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はてなキーワード: ダークナイトとは

2021-04-09

anond:20210409093413

万人の正義がなんてなくて自分正義があるだけ

仲間を守るだけのダークナイトドラゴンボール正義があるだけ

2021-02-20

anond:20210220071627

アメコミバットマンダークナイトアランムーア先生バットマンに肩入れしすぎじゃないかな、あの最強無敵正義象徴スーパーマンあんなに容易く負かすもんかね。カッコいいけれども。

2021-02-13

anond:20210212225220

根拠のないクソデカ主語を使うやつはロジカルに弁論できない

だいたいそういうプロパガンダに転ぶのは日本人だけじゃなくて思考停止した世界中阿呆だろ

アンチヒーローダークヒーローものなんて化石のようなネタは、古代ギリシアくらいから使われてて古今東西脈々と続いてるんだぞ

近代でもゴッドファーザーは知らぬ者がいないくら世界中で人気出たし、最近でもDCコミックダークナイトマーベルヴェノム話題になった

なんで日本人って「悪には悪の正義がある」みたいな話が大好きなの?

何を根拠にそう言い切ったの?

2020-07-25

anond:20200725000523

ほおお…何だかダークナイトを観返したくなってくる面白い考察だ。しかも恐らくは的を得ている。本当に増田で読んでいいのかと思う。

我が家にはダークナイトDVDが無いから代わりにウォッチメン我慢するか…どっちも名作だしDCから似たような物だろう。

それにしてもバットマンって面白いな…スーパーマンVSバットマン結構面白かった。

遅ればせながら『Dark Knight考察(Party Sceneと絡めて)

まず、『ダークナイト』は、フロイトの「自我超自我・イド」の図式に当てはめると解釈やす映画です。

そもそもジョーカーってなんなの?というと、病院のシーンでハービーに言っていたように、「混沌使者」(Agent of chaos)です。

ゴッサムに秩序をもたらそうとするハービーバットマンに対して、人々の怒りや不安防衛本能)を煽り本能衝動にしたがって行動させることで街の秩序を崩壊させようとするのがジョーカーです。

ここでの秩序とは何かというと、「父権制的な権力」を指します。

これは、明治時代など、近代以前の家父長制でも見られる、父親や「家」といった道徳社会的信用に基づいて人々を従わせる権力を指します。

近代以前の社会では、家長同士の信頼によって地域コミュニティ必要産業社会制度が賄われており、それらの秩序を犯した者がいた場合、例え家族であってもその命を差し出す必要がありました。

父親のもたらす権力・秩序が個人自由優越していた時代です。

一方、近代市民革命以降は、主権者一般市民国民)に移ったことで、上記の「父権制的な権力」に個人自由が優先されるようになります

コミュニティ構成員の間でも格差があったり、それぞれ価値観は異なります

するとどうなるかというと、それぞれの権利の拡大やコミュニティ方針を決める上で争いが起きるようになります

この原動力が、ジョーカー象徴する「人間生理的欲求本能衝動」です。

ダークナイト』の公開された2009年アメリカイラク戦争の泥沼にどっぷりハマっていた時期で、ジョーカーの爆破などテロ行為と合わせて、この映画イラク戦争批判と見る人もいました。

私はこの映画イラク戦争批判だとは思いませんが、「人々の防衛本能によって事態混沌に陥った」という点では共通していると思います

イラク戦争の発端は、アメリカ攻撃する大量破壊兵器イラクにあり、「先制攻撃」の対義名分で侵攻、泥沼に陥りました。

この映画でもそうで、人々が防衛本能によって親しい人物裏切りジョーカーに加担することで一連の計画悲劇は進みます

終盤もジョーカーが市内に仕掛けた爆弾から逃げるために船に乗り込んだ一般市民が船内の爆破を免れるために、囚人船の爆破との二択を迫られる展開となります

終盤の二択のシーンは、人々が社会的信頼や道徳(善)に基づいた振る舞いをすることで危機を免れるわけですが、ここでも生存本能を脅かす不安本能衝動)と社会的信頼(父権制権力)の葛藤が起きているわけです。

この二者の葛藤説明する概念が、フロイトの「自我超自我・イド」です。

これらの概念は、父親のしつけを通じて内面化された父権制権力動物欲望本能衝動葛藤の間で揺れ動く人間自我のありようを表すものです。

この三者関係を表すものとしてよく触れられるのが、ギリシア悲劇の「オイディプス王」やこの寓話を受けた「エディプスコンプレックス」の概念です。

エディプスコンプレックス概念によると、幼児期男児母親との結婚を望むが、父親結婚しているため、その願望が叶うことはない。この時、男児母親との結婚タブーとする父権的な「規範」(秩序)が生まれ男児精神的な去勢経験するとされます

