はてなキーワード: 全面的とは
一緒に住んでいる彼女に「今日はどうする?」と聞いたら、「岡山に行く」と言う。
「どうして?」と聞いたら、「私が大切に想う人の大切な日だから」と言う。
誕生日か何かかな?と思うも、妙にびくついてるから「それなら行けばいいよ」と言うと
だから、「気にはなるけど、大事な人なら行っておいでよ」とは言ったものの、妙にモヤモヤする。
んで思い出したのが長友と平愛梨の事だ。
平愛梨は二人を結びつけた親友の三瓶の家に週3日は通っているという。
この二人は遠距離恋愛なわけだが、長友は全く気にならなかったのだろうか?
映像を見ている限りでは、お互い100%愛し合っているように感じるし、長友も三平に感謝している。
また、平愛梨からも(三瓶には悪いが)三瓶に対する恋愛感情は一切感じず、純粋に人として好きで一緒にいるように見える。
三瓶自身もそんな感じだし、キャラ的に男を感じるわけじゃない。これが斎藤工みたいな人だとまた違うだろう。
だから、長友も疑ったりせずに遠距離恋愛でも結婚まで成就させられたのだろう。
でも、僕は彼女の”大切に想う人”の存在を知らない。三瓶なのかファンキー加藤なのか分からない。
彼女の事は信用しているけど、相手の情報が全く無い状態では、信用とか疑う以前によく分からない。
芸能界で流行っている浮気や不倫のような事が一般レベルでどのくらいあるのか分からないけど、
こういう場合、どう対応すれば良いのか、どう受け取ればいいか悩む。
よく「相手の事を信用してるなら、黙って送り出してやれ」的な話を聞くけれど、逆なんじゃなかろうか?
相手が信用できるような情報を開示して相手の不安を取り除くから自分が信用されるわけで、
少しでも訪ねようものなら、やれ「嫉妬だ!」だの「束縛だ!」って言われるのは心外だと思う。
KOTY(クソゲーオブザイヤー)が2013年を境に2系統あるのに気づいた。見つけたのがこれ
★2013年大賞&殿堂入り 『ジョジョの奇妙な冒険 オールスターバトル』
★2014年大賞 据え置き機部門 『真・三國無双7 Empires』
携帯機部門 『フリーダムウォーズ』 『俺の屍を越えてゆけ2』
★2015年大賞 据え置き機部門 『テイルズオブゼスティリア』
ググってもこの辺の詳細が見つけられないが、ジョジョ(ABS)かシェルノサージュがきっかけで派生したように推測できる。wikiがあるスレ(以下本家)ではこれらは選外でありノミネートすらされてない。それが不満なのだろう。本家は四八(仮)くらいから、ただのクソゲーじゃ満足できなくなっている。ジョジョやゼスティリア(TOZ)はネットですごく騒がれたけどあくまで「ネットお騒がせ大賞」「がっかり大賞」くらいでしかないというわけだ。
個人的にはネットのゲームタイトル叩きには異様なものを感じる。ネトウヨの嫌がられる部分に通じるものがある。ので無視しろとはいわんが全面的に受け入れるべき評価でもないと思う。かと言って本家は一部の人の文才に頼り過ぎだ。「レベルを上げて物理で殴ればいい」や「邪神モッコス」なんてパンチラインは早々生まれるものではない。そんなのに期待してはいけない。
ブコメの何が良くないって、薄っぺらい自己顕示欲がだだ漏れなところだ。
大喜利だなんてそれらしいこと言ってるけど、要するに専門知識がなくても自己顕示欲を満たすための体のいい手段を見つけただけだろ?
でも、そのためにせっかく頑張って作られた記事をおもちゃにするのはどうかと思うんだ。
それって君たちが一番嫌いないじめの構図と全く同じじゃないか。
相手が傷つくかもしれないことをもっと想像して、スター付きそうな大喜利コメントを思いついてもそっと無言ブクマしてあげて欲しいんだ。
誰かに先を越されても、その誰かにスターを付けなければいい話だろ?
もしこの考えに同調してくれるなら、この増田に無言ブックマークをくれた人全員にカラースターをあげます。
大阪人は、ビジネスのセンスがあるかどうかは、人によるのではないか?
全く、大阪人って商いの精神があるとかって言うが、センスがあるかどうかは、個人の資質に委ねられている気がするし、疑問があるよね。
端的にいって、東京の人は、『自分は田舎から出ている』とか『田舎から出て来た人の集合体』という開き直りがあるように、予想するのだが。
(私は生粋の大阪人でもないし、学生時代を大阪で過ごしたわけでもない。出身は、北陸。たまたま、大阪府民になっている。)
大阪や京都の私鉄や地下鉄の連絡の悪さを考えると、簡単には駅舎を作れない状況のように思える。
なんだろう、たぶん歴史的に、中国籍や韓国籍や同和問題、ヤクザなどを抱えていて、
(沖縄の例の辺野古用地の買収ほど、露骨に政治屋の名前は挙がってはこないが政治家も絡んでるのだろうか?)
