「青写真」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 青写真とは

2021-01-22

anond:20210122163259

これもCDBもおおむね「話はお話にならない」という軸は一致してると思うんだよ。

思うんだけど、すごい腑に落ちないのが絵に対する評価の高さ。

いや、「仕事ならちゃんとやって当たり前だろ」とは思う。思うんだけどさぁ。

「こんなクソみたいな話を展開する道具としてのアニメーション」として使われることが分かってて、それでも自分仕事ガッツリやれるって言うのはどうやって士気を維持してるのかな、って。

プペルに限った話ではないんだが、物語構成する要素間の落差は気になってる。自分担当してる要素だけを突き詰めるにせよ、だいたいの青写真は共有してるもんだと思うのだが、その時点で「うわぁ」ってなるような場合でもきちんと自分仕事をこなせるというのはすごいけど、どうしてやり遂げられてしまうのかよくわからないという気もする。

引き受けた以上はベストを尽くす、というのは当然なのかもしれない。下手なものを出して次の仕事に支障が出て困るのは自分たちというのも分かる。

それでも、どこかで心が折れてしまう瞬間とかなかったのかな。

どうやったらクソみたいな仕事だと分かっていても最後までベストを尽くせるのか。そこが俺にはわからないので悔しい。

2020-12-28

村田ワンパンマンの展開が心底気に入らねえ


 村田パンマンについてはずっと前から気に食わなかったけど、今回最新話でのタツマキとブラストの邂逅のシーンで完全にキレたわ


 まずこのブラストの登場シーンが背景ホワイトになってるのが気に食わねえ。ここは、村田意図的原作との方向性を変えた部分だと思う。

 原作においてブラスト趣味ヒーローとしての役割を貫徹する一種の異常者として描かれており、一種ダークヒーローとしての役割を持っている。一方で村田パンマンにおいて、ブラストヒーロー化身として全てを救済する完全な理想図、言わばヒーロー青写真として描かれているのだけれど、はっきり言えばこれは村田解釈の逸脱である上に、「とりあえず原作とは方針逆にして攻めてみました」くらいの浅い作品理解が見え見えになってて辛い

 まず原作ワンパンマン106話におけるブラストセリフ「いざという時に誰かが助けに来てくれると思ってはならない」を、村田は、「強者の心得として」という(余計な)一言を付けてダウングレードした解釈を行っている。

 ちがう。全然違う。

 第一に、原作ワンパンマンにおいてブラスト純粋に異常者なのである主人公サイタマがそうであるように、ブラストは一介の人間趣味ヒーロー活動をしているに過ぎず、その精神根本には「趣味楽しいからやってる」という以上の信念が存在していないことは、原作最新話に至るまでのサイタマ発言を見れば一目瞭然である。そして、ポイントはサイタマにせよブラストにせよ、自身一種の異常者であることを自覚しているところだ。そう、普通人間ヒーローに憧れて自分を血反吐ぶちまけるまでに鍛え上げて怪人とタイマンで戦ったりしないのである。誰かを助けるためにスタコラ駆けつけたりしないのである。じゃあ何でそんなことをするのか、ヒーローとしての義務感があるのか? 誰かを助けなければならないという強迫的な使命感に促されているのか? 違う。「趣味」なのである

 そんなあやふや精神条件において何年ものヒーロー活動を行い続けることができているブラストとサイタマ根本的に異常者なのであり、また、サイタマ自身が述べているように、そのような常軌を逸した行動の反動として、そもそもサイタマ自分自身空虚さを日々感じているのだ。強くなりすぎてしまった、と。


 その辺の解釈が全く村田パンマンに通っていないことに俺は以前からかなりの怒りを抱いていた。勿論、村田イラストレーターとしての技術画力業界随一のものであることは確かなのだけれど、彼はそもそもジャンプ編集部から何故自身原作作画双方を担当する漫画を任せてもらえなかったのかを根本的に理解していない気がする。そう、作品理解構成根本的に浅いのだ!

 多分村田雄介という漫画家は努力と才能の二本の柱によって自己ブラッシュアップしてきた人間から、ある種の才能の無い人間葛藤とかそういうもの無理解なんだろうなと思う。ある種の人間の心の動きとか細かい心の機微といったもの無知なんだろうなと思わざるを得ない。才能がある人間特有浅薄さが彼のアイディアからは漂ってしまう。彼にはそういう意味編集から仕事を受け渡しづらかったんではないかと思う。ハァーーーーーーーーーー。

 とりあえず一番最初違和感を抱いたのは「海人族編」である。同編のクライマックス自分の腕の中に倒れ込んだ無免ライダーに対して、サイタマがポツリと言うシーン。

「よくやった ナイスファイト

 村田版と原作ONE版においてそのシーンの描き方の差は顕著である


 村田版:サイタマ笑顔で無免ライダーを受け止める。まるで部活コーチ選手を褒めるかのように。

 ONE版:サイタマは無表情に無免ライダーを受け止める。感情の動きは伺えない。


 この時点で二人の作品理解の深度が全く異なっていることは明らかであるONE原作なのだから当然なんだけど)、そう、先に述べた通りサイタマ日常空虚を抱えているのでそもそも根本的には無免ライダーの奮闘に感動していないのである。それは、同編ラストシーンにおける「つまんねえな、今回は期待したんだけど」というセリフからも明らかである

 村田に対して言いたいのは、何でそんな感情豊かやねん、という話である。勿論、これと同趣旨ツッコミは散々浴びせられてるだろうから村田にとってはこういう意見は今更なんだろうけれど。でも、それにしても作品解釈が雑すぎんかね? という話なんです。

 他にも、同場面において、背後から一撃を加えたにも関わらず何らダメージを受けたようには見えないサイタマに対して、海人王が沈黙の後に名乗りを上げるシーン。ここも明らかに原作意図を掴み切れていない浅薄描写となっている。本編において海人王はサイタマ生物としてのポテンシャルの高さを如実に感じ取っており、やや苦戦したジェノスと比較してさえなお「今までのゴミとは明らかに違う」と述べている。このことからして、海人王はこの時点で自身の敗北を些か覚悟していた可能性が高い。その上で、これまでどのヒーローと相対した時にも発さなかった「名乗り」を上げるのである

 つまりこの名乗りは、自身の敗北の予感を覚えつつも、目の前の強者推定)に対して敬意を表した「名乗り」だと言えるのだ。自分と同等かそれ以上の生命体を目の前にして、戦闘を開始する前に礼儀を尽くそうとしたのである敵役ながら天晴な心理描写に俺は感動してしまっていた。でも、当然ながら村田パンマンにおいてはそのような感情機微が捉えられている様子はない。ガッカリ


