はてなキーワード: 一言とは
すわアプリの住所ずれかとテンションが下がったが、備考には正門のインターフォンを推してくださいと書いてあった。
あぁじゃあちゃんと小学校なんだなと安心したけど、さらに疑問が。
現実は部活の顧問とか例外的な臨時出勤なのかなとあたりをつけつつ自転車をこぎこぎした。
インターフォンは職員室宛なので押すのは緊張した。だって内緒の注文だったらどうすんの。
そんなこともなくすんなり入ってくださいの応答。…部活顧問でもなく職員室にワンオペなの?
さていつものマンションと違いここから職員室を探すのかしらんと少し不安になったら向こうから出迎えてくれた。
若くはつらつとした教員だった。
頑張ってくださいの一言でもかけたかったが、あまりにもおこがましくて普通にお届けしてありがとうございましたでお別れした。
事情はわかりませんが、頑張ってください。日曜なのにご苦労さまです。代休とか…ないですよね…。
小さな会社にお届けすることは何度かあったけれどこんなに応援したくなるお届け先は初めてだった。(次点は子供が受け取りに出るご家庭)
なおひっっっっっっっっっっっっっっさびさに入る小学校はなんだかすごくノスタルジックだった。
誰も居ないシンとした独特な学校の雰囲気も中学の部活の朝練を思い出して懐かしみが深度4000m。
普通健常者は「こういうことを言ったらこの人はどう思うかな」とか、「この表情だからこの人は怒っているのかな」とある程度他人の気持ちや感情を察する能力が備わってるんだけど、アスペやADHDはその能力が完全に欠如していて、人に言ってはいけないような一言や侮辱を平気で言う上に、それを咎められると「健常はつまらない」「本音を言わない」と別人種扱いする。失礼って感情が欠如しているから仕方ないんだけど。
牛丼チェーン店での「ごちそうさま」をめぐるマウントの取り合いの件で、少しだけ体験談を
Aは創業者が多く年配の方が多い団体で、Bはその後継者が会員の8割を占める組織、Cは地方でそれなりに成功した人が集まったグループだった
それぞれ「定例会」というものが月に数回あり、そこでは会食を伴うことがほとんどで、定例会後はそのまま夜の街へと繰り出すことも多かった
それぞれの組織で若輩者だった私は、先輩方についていき酒の飲み方を教わったり、美味しいもののご相伴にあずかったりして、いわゆる「夜の街の作法」を学んだのだが、ここでもグループごとに明確に差があった
まずAの団体では、会食時に「いただきます」「ごちそうさま」は欠かさず、給仕をしてくれるホテルのスタッフへも感謝は忘れない
思うよりも先に口が「ありがとう」を再生しているかと思うほど、周囲に生かされてきたという謙虚さがまず先に立つ
夜の街でも粋な飲み方が多く、訪れる店のランクもその地方ではかなり上流の方で、着物を来た女性が上品に接待してくれ、飲み物もこちらから「どうぞ」というまで口にしない
店が混み始めるとサッと会計して退店する
次いでBの組織だが、結論からいうとここが一番ゴミ溜めレベルで品性が低かった
彼らはお礼や謝罪を口にすることは自身のプライドを傷つけると思うのか、たとえ飲み物を絨毯にこぼしても「おい、拭いといて」の一言で済ます
食事前に私が「いただきます」と手を合わせると「給食じゃないんだからw」と揶揄されたこともある
そして夜の街ではキャバクラを梯子し、それぞれの店で飲み散らかし、大声で女性の容姿を罵り、まさに傍若無人の振る舞いだった
Cのグループでは、地元では少しばかり名が通った「名士見習い」レベルの方が多かったが、ここでは職種ごとに品性の差が激しかった
BtoBの商売をしている方や士業など、オフィシャルな席が多い人ほどAの団体メンバーのような所作が徹底されていたが、BtoCの商売、例えばコンビニ経営者や飲み屋のオーナーなどはBの組織にいる者と大差なかった
お金を持っている分、Bよりも質が悪い場面もあって、口に合わない料理は大声で貶し、その際に「この前エクシブで食ったステーキの切れ端よりもまずい」だの「こんな酒、1合2万の酒を飲み慣れてるから飲めたもんじゃない」と付け加える
彼らの口から「いただきます」はおろか「ありがとう」という感謝の言葉も聞いた記憶がないし、全ての返答は「おう!」「おーう!」で済ます点は、言語野が機能していない可能性と野性味すら感じるレベルだった
この状態で夜の街に繰り出すのだから、女性スタッフを触ろうとするは序の口で「おい、この後ホテル行くぞ」と値段交渉を始めたり、それが叶わないと「なんだこの店!最悪だな!」と騒ぎ、同席するこちらが赤面するような行為のオンパレードだった
話を戻すと、たとえ二者の関係性に商取引が介在していたとしても、誰かの手間をかけさせたり食材への感謝がある人は、収入がどうであれ「いただきます」や「ごちそうさま」を言うし、他者への感謝は心の隅々まで染み込んでいる
一方、その段階への発育途上の者ほど、自身の実力を高く見積りすぎて横柄な態度を取り、なんならそれを仲間と認定した人へも強要したりする
低所得者ほど「ごちそうさま」を言うという指摘は一理あるかもしれないが、あまりにも見ている世界が小さすぎて、まるで知見を伴っていないことに恥ずかしさを感じる
「こちそうさま」や「ありがとう」というコストがかからない行為で好感度は上がりこそすれ、下がることはないはないのだ