いずれにせよ、利害関係の調整が難しいのだと、思う。
それか、一時期、賄賂で大阪府下の市長さんが建築業者とズブズブだったらしいが。
東京都知事のお金の使い方が、ビックリするぐらいに、適当なんだろうなと、思う。
みみっちい。
群馬に、そのうち負けるのではないだろうか。
関西人の間の仲の悪さは、なんだか、埼玉・千葉・神奈川県民の仲の悪さとは、別次元のこだわりが、あるような気がする。
もちろん、東京でも、渋谷・新宿・上野とか、地域ごとの格差はあるのだろうが。
大阪府下でも、北側と南側、例えば、豊中や千里中央の辺りと、東大阪や堺市とでは温度差があるような気がするし。
いわんや、京都と手を組もうとか、兵庫県と、とかって草の根レベルで交わりづらいのだと、思う。
文化が異なる。
それと、
大阪の人は、コミュ力があるようで、コミュ力があるのかなと、疑問に思うことも多いし。
東京でも、子育ての件では老年層と若年層との意識のギャップがあるようだけど。
それが、そこかしこで、見られる。
関西の女性って、ディズニーランドやコストコなんかには、ラブな意識が強い。
(今、述べている関西の女性半径5メートルの範囲に限るので、異論は認める。)
結構、感情的で、愛知県の人よりも、金の計算が出来ないのではないか、と感じる。
結果的に予想が合っていることが多いとしても、それはあくまでも結果論
(略)
その通りだと思います。
本当もう、完全におっしゃる通りで、今から長文を書きますが、反論とか俺は間違ってないとかじゃなく、
前のトラバでも書いた通り、本当に反省しないといけない事項だと思っています。
僕の元の増田も、同じ事を書いているつもりで、
こう、議論が活発になっていって、ドンドン相手と意見をかわして行くと、
次第に「次に相手が何を言うのか?」を最初の一言二言ぐらいで、予想して、意見を言っちゃう事があるんですよね。
これは、本当によくないなあ、反省しないとなあ、って毎回なるんですけど、中々治らない。
この部分ですね。
相手の意見を遮ってまで、意見を言うのはよくない、と反省している。
なんだけど、次に
話を最後まで聞かないことはあるけど、その話の予想が間違ってた事が、ほっとんど無いんだよね。
と書いてあるから
増田さんは「てめえ、反省しろや! あってるあってはないは関係ないだろ!」って思われたのかもしれませんね、確かに言葉の選び方がよくなかった。
ただ、さらに続いて
「あれ、あのとき先走って、相手の喋りを中断させなかったか?」って思い返して
ぶっちゃけ、仕事の成果物を作るため、という目的に関しては、別に反省するようなことじゃないんだけど、
一緒にやる人を不快にさせてまで、することでもない、と僕は思ってるので、これはちゃんと反省しないとなあ。
ヒートアップしすぎないよう、気をつけないとね。
と言った感じで、ちゃんと自分でも、それによって出来る成果物に差は出るわけじゃないけど、最終アウトプットを作るだけが仕事じゃないんだから、ちゃんと反省しないと駄目だよね。
と書いていたつもりです。
なので、この辺の文章が伝わらないのも、僕の文章がイマイチなので反省しないといけませんね。
もちろん、それが先走りになって間違いを言ってしまうこともあるんだけど、
僕としては「何故僕が間違えたのか?」も含めて、気づきになるので、間違いを恐れずにドンドン発言をしていきたいと思っている。
俺の部下でもこっちが何か質問するとその回答の先を話そうとしてくる
に通じてしまったのかなあ? とも思いました。
ここでいう
それが先走り
っていうのは、
僕「いいですね、ロコモコバーガーっていう新商品が出たらしいですよ」
上司「うん? それマクドだよね? マクドじゃなくてロッテリアのつもりだったんだけど」
こういう先走りを言ってます。
つまり、相手の質問の先を予想したりとか、意見を遮ったりとかじゃなくて、
質問が足りずに、自分の中で補完して、答えを出しちゃうタイプの先走りですね。
間違いがないようにするには
僕「どこにしますか? マクドならロコモコバーガーっていうのが出てるらしいですよ」
こんな感じの方が確かに良い会話にはなると思いますが、
俺の部下でもこっちが何か質問するとその回答の先を話そうとしてくる
元の、マクドナルドと決めつけるような回答は、この文章でいう「その回答の先」ではないと思っています。
そりゃまあ、先と言われれば先なのかも知れませんけど、
ある程度は阿吽の呼吸というか、今までの会話を踏まえて、進めるべきだと、僕は思っています。
この例で言うと
上司側には
「ハンバーグといえば、ロッテリアという共通見解が共有されていない」
であるとか
「昼ご飯の伝達はジャンルではなく、具体的な店名にした方が誤解を招かない」
当然僕側にも
ただ、こうやって会話をすることで
「片方がちょっと会議が長引いて、店内で待ち合わせ、となった際に、2人とも別々のマクドとロッテリアに行っている」という最悪の展開だけは、回避できるわけなので、
そこまで最低の選択肢だとも思っていません。
そりゃまあ、この例ならどうでもいいですが、実際の仕事だと、
僕「出来ますよ、A画面のa項目のOnClickにメソッドを仕込めば可能ですね」
僕「うーん、α機能があるB画面やC画面とはHTMLの構造が違うので、既存のメソッドを呼ぶだけでは無理ですね。
ただ、画面から取得する箇所が違うだけなので、改修自体は難しくないです」
上司「あーそうかB画面と同じ要領で出来るのか、でも関数自体は増やさないといけない?」
上司「それじゃあ、駄目だわ。HTMLの改修だけで済ませたかったんだよなあ」
こんな感じの流れですかね?
