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はてなキーワード: 番町とは

2022-05-10

anond:20220510110254

千代田区番町小→麹町中がさいつよでは

あと、各地域に良い学区みたいのはあると思う。高級住宅街はだいたい公立学校レベルも高い傾向ある。

2022-01-26

1円安い遠くのガソリンスタンド増田酢魔丼太スン利蘇我のクオと椅子ヤン絵1(回文

おはようございます

ガソリン高騰の話になるとさ、

安いとこまで給油しに行くお得な話しが大好きなんだけど、

安くお得にって話しが好きって言うわけではなくて、

ガソリンを給油するためにガソリンを消費するってのが滑稽でって意味のね。

現代創作落語にもありそうなガソリンって演目絶対あるわよね。

もう健康のためになら死ねる!みたいな。

あの1円でも安い遠くのガソリンスタンドに給油しに行くって話しが大好きなのよ。

自分ではしないんだけどね。

だってさー、

遠くまで行く時間を考えたら、

燃料タンク60リットル入るとして1円2円差があってもせいぜい100円の差でさ

往復1時間以上かけて給油しに行くって話しがもう大好きすぎて

きっとエスエヌエスいかに遠くまでいかに安いガソリンを給油しに行った自慢を探せば5万と出てくると思うんだけど、

往復の時間とそれに必要ガソリンを考えると瞬殺されちゃうわよね。

だけどよ、

だけど、

たぶん当の本人も気が付いてるはずだと思うのよ。

その落とし所として、

安いガソリンスタンドで給油しに行く!って言うのをもう趣味です!って

声高らかに言っちゃえば優勝なのよね。

ああそう言った趣味の人なんだーって思うと

創作落語として聞く分にはより一層面白さに華を添えてくれるのよ。

そう言った視点で見ると、

面白いなーって。

現代落語の1円安ガソリンスタンドって演目だれか作ってくれてもいいのに。

絶対面白いわ。

現代落語番町皿屋敷お菊さんがたいそう美人でお皿を数えて化けて出てくるのが大評判で人気が出すぎて

武道館で満員の客入りの前で皿数えイベントして

武道館の周りには出店とかたくさんでちゃって

それはそれは大賑わいな現代落語も好きなんだけど

そのぐらいまあ遠くのスタンドガソリンを給油しに行くって話しはもう

現代創作落語みがあって

その話を聞くのが大好きなのよね。

1円を馬鹿にするモノは1円になくなく泣くってバカにしているんじゃないのよ。

滑稽だって言ってるの。

私も一時期遠くのマーケットに安い品物を買いに行って考えて思ったことがあるんだけど、

まさにそれと同じで

往復の時間とかを色々考慮すると、

近所の一番近いケンケンパの徒歩圏内で行けるマーケットで多少割高だけどそこで買うのが一番効率がいいってファイナルアンサーなのよね。

結果的に。

まあケース買いとかってガロン単位で買うとなると

話が違ってくるので

それはまた現代創作落語みはなくなっちゃうけど、

ある程度大量に買うとき

そのバリューの安さが時を超え遥か彼方へ出向いてでも

得になっちゃう均衡点があるのよね。

そうなると時間かけて買物に行ってもカローラIIなわけで

くれぐれもお財布だけは忘れないようにしなくちゃ!ってことよ。

あれ?