周りよりも一段高い位置に立ち見下ろしたい者たちへ、品性はお金では買えないが、お金を使い他者から学ぶことは可能なのだから、自身の実力を見極められない者こそ一度謙虚に周囲を見回すことをおすすめしたい
彼氏は私の写真を撮るのが趣味で、どこかに遊びに行くと常にパシャパシャ撮ってくる
特にカメラにこだわりがあるとか写真趣味な訳でもないからスマホで撮られるだけだけど、それも綺麗な画質がいいから!と言ってちょっとカメラのグレードの高い機種を買っていた
カメラロールはほとんど私の写真しか無く、仕事で疲れた時は見返して癒されているらしい
10代の頃から付き合って8年目に突入して、来年には入籍する。付き合った時はこんなに自分を好きになってくれるとは思わなかった。イケメンでも高身長でもない悪い所もたくさんある普通の彼氏だけど、世界で1番幸せだと思う。
(追記)
クリスマスは娘の誕生日だ。僕はあの日から毎年クリスマスに年末ジャンボを1枚だけ買うことにしている。大きな意味はないつもりだ。ただ、あの日から大きく変わってしまった僕の人生が変わらないかどうか、毎年運試しをしているだけ。でも、その運試しも外れてばかりいる。人生そんなもんだ。
「大きく当たりますようにー」
宝くじ売り場のお姉さんが言う決まり文句。その言葉に見送られて、僕は宝くじ売り場を後にした。今年も買った1枚300円の年末ジャンボ宝くじ。たった1枚それを買うだけでも、財布の中の小銭をかき集めなければならなかったし、今晩のご飯は抜きだ。この貧乏生活にも慣れてはきたが、安い家賃でなんとか借りられた今の部屋を「住めば都」だとは思えない。しかしそれでもそこ以外に帰る場所はないので、足は自然とそちらへ向いた。
世間はクリスマスで浮き足立っている。華やかな街のイルミネーション。赤いサンタ服を着て呼び込みをする若者。楽しげにしているカップル。中でも見ていて一番辛いのが、幸せそうな家族だ。僕がもう無くしてしまったもの。それを持ってる人たちを見るのが辛いので、つい裏通りに入ってしまった。
そんな声が聞こえてきた。そちらの方を向くと、高校生くらいの青年たちがいた。見た目はどこにでもいそうな高校生たちに見えたが、ほんのりやさぐれた空気を纏っている。しまった、と思ったがもう遅い。
「僕は大したお金は持ってないよ」
「おい、やるぞ」
声をかけてきた青年が仲間にそう言った直後には殴られ、財布を盗られていた。
「うっわー、まじで大した金ないじゃん。札すら入ってないぜこの財布」
「え、超貧乏じゃんそれ」
「待て、なんか入ってた。なんだよ宝くじかよー」
青年たちがそう言って財布からあのたった1枚の宝くじを抜き出している。
「まぁいっか、宝くじだけもらっとこうぜ」
そう言って彼らは立ち去ろうとしている。大きな意味を持ってはいないはずの宝くじだったが、持っていかれようとしたこの瞬間、僕は自分が間違っていたことに気がついた。
あの日からどん底の生活に落ちて、それでも生きているのはこの年末に買うと決めた宝くじがあるからだった。だから、返してほしかったが、ボコボコに殴られたお腹が痛くて声が出ない。そして青年たちの声は遠ざかっていく。
悲しい。どうしようもなく悲しい。
「通報は、しないで…」
「あ、おじさん目が覚めた」
目を覚ますと、そこにはちょっと気の強そうな20歳くらいの若い女の子と、その背後に二人のXメンみたいなサングラスとスーツ姿の男が見えた。
「君は…?」
「おじさん、あんまり無理しない方がいいよ。とりあえず水飲みな」
僕はどうやらベンチに寝そべっているようで、ゆっくり体を起こしてからいただいた水を一口含んだ。
「おじさん運が悪かったね。大丈夫?」
「ありがとう。助かったよ」
僕はまだお腹が痛かったけど、水のおかげでだいぶ楽になり、事態を把握できた。この女の子が助けてくれたのだ。ここは倒れたところからそう遠くない公園だった。きっと後ろのXメンみたいな見た目の男性が運んでくれたのだろう。
「おじさん、もしかして訳アリだった?通報はやめて欲しいって」
「警察は嫌いなんだ。できる限り関わりたくない」
そう、警察は嫌いだ。
10年前、僕は痴漢の嫌疑をかけられてしまった。警察の人はとても怖くて、僕はやってもいない痴漢をやったと言ってしまった。認めて示談に持ち込んだら、この地獄のような取り調べから逃げられると思ったからだ。
でもそれはどうしようもないほど悲しい浅知恵で、結果的に僕は家族も仕事も失うこととなった。10年前のクリスマスを最後に、娘には会っていない。今頃は18歳になっているはずだ。
しかし、この女の子も警察が嫌いとは、どういう事情だろう?そこに疑問を覚えたが、踏み込むより先に女の子が言う。
「おじさんいくら盗られたの?」
「1000円も盗られてないよ。財布には小銭しかなかったんだ」
「おじさん、やっぱり訳アリなんだ」
「訳アリというか、貧乏なだけだよ。ただ…」
「ただ、何?」
「毎年のクリスマスに1枚だけ年末ジャンボを買うんだけど、それを盗って行かれた」
「やっぱり訳アリじゃん!」
女の子がそう言う。
「訳ってほど大袈裟じゃないと思ってたけど、毎年の希望みたいなものだったよ」
「じゃあ、それ取り返してあげるよ!」
女の子が笑顔で僕に告げる。僕もとてもびっくりしたけど、彼女の後ろにいるXメン二人組も少し驚いたような顔をしていた。サングラスをかけているから正確な表情はわからないけど。
「取り返すってどうやって?」
尋ねる僕に、まーまーと言って彼女はスマホを取り出す。そしてどこかへ電話をかけた。