もちろん、この会話の流れでも、
僕には
という問題点があるし、
上司には
「メソッドの追加無しに、HTMLの改修で可能かを伝えていない」
という問題点があるわけですよね。
細かく見て行けば
「α機能をB画面やC画面と同様と決めつけている」とか
「既存のメソッドという言葉を、どの.jsファイルの既存かをすり合わせていない」とか
「既存のメソッド? としか聞かれていないのに、改修の難度まで答えている」とか
そういう、先走りもあるわけですよね、これらは偶々合致していたから、問題なかっただけで。
(推敲してて思ったんですが、改修の難度まで答えるのは、もしかしたら不快に思われる方がいるかもしれませんね、すいません)
とまあ、長くなりましたが、全面的に増田さんの意見には賛成です。
昔いじめてた人が立派になったら凄いね、偉いねってこういうの。
ヤンキーがちょっと偉くなったら偉いとか良いとかを必要以上に言い続けるのと同じで
何か人を傷つけて来た人が更生とはまた別の何かをして偉くなった時に
昔を知っているいじめられっ子やいじめられ側にいる関係者に全くと言ってフォローがない日本社会だから
非常に気分が良くないんだけどさ
何でいじめられっ子に原因があるかのような風潮を作るの?
だけどいじめっ子が何も叩かれないし、マスコミも絶対いじめっ子に対しては何も言わないよね。
何も言わないのが無言の抗議だとか本気で思ってそうで気持ち悪いんだけど。
何か言わないと伝わらないんだよ。
それをどうしてマスコミは伝えないのって怒りを覚える事が多い。
いじめられっ子にさも原因があるかのように吹聴する世の中。
普段は事件が起こらない限り相談にも乗ってくれない警察をバッシングするくせに
マスコミだって自殺事件にならない限り全くと言っていいほどいじめ加害者に親身になって
また、いじめが露見した時も加害者側の心の闇を報じても加害者がいじめによって被害者を自殺に追い込んだなんて報道は絶対にしないじゃない。
結局いじめ加害者には何の社会的制裁を加える事もなく、いじめは怖いねで報道を打ち切ってしまう。
こんな社会に誰がしたの?
今日もいじめがどこかで起こってるのに他人事でいじめで誰かが自殺しました終わり。
こんな世の中じゃどうしようもない。
小学生の娘との何気ない会話で突然、
痛くないんなら別にもう死んでいい」
みたいなことを言われた。
娘がそんな気持ちになるほど、
生きることにつらさを感じていること。
自分のような者が母になってしまったことに最大級の罪を感じる。
自分も、小学生の時から、楽に死ねるものなら今すぐ死にたいと思っていた。
人に馴染めず、劣等感のかたまりで、生きているだけで周りに迷惑をかけていると感じていた。
今でも、困った問題がある度に、
生まれ変わって来世で苦労するとか、
自分は信じていない。
人より劣る自分が、
恥ずかしいとか、
情けないとか、
申し訳ないとか、
あと、痛みとか苦しみとか、
そういう生きづらさを感じずに済むことにただ憧れる。
もしも死後の世界とかがないとして、
生きていたのはただ、
親を悲しませたくなかっただけ。
そう思っていたけど…
夫に出合い、優しくされ、
この人を困らせたくない、
優しさに応えたい、
がんばって人並みになって、
この人を喜ばせたい…
そう思ってしまった。
それでも結婚前に何度か別れを申し出たのだが、
「がんばればなんとかなる!」
今となっては、そういった類いの正義感や優しさに、
憤りさえ感じる。
なんとかがんばって無難に過ごしていれば無関心で関わらない。
死にたがる人を救っているように見えて、
実は逃げ道を塞いでいるだけで、
がんばればなんとかなるとか言って、
娘が問題行動を起こしたり、
ただでさえ仕事でいつもいないのに、
もちろん、
娘のためによい母になろうと努力はしてる。
回避性人格障害とか、
だけどやはりなにかが人と違う…
それがなんなのかよくわからないけど、
生きづらさがなくならない。
娘にまで生きづらさを感じさせてしまっているのだと思う。
私が返した言葉は、
死なれるとつらい。
誰か一人でも、つらい気持ちにさせたくない人がいるなら、その人のために生きて。」
その時は納得してくれた様子で、何気ない会話で終わった。
ただ、このまま生きていて娘が幸せを感じられる日が来るか正直まったく自信がない。
娘はADHDと診断されており、痛みに弱く、ストレスに耐性がない。
何事にもがまんができない。
人と話すことを極度に恥ずかしがり、
学校に行くのをいやがっている。
またあるときの会話では、
「私は子供なんて産まない。結婚なんかしない。」と言っていた。
