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はてなキーワード: 社会生活とは

2018-02-20

GIDに対するアウティング

わたしGID性同一性障害)の治療を受け現在戸籍希望のものとなり、いわゆる埋没、元の性別を伏せる形で普通社会生活を送っている者です。

来歴について敢えて公言することはありませんが、親しい人には話していますし、ある程度付き合えば薄々わかるものかとも思います。恥ずかしいことをしているとは思いませんし、何がなんでも絶対に隠すというものでもありません。

しか一般社会生活ではまだまだ偏見もあり、そもそもさして親しくもない人に敢えて話す内容でもありませんから、できるだけ伏せて静かにやっていきたいと思っています

先日ある信頼していた人物により、この来歴がネット上に晒されることになりました。

本人はさしたる悪意もなく、なまじ「そういう人」に対する偏見がないがために(多分ないのだと思います)、大したことでもないと思ってさらっと書いたのでしょう。

しかし公の目に触れる場でそういうことをされれば、こちらの社会生活にも影響の出かねないことなのです。

近年になってレズビアンゲイについてアウティング問題にされることが出てきました。

レズビアンゲイ当事者が伏せて生活している性的指向を本人の意図に反して公開されてしまう事例です。

これについては、一定の層の方々なら、ある程度ことの重大さを認識されるようになってきてはいるのではないかと思います

しかGID当事者特に移行を済ませて希望性別生活している人々に対するアウティング問題は、あまり知られていないのではないかと思います

場合によってはレズビアンゲイ以上の事態引き起こしかねないことで、軽々に考えてはもらいたくないのです。

そのことを「やめて欲しい」と伝えるだけでもセカンドレイプ的な屈辱を味合わされるということを、どうか部分的にでも理解して頂きたいのです。

わたし場合、本人に伝えたところ削除はして頂けましたが、ことの重大さはまったく伝わっていない様子でした。「ああごめんごめん」程度の反応です。

正直、最初に書かれたこ自体より、この反応の方に深く傷つけられました。彼にとってはその程度のことだったのか、と。

現在に至っても、この人物が悪い人だとはまったく思いませんし、人として肯定的に見ています。それだけにとても悲しいです。

わたしたちは単に希望性別普通人間として暮らしたいだけです。

多大な苦労の末に身体戸籍まで変えた挙句に「トランスジェンダー」などと軽々しく言ってもらいたくはありません。

「元○○」というのが事実であり、かつ恥ずかしいことではなかったとしても、世の中はそういう風に見てくれる人ばかりではないのです。

それをビジネスにしているタレントか何かならともかく、こちらはただの一市民です。晒し者にされるいわれはありません。

まらないことかと思われるかもわかりませんが、一当事者の声として、匿名ながら愚痴を書かせて頂きました。

泣き言のような内容で申し訳ございません。

2018-02-17

anond:20180217103152

知ってるかもしれないけど精神的な病気というのは完治することはなくて寛解しかしない

症状が軽くなって社会生活を送れそうだなっていう状態

そういう状態の人を切り捨てずになるべく社会活用していこうっていうのが現在の上の方針から仕方ないね

2018-02-15

ODやめらんない

22歳

会社つらいけど周りと比べればつらくない定時で帰れるし

でも根本的に社会生活向いてない でも生きるには金いるし別にいまは死にたくない

でも別に長生きしたくないしどうにかナウを生きるにはどうしたらいいかなて思ったらODにいきついた

とても幸せでおだやかになる週一でおだやかになる

これを目標に1週間を頑張っている ヘパリーゼ肝臓ケアおこたらないしOD始める前より健康的になった 数値も問題がない

とても嬉しい これでいいと思う

これでいいと思うんだけどどうしたらいいかわかんなくなるときもある

今はたのしいおだやかな気持ちで文を打ってるよ

自分がよければいいんですよね それが一番

いまが幸せがずっと続けばずっと幸せだもんね

ありがとうございます あとは耐性つかなければな

耐性こわいから週一なのね

毎日こんな気持ちで過ごせたら周りにも優しくなれるしストレスフリー聖人君子になれるのにな

ありがとうございました

2018-02-11

自分人間嫌いだということに気づく

社会には人間が嫌いで他人と関わらない人を異常者扱いする風潮がある。私は異常者だと思われるのが嫌で今まで周囲の人と無理やり付き合ってきたがどうしても人を好きになれない。多分私は異常者なのだろう。これから社会生活を送るために必要な最低限の付き合いだけをして一人の時間を楽しもうと思う。

2018-02-04

anond:20180202225022

アスペが原因で社会生活に支障があるというのは実際のところない

ブサだから同じ言動をしても白眼視されるのが真実

2018-02-03

https://anond.hatelabo.jp/20180202134232

元増田。一部コメントへの返答的なもの

2018-02-02

anond:20180202225022

診断できなくても、社会生活に支障がある時点で障害からって薬出してくれるところあるよ。病院変えよう。

2018-01-31

福田昌子衆議院議員社会党)による優生保護法案の提案理由説明

第2回国会昭和23年06月24日衆議院厚生委員会

福田(昌)委員 優生保護法案の提案理由説明させていただきます

 わが國は敗戰によりまして四割強の領土を失い、その狹められたる國土に八千万からの國民が生活しておりますため、食糧の不足はやむを得ざることでありまして、しか人口は一箇年に約百二十万から自然増加を呈しておる現状でありますので、この現状に対しましては対策として食糧の増加、移民の懇請とともに、もう一つ優生見地から不良分子の生出を防止するとともに、加えまして從來母性健康までも度外して出生増加に專念しておりました態度を改め、母性保護立場からもある程度の人工妊娠中絶を認め、もつ人口自然増加を抑制する必要があるのであります

