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はてなキーワード: 激流とは

2018-09-01

昼寝してたら遊戯王の梶木漁太が出てきて、激流でのカヌーレースを挑まれた。勝てるわけないだろ。もやもやする……

2018-04-25

anond:20180424180851

まずバーフバリは父子共に女性へのアプローチの仕方は気持ち悪い。

アヴァンティカに忍び寄りタトゥーを描くところ、特に樹上のシーンはヒイッって思った。

その後1枚ずつ服を脱がせていくところも鳥肌が立つ。

CGがしょぼいのも否めない。

これらはファンに言っても多くの人が同意するように思う。

特に口説き方の気持ち悪さについてはおそらく誰も否定しない。

王の凱旋では父親女性口説くシーンがあるが、子よりはだいぶマイルド

CGのしょぼさも王の凱旋でかなり改善されている。

激流の中でまっすぐ立っているのがおかしいとか、手がかりが仮面だけなのに人を探せるのかとか、その辺の不自然さは「そういう話だから」としか言いようがない。この映画リアリティを求めてはいけない。

リアリティラインがぶれぶれだったら混乱するかと思うが、彼らは終始常人能力から逸脱しているので、そんなにおかしくはないんじゃないだろうか。

物語下地になっているのが神話だし。

首を獲ったバラーラデーヴァでなくバーフバリが王に選ばれたのは、開戦時相手のカーラケーヤとの交渉が決裂した時にシヴァガミが侮辱され、

「生かして連れて来い」と指示したところが根拠となる。

バーフバリあくまで生かしてシヴァガミに差し出すつもりだったが、功を焦ったバラーラデーヴァがその前に殺してしまった。

カーラケーヤ軍に囚われていた自国の民を助けずに車で突っ込んでったところもシヴァガミにばっちり見られていて、

それが「百人の首を斬る者を英雄と呼ぶ、たった1人の命を救う者を神と呼ぶ」という科白に繋がる。

あとは細かいところだが、少年から青年に成長するまでのエピソードでも「実力的には大差ないが、バーフバリの方が人格的に優れている」という描写がなされている。

王の凱旋伝説誕生を全ての意味で上回って面白い

とにかくカッタッパと父バーフバリふたりかわいい。いつか気が向いたら観てみてほしい。

それとひとつ気になったのだが、勧められた映画がつまらなかった、自分に合わなかったからといって「不幸になった」というのはちょっとなと思った。

映画館で観たのかな? 合わない映画に1800円と時間を取られた悔しさはわからんでもないけど。

ちなみに自分は「君の名は。」が全く合わなかった。

2018-04-24

「バーフバリ」に乗れなかった奴の愚痴

タイトル通りです。

一部の界隈で盛り上がっていたので、バーフバリ 伝説誕生を観たんですよ。

そして激しく後悔しました。

こんなもんを面白いとかもてはやした人たちに

もう少し自分発言によって不幸になった人がいることを自覚してほしいと思ったので書きます

伝説誕生がひどすぎたので、どんなに勧められても王の凱旋は観ません。

バーフバリ伝説誕生がつまらなかった理由を書きます

まずCGがしょぼいです。

冒頭の女性が河を流されるシーンからして、激流に流されてるのに真っ直ぐ立てていて不自然すぎ。

興が冷め、さっそく世界観に入り込めません。置いていかます

拾った仮面の持ち主の女性に会いたいあまり崖を登るというストーリーもよく分からない。

仮面から取った型なんかで持ち主の性別容姿特定できますかね?

結果的に当たってたから細かいことはいいんでしょうか。

アヴァンティカにタトゥーを描くシヴドゥのシーンはとにかく気持ちが悪いです。

意中の女性へのアプローチとしてここまで気持ち悪い行動に出られるのは素直にすごいです。

しかタトゥーのせいでアヴァンティカは一瞬戦士としての立場が危うくなります。もう迷惑しかかけてないです。

なのに両思いになります。ついていけません。

そして一番腹がたったのが終盤の王位継承のシーン。

「敵の大将首を取ったほうが王になれる」という話でバーフバリバラーラデーヴァが競い、

最終的にバラーラデーヴァが敵の大将首を取ります

民の支持を一身に集めるバーフバリもここまでか、と思いきや

シヴァガミの「バーフバリの戦い方の方が良かったからバーフバリの勝ち(意訳)」という発言勝敗が覆り、

民衆のバーフバリ!バーフバリコール。バーフバリ王位に。



なんだそりゃ。

ルール変わっとるがな。



多分この世界はバーフバリがいきなりバラーラデーヴァを刺して王位を奪っても、

みんなバーフバリ!バーフバリコールして褒め称えると思います

バーフバリから王にふさわしく、バーフバリじゃないから王にふさわしくないという世界ルールなんですよね。

ここまででバーフバリが王にふさわしい器だというのがきちんと描写できていればいいんですが、

暴力的で身勝手ですし、何につけてもバラーラデーヴァの面子を潰してはドヤ顔

宗教観倫理観が違うので納得できていない面はあるでしょうが、とても民の気持ちが分かる男には思えません。

最後まで観たことを褒められたい映画は久しぶりでした。

この映画を手放しにおもしろいと言う人は警戒していいと思います。かなり人を選びます

言いたい放題言ったので気が済みました。

くだらない愚痴にお付き合いいただいてありがとうございました。

ここから追記

ただの愚痴を読んで反応までくださり、ありがとうございます

CG技術を見る映画じゃない」というのはみんな言いますけど、個人的に最低限許せるラインを下回っていました。母親悲壮な決意に神様が慈悲をくださるという作中屈指の神々しいシーンなのに、CGがしょぼいのでは、神様の威光も薄れるというものです。

暴力的で身勝手なのはバラーラデーヴァのほう」という話は、すみません言葉足らずでした。バラーラデーヴァと比較したらバーフバリの方がマシだというのは私でも分かるんですが、バーフバリ別に王にふさわしい、王になってほしいというほどの人ではないと思いました。これは多分バーフバリ視聴の少し前にブラックパンサーを観ていた影響が強いです。

スピルバーグ作品なんですが、レディプレイヤーワンはとても面白かったです!

マッドマックス怒りのデスロードなど、もともと勢いで楽しむような映画も大好きなので、バーフバリに乗れなかったことは自分でも驚いてます

2018-04-16

まぁ、フィクションから聞いてくれ

オチもなんもない

もう10年くらい、男女2人ずつの仲良しグループでよく遊んでるんだ

大学軽音サークルつながりで、全員アラサー独身

男A:好奇心旺盛な子供みたいなやつ

男B:優しい気が回る良いやつ

女E:高校から友達可愛い

私F:何から何まで普通。流されタイプ

不思議なことに、つい先日までこの中でカップルが出来なかったんだ

からこそこの歳まで仲良くできたんだと思うけど、その均衡がとうとう崩れた。AとEが付き合いだした

それが切っ掛けか、今度は私がBから、実はずっとFが好きだった、付き合ってくれないか、と告白された

ついさっき。

困ったことに、実は私もずっと、ずーっと好きだった……Aのことが

私は、本当にこの4人グループ全員が大好きで、こんな仲のいい友達を持った自分世界一幸せだって思ってる

から、Aに友達以上に好意をもっているということは、誰にも告げず飲み込んでしまおうって思っていた

自分時間がたてば飽きるかもしれないし

Bが私に友達以上の好意を持っているんじゃないかというのは、薄々気づいてはい

でも私は、Bも私と同じようにその好意を飲み込んでこの関係性を続けるだろうと勝手に期待してしまっていた

しかしたら、AとEが付き合いだすまでは、Bもそのつもりだったかもしれない

Bも友人として好きだから好意は素直に嬉しいとは思う

ただ、私がBを好きなのはあくまで「友人として」なんだ

恋人になりたかったのは、Aとなんだ

たぶん、Bにごめんねって返事して、これまで通りAへの好意私自身が忘れるまで隠し続けるのが正解なんだ

ただ、Bに返事をする踏ん切りがつかない

人を振ったことなんてないし

そうこうしてるうちに、Bと付き合っちゃえばいいんじゃないの?みたいな気持ちが湧いてきて、そんな自分に腹が立って、こんなバカを好きになるなんてBもバカだ!とか心の中で叫んだり、嬉しいような悲しいようないろんな感情激流のように押し寄せてきて、珍しく取れた平日の休みに、昼間から酒飲んでわんわん泣きながらこれ書いてる

4/17 14:00 追記

たくさん優しいトラバブコメついててまた泣いた、全部読んだよ、ありがとう

2018-04-11

映画感想トゥームレイダー ファースト・ミッション

トゥームレイダー ファースト・ミッション』を見てきたので感想。いつものごとくネタバレ気にしてないのでそういうの嫌な人は回避推奨。あらすじ解説とかもやる気ないので見た人向け。

総評

点数で言うと80点くらいだろうか。サービスデーやレイトショーで見ると満足感があるという点数。

ぶっちゃけると、平均的なアクションB級映画であってそれ以上でもそれ以下でもない。ごくごく個人的事情により「ちょい俗悪なレベルのB級アクション映画」を見たくてわざわざ選んで見に行ったので、そういう意味では120点だった。

というのもそれ以前の視聴ログが『ドラえもん のび太の宝島(点数をつけるに値しないここ数年で最底辺映画)』→『リメンバー・ミー(どうしてここまで作り込んじゃったんだろう、子供向けをぶっちぎった文芸映画だぞ高得点すぎて意味わからん)』という履歴であり、次は『ジュマンジ』を見に行く予定もあったので、口の中をすっきりさせるというか、程々の映画期待値リセットたかったのだ。程々で大変素晴らしかった。

最近ハリウッド映画らしく、CGレベルはもはやCG臭いとか臭くないというレベルは遥かに飛び越えていて、「どういうワンダーな画面を見せてくれるか」になっている。その基準は十分に満たしているし、アクションも、期待のB級謎解きも、おおよそ期待通りだった。

B級のお手本として

古代日本邪悪女王ヒミコが残した宝」というぶっ飛びネタからスタートする本作であり、一部の人はカチンとくるかもしれないが、いいのだ。これがB級なのだ

トゥームレイダー』はたしか歴史あるIPなのだが、だからといってその歴史上級であるとか本格であることを全く保証しない。むしろトゥームレイダー』こそがトンチキB級アドベンチャーですよ。

超古代文明のつくりあげた謎の遺跡トラップ宝石の色の重ね合わせで罠解除とかどこのどんな技術だよ! とか突っ込むのは序の口であり、むしろ、おいおい光る宝石の色を混ぜ合わせるのに青+黄色で緑って絵の具じゃねえんだぞ。光の重ね合わせはむしろ引き算だろう! とか、そういうレベルで胡散臭くアホっぽいのが『トゥームレイダー』であり、トンチキは正義なのだ

直径10kmもないような絶海の孤島に幅25mの激流が流れてて10階建てよりも高い滝があるとか、水源地全くわからないけど、良いんである。その場その場が盛り上がって格好良ければいいのだ。B級ってそういうものなので、批判に値しない。っていうか、むしろポップコーンを食いながら指差し爆笑するのがふさわしい映画なのだと思う。

ここらへんは(あくまでこの感想全部と同じく私見なのだが)減点要素ではなく加点要素であった。そんなのより安易クリフハンガーに頼って、やたらと高いところで鉄骨渡りやらせればスリルが出るだろうみたいな安易さのほうが減点である

