はてなキーワード: 久保とは
追記:指摘があったので訂正します。「唐の頭」とは正確にはヤクの毛の兜飾りのことです。武田信玄や石田三成が描かれるときに、よく兜に付いているカツラみたいなやつのことですね。珍しくて高価なものではあるのですが、三河武士のあいだでやたらと流行っていて、十人いたら七・八人はヤクの毛をつけていたらしいです。というのも、ヤクの毛を大量に積んだ貿易船が難破して三河に漂着したから、棚ぼたで手に入れたんだとか。そら「過ぎたるもの」と言われますわ。
「本多平八」とは徳川四天王のひとり、本多忠勝(1548生)のこと。
三方ヶ原の戦いに先立つ一言坂の戦いで、退却する徳川軍の殿を本多忠勝がつとめた。
治部少は石田三成(1560生)のこと。
「島左近」(1540生)はもともと筒井氏に仕えていた武将で、一説には当時の三成の禄高の半分である二万石で召し抱えられた。
関ヶ原の戦いで討ち死にしたが、敵の足軽が後々まで悪夢に見たというほどの戦いぶりだったという。
「佐和山城」は三成が改修した城で、五層の天守閣を備えた立派なものだったが、中に入ってみると極めて質素な造りだった。
「白隠」とは「臨済宗中興の祖」と言われる高僧・白隠慧鶴(1686生)のこと。
大量の書画を残しており、その作風は荒々しくバランスの崩れたものだが、それが逆に迫力を生んでいるとして現代でも人気が高い。
「津軽屋敷」とは、本所にあった津軽藩の広大な江戸屋敷のこと。
火災のときに版木ではなく太鼓を叩くのが「本所七不思議」として知られている。
「炭屋塩原」とは、炭団を改良して一代で豪商となった炭屋の塩原太助(1743生)のこと。
明治期には「塩原多助一代記」として立身出世物語が語られ大人気となった。
亀山とは、現在の三重県亀山市にあった、東海道の亀山宿のこと。
「伊勢屋蘇鉄」とは、亀山宿の旅籠・伊勢屋の庭にあった蘇鉄の名木のこと。
「京口御門」とは、亀山宿の西端、つまり京へ向かう道に作られた門のこと。
坂の頂上に建てられ、下から見上げると壮観だという。
祖父が江島生島事件の江島の弟だったため甲斐に流罪となり、南柯は甲斐で生まれて岩槻藩士の養子となった。
儒学を学んだ南柯は、藩の要職を歴任し、隠居後は私塾・遷喬館を立ち上げて子弟教育に努めた。
「時の鐘」とは、城下に時を告げるために1671年に設置された鐘のこと。
改鋳されたものが現在まで残っていて市指定有形文化財となっている。
「鳶の薬缶」とは「薬缶平」と呼ばれた幕末の火消し・平五郎のこと。
本職は鳶職人で、頭がハゲていたので「薬缶」と綽名されたらしい。
「原宿の山車」とは、青山熊野神社の祭りで使われる山車のこと。
「延寿太夫」とは、歌舞伎の伴奏音楽として発展した浄瑠璃「清元節」を創始した、初代・清元延寿太夫(1777生)のこと。
「鶴屋南北」とは、「大南北」とも呼ばれる歌舞伎狂言作者、四代目・鶴屋南北(1755生)のこと。
一関藩は、仙台藩から分知されて成立した小藩で、現在の岩手県一関市にあたる。
「時の太鼓」とは、城下に時を告げるための太鼓のことだが、これは幕府から特別に許可されたもので、鐘ではなく太鼓が設置されるのは非常に珍しかったらしい。
「建部清庵」(1712生)は蘭学を学んだ名医で、『解体新書』で有名な杉田玄白の盟友であった。
これは加藤家が改易されたあとに熊本藩に入った細川忠興の評らしい。
八代城は、熊本県八代市にあった城で、1622年に完成したもの。地名から「松江城」とも言う。
熊本藩の本城はかの熊本城であり、一国に二城あるのは特例である。
その気兼ねもあったのか、城は未完成で放置されており、天守閣だけは壮麗だったというが、それも1672年に落雷で消失した。
「乞食の松」とは、「浜のお茶屋」とも呼ばれる松浜軒庭園にあった松のことらしいが、詳細は不明。
保土ヶ谷とは、現在の神奈川県横浜市にあった、東海道の程ヶ谷宿のこと。
「苅部清兵衛」とは、その程ヶ谷宿の本陣・名主・問屋を務めた苅部家の当主が名乗る名跡のことで、地元の名士として代々慕われたという。
「花見寿司」は程ヶ谷宿の名物で、現在でもその伝統を引き継ぐ店があるとか。
挙母城は、三河・尾張・美濃・信濃・遠江・伊勢・近江が見えるということで七州城とも呼ばれ、「大手御門」とはその立派な正門を指している。
「海老名三平」とは、挙母藩の剣術師範役に代々指名された海老名家当主の名跡で、落語家のことではない。
「だんじり祭り」は全国でも有名なお祭りで、1703年から始まったという。
「千亀利のお城」とは岸和田城の別名で、五重の天守に総構えの立派なものだったが、天守閣は1827年に焼失している。
松平定信に「昌平坂学問所で朱子学を教えるべき」と訴え、これが「寛政異学の禁」の原因となったという。
京都に出て絵を学び、仙洞御所の屏風を描いている。西山拙斎とは親友同士だった。
川ではなく道に掛かっていて、立体交差となっているのが特徴。
「にっかり」とは、刀剣乱舞でも有名となった名刀「にっかり青江」のこと。
「茶壺」とは、二代目藩主・京極高豊が好んで収集した、陶工・野々村仁清の茶壺のこと。
「多賀越中」とは、京極家の筆頭家老を代々務めた多賀家当主の名跡。
三原とは、広島藩の支城である三原城があったところで、現在の広島県三原市のこと。
その「過ぎたるもの」とは、まず石高のわりに壮麗な「三原城」。
三原城主であり広島藩筆頭家老であった浅野忠真(1618生)に、徳川家光の娘・月渓院が一目惚れし、駄々をこねて彼の側室に入ったために使用を許可された「葵の御紋」。
