はてなキーワード: 元凶とは
私はアレルギーが結構多くて、軽度のアトピーとか慢性副鼻腔炎とかがちっちゃいガキの頃からの持病で、おっきいガキになった今もまあまあ悩まされてる。それに対して、くしゃみするとか体をゆする度に「ごめんねぇぇぇぇ丈夫な体に生んでやれなくてぇ」と、本気で悲しんでるような声で母親は言う。そんなどうしようもないことを謝られても、こっちが罪悪感で嫌になってくるし、母親の前ではくしゃみとか体を動かすことすら躊躇してしまう。言われたほうが嫌になる、何度辞めろと言っても、「母親失格だぁ」「本当に情けない」みたいな言われた側が萎縮するくらいの嘆きをぶつけてくる。ホント勘弁して欲しい。
そんな母親のせいではない、どうしようもないことばかり謝罪するのに、この母親は自分のせいなことは一切謝らない。完全に兄が原因で、私が怒っていたのに対して、母親の勘違いで私をぶっ叩いてきた。状況を説明しても「また増田が言い訳してる」みたいな顔して無視して、兄もさすがにマズいと思ったのかちゃんと説明したタイミングで「じゃあ増田は悪くなかったんじゃん!」みたいに何故か怒るような口調で叫んで一切の謝罪もなく無視に戻るという酷いムーブを決める。「親としてじゃなくて人としてどうかと思う」って心から出てきた言葉に対して、ものすごい発狂してた。「今まで育てた恩」「人として駄目なら飯なんか作るか」とか叫んでた。本当に人としてどうかと思う。こんなゴミクズ兄弟2人も育て上げたんだから親としては頑張ったんじゃない、人間としてはクズの再生産だから褒められたことじゃないけど。
で、職場にこのタイプの奴がいるんだよね。チームリーダーなんだけど、部下のチーム(私含む)の仕事が失敗して遅れて凄く申し訳なく思ってたんだけど、全責任リーダーが被って、本当に元凶の我々を一切責めずに「自分の責任」と思ってるみたい。でもそのリーダー、自分のミスは徹底的に隠すし、別の人のせいにするし、たまに部下のせいにするんだよね。リーダーとして尊敬はするが、やっぱり人としてどうかと思う。
こういう人らって、どういう思考回路してたらそうなるんだろう。
小6の時に痴漢に遭った。
静かな住宅街で人通りはない。
蝉の声に混じって、背後からバイクのドッドッドッという音が聞こえてくる。
私の歩く速度と同じぐらいの速度のバイク。
近くでバイクを停めようとしているのかな?と思っていたが、視界の左端にバイクが入りこんできた。
さすがに違和感を覚えて隣を見たら、バイクに乗った20代と思しき男性が私の左胸をもみゅっと揉んだ。
驚きのあまり声も出ず、バイクが前方のY字路の右の方に走り去っていくのを呆然と眺める。
とにかく学校に行かなくては、と歩き始めてしばらくすると、今度はY字路の左の方から痴漢がこちらへ向かってくるのが見えた。
走って逃げても追いつかれるしどうしようどうすればと考えているうちに、痴漢は私の真正面にバイクを停め、私の胸にまたしても手を伸ばしてきた。
私はその手を払う。痴漢はまた手を伸ばしてくる。また払う、払う、払う、払う、払う…それを何度繰り返したかわからない。
鋼の錬金術師で、真理の扉から這い出てくる無数の手に”持っていかれる”シーンがあるけれど、この時の痴漢の手はまさにそんな感じだった。
どうしてそんなに胸が揉みたいのか、訳が分からなかった。
執着心が怖かった。
手が汗ばんでいる。
日差しがきつい。
木陰の葉っぱの模様が手の甲に浮かぶ。
蝉の声がうるさい。
震えながらも「やめろ!」と大きな声で叫んだら、痴漢はY字路の下の方へと逃げ去っていった。
机の上に置いてあった筆箱をわざと落とされたり、貸した消しゴムを全部使っちゃったと言って返してくれなかったり、通りすがりに肩をぶつけてきたり。
半年が過ぎたあたりで席替えがあり、彼の隣の席になってしまった。
他の子と席をトレードしているところを見かけたから、偶然ではない。
授業中もしつこく絡まれて最悪だったが、近くの席の女子が彼の発言に本気で怒ってくれて、その後彼は担任の先生にも叱られていた。
それからは関わることがほぼなくなったが、また別の男子による好きな子いじめに遭った。
ひとつひとつは些細なことだったが、さすがに半年以上続くと心がじわじわやられていく。
これが好きという感情によるものなら、一生誰にも好きになってほしくないと心の底から思った。
学年が変わる頃には、男性に性的感情はおろか恋愛感情を抱かれることすら嫌になってしまっていた。
学校の近くによく出没した、携帯電話を耳に当てながら自分の性器をいじっていたお兄さん。
電車で隣に座って寝たふりをしながら、膝上の鞄の下から手を伸ばして私の太腿を触ったおじさん。
自転車に乗って、下半身を露出させながら話しかけてきたお兄さん。
久々に会った時に急に胸を触ってきて、「小さいな」と言った親戚のおじさん。
