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はてなキーワード: 少年サッカーとは

2019-07-08

anond:20190708091920

こないだの統一地方選なんか中卒で経歴に少年サッカークラブまで書いてる奴いて笑ったわ

2019-05-29

anond:20190528122447

そもそも技術体系が未熟なことかと。

少年サッカーレベルで、ここで指摘されていることを実現するための『技術』を指導できるコーチなんてほぼいないし、

からといって子どもたちが目にする機会が多いプレーヤーでそのようなプレーをしている人も少ない。

(だから海外サッカーを見るべき、という言説までは割と広まってきている)

昔ながらの日本サッカーでは「トラップ」ってのはピッタリ止めれば止めるほどよいトラップってくらいの空気感で、

今もおっさん世代コーチも割とそのクセから抜けてない。

ちょっと進んでるところだと「必ず反対側の足でトラップしろ」くらいまで言ってるけど本質はそこじゃない。

この指摘の通り「体の向きを変えながら受ける受け方」こそが大切で、

そのときの『体の使い方』『ボールの流し方』『ボールの置き場所』も一通りではない。

・界隈でブスケツターンと言われているまっすぐ振り向く技術

・左足インサイドで巻き込みながらトラップして逆を向き(ここまでは割と浸透してる)、その後ドリブルを選ぶなら、ノーフレームで右足の小指でボールを持ち出す動き

・向きを変えながらインサイドキックで二択をかけられるような置き場所

イニエスタメッシがやっているような、360度ターンしながら相手プレス剥がして前を向く動きに入れるような受けかた

そこまで細部まで指導できる人ほとんどいない状態で5レーンみたいな戦術だけ真似しようとするコーチもいて、

それだと、なんとなくそれっぽい動きをしてる子が上に上がってくることが多いが、

土台の技術の部分の精度が違うのでだんだん難しくなる。

そして最終的に、天才的に良いフィジカル的素質ととモチベーションをもった選手により構成されがちなのが日本サッカーになってしまっている。

2016-03-03

ワーキングクラス諦観

労働者階級の子供は芸能人にもサッカー選手にもなれない時代

http://bylines.news.yahoo.co.jp/bradymikako/20150226-00043362/

日本のことかと思った。増田の住む中核市周辺では、ここの所フットサルコートとそれに付随するスクールものすごい勢いで増えている。

経済力のある保護者達は公文式語学教室と同列に各スクールの育成について熱心に情報交換を行い、4種(小学生)強豪チームのあの子はどこのスクールだったとか、今3種(中学生)Jリーグジュニアユースにはあのチームから行っただの育成シーンにおいては、かなりマニアックな展開を呈している。

昔ながらの小学校に1つずつあった少年団チームは、各スクール運営されるNPO法人格のクラブチームやその市の最強チームに、主だった選手たちが集まるので今や複数小学校区で1つのチームをなんとか維持し、ようよう8人制にエントリーできるかどうかくらいの縮小や、チーム統合でしのいでいる状況。JFAを頂点とする協会組織は、くまなく草の根にも広がっていてこれは功績だと思うのだが、市内の各チーム指導者も割と細かく情報交換や指導技術研鑽を行っている。

しかしだ、少年団チームには、専任指導者を置けるところがほぼ無い。月5千円以下の会費で細々やってるチームの財政的な理由が大きいのだ。当たり前のことだが、「増田のお父さん」達が集まって細々運営してるチームだから。いわんや、指導の内容も、よほどアツい、競技経験のあるコーチが在籍しない限り推して知るべしの内容。週末や祝日日中大会や対外試合が入れば、練習はお休み

一方で強豪チームや、NPOクラブはそれなりのコストをかけながら、競技経験のある人材を確保し、平日の日中、夜間を練習時間に宛て、休日地方遠征など充実した育成内容。同じ年の子どもで、こんなに違うのかと愕然とさせられたこともしばしば。もちろん、それなりの技術を持っていなければ試合にも出られない選手層の厚さがあるので、それなりのスクールに通わせられる世帯収入可処分所得のあるご家庭がそこに行ける資格を持てる。選手本人の気持ちや、持って生まれた才能、たゆまない努力、これを大切にできる環境と言う意味を含めて。

レベルの高いサッカーをするチームにはより選手が集まる。スタメンを確保するために、スクールに通って更に技術を高めないと。日本代表に、プレミアへ。リーガへ。子どもが描く夢のために、経済力のある保護者たちは力の限り応援する。否定しない。どんどんやってくれ。指導者ホント良い人ばかりで羨ましい。オレもワールドカップを掲げる日本(男子)を見たい!!

