はてなキーワード: 儚いとは
(※ このエントリは釣りエントリーです。どういう釣りなのかは言いませんので推理でもすればいい)
俺は重度のCoD厨。BOからハマり、新作が出るたびに買って「BOは良かったな」「BO2は良かったな」っていうクソ老害。
IWはなんだあれ。あそこまで行くともうオーバーウォッチしたほうがいいわ。
そんな毒づいた俺に友人が勧めてくれた「バトルフィールド1(以降、BF1)」。
正直、BFは4とハードラインをしたけど、戦車や戦闘機やヘリや車やらで苦手だった。室内戦だけしていたいと感じるぐらいに。
BF1も変わらないんだけど、すごく良いので、まとめたい。
もう、100人いて100人が賛同してくれる内容だと思うんだけど、ビームやレーザー、反射レーザー、異様に硬いドローン、投擲物どころかミサイルまでもを完全に焼き尽くすトロフィーシステム、透明になったり、一気に足がはやくなったり、空を飛んだり、ロボット兵士がいたり、そういうのがない。
出てくるのは世界大戦中の性能の悪い武器と戦争を変えたといわれる異様に強い重戦車。
CoDは家の中で人を簡単にバラバラにしてしまえる爆弾をつかっても家が異常に頑丈につくられているので問題ないが、BFの家は崩れるし、地面はえぐれる。
泥臭い。最高に。最高だ。
32vs32なので、チーム戦ではあるが自分一人が強ければ味方を勝利に導けるとは限らない。
自分は一兵士なので、どんだけ死のうが、どんだけ味方の足を引っ張ろうが勝つ時は勝つし、負ける時は負ける。
「じゃぁ自分が勝利に貢献してる感覚はすくないのか?」といわれたらとんでもない。むしろ、1人の勝利貢献が大した事ないゲームだからこそ「自分(または自分の分隊)がゲームを作ったな」というような勝利に立ち会えた瞬間に喜びは凄まじい。
基本的にコンクエスト(他のゲームでいうとドミネーションみたいなやつ。スプラトゥーンならナワバリバトル)の話だが、戦力が拮抗してなかなか盤面が動かないC陣地があったとして、そこを無視して1人で相手の陣地に忍び込んでうろちょろする。
そうすると5~6人が「奇襲をかけられているぞ!」と思って前線を離れて自分を狩りに来る。
自分一人で前線から5~6人の兵を退けることに成功してそのままC陣地に味方がなだれ込み拠点を制圧。この瞬間が本当にたまらない。そして自分が操作していた兵士は死んでしまうのだ。儚い…。
これは凄まじい。上記のように「自分がゲームを作った」という感覚はあるが、それでも結局は「みんなががんばったから」という感想が一番大きい。
激戦区を突破できたのは後方で拠点を守ってくれた味方がいたからだったり、奇襲をしかけて敵の戦力を削いだ人がいたからだったり、戦闘機で地上を支援してくれた味方がいたからであって、自分一人ではどうにもできない。どれも必要。だから、勝った時の喜びはみんなで分かり合える。負けた時には素直に「自分たちはここが相手とくらべて至らなかった」「相手チームの奇襲に完全にやられた」など前向きに負けを理解できる。
ガンダムでアムロは「自分がもっと強ければマチルダさんを生かせた」とウッディ大尉に言って「戦争はそんなもんやないで」という場面があるけどまさにそれ。
ガンダムの影響は大きいが、かといってガンダムがすべての戦局を左右したわけではない。
BF1でいうと、戦車は、銃弾が効かないし、爆弾一発で壊せるようなものでもないからまさに無双の如き活躍をみせるが、戦車だけが戦場を支配しているわけではない。
第一次世界大戦を追体験するようなキャンペーンなんだけど、まずは車の運転手から戦車の運転手になった人、戦時中にだまし取った戦闘機で最高のパートナーと一緒に戦った詐欺師、戦場で兄弟を探す兵士、若い人間を生かそうとする英雄の老兵、アラビアの部族の1人などいろんな主人公でプレイできる。どれも泥臭い。そして、いずれも儚い。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょうね!
と言うことで、
教えてもらったこと役に立ったこと、
書いて共有しておくわね。
好きなアーティストさんにお花贈ると
基本お花は消え物なのでアーティストさん側にも
うふふ。
2.お花屋の手配
3.名札を作ってもらうテキストを準備する
ってたったこれだけなのよ!
一個人(ファン有志)で勝手にそんなことしたら怒られると思ったんだけど、
一応念のため問い合わせてみたの。
そういうのにライブ会場が慣れてないところもあるかも知れないしね。
「大丈夫ですよー
ライブ当日の午前中に届くようにしていただけたら、
と、案外構えていたより、
ラーマ1/2をパンにたっぷり塗っても案外あっさりした味わいくらい
あっさりしてたわ。
OKなのね。
で、次お花屋さんの手配。
ネットで調べたら、
あんまり個人で贈ったみたいなノウハウ役に立つ記事が出てこないのよ。
手っ取り早く「スタンド花 ライブ会場名」とかって検索すると、
それがすぐ出てきたらしめたものね!
予算は、今回20000円を予定。
21600円
そこは送料込みで、ありがたかったけどお花屋さんから会場が遠方とかになると
別途送料も掛かるからそこも要チェック!
そういう所もチェック出来たらいいわね。
私のお願いした花屋さんは、
お花のお色も希望きいていただけて作ってもらえたわ。
会場行ってビックリよ!
凄かったわ!
よく
御祝○○○○ご出演
○○○○様
○○○○より
みたいなのあるじゃない、
あれの木の看板みたいなヤツは「名札」って言うらしくて、
名札代が込みかどうかも事前にチェックね。
あこがれのあれよ!名札!!!
なんか急にそれあるといいとも感でるじゃない!
そこは注文フォームに名札へ書いてもらいたいテキストを貼れてたわ。
誤字脱字だけは絶対気をつけてね!
押すな押すな的なフリじゃないからね!
で、当日無事飾ってあって、
撤収もしていただけるようよ。
お花幹事大変かと思ったけど、
たったそれだけなのよ!
これ、一回やったら楽しいわよ!