B級になりきれなかったララ

トゥームレイダー ファースト・ミッション』は映画版『トゥームレイダー』のリスタート作品として、このシリーズ第一作にあたる。主人公はこのシリーズ看板であるララ・クロフト(演アリシア・ヴィキャンデルである

――のだが、このララ・クロフトが今回いまひとつだった。

冒険アクションゲームであるトゥームレイダーシリーズ主人公ララ・クロフトはひとことでいえば、女性インディ・ジョーンズであって、タンクトップ一枚で二丁拳銃を構えて、荒野、密林、砂漠洞窟、地下洞窟に飛び込んで、古代生物だろうが邪神教団だろうが謎の殺戮機械だろうがお構いなしにバカスカぶっ殺しては遺跡を漁る天才的『トゥームレイダー(墓荒らし)』である

はっきりいって彼女はキチ○イなのだ

軽装備で密林の現地部族の槍にぶっさされても、錆びた鉄骨が脇腹を貫通しても、瓦礫に生き埋めになって両腕がおれても、不敵な笑いを浮かべて古代の謎に飛び込んでいく頭のちょっとおかし女性。それがララ・クロフトである。B級だからそれでよくて、それが良かったのだ。

でも今回の映画トゥームレイダー ファースト・ミッション』はそこが失敗してしまった(もしかしたら制作側は失敗ではなく計画通りだと思ってるかもしれないけれど)。

今回のララ・クロフトは、行方不明になった父リチャード・クロフト行方を追い求める「成人にはなったけれど心はまだ傷ついた少女のまま」という造詣がなされている。身体能力知的能力は確かに卓越しているけれど、キチ○イではない、真人間なのである

(キチ○イ度が下がった結果おっぱいサイズが小さくなってしまったのも悲しい点だ)

その結果なにが起きたかというと、ララピンチになって撃たれたり首を絞められたりするシーンで、スカッと爽やかに画面を見ていられない、なんだか辛いような気持ちになってしまったのであるちょっと残念。

今作においてララ・クロフトの動機は「行方不明の父を探す」であり、今後シリーズ動機は「父を殺した秘密結社トリニティとの対決」になっていくと思われるのだが、でも、だとすると「超古代文明遺跡に挑んでロマンだ! 不思議だ! 財宝だ! いいいいーやっふーぃーーー!」という爽快感は(あるていどのところ)諦めなければならない。

B級アクションアドベンチャーの女主人公として、脳みそハイになりきれなかったところが今回映画最大の泣き所だと思う。

てなわけで『トゥームレイダー ファースト・ミッション』の感想おわり。B級映画なのでBな感じで感想書いてみた。

2018-02-14

アマゾンアップル等を分割すべき、という記事翻訳 (さらに続き)

https://anond.hatelabo.jp/20180214155553

https://anond.hatelabo.jp/20180214160914

の続きです。最後まで

005: ジェダイマインドトリック

チェックを受けることのない4大企業のパワーは何よりも競争を抑制するものとして現れる。考えてみればいい。アマゾンはあまりにも独占的な力を持ってしまったので、潜在的な将来の競争相手マーケットに入場してくる前にジェダイ的なマインドトリックで相手に痛みを感じさせることも出来てしまう。株はもともと二つのキー・シグナルに沿って取引される。会社の潜在的パフォーマンス(ポッタリーバーンの1平方フィートあたりの売上が10%上昇する)とマクロな経済の状況(住宅の供給が増える)だ。しかし今では公共民間問わず投資家は三つ目のキー・シグナルを加えている。それぞれのセクターにおいてアマゾンがなにをするかしないかということだ。直近の例をいくつか挙げてみよう。

アマゾン歯科関係用品のビジネスに参入することをアナウンスした日、歯科用品企業の株は4から5%下落した。アマゾンが処方薬を売ることを発表したとき薬局関係の株は3から5%価格が下がった。

アマゾンホールフーズ買収発表から24時間以内に大型生鮮食料品店の株の価格は5から9%も落ちた。

独占的慣行の問題が取り上げられると、アマゾンのPRチームはすぐに都合のよい数字を持ち出す。4%――アマゾンコントロールするアメリカの小売シェア(オンラインオフライン合わせて)、ウォルマートの市場シェアの半分に過ぎない、というわけだ。これは怪物を分割するべきだという主張に対して強力な反論だ。しかし他の数字だってある。アマゾンプレスリリースにはなかなかあらわれない数字だ。

・34%: 世界中クラウドビジネスに占めるアマゾンシェア

・44%: アメリカオンラインコマースに占めるアマゾンシェア

・64%: アマゾンプライムに加入しているアメリカの家庭

・71%: 家庭内の音声機器に占めるアマゾンシェア

・14億ドル: 2008年以降アマゾンが支払った法人税。対してウォルマートは64億ドルだ。(アマゾンは過去24ヶ月でウォルマート丸々一つ分の価値を時価総額に加えている。)

フェイスブックはどうだろうか?私たちスマートフォンで使う時間の85%はアプリを操作するのに使われている。世界5大アプリのうち4つ――フェイスブックインスタグラムワッツアップ、メッセンジャー――はフェイスブックが所有している。そしてこの4つはザックの指示のもと、5つめ――スナップ社――の息の根をとめるべく同盟を組んでいる。これが意味するのは私たちが持っているスマートフォンはすでにコミュニケーション手段ではないということだ。フェイスブック社へのデリバリーサービスなのだ

フェイスブックは競合アプリユーザーの関心を集めているときにそれを知らせてくれる内部データベースまで持っている。それによってフェイスブックはその企業を買収(インスタグラムワッツアップにしたように)したり、あるいはその強みを真似ることで競合相手を倒してしまうこともできるわけだ(ストーリーズとボンファイアでやろうとしていることがそれで、標的はスナップチャットハウスパーティーだ)。

グーグルグーグル現在インターネット検索の市場の92%を握り、その価値は世界中合わせると924億ドルに上る。これはアメリカ以外のどの国の広告市場全体よりも大きい。インターネット検索業界は今や次に挙げるような数々のグローバル産業より大きなマーケットになっている。

・ 製紙・森林資源: 810億ドル

建設業: 790億ドル

不動産管理・開発: 760億ドル

都市ガス: 580億ドル

もしたった一つの企業が世界中建設業の92%をコントロールしているとしたら我々はどう思うだろう。あるいは製紙や森林資源の92%だったら?その会社のパワーや影響力が常識的な範囲を逸脱してしまったと思うだろうか、それとも今グーグルに対してそうしているように、素晴らしいイノベーターだと思うだけだろうか?そしてアップル、低コスト製品プレミア価格で売ることに大成功した企業が存在している。iPhone8の材料費は288ドル、価格ラベルにかかれている799ドルに比べるとごく一部だ。

別の言い方をすると、アップルトヨタの量を生産し、フェラーリの利益率をとっているのだ。アップルユーザーもっとブランドに忠実な消費者でもある。92%の顧客がアップル製品を買いつづけるのに対し、サムスンユーザーでは77%にしかならない。2017年2月には全アクティブiOSユーザーのうち79%が最新のソフトウェアアップデートしたが、これがアンドロイドになると1.2%にしかならない。

アップル消費者生活の中に占めるその特権的な地位を利用して、スポティファイのような競合相手に対するアプローチにおいて独占的なパワーを振るっている。2016年アップルはiOSのスポティファイアプリアップデートを拒否し、iPhoneユーザーがこの音楽ストリーミングサービスの最新バージョンアクセスするのを阻んだ。スポティファイ利用者アップルミュージック利用者の2倍に達したのを受けて、アップルはその遅れを30%の税金を競合相手に課することで埋めたわけだ。

アップル消費者の間での人気を利用することにためらいがない。最近アップル意図的に過去のiPhoneパフォーマンスを遅くしていることが暴露されたが、これはユーザーに必要以上に早くアップグレードさせるための戦略である。これは独占に対する自信がなければできないことだ。

19世紀の終わりに、特定マーケットの大半を支配する巨大ビジネスを指して「トラスト」という言葉が使われ始めた。テディルーズベルト牛肉鉄道トラストを分割し、大統領在任中に40を超える反トラスト訴訟を起こしたことで元祖「トラストバスター」としての名声を得た。100年後の2016年に話を戻すと、我々は「極めて少数の手に極めて大きな力が集中してしまうからAT&Tによるタイムワーナーの買収は許さないと話すトランプ候補に出会う。一年後、彼のもとで司法省は実際に合併を阻止するための訴訟を起こした。

まり我々の大統領は今も正しい戦いを続けているわけだね?よし、もうすこし掘り下げてみよう。AT&Tは1億3900万人の無線契約、1600万人のインターネット契約、2500万人のビデオ契約(そのうち約2000万はDirecTV経由)を保有している。タイムワーナーはHBO、ワーナーブラザーズ、TNT、TBS、CNNのようなコンテンツ製作のブランドを所有している。この2者の垂直合併は理屈から言うと、何百万という単位の携帯電話インターネットビデオ契約者のネットワーク全体にコンテンツを製作・供給する巨大企業を作り出しうるかもしれない。

少数の手に大きな権力そうかもしれない。しかしコンテンツ供給網の重要性が心配事であるなら、テディであれば10年も前にジェフティムラリーマークたちの会社のドアをノックしていたことだろう。四大企業の全てが、AT&Tタイムワーナーを合わせたものをはるか凌駕するコンテンツ供給網も持っているのだから。

アマゾン2017年オリジナルビデオに45億ドルを投じたが、これはネットフリックスの60億ドルに次ぐ第二位の金額だ。プライムビデオは200以上の国でローンチし、最近は10回サーズデイ・ナイトゲームを放送するためにNFLと5000万ドルの契約をした。アマゾンは音声テクノロジーの71%を支配し、プライムを通じてアメリカ家庭の64%に供給の拠点を築いている。64%のマーケットシェアを持つケーブルネットワーク存在するか考えてみたまえ。これに加えて、アマゾンは2位から6位までの競争相手を合わせたよりも大きなマーケットシェアクラウドコンピューティングマーケットに持っている。アレクサ、この状況がイノベーションを産んでくれるのかい?

アップルは今年10億ドルをオリジナルコンテンツ投資する予定だ。アップルは220万のアプリコントロールし、2013年にはiTunes上で販売した曲数が250億曲に達するという記録を打ち立てた。アップルライブラリーには今や4000万曲が登録されており、10億台のアクティブなiOSデバイス供給することができる。テレビビデオについても言うまでもないだろう。でもやっぱりAT&Tカートゥーンネットワークを売る必要があるんだろうね?

フェイスブックは21億の月間アクティブユーザーによって作り出されたコンテンツ激流を所有している。サイトアプリを通じて、この会社はアメリカの全成人の66%へアクセスすることが可能だ。フェイスブックオリジナルコンテンツに10億ドルを投資することを計画している。フェイスブック世界で最も多産なコンテンツマシーンで、世界中スマートフォンの大半を支配している。さあ、「今なに考えてる?」。

ユーチューブには毎分400時間分ものビデオアップロードされているが、これはグーグル世界の誰よりも多くのビデオコンテンツを所有しているということだ。グーグルは20億台のアンドロイドデバイス上のOSもコントロールできる。これでもAT&Tアダルトスイムを売却することが大事なんだね?

