はてなキーワード: 自己主張とは
ニンテンドースイッチを持っていたので、流行に乗ってフォートナイトを始めてみた。
pubg 荒野行動の話題のおかげでゲーム内容は大体知っていたし、ゲームはそこそこやる方なのですぐに参戦できた。
匿名の日記なので、抽象的に書くと、今後の人生生きていてもそんなに楽しいこともないし、私自身の人間スペックの底もわかってきたし、
失敗することのほうが圧倒的に多いし、生きていてもどうしようもないな、将来不安だし早めに死んじゃおうかなあって気分だったのに、久しぶりにゲームをしてると夢中になれた。
どうも人生に対して生きる意味だとか生まれてきた理由だとか求めすぎていたらしい。
実を言うと、私は世界の深淵にある神の意志を探し求める者であると思いこんでいる節がある。微笑ましく言えば中二病、シリアスに言うとカルト宗教のターゲットの若者っていう感じ。
現段階の私の人生は誰にだってできる細々とした仕事をするだけ。失敗したなあ、死ぬかなあ~~という気持ちに一日一回はなる。
これはフォートナイトが面白いという日記。フォートナイトのいい意味での「意味の無さ」がベリーグッドで好き。
なぜ我々はバトルロイヤルに参加させられるのか。なぜか島を襲うストーム。キャラクターは自己主張のダンスを踊る。戦場なのに陽気すぎる。
出会ったら銃撃戦。
建築はまだ下手。
やってることは鬼ごっことかくれんぼと秘密基地建設。たまに銃撃戦。気がつけば小学生男子のような真剣さでゲームをプレイしていた。
フォートナイトは小学生男子になってキャッキャと銃撃戦が楽しめるゲームなのかもしれない、とまで言い切ってみる。
金曜日の夕方、何も期待せず、暇つぶしのためにダウンロードしたゲームを土曜日曜の二日間プレイしただけで、私の世界はポジティブな方向に変化を遂げた。
知らない人たちと無邪気に遊ぶことができる。
TwitterでFF外から失礼しますと言って返信してくる人がいるが、
そもそもネットは不特定多数が使ってつながるようになっているのに
知らない人が返信してきたからって、それは別に「知らない人から返信が来た」程度の話。
わざわざそんな事を頭に付けるくらいなら、はじめましてで済む。
それに「FF外から~」を付けてくるユーザーは変な人が目立つ。
自己主張をしたいだけなのかもしれないが、元のツイートから突拍子もない解釈をしてる人が多い。
そりゃFF内であっても失礼だよという話。
付けても付けなくても失礼なのは変わらんのだから、FF外を付けてきて更にウンザリする。
こいつこんな事を返信するためにFF外からきてるのか…とそんな感じ。
いきなり来て「FF外から失礼します」ってきた挙げ句にわけのわからない返信を言いたい放題されるよりかはいい。
そりゃ独歩さんも「なんだァ?てめぇ…」ってキレるよ。
あれを最初にやった人は、何を考えてFF外からの返信は失礼だと思ったんだろうな。
FF外なんてのを頭に付けるくらいなら何も付けないでいい。
ほんと付けるなら「はじめまして」で十分。
想像以上の非効率さを目の当たりにして、漠然と抱いていた「社会人への憧れ」が粉砕されてしまった。
特に大手企業の対応には眼に余るものがあり、入社するつもりだった会社にも幻滅してしまった。
この様子だと入社後の扱いや会社の行く末も知れている。今は真剣に辞退を検討している。
僕が具体的にどういう所に就活の非合理・非効率を感じたのか、記憶が新しいうちに記録しておこうと思う。
個人情報の一切合切を書き込む手間が毎回あり、それだけで一社あたり10〜20分ほど使わされる。
エントリーシートの締め切りもマイページに書いてある場合が多いので、まだ募集しているかどうかわからないのに登録するハメになる。
そのため登録してみたら実は募集が終わっていました、なんてこともしばしば。
それでいて選考通過のお知らせは電話でよこすのだから意味がない。マイページのメールボックス使えよ。
志望動機、学生時代に力を入れたこと、などが鉄板。
これの厄介なのは合計1000文字など平気で要求してくるところだ。
もちろん使いまわせるところは使い回すが、同じ「学生時代に力を入れたこと」でも400文字と800文字ならいちいち直さなければならない。
それを20社、30社と出すのだから学生の負担は計り知れないものとなる。
無駄に力を入れてユニークな設問を入れてくる会社もある。その場合、また改めてゼロから400文字ひねり出さなくてはならない。
しっかり読み込まれているならまだしも、面接のときの「話のネタ」程度で終わるのがオチである。
そのうえ、面接でエントリーシートの内容について口頭で説明させることも多い。
エントリーシートで400文字もの志望動機を書かせたのにも関わらず。
失礼としか言いようがない。
地方の学生であってもわざわざ東京の説明会に参加しないとその後の選考を受けられない、という場合が多くある。