さて、増田の子所属する少年団も、いよいよ学年で1チーム作るのが厳しく最近は2学年合同で毎週活動している。こちらは、以下のご家庭から選手構成されている。基本的には、競技レベルでの選手育成までは考えていない。

①→身体機能発達を促したい(ダイエット、足が遅い、全身運動etc)

②→中学受験前提の、高学年時は休部見込みのレクリエーション

③→学校休日も両親勤務あり、体よく預かってくれそうなので

④→よく分かっていないけど、地元サッカーチームで一番近かった

まさに玉石混淆。ここがお父さんコーチの楽しみ、楽しさではあるのだけど。

ここにサッカーというスポーツ面白さを伝える醍醐味があるわけで、だからハマってるんだけど。しかし、ごくたまに、1学年に1人か2人は「玉」が。当然のように高学年時には上記のクラブチームステップアップしていくわけだけど、ここでもワーキングクラスかそうでないかで展開が違う。

結論:金持ってなけりゃ少年サッカーは勝てない。

(小さなローカル大会や、フットサル大会なら、可能性くらいはある)

さっきの、①~③に該当するご家庭の選手たち、勝てないけど上手くはなれないかも知れないけど、楽しそうに通ってきてくれてる。この子たちは日本代表にはなれないと思う。10年後、20年後にまたチームの父親コーチに戻ってきてくれるくらいが良いトコだろう。それですらたぶん、「良かった例」。

混雑するターミナル駅の夜。某Jリーグ下部組織のバッグを背負った高学年の選手たちがくたびれた大人の列を無視してかきわけバスに乗り込む。大人たちも、もうこのチームの選手たちの振る舞いには諦めて声もかけない。それとも、おらが街のJチームを応援する気持ちなのかな?そのわりには視線は冷たいけど。彼らは座席を確保して、周囲を無視したような振る舞いで過ごしている。そうだね、あんたたち勝ち組だもんね、将来のJリーガー日本代表だもんね。特別扱いは当たり前だよね。嘆息

貧困、とまでは行かないにしても、L系ワーキングクラス連鎖諦観している。

2015-11-08

野球ってよくわからんスポーツだよね?

たいていの球技って敵と正面からかい合って、

敵陣を突破してゴールを目指すか、敵からきたボールをきちんと相手方に返すか、

どっちかじゃん?

バスケだってサッカーだってテニスだってハンドボールだって卓球だって

ラクロスだってホッケーだってバレーボールだって、そう。

ラグビールールがよくわからん」って言われるけど、

敵を突破してゴールを入れるかトライすりゃ得点なんだってのは、見てりゃ分かると思う。

ゴルフはまたちょっと違うけど、「早く穴に入れりゃ勝ち」だから分かりやすい。

その点、野球って、目的が「球技」じゃないじゃん。

ベースに走者出して、生還させるってさあ。


あと、ピッチャーとそれ以外の野手負担が、あれだけ差があるのも何なの?って思う。

守備ったって、ピッチャーもの凄かったら、あとキャッチャーが球を受けるだけで、

7人は立ってるだけでも、いいんでしょ?

なんか、チームプレイってより、「それぞれが、文句わずに黙って自分の持ち場をこなしとけよ」感が強い気がする。

ルールもなんだか、理不尽っていうか、「なぜそうなの?」が、腑に落ちない。

あんな複雑なルールを、大多数の日本人が分かってるって、

なんか不思議

そりゃ、世界的に普及なんかしねえよなって思う。

実際、学生時代野球をよく知らない留学生

ルール説明しようとしてあきらめたことがあるしな。

昔、務めてた会社だと、オヤジの相手をしなきゃいけないことが多くて。

「ひいきの野球チーム」の一つも持ってないと、話が弾まなかったのが、正直苦痛だったなあ。

仕方ないので「アンチ巨人なんでぇ、巨人が負けていれば気分がいいですぅ」とか言って切り抜けてたけど。

不思議なもんで、巨人ファンオヤジは、案外、アンチ巨人相手にしてご機嫌だったりするんだよね。

まあ、自分が、昭和時代から、「少年野球より少年サッカーのほうがカッコイイ」という雰囲気が強かったという

日本としては、特殊地域に育ったからかもしれないけれど、

いまだに野球って、よくわからん

2014-06-25

http://anond.hatelabo.jp/20140625112454

日本代表が強くなれ、とか思わない。

ただ面白いサッカーしろ

ファンを楽しませるサッカーしろ

と強く思う。

なんだよ、今回の三試合は。どれこれもくそつまんねええええええええ。

少年サッカー見てたほうがよっぽど楽しいわ。

そりゃ技術とかはないけど、子供一生懸命から見ていて楽しいんだよ。

代表は何だ。

自分たちのサッカーもできねえ、糞ばっかりじゃねえか。

2013-11-04

親と学生時代のおかげで僕は社会人をやれている。

自分の親はいわゆる毒親だった。子供の要求、感情承認しない親だった。だから自分のやりたいことをやらせてもらえたことがない。というか子供の頃自分が本当に何をしたかったのかもよく分からない。

