はてなキーワード: 信頼関係とは
あれほどまで授業の成り立たない高校で教えた経験はありませんが、
同僚などから聞く話等も含めて思うことを。
1.なぜ生徒は教師を殴るのか
の三点から考えてみた。
1.なぜ生徒は教師を殴るのか
例の動画の様子から、そもそも教師と生徒の間に一切の信頼関係が築かれていないことがわかる。
所謂教育困難校の生徒たちは、小学校・中学校段階では教師から忌み嫌われ、問題児扱いされてきた生徒たちで、
彼らの中には大人(教師)=敵という図式ができあがっている。さらに高校で同様に問題児扱いされてきた生徒がが集まることにより、
団結して大人(教師)=敵に抵抗することが、彼らの連帯を生んでいる。
さらに言えば、教育困難校の生徒たちの保護者の中にも、経験上学校や教師をよく思ってないひとが多い。
子供は基本的には家庭と学校のどちらかにしか居ない。同様に教育も家庭と学校の二つで行われて然るべきなのに、
教育(というより躾)を放棄した家庭も少なくない。小学校の担任に「箸の持ち方を指導してくれ」と頼む保護者もいるそうだ。
多分その保護者は正しい箸の持ち方で食事をしていないのだろう。
さらに悪いことには、教育(躾)を放棄するばかりか、学校での教育を軽視する保護者も一定数居る。
教育困難校の荒れた生徒たちの友情は、「教師に反抗するという同質性」を頼りにした友情なのだ。
「閉じた集団の中で何かを共有すること」、例えば同じような服装、髪型をすることで連帯するヤンキーやガングロギャルが流行ったことなどは、
「チャムグループ」という言葉で説明できる。「似ていることを条件に入れる仲間グループ」である。
教育困難校の生徒たちの間でつくられた「チャムグループ」は、教師を排除したり軽蔑し続けることで安寧が保たれる。
Uくんはそのチャムグループを代表して教師を殴ったのだと思う。半ばヒロイックな自己陶酔も感じながら。
それを囃し立てる仲間たちも痛快だっただろう。
そして残念だが、多分そういうチャムグループと教師の間に信頼関係が生まれることは期待できない。
信頼関係さえあれば、例えば軽い冗談の言い合いだとか、生徒教師相互に多少の「いじり」みたいなものが有っても愉快なのだが、
信頼関係のない「いじり」はいじめやハラスメントになる。信頼関係のないところには教育は、まともな人間関係は絶対に生まれない。
そもそも信頼することを教えられなかった生徒たちは不幸だ。そういう育て方をした親や小中学校の教員に多分に責任がある。
また別の話になるのだが、今回の件で騒ぎになったUくんもきっと、学校を信頼しない保護者になっていくだろう。
学歴や社会的格差はそのようにして再生産されていくのだろうな。
匿名のネットユーザーの性質として、教室では「素直で真面目な良い子」を演じてきた人間が多いのではないだろうか。
公の場では「素直で真面目な良い子」である一方で、匿名で誰かを吊し上げるのには、
いわゆる不良グループやお調子者が幅を利かせているパブリックな空間に対してのささやかな復讐の意味合いがあるのはないか。
また、事件の拡散は簡単だ。リツイートのボタン一つ押すだけだから。
自らが汚い言葉を使ったり、誰かを攻撃している感覚は無い。むしろ悪事を白日のもとに晒すことに、一定の正義さえ見出せそうだ。
抑圧されてきた「素直で真面目な良い子」の復讐心と、お手軽簡単なリツイートボタンがこの事件の拡散を相乗的に早めたのだろう。
いじめ自殺の問題で「いじめはなかった」とする教育委員会などが隠蔽体質と叩かれることが多いが、 わたしは隠蔽体質で仕方がないと思っている。
例えばいじめの加害者が実名を報道されれば、彼らがネット上で叩かれ、後の人生でも様々な場面で偏見を受けることは
免れないだろう。
それは当然の報いなのかもしれない。人を傷つけたら、そのくらいの懲罰があって当然だとも思える。
一方で、その社会的な懲罰は初期段階のいじめと構造が変わっていない。多数派が少数派を一方的に排除・攻撃することによって、
多数派の安寧を保つという構造だ。例えば第二次世界大戦中のドイツでゲルマン民族という多数派の血統のために少数派のユダヤ人を殺害したのと同じように、
ネット上の「素直で真面目な良い子」だった人々が、悪事を犯した少年を社会的に抹殺したいだけなのではないか。
もし、教育委員会が「いじめが原因で自殺した」と早急に認めれば、
教育委員会が「いじめはなかった」と言って槍玉に挙げられて居る限り、加害者への攻撃は及ばなくなるのだとすれば、
被害者感情はどうなるのか? そこは難しい問題だ。上のような説明をしてもなかなか納得はしてもらえないだろう。
あるいは事件があるていど沈静化してから「いじめはありました」と認めることで、世間の関心をひかない形で収めるのが関の山か。
ともあれ、今回の事件に関しては顔も実名も所属校も割れていて、拡散も限度を知らない状態だ。
