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はてなキーワード: 学校とは

2018-01-21

受験

子ども受験って本当胃が辛い。

そわそわそわそわ全然落ち着かない。

とりあえず試験のものはそれなりに頑張れたらしい。

それは本当によかった。

ただ当人曰く過去問と比べて易化してるという評価

それが競争ハイレベルラインできつくなるということなのか、出来る子にはできる問題であり、かつ本人に相性のいい問題であったのか。

傾向もかわり、多くの受験生対策してたであろう問題が出なかったらしいし、でも普通学校テストのような基本的問題が出たと当人は言ってるし。

この学校、倍率は高いし、小規模校だから情報も少なくて安心懸念もできなく本当もどかしい

あーー!!!もう早く楽になりたい!合格発表見にいくの想像しただけでゲロ吐きそう。

色々考えると怖くて仕方ないけど、私の人生ではなく、彼の人生から、結局は見守るしかできない。

どういう結果であれ、それが当人人生にとって良いものとなりますように。

結局はそこなんだと自分に言い聞かせる。

2018-01-20

anond:20180120101421

 小室哲哉に対する記事から同情するべき部分があった.その同情から派生して「不倫=悪」と宣伝するのは不味いと言う記事があった.何か感覚が違うなと思っていたので,とりあえず不倫に対する認識を述べていく.

不倫に対する評価は「子どもの有無」で変化すると考えている.

子どもがいるのか.また義務教育期間を脱しているのか.18歳以上か.

 子ども権利的にも責任においても不完全な状態である.そのなかで,彼ら彼女らが不倫によって心身にダメージを追ったり経済的貧困に見舞われるのは避けたい行為である.またそれを助長するようなメディアの在り方も自粛すべきだと考えている.メディアが発するイメージ私たち価値観形成にも役立っている.

 子どもが18歳以上であり自立しているなら,親同士の権利責任による反中でとくに被害を被っていると考える必要もなくなる.

子どもがいない場合相手離婚申請をすでに行っているのか?

 すでに離婚申請を行っているが相手同意してくれない場合.この場合はすでに愛が冷めており契約本来意味合いがなくなっていると思える.したがって,これには特に罪だと規定する意味合いがない.子どももいないので特にかに迷惑をかけていることもない.

 離婚申請を行わず隠れて不倫を行うのは結婚契約意図に沿わないので原則として辞めるべきである.自信がないなら事実婚を選ぶべきだ.責任権利が発生する契約責任逃れは不味い.

さいごにメディアが行う.芸能人の「不倫報道の在り方」について書いていく.

過激報道で,事実を断片的にとった報道は許されるのか?

 許されないだろう.また市民メディア情報を疑って読むべきだ.だれが書いたかやどの会社出版したのかを考えて読む必要がある.情報は伝えられる際に必ず歪む.報道は「正しく事実を伝えること」にある.部分的に取り上げて印象を変えてしまうのはメディア本来意味をなしていない.

芸能人不倫問題についてメディアが口をはさむべきか?

 芸能人メディア露出して価値観イメージを変化させる主体である.そのため,結婚と言う「契約」を守れる信用できる人間なのかを判別するために必要である.そのため,彼ら彼女らが契約違反を起こしたことも交通事故を起こしたことも同じように,彼ら彼女らの意見を背景を持つと考えるために知る必要がある.影響力は権力であることを忘れてはならない.

メディア不倫についてどのように報道していくべきか

 不倫を減らすような告知はしていくべきだと思う.「子ども貧困」や「離婚」をせずに結婚契約違反を行うのは信用を失う.全体で見ても社会的な損失である

 また,不倫がどのようにして起こったのかを分解して,再発が起きないように周囲の変化に目を向けるのも良い.熟年離婚家庭内貧困にも目を向けるべきだし,不倫と言うより「愛情が無くなってしまった」場合の逃げ道が整備されていないのも問題である.このような家族人間関係の在り方を提案し,メディアの力で告知を行ってほしい.

 

子どもが成人したときに親の熟年離婚合理的であるし,何も咎められるものもなく互いにwinwinであると思っていた.

 わたしは「学校にいる人とは全員仲良くしなくてはならない」という考え方や「家族とは仲良くしなくてはならない」という考え方を,選択できる自由がない人間に言うべきではないと思っていた.また選択できない中で,「仲良くする=winwin」と考えている先生にも疑問を感じていた.彼ら彼女らが自由へと目を向けるように離婚に寛容な社会存在してもいいと考えている.

メディア報道されることの潜在的デメリットについて

 メディアの告知によって,相撲ボクシングなどの暴力的メディア放送されると同じような事件が起きやすくなる.自殺ニュースを挙げると増えてしまうという側面もある.そのため,不倫については「さわらぬ神にたたりなし」で見なかったことにしよう.という意見もあっていい.遠ざけて,わたしたちとは関係のない話だと蓋をするのも状況によってはありかと思う.

 余裕をつくって考えてみるといい.

クラスに王いたよね?

張くんとか、李くん、金さんとかチャンタスックさんとか。

日本まれ日本育ち、あるいは日本引っ越してきた外国ルーツの人。

学年に3, 4人いる感じ。

なんかフィクション学校ものだと全くいないか、いても金髪白人とか。

地域時代によると思うけどどんな感じだったか気になる。

東京西部アラサーです。

シリーズ不寛容社会』0001 日本人が「ネットバッシング」を止められない理由に「日本人が元来持つ特性」があった

 日々、ネット世界悪人が仕立てあげられ、ネットバッシングネットリンチが繰り広げられている。確かに、叩かれるほうには否があり、叩くほうの意見に理がある場合が少なくない。しかし、バッシングが開始され、その流れが定まってしまうと、にわか大勢が参加し、過激さが加速度的に増していくさまは、脅威を感じるときすらある。

 『他人非難してばかりいる人たち バッシングいじめネット私刑』(岩波 明/幻冬舎)は、こういったネット住民たちの多くは一見正義派」を装っているが、目的他人を徹底的に糾弾し、傷つけ、ひねりつぶすことにあるという。

そうだとすると、なぜ、「バッシングすること自体自己目的化したバッシング」が横行しているのだろうか。本書によると、これには「世界が小さくなっていること」と「社会の変化」、そして「日本人が元来持つ特性」が関係しているという。

 まず、「世界が小さくなっている」というのは、インターネットSNSが大きな役割果たしている。“隣人”の範囲が広がりつつあると共に、個人秘密を保つことが難しくなってきている。

新しいデバイスを得たことで容易に他人の弱みにアクセスし、付け込むことができるようになった。また、匿名性が声を過激にしている。

 「社会の変化」については、社会で「コンプライアンス」が重視されるようになってきたことを挙げている。昨今の「クレーマー」は、“普通の人”や“善人”が豹変する特徴があるといわれる。

なぜか。内面的には「他人を許せない」「非難せずにはいられない」という不寛容日本人が増えてきているからだ。背景にあるのが、社会の「コンプライアンス重視」らしい。

 社会で「透明化」が推奨され、会社などで「コンプライアンス」が強調されることを、マジメな日本人は表向き良しとしている。一方で、「コンプライアンス」によって、これまでの慣行が突如「悪」として否定されることがしばしば起きている。

コンプライアンスを遵守するということは、不自由煩雑手続きを伴うということだ。ルールが細かく決まっているほど、余裕がない現場では「違反」も生じやすくなる。もちろん、コンプライアンスは遵守すべきだが、「違反」が発覚したとき他者は「自分は守っているのに」という抑圧された気持ち反動で、バッシングの火を過剰なまでに燃え上がらせる、というのだ。

 「日本人が元来持つ特性」とは、「差異に敏感」なこと。日本という島国の“閉鎖的空間”が培ったものだという。

閉鎖的な空間ではしぜんと同質集団形成され、「微妙差異に敏感」になる。たとえば、多様な民族宗教的背景を内部に持つアメリカに比べると、同質集団である日本には大きな「安心感」があるが、バックボーン価値観が似たようなものになりやすいため、すこしの異質でも排除しようとする働きが起きるのだ。

「アイツはどこか浮いている」「同期で能力はたいして差がないはずなのに、アイツだけ出世した」「あのガンダム作品好きが気に食わない」など、学校職場とかで生じる「妬み」や「憎悪」が「イジメ」や「ハラスメント」に発展しやすいのも、この日本人特性と深く結びついている、と分析している。

 以上の3つの要因が複雑に絡み合い、「ルサンチマン(常日頃から感じている悔しい思いやねたみの気持ち)」を抱えやす日本人は、攻撃できるはけ口を見つけると、ボルテージが一気に増幅。日常は抑えている攻撃的な衝動があらわになる、というわけである

