はてなキーワード: 迫害とは
デニス・ホッパー監督『イージー・ライダー』(1969年)を観た。
率直に言って、感動した。そして、不覚にも今の自分と重ね合わせてしまった。
『イージー・ライダー』のあらすじを簡単に説明しておこう。麻薬の密輸入で大金を手にしたワイアットとビリーは謝肉祭が開催されるニューオリンズに向けて旅をする。途中、田舎のカトリック家庭やヒッピーのコミューンに立ち寄りながら、バイクを目的地へと走らせる。また、祭りのパレードに無許可で参加したことで留置所に入れられるが、そこで酔いどれの弁護士ハンセンと出会い、行動を共にする。三人は再びニューオリンズに向かうが、そこに待ち受けたのは「自由」の国アメリカの非情な現実であった。
今日の20代の若者がこう言うと古臭いと思われるかもしれないが、私は劇中で描かれた自由と自負に憧れを覚えた。
若さたるもの、アメリカの大地のように、ここまで自由に、あっけらかんで無鉄砲であるのだと教えられた気がした。
しかし、それは主人公たちが暴力的なまでにも迫害される描写で、現実を突きつけられる。
ワイアットが終盤に、「自由の身だ」というビリーに対して、「ダメだよ」という場面がその心象をあらわしているだろう。
私は今まで真面目に励んできたが、周囲の期待から苦しくなった。
今でこそ諦めからかその憂慮は落ち着いてきている。
だが、諦めて自由気ままに暮らしてきたものの、真面目にやってきたところから自分が堕落している感覚も否めずにいる。
現代社会において、自由にふるまえばふるまうほど、その人は凋落する。
『イージー・ライダー』はカウンター・カルチャーに即応している点、その当時の感覚を鮮明に映し出していると思う。
その感覚は令和になった今日でも息づいていると、ぼんやり思う。
Netflixで観れるので、気になったら観て欲しい。今でも憧れを持たせてくれる名作だと思う。
「自由な奴を見るのは怖いのさ。」
タイトルの通り。以下の文章を要約すると「ある作品のオタクの言動のせいで好きだったはずの作品を見るのが辛い」というよくある話です。普通に腹が立っているというのもあるので文章が荒くなっていると思いますが暇だったら読んでいってください。
まず、私はオタクで、それも二次創作も嗜むオタクだった(見る専だが)。最近は某少年誌作品の二次創作を支部で漁っていた。だけど最近本誌ネタバレがあまりにも激しすぎるので、単行本派の私は読む前にキャプション、タグ、表紙の注意事項、タイトルなどすべてをチェックしてから読むようにしていた。
それでも被弾する。ワンクッションなしでいきなり始まる漫画1Pめの台詞、イラストでのネタバレはしょっちゅうだ。特にマイナス検索にひっかからないキャプションのみの注意事項は、いくら最初にキャプションを読むようにしても1Pめでネタバレがあると避けられない。
その日は支部のおすすめを見ていた。そしたら被弾した。キャラクターの人間関係の変化に対するネタバレだった。これはかなり衝撃的なネタバレで、見た瞬間ショックを受けた。ワンクッションなしの一枚絵、キャプションにはおめでとうみたいなことが書かれていて、タグに本誌ネタバレが追加されていた。
おすすめをぼうっと眺めていた私に多少なりとも非があるとはいえ、これは少し酷いんじゃないかと思い、単行本派の方のことも考えせめてワンクッション入れてほしい、ネタバレされてショックだという内容のコメントをした。謝罪が欲しいとか、対処をしてほしいと言うわけじゃなかった(欲を言えばしてほしかったが期待はしてなかった)。ただ、こういう人がいるよという気持ちでコメントした。
しばらくして、少し気になってまたそのイラストを見ると私のコメントに返信がついていた。返信はイラストを描いた人からではなく、同じようにそのイラストを見ている人からで、「ドンマイw」というコメントが2件、ついていた。
そのとき、なんだかとてつもなく悲しくなってしまった。ここまで民度の低いジャンルに身を置いていたということもそうだし、ネタバレされて楽しみを奪われた自分の気持ちを分かってくれない(そんなの当たり前だけど、理解されたい気持ちもあった)、分かろうともしないということに憤りすら覚えた。そして勢いのまま支部をやめた。10年以上前登録して以来手塩にかけて育ててきたアカウントだったがやめるときは一瞬だった。
それ以来、その作品を見るとあの時の悲しみや怒りが沸き上がってくる。その作品は大好きなはずなのに、公式ですら見るのが辛くなって最近は見ていない。支部をやめたことで結果的に二次創作からも距離を置くことになり、人生の半分以上二次創作を楽しみに生きてきたから、少し虚しさを感じる。
