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2020-06-09

十二国記の謎と次回の短編集について、勝手に予想し、語る。

初めに

私は一介の十二国記ファンである中高生の頃にはまり、「白銀の墟 玄の月」で再燃した。

記事では、十二国記世界の疑問点について語り、次回の短編集の内容について、時には私の好みで脇にそれつつも、予測したい。その途中で、私自身のこの作品に対する解釈思い入れにも立ち入るかもしれない。

記事のおおよその内容

十二国記の今までの流れ。

十二国記シリーズ外伝を含め、次の順に出版された。

物語のあらすじについては、熱心な読者が多いと思われるので、略す。さて、この順で読み返すと、次のような傾向がみられる。すなわち、王と麒麟視点から見た世界よりも、庶民から見た世界比重が大きくなっているのだ。確かに、「月の影 影の海」では陽子は大変な苦労をして玉座上り詰めるし、「風の万里 黎明の空」「黄昏の岸 暁の天」では、いかに王としての責務を果たすかが語られる。一方で、同じ「風の万里 黎明の空」は民衆レジスタンス物語であり、それがさら大輪の花を咲かせるのが「白銀の墟 玄の月」だ。これは都市の規模ではなく、国家規模にわたる抵抗だ。

もう一つの傾向とは、読者層の拡大である。もともと少女向けレーベル出版されたからだろうか、十代の少年少女にとって教訓となるような個所は少なくない。「風の万里 黎明の空」における鈴、祥瓊の扱いを見れば顕著だ。一見同情すべき境遇にいるようでいて、それに甘んじている彼女らを待ち構えているのは叱責であり、罰である。この年齢になって読み返すと、幾分説教臭く感じなくもない。

しかし、「丕緒の鳥からシリーズ全体の印象ががらりと変わった。組織の中で働く官吏や、避けられない災害を前にして自分のできることに必死になる民衆の姿は。年齢を重ねた読者の心も打つ。少女向けとされる小説から最も縁遠いように思える、中高年の男性もうならせるだろう。この作品は、あまりにも不条理世界で生きる人々へのエールとなっている。

まり、これから尚隆や陽子視点から物語が描かれることは少なくなるのではないか。きめ細やかな民の物語を描くとき、王の存在は強すぎる。「東の海神 西の滄海」も、一歩間違えれば「俺TUEEE」っぽくなってしまう(そうならならずに尚隆が有能かつ魅力的に描ける腕前がすごい)。そう考えると「白銀の墟 玄の月」で出てきた尚隆は作者なりの大サービスだったのかもしれない。それに、神隠しにあった泰麒で始まった物語は、一応は解決しているのだ。王や麒麟のこの先に物語は、長編としては出てこないかもしれない。

十二国記で一貫してきたテーマは何か

前項でも述べてきたが、次に尽きるだろう。

十二国とはどういう世界

十二国では天帝が定めた天綱が憲法としてあり、王が定める国法、地綱はそれに反することはできない。また、州の法律も王が定めた法に反することはできない。

天帝は民に土地を与え、それを耕すことで生計を立てるように命じた。逆に言うと、天の設計した社会では、民衆は生まれた里で農業だけをして過ごすことしか想定されていない。

しかし、現実はそうではない。「図南の翼」に出てきた珠晶の家族のような大商人もいるし、「白銀の墟 玄の月」に出てきた宗教関係者もいる。冬器を作る工房もある。私塾もあれば宿もあり、雁のように豊かな国では副業で馬車を出す者もいるし、事実上奴隷だっている。

そして、最大のイレギュラーが定住民でさえない黄朱の民だ。彼らが歴史に関わってくるあたり、実際の中国の歴史にもよく似ている。

言い換えると、天は王と官吏農民だけの世界を想定していたが、天の条理の隙間を縫う形で民は複雑な社会形成してきた。そして、この世界民衆ルールの穴をつき豊かに暮らしているし、謀反を起こす力もある。これは、専制君主世界ではあるけれども、ランダムで選ばれた大統領支配される民主国家の姿に、少し似ているのだ。私たち世界大統領首相も間接的に選ばれるため、民意がどこまで反映しているか、はっきりしていないところがある。十二国世界は、実は私たち世界鏡像なのだ

今後の作品の傾向としては、黄朱の民のように条理からはみ出てしまった人々にもスポットライトがあることと思う。と同時に、黄朱の民はこの世界の条理に生じた大きなほころびでもある。現に、彼らの里木はよそ者が触れれば枯れる、大きなペナルティを負っている。

それと、この世界では思いのほか宗教がしっかり根付いていた。我々が最初にこの世界宗教を教えてくれるのが合理主義者の楽俊だったため、この世界の人々はあまり天に頼らない印象を受けたが、子供を授かるには祈るほかはないわけで、むしろ熱心な信仰がないと不自然であった。

十二国記女性

十二国記が元々は少女向けに書かれたことをうかがわせる設定はいくつかある。例えば、王と麒麟運命的な出会いだ。女性向けフィクションにはオメガバースをはじめとして、そうしたパターンが多い印象がある。もう一つはときとして未婚の女性をひどく不安にする妊娠出産からの「解放」だ。女性苦痛が大幅に減らされており、またこちらの世界とは異なるいくつかの価値観女性に優しい。王も麒麟官吏も(軍人を除けば)男女同数だし、子供のいる女性再婚相手としてむしろ歓迎される。ジェンダーSFフェミニズムSFとして十二国記を読み解くことも可能だろう。血縁意識が薄いのもその傾向を示している。とくに、楽俊はこちらの遺伝について、似たような顔をしたやつが同じ家にいるのが薄気味悪いのでは、と漏らしている。

しかし、この期待は裏切られる。ここはけっして楽園ではなかった。「白銀の墟 玄の月」のなかで李斎は、男社会軍隊で生きる女性の苦しさを吐露する。また、明らかに暴力を受けた女性も登場する。それに、序盤からすでに妓楼も登場している。この世界セックスワーカーがどれほど過酷生活を送っているか不明だが、妓楼に行くことはあまり道徳的に褒められたものではないようである(余談だが、楼閣が緑色に塗られているのは現実中国にもあった習慣であり、「青楼」と呼ぶそうだ)。

考えてみれば、官吏女性も多いとされながらも、登場する官吏の多くが男性である育児負担こちらよりもはるかに少ないので、昇進や待遇に差があるとも思えないのだが、これも隠されたテーマかもしれない。