多分AT&Tタイムワーナーの合併が理屈に合わないというトランプは正しいんだろう。だがもしそうだとしたら、我々は10年前にまず四大企業を分割しているべきだったのだ。四大企業のどれをとっても、結局彼らがしているのは、マーケットの独占を利用して取引を阻害するという有害な独占的パワーの乱用だ。だが司法省は一体何をしているんだろう?怒り狂ったトランプツイートはどこにいったんだ?ドアの向こう側にいる彼らはテクノロジーで人類を救いに来た救世主めいたイノベーターだという神話に騙されて、政府の居眠り運転を許してきたのは我々なのだ

睾丸を落としてしまったような西洋諸国の中で、EUの競争担当欧州委員であるマルグレーテ・ベステアーは 巨大テクノロジーを恐れず、または彼らに騙されないただ一人の政府高官だ。昨年の5月、彼女は、フェイスブックワッツアップの間でのデータ共有能力についてEUに虚偽を言っていたという罪状でフェイスブックから1億2200万ドルを徴収し、その一ヶ月後にはグーグルに対して非競争的慣行を理由に27億ドルの罰金を課した。

これは出発点としては良いが、この程度の罰金では象の背中を蚊がさすようなものだということも言っておかなければならない。フェイスブック罰金ワッツアップ買収価格の0.6%にしかならず、グーグルに関しても手元資金のたかだか3%にしかならない。15分毎に100ドル取られるメーターに金を入れなかったことに対して、25セント違法駐車チケットを切っているようなものなのだ。我々はこの手の企業に対して、利口で株主が喜ぶやり方を教えてやっていようなものだ。法律を破れ、嘘をつけ、必要なことはなんでもやって、万一捕まったらはした金を払えば良い、と。

巨大企業の独占的なパワーは資本主義者にとってのマッチョテストになってしまっている。イノベーションクラスの抱擁は我々を心強く感じさせてくれる。私たちは成功、特に巨大な成功が好きだし、億万長者や彼らの設立した素晴らしい企業に勇気づけられる。規制と聞けば吐きそうになる。確かに規制には醜いラベルがつきものだ。アマゾンを分割すべきだと私が提案しはじめて以来、フォックスニュースのスチュアート・バーニーは放送の時に私を社会主義者だと紹介するようになった。今にヨーロッパ人とでも呼ばれるのではないかと思っている。

2017年マーケットが、我々の経済が規制にうんざりしているという強いシグナルを送ったことは間違いない。しかし規制とトラスト分割の間には違いがある。我々が経済について知っている話から抜け落ちているのは、トラスト分割はマーケットの健全性を保つためのものだ、ということだ。それは、がさつで不細工な規制に対する解毒剤なのだマーケットが失敗する時、そして確かにマーケットの失敗というのは起きるものなのだが、我々に必要なのは黄色の旗を挙げて秩序を取り戻してくれるレフェリーだ。試合ではそうしているのだから。

大企業のすさまじい成功――10月には四大企業だけでS&P500の利益の40%を占めた――は、彼らが活動しているマーケットのものが不健康であるという事実を覆い隠してしまう。昨年末リファイナリー29とバズフィードという二つのデジタルマーケティング企業の将来有望な新星がレイオフを発表し、アドテク企業のクリテオは時価総額を50%下落させた。なぜ?フェイスブックがいて、グーグルがいて、その他諸々がいるからだ。そしてスナップ社を含むこうした他の会社全てがもう死んでしまっている。ただ自分たち自身が死んだことに気づいていないだけなのだ

こういった企業が死ぬのは自己責任だと私たちは自信を持って言えるだろうか?むしろ我々のマーケットの方が失敗していて、無数のデジタルマーケティング会社が成長し、雇用を生み出し、イノベーションを起こす健全な生態系の発展を阻害してしまっているのではないだろうか?

自分の「心を探って見る」と…

二種類のマーケットを想像してみよう。最初のマーケットには以下の会社が含まれる。

アマゾンアップルフェイスブックグーグル

そしてもう一つでは次のような会社がそれぞれ独立して活動している。

アマゾン・AWS・?・アップルアップルミュージックフェイスブックインスタグラムワッツアップ・グーグルユーチューブ

(訳注: 原文では各サービスアイコンで示されているが3つめのアマゾン関係アイコンが不明)

そしてダース・ベイダーが息子に言ったように、「自分の心を探って」みて、どちらのマーケット

  より多くの雇用株主にとっての価値を作り出す

ことができるか考えてほしい。トラスト分割が短期的には株価に対して悪影響をもたらすのは確かだが、マ・ベルの分割はテレコミュニケーションの分野での株主価値の急速な成長に繋がった。同様に、マイクロソフト1990年司法省とのいざこざにも関わらず、最高の時価総額に達したばかりだ。アマゾンアマゾンウェブサービスが、一つになっているよりも別々の会社になった方が価値を高める可能性が高いことを信じる理由もある。

投資を促そう

22年前に比べてアメリカ上場企業は1.5倍に増えたが、イノベーション分野の会社のほとんどが、自分たちが生き延びるための可能性が最も高くなる選択肢――あるいは唯一の選択肢――は、巨大テクノロジー企業に買収されることだと知っている。バイヤーがいなければ、大きくなる(グーグルになる、ということ)かすごすご家に帰る(ビジネスを止める)かの選択肢しかない経済が出来上がってしまう。ホームラン級の買収は格好の見世物になるけれど、中サイズの企業による買収が2・3倍に増えた方が経済成長エンジンとしては強力に違いない。

課税ベースを拡大しよう

パワーの集中はあまりにも巨大な政治力と資源を持つ企業を生み出すことで、彼らが自分たちに課される税率を中サイズの企業を大きく下回る水準に設定し、逆進的な税制を作り出すことを可能にしてしまった。

どうして我々は巨大テクノロジー企業を分割する必要があるのだろうか。四大企業が悪で、我々が善だからではない。鉄道会社やマ・ベルにしたように、競争を保証する唯一の道として、時には木の天辺を切り落とす以外の手段がないことを我々は知っているからだ。これは四大企業に対する告発でも復讐でもない。そうではなくて、健全な経済サイクルのキーになるのが、侵略的で、生まれたての企業の死を招き、他の企業の登場を許さないような企業を刈り取ってしまうことだ、という認識なのだ。巨大テクノロジー企業は分割されるべきだし、分割されるだろう。なぜなら私たち資本主義者だからだ。今がその時だ。

2018-02-08

Twitterの繊細なオタク

聞こえます・・・予想以上に長くなってしまったので先に伝えたいことを伝えます・・・

ドキッとしたフレーズありましたか?なければ以下の文章は読まなくても大丈夫です

・・・

みなさんはもし回転寿司に行って、一緒に来た友達ラーメンを食べてたら絶縁しますか?

もし友達ガラケー派だった場合、「スマホは便利だよ」と言いながらその場で友達ガラケーを叩き折ったりしますか?

しませんよね

しかtwitter上で「くら寿司ラーメンなう!」と言うだけでブロックされるパターンはさほど珍しくありません

オタクコミュニケーションに慣れていなさすぎではありませんか?

ここで言う「コミュニケーション」とは単に「人と喋る」「友達を作る」「集団社会でうまく立ち回る」とはまた意味が違っていて

それができない人は言うまでもないのですが、その先のお話です

とにかく傷つきたくない

twitter流行ったので、もう「意見を発信し、会話をしなくてもじっくりと相手吟味して近しい意見の人を選んで接する」ということが誰でもできる時代になりました

しばしば地雷がどうとか嫌なら見るな論がどうとか繊細なオタクtwitterでキレるのは要するにtwitterには「傷つくリスク回避できるSNS」という認識がなされているからなんですね

しかに、主張の合わない人と仲良くするメリットって全く無いわけですよ

完全に自分のTLを快適な箱庭にしたいなどという思想はありませんが、嫌いな人を嫌いだと先んじて知ることができるし、

どこかで行われている激しい争いを視界からシャットアウトして好きな人ツイートや猫の画像ふわふわと漂っているtwitterの優しさ、自分も大好きです

しかしこの優しさに慣れきっていると問題が発生しま

緩やかな死

死とは、孤独です

自分ふわふわと漂っていると、ついつい周りの皆さんもふわふわと漂っているものだと勘違いしてしまうのですが

いつもTLで仲良くしていると思っていたグループ自分の知らないところで通話オフをしていたり

自分がお財布事情で買えなかった流行りのゲームを遊んでいたり

仲良くリプを飛ばし合っていた男女がいつの間にか結婚していたり

狭いコミュニティだと余計そういったもの意識しなくても目についてしまものです

あれ・・・・・・・・・じゃあ誰ともオフ通話をしていない自分・・・・・????????

こうなると優しかったはずのふわふわ世界が一転して「自分を疎外する空気」というものに塗り替えられてしまます

実際の所その人達リア友だったとか、同郷だとかイベントたまたま隣になったとか、ちょっとしたきっかけがあるかないかの違いだったりもするのですが・・・

被害妄想から逃れられない

自分を疎外する空気」を感じてしまったが最後で、あとは学生時代よろしく教室の隅で落書きするオタクの卑屈な心理状態になります

「あの人は自分のことを褒めてくれるけどいいねが一万件超えてるし、大勢の一人くらいの認識なんだろうな」

フォロー1000件越えてる人にフォローバックしてもすぐ忘れられるだろうな」

「この人リプライでは仲良くしてくれるけど、オフには誘ってくれないな 多分自分空気読めないからだろうな」

「憧れの人が通話募集してる人いるけど自分が話しかけてもお前じゃねーよって思われるだろうな」

オフに行ってみたけど身内感すごくて全然話せなかったな 次からは誘われないだろうな」

現実オフまで行けば他のふわふわ孤独ユーザーからは疎まれるくらいコミュニケーションはしているはずなのに・・・

オタクはいくらでも自分を貶すことができるものです この自尊心の低さがオタクオタクたる所以ですね

限界集落の完成

そうしてメンタルがヘルしてしまったオタク達は「自分のほうがマシ」と思えるような闇オタクを好んでフォローしていき

集まった精鋭の厭世オタク達、陽キャの存在しない理想の国・・・自分はこれを「オタク限界集落」と呼んでいます

しかしこの集落で行われるやり取りも先程記述したものとさして変わりません

コミュニケーション在る所にヒエラルキー在り、自分が良しとしてその激流の中踏ん張り続けない限り

良質なコミュニケーションを獲得することなどできないのだと、これを読んでいるオタクはお気づきでしょうか

悲しいかな、限界集落所属でそこに気づくことができるのは一握りのオタクのみ

殺し合いの始まりです

御国自慢の同調圧力~抱き合い心中、死なば諸共~

まぁやはり自意識過剰オタク達ですから殺し合いもエコロジーです

反社会的妨害行動や正々堂々とブロックなどといった強い行動に出るメンタルは備えていません

いや、その繊細さこそが悪のコミュニケーションを「環境」として成立させてしまうのでしょうね

まず彼らは「人生の不幸な側面」で響き合った者共なので、基本他人幸せを祝福できません

もう他人幸せな時点で心に深いダメージを負い、正当防衛と言う名の理不尽暴力を振るってしまうからです

そして、理不尽暴力とは要するに「不穏な空中リプライ」です

だって直接言ったらストレス自分も傷つくし相手から反撃まで食らう可能性もあるし、良いことないですよね

例(完全に創作です)

A「今日はBさんと有名なパンケーキのお店行ってきました!おいしかったけど何時間も並ぶものじゃないな~(汗」

C(AとBの共通フォロワー)「話題スイーツとかそういうのに飛びつく人って馬鹿なのかな。売上に貢献してるから良いじゃんみたいに言うけど、キャパを超える客が押し寄せたって店側も迷惑。」

D(Cの友達)(RT)「>RT わかる。ブームが去ってから潰れた店何件か知ってるけど、ああい手のひら返しがいっちゃん見ててキツイな」

C「Dさんすき」(空リプ

E(AとBのとCとDの共通フォロワー)(RT

F(CとDの共通フォロワー)(RT

G(あんまり関係ないけど経緯を調べた人)「てか一緒に並ばせておいて味に文句言うなんてAさんはBさんに失礼じゃない?」

こうして、AさんとBさんの関係勝手に疎外感を覚えたCさんがそれっぽい理屈をこねて周囲に同調を得ることで(同調を得るために正しい風味の論を立てるのです)

AさんとBさんは本当にグループから疎外されてしまます 

二人は息苦しさを覚えながらもどうすることもできません 

なぜならCさんは二人のことを明確に攻撃したわけでないと言い訳ができるので、

反撃にリムーブなんかをするとCさんは余計に傷つき、自分被害者アピールし更なる同調を求め始めるからです

そうして緩やかな言論統制が行われて、幸せツイート駆逐されると次は意見が違うだけでも攻撃対象にされ・・・

結果として「垢消し」しか逃げ場がなくなり、「メンヘラはすぐ垢を消す」といった客観的事実が完成するのです

果たしてこのコミュニティは本当に「仲が良い」のでしょうか?