最近はネット説明会を導入する会社も増えているが、やはり基本的には説明会への参加を強要される。
このインターネット時代に何をやっているのか、開催する方もそれなりの負担があると思うのだが……。
学力を見たいのなら学歴で判断すれば良いのである。もしテストで学力を見たいのであれば、対策のしようがない、自社製のテストを作るべきなのだ。
その労力を企業が怠るために、学生はわざわざ本を買ってwebテストに備えるハメになる。
学力テストならまだましで、「精神疾患へのかかりにくさを測るテスト」というものが存在し、実際に大手企業が使っていた。
これがたとえば「がんになる可能性テスト」だったらどうだったであろうか。疾患リスクで採用候補者を絞るのは完全な差別である。
社員が仕事でうつになった時、自己責任にするような会社なのだろう。
このような面接で学生の能力や人格がわかるとは到底思えないのだが、ご丁寧に日程を分けて3度も4度も行うので交通費も時間もかかる。
話す内容は学生時代のアルバイト、サークルなどでの仕事についてだ。
これは嘘をついたもん勝ちで、一部の本当の努力家か、その人たちの成果を横取りして話した人間が突破することができる。
しかし企業側もうまく嘘をつける人材が欲しいのかもしれない。そうであれば妥当な選考か。
協調性、論理性など、チームで仕事をする際の能力を見ていると思われる。
新卒採用HPの「求める人材」の欄に「協調性」とあれば余計な自己主張はしないのが吉。
たとえ納得できない論理が展開されていても、遠回しに否定するか反論を諦めるかしないといけません。それが会社で求められる能力です。
ちなみに僕はほぼ発言しなかったGDに通過しました。そんな選考やめちまえ。
怒涛のオワハラの開始だ。
(オワハラとは「就活終われハラスメント」、つまり内定を出した学生を囲い込むために就活を終わらせようとすること)
そもそも最終面接において、学生が第一志望と宣言するかどうかで内定の有無を決めることからしてオワハラだと思うのだが、内定後はさらに酷いオワハラが繰り広げられる。
「他社選考の集中する日程に研修を入れる」「他社は辞退します!と言わせる」など、立場の差を利用してありったけの圧力をかけてくる。
僕はこれがトドメとなって第一志望の志望度がダダ下がりし、内定辞退を検討している。
つらつら書き連ねてきたが、他にも書きたい「企業の学生に対する失礼な行動」がたくさんある。
サイレントお祈り、勝手に送りつけられるパンフレット、圧迫面接などなど……。
大学の学業について、「社会では役に立たない」から、とバカにしてくる企業もあったそうだ。
「学校のコネで入社できるんでしょ」「学歴がいいんだから、いい企業から内定がもらえて当然」「何のためにいい大学に入ったの」
親がバブル世代であり、就活に苦労しなかったこともあって、無理解や誤解には非常に苦しめられた。
加えて、卒研の担当教官からの「早く就活おわらせて学業に専念してね」というプレッシャーも非常に苦しい。
就活が長引けば研究が終わらず、卒業できないリスクが待ち構えている。そうなれば入社がどうこうという話ではなくなってくるのだ。
このような事態に学生が一方的に我慢せざるを得ないのは、全て新卒一括採用のせいである。
周りの学生と比較して内定が取れていないと焦り、追い詰められてとりあえず適当な会社を受けて内定をとる。
入社後、その仕事がちっともやりたくなかったということに気がつく。
やりたくない仕事を毎日残業までこなし、転職の余裕もなく、会社で消耗して精神を病んでしまう。
あるいは、自分に合わない業界で就職活動をし、内定をもらえないまま夏を迎える。
間違いに気づいた時にはすでに遅く、新卒カードを失った就職浪人生ができあがっている。
翌年あらためて就職活動を行うも、就活に失敗した「劣等生」を採用する会社は少なく、学生の時には無かった苦労を強いられる。
新卒一括採用を行い、そこでレールを外れた人間は一生「レールの上」に戻れない。
そのような採用方法がなければ、自分のペースで就職活動を行い、じっくり会社を吟味することができるはずなのだ。
「御社」の内定は辞退し、海外にでも行って働くのがいいのかもしれない。
しかし踏ん切りがつかないでいる。それは僕自身も、この就活を通じてすっかり価値観を染められてしまったからなんだと思う。
まさか「就活うつ」を超えた先に「内定うつ」が待ち受けているとは思わなかった。このまま入社すれば「社畜うつ」が待ち受けているのだろう……。
その人が、どうTwitterを利用するかという目的で旦那の愚痴を言うか言わないか、ってのあると思うけどね。
愚痴はすぐつぶやけても、なかなか惚気ってのは言いにくいもんだよ。
タイムラインの流れが「毎日終電」とか「自立しようにもお金がない」てなってるところに「旦那はいつも思いやってくれるし真面目で優しい。宝くじ級のいい男!」なんて思っても言いにくいじゃろ?