それと、生理問題がどうなっているかもはっきりしない。初期作品の傾向からすると生理から解放」されている可能性が高かったが、女性の苦しみをテーマとするならば、生理のしんどさやそれにまつわる迷信タブーが出てくると考えるほうが、筋が通っている。

天帝女性

天帝女性、または西王母兼任している可能性が、ふと浮かんだ。別に女性が王になれるのだから天帝西王母より偉い理由別にない。

十二国記って男性しかいない場所がないこともなんだか怪しい。軍隊も三割は女性だ。逆に、女性ばっかりの場所が蓬山である麒麟を育てるのは女仙たちだからだ。これも天帝女性説を補強しないだろうか? また、妖魔が雄だけというのも、なんだかそれに関係しそうだ。単純に作者が女性だというだけのことかもしれないが。そもそも「いない」可能性もあるが、根拠は全くない純粋空想だ。

天帝ラスボス

考察サイトが華やかなりしころ、いくつかのサイトでは天帝ラスボスなのではないか、という説がまことしやかにささやかれていた。確かに黄昏の岸 暁の天」での天の対応はあまりにもお役所的ではある。ルールに従わなければ何もできないところが、法律に定められていなことは原則としてできない公務員によく似ている。

だが、もともと中国道教死生観がそういう面がある。「救急律令」も、法令を守るように促す言葉であり、古代中国役人賄賂に弱かったように、今でも神々に心づけを渡す習慣がある。

そして、自分天帝ラスボスになりえないと考えている最大の理由が、十二国記不条理にあらがう人々の物語であるからだ。天帝を倒した後どんな世界を作るにせよ、人間が作り上げた世界である以上はやっぱり不完全なものになるだろうし、仮に完璧世界を作ってしまったら、それは理想郷を描いた現実逃避のための小説になってしまう。「黄昏の岸 暁の天」のなかでも陽子はつぶやいている。天が実在するのならそれは無謬ではありえないのだ、と。

結論

私が次回の短編集に出てくると予想する要素としては、今までの物語を受けて次の通りだ。

また、

そして、長編がありうるとしたら

と考えている。

おまけ1 奏が滅びるとしたらどのような形か

しろくでもない空想をしてみる。六百年の大王朝が滅びるとしたら、それはどうやってか。

王朝最後はいくつかの傾向がある。一つは陽子暗殺しようとした巧の錯王や、慶の予王のように、王個人劣等感に押しつぶされるパターン。もう一つは芳の王(祥瓊の父)や一つ前の才の王(黄姑の甥)のように、長所裏目に出るパターンだ。祥瓊の父は清廉な人柄であったが、完璧主義者で罰が苛烈に過ぎた。黄姑の甥も正義感にあふれていたが、現実検討する能力に乏しかった。

で、奏の特徴としてはのんびりとした気風がある。これが欠点となるのは、のんびりした気風で対応できないほどの速さで十二国世界に変化が起きる場合だ。つまり、利広の情報収集を絶てばいい。彼が旅先で死亡するか、家族が業を煮やして彼を王宮に拘束するかだ。ところが、「帰山」では、しばらく王宮暮らししろ、という趣旨台詞がある。

これが奏の滅亡フラグかといえば穿ち過ぎな気もするが、宗王一家は全員同じ筆跡で公文書が書けて、しか御璽を押した白紙が大量にあるので、一度分裂したら矛盾した命令が出されまくって国家の体をなさなくなり、あっと言う間に沈む危険がある。白紙委任状ほど危険ものはない。ああいう仲のいい家族崩壊する様子を書くのって、日本人作家は上手だというイメージがあるが、数ページで滅んだ、と示されるのもまた冷たくていい。

おまけ2 「王気」という言葉について

「王気」という言葉一見すると単純な造語であるしかし、景麒は、自分は半ば獣なのだ、と述べている。さて、「王気」にけものへん「犭」がつくとどうなるか。「狂気」になってしまうのである。失道は避けられないのかもしれない。

おまけ3 四令門の名前

黄海を取り巻く四令門のある街で、雁では未門と申門の代わりに人門、恭では辰門と巳門の代わりに地門がある。では、言及されない才と巧ではどうなるか。陰陽道を考えると、才では丑門と寅門の代わりに鬼門、巧では戌門と亥門の代わりに天門、と思われる。

おまけ4 「戴史乍書」の記述はなんであんなにそっけないのか

十二国記を初めて読んだときには、本編と「戴史乍書」の関係って、講談や旅芸人お話と、正史みたいなものだと空想していた。三国演義歴史書の三国志やその注釈から成立した、みたいな話だ。つまり、本文も旅芸人の語りであり、実際に起こった歴史とずれている可能性がある。

また、中国の歴史を知るにつれて、歴史書の記述はわざとそっけなくしていると考えるようになった。春秋の筆法というか、どのような事件が起こったかをどのくらいの濃度で書くかによって、歴史的な出来事に対する価値判断が含めているわけである。細かい経緯を書いた記録はたぶん別にある。

最近は、国家機密をぼかす目的もあると踏んでいる。阿選の幻術なんかの記述があっさりしているのも、たとえば妖魔が符で使役可能だとか、王と黄朱とのつながりとか、暴力行使可能麒麟がいるとか、かなり危険情報だ。事情を知っている人が読むと「ああ」ってなるが、それ以外の人は読み飛ばすようにできている。

おまけ5 登場人物名前元ネタ

楽俊の姓名である張清は水滸伝に出てくる。しかし、水滸伝盗賊活躍するピカレスクロマンである文人肌の楽俊とはだいぶ違う。

桓魋は少し近い。孔子を襲った荒くれ者と同じ名前だ。そして、面白いことに「魋」だけで「クマ」意味がある。「熊どん」というほどの意味を持つ字なのだおるか。

祥瓊の父の字は仲達で、三国志諸葛亮ライバル司馬懿と同じだ。雁の白沢瑞獣名前。「白銀の墟 玄の月」の多くの官吏たちも、実在する中国官僚文人たちから名前が取られている。とはいえ名前が同じだからと言って同じような人物像とは限らないので面白い

おまけ6 遵帝はなぜ「帝」なのか

「帝」という称号始皇帝の考えだしたものだ。諸侯が王を名乗ったため、王のタイトルに重みがなくなってしまった。そこで、王の中の王を意味する称号が生まれたのである

しかし、それを考えると十二国記世界では帝の称号が生まれないはずだ。なにせ、侵略戦争がありえないのだから、王よりも上が出てくるはずがない。そのため、王より上の称号は、山客か海客由来の語彙ということになる。