「あ、お父さん?探して欲しい輩がいるんだけど。オヤジ狩りしてた輩で、宝くじ1枚だけしか収穫なかったのがいると思うんだ。そいつら探して東公園に寄越して欲しいの。うん、ありがと。待ってる」
この会話、そして彼女も警察が嫌いというのがなんとなく繋がった。
「口を慎め」
思わずそう聞いてしまったが、サングラスのXメンにそう言われてしまった。
「まぁまぁ、それは聞かないお約束ってことにしてちょうだいな」
彼女はそう言って僕に頬笑んだ。その笑顔で気がついたが、もしかしてこの女の子は娘と同い年くらいなのかも知れない。
それからしばらく世間話をしていて、僕の身の上はすっかり話してしまった。
「そんな中で買う年末ジャンボ、すごく大切じゃん」
彼女の感想はそこだった。でも、そこを分かってもらえただけでも、まるでクリスマスに奇跡が起きたような気分になった。
「さて、さっきの輩が来たよ」
彼女がそう言って立ち上がった。彼女が向いた方を見ると、いかにも強面なお兄さんたちに囲まれて、さっきの青年たちが縮こまってこちらへ向かってきているのが見えた。
「私に謝まるんじゃない!おじさんに謝りなさい!」
青年たちはこちらに着くなりそう言って頭を下げてきた。僕はなんて答えていいかわからず、しどろもどろしながら顔を上げていいよ、と言った。
「あんたたち、このおじさんから宝くじ盗ったでしょ。それ、返して」
女の子(というか姐さん)がきっぱり言う。ところが、それを聞いて青年たちが青ざめた。
「あの、もうありません…」
「あの…、女にあげちゃいました」
「えぇ〜!!」
「あげたって誰に?」
「姐さんといつも一緒にいる、あの先輩です!」
青年はそう答える。
「え、あの子に?なんでまた」
「ガメたもんだって気づかれてないな?」
「は、はい!」
「金輪際あの子には近づくんじゃない。あの子は何も知らないんだ」
「はい!!」
青年の返事にはどこか悲壮感があったが、それ以上に女の子の言葉には迫力があった。この程度の揉め事には慣れているのかも知れない。
「そいつらはもういいや。おじさん、行こうか」
「行こうって、どこに?」
「おじさんのくじを持ってる子のとこ。くじはおじさんの落とし物だったって話にしよう。ついてきて」
そう言われて僕は、彼女とXメン二人(多分ボディーガード)の後ろを歩き始めた。
「チャットで聞いたらすぐそこのモールにいるって話だったから、そこで待ち合わせることにしたの」
女の子が言う。
「てかね、時々こういうことしないとやってられなくてね…」
彼女はそう言って少し遠い目をした。が、それは一瞬で消えてこちらに言ってくる。
「これから会う子には、私は社長の娘ってことになってるの。裏のことは何も知らせてないから、おじさんもそのつもりでいてね。さっきの公園でのやりとりとか絶対言わないでね」
「分かった」
彼女の要望に僕は答える。彼女の友達から『落とし物の』宝くじを受け取る間程度ならボロも出ないだろう。
待ち合わせ場所のモールに着いた。もちろん僕には誰と待ち合わせているのか分からない。女の子の方は相手を見つけただろうか?そう思って目をやってみると、ちょうど誰かを見つけたところだったらしく、手を挙げて小走りを始めていた。
「りーすー!」
彼女はそう声をあげた。日本語として意味を取りづらいが、状況からすると相手を呼んだと考えるのが妥当だ。
そう思いながら彼女の向かった方に目をやると、彼女ともう一人、高校生くらいの女の子が立っていた。
「理衣澄…」
クリスマスに生まれた子。だから、それにちなんだ名前をつけた。
「お父さん…!」
理衣澄が答える。手元に、年末ジャンボ宝くじを1枚握りしめながら。
今年の宝くじは、これ以上ないほどの大当たりだった。
当たり前なんだけど意外と(それこそ医者や科学者ですら)多くの人が勘違いしていて、それで騙されちゃうのがコレ。
例えば医療と一言に言っても内科外科と複数分かれるし、大衆が考える「医療」には薬や病院から言い渡される食事制限や生活指導、病院でうける検査も含まれる。
内科や外科は専門医が別になるし、薬は薬剤師、食事指導は管理栄養士だし検査は検査技師の管轄になる。
だから医者は検査のことなんか知らない(コロナで話題になったPCR検査なんかはかなり適当なこという医者が多かった)し薬は専門じゃないし、会計のことについて聞かれてもわからない(医療会計の管轄になる)ことがある。
別にそれ自体は悪くなくて、専門領域と連携しながら進めればいいわけだけど、そんな専門領域がどうとよくわかってない患者は
って顔して専門分野外のこと(内容が往々にしてにわか知識をもってる素人以下だったりする)をtwitterあたりで自信満々に話すことがある。
でそれ以下の知識しかなくて真偽を確かめる意識がない素人にチヤホヤされるという悪循環。
これは別に医療に限定した話じゃなくて、「八百屋の親父が語る農業」「物理学者が語る科学」といろいろな場面で結構出会うので、
「こいつ専門家みたいな顔して話してるけどほんとにこの物事についての専門家か?」
というのを調べる癖をつけるといい。
※追記
「長い。読まない。」
ごもっともです。ごめんね!
今北産業。
スト6のオーバードライブシステムは、今までのゲージシステムと似てるようで大きな違いがあるよ!
格闘ゲームにおける攻撃と守りと同じくらいに勝敗に影響があるのに今まで数値化が難しかった重要な”くずし”にとても強く関係しているよ!