 バッシングをすることによって、物質的な利益を得られるわけではない。むしろ、相当の時間エネルギーを消費してしまう。非合理的な行動なのだ

本書によると、そもそも人の行動の多くは、合理性よりも「快、不快」あるいは「好き、嫌い」の感情で左右されるものだという。攻撃的で不寛容な人たちは、自らの感情に忠実な人たちという側面も併せ持つ。

 閉ざされた狭い島国において、似たような顔をしたものどうしがお互いを監視しつつ、ほんのすこしの差異のために競い合い、憎みそねみ合っている。

私たち日本人は、こういった状況を世界的にみて特別だと気づくこと、特殊だと認めることから始めるべきではないか、と投げかけている。

https://anond.hatelabo.jp/20180120162858

https://ddnavi.com/news/270886/a/

anond:20180110194621

続き

人間は●か×かのどちらかにした傾かないか中立存在しないとか言っちゃってるバカタレがいたなー。別の立場存在しないと言ってるんだよ、これ。お前の事だ(ゼルダゴーストモンスター名前の人)。官僚たちを公僕と訳の分からない事も言ってたね。

問題直視して解決することよりも、問題から目を背けて、はぐらかす事に関しては日本人天才的な民族だと思う。

ガンダム縄張り争いとかどうでもいいし、そんなん誰が興味あるんだって感じだけど、世間はそういうのが大好きだよね。粗を探しては集団で叩きまくる小さい精神

いつからか弱いものいじめみたいな世の中になってて、そりゃ学校会社いじめも起きるよなあ。

つーか、何でも最初から平和ジャンルじゃなかったし学級会もめっちゃあったし公式にめちゃくちゃ愚痴言う人も沢山居たけど純粋作品楽しんでるクラスタはそれらを完全に無視したんだ。

文句言う人は文句言う人同士で殴り合って最終的にジャンルから消えるから好きな物文句言う人なんて無視が1番だよ

重要

自分の嫌いなものはこの世から消えてなくなれ」という思考の人はたぶん、タバコがこの世から消えてなくなっても、エロ本がこの世から消えてなくなっても、また次の新しい嫌いなものを見つけて来ては「消えてなくなれ」と騒ぎ出すので、そのゲームには決して終わりはない。彼らにラスボスはいない。

学校会社で、嫌いな子を見つけては、仲間を募って苛めて追い出して、標的になった子が来なくなるまでひたすら苛め抜くタイプの子っている。相手が来なくなって満足かというと決してそんなことはなくて、必ず次の標的を見つけてはまた苛め始める。そういう子の周辺では苛めは絶対になくならない。

嫌いなものを締め出すことに必死になっている人は、大切なものを守ることに夢中になれていない。彼らは大切なものをないがしろにして、好きなものより嫌いなものを優先させてしまう。「好き」より「嫌い」を優先させてしまう人はどんどん不幸になる。結局「嫌い」は人に何も与えてくれないから。

児童学生時代発症した人はご指摘のようないじめターゲット探し行動に。

成人し発症したひとは反原発基地反対だ朝鮮人出て行け安倍さないな社会行動として顕れるように思います

自分の嗜好以外は排他する、という稚拙感情に根ざしてる処は似ていますね。

https://anond.hatelabo.jp/20180110194621

anond:20180110194621

こういうネットのならずものがほざく「日本差別中傷されるのが嫌なら 日本から出ていけ」という御題目は「いじめられるのが嫌なら学校来るな」「パワハラサビ残が嫌なら退職しろ」「痴漢が嫌なら電車に乗るな」のように 被害者にのみ非があって自分達は悪くないし改善する必要なし!という屁理屈同類だねぇ。

ああ、ヘイト文書が辛いなら書き込みサービスやめろ、いじめが嫌なら学校辞めろ、言う事が聞けないならこの家を出ていけ、文句があるなら会社を辞めろ。

文春砲怖いなら海外アーティスト活動してろとか、

なんでいっつも虐げられる側が追い出されないといけないのかね。

どうしていつも悪い方が態度がデカいの?

おかしいだろ。

anond:20180119191535

うっせえんだよ、てめえの方が愚かしき書き込みしてるんだよボケ

俺は鉄血けもフレFGOをめぐる昨年の諸問題作品対立に対してデリケートになってるんだよ!!

そんなに喧嘩したいならなんJとかline自身制作サークルでやってろや!!!!!

だけど悲しいことに日本人には、もともと弱肉強食、優勝劣敗、優生学伝統があります学校でも、いじめられる側が悪いとする見方が根強くあります

昨秋の日馬富士騒動でも、次第に殴られた側とその親方に矛先が向かっていったのです…

フィクション現実区別

ここ数年のなろう小説の名文をピックアップする - わいわい保管庫

http://subnacchi.hatenablog.com/entry/2018/01/18/225832

>というのも、仕事学校で疲れて帰ってきた後に主人公が敗北したり惨めな思いをしたりするような内容のものを読むと

>「なんでフィクションの中でもこんな思いをしなきゃいけないんだ!」とさらにドッと疲れが襲ってきてしまうから


なろう小説などの読者は、主人公の苦境に耐えられなくなっているという話はよく聞きます

でもほんとにそうなのでしょうか?


かに私は、作品には山と谷が必要だと思っています

スポーツものなら、ライバル試合に敗北が描かれてこそ、その後の勝利を素直に楽しめます

作品内で山と谷が良い具合に配置され完結しているものこそ良作だと思っています


今の読者は、谷の部分を自分に起きた嫌なことが担当し、作品には山しか求めていないとのことらしいです。

それは「主人公の苦境に耐えられない」のではなくフィクション現実区別をつけていないということではないでしょうか。


私はフィクション現実区別を付けろと教育された世代です。

なので作品内で完結していないと楽しめない傾向があります

ですが、今の読者が作品に触れるのは本やテレビではなくネットからです。

PCスマホに表示されるtwitterLINE文字列と同等です。

しかインターネット架空世界ではなく現実だとしっかり教育されています


以前はフィクション現実混同するような発言をするとバカにされました。

でも今はフィクション現実区別をつけないことが普通になってきているのでしょうか。


これはつまり映画などの作り方もなろう小説風にシフトしていく、そうしないとウケなくなってくるということなのでしょうか。

https://anond.hatelabo.jp/20180120113943

メインカルチャーは単に「学校クラスの中心になるような人たちが楽しんでる文化」って考えてる。

こう定義してよいなら、中心でない人の方が多いわけだし、サブカルチャーの方が強くなるのも当然な気がする。

2018-01-19

勉強」って何なのか教えてやろう

勉強とは何か、何のためなのか、何かいいことがあるのか、どうやってするのか。これがわからなくなったことのある全ての人へ。

まず、勉強は「技能習得」「概念習得」の二つに分類できる。

技能習得

勉強をする」と聞いて大半の人が思い浮かべるのはこっちだろう。問題を解くために勉強する。テストの点を取るために勉強する。資格試験合格するために勉強する。絵の描き方を勉強する。必要目的を満たすため必要技能習得する。

大事なのは意味理解している必要なんてないってこと。例えば数学テストなら、何書いてるか自分でわかってなくても求められている答えを書けばそれで正解する。意味がわかっている人との差はない。もちろん理解必要なこともあるし、それなら必要なだけ理解すればいい。

概念習得

人は、物自体認識することはできない。何を見るとき概念を経由している。自分の知らないもの認識ができない。そんな「世界認識するための概念習得すること」が勉強だ。あるいは「認識の壁を破壊すること」と言ってもいいかもしれない。人一人に見えている世界には制限がある。その制限を壊すために勉強をする。

勉強する時のポイント

勉強」をそんな二つに分類できたが、もちろんこの二つはお互い影響し合っている。実際のところ全く「概念」を理解せずに「技能」を習得することは難しいだろう。「技能」の習得という作業なしに「概念」を手に入れることは難しいだろう。

しかし、この二つは別のことだ。概念勉強だけでは技能は付かないし、その逆も同じ。重要ポイントだ。

勉強をするときは「技能概念のどっちが目的で」「今はどっちを勉強しているか」。これをしっかり意識しよう。』

・「なんで勉強しなきゃいけないの?」

技能習得概念習得でだいぶ意味合いが違う質問だ。技能習得はどうだろうか。テストの点とか。いい大学行っていい就職先が欲しいならそりゃ勉強するべきだ。他にも、役に立つと思うならやればいい。技能習得するだけの勉強なんてただのコツだし、そんなのが壁になって生き方制限されるのは損だぞ。

概念習得はどうだろう。こっちが色々難しい。この「勉強」は、それなりに生きる上で根本的にはいらないものだ。具体的に役に立つことはなかなかない。そして、楽しいことでもない。目的は知らないことを知ることだ。知らないもの自分にない概念なので、怖い。わからない。つらい。でも、する意味はある。思うに、これは一つの手段だ。例えば本を読むだけなら、誰でも手軽に、いつでもいくらでもできる。それで見える世界が少しだけ変わるのだ。もしかしたら、何もしないよりは楽しい世界が見えるかもしれない。たとえ見えなくても、役にも立たなくても、その勉強すること自体が生きる手段になってくれるかもしれない。楽しくなくても。

勉強することって何を選べばいいんだろうか?