いつも、世間体を気にする親の都合で少年サッカーをやらされたり(兄がはいってので)、塾に通ったり、それ以外はしたいことが合っても親が金出してくれないから、何も出来なくて無気力帰宅部で、周りからも暗いやつだと言われ続けた。

本当に辛かったのは大学時代で、全く馴染めず、友達どころか話し相手も一人もいない。通うのが辛くてうつ病状態で、布団から出られなくなるくらいだったが、親は「甘えんな」と罵声を浴びせ、なんだかんだ留年して卒業した。思い出も写真も一枚もなくて人と話した回数を数えられるくらいの学生生活だった。絶望的な気分で望んだ就職活動卒業間際に派遣会社就職した。

そもそも学生時代からなるなら公務員田舎農業でもしたいと考えていた。社畜生活なんて学生生活以上の地獄に違いないと思っていた。だが実際には色々辛いことがあっても学生生活よりはマシだった。なんだかんだ1年働いたら貯めたお金で家を出た。

それ以来5年働いた後、派遣先上司に認められ正社員になり、その後3年も働いている。はっきり言って仕事は辛い。理不尽なことで怒られるし、工期も予算もキツすぎ。やりがいもない。現場雰囲気も悪いし、上司も辛そうな人ばかりだ。

それでも続けてられるのは、仕事がどんなにキツくても学生時代よりはマシである事実、働いていないと一人暮らしができない、実家に帰りたくないという思い。子供の頃から身につけた辛い時は感情感覚麻痺させるという生きるためのテクニック。その三つで私は今の仕事を続けてられる。

もしも、親が子供の頃から私のやりたいことをやらしてくれたら・・こんな仕事はとっくに辞めてたかもしれない。辞めて他の仕事に就くか、ニートなのかは分からないが・・もしも学生時代が楽しくて充実していたら・・こんな生活バカバカしくて耐えられなかったかもしれない。

2012-09-13

俺の人生ってなんなんだろう。

ちょっとだけ、酒に酔っているのでそのつもりで聞いてくれたらいいと思う。

 

最初は、じいちゃんに手を引かれて保育園に連れて行かれる俺が、その道すがら毎日毎日きじゃくって嫌がって嫌がって、そんな嫌がってる俺をじいちゃんが毎日毎日俺のペースで立ち止まったり、急に走り出したりする俺を必死で追っかけたり、行ったり来たり、なんとかして、必死でなだめすかしながら連れて行くところから始まったのだった。

園についても一向に泣き止まない俺にじいちゃんはいつも申し訳なさそうにずっと手を振り続けながら帰っていったのを憶えている。そこでの俺は誰ともしゃべらないし、一切の遊戯無気力を貫いていたし、飯時になってもほとんどのものを口につけず、何か悟り顔の年配の保母園長などが俺を優しく諭すようなことをしようとしたならば即座に園中に聞こえ渡るように泣き叫び、同時に渾身の力で暴れまわったりしていた。

当然のように俺は、追い出される。母が頭を下げ、じいちゃんも頭を下げる。俺は何も言わない。

何故だろうか。それが何故だったのだと今問われても俺は答えられない。理由は無いのだった。そう思う。おれはずっとそう思っている。何故なのか。わからない。それがわからないことに俺自身がずっと苛立っていたのだとしかいえない。

時間はしかし確実に流れるから、俺も小学校に上がる年齢になる。初日から俺は渾身の力で登校を拒否した。入学式当日の朝の俺は完全に悪魔だったと思う。泣きじゃくり、暴れ周り、叫び続けた。すでに近所でも俺のイカレっぷりは周知のことで近所のババア連中の昼間の話題をさらっていたが、この日からはもはや誰も俺の話題を口に出す者もなくなった。俺が俺の家だけの問題ではなくそ集落の汚物となった日だった。冗談にならないからだ。イカレているし、その理由が誰にもわからないのだ。

しかし俺は突如学校に通いだす。俺は何故か一切の抵抗をやめた。有る日急に俺は無になった。やっぱり誰にも何故か判らないけど、俺は無になり学校に通いだす。

学校に行く、机に座る、無になる。家に帰る。無になる。学校に行く。無になる。家に帰る。無になる。無になる。無になる。無。大人しくなった俺は地元少年サッカーに入れられる。無になる。書道教室に通わされる。無になる。ピアノを習いだす。無になる。2年生になる。無。3年生。無。4年生。無。ずっと無。

でも、突然また俺が壊れる。有る日学校で壊れる。授業中に急に立ち上がってイスを振り上げて、教室の後ろのメダカ水槽をぶち破る。ガラス割れて水がドバっと溢れ出す。え?ってなってる水槽の近くの子を睨みつける。俺はガラスの破片を掴みそいつの眼球に突っ込む。グムニュ。ってなる。そのままグリってする。誰かが甲高い声で叫ぶ。俺は割れガラス水槽を両手で持って教室の真ん中の方に放り投げる。グシャリドンくさい誰かの頭にグササー、グシャリって刺さりはまる。傷口にメダカが跳ねる。ピチピチ、ピチピチッっつって。うへへって俺は笑う。