男性だけが死ぬウイルスや毒が発明されないかなとか、男性全員の性器を刈り取って回りたいとか、とにかくこの世の男性全員死ねと思っていた。
男性に好かれないための弛まぬ努力を続け、私の中学・高校生活は終わった。
当時の私は人間がこの世をどう解釈してきたのかに興味があり、哲学や宗教、その他ジャンル問わずいろんな本を読みあさっていた。
男友達ができた要因はいくつかあるが、仏教思想に触れて精神的に落ち着いたことが大きい。
私に痴漢してきた男が、実際にその報いを受けるかどうかは重要ではない。
そう信じることで、自分以外の何かに託すことで、憎しみを手元に置いておかなくても済むのだ。
自分で裁かなくてもいいと気付いてからは、男性を攻撃する気持ちが薄れていった。
そして男友達のおかげで、私は男性に対する偏見や固定観念を少しずつ捨てることができた。
彼と将来の夢を語り合ったことを今でも覚えている。
それでも、駄目だった。
季節が一巡して、彼が私に恋愛感情を抱いていると知ってからの、拒絶反応はすさまじかった。
彼と姿かたちが似ている人を見かけるだけで、怖くて気持ち悪くて息が止まる。
これは男嫌いじゃなくて男性恐怖症なんだ、とその時になってやっと気付いた。
彼と直接話をすることはとてもできなかったので、手紙をしたためた。
昔痴漢に遭ったこと、男性に恋愛対象として見られることが怖いこと、これは私の問題で彼は何も悪くないこと、彼の幸せを願っていること、これから私は1人で生きていくだろうこと。
そうしたら手紙でお返事が来た。
私を責める言葉はひとつもなく、最初から最後まで優しさにあふれていた。
私の過去と現在を受け止めて、真っ暗な未来に蝋燭を灯してくれるような。
『これから先、笑って、泣いて、怒って、楽しんで、可能性は誰にでも平等だと思う。現実はこんなだけど、先は分からないよ。』
本当に誰よりも、私自身よりも信頼できる人だった。
だからこそ、それでも駄目だった、という事実が重くのしかかった。
大学を卒業してからは、夢だった職に就いて仕事に没頭している。
今では性別に囚われずに、人と関われるようになったと思う。
初対面の男性に対しては目が泳ぐこともあるけれど。
恋愛感情を抱かれても告白されても、もう男性に対して気持ち悪いとは感じない。
同じ気持ちになれなくてただ申し訳ないと思う、自分の変化に驚いた。
今でも、背後からバイクのドッドッドッという音が聞こえてくると、呼吸が乱れる。
自動販売機やポスト、誰かの家の前を通りがかる時などに、極稀にそういう場面に遭遇する。
その度に鞄を胸に抱えてやり過ごしては、私はまだ大丈夫ではないと思い知るのだ。
痴漢に遭うよりも前、好きな男の子とポケモン交換をして笑っていた私は、どこに行ってしまったのだろう。
私の中にあるはずの恋愛感情は、眠っているのか壊れてしまったのか、分からない。
それを自然なことだと信じて疑わない人たちは、さも不思議そうな顔で「結婚する気はないの?」と聞いてくる。
それ以前の段階で躓いてしまった私には、その選択肢すら頭に浮かぶことはない。
胸ぐらい揉ましてあげればいいじゃないか。
男女問わずそう言う人をこの目で見てきた。
それが生きる知恵だとでも言いたいのだろうか?
ただただ痴漢にとって都合がいいだけで、私やあなたを救いもしないのに。
これは胸とか尻とか、体の部位の問題ではない。
許可なく体を触ってもいい、自分の好きにしてもいい存在と見なされることが、どうしようもなく耐えがたいだけだ。
その手が今、偶然にも私に伸ばされていないだけだ。
自分で選んだ覚えもない人間という種に生まれて、人間扱いをされたりされなかったりする。
こんな馬鹿げた話があるか。
私も人間だ。
それだけのことがどうして難しい。
いっそ心ない畜生ならよかった。
命すらなくてもよかった。
私が痴漢に遭ったことも、私が生まれたことも、この世に溢れるたくさんの嘘のひとつなら、どんなにかよかっただろうに。
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この文章は性犯罪の被害者へのセカンドレイプが、今ほど問題視されていない頃(とはいっても数年前)に書きました。
当時投稿しなかった理由は、エイプリルフールに投稿しようと思っていたのに、エイプリルフールまでに書き終わらなかったからです。
次の年にはすっかり忘れていて、最近蝉の声を聞いて存在を思い出しました。
読み直していたら涙が出てきたので、もうこのまま当時の文章のまま、えいやっと投稿します。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
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結局この人はどうしたいんだろう?どうなりたいんだろう?