要は、母親結婚したい男児欲望と、それを男児モラルとして彼の心の中で禁止する父権制的な権力との間で葛藤する男児自我の揺れ動きを表しているという話です。

実際、この映画では、ハービー社会的信用を守る地方検事で、ブルース幼なじみであるレイチェル恋人役です。

ブルースレイチェルへの性欲を抑圧し、彼自身が望む秩序を体現する存在で、ブルースの「超自我」の象徴と言えます

一方で、ブルース自身に目を向けると、幼い頃に両親を奪ったギャングに、自分自身幼児期トラウマであるコウモリ」のコスチューム私刑を加えることで、彼らに自分と同じ畏怖(トラウマ)を植え付けようとしています

ブルースが「コウモリシンボルに選んだ理由」と「なぜシンボル必要か」(逐次制裁では模倣犯が出るため、模倣犯が出ないよう、悪漢を怖がらせる、畏怖の対象となるシンボル必要と考えた)は、前作の「バットマンビギンズ」でブルースによる上記そのままの説明があります

まり、「ブルース自身が彼の超自我父親象徴であるコウモリになろうとしている」という話で、先述のエディプスコンプレックスにある、父親の座につこうとする男児精神合致します。

また、ブルース自身葛藤として、彼は街に秩序をもたらすという公益性とは別に、Mob(ギャング)への個人的な恨みで制裁を加えている側面があり、この個人的な恨みが暴走してしまうのではないかそもそも自身の行動はただの私刑リンチ)ではないかという懸念がついて回っています

ジョーカーが焚きつけようとしているのは、ブルースのこの個人的な怒りです。

ブルースがMobの制止と社会秩序の実現という社会道徳ではなく、個人的な怒りでバットマン活動を行なった瞬間、彼はただの犯罪者になります

ジョーカー目的は、このバットマン大義名分を取り払い、自分スケアクロウなどの怪人や、Mobのようなゴロツキと変わらない存在に陥れることです(この企てに成功したのがハービートゥーフェイス)。

取調室でのバットマンジョーカー尋問シーンで“You complete me.”(プロポーズ慣用句です)と言っていることからも分かる通り、ジョーカーバットマンが半ば自分と同じ本能衝動で動いていることに気付いています

(だから、“You and I, are destined to do this, forever.”となる。)

長くなりましたが、パーティーシーンについて。

このシーンでは、老紳士父権制道徳象徴する形でジョーカーに反抗したため、ジョーカーからYou remind me my father, I hate my father!”(お前見てると俺の父親を思い出すんだよ、大っ嫌いな父親をな!)と反感を買います

ここでレイチェルが止めに入り、ジョーカーが口元の傷の由来を話しているのが、この場面の一番重要ポイント

ここで何をしているのかというと、レイチェル象徴的な意味自分の女にしようとしています

というのは、上に書いた通り、ジョーカーバットマンの片割れです。

すると、ジョーカーにもレイチェル的な存在がいてよい、いるはず、という話になります

それがジョーカーが”D’you know how I got these scars?”で始める「傷の由来の話」に出てくる「ジョーカーの悪妻」です。

レイチェルをこの悪妻に重ねているのは、逸話に入る前に“I had a wife, very beautiful, like you.”と言っていることから分かります

ではその悪妻がどのような女性かというと、レイチェルのように慈愛に満ちている反面、ギャンブル狂で、口を裂かれた彼女に寄り添おうとしたジョーカーを拒絶した女性です。

ハービーと同じ検事職にあり、貞淑さを象徴するレイチェルとは真逆存在です。

ジョーカーのしようとしたのは、レイチェル自分の別れた悪妻と重ね、彼女と同じ傷をつけることで、レイチェルをその悪妻と同じ側に落とすことです。

おそらくこの逸話自体は嘘です。この場面以前にもGambolのシーンで傷の逸話がありますが、別の話をしています病院のシーンでハービーに「俺が計画して動く男に見えるか?」(”Do I look like a guy with a plan?”)と言っていることからも、彼がポジショントークしない人間であることが分かります

レイチェルを殺したり、ただ傷物にするのではなく、その前にこの逸話を挟むことで、その傷は彼女へのマーキング意味を持つようになり、シンボル的な意味レイチェルジョーカーの女に堕落します。

彼女はやがてジョーカーさらわれて殺されてしまますが、面白いのは、その時ジョーカー指定した彼女の居場所です(実際にいたのはハービーですが、言葉の上で彼女と結びついていたのが重要)。

ジョーカー彼女の居場所を“She’s at avenue X, in Cicero.”と指定しています

Ciceroとは、共和制ローマ末期の弁論家・政治家哲学者で、彼の政治思想理想とする統治機構は「共和制」でした。

共和制」は、国家主権人民に存する統治機構で、国家元首(王)により支配する独裁制とは対立する統治機構です。つまり父権的制的権力とは対立する概念人民動物本能公共善による秩序をもたらそうとするもので、超自我とイドの調和が取れた状態と見ることもできます

まり超自我とイドの葛藤に揺れるブルースが、本来身を委ねるべき安息場所レイチェルがいた、と比喩的表現されているのです。

(その場所ハービー父親)を置いとくあたり、徹底してジョーカーは底意地が悪い)