概念勉強しろって言われても、何を勉強するのさと思うかもしれない。選定基準はこの辺だろうか。

「やりたいこと」「興味があること」「面白いこと」「役に立つこと」

どうでしょう、何かあった?あるならそれを勉強してみよう。

なかった?勉強したいこととかない?

ならよかった、上記基準は全部忘れてください。新基準こちら。

「やりたくないこと」「興味がないこと」「面白くないこと」「役に立たないこと」

ここから選んでね!

知ろうと思う範囲基準を持つの制限しかならない。その上で行動できる人間ならいいけど、「興味ないから」って言った結果として何もしないでしょキミ。なら、その制限を取っ払おう。ほんの少しでも興味を持てたらそれでいいし、なくてもいい。もちろん興味があるならそれが一番強い。

ランダム性を持とう

知っていることだけ知っても勉強にはならない。知らないことを知るべきだ。

でも、知らない概念そもそも認識できないので、選定候補にできないというジレンマがある。じゃあ、どうやって知らないものを選ぶのか?学生ならすっごい簡単だ。学校行くじゃん?興味ない授業があるじゃん?たまにはその授業をまともに聞いてみよう。これで知らないことを知れた。

学生以外でも、たまたま目に入ったものについて知ってみよう。目に留まった本を、手に取ればいいのだ。そういう意味では本屋図書館は最強。

全てを自分から勉強」にして、認識範囲を広げていく。楽しい楽しくないを理由にして選ばない。こう書けば、生きる手段としての「勉強」、それなりにありな気がしてこない?

もちろん、概念習得に絞る必要はない。自分頭が悪いから…、英語は読めないから…、絵は全く描けないから…。技能がないことで、無意識に壁ができているかもしれない。

もし興味が少しでもあるのなら、いやなくても、その技能習得してみない?

・おわりに

勉強なんて世界認識する一手段しかないし、世界なんて認識する必要もない。

でも、自分認識できていない”何か”が壁になって、そのせいで何もしないよりは、ひょっとしたら楽しいかもしれない。

それなりにやっていこう。

親の教育がクソで死ねって思って爆死寸前に

俺の親は共働きだった。

父親公務員

母親事務


俺は小さい頃からロボットみたいにいうことを守ってきた。

門限を気にし、起床時間、親の言う事、親の価値観を気にしてきた。

守らなかったら、怒声を食らった。

から怒鳴られ、旅行先で怒られ、俺はいつも怯えていた。

もちろん、ムカついてもいたが、守っていれば褒められたので、

嬉しいときもあった。


親は世間には良いかっこして、悪く思われないようにと必死だった。

気に食わないことが在ると、世間を見下すことによって自分たち肯定していた。

俺もその「相手を見下す」方法でもって叱られた。

自分の考えをバカにされ、「今のお前にはわからない」と言われてきた。


親は口癖だった。

「好きにすればいいじゃん。」

「好きにすればいいじゃん。」


何を言っても同じだから、悩みを相談たことは一度もなかった。

そして俺は好きに生きなければいけないという価値観に縛られていた。



もう一つ口癖があった。

「人様に迷惑をかけるな。」


ならいうだろう。でも、言われた俺はもうよくわからなかった。

迷惑をかけず、好きなことをするなんて、できなかった。

親のいう人様なんて9割自分たちのことだ。

親に迷惑をかけずにできる好きなことなんて、オナニーぐらいだった。


親は「お金が無くても幸せと感じて欲しい」と願って教育してきたようだ。

俺はその願いを遂行しなければいけないと思っていた。

学校はいろんな言葉を習った。

「恒産なくして恒心なし」

一定職業財産を持たなければ、しっかりとした道義心や良識を持つことはできない。)

「衣食足りて礼節を知る」

(人は生活に余裕ができて、初めて礼儀節度をわきまえられるようになるということ。)


大人になった時、俺は就職せずに社会にでた。

大多数が就職するように教育されてきただろうが、俺は違った。

就職がわかんなかったから、お金がなかった。

衣食も足りてなかった。

親の教えに沿って生きてきたが、俺は圧倒的に不幸を感じていた。


はいわばコンピューターだった。

そして、親のプログラミングで動いてきた。

親は「幸せ」に向かうように設計したつもりだと思う。

しかし、俺は不幸だった。あきらかにエラーだった。


教育に正解は在ると思う。

教育って、出してほしい結果があって、そこにたどり着かせたいからするんでしょ。

子供に限ったことじゃない。

新人教育だって、なんだって、同じ。

別にすげえ人間を育てられたら正解とかじゃなくてな。

目的を達成するかどうか。


批判したいやつが批判してくるポイントもわかるけどね。

ただ、批判したいヤツは、初めから親の言う事を守るように設計されてないんだよな。

別に珍しい話じゃなくてさ。

感情派は否定してくる話なんだよ、これ。

感情派は「スタートそもそも違うんだよ」って話してもわかんないみたいなんだ。

でも、ロジカルオナニー野郎はわかってくれるよな?


もう爆死だ。

地獄で、絶望だ。

(ちなみに爆死も、地獄も、絶望自分が感じたらソレ。

誰も他人の爆死も、地獄も、絶望も図れやしない。)

全部、嘘デタラメだった。

コード全消去だ。

色々考えたけど、こればっかりはもう無理だ。

解決できない。


だけど、地獄の世の中で、1個だけ伝えたいことがある。

親も所詮男と女しかない。


タリーズでくっちゃべってる金髪の女、

スーツ来て口臭そうなおっさん

ロン毛でタバコ臭いバーのマスターみたいなヤツ、

クラスでいけ好かなかったあいつ、

うるせえ女子

鏡の前にいる自分

そういうなんかどっからどうみても不完全な人間一人ひとりが

結婚して子供を育てて死んでいく世界だ。


ソレを思えば、ロジカルオナニー野郎にも、少しは心の余裕が持てる。

小学校司書をしています

小学生10歳までに読みたい名作シリーズの本が読みたくて図書室に行ったら先生に断られた』→その理由あなた11歳だからダメ

https://togetter.com/li/1191269


ざっくりと説明

学校司書学校司書をしている人。基本司書資格を持っている人が採用になります必須ではないので持っていなくても場合によっては採用になります。配属先は選べないので公共図書館で勤務したかったのに小学校に配属になってこんなはずじゃなかったという思いをしている人もいるか

司書教諭教員かつ司書教諭資格を持っている人。学校司書サポート役だったり、他の先生学校司書の橋渡し役等をしてくれる先生、のはずですが担任を持っていたりすると忙しくて図書館業務全然関われないという場合も……

その他、地域によっては司書資格も何もないボランティアの方が司書の代わりをしているという話を聞きます

ツイート元の方の言う学校司書がどれに該当するかによって話が少し変わってきそうです


発端のツイートのように、「この本は借りてはいけない」

または「この本は購入しない」「この本は戸棚の中や倉庫に隠す」というのはウチの学校や他の学校でもあります

フェイクのためどれが自校でどれが他校の話かは伏せさせてもらいます

また、それらのルールについては司書意思の他に「司書教諭の命で仕方なく実行している」「学校方針」「前々々々任の司書が決めたルールで、変える機会がなくずっと続いている」などさまざまなケースがあります

図鑑百科事典は貸し出し禁止。これらの本は授業で使う機会が定期的にあり、いざという時図書館にないと困るから。また、飛び出す絵本など貸し出ししたら即ボロボロ破壊されそうな本も貸し出し禁止。禁帯出マークの赤いシールを貼って見分けられるようにしている。

・本は3冊借りることができるが、かいけつゾロリのみ例外で1冊までしか借りられない。子どもたちには「ゾロリはとても人気だから、1人が1冊までなのよ」と説明しているが本当は「字が大きくて漫画じみて幼稚な内容のゾロリはあまり借りて欲しくないから」。ゾロリを一斉に廃棄処分にして0冊にした学校

