫌なわけではないよ。
それが人類史に刻み込まれて、俺が死んでも俺の生の証がこの世から失われないってなら旅行行って温泉入って美味い焼肉食うのだって十分幸福だと思う。
でも実際死ぬ前に俺が旅行行って温泉入って美味い焼肉食ってもこの世界の誰の心にも残らないじゃないか。
だから旅行と温泉と焼肉じゃどうやっても幸福にはなれないんだよ。
医師から冷徹に「あなたの状態だと平均余命は〇〇ヶ月ですね」って言われても「我が人生に一片の悔いなし!」ってその場で自害できるくらい満足できるにはどうすればいいかって聞いとんじゃボケ。
どうやったら「自分の生きた証」や「人生のモニュメント」を築けるかって聞いてんだよ。
集積回路発明、重力波観測、免疫チェックポイント阻害因子の発見に並ぶような功績をどうやってこの世に残すことができるかって聞いてんだよ。
俺は何人にも俺の人生を忘れて欲しくないんだ。
結局フォーカスゴールド2Bに挫折してMARCH法学部から地方公務員になった俺みたいな人間は病気になって死んだらすぐにこの世から忘れられてしまうのか?
もしもニュートンやアインシュタインや大隅良典先生のような能力と功績がが手に入って歴史に名前を刻めるなら、焼肉も旅行も温泉も含めこの世のありとあらゆる娯楽や享楽や快楽を一生禁止されたって構わない。
この世に生きた証が欲しい。
確かに今の職場で仕事を頑張って区長や局長、さらに進んで副市長になって、定年後は外郭団体の理事や代表になることができれば葬式には沢山の人が来てくれるだろう。
婚活して結婚して子供を持てば子孫は受け継がれるし子育てに間違いがなければ子供や孫が墓参りにも来てくれるかもしれない。
でもそれじゃダメなんだ。
途中で俺がこの世で何よりも恐れる癌になったら?
行政官として名前を残したり孫の顔を見るなど「一般的な幸せ」を手に入れるには時間がかかり過ぎるし癌というはずれくじを引かずに長生きする必要がある。
途中で死んだら何も残すことができないままこの世から消えてしまう。
最後まで頑張れたって次の世紀には誰にも覚えられていない。
そもそも、お前らはもう小松法制局長や香川財務事務次官のこと殆ど覚えてないだろ?
それじゃダメなんだ。
ニュートン、アインシュタイン、ガンジー、マロリー、ナイチンゲール、キング牧師…
彼らのような自分の生の証をこの世に残してモニュメントを築いて名前を残さなきゃ生まれた意味がないんだ…
郵便局を定年退職して一日中刑事ドラマ見て脳梗塞で死んで葬式には家族と友人と元同僚しか来てない父親のようになったら怖いんだ…
白血病でこの世で何も為さないまま大学時代に死んだ従兄のようになったら怖いんだ…
ああ…
怖い…
癌は怖い…
脳梗塞も怖い…
病気が怖い…
事故も怖い…
死が怖い…
いや、ただ単に死が怖いんじゃない…
「この世で何も為さないうちに訪れる死」が怖いんだ…
定年して刑事ドラマ見てたまにゴルフして誰にも知られず90歳で心不全も怖い…
ノイマンやマロリーのように世界に名を残してからなら逆に早死にも怖くない
忘れられたくない
消えたくない
俺は理解できないんだけど、どうも普通の人(?)は他人に対してものすごく「期待」するものらしい。
彼らの言う「期待」とは、ある種命を預けるような、他者の振る舞いを自身の人格の拠り所にするくらいの勢いと重さを持っているもののようだ。
「怒らない人は他人に期待していないだけ」ということはビジネス書とかでよく言われるけど、この「期待」というのがそれなんだと思う。
他者が期待に沿ってくれるかどうかで命が左右されるくらいの重さで寄りかかるので、それが裏切られた際には耐えられない苦痛を覚えるのだろう。
そういう期待を他人に対してするタイプの普通の人々にとっては、他人に「期待」をしないということは極めて冷徹で非人間的な振る舞いに見えるらしい。
だから「怒らない人は他人に期待していないだけ」という言い方になる。「期待しない人間」として冷酷なサイコパスのような人格をイメージしているのだ。
俺みたいな人間はそもそもそういう重さで他人に依存するという発想自体がないので、