日光東照宮の工事にあたって、難所をわずか十日で仕上げて称賛を集めた家臣「鈴木方衛」の三つだそうな。
「過ぎたるもの」とは、藩政を改革して名君と謳われた藩主の「板倉勝明(1809生)」。
第六代安中藩主・板倉重形のときに作られたという、城下に時を知らせるための「安中様のお太鼓」(一ノ関だけの特別扱いだったはずでは…!?)。
「火ノ見半鐘」は江戸で最も高いと言われる火の見櫓があったから。
「岡の桜」は、御番医師・岡仁庵の屋敷に植えられていた大きな枝垂れ桜のこと。
「更科の蕎麦」はそのまま更科そばのことで、蕎麦御三家の一つである蕎麦処・更科が永坂にあったことにちなむ。
「表御門」は、三大陣屋と呼ばれる飯野陣屋の門のこと(か?)。
「森要蔵」(1810生)は幕末の著名な剣豪で、保科家に剣術指南役として仕えていた。
森要蔵は藩に召し抱えられたあと、近所の麻布永坂・岡仁庵の屋敷の一部を間借りして道場を構え、
更科そばの初代も、この屋敷に反物商として出入りしていたところ、
蕎麦を打つのが上手いということで藩主から蕎麦屋になることを勧められ、
同じく麻布永坂に店を出した、という縁がある。
奈良生まれの儒学者・森田節斎の言葉であり、高取とは現在の奈良県高取町にあたる高取藩のこと。
「山のお城」は高取城のこと。
日本国内では最大規模の山城で、その白漆喰が輝く様を「巽高取 雪かと見れば 雪ではござらぬ土佐の城」と評した言葉が残る。
「谷の昌平」とは、幕末の儒学者・谷三山(1802生)のこと。
若年の頃に聴力を失うが、勉学に励んで大成し、高取藩に召し抱えられて尊王攘夷を説いた。
新城は、現在の愛知県新城市にあたるが、「新城藩」は藩主が安中藩に移封されたため1645年に消滅、代わって旗本の菅沼氏が入った。
「前の小川」とは、新城陣屋の堀へ水を引き入れるために作られた運河のことらしいが、現在は存在しない。
「太田白雪」(1661生)は、地元の名家の生まれで、松尾芭蕉門下の俳人となった。
「刻の太鼓」は、例によって城下に時を知らせるための太鼓のこと。
「関の鉄砲」とは、関之信が開いた「関流砲術」のことで、その宗家は土浦藩の鉄砲指南を代々務めていた。
下総は下総国のことで、現在の千葉県北部と茨城県西部のあたりを指す。
「久保木蟠龍」とは、儒学者の久保木清淵(1762生)のこと。
伊能忠敬と親交が深く、忠敬亡き後は大日本沿海輿地全図の完成を手伝った。
「正次」と「興里」はどちらも鍛冶師で、刀を打たせれば正次が、兜を拵えれば興里が優れていると言われていた。
そこで正次の刀で興里の兜を斬ったところ、兜は両断できなかったが欠け、刀には刃こぼれがなかったため、引き分けということになった。
しかし実のところ、興里は兜が割られないよう小細工をしており、それがなければ正次に負けていただろうと分かっていた。
悔しがった興里は刀を打つようになり、後に「長曽祢虎徹」として知られる名工となった、という伝承があり、歌舞伎の演目になっている。
「正次」は志摩兵衛正次という名らしいが、こちらはよく分からない。
「佐野の桜」とは、旗本・佐野政言の屋敷にあった見事な枝垂れ桜のこと。
「塙検校」は塙保己一(1746生)のことで、盲人として検校にまでなりながら、著名な国学者でもあった。
秋元とは、現在の埼玉県川越市にあたる川越藩主の秋元喬知のこと。
「無の字の槍」とは、藩祖・泰朝が家康から賜った十文字槍のことで、鞘に「無」の金文字があった。
「岩田彦助」(1658生)は、川越藩の家老を務めた儒学者のこと。
「河原布衣徒」は河原にいる乞食のことと思われるが、芸が上手かったことを言っているのか、よくわからない。
「千秋の寺」はそのまま千秋寺のことで、昔は二十余棟からなる大伽藍があったが、戦火で失われたらしい。
「不動並木」とは、谷田部藩主・細川興昌(1604生)が植えたもので、沿道に二百本ほどの松が並んでいたというが、現在はない。
「広瀬周度」(1782生)は、杉田玄白門下の蘭学医でありつつ、画家としても活躍したという人物。
「飯塚伊賀七」(1762生)は発明家で、自宅の向かいにある酒屋まで往復するからくり人形や、人力飛行機などを作っていたという。広瀬周度から蘭学の知識を得ていたとも。
徳山は、長州藩の支藩で、現在の山口県周南市のあたりにあった徳山藩のこと。
「藩主墓所」は、徳山藩毛利家の菩提寺である聚福山大成寺にある歴代当主の墓所のこと。
「聖人南面して天下を聴き、明に嚮ひて治む」というこの言葉は、過去の改元の際に江戸時代だけで8回、計10回候補として勘案されているが、通算11度目にして採用された。岩倉具視が松平慶永に命じ、菅原家から上がった佳なる勘文を籤にして、宮中賢所で天皇が自ら抽選した。聖人が北極星のように顔を南に向けてとどまることを知れば、天下は明るい方向に向かって治まるという意味である。
「大正」の由来は『易経』彖伝・臨卦の「大亨以正、天之道也」(大いに亨りて以て正しきは、天の道なり)から。「大正」は過去に4回候補に上がったが、5回目で採用された。
「昭和」の由来は、四書五経の一つ書経堯典の「百姓昭明、協和萬邦」(百姓昭明にして、萬邦を協和す)による。漢学者・吉田増蔵の考案。なお、江戸時代に全く同一の出典で、明和の元号が制定されている(「百姓昭明、協和萬邦」)。国民の平和および世界各国の共存繁栄を願う意味である。
