はてなキーワード: 有効とは
最近ADHDと診断された30代東大卒男だが、わかる。問題はバックレるかどうかじゃなくて、「成功する可能性」だけで満足できてしまうこと。
実際に成功するかどうかは本人の幸福にとって問題じゃないんだよ。だからといって、一般の人が思う「失敗を怖がっている」とか「プライドが高い」とかも完全に的外れの大間違い。
「まだチャンスがあると思える」事の方が、実際にチャンスを生かして成功することよりも、自分の幸福にとって、ずっと重要なんだよ。
失敗しまくっているから、失敗しても自分の人生がそこまでは悪くならないと知っている。成功体験がないのが問題でもなく、何回も成功した経験はあるが、大して嬉しくなかった。ADHDは報酬系にも問題があるから、成功時の「得した」感が普通より低い。だから、実際に成功したか失敗したかよりも、「成功する希望があるか」「成功する可能性があるか」といった期待感を持てるかどうかの方が、本人にとって生きる上でずっとずっと重要なんだ。「成功する可能性」の期待感だけあれば、希望を持って生きられる。「成功する可能性」が生きる希望なので、「成功する可能性」の期待感の喪失を避けることが最優先になる。
バックレれば、「バックレなければ成功したかどうか」は誰にも永久にわからない。だから、「成功した可能性」は残る。「バックレなければ成功したかも」と思える。「バックレた」のは自分の行動だから、自分で決められる。
つまり、「バックレる」ことによって、「成功したかどうかの決定権は自分が持っていたんだ」と思うことができる。「やれば自分も成功したかも」と思える。繰り返しになるが、「失敗を怖がっている」のとは全く違う。「自分にもチャンスがある」と思えなくなることを避けているのであって、たとえ失敗しても「またチャンスがある」と思えるのであれば全く問題ない。
たぶん、君が努力して手に入れようとしたものを手に入れる直前で手放してしまうのは、こういう理由だ。努力すると、同時に、「同程度の努力をもう一度行うのは不可能」という感覚も増す。最後の最後で、成功をつかみかけて万一失敗したら、「同程度の努力をもう一度行うのは不可能」と知っているので、「自分も成功したかも」とは思えなくなる。期待感を持って生きられなくなる。本人の幸福にとって重要なのは、結果ではなく期待感。なので、期待感の方が優先され、直前でバックレる。そうすれば、「もう二度手に入れる事が不可能なものを失った」とは思わなくて済む。自分の人生に不可逆的なダメージを負った、とは思わなくて済む。「自分がバックレていなければ手に入れられたはず」と思えるし、「人生に不可逆なことはない、未だ何も失っていない」と思い続けたまま生きられる。
で、どうすればいいか?わからん。結局、「幸福の感じ方」の問題、感性の問題。成功すること自体よりも、チャンスがあると思えることの方がはるかに重要。
自分の場合は、バックレる直前まで何もせずにいて、直前から努力して当たって砕ける…というタイプだったので、現実世界でも最低限の幸福は手に入れられた。
若いうちはそれで何とかなる。20代まではね。一般の、普通の「失敗した人」に紛れて暮らしていける。多分、元増田より年上だからアドバイスするとしたら、一般向けの「失敗を怖がるな」とか、その手の自己啓発のようなアドバイスは基本、役に立たないと思った方がいい。直すなら自問自答したり、ちょっとでも成功したら贅沢したりしてよいとかルールを作ったりして、「成功すること自体による幸福」の方を、「チャンスがあると思える期待感による幸福」より重要に感じられるようにするしかないと思う。それは、一般の人が行うやり方とは似て非なるものになると思う。
追記:
「合格しているのに手続きしない話はこれでは説明できない」という意見があった。また、「回避性パーソナリティ障害」というのがあるというのも初めて知った。
「回避性パーソナリティ障害」については読んだけど、要するに人から批判されることを徹底的に避けるという話で、「合格しているのに手続きしない場合」を説明できないことについては回避性パーソナリティ障害説も同様だと思う。
「合格しているのに手続きしない話」は、おそらく、「合格そのもの」が成功なのではなく、「合格したことによって他人からの自分の評価が上がる/幸せになる」ところまでを「成功」だと無意識に認識しているのだと思う。そう考えれば、上と同じ「成功する可能性を維持したい」説で説明できる。元増田の資格(危険物取扱者乙4種?)は、自分は分野外なので正確には知らないが、少なくとも弁護士や公認会計士のような難関資格の類ではないことは確かだろう。つまり、合格して手続きしたところで自分の評価が上がったり、自分の生活がよくなるとは限らない。せっかく合格して手続きしても、「成功」と思えるような外的評価が得られないかもしれない。そうなると、やはり、「成功する可能性」は失われる可能性がある。「手続き」しなければ、「成功する可能性がある」状態は保持できる。だから、元増田にとって、「手続きする」のは億劫だからやらないのではなく、そもそも「損するかもしれない行為」、自分が幸せに生きるために必要な「成功する可能性」を不可逆的に毀損するかもしれない行為。だから、無意識のうちに手続きしたくない、そんなのありえない、と思ってしまう。例えて言えば、近視の人がレーシック手術を受けるのと同じだと思う。高い確率で目がよくなるが、低い確率で疲れ目のような症状が出るかもしれず、角膜削るので一度手術すると絶対に元には戻れない。だから、近視の人でも皆がレーシック受けるという選択をするわけではないことは理解できる。これと同じ。
追記2:
別に元増田の原因が「これだ」と決めつけているわけでもなく、元増田自身がこの仮説で納得するかどうかもわからない。そもそも、元増田がADHDかどうかもわからないし、発達障害かどうかすらわからない。ADHDだが、この話は自分に全く当てはまっていないと思う読者もいるだろう。ただ、結局のところ、発達障害かどうかはキレイに分けられるわけではなく、中間段階があるもので濃淡のある連続的なもので、万人が少しはもっている傾向が極端に現れて生活に支障をきたすのが発達障害、というのは、おそらく学術的にも正しい言説だと思う。
元増田と自分の症状の両方を説明できる、現時点で一番合理的な仮説と自分が思えるのが「可能性を実現より重視してしまう」説だというだけ。自分も一年前は全然違う仮説を持っていたし、単に「失敗を恐れているだけ」なのではないかと思って自分を追い込んでみたこともあるが、どれも、自分の先延ばしにして直前になってやり始める症状をうまく説明できなかった。別に失敗してもクビになるとかキャリアに大きな影響を及ぼさない場面でも、「できるだけ良いものを」と思うと先延ばし癖が出るのが自分の症状。
この「可能性による期待感を結果より重視する」説だと、選択肢が多いければ多いほど幸せになるはずだが、そうはならない。多分、選択肢が増えすぎることを忌避する傾向(選択選好)も、普通の人と同様、同時に持っていて、これも考慮しないといけないのだと思う。スーパーで同じ「プリン」というカテゴリのものを、様々な種類のものをたくさん仕入れすぎると、結局迷って買う人が少なくなるというアレだ。自分の場合は、選択肢が少なくても、場合によっては選択肢が1通りしかなくて、それを行うか行わないか選ぶだけでも、「その選択肢を実現するか実現しないかを自分の好きに決められる状態を維持したい」ということになり、結局最後の最後まで決定権を行使しない。なんにせよ、何かが実現してしまうと、その何かが「実現しなかった」という可能性は0になってしまうわけで…実現しないことが後々プラスに働く可能性もあるような場合、なるべく、実現しない選択肢に後から切り替えられるように、最後の最後まで決定をしない傾向がある。自分の場合ね。多分、元増田も、そのあたりまでちゃんと考慮して、「可能性による期待感を結果より重視」以外に、もう1つ2つ仮説を立てないと、ちゃんと現象をうまくモデル化できないと思う。
追記3:
ブコメにいくつか返信。
ある。元増田がその一人になるかどうかはわからないが、「先延ばし」症状に真剣に悩んでいて、この記事を読むことで症状が緩和される人が一人でもが出てくるなら喜ばしい。
音楽と同じで、何が刺さるかは人それぞれなので、合わない人が人がいることは想定内。だが、読んでもらわないと仕方がない。注目度を上げるためには、「東大卒」を出した方がよい。
それが鼻について気に食わない人も出てくるだろうが、そういう人は自分の「先延ばし」症状で真剣に悩んだ経験がないのだと思う。
本当に先延ばし症状に苦しんでいるのであれば、書き手が東大卒だろうが高卒だろうがそんなことはどうでもよくて、自分の症状の一部に当てはまる部分があるかどうかを必死に考えるはずだから。
>それを世間一般に「失敗が怖い」「プライドが高い」と言うのだ…
そうそう、この手の分析を開陳すると、「それを失敗が怖いというのだ」という反論をする人が必ず出てくる。結論から言えば、この手の発言は単なるマウンティングだと思っている。
1)仮に、世間の一部に「失敗が怖い」=「可能性からくる期待感を結果より重視すること」を常識だと思っている人たちがいたとしても、これほど「腑に落ちた」というブコメがつくということは、明らかのその常識は一部の限られた人たちの常識であることは否めないだろう。自分の常識が皆にとっても常識だと思うのは間違いだ。
2)「失敗が怖い」から、「バックレ」までの間を説明してくれ。先延ばしにしたりバックレたりしたら確実に失敗するのだから、「失敗が怖い」とその時点で矛盾するだろう。
3)「プライドが高い」の「プライド」とは何か、定義したうえで、「プライドが高い」となぜ先延ばしやバックレにつながるのか、説明してくれ。
4)少なくとも自分は、「失敗が怖い」とも「プライドが高い」も、自分の先延ばし症状を改善するうえで役に立たなかった。真剣に「失敗が怖いのだろうか」と思って、失敗したらどれぐらい損をするのか多少強引にでも金額に換算し、失敗しても大した損にはならないと分かっている場面でも、先延ばしは発生した。「プライドが高いのだろうか」と考えて、実際に自尊心を低く保つように努力してみたこともあるが、先延ばし症状の改善には全く役立たなかった。「失敗が怖い」も「プライドが高い」も、結局、本人の症状改善につながらないなら分析として意味がないんじゃないか?
自分も経験したが、結局、この手の発言は、先延ばし症状を持っていない人間が、極端な先延ばし症状を持っている人間を一般的な「弱さ」と結び付け、自分より格下に位置づけると同時に、惑わせて先延ばし症状の改善を遅らせる効果しかない。極めて悪質で卑怯な類のマウンティングだと思う。例えていえば、食べ物のアレルギーのない人間が、食べ物のアレルギーを持っている人間に対して、アレルギーの存在自体を知ろうともせずに、「そういうのを、世間一般には食わず嫌いというのだ」と言って、歪んだ善意で説教するのと同じ。赤ん坊に蜂蜜与えて殺しておいて、「自分は悪くない」というジジババと同じだよ。何もいいことがない。
先延ばし症状に10年以上苦しんできて、いろんな人からいろんな事を言われたが、結局、アレルギーと同じで、症状を持っている人間がそれぞれ対処法を見つけて対処するしかないのだよ。
医者の反応もアレルギーと比較すると分かりやすい。重篤で生死にかかわるようなアレルギーには医者は真剣になって対応してくれるが、軽度なら医者は一般的な注意をするだけ。
精神科医も同じで、今にも自殺しそうな患者をたくさん抱えている中で、先延ばし症状で困っている人間なんて、軽度の話だから大して真剣に対応してくれない。だから、本人が自分で対処法を考えるしかないのだよ。
追記4:
「見通しが立たないこと自体、不確実性自体を避けていると考えた方が説明がつきやすいのでは?」という意見があった。その可能性は自分でも考えたし、確かにその傾向はあるが、その仮説だと、そもそも成功するかどうかわからない資格試験とか大学受験とかスポーツ大会とか、そういうものに参加すること自体を極力避けようとするはずなので、何かに挑戦することそのものを避けないとおかしくなる。元増田も自分も、何かに挑戦すること自体、挑戦への入り口自体は、特に精神的葛藤なしに行えている。また、不確実性を忌避する傾向は普通の人にもある程度ある話なので(大学受験で滑り止めを受けるとか)、不確実性を避ける話は関係していると思うが、「不確実性を避ける」だけでは説明できないと思う。
追記5:
「不成功防衛」のキーワードも何回か見た。要するに、「成功しないことで自分を守る」という話のようだけど、結局、何をしたら「自分を守る」ことになるのかよくわからないし、自分の何を守っているのかも人それぞれ。なので、何にでも当てはまってしまうように見える。フロイトをひいて解説しているものもあるが、フロイトは今日のような統計科学としての心理学が発達する前の人だし、あんまり信用できない。
人間が何を幸福と思うのか、リスク回避の傾向がどの程度あるのか、などは、統計が発達した後、行動経済学で心理実験を通じたよく調べられている話。この記事に書いたことも、その辺の書店に売っている、プロスペクト理論の話にヒントを得て書いた。ちゃんと考えれば、意思決定の仕組みが定型発達と先延ばし症状のある人で、意思決定の仕組みがどのように違うのか、少数の器質的なハイパーパラメタの値の違いで説明できるように思う。
追記6:
「では、どうすればいいか?」については、言及すると、「自分にはそれが合わなかった」という人がワラワラ出てくるだろうから、意図的に放り投げて最初から言及しなかった。とりあえず、自分自身について書くと、今のところ一番有効だったのがスマホのマルチタイマーアプリ。5分とか7分とか、そのレベルまでやることを細分化して、とりあえず目先のことを1つ終わらせる。
ただ、現状の不満は、どのタイマーアプリも「時間を測っていない瞬間」が存在すること。これによって、すぐにタイマーを回し忘れて、気が付いたら膨大な時間が過ぎている。とりあえず、「何かタスクをやっている」「休憩している」の2つでいいから、ボタンを押すとタイマーが切り替わると同時に時間計測を始めて、「時間を測っていない瞬間」が存在しないようなタイマーアプリを誰か開発してほしい。ストップウォッチより、何も入れないとデフォルトで5分とか15分とか計測時間が自動的に設定されるタイプのタイマーの方が自分には効果的だった。あとは、スマホのある場所が職場か自宅かぐらいはスマホなら取れるので、その辺も考慮してくれるとなおうれしい。
追記7:
「東大卒と名乗らなかったら、こんなにコメントつかなかったのでは」は、自分もそう思う。増田は、「東大」の名前を効果的に出せるので良い。ハンドルネームでも本名でも、名前を出している状況で東大卒と名乗ると、必ず反感を持って個人的に粘着してくる人が現れるので、自分から東大卒を名乗ることは基本的には難しい。
その行為もいつか、心が入ってないよ形だけこなしてんじゃねーよとかいわれて賞味期限切れの時を迎えるのかもね
...を、心が入ってないから賞味期限切れになるんだよ!という主張だと思ったんだろうね。
それだとその後の「しばらくでも有効ならいいじゃん永遠に有効な正解なんてないし人生は有限だし」がさっぱり繋がらなくなるけど、脳が自動的になかったことにしたんだろうね。少なすぎるリソースを節約するシステム。脳はすごいね
こんな努力というか対策も、心が入ってない形だけこなしてると、ある日突然賞味期限切れ(越えて単なる燃料)になったりするんだろう。
いや、わからんぞ。
まず現代日本でネット利用に罰則などつけるわけにもいかない、という認識は県の委員も持っていたから罰則などついていないが、そのために実効性の問題がまず出て。ルール決めたからって子供がネットやめたりするのか?
あとは、格差が広がるだけになるかもな。仮にある程度ルールと指導が有効で、平均点が県全体であがったとしても、優秀なやつの点があがるだけで落ちこぼれが落ちこぼれのまま変わらないなら、県全体の活力としては変わらない。格差がじわじわしたマイナスになる恐れすらある。
あとは個人的にこれの確認を最も期待しているが、ネット利用時間と成績の相関があるのは事実として、それは他の要素と比べてどれほどの強さなのか。例えば成績が微増しても、対策してない都会の学校に全く敵わないなら、ネット規制はコスパの悪い対策で、教育界隈は負の影響を過大評価しているかもしれない。
都心部に無理をしてでもマンションを買い、35年マックスのローンを組もう。
私は20代のとき早く結婚したので、35年マックスのローンを組んで都心部に小さなマンションを買った。
このマンションが6000万円くらいしたが、20年住んだその中古マンションがなんと6000万円で売れた。
そして20年間毎月払ってきたローンの総額が、売却差益としてほぼ全額戻ってきた。
(固定資産税は住宅ローン控除による減税分で相殺されたので払っていないに等しい)
・中古でのリセールバリューを考え、利便性の高い土地に、一般人でも買いやすい価格帯の普通のファミリーマンションを買う。高額すぎる物件はダメだ。高額すぎると富裕層しか手が出ない。富裕層は中古物件には手を出さない。
・戸建てはいけない。戸建ては上物価格が売りだすときは評価されず、実質的に土地代だけでの取引になるから買った瞬間に3~5割減額する。その点、マンションだと「そこに住む権利」みたいなものに価値が付いているので、よほどボロだったり利便性に問題が無い限り、買値とあまり変わらない値段で売れることを知った。
ディスレクシアに対して「大丈夫だよ!ちゃんと勉強すれば覚えられるよ。」なんて言ったところで意味はない。
先天性欠損症は見た目ですぐ判断できるからそんなことを言う人間はいないが、
外から見て健常者に見える障害者も沢山いることに気づいてほしい。
はいはい中二病乙、で済ませてはならない。ADHDも昔は甘えだとされていた。
何も異常がないがただ愛されない、という障害が存在する可能性もあるだろう。
本人に身体的な異常は見られないが、孤独であることは喫煙と同程度に心身に悪影響を与えるため、
おそらく女性の場合は愛されていなくてもセックスしたがる男性が多くいるため
同様に一般的に知性があり社会的地位の高い人間での事例が多く見られるのは、
低スぺの場合、障害によるものかスペックが低いことによるものかの判別が困難であるためと思われる。
特になし。
紹介はされるが続かない。ATMとして割り切った相手と結婚できる可能性はあるが予後は良くない。
人の目を気にせず誰かを愛しなよ=
実際にやったら「がっついてるから引かれるんだろ」と手の平返されて終わり。愛するなら猫可愛い・花が綺麗、レベルに留めること。
自分を愛する=
心身の健康を持つうえでは有効だが愛されないことには変わりがないため、
「努力したけど駄目だった」と徒労に終わる可能性が高い。やるなら見返りを求めないこと。
そういう意味のない指摘を続けることで増田の自己効力感が下がって追い詰められるのわかってんの?
繰り返しになるがこれは不治の「障害」だ。
治るなんて希望を持ってはならない。
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年末年始あたりからずっと燻っている。しかし批判するアカウントは片っ端からミサンドリーであり、一般人や支持層からは心を病んでいる人にしか見えず、大分あちらこちら書籍化をしてしまったり映画化をしてしまったり本屋が推してたりと、もはや今更はしごを外すことができなくなってしまっているため、このまま一部の熱心な層がエターナルエネミー認定するにとどまるであろう。
やはり日頃の行いは重要で、エコーチェンバーで満足しているクラスタは精神的に隔離されてしまっているため、そこで燃えても仕方がないのである。
一般の感覚を持っている層に届くことがあれば、そこから大ごとにもなる流れもあろうものの、普段から正常な言動を心がける事の重要性はここにあるのである。
常人が見ても引くようなネタ・素材はたくさんあるのに、批判側の異常性によりそれを有効利用できず、これからもずっと「ちょっと頼りないけど実は分かってる男性・父親代表」のビレバン芸人として世に広まっていくと予測される。
某高級ふりかけは、おかかと刻み昆布をメインに、醤油・みりんで味付けし、白ごま・松の実をアクセントにしている。
まさに日本人の舌に合う、美味しいふりかけなのだが、同時に昔ながらのふりかけだと思わされた。
あけましておめでとうございます。新年の抱負に、以前に勤務先のアドベントカレンダーで共有した内容を編集してインターネットに放流します。少し古い部分が残っているかもしれませんがご容赦を。
自分の経験から、英語のべんきょうに役立ったと思われるものをピックアップしてお伝えします。本年こそは継続的に時間を作ろうとい う決意表明をかねて、記事にします。気張った感じがするのを嫌って、「勉強」と書くのを避けました。
大学生の頃でした。当時、研究室配属になり英語論文を読み始めたのですが、さっぱり読み解くことができません。そこで英語学校に通うことにしました。駅前留学系は料金前払いで絶対失敗すると思ったので、当時2ちゃんねる英語板で最も厳しいと評判だった渋谷の通訳翻訳養成学校に通いました。
結果的にこの厳しい学校に半年通ったのが大きな成果でした。毎週カセットテープ(!)をもらい、全く意味の分からないCNNニュー スを聞き、書き取るところからでした。英語であることだけは分かるものの、まったく訳が分からず苦行そのものでした。しかし意味が分からないまま2週間聞き続けたところ、ある夜、突然文字で聞こえるようになった感触を今でも覚えています。
英語学校の期末となり、進級試験に落第したタイミングでTOEICを受験したところ、770点でした。聞こえるようになりましたが、依然として話せる感じは全くありません。
その後就職し、そのまま数年が経過しました。社会人生活が徐々に進むにつれ、英語で説明を求められる機会が増えてきたところで、再び同じ通訳養成学校に通いました。このときは新聞記事中心の宿題で、半年経過後のTOEICは820点だった記録が残っています。
この頃から毎週、夜の22時から電話会議に出席するようになっていました。日本からの参加者は自分一人だったため、なんらかの責任を感じていたような気がします。幸い、言っていることは大体分かるのですが、話題に飛び込めない。ときおり日本からの主張を挙げる必要があったのですが、即座に文を作ることができず、ほんとうに辛かった。主張しなければいけないトピックがあるときは全部スクリプトを下書きし、発音練習してから臨んでいました。
ここで一念発起して、快読100万語!ペーパーバックへの道 (ちくま学芸文庫) ( http://www.amazon.co.jp/dp/4480087044 ) という本を参考に、絵本から復習を始めることにしました。すると、Oxford Reading Tree ( https://global.oup.com/education/content/primary/series/oxford-reading-tree/ ) や "I Can Read!"シリーズ ( https://www.icanread.com ) といった絵本から、小学生低学年向けのマジックツリーハウスシリーズ ( http://www.amazon.com/dp/0375813659 ) と読み進めるうちに、読書スピードが格段に速くなっていきました。計測サイトで試したところ、ネイティブの小学校1年生くらいまでになったと記憶しています。
リーディング強化と同時に、podcastで配信されるNHK英語ニュースを毎日聞いていました。その修行の成果があり、900点となりまし た。同じ年に初めての海外出張があり、会議でためらわず発言できる程度になっていた記憶があります。具体的な方法は後述。
数年後に留学機運が高まったタイミングがあり、IELTS対策をしました。このときは留学支援会社の英語学校に通い、文法と定型的に書く方法をやりました。結局留学しませんでしたが、正しく英語を使う意識がついたようで、今でも役立っています。TOEFLは興味のない分野の語彙を覚えるのが苦痛でまったく合わなかった。IELTSは英語で国語の試験をやっているような感じで、自分に合っていた気がします。
だまされたと思って、近所の図書館でOxford Reading Treeの実物を見てみてください。品川区立図書館や目黒区立図書館には所蔵されてたはず。3才児レベルの1ページ1単語から始めるのですが、これが馬鹿になりません。日本語の絵本を考えると瞬殺ですが、英語になったとたん、各 ページの理解に一瞬引っかかりを覚えます。どうやら、この引っかかりがなくなるまで、同レベルの絵本をたくさん読むのがいいようで す。少し値段は張りますが、セットでまとめ買いする価値はあると思う。ただ、今ではアプリで似たようなことができる教材があるかもしれません。
自分の場合、途中で絵本を卒業し(飽きたとも言う)、マンガに移行しました。ドラゴンボールの全巻セットと、よつばと!(Yotsuba&!)をamazon.comから輸入して読んだのが、本当に力になったと思います。辞書は引かずに読みました。ドラゴンボールはほとんどストーリーを忘れており、新鮮に楽しめました。数語で端的に状況を表す表現がたくさん出てきたように思います。1ページあたり、30秒から1分程度掛かっていました。よつばとは日本語版を読んだことがなかったのですが、評判を聞いていたので挑戦しました。生活に関する言い回しを、英語でそのまま覚えたりできました。おつかいは errand.
マンガでやっていく場合、ポイントがいくつかあったと思います。
PodcastでNHK World Radio Japan ( https://www.nhk.or.jp/podcasts/program/nhkworld.html ) を毎朝聞きます。聞くだけでなく文字を目で追うのが重要。
出勤前など事前にダウンロードできるやり方として以前の方法を残しておきます。今では通信環境が太いことも多いと思うので、通勤中のストリーミングに抵抗がないのであれば、直接NHK World - Japan ( https://www3.nhk.or.jp/nhkworld/en/news/ ) で各記事を読みながら音声を聞くのでも良さそうです。
これを数件繰り返していました。対象ニュースを探すところで真剣に聞くので、ヒアリング力が上がったのと、音と文字が結びついた のが実感できた記憶があります。
Netflixが頭一つ抜き出ているのは、Chaos Engineeringによるオペレーションです、いやこの記事はそういうトピックじゃなかった。Netflixは英語字幕を提供してくれているところが本当に素晴らしい。Chrome拡張に、英語と日本語の両方の字幕を同時に出せるものがあるので、これを有効にしてダラダラ見ているだけでめちゃくちゃ力がつきます。すべての作品が英語と日本語の両方を提供してくれるわけではないですが、動画を見るのが嫌いじゃなければ、今ならマンガよりもNetflixだけでいいかもしれない。
ここ1年ほどDMM英会話を続けていますが、他の学習をすべてサボっており、単に1日25分会話しているだけだと本当に伸びません。上で挙げたようなインプットがあって、25分の会話のアウトプットに意味が出てくるのかなと感じます。
今年こそ再開していくぞ!
今年もやはりパワハラで終わるのかと思ってパワハラ受けやすいエントリー書いたけど anond:20191227082606
今年はパワハラで終わらなかった。
今年の終業日は口先だけであろうが上長の感謝言葉の元に終えた。
社長賞を貰った時も経営本部大賞を貰った時も、直属の上司から今回のような感謝の言葉は無かったよ。
役員を除いたらほぼ初と言って良い上長の感謝のお言葉だったんじゃないかな?
まぁ口先だけっぽいけど言い方やアクションがうまいのとイケメンなんだよな。イケメン無敵か
とっても上手くて悪い気はしなかったし、平和に終わり過ぎて、「2020年はかなり幸先が良いようだ。宝くじとか当たるのやもしれんな。使い道を考えておかんと…」思うレベルだったけど
ああいう気遣いが出来るなら、そもそもガキじみた噛みつきや振る舞いはしないで欲しいんですけど?というのがワイの本音や
あと、
という会話をしたけど、ここでいう”別に“ は「新人という名の連絡役が1人増えても別に困りませんよ」の意じゃよ。戦力になるって話じゃ無いぞ。そもそも現メンバーが戦力に…(ry
まぁそれを説明するのは流石に憚れたので、『みんなチームでお仕事をする気は微塵も無いようだよ。探究心があるのはいいと思うけど時間がない時は答えは渡してるんだから納得しないでも使って欲しい。検証と改善は空いた時間でやって欲しい』という事を話したけど、
スキルの均一化が出来てないどころか、スタート時からはほぼゼロ成長とは思ってないご様子の上長だった
まぁ人ごとのように言っているけどスキルの均一化が出来てないのはワイさんの失態なんだけどね anond:20191012130608
それでも 寛大なクライアント様から上々評価を頂けたようで何よりですわ
やはり宝くじ買うべきでは?
というか寛大なクライアント様抜きにしてもワイが今所属する会社はほぼ何をしても”失敗“にはならないようなので本当に何よりである
というか何をしても失敗にならないのだから聞くまでもなく投入すれば良いのでは?
加えて、失敗とみなされてもサラリーマンが背負う責任とやらはたかが知れているのである
でもプロジェクトがポシャったら契約やパートナーの子らの振り先はどうなるの?で
非常にいただけない態度だとは思ってる
でも出世ゲームとはどれだけ要領よく無責任に振る舞えるか?だからね
仕方ないね
なお、日本の一部企業ほどうんこでないにせよ外資も同じだったぞ
・ありがとうは超オーバーにやろう。相手を喜ばすつもりでやろう。義務で言う普通にいう「ありがとう」は言わないよりマシなレベルでしかない。Let'snote貰ったくらいの勢いで
・外見大事。威嚇大事。TPOにもよるけどガチガチにスーツで無い方がいいかもしれん
・Macはクソ
ウォーホールの「未来では、誰でも15分だけ有名人になれる」を体験した気分だ。
いろんなコメントがあったが、ほとんど読まなかった。でも、レスポンスを少しだけ。
・内容がつぎはぎのよう。嘘松。
→増田で真贋を確認したい面々がいることに少々驚く。真実だが、増田とはいえ個人を特定されかねない生々しい話は、離婚協議中にあれば書けない。「私は傷ついた、だから子どもに会わせない」という超理論が今の日本では成り立つ以上、そんなリスクは取らない。
俺個人についても、書いたよりもっとクソみたいなことがたくさん起きた。知りたいならググれば似た話はいくらでも出てくる。
なお、俺より辛い思いをしてるのは女性の別居親だ。これは男が女がという話ではなく、等しく多くの離婚家庭で起きている悲劇だ。いまの制度では、DVや虐待していた親が親権を獲得する場合もある。それがあるから、同居親による児童の虐待事件が後を絶たない。
・専念したとあったが、専業主夫じゃなかったのか。手伝ったというような感覚だからいけないのだろう。
→酔って書いたものにレスがつくと、書いた瞬間から書き手を離れるということがよくわかる。
「専念」が辞書でいう「心をその事に集中すること」なのであれば、働き方、住環境、家計、休日の使い方、家事育児の分担など全てにおいて、妻の負荷を分散し、子を育てることに集中させてきたことをもってしても専念したといえないならそれはヘビーじゃないかと思う。
そりゃ、共働きの母親が引目を感じるのも当たり前だ。俺と同様に「子育てに専念してない」と言われかねないのだから。そうして子育てをヘビーにした結果、現役世代が感じたのは子を持つ重責であり、その帰結が少子化なんじゃないか?
「手伝った」という表現に姿勢が表れてるというあれば、仕事をしていながら「子育てしてるなんて勘違いも甚だしい」というのだろう。言葉狩りすげー。
・子どもが本当に好きなら育児をしなければよかったというだろうか
→辛い別れに、いっそ記憶を消して欲しいと思ったことがないならば、おそらくまだ幸せな範囲の別れしか経験したことが無いのだろう。
おそらくモーレツ社員がもてはやされた時代の父親であれば、育児に大して関わらず、子どもと離れることを比較的早く受け入れられたのだろうと思う。
イクメンと広告代理店におだてられた俺たちは子どもの匂い、やわらかさ、温かみを身体で覚えてる。
子どもの笑顔が記憶のなかから薄らいでいることに気づいたとき、ときおり街で子どもの感触を思い出すとき、どんな気持ちになるかわかるだろうか。
毎月養育費を払い込むためにATMに立つ瞬間、金を払い込むという一点だけで繋がるという残酷な事実に驚く。
子どもが成人するまでの養育費と引き換えに、妻と子どもに関する一切の記憶を消すという悪魔が現れたら相当悩むだろう。
→なんでも陰謀論で捕らえられて幸せだな。俺も共同親権の国だったらこんなことにならなかっただろうと思う。また、単独親権であっても、俺は子どもが育っていく様子を見守れるなら、親権に拘らない。苗字が変わろうと、たったひとりの子どもだ。
まだ離婚が成立してない俺からすれば、日本は共同親権だろうと、子どもに同居親が会わせないということが平気で起きる不思議な国であることが身に染みてる。大して期待してない。
この国にあるのは、同居親の「お気持ち」絶対主義。子どもの気持ちも無視される。
→まさに、そのとおり。俺が酔った頭で言いたかったことはこれにつきる。
俺は妻について今更どうこう言うつもりがない。
離婚時の相手と離れたいと思う気持ちと、子の親権や監護権を獲得するために有利な方法が一致しているが故に、別居親を引き離すことが有効になっている。ゲーム理論でいうと、真っ先に裏切れる側が一番多くのものを得られる設計になっている。
諸外国は共同親権を採用している。一度別れた夫婦間でやっていくのは大変だ。それでも、紛争か断絶を容易に招く単独親権よりはかなりマシだ。
「共同親権は最悪の家族法制といえる。これまで試みられてきた、共同親権以外の全ての家族法制を除けばだが」
・結婚しなくてよかった
→残念ながらお前らのいうことはもっともだ。家庭を持ち、子を育むといったことがここまでハードになった時代もないだろう。
このハードさの背景には、然るべき収入があり、正しい(恋愛)結婚があり、正しい(若すぎず、遅すぎない)タイミングで妊娠し、正しいやり方で育児を分担し、正しいレベルの教育を受けられるべき、そして子どもは正しく育つべき、というあまりにも横並びの幸福観ではないだろうか。
私の妻も正しく離婚を選ばざるを得なかったかわいそうなシングルマザーでありたいのだろう。
インターネットは自由な社会を作るかと思いきや、この日本においては「正しさ」を強い同調圧力として生み出していった。
先日の少子化加速を総理大臣は国難だと言ったが、この国難を招いたのは、制度設計の稚拙さだ。
障害者の社会参画を目的にした法が有効に機能していないという話に対して、そもそも障害者など雇いたい存在ではないみたいな法整備以前のスタート地点に戻すのはさすがにナイーヴ過ぎるとは思った。
淡々と積み立ててるよ。老後は年金と運用益だけで暮らしていくのが目標。
中小企業なので、企業年金とか企業型確定拠出年金なんてのは無いから、iDeCo (個人型確定拠出年金) とNISA (一般NISA) を利用している。
確定拠出年金は60歳になるまで原則として引き出せないけど、どうせ月2.3万円が上限なのであまり気にしていない。つみたてNISAではなく一般NISAなのは、年間120万円と上限があるのと、株や米国ETFを買うため。とはいえ、長期投資の観点からはつみたてNISAの方が好ましいので、制度改定を見ながら適当な時期に移行する予定。
NISAとiDeCo、特定口座で毎月13万円程度積み立ててる。ボーナスは毎回50万円ほど使って、配分を調整する。(基本的に売却はしない) 短期的には含み損が出ることもあるが、30年を超える長期投資なのであまり気にしない。
今のところの配分はこんな感じ。
一部米国株を中心に個別株で持っているけど、他はほぼ全てが投資信託 (信託報酬年0.2%以下が大半) か米国ETF。
人にお勧めできる買い方ではないので、他の人にはiDeCo/つみたてNISAで
あたりをオススメしてる。
トラディショナルな貯蓄型の生命保険はゴミなので、都民共済に加えてじぶんの積立 (明治安田生命) を掛けている。後者の生命保険機能はほぼ無くて、実質生命保険料控除を取るためだけのもの。常に解約返戻率が100%以上でいつでも解約して数日後には返戻金を受け取れる。
独身であれば共済で十分だし、生命保険料が年間8万円前後 (共済の割戻金による) になるので控除枠を有効活用できる。
今のところ掛けていないが、農協のライフロードが有力な選択肢。(他社は月2万円からだったりと、個人年金保険料控除を考慮してもイマイチ。) 10年以内の返戻率は100%を切るが、個人年金保険料控除を含めて考えれば損益分岐点は5,6年くらいになるはず。
年間十数万寄付して、返礼品をもらっている。制度自体は不健全なところはあるけど、節税の観点からは他の適法な手段と同じだから気にせず使う。