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2024-05-25

なぜ日本FPS流行らなかったか

なぜ日本FPS流行らなかったかといえば、制作されるのがチーム対戦ゲームばかりだったかである

チーム対戦ゲームは「労働」に過ぎないと、以前述べた。

チームで勝つためのセオリー規範確立は、参加者を隷属させ、そこには「労働」が現出した。

普段から臆面もなく雑に働く欧州人にとっては「労働」がレジャーたりえるのであって、

日本人はさような「労働」に無賃休日出勤するほど殊勝ではなかっただけである

かつて唯一の希望があったとすれば、ArenaFPS1on1路線の重大さに気づいていればよかったのである

しかに「デュエル」という個人対戦モードはあった。

しかし、数ある対戦モードの一つ、余興の一つという扱いを辞めるべきで、

覚悟と決意をもって、FPSにおける個人対戦ゲームの道のりを進むべきだった。

個人参加なら「デスマッチ」でも「バトルロイヤル」でも良いというわけではない。

数ある群像の中の一人では、観戦コンテンツとして弱いのである

無論、「チームデスマッチ」だの「キャプチャーフラッグ」だの「サドンデス」だの「ドミネーション」だの「エスコート」だの、

いくら対戦ルールをこねくり回してみたところで、ダメである

それがチーム対戦ゲームの時点で、運命は決まっていた。

デュエル」にしても、遮蔽物ごしの駆け引きという消極的なシーンが多々見られる点はいただけない。

観客にしてもプレイヤーにしても、壁や景色監視し続けるために、わざわざ休日を割いているわけではない。

格闘ゲームのように、対戦プレイヤー位置は常に表示しても構わなかったのだ。

FPSにおいては、位置情報秘匿も駆け引きの内と、信じて疑わなかったところが限界だった。

防御を軸にした格闘の駆け引きと、回避を軸にした銃器駆け引き、題材の根本差異が生み出す限界であった。

マップ上に点在する武器リソースを拾い集めるというArenaFPSのコンセプトは、それに付随するものだ。

そうでもしなければ、有利なポジションで銃を構え続けるだけなのだから

怠惰FPSプレイヤーたちを動かすために、ゲームデザイナーはエサをバラまいて釣らなければならなかった。

だが、その涙ぐましい工夫でさえ、リソース差をつけて、まだ何も拾っていない丸腰に等しい相手蹂躙し続けるという、

観戦に堪えないシーンを産み出し、それがテクニックや力量の証であるという開き直りに至る始末であったが、

もちろん内輪の人間以外に通るわけもなく、順調に衰退コンテンツたる現状に至っているわけである

それでもかつて「デュエル」による競技の試みはあった。

だが、日本世間一般では格闘ゲームesportsプロゲーマー第一号とされているとおり、その試みは歴史の闇に潰えたと見るのが客観的妥当であろう。

その観戦のつまらなさと敷居の高さは内輪志向を加速させ、限界集落と揶揄される衰退コンテンツとなった。

私としては、個人対戦FPSが、プロスポーツのように、生計を立てる手段の一つとして勃興していてほしかった。

野球ダルビッシュ選手は「自分価値がある人間じゃない、1番最初野球ルールを作ってくれた人がいて、そこに自分達が生まれてきて、その才能がたまたまあっただけ」という。

FPS以外になんの取り柄もない私が生計を立てるには、FPSを通じて身を立てるのが自他共に最も幸福だろう。

しかし、そうはならなかった。

私は価値がなく、運もない人間だった。

数少ない上位プレイヤーたちは、内輪の馴れ合いとゲーミングデバイス実演販売業で満足してしまった。

からFPSにきた若者たちも、チーム対戦ゲーム限界気づき、今ではゲーム配信者として、揃いも揃って格ゲーを嗜む有様である

すでに全員、取るモン取って逃げ切り体勢、焼畑農業である

芽は、私が来る前に、とうに枯れていたのである

2023-03-30

グリッドマン ユニバース』を観た。

シンエヴァあくま現実を主軸として虚構も悪くないよね、というスタンス作品だったと思う。対して本作は同じメタフィクションでも、現実を生きるアカネちゃんの姿も写しつつあくまフィクションをそのものを優しく、熱く肯定してくれる作品だった。落書きグリッドマンが新フォームになるのは意志の槍ガイウスみたいなだなって思った。

冒頭の前置きのシークエンスで、虚構世界にも日常はあり、グリッドマンと共に戦った後に帰る大切な場所なんだろうと思った。

怪獣出現と新世中学生との再開が割とすぐで、話が早い作品だと思った。ダイゼノンメンバーの出し方も良かった。

文化祭の準備の辺りから劇中劇についての話でメタフィクションとしての主題提示され始める。設定盛り過ぎじゃない?リアルじゃないよ、とか。六花は人間ドラマ大事にしたいけど周りからは反対されたり、内海アクション大事だろ、とかの話もまさに自己言及