語彙だけではない。現実中国文化には、周辺の異民族との交流からまれてきた要素が結構あるので、十二国世界でそれらが取り入れられたいきさつも妄想するのは楽しい。例えば、スカートキルトではない、ズボンパンツ状の服は騎馬民族に由来することが多い。そこまで考えるのは野暮かもしれないが、十二国世界匈奴西域の影響の薄い中国文化を持っていると空想するのは、歴史ヲタにとってはきっと楽しい時間だ。

おまけ7 景麒の角の文字

十二国記アニメで、景麒が塙麟に角を封じられるとき、「生心気鎮風」と読める金文が刻まれるのだけれど、あれって根拠があるのか。私にはわからなかった。

終わりに

つらつらと書いてしまった。

残念ながら、小野不由美の他の作品との比較検討はしてこなかった。未読のものが多いためだ。また、作者の細かいインタビューも入手できていないので、見落としているものがあるかもしれない。

積んである本を片付けたら、ホラーは苦手だがぜひぜひ読んでみたい。

そして、次回の新刊のんびりと待っている。小野不由美先生、本当に泰麒の物語物語を完結させてくださり、ありがとうございました。

2020-06-04

anond:20200604120600

白黒つけるという言い方が無自覚黒人ネガティヴな印象をつけるからよくないと言われてるんだよ。

ブラックメールといえば脅迫ブラックマーケット闇市ブラックリストブラックフラッグブラックは常に悪いイメージでしょう。ホワイトは正常で美しいものを指す。そのような言語を使う限り人間自由ではありえない」

すでに海外ではこういった単語使用は憚られるようになってきている。世界アップデートしている。日本人だけだよ、いつまでも白や黒を価値判断に含む単語使用に躍起になっているのは。

そんなに差別がしたいんですか?

#BlackLivesMatter

2020-05-27

anond:20200524114411

LGBTが「普通じゃない」という発言をする人は、だいたいその発言に「異常だ」という否定的価値判断を含めているよ。もしその価値判断を読み取れてないなら、それはあなた能力問題だよ。でも、あなたが実は指摘している通り「少数派」という表現を使うことで価値判断を含めてないという態度を示すことができるので、「少数派」という表現を便利に使うといいよ。(もちろん「少数派」という言葉を使いながら、LGBTに対する否定的価値判断を示すことはできるので、適切な単語さえ選べば免責されるというわけではないよ)

さらにいうと「『普通じゃない』という発言価値判断は含まれていない」的な主張をする人のうち相当な割合は、実際は否定的価値判断を読み取れているのに、読み取れないふりをしている不誠実な人だからあなたがそういう人だと誤解されないように、やっぱり「普通」という表現は避けて「少数派」といった表現を使っておいた方がいいよ。

2020-05-26

anond:20200525185824

ブスと書いたのはブスという容姿・特徴に言及しただけで別に悪く言ったわけではない。おおうこれ素面で言ってるのか。天才か。

この増田頭悪いっていうか気狂いだな。

注:ここでいう「頭悪い」「気狂い」はあくまでも増田状態客観的記述したものであり、何ら価値判断を含んでおりません。つまり悪口ではありません

2020-05-24

普通」がダメで「多数派」がOK理由が分からない

普通」のデジタル大辞泉

[名・形動]特に変わっていないこと。ごくありふれたものであること。それがあたりまえであること。また、そのさま。

ここになんらかの価値判断があるか?

LGBTは「普通じゃない」って言ったら怒られるけど「少数派だ」って言っても別になんもないじゃん

普通」の概念って多数少数を基に決まると思うんだけど、「普通(=多い属性)じゃない」と「少数派だ」って何が違うんですかね

いくら同性愛だって普通だ」つったって10人にひとり程度なのは変わんないわけじゃん まあムチャクチャ変で特殊ものだとは言わないけど、人数比で考えてどちらかというと普通じゃない側なのは確かじゃん

事実に対して怒ったり傷付いたりするのってなんなんすかね 数が少ないって言われるのが嫌なのか?

まあ顔が事実ブサイクな人にブサイク!つったら罵倒になるからなあ…事実攻撃性を持ちうるってことか

しかしそれにしては「セクマイ」が許されてるのが謎だ 異性愛者の方が多いって事実が嫌なんじゃないのかな

わはは、かかったな!

(編集後記)論を補強するために反論を出すやつやろうと思ったけどその反論にことごとく論破されちゃうから何も書けんかった 倒しがいのない文章申し訳ないっす

2020-05-15

anond:20200515110426

マリオランがあるからと言って「マリオスマホにもある」って言わないだろ

?どういうこと?マリオランがあるなら「マリオスマホにもある」が?

本気で作ってるかどうかで判断してるなら、その本気って何?境目は?どうやったら本気で作ってるかどうかわかるの?

お前の価値判断事実混同するのやめろ

2020-05-09

岡村隆史の件の踏み絵力の高さ

まず、4月30日放送分の岡村発言矢部の「結婚しろ発言への批判根本的に正しいという立場です。ただ、あちこちで流れてくる要約で知った気になるのはマジでやめた方がいいです。矢部岡村の会話に関してはホントに音声を一度聴くのをオススメします、最悪全部じゃなくてもいい、矢部岡村がどんな感じのトーンでどういう雰囲気の元、会話をしてるのか。その辺りの肌感を知ってないと発言ニュアンス全っ然つかめないです(って書いたあとに文章放置してたらもう聴けなくなってた。ごめんね)。

岡村ってこの放送中ずっと謝ってるんですよね。謝る以外のことが何一つできない地獄のような20分があり「あ、これはダメだ」と思った矢部放送乱入する。そしてそこからまた1時間近く、30年来のつきあい人間が、岡村人格分析を、ゆっくりと、ずっとゆっくりと続けるんですよ。この回、端的に放送事故ですからね? 矢部が部屋に入ってくる時の扉の音をマイクが拾ってるところとか、全部聴いた人ならわかるけどラスト10分のはがき職人大喜利コーナーで岡村はがきを読み上げるところの絶望的な空気感とか、本当にヤバいですからね?

それで、この放送ポイント岡村に横柄なところが全くないんですよ。本来ならまともなラジオトークの一つや二つはするべきところ、それすらもできなくなってる。とにかくマジで参った感じだし、ずっと謝りつづけてる。何より怖いのがここ。

なぜなら、矢部が一番最初に持ち出した岡村への指摘は「岡村さん、表でしか謝らへんのよね」という言葉からです。「まともに放送できないくらいに責任を感じている」けど「それをカメラマイクの前以外では出すない、出す勇気がない」、だから公開処刑のごとく生放送で伝えることしかできなかったという問題根深さ!