 

 

 

 

・・・・・・・っていうような架空のイカレた少年の生い立ちを妄想してしまった。

まあちょっとだけ、酒に酔っているのでそのつもりで聞いてくれてありがとう

2011-11-07

2009/12/21 22:53

>何かできないことがあったときに「あぁ…早生まれから。他の子より育ちが遅いから」「仕方ないね」「かわいそうに」と親から言われることによって、それが本人の中にも内面化されるんではないかという分析だった。

えー、ご存じの通り(ですよね?)早生まれの私ですが、敢えて「異議あり!」と言わせて頂きます^^;というのは僕の場合、親から言われたことはなくて、自分で後から早生まれは損だ」と思ったからなんです。もし敢えて親のせいにするのであれば「早生まれなんだから仕方ないよ」ぐらい言って欲しかったな、ということになるのかもしれません。

経験談の一例ですが、幼稚園から小学校にかけて、周囲に比べてダントツ運動能力が低かったんですですが、高校を出る頃にはいつの間にか体力テストなんかでは全国平均を普通に超えられるようになってました。まあ元々運動や外遊びが好きな子供ではなかったですけど、別にその後人と比べて特に運動していたわけでもなかったので。で、子供の頃は実年齢の差がかなり大きかったのではないかなということに気づいたのはかなり後になってからでした。無駄運動苦手コンプレックスを持ってたもんだと後悔したものです

ところで、N さんが誰だか見当がつかない私です

2009/12/23 01:06

そういえば、悪名高き私の母校では全学年を通して異様に4・5・6月生まれが多かったです。僕はどちらかというと年齢以上にガキなので、周囲のマセ具合に余りついて行けなかった記憶があります(苦笑)

あと聞いた話だと、少年サッカー英才教育世界では、選手がやはり4・5・6月生まれに偏っていたので、選抜に誕生月を考慮するようになったとかいう話も聞いたことがあります

そういうことから、すくなくとも一部の分野においては、無視できない程度の影響があるのかなとは思っています。ただ、どれも男の場合の話であるのは事実ですね。女性はその辺どうなのか、面白いデータがあれば欲しいですね。たぶん誰か既に研究してるんでしょうけれど。

例のあだ名ゆえにあのお方が「Nさん」であることを完全に失念していました^^;まあ、何となく「先輩」が女性であるという先入観があったのも事実ですが(何でだろう?)。まあでも確かに、女性だったらおめでたの話があるのにもかかわらずお酒を飲んでいるはずがありませんね。

いずれにせよ、おめでたいことで。

2010/06/03 23:09

そういえばドイツでもシュレーダー政権ができたてのとき首相が党の実力者を追放して一波乱という一幕がありましたね。そのときの状況と今の日本の状況は似ているのかどうか……。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%8C

2010/06/14 01:06

たぶん noctifer さんの同期の「実家尼崎の人」がデジタル化したデータ持ってると思いますよ。僕も自分が 3 回生ときの録音をその人にもらったので。

ちなみにこれ、一年掛けて準備したのに散々ボロクソに言われた演奏で、僕の中ではまさに「黒歴史」だったんですけど、5 年ぶりに聴いてみたら意外にも、自分としてはそれなりに納得のいくものだったので愕然としました。あれ以来自信なくして楽器だんだん触れられなくなってたのはいったい何だったんだろう……、と。というか音楽以外すべてにおいても自信喪失してしま悪循環に陥ったきっかけみたいな一件だったので、あれをもっと早く聴いてればひょっとしたら少しぐらい人生変わったかもなー、なんて思ってます。要はその録音を聴かなかったこと自体が「黒歴史」でしたという情けないお話ですが(苦笑)。

2010/06/15 02:00

ああなるほど、定演以外の録音でしたか。そりゃさすがに尼崎の人に頼んでも持ってないですよねえ。

ところで全然関係ないですが、今日聴講した某研究会で、僕の2年下の「ヘアスタイルが独特の人」に会いました。彼は今年D3でしたっけ?月日が経つのはなんとやらとはこのことですね。

都合が許さず彼の晴れ舞台を見られなかったのはなんとも残念です。こんど会ったらよろしくお伝え下さい。

2010/06/30 02:49

明日(もう今日仕事なのに眠れないので思わずひとこと。

前回までの大会と違って、今回は自分が主力選手と同世代だから身につまされるものがありました。仮に自分にあの方面の才能があったとしても、この段階で最盛期なんてとても無理だろうなとか思うと、前回大会までとは違った意味で感慨深いです