強制ではないが、高学年はあまりゾロリは借りないようにすること。6年生にもなってゾロリばかり読んでいるなんて恥ずかしいから。低学年向けの絵本や○○のひみつシリーズもなるべく借りてほしくない

あさのあつこNo.6教科書に紹介されているのだが、だんだんBL描写が激しくなっていくので購入するのは1巻のみ。公共図書館から取り寄せたいという時だけ対応する(自校の図書館にない本を公共図書館リクエストして配達してもらうというシステムがある)

公共図書館から取り寄せてほしいとリクエストがあった本でも、漫画ノベライズ版、オカルト本などこれはちょっと……というものは「こういうのは駄目よ」「近場の公共図書館になくて……(嘘)」などと言って諦めてもらう

・保健体育系の本は、性器などの写真がモロに載っていてそれを見て騒ぐ子がいるので普段は戸棚の中に隠していて、勉強必要になった時だけ出す。何回注意してもやめない、もし一人が注意を受け入れて騒ぐのをやめても別の子が騒いでまたその子を何回も注意して……と大変疲れるので隠した方が早いし楽

・「表紙がキラキラしててかっこいい!」「表紙にドラゴンが載っててかっけー!」などの理由で、漢字どころかカタカナもまともに読めないような小さい子が、挿絵もルビもない重厚ファンタジー小説を借りようとすることがあるが「借りても全然読めないでしょ」と説得して貸し出しをやめさせる


思い出せないだけでもっとあるかもしれませんがこんな感じです

低学年向けに購入した新しい本を高学年が いの一番にごっそり借りていくと、うーん……とは思いますが口には出さないですね

あと、1年生から6年生まで各学年向けの本を並べたコーナーを作っています自分の学年じゃない本を借りてもOKです

今回、ツイート主の親戚の子が年齢を理由に貸し出しを禁止された本は

赤毛のアン」「西遊記」など児童書としてはド定番作品ばかりで

学研出版している「10歳までに読みたい世界名作名探偵シャーロック・ホームズ」は11歳になったら借りちゃ駄目だけど

講談社が出してる青い鳥文庫の「新装名探偵ホームズ」はOK!みたいな感じになってるんでしょうか

大なり小なりどこもローカルルールがあると思うので「誰でもどんな本を好きなだけ借りられるようにするべき!反対するなら教育委員会に言いつけるぞ!!」という流れになるのはちょっと困りますがさすがに今回は理不尽すぎるので炎上もやむなし

とか書いてる間に追記を読みましたがそんなギチギチにルールのある図書館なのに他の先生が把握してないって色んな意味問題ですね

私の周りだと司書立場が弱すぎて先生たちにNOと言えなくて……という悩みは山ほど出てくるんですが司書独裁国家築いてるパターンとは


関係ないですがオオカミ王ロボ小学生の時から大好きなので元ツイの子が無事に借りられることを願っています。ロボはイケメン

anond:20180119135351

女子の方が筆記試験の結果が劣っているから落としているだけなのに

女子合格しないのは差別だと言ってる、と思ってる?

女子の方が筆記試験の結果が優れていても落とす大学があるんだよ(高校とかでもあるけどな)。

表向きは男女平等選抜をしているが、実際の合格者を見ると女子の方が男子より偏差値が高い学校

(つまり男子の方が合格点が低いと推測される)ってのは実際にあって

んなもん予備校業界がとっくに把握してて、受験指導で「この学校女子が不利」と言う情報普通に飛び交っている。

anond:20180119123024

勉強したいだけなら大学に入ればいい。

ふつう入学してもいいし学校によったら聴講生みたいな、働きながらでも学べる手段はいくらでもある

でも、大学生になりたいとか青春を取り戻す!とかいう心意気なら迷惑から大学に入らず自分勉強しろ

自分語りウザーだけど自分大学時代同級生大学生になりたかったおっさんがいて年の差もあるし話も合わなければ年上だからって横柄な態度もクソだし避けられても空気読めないし、かなりうざがられていたし嫌われていた。2回生か3回生か忘れたけど途中で見かけなくなった。

いずれにせよ同級生はみな年下ということを忘れちゃいかん。絡みにくいと思われる覚悟はしなきゃならん。

仲良くやれる人はいるだろうけどそんな人ばかりではないからね。

小学生声かけしている不審おっさん

今朝犬の散歩をしていたら、登校中の小学生の男女二人組に、ママチャリに乗った全身黒づくめのおっさんが馴れ馴れしく話しかけているのを見かけた。「おはよー!」「その靴、花がついててかわいいなあ」「そのランドセルシールギラギラでかっこいいなあ」「毎日、家に帰ったら大人の人が家にいるか?」など聞いていて、小学生は「いないよ!夜までいない!」と答えるなどしていた。田舎で、全く人気のない道だった。俺がその道を通ったのも、犬が気まぐれを起こしてこの道に来たからだった。おっさんテストの点数を聞いて褒めちぎりはじめた。あやしすぎる。これいわゆる不審者ってやつだよなあ……あとで小学校にそれとなく伝えたほうがいいのかな……と考えていた、その時のことだった。

「それじゃまたあとでね~!校長先生!」

なんと、黒づくめの怪しいおっさん子どもたちの学校校長だった。たしか校長なら、子供が一人で留守番してるのを気にかけるのは全く不思議じゃないし、女児の靴や男児シールテストの点を褒めながら朝に自転車を漕いでいても、全く不思議じゃない。校長は俺にも挨拶してくれていたが、俺は猜疑心MAXだったのでめちゃくちゃ無愛想に答えてしまった。怪しいと思ってチラチラ男と小学生の方を見ていたていたので、むしろ怪しい男は俺の方だったはず……。あの道は人通りが少ないからあえて通勤路にしているのかもしれない。すまない校長

いじめを乗り越えた「3つの掟」

これは俺の体験談だ。

俺は中学生の頃、いじめられていた。

殴られたり金を取られたり、物を捨てられたりしたわけではない。ある出来事きっかけで、友人グループから仲間はずれにされた。そこにいるのに無視された。聞こえるところで、でも直接ではなく、悪口を言われることが増えた。不名誉あだ名を付けられ、近くを通るたびにそのあだ名でヒソヒソ呼ばれたりもした。

そんなのいじめじゃないという意見もあるかもしれないが、当時の俺にはつらかった。もしかたらこのまま学校に行けなくなるかと思った。


だが俺にはそうすることはできなかった。

代わりにいじめを乗り越える3つの掟を決めた。それを心の中で唱えながら残りの中学生活を耐える道を選んだ。


1. 「人の悪口を言わない」

2. 「いじめてくる相手をとにかく避ける」

3. 「ひたすら勉強する」


1. 人の悪口を言わない

いじめてくる相手と同じことをしても意味がないと思った。悪口をこぼした人から噂が伝わって、またいじめられるかもしれない。絶対いじめてくる相手への不平を漏らさないことにした。いじめの原因となった出来事は、俺にも悪いところがないわけじゃなかった。だからそんなことをしたら余計に火がつくと思った。誰にも、何も言わなかった。親や教師相談するなんて言語道断だった。

2. いじめてくる相手をとにかく避ける

相手全員の行動パターンを調べ抜いた。どこを通って登校してくるか。昼休みはどこにいるか部活にはどのルートを通っていくか。それらを全て避けるようにして動いた。遠目に相手の顔が見えると血流がサッと冷たくなり、バレないようにこっそりきびすを返して別ルートに行く。そんな生活だった。とにかく逃げた。そして逃げていることがバレてはいけなかった。おかげで悪口を聞くことが減った。言われることが減ったわけではない。悪口不名誉なあのあだ名も、聞こえなければ言われていないのと一緒だと必死に思い込んだ。


3. ひたすら勉強する

義務教育学生最後に残されたもの勉強だと思った。他の全てを捨てたから、時間だけはたくさんあった。学校の授業を一言も聞き漏らさずに受けた。学校が終わると家でずっとずっと勉強していた。登下校以外家から出たくない。勉強だけしていたい。中学範囲をやり尽くし、高校問題集に手を出した。幸福なことに勉強の内容だけは先が見えないくらいたくさんあった。何も知らない親は、俺が急に勉強するようになったと無邪気に喜んでいた。ほどなく当たり前に成績が付いてきた。それでも心は重たいまま、頭脳けがキリキリ研がれていった。




始業前の教室で手持ち無沙汰の時間が嫌で、でも遅刻寸前になると逆に目立つから、と開始5分前に登校した。休み時間は全て寝たふりで乗り切った。始業のチャイムで目覚めるふりが上手くなった。授業が終わるとすぐに、でも目立たないようにそっと帰った。家に帰ると猛勉強した。そんな生活が続いた。