空手形や欺瞞が横行している世間で、いかに信頼関係を構築するかという話っぽい。
形式的なルールで縛ったり、契約で保証をつけたりすると、結局は普通の金融商品になる。じゃあ今すぐ現ナマよこせ、という話に。口約束のファジーさは不可欠だ。しかし口約束的な部分だけでは反故にされるかもしれない。
口約束的な部分と、金融的な保証をうまくバランスさせる。口約束に対するコミットメントの仕掛けをつくって、誠実さへの覚悟を見せる。過去に雇った人を搾取したという実績が世間に明るみになれば、今後マトモな人材からはそっぽを向かれるので、誠実であることの必要性は経営者にだってある。
1000万投げるときに、貢献度への妥当性って、そんなんリーダーが「あいつは貢献したぜ」って言い張れば十分だ。決裁権持ってる人間が良しという、それだけで「妥当」。そこで数字で表現できなければダメだ、なんてことになったら、どれだけ労力をかけたって、質的な貢献を評価することなんてできない。
※以下、セキセイインコからコザクラインコやボタンインコくらいの小型インコを想定して書いてます
もし小型インコ類を飼うなら、是非前もって飼育書を読んでおいてもらいたい。
ショップから購入する分には安価で手軽っぽい生き物に思えるんだが、小鳥を飼った経験のない人が意外に見落としがちな注意点がとても多い。
また感情豊かで愛は無償の生き物なんだけど、それゆえ打算では動いてくれない難しさがある。コミュニケーションの取り方が独特なので、それについて事前知識を入れておくと信頼関係を築くのに大変役立つだろう。
ただひとつだけ、飼育書の中にもしばしば間違って述べられていることがあるので書いておきたい。
飼育書には「インコを人の頭に乗せないように」と書かれている。これは正しい。
一部の飼育書には「肩にも乗せてはいけない」という記述が加わっていたりするが、そっちは間違いだ。
小型インコが飼い主の表情を見ながら対話できる場所なので、肩が好きなら乗せてやったらいい。
「インコが肩に乗ってきます。やめさせたいんですがどうしたらいいですか」と悩まなくていいことを悩んで不幸になっている飼い主が多そうなので書いといた。
おまけ。
なぜインコはこっちに飛んでくると決まって頭に着地するのか。
見晴らしがよくて安全だし、速度が出てても着陸滑走ができて止まりやすいからだ。重要なことなので言っておくが、そこに人をナメてかかるような悪意はないので腹を立てないようにしてもらいたい。
なまじ居心地がいいのでインコがそこに長時間留まってしまい、飼い主の表情を見て感情を読み取る習慣がなくなってしまうから。そして、頭髪の上でフンをされると取り除くのに大変難儀するからだ。
頭に止まったら即座にインコの腹のあたりに指を差し出し、指に乗り移ったら肩に降ろしてやる。これを淡々とやればよく、頭に止まらないようしつける必要はない。
「その人達が商業デビューしたり、同人だけで食えるようになっていくのが」という所までには至れないけど、
出した本を作家さんが記念にしてくれているのがとても楽しい、って感じかな。
早割で間に合わせることを条件に5万までの印刷代を出している
お願いする人は指定した期日(早割入稿日少し前)に必ず提出してくれるので、そういう条件は出してない。
というかそういう作家さんにしかお願いしない。締め切りを守って頂ける作家さんかどうかは100発100中で目で分かる。
これについては自分が活動しているジャンルの特性上、1回のコミケ+書店の初動で印刷代がペイできるので、
こういうやりとりが発生したことはない。
「利益になった分はあげるよ」と言ってくる人に対して「要らないから小遣いにして」と言っている
商業デビューとかはないけどこれは本当に同意。同人は作者のモチベーションが9割9分9厘。
というか「その作家さんの作品だったらなんでも受け入れる!」という作家さんにしか依頼しないから
内容に注文させて頂くという気分すら湧かない。
似たような感じで、萌えをネット上で具体的な作品として公開されている作家さんは、
強いモチベーションが成果となって表れているということで安心してお願いさせて頂いている。
あとブコメであった
「興味あるけどどうやって接点持ってるんだろう。」という
作家さんは作品が感想が欲しいという名セリフを知らないのかよ。
ネットで公開されている作品にきちんと感想をお送りさせて頂いて、そこから「あなたの大ファンなんです」という信頼関係を醸造する。
本を作って申し込み、参加まで一通り、ヘタでもいいからやってみると、相手にアドバイスを出しやすくなる。何事も経験。
自分は同人作家になりたかったけど、あまりにも才能がなくて、それでも続けて結局挫折してしまったのだけれども、
こういう形で才能ある作家さんのお手伝いさせていただくことができたり、
作家さんからの同人関係の質問に、過去の些細な同人活動の経験が役だったりしていて、
あれより面白いシーンある?