これももしかして最終お財布を忘れちゃった!ってオチにすれば、

なんでも現代創作落語みが出てくるんじゃないかしら?って

じわじわ思うんだけど、

結局ただただ私は現代落語って言いたいだけで

一番現代落語を知らないのは自分だったりして。

ちょっと今度調べて聞いてみようかしら。

でも遠くに時間を掛けて1円安ガソリンを給油しに行く話しってもうちょっと揉めば絶対面白現代創作落語になるわよね。

きっと。

そう思うわ。

うふふ。


今日朝ご飯

カフェオレミルクたっぷりしました。

基本自分で後調合して

ブラックコーヒーミルクテレビシーエムのように同時に注ぐ手法で作ると美味しいわよ。

基本ミルクたっぷり目ね。

デトックスウォーター

朝寒くて水が凍ってたわ。

外の水が氷になっててかかとでちょっとスケート出来るか出来ないかってぐらい。

直径10センチ

半径で言うと5センチぐらいよね。

そのぐらい凍っていたわ。

そいで寒かったので、

ホッツルイボスティーウォーラーしました。

朝の忙しいとき

お茶のパックがあれば

なにかと捗るわよ!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2021-07-08

仙台市内で行ったことのある寿司屋🍣

エクセルでまとめようと思ってとりあえず行ったことのある店の名前だけまとめた。

しかしたら抜けがあるかもしれないがとりあえず87店舗行ったことは確実。

仙台市内で寿司屋と思われる店は2年くらい前は206店舗でまとめてるけれど

恐らく既に閉店してるところもあると思う。

それと宅配専用も混ぜてしまっているので正確な数はもう少し下回ると思う。

およそ180店舗くらいあるとして俺が行った店が87店舗なのでようやく半分くらい。

頻度が多いのは鮨勘と仙令鮨。回転寿司なら最近だとスシロー

もっと青葉区というか国分町とか一番町あたりに行きたいんだけど値段が高めなのと

コロナ禍でなかなか行く気になれないというのがある。

ちなみに次に行こうと思っているのは貝ヶ森にある鮨・一八。絶対に行く。

前にブクマカに教えてもらったのにいまだ行ってないが必ず行く。

寿司は美味い!俺は寿司が大好きだ!寿司の為にこれからも生きる!🍣

寿司を食えば何でもできる気がしてくる!寿司が俺の生きる意味!🍣

何の為に生まれて何をして生きるのかの答えは寿司の為!🍣

仙台市内の全寿司屋制覇を目指してこれからも頑張るぞ!

  

寿司

寿司

辨慶寿司

末廣寿し

寿司

とよま寿司

千両

花の膳 宮城野大通り

無添 くら寿司 あすと長町

日乃出寿司

塩竈 しらはた

うまい鮨勘 名掛丁支店

成巧寿司

すし花一寿美

旬魚・鮨の店 あら浜 仙台

北辰鮨セルテラス

橘寿し支店

しゃり仙

平禄寿司 仙台青葉一番町

うまい鮨勘 ゆとろぎ長町郡山支店

うまい鮨勘 長町ザ・モール支店

寿司

すし波奈 仙台パルコ店

無添 くら寿司 仙台中野栄

ワイン寿司天ぷら 魚が肴 仙台PARCO2店

にぎりの徳兵衛 仙台駅前店

きらら寿司 箱堤店

矢車寿司

ひろ寿司

すし 三陸仙台ビル

寿司

鮨だい寅

鮨秀

杜の都寿司仙台ビル

かっぱ寿司 仙台長町

太郎  ララガーデン長町

竃すし哲 S-PAL仙台

一心寿司

俺たちの寿司ダイニング 仙八

あさひ仙台駅店

幸楽寿し

こうや 仙台駅中すし通り店

寿司

分福寿司

漁亭 浜や あすと長町

寿司長町

スシロー あすと長町

鮨 仙一

寿司

やま新寿司

福来寿司

舞鶴寿司割烹(寿司割烹舞鶴)