とまぁ、パーティーシーンは、これらの葛藤舞台となる場面です。

直前でスリ判事警察長官が殺されて、ハービーが殺されればゴッサム司法崩壊でその王手がかかっていたり、それを阻止すべく大急ぎで対応するブルースと迫るジョーカーサスペンスだったり、ヒースレジャーセリフ回しだったりで見所がいっぱいある、個人的にも好きなシーンです。

2020-07-05

ヒーロー「俺は俺が好きなものを守りたい!俺の愛するものを傷つけるやつは許さない!」

これさ、子供向けのヒーローモノで言っちゃいけないと思うんだよね。

守るべきかどうかの基準自分好き嫌いって。

それって敵対してる悪の組織と何も変わらないでしょ。

暴力や抑圧とは別の物を中心に回っている世界を守るために戦うのがヒーローであるきじゃないの。

悪党もの気まぐれや個々人の腕っぷしによって運命が変わってしま世界になるのを防ぐために戦えよ。

理不尽暴力排除するためのヒーローであれよ。

なんで「自分の都合や感情基準にして暴力を奮って回る」のがヒーロー側も一緒なんだよ。

お前らは平等世界を守るために戦え。

ああ勘違いするなよ。

ダークナイトみたいのでこういう話しされたヒーローが悩む展開は別にいいよ。

子供向けじゃないから。

結局ヒーローなんて自分のために誰かをぶん殴ってる異常者集団じゃんみたいな話として一貫してるならいいんだよ。

2020-02-10

今回のアカデミー賞感想

ぶっちゃけた話、アカデミー賞ちょっとでも詳しい人間なら「絶対JOKER作品賞を取らない」

ということは予想できた。

あの賞はそういう場所だ。

まず、JOKERが受賞しない理由

アメコミ原作である

これは圧倒的にマイナス点がつく。その証拠に、アメコミ原作映画はどれだけヒットしようと作品賞候補になること自体まれだ。

アベンジャーズダークナイトも呼ばれすらしなかった。

ブラックパンサー黒人がメインでほぼキャスト黒人というところが社会的評価された。

JOKER社会現象となりさんざん政治的に紙面をにぎわしたからやっと呼ばれた。

はっきり言うが、「アクション映画アメコミ作品政治的メッセージを強烈に発して、ようやくスタートラインはるか後方に位置される」ぐらいにアカデミー賞は強烈な差別をしてる。

アベンジャーズに至っては、あんもの遊園地映画じゃないとまで言われている。とても公平な審査は期待できない。


②ほんとうに面白い映画は選ばれない。

これ。マジでこれ。

いや、言い方を変えると、「娯楽に徹した娯楽大作はほぼ選ばれない」ということ。

要するに社会派メッセージを混ぜた小難しくて立派で、いわゆるインテリリベラルが喜びそうな作品が選ばれやすい。

立派な作品だといわれるような作品が選ばれる。

から日本漫画でいうと、ワンピースとかドラゴンボールが選ばれず、微妙社会派漫画を受賞させるような漫画賞だと思ってくれればよい。

ターミネーター2も、スターウォーズも、地獄の黙示録も、ETも、あの作品もどの作品も取ってない。それどころか呼ばれてすらいねえというあほみたいなことがわんさかある。

選考人はJOKER映画の嫌いそうな人間ばかりである

JOKERは、アカデミー賞を喜びそうな人間の逆を行く映画だ。要するにアカデミー賞の会員の取り澄ました顔の横っ面をひっぱたく映画だった。

ぶっちゃけアカデミー賞選考人なんて、「撃ち殺されたテレビ司会者みたいな連中」なので、どう考えても受賞しねえだろうなあと予想してた。


そんなこんなで「つまんねえ」と視聴率駄々下がりしているわけだ。そりゃ、つまら映画にばっかり映画賞を与え続けてりゃ本国視聴率駄々下がりだろうが、いまだにアカデミー賞面白い映画賞だと思ってる人が外国では多いんだろうなあと思う。

いや、あの映画賞で面白い映画を観ようとすると失敗するぞ。

最後になるが、今年の受賞作は「JOKERに受賞させないための受賞おめでとう」という最悪の声と戦う十字架を背負ったなあ。

頑張ってほしい。

2020-01-18

アカデミー賞人種で選ぶ時代

要するに受賞者を選ぶ際には、作品の出来で選ぶのではなく、黒人白人が均等になるように配慮しようという考え方である

だがちょっと待ってほしい。

オリンピックの100m走で、アジア人金メダルが少ないかアジア人金メダルを割り振ろうと考えたことがあるだろうか?