 本法案が旧來の國民優生法と異なる点を列挙いたしますれば

一、惡質疾病の遺傳防止と母性保護立場から一定範囲のものには任意に断種手術を受け得るようにしたこと

二、強度の遺傳性精神病その他の惡質遺傳者の子孫の出生を防止するため、強制断種手術を行い得る制度を設けましたこと

三、惡質疾病を有するもの妊娠し、または妊娠分娩によつて母体生命を危險に陷らしむるおそれある場合は、医師の判定によつて妊娠中絶を行い得るようにいたしましたこと

四、妊娠によつて母体健康を害しあるいは暴行脅迫によつて妊娠した場合は、地区優生保護委員会の決定によつて妊娠中絶を行い得ることにいたしましたこと

五、現在妊娠中絶手術の結果しばしば母体生命を失うものがありますために、これを救済するために医師技術並びに設備等を斟酌して指定医制度を設けましたこと

六、三種類の優生保護委員会をつくりまして、地方委員会強制断種手術の判定にあたり、中央委員会地方の判定に対し不服あるものの訴願を審査し、地区委員会人工妊娠中絶手術の適否の決定に当り得ることとしましたこと

七、各府縣に優生結婚相談所を設けて、優生保護見地から結婚相談に應じて、不良子孫の出生を防止するとともに、地方人士に対し優生知識避妊器具選択、受胎調節の方法等の理解に努めしむるように予定いたしましたこと、等であります

 以上大体七項目の改正趣旨に基いて、ここに新法案を提出した次第であります。何とぞ愼重御審議の上御採択あらんことを切望いたします。

(中略)

 第二章優生手術の章におきましては、第三條に同意を前提とした任意優生手術を規定し、第四條から第十一條にわたつて社会公共立場から強制的に行い得る優生手術を規定いたしました。現行制度では、優生手術を受けるには本人、その代理者または公益代表者から申請主務官廳の可否の決定とがなければ行い得ないことになつているのでありますが、第三條に列記したものについては、かような手続を要せず、本人と配偶者同意がありましたならば、医師任意優生手術を行い得る途を開きました。しか任意優生手術は本人が事の是非を十分に判断した上で同意するということがその本質的な要素でありますから未成年者、精神病者精神薄弱者のように自分だけで意思決定ができない者については、これを認めないことといたしまして、この制度相続権侵害のために惡用されることのないようにいたしました。第四條以下のいわゆる強制断種の制度は、社会生活をする上にはなはだしく不適應なもの、あるいは生きてゆくことが第三者から見てもまこと悲惨であると認められる者に対しましては、優生保護委員会審査決定によつて、本人の同意がなくても優生手術を行おうとするもので、これも現行制度にはないのであります。惡質の強度な遺傳因子を國民素質の上に残さないようにするためにはぜひ必要であると考えます。ただこの場合におきまして社会公共立場からはいえ、本人の意思無視するものであるから対象となる病名を法律の別表において明らかにするとともに、優生保護委員会の決定についての再審の途を開くほか、さら裁判所判決をも求め得るようにして、つとめて不当な処置が行われることのないよう注意いたしました。第四條から第十條までがその手続に関する規定であります。また強制断種の手術はもつぱら公益にために行われるものでありますから、その費用を國庫において負担することとし、その旨を第十一條に規定いたしました。

2018-01-30

anond:20180130194218

1日5オナニーする、というのは継続的に1日5オナニーしている(または平均して5回/日の頻度でオナニーしている)という意味だよね

4時間に1度くらいの頻度で自慰行為をしてるというのは社会生活不都合が出るレベルだと思うから病気可能性があるといって差し支えないんじゃないかな?

2018-01-28

anond:20180128145544

脊椎動物はおろか、昆虫でさえも性的アピールをするのはオスがほとんどです。果ては植物でさえ、オスが花粉一生懸命飛ばして、メスはそれが来るのをひたすら待っているという関係が保存されていますから増田さんのいうとおり生物基本的特性かも知れませんね。

ヒト以外の動物の性欲を調べるのは簡単ではありませんが、一般的にオスの方が性欲が高いと考えてまず間違いないでしょう。ヒトでは男性の方が、女性に比べて10倍ほど性欲が高いと考えられているようです。私自身は男性ですが、本当に四六時中すけべなことばかり考えていますが、それをおくびにもださずに社会生活を送っているのです。増田さんはどうですか?

女性が性に積極的だとはしたないと言われることがあるようですが、これは文化的ものであると考えられます生理的特性を反映している可能性はありますが、詳細はわかりません。私の想像では、ほとんどの男性エッチ女性はウェルカムですから、「はしたない」と言うのは女性(母親祖母)主導で形成された文化ではないかと思います増田さんの意見はどうですか?