私はそれでもいいと思う。
さらに言えば、
いつか娘が本当に死んでしまいたいと思う日が来るのならば、
自殺したってかまわない、と、思っている。
娘には、苦しんでほしくない。
ただ、わがまま放題に生きてほしいわけでもない。
上手に人に助けを求められるようになってほしい、
娘が社会に馴染めるよう、全力を尽くしたい。
口がさけても娘には言えない本音。
娘に生きることのすばらしさ、正論を説きながら、
心の内では死に憧れている。
私のような心の弱い人間は、
すぐに他人に流される。
優しくされれば心折れる。
子供を生んで不幸にするくらいなら、
やはり親に気遣いなどせず、早く死んでおけばよかったのかもしれない。
(追記)
もう何週目だ、というくらい定番の話題だけれど、ブクマコメントなどを眺めていると、煙草に対してあれだけ厳しいはてな民の方たちが、お酒に関しては随分寛容なので不思議に思う。
まず、本人の受ける健康被害ということは、自業自得というかそれこそ基本的には本人の問題なので一旦後回しにするとして、やはり煙草嫌いの人たちが一番に指摘するのは副流煙だろう。これは直接的に他人に健康被害をもたらすので、問題にするのはよくわかる。
一方、お酒には確かに副流煙的なものはない。しかし、煙草を吸って前後不覚になり暴れるとか、記憶が飛ぶとか、めちゃくちゃな運転をする、などいうことはない。酔っぱらいによって引き起こされた幾多の暴行暴言等を考えると、お酒が他人の心身に与えている影響は煙草とくらべても決して少なくないはずだ。副流煙をバンバン吸ってもガンになるには大分時間がかかるが、酔っぱらいに車で轢かれれば一発であの世行きだ。
また、煙草の臭いというのも不快なものだけど、お酒の臭い、正確には酒そのものではなく酔っぱらいの臭いというのも相当不快だ。深酒した翌日の人の口臭たるや、喫煙者のそれに勝るとも劣らない。そういう口で寄ってこられると、殺意すら覚えるほどだ。ただ、酒は社会通念上昼間から飲んでいたらそれ自体諌められるのに対し、煙草は年中無休という違いはある。飲酒状態で他人に近寄らないというなら、煙草ほどの害は確かにない。
最後に、本人への健康被害だが、アルコールも相当なハードドラッグであり、常習者の受けるダメージは煙草にも劣らない、というか、飲酒量によっては煙草よりはるかに危険なのではないかと思う。ニコチン依存で廃人になり一家離散、という話は聞いたことがないが、アルコールではしばしば発生する。もちろん、アルコールも常習しなければそこまでの事態にはそうそう陥らないし、対して煙草は普通年中無休で毎日吸うものなので、この量・頻度の違いというのは確かにある。逆に言えば、煙草だって月にニ三箱つきあいで吸っている程度ならそこまでの健康被害はないだろう。
別段全面的に禁酒せよ、とまでは言わないけれど、他のドラッグ類に比べてアルコールはあまりにも甘く見られている。酔っぱらいに対する態度も、少なくとも欧米に比して日本はかなり甘い。せめて煙草に対するのと同じ程度の厳しい包囲網をしくべきだ。その上で一部の愛好家がマナーを守って楽しむのであれば、それはそれで良いと思う。煙草だってそうしてもらえれば特に文句はない。
ちなみに、大麻や他のそれほどハードではないドラッグ類についても、同じ程度の扱いにゆるめて良いんじゃないかと思っている。
アルコールは深く日本の文化と結びついており、また酒造産業の保護ということも考えなければいけないけれど、伝統も未来永劫のものではないし、古くから受け継がれているものがすべて正しい訳でもない。少しずつでも改めていくべきなのではないかと思う。
一言でいうと、「100年経っても日本人に人権概念は根付いていない」
2. 犯罪男性(無罪)が被害女性を生み、ストレスが蓄積される。
※昔は男尊女卑の亭主関白が絶対的価値観だったので、犯罪行為が黙認されてたみたいな感じで女性のストレス溜まっていった。まあそれはそれである意味では安定していた社会のシステムではあったが、ひずみが蓄積されていたのだろう。ガス抜きがなかったという点では欠陥システムと言える。また、男性のほうにも生き方の自由がなかった。社会的責任が男性にだけ押し付けられた。
3. 昭和の戦後に社会システムが変化していき、女性の権利が増え、犯罪男性(無罪)は有罪とされるようになっていく。このため、これ以降の教育を受けた男性の意識も少しずつ変わっていく。
4. 過去の被害女性が蓄積されたストレスによりヒステリー女性へと変化する。
5. ヒステリー女性による「犯罪男性への警戒」が度を越して「無条件の男性迫害」へと進化し、その行為は司法・立法・行政の全面的に無罪化される。(痴漢裁判なんか見ていればお分かりだと思います)