知り合いに「そんなの関係ない。自分は旦那大好きだから大好きエピソードたくさんつぶやくよ!」て人いたけど、そういうのやっぱ言いたがりというか自己主張に固執するタイプで、他人の傷つくことも「私ははっきり言うタイプだから」ってズバズバ指摘して、友達を失っていった…
話はズレたけど
「あー幸せ!幸せでたまらん!」て言ってると逆の状況でよけいに辛くなる人がいる。そこらへんに思い至らないと日常会話でもTwitterでも浮いちゃうんじゃないかな。最初から「惚気アカウントです!」くらいの、みんな承知してるよねって状況じゃないと、発言しにくいもんです。
長いけど、原因と対策とをまとめた。自分用メモでもあり、誰かの役に立てばそれはそれで幸い。
まず、世の中の構造が機能不全だと認める必要がある。なんでも自己責任自己責任と言っているのは思考停止。
生きづらさを感じる人は、なぜ、この社会はかくも病んでいるのか、を理解する必要がある。
が大体の機能不全の原因だと考える。
・自分と他人が別の人間だという意識が弱い、自分がこう思うのだから他人も同じという同一視が激しい(単一民族国家が原因。見た目に差がないから中身や考え方まで同じといった、「みんな同じ」幻想が強い
・専業主婦や終身雇用など、他者や組織に依存しないと生きられない仕組みを作った、安定はあってもそれは依存であり自由や自立を奪う(不安遺伝子が原因。自由や自立よりも安定を好む人間が多いんだろうけど、他者や組織に依存しないと生きられない、共依存社会なのは不健全
・減点主義で完璧主義な働き方を良しとする。いくらやっても褒められず、真面目にやればやるほど合格点がどんどん高くなり、自分で自分の首を絞める(不安遺伝子が原因。不安が強いと完璧主義になるけれど、それを社会全体でやらなくてもよい。完璧主義な社会は他者への寛容さがない。だから、迷惑をかける人間が悪とされる。赤ん坊やベビーカーや、迷惑をかけて当然なのに。寛容さがなくなった結果、自己責任論が強くなる
・上記の完璧主義と同一視が行きすぎたからか、思考停止をしてマニュアル通りに動くことを求められる。「相手によって求めているものに違いがある」という前提がない同一視の激しさと、完璧主義な接客を求めた結果だと思う。
マニュアル通りに動くこと、は、自己主張をせず自分を殺してロボットのように振る舞うこと、に繋がる。
・上記のような働き方が原因で自己主張が良しとされず、自己主張が良しとされない風潮ができ、自己肯定感が低く不安遺伝子が強い日本人は、他者に嫌われないために自分を抑圧するようになる。(日本社会が周りに合わせる、空気を読む、同調圧力の強さ、などと言われるのは、抑圧の強さから)
日本人の自己肯定感の低さについては、国の調査がソース。子供を対象にした調査で他国より圧倒的に低かったけど、子供がそうなんだから大人も高いわけがない、という解釈。
「言いたいことも言えないこんな世の中じゃ」とか「ありのままで」とかって抑圧を嫌うフレーズが流行りながらも、その風潮は変わらない。(社会構造が変わらないから)
こういった、生きているだけで大きなストレスの原因となる、社会構造・風潮があることを認める必要がある。
そして、このストレスの原因が、パワハラやセクハラといった社会問題を起こしていることを認める必要がある。
パワハラやセクハラを減らしたいなら、こうった社会構造を変えないと、無理。個々の対処療法では、ストレスが別の矛先に向くだけ。
(最近の例なら、女の記者を男に変えたところで、男記者へのパワハラが起こるだけ)
今の社会構造では、支配-被支配が連鎖してその中で暴力が連鎖していってるから、支配-被支配に陥る構造を変えない限り、パワハラやセクハラといった暴力はなくならない。
既出の、専業主婦や終身雇用などの他者や組織に依存しないと生きられない仕組み、が、支配-被支配の原因。
現に、パワハラ的ではない労働環境の方が少ないという異常なことが起きている。労基法を守らないのが当たり前、という労働環境が多すぎるのは狂っている。
日本の問題は、労働環境が異常という点は認識しながらも、そこから先を考えていないこと。その異常が原因で数々の諸問題が起こっていることを認識していないか、わかっていても見て見ぬ振りをしていること。
セクハラ、痴漢、DV、レイプなど、性暴力が減らないのは男が被支配のストレスを溜めているから。労働者として会社に支配されパワハラ的な働き方を強いられることにストレスを感じ、弱い存在に八つ当たりしている。八つ当たりは許されないけど、性暴力が減らない背景にはこういった事情があることを理解した方がいいと思う。
会社-労働者といった支配関係の中で被害者の男が、男-女といった支配関係の中で加害者になっている、ということを理解した方がいい。
男が長時間労働前提の働き方で父親不在の家庭が多く、それ故に母子密着になることが多いのが日本の家庭の問題。(同じく長時間労働前提の韓国でも母子密着が激しそう。母親の過剰な神聖化と、男尊女卑の強さと、長時間労働が前提の社会だと共通項がある)
社会としても、過剰に母親に責任を求める風潮がある。そういう社会からのプレッシャーと実際の1人での子育て(以下ワンオペ育児)に、余裕がなくなり「毒親」となってしまう母親は多いと思う。