新元号の発表時に小渕恵三が述べた「平成」の名前の由来は、『史記』五帝本紀の「内平外成(内平かに外成る)」、『書経(偽古文尚書)』大禹謨の「地平天成(地平かに天成る)」からで「国の内外、天地とも平和が達成される」という意味である。日本において元号に「成」が付くのはこれが初めてであるが、「大成」(北周)や「成化」(明)など、外国の年号や13代成務天皇の諡号には使用されており、「平成」は慣例に即した古典的な元号と言える。
http://mikado-bunko.jp/wp-content/uploads/2018/05/3025bcae9d232990ea364a15905396c4.pdf
安延, 安化, 安寛, 安観, 安慶, 安恒, 安治, 安長, 安徳, 安寧, 允徳, 永安, 永基, 永吉, 永光, 永康, 永錫, 永受, 永昌, 永世, 永清, 永大, 永貞, 永禎, 永同, 永寧, 永平, 永宝, 永命, 永明, 永隆, 延化, 延嘉, 延弘, 延寿, 延祥, 延仁, 延世, 延善, 延禄, 延祚, 応寛, 応観, 応久, 応元, 応平, 応宝, 応暦, 応禄, 応烋, 嘉延, 嘉享, 嘉恵, 嘉康, 嘉高, 嘉彰, 嘉仁, 嘉政, 嘉長, 嘉徳, 嘉福, 嘉文, 嘉猷, 会同, 皆安, 開成, 乾永, 乾亨, 乾綱, 乾天, 乾徳, 寛安, 寛応, 寛化, 寛久, 寛恵, 寛承, 寛寧, 寛裕, 寛禄, 漢徳, 監漢, 監徳, 観国, 観仁, 観徳, 含弘, 喜慶, 喜元, 喜文, 義同, 久応, 久化, 久治, 久承, 久長, 久徳, 久保, 久暦, 久和, 休祐, 休和, 享安, 享延, 享応, 享久, 享寿, 享正, 享長, 享封, 享宝, 享明, 協中, 協和, 恭明, 興化, 興徳, 興文, 欽永, 慶永, 慶延, 慶治, 慶仁, 慶成, 慶徳, 敬徳, 継天, 継明, 堅永, 建安, 建嘉, 建光, 建功, 建寿, 建初, 建承, 建正, 建聖, 建太, 建大, 建中, 建貞, 建定, 建福, 建文, 建平, 建万, 建明, 建禄, 建和, 顕応, 顕嘉, 顕祥, 元安, 元延, 元化, 元嘉, 元観, 元喜, 元吉, 元功, 元康, 元初, 元聖, 元長, 元貞, 元寧, 元宝, 元万, 元竜, 玄通, 光文, 功永, 広運, 康楽, 康承, 康長, 康徳, 康寧, 康文, 康豊, 康万, 弘永, 弘応, 弘建, 弘元, 弘徳, 弘文, 弘保, 弘暦, 恒久, 洪徳, 高克, 祉長, 至安, 至元, 至治, 至正, 至聖, 至平, 治延, 治応, 治建, 治昌, 治政, 治定, 治徳, 治平, 治万, 治和, 寿延, 寿考, 寿長, 寿徳, 修文, 柔嘉, 俊徳, 淳紀, 淳仁, 淳徳, 順安, 順応, 順享, 順治, 順明, 承延, 承寛, 承慶, 承天, 承統, 承寧, 承宝, 承禄, 昭応, 昭化, 昭建, 昭長, 昭徳, 祥応, 祥久, 祥見, 祥和, 章明, 紹明, 慎徳, 神化, 神和, 仁永, 仁応, 仁化, 仁興, 仁厚, 仁昭, 仁成, 仁政, 仁正, 仁長, 仁保, 仁宝, 仁豊, 仁養, 垂拱, 瑞応, 成功, 成治, 成徳, 成和, 政化, 政教, 政至, 政治, 政善, 政徳, 政平, 政和, 正永, 正化, 正観, 正吉, 正建, 正弘, 正仁, 正万, 正禄, 盛徳, 斉治, 斉泰, 斉徳, 斉万, 戴徳, 泰和, 大安, 大応, 大嘉, 大寛, 大観, 大喜, 大亀, 大亨, 大慶, 大元, 大康, 大弘, 大初, 大承, 大仁, 大政, 大中, 大長, 大寧, 大武, 大平, 大万, 大暦, 大禄, 地寧, 中興, 長育, 長永, 長応, 長嘉, 長観, 長喜, 長慶, 長寿, 長祥, 長仁, 長正, 長寧, 長平, 長万, 長養, 貞嘉, 貞吉, 貞久, 貞亨, 貞勝, 貞正, 貞徳, 定業, 定保, 廷正, 禎応, 禎祥, 天嘉, 天寛, 天観, 天亀, 天久, 天求, 天享, 天興, 天業, 天啓, 天恵, 天健, 天建, 天弘, 天受, 天寿, 天順, 天叙, 天澄, 天成, 天政, 天静, 天節, 天聡, 天大, 天秩, 天貞, 天定, 天統, 天同, 天寧, 天佑, 天悠, 天祐, 天隆, 天烋, 天祚, 同徳, 同和, 得寿, 徳安, 徳永, 徳延, 徳化, 徳嘉, 徳久, 徳建, 徳元, 徳寿, 徳仁, 徳政, 徳斉, 徳善, 徳保, 徳暦, 徳禄, 徳和, 徳祚, 寧永, 寧延, 寧治, 寧長, 寧和, 能安, 能成, 武功, 福応, 文嘉, 文寛, 文観, 文享, 文建, 文元, 文功, 文康, 文弘, 文始, 文承, 文昭, 文祥, 文仁, 文長, 文定, 文同, 文平, 文邦, 文万, 文隆, 文熙, 平康, 平章, 平泰, 平和, 保嘉, 保貞, 保徳, 保寧, 保佑, 保禄, 保和, 輔徳, 宝安, 宝観, 宝承, 宝仁, 宝文, 万安, 万永, 万応, 万喜, 万弘, 万祥, 万長, 万貞, 万徳, 万寧, 万福, 万保, 万宝, 万禄, 万和, 明安, 明化, 明享, 明教, 明建, 明順, 明政, 明徴, 明長, 明定, 明保, 明宝, 明万, 靖寛, 有治, 容徳, 用保, 陽安, 養寛, 養元, 養治, 養寿, 養仁, 養万, 立成, 立徳, 隆治, 竜徳, 令徳, 礼道, 暦久, 暦長, 暦万, 暦和, 禄永, 禄長, 和元, 和政, 和同, 和徳, 和寧, 和平, 和保, 和宝, 和万, 和暦, 咸章, 咸定, 咸寧, 咸保, 咸和, 洽和, 祟徳, 秉徳, 綏禄, 遐長, 雍和, 熙康