学校祭や体育祭は裏方役を選んだ。欠席すると余計に目立つからだ。同じように修学旅行も息を殺して参加した。行かなかったら負けだと思った。ただ、所属していたバスケ部は誰にも言わずにすぐ辞めた。狂ったように勉強ばかりしていたので、成績だけは相変わらず伸びていった。幸い試験の結果を貼り出すような学校ではなかったから、誰にもバレなかった。

おかげでその中学からでは考えられないような私立高校に余裕で合格した。だけど目立ちたくなかった。教師絶対秘密にしてくれと頼み込んだ。理由は言えなかった。教師は進学実績に匿名で加えるなら、と約束してくれた。

卒業式。開始5分前に行き、証書を受け取って式を終え、アルバムをもらって最後ホームルームが終わるとバレないようにそっと抜け出してそのまますぐに家に帰った。感慨はなかった。これでやっと中学生活を終えられた。いじめを耐え抜いた達成感ではなく、安堵の気持ちけがそこにあった。


高校では、1つめの掟「人の悪口を言わない」だけ守った。中学の同期が誰もいない環境で、久しぶりに仲の良い友人ができた。嬉しかった。いじめられることももうない。だけどもそんなとき中学時代自分が頭の中に呼びかける。調子に乗るな。人と関わるな。心に刻みつけた掟は、大学に行ってもなかなか消えてくれなかった。


実家の整理を手伝っていたら中学卒業アルバムが出てきて、いろいろ思い出しながら書いたら量の加減がわからず長くなってしまった。これが今いじめられている誰かの助けや参考になるとも思えない。俺も、俺をいじめていた相手も、もう大学もとっくに卒業して普通のオッサンになり働いている。別に今更復讐しようなんて思っていない。あのときひたすらに勉強たから今があると思えば感謝できるくらいだ。だけど俺は、久しぶりに集まった中学同期と「あのときは楽しかったなあ」って言いながら酒を飲むことはできない。それだけだ。

普通女子みたいな生活がしたいって、もっとましな説明をしてくれよ

これはただのぐちです。

有安さんがももクロ卒業するってこと自体は、まったく違和感がない。

昨年の武道館でのソロコンを観た人ならわkると思うけれど、

有安さんが実現したい音楽世界って、ももクロとはまったく違うものだってことがよく分かったから。

コンサートの帰り道、ももクロを辞めるっていわなければいいけどって思ったほどだ。

からソロ活動するからももクロ卒業するっていうのなら理解できる。

最近ももクロ現場には行かなくったけれども、有安さんの現場には行っていたから、むしろ大歓迎だ。

でも、ふつう女子生活がしたいからって、それはいくらなんでも説得力がない。

往年のピンクレディーのように寝る間もないほど忙しかったのならともかく、

ももクロスケジュールは、昔のアイドルに比べればはるかに緩やかだ。

最近仕事してしないじゃんって思うこともよくあるし。

から、早退することは何度もあっただろうが、高校は3年で卒業したし、

大学に推薦してもらえるほどの成績をおさめることもできた。

その大学も4年で卒業できた。

有安さんの努力があったにせよ、けっこう普通女子生活はしていたはず。

まぁ、学校の成績がいいわりには、一般教養がないのは確かではあるけれど。

それなのに普通女子生活がしたいかももクロ卒業するっていわれても、

ももクロが嫌になったとしか思えないわけだ。

ももクロを脱けるだけではなく、事務所との契約も切れたにもかかわらず、

引退ではなく、卒業という言葉を使っているのは、含みがあるのだろうとは思う。

一般に、アイドル卒業するっていうのは、不祥事でもない限り、数カ月前には告知される。

それが1週間前っていうのは、事務所といろいろあったんだろうなと勘ぐってしまう。

ソロ活動したいっていう有安さんと、ももクロを続けさせたいスターダスト

事務所からすれば、何度もソロコンやらせてあげて、ソロアルバムも出してやって、

たくさん希望をかなえてやったのに、辞めるとは何事だ、どうしても辞めるなら事務所も辞めろっていう感じになったのかなとか。

有安さんは、「歌いたい。握ったマイク、もう離さない」と歌った。

その彼女が歌を辞めるとは思えない。

事務所も、その当たりをいくら配慮して、引退ではなく、卒業という言葉を使ったのではないか

ただの、想像なんだけれど、もやもやする。

ようは、返って来て欲しいだけなんだけどね。

朝課外。完全自由参加・途中離脱可能の朝進学塾

朝課外。完全自由参加・途中離脱可能で、教員個人」の完全善意組織化されない形ならやってもいいだろうか。

学校設備を利用した生徒完全任意参加型の朝「進学塾」というのがあっても良いのかもしれない。教員の参加も完全任意はいっても、いつの間にか実質強制になるだろう。

学校はもう2交代制とかにした方がいいのかも…。となると、大増員が必要になる。

そうなると、やっぱり朝進学塾はやってはいけないという結論帰着する。

ちなみに、部活も同様である

思えば私はあまり夢をみない子どもだった

将来の夢は?と聞かれても答えることができなかった。世の中にある職業の全てを知らないのに答えられるわけがない。仮に今ここで言ってもそれが叶わなければ恥ずかしい。本気でそう思っていた。

小学生の頃、周りの大人はしばしば私に「将来の夢はなにか」と質問した。低学年の頃は「まだ見つかってない」と言って間に合っていたが、いつまでもそう言うわけにはいかなかった。

私は考えた。ほどほどにお金をもらって無理のない暮らしをしたい、と思ってそうこたえてみたことがあった。そうすると「やりたい仕事はないの?」と言い換えられてしまった。大人が言う「将来」とは「職業」のことなのだと知った。毎年書く学年文集には必ず将来の夢を書く欄があったし、大人は話の取っ掛かりに将来の夢を聞いてくる。なにか就きたい職業があることが健全らしい。

私は考えた。学校先生責任が重いし夜遅くまで働かなければいけないので大変。保育士は私は絶対かわいい子にだけ贔屓をしてしまうので無理。医者看護師なんて責任しかないのでやりたくない。動物は嫌いだしスポーツもできない。

あぁ、何もしないで暮らしていきたいなぁ。

残念ながら私はなにも夢をもたずに大人になった。

今、当時の将来の位置にいる。それなりの高校大学を出てそれなりの会社でそれなりの賃金を貰い、それなりに趣味を楽しみそれなりに生きている。

将来の夢ハラスメントを受けてもなおそのまんまだったけど、将来もそれなりに生きているので、小学生の私は安心してほしい。やっぱり今も働かずに暮らしたいけれど。

anond:20180118092832

こちらこそコメントありがとうございます。送った後にあークソリプ送ってしまったとめちゃくちゃ後悔しましたがまさかお返事いただけるとは思わなくて喜びながら驚愕しております。とっても優しくて、学校にも行っているえらい人にお返事貰って興奮もしました。

そうなんですよね、前に本で読んだことがあるのですが、インターネットはすぐに調べられるので考えることを放棄する、脳は退化し治らない的なこと書いてあったんですがどうなんでしょう。それを読んでもブルーライトは離れられない依存症なんですけど。

それはそれとして人に肯定してもらえると嬉しいです。やったー!!人生のクソ同士楽しくいきましょう〜〜〜!

スプラトゥーン2は調べれば調べる程遊びたくなっちゃますローラーが縦振りだし52ガロンデコないし、と理由を付けていたんですけど52ガロンデコ実装されるんですね、どうしましょう。それでも欲望というのは衰退することはなくた、やっぱりイクラ集めたいしアサリガチマもやってみたいと思い、Switchの値段見たら予想より高くて驚きました。あれ?wiiwiiUもこんなに高くなかったよね?と。

そうなんですよ〜〜!インターネット上でしかしかもちょろっとしか働いてないので金は無い引きこもりですが、金を使うこともないのでこれから貯めれば買えるかな?買いますって感じです。ガンバッテタメマス。

やったーーー!是非お願いします!友人が軒並みゲームやらないので人とプレイすることがめちゃくちゃ楽しみです。フレンドの約束を顔も名前も知らない人として、これで一緒に遊べたらもうこれは映画化決定されたも同然ですよ。私も蘇生して人間擬態したゾンビになります

私もスプラトゥーン2で会えるのを楽しみにしてますスプラトゥーン1はめちゃくちゃ平和になってました!よかったら1にも手を伸ばしてください。あまり参考にならないかもですが、B+からずーっと抜け出せないイカです。A帯とかすごくないですか?これ足引っ張りません?