そこから矢部岡村言動を長年どう見てきたかを話す。岡村普段ちょっとした振る舞いの、ささいなことだけど違和感の感じたことを、ゆっくりと、一つ一つあげていく。

お茶持ってきたADさんにありがとうを言わない、鬱での休業の復帰回後に矢部に送られてきたメールが一行だけだったこと、そういった、本人が気づいていないレベルの「岡村がどう人間と接してきたか」、そしてそれらを矢部が素朴に「引いてしまう」こと、そういうのが滔々と語られる。

話題の中心は基本的に対女性関係のことになりがちだけど、矢部とのこととか仕事でのこととかも含まれてるので根本的には人間一般に対する態度、つまり岡村性格の話をしてる。会話の中でぼんやり示唆されてるのは、岡村他人に対する「甘え」が「対応が雑になる」かたちで出てるのではということ。ただし流石にそれは明言されない。間違ってるかもしれないしね。そう、その意味でも矢部は慎重なんです。岡村人格について断言はしなくて、基本的言動の話しかしない。もしかしたら、矢部自身はそのあたり自分で気づいてほしいと思ってるのかもしれない。だから言葉を慎重に選んでいる。

その中で語られる「結婚したら」って、もう色々なニュアンスが含まれてるんですよ。たとえば、矢部岡村の昔の会話で「彼女のご両親にご挨拶しに行ったことある?」「あるよ。高校生のころ」というやりとりに(いい大人が素でそういう[女性と遊んでる割にまともに結婚をふまえた挨拶したこともないって]答えする!?)と素で引いた、みたいなエピソードとか、スタッフメイクさんの女性と遊びに行くときに「宿代は出すよ」と岡村が話したりしたことに「飛行機代の方が高くつく」という不満なんかが本人ではなく矢部の方に飛んでくるみたいな話(後述しますが、この本人には伝わらないことが恐ろしい)、女優さんとデートする企画が振ってきたら「笑われるのが嫌だから」と自分は断り別の既婚者を推した話、そういう「女性デートには誘うし普通に関わりを持つのに、深い関係にならないし場合によっては逃げる」という岡村普段の行動パターンさらには矢部の「自分結婚したら妻へのリスペクトが増した」という実体験、そういった、放送中に出てきた会話やそのとき雰囲気全部込みでの文脈でのことなので「40代独身男性女性積極的に関わりたいと思うなら女性リスペクトして女性から逃げるな」くらいのニュアンスが多分に含まれてる。

そういう様々なあの場の質感が、発言箇条書きとか録音文字起こしだと全然からないのですよ……。

あ、一応言っておくと、そういうことを全部踏まえた上でも、「結婚したら?」発言はかなり唐突でしたし、乱暴発言ではありました。

それでですね、放送を全部聴いてやっぱり思うのは、「この岡村をこれ以上責めるの辛くない?」と思っちゃうし、反省の色を見せている岡村隆史をdisるのには少し違和感があるんですよ。

これは自分価値観問題がたぶんに含まれますが、人間ってどこかしら不道徳価値観を持ってるのが当たり前だと思って生きているんです。だから他者との関わりでは「それをどう隠していくか」(ここでの「隠す」は「他人を傷つけないために努力する」のニュアンスをかなり含む)が重要だと思ってて。人格がゆがんでても、人格がゆがんでることそのものが隠せてたら人間は生きててもかまわないんじゃないのかなっていう。それを露出してしまった以上批判されることに異論はないし批判されるべきだとは思うけど、でも少なくともどこぞの松江哲明やら大澤昇平やらに比べたらまだまともでは?とは思っちゃうんですよ。比較で善し悪しを語るのは良くないんですけど。

まあ時折「これ大丈夫なのか?」みたいなエピソード結構目にしてたので完全に隠してたわけじゃないけれど、それでもたとえば矢部が「カメラの前では謝る」みたいなエピソード聴くと、「少なくともカメラの前では取り繕えるくらいの価値判断は持ってるんだな」って俺は思っちゃうんですよね。30超えると人間は変われないと言われがちな世の中で、50でそこそこ取り繕えるってのは大事なことだと思うんですよ。それとも岡村さん社会的に殺します? 

なんでここまで岡村に甘めの感覚を持ってしまうかといえば、最近よく、どのタイミング自分社会的死ぬかわからないなあと思うんです。

岡村の件の何が一番怖かったかって、矢部が指摘したことの多くが「無意識言動」だったことですよね。自覚的に行動を変えようとしても、無意識言動は言われないと自覚的に変えられないじゃないですかもっと言えば認知がそこからゆがむ可能性もある。

たとえば、ここまで書きながら「女性視点での批判感覚が欠如してる」と自分で強く思います。この原因ははっきりしてて、自分男性として生きてきたから「女性がどう感じるか」についての直感共感が働くのが遅いんですよね。反射的に「別にしたことないのでは?」と思ったあとに、「いや、でも女性視点で見たらこれはこうだろう」という理詰めで価値判断を下す。たとえばですが、一応自分にも女性の友人はいから「この件、俺は岡村に同情してしまうけど、きっと彼女らは岡村に同情できる要素がないんだろうな」くらいの想像は、まあできる。でも、けど女性の友人が多いわけじゃないから、日々の生活女性への気遣い必要になる機会も、世間の人に比べると相対的に少ない立場だと思う。その意味で、女性へのリスペクトは忘れないように心がけてるつもりだけれど、でも結局のところ本当にできてるかはわかりません。他人自分欠点をおいそれと指摘してくれないからです。岡村隆史の放送が示したのってそういうことでしょ? 人は黙って去って行くんですよ。

から、今回の件は、「どのタイミング自分女性から批判されて、社会的制裁を受けることになるかわからない」という恐怖で、どうしても岡村共感してしまうんですよ。

そして、もちろん、この件は女性にとって「自分コロナ不況でいつ生活が困窮し、風俗で働くことになるかわからない」という恐怖の共感と反発の方がおそらく強く働くのだろうなと思います。これ、残念ながら男性には「我が事のように想像する」ことがなかなか難しい部分ではあるんです。なぜなら、「生活に困るから風俗で働く」というジェンダーイメージ女性だと根強いものの、男性だとそうではないから(純粋に男女のジェンダーで分けられない人のことは申し訳ないが一旦話から省きます。たとえば率直に思い浮かぶのはゲイ風俗ですがそれをこの件に絡めると「性嗜好の一致しない相手性的行為をする」ということの問題が絡んで話がややこしくなるのでその方面の話は当事者に任せた)。