元号の条件とされているのは以下。
さらに
あたりは追加して良さそう。
そのうえに
といった推測ができる。
過去の落選候補をこうした条件のもとで選り分けていくと、「永」「久」「仁」「文」あたりの漢字が単純で分かりやすい感じがする。
平和志向については、「平」「和」が既に使われており、「安」がNGなので、「康」「寧」あたりを(どちらも画数が多くて「寧」なんかは特に避けられる気も)。
半角スペース区切りで検索すると二つの漢字が近い位置にある文章が出てくる。
候補をいくつか並べていく。
永康兆民
可久則賢人之徳
久しかるべきは、すなわち賢人の徳。
君子体仁足以長人
君子は仁を体すればもって人に長たるに足る
君子の心構え系。
文王康之
いまどき文王って…みたいになりそう(でも五経とかで「文」っていうとだいたい文王なんだよな)。
文王卑服,即康功田功
文王服を卑しくし、康功田功に即けり。
同じく周の文王系。
いやあ、難しくない?
どれも一長一短でピンと来るやつがないわ。
検索したのは「経典文献」カテゴリのみだけど、「史書」のほうまで検索しないと良いのはないかもしれない。
落選候補以外かつ五経以外から個人的に考えるなら、史記の「偃武行文」から「行文(ぎょうぶん)」なんてどうだろうか。
というのも、書経の「偃武修文(武を偃せて文を修む=戦争をやめて学問を修める)」から「修文」というのが「平成」と並んで候補になったんだけど、昭和と同じイニシャルだから落選してしまったという話があり、それなら同じ意味の「偃武行文」から取ればイニシャル問題は解決できるんじゃねーかなって思ったから。
まあそれはあるんだけど読みを変えればセーフということにしたい。
あと前の候補の「修文」もそのまんま「学問を修めること」だから、それが候補になったということはありなのかなって。
ここまで頑張っても「天皇の諡号となるからには『徳』は避けられる」というとこに気付けない増田であった - mahalのコメント / はてなブックマーク
「徳」は祟りそうな天皇に与える慣習があり縁起が悪いから、明治天皇が倒した徳川の「徳」だから、皇太子が「徳」仁親王だから、の三つを考えたけど、どれのことを言っているのか分からなかった。
でもいずれにせよ確かに避けそうだと思ったので「徳」は無いのかなあ。
Twitterで言うとデレステ騎士団という名の運営担当Pから
「運営も慈善事業じゃない」「努力が足りない」「愚痴ってないで要望投げろ」と粛清されるので。
どうしてほしい、考えを改めてほしいという意見ではなく、こんな考えを持った人間もいるというだけの話です。
はっきり言って今のデレステ運営はクソだ。肥溜めを丸ごと煮詰めたがごとくクソだ。
先日、星輝子の恒常SSRが追加されたが、輝子P達はSSR追加を2年待たされたのだから用意されるのは恒常より格上の期間限定SSRだと思っていた人が多かったように見受けられる(自分の目に入る範囲ではあるが)。
総選挙は常に50位圏内で結果を残してるとはいえ担当贔屓の戯言に過ぎないため限定かどうかはこの際置いておく。
問題はその際のカード名が[individuals]である点だ。individualsといえば早坂美玲・森久保乃々・星輝子の3人による人気ユニットだが、このカード名はが意味するものとは少し前にデレステを騒がせた「[P.C.S]五十嵐響子」と同じ、「アイドル一人ひとりの個性に合わせた特別な衣装」ではなく、所謂ユニット衣装を身に纏ったSSRである。
アイドルがユニット衣装を着ることは悪いことではない。「ちょっと待って無理尊い」とか言っとけばそれっぽくなる。
ただ、デレステにはドレスショップという主に過去のイベントで登場したユニットの衣装を有償スタージュエルで購入出来る機能がある。
[individuals]も[P.C.S]も過去にイベントで新曲を披露したことのあるユニットであるため、当然ドレスショップで販売されるものと大多数のプロデューサーは思っていたであろう。
だが、運営はドレスショップ機能ではなくガシャで引いて衣装を入手してくれと提示してきたというわけだ。
先日は[羽衣小町]という小早川紗枝、塩見周子の2人から成るユニットの「[羽衣小町]小早川紗枝」が恒常SSRとして追加され、その後立て続けに「[individuals]森久保乃々」が恒常SSRとして追加された。「[羽衣小町]塩見周子」「[[individuals]]早坂美玲」も時間の問題である。
これは完全に運営としてはドレスショップを活用せずに利益を取りに来たということだ。
ユニット衣装は細かい部分こそ色合いやアクセサリーの一部が異なる点を除いてデザインが共通しているため、新しくデザインを考える必要が殆ど無く、加えてモデリングも流用出来ると推察できる(デレステの場合衣装毎のモデリングでなく首から下を個別で作るという手間のかかる手法を取らざるを得ないので一概には言えないが)。
あまり手抜きという言葉は使いたくないので、SSRの衣装を3着考えて作るよりは似たような衣装を3着作ってガチャにぶち込んだほうが楽なのは間違いない。人気キャラともなればガチャもそこそこに回って売上も確保できるだろう。
そして今後も楽をするために[トライアドプリムス]や[ポジティブパッション]等のユニット衣装を制作するだろう。ドレスショップで小銭拾いをするのではなく、ガチャ産衣装として。