兎にも角にも頑張ってスプラトゥーン2一式買います!!

こんな長文なのにクソ脳死イカからメッセージを読んでくれてありがとうございました!(素晴らしい文章なので読んでてめちゃくちゃ楽しいです。ありがとう

anond:20180106003743

いやいや、、、

誰も他の子の足が太いからって笑わないよ

地域差があるのかもしれないけど、普通公立学校に通ってたけど、女の子って大体

「○○ちゃんかわいー☆」

「○○ちゃんのがかわいいよー!」

みたいな感じだった。

被害妄想だと思う。

放っておいてくれ

放っておいてくれ、と最近よく思う。

細かく言うなら、よく知りもしないし、知る気もないことに口を出すぐらいなら、いくら怒ろうと悲しもうと、放っておいてくれ。

私は宮城県南部に住んでいた。内陸部だ。仙台に行くより福島に行く方が近かった。

当然、原発事故無関係はいられなかった。

原発事故における福島県内部と県外の被害のあり方はすこし違うように思える。

福島県内部は県内原発を抱えていたから、影響は当然大きく、放射性物質は「あるもの」として対策を打つところから始まった。

県外は違う。まず影響があるかないか政治が決める。見て見ぬ振りをするか、対策をするかだ。私の住んでいた地域農村部だった。放射性物質なんて、農作物商品価値にとっては致命的だ。

地域の人は、みんななかったことにしたがった。

みんな、と書いた。

それは違う。価値観が違う。

しか農作物のために、騒ぎ立てたくない人が圧倒的多数だった。

しかし、安全性をウリにしていた農家や、小さい子供を抱える母親は違った。

原発事故による最も大きい影響は、人間関係に及ぼされた。

家庭内で、職場で、自治会で、農協で、学校で、放射能に対するスタンスの違いは、深刻な対立を生んだ。

事故当初の線量は、小学校の砂の校庭で地上1.5mで約0.8μsv/hくらいだったと記憶している。これは5月頃のことだからヨウ素よりもセシウムの影響のほうが大きかったはずだ。畑や競技場はもう少し高かった。

ちなみに、現在除染基準は0.23μsv/hである

でも当時は、除染基準もっと高く、そして政府ただちに影響はないとしか言わなかった。

みんな葛藤があったと思う。

生計を立てるべく売りたい農作物保証されない安全内部被曝外部被曝の複合的な影響は?この山菜は食べていいのか?自分たちの今までの生活はどこへ行ったのか?この川魚を孫に食わせていいのか?

それでも地域住民の大多数は「風評被害」を生まないために沈黙を守るべきだとした。

見えないし匂いもないものをみんな気にしなくなった。

知ろうともしない人は、当事者意識すら持たなかった。

でもそうではない人もいた。

近所の人に、本当の理由を告げられぬまま、私たち引っ越した。自主避難だった。

あれからもうすぐ6年が経つ。

勘違いがないように言っておくが、もうおおよその農作物安全だ。

放射性物質ほとんど検出されていない(きのこ山菜はまだ基準値以上のものが出たりする。まれに)。

あのとき近所に住んでいた人たちがガンになったとか、そんな話も、幸い耳には届いていない。

けれど、あの時の私たち判断を、誰が責められるというのだろう。

WHO基準より遥かに高い、政府提示した当時の基準値

内部被曝のことまで考慮されない言説。

進まない除染、広がらない検査

6年。

その間にいろいろな言説を目にした。

ただ今、どうしても気になるのは、こういう地元葛藤を一切意に介さず、遠くの安全から声高にそして意気揚々と、口汚く意見してくる声だ。

放射脳風評被害が広まる?

ふざけるな。ふざけるなよ。

科学見地蔑ろにし、被曝を気にしすぎる人はたしかにいる。

それでもあの当時、何も信頼できるものがないあの状況で、我々がした判断は間違っていたか

結果論じゃないのか?

線量の落ち着いてきた今ならまだわかる。

けれど事故当時にすら、放射脳と、呼んではばからない奴はいた。そこらじゅうに。

あなた方は、私たち当事者の、その中の多数派意見に味方し、少数派を徹底的に叩きのめす。

それで正義のつもりになってるんだ。

あなた方は、私たち当事者が抱えざるを得なかった葛藤を知らないし、知ろうともしない。

下手をすると、放射線の影響や、過去の事例、現場がどれくらいの線量なのか、それすら知らずに、声が大きい当事者たちの味方をして気持ちよくなっている。

それなら何も言わないでいてくれ。

頼むから

地域共同体としての我々は、意見対立からズタズタに引き裂かれてしまった。

もしあなたたちがここに来て、本腰を据え、じっくりこの問題に取り組み、当事者の1人になってくれるなら、いくらでも意見を聞こう。

でも、そうじゃなかった。

非難の声はだいたい的外れだった。放射脳と叫ぶ声だけでなく、危険危険だと叫ぶ声もそうだった。何も知らないんだろうな、と思った。

これは一例だ。

絶対に許さない一例。

そしてその無責任乱暴な声は、落ち着くどころかどんどん声高になっているようにすら思う。

沖縄基地問題原発の再稼働問題、そして福島第一原発事故

辺境」に押し付けなければならない問題を扱うとき安全からモノを言うのはやめてくれ。

沖縄基地問題、反対派の抗議活動に、「県外の人間仕業地元民はみんな賛成しているのに、邪魔」とか、賛成派のインタビューに、「政権側の印象操作。反対派が大多数だ」とか、見ていてものすごく苦しくなる。

どちらもいるに決まってる。

そしてどちらが多数派からと言って、少数派を徹底的に叩いて排撃していい理由にはならないのだ。

部外者にはわからない、わかるはずのない葛藤がそこにはある。

再稼働問題もそうだ。「どうして対岸の都市が口出しをするんだ」とか、「援助金をもらっているか文句は言えない」とかもうやめてくれよ。

援助金が第一ではない人間もいる。

そもそも援助金がもらえる自治体けがリスクを負えばいいかもしれないが現実そうじゃなかった。

放射性物質自治体境界を越え風に乗り山に飛びそして海にも拡散されてゆくと、知らないのだろうか。

知らないだろうな。

だってあなたは、当事者意識を持っていないんだから

口出しするなら、せめて当事者意識を持ってくれ。

我々の葛藤を意にかけてくれ。

少数派だからといって口汚く罵るのはもうやめてくれ。

多数派応援をすることは絶対正義ではないとわかってくれ。

この世界水戸黄門ではない。善悪二元論は成立していないのだ。

残念ながら。

2018-01-18

生きているのがしんどい

生きているのがしんどいと思い始めて、多分だけど15年とか経っている、ちょっとした消えたがりの散文が、つらつらと下に書いてある。

時間がある人はちょっとだけ読んでほしい。そして何か、少しでも意見が欲しい。いろんな考えが知りたい。でも、かなり怖い。

いや、読むのは時間を持て余した人だけでいい。かなり端折って書くけれど、15年くらいの時間を書いていく。きっと恐ろしく長くなる。なんか流行りだからここに書いたけど、きっと読む人は片手ほどで、その中でコメントを残す人を期待するのも間違っているんだろうけれど。なんてったって散文だし読みにくい。

でも、誰でもいいから話を聞いてほしい。私かうすればよかったか、これからどうすればいいのか。無責任で構わないから教えて欲しい。

初めて消えたいなと思ったのは5歳くらいだったと思う。6歳だったかもしれない。

親の都合で転園してきた先で同じ園の女の子に仲間はずれにされた。

ぼんやりしか覚えてないけど転園する前も、仲良くしていたのは女の子ひとりと男の子ひとりだけだったから、昔からまり好かれるような子じゃなかったんだろう。多分、すごく生意気子供だったから。

みんなが可愛いお姫様ごっこセットをつかって、私はなんか地味な、柄のないスカートだけ渡されて、「それもお姫様から使えばいいじゃん」って。キラキラの、可愛い模様がついたフワフワのスカートを我が物顔でつかいながら、私に言うのだ。

先生が「順番ね」と注意をして、真ん中くらいの順番を手に入れたけど、気づいたら割り込みされて最後になっていた。

私の順番は回ってこなかった。

その時に、私はここにいてはいけないんだなと思った。いる価値がないというか、いる事の方がおかしいと言うか、そんな感じ。転園してきた訳だから、仕方ないけれど。それで、早くここから消えてしまいたいと思った。