 そういった村田パンマン原作との齟齬は全体的にはそれほど多くないものの、時折というペースで伺えてしまうのである

 例えば地獄のフブキとサイタマ最初に邂逅するシーン。フブキは戦闘においてナイフを取り出しサイタマに切り掛かる。その目尻には涙が浮かんでいる。

 この涙は、フブキのナイーヴさの表現であることは明らかなのだけれど、その解釈ONE村田では幾分異なっているように見える。


村田版:子供自分の願いを聞き届けられなかったかのような悔しさを滲ませた涙

ONE版:目の前の相手に対する恐怖、そしてナイフという直接相手を傷つける武器によって相手殺傷することへのストレスを含んだ涙


 やはりこの描写からも二人の作品に対する深度の違いが現れているようでならない。村田普段仕事はきちんとしてるんだけれど、こういう見せ場みたいなシーンでしょうもない解釈ドヤ顔ブツけてくるからホント辛い。上記の通り、フブキはナイーヴであるため根本的に他者を傷つけることにストレスを感じていることが前後の流れから読み取れる。更には、相手武器で傷つけてまで自分地位を守ろうとすることへの葛藤さえもその表情から伺える。一方で村田……ヘイ村田

 上記の通りフブキの涙についての解釈が、その表情に関する解釈が、村田パンマンには希薄であるように思われるのだ。

 というわけで作品解釈がところどころ浅いっつーか、キャラクター人格根本の部分について村田は読み違えているように思えてならないのだ。いやまあ大体は大丈夫なんだけど、原作ファンとしては「ここが見せ場!」ってなってる場面でやらかすのが村田って感じなんだよな。例えば無免ライダーナイーヴファンボーイ的なキャラクターとして描写してるきらいが村田にはあるけれど、無免ライダーヒーローに対して明るい観念ばかりを持ってるファンボーイじゃなくて、ヒーローとしての自分への失望とか周囲の人間自分に向ける視線への恐怖(タンクトップタイガー発言「C級1位の座寄越せ!」などに代表される)と日頃戦っているキャラクターの筈なのだ。つまり根本的に暗くて弱い人間の筈なのだ。それでも、信念に従って倒されても立ち上がって戦い続けているから彼は魅力的なのだ

 なのに村田ときたら無免ライダーのことを「スパイダーマンに憧れたのでとりあえずスパイダーマンコスプレしてみた」的なファンボーイとして描いている。ハァー、バカチンが。


 まあ勿論繰り返すように全体は丁寧で、仮に褒めるとすればボロス編とかは全面的に良かったと思うんだけど。でもところどころやらかしてんだよなあ村田は。

 長くなったけど今回の最新話での蛇足描写もそうで、「強者の心得として」っていうセリフはいらなかったの。

 これは俺の作品解釈なのでONE想像と合ってるかどうか分からないけれど……、恐らく「いざという時に誰かが助けてくれると思ってはならない」というセリフは、根本的にブラストの優しさと厳しさの混じったセリフっていうところは当然村田解釈しているのと同じなんだけど、根本的にそこには齟齬があるようでならない。

 つまりあのセリフは「人を助けるってことは普通人間にはできない」という意味が籠もってると思うんだよな。

 だから普通人間にはできないことを期待しちゃいけない、って意味なんだと思う。そしてここで述べた解釈もまた表面的な解釈に過ぎず、裏を返してみればブラストが言いたかったのは次のことだろう。

「人を助ける人間は異常者だ」

 ってこと。

 繰り返すように、ブラスト趣味ヒーロー活動をしている自分の異常性について幾分自覚である。「普段は働いていて、これは趣味なんだけどね」と原作において付け足している部分からも明らかであるように、「自分はこんな異常者じみた活動をしてるけど、普段普通社会人なんだ」という、既に解消され消化されたであろう葛藤の、単なる痕跡としての「後ろめたさ」を匂わせているのである。そう、ヒーロー活動なんて本来は異常者の行うことなである。サイタマしかガロしかり、本当にヒーロー活動に真面目に取り組んでいる連中なんて皆まとめて異常者なのだ

 そしてブラスト自己意識においてもソフィスティケートされているので自身の異常性を認識している。彼はこう言う。「(自分ちょっとおかしいか趣味の一環で君を助けたりはするけれど、そうじゃない普通の人が君を助けることなんてまずないのだから、)いざという時に誰かが助けてくれると思ってはいけない」と。そしてここには更に裏の意図が込められていて、つまり「誰かを助けるなんてことを考えるのは、誰かに助けてもらいたいという弱者の望みを叶えようとするのは、根本的には異常者の仕事だ。君が、そういう弱者の望みを叶えたり、あるいは、『誰も助けになんて来てくれないのが普通の世の中』に対して忸怩たる感情を抱いているなら、君自身が異常者になって、つまりはただ助けを待ち望むだけで誰かを助けることのない普通人間から抜け出して、誰かを助ける側に回るしかないんだよ」と。


 ブラストはそういうヒーローなのだ。異常者としての、しかしサイタマガロウと同じく善なる傾向を持つと同時に、冷徹感情をも持ち合わせるダークヒーローであるのだ。その辺のしっかりとした解釈を、村田自分仕事に持ち込んでもらいたい。以上一読者から意見でした。

2020-10-15

ゆーて無能な奴に下手な指示や制約つけられる方が迷惑じゃね?

実力で黙らせてやるから金と賞賛だけ渡してこいや無能な豚が、ってならね?

無能な癖にワーワーいっちょ前に指示出そうとする奴に出会うと。

お前の脳内にあるさいきょーの青写真なんざなぞらされたらこっちの筆が腐っちまうわってならね?

2020-09-18

anond:20200918193539

行革が錦の御旗になる時代はとっくに終わった、というだけだよ。党派性問題にしたいようだが、仮に野党が同じようなことを言っていようが、筋が悪いという意見は変わらないな。

今の日本会社に例えれば、過去には金づるとなる事業を抱えて好調だったが、今や競合も多く、おまけに未曾有の大災害市場も冷え込んでいて大ピンチという状況。

この状況でするべきことは、普通ビジョンの練り直しと新規事業開拓だろう。ところが、危機最中登板した新社長は「既存事業の徹底した経費節減によりV字回復を図ります!」とドヤ顔で宣う。まぁ、俺だったら即座に株を売っ払うね。別に「欲しがりません、勝つまでは」をもう一回やりたいなら止めないが、まぁ、悲惨なことになるだろうな。

その意味では、デジタル庁には若干の期待を抱いていなくもない。例えば、もし、平井さんが自分ミッションを「紙の業務デジタルに置き換えること」だと思っているなら、まぁ、無残に失敗するだろう。

本当に必要なのは、「デジタルを前提に業務のものを見直すこと」だ。そんなこと、当事者にしてみればやりたくないことの筆頭だし、業務根拠となる法律だって山ほど変えなければいけないだろう。つまり、上は大臣から下は現場まで、行政組織のあらゆる構成員からデジタル化に向けた協力を真に得る必要があって、そのためには「日本行政はこうあるべきだ」という青写真ビジョン必須だ。これが、「○○の申請書がエクセル方眼紙なのを改善しました!」みたいな話の対極にあるのは分かるだろう。

というわけで、これは非常に困難な道のりなのだが、どうも「庁」の職掌で達成できるとかいう甘い見通しを抱いているように見えるし、たぶん菅さんもこれを最後までやり通す覚悟はできてない。だからデジタル庁は十中八九で単なる「電通庁」になるだろう。ただ、もしも、これでまともなビジョンを打ち出してやり遂げるところまで行ったら、それは素晴らしいことだと思う。