それを今のesports時代に合わせて見た目にわかりやすく、更に実際の格闘技と同じ解釈ができるいわばキャラクターの「無理をしている量」が数値化された画期的新システムだよ!
つまりこれを読むと、スト6を観戦する上でとても重要なポイントがわかるようになるかも!
それでは!いってみましょーーーー!!!
※追記2
もう見てる人いないかもしれないけど補足。
「スタミナじゃないの?」
そこが味噌なんです。スタミナのようでスタミナとは違うんです。
そういうゲームは、基本的にスタミナが切れると行動できなくなるということが多い。
ダクソ系はこれ。
無理ができなくなるだけ。
その代わりに無理ができないと返せない技とかがでてくることでピンチに陥る。
今までのパワーアップゲージは、「あればあるだけ強化できる」だったのが、オーバードライブゲージは「あれば無理はできるけど無理しすぎるとピンチだよ」という点が一番に異なる。
「彼らはアスリートだからスタミナは無限にある。だけど、無理しすぎたら無理はできなくなって当然だよね。」という、とても自然に状況が理解できるのがすごいというお話でした。
くずしとオーバードライブでできることを詳細に語らなかったのは、それを語って面白いと思ってもらえたなら今までと変わらないよねという理由から。
そういうことが理解できなくても面白いと思えなければ意味がない。なので面白いと思えなかった人には申し訳ない。
あとトラバに偽物湧いてるな。俺のかわりに誤ってくれてありがとう。
※追記終わり
ストリートファイター6が売れてますね!
売れている理由はプロモーションのうまさとか色々あるのだけど、その点について言及したい内容ではありません。
今回声を大にして言いたいことは、スト6は格闘ゲームを再発明した!という点。
もちろん世界中に存在するすべての格闘ゲームを熟知しているわけではないので他ではすでに存在していたかもしれないけど、その部分をここまで掘り下げてなおかつ自然にゲーム性として取り込めているという点においてはやはりこのスト6がはじめてだと思う。
それがオーバードライブという要素。
これが本当にすごい。
今まで必殺技を強化するようなシステムというのは沢山あったのだけど、オーバードライブのすごいところは生身の格闘技との差を一気に詰めることに成功したという点。
格闘ゲームの元祖といえばストリートファイター2。
大きなキャラクターが向かい合って、大中小の通常技と必殺技を組み合わせながら相手の体力ゲージ(体力メーターとも言う。以下ゲージ=メーターのことを指す)を0にする、もしくはタイムアップ時に多く残ってたら勝ちというシンプルなルールで世界的なブームを巻き起こした。
そしてその進化系にして完成形なのがスーパーストリートファイター2X。
新たにスーパーコンボという超強力な必殺技が加わったことで、逆転要素が更に高まりゲームを白熱させるものに進化させた。
このときにはじめて、スーパーコンボゲージという体力とは別のゲージがつけられるようになった。
(他のゲームではすでに取り入れられていたりするので、あくまでスト2シリーズで初という意味。)
キャラクターの状態を操作する人が視覚的に捉える必要のある格闘ゲームにおいて、状況を量として捉えられるゲージというのは非常に理にかなったシステムだった。
こうしてスーパーコンボゲージに始まった体力以外のゲージというものが、それからの格闘ゲームの多様化のために不可欠なものとなっていった。
ゲージを増やさなくてはならない理由は、ただ単にゲームを面白くするという理由以外にも格闘ゲームというゲームの特性上もう一つある。
格闘ゲームは対人戦を前提に作られているために、勝つことが何よりも正義とされる。
ここでありがちな誤解を一つ。
その勝つための行動としては”攻め”が強いと思われがちなのだが、実は格闘ゲームこそ”守り”が強いゲームであるといえる。
どれだけ攻めが強くても、守りが弱ければいつかは逆転されてしまうし、最初に体力リードを奪われてしまったらば、守りが弱いキャラが逆転することは非常に難しいからだ。
かといって、守りが強いからとお互いが何もしなければ決着もつかない。
そのために取り入れられた要素が、攻めと守りを三つ巴にするための”くずし”という概念だ。
くずしは守りに強く、守りは攻めに強く、攻めはくずしに強い。大雑把に言えばこんな形の三つ巴ができていると思ってもらえれば良い。
くずしの代表格と言えば”投げ技”がそれにあたる。
同じダメージを奪う行動なので攻めと思われるかもしれないが、相手のガードに関係なくダメージを奪うことができるためにこれはくずしと考えるのが妥当だ。
初期のスト2から存在しているものだが、その時はまだこの”くずし”が概念として確立されていなかったため、投げハメという言葉が生まれてしまうくらいに強すぎてしまった。
これについての説明をするだけでものすごい文字数を必要としてしまうが、大雑把に言えばそれから研究が進むことでくずしという概念は確立されることになる。
それくらい格闘ゲームには様々な”くずし”が存在していて、まさにこのくずしの研究こそが格闘ゲームの進化の歴史と言っても過言ではないだろう。
そうして生み出されたのが、体力ゲージ、スーパーコンボゲージに加えた、第三のゲージである。
第三のゲージとは言いつつもそれは第三にとどまらず、ガードゲージ、スタンゲージ、テンション、怒り、、、etc様々な活用のされ方をし、また、ゲームによっては同時に何本も登場することとなった。
当然UIは分かりづらく複雑になり、そうなれば使いこなせるのは一部のやり込んだプレイヤーのみとなってしまい、新規とベテランの溝は一層深くなることとなってしまった。