無いと思うんだけど。
あのシーンは
2 ちゃんと漫画的なハッタリを通した上でそれを行う
3 主人公の天敵である超絶味覚審査員はそれに悔し涙を流しながらも、評価自体は厳正に行う
4 天敵となる審査員がいなければ他の連中はそれをスルーして主人公は負けてた可能性あり
5 主人公が審査員の味覚を信頼したからこそ成立した超トリッキーな戦術
6 なんだこの信頼関係
と漫画的に物凄く美味しい。
まあ他の漫画だけど、コピー能力者相手に「野菜炒めを水につけるわけねーだろばーか!バシャーン」もかなりいい線言ってるけどね。
更に別の漫画だけど、ハゲの「客を信じられなかった」もすげーいいけどね。頑張って自分の夢に向かってお膳立てしてきたはずなのに、その手段として自分を裏切り続けたせいで最後の最後で自分の信じたかったものを信じきれずに負けるという悲しさ。
やっぱグルメ漫画と言ってもバトルである以上は、相手を出し抜いて勝つとか出し抜こうとした結果裏目に出るとかじゃないとあかんわ。
そしてその土台にストーリーが無いとね。
・自殺念慮により自殺するため具体的な行動を行うことが「自殺企図」
漠然と「死んでしまいたい」「消えてしまいたい」と思うのは、希死念慮といって自殺念慮の前の段階です。
なので、
には当てはまりません
についてですが、彼氏は一人暮らしですので親との関係が悪くなければ実家に帰るか、親御さんに来てもらうという手段が考えられます。
(3)病状の急速な進行が想定される場合
これについては元増田に書かれた状況だけでは分かりませんよね。
精神病性の特徴が見られたり、昏迷状態に陥ってるとかならまだしも、抑うつ状態であることしか分かりませんので、今後病状が急速に進行するかどうかは分からないはずです。
なぜあなたはこれに当てはまると思ったのか知りたいくらいですね。
そしてガイドライン15〜16ページ
自殺リスクの評価に際して、最も注意すべき点が、 自殺企図が切迫しているか否か(Holma et al, 2010) の判断である。自殺念慮が強く、自殺企図の切迫しているような場合は、家族に十分注意して見守ることを伝えた上で、入院治療を考慮する必要がある。自殺の計画を具体的に考えている場合は、特に切迫性が高いと考えられるので、非自発的入院も含めて本人の保護に重点を置いた対応をとるべきである。
元増田の記事の内容からは「自殺の計画を具体的に考えている」ようには読み取れません。
よってあなたの言うように、彼氏は非自発的入院(医療保護入院)相当である、という根拠は薄いと思いますが、いかがでしょうか。
任意入院であれば精神保健指定医である必要はありませんし、なんでそんなに精神保健指定医にこだわるのか、私には分かりかねます(必要であれば任意入院から医療保護入院に切り替えることもできますし)。
少なくともガイドラインと元増田の記事を参考にする限りでは、入院が必要であるとも、家族間の信頼関係にヒビが入る可能性が高い非自発的入院を最初から考慮にいれるほど切迫した状況だとも思えません。
私は他科の医師の経験に基づいた意見よりは、最新のガイドラインのほうがよほど信頼できると考えております。
【追記読みました】
ですが病識がないこと、またはうつ病であることの否認、医療機関受診に消極的であることはかなり典型的なうつ病の症状です。
多くのうつ病患者が適切な医療を受けていない (Kessler et al, 2007)という知見の背景には、うつ病に伴う否定的認知によって、「自分の状態を改善させる上で、医療は役に立たない」という発想が生じがちで、それが医療受診に対する消極さにつながっていると考えられる。「医療機関受診に消極的なうつ病患者」 であるが故に、「治療者-患者関係の形成」がうつ病診療において、とりわけ重要といえる(American Psychiatric Association, 2000, 2010)。
だからこそ、うつ病ではそのような考えに陥りやすいんですよ、という心理教育(疾病教育)が重要になってくるんです。
病識がない、病気を否認しているというだけでは入院適応にはなりません。
ガイドライン21ページに書いてあることも元増田の記事に書かれてるまんまですよね。
例えば「仕事へのやる気が失せ、注意も集中できず、業務がはかどらない状態では、『みんなに迷惑をかけている』と自分を責めてしまうことも、無理のないことだと思います」といった「承認」である。関係が構築できた上で、「やる気が失せること」、「注意の集中ができないこと」「自責感」もうつ病の症状であることを説明 し、「何が症状か」を伝え、患者がうつ病を客観化してとらえることを促すことも重要である。
抑うつ相では「病気ではなく怠けである」「性格であるから治らない」「どうせ薬なんか効かない」、「こんな状況(例:身体の病気を持っているから、職場の問題があるから)では医療は助けにならない」といった、 否定的認知に傾きがちである(Hirano et al, 2002)。 うつ病の診断が確定した後は、この否定的認知がある ことを念頭に置きながら、治療へ導入する必要がある。
https://anond.hatelabo.jp/20170902142944
しろくま先生のブックマークで青二才のことを久しぶりに思い出したわ。
そういえばそんなのもいたね、相変わらずなのかよと見に行ったら思ってたのとぜんぜん違うじゃん。 最近の記事見たらお友達もできて楽しそうにしてるじゃん。今更QMAにハマってQMAの紹介とかやってんじゃーん。
ようは、今まではてなでしょぼい注目を集めることくらいしかアイデンティティを見いだせなかった人がブログをきっかけにして、はてな以外に自分が生きる場所を見出したってことでむしろ祝福すべき話だろこれ。
たしかにブログ記事超つまらなくなってるけど、ブログがつまらないってことはリアルが充実してきたってことで本当にいい話って考えるでしょ。
青二才はようやくはてなを卒業できそうだね、良かったね、あとは独自ドメイン取ってWPにでもひっこせば完璧だね、二度とこんな地獄には戻ってくるなよ、って言えばいいのにメルマガだのVALUだのどうでもいいところでチマチマ悪口を言う事しか出来ないのって恥ずかしくないの?
はてな村を卒業して真人間になろうとしている人間を追いかけて石を投げるのはマナー違反だろ。 他の人間見つけてそっちにいけよ。まだ青二才で消耗してるの?
それはそうとして青二才、文章方ははあんまり変わっておらんな。一番新しい記事読んだけど
就活で戦うのが不利だから、リクナビマイナビに頼った就活を辞めた方がいいだけ。
自分で仕事を興してもいいし、バイトから入って信頼関係築いてもいいし、やりたい仕事の知り合いを作って、仲間に入れてもらうのもいい!
エンジニアと肩書きにつくような仕事をしているが、それこそエンジニアの性なんだと思う。
エンジニアリングというのは、目的を達成するためにものを作り上げることなわけで、これも単にそのドグマを当てはめているに過ぎないと思う。
フェイルセーフやフールプルーフという言葉を聞いたことがないだろうか?