ない。実力で選ばれるのが本来の栄誉だ。

しかし、アカデミー賞でそれを言うと大批判を受ける。

アカデミー賞というのは要するに政治的な賞なのだ政治的にイケていれば、賞が取れる。だからこそ娯楽に徹した大作は作品賞をとれない。

アベンジャーズキャストアカデミー賞を散々盛り上げてもらうようにお願いしつつも、作品賞だけは絶対に与えない。

作品賞ではなく、どうでもいい録音賞だの視覚効果賞だのでお茶を濁す。「いやーすごい爆発だったねえ。いやーすごいメイクだったねえ」と、ごみのような評価で、実際に面白い映画であっても作品賞は与えなかった。

からこそ、スティーブン・キングの「クオリティだけで判断してる」というのは「嘘だ」と言いたい。

しかし、建前としてはそれが正常だ。

だというのに、ポリコレかぶれたバカどもは「多様性重要からキングは間違えてる。老害だ」とか寝ぼけたこと言いやがる。

からお前らの作る作品はつまらないんだよ。

それどころか、底辺ポリコレ作家になると、一作や二作、幸運作品を世に出した後は、延々とポリコレで世の中の作品断罪するだけで、まともに作品も作らず、作家でござい、って顔してやがる。

この作品はどうのこうのとか、大御所ぶってる暇があったら作品を作れ。

大体、アカデミー賞が公平な選考を行ってるとは全く思わない。ダークナイトに至ってはノミネートすらされなかった。

しかし、それであっても建前だけはきちんとしていないといけないのに、ポリコレ馬鹿どもは、そのことすら忘れる。

今年は何が受賞するかな?

確実にあの作品は受賞しないだろう。

アメコミで、悪役で、インモラルで、反ポリコレから主演男優賞脚本賞作品賞は最低でも取らないと、賞の品位にかかわるが、絶対作品賞は受賞しないだろうなあ。

2020-01-05

俺はもしかしたらオタクかもしれない

例えばロック好きって話になった時にNirvanaが通じないとき

例えば小説好きって話になった時にドストエフスキーが通じないとき

例えば漫画好きって話になった時に寄生獣が通じないとき

例えば映画好きって話になった時にダークナイトが通じないとき


別に知ってて普通とか老害みたいなこと言うつもりは無い

けど自分のなかの超有名作品世間一般の○○好きの間には距離があるんじゃないかと思った

俺はもしかしたらオタクかもしれない

2019-12-07

[] JOKERラストシーン

いまさらながら映画 JOKER を見てきた。すごい映画で衝撃を受けた。
そしてラストシーン解釈について諸説ありそうなんで、自分考察を書いておく。激しくネタバレ注意。

ラストシーンはそれまでと時系列が異なる

暴動のシーンと、ラスト精神病院のシーンは、時系列連続していない。
素直に見ると「暴動後に逮捕されたアーサーが、精神病院に送られた」となるかもしれない。だがそうするとおかしな点がいくつかある。
例えば、アーサーは少なくとも5人を殺している。そんな凶悪犯に手錠をかけただけで、ソーシャルワーカーが1人で会おうとするだろうか。警備が軽すぎる。
また笑い出す病気についてソーシャルワーカーが知らないのもおかしいし、髪の色も緑ではなく黒に戻っている。

全ては作り話

時系列が異なるとすると、どう解釈すればよいのだろうか。
ラスト精神病院にいる男を「アーサーでありジョーカーである」とするのは前述の通り不自然だ。「アーサーでもジョーカーでもない」はやや飛躍しすぎだ。
すると「アーサーではないがジョーカーである」とするのが自然だ。つまりそれまでのお話もアーサーの存在も、全てジョーカーの作り話だ。

そもそもジョーカーは嘘つきだ。ダークナイトでも口の怪我理由説明していたが、2回説明してどちらも全く違うものだった。どちらかが正しいというよりは、どちらもデタラメだろう。
「アーサーがジョーカーになるまでの物語」も、そうしたデタラメな作り話の1つだったのだ。

作り話 = 裏切り なのか?

全ては作り話と聞いて、なにか裏切られた気がしなかっただろうか。あれだけ感情移入したアーサーの苦難が作り話だなんて、と。
でもそれはおかしい、そもそもこれは映画なのだからアメコミヒーローもの映画だ。創作に決まってる。それは観る前からわかっていたはずだ。

もちろんそれも作り手の狙いだろう。
だがラストシーンがなくとも十分面白い映画なのに、なぜそんな仕掛けを入れたのだろうか。

物語危険

フェイクニュースのように、人間本能の、ある種のバクを突いた攻撃が増えている。煽情的言葉で怒りや妬みを誘い、人々を誘導するような攻撃が。
そうした感情への訴えが厄介なのは、理性で理解したとしてもなお影響が残ることだ。「人を殺すのは悪いことだ」と理解していても、証券マンを撃った時にスカッとしなかっただろうか。

人は物語さえあればヴィランにも感情移入してしまう。「アーサーは俺達の物語だ」といとも簡単に手玉に取れてしまう。
だが、物語はわかりやすいが、わかりやすいことが真実なのではない。物語世界理解したような気分になっていると、ジョーカーにつけこまれしまう。