それでよく考えてみれば、サッカー選手生命から考えて、僕らと同世代の選手ほとんどは今回が最後のチャンスだったわけですよね。今までよりも、負けて悔しがる選手の姿が一歩だけとはいえ身近に感じられて、その分切なくなりました……。

2010/09/07 22:14

論文添削するには内容を理解できないといけないわけですから、それをタダでやってくれる人となると本当に貴重ですよね……。

思うに、大人に言語を教えるのは経済的にも効率がよくないですよね。色々な場に応じてそれなりの言葉かいができて、なおかつ幅広いスタイルの文章を読んで書ける人なんて、なかなか語学教師をやろうとは思わないでしょうし、そういう人を雇うには相当なお金がかかって当然、生徒の側もそれだけの教師を探すには苦労するわけですから

子供の頃から母語の習熟に準じて第二言語を(できれば複数)学べると、言語というものを相対化できるという意味でいいんでしょうけどね。(現状は英語崇拝と英語憎悪二極化およびその裏返しとしての日本語特殊論、そしてそれ以外の外国語への無関心がはびこっていて本当によくないと思う今日この頃

2010/09/11 11:27

こんにちはー。

絶対音感」って能力、実は個人的には言語能力と近いんじゃないかなと思ってるんですよね。少なくとも僕の場合は、ですが。実際、無調性に近い音楽を聴いていると途中で音がわからなくなったりずれてしまうことが多いですし、無調性は無調性でもそれなりに慣れているウィーン学派系よりも、あまり聴かないブーレーズとかのフランス現代音楽系とかのほうが苦手だったりするので。

あと、E-dur と F-dur を間違えることはほとんどないのに D-dur と Des-dur の区別にはたまに自信がなくなることがあるなど、多分にピアノの鍵盤(というか頭の中でつけている「読み仮名」的な音名)に引きずられる傾向があるんですね。いってみれば、日本人は /t/ と /d/ の区別には苦労しないが /l/ と /r/ には苦労するというような話なんですが、まいさんはそういう傾向ってないですか?

そういえば、高校生ぐらいの頃は基準音を 2Hz ぐらいの単位で聴きわけられたものでしたが、古楽を聴くようになって以来その能力はほぼ完全に破壊されてしまいました。

ちなみに僕も音に「色」のイメージがありますけど、その正体はかなり情けないものでして、おそらく子供の頃に買ってもらったおもちゃの鉄琴です。一音ごとに色分けされていたのですが、その印象を未だに引きずっているんですよね。

2010/10/04 01:13

こんにちは

個人的には欧米でどうして "Hentai" 文化があんなに抑圧されてるのかが気になりますねー。ホラー世界では日本よりよっぽどどぎつい表現社会的に許容されている風土で、ポルノの方面になるとフィクションであってもある種の表現はまかりならぬ!というのは、日本に生まれて暮らしている限り根本的にどこかで理解できない面があると思うのですが、だからといって「ピューリタニズムの伝統」で片付けてしまうのも一方では乱暴な気がするんですよね。

似たようなことは、捕鯨問題とかその他の文化摩擦のときにも色々感じることではありますが、その辺のことで「住んでみてわかったこと」って何かありました?

なんか日記の内容よりも個人的な興味優先の質問ですみません。

2010/10/04 21:35

>実際には日本エロゲ守備範囲の広さはそんなのを凌駕しうるわけですが、それでもアニメでは女性はそのように子どもっぽく可愛く描かれる事が多い(ただでさえ若く見えるアジア人ベースにしているのでなおのこと)

なるほどありがとうございます。確かに現代の日本人はおしなべて幼形成熟的なものが好きですね。女性に限らずジャニーズ系とかも結構そういう気がしますが。向こうから見れば余計子供に見えるというのは盲点でした。

しかし個人的にもっと疑問なのは、その "Hentai" 文化を変なものとして片付けるのでなしに、禁止してしまおうという考え方の方なんですよね。そしてそれを日本でも禁止せよと圧力をかける動きもあるようですし。米国は基本的に他者に寛容を是としているのだと思ったら、ときどきいきなりその逆の面が見えることがあるので、いったいあのあたりはどういう感覚なんだろうなあと思いまして。

2010/10/05 00:03

>考えられるのは、ひとつ宗教的背景。

うーん。やっぱりそれなんでしょうかねえ。だとすると捕鯨と "Hentai" はちょっと性質が異なる問題なんですね。

どうも最近英語圏メディアを読むようになればなるほど、日本に対する悪意や蔑視が一部高級メディアにでも平気で蔓延していることに気づいて憂鬱なんですが、その根っこは必ずしも一つではなさそうですね。

やっぱりこういうと何ですけど、欧米アラブ違和感を持っている(あえて「蔑視している」とは言わない)のと同じような意味日本から欧米(といっても色々温度差はあるでしょうが)を見たとき違和感があるんだなあと最近思うんですね。あんな趣味を持っているぐらいなんだから当然私は西洋かぶれ的人間なんですけど、例の "The Cove" 以来やっぱりあばたはえくぼじゃなくてあばたなんだなということにようやく気づきだしたわけでして、その背景には最近ちょっと興味を持ちつつあるんですが、どうもなかなか一筋縄はいかなさそうですね。欧米の天地は複雑怪奇なり。

ところで話は変わりますが、意外なところで結婚ラッシュが始まりそうな噂を耳にしました。詳しくはそのうちお聞き及びになると思いますが……。お楽しみ(?)に!