もちろん格闘ゲーム業界も努力していなかったわけではなく、頑張って減らそうとしたり、一部は不可視化してみたりと努力はしたが万人に受け入れられると言われるものまではなかなか生み出されなかった。
コアなプレイヤーは面白さを追求するために複雑でもついてきてくれる。
しかし、新規プレイヤーの獲得には高い障壁になってしまうという、いわゆる市場衰退の図式が格ゲー業界できあがるきっかけとなってしまったのだ。
(格ゲー衰退の理由はもちろん他にも数えきれないくらい沢山あるので、ここで衰退を語りたいわけではないです。)
すでにニッチ業界となってしまった格ゲー業界としてみれば、今いるやりこみプレイヤーを手放すわけにも行かず、ジレンマを感じながらも必要悪となっていたことは否めないだろう。
誰もが一度は耳にしたであろう、esports時代の到来である。
これからの世界で格闘ゲームが生き残るために、このesportsの存在を無視するわけにはいかなくなってしまったのだ。
唐突だが、esportsが成功するために絶対に欠かせない要素はなんだろう。
その答えは、「知識ゼロで見ても面白いと思えるもの」であるかどうかだ。
しかし、「知識がないと楽しめない」では、絶対に成り立たないのだ。
なぜなら、プロスポーツは賞金や報酬がなければ成り立たないからだ。
そしてその賞金は、興行なくしては成り立たない。
そしてその興行を支える観客は、直感的に面白いと思えるものでなければ、業界を維持できるほど最大化できないのだ。
しかし、どれだけ競技として完成していても、選手として優れていても、プロリーグ発足後に収益で苦しむプロ選手は後を絶たない。
esportsにおいてもそうしたことは容易に起こり得るし、そして実際にこれでもかというほどおきているのが現実だ。
たとえば、「知識ゼロで見ても面白いと思えるもの」とはどういったものか。
総合格闘技のようなでかい男たちが素手で殴り合い最後に立っていれば勝ちというルールは誰もが楽しめる。
しかし、例えば競技性に重きをおいたオリンピック柔道は、きれいな投げ技が決まった時以外ではいまいちポイントが掴みづらく盛り上がりに欠けてしまう点は否めないだろう。(あくまで競技の完成度ではなく、プロスポーツとしての成功の話である。)
これを格闘ゲームに置き換えてみれば、”複雑なUI”、”解説を聞いても分かりづらい複雑なシステム”、”体力と残り時間以外に、直感的な理解が難しい戦況”というゲームシステムは、全く持ってesportsには不向きである。
唯一、「最後に立っているキャラクターが勝ち」というシンプルなルールが残されているのだが、それさえもゲームとしての演出が見るものを困惑させることになっている。
格闘技の美しさは、死力を尽くしあった選手同士が、相手を打ちのめそうと最後の最後まで力を振り絞る姿にある。
筋力、体力、精神力、その全てが全身から溢れ出て、まさに生命同士がぶつかり合うリアルがそこにある。
キャラクターたちはKO寸前まで試合開始と同じ様子で技を振り、体力がゼロになったとたんに吹き飛んで倒れる。
そこにリアリティがないと言われてしまえばそれまででしかなかった。
もちろん実際にプレイしている人間にしてみれば、体力ゲージ以外の様々な要素がもたらす戦況の変化によって実際の格闘技に劣らないほどのドラマが起こっていることだってある。
ただ、知識のない人間にしてみれば、画面上の情報だけでそれを直感的に判断することは難しかった。
スト6といえど、そうした問題をすべて解決できたわけではない。
しかし、その解決に向けて重要で大きな一歩を踏み出したと言える。
スト6は、体力ゲージとSAゲージ(スーパーコンボゲージ)に加えて、オーバードライブゲージというものが一つあるだけだ。
スト5のときで、体力ゲージ、EXゲージ(スーパーコンボゲージ)、スタンゲージ、Vゲージと4本のゲージがあった。
それ以外にもプレイヤーが選択したVスキルとVトリガーの種類を表示するアイコンなども含めれば、戦況を判断するための情報はスト6に比べてかなり多かったことがわかる。
ただ、スト5でさえ当時は洗練していると言われていた。
「格闘ゲーム UI」などで検索してもらえればわかると思うが、何の説明も無ければ何のために使われるかわからないゲージやアイコンで溢れたゲームを沢山見ることができる。
それ自体の賛否は別として、ゲームをどうやって面白くしようかという開発者の努力を見ることができるはずだ。
そうした上で、スト6の対戦画面を見ればそれがどれだけシンプルなのかが分かってもらえるだろう。
見るところが少ないということは、すなわち観戦する上での見どころがわかりやすいということを意味している。
これだけでも、スト6がどれだけ観戦する側の立場にたって作られているかが伝わってくるはずだ。
しかし、今まではシンプル=ゲーム性を犠牲にすることと考えられてきたために、なかなかそこに踏み出すことは難しかった。
それを見事に解決したのがこのオーバードライブという要素なのだ。
なぜここまで力説したかったのかの理由を感じてもらえただろうか。
最初に述べた通り、このオーバードライブゲージの面白さは、その使い方が生身の格闘技と非常に優れた形でリンクしていることにある。
オーバードライブとは、車で言うトップギアのことで、要するに「無理をする」ことを意味している。
スト6のキャラクター達は、このオーバードライブゲージを使うことでゲーム内において様々な無理をすることができ、また、無理をする行動をすればこのオーバードライブゲージが減っていくようになっている。
そうして何らかの形でこのオーバードライブゲージが0になってしまうと、「バーンアウト」と言われる状態に陥ってしまう。
ゲーム上では色々な不利を背負うことになるのだが、この言葉だけですでにこれ以上説明が必要ないくらいにわかりやすい。