「期待しない」と意識したり冷酷に切り捨てると意識したりすることなく最初から自然に期待していない。「期待する」という回路が無いんだよね。
そして迎えた待ちに待った対面の日。私はワクワクと同時に緊張も感じながら、夢の国で待ち合わせることになった。Tは「最初はランドで待ち合わせしよう!」と提案し、私はそのアイデアに胸を躍らせながら同意した。
当日、ランドのシンボルである城の前で待ち合わせることに決まり、私は何着るか悩みながらも気合を入れて現地に向かった。そして、待ち合わせ場所に到着した瞬間、Tと初対面を果たした。
彼は俳優出身とあって、容姿端麗で魅力的。しかし、そんなルックスに包まれている彼が実は結婚詐欺師だとは全く想像もしていなかった。笑顔で近づいてきたTに、私は幸せそうな未来を予感し、その瞬間に抱きしめられたことで、ますます心は彼に引き寄せられていくのを感じた。
ランドで楽しい時間を過ごし、ディズニーの魔法に包まれたような雰囲気の中で、私たちはお互いのことをもっと知りたいという気持ちを強く抱くようになった。Tは不動産会社の経営者として成功を収め、その実力と人脈には惹かれるものがあった。
しかし、次第にTの言動に違和感を覚えるようになった。夢の国でのデートが終わり、現実に戻ると、彼の言葉や態度が変わり始めたのだ。何気ない言葉の端々に、結婚を前提にした話がちらほらと現れ、私は疑念を抱き始めた。
ある晩、Tは真剣な顔つきで私に語りかけてきた。「君との未来を一緒に築いていきたい。結婚してくれないか?」という申し出に、私は驚きと共に深い不安を感じた。そして、彼が不動産ビジネスでの利益を上げるために、私から大金を融通させることが目的だったことに気づいた。
彼は緻密に計画された言葉で、私に将来の夢や幸せな生活を描きながら、投資の話へと持ち込んできた。説明が巧妙で、私は騙されることなく信じ込むようになった。300万円の投資を通じて、私たちの未来に幸せが広がるという美しい夢のような話に、私は心を奪われていった。
しかし、次第にTの要求がエスカレートし、私はますます疑問を抱くようになった。最終的には、300万円の支払いを求めるために法的手続きが必要であると言われ、私は手続きに協力するようにと迫られた。慌てふためく中、私は彼に300万円を振り込んでしまった。
支払いを済ませると、Tの言動が急変。彼は笑みを浮かべながら「君のおかげで夢がかなったよ。でも、もう君とは関わりたくない。ありがとう」と言い放ち、その場を去っていった。
私は300万円を騙し取られ、心は傷つき、信じていた愛が冷徹な詐欺師によるものだったことを痛感した。そして、これからの生活に向けてどうやって立ち向かうかを考える中で、冷静な判断力を取り戻すためにも精一杯の努力を重ねることを決意した。
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待ちきれないからChatGPTに②を書けって言って書いてもらったわ
大変だったね
もともと核融合は、地球人類史における最後の聖杯みたいなところがある。
人類は実用的なエネルギー源としてまだ化石燃料(ウラン含む)・日射(太陽光・太陽熱・副次効果としての風力含む)・地熱・潮汐力以外を手にしてない。化石系は量的制約があり(ウランですら170年で枯渇すると言われている)、その他の再エネ系は環境要因(たとえば周期的な日射量減少)で利用困難になる。
その点、DT燃料ベースの核融合は、資源量的には約1千万年分の恒久的エネルギー源になる。だから、核融合発電が実用化できたら、人類の生存上の課題(エネルギー・食糧・環境)の多くは解決してしまう。食糧生産もエネルギーを投入すればよいし、環境問題もエネルギーを使って対応すればよい(温暖化期はCO2を分解すればいいし、氷期には熱やGNGを作ればいい)。これらの問題が解決できると、その先には遂にテラフォーミングと宇宙植民というマイルストーンが見えてくる。人類は地球環境変動を経た後も次のステージでゲームプレイを続け、ネゲントロピーを維持することができる。