あと面白かったのが、
すぐにネットに上げてる人がいて意外だったわ。
SNSな世の中ねー。
で、嬉しかったことに
そのアーティストさんのSNSやらにも写真が上がってて嬉しかったわ!
もう、感動!
お花代は有志で後は現地で割り算してね。
ありがたいことに、今回ライブに来れない人も加勢したいって人がいて、
そういう人たちには、
メールアドレスに金額払ってもらえるように送ることが出来たわよ。
もちろんSquare決済も出来ちゃうから現地でカードもOK。
すごい便利な世の中ね。
でもよかったわー、
お花贈れて。
一生に一回だけじゃない。
そう思うと儚いわね。
うふふ。
これが誰かの何かの役に立つといいな。
と、言うことで
壮大にお花を贈っちゃったから、
味も美味しいわ!
うふふ。
これはもうこわいわ
何が言いたいって清水富美加のこと
日本以外じゃ当たり前で、そのくらい教義に厳格で、理解があり、また邪教を廃絶する
日本人にはわかりにくいかもしれないが、宗教というのは国家の上に来る存在で、極端な話、イスラム国家じゃ法律の上に戒律がある
なので、最低でもわからなきゃいけないのは、他人の信仰というのはものすごく敬意をもって尊重すべきことだ、ということ
俺は幸福の科学については、ほとんど何も知らないが、それを信仰する人を尊重したいと思うし、信者にとっては法より大事なこともあるということは理解してあげたい
何も問題ない
番宣ができない、仕事がまだ残ってる、多くの人に迷惑がかかる、そんなことを言って批判する人がいるようだけど、それ、イスラム国家やアメリカに行っても同じこと言えるの?
ここは日本だから関係ないって?日本じゃ宗教的無理解は許されると思ってるなら野蛮国家もいいところよ?
まあ、批判してるのは芸能人関係者で、一般の人は、ふーん程度と思う
しかし、批判してる芸能人の野蛮さに腹もたつし、恐ろしくもある
あんな海外育ち、スウェーデン人売りしてるような人間が、他人の信仰より上に、業界への迷惑を説きますか
外人売りしてるわりに、海外のデリケートなところ何も理解してないやないけ
まあなんだ
でも、これが教義ではなく、交通事故や重大な病気など、健康上の理由で続けられなくなったとしたら、ここまで反発し、批判し、大きく報じるようなことがあったか?
ないだろ?
一年前の今日、某テーマパークに行きパレードに出演している男性ダンサーを好きになった。
ダンオタというのはテーマパークダンサーを好きな人たちのことで、だいたいどこのテーマパークにもいる。夢の国にも、関西の映画の国にも、忍者村にだっている。
流行りの服装で一眼を持ってショーやパレードを待っている女の子がいたら、ほぼダンオタだと思って間違いないだろう。
では、何故どこのテーマパークにもダンサーのオタクはいるのか。それは私がのめり込んでしまった起因でもある。
一般的にテーマパークには多くのキャラクターがいて、ショーやパレードの主役はそのキャラクターたちだ。
ミッキー、キティちゃん、エルモ、アンパンマンなどなど、テーマパークで行われるショーの主役は彼らであり、彼らを中心に物語が描かれる。
キャラクターだけいればショーは成立するのでは、そう言われればそれまでで、最もその通りなのだが、テーマパークの広大な敷地のすべてにキャラクターを配置することはまず不可能だろう。そして、それが可能だとしても、絵面は寂しくなりそうだ。
そこで、テーマパークダンサーが現れる。主役のキャラクターを引き立て、ショーを盛り上げる。あくまでも、引き立て役であり脇役なのだ。
なら、どうしてそんな脇役にオタクがつくのか。
私は元々ゴリゴリのジャニオタだった。月に一回は何かしらのコンサートか舞台に行き、自担くんの出演舞台は全通もした。チケットにいくらかかったかはもう想像できない。大学生の時ですら、年間3桁の額を使っていた。
自分の服や化粧、食費は最低限で、バイトをいくつも掛け持ちしていたし、友達やゼミの飲み会には一切参加しなかった。今思うと、悲しすぎるキャンパスライフである。
しかし、それでもよかった。365日のうち300日はどこかで踊っている自担くんが大好きで、彼を見に行けるなら他のことなど必要なかった。
どうして自分が自担に対し盲目的でいて、そこまで必死に頑張れていたのか理由は分かっていた。
ジャニーズJrというのは、デビューしている先輩もしくは後輩のバックで踊っているダンサーのことで。Mステなんかで嵐が歌っているとき、やけに背景がうるさいなと思ったことはないだろうか。そういうときバックで踊っているのがJrだ。
Jrでいる間は事務所をいつ辞めるのかは自由で、昨日までいたのに今日はいなくなっているということはザラな世界だ。しかも、いつ辞めるという知らせは一切ないどころか、辞めたかどうかすらはっきりと分からない。
そんな儚い存在のジャニーズJrが目指すものはみな一様にデビューだ。CDデビューをして初めてJrを卒業する。それまでは、バックダンサーという立ち位置にしかなれない。
長くJrをやってデビューすると、こう言われがちである、「Jrの方がよかった」。せっかくデビューして事務所を辞める心配がなくなって、なおかつCDを買ったりコンサートツアーをやったり、活動する場所はどんどん増えていくのにだ。そして、何より夢にまで見た主役になる。
しかし、広いステージの真ん中でマイクを握る姿より、ステージの片隅で踊っている姿の方が良かったと思えるのだ。
世の中、なんでもそうだと思う。漫画の人気投票で主役よりも脇役の方が人気なことは多いし、コンテストで優勝した人よりも審査員特別賞の人の方が売れたりする。真ん中に立ち、スポットライトを浴びることだけが魅力ではないのだ。
ライトが一切当たらない暗がりを見ている人はいて、その暗がりにいる脇役を見つけたときは何とも言えない優越感がある。主役は誰にだって見える、というか見せるためにいる。主役が見えることは当たり前で、見えたときの感動はそう大きくない。
大勢の人が主役を見ている中で、私は脇役を見ている、私だけが脇役の演技を知っている。その感覚が常に私を頑張らせていた。
Jrは夢を持つ、目標を持つ。その誰にも見えない夢を私は応援したかったのだ。
Jrを好きな人がみなこんな理由で応援しているとは限らない。たまたま私の自担が舞台の仕事とバックダンサーが多かっただけで、バックにつかずテレビに出て活躍しているJrの子もたくさんいるし、そういう子のファンは違う感覚を持ち合わせているはず。
そして、件のテーマパークダンサーだが、彼らもまるでジャニーズJrのようだなと私は感じた。