2018-01-22

anond:20180122181416

そりゃあそうだろ

手帳2級ってことは、社会生活日常生活共に著しい制限を受けるって医者から役所からお墨付きを貰わないと取れないんだから

しろ、それでバンバン内定出る方がおかしいわ

障害者と言っても手帳持ってない人なんてたくさんいるし、身体の障害なら仕事内容次第でほとんど健常者と変わらん人もいる

そういう人が採用されるだろ

まずは寛解を目指して手帳が降級するぐらいまで療養すべし

普通、そういうことも含めて説明受けるはずだけど嘘松かよっぽど投げやりな就職指導かどっちかだな

2018-01-21

anond:20180121101409

達人や熟練クラススキル存在するけど、全てのスキルレベルがそのクラスではなくて、ある分野(社会生活必要とされるもの)が素人クラスというかスキルレベル自体上昇することはないし困ってるしめっちゃ大変だった、という話だと思うけれども

それなのに世間では「スキル高いんでしょう?あなた」という目に晒されたとも。

普段社会生活地域の集まりの中にいると、結婚してないのはこの世で俺だけで、一生独身なのもこの世に俺だけって感じがしてくる。

そう思えるほど周りは既婚者だらけなんだけど、年に数回趣味の集まりに遊びに行くと未婚者がゴロゴロいてて、俺より年上の童貞(のようにみえる先輩たち)と一緒にキャッキャしてるとすごく安心感がある。

俺の居場所があってよかったなと思う。

2018-01-16

分かる

制度改定の利点・欠点をきちんと把握しないで、現象面だけで否定するな、というのはもっともだ。

https://anond.hatelabo.jp/20180116095356

参考までに、少し自分経験を述べる。東京ではない道府県の、似たような制度があった公立進学校入学した生徒を対象に、一度リサーチした結果だ。

 A入試点数と、一年後の校内偏差値との相関

 B中学校内申点と、一年後の校内偏差値との相関

 C内申点入試点数と、一年後の校内偏差値との相関

校内偏差値大学入試の結果は、かなりよく相関していることが進路のデータから分かっていたので、じゃあ高校入試の成績と校内偏差値との相関はどうだろうと思って調べてみたわけだ。Cが従来型の入試方法妥当性、Aが新型選抜妥当性、Bが内申点自体信頼性をはかるのに役立つと考えた。そして2~3年にわたって調査した結果、A、Bには実質相関が無く、Cにのいくらか相関が認められるということがわかった。

個人的には、地頭の良さは高校では大きいと思っていたので意外だった。どうも、公立高校での「学習成績」は、地頭とかだけではなく周囲との社会生活をうまく送れるかどうかにも左右されるということらしい。私立出身自分には意外だったが、確かに、生徒達を見ていると、公立高校では周囲とうまくコミュニケーションを取りながらやっていく「公立タイプ秀才」が多いようだ。ピーキー能力の持ち主はあまり場所がない様子だった。まあこれは地域にもよるのかもしれないが。

自分のいた所では、その後すぐこの制度がなくなってしまったが、結局Cによる判断が一番無難であることが分かったので、自分としてはそれなりに納得している。

2018-01-15

anond:20180115115210

二極化してる気がする。

ニートとかドロップアウトでやってる人のほうが手厳しくて、それなりにきちんと社会生活送れてる人は「(いい意味で)趣味なんだからさ」ってかんじ。

作り手さんには感謝しかない。けど、無理しすぎてまで続けなくていいよーとも思う。

男という正しくない生き物になんか生まれたくなかった

男性の特徴は、政治的に正しくない、現代社会的生活に相応しくない要素を大いに含むので、男性各位はそれを自覚し、己の心身の挙動に綿密な注意を払って調和平和を乱さぬよう生きるべし。


みたいなことを、公的にも私的にもそこらじゅうから言われてるような気になる。

ヒトのオスって、そこまで不快危険で、罪悪感で縛り上げなきゃとても共生したくないタイプの間違った生物なんすかね。


この思考で厄介なのは、ヒトのオスである私にとっても、他のヒトのオスはできる限り近くにいてほしくない不快な生き物だってことだ。

いや、私自身も私の体のゴツゴツした感じ、がさつさ、デカさ、体臭、体毛、声質、闘争性、暴力性、共感性の低さ、性欲、助平心、などが不快しかたない。

から迷惑がられるのが分かる。

どれも厄介な特徴だし、どれだけ大変でもコントロールすべきかもしれない。


私の頭の中の物知りマンもこう言っている。

「君が男性なのが問題なんじゃないし、男性なことを責めているのでもない。だって男性でもエレガントで社会性の高い人は沢山いるのだから

問題は君が社会生活にそぐわないこと。君の社会性が低いこと。性差ではなく個人差として君が駄目なのだ

そうかもしれない

でもこれら悪しき特徴の中に、私が男性に生まれたが故にテストステロンだかなんだかの影響を受けて、半ば先天的に強められたものもあったんじゃないですか。

それを個人差だと、個人責任を負うべき個人的特徴だとするのは、自己責任論みたいなもんじゃないですか。

つーか、男に生まれたせいでも、私が私であるせいでもいいけど、こうなろうとしてこうなったわけじゃないのに、もっとちゃんとしろって言われても不条理を感じる。

男性差別か、迷惑なやつ差別か、どっちかを受けてるみたい。


ところで、男がやたら恋愛相手をほしがるのは、性欲の強さのせいだけでなく承認を求めてるからだっていう話を見たことがある。

それに対して「承認だったら仕事か友人関係で得ればいいだろ、女に求めるな」みたいな批判が来ていたのも覚えている。

でも私はこう思う。

男が仕事や友人だけではなく恋愛相手から承認も強く求めるのは、しばしば暴力的攻撃的で非道徳的で不快社会生活に相応しくないとされる男の性欲を受け入れてくれる人がいる、むしろ歓迎してくれる人がいるということが、男であることの恐怖と罪悪感に許しを与えてくれるからではないか