これの何がすごいのかを改めていうと、今まで概念としてとても捉えづらかった格闘ゲームにおける「くずし」の要素が、見る側にとって一目瞭然になったといえるからだ。
実際に画面上でも、バーンアウトしたキャラクターは色彩を失い立ち姿はオドオドとした様子に変化することで、ピンチに陥っていることが視覚的に表現されている。
(バーンアウト状態は時間と一部の特定条件によって解除されるが、観客はそこまで理解する必要はなく、なくなればピンチ、沢山あれば有利ということが直感的に判断することができる。)
体力ゲージ以外の要素において、この「くずされている」という状態を視覚的にこれほどまでわかりやすく表現した格闘ゲームは今までなかったのではないか。
ゲージがあるだけ無理ができる。ゲージがなくなれば燃え尽きる。
ただそれだけのことだ。
いままでの格闘ゲームは、この「無理できる」という要素を、様々なゲージを使って表現してきた。
それぞれの無理を別々の概念として捉えて、別々のゲージとして表現してきたのだ。
それをスト6は「無理できるゲージ」の一本にまとめてしまった。
すでに登場したものを評価しているからこれだけシンプルに話ができているだけで、スト6の登場以前ではあり得なかった解釈である。
なにせこれは格闘ゲーム30年の歴史で誰一人としてなし得なかったことなのだ。
これがどれだけesportsとして観戦する上でわかりやすい要素になるかは説明するまでもないはずだ。
いままではそれぞれのゲージをゲームシステムとともに説明が必要だったところを、「無理できるゲージ」の一言で説明できるようになってしまったのだ。
「無理できる」中身についてはもちろん別途知識をつける必要がある。
ただ、その知識がなくても、キャラクターの行動によって増減するゲージを見ているだけでもある程度戦況を掴むことができるということは、観戦する上でこの上ないほどわかりやすい要素であると言える。
見る側にとってシンプルであることを、プレイヤーにとってもできることの選択肢を狭めずに、尚且つ格闘技という肉体同士がぶつかり合う上で矛盾の無いシステムとして採用した。
esports全盛と言われるこれからの時代に向けて、スト6が格闘ゲームを再発明したと言いたい意味がわかってもらえただろうか。
スト6がesports競技として完成されたものであるかはわからない。
esportsとして未だかつてない取り組みもあれば、残された課題も数多くあると思っている。
それ故、今回はこのオーバードライブという要素に限っての話にすることで、それだけ切り取っても今までの格闘ゲームとは違うということを感じて欲しかったのだ。
この興奮を誰かと分かち合いたくてオタク早口で文章を書き上げてしまった。
乱筆乱文で申し訳ないが、今後なにかの折に格闘ゲームの歴史がスト6前と後で変わったということを思い出してもらえたならこの上ない喜びである。
もしどこかでスト6を観戦する機会を得たときは、体力ゲージの下にある黄色いゲージに注目してほしい。
プレイヤーがどの程度無理をしながら戦っているのか、体力の優劣以外にも見えてくる戦況を楽しんでもらえるはずだ。
ポップで聴きやすいよ。さらっと移動中に聞き流すには良い。腰を落ち着けてゆっくり聞く気にはならないけど。
一言で表すなら、手軽でそこそこの質。普段から高いクオリティに触れてる人、高いクオリティを求めて日々研鑽している人からしたら我慢ならないかも知れないね。でも、大半の人は別にこれでいいやと思って聴く音楽。YOASOBIの曲って大体そうでしょ。
あそこが悪いここが悪いって言葉に出来る人からしたら全然良くないし、「え?みんなこんなのを絶賛してるの?」って感じるのは分かる。
でも、メインターゲットはイントロが長いから飛ばし、ギターソロが長いから飛ばしてる層なんだよ。
アニメの主題歌なんかも、いかにもって感じの歌詞を作ってくれるから丁度いい。名前もあるしね。本人の作家性みたいなものは確かに消えてるかも知れないけど、アニメを見たい層からしても変に作家性ゴリゴリだとかえって辛いのかも。
結局、音楽に関わりつつ生計を立てるならああいう曲調で作ってくのは一つの正解なんじゃないかな。金がないと何もできない以上、売れるように工夫するのは正しいし、工夫したところで売り上げに対する影響が低い部分にこだわっても仕方ない。あれこれ批評する人が、批評する代わりに質の良いものを作れば金をくれるわけでもないしね。
皆さんは、official髭男dismってバンドをどう思ってます?
わたしは彼らの楽曲は好きなんですよね。ラジオからもよく流れてきて耳馴染みもあるし演奏も良いと思う。楽曲も意外と凝っていて、容姿も清潔感が良いですよね。ファンだと公言するほどではないにしても結構好き。
でもね、わたしにはバンド名が格好良いと思えないんです。「official」「髭」「ダンディズム」どれも格好良くて渋いイメージの言葉で構成されているけれど「ネガティブの何が悪いんですか?」という価値観の自分には、バンド名だけが受け入れられないんです。
じゃあ、このバンド名を徹底的に反転してみるとしたらどうなるんだろうと対義語辞典などで調べてみました。
officialの対義語はunofficialだけど、「公式」に対して「非公式」っていうのはただ否定してるだけであまり面白くないし語呂も悪い。対義語辞典で提示された単語の中では「special」が語感的には良いけれど、この言葉のイメージって「特別に(良い)」という感じでしょう?今の時代は「改革」とか「維新」なんて良いイメージの言葉を使ってそれとは逆のことをする人たちが多いからそういうのはやりたくない。むしろネガティブだと思われている言葉を使って逆に反転してやりたい。「Damned」なんて辞書でひけば「ひどい」とか「罰あたり」だけどバンドとしては最高じゃない?