どんな人にも、あの時こうしていたら、あの時ああしていなければ、などの過去のたらればがある(あった)と思います。
私の場合、最も頭の中で繰り返したたらればが、小6の時に痴漢に遭わなければ、だったのです。
でも時間は不可逆で、その願いが叶うことはないのだから、どこかで現実を受け入れる必要があります。
そのための行為が文章に一切合切吐き出すというもので、内容は自分が思っていた以上にどろどろしたものでした。
こんなの毒状態で生きてきたようなものじゃないか?と半ば呆れました。
増田に投稿したのは、客観的な意見を聞いてみたかったからです。
この文章は私にとっては私の半生ですが、結局主観でしかありません。
結果としていろんなコメントをいただけて、自分を見つめ直す良い機会になりました。
私は穏やかに暮らしていきたいです。そう言葉にした時に、今の暮らしはまさに穏やかじゃないか?と思いました。
今日は観葉植物の植え替えをして、ちょっと掃除機をかけて、ごはんを食べながら姫様拷問の時間です(ギャグ漫画です)の最新話を読んで、昼寝をして、仕事関係の勉強をして、この追記を書いています。
今は自粛中なので、時機を見てカウンセリングに行ってみようかなと思います。
学生の頃はお金がなくて、その選択肢が浮かんでは消えていました。
2人目も女の子だったから、増田ちゃんが生まれた時お父さんはパチンコに行っていた、と母から何回か恨み言を聞かされていました。
二次性徴が始まった頃、自分が父の望んだ男の子ではなく女の子であるという現実を突きつけられ、自分の性別をうまく受け入れられませんでした。
そんな折に痴漢に遭ったので、余計にショックが大きかったのでしょう。
余談ですが、私が高校生の頃、姉からブスというあだ名で呼ばれていました。おい、ブス!みたいな感じです。
母からお見合いの打診を受けたことをきっかけに家を出ましたが、まず家に問題があったなと今改めて思います。
因果応報でググってみましたが、確かに自分の都合のいいように独自解釈して歪めていますね。
少なくとも自己責任と同じように、他人に対して向ける言葉ではないと思いました。
ご指摘ありがとうございました!
私に痴漢した男性も、誰かにやられたダメージを私に返したのでしょうね。
男友達が私を許してくれた時に、私も私に痴漢した男性のことを許そうと思えました。
でも本当に許せているのか、今も自信はありません。
友達とおパ島や32歳の話をたくさんしていて、書きたくなったので、私の神の事を書きます。
はじめに。私達のジャンルは、連載が少し前に終わったちょっとマイナーな雑誌の連載漫画です。
神はその中で絵がとても上手で、私達は神に推しを描いてもらうことが楽しみでした。
人数は多くなかったけど、全員身内のようになっていたので、グループで楽しくワイワイしていました。
それぞれ好きなキャラは違ったけれど、とても仲が良かったんです。
神はジャンルのキャラ全体を愛していて、リーダー的な存在でした。
神が特に好きなキャラが好きなメンバーはいなかったけど、それでも私達は同じジャンルというだけで仲が良く、
みんなで昔のなりチャみたいなものをしたり、コス合わせをしたり、よくリアルで遊んだり、みんなで集まったりしていました。
ある日Aという人物がジャンルに現れて、この日から私達の関係がおかしくなっていったのです。
以前、連載のはじめの短期間いたAという人物。アカウントはあったけど、動きのなかったA。
作者に動きがあり、戻ってきた。(別の作品がでるかもしれない、そこで元のキャラが出る可能性がある)
Aの好きなキャラは神と同じ。
神はAのファンで、今でもピクシブを時々見ていると言っていた。つまり神の神がA。
最初は神はすごく喜びました。でも、Aを見ているうちにいろんなことがおかしくなりはじめました。
神とAとあともう一人のメンバーの共通の知り合いに、ジャンルの悪口ばかり言って去っていったBという人物がいて、
一時期神もBと会ったりしていましたが、このBは性格が悪く友達の作品をけなしたり他人をけなしたりする人でした。
(Bはそれ以外でも他人や色々な漫画などをディスっていて性格が悪い)
流行のジャンルを追って、手のひらを返して公式をディスって消えていったB。
元々Aにすり寄っていて神はあまり好きではなかった、BがAといまだにつながっているらしいのです。
(Bはほぼ全員から切られている。交流の少ないAは知らなかった?)
それでも神の機嫌が良い時は興味のない話だったけどまだよく。
神のTLなのかAのTLなのか分からないくらいにAのRTをしていて正直どうでもよかったけど。
・Aが推しを描いていた。
・Aと話ができた。
でも、そうでない時もあって。
・AがBと繋がっている、この前もBと遊んでいた。(AとBは家が近所)
・Bはおパ島。Bを追い出したいがこれ以上追い出せない。Aと交流を持たないでほしい。
・Aが別のキャラにハマった。そっちの人と仲良くしている。
・Aがいま流行のソシャゲを始めた、ジャンル移動したらどうしよう。
ぶっちゃけ神以外Aに興味がないので、Aの話をする神にメンバーも困惑して。
なぜかそこでAを私達のグループに誘うことになり、私達は神が元気になってくれるなら…という思いで同意しました。
でも、Aはあっさりと「公式を追うので忙しい」と断ったんです。あまりに協調性がなく私達もびっくりしたんですけど。
正直、RTもいいねもAより神のほうが圧倒的に多いし上手いのに、神がなぜAの作品を追うのかわからない。
神はメンバーの好きなキャラを描いてあげなくなって、神の他に神を持つ子は困りすぎてちょっと距離を置き始めて、
あんなに仲の良かったグループが少しずつよそよそしくなり始めました。
なんで、みんなの神なのにこんなになっちゃったの?