6. 女性が発言力を駆使して社会進出して労働(自己実現?)し始める。
7. バブル後のずっと続く不況、アイドルや2次元の進化、お見合い結婚の縮小と恋愛や結婚の市場化によって結婚しなく・できなくなる。
8. 女性の社会進出によって育児と仕事の両立どうすんだ問題と、男性の給料も下がりまくってますます結婚できなくなる。
9. ますます事態がややこしくなり、なぜかヒステリー女性が2次元表現まで叩き始める。(そこ叩いても誰も得しないと思うが)
10. 5や9のヒステリー女性(無罪)の蛮行がヒステリー男性を生んで行く。1~2の明治世代を生きておらず3以降の認識で生きてきた男性にとっては意味不明であり、理不尽な攻撃にしか見えない。
11. LGBTという第三勢力が登場し主張の声を増やしている。
・女性の権利は増えて責任は減ったが、男性の権利は減って責任はあまり変わっていない。
・ヒステリー女性の中には、男性とつるんで痴漢冤罪などの犯罪行為に及ぶものも出現し、ヒステリー男性の生産を加速させている。
・冷静さを欠いたヒステリー男性は、ヒステリー女性と同じレベルの言動や主張をし始めた。
ざっくり分けて4象限ある。
(ヒステリーと冷静が同居する人も多く居るため、分類は難しいが)
C,冷静男性
D,冷静女性
ヒステリー者は、ほかの全ての象限者から批判される存在である。つまり、
Aの行いを見て、B,C,Dが批判する。
Bの行いを見て、A,C,Dが批判する。
ただ、同性間だと批判の手が緩い感じもする。それは仕方ないか。
それなりに客観性と理知性を持った冷静な男女もいるが、ひとたびヒステリーの被害を受けるとヒステリーにならざるを得ないんじゃないのかな。
男から女へのセクハラもあるし、女から男へのセクハラもある。それを被るリスクは冷静かヒステリーかは無関係で、環境によるものが大きい。だが、社会の男女は「女性から男性へのセクハラ」に無関心である。被害者本人までも。
そして、ここにLGBTという第三勢力も登場した。いままではあまり可視化されず、おおきく活動もしてこなかったが、海外での認知の広まりに呼応してか活動が増えてきた。これはこれでまったく別の問題なのだが、性に関するものなので無関係ではなく相互に影響を及ぼす。主旨は「混乱が増えて迷惑」ではなく、ヘテロセクシャルの男女間ですら許容力、冷静さ、知識が足りていない大混乱状況なので、ますます混乱が増えるというのは残念ながら事実でしょうということです。
米国:トイレ使用「望む性で」 LGBT権利擁護の狙い - 毎日新聞 http://mainichi.jp/articles/20160514/k00/00e/030/200000c
歴史的経緯も含んでいて、例えるならまるでパレスチナ問題みたいな泥沼の様相を呈している。
こういった状況を総括した文献とか論文とかって何かあるのだろうか。
総括に基づいて、指針を打ち出し、学校の義務教育で教えたほうがいいと思います。社会人にも再教育。
こういった状況を理解できないでいると視野が狭くなってしまい、目の前のなぜか敵意をむき出しにしてくる良く分からない相手から身を守るために無意味な反発や明後日の主張をすることしかできず、泥沼化を進めてしまうだけです。
元増田です。ウチは全面的に仰るとおり、そのままです。涙出てきます。
>> ある程度育ってから「こいつは自立心が強くてなー」とか周りに言ってたけど <<
ウチの場合は「誰のおかげで飯食ってんだ!」「自分で稼げるようになってから文句言え」ってな感じで記憶のある限り幼稚園児から別居まで言われ続けてきました。
いや勉強できる人や頭のいい人は尊敬していたけど、でも勉強面白い!てことよりプライオリティーの高いタスクが人生に設定されてしまった。
それが自立心の強さにつながり、高校も大学も進学せずに就職したかった。が、周りになだめられて渋々進学。
また、ウチの母は「自由奔放主義」と言っていたが、ただの放置主義でした。
日本政府の現在の方向性に少なからず疑問を持ちながらも、どう行動すればよいのかわからない人々がいるはずである。
私がこれから書く内容はデモや集会への参加を促すものではない。私に言わせればデモや政府への反対集会は表面的な抵抗に過ぎない。必要なのはまず政府が何かを理解することである。
政府とは何だろうか?それはシステムだ。だがそのシステムを動かすにはエネルギーが必要だ。現在この国ではそのエネルギーは兵役や労働役などの形ではなくもっぱら徴税の形で調達されている。