から、この件って共感ベース立場を決めてしまうと、おおよそきれいに男女の立場で反応がわかれてしまうという、絶妙案件だと思うんですよね。これって伊藤詩織さんの件みたいに「加害者反省もしていない案件」とは全然様相が異なる。なまじっか反省しているように見える人間をどこまで責め続けるか。

「このような価値観を許していたら自分たちがいつ貶められるかわからない」という女性側の怒りはよくわかる。でもその反対にいるのは、「このように糾弾されるのを許していたら、自分たちがいつどのタイミング社会的に殺されるかわからない」という男性でもある。この間の溝を埋めるのは、並大抵のことじゃないだろうなぁと思いました。

書き手である増田本人は、少なくとも今回の件は岡村が悪いと思ってるし、「どっちの味方」につくかと問われたら共感ではなく倫理を優先して岡村批判します。俺にとっての「他者尊重する」とはそういう価値判断をしていくことだと思っています他者立場想像して、他人に嫌な思いをさせない。そこには必ずしも共感必要ではなく、共感しなくても他人尊重していく。

ただ、そもそも「どっちの味方」かという話をしている時点で、溝を埋めることはできないんじゃねえかなぁ、と思うんです。どちら側の人に対しても。なんか、この手の踏み絵ものすごく増えている気がする。踏み絵の後に待ってるのは処刑じゃないですかね。どちらの側にとっても。みんな、処刑合戦したいんです?

2020-05-07

恋愛義務として押し付けるのをやめて欲しい

恋愛義務として押し付けるのをやめて欲しいです。

自分は19歳の男性です。

自分は昔から一度も誰かを好きになった事がありません。

恋愛願望が無いわけでは無いのですが特定の誰かへの明確な好き、と言う気持ちになかなか結び付かないのです。

元々人付き合いが苦手で一人でいる事が好きなのもあります

元々現実の性に忌避感がある事や

恋愛物の小説が好きな事もあって現実恋愛に目が行かなかったのかもしれません。(もちろん現実恋愛フィクションは完全に切り離して考えています)。

それでも人生が充実していたので一人でいる事に別に不満を持っていた訳ではありませんでしたし、

恋愛結婚も全く考えずずっとこのまま生きて行こうと思っていました。

が、ある時知り合いか自分恋愛についての考え方をバカにされた事がトラウマになりました。

好きな人はいるのか、と聞かれて

好きな人が出来たことがない、恋愛はしてもしなくてもいい物だから好きな人が見つかったらでいい」と答えたら

不細工から強がりを言っているだけ、本当は恋愛したいに決まっている」と言われいくら反論しても聞いて貰えませんでした。

それから恋愛をしたいと思わないと言うだけで上から目線アドバイス人格否定をされたり、

ネットSNSに溢れる

恋愛経験がない人間は幼稚』

結婚していない人間人格問題がある』『中年のまま童貞になると異常者になる』

『子孫を残さないと生物として欠陥品』

と言った未婚者への偏見差別を見ていくうちにパートナーを作らないと差別されるのではと言う恐怖心が沸いてきました。

独身バカにされたり、人格否定されたりするのが怖くて怖くてたまらなくなって好きになった人が出来たときのために服を研究したり女友達の話を聞いたり色々な努力をしてきましたが恋愛に関わる事が全て苦痛しかありませんでした。

服を買おうとしても誰かからバカにされるのが怖くて全く楽しめません。

モテたい、と言う価値観もよくわからなくて好きな人がいてそこから行動するならともかく好きな人がいないのに性格も良くわからない人から好かれたいと言う気持ちがよくわからないんです。

もっと恋愛簡単に考えろよ、とりあえず好きな人と付き合ってみろと言われますがその好きな人がいないんです。

恋愛本来自由意思でする物のはずで誰かに強制されたり押し付けられたりする物ではないはずです。

でも現実では誰もが恋愛をしたがっているはずだと言う価値観押し付けられている。

そんな価値観無視すればいいと言う人もいます自分他人勝手自分意思を決めつけられて軽蔑される事が悔しいのです。

そして誰かに迷惑をかけた訳でもなく傷つかず一人で過ごしたいだけなのに勝手問題ある人物として断定され傷つけられる、これが辛いのです。

このままだと今まで全くコンプレックスを感じていなかった性的経験が外部要因により自分の一生ものコンプレックスになってしまいそうです。

他のトラウマコンプレックスと違い相当な労力をかけて望んでいない事をしないと解決しないのが本当に辛いのです。

〇〇歳までに彼女を作れないとダメ性交渉していないとダメ結婚しないとダメ---

本来自由意思であるはずの性を価値判断にして押し付けるのはセクハラではありませんか?

もう性経験人間を量る文化を終わりにしてくれませんか?

勝手パートナーがいない事を不幸なことにしないでくれませんか?

恋愛本来自由意思でしてもしなくてもいいし

人は誰かを好きになってもならなくてもいい、好きになった時だけ恋愛をすればいい訳で強制的に押し付けられる物ではないはずなんです。

恋愛絡みで自分否定されるのが本当に辛くて本当に怖くて

価値観押し付けが本当に本当に苦しくて困ってます

経験の話で傷つく度にトラウマになって一週間は立ち直れなくなります

子孫を残すのは性に積極的一定個体だけでいいし自分から自由意思のためにそれをする個体が多いのに

望まない個体にまで出生を押し付けるのはただの暴力人権侵害です。

性に関する事柄他人勝手ジャッジするのがどれだけ暴力的か知ってください。

2020-05-06

俺に戦争責任ってあるの?

自身どころか両親も戦争は知らない世代

「加害国」とか「かつての侵略行為」なんて言われても知らねえよとしか思えん 俺に何ができたんだよ 何も申し訳なくないだろ

本人にどうしようもなかったことを責めるのはアンフェアだっていうのはずっと思っていて、俺はどこの国の人に対してもその国の過去の振る舞いによる価値判断押し付けないことにしてる

大東亜共栄圏を築こうとする過程でひどい侵略行為を行なっていた…から何?俺はそのときまれてすらないんだからなんの責任もないし、それに対して何をする必要もないだろ

国家として被害者に金を払うのはいいけど、直接何かしたわけではない人に対して責任を問うたり罪悪感を求めるのはどう考えてもおかし

普段人権意識の高いこと言ってる人が「日本人はかつての加害国としての自覚をもって〜」とか言ってるのをみると本当にビビってしまう 

被害者ヅラする権利もないけど加害者ヅラする義務もないだろ 俺は何もしてないんだから

2020-04-25

anond:20200425162301

貧乏家庭に生まれて親に金のことを言われる子ども時代を過ごすと、世の中金の有り無しで価値判断するようになるよね。

金のことを忘れたい時は、晴れた日に緑のある公園ウォーキングをするかな。。。

anond:20200425053239

そう思うなら買わなきゃいいだけでは

価格はそうやって売り手の買い手の価値判断のすり合わせで決まっていくものだし

提示された価格お上が決めた絶対的ものみたいに無意識のうちに捉えてるから怒りが湧いくるんじゃあないの?