ラストシーン解釈

今日もまた新しいジョーカー誕生物語を思いついた。この物語なら、大衆どもは飛びつくだろう。そうして共感を操れば、面白い遊びができそうだ。最高のジョークだ。
わず笑っていると、目の前でソーシャルワーカー怪訝そうな顔をしている。こいつを片付けて、そろそろ病院の外に出る頃合いか
そう、いま、この時が、ジョーカー誕生の瞬間だ。

■槙野さやかさんの『ジョーカー』評が滅茶苦茶

「ほんとうはもっと与えられるべきだった」と無根拠に思いこむ人間の恐ろしさ  映画ジョーカー』|槙野さやかnote

https://note.mu/kasa_sora/n/n8554d186e08e

滅茶苦茶すぎる。

映画の内容と合ってる部分が皆無と言ってもいい。

これはさすがに解釈違いなどでは済まされない。


さあ、おわかりいただけただろうか。アーサーは貧しく不運だからジョーカーになったのではない。貧しく不運な人はこの映画の中にも彼の他にいくらでも出てくる。ではなぜアーサーが、アーサーだけがジョーカーになったのか。

自分にはもっとすばらしいものが与えられるべきだったのに、そうではなかったから、自分が与えられるべきだったはずのものをもらっているやつらを燃やす

いったい何なんだろうこれは。

アーサーは、一度も、こんなこと言ってない。示唆もされてない。

アーサーは実に延々と様々に苦悩や不満を吐露するし顔でも踊りでも強烈に表現するが

こんなことは表現されていない。

以下3点で説明する。


1.アーサーは「奴らを燃やしたい」と願った?

より議論余地のないところからだが、

アーサーは「燃やす」というイメージを持ったことはない。

全然ない。全く。

結果的ラストで街は燃えるが、アーサーはあんなことは少しも意図していなかった。

イメージ豊かな妄想の中ですら街を燃やしたことなんてない。

ていうか、燃やすことを計画して燃やせたならそれはもう別のジョーカーでありアーサーではない。

ちゃん映画を見てんのかよ


2.アーサーの言いたいのは「自分にはもっとすばらしいものが与えられるべきだったのに、そうではなかった」?

これも言ってない。

明らかに

そんな理路ではやってない。

そもそもアーサーの不満なんて自分で散々言っている。

誰も自分ことなんて気に掛けてくれないこと。

なのに「普通にしてろ」という注文はずーっと付けられること。(あの脳障害精神病を持つアーサーにはそれが何よりも困難なのに。)


アーサーは大富豪の息子かもと思わされた時だって

「あのウェイン家の素晴らしい財産名誉も何もかも俺のものだ!」みたいに有頂天になったりはしていない。

そーっと近づいて、彼なりに精いっぱいの優しくナイスな態度で弟かもしれない少年に接してみて

出てきた執事に「父かもしれないかトーマスさんと話がしたい」って言っただけ。

その後に「父」と直で話をする機会も訪れるけど、その時に何を願ったか

(槙野さんはこの簡単問題も答えられない可能性がある。半々ぐらいの確率で間違えると思う。)


3 アーサーの殺人ルール

そしてアーサーが殺す対象にはわかりやすい特徴がある。

「アーサーを舐めてる」ということ。

特にだんだん計画的になっていく同僚殺しやマレー殺しではっきりわかるはず。

自分のことを知的障碍者だと思って舐めた奴を殺してるわけ。

アーサーは笑いのツボや行動はかなりズレてるし愚鈍に見えるけど

実は相手意図とかはほぼ常に機敏に正しく察知してる。

マレーの番組自分テープが取り上げられて幸せそうに見てた時も

マレーがいじった瞬間にぱっと表情変わってる。

あの速度は健常者と同等以上に鋭い。

あのでかいだってうだつの上がらないあの職場の同僚で、

貧者として富める者を嫉視してのジョーカーだったらなんであん自分と大差ない人間クレバーに惨殺する?

(槙野さやかさんはこの問いにもぼんやりした答えしか出せないと思う。)

あいつが殺されたのは徹頭徹尾同じ職場障碍者っぽい人間を舐めてて

アーサーのことも脳まで愚鈍人間だと勘違いしてたから。

自分が色々こずるい裏切りや保身ばっかしてることについて、アーサーはあんまり認識出来てないんじゃないかと思ってる。

なんとなく怖いからいつも馬鹿にしてる小人を帯同したけど基本的にはやっぱ舐めてる。

アーサーはあいつのそういう人格や振る舞いはとっくに見抜いてたので、ほとんど何も聞かずにぶっ殺したわけ。

脳障害精神病に覆われてるけどベースにはかなりちゃんとした知性がある人物として演じられてるの。


マレーも同じで、アーサーを馬鹿にするために招いた上に「ジョーカー」と呼んだことまで忘れてる。

動きややることが愚鈍から内面愚鈍で何も感じないと勘違いしてたから殺されたわけ。

マレーが豊かだから殺されたんじゃねえよ。



4.【余談】槙野さやか氏は何を参照して映画評を書いているのか

ここまでいくつかのポイント説明してきたけど

これらは別に何かの深読みや事前知識がないとわからないネタとかじゃないわけ。

普通にちゃんスクリーン見てて脳が機能してるなら誰でもわかることしか持ち出してない。

じゃあこの槙野さやか氏の

「ほんとうはもっと与えられるべきだった」と無根拠に思いこむ人間の恐ろしさ

 さあ、おわかりいただけただろうか。アーサーは貧しく不運だからジョーカーになったのではない。貧しく不運な人はこの映画の中にも彼の他にいくらでも出てくる。ではなぜアーサーが、アーサーだけがジョーカーになったのか。