一福寿し

すし居酒屋しぶ谷

平禄寿司 仙台西多賀

ふじ寿司

魚べい アクロスプラザ富沢西店

海鮮三崎港 仙台クリスロード

こうや 宮城の萩大通

柏鮨  秋保

太白寿司

宮古寿司

はま寿司 仙台中野

すし光

くら寿司 仙台西多賀

スシロー 仙台中山

大衆すし酒場 不二子

山昭鮨

鮨きく池

平禄寿司 仙台泉パークタウン・タピオ店

鮨 永くら

仙令鮨 三井アウトレットパーク仙台港店

いちば鮨

ふじ寿司

魚べい 仙台鶴ケ谷店

友鮨

千石

新富寿司

寿司

貴美すし

はま寿司 仙台六丁の目店

誠寿し

ゆず仙台富沢

花の膳 柳生

かっぱ寿司 仙台中野栄

大黒寿司

すしざんまい 仙台一番町

2020-08-19

anond:20200819112408

日本もっとも有名な祟られ系といえば「四谷怪談」「番町皿屋敷」だから因果応報が主流ってのは嘘ではない。

リング呪怨着信アリなんかのジャパニーズホラー界隈の理不尽系はごく最近流行

2020-06-25

番町皿屋敷Okiku!

牛込御門内五番町にかつて「吉田屋敷」と呼ばれる屋敷があり、これがレッドスロープに移転して空き地になった跡に千姫サン御殿が造られたという。それも空き地になった後、その一角に火付盗賊改・青山播磨守主膳サン屋敷があった。ここにOkikuというゲジョガール奉公していた。承応二年(1653年)正月二日、Okikuは主膳が大事にしていた皿十枚のうちのワンプレートをクラッシュ!!

アイエエエ!?」怒った奥方サンはOkikuをセップク勧めさせるが、主膳はそれでは手ぬるいとワンプレートの代わりにとOkikuのフィンガーをセップクさせ、手打ちにするといって一室に監禁してしまう。Okikuは縄付きのまま部屋を抜け出して裏のオール井戸に身を投げた。まもなく夜ごとに井戸の底から「ワン……ツー……」とディッシュを数えるOkikuの声がエド中に響き渡り、身の毛もよだつスケアリーであった。

やがて奥方の産んだチルドレンには右の中指が無かった。やがてこの事件は公儀サンの耳にも入り、主膳は所領を没収された。

その後もなお屋敷内でプレートの数え声がコンティニューするというので、公儀は小石川伝通院サンの了誉上人サンに鎮魂の読経を依頼した。ある夜、上人サン読経しているところに皿を数える声が「ええと……ないん……」、そこですかさず上人サンは「テン!」と付け加えると、Okikuの亡霊は「サンキューフォーブリシング」と言って消え失せたという。

2019-08-15

anond:20190814171246

千代田がないので、一言

麹町番町市ヶ谷 異常なほどのプライドの高さ。中央区港区渋谷区がなんぼのもの

飯田橋神保町 庶民だけど、千代田プライドはある。千代田大好き

須田町神田秋葉原外神田) いわゆる祭り好きの町内会最高!ピープル。プラス他人に無関心な新住民

2019-05-22

パンティーの数が足りない

増田におけるパンティ記事の数が少なすぎる

はっきり言ってこれは緊急事態だと思うので取り急ぎパンティ記事投稿せんと筆をとった次第である

以下、雑なパンティ記事

番町パンティ屋敷

お岩パンティーさん「いちまーい、にまーい、パンティーが足りない!!」

2019-03-31

竹ノ塚とか千葉駅前とか神戸市長田区番町地区とか福岡駅前とか

割とヤクザが多いらしいところを転々と移り住んでるのに

ヤクザっぽいヤクザたことないんだけどヤクザっぽいヤクザって新宿行かないと見れなかったりする?