2010/12/21 22:18

あれ、あそこバーベキューだめになったんですか?「新条例」がなんなのか気になります

2011/03/07 23:25

どうもお久しぶりですー。

>知らない人が20人以上という状態で3時間おしゃべり持ちこたえたのは我ながらよく頑張ったと思う(たぶん英語スキルというより社交スキルの問題)。

純粋に質問なんですが、こういう状況ってよくあるんですか?

最近あちらこちらで、アメリカでは(あるいは「国際社会」では)そういう状況で人間関係を作れるかどうかがものをいう、そういう場でやっていけないと通用しない、みたいな主張をよく見るもので。

本当だとしたら語学力以上に絶望的に高い壁だなあと思いつつ、そういうことを書く人は大抵すごく社交的だからたまたまその人の回りでそういうことが起こりやすいだけのようにも思えるし、その辺の真相が少し気になってまして。

2011/04/07 08:36

確かにkeinなら冠詞ですけど、英語だとkeinはnotではなくてnoですからねえ、うーん……。

ちなみに僕もnotが副詞だって初めて知った、といいますか、そんなこと考えたこともありませんでした。

2010-12-04

エロゲのような人生を送ってきました

幼い頃はよく笑い、男の子とも女の子ともよく遊んでいました

誰に対しても分け隔てなく接していました

悪口は言わず誰に対してもにこやかに笑って「遊ぼうよ」という子だったそうです

女の子とも遊んでいましたスカートめくりといったイタズラとは無縁にすごしていました

とても感受性豊かでいろんな事に感動するのか、すぐ泣く泣き虫でした

小学校に入ったらすぐにいじめられました

どうやらクラスリーダー格の子に気に入られなかったんでしょう。

靴は隠されました

放課後oo公園集合な」と言われていくとそこには誰もいませんでした

2時間くらい待っていたら遠くから遊ぶはずだった友達が見ていました

いじめ、というものを経験するとぼくの何かが変わったようでした

親がいじめ気づき、すぐに転校しました

転校先ではうまく馴染めました

少年サッカーチームにも入りました

地元でやってるピアノ教室にも通い始めました

このころもまだ、男の子とも女の子とも分け隔てなく遊んでいました

近所の小さい子とも遊んだりしていました

小学校高学年になったときまた転校しました

その先ではあまり友達ができませんでした

もうすでにグループができている学校で「転校生いじめ」を受けました

無視、教科書がなくなる、机に落書き等、典型的なものは受けました

だから家でピアノを弾き、一人でリフティングをし、趣味としてギターをはじめました

ぼくの何かが消えてしまったようでした

勉強は小さいころからできました

それもいじめの対象になったのかもしれません。

でも、新しい知識を吸収するのが好きでした

特に歴史日本史)が大好きで、ずっと資料集を読んでいました

修学旅行はとてもつまらなかったのを覚えています。

中学生になって部活が始まりました

身体を動かしたかったのでバスケ部に入りました

身長は高くなかったのですがなぜか運動神経はよかったようでした

バスケが楽しくて庭にゴールも買ってもらいました

毎日練習したら上手くなりました

勉強も始めてやる英語が楽しくてずっと勉強していました

このころ、男の子とも女の子とも話さなくなっていました

ある日、同じクラス女の子アドレスを聞かれました

当時、携帯電話を持っているのはクラスに3,4人でした

ぼくはたまたま持っていてその子もたまたま持っていただけでした

その日から彼女メル友になりました

「好き」ってなんだろう。そう考えるようになりました

その子はぼくのことを「好き」だとメールで伝えてきたのです

ぼくもその時は思春期で、AVエロ本を読んでいてそこで間違った知識を得ていました

その本には『「好き」な人としかエッチはしない』と書いてあったのです

だからぼくは「好き」=「エッチしたい」と考えたのでした

今思えばなんて馬鹿げていたのでしょうか。

ぼくはその子の顔が好きなわけでも性格が好きなわけでもなかったのです

ただ、その子の中1にしてはちょっと成長した身体を好きになっていたんだと思います。

付き合うことにしました

付き合って半年がたつころにはじめてエッチしました

コンドームを先輩にもらい家にその子を呼びなんなく童貞を捨てました

これがよくなかったのでしょう。ぼくはエッチにハマってしまったのです

その子に特別な感情が湧くことはなく、思春期のそのエネルギーをただただその子にぶつけていただけでした

キスしましたキスが特別なものであるという感覚もありませんでした