逆に実用化できなかったら、人類は次の氷期(ミランコビッチ・サイクルで5万年後)にはエネルギーと食糧の不足によって滅亡するか、それに近い状態まで衰退する。ウラン含む化石燃料や各種資源が枯渇し、日射量が低下した状況で、地熱と潮汐力だけでできることには限界がある。限られたリソースはすべて種の生存に振り向けるしかなくなり、人類の次のステージ=宇宙植民への道は閉ざされる。
核融合をモノにすれば、種としての持続可能性が飛躍的に高まり、モノにできなければ、冷える地球に留まり続けた後に存続を終える。核融合ができるかどうかが人類の命運を分ける。そういう意味での聖杯。シムシティでもそういう位置づけだった。
だから人類という種の未来のことを考えはじめた、エネルギー保存則を理解できる程度には賢い人間は、必然的に核融合の問題に行きつく。AI研究者やテック企業のリーダーが核融合の話をする。老境にさしかかり、死と自分が残せるレガシーについて思いをめぐらす政治家たちも核融合の話をする。資本主義を徹底した先に人類の新たな時代が来ると信じる加速主義者も核融合の話をする。個体としての人間の有限性を認めつつ、種としての人類を生き長らえさせることに希望を見出す人間たちみんなが、この聖杯を追い求めている。
今の核融合ブームは、何か抜本的な技術進歩があって実現性が一気に高まったからというよりも、上のような人達が「人類がこのステージをクリアしてプレイを延長するためには、核融合カードを入手するしかない」という冷徹な事実に気づいた結果であり、その意味では、人間という高等生物なりの叫びと祈りなんだろうなと思う。
気がつけば、ホロライブ・にじさんじの2強の次くらいの存在感を示すようになっていたVTuber事務所、その名もBrave Group。
強気の買収攻勢でぶいすぽっ!にRIOT MUSICという2大看板を傘下に収めているところに、ヒメヒナまで獲得。
その一方であおぎり高校を手放すという、リスクとリターンを冷徹に見定めるムーブも繰り出していたり。
業界の草創期はベンチャーの中の選りすぐり数社が覇権コンテンツを握るものだけど、ここから先はこういう資本力を背景に、有望そうな小規模グループを獲得するところも目が離せない。
一方で今年から正念場を迎えたのが、Brave Groupが躍進するまで、一応有名老舗として3番手をキープしていたななしいんく。
小森めとのぶいすぽっ!移籍に始まり、とうとう一番の売れっ子だった周防パトラが事務所を脱退して独立。
前向きな話題と言ったら新規タレント3人デビュー(このうち定着したのが2名)というくらい。
それだってRIOT MUSICやぶいぱい、ミリプロといった他のハコの新人デビューの前に霞んでしまっている状態。
むしろ上掲の移籍・脱退や部門統合の混乱っぷりばかりが目に付く有様。
言っておくが横断歩道は名前こそ「歩道」とついているが歩道ではない。車道だ(もし横断歩道が交通法規上も歩道だったなら、車はすべての横断歩道の手前で一時停止する義務がある。が、もろちんそんなことをする車はいないし、しなくても違反にはならない)。横断歩道のあるエリアは、本来は車道だが歩行者の便宜と安全のために横断してもいい場所を定めているにすぎない、そういう場所なのだ。歩行者が好きなように使っていい場所ではない。まずそこをわきまえてほしい。
上のブクマカのような者(や、それにスターをつけているような者)は、交通の安全と便宜のために設けられている保護義務や優先関係を「優遇」と履き違えて、あるいは勝手に都合よく解釈して図に乗っているが、勘違いも甚だしくまことに愚かしいことである。度し難い。
いつから保護される側が偉くなった? たとえば大人は子供を保護しなければいけないが、それは子供が偉いからではない。子供が弱いからだ。強い者が弱い者を保護するのは当然のことだから車は歩行者を保護しているのだ。