2020-09-10

やりたいことを仕事にしたいと思っているおまえはマイノリティ

初めて「就活」のためのインターンに参加した。グループ短期間で新規事業を考えて社内のお偉いさんに提案するというもの

採用に直結すると明記はされておらず、先輩に誘われたので「面白そうだな」というくらいの気持ちで参加した その結果、就活をすることに全くもって自信がなくなってしまった 

しっかり「なんで就活ってするんだろう」という あるある状態になってしまった ここで私は戦えない、と思った

その理由は主に議論中の様子にある 就活テクニックを見せつけられた、といった感じだった

「まずは仮説を立てましょうか」と数少ない情報から芯をついていないような仮説を立てて根拠となる情報を上げていく、そして気づいたらなんだかそれっぽい大枠の事業案(?)ができていた

ビジネスが専門でもないのでそこは不勉強なのだが、なんだか話は進んでいって気づいたら発表になっていた それっぽい発表になっていた 

その議論空中戦のようで全く本質に迫るものではなかった、と私は感じていたのだけどそのことを声に出せずにいちにちが終わったのでただの戯言であるがここでは無責任に思ったことを書く

ビジネスにおける本質が何かわからないけど、私は誰が幸せになって欲しいかをまずイメージすることが最優先だと考えていたので 制度政策ばかりをつめても誰のためのものでもなくなってしまうななどと思っていた 目の前に当事者がいるのに全然寄り添えていなくて頭の中だけで考えているような、あぁエリートはこうやって頭でっかちから と言われそうな議論だった(実際全員皆有名大学の所属だった)

全くこの議論に入り込めず端っこで議事録ばかりをとっていた私はなんだったのだろう、呼んでもらったのに申し訳ないなと思いつつなんでこんなにも感情が動かないのだろうと考えていた

まだ言語化できていないが以下に書いて見たい

一つ目は、わかりやすく使う言葉が違う みんなカタカナが大好きだ よく言われていることだからまた書きたくないけど、とにかく日本語存在している言葉カタカナで言いたがる、

サムシングニューを作りましょうか、これだとシナジーありそうですね、あ〜それはブラインドポイントですね、ファーストペンギンになりましょう!、おれルーティーンワーク苦手なんで笑、それMECEですか?、これジャストアイデアなんですけど」

新しいものって言え

盲点って言え

今思いついたって言え

お願いだから、、、と思いながらお腹が痛くなって一時間に一回はトイレに駆け込んでいた これは完全なアレルギーだ 自分言葉で語ってくれよと思った 対象から距離を取るようなその言葉いから、対象への愛が全く 本当に全くもって私は感じられなかった 

とにかくそれっぽく、とにかく新しいこと、企業にウケそうな言葉の羅列 何にも惹かれなかった

使っている言葉だけではない、話している内容も企業ありきで本当にしんどかった で、お前は何がしたいの?と何百回も聴きたくなった 本当にお前はこれが好きなの?お前じゃなくて企業が好きなんじゃない?と (思えば就活はその企業にどれだけ気に入られるかなのだからこうなってあたりまえなんだけど)

二つ目就活グルワ(?)でのスキルを使いたがる 一番笑ってしまったのは、休憩後に話し合い再開しようとしたときに「今の感情言葉にして切り替えましょうか」だ もうこれは もう本当に 腹が爆発しそうになった

多分チェックインをやろうとしたんだろうけど、今 自然に始まろうとしてるんだからいいでしょ そのままやらせてくれや 全肯定雰囲気が流れていたグループだったがこれは流石にみんなスルーしていた

三つ目、「それいいですね」でどんどん話が進んでいく 全くそれはどうなの?という発言がない 議論ではない 馴れ合いに近い (何回も言うがここで全く私は発言していないので言えることではないが、「いいですね」で案ができていく 批判的に刺せる人がいない だから議論が深まっていく感覚がない ずっと横に移動しているような感じだ 私のモヤモヤ中途半端共感ワード、「それいいすね」で片付けられそうで嫌だったので言わなかった

四つ目、常に上から目線だ 多分これは彼らに自覚はない お前は、一体企業に対して、地域に対してなんなんだと思った そもそも部外者で受け入れてもらっている側なのにその態度はなんだ?と。「ここはポテンシャルがありますよね〜うまく使いたいっすよね」と言う言い方で疑いが確信に変わった ここはお前の所有物ではない ゲームしてるわけではないんだぞ たくさんの人たちの気持ち歴史がここにはあるんだぞ、その想像力ないの?ともうまたここで胃がギュルギュル言い始めた。 最低限のリスペクトがない人間と一緒にやっていく自信がない 私もとても恵まれた家庭に育って大学だって通わせてもらっているから君とは同じなのだけど、どんな肩書きの人とも対等で対話がしたいと思うけどそこのところどうなの? まずは一対一の関係性を作ることからじゃないのかな 泥臭くやっている人をたくさん知っているからこそ、無責任青写真を描ける君たちの気持ちがわからないです

議論のあとの雑談でも納得できないことばかりでカルチャーショックを受けた

「おれ、就職するために大学入ったから」

参加者の一人が言った もうこれには本当に絶句した 

マジか 本当に言ってんの? 教育機関ってなんなの?就職予備校

私の大学では起業する人もいれば就職する人もいるし、院進だっている 進路の話をするときは「就活するの?」から会話が始まる それってとても良いことだと思う、それぞれの選択肢尊重している姿勢が見られるから

私は、勉学という生きる術を獲得するために大学に入った おかげで授業は楽しいし、学び合える仲間がいるのが最高だ そこに就職するか否かはあまり影響していない ここに就職したいか勉強する、ではなくどんな人でありたいかを考えながら学んでいる その過程就職という選択肢がある、という認識

でも、彼は、就職をゴールに据えてそれまでのための大学、と言った しかも後ろめたさもなくはっきりと澄んだ顔で言っていた だから本心なのだと思う 心底驚愕したが拒絶はしない 本当に違う考え方なんだと理解した

ある子は現在就活必死にしていて内定を獲得するために志望業界に強いゼミに入り、選考ありのインターン に奔走していた。サマーインターンだけで8社受けるらしい「就活することに疑問を感じたことある?」と聞いたら、「ない」と言われた そりゃそうだよな。就職するためにゼミ選んでるんだもん

一方私は「みんなもやってるからできるでしょ」という浅いモチベーションをもとにサマーインターンに応募し、何件が受かったがなんでやっているのかわからなくなり当日になってメンタルが爆発して吐き気を催し(他にも要因があったが)欠席した こんなんで就職できるのだろうか 

一連の話を大学の先輩に話したら、「そもそもこちら側の人間マイノリティであることを自覚しないといけない」と言われた。そうか、私はマイノリティなのか とわかるようなわからないような気持ちになった ついでに「みんなやりたいことドリブン、社会課題解決したいとかの気持ちでは生きていない そんなのごく少数 でも大きいことをやらないといけないときマジョリティにも声かけなきゃできないか理解しようとすることは大事」と言われた わかってはいたが、あまりにも今の環境では「やりたいことドリブン」の人が多くて感覚が鈍っていた 咀嚼し切れていないがこれが現実なのだろう