人間はミスをする生き物なので、ミスをしても致命的な状況を避けるような設計にするし、それ以前にミスに簡単に気づけるような設計にしておく。これがエンジニアリングによるトラブル回避なんだと思う。
人間はミスをするのが当然で、それを起きないような仕組み、起きても被害を最小限にするような仕組みを作るというのはこういったエンジニア的アプローチを現実の問題に適用しただけだと思う。なぜ仕組みと言ったかというと、組織や制度だけで何ともならない場合、それ以外のアプローチも含めて対応するのがエンジニア的な方法だからだ。
「社内の連携ミスで無謀な仕事を取ってきた営業がいる場合」についても同じだと思う。
エンジニアも人間なので文句は言うかもしれない。営業に対してだけ言うのではなく、ミスをしたエンジニアに対しても文句は言う。ただ、そこで思考停止するやつはエンジニアじゃない。エンジニアなら、なぜ社内の連携ミスが起きたか、どうすれば社内の連携ミスを防げるかを考える。営業とステークホルダーたちの連絡会を作っておいて、仕事をとる場合は連絡会メンバーの決済を得るなども一つの方法かもしれないし、営業と他部署との信頼関係が無いのが暴走した原因なら、親睦する機械を設定するというのも一つの方法かもしれない。
エンジニア的なアプローチでは、やる気や注意力、個人の力量に頼っている仕組みは一時的にはうまくいっても長期的なコストが大きいので可能な限り改善するものだと考える。エンジニアはエンジニアのミスだけが仕組みで回避、軽減されるべきと考えているのではなく、全てのミスが仕組みで回避や軽減されるべきだと考える。唯一、エンジニアに特権意識のような部分があるとすれば、エンジニアリングによるトラブル回避・軽減というアプローチができず、同じミスを繰り返している連中を学習しない馬鹿だと思っていることかもしれない。...「自分たちの苦しさは異常だ!」で思考停止しているなら、その人たちは本当にエンジニアなの?
そりゃ誰だって人間だから怒れば相手が子供だろうと手を出すことはある。手を出したから教育者に相応しくないとか一発アウト脳にはなりたくない。
子供はステージを潰したこと、ジャズ奏者は殴ったこと、お互い謝ればいいだけの話。この程度のことなら当事者同士で解決できる。はずだった。
起きたのはコンサートの本番で偉い人含めて観客が大勢集まっていた。
だがその場で誰も干渉することはなかった。
「日野さん、やりすぎだよ!」と声をかけて抑えることもできた。
その場で関わることで2人のそれまでの信頼関係の有無を瞬時に確認できる。
この話は、「お前が日野だったら問題児にどう対応するんだ」って話ではなくて、「誰かが子供をぶん殴ってる状況を見たらお前はどう対応するんだ」という話なのだ。
胸くそ悪い一日だったのと、他の人がバイナリーオプションに関連した詐欺まがいに引っかかって欲しくないのでまとめておきます。
自分の紹介をするとしたら、ごく一般的な都内の私大に通う学生で別に全くお金持ちでもなんでも無いです。
とある日に、試験などでとてもお世話になった大学の友人に「是非聞いて欲しい話があるんだけど話を聞きに来てくれないか?」と前々から誘われていて
あまり気乗りはしていなかったけど、試験の際にはとてもお世話になったので断れずに誘いを受けた。
いざ当日に呼ばれた場所(渋谷の某高級ホテルのカフェ)に行ってみると1000円以上もするアイスコーヒーを注文する羽目になった(学生にはキツイ)
渋々注文した後にお会いする約束をした10時に友人と私でホテルのカフェで待っていたところ、中々オプザイルは現れず「忙しいから待ってほしい」とのことで
結局14時頃まで待っていた。
本当は寝不足だし帰りたかったが、友人がいる手前帰れずに4時間位経ってやっと
株式会社カグアマ?のトヤマと名乗る男が現れてきて、詫びもなく現れて名刺も無しに話が始まり、録音をスタートし
外部にこの話を口外しないよう約束するよう言われ突然人生設計や今後のライフプラン、投資の大切さを訴えてきた。
そしてもっともらしい事を早口で一通り紹介し終えたら、今度は怪しいツールの紹介を始めた。
・MT4でパッチ?を当ててチャート上に矢印が出た時にエントリーするだけ
・勝率は80%以上
・オプザイルはコレで億を稼いでいる。友人もメチャクチャ儲けているらしい。
他に色々と話していた気がするけど眠すぎて忘れてしまった。
散々言われたのが
「今の生活を変えよう」
みたいなことだった。
ツールの値段を聞いてみたところ、どうやらそのツールが入ったUSBが50~60万位するそうだ。
予想では20万位で売りつけてくるのかなと思っていたら予想を遥かに斜め上をいっていてドン引きしてしまった。
どのユーザー年齢層がこのツールを購入しているのか聞いてみたところ、20代が多いとのことで基本的にはネット等で販売はしておらず、リファラルでしか紹介していないためらしい。
余談だけど、オプザイルの営業を聞きながらやっと終わりかな?と思っていたら、途中で電話で席を外すねと言われてオプザイルが1時間帰ってこなかったことに怒りが半端なかった。