毒親経験者の体験談を読んでいたら、ほとんどが母親のワンオペ育児の結果だった。父親と母親の両方がいるケースにも関わらずワンオペ育児という概念があることが不健全だということに、社会が気づく必要がある。
主婦にしろ主夫にしろ、不健全。(相手に経済的に依存することと、ワンオペ育児という親と子の両方に負担があることをすることが)
ワンオペ育児が当たり前となった社会をやめるためには、長時間労働前提の働き方を変えるしかない。
そして、子供の中で家庭環境にストレスを抱えた人間が学校でいじめをしたり、動物や虫を殺したり、暴力の連鎖、八つ当たりの連鎖なのが、この社会。
暴力・ストレスの原点である、会社-労働者の支配-被支配をやめれば、長時間労働前提の働き方ではなくなり、女が労働市場で不利になることがなくなり(長時間労働前提で終身雇用前提の現状は女が圧倒的に不利)専業主婦という経済的に他者に依存する生き方を選ばなくてよくなり、男も育児参加できるようになり、ワンオペ育児が原因の機能不全家族も減る。
要するに、会社-労働者も男-女も親-子も、対等な関係性になれる。
労働者が終身雇用を人質にパワハラ的な働き方を強いられることがなく、専業主婦が生活費を人質に家事育児を押し付けられたりDVを受けることもなく、そういった親側のストレスやワンオペ育児にならざるを得なくなる環境がなくなり親子関係も今より健全になる、と。
なので終身雇用をやめて中途採用前提の社会にすべき、と私はずっと言っているが、いつになることやら…。
自民党は、支配者(会社)に都合が良い政策、経営者などの雇う側に都合が良い政策しかできないから、いつまで経っても会社-労働者の支配-被支配の関係が変わらず、その結果、男-女や親-子の支配-被支配が再生産されることも変わらず、ずっと、機能不全社会のまま。
さて、原因については終わり。
社会を変えるという方向性ではなく、機能不全社会でどう振る舞うかという自身の態度についての方向性で考える。
ここ数ヶ月、この機能不全社会でどう生きれば幸せを感じられることが増えるのか、それをずっと考えていたけど、そこまで難しいことではないのかも、と思えるようになってきた。
女性は結婚をしない(自分が相手と同等か相手以上の収入がある場合を除く。自分の収入に問題がなくても、家事育児を手伝う気がない男とは結婚しない方がよい。稼ぎは同じなのに家事負担は不公平といった理由で不仲な夫婦しか周りにいないため)
これによって、他者や組織に経済的に依存して、意に沿わぬことを強いられる状況を避けられる
(意図的な選択ではないにしろ、結果的にこの状態を選択する人が増えている。未婚率の上昇と自分の意思で非正規や無職を選ぶ人間の増加と。このまま、結婚や終身雇用の正社員という立場を拒否する人が増えたら、システムは変わるのかな…?
・同一視を強化させるような情報に触れないこと
一番はテレビ、私個人は何年も見ていないけれど、価値観の押し付けという面で、一番タチが悪いのがテレビだと思う。街頭インタビューとか、価値観の押し付けの極みかと…。
ネットも、使い方によれば、毒になる。
似たような価値観の人が集まる場所を選択して見えるからこそ、視野が狭くなるのが、ネットの怖さ。
他人と自分とは違う、1つの物事に対しても多種多様な見方がある、と常に意識してネットができたらいいけど、それができないと、多くの情報に触れているつもりでも、自分の価値観・偏見が強化されているだけで、視野が狭くなっているだけのこともあるので、注意が必要…
価値観なんて宗教みたいなもの、人間には偏見がある、考え方は人と自分で違っていて当たり前、と理解した上で、似た人の集まりを選択するのは良いかもしれないが、それを理解せず、自分の価値観が正義で他は間違っているというスタンスでネットをするのは、同一視が激しいのでやめた方がいいと思う。
そういったスタンスでネットをしている人間も多いように感じる。
機能不全社会でシステムに適応をして抑圧をしてストレスを溜め込んで生きている反動で、ネットで喚き散らす人間が多いのかもしれないけど(病んだ社会ほど、匿名の空間が荒れてる、日本にしろ韓国にしろ
他者と自分を同一視せず、あくまで、人は人で自分は自分で違っていて当然だという前提を持つこと。(社会的にこのコンセンサスがないから、機能不全社会なんですが)
たとえネット上でも、そういった前提がない人間が多い場には近づかないこと。
個人的には、多くの人間が集まる場所、SNSやポータルサイトなどは、そういった前提を持たない、同一視が激しい人間も散見されるので距離を置いた方がいいのかも、と考える。
・あとは、減点主義ではない職場で働いて(フリーランスで雇われずに働くのもあり)、自己主張をして、思考停止を良しとせず自分の頭で考えること
これぐらい、思ったより難しくない。
既存の価値観(終身雇用の正社員が素晴らしいだとか、結婚するのが偉いだとか)に囚われていたら無理だけど、そういった価値観を捨てて、病んだ社会システムにいかに巻き込まれずに生きるか、といった生き方を選択するのは、難しいことではない。