2019-03-08

「過ぎたるものが二つあり」集

家康に過ぎたるものが二つあり 唐の頭に本多平八

「唐の頭」とは唐物中国製)の珍しい兜のこと。

追記:指摘があったので訂正します。「唐の頭」とは正確にはヤクの毛の兜飾りのことです。武田信玄石田三成が描かれるときに、よく兜に付いているカツラみたいなやつのことですね。珍しくて高価なものではあるのですが、三河武士あいだでやたらと流行っていて、十人いたら七・八人はヤクの毛をつけていたらしいです。というのも、ヤクの毛を大量に積んだ貿易船が難破して三河に漂着したから、棚ぼたで手に入れたんだとか。そら「過ぎたるもの」と言われますわ。

本多平八」とは徳川四天王のひとり、本多忠勝(1548生)のこと。

三方ヶ原の戦いに先立つ一言坂の戦いで、退却する徳川軍の殿を本多忠勝がつとめた。

家康に過ぎたるものが」はその活躍を称賛した落首である

治部少に過ぎたるものが二つあり 島の左近佐和山の城

治部少は石田三成(1560生)のこと。

島左近」(1540生)はもともと筒井氏に仕えていた武将で、一説には当時の三成の禄高の半分である二万石で召し抱えられた。

関ヶ原の戦いで討ち死にしたが、敵の足軽が後々まで悪夢に見たというほどの戦いぶりだったという。

佐和山城」は三成が改修した城で、五層の天守閣を備えた立派なものだったが、中に入ってみると極めて質素な造りだった。

駿河には過ぎたるものが二つあり 富士のお山に原の白隠

富士のお山」とはもちろん富士山のこと。

白隠」とは「臨済宗中興の祖」と言われる高僧・白隠慧鶴(1686生)のこと。

大量の書画を残しており、その作風は荒々しくバランスの崩れたものだが、それが逆に迫力を生んでいるとして現代でも人気が高い。

本所に過ぎたるものが二つあり 津軽屋敷に炭屋塩原

本所とは東京都墨田区地名

津軽屋敷」とは、本所にあった津軽藩の広大な江戸屋敷のこと。

火災ときに版木ではなく太鼓を叩くのが「本所不思議」として知られている。

「炭屋塩原」とは、炭団を改良して一代で豪商となった炭屋の塩原太助(1743生)のこと。

明治期には「塩原多助一代記」として立身出世物語が語られ大人気となった。

亀山に過ぎたるものが二つあり 伊勢屋蘇鉄に京口御門

亀山とは、現在三重県亀山市にあった、東海道亀山宿のこと。

伊勢屋蘇鉄」とは、亀山宿の旅籠伊勢屋の庭にあった蘇鉄の名木のこと。

現在亀山市の文化会館移植されている。

京口御門」とは、亀山宿の西端、つまり京へ向かう道に作られた門のこと。

坂の頂上に建てられ、下から見上げると壮観だという。

岩槻に過ぎたるものが二つあり 児玉南珂と時の鐘

岩槻藩は埼玉県さいたま市にあった小藩。

児玉南珂」(1746生)は高名な儒学者

祖父江島生島事件江島の弟だったため甲斐流罪となり、南柯は甲斐で生まれ岩槻藩士養子となった。

儒学を学んだ南柯は、藩の要職歴任し、隠居後は私塾・遷喬館を立ち上げて子弟教育に努めた。

「時の鐘」とは、城下に時を告げるために1671年に設置された鐘のこと。

改鋳されたもの現在まで残っていて市指定有形文化財となっている。

青山に過ぎたるものが二つあり 鳶の薬缶に原宿山車

青山東京都港区の地名

「鳶の薬缶」とは「薬缶平」と呼ばれた幕末の火消し・平五郎のこと。

本職は鳶職人で、頭がハゲていたので「薬缶」と綽名されたらしい。