その時、唯一できた友達は、多分友達じゃなかった。

あれ持ってきて、これ持ってきて。何かを持ってこないと仲間に入れてあげない。そういうことを言って来る子だった。パシリにされていた。

でも、パシリでもすれば一緒に遊べたから、喜んで従った。あまりいいこととは言えない。けれど、一人で積み木で遊ぶよりずっとマシだった、消えなくてもいいと思った。頼られているのだと錯覚した。

小学校に上がって、ランドセルを買い与えられた。普通赤色じゃなくて、少しくらい、ワインレッドランドセル

母親はなんでピンクとか真っ赤じゃないのって言われたけれど、ワインレッドが可愛かった。ランドセルの蓋の裏が、赤系のチェックでとっても可愛かった。気に入りだった。

パシリはまだ続けていた。というか、パシられることが普通だった。

小学生になって、一緒に登下校をするようになった。

なんで変な赤色なの?って笑われた。

それを「可愛かったから」と言ったけど、それは可愛くない!こっちが可愛い!と言われた。多分、その子達に「センスがない」という判定を受けたんだと思う。

パシリにされてて、さらセンスもない。なんとなく流れで、みんなよりも立場が下だった。

ジャンケンランドセルの持ち合いをした時、他の子が負けたらみんなで持ち合いっこするのに、私が負けた時だけ全部持たされて、持つ距離も長かった。挙句、置いてかれた。前に進んでも誰もいなくて、置いていかれたんだと泣いた。おうちも少しだけ離れた同級生の重いランドセル5つを持って、道の真ん中で泣いた。泣いて数分たったら、なんだか自分のことが惨めになって、どこか誰もいない、遠いところに行きたくなった。結局はその子たちが戻ってきて、どうにかなったけれど。

小学2年生になって、夏休みで転校した。どことも知らないところだった。でも、一番長く住んでいたし、今の友達大学友達を除いて全部小中高で一緒に過ごした子だ。それまでに比べてとても恵まれていて、いい友達だと思う。一人一人が唯一無二の友達だとおもう。

でも、友達がいても、残りの4年半はいじめられて過ごした。

最初は多分「遠いところから変なやつが来た」っていう理由それから訛りが違う。あとは真面目ぶってる。オタク父親の見ていた深夜アニメを一緒に見ていた。デ・ジ・キャラットとか、ギャラクシーエンジェルとか。今でも大好きだ)であること。あと態度が生意気。たぶんこの生意気って言うのは、生意気だという子の都合が悪いことを「誰にも言うな」と言われても担任にチクッたからだと思う。自分あんまりにも理不尽だと思ったことは黙っていられなかった。多分、そういう意味では「いい子」ではなかった。

でも、石を投げられて先生に報告したら睨まれるって、おかしいじゃん。石投げる人の方が酷い。チクった私が悪いのか。

多分悪くは無いんだけど、こどもの世界ではご法度だっただけ。けれど、それがどうしても辛かった。おかしいと言ったら「お前の方がおかしい」と言われてすごく辛かった。ここにいたくないと思った。

親に「ここの学力は低いんだから、90点以上取らないとダメだよ」と言われた。頑張って100点とっても褒められなかった。周りからは「勉強もできるっていう自慢か」と妬まれた。

言っておくけど1番を取れたことは無い。せいぜい10とか20とか。自分ではすごいと思った。100人近くの1020って凄いじゃん。って。でも親にはそれじゃダメときつく言われた。ちょっと点数が下がったらお小遣いを減らされた。

生きているのがしんどかった。でも頑張らないと、価値がないと思った。

中学に入って、小学校の時みたいな勉強をしていたら、順位が真ん中よりも下の、後ろから数えた方が若干早い場所になった。その時に「さすがにやばい」と思って、塾に入りたいと言った。一人でする勉強限界を感じていた。

下がった順位を元に戻したら「当たり前だ」と言われた。

中学では部活に入っていた。周りはみんなキラキラしているのに自分だけ見ずぼらしく感じた。部活に入ってすぐ、どうしてかレギュラーに選ばれた。自分初心者で、周りには小学校の時から続けていた人がいたのに、自分担当に人がいないからという理由レギュラー入りした。初心者なりに練習した。練習中、何度も泣きそうになった。でも自分が頑張ることがこれからに繋がるとおもった。最後までやりきったあとに残ったのは「初心者なのにレギュラーに選ばれた変な人」だとおもう。若干避けられてたし、自分も周りにどう接していいかからなかった。ここで必要とされていないとさえ感じて、練習サボりがちになった。先輩からは、嫌われていたと思う(練習をサボったから当たり前だ)。同級生からもよくは思われていなかったと思う。

部活同級生から「〇〇先輩はあなたと同じように生徒会もやって部活もやって成績もいいのに、なんであなたは同じことが出来ないの」と言われた。生徒会が忙しくて休みがちになっていた。そんなの言い訳だと怒られた。それでも暇を見つけて部活に行っていた。それでも怒られた。今消えてしまえば楽だろうけど、消えたら迷惑をかけるなと思って、最後まで頑張った。意地汚く残り続けた。高校進学は「〇〇高校の□□学科じゃないと、ご飯作らないから」と言われた。当時、高校授業料無償化されていたから、ご飯を作らないになったのだろう。端的にいうと「親の希望に添えなかったらお金は渡さないし育てないから」といわれたのだ。必死になって、どうにか合格した。合格したけれど、自分学力じゃ、高校勉強は厳しいなと感じた。もう一つの学科自分レベルに合っているとおもった。でもそこでは絶対ダメなのだという。辛くなるんだろうなと感じたけれど、それでも合格したのだから通うと決めた。

高校に入って、それなりの地位をもてたと思う。部活は変わって、生徒会には入り続けた。その部活がいわゆるパソコンをいじる様なもので、関連分野で色々頼られた。今度はパシリみたいなのではなく、よく巷で話題になる「絵をかけるならちょちょいっと描いてよ」の類でもない、本当の意味での「頼り」だった。

得意分野を持つということは自分自力で立つことのできる力であると、その時感じた。普段だったら近寄れない、スカートを曲げて薄く化粧をした、クラスの人気者と話せる。そういう立場をその時手に入れた。

多分、高校生の時が一番、生きていて楽しかったと思う。みんなが私のことを知っていた。それに対する恐怖もあったけれど、決してマイナスではない視線は「自分はここにいていいんだ」と思える自信に繋がった。

大学は推薦で入った。センター前に決まって、受かるとは思わなくて、とても喜んだ気がする。

クラスメイト合格を伝え、「あの〇〇か!?」「嘘ついてるわけじゃないよね!?」と言われながらも喜んでくれた。学校先生もとても喜んでくれた。自分の妹も、私よりも喜んで泣いてくれた。

母親合格たことを報告したら、おめでとうよりも先に「お金がかかるなぁ」と言われた。

正直なところ、大学に進むことについては消極的だった。高校に入った直後は専門学校に入りたいと思っていた。でも父親は「進学するより働け。進学するなら国立じゃないとだめだ」と言われた。だから専門学校を諦めた。中学生の予想通り高校勉強はつまづいてしまって、学科では後ろから数えた方が本当に早いくらい、勉強はできなくなっていた。どれだけやっても勉強が伸びなかったから、早い段階で部活シフトチェンジした。そんな経緯があったから、大学は行かないで高卒で働くかなとなんとなく思っていたら、母親が「高卒で働くより大学に行ってほしい。私立じゃ学費は出せないけれど」と言ってきた。これに逆らうとまた何か言われるんだろうなと思って、とりあえずやるだけやってみることにした。でも、勉強はできなくなっていたから、模試はどこも最低判定。ただ、推薦でチャンスがあるところがあったから、一かバチかで受けてみた。これでダメなら学力じゃ到底叶わないから、就職をしようとおもった。部活の成績がよかったから、それで受けた。

そうしたら受かった。奇跡だと思う。なにかの間違いじゃないかと思ったが、それでも受かったら嬉しかったのに、おめでとうもなく「お金がかかるなぁ」しか言われなかった。

誰が国立に行ってほしいと言ったのだと、その時は悲しくて悲しくて仕方がなかった。

こんなの傍から見たら「親の言う事しか聞いていないからそうなる」と思うのだろう。私もそう思う。

けれど、高校受験の時に「お金さないよ」といわれ、大学受験に「国立しか認めない」と言われ、受かったら「お金がかかるなぁ」。反抗するなら自立しろ、親に頼るな。

それでは何をすれば良かったのだろう?