一番辛いのは、病んだ社会システムだと自覚しているのに、そのシステムの中で生きていること。(私個人も今の職場が病んだ社会システムの象徴のような場所なので、早く辞めたい。契約が切れるまでは、そのシステムに染まらず自分を貫いて保って、乗り切る…)
システムの異常を知覚したら、そこから離れて、異常に巻き込まれずに生きること、これが一番大事なんだと思う。
機能不全家族なら親と実家から離れること、ブラック企業なら辞めること、機能不全社会なら国外に脱出するか、ここに書いたような機能不全な部分に巻き込まれない生き方をすること(日本に生きていても、機能不全な部分に巻き込まれずに病まずに生きている人もいるから。正社員でも終身雇用ではない専門職(資格職)の人とか、抑圧や思考停止をしなくてよい社風のベンチャーで働く人だとか、夫に経済的に依存していない女性だとか。
大多数が病んでいる社会でも、病まずに生きることは不可能ではない、と理解すること。(日本みたいな不健全な社会で幸せを感じようとするより、健全なシステムの社会で幸せを感じる方が楽だと思いますが。言葉の壁とかが気にならない人はシステムが健全な社会に逃げるのもあり)
この異常なシステムの中で病まないためには、会社に支配されない、女性なら男性に支配されない(経済的に依存しない)、これが、一番大事なんだなぁ、と感じる。
そして、健全な社会(自殺率が低かったり、幸福度が高かったりする社会)は、これらが当たり前に満たされているんだな、と。
中途採用前提だから会社と労働者は対等だし、日本ほど男女の賃金格差が激しくない・長時間労働でもなく終身雇用でもないから女性が男性と同じように働いて稼ぐことが可能で、男と女が経済的に対等だし。(先進国でも男女の賃金格差はあるけど、日本より圧倒的にマシ
男も女も支配-被支配に組み込まれやすい社会構造だからこそ、病んでて、そのストレスを他者を攻撃することで発散してるこの社会だけど、その他者を攻撃するエネルギーを社会構造を分析したり社会構造を変えるための行動に使う人が増えれば、もっと世の中はマシになるのでは…と思いますが。
長いから最後まで読んだ人がどれくらいいるかわからないけど、同じように、機能不全社会に生きづらさを感じる人の思考の役に立てばいいな、と思います。
システムは異常だけど、適応せずに生きれば、病まずに生きることも可能だ、と、自分に言い聞かせたかったのと、そうやって、異常なシステムに適応せずに自由に生きる人が増えた結果、システムが変わればいいな、という希望と。
攻撃的自己表現は、非主張的自己表現と対照的に、自分の言い分や気持ちを通そうとするものです。例えば「言い放しにする」「押しつける」「言い負かす」「命令する」「操作する」「大声で怒鳴る」などは、攻撃的自己表現です。
ただ、攻撃的自己表現にはこのような明らかに「攻撃的な」表現もありますが、そうでないものもあります。ハキハキと表情豊かに自分の意見を述べているように見えるとき、丁寧で優しい言葉や態度でおだてたり甘えたりしているときでも、自分の思い通りに操作するとしたら、攻撃的自己表現にあたります。雑談での「押し付けがましいダメ押し」や「不必要な一言」なども、優位に立つための攻撃的表現といえます。
セクシャルハラスメント、パワーハラスメントなどは、攻撃的自己表現の典型的な例です。相手の同意や善意に依存し(つけこみ)、自分の発言を通すことにばかり気を取られ、相手の反応は無視/軽視する自己表現です。
攻撃的自己表現では、自分が正しいかのように言い張り、相手を黙らせようとしたり、同意させようとしたりします。自分と異なる意見やものの見方に耳を傾けようとせず、雑音、異物、脅威ととらえて無視、排斥しようとすることもあります。
このような表現をしている人は、一見堂々としているように見えますが、どこか防御的で、必要以上に威張ったり強がったりしがちです。
結果としてたしかに意見は通るのですが、本人が後味の悪い思いをすることも少なくありません。自分の言い分が通れば、一時的には満足感も覚えますし、優位に立って勝った気分になります。しかし、そんなことを続けていると、利害関係で付き合う人は周りに残るでしょうが、それ以外の人々には敬遠され、孤立することになります。
先に非主張的自己表現で我慢を続けた末にキレることがあると述べました。そのようなケースは、普段は非主張的自己表現をしてきた挙句、いきなり攻撃的自己表現の方に大きく針が振り切れて爆発するケースと考えることができます。
権力や権威のある立場の人、知識や経験が豊富な人、役割や年齢が上の人は、このような攻撃的自己表現を無意識のうちにしてしまいがちです。また「地位や年齢差、権威などによって人権は左右されるものではない」ということを理解していない人、常に自分が優先されるべきだと考える人、自分の思い通りに人を動かしたい気持ちが強い人がとりやすい言動です。攻撃的態度を向けられるのは、部下や弱い立場にある人、子供などです。
この攻撃的自己表現も、先の主張的自己表現と同様に、二つの心理と繋がっています。一つはその人自身の心理、もう一つは社会的・文化的背景による心理です。
まずその人自身の心理です。例えば自分の考えは正しい、優れているという思い込みや、自分の言い分を絶対に通したいという欲求、あるいは自分の考えや気持ちが通らないことへの不満といった心理です。