原宿山車」とは、青山熊野神社の祭りで使われる山車のこと。

都座に過ぎたるものが二つあり 延寿太夫鶴屋南北

都座とは江戸にあった歌舞伎劇場の一つ。

「延寿太夫」とは、歌舞伎伴奏音楽として発展した浄瑠璃清元節」を創始した、初代・清元延寿太夫(1777生)のこと。

鶴屋南北」とは、「大南北」とも呼ばれる歌舞伎狂言作者、四代目・鶴屋南北(1755生)のこと。

一ノ関に過ぎたるものが二つあり 時の太鼓建部清庵

一関藩は、仙台藩から分知されて成立した小藩で、現在岩手県一関市にあたる。

「時の太鼓」とは、城下に時を告げるための太鼓のことだが、これは幕府から特別許可されたもので、鐘ではなく太鼓が設置されるのは非常に珍しかったらしい。

建部清庵」(1712生)は蘭学を学んだ名医で、『解体新書』で有名な杉田玄白の盟友であった。

八代に過ぎたるものが二つあり 天守屋根乞食の松

これは加藤家が改易されたあとに熊本藩に入った細川忠興の評らしい。

八代城は、熊本県八代市にあった城で、1622年に完成したもの地名から松江城」とも言う。

熊本藩本城はかの熊本城であり、一国に二城あるのは特例である

その気兼ねもあったのか、城は未完成放置されており、天守閣だけは壮麗だったというが、それも1672年落雷消失した。

乞食の松」とは、「浜のお茶屋」とも呼ばれる松浜軒庭園にあった松のことらしいが、詳細は不明

保土ヶ谷に過ぎたるものが二つあり 苅部清兵衛に花見寿司

保土ヶ谷とは、現在神奈川県横浜市にあった、東海道程ヶ谷宿のこと。

「苅部清兵衛」とは、その程ヶ谷宿本陣・名主・問屋を務めた苅部家の当主が名乗る名跡のことで、地元の名士として代々慕われたという。

花見寿司」は程ヶ谷宿名物で、現在でもその伝統を引き継ぐ店があるとか。

挙母には過ぎたる物が二つあり 大手御門に海老名三平

挙母とは、現在愛知県豊田市にあった小藩のこと。

挙母城は、三河尾張美濃信濃遠江伊勢近江が見えるということで七州城とも呼ばれ、「大手御門」とはその立派な正門を指している。

海老名三平」とは、挙母藩の剣術師範役に代々指名された海老名当主名跡で、落語家のことではない。

岸和田に過ぎたるものが二つあり だんじり祭りに千亀利のお城

岸和田とは、現在大阪府岸和田市にあたる岸和田藩のこと。

だんじり祭り」は全国でも有名なお祭りで、1703年から始まったという。

「千亀利のお城」とは岸和田城の別名で、五重の天守に総構えの立派なものだったが、天守閣1827年に焼失している。

鴨方に過ぎたるものが三つあり 拙斎 索我 宮の石橋

鴨方藩は備中の小藩で、現在岡山県浅口市にあたる。

「拙斎」とは、儒学者西山拙斎(1735生)のこと。

松平定信に「昌平坂学問所朱子学を教えるべき」と訴え、これが「寛政異学の禁」の原因となったという。

「索我」とは、絵師田中索我(1742生)のこと。

京都に出て絵を学び、仙洞御所の屏風を描いている。西山拙斎とは親友同士だった。

「宮の石橋」とは、鴨神社参道にある石橋のこと。

川ではなく道に掛かっていて、立体交差となっているのが特徴。

京極に過ぎたるものが三つあり にっかり茶壺に多賀越中

京極とは、讃岐丸亀藩主の京極家のこと。

「にっかり」とは、刀剣乱舞でも有名となった名刀「にっかり青江」のこと。

「茶壺」とは、二代目藩主京極高豊が好んで収集した、陶工野々村仁清の茶壺のこと。