そして、その徴税で政府に渡されるのはそもそも政府が保証したのでなくては、何ら価値のない紙幣だ。つまり、政府は紙幣の価値を保証することによって、エネルギーが滞りなくシステムを動かせるように調整していると言える。
この滅亡への道を加速しながら進んでいくシステムを止めるために我々が取れる行動は二つある。
一つはそのシステムを外部から停止させること。革命である。これはあまりにもよく知られすぎている。
もう一つはそのシステムを内部から停止させることである。システムの維持にはエネルギーが必要である。そしてそのエネルギーは人々が政府を信用することだけによって価値を持つ、紙幣によって調達されている。ならばエネルギーを減少させるためにはその紙幣の価値を下げてしまえば良い。端的に言えば政府に対して「現在のあなたたちのやり方を支持しない」と言うことを伝えたいのであれば、「この紙幣に自分はもはや価値を見出さない」と表明するだけで良い。
ではどうやって表明するのか。まず、今すぐには使うことがないであろう貯金を日本円ベースではなく、別のもので置き換えることだ。外貨は手っ取り早いが、実のところどの国も内実は統制・計画経済という似たりよったりの内容である。また、国家主体を信頼しなければならないという点で損失のリスクは大きい。
では金はどうか。しかし、いざ金を蓄えると言っても家に置くわけにもいかない。やはり金庫を使ったりせいぜい「金を持っているという権利書」をやりとりすることしかできない。それに、金の価値は需要によって左右される。つまり、金原子を用いた革命的な産業が興ることによって金価格は上昇し、代替素材として安価な炭素が使えるようになれば価格は下落する。多くの人々の人生にとって金とは表面を眺めて楽しむ程度の使い方しかないはずだが、こうした別の要因で需給が左右されるのは資産の置き場所として適切とは言えない。
暗号通貨はどうだろうか。例えばビットコインには開発者コミュニティが存在している。彼ら自身が保有するビットコインの価値を上げたいと思うならば、より安全な貨幣を作り、信用を得る以外にない。もし開発者たちが利用者たちの声を聞かなくなれば、利用者たちは開発者を信用しなくなり、結果としてビットコインは暴落するだろう。他にも実用に耐えうる暗号通貨と開発者たちは存在している。ビットコインを使わなくても別の暗号通貨の割合を増やせばよいだけだ。
翻って、現実の国家では、貨幣の発行機会は政府によって独占されている。いくら独自の「ポイント」を考案しようが、それが日本円ベースで取引されていることは明らかだ。だから政府は国民を舐めきっている。いくら誤った方法で貨幣を作り、裁量で人々の価値に介入しようとも、誰もシステムのエネルギーを滞らせずに使ってくれるからだ。
政府が隠し切れない量の借金に振り回されていることは誰もが知っているはずだ。簡単に言えば事態はこういうことだ。一昨日は頼まれたので一万円貸したら一万二千円になって戻ってきた。昨日は頼まれて十万円貸したら十三万円になって戻ってきた。今日、利子をつけて返すから百万円を貸してくれと言われている。金額が少ないうちは誰かが貸してやるだろう。しかしいつまでもは続かない。この借金をどうにかするためにはすべて踏み倒すか、自分で貨幣を大量に刷って「言われた分は返しました」と言うしかないだろう。このようなことがあった後も、政府の発行する貨幣が唯一の貨幣として信用され使われるのであれば、いずれ同じことを繰り返すだろう。
もし我々が政府のエネルギーの使い方が間違っていると気づかせたいのであれば、貨幣が独占されたものだとみなすのをやめることだ。そして、常により信頼できる暗号通貨のような資産への乗り換えを検討すべきだ。もしあなたが反政府デモに参加した帰り道に、政府の発行した貨幣で飲み物を買って飲んだことがあるのであれば、それは政府に対する暗黙の支持を表明したのと同じである。
つまるところあなたは代わりに通貨としてのビットコインを日本円と交換して、その買い物をビットコインで決済すべきだったのだ。
*筆者はビットコインを全面的に支持しているわけではないが、有名な暗号通貨ということで代表としてビットコインの名前を出している。暗号通貨は詐欺が多く、現状をよく調べずに買うのは危険であると警告しておく。
この人だけ返事しとくわ
http://anond.hatelabo.jp/20160320100821
俺は従業員に仕事についての特別な責任あるぞ、みたいな話した覚えなかったんだけど、今読み返したら確かにそう読める書き方になってたわww
経営者と従業員で責任の重みが違うからそれぞれ自分の責任果たせよって書き方が気に入らねえんだな?