友人とオプザイルが必死にツールの素晴らしさと人生が変わる事を話されやっと終話を迎えて、夕方頃に帰れると思ったのがつかの間、友人がほぼ同い年のトレーダー仲間が近くのカフェにいるから
会ってみてと言われ、寝不足と怒りに耐えながらまた一緒に行くハメに(帰れよ)
実際にそのトレーダーと会った際に、「ツールの値段がとてもポンとお金をだして買えるような値段では無いと思うが、どうやって購入したのか?」と聞いたところ
「学生ローンで2社くらいから留学と偽って60万位借りた」と話していた。
元々買う気はなかったが、ココからが怖いなと思ったのが「60万なんて安い。今すぐつまらない人生を変えたいなら明日にでも金を借りてきた方がいい」と散々言われ
挙句の果てに「借りるのが怖いなら明日俺がついていってやるから」と散々言われ、私の明日の予定も気にせずグイグイと消費者金融に次の日に連れて行こうとした。
「ごく普通の学生が60万も突然借金をするのなんて荷が重すぎて無理」と伝えたが
・すぐに60万なんて返せる
・親にバレない
などと色々と説得してきたが、ほぼ就活も終わりこんなふざけた話に振り回されたくなかった。
帰ろうとしたら「社会人のマナーとしてお礼のメールを送ったほうが良い。今すぐ」と言われ
「忙しいのかもしれないけど、約束した時間に4時間も遅れて詫びも無ければ名刺も渡してこない社会人がどこにいるんだよ」と
まぁ何を言いたいかというと、友人がこの詐欺に加担していた事がショックだったのとオプザイル共の詐欺にこれ以上他の人が引っかかって欲しくないと思ったのでココに残そうかと思い書いてみた。
口外したら紹介してくれた友達との信頼関係に関わるからと散々釘を差されましたが知りません。
余談だが2つ目のカフェに行った時に、か弱そうな男の子がオプザイル2人に全く同じような話を吹っかけられてて「最近この手の詐欺、流行ってるのかな」って思いました。
完
確かに紹介してくれた友達の羽振りが良いなと感じていたけど、実際どうなんだろ。バイオプで儲けた金なのか詐欺って儲けたのか・・・仲が良かった友人なだけに残念
【追記】
最近で1番感じたのが(ちょっと古い話題だけど)ピースの又吉で芥川賞取ったらみんな先生と言い出した。なにより相方が率先して(色眼鏡で見られる事を先回りしてだと思うが)先生、先生と言い出した。周りの芸人も配慮としてわざと先生と呼んで茶化していたと思うけど、それ以外で先生と呼ばれるのは本人も居心地悪そうに見えた。
又吉「先生」の場合は極端だとしても、医者、弁護士、作家、画家、漫画家、など職種で先生と呼ばれるケースはたくさんある。どんなジャンルでも一流とされる人は先生と呼ばれる事もあるかもしれないけど、それにしては先生が多すぎる気がする。
作家や画家、漫画家などはそもそもなんで先生って呼ばれるんだろうか?これってはるか昔の物書き自体が珍しかった時代とか宮廷画家がいた頃とかの名残かなにかなんだろうか?
医者や弁護士は立派な職業という事で定着してるんだろうけど、もっと普通に「〜さん」とか名前で呼んだ方が良い関係を持てるんじゃないだろうか?立場上、相手を制する必要がある場合も多いとは思うけど、それでも互いに名前で呼びあえたほうが実はよりよい信頼関係が結べるんじゃないだろうか?
個人的には最も馴染み深い学校の先生ですら、先生じゃなくて「〜さん」とかでいいんじゃないの?という気がしている。そのほうが個人として尊敬しやすい。目上は目上だし、それで舐めてかかるとかはないように思う。
内容わかってるから言ってんだよ。
"信頼関係成り立ってる人なら、自殺について真摯に話すれば、相手に自殺について言葉で表現する機会を与えることで、自殺について客観的に見ることが可能になる、って4番目の処方箋を見逃してる"
信頼関係が成り立ってようが自殺したいしたい言ってる人は話聞かないんだよ。
そもそも信頼関係が万全であったら鬱病者は話を聞くの?聞かないでしょ。
客観的に見ることなんて、自殺する気が最初に無いやつしかできないわけ。
本気で自殺しようって思ってる奴は、親だろうが子だろうが友人だろうが、信頼関係が成り立っていても聞かないの。
それこそ内容をちゃんと把握してないって自分で証明してるだけでしょ。だから、トラバは脊髄反射でレスするって言われるんだよ。
日本で起業が盛んにならんのは、実は遠慮し合いと自己愛に満ちた社会で、
「起業家にまともにアドバイスもできないし、出来もしないから」じゃないか?と思った。
まあ、僕もアドバイスのつもりだったが、こちらに迷惑になる噂流されるは邪魔されるわで、
だんだんそいつに腹が立ってきて、悪口ばかりで回りが逃げていったってこともあるけどね。
うん、もう信頼失ったな、あるいはこいつと信頼関係結べないなと思ったら切るしかない。
逆に僕もそうやって信頼失っていった人大勢いるじゃない。
ついで「アドバイスされる」のは「見下されている」という人間もいる。
自己愛に満ちている。そして、起業して社長になるような人間こそそういう奴が多い。
表面にこにこしてる。裏でこそこそ相手を貶めるようなこと、足を引っ張るようなことをする。
相手Aが噂や小細工をして、自分の損害以外の何物でもなくなる。
それなのに誰がアドバイスをする?