結局台本は書き直されてアカネちゃんが消される話とかも、この作品自体への言及になっている。

ガウマが姫と再開したり、嬉しい要素ではあるけど、ん?と思うような展開に視聴者違和感を抱く頃、裕太もそれに気が付く。フィクションなんてキャラが多いほど良い。カオスで良いんだよ。だけどなにかヘン。

そこでアレクシスが現れてから物語が展開して加速的に面白くなった。シリアスさは演出しつつ、コミカルさも残すシュールさが良かった。BLEACH月島さんのアレを思い出してちょっと面白かった。おちゃらけて飄々としたキャラが立っているのは終始一貫していて良かった。

その後の裕太の混乱から怪獣出現、別次元キャラ消失するシークエンスアンチくんとグリッドマンのアノシラスが現れた時の安心感といったらね。その辺りのキャラちゃんと拾ってくれるのかと思った。

アカネちゃんに作られた世界キャラクターに過ぎない事実を受け入れられるのか、という蓬の言葉は、グリッドマンから続く虚構の是非の話だ。アノシラスの国家とかだってフィクションじゃん、でもそれは別に悪い事じゃないよね、というのはナラティブから離れたマジレスだな……と思った。この辺りからメタフィクションとしての主題がかなりはっきりと提示された気がする。グリッドマン実体を持たず、人間が云々という辺りも劇中の射程を超えたフィクションのものへの言及なんだろう。何度か観てもっと咀嚼したい。

グリッドマン自身宇宙になって云々、というくだりはほぼ理解できなかったし、まあ初見理解させる気もないんだろうと思った。とんでもない存在と化したグリッドマンと一体化すれば解決するけど、裕太の自我も失われてしまう、という点を押さえればまあヨシと思った。

妙に棒なバイクの兄ちゃんプール監視員の人?何故……?と思ったが、調べたら電光超人絡みのファンサービスらしい。

アクセスフラッシュ後の暗転から、オープニングの実写の人間の目の意味が明かされる。現実に帰ったアカネちゃんが、箱庭の中のキャラクターを友達として助けるというのが良かった。真っ当に生きていたんやな。

グリッドマンが裕太の日常を奪ってしまった事に謝罪するけれど、楽しかったよと肯定するのがとても良かった。

アレクシスドミネーションして敵を探す辺りからもゴチャゴチャしていて、あまり細かく理解させる気はないなと思った。ラスボス怪獣現実存在サムシングメタファーと受け取ったが、より具体的な事はまたじっくり考えたい。

なんやかんやでインパーフェクトユニオンが流れて色んな合体を見せる所で同窓会映画お祭り映画としては既に満点を叩き出していた。TV版ではちょっとユニオン使いすぎじゃね?と思っていたが、2時間映画で満を持して流れた日にはもうね。劇場に来て良かったと思わせてくれるには十分の迫力あるシーンだった。

アカネちゃん魔法少女シーンや巨女化する二代目

こちらがちょっと気恥ずかしかった。立花の太ももあんまりフィーチャーされないんだなと思っていたが、アカネちゃんデカパイ露骨だった。

トリガーらしいノリと勢いで大団円を迎えて、お祭り映画に終止しない良い映画だったなあ……と思った。

ラストは二人がくっついて百合オタクは不満だったかもしれないが、直前にダイゼノンを履修してヘテロの口になっていたので私は大満足だった。ダイゼノンテーマであった、過去清算した未来に進むという事もしっかり拾われている。

六花が劇で自分の伝えたかった人間ドラマが届いたかは分からないけど、楽しめてもらえたなら良かったと言う所もこの作品を優しく包み込んでくれた。

ガウマの姫の出会いと別れはカオス引き起こしアクシデントだったけれど、 彼らが交わした会話は紛れもなく本当にあったもので、だからこそ彼も過去をすっきりと清算して、新しく得た居場所で前に進めるんだと思った。

お祭り映画としてだけでも、こちらが欲しているものを存分に与えてくれた。怪獣優生思想の人らは出なかったが、あくまグリッドマンユニバースだし、彼らは過去に囚われた過去の人達なのでまあ……と思ったら二回目に観たら一瞬だけ文化祭を楽しむワンカットが挟まれてた。

そして何より、グリッドマンから続く虚構肯定ダイゼノンから未来を勝ち取るという主題について優しく、熱く、力強く語りかけてけれた作品だった。

2018-11-01

FPSは銃打ち合いゲーばっかりじゃない

かに2014年ぐらい(体感からもっと前かも)までのFPSは銃の打ち合いだったけど、今はそうでもないよ。

オーバーウォッチ

いきなり反則ぎみだけど、銃の打ち合いじゃなくてヒーローパワーの競い合いだよ。

人を狙う必要がないキャラもいてリアル銃器戦争は無理だけどこれはOKって人そこそこいる。

 

スプラトゥーン

まぁ、これはわかるね。インク飛ばし合うゲーム任天堂ようかんがえたなって思った。

ルールナワバリバトルっていうのが独創的で良い。それでも人は戦いを求め続けてドミネーションみたいなのが出来たときはびっくりした。

 

DEPTH、DbD

いわゆる「非対称型FPS」ってやつ。他にもあるけどこの2つが有名かな?後自分が知ってるのはEVOLVEとかいうやつ(やってない)

Depthは銃が出てくるけど片方はサメなので銃VSサメから撃ち合いではない、DbDは鬼ごっこなので出てこない。(シューティングといえるのか…?)