そして、これは「コミュニケーション」と呼べるものなのでしょうか?

意見を言うこと、対立は悪ではない

誤解しないでいただきたいのは、自分オタクや繊細な人々を批難したいわけではないということです

自分だっていつ傷つき誰かを傷つけるかわからないし、批難するのが正当であると主張する人々がしばしば想定に使う「完全な被害者」や「完全な加害者」など実在しません

現在この戦いの渦中にいる人々はそれぞれ相手を憎みながら同時に深く傷ついています

全員が「防衛行動」を取っているだけという構図なのでとっても不毛挙句、これを指摘すれば「攻撃者」と認識されるリスクが非常に高いため増田使用しているのですが

要するに、インターネットでくらいストレスから解放されませんか?というご提案をさせて頂いている形です

冒頭に貼りましたがすくなくとも精一杯書いたので繰り返しお伝えしま

一人でもいいです、どうか苦しんでいるオタクに届きますように・・・

結論

SNS一喜一憂するくらいなら友達愛する人、愛する自分くら寿司に行きましょう 寿司は我らを裏切りません

2018-02-06

anond:20180205155103

まさに激流を制するは静水、素晴らしい

最近激流激流で抗おうとする奴が多すぎる

2018-01-23

おすすめ映画教えて

一年からたまにWOWOW映画を見るようになったけど、めっちゃ面白い

例えば、さっき激流って映画やってて、中盤までは胸糞悪かったけれど、後半で逆転が起こって「うおー!!」ってなった

あと観た映画でいえば、インターステラーとか、おやすみなさいを言いたくてとか、スタンドバイミーが面白かった

2017-07-10

https://anond.hatelabo.jp/20170710010502

逆に言うとだ

普通になにも嫌がらせ的なことをしない大人しい客というだけで高感度アップなんだ

簡単

激流に身を任せいっとけばいい

2017-07-03

体調悪い。頭が割れるように痛い。のそっとした動きしか出来ない。

体調が悪いというのは、圧政に苦しむ国民みたいだと思う。得体の知れない大いなる力で我々の自由は奪われ、苦痛を強いられているが、それに抵抗しようという気力はない。ただ少しでもこの状況が楽になるよう、逆らわずやり過ごすだけである

それに比べ、機嫌が悪いというのは全く状況が異なる。何かが乗り移って、感情激流に流され限界を超えて暴れ回る感じだ。基本的に抵抗しかしないし、気力は十分で、無敵状態に近い。

なんの話って、生理の話です。

2017-06-07

梅雨

気象庁関東地方梅雨入りなどと間抜けたことをいっている。

来たのは梅雨ではなく雨期だ。

山を崩し川を激流にかえ平野洪水で押し流す雨期だ。

雨期のつぎには大地をやきつくす焦熱の地獄がくる。

この状況をのぞんでつくりだした人類のゆくすえなどどうでもよい。

ただ、巻き添えで死にゆ動植物申し訳がなく、それが悲しい。

2016-10-29

はやく人間になりたーいとか呟いてるバカにはつける薬がない。

頭が悪すぎて、憲法上の基本的人権普通人間という幻想混同しているんだろうな。おまえらには前者はあるが後者は無いのに。

天才秀才がずっと努力して学び続け、意識的に掴み取ったポジションを、ほんとは俺がそこに座るはずだったのにと愚痴る以外にお前は何をした?

この国の土地バブルが弾け、債権バブルが弾け、ITバブルが弾け、国内中間層が軒並み底辺層に落ちていく激流の中で、滝に挑む鯉のようにあがきまわったことが一度としてあるのか?

2ch向けに3行にしてやろう。

この国は先進国でも発展途上国でもない。既に衰退国だ。

普通なんてものは、天才秀才努力して勝ち取るものになってしまったんだ。

さあ壊れた頭で必死で考えろ。考えろ考えろ考えろ。

2016-07-04

山田太郎議員支援へのネット上の反応への感想と疑問など

どうもこんにちは。反表現規制派として有名である山田太郎議員への比例区への投票を呼びかける声は投票日も近づいてきた事からか、日に日に高まってきています特に今回は投票年齢が18歳に引き下げられてから初めての国政選挙という事もあり、ネット上では熱気を帯びてきており注目に値する事だと思います個人的には当選してほしいものです。私も比例区では入れました。

最初一言だけ。自分政治には全くの素人で、wikipediaネット上のニュース記事程度しか漁らない程度の浅い人間です。ツッコミどころは多々あるでしょうが、そこら辺はご容赦頂けると幸いです。あとはてブへの投稿も実質初めてですので至らない部分も多いです。すいません。

さて、タイトルを見て「山田太郎議員否定する記事なんじゃないか」と思う方も少なくないでしょうがその意思は(全くではありませんが)有りません。むしろ支持者層についての感想と疑問がメインのテーマとして書かせていただきます

山田議員名前ネット上で大きく取り上げられるようになったのはいつ頃だったでしょうか。私の環境だと1年半前くらいからだと記憶しています国会内でも秘密保護法の制定など小さくない動きがある中、独自路線アピールする山田議員はいしかかなりのネット有名人になっていって行きました。従来の反表現規制派とは異なった考え方もその要因でしょう。私個人としても「オタクのために戦ってくれている議員がいるのか」とその存在を知った時にはある種の感動を覚えたものです。やたら所属政党が変わってたのが気になりはしましたが。

その山田議員も前回の当選から参議院議員任期満了を迎える季節となり、再選するために選挙へのアピールも少しずつ増えてきました。おおさか維新の会を入党から2日で離党するなど危なげな動きもありましたが、新党改革統一名簿から全国比例区出馬する事が決まり(小政党ではありますが)全力で当選するために選挙活動を始めるスタートラインに立つ事が出来ました。元々所属していた旧みんなの党の分離・政界再編激流に巻き込まれる、という不運が無ければ一番良かったのでしょうが

それで、本題の山田議員支持や投票を表明するネット上の支持者の話です。ネット上(主にTwitter)で見る限り、全国比例で山田議員個人への投票をお願いしているのが基本のスタンスのようです。まぁ全国比例区出馬しているのですからそれは当たり前ですね。ただ、ここからが私の疑問点で、選挙区に関する話題が全く出てこない、それどころか野党議員叩きを山田議員支持と一緒に発信してる人間も少なくない、という点です。野党叩きに関しては仕方ない部分もあります。そもそも山田議員がメインとして話をしているのは表現規制反対であり、野党共闘が(これは統一候補によってかなりバラツキがあるでしょうが)主に格差問題経済問題、先の国会で成立した安保法制への反対など被っている部分は(主観ですが)かなり少ないように思えます。被ってる政策がなきゃ組いる必要ないしね。個人がそれに関してどう反応をするのは、個人個人の考えであり私が口出しする事ではないでしょうし。自分も「反安保反原発だけ言ってるだけで自民に勝てるわけないだろ」とか「戦争反対とかお前いつも同じ事言ってんな」とか「あんだけ分裂合併繰り返して一人区の半分しか統一候補擁立できなかった民進はまず身を固める事から始めろよ」とか思ってますぶっちゃけ

ただ選挙区によっては事情が異なります選挙区野党議員が反表現規制である場合において、特に一部議員山田議員自ら「表現の自由を守ってやってきた先輩議員」と発言しているにも関わらず多くの山田議員支持者から「もしあなた選挙区で反表現規制派の議員出馬しているならば、投票して頂けると有難いです」とか「議員人の力には限界があります。少しでも山田議員に共闘者を」とかそういう発言が全くと言っていいほど出てこないんです。(ソース:http://getnews.jp/archives/1479281)

山田議員自身も「政党人には党議拘束もあるからどれだけ力になってくれるかわからない部分もある(要約)」って事は言ってます民進党もなんか逆風っぽいと捉えられかねない公約も出してしまってますし。それでもこういった党所属の反表現規制議員存在無視して野党総叩きをしている人を見ると私は違和感を感じてしまます別に野党議員投票してくれなんて言いません。しか特定野党所属しているというだけの偏見で、その議員への投票をするという可能性を消してしまのがどうしても私は違和感を覚えてしまうのです。要は「まず選挙区議員公約を大規模政党だけでもいいので見てから判断しようよ」ってのを私は言いたいんです。それをしっかりしてからなら自民党でも民進党でも幸福実現党でも真理党でもいいので「良い」と思った議員に入れて下さい。選挙区議員公約を見るくらい5分10分で終わる話でしょう?まずは偏見を少しでも減らす努力をしてから投票に行っても遅くないのではないでしょうか。「いいな!」って候補者がいなければ選挙区白紙比例区にだけ投票したっていいんですから

2015-08-16

ナポレオンの村ってドラマひどすぎ

実家帰省中で初めて見たけどいろいろひどすぎ。

今日のあらすじ。

田舎舞台で都会の女性呼んで婚活パーティやった。

でも、参加した地元の男どもがマナーとかデリカシーなさすぎ(トイレに虫がいて嫌がってる女性を後ろから押して面白がる・嫌がる女性肩にでっかいヒキガエルをのせる等)て、女性陣をぶちギレさせた。

その後女性のひとりが激流アクセサリー落としてピンチ!ってところで、男どもがここぞとばかりに奮闘して救出!