テーマパークという枠に囚われ仕事を与えられ、主役になることを夢見ながら脇役として仕事に徹し、いつの日か音もなく目の前から消えていく。
誰かに気づいてもらいたいと思いながら懸命に踊る姿は、見た人の胸にそれは刺さるだろう。
私の場合も、「笑顔がかわいい人だなぁ」と思って見ていたら目が合って、手を振ってもらったのが始まりだ。「見つけた」「見つけてくれた」の瞬間である。
そんなこんなで、テーマパークダンサーはJr担の性癖に見事にジャストミートした。
皆が皆、同じような気持ちでダンオタをやっているとは思わない。ダンスが素敵だったから、顔がかっこよかったから、理由は人それぞれだが、ショーの脇役を見て好きになった境遇は同じなはず。
あまり脇役脇役いっていると怒られそうなのだが、ダンサーもショーの重要な一部だということは分かっているので悪しからず。
そんな私も盲目的にテーマパークのしきたりを守りながら追い続け、今現在は顔と名前を覚えられているところまでいった。パレードの最中に目が合うと「あっ」という顔をされ、今も「見つけた」「見つけてくれた」の関係は続いている。しかし完全にその立場は逆転し、今は私が見つけてもらう側になっている。なんでもそうだが、オタクが優位でいられるのは一番最初、好きになった瞬間だけであるから、これはもう致し方ない宿命だ。
これは私事だが、ダンオタというのはジャニオタに比べれば懐に優しい趣味だが、ダンサーというJrよりも一般人に近い存在のオタクをしている性質上、メンタルが抉られる事案が多いなと感じる。距離が近いため、手紙に書いた内容が次の日のパレードに全てダイレクトに反映されるのだ。そのレスポンスの速さたるや、自動返信サービスかと思う。
ファンサされたり、干されたり、機嫌の良い悪いですぐ態度をころっころ変える一般人に振り回される毎日だが、それでも楽しくてやめられずに1年経った。
ちなみに私の自担くんは今もJrだ。デビューはもうできないだろうと言われている。
脇役だろうとなんだろうと、私は好きな子はいつだって主役だった。
スポットライトを浴びることを夢見て踊る姿は、誰よりも輝いていたし、この子を好きでいることは自慢だ。
Jrもテーマパークダンサーも、儚い存在だけど何よりも強い存在感を放つ。それが人を惹き付ける魅力なんだと思う。
自担くんは今日も劇場で踊っている。テーマパークのダンサーは今日もパレードに出演している。
きっと、今日も誰かの主役になりながら。
水素水は詐欺だったみたいですが、これは技術の不完全さによって起きた悲劇と言えます。
AIが囲碁の名人を打ち負かしたように、昨今の科学の進歩は目覚ましく、やがて人類は本物の水素水を謳歌することになるでしょう。私たちは悲観的になってはいけません。
減圧した装置内のH2Oから真空蒸発濃縮法と呼ばれる技術によって水分を蒸発させます。
そうすると装置内のH2Oは水分が飛んだことにより成分が濃縮され、超高純度水素だけが残ります。これは通常の水素を濃縮した超高純度の水素で、化学式は(H2)2です。
通常の水素原子は純度が低いのですが、真空蒸発濃縮法によってH2Oから水分を飛ばして濃縮することにより(H2)2を取り出すことが可能になります。
濃縮還元水素水はこの超高純度水素(H2)2に水を加えることでできあがるものです。
ただこの過程に問題があります。(H2)2に元のH2Oと同量の水を加えてもそれはやや水素の増えたH2Oでしかないということです。
濃縮還元水素水を作成するにあたって肝要な点は、H2Oをできるだけ加えず超高純度水素(H2)2の濃度を高く保つということです。
したがって理論上完全な濃縮還元水素水はH2Oの含有量がゼロです。理論的に最大限まで水素の力を引き出す場合、(H2)2そのものを摂取する必要があります。しかしそれはもはや液体でないのはもちろんのこと目に見える物体ですらありません。
装置内のH2Oから水分を蒸発させ、その装置内に存在すると仮定されている超高純度水素(H2)2。しかし私たちはそれに水分などの溶媒を加えなければ取り出すことができません。
ここに問題があります。真空蒸発濃縮法後の装置内にあるとわかっている完全な超高純度水素(H2)2ですが、それを取り出すという作業をするにはどうしてもそれを不完全な形でしか取り出せないということです。
愛海「い、いきなりどうしたの?」
美波「実はね、愛海ちゃんへの苦情が、その、もうちょっと、シャレにならなくなってるのよ……」
愛海「苦情!? そんなあ、あたしのラブリーキュートなスキンシップがどうして」
美波「先っちょ」
愛海「あの、その、それは、その、あれ…… でも…… だって」
美波「さすがに先っちょをくわえるのは、もう、ペッティングなの」
美波「そう、ペッティングなの。いい? そして、ペッテイングは恋人同士としかしちゃダメなの。
確かに、私たちはアイドルだし、それも愛海ちゃんが触りたいふわふわのおっぱいを持った女性とっていうのは色々な価値観があるわ。
(大学生のお姉さんの真面目な話は省略)
愛海「う…… うん! わかった! あたし恋人作る! 愛海恋人作る! 合コンいく!」
愛海「でも、そんな女の子同士で恋人が欲しい人なんているの?」
美波「大丈夫、お姉さんに任せて! こんなこともあろうかと、前々から準備していたの」
愛海「わーい! わーい! たのしみだよー!」
(合コン当日)
亜利沙「アイドルちゃんと乱行できると聞いてやってきたですよ〜〜〜〜!」
前川「多田みくです。趣味は猫カフェ巡りです。よろしくお願いします」
小鳥「音無小鳥17歳です。きゃはっ! 今日は女の子とニャンニャンしちゃうニャン!」
安倍「安部菜々です。24歳です。最近一人の家に帰って一人で眠るのが寂しくて…… 今日は誰かの腕で眠りたいです……」
「「二人合わせてラブライカです」」
愛海「ツッコミ追いつかないよ! なにこれ? どうなってんの?」
美波「愛海ちゃんどうしたの? いきなり大声だして、ほら自己紹介」
愛海「いやいやいやいやいやいやいやいや、え? なに? これこういうギャグなの? バラエティなの?」
美波「何言ってるの! 真面目に」
愛海「真面目!? これが? これが真面目だと思うの!? そりゃプロジェクトクローネにフレデリカさんと唯さんがいるわけだよ!」
美波「え? なんで急に巻き込んだんの?」
愛海「みんながボケ倒すから、あたしもボケたくなったの!!!!」
愛海「ボケじゃないと!? この流れがボケじゃないとおっしゃられる?