私達が気を遣って神の好きなキャラの話を振っても、その時だけしかのってくれない。
早く元の神に戻ってほしい、というか、AにもBにも消えてほしい。
僕は昔から現在にかけて「男性向け・女性向け」ジャンルの作品/コンテンツを両方それなりに摂取している。
しかしその過程で僕は「女性向けコンテンツ」に辛さを感じるようになった。この記事ではその話を綴っていこうかと思う。
体験と気持ちを具体的に述べてくのでちょっと長い。時間が余った暇つぶし程度に読んで欲しい。
僕自身はオタクコンテンツかどうかに関わらずあまり物に男性向け・女性向けをつける必要はないと思っている立場だ。
何故なら、それを好むことに生まれ持った性別など関係無いし、実際(特に最近では)その表記関係なく両方の性別の人間が楽しんでいるコンテンツは多くあるからである。
しかしながら、両方を楽しむオタクをやっていく中で、この表記が必要不可欠かどうかは置いといて、"正しい"ものではあるということをひどく痛感した。
僕は小さい頃からジャンプや特撮や美少女深夜アニメを楽しんできた主に男性向け作品を楽しんできたタイプのオタクだ。
そんな中女性向け作品に初めて触れたのはアニ横・学アリといった人気もクオリティも高い、男性が楽しむにも敷居が低い少女アニメである。
そして本格的に女性向けコンテンツに手を出したのは恋愛シミュレーションゲームにハマっていた中高生の頃だ。
この頃は有名どころのギャルゲはそれなりにプレイしていて、それまで感じたことのなかった二次元キャラと自分との奇妙な関係性に衝撃を受けていた。しかもギャルゲ黄金期とも重なり良質なストーリーの作品にも恵まれ尚のことギャルゲにのめり込んだ。
そんな中ひょんなことから乙女ゲームである「緋色の欠片」というゲームを知る。
そしてこのゲームと会ったことが、僕が自分の首を絞め続けることになった元凶となる。
きっかけはYouTubeに上がっていたMADだ。その頃ハルヒと銀魂にハマってた僕は、杉田さん経由でたまたま緋色のMADを見かけた。初見は正直MADに組み込まれていたセリフで ああ乙女ゲームね(笑)とはなった。しかしギャルゲもやり尽くした感があった頃だった事や、犬夜叉を彷彿とさせる世界観に興味を持った事(結局全然違ったが)、ストーリーも面白そうで公式サイトを見る限りドストライクの女キャラがいた事もあり購入を決意した。
で、やった。
ストーリーの面白さもさることながら、女性向けという感じはあまりしない絵柄やキャラデザ、(描写に賛否あるものの)バトルも多いので馴染み易かった事、女性キャラも結構出てくるので読みやすかった事、美鶴ちゃん、など多くの要因が重なりあまり女性向けゲームという印象を強くは受けず、かなり楽しめた。あと中二病的固有能力設定にどハマりした。家で手に紋章とか書き込んでた。俺も風を操って真空の刃で敵倒すんだ妄想を授業中してた。
さて、ここで僕は「乙女ゲームも意外とイケるじゃん…?」という心境になった。そして他にもないかなと探し始めたのだが、まぁなかなか緋色並みにバチんと第一印象でくるゲームが見つからない。同じ絵師のゲームもあったがこちらはちょっとキャラデザと設定がやろうと思うに至らなかった。結局、探していくうち絵柄と設定があそこまで俺的敷居が低く印象が良いものは稀だったんだなと知った。
乙女ゲームという俺の中では手を伸ばすには異端ジャンルをやる上で、それを乗り越えてでもやりたいと思うほどの第一印象は大事だったのだ。
(あくまで僕の"第一印象"の話なので勿論神ゲーはいくつもある)
緋色がたまたまだったのだ…と思いつつ緋色の面白さを引きずっていた僕は、今までのオタク活動もそのままに緋色の新展開や新作乙女ゲーム情報を細々と追っていた。
さて気付かぬうちに首を絞め始めたのはこの辺りからだ。
この頃展開していた緋色のコンテンツは主に続編ゲーム、ドラマCD、アニメである。
ドラマCDはギャグ展開のものが多く大いに笑っていた。しかしたまに挟み込まれる恋愛要素や女性向け的台詞にうん…みたいな気持ちに僕はなっていた。
今思えば、いや今思わずとも、当たり前に当たり前の要素ではあるのだがなんか違うんだよな〜などと思っていたのだ。そもそもゲームにもそんな要素は当たり前にあった筈なのだが、出来上がったシナリオに必要不可欠な要素の一部として享受していたんだろう僕は、そこを強調されてもみたいな気持ちだったのだろう。
でもまぁこの時の僕はちょっと違和感程度で意識するほどは思ってなかったと思う。
そんな中、「夏空のモノローグ」という乙女ゲームが発売される。
緋色以降結局プレイに至るゲームは緋色の続編である蒼黒しかやってなかった僕だが、このゲームの広告一枚絵に衝撃を受けた。
儚げな少女と普通の男子高校生が佇む、爽やかでありつつどこか俺がのめり込んできた泣きギャルゲを感じさせる絵。
これは良いぞと公式サイトを見た。キャラデザ、ストーリー、沢野井…これは俺でもイケる、絶対面白いとそう思った。
また僕がその公式サイトを見たのは発売直後だったのだが、そこにはシナリオライターが発売に寄せる文章も載っていた。
そして多分これが1番の決め手になったのだが、そのシナリオライターめちゃくちゃ見たことのある名前だったのだ。それは緋色のナンバリングタイトルである翡翠リメイクの公式サイトで見た名前、西村悠さんだった。
翡翠リメイク公式サイトにて西村さんがこのリメイクにかける想いをとても丁寧に具体性を持って綴っていたことはかなり強く印象に残っていて、とても誠実に物作りをする方だなと思ったことを覚えていた。