その心意気(笑)を見て、女性陣はころっと態度を変えて仲良くごはんを食べる♪

極端にバカっぽく描かれる田舎の男への偏見と、あまりにもテンプレすぎる展開と手のひら返し

村をつぶそうとするあからさまでテンプレすぎる沢村一樹市長。これを面白いと見ている親にもがっかりしたわ。

割とマジで深夜アニメと大差ない低レベルで幼稚な内容。

テーマシリアスさを扱いきれてない。

唐沢寿明が出てるから面白いのかなと抱いた淡い期待を返せ

2015-02-17

副業としてウェブショップ経営して1年

職場が多彩なアイデア創出のためと起業を推奨してくれるため、ウェブショップを立ち上げて実際に経営してみた。

ただ、職場からの援助は法人としての取引を含めて一切なく、全て自己資金による。

たった1年で何が分かるんだと言われるかもしれないが、学んだことや何だかんだ考えたことが多くあるので少し書きなぐっておきたい

ウェブショップを畳むときがきたら、自分の詰めの甘さを読み返してみたい。



カラーミーで十分すぎた。

カラーミーは砂漠の中にポツンと出店するようなもので、楽天などのオンラインモールはそれだけで集客力がある、と言われる。

しかし、現実ショッピングモールでも利用されない見向きもしないショップはあり、角の方にあるショップモールに支払う家賃で潰れるショップが多い。

オンライン現実世界で起きていることとは合致しない、ということはないと思われる。

ショッピングモールへ買い物へ行って一番目立つのは、当然のことながら立地の良いショップである

これを楽天などで商品検索した場合、あるいは楽天ネットサーフィン()したと考えてみる。

キーワードでひっかかるように「わけのわからない関連性のないショップ」がトップに来る場合がある。

そして残念なことに目立つ位置を占めている。しかもそれが5ページも続いたら見る気がなくなる。

そんなショップ跋扈するオンラインモールに出店しても、家賃(月額利用料)で潰れるだけだ。

真っ向から勝負を挑んだって、既に出来上がっているシステムを変えることは難しい。

から、そういうシステムを避けた場所で新たにシステムを構築するか、あるいは、そういうシステムの構築の薄い場所を狙うほうが楽だと思った。

ということで後者を選択して、月額使用料の代わりに広告費にお金をかけた。

ただイプシロン、あんたの手数料は高すぎる。

ウェブ上の卸販売は役に立たないし、流行ものや被服は扱わなくて良かった

オンラインで卸販売をしているお店よりAmazonの方が安いwww

流行個性を求める力であると同時に、制服のような均一性をもたらす。

均一性が全体に行き届きはじめる頃には、流行は新たな個性を志向する。

まるで諸行無常激流のようなものなので、在庫を抱えた場合は資金の回転が悪くなり倒産の要因となる。

ということで、消費雑貨を中心に扱うことにした。

最悪、在庫を抱えても自分が顧客になれば良い。これはあまり歓迎されない考え方かもしれないけど。

から、正直に自分が欲しいと思ったものしか仕入れない。

流行ではなくそれなりに顧客があるというのは、流れは緩いが需要は必ず発生するので長期戦に挑むことができる。

服でウェブショップだけど始めることだけは本当にお勧めしない。

廃れて変色したような服の在庫を抱えた時にマジでどうにもならん。

普段はLサイズの服を着ているのに、在庫のSサイズの服を着てわがままボディをアピールしたいなら別だけど。

輸入品を扱うなら通関だけはしっかりやれ、わりとマジで

すごく誤解をしている人が多い世界で、個人で販売する場合には関税を払わなくていいだとか、それ真っ黒ですから

ほとんどの個人が郵便にて輸入すると思うけど、販売目的の場合は個人であろうがなかろうが通関しなければならない。

輸入品によって関税が無税のものもあるけど、それでも消費税を支払う必要はある。

消費税関税の税率も、個人使用と販売用とでは計算の方法も異なる(商品代だけで計算するのか、あるいはCIF価格計算するのかが異なる)。

稀に「流れ郵便物」として関税がかからないことがあるけど、それが販売用であるのならば郵便局に届け出て修正してもらって納税しなければならない。

ちなみに、通関料(荷物1つに付き100円)は郵便局手数料であって税金ではない。

オークションでは随分とと個人輸入品を安く売ってらっしゃる方が多いけど、正直輸入品をあんな値段で仕入れられるわけがない。

オークションの利用料と関税率消費税等を逆算したら、原価をいくらで仕入れてるんだ!って驚く値段になる。

利益度外視した慈善奉仕なら別だけど、個人がそんな値段で仕入れられない(40ftのFCLで単一品を輸入して、それを自分で通関して自分でコンテナをドレージしてデバンするなら可能かもしれない)。

まり、ほとんどのオークションの安い個人輸入販売者脱税している可能性があり、その蓋然性は極めて高い。

ある日、税関職員がインターフォンを鳴らしてチェックに訪れます。もちろん税務署にも調査されます

だって、偽りの輸入申告で脱税しているわけですから

大丈夫だと思っているのはあなただけで、日本の物流のシステムを舐めてはならない。

何をどの時期に輸入しているか郵便局税関接続されたNACCSに全てデータとして残り、税関はいつでもそれをチェックできる。

ちなみに、税関発給コードやNACCSコードを取得していなくても瞬時に輸入実績は調べられます

それが販売用として、あるいは個人使用として輸入されたものであるかも全てね。

個人使用として輸入していたものを販売した場合、ある程度の滞納額が貯まったら税関職員がご満悦の笑顔をしてご自宅へやってきます

日本人の誠実さ()キャンセル言い訳について

会社を休むにしても、誘いを断るにしても「入院」や「親族が死んだ」だとかそういう理由を言ったことがある人は多いはず。

キャンセル理由第一位は「入院病気」、第二位は「転居」、第三位「誰かの死亡」である

多くの注文を受け、その中に数件キャンセルが入る。そのキャンセル理由を読んで「あぁ、またか」と思う。

きっと、このような理由休日申請を受けた会社も同じことを思っていると思う。

それくらい、使い古されてカビ臭いいいわけなのである

本当かもしれないが、嘘の可能性は否定しきれないし、そもそも病気になったかキャンセルという理由根拠が分からない。

転居だって、欲しいものであれば転居先に住所変更すればいい。

要らなくなった、心変わりをしたと正直に言ってきた人はいない。

これを本音と建前という日本人文化だというような、個人的にはそんな風に美化したくはない。

「いらなくなりました」と言えない社会制度に問題があるのかもしれない。

いずれにしても、この「心変わり」によってカート落ちが少ないのが実店舗の強みで、ウェブショップの弱みである

そんでもって、これは余談だけど「誠実で真面目な日本人」のような言葉を耳にすることはあるけど、そんな日本人は存在しない。

それは我々の想像の中に生きる日本人で、現実から目をそむけたい、ある種の憧れを抱いた言説なのかもしれない。

あと、お客様神様だけど貧乏神もいる。

追記(2015.02.17)

1年後の自分が読み返して「こいつ臭っさいなーwww」と笑い飛ばせるように書いたつもりですが、帰宅してたくさんブクマがついてて焦りました。

学術的に書くべきか、それとも一般論的な文章で書くべきか、あるいは口語体で書けばいいのかシドロモドロしながら考えて書きなぐったため、文章統一が取れていませんね。

自分で読み返しても、言葉足らずな表現に誠に稚拙な文章で張り倒したくなります

貴重なお時間を頂戴して読んでいただいた皆様のお目汚しして申し訳ない。

さて、ブクマを読んで一応ちょろっと数千文字程度で返信しようかと思ったので追記させていただきます

追記部分に関しても、1年後の自分が読んで、その時の自分がどのように考え、自分がどのように反応したのかという内省材料になればいいかな、と思っています

副業を始めるにあたり、タイ語を学び、次にラオ語習得して、クメール語も覚えました。

これらは似た言語なので1つを学べば他を習得するのはそんなに難しくはありません。

それと、相手の国の文化を学ぶためにサンスクリットの読み書き、それに伴うパーリ語勉強しました。

というのも、やはり仏教国、あるいは仏教の影響が強いため、それらから借用語が多い言葉です。

ただ、正直にサンスクリットなんて習得することをお勧めしませんし、サンスクリットでの会話なんてのは相当訓練を積んだ人でなければ精神に異常をきたすレベルです。

名詞変化も変態級で、動詞が十類まであって、それぞれの時制変化だとか内連声だとか…(>'A`)>ウワァァ!!

…相手の文化を学ぶには、やはりその言葉ルーツというか、そういうのも知っておくと会話に幅をもたせることができて有利…なような気がしています

率直に言えば、ピジンでも通じるかもしれませんが、やはり頭ではなく心で理解して欲しいため現地語を習得しました。

実に恵まれていると思っています副業禁止がある会社では不可能な経験をさせていただいています

というのも、副業が禁止されていないばかりではなく、副業のために休日をもらうことができます。ただし、その為には証拠だけは求められます

「到着したコンテナの通関を自分で行いたいため」という理由休日がもらえます。その証拠として通関書類を見せることが求められます

しかし、その経験が職場於いて新たな事業へのきっかけを切り開く端緒となり、ある商品の輸入事業が始まり、そこそこの売り上げ貢献になっています

通関業者税関にて通関手数料が決められているため、その手数料で儲けることはできません。

ですが、通関業者収益を上げなければならないので、どこかで収益を図らなくてはなりません。

それがドレージ費であったり、税関検査費であったりまます

(税関検査費だなんていやらしい名前ですが、税関が行う検査なので「税関」は費用を請求しません。というかできません。これは通関業者費用で、検査場までのドレージや検査のためのデバン作業などの費用のこと)

相見積もりを取れば費用についてはある程度の予算が立てられますが、上述の「税関検査費」は検査の有無で実費となります

そこを通関業者がふっかけてくる場合があるので、一度通関を自分で行っておけば、それが妥当費用か否かが判断の一助となります

というような経験が、社にとってもメリットになる(?)ので、なんでもいいから起業して経験しろ上司から言われます。(もちろん任意)


  • 自分の方法が全てではない

というのも、紛いなりにも世間様の目に晒される可能性はあるわけなので(実際ブクマがたくさん付いてびっくりしてます)、自分の方法が全てとは考えていません。

ですので、さまざまな観点からその時の最良と思われる方法を選択します。

ところで、現代は誰もが認めるであろう情報化社会なので優良(?)な情報は共有した方がもっと良い社会になるかもしれないと思っています

ということで少しネタばらしをしてしまえば、古物商於いては1万円以下の買取には記帳義務が不要というところに着目しています

現在ある意味である部門の輸入商品は飽和状態にありますが、市場には一定数の需要があります

しかし、その商品を輸入しても、輸入にかかる送料などを計算した場合、利益が十分にあがる値段で売れる蓋然性は極めて低い状態です。

続きを読みたい方は「わっふる、わっふる」と書き込んでください。(正直、書くの疲れましたw)

それと誤解を少しでも解消できればと思いますが、「それ以外は脱税して儲けているはず」ではなく「ほとんどの(中略)その可能性があり、蓋然性が高い」という書き方に着目してください。

「それ以外」は「私以外」と読み替えられると思いますが、私以外が脱税して儲けているはずだ!などと言っているのではなく、オークションで見るのは、そんなような気がするし、結構当たっちゃってるかもねという感覚です。

これは私の言葉不足が否めませんでしたが、誤解を解消できればと思い弁明させていただきました。


これはお客様の方から述べられる理由であって、こちらからその理由を尋ねているわけではありません。

しかし、これは議論を呼ぶかもしれませんが、キャンセルするには理由が必要なのは当然のように思います

密林売買でも、キャンセルや返品をするには理由を求められていたような気がします(後ほど見てみます)。

オンラインと雖も、実際にカートに入れ、そして購入ボタンを押した時点で購入する意思表示であって、売買契約が成立しています

実際にコンビニエンスストアのレジで会計が済んだあとに「やっぱいらね」ってのは、少し失礼な気がします。

もちろん、オンラインはそういう面倒向かうやりとりのない気軽さがあるかもしれません。

しかし、購入者一方的な都合で売買契約を破棄できるのは、些か法治国家というか、そういうものを有耶無耶にしてしまう感があって、個人的な感情ですが解せません。

例えば、オンラインショップだと「売切れ」の表示の間は、購入されるかもしれないという機会損失を被っているわけですから

ただ、むしろ、こういう民法的なものがあるからこそ、「本音と建前」みたいな文化形成されるのかもしれませんね。

本当はいらなくなっただけだけど、それだと購入者自分勝手な都合みたいな解釈をされそうだから入院しちゃえ的な、そんな何かかもしれません。

いや、これでも美化しすぎで、もっと人間のドロドロとした「潔白でありたい自分」という理想の維持のため、または自分の持っている倫理観を説得させるための自分に対する言い訳なのかもしれません。

これは例外なく私にもあてはまり私自身も「誠実で真面目な日本人」ではありません。

深夜のノリで購入したものを、翌日になって「いやいらんだろ」と賢者モード的な状況に陥ることが稀にあります

そしてお恥ずかしいことに、そのことで尊い友人を「一旦」墓地に入れてしまったことがあります

その時のショップの対応は素晴らしかったですね。

そして、自分がその立場になってみて「はいはいたか」と思いながら、受注キャンセルボタンポチりしているわけです。

相手の心身を心配する文面を書きながら、単調に感情もなく、ポチりと。

この自分の感情と文面に対して、ふと自分を振り返ったとき、そこには何か儀式めいたものを感じます

舞台の演者になったというか、そういうように振舞うことで、その舞台を上手く終焉に持っていくような、そんな不思議感覚です。

忘れて欲しくないのは、代引きの受け取り拒否キャンセル!!!