仕事や友人関係で得られるのは、得意分野への承認だ。

一方、恋愛で得られるのは、己の有害さというコンプレックス部分への許しだ。

この二つは代替可能ではないと思う。

私は童貞で職歴もないから、仕事で得られる承認恋愛で得られる承認が本当に違うかわからないけどねー。


はーーーーきれいな女の子になって女の子と付き合って暮らしたいよーーーーーーーーーー

って書いたのに全然ブクマこないから再投稿する

2018-01-14

anond:20180114195025

爆サイとかならとにかく、はてなで「女は暴力的な男が好き」を強固に主張する人ってなんなんだろうと私もずっと不思議

ヤンキー文化の中ではある程度有効な話なんだろうけど、それも大人になったらそこまであからさまに暴力振るわなくなるはず(DVとか例外ありげ)だし、働いていれば、頭がよいことが金に結びつき、結果モテる文化にまったく接触しないということも考えにくいんだよね。接触しても、「うちらとは違う世界」としてカウントしない可能性もあるけど。

そもそもガチヤンキーの皆様が、概して理屈こねるの大好きな人が吹き溜まってるはてなをやるとはあんまり思えないし、やってる人もいるとしても、リアルモテてるんなら、「ほーん」で読み流して終わりな気もする。

色々考え合わせて、ヤンキー文化支配的な学校(中高)でしか社会生活やってないので、価値観がそこで固着している人なのかなぁと思うんだけど、どうでしょう

anond:20180114062143

コメントありがとう

うーん。

とりあえず職に就いて社会生活送れてる人たちすごいレベルなので、斜め上だけど、それも向上心あってのものなのですごいことだよね。

インセンティブ以前に、その場所を勝ち得たその人自身が何よりも価値あるものだと思う。

上を見たらキリがないだろうけど、あなたのいるその場所すら眩しいです。

男という正しくない生き物になんか生まれたくなかった

男性の特徴は、政治的に正しくない、現代社会的生活に相応しくない要素を大いに含むので、男性各位はそれを自覚し、己の心身の挙動に綿密な注意を払って調和平和を乱さぬよう生きるべし。


みたいなことを、公的にも私的にもそこらじゅうから言われてるような気になる。

ヒトのオスって、そこまで不快危険で、罪悪感で縛り上げなきゃとても共生したくないタイプの間違った生物なんすかね。


この思考で厄介なのは、ヒトのオスである私にとっても、他のヒトのオスはできる限り近くにいてほしくない不快な生き物だってことだ。

いや、私自身も私の体のゴツゴツした感じ、がさつさ、デカさ、体臭、体毛、声質、闘争性、暴力性、共感性の低さ、性欲、助平心、などが不快しかたない。

から迷惑がられるのが分かる。

どれも厄介な特徴だし、どれだけ大変でもコントロールすべきかもしれない。


私の頭の中の物知りマンもこう言っている。

「君が男性なのが問題なんじゃないし、男性なことを責めているのでもない。だって男性でもエレガントで社会性の高い人は沢山いるのだから

問題は君が社会生活にそぐわないこと。君の社会性が低いこと。性差ではなく個人差として君が駄目なのだ

そうかもしれない

でもこれら悪しき特徴の中に、私が男性に生まれたが故にテストステロンだかなんだかの影響を受けて、半ば先天的に強められたものもあったんじゃないですか。

それを個人差だと、個人責任を負うべき個人的特徴だとするのは、自己責任論みたいなもんじゃないですか。

つーか、男に生まれたせいでも、私が私であるせいでもいいけど、こうなろうとしてこうなったわけじゃないのに、もっとちゃんとしろって言われても不条理を感じる。

男性差別か、迷惑なやつ差別か、どっちかを受けてるみたい。


ところで、男がやたら恋愛相手をほしがるのは、性欲の強さのせいだけでなく承認を求めてるからだっていう話を見たことがある。

それに対して「承認だったら仕事か友人関係で得ればいいだろ、女に求めるな」みたいな批判が来ていたのも覚えている。

でも私はこう思う。

男が仕事や友人だけではなく恋愛相手から承認も強く求めるのは、しばしば暴力的攻撃的で非道徳的で不快社会生活に相応しくないとされる男の性欲を受け入れてくれる人がいる、むしろ歓迎してくれる人がいるということが、男であることの恐怖と罪悪感に許しを与えてくれるからではないか

仕事や友人関係で得られるのは、得意分野への承認だ。

一方、恋愛で得られるのは、己の有害さというコンプレックス部分への許しだ。

この二つは代替可能ではないと思う。

私は童貞で職歴もないから、仕事で得られる承認恋愛で得られる承認が本当に違うかわからないけどねー。


はーーーーきれいな女の子になって女の子と付き合って暮らしたいよーーーーーーーーーー

anond:20180113114634

カトリーヌ・ドヌーヴ署名した記事翻訳の件】お返事を拝見しましたが、いろいろ問題点が残っているようです。目下時間的余裕を欠くためにぶっきら棒な指摘の仕方をすること、ご寛恕ください。テクストを読む際に、まして翻訳する際に当て推量はマズイですので、以下の諸点を改めてじっくり検討されるますように。(元記事: http://www.lemonde.fr/idees/article/2018/01/09/nous-defendons-une-liberte-d-importuner-indispensable-a-la-liberte-sexuelle_5239134_3232.html

la galanterieに関して:

 参照サイトhttps://fr.wikipedia.org/wiki/Galanterie は、la galanterieというきわめてフランス的なものを適切に説明しています。けれども、その内容の一面だけ取り上げて、「恋愛のお作法に乗っ取った男性からの誘惑の手順」というふうに「恋愛」や「誘惑」に直結させてしまうのは行き過ぎです。なぜなら、①そもそもフランス語圏日常社会生活で言われるla seductionの意味するところは、日本語の「誘惑」よりずっと広く、一般的である。②男性別に何らまったく誘惑の下心なく女性にドアを開けて差し上げる、席を譲る等のレディ・ファーストも、そこにごく淡い艶(つや)が伴っていれば立派なla galanterieである。③la galanterieをめぐって、それは男女同権原則を何ら妨げることなく男女関係文明的にする作法なのか、男性優位のパターナリズム表現なのか、という議論が頻繁に行われているという文脈フランスには存在する。