多賀越中」とは、京極家の筆頭家老を代々務めた多賀当主名跡

三原には過ぎたるものが三つあり

三原とは、広島藩の支城である三原城があったところで、現在広島県三原市のこと。

その「過ぎたるもの」とは、まず石高のわりに壮麗な「三原城」。

三原城主であり広島藩筆頭家老であった浅野忠真(1618生)に、徳川家光の娘・月渓院が一目惚れし、駄々をこねて彼の側室に入ったために使用許可された「葵の御紋」。

日光東照宮工事にあたって、難所をわずか十日で仕上げて称賛を集めた家臣「鈴木方衛」の三つだそうな。

安中に過ぎたるものが三つあり

安中とは、現在群馬県安中市にあたる安中藩のこと。

「過ぎたるもの」とは、藩政を改革して名君と謳われた藩主の「板倉勝明(1809生)」。

現在も名所とされる「安中杉並木」。

第六代安中藩主板倉重形のときに作られたという、城下に時を知らせるための「安中様のお太鼓」(一ノ関だけの特別扱いだったはずでは…!?)。

桜田に過ぎたるものが二つあり 火ノ見半鐘に箕輪の重兵衛

桜田東京麻布のあたり。

「火ノ見半鐘」は江戸で最も高いと言われる火の見櫓があったから。

箕輪の重兵衛」は桜田町の名主を代々務めたという家の名跡

永坂に過ぎたるものが二つあり 岡の桜と更科蕎麦

永坂は現在東京麻布永坂町のこと。

「岡の桜」は、御番医師・岡仁庵の屋敷に植えられていた大きな枝垂れ桜のこと。

更科蕎麦」はそのまま更科そばのことで、蕎麦御三家の一つである蕎麦処・更科が永坂にあったことにちなむ。

保科には過ぎたるものが二つあり 表御門に森要蔵

保科とは上総国飯野藩主の保科家のこと。

「表御門」は、三大陣屋と呼ばれる飯野陣屋の門のこと(か?)。

「森要蔵」(1810生)は幕末の著名な剣豪で、保科家に剣術指南役として仕えていた。

この飯野藩保科家の江戸屋敷麻布網代にあった。

森要蔵は藩に召し抱えられたあと、近所の麻布永坂・岡仁庵の屋敷の一部を間借りして道場を構え、

更科そばの初代も、この屋敷に反物商として出入りしていたところ、

蕎麦を打つのが上手いということで藩主から蕎麦屋になることを勧められ、

同じく麻布永坂に店を出した、という縁がある。

高取に過ぎたるものが二つあり 山のお城に谷の昌平

奈良まれ儒学者森田節斎の言葉であり、高取とは現在奈良高取町にあたる高取藩のこと。

「山のお城」は高取城のこと。

日本国内では最大規模の山城で、その白漆喰が輝く様を「巽高取 雪かと見れば 雪ではござらぬ土佐の城」と評した言葉が残る。

「谷の昌平」とは、幕末儒学者・谷三山(1802生)のこと。

若年の頃に聴力を失うが、勉学に励んで大成し、高取藩に召し抱えられて尊王攘夷を説いた。

新城に過ぎたるものが二つあり 前の小川太田白雪

新城は、現在愛知県新城市にあたるが、「新城藩」は藩主安中藩に移封されたため1645年に消滅、代わって旗本の菅沼氏が入った。

「前の小川」とは、新城陣屋の堀へ水を引き入れるために作られた運河のことらしいが、現在存在しない。

太田白雪」(1661生)は、地元名家の生まれで、松尾芭蕉門下の俳人となった。

土浦に過ぎたるものが二つあり 刻の太鼓と関の鉄砲

土浦藩は、現在茨城県土浦市にあたる小藩。

「刻の太鼓」は、例によって城下に時を知らせるための太鼓のこと。