続けて対義語を検討していくと「lawless」が語呂としては良いかも知れない。無法という意味。official、公的、公式であることは法によって支えられているのに、いきなり無法なんて俄然やる気になってきますね。
髭ねえ、男だけにあるもの。逆に女だけにあるものと言えばおっぱいと子宮かなあ。でも後者はちんこの対義語だから却下。「ひげ」という語感に近いものにするとすればおっぱいを「むね」に変換かなあ。などと思っていたら「つめ」というものを思い付いた。爪を綺麗に飾るのって今の時代は女がメインだからそれでいいかもしれない。じゃ次。
「男」を「だん」と読ませているわけだけれど「女」の読みは「じょ」「にょ」「め」と音的に優しいし少し弱い。最初が「lawless」に決定したのにそれではいただけない。「dandyism」として対義語辞書をひいても「poor」「terrible」「lousy」みたいなのしか出てこない。格好良い男に対して格好悪い男は英語でも「貧しい」とか「怠け者」みたいになるんですね。貧しい男は男らしくないってことか。男も大変だ。
酷い女みたいな意味を一言で表すのに「bitch」がよく使われる印象だけれどこれは語呂が悪い。でもダンディの対義語候補の中に「second-class」というのがあった。二流、二級品みたいな意味ですね。二流の男は男らしくないのか。でも確かに、男たちからブスと言われる女は彼らにとって二級品だ。いいじゃない。やってやろうじゃない。
ということでバンド名は『Lawless爪Second-class』に決定しました。ヒゲダンのバンド名も反転できてる気がする。
「オフィシャル・ヒゲ・ダンディズム」に対して「ロウレス・ツメ・セカンドクラス」は語呂的にもまあまあの線だと思う。でも反転だとかなんだとか言ってるけどヒゲダンのことはまあまあ好きだからね。そこんとこ夜露死苦。
ヒゲダンは島根大学での結成ということでツメセカも地方出身かな。当然ガールズ・バンドで、ヒゲダンの楽曲には似ても似つかないやさぐれpunk。なんだか妄想が広がりますね。
モンスターはまんまD&D(移植時にビホルダーだけ差し替えられた)。
シナリオはウルティマ1の丸パクリ(宇宙に行って過去に行く)。
ちなみにドラクエ2はウルティマ2を盛大にパクっている(旅の扉ネットワークはタイムゲートまんま)。
そのウルティマ2もテリーギリアム監督のバンディットという映画のパクリだが……。
ゲストキャラだけご都合主義的に死んでいくのは苦笑を禁じ得ない。
話自体はどうということもないがBGM(特に悠久の風)のおかげで壮大感が上乗せされている。
続く5、6含めて三作も似たり寄ったりのシナリオが続く。
FFに存在意義があったとしたら、それは5を生み出したことだろう。
この一作でJRPGはすべての可能性を使い果たしてしまったのかもしれない。
もう遊べないだろうけど。
キャラが多い割には全員に一応の見せ場があるのは、後のことを考えるとちょっとした奇跡。
サイバーパンク化したことに批判も多いが、今思えば苦肉の策だったのだろう。
何せ三作も続けて似たり寄ったりのシナリオを作ってしまったのだから。
強引にでも味を変える必要があったのだ。
惜しむらくはここでセフィロス病にかかってしまったことだ(以降毎度のようにホモストーカーに粘着される)。
主人公をディリータにしておけばすべてうまく収まっただろうに。
貴族社会への復讐という目的があるからモチベーションを保てるし、政治もルカヴィ関連も無理なく消化できたはずだ。
なぜかラムザとかいう乳母日傘ぬくぬく上から目線説教お坊ちゃまを主人公にしてしまったせいで、すべてが破綻した。
ラムザの説教にしても悲惨な過去のあるディリータに言わせていれば多少は説得力が生まれていただろうに。
丁寧に焼き上げられたが、なぜか皿ではなくおまるに盛られたローストチキン。
フロムゲー並みに思わせぶりなことしか言わない(そのためにフロム脳的な妄想が蔓延した)。
それにしても8こそ真の原点回帰ではなかったのだろうか?
FF1をなぞるように、宇宙に行ってタイムスリップする(しかもループオチまで被ってる)。
なーにがよみがえるクリスタル伝説だよ。最後にちょっと出てきただけじゃねーか。
それにしても永遠の闇は哀れだな。
クジャに一言「永遠の闇を呼び出してやる!」とかガーランド辺りに「永遠の闇が出てきてしまうぞ!」とでも言わせておけば空気扱いは免れただろうに。
永遠の闇の最大の問題点はぽっと出なのではなく、メインの悪役たちと何の関係もないことだ。
このシナリオの破綻はFFTのような主人公の選定ミスではなく、もっと根深いものだと思う。
一時期目立った上で空気化したバッシュはもはや奇跡的ですらある。双子の宿敵がいるという美味しい設定までもらっているのに。
これだけ長くて台詞もたくさんあるのに全キャラ立たせない方が逆に難しいのでは?