亜利沙「アイドルちゃんと乱行できると聞いてやってきたですよ〜〜〜〜!」
っていうかごめん、まず最初はこれだったわ
全員身内じゃねえか!!!!
で、下ネタ!
いきなりの下ネタ?」
亜利沙「乱行できないんですか?」
愛海「できるわけないだろ! おま、お持ち帰りとかならまだしも、乱行って。
ぶっこむにしても限度があるわ!
で、次! みくさん!」
前川「多田みくです。趣味は猫カフェ巡りです。よろしくお願いします」
愛海「ツッコミどころ多いよ!
プライベート? これプライベートなの? アイドルの身内しかいないのに? ドッキリカメラ回ってんでしょ!?
前川「その、りーなちゃんが合コン行かないでってごねだして…… みくはりーなちゃんが一番だよって言ったら、じゃあ結婚して! って流れになって……」
愛海「ラブラブ! ラブラブ通り越して先進的な渋谷区に感謝しちゃったよ!
だのに!
だのに来ちゃったね!
愛海「真面目!
小鳥「音無小鳥17歳です。きゃはっ! 今日は女の子とニャンニャンしちゃうニャン!」
小鳥「アイドリッシュセブンのセブンは765プロの7」
愛海「アイドリッシュセブンはパクリの代名詞ではないからね!
あと、下ネタ! なに、これ亜利沙さんに続いてだけど、765プロは下ネタなの?」
じゃあ次! こずえちゃん!」
愛海「うんそっかー」
こずえ「そうなのー」
美波「え? 私?」
愛海「小学生! いや、小学生なのが悪いのかどうかは、あたし自身も中学生だからちょっとよくわかんないけど、
なんで!?
ほら、ありふみとか有名だし」
美波「はあ、愛海ちゃん。そういうアニメ版に極端に依存したカップリングのみで二次創作が埋まることを是非としない人も」
愛海「じゃあ、みくさんがアスタリスクの設定いらなくない?
美波「それは、その、固定カプがある方が…… 有名だし?」
愛海「だろうねえ! そういう、あざとさ感じるわー」
小梅「あざといアザトート」
愛海「次! 次! ウサミン! ウサミン!」
安倍「安部菜々です。24歳です。最近一人の家に帰って一人で眠るのが寂しくて…… 今日は誰かの腕で眠りたいです……」
愛海「24歳……」
愛海「泣くならやるな! あと下ネタ!
「「二人合わせてラブライカです」」
あと、なに合コンだっつってんのに、固定カップリングできとんねん!
夕闇のさきー
ひかるーほしたちー
儚い夜全部絡ませ
心細さを感じる!」
愛海「もういいよ」
愛海「小梅ちゃんは何してるの?」
それは誰の目から見ても歪で理解不能で人前にさらせないモノのなので、
私の潜在意識は蓋を固く閉じる。
だが、そんな歪な自分を傍において、様々な角度から照明を当てて
過去にSNSというこの時代の発信方を通して様々な人間と関わってきた。
それぞれが光を一切見失いそうな闇を隠し持って当たり前のように生きていた。
『 お前も人殺しなのか?』と問われることもあれば
親に捨てられた過去に縛られ、妻子と家族団らんの時間が辛くて耐えられないのだと、
大方、一般の人間には理解できない苦しみを訴えてきている人物もいた。
嘘か真実か知る由もないが、明らかにそういった闇をかかえた人間はこの世に五万といるだろう。
誰もが人に言えない秘密を幾つか胸の内に抱え
それを隠すことは何よりも大切な生きる上での処世術であるがゆえに
隠す技術を磨くことばかり、巧みになっていく。
それでも、薄汚れて懸命に何かを掴もうとしていた愚かな自分を受け入れて
常に傍らに置きたい。
そう思えるのは、SNSで今まで関わってきた男達のおかげだ。
人が一生の中で手にできる事は限られている。
光が欲しくて、闇に手を伸ばす人間の弱さを私はもう笑うことは出来ない。
これ雰囲気づくりだよ。夜景の綺麗なレストランをデートの締めにすると見せかけて、よい雰囲気になったらホテルにしけこむみたいな(実際そんなことするのか知らないけど)。今から夢小説に没入する人のための雰囲気づくり。わかるか。
これも雰囲気づくりだよ。自己紹介だよ。ここから、夢小説を読む心の準備をさせてくれてるんだよ。大方の夢小説は(偏見に満ちているだろうけれども)二次創作で、既存の(原作の)キャラクターとの恋愛なんだろ? 好きなキャラクターから名前を聞かれてなにが悪い。歴代ポケットモンスターでも主人公は博士から名前を聞かれるんだからな。あれで(あっ、わたしポケモントレーナーになるんだ)みたいな気持ちになるんだよ。促しているんだよ!わたしは今からこのキャラクターと恋愛するんだよ!
(夢小説の)主人公が、なにか(主人公のかけ算の)相手にとって「おもしろい」行動をとったときに言われるやつ。
主人公補正だよ! 「名探偵コナン」ではコナンくんが行く先々で(あるいはどこにも行かずして)事件に遭遇するだろ。あれはそういう物語なんだよ。事件に遭遇しなきゃコナンくんは「名探偵」にはなれないんだ。いくら名探偵といえど事件をかけらも知らなきゃ、解決のしようもないだろ。恋愛もの夢小説で、主人公が相手と両想いになるためには、相手も主人公を知らなきゃいけないんだよ。きっかけだよ。「ほう……おもしろい」はきっかけだよ! 主人公を知らずして、相手を知らずして、どう両想いになるんだよ!