正確に数を数えているわけではないが、心なしか今年に入ってからのデレステ発の新曲イベントで登場するユニットは2人ユニット、3人ユニットが多いのも、ドレスショップを使わずにガチャ産にするためだろう(5人ユニットは流石にドレスショップを使わないと今以上に顰蹙を買うと思う)。
作業の効率化自体に悪い事は一切ないが、ユーザーから明け透けになってしまってはそれは手を抜いていると思われても仕方がない。慈善事業じゃなくビジネスなのはわかっているが、信用を失っては今後ビジネスすら成り立たなくなる可能性もあるのではないか。
さて、私の担当は万年総選挙160位辺りを彷徨っているであろう、声無しの中でも特に影が薄いアイドルである。似たような属性を付与され且つ運営からの寵愛を受けている上位互換のアイドルもいる。
ユニット衣装がSSRではなく、ドレスショップでの販売であったのならば、声無しアイドルのSSRが増えていた可能性も捨てきれない。
人気キャラクターの「ユニット衣装ではないSSR」が増えていた可能性のほうが高いものの、今は存在しない世界線の話なのでいくら言っても無駄ではあるが、事あるごとに「スタッフはアイドルが大好きです」と宣う運営に対して異を唱えることは間違っている事ではないと考えている。
私の担当アイドルのSSRを実装することは運営にとって慈善事業だろう。全ユーザーの中で数十人にしか需要がないかもしれないが、声無しアイドルを多数SSR化してきた実績があるのではないか。
年間200億円以上の売り上げを誇り、AppleやGoogleへの手数料、バンナムへのIP使用料を払っても尚有り余る大金は開発費として使用され、結果的にユーザーへと還元されないのか。されるべきとは思ってはいないが、以前のデレステの場合は還元されていたと感じているので、こういった不満が出てくる。
そして運営にも要望という形で何度も問い合わせしている。(結果は決まってテンプレをちょこちょこ変えた見たことのある人も多いであろうあの大げさな文章)
それでもなお改善が見込めないのであれば、その気持ちをTwitterで漏らすことはそんなに悪なのだろうか。運営批判を許さない昨今の界隈において弾圧される声なのだろうか。
担当アイドルの人気が上がらないのは、担当プロデューサーの努力不足だろうか。
努力の欠片もないサプライズボイス等と銘打って運営の動かしやすいアイドルに声が付く現状で、そんな中でもイラストを描き認知度を高め、総選挙でガシャを回し1票でも多く担当アイドルの力になろうと努力しているつもりだが、実力主義の世界では結果が伴っていないと努力不足なのだろうか。
最初の話に戻るが、「運営も慈善事業じゃない」「努力が足りない」「愚痴ってないで要望投げろ」等と弾圧しようとしてくる連中のほとんどは5~6年前ぐらいから元々人気のあったアイドルの担当だ。運営の寵愛を受けた所謂ゴリ押しアイドルを担当している者もいる。
デレステから入ってデレマスの競争文化に馴染むのはいいが、君等の担当アイドルは君等のおかげで今のポジションにいるわけじゃないということも理解してほしい。そして努力している人間に軽々しく努力が足りないなんて言うもんじゃない。
そんなユーザーがTwitterに溢れているから良識を持った、運営に対しノーを突き付けられるユーザーが界隈を離れていき運営の体質が改善されないのであろうか。
全てが正しいと思わない。私の意見を絶対的に肯定しろとも思わない。
しかし、今のデレマスにおいて運営とユーザーが腐りきっていると感じる人間もいるということを否定しないでほしい。
👹
30を過ぎた頃から、泣く頻度を減らすようになった。減ったのではなく減らした。たとえば映画を見て泣くとき、涙の分だけどうしても自動的に加点されてしまうことや冷静な判断力を失うことが嫌だったし、何より安直な涙は思慮が浅く頭が悪い印象が強かった。
飛内源一郎さんは、私にとって別格だった。「久保みねヒャダこじらせナイト」の最終回で飛内さんが自らの手紙を音読するのを聞いたとき、私の中の何かが強烈にゆさぶられて、嗚咽レベルの号泣が止まらなくなった。
飛内さんは青森で旅館を営む一般人だ。「とびない旅館」の宴会場は、飛内さんがこれまでに収集した昔のおもちゃで溢れかえっていて、宿泊客に80年代の漫画やアニメ、かつて流行したおもちゃのことを息つく間も無く話しかける。
かつてはクリエイターとして妖怪祭りをプロデュースしたり、活躍していたらしい。だけど日のあたる場所には人間関係の軋轢も多く、活躍に対して心ない声もあったようだけどそれはよく知らない。
(多くのテレビ製作者は、きっとその詳しいエピソードを下品に掘り下げネガティブなBGMをつけて感情移入の材料として存分に活用するんだと思う。経緯はわからないけど「そんな飛内さんに対し、心ない声も。」の一言でさらっと終わらせた久保みねヒャダの番組構成がとても良かった)
最終回の手紙は、ひたすらに出演者たちに対する感謝と労いの言葉でうめつくされていた。
自身と先生たちとの関わりが「カンダタに垂らされる糸のよう」と表現されたその手紙は、武骨な文字とともに彩り豊かな優しい絵のようだった。
母の介護を経たこと、番組と出会えたことで起きた奇跡について。
詩的だけど率直という不思議な手紙に、抑えても抑えても止まらない涙があふれた。
察して余りあるような経験を経て、60近くになってそれでもこんな言葉を紡ぐことができる人がどれだけいるんだろう。それはどれだけ社会的に成功するよりも困難なことのように思えた。