2020-04-04

自分死ぬ前提だからこそ、経済停止には反対だ」への反論

こんにちは

記事は以下の記事への(部分的な)反論です。


※前提として、筆者は首都圏大阪だけでも早急に経済停止を含む処置(少なくとも緊急事態宣言)をとるべきだと考えています

これについては、文章最後に私以外の人の意見もいくつか紹介していますので、反論自体に興味がない人も読んでいただけると嬉しいです。


なお、増田における個人への言及規約違反になりうる、という話については承知していますが、

上記記事の著者であるdeztecjp氏自身がそれについて 「穏当な批判まで第三者が不当視することではない」というスタンスをとられていることと、

今回の内容がなるべく多くの人の目に触れてほしいということを鑑み、増田という形を選ばせていただきました。

もし、deztecjp氏自身から削除依頼があれば、対応いたします。


さて、私がdeztecjp氏の記事について引っかかったのは、主に以下のような箇所です。

新型コロナだけ、必死対応しようとする人々は、他のほとんど全ての危険について、忘れているのではないか。だからこそ、一点集中で全リソースを投入することを望むのではないだろうか。

最大限の見積もりでも総人口の数%が死ぬ程度で、おそらくはスペイン風邪(総人口の1%)が現実的な目安になる。

ひとつのご意見として理解しますが、少なくとも「総人口」を基準に置く書き方はフェアではないかと思います

リスクの高い場所都心など)に住む人々の何%が死ぬか、というファクター重要ではないでしょうか。


ひとつ思考実験として、より極端なケースを考えてみればはっきりするかと思います

例えば、コロナとは別にある特殊ウイルス流行したとしましょう。

このウイルス日本国民ほとんどは免疫がありますが、

特定区域に住む260万人の人々だけは免疫を持たず、感染した場合確率50%死ぬします。

また、何も対策を打たない場合、この区域の人々に徐々にウイルス感染していき、やがて全員に感染するとします。


この場合、亡くなるのは日本人口1億3000万人の1%程度です。

しかしながら、これを放置するのは、「日本中の1%が(ランダムに)死ぬウイルス放置する」というのと比べ、倫理的に大きく問題があると考えます

それは、「放置する」という決定は国民全員(の代表たる国会)でしても、そのリスクを負うのは一部の人々だけであり、また当該の区域に住む人が死ぬまでに感じる恐怖といった面も無視できないからです。

さらには、生き残った50%の人たちについても、家族を含む当該地域人間関係複数失うことが想定され、

その人たちのQOLに大きく悪い影響を与えてしまうというようなこともいえます

大雑把に言うと、「人間関係の5割を失う悲しみを味わうひとが130万人いる」というのは「人間関係1%を失う悲しみを味わう人が1億数千万人いる」より望ましくない状態だということです(筆者の考えでは)。


以上のようなことから、私は、「日本中の1%が(ランダムに)死ぬケースなら経済を止める必要がないかもしれない」「しかし、今回のケースでは経済を止めるに値する」と考えます

その上で、deztecjpさんが「いや、今回のケースでも命の値段はそこまで高くない」と考えるのであれば、私に説得することはできません。

(実際のところ、自動車事故自然死も「完全に平等な死」ではない以上、どこまでいっても価値観問題ではあるかもしれません)

それでも、「命の値段はリスクの不平等さによっても変化しうる」という点については、同意していただけないかと考えるのですが、いかがでしょうか。


なお、私個人としては、コロナとの戦いを諦めた場合、死亡リスクが高い地域においてパニックが起きると考えており、その意味でも首都圏大阪は少なくとも緊急事態宣言を行うべきだと考えています

(以下、いくつか私が同意している意見引用します。ツイート文脈については引用しきれていないので、すみませんクリックでご確認ください)

最後のtakeda25氏の意見ちょっと本題と逸れますが、「冷血」などの価値判断はともかく、「結局のところコロナ対策を行うことになる以上、対策を行うのは早いほうがよい」というのには理があると思い、紹介させて頂きました。

実際、下記のニュースのような状態になったら、封じ込めに転換しないというのは不可能だと考えます。(deztecjpさんの書く "負けが明白になっても食い下がるのは、なしにしてほしい。" というのはこのような状態を想定しているのでしょうか? 私は、仮に経済をある程度重んじるとしても、下記のような状態を避けようとする対処は最低限必要不可欠と考えます


ともかく、「経済リスクについて考える」という意味でも、

上記のような「完全に崩壊した」地域経済リスクについて考慮する必要があると考えます

その点、deztecjp さんの「総人口の数%が死ぬ程度」というような書き方はそのようなリスクを見えなくするものであって、ミスリーディングさを孕むように私には感じられました。

(4/4 追記)

※一瞬「4/3追記」として下書き内容を誤って公開していました。ごめんなさい。

沖縄タイムス記者

日額4100円のフリーランス休業助成は、風俗営業関係者排除している。

そこに生身の人間がいるという事実に向き合わない差別

ヤクザ破防法関係者も除外。

安倍首相は「国民一人一人の協力」を求めたのではなかったか

今は、善悪価値判断を持ち出す時ではない。一律だ。

2020-04-02

自分死ぬ前提だからこそ、経済停止には反対だ」への反論

こんにちは

記事は以下の記事への(部分的な)反論です。


※前提として、筆者は首都圏大阪だけでも早急に経済停止を含む処置(少なくとも緊急事態宣言)をとるべきだと考えています

これについては、文章最後に私以外の人の意見もいくつか紹介していますので、反論自体に興味がない人も読んでいただけると嬉しいです。


なお、増田における個人への言及規約違反になりうる、という話については承知していますが、

上記記事の著者であるdeztecjp氏自身がそれについて 「穏当な批判まで第三者が不当視することではない」というスタンスをとられていることと、

今回の内容がなるべく多くの人の目に触れてほしいということを鑑み、増田という形を選ばせていただきました。

もし、deztecjp氏自身から削除依頼があれば、対応いたします。


さて、私がdeztecjp氏の記事について引っかかったのは、主に以下のような箇所です。

新型コロナだけ、必死対応しようとする人々は、他のほとんど全ての危険について、忘れているのではないか。だからこそ、一点集中で全リソースを投入することを望むのではないだろうか。