言いたいことをはっきり言って、正々堂々議論するアメリカ人とは違うんだ。
でも、あちらの国はそれができる国だから、ベンチャーで投資するにあたって本音で質問をぶつけられる。
あれだよ、死にそうなやつを助けたら、助けたやつが訴えられた中国とおんなじなんよ。
当然助けようなんて奴はどんどんいなくなる。それと同じなのが日本の起業環境なんだよ。
いるのは「起業家どうしが傷を舐め合って売れもしてないのに俺達すごいんだよと自己愛を満たすコミニティだけ」
でも、その起業家同士の中でその中で何かの拍子で「敵」にできそうなやつを探している。
自己愛に満ちた存在だから社長なんかやっていていて、でも、そう簡単に売上は上がらないし、自己愛傷つけられて、敵を作りたがるから。
東方に凋叶棕「enemy of the society」って曲があるけど、ああいうどろどろした世界。
国会議員の今井や、安倍の言動見ても日本はどんどん自己愛が肥大している。
日本は他人に対する気遣いが強い。翻しては、相手の自己愛を尊重してるから自己愛も肥大しやすい。
厳しいことも、婉曲にまずは自己愛を傷つけないような配慮をして当然で、傷つけたがゆえの反発をしてきやすい。という社会。
新しいものを作る「開発」は理系。相手の好みに合わせ、聞き出し、売る「営業」は文系。
両方を身につけないとならないけど、両方できてる奴はまずいないのだから、創業した時点では絶対に知識不足経験不足。
もちろん、「俺はこうだと思う」という一定の自己愛がないと起業なんかせんし、しないほうがいい。
でも、制御できないと回りに迷惑かけて見放されるだけの存在にしかならない。
自己愛が傷つきながら、それでも気にしないところは気にせず勉強していく必要があるけど、
まず自己愛が傷つくこと自体が受け入れられない奴こそが社長をやって起業をしようという大いなる矛盾。
ま、アメリカには100年たっても追いつけないな。
しかし、50歳の春、私は更年期障害になった。正直、更年期障害なんて大したものではないと思っていた。
更年期障害は私の人生を大きく変えてしまった。 家族、友人、多くの人を傷つけ、大切なものも多く失った。
でも周囲の粘り強い支え、幸運な出会いもあって、何とか克服ができた。今では元の幸福を取り戻すことができたと言える。
更年期障害は心身共に症状が現れる。それゆえに知識がないと混乱をしてしまい、治りが遅くなるばかりか、周囲の人を傷つけ更に自分自身を追い込むことになる。
そう思うことが沢山ある。
それを今更年期障害に悩んでいる人に伝えたくなった。
興味があれば読んでみてください。
私は昔から特に見た目、賢さに恵まれたわけではなかったが、健康だけには自信があった。風邪らしい風邪は引いたことがないし、入院したことも出産のときぐらいだ。
子供を産んだときもあまりにあっさりと産んでしまったので、主治医が若干苦笑いをしていたほどだ。
そんな私は、当然、華やかな人生を歩んできたわけではない。しかし女性としての普通の幸せは手に入れることができているという満足感はあった。
私にはもったいないくらいの優しい夫、26歳の長女は嫁ぎ、23歳の長男は社会人に。子供が自立したのと、夫の定年退職もあと数年に迫っていたので、「老後ものんびり楽しく過ごしていこうね。」と仲良く話し合っていた頃だった。
その変化は突然やってきた。
最初に異変を感じたのは3月、事務のパートに行く電車の中だった。
暖かくなってきたとはいえ、その日はさほど暑い日ではなかった。
午前10時、電車の中は通勤ラッシュも終わって混雑はしていなかった。それなのに顔がほてり、汗が止まらなかった。私はそんなに汗っかきではないはずなのに。
「なんだろう・・・」
不思議に思いながらもその場は特に深刻に考えることもなかった。
だが、職場に着いても汗は止まらない。クーラーの効いた室内でみんなが涼しそうにしているのに私だけは暑くて汗がでてしまう
一瞬そう思ったのだが、仕事が忙しかったため、その心の声をなんとなく流してしまった。
この判断が私を長い苦しみの追いやったのかなーと今でも後悔している。
汗の症状はその後も続いた。
特に夜に暑くて目が覚めてしまうことは辛かった。パジャマやシーツが汗で濡れて冷たくて目が覚めたこともあった。
汗だけであれば慣れてしまえばどうってことはなかったのだが、1ヶ月経つ頃から別の症状も出るようになった。
朝起きるのが辛く感じるようになった。起き抜けから身体がだるく、軽いめまいもあった。なにより気分が重い。仕事に行きたくないな-と思い休んでしまうことも増えてきた。
家事に関しても大好きだった料理もする気がおきず、惣菜を買って帰ってしまうことが増えた。 掃除も洗濯も苦痛になり週末まで溜め込んでしまう日が続いた。
これまで主婦としてしっかり家事をこなしてきたことには自負があったので、そんな自分が許せず、罪悪感でいっぱいだった。
そんな心身ともに不安定な時期が続く中、 あの事件が起きてしまった。
さすがの夫も家事が以前のように行われていないことに気がついたのだろう。
「最近家事があんまりできてないみたいだけど、何かあった??」
心優しい夫は気遣いながらもそう聞いた。
夫は優しく聞いているだけだっただろう、ただ罪悪感に追い込まれていた私は夫に対して怒りを露わにして
「何にもわかってないくせに!私を追い詰めるの!!」
と大きな声をあげてしまった。
私が感情的になることなんて結婚してから一度もなかった。昔から気が長い方で怒ることなんて滅多にない。ただこのときの私は感情までコントロールできなくなっていた。
夫の驚いた顔が今でも忘れられない。
ケンカ一つしない、互いを尊重し、問題は優しさで解決するそんな関係を長年続けてきた。でも、その大切に育んだものに大きなヒビが入ってしまった。そう思った瞬間だった。
すぐにフォローをしなくては。そう思うけど心が追いつかない。 一体わたしはどうなってしまったのか。