これが仕事においても従業員に責任があると考えてるような言い方に聞こえたっていうんだろ? 紛らわしくてすまんww
でもさ。
仕事に関して確かに全部俺の責任ってことで全部俺の指示通りやってればさ、従業員は仕事に関しては責任ねえみたいな話は当然すぎるだろ。
なんでそんなにひねくれた読み方してんだ。 お前ひねくれ過ぎだろどう考えてもw
俺がもしどうしようもなくなって倒産とか廃業になるかもしれないんだからそういうことも考えて、いざというとき自分の人生は自分で何とかする覚悟持っておけよって話だよ。
会社や仕事そのものなくなったら俺はお前らに何の責任もねえぞ、と。俺そっから先は知らねえぞと。俺なんかを頼りにして、全部オレの言うことに従ってたら死ぬまで食っていけるとか希望をもつのあぶねえぞ。たとえ日頃の仕事で責任は無くても、ちゃんと日頃の仕事であれこれ頭使って仕事して自分を鍛えておいたほうがいいって思うんだがな。
なにより、俺がうまくいってないと思ったら逃げたほうがいい。嫌ならやめろって話じゃねえぞ。俺を信頼しすぎて一緒に沈んでも何もしてやれないぞってこと。
実際俺の勤めてた会社、業績悪化で早期退職制度バンバンやりまくって人手が足りなくなったからすげえブラック企業化したんだよな。そういう経験あるし、会社のことを全面的に信頼するほうが頭おかしい、くらいに思ってるけど、なんかのほほんとしてるよな。大企業に就職するわけでもないのにこの会社が100年ずっと持つと思ってんのか、それともバイト感覚なのか。
ぶっちゃけお前、俺に向けて書いてないよな。 誰に向けて書いたつもりだったんだ。クソリプ過ぎて笑ったわww
仮にここでは、B君とする。
彼は、今までの出席とか評定平均を見て、指定校推薦を選んだのね。
この手法や指定校推薦の是非は置いとくとして、彼はとある大学への指定校推薦を教師に頼んだ。
受け持った教師は、評定平均の確認やその他諸々も終えて、オッケーサインを出したのね。
それで、彼は喜んでいたんだけれど、1ヶ月ほど経った後、自分に「勉強を教えてくれ」といきなり来たの。
「え、どしたんオマエ指定校推薦だったやん、なんで?」と聞くと、
「推薦がポシャってしまったから、一般入試を受けなきゃいけなくなった」
自分は一般入試組で推薦入試にも詳しくなかったから、大学側の基準が相当に厳しいものだったのかなあ
指定校推薦も舐めたもんじゃねえなあ、恐ろしいとか思ってたら、そういうことではなかった。
「評定平均の数値」を教師が間違えて算出してたの。
どんな計算かは知らないけど、とにかくミスっちゃって、わずかだけど実際よりも高く見積もってしまった。
その結果、志望してた大学の推薦基準には届かなくなってしまい、推薦も出せなくなった。
このミスが、指定校を決めた時点ですぐに判明してたら別に問題などなかったんだけど、
実際に判明したのは、ほとんどの大学の指定校推薦の出願時期が終わった時期だったんよ。
彼には他にも2、3個大学の候補があって、第一希望がダメだと分かれば当然志望校は変えたんだろうけど、
第二希望以下の大学の出願時期も終わってて、つまるところ指定校推薦が不可能になってしまった。
教師からは「悪いことをしたが、一般で頑張ってくれ」との旨を伝えられて途方に暮れていた。
最初に聞いた時には、あぜんとした。口ぽっかり。
勉強を教える云々の前に、そんなことがあって何で問題にならないんだ???と頭の中はハテナマークで混乱状態。
本人もすごく怒っていたけれど、まあそんなこと言ってても仕方ないねと、一緒に勉強し始めたんね。
あんまりこっちから何かできたとは思わないけど、彼はすごくバイタリティのある人で頑張って勉強してた。
それで、B君は一応のレベルの大学に進学できたんだけど、当初望んでいた大学とは就職率その他諸々に歴然たる差があった。
終わったことだからと、かれはおくびにも出さずにその大学に通って卒業して就職した。
その大学が決して悪いわけじゃなくてね、一応だけど。
それで、先日久しぶりに「会おう!」ってなって、居酒屋で飲んでるとその話題が出たのよ。
やっぱあの指定校推薦のゴタゴタひどかったよなあっていう気持ちもあって、心の片隅で残っているようだった。
彼は、その話題以外は終始笑顔だしそのことに強く憤る様子は見せなかったけど、
話題に出した時には少し苦笑いになって、引っかかってる様子ではあった。
そんで、広島の万引き誤認の推薦取り消し問題を見たときに、この事を思い出したんね。
なんであんな大事が当時は、問題にならなかったんだろうと考えると、語弊があるかもしれないけれど自殺までしないと問題にならないのかって思った。