ただ、目をつぶってしまえば同じ。そう考えていたのだと思います。

その子と別れたのは中3の夏です

その頃はもう親公認の仲になっていましたがふとしたことで喧嘩しました

喧嘩というか一方的にキレられた記憶しかありません。

ただ、「本当にわたしのこと「好き」なの?」と言われたので「今はどっちでもいい」

そうこたえました。それは本心した

正直な話、もうその子に「エッチしたい」と積極的には思わなくなっていたのです

エッチオナニーと違って、相手も楽しませなければいけないものです

それがおっくうになっていたんだと思います。

自分本位エッチしたかったんだと思います。

だからもう積極的に「きみが「好き」だよ」とは言えなかったのです

その子は泣いていました

その子とわかれたあと、一人の子がぼくに告白してきました

センパイのことが「好き」です」と。

ぼくはこの子と付き合うことにしましたぽっちゃりしている中2の子でした

あとはもうみなさんのご想像の通りです

ぼくに変化があったのは高校生になってからでした

中学生とき髪型やまゆ毛をいじる程度でごまかしてました

高校生になると髪も染めれるようになりました。でもそれより大きかったのは

顔がちょっとかっこよくなったことです。「イケメン」と言われるようになりました

そして高校では「好き」だと思った子に積極的に告白することにしました

それには理由がありました。ぼくは高校を受験するとき

どうしても二番目にいた小学校のあったところの高校に行きたいと親に頼みました

そこまでは越境なので転校が必要でした

親の仕事で今の場所に住んでいたので結果は

一人暮らしをする

ということになったかです

1年生の時に4人に告白しました。そのうち3人がOKしてくれました

その3人ともとエッチしました。そして3人とも別れた後も関係が続きました

2年生の時に学年で一番可愛い子に告白したら何とOKもらいました

それでその子とは長く続きましたが、さすがに1年付き合うと「好き」じゃなくなってきました

その時に当時はまだ単なる出会い系だったモバゲーを使ってみました

そこである子と出会いました。それは幼稚園ときに一緒によく遊んでいた子でした

その子とメールをして10年ぶりくらいに会うととても可愛くなっていました

この時すでにその子を「好き」になっていました。家においでよと誘うとついてきました

このときぼくは初めて、その日のうちに女の子エッチしました

3年生になり受験勉強一生懸命やりました。学年で1番可愛い子とも付き合ったままで

一緒の塾にかよって、帰りにぼくの家で復習をするという毎日でした

けっか、ぼくは第二志望の私立大学に、彼女は第一志望の国立大学にいくことになりました

もう「好き」ではなくなっていてちょうどいい機会なのでわかれました

大学生になり新歓でなんと風俗に連れていかました

ぼくはその名前は知っていましたが具体的にどんなことをするとことろなのか知りませんでした

そこで驚愕しましたお金を払えば「エッチができる」つまり「好きになる」のでした

ぼくは困り果てました。今までの「好き」の概念がぶっこわれてしまったのです

ぼくはこのときまで「好き」は「エッチしたい」と同じだと思っていました

でも、世間のみんなは「好き」を違う意味で考えていたようでした

だから、食事がのどを通らないほど「好き」、とか、「好き」すぎて胸が苦しいとか

意味がまったく分からなかったのです

「好き」なくせに告白しないなんて頭腐ってるんじゃねぇの、とか思っていたのです

「好き」って何なんだろうと考えるようになりましたがこたえはでませんでした

女の人をみて「エッチしたいな」と思う人はいてもそれ以外の意味で惹かれる人はいませんでした

どの子も頭が弱く中身はからっぽで「エッチしたい」とは思ってもそれ以外の目的では会話もしたくありませんでした

「愛している」とか「好き」とかの言葉は道具として使っていました

そうぼくがいえば女の子は安心したりよろこんだり「エッチさせて」くれたりするということを知っていたかです

サークルに入ったら逆に、お持ち帰りしたことを誇っている頭悪そうな男ばっかりでした

経験人数の多さがステータスとか童貞喪失年齢が低ければいいとかエッチした回数がステータスとか。

残念ながら、ぼくより早く童貞を捨てた男もエッチした回数が多い男もいませんでした

「ねぇ、「好き」って何かな?」そうぼくは友達に聞いてみました

だれも正解を教えてくれませんでした

したらこんな記事を見ました

http://anond.hatelabo.jp/20101122004732

なんだーみんな「カノジョエッチする相手」って考えているんだって納得はしました

でも、ぼくが求めている「好き」はここにはないようでした