たまに弱者であることを笠に着て役所でえばり散らしている社会的弱者を見ることがあるが、上のブクマカも同類だ。社会的弱者だろうが交通弱者だろうが、与えられているのは正当な保護を受ける権利だけであって、怒鳴ったり威張ったり迷惑をかけたりする権利までは与えられていないのだ。保護されるべき場面以外ではお互い様だということをしっかりと理解するべきだ。
いつから優先される側が偉くなった? 交通法規や交通規制における優先関係は、単に優先関係を明確化するために設定されている。進行方向が交差する時にどちらが譲り・どちらが進むかを当事者同士にその場で判断させると危ないから、ケース別に優先順位を決めてあるに過ぎない。偉い人が優先されているわけではない。
たとえば狭い山道の対面通行ですれ違いが難しい時は、登り側が優先とされている。これは再発進が難しいほうを優先としているだけで、上に向かっている人が偉いからではない。
こういった交通秩序も理解できずに「歩行者は偉い」などという傲慢な勘違いに到達してしまうやつがいるから、いつまでたっても交通事故が減らない。
データを探せばわかると思うが、自動車対歩行者の交通事故の原因は、横断歩道上で実に3割、横断歩道ではないところでは7割の事故について歩行者側に法令違反がある。しかし、結局賠償を負わされるのは自動車のほうだ。過失相殺で減額があったとしても差し引きすれば自動車側の賠償額のほうがどうしたって大きくなるからだ。いい迷惑である。
歩行者も自動車も、道路という公共の共有物をひとつのルールの元でシェアしているという点で立場はイーブンだ。
ルールでは保護の義務と優先順位が冷徹に定められているだけで、そこには「自動車ふぜいは歩行者様に楯突くな、かしずけ」などという歩尊車卑の考え方はない。横断歩道では車側に歩行者を保護する義務があるだけで、歩行者側には「渡る」以外には何の権利も与えられていない。好きなだけ待たせていいわけでもなければ、交差点の円滑な通行を故意に妨げていいわけでもない。むしろ、暗黙のうちにおのおのにできる範囲でさっさと渡り切ることが求められている。
【注意事項】
「暴力的躾を復活すべきだ!」という意見ではない。自分も暴力的躾は否定派だが実際問題として警察はピストル持ってるよねって話。ピストルから弾丸が発射されてから「きちんと躾ておくべきだった」とか言い出しても意味がないことくらいみんな周知のはずである。ではどうすればいいのか?
未婚男性のワイ、たまに実家に訪れる甥たちの面倒を見るたびにそう思う。
自慢じゃないが体格には自身があり身長180cmオーバーで週2で筋トレしているのでガタイはでかい。
甥たちは3歳と6歳でかなり活発的。
甥たちは旅行や外食でも目を離さなくても勝手に走り回る、店の物を触りまくる、興奮すると大声をたまに出す。
兄嫁は猫かわいがりで口ではダメというけどあまり、というか全然効果がない。
親(俺の両親)のイライラが見て取れるから俺が実力行使で体を持ち上げて引きはがしたり、手をつないだりする。もちろん痛くないようにする。
3歳は自由に歩きまわりたいのに危ないからと手をつないだりベビーカーに乗せるとしばらくギャン泣きする。
3歳はまだ言葉は通じてない。
6歳は会話できるレベルだが落ち着きがない。3歳よりはマシにはなってきている。
ただ明らかに店の迷惑になるようなレベルの行為、走ったらいけない場所で走るなどもたまにする。
口で何度も注意してるし優しくいったり目を見て言っても、次の瞬間走り出す。
そこでふと思ったけど俺の子供時代は俺が危ないことをするとどこでも烈火のごとくキレて怒られた。
怒られたら当然「親が怖い」という感情に支配されてしたがって大人しくなった。
それでも恐怖に勝る抵抗の感情があった場合はもちろん駄々をこねた。
ところが甥たちや兄夫婦を見る限り、親に対する「大人の怖さ」というものが全く見えてこない。
子→親という関係性よりも子→大きな友達という関係性のほうがしっくり来る。
もちろん兄夫婦は甥たちを可愛がってるし病気になったら心配したりするどこにでもいる普通の親だ。
たぶんこんな家族というのは今の時代どこにも珍しくないんだろうなと思う。
では一体、どこで子供たちは「大人の怖さ」や「社会の冷徹さ」を学ぶのだろうか?