いらなくなったから、受け取り拒否ってどうなの?

あれだけは本当にやっちゃならん。

マジでこちらは一方的に損失しかでない。


  • 「誠実で真面目な日本人」について

なんだか後半に至るにつれて、酔っ払いのくだ巻きになって申し訳ないですね、もう少々お付き合いください(ブコメフラグ回収)。

これは自分のフィールドというか、文化人類学に毒されているというか、言葉遊びにも似た点なので納得されない考えかもしれません。

これはそもそもですが、理解を求めるよりも共感を求めるべき問題かもしれません。

また、言葉足らずな部分が多くあり「一般的に」という言葉を伏すべきでした。

しかし、きっとどのような人であっても「誠実で真面目な日本人」に遭遇したことがあるはずはない、とは思います

というのも、この言葉が引っかかる人は、そういう日本人に対する評価が下された世界観を自分の中に持っているかであると思うのです。

私は私自身、どこからこの「日本人は誠実で真面目だ」という世界観が自分の中に形成されたのか分かりません。

そして、その世界観でもって副業をやってみると、悉く打ちのめされます

反論として提出されるであろう統計的データを取ってデータに語らせる、という統計学的なやり方は抽象性が高くて個人的には好みではありません。

私は個人として個人と接しているのであって、7割くらい真面目な日本人というようなデータコミュニケーションをしていないのです。

そして、副業を続けることで「誠実で真面目な日本人」は消え失せ、評価から自由な「人間だもの」的なスタンスに立つようになりました。

なので、それを端的に「誠実で真面目な日本人は存在しない」的な書き方にしてしまいました。

自分の脳内補正をかけて書いた典型的な悪い文章でした。

しかし、言葉足らずな一文に対する解釈がそれぞれなんだなーと改めて、興味深い経験をさせてもらいました。

Twitterとか少ない文字で表現することが流行っていますが、そこから誤解されない文章を書くって相当な表現能力が必要ですよね。

私にはそれが足りないため、宴会場にいるやさぐれた酒飲みの説教みたいなものとなってしまいました(ブコメ回収2つめ)。

ということで、仕事から帰って、今日の分の出荷も記帳も終わったので長々と追記を書いてみました。

2014-04-10

http://anond.hatelabo.jp/20140409132955

こういう事をしれっと書く奴は、

中卒・高卒人間のように社会激流翻弄されて獲得したたくましさを持ち得ていないんだろうな、

可哀想に。

温室育ちの高学歴世間知らずなバカが多くて泣ける。

2012-11-08

ライフハック(笑)

久しぶり。決して暇なわけじゃないが少し時間出来たので書くぞ。

この2011年2012年という二年間は日本国にとって大きな転機を迎える二年間であったことにお気づきだろうか?

そう、我々はもう引き返せない所に足を踏み入れてしまったのだ。竹槍装備で戦闘機に立ち向かうがごとく土足で。

ライフハック通称LH)の衰退は一つの象徴的な出来事と言えよう。ちまたには「ライフハック」とは書かれていなくともライフハック以外の何物でも無いような幾分「時代遅れ」な書籍が立ち並ぶ。

ライフハックの一体何が時代遅れなのか?そう思った貴方はやはり確実に時代遅れなのだろう。

第一にライフハックのような小手先のテクニックはもう古い。めまぐるしく変化し多様化しきった時代に求められているのはマニュアルではなく自力で闘う力だ、なんてとっくに知られているはずなのに。

それをよく分かっていない前近代的(俺に言わせれば「モダンでない作法の」)人間がいまだにウロチョロしているのな。

そんな種族と親和性が高いのが愚直な「ロジカルシンキング」や狭視野な「コミュニケーション術」だったりするんだよな。捨てられる女あれば拾う男もありってところかw

第二にライフハック必要とするような、激流時代にあらがって何か事を成そうとするような気概のある任侠の徒が実に少なくなったということだな。

それは何故なのか?これには様々な要因が見てとれるのだけど、一言で言えば元気がないんだよな。もっと直接的に言えば、不健康なの。

健康は思想や精神脆弱性を表わす喩えなんかではなく、実際身体が不健康なの。自分が不健康だということに何年何十年間も気付き得ないほど不健康なの。

そのことに気付く暇もないくらい忙しい世の中であることにも一因があるのだがな。この問題に立ち入ると長くなるからとりあえず「周りに流されるようなロクデナシが増えた」ということで。

この社会現象を「現状に満足しているがために周囲の流れに抵抗せず流れに乗ることのできる人間が増えた」と好意的に解釈する向きもあるようだが、

それは窮地に陥った時に自力で臨機応変に太刀打ちできて初めてそのように断言して良いものだと思うんだよな。

2011-05-18

東京都表現規制条例大阪府国歌斉唱問題。どちらも似たようなことを感じてしまうな。

なんていうか、どうしてそこまでしないと駄目なのかがわからん

どうして条約を制定してまでゾーニング押し付けなければならないのか。

どうして脅迫してまで国歌斉唱時の起立を促さなけえればならないのか。

どうしてこうも極端な対立になってしまっているのか。そこがわからん

このままの流れが続くと、たぶん五歳の子供逮捕されたアメリカのようになってしまうよ。

信念とか信条とか、そういった強靭な拠り所に寄り添って人生を謳歌するのが悪いとは言わないけどもさ、あんただけのユートピアを作っては貰いたくないんだよね。

権力とか圧力とか、そういった強大な仮想的と対峙して生活してもらっても別段構いはしないけどもさ、ナルシズムに酔っただけの英雄気取りは見てて痛いんだよね。

無論、東京都と府の教員の側だけに限らないんだけどもさ。やり過ぎだもん、実際。

曲げられない思いとか、内に秘めとけば十分じゃん。手が届く範囲だと、したなっちゃうんですかね。学者と同じか。アスリートなんかと同じなのか。

可能性がある限り、それを求めたいのか。

ああ、面倒くさい。もしそうなのなら、いやきっとそうなんだろうけど、そういう「やりたい」思いに下支えされているものなのだとしたら、もう反論のしようがない。勝手にやってくれと言わざるをえない。

そこまではいい。厄介なのは、そういったことを認めてしまうと、こちらとしても動かざるを得ないということにある。実に億劫だ。ならやらなければいいのだけれど、やらないと現状が変わってしまう。決着がついてしまう。

いや、激流に身を負かしてしまってもいいのかもしれない。当事者意識を排除してしまえば、そう言った態度をとればいい。それが一番楽そう。でも、違和感だけは残るんだよね。

鬱屈としてる感じ。現状維持派だけじゃなく、みんながみんな鬱屈としているのかもしれない。

何にだろう。よくわからないけど、みんないろいろなことにぶち当たってるんだろうな。いつもいつもぶち当たっていて、すごく身動きが取りづらくて、ストレスが溜まってるんだろう。

どうしてなんだろう。生きづらい社会だなんて言い古された昨今だけど、どうしてそんな社会になってしまったんだろう。

不景気から? 経済がよくなると、社会幸福になるの? そもそも社会幸福って何? 社会幸福は個人の幸福に結びつくものなの? 個人の幸福って社会幸福フィードバックされるものなの?

より幸福社会を作ろうって、一番最初に誰かが思い始めたとする。なぜならその人がそう思ったその社会には、その人が満足できるだけの幸福が満ちていなかったからだ。

その人はより良い幸福を求めて、何度何度もすり合わせを続けてきた。繰り返し続けた結果現在社会だ。僕らはま幸福社会を求めているんだろうか。それって無理だと思うんだけどな。

幸福社会と、社会幸福は別物だ。幸福社会ってのは、社会幸福も個人の幸福も含まれた総体だ。要は理想郷。全てが最適化されていて、十分なフリースペースが確保されている、そんな存在だ。生きていける。生きていける……。

そう言えば、さだまさしは生きることは大体辛いことだって言ってた。ならどうして生きるんだろう、なんて野暮なことは聞くまい。その前に存在してしまっているのだから、仕方がないもの

仕方がない。諦めかあ。諦めが蔓延してるから、こんな社会なのかしらん。そんなはずはないだろうけどなあ。

理想郷ってどんなんなのだろうね。たぶん、今のままの人間は生きていない空間なんだろうな。

脱線した挙句乱文になってしまった。綺麗にまとめてもない。そもそも初めからそんなものは用意してない。

ここらでやめとこう。

2010-11-05

六四天安門事件天安門屠殺

Red China army killed great number of Chinese democratization's people in Tienanmen Square in 1989 Jun .

Their China military's tanks killed many democratic citizen .

It was awesome and shocking !

文化大革命

Over 40 million Chinese were massacred by red China of Mao Zedong in Chinese culture revolution (1966-79) .

It's awesome cruel !! , communism that ... , just a mad dog !

Unbelievable ! But that's truth that all .

Cause , red China is the bloody red beast or Satan's country and area in Bible's John's holy prophecy .

人權 Human Rights 民運 Democratization 自由 Freedom 獨立 Independence 多黨制 Multi-party system

胡耀邦 趙紫陽 魏京生 反共 法輪功 北京之春 激流中國 大紀元時報 九評論共産

獨裁 專制 壓制 侵略 掠奪 破壞 屠殺 民族淨化 内臟器官 蛇頭 遊進 走私 六合彩 賭博 色情

中華民國 Republic of China 西藏 Tibet 達賴喇嘛 Dalai Lama 東突厥斯坦 East Turkistan

2010-01-30

面白い本が読みたい

なんか頭のよさそうな専門書だの人生の役に立つ自己啓発書もどきだの紹介してる人は沢山いるけど

そんなもん全然読む気がしないよー

何も考えず活字の激流に身をゆだねるような

面白い小説が読みたい気持ち。ガツンと手ごたえのある奴。

そういう本って書評サイトとか見ててもなかなか見つからないので

結局自分で数撃ってくしかない。めんどくさ。

2009-12-22

諸行無常とは非線形社会ではないか?