美人すぎる強すぎる完ぺきすぎる胸が大きすぎる性格がよすぎる云々。
これも主人公補正だよ! 言わば(もしかしたら作者の)理想の姿(かもしれないもの)だよ!
コンプレックスないの? かわいくない弱い賢くないなにもできない胸が小さい性格が悪いって、実際にどうか知らないけど、なにがしかのコンプレックスありませんか? わたしにはあるね。胸が小さいし小さなブラジャーがないし「お客さまのサイズに合うブラジャーのとり扱いはございません」って大人になっても言われるし。夢小説を書く(読む)ときくらいボン・キュ・ボンの美人でもいいじゃないか! って思うね。
それでなくたってだな、キャラクターとの釣り合いのことを作者が考えたかもしれないんだぞ。完ぺきすぎるキャラクターに、あまりに凡庸すぎるキャラクターは似合わないみたいな。ハリー・ポッターの宿敵の闇の魔法使いヴォルデモートなんか若いころは「ホグワーツ開校以来の秀才」で超絶美形で人心掌握もできて、つまりなんでもできるんだよ。(おそらく)唯一の欠点といったら「愛を知らなかった」ことだよ。そんなキャラクターに「おもしろい」と思われるには(愛を教える……なんて傲慢! でも教えたいし助けたい! あわよくば交際したい!)、よほど人間ができている(性格がよい)とか同じくらい頭がいいとか人心掌握最高とか美形とか、そういう特別な設定が必要だとは思わないか? 繰り返しになるが、わたしは思う。
そのまま。こういうときの主人公は女性のことが多い(偏見だけど、もしかしなくても夢小説は二次創作であったりその主人公が女性であることが多いんだな)。
ヒロイン補正だよ! ヒロインつったけど別に男でもいいんだよ。でもヒロイン補正だよ。劇場版「名探偵コナン」を見たことがあるか? 蘭ちゃん、空手強いよな。てかあの世界のメインキャラクター武術嗜みすぎよな。それはおいといて、都大会優勝レベルとかいって、拳銃かなんかの弾を避ける程度には強いんだよ。実力者だよ。でも、いざというときには油断したりしてなかったりして、敵に捕まったり船にとり残されたりしたんだよ。こういうの、物語の展開のためっていったらそのとおりだけど、そんなもんだし、やっぱりヒロイン補正なんだよ。いいじゃん、好きな相手に助けてもらえるんだよ。強すぎると助け甲斐がなさそうだけど、ギャップ萌えとかあるじゃん。たまに見せる弱い一面にドキっとさせられるんだよ。素直に受けとろうよ。
戦力として数えられないほど弱いのに前線に立ちたがるみたいな。拒否されると、こっそり前線の近くまで行くみたいな。そんで、そのせいで(主人公の)味方の勢力が不利になったり主人公が捕まったりするんだな。
これもヒロイン補正だよ! 主人公補正でもあるよ! なにがどれがとか言えないけど、「できないからってあきらめるわけにはいかない」とか、なんかそういうことあるじゃん。やっぱり物語の展開には必要だったりして、これをきっかけに主人公が成長したりしなかったりするんだよ。失敗は成功の元って言うじゃん。見てるとイライラするけど、あとあと「おまえ成長したな」って思えるときがくるかもしれないんだよ。それに弱くてでしゃばることが、必ずしも悪いことになるとは限らないんだよ! 物語の展開にもよるけど。
悲劇的な殺人事件の唯一の生き残りだとか、殺人犯の子どもだとか、ロミオとジュリエットだとか、あまりの美しさに嫉妬した継母に家を追い出されたとか。なんか壮絶な過去。
これも主人公補正だよ! (夢小説の)物語の展開には必要になる(かもしれない)んだよ! ハリー・ポッターの過去は壮絶だぞ。史上最悪の闇の魔法使いヴォルデモートに両親を殺されたばかりか、そのヴォルデモートを赤子の時分に撃退したんだぞ! 親は友だちに裏切られてるし、なにかあるたびに額の傷は痛むし。でも、そんな過去がなかったら『ハリー・ポッター』の主人公にはなれなかったんだぞ。その過去が壮絶な(夢小説の)主人公だって、もしかしたらその壮絶な過去がなかったら、その夢小説の主人公じゃなかったかもしれない!
小学生や中学生や、それなのに、両親が海外で働いていたり亡くなってたりしてて、たくましく一人で暮らしてて、生活力がすごい。ことがある。みたいな。
知るかよ! たぶん主人公補正だよ! 少年マンガとかで、親が出てこないことあるだろ? 子どもの物語を描きたいときに、(言っちゃ悪いけど)両親という小道具が邪魔になることもあるんだよ。都合がいいんだよ! 作者に!
二次創作で、既存のキャラクターと……ってことが多い。過保護なまでに友愛を注がれていたりいなかったりする。
主人公補正だよ! 主人公はなにの主人公かって、夢小説の主人公だよ! 実在しない(悲しい!)キャラクターと、せめて夢小説のなかでくらい仲がよくたっていいじゃん! こんな友だちいたらいいなーとか、思わないの?