安宅さんのブログ精神安定剤だ 彼らはきっと回す側だ スキルがある ただ、私は創る側になりたい 私なりに生き抜く術を探していきたい

https://kaz-ataka.hatenablog.com/entry/2020/09/07/200050

そんなこんなで議事録だけを褒められて終了した私史上初の就活 

大学三年生秋 どうすれば良いかからない

2020-08-26

anond:20200826115829

という青写真を示して議論スルことに価値がある。

この分類でいえばスパチャは場の一体感を味わう、体験価値だと俺は分析する。

ホンマネット民は一体感に騙されやす低能ばっかやでwww

2020-07-19

anond:20200718221539

現状政治家スペシャリティを求めるのは難しい

台湾IT大臣が以前話題になったが、あれは人材的に特殊からどこでもそうできるとはならん (日本が論外なのは否定できない)

現実解としては仕様策定より前の政治家青写真段階で技術的助言が行われることだ

実際コロナ対策ではそうなっていたし、一定の効果は上がっていただろう

2020-02-19

anond:20200219234943

だったらこれまでの(不完全な)隔離はなんで(どういう法的根拠で)やれたんだ?

俺は実務者じゃないか青写真出せと言われても困るが、速攻で指定伝染病にして辻褄合わすなり金で釣るなりやれることやってほしいと思うよ

2019-10-10

青写真を描いて人を先導又は煽動する人が何より嫌いなのに、そんな存在を多くの人は求めていて給料が高いという

辛い

2018-11-15

バカバカしいと思って聞き流してもらってもいいけど

安倍ちゃんプーチン大統領首脳会談で、北方領土返還問題が挙がっているみたいだけどさ。

まあ予想の通り、両者の前提条件や目指すべき青写真の段階で食い違っていて、話が進んでいない。

1956年の日ソ共同宣言の2島返還の中には主権が含まれているとかいないとか、屁理屈言ってんじゃねーよと思うよね。

もうめんどくさいから、自衛隊上陸部隊組織して北方四島上陸して占領しちゃえば?

当然ロシア激怒するだろうし、そもそも日本ロシア平和条約自体を結んでいないわけだからこちから友好的に振る舞う理由もないじゃん。

ロシアから日本核ミサイルが飛んでくるかもしれないけど、それが在日米軍基地に着弾したら、それはそれで面白いよね。

話し合い・交渉二国間の諸問題解決できないから、外交の延長として交戦権行使して武力解決する。

ロシア交渉に応じてくれずに不誠実だから」という大義名分もある。

話し合いが通じないなら、どうしようもないよね。

2018-04-25

AzureIOTについて自社で関わることになって、自分JavaEE化石時代Android(Linux Kernel 側w)しか経験ないし、

とりあえず下記のような青写真を作ってGW遊ぶかーと色々調べてた。

Android Architecture Componentsを使用したkotlin仕様AndroidクソUIアプリ --MQTT(HTTPよりかっこよさそうなプロトコル名前だけ覚えていた)--AzureIOT。

とりあえず肝はMQTTっしょということで、これも名前だけ覚えていた時雨堂さんの名前を元に[色々親切だったと思うsangoサイト](https://sango.shiguredo.jp/mqtt)にアクセスしても繋がらない。

え、なんでやと思ったら[去年サービス終了してた...](https://medium.com/shiguredo/mqtt-%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA%E6%8F%90%E4%BE%9B%E7%B5%82%E4%BA%86%E3%81%AE%E3%81%8A%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%9B-c615ab484110)

役目を十分終えた、か。サービスインからアウトまでたったの3年...自分名前を知ったのもこのサイトだったはずだけど、早すぎたんやな。はやー。

[こっちはまだ残ってるけど](http://akane.shiguredo.jp/mqtt.html)

とりあえず、公式チュートリアルでならそう。

https://docs.microsoft.com/en-us/azure/iot-hub/iot-hub-mqtt-support

2018-03-01

今日からスマホ写真撮りまくろうと思う

先日、生まれて初めてプロレスを見に行った。ケニー・オメガ飯伏幸太のタッグチーム復活を見届けるために。

試合写真撮影OKだったので鬼のように撮りまくったんだけど、「いいな」と思える写真は本当に僅かだった。

私のスマホHuaweiMate 9。ライカカメラが搭載されていて、評判がいい。

評判がいいカメラを使いこなせないのはどう考えても私のせいだ。

会場には本格的な一眼レフをかまえたファンがたくさんいた。彼らの写真プロレスラーの表情や肉体を美しく撮影できているのだろう。

嫉妬心スマホのくせに、カメラ小僧たちに嫉妬心が芽生えた。

これを昇華させるために、今日からスマホ写真を撮りまくろうと思う。本を買って勉強して、まずは街の写真をたくさん撮りたい。

写真を撮ることに慣れていって、人の写真もうまく撮れるようになって、プロレスラーの体を美しく撮影したい。

きっかけは嫉妬心なので、一眼レフは買わない。Mate 9でいい写真をたくさん撮りたいんだ。

写真がたくさん溜まったら、フリー写真サイトを立ち上げたい。みんなに見てもらって、使ってもらいたい。もちろんプロレスラー写真ダメだけど。

 

青写真にすぎないけど、せっかく芽生えた嫉妬心なのだから、なんとしても成長して、いい写真をたくさん撮れるようになりたい。

2016-11-14

完全版・twitter議論をふっかけられたときチャート

1. 飛んできたリプライ日本語理解できる?

 はい → 2へ

 いいえ→ そいつキチガイであるブロックして無視しろ


2. その人は、あなた論点発言の主旨をねじまげていない?

 はい → 3へ

 いいえ→ そいつキチガイであるブロックして無視しろ


3. その人は、普段から一貫した、理性的ツイートをしている?

 はい → 4へ

 いいえ→ そいつキチガイであるブロックして無視しろ


4. その人は、引用RTなどでお仲間に賛同同意を求めるタイプ人物ではない?

 はい → 5へ

 いいえ→そいつキチガイであるブロックして無視しろ


5. あなたとその人のあいだで、妥結点の青写真が描ける?

 はい → 6へ

 いいえ→そいつキチガイであるブロックして無視しろ


6. その人は、普段から強いネガティブワード(「死ね」等)を使わない?

 はい → 7へ

 いいえ→ そいつは間違いなくキチガイであるブロックして報告しろ


7. まさか、その人のアイコンは猫じゃないよね??

 はい(猫ではないです)→ 8へ

 いいえ(猫です)→そいつキチガイであるブロックして無視しろ


8. あなたは、その人とどうしても議論がしたい?