■agression machisteについて:

 前項の(3)からも分かるように、agression machisteは、(外見に反して男尊女卑を含意している)パターナリズム押し付けを指しており、問題テクスト賛同者たちによれば、la galantrieは agresssion machisteではない。ある種の「痴漢行為」はagression machisteの一つと言えますが、agression machisteすなわち「痴漢行為」ではありません。

■s'autonomiserに関して:

 「自立」と「自律」は区別する必要。autonomieは「自律」です。また、現状の日本語では、「自立する」とは言いますが、「自律する」とは言いません。

■une conception substantielle du bienについて:

 これの改訳例として私が「実体論的な善概念」としておいたのを「善の本質的概念」に直しておられますが、それでは意味を成しません。この言葉は、哲学的で少し難しいのですが、まず間違いなく、道徳律をたとえば「他者自由を妨げない」ことというように「否定的」な形式で考えるのでなく、「これがが善だ」というように実体論的に(あるいは、本質主義的にと言ってもいいでしょう)考える、そういう善概念を指しています。あとに出てくる哲学者のRuwen Ogienが世間道徳批判するときによく使う言葉でもあるようです。ですから、「実体論的概念」「本質主義概念」と、「本質的概念」はまったく異なります。ゆえにここは、せめて「本質主義的な善概念」とでも訳しておかないといけません。

■misogynieについて:

 これは「女性嫌い」「女性蔑視」であり、「女性差別」の元になり易い性向ですが、「女性差別」と混同するわけにいきません。

la liberte d'offencerについて:

 「この概念攻撃しようとするのは(神や国家指導者のような)『権力』『権威』とそれをアンタッチャブルものにする空気」と断定(推量?)するのは早合点です。テクストに、Le philosophe Rugen Ogien defendait une liberte d'offenser... と書いてあるのですから固定観念に囚われず、Ruwen Ogienの哲学思想念頭に置いて理解しないといけません。そうすると、「人の気分を害する自由」あたりがやはり適切なのです(「中指を立てる自由」は論外)。

la liberte de dire non a une proposition sexuelle ne va pas sans la liberte d'importuner :

 「『ウザがられる自由』が男たちの側にあると解釈するのは…」無理ではないですよ。それどころか、その自由相手(←ここでは男性)に認めるからこそ、女性の側がそれを「ノン!」と突き返す自由が生きるわけです。「ノン!」と拒否することがimportunerすること、ウザがられることではありません。なお、こういう間主観関係が成立するのが男女間に限らないことは言うまでもありません。

■Pour celles d'entre nous qui ont choisi d'avoir des enfants, nous estimons...:

 これを「子供を持つことを選んだ人々のために」とか、「私たちの中で子供を生むことを選んだ人達のために」と訳すのは、当該テクスト文脈の中では明らかに誤訳です。"Pour"はここでは、En ce qui concerne や quant aの意味なのです。著者(たち)は、私達のうちで子供を持つことを選んだ者についていえば、私達の考えはこれこれだ…、と述べているのです。

以上。

2018-01-11

anond:20180111113217

その人はあなた迷惑をかけているの?

そうでないなら、他人をどうにかしよう、どうにかできると考えるのは傲慢ではない?

そういう思考一種の病的なもののように思える。

時代により比率は変われど、世の中には一定割合のそういう人が常にいるものだ。

それをどうにかしようとするのは複雑すぎる困難な問題だし、一個人の手に負える問題ではない。

から政治アプローチしようとしている分野。そこに、個人が「常識」やら「モラル」やら「病気」やらを説いて、

説得、恫喝暴力などで人を動かそうとしたところで、それは人権を脅かしかねないゾーンに足を突っ込むことになる。

から個人レベル戦略としては、他人を変えようとするより、自分が変わる・自分環境を変えることが良策だろう。

身内だったら、無理にでも叱ったり躾けたりして家族全員の価値観をある程度統一することも許されるかもしれないが、前時代的な考え方だ。

価値観多様化した現代においては、一緒に暮らす家族といえどまったく異なる価値観問題を抱えている。成人ともなれば尚更だ。

 

そもそも科学的には自由意志存在しないのが濃厚で、自己責任というもの存在しえない。

科学的には存在しないものを、社会的に秩序立てるために存在する、自覚しろと言っている状況がある。

不幸なことに人類は脳がたいへん発達しており、はっきりした自意識は持っている。

ただし、自意識を持っているからといって、神経系の全権を自意識が有しておりコントロールできる訳ではない。

しろ1%たりとも自分意図的に脳を動かせる人などいない。腸を意識して動かせる人がいないように、それは勝手に動く。

その脳は、感覚器を通した周囲の環境からインプットを、肉体的に好悪を選好しつつ電気的に保存しておくものしかない。

それに基づいて、その人の言動のようなアウトプットが成される。

それを私たちは、自分意思で決めたのだと感じているに過ぎない。

それでどうして、自己責任などと言って、一個体にその言動責任を負わせることができるだろうか。

その意味で、この宇宙には自由意思もつものなど存在しないだろう(宇宙を創った神のようなメタ存在を除いて)。

諸器官が作り出すハーモニー自由意志幻覚を見せているだけで。

脳をハッキングすれば、その人の好みも価値観発言コントロールできることは想像に難くないだろう。

そしてそれには、高度な神経科学技術必要なく、大昔から、脳のインプット源をコントロールする、

いわばソーシャルハックのような形で世に溢れている。

というか、教育からビジネスまで、人類の営みのすべてがそのソーシャルハックに終始していると言えるほどだ。

 