そんなにネタバレが嫌なら本誌を読めばいいと言われると思う。しかしいろんな人がいて、いろんな方法でオタクをするのは当たり前だ。皆がみんな本誌を読んでいるわけじゃない。本誌を買う余裕すらないオタクだっているはず。誰かのオタク活動が他の誰かのオタク活動の楽しみを奪うようになってしまうのはどうなんだろう。最新情報が手に入って、すぐにでも描きたい、発信したいと思う気持ちは痛いほどわかる。ネタバレ絵、漫画を描かないで欲しいわけじゃなくて、気遣いをしてほしい。
①支部ではワンクッション
②ネタバレを明記
これだけでいい。ツイッターであればワードミュートできるように本誌ネタバレを明記、単行本派は画像プレビューをオフにする。これで十分だろう。
自分のファンアートが他のファンをぶん殴っている可能性が十分あるということを、二次創作をしている人は全員が知るべきだと思う。特にネタバレは許せない人が大半だと思うし、私が許せないから本当にちゃんとワンクッションしてほしい。地雷CPがどうのとかいうのよりずっと手前にある気遣いというか、マナーだと思う。
ちょっとオタクが市民権を得てきたからって、あんまり調子乗ってるとまた迫害されそうだし、そういうマナーちゃんとしようね。頼むよ。
自分さえまともであれば、ファンの民度だとか、はたまたファンが事件起こしただとかを気にすることなくない?
そもそもファンでひとくくりにして「○○ファンの素行がひどい件」とか揶揄する人たち自体が卑しいものなんだけど、そういうゴシップ記事みたいなのと同レベルの精神に汚染されちゃってるせいでコンテンツだけでなくファンにも目が行っちゃってるんじゃない?
まあ、一部のファンのせいで催しに支障をきたすような、実害が自分に降り掛かってくるレベルだと気にせざるを得ないのは分かる。
でもそれにしたって本来は運営が対処すべきマターのはずで、いち参加者が気にすることではないし、ましてそれが高じて迫害まがいの自治とか始めちゃったりのも差し出がましいでしょ。だから努めて気にせず然るべき人々に委ねるのがオトナな感覚のはず。
あとは、もしかしたら、若い子たちの中には、SNSを始めとしたファン同士の一体感をコンテンツの一部と見なす傾向があるせいで、ファン全体それ自体も好きになれないとファンを名乗るのが辛い、のような感情があるのかもしれないね。
でも本来人はみんな違うもんなんだよ。特定カテゴリのネットを見ていると、界隈の人々はみな思考や個性まで画一化されるような印象すら覚えることがあるけれど、それでも断じて個人は異なるものだ。
例えるなら、2ちゃんねるを見ていれば誰もが2ちゃん語を使うわけではないように、同じものを見ていてもみんなで同じふるまいをする必要はないし、同じと見られるべきではない。
そういう心理的境界線をうまく引くのは、一種のネットリテラシーとして共有されるべきだと思うんだよね。それが共有されていないことが、ファンとの付き合いで悩むオタク増田たちが無数にコンスタントに湧いてくる原因だと思うわけさ。
弱者や被害者をやたら持ち上げて、自説の棍棒として使ってる奴を見かけると、正直オエッてなるんだけどさ
それは「人の痛みがわかるから弱者や被害者は優しい」みたいな物言いを、ぜんっぜん信用できないからなんだわ
たまたまそいつがそういう風に生まれたり、偶然事故に遭ってしまったというだけで、別にそいつらがみんな聖人として生まれたわけでもないし、まして迫害や事故のおかげで聖人になりましたなんてことないでしょ
少なくとも俺ならそうはならない
迫害してきた奴には復讐したいし、事故の原因を作った奴からは金ふんだくって土下座してもらいたいし、なんなら関係ない奴でも、弱そうで殴り返してこないようならぶん殴ってウサ晴らししてえって、心のどこかで思っちゃうわそりゃ
それは強者の価値観への迎合がどうとかいうのよりもっと単純な話で、ぶつけられたマイナスというのはどっかからプラスをもらうか、さもなくば他者にマイナスを移さなければ、心のバランスが取れないからだ
むしろ実際の被害以上に被害者意識こじらせて、普通の人よりよほど凶暴になる可能性だって十分あるだろうに
だからなんだわ、オエッてなるの
それより先にとっととケアして、まずそいつのマイナスを埋めてやれよって思っちゃうわけ
つーかぶっちゃけあんたらそれわかってるよね、十分理解してるよね
だからお気に入りの奴が被害者ポジション取ってる分には、いくら口汚く暴れていても持ち上げちゃうんでしょ?
それでいて、気に食わない奴が被害者ヅラしてると急に「他人を叩かない聖人でなければ被害者とは認めない!」みたいなこと言い出しちゃうわけ
少し前に不正乗車(https://b.hatena.ne.jp/entry/gahalog.2chblog.jp/archives/52479013.html)の話が話題に上がっていたので、この件で勝手な解釈をした怪文書を書きなぐる。
元撮り鉄。2015年あたりから趣味に飽きだし、今ではあまり鉄道趣味をしていない。
不正乗車ヘビーユーザーを遠からずも近からずなところから見ていた。深いつながりを持っていたわけではなく、この記事では事実だけでなく予想が入り混じっています。悪しからず。
最近は趣味の人間関係はかなり薄くなったので、"昔は"という話がメインで今についての話はほとんどないと思います。
自動改札設置駅での不正乗車については、元はラジオライフあたりの雑誌の記事から広がっていったと記憶している。
その後は2ちゃんねる(当時)のキセルスレで方法やできる場所の書き込みがあったりとジワジワとネット経由で広がっていった。
そんな中、爆発的に広がったと感じたのは動画サイトとSNSの「爆発的な」普及。
年で言うと2011〜2012年ぐらいから一気にそういうことをした話を聞く回数が増えた。
上の記事にもいくつかあがっているがyoutubeに実際にやった方法を掲載する人が現れ、そこから方法が広まった。
撮り鉄界隈では罵声大会(撮影中に映り込む駅員や撮影者に大勢で暴言を浴びせまくること)や尊師マーチを流す、といったドン引きするようなタブー行動をネタとして見る傾向があり、
当初は自動改札機を突破する動画も一種のネタで話題になっていたが、中高生の大半が動画サイトに流入し始めた時期からネタではなく指南書的な意味でそれらの動画が使われるようになっていった。
こちらのほうが影響は大きかったと思う。特にtwitterが普及しだしてから。
撮り鉄は撮影するための場所が同じになることが多く、当時から撮影地でネット上の知り合いとオフ会状態になることも多々あった。
それだけであれば楽しく愉快な趣味で、母数も多いこの趣味であればそこから爆発的に広がるということはあまりないように思われるかもしれない。
今はどういうのか知らないが、"バリ"バリ"鉄"道趣味をする人のことを「バリ鉄」と呼んでいた。
そういった人は1週間の間に仙台にいたり、新潟にいたり、大阪にいたり、東京にいたり…と通常では考えられないような移動を行っていた(勿論正規の手法で移動する人もいたが)。
特に廃車回送や新車の輸送といった時刻表に掲載されないような臨時列車を追う場合、日本各地を転々とする必要がある。そのため各地で新幹線等の不正乗車を頻繁に行っていた人もいた。
通常であれば、「そんな人間とは縁を切れ!」という話になるがそうも行かない。こういった人の犯罪行為に対して目を瞑ることで、時刻表に掲載されない臨時列車や業務列車の情報が得られたりするから縁を保つ人が多いのである。また、それが人脈のハブに位置している場合、それに対して咎めた場合、それなりの大きさのコミュニティから迫害される可能性もあった(と思う)。
そんなことで、まぁこういった人と付き合うことで趣味的にはヒジョーに美味しい思いができるのである。
twitterやmixiができてからは全く関係のない人間同士であっても、簡単に仲良くできてしまうので、こういった人脈が広くなっていく。その中に特にグイグイ食い込んでいったのが中高生である。そういう時期だしね。
※ ちなみに中には「"元"やっていた」という類の人間もいる。手段や情報の共有は好き勝手に公開で行うが、自分ではやらないタイプである。
・目立ちたい / 優越感に浸ってみたい
・"ワルい"自分に酔う
とヒジョーに面倒な感じになってしまう時期であるが、これは撮り鉄な中高生にも当てはまる。
学校という狭いコミュニティでは野球部やサッカー部といった運動部が華形をとっていき、ヲタクコミュニティにいる人間は多くの場合日陰者になってしまう。
しかし上にあるような不正乗車系バリ鉄と仲良くすると以下のようにこれら2点を満たすことができる。
・不正乗車の方法を知識として得ることができるので、界隈の中でハブでありながら「ワル」になることができる(ヤンキー的なアレである)
→ 運行の情報や不正乗車の情報の知識を教えることでSNSで仲間を増やしながらボス猿的な役割になれる
→ 学校といった趣味が違うコミュニティの中でそういった知識を披露すると、突然その輪の中で主導権を得られたりする。ここあたりから音ゲーの界隈にも広まったのではと予想。
→ 「席」といった隠語を使えば捕まることもなく、アングラな雰囲気を醸し出すことができるという憧れ
無料かつリアルタイムに写真や情報を得ることができる今となっては、それによる欲求不満を解消するには情報を得ながら不正乗車で移動しまくるというのがベストな選択肢になりうることも、こういったコミュニティが中高生を中心に爆発的に広がった原因にあるのではないかと勝手に予想する。
駅員のことを「犬」、駅員がいるスペースを「犬小屋」と呼び、コソっと不正に下車することを喜んでやっていた中高生(大人にもいたが)はそこそこいた。
人によっては「〇〇線が〇〇両のままだからあの会社に金を払う義理はない!」とよくわからない理屈をこねたりもしていたが、未だによくわからない。面白いと思っていたのだろうか。
まぁそんなこんなでインターネット世界の成長と同時に、こういったコミュニティもぐんぐんと成長していったのである(雑なまとめ)。
ここらへんはどのコミュニティにいるかによって、どう解釈していたのかは別々なので一つの歴史解釈として見てもらえればいい。
まとめ記事にもあったが、
1. そもそもわざわざ出てきて捕まえる駅員が多くない(ピンポーンと1回ぐらい音がなっても、チラ見程度で済ませる場合が多い)
2. 警備員や駅員がいない、もしくは死角になっていることを確認した上でやっている
というところで、捕まる率が少ない。
また、捕まったとしても正規運賃の3倍程度払えば解放されるので、遠距離も含めて10回, 20回とやるなかで1回捕まっただけであれば十分に得になるのであろう。
また、未成年の場合は特にだが、捕まった場合、親や関係者が警察署や駅まで来て解放ということになるが、常習になると「お出迎え」などと言って特にそれを気にすることもなくやる。
何度も同じ警察署になっていればそうも行かないのであろうが、各地の駅で捕まるので連れて行かれる警察署はだいたい別。「また君か」とはならないのであろう。
とにかく、不正乗車を日常的に行う倫理観の持ち主であれば、不正乗車はローリスク・ハイリターンなものでしかないのである。
そんなことはない。乗り鉄もやっている人はやっているし、録り鉄だろうとやっている人はやっている。
そんなことはない。
カメラや三脚といった機材を盗んだり、現役退役問わず車両部品を盗んだり、人を殴る蹴るなど犯罪行為は色々である。
多くの場合は不正乗車も兼ねているので、もう病気の域に達している人もいるのだと思う。
中高生の場合、偏差値が高い私立高校に行っている子や、親がそこそこ教育に関心がある場合は大学進学で突然真人間、もしくはそういった行動を慎みだすか隠すようになることが多い。
一方高卒の場合は就職で真人間になったり、平然とやり続けるパターンもあったり(20代半ば以降でやっている場合はこのパターンが多い)様々。
知っている限りで言えば、不正乗車、窃盗、暴行などを繰り返し少年院になったとしても、鉄道の現場系の職種(関連会社職員、保線系)といった職であれば、大手でもありつける。人不足だしね。
中には昔部品を窃盗したり、不正乗車をしていた会社の系列会社に就職した人間もいるのであるからおかしなものである。
倫理観の問題だと思うので、並大抵の対策ではなくならないと思う。
警備員や改札を増やすというよりかは、不正乗車をするメリットをなくしていく(例えば不正の場合の請求額を高めたり、情報の共有を会社間、もしくは各地の警察署間で行うとか)ことが、根絶につながるんじゃないですかね。
先日からFANZA(旧DMM.R18)で『催眠』と検索しても一作もヒットしなくなった。
どうやら作品名から『催眠』という単語が一括置換され、なおかつカテゴリとしても削除するという改修が行われたようだ。
DLsiteでも似たような改修が行われており、警察の指導なのかオリンピックへ向けた配慮なのかはわからないがとにかくエロゲや同人誌の販売プラットフォームで倫理規程の大幅改定が行われたようだ。
エロの概念なんて知る前の幼い頃に子供向けのバラエティ番組で催眠術師に翻弄されて自分の名前を思い出せなくなる女性タレントのお姉さんの姿にやたらドキドキしていたのをやたら覚えているし、ドラゴンボールGTでビーデルが敵に洗脳され娘を裏切る回は理由もわからず何度も何度も繰り返し見た。
今考えるとゲイの人が生まれ持って男の人を好きだったみたいに、自分も生まれ持って催眠術が好きだったんだと思う。
世の中に催眠術フェチシズムなんて概念があると知ったのは自分のPCを買ってもらった後だった。
初めて遊んだエロゲはBLACKRAINBOWの催眠学園だった。
クラスの嫌われ者の主人公村越進太が催眠導入機を手に入れてクラスのマドンナや生意気な女子を手にかけていく様は凄まじいほど興奮した。
前半は「ドラえもんの道具を手に入れたらどうする?」みたいなリアルで生々しい男の妄想をそのまま描き、後半は企画者のAVのような笑えるほどシュールなシチュエーションを描くその作品を遊んでから俺は催眠術に更にハマっていった。
社会人になってからは学術的にも催眠術を勉強し、催眠とつく商業作品はほとんど手を出すようになった。
女にもモテずとりわけ友達と呼べる存在もいなかった自分にとって催眠エロゲの新作を遊ぶことは唯一の生きがいですらあった。
最近は『催眠』とタイトルにつく作品がやたら多くなったと思う。
これはぶっちゃけ他ジャンルの規制や締め付けが厳しくなったからその隠れ蓑やエロ方向に展開を転がす便利アイテムとして催眠術が利用されて発展したような経緯もあったりから、ガチもんの催眠フェチのコミュニティで受け入れられるような作品は割と少なかったりするが、最近は愛上陸みたいな超画力の人も参戦してきて、ようやく本格的に盛り上がりだしたなという段階だった。
検索上ここまで露骨に迫害されるということは売上にも大きく関わってくる、商売でやっている人達は方向転換を余儀なくされるのだろう。
露骨な陵辱物が倫理規定改定でエロゲ市場から姿を消したように、催眠というジャンルも市場からひっそり姿を消していくのだろう。
どこかが裏で糸を引いているとしたらもう既にソフ倫あたりにも働きかけているのかもしれない。
愛上陸の催眠性指導シリーズの新作も、催眠学園を作り上げたNATORI烏賊氏の新作も、ファンタジーとしての催眠術のみだけではなくリアリティも追求したおくとぱす氏の新作も、もう自分は遊ぶことができないのだろう。
ゲイの人は生まれ持って男が好きで、彼らは『正しさ』によってパートナーと愛し合うことを認められた。
俺のよう生まれ持って催眠術が好きなだけな惨めで哀れでモテない男はたかが絵を見ながらオナニーする権利すら『正しさ』によって奪われる。
こんなに簡単に1つのジャンルが潰されるのかと心底悲しいと思った。
ひっそり使う人のオナネタにケチつける奴なんて政治家だろうとフェミニストだろうと米国だろうとオリンピックだろうとみんなくたばっちまえ。
恥を知れDMM。ふぁっきゅー正しさ。
こんな世の中でいいのか?俺は絶対に嫌だぞ。
この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。
20xx年y月z日、日本は文字通り崩壊したと言って差し支えない。首相は今日、日本人ではない人が任命された。日本という国は終わったのだ。
町は狂気に満ちている。街中には食い扶持に困った物乞いに溢れ、道行く人にすがり寄っている。触るなとはっ倒されるなど日常茶飯事の光景だ。実ははっ倒す側の人間はほとんどが日本人ではない。今や日本の経済を回しているのは後から大量に入ってきた移民である。公園にはホームレスに溢れ、異臭に満ちており、日本人への迫害も始まっていた。先人たちが見ればこれがあの技術大国だった日本か…と驚きを隠せないだろう。
何故こんな事になったのか?今考えればその兆候は随分前から見えていたかもしれない。しかし多くの人々は最後まで気づく事はなかった。
日本は憲法9条を盾に平和主義を貫いてきた。確かにこれまで日本で戦争になったり、戦争に参加する事はなかった。しかし、戦争は武力だけではないのである。平和ボケしている国民をよそに、静かなる日本への侵略が進められている事など誰も知る由もなかった。一部の官僚を除いて。
100年を越える年月をかけて日本への侵略が行われていたのだ。
_________
日本への静かなる侵略は1980年頃から始まっていた。詰め込み教育への批判が高まった事からゆっくり教育が始まった。ゆっくりな教育で生きる力を育むと最もらしい理由を言っているが、本当の狙いは違う。日本人は馬鹿になってもらわないと困るのだ。これがその第一歩になった。
学校教育現場への根回しも事欠かない。将来の天才や革命家が生まれては困るので、出る杭は打つ教育を徹底した。まだ授業で習ってない事を回答する者には誤りとして処した。せっかく学問に励む者のやる気を失墜させる為である。
__________
次に大きく動いたのは1989年、消費税3%の導入である。建前上、今後の年金や社会福祉、少子化対策として導入されたが、対策などは行われる事はなく、法人税減税の埋め合わせに使われる事となった。もうひとつの狙いは国民をじわじわと貧困に導く事にもあった。貧困層を増やし、国力を削ぐ必要があった。
__________
政府にとって早急に実現しなくてはいけない事があった。それは政治不信の訴求である。国民の政治への関心を薄れさせる事が命題であった。投票率を下げる研究が始まっていた。
与党である自由贔屓党と野党の民生党の二大政党であるが、2009年に初めて政権交代が行われ、民生党政権が誕生した。自由贔屓党への不信感から一度やらせてみようという感覚で民生党への支持が集まった。しかし民生党政権は自由贔屓党以上に酷い政権だった。事業仕分けで数々の予算を削減、中国や韓国の顔色を伺う外交、朝鮮学校の無償化を検討し、更なる消費税の増税を決定。一気に民生党の支持は失われていった。
2012年、衆議院解散により総選挙が行われた。300議席以上あった民生党は⅙まで減らし大敗した。これにより、自由贔屓党への期待か高まることとなった。同時に民生党には政権を担当する能力がないと広く知らしめられる事となった。
__________
国民の収入の格差問題が取り沙汰され、正社員と非正規社員の収入差が顕著なものとなっていた。仕事内容はほほ変わらないのに収入に格差があるのはおかしいと問題提起された。ここで政府は格差を是正する為に正社員という枠組みを無くす事にしたのだ。正社員も非正規社員も一律従業員となり、待遇も非正規社員のものに統一された。正社員だった者にはとっては大幅な減給であり、非正規社員はこれを歓迎した。業務は変わらないのに責任だけは重く、アルバイトとして働いても待遇がほとんど同じである。これには離職者が続出したが、これも計画通りであった。
会社を辞め、独立した方が稼げると気づいた能ある者は個人で仕事をする事が増えた。稼ぎが増え生活レベルが向上した者もいたが、歓喜しているのもつかの間。刃が差し迫っていた。
軽減税率に伴うインボイス制度の導入である。この頃の消費税は基本的に10%で食料品のみ8%を適用する軽減税率が導入された。税制としてとてもわかりにくく、事業者に多くの負担を課した。個人事業主やフリーランスなどは売上が1,000万円以下の場合、免税事業者として消費税の納税が免除される。しかしインボイス制度の導入で企業は適格請求書発行事業者の請求書じゃないと仕入税額控除ができなくなる。適格請求書は個人では発行できず、法人になるか課税事業者にならなければならない。つまり、今まで個人で仕事を請け負ってきた個人事業主やフリーランスは仕事をもらう事ができなくなるのである。個人で仕事を請け負う事が困難になった。
これで個人事業主を廃業するものが増えたが、一度会社を辞めた者が再び企業へ復帰する事は叶わなかった。外国人労働者の割合がどんどん増加している為、入る隙間はすでになかった。
__________
令和元年、政権を揺るがす大きな不祥事か発覚した。それは内閣総理大臣が主催する愚民を見る会である。愚民を見る会は各分野で功績や功労のあった者を招待して行われる行事であるが、首相の地元後援会の皆さんを多数招待し、税金を使って接待をしていると税金の私物化をしていると批判が多くあがった。
これに対し政府側は訳のわからない説明を繰り返しており、答弁の度に矛盾点が噴出し追求が深まる事となった。テレビやメディアでも取り上げられたが、世論は首相が有権者の接待をして何が悪い?税金を私物化してもいいから、そんな事より大事な審議をしろという批判もあった。
しかし政府は特に危機感を持っているわけではなかった。これだけ状況証拠が出てきても検察が動くことはなかった。いわゆる忖度というやつだ。動かないというより、動けないといったところだろうか。長引かせて有耶無耶にし、逃げ切ろうという算段だ。
2年後、衆議院の任期が終わり選挙が行われた。与党の自由贔屓党が¾の議席を獲得する大勝を果たした。数々の不祥事があろうとも奇しくも政権を担当できる政党は自由贔屓党しかなかった。
この頃には長年の自由贔屓党の腐敗政権を打倒しようと多くの政党が誕生した。しかし、ほとんとが猫の爪痕も残すことも叶わず消えていった。令和の頃世を賑わせた独裁政権から国民を守る党は中でも一番懐に斬りかかった政党だった。しかし、政府はテレビ、新聞、インターネットの総力を駆使して悪印象を植え付け、国民を洗脳した。
この頃政府の驚異となっていたのはYoutudeの勢力である。誰でも簡単に発信する事ができ、政治家も直接国民へ訴えかける事が可能となった。これを恐れた政府は日本でYoutudeの利用に制限をかけるYoutude税を制定した。日本限定で動画を投稿するにはお金がかかるようになった。極めつけは政治家のYoutudeの利用を禁止する法律が施行された。
そうなると当然反発する国民も出てきそうなものだ。表現の自由すらも侵す、憲法も知らぬ存ぜぬの政策に不満が出るのは当たり前だ。しかしYoutude税を納めてまで政権批判の動画を上げたり、Yaheeコメントで文句を言ったり、Twitrarで文句を言う程度であった。誰も打倒政権デモを起こそうともしなかった。政府も日本国民の国民性をわかってやっているのだ。後に知らない間に政権侮辱罪というものができた。政権に批判的な者は罰せられ、5年以下の懲役、500万以下の罰金が課せられる事になった。
これだけ滅茶苦茶な政治をやっても自由贔屓党の政権は揺るがなかった。野党よりましという意見もあるが、政権を担当できる政党が自由贔屓党しかない時点で詰んでいるのである。どんな不祥事が連発しようとも自由贔屓党が選挙で負ける事はなかった。この頃には国民の政治不信はかなりの域に達しており、衆議院の投票率で15%を下回っていた。ほとんどが自由贔屓党の支持母体である組織票である。国民は政治をほとんど諦めており、選挙へ行っても何も変わらないと思う人がほとんどだった。政府の策略にまんまとはまっていったのだ。
___________
この頃から政権に変化が生じてきた。今までは建前上最もらしい理由をつけて国民に痛みを伴う政策を実施してきた。それが露骨に悪政を行うようになってきたのである。
まず第一に子どもがいる世帯に子ども税を導入した。1人につき年間5万程度の税となる。こうなると子どもへの虐待が加速し、前年の15倍に跳ね上がった。お前さえいなければ!と虐待した結果、子どもを殺してしまうケースも激増し、殺人罪として検挙される頻度も激増した。出生率は0.5を下回る中、順調に子どもの数は減っていった。
そして消費税を2年に1%ずつアップする法案が閣議決定された。それもひっそりとだ。テレビなどのメディアには適当に芸能人を麻薬所持の疑いで逮捕させ、国民の目を背けさせた。
___________
それから数十年後、この程台風49号が日本全土に猛威をふるった。地球温暖化の影響で台風の発生数が年々増加している上に、威力も輪をかけて増大していった。台風の中心気圧は900hpaを下回り、最大瞬間風速は100m/sに迫った。
年間20以上の台風が上陸し、年中台風が上陸する可能性があった。各所で壊滅的な被害が出て復旧が間に合わない状態にあった。ある時、政府は復旧しない事を決めた。国としての支援を打ち切った。都市部以外は住める状態ではなく、インフラも止まったままになった。住民たちは住む場所を求めて東京へ殺到し、東京への一極集中が加速した。
台風がいくら上陸しようとも東京は無傷だ。政府は台風対策に1兆円を拠出し東京全土を守る障壁を開発した。これにより風や雨の量を軽減する事ができるのだ。東京以外では地獄の様相である。もう住める場所ではない。東京の外にいる者は自己責任と切り捨てられる事となった。