だから、この夏空のモノローグという作品には信頼を置いていいと強く思い、購入を決意した。
とにかくこれぐらい強く想わない限り女性向けゲームに手を出せなかった僕だが、結局この夏空は神ゲーだった。
シナリオ音楽背景etcが神なのは前提として、この記事的にいうとゴテゴテしてないキャラデザと馴染みやすい絵柄、恋愛を主軸としながらも木野瀬をはじめかなり共感できるキャラクター達の葛藤…など、これもまた女性向けゲームという敷居を低く感じさせる作りで、とてもハマった。
スタッフブログにて登場するディレクターやシナリオの西村さんが男性だったのも馴染み易かった一因かもしれない。
やっぱり女性向け作品でも良いのは良い…!そう想いを強くした僕だったが、ここで衝撃の事実を知る。
夏空のモノローグ、当時めちゃくちゃ売り上げが低かったのだ。
今でこそ根強いファンを抱えるこの神作品だが、恐らく乙女ゲームを求める女性ユーザーには第一印象は良くなかったんだと思う。何故なら僕がうーんと思っていた絵柄や設定こそが求められていたものだったからだ。
よってこれ以降、このブランドから夏空のような素朴な絵柄や雰囲気のゲームはほとんど発売されていない。多分。俺基準かも。あったらすまん。
しかし人間は成功体験を忘れられない生き物で、男性向け作品に染まりきった僕でも楽しめる作品が乙女ゲームにはある…!とかなりこのブランドの新作情報は追っていた。
何より、1人のキャラの格好良さや魅力や葛藤を長編シナリオをかけて描写してくれる乙女ゲームという媒体は他の作品とは違った体験をくれるもので割と唯一だった。
結局僕が夏空以降にプレイした作品は、緋色のナンバリングタイトルである「白華の檻」と「Code:Realise」の2つである。
どちらも同じディレクターとシナリオライターが関わっており信頼のもと購入しそして信頼を上回る作品だった。
世界観やストーリー、作品描写が本当に良く、根強く心に残る作品であり大好きだ。
しかしながら、正直絵柄はどちらも若干苦手で(いや勿論めちゃくちゃ綺麗で素晴らしいとしか言えないのだが)"女性向け!"と思うものだ。
また他媒体展開においても、特にコドリア(Code:Realize)は発売から社をかけて運営されていたのもあってか、女性向けに満足度の高いものが多く展開された。
ドラマCDの内容や商品展開や続編の展開では女性向けのコンテンツなんだという事を意識させられるものが多く、求めてないなぁ…なんて思ったし、リアルイベントなんかはもう完全にそうなのであー…違うんだよな…となった。
こうして夏空からコドリアにかけゲーム内容も展開内容も段々と自分の求めてるものからかけ離れていくと感じていた中で、あぁ俺が求めてる作品はもう出ないんだろうな…どうして変わってしまったんだろう…と思うようになった。
そして割とマジで気がついてなかった、緋色から少しずつ感じていた違和感の原因に、ようやく気がつく。
そうなのだ。
…そうなのだ…。
そうなんだよな…。
いや勿論女性向けコンテンツで乙女ゲームということは分かっていたけれど、自分がマジで対象外だったそうだったという当たり前のことになぜか気がついていなかったのだ。本当に。あれだけ女性向けは食指を伸ばしづらいと思っていたにも関わらず、だ。
なんか求めてないんだよなと思ってはいたけれど。そう…そうなんだよ…俺、対象外なんだよ。
作品がどれだけ僕にとって凄い良くて、取っつきやすい作品性であっても、その後の展開はそりゃ女性向けに振るしそれが求められているのだ。何より夏空から段々とゲーム内容や他媒体展開の女性向け的色が濃くなったコドリアが圧倒的売り上げを誇っているのが何よりの証拠だ。
この事に気がついてから、コドリアをプレイしながら何度「俺はお前達と少年漫画で出会いたかったよ…」と思っただろうか。もしそういう環境下でこの作品が生まれていたらここの描写はもっと違ったんだろうか、とか、俺はもっと楽しめていたんだろうか、とか、と。
まぁでも
恋愛要素抜きにしても少年漫画じゃ絶対こんなの通らないし俺も読まんと思う。
それが答えだ。
このゲーム達は乙女ゲームという環境下でこそ生まれた神作品だ。
物語の終わりが保障されていて、信頼のおけるシナリオライターが書いていて、キャラクター1人1人の良さをじっくり知れて、様々な男性キャラクターが主軸になりいろんな視点から物語を進めていけ、最高の背景や音楽の下、快適なプレイ環境でやれるのは乙女ゲームでありこのブランドならではなのだ。
俺は本当にやるせない気持ちになった。
好きな作品のマーケティング対象外である事はよくある事だと思う。例えば僕は東映特撮も好きだがあれは対象は子供だし、プリキュアおじさんなんて言葉は正にその象徴たるものだ。
こんなに良い作品でこんなに好きなのに、だ。
僕自身はゲームの内容に満足しつつもその後の展開には満足できず、その内女性向け色が強くなったゲーム内容も楽しめなくなってしまったのだ…。
つまり
という
俺が悪い。俺が悪かった…。
今現在ではシナリオライターさんもブランドから離れていることも相極まって全く乙女ゲームには手を出していない。
好きになっちゃいけないのに好きになっちゃうみたいな悲恋エンドだからこんなん。
さて、
最近ではオタクコンテンツはアプリゲームが主流になりつつある。