人からかけられた心ない言葉や、介護という現実ですりへる部分は確実にあると思う。それでも、心の中の宝石のような部分を大切に守ってこられたのは、飛内さんが何かを好きでいることをやめなかったからなのかと思った。人を恨み心を閉じるようなやり方で自分を守ろうとしなかったから起こりえた奇跡なのかもしれない。
(青森旅をふりかえって久保ミツロウと能町みね子が「とびないさんにはハッピーオーラがあふれてる」と言ってたのが最高の表現だと思う。)
変わり者まるだしの風貌で、周りへの感謝と思いやりにあふれた言葉をまっすぐに伝えるとびないさんを見て私が感じた気持ちは、多分憧れという形容が一番近いんだろうなと思った。
森久保とか輝子とか拓海とか唯とか蘭子とか周子とか飛鳥とかフレデリカとかがゲームと同じくらい個性を発揮したら、舞台は崩壊するって。
本当にデレPか?そんな舞台本当にあったら見に行きたいに決まってるだろ。帰りの時間やら進行なんか気にして舞台見てるんじゃないよ。
多くの人に受け入れられないとか言ってるがシンデレラは元々思想が秩序立って上品にというよりは自由に楽しく寄りなのよ。中の人に関しては大人しくしてるくらいなら何か面白いことやれ感すらあってああいう雰囲気を作ってると思うんだが。まじめ過ぎる子が揃うとマジで何が楽しいんだかよくわかんない無難なこと言ってただただ企画こなすだけの声優のラジオやイベントとかざらにあるしそれは一番避けるべきこと。まあやり過ぎたって意見もわからんくはない。
昨日、群馬であったデレステのライブは、とても素晴らしかった。
ただ、全部が全部気に入ったかというとそうでもなく、やはり合わない点もあった。
その一番は、晴の声優である。やりたい放題やっていたが、割と破綻レベルだった。
一人だけ「結城晴の声優ゴミすぎる」と書いている人がいたが、他は全員絶賛していた。
意外だった。
もちろん、ああいうキャラが好きな人もいるだろう。ただ、万人に受けるキャラではない。
あれが一声優としてやっていたのならいくらなんでもひどいので、晴を演じていたのだろう。
晴ってああいうキャラなのかと幻滅した。協調性がなさすぎる。小学生ならあんなものか。
森久保とか輝子とか拓海とか唯とか蘭子とか周子とか飛鳥とかフレデリカとか。
その辺りのキャラがゲームと同じくらい個性を発揮したら、舞台は崩壊する。
ある程度はキャラを演じつつも、やはり他のアイドルとの協調は大切だ。
もちろん、晴の声優がそこまでひどかったかと言うとそうでもないが、全員が大絶賛するほど素晴らしかったとは思えない。
好き嫌いはある。自分が好きなアイドルを嫌いな人だっているだろう。
しかし、昨日の晴は全員が大絶賛だった。
「デレステ3周年ライブも失敗だったよう」とか「こういった闇」とか書いてある。
リンク先を間違えたのだろうか。
それとも、99%感動しても、1%でもダメと思ったら、それはもうアンチになるのだろうか。
鈴木みのりの歌には感動したし、既存楽曲の色々なアレンジが聴けたし、新しい広がりを感じた。
埼玉県草加市で、生後8か月の長女を真冬に自宅のトイレに長時間放置して重い凍傷を負わせたとして逮捕された24歳の母親が、警察の調べに対し「子育てがうまくいかず、以前から暴行を加えていた」と日常的に虐待していたことをほのめかしていることが捜査関係者への取材でわかりました。
埼玉県草加市の無職、上久保明日香容疑者(24)はことし1月、生後8か月の長女に服を着せず、自宅のアパートのトイレにおよそ20時間放置し両足に重い凍傷を負わせたとして13日逮捕されました。
警察によりますと、長女は保護された当時、およそ20か所を骨折していたということですが、上久保容疑者がこれまでの調べに対し「子育てがうまくいかなくて長女をかわいいと思えず、以前から暴行を加えていた」と日常的に虐待していたことをほのめかしていることが、捜査関係者への取材でわかりました。
評判よし。
手動かして学ぼうみたいな本らしい。
・宮川公男著「基本統計学」でベイズに関する記述(数ページ)を頭にいれてから本書を読むと良い。
・最低でも、大学の積分の知識が必要になり、ベータ分布、正規分布の積分表現や計算くらいは当たり前のようにできないと読むのが難しい
よさそう
つなぎに。
Stanまったく知らなくてもいけるらしい。
直感的理解を大切にしてるらしい。通称「緑本」。たけぇよ。行列・積分の知識が要るみたい。
そんなことなかったよね。
ハリルホジッチがどういうメンツでどういうサッカーをしようとしてたかはもう謎としか言えないけど、基本的にはサイドからの組み立てが中心で、ボランチは組み立てをせずトランジションのフィルター機能が求められていたので、全然違うことをやっていたのだけは確かだろう。柴崎はおそらくインサイドハーフとして、香川もプランによっては使われるかどうか、というところで、勝手に基本スタメンを予想すると
というような感じだったんじゃないかなと思うけど、まぁただの妄想だし、結果が西野と比べてどうだったかは知りようがない。一つ言えるのはハリルホジッチはもう少し若い選手を多く連れて行っていたではないかということ。これは西野に若手を連れて行く意思がなかったわけではなく、西野がポリバレントと言っていたように、短い期間の中で、最適なセットを探せるように、いろいろなことができる選手を選びたかったということではなかったかと思う。田嶋がハリルを切るという決断をするのが遅かったというのは間違いない。私個人はハリルホジッチを切るなら韓国戦がラストチャンスだっただろうとは思っている。田嶋、西野に選択肢がなかったの、お前のせいだぞ?