 

エルダースクロールシリーズ

これは全然最近でもないけど、FPS(もしくはTPS)で銃じゃなくて剣と魔法物語をするよ。

年明けには6がでるよ。

 

まぁ、これだけ上げたけどそれでもCoDバトルフィールドが売れ続けてるんだからFPSは銃撃ち合いゲーと思われても仕方ないんだけどね。

2017-08-02

バトルフィールドは良い

(※ このエントリ釣りエントリーです。どういう釣りなのかは言いませんので推理でもすればいい)

俺は重度のCoD厨。BOからハマり、新作が出るたびに買って「BOは良かったな」「BO2は良かったな」っていうクソ老害

IWはなんだあれ。あそこまで行くともうオーバーウォッチしたほうがいいわ。

そんな毒づいた俺に友人が勧めてくれた「バトルフィールド1(以降、BF1)」。

正直、BFは4とハードラインをしたけど、戦車戦闘機やヘリや車やらで苦手だった。室内戦だけしていたいと感じるぐらいに。

BF1も変わらないんだけど、すごく良いので、まとめたい。

近未来兵器一切なし

もう、100人いて100人賛同してくれる内容だと思うんだけど、ビームレーザー、反射レーザー、異様に硬いドローン、投擲物どころかミサイルまでもを完全に焼き尽くすトロフィーシステム、透明になったり、一気に足がはやくなったり、空を飛んだり、ロボット兵士がいたり、そういうのがない。

出てくるのは世界大戦中の性能の悪い武器戦争を変えたといわれる異様に強い重戦車

CoDは家の中で人を簡単バラバラにしてしまえる爆弾をつかっても家が異常に頑丈につくられているので問題ないが、BFの家は崩れるし、地面はえぐれる。

臭い。最高に。最高だ。

ワチャワチャ感

32vs32なので、チーム戦ではあるが自分一人が強ければ味方を勝利に導けるとは限らない。

自分は一兵士なので、どんだけ死のうが、どんだけ味方の足を引っ張ろうが勝つ時は勝つし、負ける時は負ける。

「じゃぁ自分勝利に貢献してる感覚はすくないのか?」といわれたらとんでもない。むしろ、1人の勝利貢献が大した事ないゲームからこそ「自分(または自分分隊)がゲームを作ったな」というような勝利に立ち会えた瞬間に喜びは凄まじい。

基本的コンクエスト(他のゲームでいうとドミネーションみたいなやつ。スプラトゥーンならナワバリバトル)の話だが、戦力が拮抗してなかなか盤面が動かないC陣地があったとして、そこを無視して1人で相手の陣地に忍び込んでうろちょろする。

そうすると5~6人が「奇襲をかけられているぞ!」と思って前線を離れて自分を狩りに来る。

自分一人で前線から5~6人の兵を退けることに成功してそのままC陣地に味方がなだれ込み拠点制圧。この瞬間が本当にたまらない。そして自分操作していた兵士は死んでしまうのだ。儚い…。

皆で勝ち取った勝利感がすごい

これは凄まじい。上記のように「自分ゲームを作った」という感覚はあるが、それでも結局は「みんなががんばったから」という感想が一番大きい。

激戦区を突破できたのは後方で拠点を守ってくれた味方がいたからだったり、奇襲をしかけて敵の戦力を削いだ人がいたからだったり、戦闘機で地上を支援してくれた味方がいたからであって、自分一人ではどうにもできない。どれも必要。だから、勝った時の喜びはみんなで分かり合える。負けた時には素直に「自分たちはここが相手とくらべて至らなかった」「相手チームの奇襲に完全にやられた」など前向きに負けを理解できる。

ガンダムアムロは「自分もっと強ければマチルダさんを生かせた」とウッディ大尉に言って「戦争はそんなもんやないで」という場面があるけどまさにそれ。

ガンダムの影響は大きいが、かといってガンダムがすべての戦局を左右したわけではない。

BF1でいうと、戦車は、銃弾が効かないし、爆弾一発で壊せるようなものでもないからまさに無双の如き活躍をみせるが、戦車けが戦場支配しているわけではない。

キャンペーン儚い

第一次世界大戦追体験するようなキャンペーンなんだけど、まずは車の運転手から戦車運転手になった人、戦時中にだまし取った戦闘機で最高のパートナーと一緒に戦った詐欺師戦場兄弟を探す兵士若い人間を生かそうとする英雄の老兵、アラビア部族の1人などいろんな主人公プレイできる。どれも泥臭い。そして、いずれも儚い

それは、自分たち第一次大戦がどうなったかをしっているからだ。俺は、老兵の話が一番儚くて好きだ。

 
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