女性キャラクターが際どい衣装を着て出てくるゲームや男性キャラクター同士がクソデカ感情をぶつけるゲームなど、以前より更に男性向け女性向けという意識が強いコンテンツも多くなった。アプリ課金という性質から単発的娯楽を提供するものも増え、終わりなき物語が量産されている。
しかしながらそれと同時に、アプリという手軽さや物語が終わらないという解釈の自由度が増した事により、男性向け女性向けに関わらずいろんな人が楽しむような時代になっているようにも思う。
また、僕の周りの友人達に割とそういう男性向け女性向けを超越するオタクが多くいた事もあり、やっぱり良いもんは良いんだよな…と改めて思っている。
けれど、(僕の場合は極端なコンテンツだったからというのもあるが) やっぱり男性向け女性向けという表記は商売である以上正しいしある程度は必要なのだとも思う。
僕自身は普段は出会うはずもない完全対象外の作品にハマってしまったが故の苦悩だった。
でも出会っちゃうもんは出会っちゃうし、良いもんは良いし、オタクは理性効かない。
この中途半端な立ち位置に居がちなオタク達はきっと事象は違えどいっぱいいるし内に抱える問題はきっとまだある。
【余談①】
尚僕は現在、男性向けコンテンツに出てきた男性キャラクターに傾倒したりもしている。
でも別にそういうんじゃなく女性キャラクターも普通に好きだし、格好良いものは格好良いな〜ってやりたいだけなんだけれども。
ただこのキャラクター今は女性向け作品に主に登場するようになり「アッ!ン!!違うんだよな!!!」というのをたまにまた繰り返しているところだ。
でもそれを上回る満足度の高いコンテンツなのでやっぱり出会えて良かったなと思っている。
【余談②】
この記事とズレるので余談とするが、前々から好きだった作品に最近別の層が流れ込みそこが消費者の主流になり、作品全体のターゲット層が変わり僕もターゲット層から外れだしたという出来事があった。これもまたオタクが抱えがちな難しい問題である。
経済学というか、社会の基本原則があるんだけど新自由主義が全体としては誤りなんだよ。
内容としては一度企業が大規模経済危機を迎えて保身に入ったら、金を溜め込んで景気を落とし、設備研究投資をしなくなることにより産業がズルズル弱まっていく。それなのに政府が何もしないほうが良いと景気悪化と産業劣化を放置する。
本来は産業空洞化とリストラを防ぐために、財政出動をし、そして企業を低貯蓄・高設備研究投資に導くことをしないとならないのに、むしろ首切りを加速し景気悪化を一層加速させた。痛みに耐えたあとの成長なんてなかった。
成長はどんどん落ちた。氷河期世代は小泉竹中の時代に社会に出た人間たちであり、氷河期世代を生んだ元凶。その象徴があのおっさん。
また財政破綻は外貨借金によるものであり、自国通貨建ての借金では直接は起きない。それなのに無理に自国通貨建ての財政均衡を狙って不景気を一層深める。
それから経済学は新自由主義一つではない。ケインズ社会主義やマルクス社会主義もある。
1990年までの日本が強い時代の経済学はケインズ社会主義であって新自由主義ではない。
大きく言うとまず国自身が日本の金の流れを調整する必要があるということ。そして民間の競争に委ねられず、独占で弊害が起きるものはやっぱり国が制御する必要があるということ。
水道なんか完全に値段好きに付けられるし、品質も最低限でいいからね。図書館や博物館なんか顕著だけど、競争がない民間なんて品質考えずに風俗本や数年前の旅行本を図書館に入れようとしたり社員は超低賃金労働でやりがい搾取するだけよ。
売るべき国営財産と言われてるのも果たして本当に売るのが正しいのかということはある。
けど競争がない民間ってのはその事業者になることができれば濡れでに泡の商売なんだわ。社会には害悪なんだけど。そこにとにかく収まって大儲けして害悪なことをしまくるというのがあのおっさん。
河井夫妻の事件について、元国会議員の豊田真由子さんや、金子恵美さんが地元でのカネ配り(先輩議員に地方議員にカネ配れとアドバイスされた)について発言しているので、地方議員側からの話をします。
もともと、業界には与野党問わず「目配り、気配り、カネ配り」という言葉があって、この3つができる政治家が優秀な政治家だとされていました。
でもそんな話は中選挙区時代(~1993年)であって、今はこの言葉すら死後になっています。
今の話をする前に、すこし中選挙区時代の話をします。カネ配りはこの時代に盛んに行われたので。
中選挙区制は選挙区の人口によって定数が決まっていて、選挙の上位2人~6人くらいが当選します。なので、ひとつの選挙区から同じ政党の候補者が何人も出馬します。たとえば群馬3区では当選議席数が4で、自民党からは3人(福田、中曽根、小渕)が出馬します。
有権者や、地方議員からすると、同じ自民党の候補者なので、3人に基本的に政策に違いがありません。3人の候補者は政策的な差別化が図れないので、「あの道路は俺が作った」みたいな、どれだけ予算を地元に持ってきたか(利益誘導政治)がアピールポイントになります。さらにその先が、直接的なカネ配りだったり、選挙事務所での食事だったりするわけです。とにかく政策では差がないので、政策以外の差が得票になるのです。
旧群馬3区では選挙メシも有名でした。福田料亭、中曽根レストランとwikipediaの「上州戦争」でも書いてありますね。私の選挙区でもオヤジの話を聞くと、昔は選挙事務所で鰻重が出た、なんて聞きます。うなぎ食べたい。