ゲームとしてはZA版でようやく完成した。
アクションアドベンチャーにでもしておけば、まだ遊べる物になっていただろう。
一本道もそれなら正当化できるし。
逃走劇というRPGと極めて相性の悪いシナリオを書いてしまったことが失敗の一因か。
「俺たちは差別されている!」と日々主張している割にはマイノリティになって迫害されるという想像を一切しない保守的(オブラードに包んだ言い方)な日本のオタクにとても嫌われる内容だったのも不幸だった。ネガキャンに関してオタクの右に出るものはいない。
(steamでも日本語対応すると総合評価が下がるほど。そもそも日本人自体、他人の足を引っ張るのが大好きな民族なのだ。その上オタクとなれば……)
そびえたつ糞の塊。
いちいち過去作を愚弄するのも腹立たしい。
(過去作同名キャラを俺tueeeオナニーキャラに殺させたり、過去作同名キャラを豚呼ばわりしたり)
ネタにするなら最低限の敬意をもて。
やってないけど「やっぱつれぇわ」と「激しい戦いだったからな」だけ知ってる。
スクエニを本格的に見限らせたのは、FFシリーズよりむしろこれかもしれない。
ガワだけFF5やロマサガなどの過去の名作に似せているが、それらの面白さをまったく再現できていない。
コピーもできないって何ならできるんだよおまえは。
俺の母親は俺が5歳位のときに再婚したんだけど、その再婚相手がなんか変だったんだよ。
話し方がたどたどしいし、顔の肌が異常に汚いし太ってる。年収も少ない。休日は寝転んだまま動かない。バラエティ番組ばかり見るんだけど全く笑わないし不気味。俺とは一言も話したことがない。
巷では「ゆで理論」とか「ゆでたまごだから……」の一言でバカにされがちなゆでたまご先生だが、最近のシリーズの話の展開を見るたびにそのストーリーの構成力というか、腕力というか、力技でも納得させる力には感服させられる。
今のシリーズでは本来は生来不変のはずの超人強度が、なぜかキン肉スグルを始めとしたアイドル超人(とその対戦相手たち)は時に本来の超人強度以上の力を発揮するが、それが友情パワーとか火事場のクソ力とか言われるもので、それが故に世界の均衡を乱し……と話が繋がっているのだが、もともとこのあたりの設定が固まったのが王位継承編の初戦、マリポーサチームと戦う中で敵のミキサー大帝の能力でキン肉スグルから火事場のクソ力が分離される描写があったのが始まりだと思う。
元々スグルは超人強度95万パワー程度のはずが、全員が5000万パワー以上を誇るマリポーサチームになぜか連勝する、という謎に対する答えが火事場のクソ力というブースト能力の存在で、それを奪うためにミキサー大帝の必殺技でスグルから火事場のクソ力だけを分離し、邪悪の神々の力も借りて封印する、という話の流れだったはず。うろ覚え。
ここで注目すべきはミキサー大帝の能力で、彼は文字通り家庭用のジューサーミキサーに手足と顔がついたような形で、胴体のジューサー部分に犬をいれてスイッチを押すと中が回転し、骨とそれ以外(肉と毛皮)に分離して取り出す、という技をデモンストレーションで行う。
これを利用してスグルから火事場のクソ力を分離抽出するのだが、まあそういう話のために出てきた超人なのでスグルには勝ったものの次戦で名前だけの大将と思われていたアレキサンドリア・ミートに負けるというお前本当に5000万パワー以上あるんか、という退場の仕方をする。いや、これはこれでいい戦いなんだが。
だがここで注目したいのは、ミキサー大帝はこの火事場のクソ力の定義のために登場したとおぼしきキャラだということだ。
このあたりで超人強度と強さの設定が固まり、新キャラが出ては超人強度でその強さを表現し、こんなの勝てっこない……と思わせてからの大逆転勝利、なんでだよ超人強度にすげぇ開きあるじゃんと言われてもいやいや友情パワーと火事場のクソ力でブーストされてたからですよ、という話がスムースに繋がるようになる、大きなターニングポイントになった。
そしてその後数十年を経てまたその設定を元に話が動いているのである。
つまりミキサー大帝はそういう設定を無理なく説明するためのギミックだったと捉えることもできる。
そうなるとここで1つ、大きな疑問が出るのだ。
「ミキサーってかき混ぜるための機械であって、分離するものじゃないよな……?」
私は子供のころリアルタイムで読んでいたが、全く気づかなかった。つい最近になり、ようやく「?」となったのだ。
聡い人たちは気づいていただろう。
そして多分、ゆでたまご先生だって分かってやっていたに違いない。(少なくともお絵描き担当の方のゆでは)
だが、考えてみてほしい。
既に超人オリンピック、七人の悪魔超人、マッスルトーナメント(タッグマッチ)と人気を博してきた長期連載のテコ入れとも言える新設定の導入にあたり、その説明のために出すキャラに、説得力がありそうでよく考えると全く無い技を使わせて話を転がすというその度胸の凄さを。
そしてそれを描ききり、特にフォローも説明もせず流し、そして話を進めて行く強さを。
やれジェロニモが分身しただの(説明ついたけど)、やれザ・ニンジャの戦績が3戦3敗3死亡だの(更新されたけど)、和式便器のフォルムのベンキマンがなんで古代インカ出身なんだだの(解明されたけど)
そんなことに突っ込んでるのがアホらしくなってくる剛腕である。感服するしか無い。
なお余談だが30年ほど前ゆでたまご先生はジャンプフェスのゲストとして登場した際、会場の子供からの質問コーナーで「どちらが『ゆで』でどちらが『たまご』なんですか」と聞かれ、嶋田先生のほうが「僕が『ゆでたま』で彼(中井)が『ご』です」と言っていた。
だが日本では許されない。
なぜだ?
イスラムでは酒は飲めない。
日本は飲める。何故だ?
我々は明瞭な科学的根拠はなくても文化的に社会合意されたルールにしばし法的強制力を持たせる。
一夫多妻で誰が困る?
そうはならん、法で禁じる、
誰か(不倫したい人とか)が不幸になるかもしれんが、社会コストとして諦めてくれ。
(大麻を有害だから禁じていると思っている人は根本的に勘違いしてる、違います)
日本国民が「大麻は不要、禁じるべき」と判断したから立法したにすぎない。
不倫をすれば叩かれる。
多数派の日本人が守りたい文化、価値観、共通の倫理として信じているからだ。
ズルするやつを、他人事と見逃すと全てが崩れる、例外が例外ではなくなる。
あれが許されるなら、あれもこれも