今の時代、大きな声で怒鳴りつけるだけで虐待ととられかねない。
躾と称した暴力も完全にNGとなった時代に子供たちはどうやって大人の恐怖を学ぶのだろうか?
俺は甥たちから力持ちで遊んでくれるおじさんと認識されているが言うことは全く聞いてくれない。
一回、お店のものを壊しそうになったので真剣に怒ってみたが、次の瞬間また遊び始めた。
「信頼関係をもってきちんと説得すれば分かってもらえる」のは中学高校のアイデンティティが確立しはじめた世代の話である。
そうでない子供の時期に、体育教師から頭を殴られない、厳しい指導もなくなった普通の社会でどうやって子供は大人の怖さを知るのだろうか?
いつか甥たちが恐怖を知らないまま、俺よりさらに上の世代の爺さんばあさんからリアル暴力を喰らわないかハラハラしている。
このままいくと親に殴られる前に世間様から殴られるのが先だと思うし、その際に一生残る傷を負わないかが心配だ。
暴力がなくなって明るく楽しい現代の普通の子供たちは、この先どうやって大人は怖いという事実を学習するのだろうか?
もちろん家庭に暴力など認めるべきではないと頭では理解していても、
世の中すべての大人たちが子供に暴力を振るわなくなる世界は実現しないわけで、
どうやってこの世の実在する暴力を子供に予防接種させるのかという観点が今の教育には欠けているように思う。
小学校にあがって自分よりも強い友達から暴力を受ければ相対的に大人の恐怖を理解するのだろうか?
それとも暴力を振るってこない大人をもっと侮るようになるのか?
そうなれば最終的には警察のお世話になると思うが……
両親も孫にあえてうれしい反面、教育方針について兄夫婦とたびたび衝突している
甥たちに会えるのは俺も嬉しいがこのやり取りで若干険悪なムードが流れるのも何とかしてほしい
俺個人としても「ルールを守らないと社会から排除される」という恐怖をできるだけ学んでほしい
学ばなかったら最終的に警察の世話になって犯罪者になるという若干飛躍した心配をしているが、これは実際にそうだという確信がある
TRPGをしている。仲がよく、いくつもの卓を共にしてきた友人が自分から離れていった。気の合うプレイグループを見つけたらしく、楽しく遊んでいる様子がSNSから伝わってくる。いい事だと思う。楽しいのが一番だ。
思い返せば中高の頃から、ふとしたきっかけてとても仲の良い友人ができて、何かのタイミング(試験やら引っ越しやら)で少しの間交流が途絶えた時、向こうが別の友人と出会い、自分と疎遠になる、ということばかりある。大人になってもずっとその繰り返し。なので今回も「またか」という感じである。いずれこうなることは分かっていたのだ。ただやはり寂しいし、自分の人間的魅力のなさを痛感して落ち込んでしまう。ここまで繰り返されるということは相当なのだろう。
そして数々のシナリオに連れていき、友人のPCと深い関わりを築いた自分のPCが、自分の至らなさのせいでみんなボッチになっていくのが本当に申し訳ないと思ってしまう。この先共に物語を紡ぐ事もないのだろう。なりたいものになれる遊び、とは言ったものの、イカしたエージェントとして振る舞っても、冷徹な軍人の設定を凝っても、終末世界に取り残されたロボットを描きあげても。結局自分は自分でしかないのだな。
そろそろ潮時かもしれない、という考えが頭をよぎる。でももうちょっと続けようとも思う。
魅力はないけども、時間を守るとか、連絡を迅速にするとか、人の話を聞くとか、せめてそういうところできちんとしたPLでいようと思う。
・フェイブルマンズ 青春ジュブナイルものとして内容はごく普遍的だけど、おれの大好物。エンタメとしてもとても面白かったと思う。大好きな『桐島、〜』の神木隆之介にフォーカスを当てきったジェネリック版って感じ。趣味人間として刺さっただけに、他人との関わりとかもうちょっと考えてもいいかなって思った。
・シン・仮面ライダー 良くも悪く仮面ライダーに思い入れがないので普通に面白かった。「大人向けライダー」っぽいバイレンスも露悪趣味じゃなくてちゃんと後半にかけての変化のコントラストになってていいなって思った。バディものはいいね。
・エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス 別の世界線の自分を呼び出すのはコミカルな描写としても良いし、アクションとしてもメリハリのあるマトリックスみたいで面白かった。観た後はそんくらいの感想。他人の感想の受け売りだけど、税務署のババアと分かり合うのは指がソーセージの荒唐無稽な世界くらいにあり得ない事だった、みたいな見方に気付いてからは、ああそういうことか、なんかイイねって思った。
・グリッドマン ユニバース 直前にダイナゼノンを詰め込みで予習したから、時間が育む思い入れは少なめだったかもしれない。シンエヴァがずっとチラつきつつ、虚構を肯定する作品って良いよなって思った。グリッドマンから続くフィクションの肯定、ダイナゼノンから続く過去を清算して未来を勝ち取るってテーマについて非常に力強く語りかけてくれた感じがした。
・インディ・ジョーンズと運命のダイヤル 印象的なカットはあんまりなかった気がする。ここぞという所であのニヒルな笑みを浮かべてバシッとキメるカットを期待していたけれど、特にそういう箇所は無かったか。聖杯を諦めて今を選んだインディも今回は若人にブン殴られる番になったけど、でも冒険劇ってこういうのでいいんだよなみたいな所は抑えてた気がする。
・ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE 続きもんとして割と良い区切りのつき方だったと思う。次も楽しみ。列車の上に乗っかってトンネル突っ込むアクションはやっぱ手に汗握ってイイ。FIAT500のとことか、ちょくちょくフフってなる所もあった。合理的、冷徹にと言いつつ最後はヌクモリティで助かるのがいいね。今回宙釣りあったっけ。
・バービー 映画を観ながらああだこうだと語ってしまいたくなるのはもう性なのかもしれないけれど、それでも教えたがりにはならんよう気を付けんとなって思った。バービーについてよく知らんけど、アランの立ち位置をもっと活かせたんとちゃうんかって思った。アウトサイダーを安易に聖人化するのもアレなのかもしれないけど。
パラレルとか時間移動とかごっちゃごちゃだし、予習不足で知らんキャラ出てくるし、後半は完全に雰囲気で観てた。異空間をただ走り回る時間が体感3割くらいあった気がする。でも怪異の点と点が繋がって秘密に迫り始めて、面白くなり始めた時のコワすぎみたいな感じが凝縮されてて良かった。
・君たちはどう生きるか メッセージ的なものを汲み取ろうとすると、抽象的でよく分からんかった。エヴァのせいで「虚構と現実の話」みたいな匂いが少しでもすると感度3000倍で反応してしまうから、おれはそういう方面の受け止め方になってしまった。単にエンタメのとしては、「下の世界」が千と千尋みたいというか、夢(寝てる時見る方のやつ)の世界みたいで面白かった。
・アリスとテレスのまぼろし工場 メタフィクションとして受け取るのが適切かどうかは分からないけど、その辺に大分自覚的な気がした。閉じ込められた世界、田舎の閉塞感、まぼろしの世界、そしてフィクションの世界。その辺の繋げ方が上手いなって思った。そこを出なければ無限大の可能性が広がる現実を手に入れられない。まぼろしの世界は痛みも感じないし匂いもしないけれど、それでもそこにある愛は本物。みたいな。フェティッシュな描写も邪魔にならない程度に印象的だった。セカイ系初対面アンニュイ女の笑顔良すぎ。
・ジョン・ウィック:コンセクエンス アクションに遊びが増えた気がする。コミカルな動きが割と印象にあった。上からの俯瞰の画角もMGSみたいで面白かった。どうせここでは死なないしな……みたいな緊張感のなさと引き換えに一騎当千の爽快感があって、マンネリ感はあまり感じなかった。グラサンの人も拳銃持った座頭市を放り込んだみたいでかっこよかった。刀と弓使ってたのは、一応防弾スーツ対策みたいな理由付けがあったのかな。新しい事をやるのに加えて話を畳むという事を考えたら分割するような内容でもなかった気がするし、あの長さで良かったんじゃないかと思う。