参議院の選挙は都道府県によっていまでも中選挙区制なので、制度的にはこうなりやすいです。現に河井さんの広島も改選2議席で、自民から2人でたからね。しかもアンリさんは新人で実績(利益誘導)をPRできないから。
戦後、そんな選挙がずーっと続いていたのですが、1988年のリクルート事件が発覚して、カネと政治をめぐる事件が立て続けにおこりました。それで、なんでこんな金権政治になるんだろうと考えたところ、中選挙区制が原因じゃろう、となったのです。
派閥の親分が無理してカネを集める→系列の国会議員に配る→地元でカネが飛び交う のが中選挙区制の行きつく先だったのです。
それでついに1993年の選挙で自民党は大敗し、細川護熙内閣が誕生します。細川内閣は、政策も理念も異なる8会派が集まってできた内閣で「8頭立ての馬車」、7政党に大臣ポストを振り分けたので「レインボー内閣」なんて言われました。この内閣の唯一の政策の共通点は「政治改革」で、結果としてこの内閣のもとで中選挙区制をやめて、小選挙区制にします。
このときに行われた政治改革のポイントは2つです。1つは小選挙区制(1つの選挙区に各政党は1人しか公認しない)にすることで、カネではなく、政策で勝負する選挙構造にすること。もう一つは政治献金に大きな規制を設けることで金権政治の元凶であるカネ集めをできなくする、その代わりに税金から政党交付金(約300億円)をつくってこれを各政党に分配するということでした。
この政治改革から約30年、選挙は確実に変わりました。カネ配りも、選挙事務所での豪華メシもなくなりました。石破茂さんも雑誌とかメディアのインタビューで「小選挙区になって、お金は確実にかからなくなった。誰でも議員に挑戦できるようになった」、「中選挙区制だったら私は議員を続けていられなかっただろう」って何度も言っています。そりゃそうだよね、自民党から1人しかでないなら、カネ配んなくても地方議員はその人応援しないといけないもん。
だから、我々自民党の地方議員も、河井夫妻の事件をみてビックリしています。なんて昭和なんだろうって。うちのじいさんのときの話みたい。
んで、本題に入りますが、もちろん、地元の代議士からお金をもらうことはあります。年間10万円くらい。
正確には、党勢拡大のための組織活動費として、自民党選挙区支部(代議士が支部長)→自民党地方総支部(代議士か県会議員が支部長)→自民党市町村第XX支部(増田が支部長)という形でお金がきます。このお金は政治資金規正法に則り、年にいくらもらって、年にいくらつかったかを報告義務があり、その収支報告書はウェブでも公開されています。もちろんお金を受け取ったら領収書を発行します。
地方議員は国会議員と違って、給料以外の集金の手段(政治資金パーティーや政党交付金)を持たないので、基本的に活動はすべて自腹です((野々村竜太郎県議が城崎温泉に行って有名になった、政務活動費という税金が原資の経費があるが、一連のスキャンダルで使途についてチェックがえらく厳しく、文房具か交通費か広報紙くらいにしか使えない。せめて議員として招かれる団体の会合の参加費には使わせてほしい。))。一方で国会議員は給料以外に、文書通信費で1200万、立法事務費で800万、派閥から数百万、党本部から2000万(政党交付金)、パーティーで2000万と、だいたい年間6000万くらい集金できるので、それを原資に活動しています。どこの選挙区でも、与野党問わず、国会議員の支部から地方支部(=地方議員)に組織活動費を出します。代議士は国会が開かれる1~7月、10~12月は永田町に行っていて、週末しか地元にいませんので、その間、地元で党を守り、地域の声を直接聞くのは地方議員ですから。会社組織でいうなれば、本社から支店に補助をだしてるみたいなイメージ。
冒頭の豊田真由子さん、金子恵美さんの発言(先輩議員から地方議員にカネ配れとアドバイスされた)はこの収支に報告義務のある組織活動費の話と、領収書なしの裏金であるアンリさんのお金を混同していて、センスのなさを感じます。きっと、彼女たちはパーティーで集めたお金や、政党交付金を自分1人でガメていて、こうした党勢拡大の組織活動費を地方支部に出さなかったんでしょう。そりゃ落選するわ。
とまあ、河井夫妻の事件は自民党の地方議員もびっくりしているので、当たり前とは思わないでほしいです。
でも、仮にうちの代議士が、去年の統一選挙直後に「当選祝いです。領収書はいりません」といって、30万持ってきてたら受け取っちゃうよなーとはちょっと思う。
選挙ってそれほどつらくて厳しいもの(ほんとに毎回憂鬱になる。新人候補が思ってたよりつらくて途中でやめるのはよくあること)で、カネもかかるから金銭感覚もマヒしているし(普段なら絶対30万なんて怪しいとおもうけど、選挙で多額の金を突っ込んでるから感覚がマジでマヒしている)、当選の直後なんて超絶な解放感で有頂天だし(4年に1回の選挙、オリンピックでメダルをとった感覚をイメージしてほしい)、単純に「あっ、どうも、気遣いありがとうございます」って感じでご祝儀として受け取っちゃう。受け取ったときに「奥さんの集票のため」なんて思わない。広島の地方議員や首長が軒並み「集票のためとは思わなかった」って見苦しい言い訳してるけど(私ですらそう思うから、一般の人からするとマジで見苦しい言い訳にしか見えないだろう)、当事者だったらマジでそう思ってると思う。
昨年放送されたかぐや様は告らせたいというアニメ、既に両想いの主役二人が何としても相手から先に告白させよう!と頭脳戦を繰り広げる鈴木雅之の主題歌が素敵なラブコメ作品だった