とうぜん、広島のあの子には何の罪もない。全面的に教師や学校が悪くて、本当にあの子は何も悪くない。
だけど、じゃあB君のような、
「死ぬまでに至らなかったが、人生を大きく決める教師のミス」に対して、どうやって対処したらいいんだって思うようになってしまった。
(市教委はその地方にもよると思うけど、先生方の保護を優先するし。経験がある人は分かると思う)
B君は、自分の命を断ってはいないまでも泣き寝入りしてるわけで、それっておかしくねえかと。
自殺した子はとうぜん可哀想だけど、自殺しないと問題にすらされねえのはどうなの?っていう風に思った。
どこに問い合わせたら、きちんと問題として扱ってくれるんだろうと。
2曲とも良曲ではあるが、SDS、僕光の感動には及ばなかった。
これ以上続けても下り坂になるだけであり、やはり今終わらせるのが正解なのだろう。
百合を一気にメジャーにした金字塔であり、ごきげんよう言いながらSSを書いたりしていた。
蓉子さまたちの卒業に涙し、レイニー&パラソルにハラハラしたものだ。
しかしその先に待っていたのは人気が出たことによる引き伸ばしだった。
作者が悪いのか集英社が悪いのかは知らんが、祐巳の妹問題は引っ張りまくり、内容もどんどん薄くなっていく。徐々に惰性で買うようになった。
とうとう丸一巻使って話が全く進まないに至り、俺は買うのをやめた。
最終的に祥子さまが卒業して終わったらしいが読んではいない。持っていた分もブックオフに売ってしまった。
μ'sはこうならなくて本当に良かった。
ラブライブサンシャインにはまるかどうかはアニメの出来次第だが、もしコケたとしてもμ'sを再度持ち出すなどという醜い真似だけはしないで欲しいものだ。
シャープの経営陣に問題があるっての事実なんじゃないかと思ってる。ただ、ホンハイのテリーゴウ氏は、いってみればソフトバンクの孫氏みたいな借金金持ちらしいので、判断に困る。
テリーゴウ氏の出資も、日本が貸主をする約束の出資らしいので、だったら、ホンハイ経由する意味がないんじゃね?と思わなくもない。
深田萌絵氏のブログは全面的に信用するに足るという感覚は無いのだけれど。シャープと同じくらいにホンハイも心配ではある。
最悪、グダグダでもグダグダなりに日本の法律やら何やらで決着付けられる国内案と、中国と関係が極めて深い台湾の企業を巻き込んだ国際的再建案なら、同じ公費負担なら、国内案の方がマシな気はしないでもない。
何人も18歳未満の者(以下、「児童」)に対する性行為、性的接触、性的搾取及び性的虐待並びにこれらに準する行為をしたいという志向・思想を抱いてはならない。
児童が上記の行為をされている、又はされている様な表現が含まれていると看做されるポルノは、これを全面的に禁ずる。
○写真・映像の場合、被写体・出演者の年齢・性別を問わず(例えば成人男性が女子児童としてポルノに出演した場合も)禁止の対象となる。
○CG、イラスト、絵画、彫刻、漫画、小説、アニメーション等によって、擬似的に児童への性行為等を表現したものもこれに該当する。
これらに該当する児童ポルノを製造・譲渡及び所持した場合、法律により摘発及び後述の施設入所義務の対象となる。
更に、全ての成人した国民は、定期的に国の定めた小児性愛検査を受ける事を義務付けられる。
検査により小児性愛者と判断された者や、上記の児童ポルノに関する規定に違反した者は、性癖矯正施設への入所を義務付けられる。
矯正施設へ入所した者(以下、「入所者」)は原則として施設に矯正が完了したと承認され出所するまで外出をすることはできない。
入所中は主に以下の行為が禁じられる
○児童の写真、絵やイラストが載っている書物を所持する。児童が出演している映像・番組を視聴する。
○その他、施設の許可を得ずに外出する等、施設が定めた規則に反する行為。
やむを得ず入所中に外出の必要がある場合、入所者は厳粛な条件の下で許可を得た上で指定時間の間だけ監視員の同伴で特別に外出が可能となる。
施設外での用事が完了したら、その時点で指定外出時間にまだ余裕がある場合でも速やかに施設に帰宅する。
・半径5m以内に入る。
・話しかける。声をかける。
・写真を撮る。
○児童の教育施設(幼稚園・保育園・小学校・中学校・高等学校等)の敷地内のみならず、付近1km以内に立ち入る。
○その他、指定された時間以上外出する等、施設が定めた規則に反する行為。
尚、入所者が上記の禁止事項に触れる行為を行った場合に於けるその場の処置については監視員の判断に委ねられる。
また、小児性愛者と判断された者が施設への入所を義務付けられたことにより生じた損害・不利益等はその責任・賠償を政府又は施設に問う事は一切できない。