これはノーと言えると思う。ハリルホジッチは、ボール保持はあくまで手段である、ということを、ポゼッション教状態だった日本に思い出させてくれたことは間違いないし、ハリルが重用した原口のインテンシティの高さは間違いなくチームに必要不可欠なものになっていたと思う。ハリルを切った時に大騒ぎしていた、3年間の積み上げがパーだとか、データが取れなくなったとかいう話はありえんと思う。そもそも代表監督によるW杯の結果というのは、本当の最下流の話で、日本の育成方針が正しかったのかどうかといった、言わば上流での出来事の評価は、監督の手腕、戦術と別のところで行われるべきことだろう。
例えば対戦相手のベルギー。ルカク、デブライネ、クルトワらを輩出しているのだから、ベルギーリーグの育成リーグとしての割り切りからの、クラブ間での4−3−3モデルの導入などは、個人の能力を育てるという意味で成功したとは言えるかもしれない。しかし今大会のベルギーの守備は明らかに不安定だし、ネット戦術家たちが愛してやまないクラブチームのような代表チーム、プレーモデルの共有などはされていたかというと怪しいと言わざるを得ない。ロベルト・マルティネスが、ベルギーの育成段階からコミットしていた監督かといえば明らかにNoだし、黄金世代の晴れ舞台の采配を振るう監督として十分な時間が与えられたかといえばNoだろう。バックボーンの多様性からもめまくった末に、自国の英雄ヴィルモッツに頼ってグダグダやっていたのは遠い昔の話じゃない。
クラブチームのような代表チームとして絶賛されていた二大優勝候補ドイツとスペインは揃って早期に敗退してしまった。ドイツだって最後はマリオ・ゴメスに放り込め、と誰もが思う展開でU字型のパスワークでコネコネコネコネ、選手たちが監督の意図を共有して、選手交代に機敏に反応していたかといえば怪しい。しかしドイツの育成が失敗だったかと言って、失敗だったという人は少数派だろう。ドラクスラー、キミッヒ、ヴェルナーと若い選手はその才能を示していた。
ハリルホジッチは基本リアクション型の監督だったことは間違いない。彼が、どのようなメンバーを選んでいたかはわからないが、彼が日本に合ったプレーモデルを提示するような監督ではなく、ボール保持はせず速攻を基本として、4−3−3、4−2−3−1システムを使い分けるタイプの監督だったのではないか。彼が采配をとっていたとして、結果が出たとしても出なかったとしても、個人による打開、あるいは速攻が日本人にあったサッカーかどうかといった評価ができたとはとても思えない。それはロベルト・マルティネスがルカク、デブルイネ、アザールらの共存に苦労して、フェルトンゲン、アルデルヴァイレルト、コンパニらの優れたCBを台無しにするバイタルスカスカ、超人たちの個人技による打開に頼った攻撃をしている現状がベルギーにふさわしいサッカーかどうかを議論できないのと全く同様だと思う。
今回のチームで、酒井宏樹と吉田麻也を除けば、日本の選手は体格に特に優れているわけではなかったし、かつての中田英寿や本田圭佑のような強靭な体でガッツリぶつかってボールをキープするような選手は誰もいなかった。異常にボールを収めていた大迫にしても、サンチェスやクリバリからのプレッシャーの中で平然とやっていた体の使い方は非凡なものだとして、ポジション取り、ボールの置き所など随所に工夫を凝らした技術の粋のようなプレーを数多く見せた。香川のスモールスペースの支配力は彼の特異な才能だとしても、ボール非保持の時のパスコース作り、ファーストディフェンダーとしてパスコースを制限するポジション取りなど随所にインテリジェンス、技術を示した。柴崎の超正確なロングフィードやマークを一瞬引き剥がす細かなフェイクは真似できなくても、彼がボールをもらう前に、状況を把握するためにやっている細かな首振り、ポジションの細かな修正は、技術だ。真似できる。乾のカットインからのシュートは素晴らしかったが、あれ自体は宇佐美もできるはずだ。乾が宇佐美に比べて明らかに優れていたのは、相手のビルドアップが3枚になった時、ハーフポジションからサイドへのボールを制限しつつCBやボランチにプレスにいけるかどうかだっただろう。これも技術だ。
これらの選手はJリーグにずっといたとして果たしてそういう技術を身につけられただろうか。これは欧州のトップリーグで切磋琢磨する中で身についたものではないのか。欧州に言っても宇佐美や山口のようにうまく行かなかった選手もいる。特に監督との出会いが大事なんだろう。個人的には大島が見れなかったのだけが残念だ。昌司はただ一人の純Jリーグ産として立派にやっていた。個人的には大島僚太も、十分にやれたのではないかと思っているので、それが確認できなかったのは残念だが、日本が目指すべきものは明らかになったと思う。真正面からガチムチにぶつかるのではない、インテリジェンスのある守備、リスク管理ができる、判断力のある選手をきちんと評価し、彼らに技術を身につけさせ、フィジカルを身につけさせることではないか。日本人からフェライニやルカクに競り勝つガチムチを探し出し、戦術を教え込むよりは難易度は低いのではないか。香川、乾、柴崎のような、ガチムチではない、インテリジェンスのある選手がポジショニングや適切なアプローチの仕方を身につけることで、きちんと相手のビルドアップを阻害し、ボールの狩場を決めて刈り込んだり、セカンドボールを丁寧に拾えることを示したのは大きかったのではないかと思う。
とはいえ、ハリルホジッチをギリギリの段階で切ったことは、西野の選手選考においても害が出まくったわけで、彼の育成等への貢献や、JリーグへのDAZNの参入などにどれほどの貢献をしているのかは知らないが、サッカーファンが選手に罵詈雑言を浴びせる環境を作ってしまったという、その一点で田嶋、辞めよう。お疲れ様。
○朝食:なし
○昼食:ちらし寿司
○夕食:豆腐、卵、納豆、大根と水菜のサラダ、トマト、料亭の味(一年ぶんってつけたくなる)
○調子
蒸し暑いですね。
今日はいろいろあったので仕事が手につかない、なんてことはなく、むしろ普段より集中できました。