今年の四月から第二期が放送されていて勿論録画はしていたけど都合があって中々見れない…という状況だったけど、何故か11話だけはリアルタイムで見れてしまった
生徒会会計の石上くんが、中学生の時自分の勝手な正義感でイケメン彼氏との仲を破局させてしまった同級生大友さんや同学年の女子から嫌われてしまってかなり精神的に参ってしまい、それでも生徒会や応援団の優しい先輩達の励ましのお陰で過去を吹っ切り、大友さんもそのイケメン彼氏のゲスな面を知らず笑顔のままで居られて良かったね!という割と爽やかなグッドエンドのお話だったんだけど
どうもこの大友さんが好きになれない。いや本当はそのイケメン彼氏の荻野君が元凶で大友さんはあわやリベンジポルノをかまされる所だった被害者なんだけども、話の流れも大友さんが笑顔で居れて良かったという物なんだけど
大友さんはクラスで浮いていた石上に積極的に話しかけてくれた優しい女の子である、あの状況で演技が上手くて優しいイケメンの彼氏より時々話す程度のクラスメイトの言う事なんて信じられる訳がない、石上は自分が中傷されようが進学出来なかろうがそれでも大友の笑顔を守りたかったからあれで良い、そもそも大友が彼氏のハメ撮りやその友達からの輪姦される事を嫌がるだろうという事が石上の勝手な想像で荻野や大友はそういうプレイ込みで愛し合っていた、石上贔屓から大友を非難するのは作中で石上を中傷したモブ達と何も変わらない、大友への非難はその大友を守ろうとした石上を非難してるのと一緒だ、石上への悪口にしても普段悪口を言い慣れていない感じがあって良い人である子が伝わってくる、等々まあそうだよなあ…という正論な感想を視聴後に沢山見た
そこら辺の事情を分かった上でああ、自分は大友の事大嫌いだなあ…と素直に思って、理屈として悪い人じゃないという事と感情としてその人の事を大嫌いになるのは全く別なんだなと感じた
大友が荻野にハメ撮りさせなきゃ今回の話は初めから起きなかったんじゃない?また新しい彼氏が出来たとしてもその男が荻野みたいな悪い男だったらまた同じような事繰り返すだけじゃない?
石上側の視点からするとやり方こそ間違ってはいても悪い男と引き離してくれた石上に何も知らないとはいえ唾を吐くような事ばかりするこの女の事は、幾ら本当は優しくて良い子なんですよって言われても好きになれないな
全く関係ないけど「バカになれなきゃ人を愛するなんてできんよ」という言葉を誰かから聞いて、人が人を愛するってそういう事なのかもなあ…とも思った
今から数年前pixiv で絵を描くのにハマっていた。当時は点数制で底辺絵師だった自分はいかに絵を描けど閲覧は100以下、点数は数十点、他の絵がどんどんブックマークされる中自分はブクマゼロみたいな散々たる状態だった。
それでも評価が欲しくて日がな毎日絵を描いていたが上手い絵、アニメ絵、を意識するほど絵は下手になっていった。
人形やモデルをデッサンしてもアニメ絵とリアルの人間は違う。現実の人間を意識すると骨格はゴツくなるしアニメの骨格を意識すると折れるほど細すぎて違和感がする。じゃあどうすればいい?まさに迷走状態。体がかけない。
その頃同時にpixiv はヲチスレという存在が盛り上がっており、やっているのは大概絵師叩きなのだが同時に下手な絵師への風当たりも非常に強かった。正直pixivをオワコンにしたのはこのヲチスレが元凶だと思う。
絵を描かない消費するだけの本来なら最底辺の連中。ただ数が多いだけにその勢力はまるで自分が一番偉いかのような勘違いをして上から目線で人気絵師をこき下ろしていた。pixivでは誰かしら絵師がトレパク疑惑で炎上しているといった状態になり始めていた。対してトレパクでもない言いがかりみたいな理由で炎上している人もいた。
「下手くそw」
そしてしばらくしてまたクレームがコメントで来るようになった。
自分のpixiv には1人のユーザが粘着し2ちゃんねるという地味〜な掲示版で晒しまくっていた。当時はツイッターがそこまでメジャーじゃなかったので地味〜な匿名掲示板で晒すしかなかったのだ。
ただ掲示板を見ている絵師はそこそこ多く、あーこの人痛いよねwみたいなノリで悪口大会が始まっていた。
それからpixiv をやめ、絵を描くのをやめた。ネット上から全ての絵を削除し、ユーザ名で検索しても何も出てこない状態にした。それから数年間絵を描かなくなった。家族からも絵が下手になったと言われたがどうでもよかった。絵なんて仕事には全く使わない。
実はpixiv を辞めたのは炎上とは関係なくて、当時就職した際、会社がアニメや漫画に理解がなく絵を描いていると遊んでいると密告され出世に影響が出るからだった。
絵を描くのをやめて数年経ち、何か趣味が欲しくて忘れた頃になって絵を書き出した。腕は衰えていたので幼稚園児の落書きみたいなのしか描けなくなっていた。
まあいいやと思い適当にアカウントを作って適当にアップしていた。閲覧数は知らないうちに数千になっていてブックマークもかなりついていた。ランキングにも入っていた。
まあ確かに観察眼と構造への理解は高くなったから立体的にかけてるような気もする。バランスもよくなった。
だが胸が熱くなるような情熱はもうなかった。
ランキングに入ってブクマもらって何になるんだろう。金にもならないこんな無価値なものにハマっていた自分も炎上に必死になっていたかつての人たちもなんか馬鹿みたい。