二次創作で。「未来を知っているわたしが未来を変えるわけにはいかないの」と悩んでいることもある。
あなたなにを読んでるの? 夢小説だよ? 異世界トリップもの! ほかのなにより明白に「その世界に存在しないもの」が紛れこむんだよ。てか異世界トリップものじゃなくてもだね、夢小説の主人公って、そういうものじゃないの? なにかしら変えちまうんだよ。こういうものなんだよ。だって原作に、あなたいないでしょ? でも夢小説の主人公っていうのは、たいていあなたで、原作にいなかったキャラクターなんだよ。いいじゃん、未来を変えたって。わたしはハリー・ポッターに倒されるヴォルデモートの未来を変えたいというか過去から変えたいというか、そもそもヴォルデモートになってしまうこと自体を変えたいというか、そういう気持ち、あるよ。
「ごめんね☆ ぼくのミスでうっかりきみをあれこれしちゃったから、お詫びに異世界へ連れていってあげる」とか。
あなた「神さま」を笑うの? 笑えるの? ノリ軽すぎとか突っこんでよいお立場ですか? 創造物ヒトだよ。脆くも儚い、神の創造物だよ。どんな態度で主人公に接したっていいだろ。これは神さまの、いわば気遣いだよ。創造物ヒトが怖がらないように発狂しないように、精神の安寧をすら気遣って、それでいろいろしてくれるんだよ。
宗教とか勧誘とか、そういう怪しい意図は、ここには一切ございませんし、わたくしそういうのの一員ではない。
「夢小説あるある」はネタなんだけど、使うひとにとっては、おおむね三種類それぞれの意味合いがあると思う。
そして、それを見たひとの楽しみ方は、おおむね二種類だとも思う。
「夢小説あるある」というネタである。使うとき、「こういうことがあった」「こんなんなんだろうな」「これあるある」という感情がある。それを、懐古や侮辱の共感を狙って、Twitterなどで発信する。
わたしもネタにする。ここであげたものは、わたしが通ってきた道で、歩いている道だ。現役の身としては、「こんなことがあったよね」という懐かしさを抱く。そして、これがすべてではない。
ところで、夢小説を好きだったことのないだれかは、どうやってこんな「夢小説あるある」を知るんだろう。まあ偶然にも夢小説サイトに出会った、なんてことはあるかもしれない。あるだろう。WWWは広く開かれているから。でも、だ。わたしは「夢小説あるある」ネタで「夢小説あるある」を知ったひとも、いると思う(それが「#夢小説あるある」の形をとっていたかは知らないけど)。そして、それをそのまま、偏見とともに受け入れ、侮辱の意味で(無意識かどうかを問わず)使ったり使わなかったりする。
使われ方には三通りあると言った。黒歴史、偏見、そして現在だ。この道を、まだ歩んでいるひとがいる。わたしもその一人だ。一例を挙げたけれど、あんなもの、ありふれているんだ。黒歴史と感じて恥じ入ることはあるかもしれない。かつての自分の作文を、目の前で読みあげられたら、あるいは自ら読み返したら、恥ずかしくもなるだろう。こと年を経るにつれ(幼稚園やら小学校で書いた作文は、大人になってみたら、支離滅裂だったり言葉が滅茶苦茶だったりするだろう)。そんなものだと思う。夢小説だけじゃなくて、文章だけじゃなくて。あんな下手な料理を人に振る舞っていたのかとか、あんな掃除でやり遂げた気になっていたのかとか、あんなボールの蹴り方をしていたのかとか。この日記だって、わたしの恥ずかしい思い出の一つになるかもしれない。
「夢小説あるある」が黒歴史の意味を持っているあなたに聞きたい。その黒歴史、いつのお話ですか? その黒歴史を歩いていたとき、あなたはおいくつでしたか? あなたは今おいくつですか? 黒歴史黒歴史って言うけど、作文だって下手な作文をめいっぱい書いてうまくなるんだよ。幼稚園児に、「きみはいつか大学で研究論文を発表するんだよ」って言ってごらんよ。わたしは信じられないよ。わたしはその黒歴史(下手だったり恥ずかしかったりするやつ)を積み重ねて、今はかつての面影もないようなウェブサイトをつくった。今ネタにされているホームページの面影なんかないからな(いにしえのホームページが悪いわけではない。ただわたしの好みの問題です)。「ほう……おもしろい」は、古今東西、あらゆるところで使われているんだ。なにも夢小説だけじゃない。プリキュアでも仮面ライダーでも、ちょっと自分にたてつくやつには「ほう……おもしろい」で余裕の笑みを浮かべるんだよ。わたしは今も使っているけど、昔よりはうまくなったと思うよ。
あなたの黒歴史は、あなたの過去だ。いろいろな人に黒歴史はあるかもしれない。けれど、それは今じゃない。スマートフォンのOSのメジャーアップデートの頻度をみてみろ。VRが家庭にやってきた。HTMLもCSSもバージョンを重ねたし、ウェブサイトの文字コード指定の主流はUTF-8になった。というか、ガラパゴスケータイじゃないんだよ、今は。スマートフォンだよ。かつて(もしかしたらそうかもしれない)黒歴史をつくっていた人たちが、今まで(夢小説を)つくるのを続けてきて、どうして変わらないと思う? 実際、JavaScriptの仕様変更にともなって、元祖(おそらく)ドリーム小説用変換ツール「DreamMaker」は、あまり推奨されなくなったよ。でも、同じJavaScriptでありながら現代基準のaliceもあるし、PHPを使うdream.phpというツールもでてきた。名前変換機能のついた投稿サイトpictMalFem(BLやGLに特化した姉妹サイトあり)もある。初めがどうだったかなんて知らないけど、夢小説は「キャラクター♂×自分♀」だけじゃない。今はいろいろな楽しみ方がある。二次創作だけが、恋愛だけが、自分♀だけが夢小説じゃない。
笑わないでほしい。侮辱しないでほしい。夢小説に、こんなあんまりな偏見を向けないでほしい。たとえ今つたなくとも、続ければうまくなる。再三になるが、人は進歩する。成長する。成長しうるんだ。続ければ。はじめたばかりのひとが、いきなり職人レベルのものをつくれるなんてことは滅多にない(あれば、それはそれでおめでたいことだと思うけど)。たいていは、つくり続けて、こつこつと上達していくんだ。けれど、笑われたり侮辱されたり、偏見を向けられたりして、「夢小説を好きでいること自体が、書くことが、読むことが、恥ずかしい」と思うひとがいる。わたしは「夢小説あるある」をあげたけど、雰囲気づくりだし、お化け屋敷におどろおどろしいキャッチコピーがつくようなものだし、あるいはありふれた要素だったりするんだよ。ちっとも恥ずかしいことではない。でも、恥ずかしいと思って、やめてしまったら、それ以上うまくなることはないし、それ以上楽しむことも、夢小説自体を楽しむひとたちと楽しみあうこともできなくなる。