「関の鉄砲」とは、関之信が開いた「関流砲術」のことで、その宗家土浦藩の鉄砲指南を代々務めていた。

下総に過ぎたるものが二つあり 成田不動に久保木蟠龍

下総下総国のことで、現在千葉県北部茨城県西部のあたりを指す。

成田不動」とは、言わずと知れた成田山新勝寺のこと。

久保木蟠龍」とは、儒学者久保木清淵(1762生)のこと。

伊能忠敬と親交が深く、忠敬亡き後は大日本沿海輿地全図の完成を手伝った。

金沢に過ぎたるものが二つあり 刀正次 兜興里

金沢はもちろん現在石川県金沢市、加賀藩金沢城下のこと。

「正次」と「興里」はどちらも鍛冶師で、刀を打たせれば正次が、兜を拵えれば興里が優れていると言われていた。

そこで正次の刀で興里の兜を斬ったところ、兜は両断できなかったが欠け、刀には刃こぼれがなかったため、引き分けということになった。

しかし実のところ、興里は兜が割られないよう小細工をしており、それがなければ正次に負けていただろうと分かっていた。

悔しがった興里は刀を打つようになり、後に「長曽祢虎徹」として知られる名工となった、という伝承があり、歌舞伎演目になっている。

「正次」は志摩兵衛正次という名らしいが、こちらはよく分からない。

番町に過ぎたるものが二つあり 佐野の桜と塙検校

番町とは、東京都千代田区地名

佐野の桜」とは、旗本佐野政言の屋敷にあった見事な枝垂れ桜のこと。

「塙検校」は塙保己一(1746生)のことで、盲人として検校にまでなりながら、著名な国学者でもあった。

秋元に過ぎたるものが二つあり 無の字の槍と岩田彦助

秋元とは、現在埼玉県川越市にあたる川越藩主の秋元喬知のこと。

「無の字の槍」とは、藩祖・泰朝が家康から賜った十文字槍のことで、鞘に「無」の金文字があった。

岩田彦助」(1658生)は、川越藩家老を務めた儒学者のこと。

松山に過ぎたるものが二つあり 河原布衣徒に千秋の寺

松山は、現在愛媛県松山市にあたる伊予松山藩のこと。

河原布衣徒」は河原にいる乞食のことと思われるが、芸が上手かったことを言っているのか、よくわからない。

千秋の寺」はそのまま千秋寺のことで、昔は二十余棟からなる大伽藍があったが、戦火で失われたらしい。

谷田部に過ぎたるものが三つあり 不動並木広瀬周度 飯塚伊賀

谷田部は現在茨城県つくば市にあった谷田部藩のこと。

「不動並木」とは、谷田部藩主細川興昌(1604生)が植えたもので、沿道に二百本ほどの松が並んでいたというが、現在はない。

広瀬周度」(1782生)は、杉田玄白門下の蘭学医でありつつ、画家としても活躍したという人物

飯塚伊賀七」(1762生)は発明家で、自宅の向かいにある酒屋まで往復するからくり人形や、人力飛行機などを作っていたという。広瀬周度から蘭学知識を得ていたとも。

徳山に過ぎたるものが三つあり 藩主墓所と桜の馬場奈古里人

徳山は、長州藩支藩で、現在山口県周南市のあたりにあった徳山藩のこと。

藩主墓所」は、徳山毛利家の菩提寺である福山大成寺にある歴代当主墓所のこと。

「桜の馬場」とは、初代藩主毛利就隆によって作られた藩士の調馬場のことだが、数百本の桜が植えられて名所となった。

奈古里人」(1671生)は、万役山事件に伴う徳山藩改易の際に活躍し、徳山藩再興運動の中心となった人物

2019-01-25

絵柄で見るのをためらわれるけど、面白い少女漫画

花とゆめばっかり見てます

スキップ・ビート!