注意すべきことは、この攻撃的自己表現も、非主張的自己表現と同様に実は、相手に依存し甘える心理に繋がっているということです。
すなわち、社会の常識や習慣から無意識に「攻撃的」になり、社会や組織でそのことは許容されていると思い込んで、無自覚なまま、さらに権威、権力、地位、役割、年齢差、性差などを利用して自分の意見を通すために相手を操作してしまうのです。
例えば上司が部下の事情を無視して休日出勤を押し付けるとか、親が子供に怒りをぶつけるとか、立場が弱い人に対して相手の反応を待つべきところを一方的に命令するなどのケースです。
攻撃的自己表現が習慣になると、他者の従属的態度や支えなしには自己を維持できなくなっていきます。挙句の果てに、周囲からは横暴で自分勝手な甘えを撒き散らしている人と見なされていきます。その結果、先に述べたように、いつのまにか孤立を招いてしまうのです。
攻撃的な対応をされた相手は、不本意な行動をとらされ、軽く見られたとか、人格を無視された、馬鹿にされたという気持ちが残るでしょう。その結果傷つき、恐れて、相手を敬遠したり、怒りを感じて復讐心を覚えたりするようになるかもしれません。
あるいは、相手も攻撃的自己表現の強い人の場合は、自己主張の押し付け合いや喧嘩が起こり「勝ち負け」の人間関係になっていくでしょう。
いずれにしても、対等で親密な人間関係や、安定した人間関係を築くことは難しくなっていきます。
ここまで述べてきた二つの自己表現のタイプ、非主張的自己表現と攻撃的自己表現は、ともに年齢や地位の差、権威や力の差、ジェンダー・バイアス、差別意識などの強いところで無意識のうちに使われがちです。この二つのタイプは、凹凸のような関係とも言えるでしょう。
非主張的自己表現では、弱い立場の人が強い立場の人の攻撃的態度や表現に屈することになり、ストレスを蓄積させ、心理的不適応を抱えることになります。
一方、攻撃的自己表現では強い立場にある者が弱い立場にある者の弱みや善意を利用することになります。利害関係のあるところでは、弱いものいじめをしながら自分を支えることができても、そのうち周囲から敬遠されていくでしょう。
先に、非主張的自己表現の傾向の強い人が突然キレる例をあげました。誰でも状況や相手によって両方の自己表現が出てきますが、「非主張的自己表現」と「攻撃的自己表現」が交互に現れる人もいます。例えば外では言いたいことは言えないのに家では暴君の内弁慶タイプ 、DV で妻をいたぶる夫、不登校児の家庭内暴力などです。
主演、または座長と呼ばれる人達は、内外でしっかりしなくてはならないと私は思う。
たとえそれが、演技初めてのド新人であっても、大御所であっても。
「俳優」という職業についているからには少なからず「プロ意識」を持っていてほしい。
半年以上かけて追いかけた長編ドラマの主演の子に対する、溜めに溜め込んだ愚痴。(笑)
最後まで追いかけられたのは、主演ではないほかの役者が好きで追いかけていたからです。
子供に夢を与える通年番組と書けばなんとなく分かっていただけるでしょうか。
私はそこの主演の俳優さんに、もやもやとしたものを溜めつづけてきました。
彼はこの番組が俳優としてのスタートです。そう思って何度も許そうとしてきました。
事の発端は、週刊誌の記者に、同じ現場で仕事をしている女優と泊まりデート?という記事を書かれたことです。
それが放映期間中で、かつ、土曜日と日曜日は彼らみんなで舞台をやっていて、そのあいだに写真を撮られました。
その時は、駆け出しなのに可哀想、という気持ちが先行していましたが今にして思えば「プロ意識が低すぎる」です。
男と女が泊まっただけで騒ぐのか、とも言われました。付き合ってなかったとしても、そういう目で見られるのは確実なのに、放送期間中、舞台の途中にそういうことをするという行為自体が軽率だと思います。
次に、板の上での態度です。
舞台や、ライブ、イベントはナマモノです。その日その回でしか見られないこともあるし、そこしか見られない人もいる。
そういう人達の気持ちを考えていないような発言や行動が見受けられました。
舞台公演中に自分の身体的アクシデント(右目にゴミが入ったこと)を主張して話を止めたり、アドリブで彼本人の趣味であるゲームの台詞を入れたり、
公演後、はけるときに「帰ってモンハンをする」と言ってはけたり、
『ここはあなた本人の自己主張をする場所ではなく、キャラとして立ち居振る舞うことを求められている場所だ』
ということをまるきり分かっていないようでした。
基本的に、子供がいる前ではキャラクターでいなければいけない、という感覚を、彼は持ち合わせているのか疑問に思います。
「今日は初回だったからミスもありましたが、この先もっと良くしていくのでまた来てください」と発言したこともありました。
あなた達のリハーサルに、お金を出して付き合ったんじゃないよ、と思いました。
ミスはあったとしても、向上心を持ってやっていきたいです、って言えばいいんじゃないの?って思います。
ミスがあったことを、堂々と言えばいいってものではないですよ。
それから、周りの俳優さんたちは、主演をとても持ち上げてくれていました。