夫はそう言ってくれるけど、私は認めたくない気持ちがあった。
夫は最も信頼できる人ではあるけれど、異性ゆえに相談しにくいこともある。特に心や身体のことは打ち明けるのに抵抗があった。
とはいえ、私にも明らかにおかしいという自覚はあった。けどどうしたらいいかわからない。追い詰められていた私は遂に親友に相談をした。
大学の同期の加奈子だ。大学を卒業してからも定期的に会い、今でも家族ぐるみの付き合いをしている。私の全てを話すことができる唯一の人。それが加奈子だ。
私は加奈子にこれまで起こった全てのことを打ち明けた。
「それって更年期障害じゃないの??」
今まで、病気一つしたことが無い私は、正直更年期障害と言われてもピンと来なかったが、加奈子の言う典型的な症状と私のそれを照らしてみると、確かに当てはまることが多い。
実は加奈子も昨年に経験をしたという、加奈子とは3ヶ月に一回は会っているのに全然気が付かなかった。
「私は軽かったというのもあるけど、職場の友人が更年期障害を疑ってくれて、早めに対処できたのが良かったかもね。まさみも早いうちに病院に行ったほうがいいよ。更年期外来ってのがあるから。」
友人の話というものはすんなり入ってくるもので、すぐに病院を探し、近くの婦人科に足を運んだ。
その医師によると、更年期障害は一般的に2から3年続き症状が収まることが多いとのこと。
「これが2,3年も続くのか」
この医師はHRTという療法があると提案をくれた。しかし、あまり病院に慣れていない私は、なんだか大掛かりな治療のように感じ少し抵抗感があると伝えた。
それであれば漢方という方法もあるとのことなので、まずは漢方治療から行うことにした。しばらく加味逍遥散喉、半夏厚朴湯、大防風湯、抑肝酸、を服用し様子をみた。
しかしながら、3ヶ月経過しても、だるさ、めまい、気分の重さに関しては改善がほぼなかった。これでは辛い生活は続くばかり、夫に対しても感情的になってしまうことが多くなったため会話も減ってしまった。
娘、息子への連絡も減ってしまったし、たまにする電話でも以前より感情的で口うるさくなってしまったのか、前ほど家に寄り付かなくなってしまった。
私の世界がどんどん狭くなり、壊れていくような感覚に包まれていった。居てもたってもいられなくなった私はまたも加奈子に相談した。
「加奈子は何で治したの?」
以前はなんとなくプライドが邪魔して具体的な治療までは聞けなかったが、今度は率直に聞いた。
「私はHRTをやったんだけど、あんまり改善しなかったんだ。軽度だったというのもあって大豆製品を中心に食べる食事療法をやってた。途中からちょっとエクオールのサプリメントも飲んだよ」
漢方にも改善はみられなかった。HRTはやはり抵抗があったので加奈子と同じ治療を選択した。
私は加奈子より症状が重いように感じたので、食事療法を中心に最初からエクオールのサプリメントも服用した。
友人同士体質が似ているというのはないだろうが、この選択は私にとって正しかった。
効果はわりとすぐに現れた。約2週間程度でずっと持っていたイライラ感が少しずつ減ってきた。それに伴い感情のコントロールができるようになり、夫との会話の回数が増えてきた。
1ヶ月経った頃には身体のだるさが改善してきて、家事に対して前向きになれた。
掃除は軽くではあるが毎日、洗濯は週2程度、料理は週に1度くらいしか作れなかったが、簡単なものなら毎日作ろうという気分になってきた。
一度改善の兆しが見えると気分は晴れやかになってきた。治療に対してどんどん前向きになって大豆食品を多く取り入れた食事を調べたり、エクオールに関する知識も積極的に仕入れ、よりよいものを探すようになった。
そして、3ヶ月目には、ほぼ以前の私を取り戻すことができた。
休みがちだった職場の方々も理解をしてくれて、職場にも以前のスケジュールで復帰することができた。
家事も以前のようにしっかりとこなせるようになった。夫も私を気遣って家事を身に着けてくれたので、以前より2人で一緒に家事をやるようになった。
夫との会話も以前のように弾むようになり、信頼関係も戻ってきたように感じた。夫も私が更年期障害であることは理解してくれていたようで、
「症状が収まろうが収まるまいが、ずっと寄り添っていくつもりだったよ」
と言ってくれた時には思わず大泣きをしてしまった。この感情の動きは更年期障害によるものではないと今では確信できる。
結果的に私は友人の進めた食事療法+エクオールサプリメントの民間療法で幸い比較的短い期間で更年期障害を乗り越えることができた。
自分の心と身体が思い通りにならない約半年間は本当に苦しかった。
周囲も理解はしてくれるけど、気持ちが離れていっていることはわかる。その孤独感が特に辛かった。どうにもできない自分も本当に歯がゆかった。
私が今も後悔していて、あなたに伝えたいのは、一つだ。
ほてりを感じる日が続く、気だるさ、気分の重さがなかなか抜けないといった症状を感じたら、すぐに更年期障害かな?と疑い病院に行くべきだということだ。まずは更年期障害であるということを理解してほしい。
もちろん私に効果のあった治療があなたにとってベストだとは思わない。HRTを受診したほうがいい場合もあると思うし、漢方が効くこともあると思う。また他にも治療法があると思う。
なので、どんな治療でも良いと思う。開始することで前向きになれるし、意外と周囲の理解も得られる。更年期障害は早い人は30代後半から、誰もが抱えうる問題であって、決して恥ずかしいものではない。
一人で抱え込んで、症状が悪化し、周りに迷惑をかけることが、孤立を招き更年期障害を非常に辛い病に変えてしまう。
病院が嫌だということであれば、気軽にカウンセリングを行ってくれるNPO法人もある。まずは更年期障害であることを疑い一歩を踏み出してみて欲しい。