最大限の見積もりでも総人口の数%が死ぬ程度で、おそらくはスペイン風邪(総人口の1%)が現実的な目安になる。

ひとつのご意見として理解しますが、少なくとも「総人口」を基準に置く書き方はフェアではないかと思います

リスクの高い場所都心など)に住む人々の何%が死ぬか、というファクター重要ではないでしょうか。


ひとつ思考実験として、より極端なケースを考えてみればはっきりするかと思います

例えば、コロナとは別にある特殊ウイルス流行したとしましょう。

このウイルス日本国民ほとんどは免疫がありますが、

特定区域に住む260万人の人々だけは免疫を持たず、感染した場合確率50%死ぬします。

また、何も対策を打たない場合、この区域の人々に徐々にウイルス感染していき、やがて全員に感染するとします。


この場合、亡くなるのは日本人口1億3000万人の1%程度です。

しかしながら、これを放置するのは、「日本中の1%が(ランダムに)死ぬウイルス放置する」というのと比べ、倫理的に大きく問題があると考えます

それは、「放置する」という決定は国民全員(の代表たる国会)でしても、そのリスクを負うのは一部の人々だけであり、また当該の区域に住む人が死ぬまでに感じる恐怖といった面も無視できないからです。

さらには、生き残った50%の人たちについても、家族を含む当該地域人間関係複数失うことが想定され、

その人たちのQOLに大きく悪い影響を与えてしまうというようなこともいえます

大雑把に言うと、「人間関係の5割を失う悲しみを味わうひとが130万人いる」というのは「人間関係1%を失う悲しみを味わう人が1億数千万人いる」より望ましくない状態だということです(筆者の考えでは)。


以上のようなことから、私は、「日本中の1%が(ランダムに)死ぬケースなら経済を止める必要がないかもしれない」「しかし、今回のケースでは経済を止めるに値する」と考えます

その上で、deztecjpさんが「いや、今回のケースでも命の値段はそこまで高くない」と考えるのであれば、私に説得することはできません。

(実際のところ、自動車事故自然死も「完全に平等な死」ではない以上、どこまでいっても価値観問題ではあるかもしれません)

それでも、「命の値段はリスクの不平等さによっても変化しうる」という点については、同意していただけないかと考えるのですが、いかがでしょうか。


なお、私個人としては、コロナとの戦いを諦めた場合、死亡リスクが高い地域においてパニックが起きると考えており、その意味でも首都圏大阪は少なくとも緊急事態宣言を行うべきだと考えています

(以下、いくつか私が同意している意見引用します。ツイート文脈については引用しきれていないので、すみませんクリックでご確認ください)

最後のtakeda25氏の意見ちょっと本題と逸れますが、「冷血」などの価値判断はともかく、「結局のところコロナ対策を行うことになる以上、対策を行うのは早いほうがよい」というのには理があると思い、紹介させて頂きました。

実際、下記のニュースのような状態になったら、封じ込めに転換しないというのは不可能だと考えます。(deztecjpさんの書く "負けが明白になっても食い下がるのは、なしにしてほしい。" というのはこのような状態を想定しているのでしょうか? 私は、仮に経済をある程度重んじるとしても、下記のような状態を避けようとする対処は最低限必要不可欠と考えます


ともかく、「経済リスクについて考える」という意味でも、

上記のような「完全に崩壊した」地域経済リスクについて考慮する必要があると考えます

その点、deztecjpさんの「総人口の数%が死ぬ程度」というような書き方はそのようなリスクを見えなくするものであって、ミスリーディングさを孕むように私には感じられました。

2020-03-24

やはり孤独であるべき職業だな

 どの職にも特有ストレスというものはあるだろうけど、小説家もつらいものがある。

 それは仲間作家存在だ。作品と著者人格は切り離すべきだとは思いつつも、ああまでつまらない小説で人から金を取ろうとする神経を疑ってしまう。

 そしてつまらない小説面白かったですよ~とか言うのは耐えられないのだ。いやずっと耐えてはきたけど、そろそろHPがなくなりそうなのだ

 せっかくの増田だしストレートに思ってることを書いてストレスを発散しよう。

 おい!!!!!!!!!

 カスみたいな中身のない小説で金を稼ごうとするな!!!!!!!!!

 もっと内容に技巧を凝らして価値のある本を作って読者を感動させろタコ!!!!!!!!!

 少なくとも人の感情くらいウソをつかずに正直に書けよ!!!お前らの小説キャラクターうそばっかなんだよ!!!!!!!!!!!

 書いた。海に向かって叫んだわけではないのでまったく気分は晴れないけど、それはともかく。

 無論シビア業界であり、話の質よりもパッケージを含めたマーケティングに精を出す方が職業作家としては大事だということはわかりつつも、どうしてもそういう風に思ってしまうわけである。人柄だけ取ったときは本当にいい友達なのでなおさらつらい。

 最適解は知り合いの小説そもそも読まないようにすることだと思う。これが精神衛生上一番よさそうだ。でも向こうが読んでくれているとき申し訳ない気持ちになるし、今まで読んでいたのに急に読まなくなったら変に思われるだろう。

 もしくは自分が本当に好きだと思える小説を書く人にだけ会うようにするか。いやそれは無理だ。そもそもこの年になって新しく読んで面白いと思える小説なんて百冊に一冊あるかないかだ

 中にはかなり割り切れている人もいて「読みマシタ面白かったデス」とbotのように答える作家もいる。それがいかに内容の薄い感想であったとしても、受け取る側もなんとなく察しているか特に踏み込んできたりはしない。これは大人のマナーみたいなものだろう。そもそも人に読んでもらえるだけありがたいというのは変わらないので、読んでもらった上にさら面白いという感想まで求めようとするプロは少ない。というか少なくとも私は見たことがない。