 「芸能人になるのでついてきてほしい」と言われて高校に行かなかった主人公

 二人で暮らす家賃を稼ぐため、必死バイトをしていたが、バンドマンマネージャーと良い仲。

 坊ちゃんボンボンバンドマン一人暮らしなど出来るはずも無いため連れて来たというのがバレてしまう。

 ブチギレた主人公が「芸能界デビューして見返してやる!」と息巻き、愛を失ってしまい憎しみだけが残った主人公

 努力根性だけでやりきる物語

 絵柄で言えば、私も最初見る気は無かったのだけれど、1巻読んだら面白かった。

おまけの小林くん

 小林という名字もつ人があと3人居て、仲良くなろうと奮闘する。

 人の本質を見抜くような不思議な力を持った主人公

 ムードメーカー主人公が、過去トラウマ個人トラウマ解決していく物語

 青春場面もあるよ。

 →最近でた、「大人小林さん」というのも大好物 

赤ちゃんと僕

 健気な主人公が、弟と一緒に成長していく物語

 母親を早くになくし、主人公母親代わりとなっている。

 赤ちゃんが居るとどんな生活になるか、少し見えるものがある。最終巻あたりが泣ける。

赤ずきんチャチャ

 魔法使いになるため、大魔法使いの弟子が奮闘する。

 大魔法使いは常に人形を抱いている変態

 素質はあるものの、魔法が下手な主人公狼男ちょっとお馬鹿なリーヤ。ハゲを気にする、耳かき大好きなしいねちゃん(男)。

 その他色んな濃いキャラクターが現れる作品

学園アリス

 特殊能力を持った子供たちがあつまる学園のお話

 田舎暮らしていた親友が学園にヘッドハンティングされ

 主人公はどうしても同じ学校に行きたい。

 学校に行ってから能力その他でトラブル続き。

 最初のほうの巻はパンツパンツ言ってるかも。

俺様ティーチャー

 ギャグ要素強め。

 元ヤン番町主人公(女)が一般人に憧れ、過去は忘れて女の子友達を作ろうとする。

 でも、行ったのはヤンキーが意外と居る高校

 真面目系ヤンキーや色んな人と正体を隠して共闘したりする(語弊あるかも)

神聖

Apple Store仙台一番町店が閉店する。惜しむ声も多く愛されているなという印象を受ける。

ただ日本ではApple Store神聖視しすぎているように感じる。

混み合う店舗内はよりづらさがある。親切というよりは横柄というような店員も少なくない。

Apple StoreAppleのショーケースというならもっと力を入れるべきところがあるのではないか

特別視することと手放しで見ないふりをすることは別。

1990年代Appleにならないために他のメーカーと同じように扱うことが結局消費者のためになるのではないか

なんてことを考えた

2018-11-13

anond:20181113105839

前歯へし折られたいのかおまえネット番町ならいい加減にしておけよ

こっちにはいろんな山脈があるからお前の謝罪地を教えてもらうことも可能かもな

2015-09-10

子供怪談を聞かせた

三歳の子供がおばけを凄く怖がり、なおかつ大好きな様子でハロウィン商品を見ながら「ここにもおばけいるのよーお化けこわいのよー」とハイテンションなのを見て、ちょっくら怪談を聞かせたらどうなるだろうとイタズラ心で番町皿屋敷を聞かせてみた。

ムードを出して怖そうに語るだけで「やめるのー」と大変怖がっていた、お菊さんが殺されるシーンでは「ひっ」と体をびくつかせていた、怪談のしがいがありまくり

そして遂にクライマックス

「お皿が一枚二枚三枚四枚五枚六枚七枚八枚九枚ああああー」

と身ぶりを交え気分最高潮で語ったところで子供が手に何か持ってる形にして私に差し出してきた。

何かと思えば「はいお皿よ」と言ってきた。

やっと言わんとしてることが解ったので

ありがとうお皿が十枚」

怪談ハッピーエンドで終わった。

2014-04-08

http://anond.hatelabo.jp/20140408163707

netcraft

「あの頃の日本」が豊かであったというのも幻想であることが徐々に明らかにされつつあるよ。高度経済成長期にも階層分化は進んでいたし、成城番町や松濤には金持ちが住んで経済成長恩恵を最大限に受けていた。

いや、そもそもそんな幻想を持ってるのは世間知らずの若者だけでしょ……

「あの頃の日本」を実際に生き抜いてきた人や、若者でもものを知っている人はそんな幻想持ってないよ。

 
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