自分にはもっとすばらしいものが与えられるべきだったのに、そうではなかったから、自分が与えられるべきだったはずのものをもらっているやつらを燃やす

こういう『ジョーカー』の内容と全く関係のないうわ言は何を参照して書かれているのか、出どころはどこなのか。

自分脳内妄想とか、別の映画ぼんやりしたイメージからなる、記憶泥団子


「燃やす」なんていうのはほぼ間違いなく『ダークナイト』でしょ。

あっちのジョーカー混同している。

あのメジャーすぎるヒースジョーカーダイナマイトガンパウダーとガッソリーンを愛しててとにかく燃やしまくりで

世界燃え上がるのを見たい」という意味不明動機人種アルフレッド解説するシーンも印象的だった。

ヒースジョーカーは損得を解さないし、どのような種類の怨恨も抱えてない。

ダークナイト』のジョーカー混沌使者であり人間ではなく世界燃え上がる光景を愛し人類SAN値チャレンジしてくる存在だけど

ジョーカー』のジョーカー社会不適合で打ちのめされた末に「ここで人を撃ち殺したら面白い」という自分ルールで生きると決めただけのやけっぱち。

間違いなく別存在だし時間的もつながりようがない2者だということは心ある人はみんなわかってる。

ダークナイト』と『ジョーカー』は続編関係ではないし繋がるようにもなってない。

で、槙野さやかさんはこの2作が続きものだと早とちりしてジョーカー情報を混ぜているんならまだいいんだけど

おそらくはもっとナチュラルにただ記憶イメージがぼやーっと混濁してる。

まりジョーカー』のシアターに座りながら、スクリーンを見ておらず、自分脳内の雑な記憶を参照しながら映画見てた。

それで以前に見ていて何度か反芻していた『ダークナイト』のほうがイメージが強かったので『ジョーカー』の情報あんまり頭に入ってこなくて

その自覚がないまま映画評なんか書いている。


これはそこまで特殊な症状ではなく、こういう人は実は結構いて、

「いったい何を見てたの??」というぐらい内容と違う感想を言う人はだいたいこれなんだよね。

その感想を聞く方も記憶力が鈍かったり頭が弱かったりすれば違和感に気づかれないので普通に会話が成立したりもする。

脳の機能が少し弱い。

これの人は集中力欠如とか妄想癖とかも抱えてることが多い。脳が現在に固定されにくいの。


5,アーサーは王子様願望じゃねーよ

指摘したいことは一通り書き切ったけど残りの部分についても一応突っ込んでいきたい。

そう、彼は自分王子さまだと思っているのだ。

思ってねえよw

マレーの番組見てるときの痛々しい妄想を思い出してほしい(といっても槙野氏の記憶は多分ぼやぼや)。

アーサーにとって都合の良い展開の妄想ではあるものの、彼はあの妄想の中でも全然冴えない。

自分のたどたどしい振る舞いや母と同居していることなどが笑われることすらシミュレーション出来ちゃってる。妄想の中ですら。

あの妄想現実と違うのは、マレーが優しいということだけ。

アーサーには何のスーパーパワーも貴種としての生まれも発現してない。

冴えない何もない自分を、マレーがただ目をかけてくれて、優しく対応してくれて、最後に抱きしめてくれるというだけ。

あの妄想ってマレーが少しそんな気分になれば完全に実現可能だということは注意していい。

王子なんかどこにも出てこねえよ。


さあ、おわかりいただけだたろうか。アーサーの怪物性がいかなるものであるかを。アーサーはなぜジョーカーになったか。アーサーは貧しかたかジョーカーになったのではない。アーサーは不運だったかジョーカーになったのではない。アーサーは「自分大金持ちの有名人の子に生まれテレビスポットライトを浴びて子どもたちに大人気のコメディスターであるはずなのに、そうじゃなかった」からジョーカーになったのだ。アーサーは、自分無限賞賛を浴びて当然の人物だと(無根拠に!)思い上がっていたから、ジョーカーになったのだ。