 いい年こいて知り合い以上のトモダチを作ろうとしている自分が悪いのだろうかと思うときもある。割り切った付き合い方ができる人は「知り合い」を作るのがうまくて、本音で話す相手奥さんとか旧来の友達とか編集相手に限るんだろう。非常にオトナ的だし賢いといえる。そういう人は作家間のコミュニティもうまくいくし色々な場所に呼ばれて人脈が広がり、仕事が増えてよりマーケティングもしやすくなるのかもしれない。とするとやらないほうがアホだな。私はきっとアホなんだ。そして不器用なんだ。でもこういうことでうじうじ悩むような人間性から作家になったんじゃないかとも思う。

 やはり作家友達など作らない方がいいのか。

 一流作家桜庭一樹さんは、新人作家に対するアドバイスとして「群れるな」と言っていた。きっと色々なニュアンスを含んだ言葉ではあるんだろうけど、この場合でも当てはまるに違いない。

 いい小説はいいと思い、わるい小説はわるいと感じる。そうしてはっきりと色分けをしないことには、自分の書いたものがいいかいかもわからなくなってしまう。

 作家にありがちだが、私は言霊存在を信じている。言っていることはいずれ現実になってしまうという恐ろしいシステムを。

 私がたとえウソもつまらない小説面白いと言いたくないのは、それを口にしてしまったら、いつか遠い未来自分不安になるとわかっているからだろう。いずれ思い返したときに、あれを面白いと口にした場面が蘇ってしまい、きっと自信が持てなくなるに違いない。価値判断とは難しいものだ。

 人付き合いに辟易して会社をやめたときも同じようなことを考えていたな。正直でいなければならないというのもコミュ障の持つ欠陥のひとつだ。

 結論は出ないが決めた。

 少なくとも、今後新しく会う作家小説は読まないようにしよう。

 既に知り合いの作家新刊は? どちらかというとこっちの方が問題だけど。

 読む時間がないと言い訳できるほど忙しい人間じゃないことは周知の事実だ。

 本当に友達だったら、あるいはこういった本心を話しても大丈夫なのかもしれない。でもやっぱりそんな域ではないのだろうな。

 うーん、困ったよなぁ。

 読んで正直に今回は微妙でしたって告げる方がいいのかな。少なくとも私だったら正直な感想をもらえた方がずっと嬉しいな。

 そうするか?

 そうしてみよう。それで亀裂が走るくらいならそもそもそんな関係はいらないと素直に思えるしね。

2020-03-18

価値観の"アップデート"

なにがアップデートじゃ、その自分価値観の方が「上」って発想は貴様らが一番嫌ってるものなんじゃないのか!!と噴き上がりそうになったが、良く考えてみるとアップデートって単語別に傲慢じゃないかもしれん

OSアップデートしたら使い勝手が悪くなった、みたいな話はよく聞くしな

アップデートしないと世の中についていけなくなる(バージョン互換を切られる)ということだけが事実で、そこにどちらが優れているって価値判断はない?

じっさいそっちの方が便利だからって昔のosを使い続けてる人もいるしな アップデート=善って発想が間違いか

価値観アップデート」はただ価値観を変化させることを指したニュートラル用語別にそれによって良くなるっていう含意はない そう解釈することにしよう

2020-03-15

anond:20200315084310

そもそも論破集団にないやつには、勝ち負けという価値判断じゃない判断うごいているときに、そうやって、勝てると思ったからといわれると、げんなりする。勝ち負けしかないんだなって。

かかわってごめんねっておもう。もらったしごとだけで、ぬくぬくしていればよかった。もらったしごとにはやくもどりたかった。

2020-03-04

anond:20200304165235

俺はそのブクマカでもおぎの稔でもないから何の価値判断もする権利ありませんけど?

感想名誉毀損か謎だし、ブコメもなるほどねとしか思いませんね

2020-02-23

政治的リベラリスト政権(自民党)批判自由けが表現の自由範疇で、咎められたら申し訳程度に他の表現も追認するってスタンス』というのは、表現の自由範疇とかの問題ではなく、表現の自由の中でも政権批判自由が一番守られにくいとか、自由が狭いと価値判断しているという話

フェミニストに至っては自分幸福追求権が他人人権侵しても問題ないとすら思ってる』というのは、フェミニストが、他人特定人権が己の幸福追求権という人権を侵しているのが問題だと考えているという話

そういう優先順位というか、卵が先かにわとりが先かみたいな、見え方の問題を気づけなくなってる人が多すぎるのでは。

2020-02-13

anond:20200213113756

よくわからんけど、価値判断は兎も角としてそういう層も現実として存在することを踏まえたほうが現実には役に立つのではってことなんでは

もともとマネジメント側の人の視点の話だし・・・

2020-02-07

anond:20200207121934

裁判官自体ダークサイドでもライトサイドでもなくグレーサイドの服装着てるのに

「善良な(ライトサイドな)価値判断」ってそもそも出来んのかね。

2020-02-05

anond:20200205105213

例のヒーローマルタミア事件を顧みるに、愚痴は無くても「燃える」ことを価値判断基準にして投書している向きは確実にあると思うがな…

数年前は小町とか、増田の主戦場だったじゃん。

2020-01-20

anond:20200120101017

そもそも日本自体に「ルール価値判断はよそが決めてよそから与えられるもの」という認識しかねえわけじゃん

というか日本が自らルール策定したり、これが素晴らしいのだと決めて、周りがそれに従うという図が正直全く想像できない

それをやろうとしてろくな目に遭わなかったというのが太平洋戦争だしな

良いものを良いという感覚はあっても、それを他人に押しつけるような権力がないだけの話

日本若者政治への参加意識が低いというやつ

研究でも国際開発でも音楽でも映画でも凄い人は現れるのは諸外国と同じなのに、なぜか広まらない。

聴衆に良いものを良いと見れる教養エッセイ力が足りないのだ。

まり社会をより良くするために、良い活動をしている人を「賞賛する」という行為が、注意啓発するような情報発信するという行為根付いてない。自分の周りで優秀な人がいたら無名時代応援しておく、という行為に慣れてない人が多い。自分価値判断に自信がない、または、他人が褒めたものでないと安心できないから。

よって、筋の良い政治判断を出来そうな人をよく見ることが出来ず、諦める人が多い結果、政治への参加意識も低くなる。自分のことでも精一杯だし。悪循環

パリピの嫌いなところはそういうとこ。身内以外の頑張ってる人に関心がない。

あれ、なんの話だっけ。選挙機能してないのは老人票の支配率が高いから、若者投票はムダって話だっけ…

2020-01-11

anond:20200111155016

増田トラバときでいちいちそんなことの価値判断真面目にやってないんだけど・・

なんか想定より高尚に考えてる人も居るってことなんかな・・

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