私はいちばん大事な家族という存在を失ってしまう寸前まで精神的に追い詰められてしまい、本当に苦しい体験となってしまった。
この体験談が役に立ってくれることを願っている。
コンビニで酒買ってっきてバカみたい飲んでるけど、気持ちが全然整理つかないからここに書かせてもらう
同じゼミのお互い就職活動が終わった大学4年。両方とも第一志望の企業に内定貰えたから、就活は一応成功したことになるのかな。
その就活が原因なんだけど、、
就活が始まるまではお互いそこまで親しい間柄ではなく、仲のいい友人の一人みたいな感じだった。
それでも、すごく笑顔が可愛かったり、人当たりが凄くいいところが良くて、漠然と「付き合えたらめっちゃ幸せだろうなー」ってくらいの高嶺の花みたいな感じで思ってた。
そして就活。
たまたま見てる業界が似てたり、お互い彼氏彼女がいなかったりで、就活の対策を一緒に二人三脚みたいな感じでやっていくようになった。
最終的には、お互いの本当に深いところまで話せるような信頼関係が出来上がっていった。
ESや面接でよく聞かれる学生時代に頑張ったことから始まり、それ以上に、お互いの小さい頃から今までの人生の山谷、家族のこと、今までの恋愛、、、彼女がみんなに振りまいてる笑顔の裏には、たくさんの葛藤や苦労があって今の彼女が出来上がってることを知って、本当に芯の強い女性なんだな、、と思ってそこからますます彼女に惹かれていって好きになった。
彼女が目指してた企業がその業界では最大手のところで難関だったから、ESの添削も何度もしたし、電話で連日深夜まで面接練習をしたり、、彼女も言ってたけど、二人で支え合ったからこそ内定を勝ち取れたんじゃないかな
自分はこれまで他人を頼って弱い部分を見せるのが苦手だったが、
(前の彼女もこの性格が原因で相手に頼られっぱなしなのが辛くなって別れた)
彼女が自身の弱い部分を、自分を信用した上で見せてくれたのが嬉しくて、自分も彼女には、たかだか20数年の人生かもしれないけど、その中の本当に辛かったことまで全部包み隠さず話せた。
その上で、過去の無かったことにしたかった出来事も、ちゃんと今の自分の成長に繋がってることを彼女が腹落ちさせてくれて、本当に嬉しかった。感謝してもしきれないくらい。
それくらいお互いのことを深く分かり合ってる仲だと思っていた。
完全に就活だけの繋がりってわけでもなく、一緒に温泉に行ったりパンケーキ食べに行ったり、デートっぽいこともしてた。
LINEで「ここまで私のこと理解してくれる人にこれから先出会える気がしないわー笑」とか言われたら、、もうね
あーーー、胃液が上がってくる
で、今日。
就活お疲れさま会みたいな感じで二人で飯食いに行って、その帰りに公園で
「このタイミングでちゃんと伝えておきたい事があるんだけど、、」って切り出したら、
「ごめん、それはやめよう」と言い捨てられて駅まで走って逃げられた
就活が終わるまでは自分の中でちゃんとケジメを付けて溜め込んでおいた気持ちを、勇気出して相手に伝えようと思っていたのに、、ちゃんと向き合って聞いて貰うことさえ出来なかったのは本当に深く傷ついた
今まで色々腹を割って話してきたことが全部嘘っぱちみたいに思えて涙が止まらなかった
その後電話で話して、傷つけるのが怖くてその場を立ち去ってしまった旨を謝られた。
「大切な友人だけど、それ以上は思ったことがない」
ってことを何度も謝られた上で最後に言われた。
これから先いったいどうしたら、、
恋愛経験は少ない、前に3年近く付き合った彼女が一人いるだけ。告白してフラれたのは今回はじめて。
まだ会って直接話した訳じゃないし、思ってた期間も長いからそんなにすっぱり諦めきれる気がしない
これは引きずりそう、、
1.期間を空けて何度も再挑戦
2.とっとと切り替えて次、次
3.友人として気長にアプローチ
どれが正しいのかも分からん
迷える子羊にご教授下さい。
セックスが怖い。したことがない。好きな人とでも、したいとは思うが、いざそういう流れになったら怖いし、悲しくて泣く気がする。
何が怖いのか。たぶん、自分の知らない感じに相手が変貌するんじゃないかとか、自分の気持ちは無視されるのじゃないかとか、セックスしたらもう「用済み」という態度でないがしろにされるんじゃないかとか、羞恥心で死にたくなるんじゃないかとか、そういうのが怖い。
信頼関係ができていて、相手は私を大切にしてくれると確信が持てるとき、セックスできるかもしれない。
なんとなく、してみたい、で出来る年齢は過ぎている。
人が信用できないことと関係してる気がする。絶対守ってくれるし、大事にしてくれている、私を宝物だと思ってくれているならなんと幸せなことだろう。この関係でのセックスって理想。世のカップルは、大半が最初はそういう感じでスタートしているんでしょう。すごい幸せ、想像できないほどの多幸感でそれこそ死んでしまいそう。
セックスしなくていいややっぱ。それより、信頼関係を誰かと築きたい。どうやって築くんだろう信頼関係。なんか、大事にされてないという感覚がずっとある、誰に対してもある。両親にも兄弟にもある。だから、ちょっとでも大事にされてないきざしがあると、今までのことをリセットして「やっぱり大事にされてない」と思う。この人用心しなきゃ利用されるだけだぞみたいな。この人は私を傷付けて安心するタイプだぞみたいな。
誰かに思いっきり、甘えてみたい。「 別に大丈夫ですよ」とか「気にしないでくださいすみません」とか「感情的になってしまってごめんなさい」じゃなくて、思い切り「大事にしてくれなきゃヤダ」とか「私はこんなに好きなのにバカみたいじゃん」とか「愛して。優しくしてほしい」とか言いたい。私は、お姫様みたいに扱われたかった。一度でいいから。なんでお前に私がそんなことしなくちゃいけないんだバカかなんて言われたくなかった。泣きたくなってきた。誰かに大事にされればセックスできると思う。辛い。