さあおわかりいただけただろうか、はこちらのセリフである

おわかりいただけただろうか。槙野さやか氏の脳機能いかなるものであるかを。

アーサーの妄想なんてのは、絶頂のものでも「ちょっとしたバー場末コメディアンとしてちゃんとやれてて親しい人がそれを見てくれてる」というものなんです。

これはつまりなんなのかといったら、「社会ちゃんと溶け込めている自分」ですよ。これだけ。

どこに大金持ちとか王子様とかスーパースターなんてイメージがあったんだよ?? あれだけの妄想人間が一度もそんな妄想ちらともしてねーのに。


要するに槙野さんという人は、おそらく映画館に足を運びはしたのだろうけどほとんど映画を見ておらず、

脳の括約筋が緩いので昔見た別の映画イメージがだばだばと入ってきて混ざり

ジョーカー』の内容とは似ても似つかないへんてこな像を脳の中に描いている。

それで全然困らないのは、元から映画の話なんかする気はないから。

この人が本当にしたい話はもう一つの材料自分脳内で以前から練っていた妄想の方で、

それはつまり「思いあがって不相応に欲しがっているけしからん負け組男がいる」というイメージと怒り。

ジョーカー』はその話のダシでしかいから内容の認知記憶が滅茶苦茶でもどうでもいいのだ。


「アーサーはこんなに身の程知らずな願望を持っている!」という槙野さんの数々の告発映画のどこにもそんな描写のない電波であり

しろ妄想してるのはお前だろとしか言いようがない。

まり、こういうのをそう呼ぶのもちゃんとした人に失礼だろうが、

この人は一種フェミニストであり、「負け組の癖に身の程知らずな願いを持った男」への怒りを抱えていて、脳の機能も少し弱かったために、

ジョーカー』という映画の内容をまるっきり自分に都合の良い妄想や別の映画記憶と置き換えてしまったのだ。

ここまでくればアーサーはお前じゃと言いたい。

ただしアーサーは

父親のようなおじさんに優しくハグしてほしいな」とか「ちゃん職業人として社会に溶け込めてる姿を親しい人に見てほしいな」とか

あれだけの冴えない人生精神病障害や要介護親に圧迫されてる人としては、非現実的なぐらいにつつましく清らかな願望しか持ってない。

反芻していた暴力的妄想と言えば自殺妄想

怒りと攻撃妄想を抱えた槙野さんよりどこまでも控えめでだいぶ高潔ですらある。

槙野さやかさんが求める「負け組の癖に身の程知らずな願望を持ったオス」を探すならこの映画じゃなかったはずだ。

他にもっとそうこじつけられる映画はいくらでもあるだろうに、脳の機能が弱いからうまく探せなくて、世間的ヒット作にとびつくのである



6.ジョーカーは何も与えられてねえよ

仲間をつのって煽るのではない。仲間が勝手にやってきて祭り上げてくれるのだ。徹底している、と私は思った。狂を発して「アーサー」からジョーカー」になるときでさえ、彼は「与えられる」側でなければ気が済まないのだ。りんご食って寝てるんだ。永遠に家出をしない白雪姫なんだ。