いろいろ仕事はありますけど、こういうタイプの調査ごとの仕事が一番好きだし、一番向いてるし、一番良い出来のものを作れると思っている。
横入りがなければ、一週間使っていいらしいので、明日もがんばるぞいや。
プライベートの時間は、例によってゲームのモチベーションが下がりまくって入るので、恒例のニコニコ動画。
メインのアイドルたちに、今まではあまり思い入れがなかったのだけど、こうして二次創作とはいえ何かしらの物語に触れると愛着がわくなあ。
いや、アニメでもメインだし、漫画でもよく出るし、デレステでもよくイベントに出るから、よく知っているアイドルなんだけど、
このシリーズでは、遊佐こずえちゃんと絡むシーンを筆頭に、小さい女の子と絡むシーンが多く、お姉さんしている姿は新鮮で興味深い。
リーグ表:https://www.shogi.or.jp/match/junni/2018/77a/index.html
◎豊島
○広瀬
☆三浦
去年度は終盤に失速した豊島が◎。ここは固いところと思う。
棋聖戦・王位戦に挑戦するなど好調を取り戻しており、稲葉・広瀬・三浦戦など5局で先手番を引いたのも大きいと見る。
○は広瀬。順位戦PO進出、竜王戦1組昇級・1組優勝、朝日杯準優勝など堅実に結果を残しており、順位戦でも非常に安定している。
豊島との評価の差はあまりないのだが、豊島・稲葉・三浦戦など5局で後手番なので対抗とした。
注目どころは三浦。順位が8位なのもあり評価は低そうだが、去年度は5勝5敗と指し分け、特に最終局の渡辺戦は非常に強い内容だった。
棋聖戦挑決進出・竜王戦2組優勝など完全に騒動前の実力を取り戻しており、名人戦に挑戦した2010年から見ても衰えは見られない。期待を込めて☆としたい。
◎阿久津
○糸谷
▲佐藤康
A級順位戦は挑戦より降級に注目が集まることが多い。古くは大山が降級即引退を表明していたことで有名だが、近年でも森内、渡辺明の降級は大きな話題になった。やはり予想するのであれば降級も予想しなければ片手落ちというものだろう。
◎は阿久津に打った。やはり前回のA級順位戦で全敗したというのは大きなマイナスだ。去年度のB級1組でも昇級は叶えたものの終盤に3連敗と失速し、今年に入ってからの成績は5勝10敗と不調に陥っている。
昇級組が活躍するA級は面白い展開になることが多いので期待はしたいが、高い評価はしづらいところだ。先手番が4局、うち1局が振り飛車党の久保戦というのも痛い。
○は糸谷。佐藤天・稲葉・豊島・久保など近年昇級組が挑戦争いに絡むことが多い中で、阿久津・糸谷をそろって低評価するのは勇気がいるのだが、相対的に考えると順位差もあってこの評価になってしまった。
糸谷も今年5勝8敗と阿久津と同様に調子を落としている感があり、過去の順位戦も堅実だが圧倒的な成績という印象がない。猛者が揃うA級では厳しい戦いになるのではないだろうか。
▲は佐藤康。名人2期をはじめ順位戦での実績も十分で、去年度は6勝しPO進出した。
しかし順位戦以外では9勝13敗、各棋戦でもこれといった活躍は見られず、年々厳しい戦いとなっているのは否定できない。糸谷・阿久津戦がラスト2局に控えているが、そこが勝負となるのではないだろうか。
シンデレラガールズ総選挙、お疲れ様でした。今回もまた50位以内に担当の名前を見ることはありませんでした。
毎年この時期になると思い悩んでしまうことが多い。通勤途中に「さよならアンドロメダ」(めっちゃ良曲)を聴きながら、なんだか無性に泣きたい気分になったので、吐き出させてもらおうと思う。
アイドルマスターシンデレラガールズというゲームが大好きだ。もう6年ほど入れ込んでいる。ゲームをはじめた頃にはまだほとんどのアイドルにボイスは付いていなくって、だからかもしれないけれど、183人すべてのアイドルが好きだった。まあ当たり前だけど中でも担当アイドルのことは殊更に好きだ。
私の担当アイドルにはボイスがついていない。デレステのSSRだってない。それどころかモバマスでさえ1年待っても出番があるかどうかの頻度でしか登場しないし、登場したとしても大抵Rで出番が消化される。SR+での5人艦隊すらまだ組めない。
毎年、総選挙には力を入れている。総選挙の時期は色々なアイドルのダイマがひっきりなしに流れてきて、知らなかった魅力を見つけることができるし、私の担当アイドルの名前を知ってもらうきっかけにもなると思っている。ここ数年間で担当アイドルに投票してくれる人も以前と比べたらぐっと増えた。彼女の認知度も上がったと思う。だけど多分、総選挙の順位はいまだに下から数えた方が早いはずだ。
今回、総選挙に疲れたって休んでいる人をたくさん見た。気持ちはすごくよくわかる。頑張ったって報われることはないんだろうなって思う。結果を出した子のPが「いつか報われるから諦めるな!」って言っているのも見たけれど、結果を出した子とは登場頻度とか運営からの推され具合とかが何もかも違くて、正直単純な比較になんてならない。
前述した「さよならアンドロメダ」を歌っているうちの二人、大和亜季ちゃんと森久保乃々ちゃんは担当アイドルよりも実装が1年近く遅い。だけどカードの枚数なんてとっくに抜かれているし、ボイスも付いている。一体何が違うんだろう。全部運だって思わないとやってられない。
だから私は総選挙が好きだ。運関係なく上位に入ればボイスがつくからじゃない。上位SRとかガチャSRとかでの出番がもらえないアイドルが平等にステージに上がれる機会だからだ。総選挙でなくても2000位ボーダーが高いとかリミテッドガチャの残数とかSRのフリトレ相場とかで人気がわかるとかいうけれど、まずこちらにはそんな場面がない。運営にアピールする手立てもほとんどない。この子にも担当アイドルがいるんだよ、と伝える唯一の手段が総選挙だと思っている。総選挙がなくなったら、どうしていいかわからない。
私の担当アイドルにはボイスはついていない。こんなことは言いたくないが、おそらく一生彼女の声を聞くことはないんだろうなと思っている。