夢小説について偏った知識しか持たないひとには、侮辱するのではなく、今の夢小説のことを知ってほしいし、できれば読んでほしいとも思う。夢小説が気になっているひとも、恥ずかしがらずに、まず読んでみてほしい(書くことから始めるのでもいいけれど)。
答えはOKだった。その瞬間は、この人生がこのまま終わってもいいくらいに嬉しかった。
だけど、それはある意味では当然の結果といっても良かった。
なぜなら、その告白までに、実に1年近く僕は苦労を積み重ねていたからだ。
思い返せばこの恋はずっと片思いだった。
その期間は10年といっても過言ではないだろう。
まさに一目惚れだった。
自らの理想を絵に描いたような女性が、目の前に座っていたのだ。
透き通るような白い肌、光をすべて吸い込んでしまうような黒い髪、ふれれば崩れてしまいそうな儚い存在感、それでいて、自らの意志に従う素直さは、その場にいる男性をたやすく圧倒してしまいそうなほどの強さがあった。
出会ったその日から、僕は彼女のことだけを考える日々を過ごした。
何をするにも彼女のことばかりが頭をよぎり、彼女の前に立つといいようのない緊張感に支配されていた。
だけど僕の臆病さは、その関係を崩す勇気を与えてはくれなかった。
まさに僕にしてみれば、彼女の近くにいることさえできれば満足だった。
彼女を自分の所有物にしようだなんておこがましいことは想像すら許されなかったのだ。
ある時、そんな僕がいつまでも独身であることに疑問を唱える女性が現れた。
何も考えてないような女性で、デリカシーという言葉とは到底縁遠い性格だった。
僕はその女性に対して、長年の片思いであると吐露してしまったのだ。
するとその女性は、それならばその恋愛を成就するために手を貸してくれるというのだ。
最初は拒んでいたのだが、彼女の得体のしれぬ押しの強さに渋々従うことになってしまった。
会話をしたような記憶もほとんどないが、彼女は僕のことをよく知ってくれているようだった。
同じく片思いの女性のこともよく調べているようで、何が好みかか、いつもどんなポリシーのもとに生活をしているのか、ことこまかく僕に教えてくれるのだった。
時に、好んで通っていそうなお店までリサーチして、僕を誘い出してくれた。
支払いは僕の役目だったが、そうして得られる情報は心の底から貴重と思えるものだった。
そんな訓練を1年近く経て、かくして僕は憧れのあの人に対する数多くの情報を手に入れることができた。
そうした数多くのリサーチデータをもとに、いよいよ食事に誘い出すことになったのだ。
誘い出す先は、応援してくれた彼女がしっかりと選んでくれたまさに数日前にオープンしたばかりの鉄板スポットだった。
誘い方も、プライベートすぎないように、それでいてあなたでなければわかってもらえないような抑えておくべき最新スポットであるような、そんな賢しい誘い方だった。
お酒が二人の距離感を程よくあいまいにしてくれた頃、僕は満を持して今までの募る想いを打ち明けるに至った。
彼女に教わったとおりに、どれだけ真摯にこの思いを大切にしてきたか、性格やふるまいのどんな細部に魅力を感じたのかを、一つ一つゆっくりとうちに秘めたる炎の熱量が余すことなく伝わるように、それでいて押し付けるほどくどくなりすぎぬように気を使いながら。
彼女は静かに頷きながら、僕が話し終わるのを待っていたかのように、僕の両手を握り返した。
むしろこんな私でいいかと聞き返しながら、彼女の瞳は涙に潤んでいた。
それは僕が欲しがっている答えのはずだった。
それを欲しいがために、この10年を過ごしてきたのだ。
しかしその瞬間に頭に浮かんだのは、そんな僕に対して涙を流さんばかりの勢いで喜ぶ、この1年間を告白の手伝いに費やしてくれた女性の笑顔だった。
人生における幸せとは、果たして臨んだものが手に入ることだとは限らないことが多い。おなじく、望んだものが手に入らなくとも、それが不幸とは限らないのだ。
僕は結局、告白を受け入れてくれた一目惚れの相手ではなく、その恋愛が成就することを願い、手付ってくれた女性と結婚することになった。
30代中頃の男です
昔好きだった人(中学生の頃の同級生の女子)が、数ヶ月前に亡くなりました。
当時俺もその女の子のことが好きでした。
じっと人の目を見て話してくる子で
彼女「T君の好きな人教えてよ」(それまでも、休み時間にこのくだりは何度かあったが、お互い言ってなかった)
彼女「じゃあ、私が先に言ったら教えてくれる?」
俺「・・・それなら、いいよ」(誰であってもいいやと、はらをくくって)
彼女「T君」
俺「俺も、Kさん」
ちょうどそのタイミングで
ってことがあったな。
それで、その後すぐに1回告って、つきあって欲しいって伝えたけど、ダメで。
(相手がなぜだめだったのかを、告った緊張で当時聞き漏らしたが、その後も暫くは好きでいてくれたようだった)
はずかしくて話ができなくなって
なんかいろんなことどうでもよくなって、クラスのみんなから下ネタで笑いをとるような男になってったな。
高校の時にもう1回告ってフラれて。
家で心不全で突然倒れたんだと。
旦那が家に帰ると、倒れてて間に合わなかったらしいが、その時、幼いこどもは近くにいたのだろうか。
ようやく見てきたので感想。
ネタバレあるよ。
『君の名は。』は秒速レクイエムと『ほしのこえ』ぐらいから新海を見てきたヤツは言うんじゃないかなと思う。
終盤の展開は、わざとらしいぐらいモロカブリだった。
そーなんす。自分の中からほとんど失われてしまったあの子を、何を探してるかすらも忘れてしまったのにそれでもずっと追い求めてる、ってゆーある意味クッソ気持ち悪いアレをもっかいやるんすよ。
でもって明確にリフレインされてるのが、“すれ違う”と“電車に乗ってるときに見かける”のふたつ。
すれ違いは、『秒速』のラストで印象的に使われていた。線路で“君”とすれ違い、お互い渡りあった後に振り返るけど電車が走ってきて、それも何本も重なって長い時が流れる。遮断器が上がったときには“君”はもういない。