映画を見てない人に映画の内容を諭すのもむなしいが、

仲間を募って煽った結果暴動が起きたんならアーサーの人生と彼の決めた開き直り全然浮かび上がらない。

ヒースジョーカーなら人を煽って好きなように混乱や暴動を作り出せるが、アーサージョーカーはそんな存在ではない。

アーサーは自分主観勝手にすると決めたのだ。だから暴徒達は別に仲間ではない。

通じ合うわけがないだろう。通じ合うことをついにあきらめて手放したんだから

何も与えられてないのだ。受け取らない存在になると決めたのだから

最後に血で笑顔を作った時の感情が「仲間ができてうれしいな」とか「僕もついにサクセス」だと槙野さんは思うのか。

マジでアホじゃないのか。

ラストシーンのカウンセリングで、

変なジョークを思いついて一人で勝手に笑っているところがあの映画でアーサーが心から笑っている唯一のシーンである

内容を聞かれて「どうせ理解できないさ」と答えるアーサーは晴れ晴れとしている。

信奉者なんか必要としてるわけがないだろう。

ついでに最後絶対言っておきたいのが、『ジョーカー』は社会的な映画じゃないということだ。

映画を真面目に見ないあんたにはわからないだろうが、不審なところや悪ふざけを感じるところだらけだ。

監督脚本演出役者の演技が一致してないんじゃないかと思われる個所もやたらたくさんある。

バカが弱い脳の機能で見ると政治映画に見えるのかもしれないが、絶対そういうんじゃないだろうこれ。

槙野さんは映画を見る能力がないので、当然映画自分の怒りのアジに結び付けるのも向いてない。

「こんな悪い男がいた」といったストーリー嘘松でもやる方がよいと思う。

2019-11-19

anond:20191119183416

例えば俺はガルパン面白さがわからなかった

それは消化酵素がたりてないか

ダークナイト面白さがわからない、同じく消化酵素が足りていないか

カメラを止めるなは開始10分で落ちがわかってしまい楽しめなかった

それは酵素が過剰に働いたからで、むしろ消化が早すぎたか

みたいな感じで何かを楽しむ事できなかったとき消化酵素が足りなかった

って思っておくと、色々便利やで。

2019-10-24

某D映画見てきたんだけど ネタバレあり

映像は素晴らしかったけど何人も殺してるやつヤギにして終わりって酷すぎだろ

そんな映画見て育っていく子供いじめとかするんだろうなあ

そもそも続編に何の意味もなかったし途中寝てしまったわ

横はクソうるさい中国人携帯触るわぺちゃくちゃ喋るわ

その点ダークナイトはよかったなあ

2019-10-23

映画ジョーカー』のタイトルは「ジョーカー」だから

ジョーカー』の感想みるとどいつもこいつもアーサーについて語ってるけど

ジョーカー』はアーサーの映画じゃなくて「ジョーカー」の映画だぞ

泣く子も黙るスーパーヴィランジョーカー誕生までの物語

ダークナイトで言ったらビギンズ(の前半1時間くらいまで)の物語

からアーサーがいかに不幸だったかとか

KKO弱者男性がどうのとか

社会の分断がどうのこうのとか

そんな要素はこの映画のメインであるジョーカー誕生」を彩る「スパイス」程度のものなの

アーサーの一番の不幸は虐待されてたことでも、精神疾患があることでも、貧乏なことでもない

世界で最も有名なサイコパスの一人であるジョーカーのくせに普通世界で生きようとしてしまっていたことだろ

この映画ドラゴンボールに例えるなら何をやっても上手く行かないコンビニバイトベジータが、いろいろあって「俺は誇り高きサイヤ人王子ベジータ様だ!」と覚醒するまでの物語なわけ

あのベジータコンビニバイト人生ハッピーになるか?ならねーだろ(意外となるかもしれんが)。ベジータサイヤ人王子として輝く人物だ。

それと同じで「あのジョーカー」が母親介護をしながらコメディアンを夢見る心優しき青年アーサーとして幸せ人生歩めるはずがないんだよ

因果が逆なんだよ

アーサーにいろんな不幸が積み重なってジョーカーになったんじゃなくて

ジョーカーのくせにアーサーでいようとしたから生きるのマジつら…ってなっちゃってるの

アーサーの数々の不幸はジョーカー爆誕までのなが~い「溜め」なの

最初に例えで出したバットマンビギンズでトーマス・ウェインが言ってただろ

「人が落ちるのは這い上がるためだ」って

そう、これは言うなればジョーカー ビギンズ』

「アーサーがジョーカーになるまでの物語」じゃなくて「ジョーカーがアーサーだった頃の物語」として観ればすげえシンプル面白い

ラストシーンで最大のライバル存在を匂わせるとこなんかもそっくりだよね

まあ次回作はないだろうけどさ

2019-10-22

掲示板荒らしジョーカー

今はもう辞めたけど、以前とある掲示板共同管理人の1人をやっていた事がある。その掲示板の住人は、別の掲示板圧政から流れてきた人達が集まって形成されていた。それに加えて、はてブと同じくらいリベラル思想を持った人の割合が多い場所だった。

そういう経緯もあって管理人役割を担う人たちは自分も含め、出来るだけ表現の自由尊重するように心がけ、よっぽどあからさまな差別投稿殺人予告機械的スパムでない限り出来るだけ削除もアク禁も行わない寛容な方針を取っていた。

それは決してただ傍観するという訳ではなく、強権を振るえないぶんグレーゾーンには強権ではなく対話による解決要求され、右からも左から荒らしから良識あるユーザーからも袋叩きにされる非常にストレスフルなポジショニングだった。何人もの管理人が心労で掲示板を離れていった。

ジョーカー』を観て思い出したんだけど、その頃「ジョーカーってただの荒らしじゃん」と思っていた。ここでいうジョーカーは『ジョーカー』のジョーカーではなくて、ダークナイトジョーカー

その掲示板によく出没していた荒らしは、パターンが決まっていた。削除されるかされないかギリギリラインで住人に迷惑をかけ、削除されると「職権濫用だ!削除の根拠を示せ!」と騒ぎ立て、管理人精神的に追い込み、辞めさせる。それで何人もの管理人が去っていった。

その荒らしはまるで、バットマンに「俺を殺してみろ」と迫るジョーカーのようだった。「お前ら左翼だって一皮剥けば独裁者と同じじゃないか」と挑発しているようにも見えた。それを肯定するのが嫌で、自分必死に暗黒面に墜ちないよう踏ん張っていた。そして自分は暗黒面に堕ちることもなく、苦悩する事もない、第三の選択肢を選んだ。力を手放すことだ。

掲示板荒らしにアーサーのようなツラい過去があったのかどうかは分からない。ジョーカーダークナイトの続編的な繋がりも希薄だ。でもなんとなく、『ジョーカー』が掲示板荒らしの前日譚のように見えて、「うわぁ...」と思ってしまった。

2019-10-21

ジョーカー見てからダークナイト見た

あのマッドピエロにもあんな悲しい過去が…なんて感想もないほど清々しいマッドピエロだったことに感嘆した。

あとあの映画が、奴が息をするように吐く妄言の拡大出張であることに気づいてあの映画ネタに論じている世のすべてが滑稽に思えた。

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