奨学金は申し込まなかった。心のどこかで受からないなと思ったし、親の収入などの関係で、ほんの少しだけ規定より上回っていたから受かるわけもなかった。し、なんとなく大学に入れても、やめてしまうかもしれないなと思ったのもある。とにかく奨学金は取らなかった。だから親に学費を払ってもらうことになる。お金がかかるのは、百も承知だった。

でも、まさか合格おめでとう」よりも先に「お金がかかるなぁ」だなんて。なんだか悲しくなった。受けるのをやめた方が良かったのではないかと後悔した。

何より、ひたすら「お金がかかる」とい割れるのが嫌で、消えてしまいたくなった、なんのために頑張ったのだろうと、ひたすらに悩んだ。

大学に入るまで、そして入ってからお金がかかると言われた。言われ続けた。

大学に入ってしばらく経った頃、仕送り勝手に減らされた。1万円も減った。バイトをやりながらも結構ギリギリで頑張っていたのに、なんの前触れもなく減らされた。

なんで仕送り勝手に減らしたの?せめて減らすなら前もって言ってよと親に言った。そしたら、「元々この金額だったでしょう?」といわれた。頑張って節約しながらも生きていたのに、あたかも「余分にお金をねだっている」風にされたのがひどく苦痛だった。

その年の夏、節約しなきゃとおもい、電気代をとにかく節約した。外に出るようにしたり、電気をつけなかったり冷房をつけなかったりした。

その月の電気代は1,500円もしなかった。

純粋に、自分すごいとおもった。

こんなに節約頑張ったよ!と母親にいったら、「もっと節約できるでしょ」と言われた。

電気をつけず、テレビもつけず、パソコンもつけず、ご飯はまとめて炊いて冷蔵庫に保管して、一瞬だけ電子レンジでチンする。冷蔵庫も止めてしまうと食べ物が保管できないから。そんな最低限だったのに、もっとと言われた。

馬鹿らしくなった以上に、親から私は「ただただお金のかかるダメな長女」だったのだろう。お金がかからなければかからない方がいい。そんな認識だったのだろう。

こんなに頑張っても文句を言われることに、自分が生きている意味とはなんだと問いたくなった。

答えは出なかったから、ただただ消えたくなった。

どう生きていてもお金がかかると言われて、生きているのがしんどくなった。我慢するのがバカバカしくなった。

バイトはしていた。学校に慣れるまで、夏休み前後から始めたいといったら、それでは困ると言われて5月くらいから始めた。バイト先の先輩に厳しくされて、辛いと嘆いたら「みんなそんなもの」と取り合ってくれなかった。辛かった。

そういうことも含めて、たまにTwitter愚痴を呟いていた。愚痴をいうと今まで仲良くしてくれた人が、なんでも話せた人達が「自分の方が辛い」と言い始めた。自分の方が不幸合戦が始まって、私の「つらい」が軽くあしらわれた。次第に愚痴を言えなくなった。私だけ「辛い」が軽くあしらわれるのが辛かった。

頑張って大学に通った。頑張ってレポートを書いても単位が取れなくて、好んでとったパソコン系の授業を始め、授業に出ると頭痛が激しくなったり、気分が悪くなったりした。1年間くらいだったと思う。でも、お金をかけてもらっているから行かないといけないと、頑張った。

しばらく立って新学期になった。自分の妹が私立大学に入った。

母親は、私立入学するのを許したらしい。

どうして?という気持ちがすごかった。父親が許したのかという疑問もあったのだが、早々にほかの選択肢を諦めた私とは違って、妹は頑張って説得したんだなと思ったら、それは認めてあげるべきだと思った。合格たことは喜ばしいことだし入学も喜ばしいから、合格おめでとうと、素直に伝えた。

しばらくして、父親入学を許していないということが分かった。それで父親に「お前も加担したんだろう」と責められた。私は何も知らなかった。

なんで私が責められているんだろうと、つらくてつらくて。消えてしまいたいと思った。私から奪われた仕送り1万が、妹の入学金や学費になるんだなと思うと、なんとも言えない感情が湧き出てきた。

しばらくして両親が離婚すると言うことを伝えられた。どう思うと聞かれて、私が何か言ったところで何か変わるの?と答えた。冷たいなとも思ったが、私は私でそれどころじゃなかった。

学校に行けば嘔吐頭痛を繰り返して、正直もう限界だと思っていた。

しばらくして父親から伝えられた。

離婚とともに破産すると思う。妹の学費や母方の生活費は払えなくなるが、お前の学費生活費だけは出してやるからな」

素直に喜べという方が無理だ。体調不良等でまともに単位も取れなくなっていったのに、どうして喜べるのか。それが決め手になって、学校に行かなくなった。休学届けを出して、今はアルバイトだけやってる。

両親から連絡が来るだけで胃が痛む。学校に行けない自分社会に出てもやっていけるとは思えない。大学友達とは疎遠になっているとおもう。ただたまに道ですれ違って、名前を呼んでくれて、元気?と声をかけられると、いい人と友達になったなと思う。同時に、こんなダメ人間友達でごめんねとも。

高校までの友達は「そのまま社会に出てもやっていけるよ」という。でも、日本会社というのはおおよそブラックだと思っているし、そんな所に行ってしまったら自分は生きながら死んでしまうのだろうと思う。きっといまのオタク趣味もままならない。二次創作をする時間もなくなるだろう。そうやって仕事に謀殺されて、私は私でいられるのだろうか。

そこまで考えて、今までの人生の中で、私が私でいた瞬間とは何なんだろうと思った。

私とはいったい何なんだろうか。

私が生きている意味とは。

なんでこんなに必死になって生きているのか。

辛いという言葉は、私の方が辛いで潰されて、楽しいことなんか二次創作を始めとしたオタク趣味ばかりで、そのオタク趣味すらも、今じゃ疎外感を感じている。自由に慣れていたはずのSNSは、現実と同じように苦しいものになっている。

辛いと思うことも軽んじられ、ひたすら金がかかるといわれ、遊びに行くと贅沢だお母さん達は頑張ってあなた仕送りをしているのにという。

私はなんのために生きているのだろうか。

こんな生活、生きているというのだろうか。

ただ呼吸をして、心臓を動かして。ただそれだけ。

生きているのがただただしんどい。早く死んでしまいたいとすら思う。でも死ぬお金がかかる。親が困る。周りも困る。

ある日母親に言われた、「お父さんはあなたを生んだ時に『なんで生んだ』といったのよ」と。

母親はそれを私に伝えて、何がしたかったんだろう。

必死に育ててくれてありがとうと言って欲しかったのか。

ひたすらお金がかかると言われて育って、なぜ生んだと言われたと言われる。

「なんで私のことを産んだの?」とは言えなかった。「産まなくてよかったのに」とはもっと言えなかった。言ってやりたかったけど、それを言ったら家から追い出されると思ったから。

私は「そう」とだけ返したのを覚えている。いつ、こんなことを言われたのかなんて、細かい年は覚えていないけれど、そういうことを言われたということだけは鮮明に覚えている。

私は

どうすれば良かったんだろう。

何をすればもっと前向きになれたんだろう。

何をすれば「頑張ったね」と言ってもらえるようになるんだろう。

毎日生きているだけでも精一杯なのに、もっともっとと周りはいう。頑張ることが当たり前。

でも、私はまだ頑張ってないんだと思う。恵まれているのだ。奨学金を借りずとも大学に行けたのだから。好きなことをやれているのだから

世界一不幸だと思うな。世の中にはもっと不幸な人が、辛い人が沢山いる。

みんなそう言う。私のつらいという気持ちを無いものとして。みんなそういうのだ。

生きていることの何が楽しいのだろう。

生きるなんて、辛いだけじゃないか

早く誰か、私を殺してほしい。

金だけかかって、だれの期待にも応えられない私を早く殺してくれ。

生きているのがただただしんどいということすら認められない世界なんか、壊れてしまえばいいのに、世界はそれを許さない。それなら。私を早くこの世界から追い出してほしい。

早く私を殺して欲しい。早く殺して。早く。こんなに辛いのに、世界は生きれという。お前はまだマシだと。

何がマシなのかちっとも分からない。生きているのがしんどい

ぼく「女はクソ!! 女はセックスの道具!! 女は死ね!!」

ノノウ「どうしたんですか? 何か嫌なことでもあったんですか?」

ぼく「・・・・・・」

ノノウ「私で良ければ、お聞きしますよ」

ぼく「・・・・・・今日学校いじめられたの」

ノノウ「そうだったんですか・・・・・・。辛かったですね」ギュッ

ぼく「えっ!? うわっ あのっ!」

ノノウ「大丈夫です・・・・・・。落ち着いて」ギュゥ

ぼく「・・・・・・」

ノノウ「今日ゆっくり休んでいってください」

ぼく「・・・・・くーん」ギュッ

ノノウ「よしよし」ナデナデ

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