『君の名は。』では今度こそ振り返った時そこに阻むものは何もなく再会できるのかと思わせておいてスカす。心憎い演出だと思う。
『秒速』では電車に乗ってる貴樹は“君”らしきひとを見つけるけど乗ってるのは急行で彼女も気づかず再会できない。
『君の名は。』ではお互いが電車に乗っていて、ドア越しに決定的な再会を果たす。すぐ間に電車が走って分かたれるけど、『秒速』と違ってお互いが求めあってるので“君”がいなくなったりはもうしないのだ。
で、この違いを生んだ最大の理由に奥寺先輩をあげておきたい。瀧のバイトの先輩で、淡い恋心を抱いていた女の人。
三葉と入れ替われなくなった瀧は彼女を求めて飛騨に向かう。なぜか奥寺先輩(と友人A)がついてくる(そう、貴樹と違って瀧くんには友人がいるのだ!)。演出上は探せど探せど手がかりが見つからないシーンのコメディリリーフなんだけど、彼女が「ラーメン食べたい」と言ったお陰で次のシーン、ひいては三葉との再会へとつながる。
構造的に言うと、瀧くんには三葉との間を埋めてくれる第三者がいて、貴樹にはいなかったっつー話になる。
瀧は奥寺先輩に二度振られる(といってもどちらのタイミングもすでに三葉のことが好きになってるので、違うっちゃ違うんだが)。特に二回目は奥寺先輩の薬指に結婚指輪が見える形でそれが露わになる。
これは三葉の指に存在しかねなかった指輪を奥寺先輩が引き受けてくれた――と『秒速』を経た人間としては思った。
音楽。
天門→RADWIMPSだね、と。うん、この映画にはあの前向きなボーカルが必須なので大正解だと思う。川村元気の功績として語られることが多いこのチョイスだけど、ガチならそれだけでプロデューサーの役割は果たしたと言えるぐらいにRADWIMPSだった意味は大きい。
なお歌が流れてるときは映像が後景化しあたかも曲のPVであるかのようにしつつ話を圧縮して転がしていくのは見ていてかなり気持ち良かった。
この辺りはファルコムを出すにしろminoriを出すにしろ、長編映像を作る前に短い映像をたくさん作ってた話を出すにしろ、新海の本領と言える部分なので、さもありなん、といった感じ。
あと映像について。
初めて話を見せるための映像になったなという印象。『秒速』って映像を見せるためにお話がついてくるといった感じがあったでしょう。『秒速』に限らず、『ほしのこえ』も『雲の向こう、約束の場所』に関してもそう。
今回だって「あー、このシーンみせたいんだなー」と感じるところは何個もあって(隕石が落ちてきてそれを眺める最初のシーンとか、太陽を背にふたりが逢魔が時に再会するのとか)、新海の癖だろう映像から話おこしてる感が完全に消えたわけじゃない。
でも、今回は映像を見てるんじゃなくお話を追ってる感が見てるあいだずっとあった。だから映像はキレイだし印象に残ってる画面はあるけどそれじゃなくお話で満足した感がある。
もっと言えば映像の凄さは超展開の強引さを埋めるために機能したというか。
あのかなり無理やりなお話を、映像の凄さで納得させたというか。
新海誠は自分の絵の凄さをようやくフルに使えたんではなかろうか。
ここまで来たらぜんぶ書いちゃうか。
三葉ちゃんめちゃくちゃ可愛かったね。新海のどこがいちばん成長しましたかって聞かれたら女の子がちゃんと可愛かったって答えるわ俺。世界をしょった儚い女の子とか可憐な女の子はこれまで何人も出てきてたけど(『星を追う子ども』と『言の葉の庭』は見てない)、三葉のような見ていて楽しい、素直に可愛いと思える、愛着の湧くヒロインは初めて。このタイプのヒロイン自体が初めてなのに圧倒的に成功してるというのはほんとすごいと思う(単純にキャラデザがいいってのはあるけど。『ほしのこえ』は新海本人、あとはいろんなひとに作監お願いしてきたけど、今回がいちばんウェルメイドだと思いますふつーに)。
おっぱいについて。
瀧くん執拗なほど三葉のおっぱい揉み揉みしますよね。あれもちろん単なるセクハラじゃなくて(セクハラなんだけど)、①サービスシーン、②(妹につっこまれることで)コメディシーン、③(重ねることで微細な差が生まれる)コメディシーン、④キャラの置かれてる状況の違いを強調する小道具エトセトラな効果があります。
おっぱいモミモミにこれだけの多重性を持たせられたってのも新海成長したなあと思いました。というかこれ誰かがそうしろって新海をたぶらかしたんじゃないかと思うんだけどどうだろ。
とりあえず。
映像のためのお話じゃなく、お話を表現するための映像になったのと、三葉がものすごく好感の持てるキャラクタになってたという二点で新海は本当に化けたと思う。見る前はただのフロックじゃねーのと眉唾だったけど、地力ついてきたとふつーに思うので、これまでもがき苦しんできた新海本人はもとより支えてきた周囲の方々にも本当にお疲れ様、次回も楽しみにしてますと言いたい。あと天門はどこかでまたいっしょに仕事してあげてください。minoriとはもうしなくていいです。
棒ラーメンの美味しい作り方知ってるかしら?
麺を茹でるお湯とスープを作るお湯は別々で作ると美味しいのよ!
既知かもしれないけどね。
うふふ。
さらにラーメン丼もお湯入れてあらかじめ温めておくとプロるわよ。
強火で蒸発した分の水分を引き算して、
袋に書いてあるレシピの水の量とは
ちょい少なめで、
そうね、ま勘でやってちょうだい、
50mlくらいは少なめのお湯でスープ作ると
薄くならなくてマイウーなメンラーができるわよ!
そうね、ラーメンでも食べて帰りましょう。
あら、でもなんて行列なのかしら、
寒い中を待ってるのは大変だけど
美味しいラーメンを食べたいわ。
はらはらと海苔は崩れ、
ほのかにあった温もりも
冬の寒さに消えて無くなりそうでした。
なんて儚いのかしら、
まるで私のマッチのよう。
ジュバ!
すると、またラーメン屋さんの店員さんが彼女の元にやってきました。
コンロの火が付かなくなってしまいました。
すっかりもうラーメンの口ね、
お昼はラーメンにしようかしら。
それっていわゆる、かん水。
あれはさすがに飲み物じゃないわね。
秋深しに先駆けて
またホッツウォーラーの季節がやって来るわ。
梅干しも買ってきておきましょう!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!