その人が社会に出ることを忌避する思考の持ち主に育った原因には、遺伝的(先天的)なものもあるかもしれないし、

育ちによる(後天的)なものもあるかもしれない。現代では特に後者の影響も大きいだろう。

人間の脳は成長の過程で、外部からさまざまな情報学習して、そこで個人個人で異なった価値観形成する。

普段似たような価値観もつ人たちと社会生活を送りがちな人間は、そのバラエティの深さについて思い至りにくいし、それゆえ寛容を欠きがちだ。

率直にいうと、あなたがもしその30になっても働かない人として生まれ、その人生を0歳から現在までトレースしてみたとき

彼と同じようにならない自信が持てるだろうか?持てる人は存在しないだろう。

彼のような状況、心境、価値観に至るには、他人とは共有できないさまざまな巡り合わせの累積があったに違いないからだ。

 

それでも彼が生きているというだけで立派で賞賛すべきものだ。

働かずとも生きているということは、養ってくれる存在がいて、愛されているということだろう。

愛されるに足るだけの存在でい続けているんだろう。

扶養者が親であれば、当人への理解も深かったり、あるいは親としての責任も感じてかもしれないが、

それでも勘当されないだけの関係性を保っているんだろう。

家事を手伝ったり、面倒事を代行したり教えたり、体を労ったり話相手となったり、あるいは存在だけで癒やしとなったり。

それらの価値を、扶養者が受け入れているという事だろう。

会社社会価値基準でみるとそれらは釣り合わぬ価値かもしれないが、その価値基準がすべてではない。

あるいは相続した蓄えで生活しているのかもしれないが、それはそれで認められた権利だ。

ここは社会主義国家ではないから、働けるけど働かないことが直ちに罪になるわけではない。

それぞれの境遇にあったそれぞれの生き方模索することが許される現代国家の、労働が急速に自動化されていく未来において、

増加していく「働いてこなかった人」はむしろキーとなる。

労働に心身と時間を費やしてきた人の目線だと、働いてこなかった人を見下しがちで怠惰人間だと思うかもしれないが、

人間無限怠惰はいられない。労働市場ただちに評価される形ではないかもしれないが、

彼らなりのスキル感性を日々研ぎ澄ましながら生きている。

オンラインゲームをしながら、最適解を導き出すために高度な関数APIを駆使して計算・発表する技術を身に着けていたり、

あるいはチートクラッキングについてのディープ知識をつけているかもしれない。

そういった類のものは働きながら学習するのは困難だ。

そこまで高度でなくとも、ゲームを続けていたならゲームについて人並み外れた審美眼が養われており、

テスターだとかブログのような形で何かの機会に活かされる可能性がある。

他にも、Webコミュニティ(wikiギルドなど)のメンテといった、有志に頼る、大変だけどお金にならない部分をニートが支えている例は多いのではないだろうか。

ニートはいえ、労働市場に出るのは嫌でも、人の役に立ちたい、褒められたいという欲求は人並みにあるものだ。

なので人知れず、市場経済にではなく人間社会に対して良いインパクトを与えている可能性を考慮してほしい。

きっと2ちゃん良識的で穏健な発言をして荒れるのを防ぎ、初心者に優しくしているのもニートおじさんなのだ

彼らは、働いて疲れて擦り切れて攻撃的になっている社会人のみなさんの棘を受け止めてくれているはずだ。

ニート歴数年とかの駆け出しニートは逆に精神不安定で拙い言動迷惑をかけることが多いのかもしれないが、

基本的ニートは肉体も精神も拘束されることがないので、金はないが心の余裕があるものだ。

その余裕で人を包んであげたいと思うのは自然なことで、ネットでもらう匿名の温かい言葉ニートによる率は高いと思う。

忙しい人は、そもそも無関心になりがちで、応じるにしても一言二言で短絡的に答えがちだから

 

そんなわけで、増田のみなさんには、働かざる人に対して一概に人格否定したり、どうにかしようと攻撃したりしない人になってほしい。

働かざる人を許容できるようになっていかないと、わりと深刻に国の未来は暗いと思う。

ミニマル環境適応し、モノやココロ断捨離に自ずと卓越していくニート知恵袋が、

収縮していく社会で穏やかに生きるためにはきっと役に立つはずだから

時にはフレンドリーに、いろいろ話を聞いてみてほしい。

よく話せば、誰しも決して無知蒙昧な人間のクズではなく、世界見方世間とは違うだけの、いい意味で「普通人間」だと気づくはずだ。

あなたとて、何かに躓いて世界見方が変わってしまう機会に直面したら、明日は我が身なのだし。

2018-01-09

自分自分を育てたいなら

受験生なんだって、2018

1月もも3分の1終わったが今のところ何もやっていない。

今まではそれなりにやってきたと思うしやる気はあるのにやれない自分自己嫌悪しにた〜〜みたいな感じだったのにこの冬休み気持ちがぷっつり切れた。

というか今までぎりぎり均衡を保っていた色々なものがぜんぶおかしくなった。

から長い休みは嫌い。

余計なことをたくさん考えるから

基本装備としてはちゃめちゃに根暗自分嫌いな性分なので思考する隙を与えてはならない。

この冬はそんな隙がたくさんあったか

完全にわたしメンタルが死んだ。

不眠症BBA炸裂して5時寝13時起きみたいなゴミ生活送ってますそんな今ももう3時半です

社会生活を営む上で重大な欠陥ですね。

社会不適合者なわたしだけど、

まれときからそうだったわけじゃない

わりと色んな経験してうつにもなった割にむかしのわたしは擦れてなくて、イイ奴だったと思うんだ。自分で言うのも何だけど。まあそりゃ絵に描いたような不幸は経験たことないからだろうけど。