その俳優さんたちの気持ちはわかります。そうさせる何かがあったのかもしれません。
でも、私には、甘やかされているようにしか見えませんでした。
だってとてもじゃないけど、作品のファンとして、主演の俳優さんのことを、
主演です、って胸を張って紹介できないです。少なくとも私は。
それでも私が好きな作品とあなたのやっているキャラクターには罪はなくて、共演者も甘やかしすぎとはいえなにか罪を犯したわけでもなく、私は最後まで作品を追いかけました。
最後まで、好きになれることはなかったな。
ここまで書いたら大体誰のことを言っているのか特定されてしまうと思うので、もうひとつ。
彼、ずっと、戦隊決まってからも、「仮面ライダーが好き」って言ってたんです。それ自体は責めません。
でもある時、そのあとに、「戦隊も好きですよ、後付けで」って言ったんです。馬鹿にしてるでしょ、って思いました。
後付けで、って言って笑いを取りたいんですか?
最後のイベントの日、彼は「仮面ライダーや戦隊を見て俳優になりたいと思いました」って言ってました。いきなり戦隊も入ってきたなあ、ということが気になって、内容が頭に入ってきませんでした。
そもそもあなたが「この公演しか見ない人もいると思うからお礼を言います(意訳)」だとか、今さら言っても、誰かに怒られたんだろうなあ、本心なのかな、って疑ってしまうんですよ。
なんかよくわかんなくなってきたのでそろそろシメたいです。
最後のイベントの日に「YouTubeで上がってた動画のコメント欄みたんだけど」と言っていました。もしかしたら予告とかの公式のものかもしれないけれど、そういう言い方は違法なものを公認しているように聞こえるので、言わない方が良かったと思うな、と思いました。
これが最後。
作品の名前を残すために売れたい、と言っていたけれど、本当に国民的俳優になるくらい売れたら、その時は認めて許してあげようかなと思います。
一ヶ月ほど前に弟の結婚式があったんだけど、式の2日ぐらい前に親戚のおっさんが突然出席をキャンセルしてきた。
姉である自分の母がおっさんキャンセルの理由を聞いたものの、ほぼ言いがかりに近い内容だった。
今までこのおっさんは親戚の食事会とかに突然だだをこねて行かないと騒いだりしていて(この一件がきっかけで自分の耳に入るきっかけとなった)、
母や他の親戚の人が隠密になだめてなんとか出席をしてもらいその場を収めていたらしい。
しかし、このキャンセルには母も思うことがあったらしくおっさんを説得することもなく普通にキャンセルを受理した。
式当日はと言うとおっさんの欠席に対して誰か言及することもなく、むしろ存在すら忘れられてつつがなく終わった。
おっさんの存在はもともとなかったかのようだった。おっさんは自分が思っていたほど重要な存在ではなかった。
自分も思春期のときはわがままを言って「俺は◯◯にはぜってぇでないからな!!」と言い放ち周りがオタオタするのを見て満足していたことがあった。
だけど、実際に周りがそれを受け入れて自分だけおいていかれると、口に出した望みは叶ったはずなのにものすごく寂しかったのを覚えてる。
今頃◯◯にいったみんなは楽しんでるのかなぁとか思った。
こんなリツイートが流れてきた
防衛省が公開した陸上自衛隊の日報の2006年4月2日分である
○アジアの友人
球春到来、日本のセントラル・リーグも開幕し、春の高校選抜野球も大詰めである。ここキャンプ・ヴィクトリーでは、今なお新しく知り合いになる米国人とはWBC(ワールド・ベースボール・クラッシック)の話題から始まっている。日本が優勝して以来、我々も本当に鼻が高い。
しかしながら、準決勝で惜しくも日本に敗れた韓国に気を使い、韓国の連絡幹部の前では野球の話しをするのを控えていた。昨日夕食で同席した韓国少佐が期せずしてWBCの話しをしてきた。内心穏やかではないのであろうが、日本の優勝を祝福し、「本当に日本は強い。韓国は日本に10年は遅れている。」と言ってくれる。我々も「運が良かったこと」、「予選では韓国に2連敗していること」を強調する。お互いに謙遜のしあいである。
この「謙譲の美徳」は、アジア独特のものではないかと感じている。自己主張の強い欧米人からすれば何を卑下しあっているのかと思うだろう。
キャンプ・ヴィクトリーでは日本にとって韓国は「アジアの良き友人でありライバル」である。コアリション・オペレーション部内でも朝一番にきて、一番最後に帰るのは日本と韓国である。現在の日韓の微妙な関係に全く影響されず、良き友人として日韓お互いに切磋琢磨している。(黒塗り)
○雷
今朝5時半頃、「トーン」というすごい音で目が覚めた。「迫撃砲でも落ちたか?」と思ったが、雷であった。朝から断続的に雷が落ち、稲光が上空を走っている。雨も激しく降っており、キャンプの彼方此方が冠水している。
https://www.asahicom.jp/news/esi/ichikijiatesi/iraq-nippo-list/20180416/370/060402.pdf 19/22
ああいう風に落ち着いたトーンで普通にセックスしてるだけでいいんだよ。
うるせーし、おちつかねーし、過剰にきたねーし、なんなの?