愛は親の愛情などでまだわかります

しか

ぼくは「恋」がなんだかわからないのです

思春期燃え上がるようにあった性欲のことを「恋」だと思っていました

だから「「恋」しちゃったんだー多分ー気づいてなーいでしょー」という歌の意味もわかりませんでした

純愛もわかりません。

「恋」や「好き」が目に見えるものなら良かったのに。

多分ぼくは幼いころにいじめにあって、この部分の気持ちをなくしてしまったんでしょう。

何が正しいのかなんて分かりません。

「好き」ってなんなんでしょうか。「恋」ってなんなんでしょうか。

そしてそれらは性欲と切り離して考えることができるものなのでしょうか。

2007-12-05

俺はペレの生まれ変わりかもしれない。

幼い頃、俺はキャプテン翼に憧れ、毎日壁に向かってボールを蹴っていた。友達と遊ぶことなど興味はなかった。ボールだけが友達だった。その様子を見ていた近所の少年サッカークラブコーチに「サッカーが好きなら来てみないか」と言われた。まだ小学生にもなっていない俺にだ。彼は俺の才能に気づいてしまったのだろう。しかし悲しいかな。小学生低学年のチームを見学させてもらったが、あまりにも低レベルボール子供が群がるだけのくだらない練習試合を見て、俺はグラウンドを後にした。

やがキャプテン翼熱も冷めてしまい、しばらくそのままでいた俺だが、中学校に入ると同時にやはりサッカー部に入部した。俺にはサッカーしかない。眠っていたその想いは揺るぎない事実として俺の芯で固まった。体力面の問題からレギュラーにはなれなかったものの、バレーボールでのドライブシュートを体得するなど、俺はすさまじいスピード技術を会得していった。もしかしたら、自分の才能に恐怖を感じていたのかもしれない。それが原因かはわからないが俺はサッカー部を去ることになってしまった。

「本当にやめるのか」

「はい、お母さんが受験に集中しなさいって……」

「……もったいないなあ、センスあるのに」

そう言って顧問は俺の退部を惜しんだ。だが、俺はもうサッカーから離れるべきだと感じていた。勉強をしなくて母親に怒られたからではない。俺自身の才能の恐ろしさゆえだ。

高校以降、サッカーにほとんど関わることはなかったが、俺の才能は日常生活でも黙っていてはくれなかった。たとえば文化祭の準備のとき。廊下に出したテーブルで他の生徒がピンポンをしていた。ラケットはスリッパだ。

「おい増田、次やろうぜ」

「・・・ああ」

そういって俺はスリッパから足を抜いて浮かせ、胸元まで蹴り上げて素早く掴み取った。

「いつでもいいぜ」

何気ないことだ。しかし……

「あはははははははは!」

それを見ていた女子が狂ったように笑い出した。驚いた。俺にとっては当たり前の一連の動作。しかしそれは何の罪もない女子生徒を狂わせてしまうほど、恐ろしく高等な技術だったのだ。サッカー神様ペレが、俺の中にいるのではないか。スピリチュアルにそう感じた。しかし……サッカー技術は封印しよう。そう心に決めた。

だがしかし人生は長い。咄嗟の瞬間にはそれを忘れてしまうこともある。大学生のときだ。後輩がサークルの部室の鍵を投げてよこした。だが、コントロールが悪い。俺の手前で落ちようとするその鍵を俺は蹴り上げ、2、3度リフティングして手元に収めた。

「うぉっ、先輩すっげ!」

後輩はバカだから助かった。俺の才能に気づかず、ただ驚くだけで済んだ。思えばこれは幸いだった。

以降、俺は足技を本格的に封印する。時折俺の中のペレが騒ぎ立てるが、俺は耳を貸さない。ペレ、いやペレ以上のサッカー才能というのは、ときに人を壊してしまうのだ。

だが先日、俺はまたペレ存在を思い出すことになる。会社飲み会の帰りだ。みんな楽しく話している輪になかなか入れなかった俺はむしゃくしゃしていた。凡人どもめ……。俺が才能を隠しているから無事でいられるのに……。そんなことを考えていたら、目の前に小さな立て看板があった。恥ずかしい話だが、俺はそれを蹴飛ばした。だがしかし。蹴ったものの、看板は全く動かなかった。地面にガッチリと固定されていたのだ。ああ、サッカー才能がない人間なら、何の問題もない。だが俺は、ペレの生まれ変わりだ。足に走る激痛。骨が、折れていた。くそっ、忘れていた。俺の脚力はこんなにも常人離れしていたか。後悔しながらも、俺は空に向かって叫んだ。

サッカーの神よ!なぜ私にこんな才能を与えたのです!なぜペレの魂をそのまま眠らせてやらなかったのです!」

実際は叫ばなかったが、心の中で繰り返した。

俺はペレの生まれ変わりだ。おそらく間違いない。だがしかし、俺にはこの才能は強大過ぎる……。

 
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