わたし、イイ奴だったんだよ。

でも気づいたらめちゃめちゃに暗くてめんどくさくて他人気持ち推し量れなくて冷たい難儀な性格の女になってた。こじらせの限界突破

本当に自分でもこんな女嫌だだから喪女なんだって思う。それな。

たぶんわたしがそうなったのは

高校受験に失敗したからだ。

受験に失敗したからなのか高校選びに失敗したからなのか何が明確なきっかけってわけではないけどわたしはあの高校に入ってから坂道を転げ落ちるようにやたらとめんどくさくて暗い女になった。

やらなきゃいけないのに身体金縛りみたいに動かなくなる日も増えた。

絶対にやらなきゃいけないことがあるのに、動けない。涙が出るくらいそんな自分キライなのに、やっぱり動けない。

おまえのそれはただの怠け病だっていわれるけど、自分いちばん様子がおかしいってわかってるんだ。言い訳じゃなくて。

色んなことが噛み合わなくなっておかしい。身体も心もしにかけなのに、やっぱりその異様さが自分しかからない。

たぶん、わたしこのままだとそのうち道路に飛び込みたくなる。

そんなわたしを変える方法

たぶん大学に受かることしかない。

私立最高峰早稲田

こんなにバカ学校だけど

こんなにがんばれない私だけど

わたし早稲田に行く

わたしはそこで変わる

この性格

冴えない顔も

圧倒的に欠如したコミュニケーション能力

なにかを心から楽しむあの感覚

ぜんぶぜんぶ、わたしは変える

私がいるべき場所はここじゃない

から心が浮いてるんだ、馴染めないんだ

だって私の好きなアイドルいじめられた時に言ってた、「自分アイデンティティ中学に収まりきらなくなった」って。

からわたしは馴染めないまま曖昧に笑ってこれでいいのかよって思いながらぼんやり生きてるんだ。

うそなのは御免だよマジで


わたしはこの時を待ってたはずだ

わたしいじめあいつに

わたしをかえてくれたあのひとに

わたしを疑ったあいつに

わたしのともだちでいてくれるひとに

復讐するときを、待っていたはずだ。

しあわせになるという、復讐を。


そのためにわたし死ぬほど勉強しなければならないし性格も顔も生まれ変わるための準備も死ぬ気でしなければならない

まず手始めに、じぶんに自信をつけるためにわたしひとつでも自分で頑張ったと言えることをつくろうと思って

"学校を休まず毎日行く"

という目標を立てた。

いまのところ高校は無遅刻無欠席。

地下鉄内で貧血になってヘロヘロでも、這ってでも学校に行っている。

それがわたしスーパーヒーローとの約束から。(べつに約束はしてない)

これからわたし死ぬほど勉強する

だけどTwitterもインスタもおたく

全部辞めないし休まないよ

やりたいことは全部やってやるよ

やりたいことを我慢して生まれた"余裕"は怠けるための余裕にしかならないのが経験則なので好きなことを全部こなすためにどう動くかを考えて私はこれからしぬほど勉強する。


わたし、昔小説家になりたくて。

しかにすごく文章を書くのが上手だった。

だけどいつからか私は当たり障りのないことばしか綴れなくなった。頭に言葉が浮かんでこなくなった。

それはたぶん、自分のことを書けなくなったからだ。

でも、書けないわたしわたしじゃない。

からわたし

早稲田に行きたい

なんて叶えられなかったらこっ恥ずかしいことを

わざわざ言葉にして決意表明している。

ばか恥ずかしいよ今。

学校の人にだって何一つ言ったことのない話だから。もちろん親にも。

わたし絶対変わるから

アイツ誰だっけ?って言われるくらい

ぜったいぜったい変わるから。見返してやるから



なれっこない大好きな人を追いかけて、

わたしは強くなりたい。

そのための武器ひとつ学問を備えておきたい。

自分で決めてる細かい目標はたくさんあるけど、わたしの今の目標

早稲田大学文化構想学部合格すること

学びたいことを学んでひとになにかを伝えられる人になること

櫻井くんみたいになること



だ。わたしスーパーヒーローさくらいしょうくんの背中、追い越すくらいわたし、がんばるから


自分自分を育てたいからただただひたすらもがくよ。


先僕をみて、最近がんばるわたしのだいすきなキラキラアイドルたちを見て

ひさしぶりに心をからっぽにしてたくさんの本を読んで

やっと決意表明できそうなメンタルまで持ってこれたので増田投稿しました。


宣言しちゃったんだから後には引けないよ、わたし

絶対からないとダサいよ。


やってやろうじゃん2018

どうせクラスハブられてるんだ

勉強友達にしていなくなった友達なんかその程度ってもん

学校でひとりでもおうちに帰ったら

アイドルがいる

ずっとずっとおっきいしあわせがある

から折れずにがんばれ、わたし






ぜったいに未来、つかむから

櫻井くんの笑顔より健人に見える世界よりきらきら未来

わたし、つかむから!!