 はい →あなたキチガイだ。このチャートの回答履歴プリントアウトしてXevraさんのところまで相談しにいってください。

 いいえ→そうだ、そいつキチガイだ。ブロックして無視しろ

2016-09-04

新築戸建を建てようと思っている

新築戸建を建てようと思っている

ただ何となく思っているだけでなく、実際に建てる予定でいる

いま住んでいる戸建を取り壊し、来年には建て替えたい

希望のように書いているけど家庭内の決定事項だから100%実行される予定で、不用品処分など既に動けるところは動き出している

そこで悩むのが、どこに依頼して建ててもらうか?という点だ

建築会社ハウスメーカー工務店など色々あるが、どこに依頼すべきか

家を建てるとき、外壁と内装は何とでもなると思っている

言い方は悪いが、金を積んでこの通りに作ってほしいと言えば基本的にはやってくれるはずだ

やたら広くて柱のないリビングなど、特殊間取りに限っては工法の違いにより特定メーカーしか実現できない場所もあるかもしれないが

間取りは、どこのモデルルームでもありそうなもの希望しており、突飛なデザインは考えていない

から自分のケースでは、モデルハウス巡りをして、内装外装にオプション付けまくり予算掛けまくりの家をいくら見ても全く意味がないと思っている

問題となるのは耐震性だ

骨組みの部分は、メーカーにより素材や工法が大きく違ってくるし、実際に地震に耐えられるか、倒壊しないかという点に影響がある

予算が潤沢にあるなら例の某ハァィ社あたりの無難そうな所を選べば良さそうだか、予算に限度があり、家は必要以上に金を掛けてもメリットがないとも思っている

隣近所や仕事仲間に対する見栄もないし、見栄を張るために金を掛けることほど無駄なことはないと思っている

どこに依頼すべきか、こればかりは一社ずつメーカーを訪ねて聞いてみるしかない

耐震等級が幾つなのか、それはどのような工法で実現するものなのか。

また「うちの工法はこうなので、これくらい凄いです」ではなく、他社との客観的な違い、他社ではできない優れた点は何なのか、など

それともう一つが契約書について

注文住宅を建てるとき、おそらく次のようなステップを踏むのではないか素人ながらに考えている

モデルハウス見学などの引き合い

特定メーカー契約する意思の表示

間取り相談メーカーから青写真提示

見積もり提示見積もりに基づく変更確認

契約

着工

竣工

引き渡し

相談して、青写真が出来て、最終的に契約となると思われるが、そこで初めて契約書を見せられて、よく内容も確認せずに契約するのは好きではない

できれば、1カ月とは言わないが、2週間くらいは時間を掛けて精査して納得してサインしたい

というのも、竣工、引き渡し前に火災天災などの理由建築中の建物及び材料ダメになったとき、誰がその補填をするかなど、普通じゃない状況の時を想定した条項がどのような内容になっているか、どうしても気になってしまうから

おそらく8割くらいの人は気にしないかもしれないが、自分にとっては看過できない重要なところだと考えている

損害が100万くらいならまだいいが、500万、1000万くらいになると、一個人はいそうですかと簡単負担できる金額ではない

もし契約書に、双方の責によらない事由で損害が出たときはお互いが誠意を持って解決にあたるとか、そんな曖昧なことが書かれていては、困ってしま

また万が一瑕疵があったときに、どこまでしっかりやってもらえるのか

内装外装の簡易な補修ならいいが、基礎や柱の部分は補修費が莫大になるのでメーカー側も簡単には瑕疵を認めないだろうし、大きなトラブルの元となりやす

おそらくこちらが何も言わなければ、最終段階で契約書が出てきて、よく読むから1カ月待ってくれと言おうものなら、程度の差はあるにせよ十中八九、急かされると思われる

着工が遅れますよ、竣工が遅れますよ、と

そう考えるとできる限り早い段階で契約書を見せてもらい、その内容も含めてハウスメーカー選びの参考としたい

かいことを言えば、もし契約書に天災瑕疵について記載がない場合、その条項を追加してもらえるのか

契約自体の書式を変更できない場合契約書とは別に覚え書きなどを交わすことができるのかも気になってしま

またそう聞いてみたとき営業マンの態度も気になる

しかし、いきなり行って契約書だけ見せてくれと言っても、どこの馬の骨かも分からないような人間に真っさら契約書だけホイホイと渡してくれるメーカーは皆無だと思われる

はいえ、わざわざ何社も回ってアテもないのに間取り相談をするのは双方にとって非効率的なのでどうしようかと悩んでしま

新築戸建を建てようと思っている

新築戸建を建てようと思っている

ただ何となく思っているだけでなく、実際に建てる予定でいる

いま住んでいる戸建を取り壊し、来年には建て替えたい

希望のように書いているけど家庭内の決定事項だから100%実行される予定で、不用品処分など既に動けるところは動き出している

そこで悩むのが、どこに依頼して建ててもらうか?という点だ

建築会社ハウスメーカー工務店など色々あるが、どこに依頼すべきか

家を建てるとき、外壁と内装は何とでもなると思っている

言い方は悪いが、金を積んでこの通りに作ってほしいと言えば基本的にはやってくれるはずだ

やたら広くて柱のないリビングなど、特殊間取りに限っては工法の違いにより特定メーカーしか実現できない場所もあるかもしれないが

間取りは、どこのモデルルームでもありそうなもの希望しており、突飛なデザインは考えていない

から自分のケースでは、モデルハウス巡りをして、内装外装にオプション付けまくり予算掛けまくりの家をいくら見ても全く意味がないと思っている

問題となるのは耐震性だ

骨組みの部分は、メーカーにより素材や工法が大きく違ってくるし、実際に地震に耐えられるか、倒壊しないかという点に影響がある

予算が潤沢にあるなら例の某ハァィ社あたりの無難そうな所を選べば良さそうだか、予算に限度があり、家は必要以上に金を掛けてもメリットがないとも思っている

隣近所や仕事仲間に対する見栄もないし、見栄を張るために金を掛けることほど無駄なことはないと思っている

どこに依頼すべきか、こればかりは一社ずつメーカーを訪ねて聞いてみるしかない

耐震等級が幾つなのか、それはどのような工法で実現するものなのか。

また「うちの工法はこうなので、これくらい凄いです」ではなく、他社との客観的な違い、他社ではできない優れた点は何なのか、など

それともう一つが契約書について

注文住宅を建てるとき、おそらく次のようなステップを踏むのではないか素人ながらに考えている

モデルハウス見学などの引き合い

特定メーカー契約する意思の表示

間取り相談メーカーから青写真提示

見積もり提示見積もりに基づく変更確認

契約

着工

竣工

引き渡し

相談して、青写真が出来て、最終的に契約となると思われるが、そこで初めて契約書を見せられて、よく内容も確認せずに契約するのは好きではない

できれば、1カ月とは言わないが、2週間くらいは時間を掛けて精査して納得してサインしたい

というのも、竣工、引き渡し前に火災天災などの理由建築中の建物及び材料ダメになったとき、誰がその補填をするかなど、普通じゃない状況の時を想定した条項がどのような内容になっているか、どうしても気になってしまうから