受けを狙うに当たって香辛料振りまくる(表層的な刺激を強くする)ことしか出来ないような感性の貧困。
及第点の容姿の出演者2人連れてきて普通にベッドでセックスさせて
それを横から落ち着いたアングルで撮っててくれたらそれでいいから」
っていいたくなる。
男性向けAVにはなにも期待しなくなった。
ていうかAVなんてかなりの部分出演者の能力に頼るのが正道だと思う。
男性向けAVは見えない製作スタッフがうるせーなーって前から感じてた。
同じ女優の作品でもあまりにも評価が乱高下するのだって、製作側の味付けがうるさ過ぎる証拠でしょ。
あと男優にまともに注意払わないのも不可解だし。
女性向けAVは女優男優とも同じぐらいに注意が払われてるとこがいい。
男性向けは女優だけのインタビューシーンだけど女性向けは男女そろって会話するシーンが入る。
そして女優(女性からすれば同性)についても厳しい突っ込みが入る。
汚いとかうるさいとかは論外で、もっと微妙で繊細なとこまで見られてる。
女性向けAVの良さに接するほど、
男性向けAV作ってる奴等の無能さと雑さと独り善がりさにむかついてくる。
ノイジーな企画、邪魔臭いアングル、男女とも興ざめするうるさいあえぎ声、気持ち悪くて自己主張強い無能な男優、それを気にしないスタッフ…。
ここからは想像だけど、AV製作業界って風通し悪いんじゃないかな。
新陳代謝が活発で切磋琢磨がある業界ならこんなに淀んだ感じの加齢臭のキツいシーンになってないと思う。
女性向けAVってたぶん男性向けAVの積み重ねた文化からフリーな人(キャリア的にも感性的にも)が指揮取ったんだと思う。
ツイッターまとめで以下のようなタイトルで拡散していますがデマです。
この「まんがタウン」ですが、昨年秋頃、5chにリンク貼られてるのを見つけて以来ウォッチ対象にしてましたけど、少なくとも2017年9月から存在しています。
http://web.archive.org/web/20170902104833/http://manga-town.net/
おそらく出来たのは8月ではないでしょうか。なので「漫画村から名前を変えた」わけでも「復活した」わけでもありません。別サイトです。
どっかの海賊版ウォッチサイトでは、フリーブックスが潰れた直後に出てきたことから、フリーブックスの残党がやってるのでは、とか憶測も書かれてましたが、私には確認する技術もないので真実は知りません。
昨年8月には、すでに漫画村は有名サイトとして広まってましたので、「まんがタウン」という名前は、漫画村を意識して名付けられたことは間違いないでしょう。
もしかしたら、漫画村とまんがタウンは同じ運営で、同時にいくつも海賊版ビューアサイトを乱立させているのかもしれませんが、サイトの作り方や更新のされ方に違いがあったりするので、よくわかりませんが違うんじゃないかな。
漫画村との違いとして、まんがタウンには「オススメ」コーナーがあって、そこには「祝1000話達成」とか「待望の最新刊」とか運営によるちょっとした煽り文が書かれてたりします。また、成人向け書籍を頻繁に更新しているところも違いましたね。
漫画村の場合、自分とこで配信している海賊版には「漫画村」マークの透かしをつけているほど自己主張が強かったのですが、まんがタウンはそこらのZIPダウンロードサイトに流れてるものを根こそぎ配信していた感じです。
あとtwitterに「まんがタウン」公式アカウントがあるというのも誤りです。愉快犯による偽アカウントでしょう。ツイートでは漫画村が使用してたキャラをアイコンに使ったり「漫画村が復活」と書いたりして後継サイトっぽくしてますが、その漫画村はサイト停止になる前にサイトのお知らせ欄で「twitterはやっていない」と明確に否定していました。後継ならtwitterやりませんよね。
追記:
Twitterについて「漫画村の偽アカウントの名前を変えただけ」と書いていましたが、調べたら漫画村公式の偽アカウントとは別のIDでしたので、該当部分を削除し訂正します。
漫画タウン【公式】(@mangataun)さん | Twitter
https://twitter.com/intent/user?user_id=1310922066
【公式】らりっくま@漫画村(@mangamrarikkuma)さん | Twitter
https://twitter.com/mangamrarikkuma