まってろ、早稲田大学

2018-01-06

正月明けだから結婚ネタ毒親ネタが溢れてるので便乗。

私→30歳会社員。過干渉の親と絶縁済み。

彼氏同級生専門職母子家庭育ち→学生時代母親恋人蒸発した経験あり。

彼氏とは中学時代からの付き合いなのでもう人生の半分一緒にいる。

出会った頃から彼氏の家はハイパーごたごたしていてそれをネタに笑いをとるくらいだった。

付き合ってからも「俺は子供は作らない。変な家庭で育った人間は家庭を持たないほうがいい」というのが彼の持論で

私は「そんなことないでしょ~」とたしなめるのがお決まりだった。

私は両親も揃っているしずっと普通の家庭に育っていると思っていた。

高校生の頃はゴタゴタと仲が悪かったし、大学生の時もなるべく家族と顔を合わせないように授業とバイトを調整してたし

一人暮らしを目指して就職したけれど、別に変ったことではないと思っていた。

しかし私の就職したそこそこの安定した会社でその認識は打ち砕かれた。

みんな家族めっちゃ仲がいい。

若い人は親元にめっちゃ帰るし、既婚子持ちは子供配偶者の話めっちゃするし家族に優しいし、家族に対する愛が溢れていて驚いた。

そしてそういう人達はすぐ結婚したがるし結婚を勧める。

せっかく就職して一人暮らしを始めた安住を犯され壊される感じがして、職場人間怪物に見えた。

私もいつかは結婚するし子供も作るとなんとなく思っていた。

ウエディングドレスにも奥様業にも子供にも興味はなかったが、社会で生き抜くための責務と義務だと思っていた。

と、同時に「どうにかこの役割から逃げれないかなぁ」ともぼんやり思っていた。

彼氏のことは心の底から好きだけど、結婚することで今の関係から「夫」と「妻」になり

更に子供をもうけることで「父」と「母」になることを考えると嫌悪感でいっぱいだった。

子供を捨てたり虐待する母親クズ中のクズから絶対になりたくないが、子供というだけで私を縛り付け、仕事社会生活を不利にする存在

心の底から望み喜んで誕生させ育てなければならないという事実は許せないと思っていた。

しか仕事をしながら育てるとなると両実家の協力は不可欠で、またあの実家と密にかかわりを持つのかと思うだけで憂鬱だった。

とにかく「経済的身体的自立を手放したくない」「実家と触れ合いたくない」という気持ちが強く、それが崩れるとなると泣きそうなくらい恐怖を感じた。

そんなこんなで、速攻でメンタルクリニックのお世話になった。

カウンセリングを受ける中で、私の強迫的なまでの自立への執着と家族に対する嫌悪感は生育家庭に問題があるのだな、という結論が出た。

私の両親は「こうあってほしい娘」像がすごく強固な人で、そこから外れることを許さない人だった。

どういう娘像かというと「成績優秀・スポーツ万能のオールマイティ優等生で、清楚で可愛くて、家の家事は全てこなし、家族に尽くすことを喜びとする」といった感じ。

私は運痴で地味だったので勉強家事でその穴埋めをして家に置いてもらわないといけなかった。

年々親の求める学業レベル自分の出来るレベルギャップが出来てきて、勉強家事以外のことをしていると責められた。

更に父親ナチュラル女性蔑視をかます人で、思春期以降は毎日セクハラ的なイヤミを言われ、女だから母親兄弟ケアを負わされた。

母はまさしく「社会承認されるために子供を産んだ」としか思えない人で、仕事に忙しく子供時間を割くことを本当に嫌がっていた。

勝手に進路を変えられたり入る部活課外活動を決められたリ、といった学生時代だった。

親に認められないと生きていけないと思い込んでいたか結婚出産子育てをしないといけないと思っていたけど、

親と過ごす生活自分が親になることが感覚的に耐えられないか結婚出産子育て嫌悪を感じる。

これがわかった時、彼の「変な家庭で育った人間は家庭を持たないほうがいい」という言葉がスッと飲み込めた。

いわゆる変な家庭で育っても結婚出産をして立派な家庭を築いている人はいる。

いるけれども、現在の私はその段階ではない。

彼氏とはずっと一緒に居たいけど、世間の求める夫婦の型にははまりたくないし、子供も欲しくない。

それは関わった全員が不幸になることだから

このまま自分治療を進めて、結婚して子供を持ってもいいなと思えるようになったとき

もう子供を産めない身体になっていたとしても、それは仕方のないことだ。

それまで自分のことを考えて、自分幸せを追求しよう。

そう決めて、彼氏にもそう告げて、家族全員の電話メールを着信拒否した。

今は薬を飲みながら、子供の頃できなかった趣味に手を出したり、勝手に進路変えられたせいで就けなかった仕事に就くために勉強している。

とても心が穏やかです。幸せになるぞー!

2018-01-05

anond:20180105002339

依存症基準は6ヶ月以上続いてることと、社会生活に支障をきたしてること。

本人が楽しいで完結できればそれで良いが、多くの場合、それが周囲にも悪影響が及ぶから問題なんだよ。

「周囲が迷惑しても、本人が楽しいからいい」と思うなら、完全にそれは社会性が欠如してる。

から社会性が欠如してるならまぁ、良いんだけど、依存症の怖い所は、「依存していくことによって社会性が失われて行く」という所にもある。

結果孤立して行くから余計に依存して行くんだけど、依存して行くことが孤立して行く原因になるから、もう完全に悪循環しかない。

もし、「楽しいからいい」と言い切れるなら、依存する前と依存後、依存後のほうが幸せじゃなかったら、嘘だよな。

依存後のほうが幸せ」と言い切れるんなら、まぁそれで

良いんじゃねーの?と思う。他人依存症なんて、所詮他人事からな。

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