おそらく8割くらいの人は気にしないかもしれないが、自分にとっては看過できない重要なところだと考えている

損害が100万くらいならまだいいが、500万、1000万くらいになると、一個人はいそうですかと簡単負担できる金額ではない

もし契約書に、双方の責によらない事由で損害が出たときはお互いが誠意を持って解決にあたるとか、そんな曖昧なことが書かれていては、困ってしま

また万が一瑕疵があったときに、どこまでしっかりやってもらえるのか

内装外装の簡易な補修ならいいが、基礎や柱の部分は補修費が莫大になるのでメーカー側も簡単には瑕疵を認めないだろうし、大きなトラブルの元となりやす

おそらくこちらが何も言わなければ、最終段階で契約書が出てきて、よく読むから1カ月待ってくれと言おうものなら、程度の差はあるにせよ十中八九、急かされると思われる

着工が遅れますよ、竣工が遅れますよ、と

そう考えるとできる限り早い段階で契約書を見せてもらい、その内容も含めてハウスメーカー選びの参考としたい

かいことを言えば、もし契約書に天災瑕疵について記載がない場合、その条項を追加してもらえるのか

契約自体の書式を変更できない場合契約書とは別に覚え書きなどを交わすことができるのかも気になってしま

またそう聞いてみたとき営業マンの態度も気になる

しかし、いきなり行って契約書だけ見せてくれと言っても、どこの馬の骨かも分からないような人間に真っさら契約書だけホイホイと渡してくれるメーカーは皆無だと思われる

はいえ、わざわざ何社も回ってアテもないのに間取り相談をするのは双方にとって非効率的なのでどうしようかと悩んでしま

2016-07-06

http://anond.hatelabo.jp/20160706114709

幻に終わった「経世会200人構想」ってのはそういうものだった。

当時の衆院中選挙区制選挙区が130あったので、全部で1人ずつ当選させれば衆院だけで130人。

あと経世会参院が強かったのでそっちで70人調達

合計200人の大派閥になったところで自民党割って、当時仲良かった公明と合流して二大政党制樹立、というのが金丸信小沢一郎が考えていた青写真

そこまで進む前に、経世会分裂と金丸巨額脱税(離党後の新党に備えるための資金を貯め込んでいたのだが脱税脱税だ)によって挫折したが、小沢一郎らが離党して一応政権交代は起きた。

ここから2,3回は非自民政権下で予算編成して、自民系の地元利益誘導予算を止めて自民党を日干しにして勢力を削る、というのがベストストラテジーだった。当時の自民党100人規模で離党予備軍がいたので、兵糧攻めした上で何らかの名分が立てば切り取れたはずだった。

が、迂闊にも、統一会派形成社会党に諮らずに進めたら政権基盤がガタガタになって最後は自社さきがけ政権という奇策に敗北。


本題に戻ると、与党しか人材がいないのは、日本の政治家は官僚機構を操縦する必要があるのに、霞ヶ関経験値は原則として与党議員しか積めないせい。

民主党時代小沢一郎が「大連立」を構想したのはそうやって一度政権に入って霞ヶ関経験値を民主党議員に積ませないと政権交代したら詰むと分かっていたから。

急に政権が来たので

http://anond.hatelabo.jp/20160706112930

で、その通りになりましたね、というのが民主党政権結論

小選挙区制で党本部の統制力が上がった今では、中選挙区制時代にありえたような自民党分裂は期待薄である。先は遠い。

2015-09-01

http://anond.hatelabo.jp/20150901053149

小保方叩きと共著者の責任までを言及した小保方論文叩きは別物だと感じるよ。

小保方が全研究者のヘイトを集めてるのは、不正のものというよりかは、

まともに研究もできないくせに青写真だけ渡して論文書きのプロに仕上げてもらってちゃったセコさと、

いざ雲行きが怪しくなったら黙秘を貫き通す小学生並の無責任対応だしね。

2014-06-08

http://anond.hatelabo.jp/20140608193445

ん?見返してみたけど、順番的に増田

大学行く時点で

自分が誰について修士博士と行くか

青写真描けてないやつなんて

低学歴と同じだろ、頭悪い。

これいいだした人じゃないの?

http://anond.hatelabo.jp/20140608161808

大学行く時点で

自分が誰について修士博士と行くか

青写真描けてないやつなんて

低学歴と同じだろ、頭悪い。

2013-09-08

7年後というリアル

雑談で「10年後の日本」とか「20年後携帯ってどんなんだろうね」など話したり

ニュースで「政府2020年までに◯◯を完成させる〜」なんて近い未来の話題はあがってくるけど

見たこともない携帯の形や普段から積極的に関わっていないお役所の青写真はボーっとした形で想像するしかないし

僕は現在脳みそで考えるから、頭に描く未来予想図の僕の背中は今の年齢のままだったりする。

しかしだ。

東京オリンピックが7年後に開催されるという。

7年後。

誰もが簡単にそして否が応でもリアル想像できる未来がやってくる。

改めて想像してみよう、僕は7年後何をしているだろうか。

子供を連れて見に行けるかな

会社はどうなっているかな、順調かな

・家とか買ってたりして

・親は……

オリンピックという夢のイベント現実として僕に問いかける

あなたは7年後、何をしていますか?」

2012-08-27

ようやく気付けた

政治家の言う改革には無駄を削減する話ばっかりである

まり、これは政治家(正確には政策を作っている官僚かも)は未来創造することはできないが、

選挙で票が欲しいがために手っ取り早くでき、安易でかつ効果が大きい手法なんだ。

削減は語るけど、その先にはどんな未来創造されるのか、その青写真を語る政治家は居たでしょうか?

はいたかもしれませんが、今は極少数かもしれません。

2012-02-24

ちょっと質問なんだけど

1勝→16勝→J1昇格へ 北九州・三浦泰年監督 2年目の挑戦

 J2北九州三浦泰年監督(46)が、今年もJリーグに旋風を巻き起こす。就任1年目の昨年、前年最下位でたった1勝しかできなかったチームをJ1昇格争いに加わるところまで引き上げた。指揮官としての原点は、そして秘けつを聞いた。

 前年たった1勝しかできなかったチームを1年目で8位、しかも、終盤戦まで昇格争いに加わる大健闘だった。三浦監督は浮わつくことなく「1年で達成感は持てない。今年は大事な年だとあらためて実感している。しっかり仕事に集中したい」と、前を見つめた。

 現役時代読売クラブ清水などでプレー。読売ではカズラモス加藤久、都並ら個性派を陰でまとめた。Jリーグ開幕時に移籍した清水では初代主将として長谷川、堀池、大榎、沢登らを率いた。選手同士がぶつかると、いつも割って入った。チームをまとめるすべは自然と身についた。そして、03年に引退するまで多くの監督の下でプレーしたことも大きな財産だった。

 「1年目は指標がないから、ここまで歩んできたものを指標にした」と、三浦監督は昨季を振り返る。時にはレオン手法オシム言い回しも借用したが「自分言葉に替えないと人には伝わらない」とあくまでもオリジナルにこだわった。

 「まねはできない。自分自分三浦泰年しかできないことをやろうと思っている。いろんな人のいいところをまとめて持っていたら凄いけど」。しかし「原点はおじさんかな。おじさんがこう言っていたなというのはある」と、おじでサッカーを始めた静岡・城内FCの納谷義郎監督を挙げた。

 三浦監督はチームづくりで選手プレッシャーを掛けすぎないように心がける。「勝たなければという試合は1試合もつくらなかった。それが躍進の秘けつかも」勝つサッカーよりいいサッカーを追求し選手に理解させたことが昨年の16勝に結びついた。このあたりは静岡学園読売クラブ自然と身についたものだ。

 周囲は「今季はJ1昇格」と盛り上がる。三浦監督は1月19日の初日に“勝利と成長”を目標に「勝ち点82、70得点以上、55失点以内」の数字を掲げた。昨季8位だったが、勝ち点58はプレーオフに進出できる6位と同じ。高い目標を持たせることで、自動昇格の2位以内、そしてJ1という青写真を描き三浦監督は指揮を執る。

[ 2012年2月24日 13:43 ]

これだけのボリュームの記事なのに、ヤス監督を務めるチーム名が一文字も出てこないのは何故なんだ?何かに引っかかるの?