こういう時代になってはじめて諸行無常というのが本当に理解できる時代になってきたんじゃないか?

   諸行無常というのは、単に万物が変化していくという現象のことだけを指すのではない。

その本当の意味というのは、社会を規定するパラダイムが凄まじいスピードで変化していくことを表すものだ。

   極端に言えば、高度成長期諸行無常なんてものは存在しない。会社新卒で入ることが出来れば定年まで働けることが保証されている。さらに景気も順調に伸びていくので、年齢に比例して必ず給料は上がっていく。家も買えるし、子供も安心してつくれる。それは、社会線形的に動いている、つまりあるパラダイムの中で動いているからである。予測可能な変化というのは無常ではない。一流の大学に入って一流企業に勤めていれば、人生は全て安泰であるという中では諸行無常という発想などは生まれようがない。

   しかし、いまはもうそんな世の中ではない。例え一流の大学(この表現自体が時代遅れのように思うが)に入っても、内定をもらえない人間はたくさんいる。内定したと思ったら取り消しにされる間もいる。就職できてもリストラされたり、給料が伸び悩み生活に苦しむ人間もいる。資格をとっても安泰というわけではない。公認会計士弁護士就職に苦しんでいる。努力に比例する結果が約束されることはもはやなくなってしまったのだ。それはパラダイムが変化しているからである。もはや何に向かって努力していくべきかという目標ですら変容し、掴みどころのない曖昧なものになってしまったのだ。

   今の世においては、自分人生保証されない。社会を構成していた規則、パラダイムは急速な勢いで変化していく。そんな中では人は生きようとしている。しかしそこには安心がない。時代の流れはもはや緩やかな川ではない、激流であろう。人はそのの流れを把握し、乗っかっていくしかない。ただ漫然と生きることは破滅につながる。そのような孤独不透明社会の中で人は生きていかなければならない。この流れは激流であると同時に、もはや止めようのない大河である。

   これは強烈な理不尽でり、不条理である。実はこれこそが仏陀の感じていたものではないのだろうか。例え栄華を極めても、病魔は防ぎようがなく、また人々はたやすく飢饉で死んでいく。人のコントロールできない流れというものが人を支配している。そのような中でその終わりない流転に抗い続けることがいかに苦しく、空しいか。

   そういう意味で、現代人は愛別離苦に遭遇している。人は愛していた線形的な世の中から切り離され、確固であったはずの自分を常に動かしていかなければいけない。それはある意味精神分裂病だ。人は同じ人間であることをもはや許されない。過去自分を否定し続けていくという永久の不連続に立ち向かわなければいけない。

   だからこそ世の中は諸行無常である。現世の価値、これは今は確固たるものではない。茫々として常に動いているものだ。そんなものを追いかけて生きていく人生を辛く、厳しいものだと感じるのは決して間違っていることではないのではないか?

2009-05-18

あなたは、どの様にして今に至り、何故、そこに留まっていますか

現在、33歳。「半導体関係」という業界で働いている。(半導体とは、世界中のおよそ全ての電子機器の中に入っている部品の事)

多数の躓きはあったものの、自分の道を疑問に思う事なく、導かれるようにしてここまでやってきた。

ここは、自分が居るべき場所であると感じている。

人生が新たなセクションに入ろうとしている今、何故自分はここへやって来たのか、振り返り、確認してみたい。

小学生低学年の頃。日曜日の朝。「漫画日本の歴史」→「筋肉マン」→「ミームいろいろ夢の旅」というアニメ3連コンボは至福の時だった。

前者2つはもちろん、ミームは特に好きだった。アニメの内容は、当時の知見における「近い将来、世界はこんな進化を遂げ、スッゲー情報科学世界が実現する!!!」という未来像が紹介されるものだった。

そこには、無線情報端末は言うに及ばず、今で言う「インターネット」さえも登場していた。

理由はわからない。とにかく毎週、そこで紹介される未来像にひたすら胸が躍った。

これが、今へと自分を導いてきた最初の一つだったのだと思う。

そして2つ目。小学校高学年の頃。

地元熊本県で、「グリーンピック熊本」という、ちょっとした科学展があった。そこには、「ミーム」で見た世界の一部が実現されていた。

テレビ電話ステージモニタの中を自由に往来しながらトークするお姉さん、3Dモニタ、壁を覆いつくした多数のモニタとそれを操る多数のPC・・・・・・。

その頃、当時の我が家としては余りにも高額な(でもメーカ的には廉価版)のMSXというPCを買ってもらった。三菱製だった。

ローマ字をやっと習った程度。英単語なんて読めない。それでもブ厚いマニュアルをめくりながらコマンドを「シーオーエルオーアール」等と口にしながら覚えていった。

X,Y座標なんて書いてあっても理解不能。しかしこの辺は実際に弄りながら試行錯誤してみる事でなんとなく理解出来た。

そうやって、MSX BASICというプログラムを身に付けていった。

この頃のこういった行動は、今の自分にかなり大きな影響を与えていると思う。

目標の設定→現状把握ルート設定→目標達成のための障害把握→障害の除去方法習得→実現。

この思考/行動が極めて迅速かつ正確に出来るようになった。大人になってから気付いたが、この自分にとっては余りにも当たり前の事が、他人にとっては特別な事で、やろうとしても出来ない人が多い。

欠点しかない自分の、唯一優れている点かもしれない。

3つ目。

裕福ではなかった、昭和における平均かそれ以下であった我が家母親は「子供との時間を確保するため」外での勤めをせず、内職をしていた。

帰宅すると母が内職をしている。内職に夢中で自分に構ってくれない。それが気に入らず、母親がやっと作業した品をグチャグチャにした事も、何度もあった。

時折、気まぐれで手伝ったりもした。

母親がやっていた内職とは、数ミリ□~2センチ□程度のモノに絶縁テープが巻かれたもの。それから、針金が何本も並んで突き出ている。

就職してから知ったが、これも所謂「半導体関連製品」であった。

高校は、公立で入れそうな所を受験した。理数科だった。意図して選んだわけではなかった。「ここなら落ちないだろう」との判断だけだった。

大学へも行った。工学部電子工学研究室ではすばらしい方々とともに、当時の世界最先端研究を体験させて頂いた。

大学卒業時は、超就職氷河期。でも、就職先には困らなかった。

「ここに書いてある会社なら、間違いなく入れますよ」ってファイルが置いてある。その中から、成績の良い生徒から順に就職先を決めていく。成績最下位だった自分は、残りすくなったリストの項目の中から、最も地元に近い会社を選んだ。それが、今働いている会社

たまたま半導体関連会社、だった。

就職して10年目。既にエンジニアとしては成熟し、今後はマネージメント側に回るのか、エンジニアとして続けるか、或いは別の道を行くか。決めなければならない。

こうやって振り返ると、今の自分がここに居るのは、何らかの力による必然である様にさえ思える。

先述したように、今、自分は、人生が新たなセクションに入ろうとしている。

このまま半導体世界にいるべきなのだろうか。

今はまだ、わからない。

ただ、思う。もしも必然であるのなら、この先も、望むと望まざるとに関わらず、同じ世界で生きていく事になるのだろう。

そんな中、去年の夏、素敵な人の存在を知った。

egachan.netというのをやってる、「えがちゃん」という人。非モテ、のあの人。

最近、そのえがちゃんに影響されて、PHP勉強を始めた。

PHPを弄るのは、単純に楽しい

現実逃避。それでもいい。

今はPHPを弄りながら、自分がどこに辿り着くかは、流れに身を任せたい。

蛇足になるが、当時の母親が扱っていた様な製品は、体積でいうと数百分の1~数千分の1のサイズまで微細化されている。もはや、年老いた母親には見る事もままならないだろう。作業自体も、フルオートである。手作業はない。全てを機械がやってくれる。

自分が入社してすぐに関わった製品もまた、今では当時の1000分の1の体積まで微細化されている。

微細化の先には有機との融合の時代が待っている。(もうずっと前から始まっている)

この激流の中、自分はどこへ流れ着くのだろう。

2009-01-09

昔集めてた名言集みつけた

作者名が抜けまくってます。さすがに補足する気力なし。サーセン・・・orz

上手に引用をしたいなら、すぐれた読み手でなければならない(アルコット)

人生の前半は楽しむ能力があってもそのチャンスがなく、後半には楽しむチャンスがあってもその能力がない(マーク・トウェイン

競争は最高の商品を生み出す、最も醜い人間をもたらす。

危機という言葉は二つの感じで出来ている。ひとつは危険、もうひとつは好機である(中国のことわざ→JFケネディ引用

共に生きることを学ばなければ、ともに愚か者として亡びるであろう

楽観的な人はトゲではなくバラを見る。悲観的な人は、バラに気づかずトゲを見る

話すことは知識の本領を発揮することであるが、聞くことは知恵の特権を享受することである。

権利には責任が、機会には義理が、所有には義務が伴うロックフェラー

平等の欠点は、われわれが目上の者との平等のみを求めることだ(ヘンリーベック

経験自然には身につかない。自然に身に付いたことを活かし、行動すると経験になる(アルダス・ハクスレイ)

日曜日の身なりを持って、人が裕福かどうか、敬虔かどうかを決めつけてはいけない

希望とはうまく管理すべきリスクのことである

いくじなしは、土地を手に入れても、採掘権を手に入れることができない

いったん悪が蔓延すれば、それが避けようがなくなるまで悪に対抗する解決策は生まれない。

勇気を試されるのは、しぬ時ではなく、ただ生きているときである。

「長さ」が足りない分は、幸せが「幅」で補ってくれる。

健やかな精神だけでは不十分で、それをどう使うかが大切だ

議論する人より、回避しようとする人を恐れなさい(シェンバッハ

誰もが知りたがるが、誰もが料金を払おうとしない

これまでずっと知っていたことが突然新しく見えるようになることをこそ、学びという

貧困はつらいが、借金悪夢

年齢は年月ではなく、心のありようと健康状態によってもたらされる。

本当の知識とは、言葉ではなく物事を知っていることだ。

狭い心の持ち主は普通でないものにひかれ、広い心の持ち主は、ありきたりなものにひかれる

破滅の道はいつも手入れが生き届いている。その道をたどる旅人が自らその費用を払うのだから。

倫理的な人は、相手の望んでいる以上のことを行う。同時に決して自らの許容範囲を超えた行動をとることがない。

賢明な人は、発見するより多くの機会を生み出す(F・ベーコン

不都合だと考えるべきではなく、むしろ災難だと考えるべきだ

世界には苦しみが満ちているが、克服される苦しみもたくさんある(ヘレン・ケラー

風がなければ、オールを持てばいいじゃない(ラテン民族のことわざ)

なぜフェンスが建てられたのかわかるまで、決してフェンスをとりはずしてはならない(チェスタートン)

港にいる船は安全だが、それは船が本来作られた目的ではない

どれほどよい友であろうとも、人はみな、それぞれだ(カベンディッシュ)

知識には、徳の高い行動が伴わなければいけない。無知危険だが、無責任な知識はもっと危険だ。

成功は、成功するまでの所要時間を知っているかどうかにかかっている(モンテスキュー

将来は、それを準備した人の手のうちにある。

他人の身に起こっている間は、どんなことでも陳腐にしか見えない

人はあなたが何を言ったかを忘れても、あなたが言ったことでどう感じたかは決して忘れない(ビューナー)

悪を悪であるが故に選ぶ者はいない。悪を幸福と誤解しているにすぎない。

悪という木の枝をたたく者は何人もいるが、根を叩くものは常に一人

われわれが持ち込む内容に応じて、世界は我々をよりよくしてくれる。

人格はあなたが何者かであるという答えであり、評判は他人がどう見ているかということだ。あなたの評判でなく、人格を見なさい。

人格は授けられるものではなく、勝ち取ったものであり、これからも勝ち取っていくものである。

能力沈黙のうちに形成され、人格激流の中から生まれる(ゲーテ

いかなる場合にも、自分の役を上手に演じなさい。

服従を経験したことのない者は、よい司令官にはなれない

愛情より、信頼で示される賛辞の方が素晴らしい(マクドナルド

夢を見つめる前に、自分の財布を見つめなさい(ベンジャミン・フランクリン

倹約とは将来欲しくなったときにモノを買うために今欲しいものを買わないようにすることだ。

 浪費は今欲しいものを買うために、将来欲しくなったときにモノを買うことを諦めることだ。

多くの人は、裕福にはなりたいが、裕福になるためにすべきことをしたら負けかな、と思っている(シュタイン

食欲に罰を科せられるより、食欲に罰を課しなさい。

富を産まずに富を消費することができないように、幸福を創り出さずに幸福を消費することはできない。

礼儀に対してはすべてのドアが開かれている(トマス・フューラー)

礼儀ルールではなく、模範から学ぶものである(J・ロック

言葉での説明は長い時間を要するが、模範で示せば簡単でしかも効果的である(セネカ

人間は壁ばかり建てて橋を作らない(ニュートン

良心コストがその価値ほど高いことはまずない。規律ある良心そのものが最高の友である。

規律を身に付けた人だけが自由を手にする。自分自身を征服せずに、自由を勝ち得る人はいない。

魂は自制心にゆだね、自由意志法律に尋ねる。

心には、頭の中とは全く異なる、心の理屈っちゅーもんがあるねん(パスカル

皮肉な気分のときには、自分の舌を信用してはいけない

始めに習慣を作るのは私たちだが、そのあとは習慣が私たちを作る(トライデン)

習慣は最高の召使か、もしくは最低の主人である。

電灯のもとで正しいことが、太陽のもとで正しいとは限らない。

思慮に裏打ちされない力は、自らの重みで崩壊するホラティウス

自由の身に生まれた者の最大の誉れは、自由を子孫に伝えていくことである。

己の無知に対する無知は、無知なるものの慢性病である。

私が恐れるのは自分に課された義務を知らないことと、その義務を果たせないことの2つだけである。

多様性は楽しさの母である

若い時に学び、年老いてからは理解する(シェンバッハ

将来もっと不幸な時が来るのかもしれないのだから、今が不幸だと思うのはおろかしい(セネカ

不運を恐れる気持の方が、不運そのものよりたちが悪い(カーリー

幸福の秘訣は、好きなことをすることではなく、やらなければいけないことを好きになることだ。

語るだけでは不足だ。信じなくてはいけない。信じるだけでも不足だ。行動しなくてはならない(E・ルーズベルト

人生は、無意味であるには短すぎる(ディズレーリ

人生は、憎しみ合ったり、誰が悪いのかを追及したりするには短すぎる

他人と戦争をしている者は、自分自身との平和を築いていないウィリアム・ハズリット)

常に頭は高く、ただし鼻は高くなりすぎないように

まず熟慮し、それから勇気を出しなさい。順番を間違えてはいけません。

相手の同意なく相手を支配できるほど優れた人など存在しえない(リンカーン

請求書とは泣きわめく赤ん坊のようなもので、すぐ面倒を見なくてはならないって父がいってた(リンドバーグ

ヒトを学校に連れて行くことはできても考えさせることはできない

支配者にとっては、戦場の敵より民衆の不満の方が危険である

教育とは、感情を乱さず、尊厳を保ったまま、なんにでも耳を傾けることができる能力のことをいう(ロバート・フロスト)

教育目的は、人々に正しいことをさせるだけでなく、それを楽しませることである(ジョン・ラスキン

批評家のいうことなどに耳を傾けるな、批評家の功労をたたえて銅像が建てられたことなどないのだから(シベリウス

賢明であるとは、すなわち見逃すべきものを知っているということである

博愛主義者なら、友人たちを恥ずかしい目に合わせないよう「自分欠点を大目に見る」べきである。

最高の政府とは何か?私たちが、自分自身を統治できるよう教えてくれる政府のことである(ゲーテ

勇気ある一人の人間が多数派を作り出す


<最後に>

私が人生について学んだことなら一瞬でようやくできる。「ずっと続く」ということだ(ロバートフロスト)

人類の将来は「子供たち」にかかっている(ブルックス

いつも晴れ晴れとした気持ちでいる人は長生きする(シェークスピア

ガザ正義不正と(The Economistより)

http://www.economist.com/より、http://www.economist.com/opinion/displaystory.cfm?story_id=12853965

http://workhorse.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/the-economist-0.html経由。

ガザ正義不正

イスラエル挑発された。しかし2006年レバノンのように、この戦いは困難で、正当化するのは難しいかもしれない。

ガザ攻撃の規模と獰猛さはショッキングなものであった。苦しむ人々がテレビに映しだされる姿には非常に胸が痛むものである。しかしひどい事とはいえ、ハマスロケット沈黙させるための軍事手段というイスラエルの切り札は驚きに値しない。この戦争に至るまでに長い過程があった。

3年前にイスラエルが部隊・植民者を撤収して以来、ガザパレスチナ人集団は原始的なロケット迫撃砲による攻撃を幾千回も国境越しに繰り返し、少数の人々を殺害し、南部イスラエル一帯の日常生活はおおいに脅かされた。ハマスエジプトの懇願を無視して先の6ヶ月停戦の延長を拒否し、12月19日前後に300発の砲撃を実施し、イスラエル12月27日空爆を開始した。この点においてはイスラエルが憤るのも正しいといえよう。

ガザ撤退からロケット攻撃により殺害されたイスラエル人がたかがしれたものであると対岸から指摘するのは容易である。しかしイスラエルのように選挙を前にした政府が、自国の町を連日ロケット弾が降り注ぐにまかせるというのはまずありえない。7月イスラエルを訪問したバラク・オバマは、「私の娘たちが寝てる家に誰かがロケットを打ち込んだら、いかなる手段を取ってでも私はそれをやめさせる。イスラエルも同じ事をするだろう」と語った。ここ数ヶ月、ハマスはより高性能のロケットガザ密輸し、以前は射程外だったイスラエルの町にも着弾するようになった。イスラエルはすでにヒズボラ、ラディカルな非国家団体とわたりあった経験がある。ヒズボラはかつてイスラエル絶滅にすべてを捧げており、イランから供給される非常にパワフルなロケットを抱えている。我々が理解できるのは、イスラエルガザにおいて同様の脅威の伸張は許し難く感じているということだ。

そしてイスラエル世界中から寄せられる怒りの激流に驚いてはいけない。これは人々がF-16を保有する側などほとんど支持しない、という事ではない。概して、戦争正当化されるにあたり以下の三点が満たされなければならない。一つは、防衛にあたり、戦争以外のすべての手段を尽されたという事。攻撃(の規模)はその目的に比して適切である事。そして、目標を達成するという妥当な可能性がなければならない。これら三点すべてにおいてイスラエルは自ら認める以上にぐらついている。

イスラエルが長い間、ガザからのロケット攻撃に耐えてきた事は事実だ。しかしそれを止める手だては他にあったかもしれない。というのも、ガザに関してイスラエルが求めてきたのは国境周辺の平穏さだけではないかもしれないからだ。ガザへの経済封鎖を以て、イスラエルハマスの弱体化をはかっているし、柔軟で世俗的なファタハの支配するヨルダン川西岸地区においては開発を加速化させている。かつて有効だった停戦中にでさえ、人道援助の流入はわずかしか認められていなかった。イスラエルの憤慨に対し、ハマスは自らの憤慨を示せよう。国境の開放を含む新たな停戦イスラエルに強いるべく、ハマスは攻撃を再開したとも看破できる。

(互いの損失の)釣り合いについては数字がある程度物語る。最初の3日間で、約350人のパレスチナ人が死亡し、イスラエルはたった4人だった。可能な限り多くの敵を殺し、自陣の犠牲を避けるという通常のルールからイスラエルが逸脱する事は、常識からも戦時国際法からも導きだせない。ハマスは愚かにも今回の非対称戦争を選んだ。しかしパレスチナ側の死者のうち、多くは民間人であり、その他大勢は戦闘員というよりも警察官である。アフガニスタンイラクでは、欧米軍隊とその敵対者、両方がそれよりはるかに多くの市民を殺害しているが、死者を最小に止める事がイスラエル利益になるのだ。今日爆撃されているパレスチナ人永遠の隣人なのだ。

最後に、(今回の攻撃の)効用について確認しよう。イスラエルハマス転覆を目指しているが、今回の作戦については国境越しのハマスの砲撃を止めるべく、「現状を変える」という限定的な目標のもと、今回の作戦を実施したと最初に声明を出した。しかし2006年レバノンでわかるように、これは容易ではない。ヒズボラ同様、イスラエルへの「抵抗」というハマススタイルは(パレスチナ内において)その評判を高め、権力強化につながる。イスラエルに屈するというのはもっともありえないし、密集したガザ市街地・難民キャンプに兵を進めるイスラエル軍に対して戦いを挑み続ける方を選ぶだろう。ヒズボラのように。

イスラエルレバノンでの教訓をこれほど早くも忘れる事ができたのだろうか?おそらくそれはないだろう。どちらかといえば、本件とも関係するヒズボラとの失敗を埋め合わせするのが、今回の作戦の狙いだ。イランの核脅威、そしてレバノンガザで広まりつつあるイランの影響力といった現状を踏まえ、イスラエルユダヤ人国家は戦えるし、そして今でも勝てる事を敵に思い出させたいのだ。こうしたことから、長期戦の声明はあるにせよ、即時停戦には前向きである。ガザの攻撃目標はすでにほとんど破壊されている。これ以上の軍事的勝利は困難だ。ハマスが実際に攻撃を停止するなら、停戦イスラエル有権者抑止力の回復につながったとみなされよう。

しかし休戦には仲介者が必要だ。オバマ氏は今のところ米大統領ではない。ジョージ・ブッシュはといえば、イスラエルノックアウト勝ちを期待しながらそれが実現しなかった2006年(のレバノン戦争)同様、事態を静観している。ブッシュを初め、影響力のある連中が一同に会さなければいけない。ハマス交渉のテーブルに着かせるには、停戦ガザ封鎖解除を伴う必要があるが、封鎖解除はガザの苦痛を和らげ、ハマスが戦う理由の一つを減らすという、それ自体いいものだ。

その後に、オバマ氏は中東における外交面の課題をかき集める必要があるだろう。まったく絶望的というわけではない。今週まで、パレスチナ自治政府議長であるマフムードアッバスガザ・西岸でのパレスチナ国家創設に関してイスラエルと話し合った。しかしアッバス氏の統治は西岸に限られ、現在のところパレスチナ人の半数は闘争を放棄せず、イスラエル存在権を認めない組織を支持しており、進展はほとんどみられない。ハマスが消滅しない以上、どうにかして彼らの考えを変える必要がある。爆弾だけではそれは絶対にできない。

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