__________
台風の混乱の中でもひっそりと進められていたのが外国人参政権だ。幾度となく廃案になってきた法案で、自由贔屓党はかねてより根強い反対の立場を貫いてきたが、突如立場を逆転させてきた。密かに法案を成立させ、選挙権の他、被選挙権も付与された。国政選挙には外国人の率候補者が増えてきたが、日本人の投票率は10%を下回っていた。ほとんどが与党の支持母体である組織票で、政府の思い通りの候補者が当選していった。
日本の企業で外国人が多く働いているが、低賃金で長時間働かせるなど待遇が悪いと批判を浴びる事となった。この問題は世界的に話題になり、日本が一斉に槍玉に挙げられたのである。これに対処する為に政府の補助のもと、外国人労働者の待遇を一斉にアップさせた。労働環境、賃金を一斉に改善させたのである。注意点は日本人は除くという事だ。
今や日本人が人並みの生活を送っている者は少ない。政治家の家系に生まれた者か、有力者にコネがある者、経営者の大富豪くらいだ。昔から格差はあったが、今ではさらに格差が広がり極貧に苛まされている。生活保護は段階的に削減されていった。
年金の受給年齢は100歳に引き上げられた。今では年金を受け取れるのは1%にも満たなかった。
__________
今更だが、宇崎ちゃんポスターがこんなにも揉めたのは、ファンと非ファンの認識の差が大きいと思う。
宇崎ちゃんはその名前からして、「ウザキャラ」である。ウザいとはつまり不快ということだから、ウザさを前面に出した宇崎ちゃんポスターが人を不快にさせるのは宿命のようなものであった。
宇崎ちゃんのファンは漫画やアニメ(あるのか?)を通して、宇崎ちゃんはうざ可愛いなぁと思うのである。巨乳も煽り台詞も可愛い宇崎ちゃんの個性である。
問題は、宇崎ちゃんを知らない人。知らない人達の中に宇崎ちゃんポスターを見て「ありえない巨乳の女が上から目線で煽ってくる、訳わからない不快な絵のポスター」と感じる人が多くいるのだ。
今回揉めているのは「宇崎ちゃんポスターは人を選びファンでない人を不快にさせるからダメだ」派と、「いや、ファンでない人を不快にさせようとファンが来て献血が増えるからいいんだ」派である。
献血という人の命が関わる事柄なので、後者には正当性があるように思う。だが、前者の人達はそれに危うさを感じているようだ。
もしこれが宇崎ちゃんでなければどうだろう?
露出のない宇崎ちゃんと違って、極端な話裸でM字開脚した絵、いや写真だったら?それでも話題につられた男性客が来るだろうからいいのか?
エロじゃなくてグロだったら?グロ好きは来るだろうが、いいと言えるのか。
或いは、大きなムカデの写真だったら?不快になる人は多いだろうがムカデ愛好家は来るだろう。
差別がどうのという話なら、黒人差別ポスターだったら?差別主義者の白人が来るからいいのか?
「ファンでない人を不快にさせようとファンが来て献血が増えるからいい」には限度があるのではなかろうか?
勿論万人に受け入れられる表現はないが、赤十字のポスターはコラボ先の愛好家でない人が見てもある程度スルーできるものでなければならない。
宇崎ちゃんが「ある程度スルーできるもの」だったか。これが微妙なのだ。
すもも氏の調査でも、「宇崎ちゃんは不快じゃないし問題ない」と受け入れているのは、一番寛容な20代男性ですら半数を切ったのだ。女性は大半が不快感を示していた。
だが、これは宇崎ちゃんのポスターのみを殊更取り上げた結果であり、他のポスターと並んだ状態であれば不快だとも思われずスルーされていた可能性もある。
もう一つ、揉めているのは男オタクと女オタクの考えの違いでもある。
ある女オタクの人が、「私も萌えキャラやエロが好きだ。だからこそ、萌えキャラで人を不快にさせたくないし結果的に迫害されたくない。住み分けたい」と言っていた。
これは女オタクの考えだ、と思った。
不快にさせないよう、結果的に自分達の立場が悪くならないよう、私達は隠れよう、住み分けしよう。そう思って身内で「学級会」を開く文化の女オタク。
これに対し、隠れるなんてしたくない、自分達が受け入れられる社会を目指したい男オタク。
両者はけっして分かり合えない。