2011-11-29

架空20歳が生きる20歳に植え付ける無力感

努力の人」とか「成功者」とかい露骨キャッチコピーで紹介されることは少なくなってきたとは思うが、先駆者的な役割をかつて果した(今成している)人の話というのは実際価値があるものだと思う。奇抜なアイデアや行動力は、若者ビジネスの場をはじめとした様々の環境活躍するのに、大いに参考にしてしかるべき部分が多い。

だけど、そういった人の話を積極的に取り込んで自分の糧にし、成長しようとする若者こそ、知っておかねばならないと考えることがある。それは、成功者がそのスタートラインからつの目的に向けて一定スピードで走ってきたかどうかは危ういことに気付かず、そのせいで自分自身に無力感を抱くおそれがあることだ。

インタビューや講演というのは、少なから商業用に加工された言葉をもって構成された、一連の創作だ。なので、「『○○になりたい』という目的をしっかりもってやり続けてきた」と、数年経って語るのは、いわば後だしである。何十年前、その講演者が若かりしころ。グングンと栄養を吸い、学び、考え、経験し、成長を続けていたころ。そのときから、彼はすでに目標目的を明示的な言葉で固め、自身の未来に向けて据えていたのであろうか。おそらくは違うことと思われる。今になって雄弁に自身の成功や挫折を語る彼が、まさにがむしゃらに走り続けているそのときから、確固たる『人生目標』をくっきりと頭に浮かばせていたとは考えられない。それは「がむしゃら」というべき状態ではない。目的を達成し、まさに次世代の人間たちの先達となるために自分自身の経験を惜しみなく語ってくれるその人は、語るに連れて気付かぬうちに言葉に囚われ、過去自分の脳を急激に現在の状態まで成長させた錯覚に陥っているのだ。

きっと、若さや自信に任せて夢中で走り続けているとき、彼の頭の中には言葉にならない願望や感情の断片が粒子状になったものが多数揺れ動いていたのだと思う。ときにそれらは結集し、一つの具体的な将来像を成したかもしれない。ときにそれらは霧散し、彼の眼を曇らせ眩ませるだけの濃霧にもなったかもしれない。でもその試行錯誤のうちに、ときたまチラつく幻のような自分の真意を認識し、直観を追い続けることで、何年後・何十年後に、粒子は密度を増し、振り返って考えたときに、自分が思い描くべきだった青写真がようやっと形成されるのだと思う。時が経った彼らはその写真認識することで、あたかも若かりし自分はずっと前からそれを知覚しており、それだけを追い求めた健気な青年だったと、過去を振り返るのだろう。これを読んでる人だって、きっと「今になってあのとき自分(彼/彼女)の気持ちがわかった」という経験は何度も何度もしてきたことだと思う。

時が経ち、過去のことを正確に理解し、それを後世のために語り伝えるのは素晴らしいことだと思う。だが、素晴らしいとは言え、今を走る若者に、数年経過後に知覚された経験差し出すのは、残酷だと言わざるをえない。なぜなら、彼が差し出す『私は20歳の頃こうだった』『君等も20歳のときはこうすると良い』は、本当は数十年分の経験を上乗せしたのちに多少薄めることで作られた「架空20歳」だからである

そして、若者がその真似をして自分を知覚しようとしたところで、得られるものたかが知れている。語られる20歳が隠し持つ経験の差は絶対に埋めることはできないレベルにある。先達の語るかつての20歳と、今を生きる自分20歳を比べて思うのだ。『僕は無力だ』と。

若者は、先達が優しさで示し出す架空若者などに、惑わされてはならない。

2011-06-13

「二代目ロストジェネレーションが失ったもの。望み。そして、僕らは何からはじめるべきか」に対して

どうも。こないだまで就職王って名乗ってましたが、今は無職です

で、前回書いたコレhttp://anond.hatelabo.jp/20110429004257

なんかすごい真面目なトラックバックが来てたので、なんか書かなきゃなーと思いました。

今日結構真面目に書くので文体は素で。ネタ無し。

二代目ロストジェネレーションが失ったもの。望み。そして、僕らは何からはじめるべきか

http://d.hatena.ne.jp/thinking-terra/20110529/1306640590

で、これ読んで思ったんだけれども。

ぼくが思うに、現代日本若者における問題ってのは最早「価値観」の問題ではないと思うのね。

いうなら、それは生存の問題だし、もっと明確に言えばいかにクサレ年寄りから椅子をムシリ獲るかってことなんだと思うんだ。

既存価値観に乗ることは出来ない」とテラケイさんは仰る。でも、ぼくはそれは違うと思う。

むしろ、現時点に於いても生存戦略としては「既存価値観にドップリ漬かる」は限りなくベストに近い。

「世代」のことを考える前に、「自分」のことを考えて、グダグダ言わずに東大を出るべきなんだ。

もちろん、東京大学というのはかなり極端な例だけれども。

ミクロで考えるなら、まだ現代日本は個人の力で「なんとかなる」社会だとぼくは思う。

ぼくの「就職王」コラムは個人化戦略の極地のようなものだけど、実際あの程度でなんとかなってしまう。

でも、もちろんマクロで考えるとこれは明確に間違っている。

だって椅子の数が限られているなら誰かは必ず負けるんだから社会には一定水準の競争が必要である、という

命題を真であるとした上でも、社会を構成する一定層はそれなりの職を得て暮らしていけなきゃまずい。

それに、ぼくのような口先だけで逃げ切るやつが評価される企業の土壌というのも、あんまりよくない気がする。

やっぱり、社会は少しずつでも変えていかなきゃならない。ぼくらの世代が楽しく生きるために。

社会を変える」って言いにくい世代だよね、ぼくらは。上の世代が派手にコケたから。

どうせ社会なんて変わらない、馬鹿どもの轍を踏んでたまるか。そういうところがある。

デモやる?って言われても「それ頭の悪い年寄り大分前に失敗した」としか思えない。

カウンターアクションは必要だけれど、それはやはり時代に即したものでなければいけない、と思う。

少なくとも「就職クソッタレ」って言って変わるものがあるなんて考えられない。そうじゃないか

ウザイ自分語りで申し訳ないけれど。ぼくが就職したのは「箔をつけるため」だった。

今、起業をするために色々じたばたしてるんだけれど、やっぱりカネを出して貰うにはそれなりのものが必要になる。

少なくとも、「真っ当に勤めていれば生涯年収4億近かったですよ」くらいのことは言えないと、

与えられたカネの代わりに差し出すものとしては、とても足りない。実はこれでも全然足りないんだけれど、

それでも何某かのバックボーンにはなる。使えるモノは、使わなきゃ損だ。就職して数年踏ん張るだけで得られる

ステータスって、実は結構お買い得な気がする。ある意味大学名前以上に。

この日本社会は実にクソだと思うけれど、使えるものを使わずに戦うのはいかにも勿体無い。

価値観を変える」なんてのは、ヒッピーになるのと同じだ。ヨガをやってもマリファナやってもロックフェスをやっても、

実はどーにもならない。それは、かつてアホな連中がもうやった。ぼくらがそれをやる必要はない。


ぼくは巷で見る就職活動批判にすごく違和感を感じていて、つまるところそれはどこまで言っても

負け犬の遠吠え」としか認識されないんじゃないか、ってこと。

かつての頭の悪い年寄りには「世界同時革命」みたいな強烈なイデオロギーがあったから、「就活バカヤロー」よりは

スケール感もまとまりもあったけれど、ぼくらの世代にはそれもない。あるべき社会モデルすらない状態で、

価値観を変えろ」って言われても、それは「解脱しろ」とか言われるのと一緒だ。シャクティーパッドとかポアとか

そういう語感にしかならない。そんなことにはほとんど何の意味もない。

まりところ、それがミクロの問題であれマクロの問題であれ、既存社会からの断絶というのは不可能なんじゃないかと思う。

テラケイさんは価値基準を語るときに「外部」と「内部」という言葉を使っているけれど、ぼくには価値観に於いて明確な

「外部」ってのがあるとは思えない。テクストに外部はない、みたいな学問を専攻してたせいもあるんだけど

それを差し引いても、既存価値観を排除して生きていけるなんてとても思えない。そんな強くないからね。

ロストジェネレーション世代にニーチェじみたものを押し付けても、それは「レッツ自殺!」って結果しかもたらなさないのではなかろーか。

我々が目指すべきものは、この社会から乖離したものではなく地続きにものでなければいけない、と思う。

じゃあ、どうすべきかってことなんだけど。

とりあえず、まずは団結すべきだと思うんだ。勝ってる奴も負けてる奴も。

世の中はクソで、なんとかしなきゃ楽しい人生は送れそうもない、って意識を共有することだと思う。

ぼくはかつて、ものすごく貧乏大学の学費にもメシ代にも汲々としてた時期があったんだけど、

その時、やっぱり同じような奴らと相互扶助的に生きていて、それは例えば部屋を分け合ったりとか

僅かなカネを分け合ったりとか、電気釜を共有したりとかそういう話だったんだけど、そういうところからだと思う。

例えば、イタリアの話。イタリアは、失業率がアホほど高いけど、自殺率は低い。これは何故かっていうと、一説には

一族主義が強く根付いているからだ、と言われている。縁のある誰かが食えてなければ、誰かが食わす。そーいうところがあるらしい。

じゃあ、我々悲惨な現状にいる連中も、そーしとけばいいんでないかな、と思ってる。

とりあえず、屋根とトモダチがいれば死ぬことはない。ぼくはそー思う。

こうすることで何が得られるかといえば、リスクを取るのが非常に容易になる。

「1人が1のリスクをとる」ことと「10人がそれぞれ1のリスクを取り、リターンを分配する」ことは大分違う。

もちろん、10人全員が敗れ去るパターンもありえるけれど、かなりのヘッジが出来ることになる。

そして、何よりだけど精神的にとても楽だ。ぼくは「起業」の道を選んだけれど、他にもロースクールに行ったりとか

そういう道を選ぶことにもやはりリスクはつきまとう。金銭的なリスクもそうだけれど、孤独化してしまうことが何よりヤバイ。

官僚から政治家目指すぜ、みたいな道にしてもやはり同じだ。そういうとき価値観を共有出来るつながりがあることは

何より強いとぼくは思う。いや、今んとこカネを得て起業に漕ぎ出したところだから、この先なんかわかんないけどね。

仲間にも全部見捨てられて、一人ひっそり首を括るって可能性も全然あるわけだし。

それで、社会批判の話に戻るんだけれど。ぼくが「就職王」でやりたかったことは

就職活動批判」のちょっとスマートな形を提示するってことなんだ。

確かに、マクロ的に考えると我々は既存価値観に乗っかることは出来ないかもしれない。

しかし新しいマクロ価値観ライフスタイル創造することも、おそらく出来ないだろうってこと。

その行き詰まりの中でクリティカルなクリティークを社会にカマすとしたら、

既存価値観に乗っかって踊り狂いながら、同時にそれ自体を批判として成立させるしかないんじゃないかと思う。。

ダンスパーティー台無しにしたいなら、まず誰より上手く踊らなきゃいけない。そうでなければ、誰も話を聞いてくれない。

やはり、我々はこのクソみたいな社会で戦っていくしかないし、クソみたいな社会を否定したところで

クソじゃない社会青写真を描けるわけじゃない。それは、大分昔に失敗した。

から、このクソだめみたいな社会の集団的蛆虫として既存価値観と地続きの世界をサバイブしていく以外に多分道はない。

そして、九人がダメでも、一人が生き残れればそいつが他を引き上げればいい。もちろん、現実的にこんなことが上手く行くか?

ってところはあるけれど、独力で社会と隔絶された「価値観」を作り出すよりは、十人で価値観を「共有」するほうがまだ成功率は高い。

悟りを得た」人はそんなに多くないけど、「宗教にハマって死んだ」人は腐るほどいる。

その程度の価値観共有なら多分できるんでないか、そういう風にして戦っていくしかないんじゃないか、と思ってる。

人間、上手いこと価値観を刷り込まれれば飛行機ビルに突っ込めるんだから、それくらいできるんじゃね?と。

まー、なんというか。

これはぼくの戦略っぽく見せかけた誇大妄想から、なんのあてにもならないけれど。

とりあえず、若い人間はもーちょい戦略的に生きるべきだと思うし、また同時に団結すべきだと思う。

個人の内面ナイーヴな話に閉じてしまうのは、なんかどーなんだろーな、とぼくは思うんだよね。

これから具体的にどーするか、どのようにして生き残ってリスクを取っていくかを論じるべきじゃないだろうか。

まだまだやれることあると思うんだよね、実際。

ところで、死ぬほどどーでもいいけど、「ロストジェネレーション」って若い頃第一次世界大戦に遭遇して、何か価値観クラッシュしちゃったよーな世代の作家達を指す言葉で、「二代目」っていうとちょっとおかしいことになるよね。ロスジェネの「二代目」世代ったら、ビートの時代でケルアックとかギンズバーグとかを指すと思う。

不況なんかにぶつかった「貧乏くじ世代」を指す意味で「ロストジェネレーション」って語を使うと、今の世代は何代目になるのか、すごくめんどくさい議論が要るね。個人的に、「ロストジェネレーション」を現代の「失われた世代」に当てはめるのは色々ムリがある気が。字面はいいけど、原義から考えるとスゲービミョーな感じ。ロスジェネ論争とか言われると、今更ヘミングウェイとか論じてんの?って思っちゃうのはぼくだけじゃないと思う。

エクストリーム世代」とかなんかそんな感じの新語を誰か考えるべき。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん