はてなキーワード: 骨身とは
ある日突然子を連れ去られ、自宅に帰ると家財一式持ち去られていた。実家に帰ると弁護士からの手紙が届いていた。
俺も悪かった。酒に呑まれ覚えていない事も沢山あった。
結局そこをうまく使われて、やってもいない事もやった事にされ、気付いた時にはDV夫にされていた。
当時妻は自営をしていて、俺は会社員で経済的にはかなり助けていた。妻のところの職員の給料だって一時的に肩代わりしたりしてさ。
子供は連れ去られるまで殆ど俺の実家で生活していた。金だって俺の親から貸してもらって運転資金にしていた。
結婚した時に俺はマンションを買った。でも俺自身の仕事がうまく行かなくて、妻の仕事もうまく行っていない。もう手放そうと思っていた。
もぬけの殻になった自宅を見て俺は絶望したと思う。昨日も子供と2人で実家で寝てたのを思い出して俺は泣いた。
俺のいうことなんて全く聞いてくれなかった。それでも1年戦った。昔のメールをほじくり返して、俺が子供の保育料が払えなくて妻にお金を要求したらキレられた日の事。そして程なく妻が2週間遊びに行った時の写真なんかも引っ張り出したのに、届く調書にはそんな事を鑑みた形跡なんか殆どなかった
日本では子を連れ去った母親の方が全てにおいて有利なんだと骨身に沁みた。
俺が築き上げたマンションも家財の一部も車も全て持ち去られた。そして何より最愛の息子さえも。
結局調停では決着がつかず裁判になった時、裁判官は話の始めにこう言った。
これが日本だ
そして俺は和解した。今は毎月4時間の面会で子供と会っている。
面会が始まった当初は、子供から、お父さんが悪い。僕を連れ去ったらお父さんは刑務所に行く、と何度も子供に言われた事は本当に悲しかった。
今俺は、言葉に気をつけ、子供の意思を尊重する形で今も子供に毎月会っている。
憎くてたまらない元妻とも上手く付き合う為に考えながら連絡を取り合っている
俺には今新しい彼女がいる。時が経てば色んなことが形を変えて行くのだ。
ただ、俺は今も思う。子を連れ去った母親がこのまま上手く過ごせる今の日本はおかしいと。
1人親の生活が苦しいとか言う前に、この子の連れ去りの理不尽、母性有利の日本の理不尽をもっとみんなは知るべきだと思う。
俺は今前向きに生きているけど、そうじゃない人は少なくないはず。
正月なので実家に帰省していたんだが、自分の両親が毒親である気がしないでもなく…
いや、両親には大学まで出させて貰ったから感謝はしているし、毒親だと思うこと自体申し訳なく思うのだが…
今まで本やネットで見聞きしてきた毒親に比べれば全然マシだから毒親じゃないと思ってたんだけど、軽度の毒親なのではないかな、と。
私:現在アラフォー間近。兄弟有り。独身。実家の遠方で独り暮らし。上場企業勤務。
父:アラ古希。元農協勤務。現在実家の農家を継いでいる。今は酒以外辞めてるが、かつてはヘビースモーカーでパチスロ通いばかり。
母:専業主婦。料理は得意だが片付けが苦手。親戚、他人、父、相手を問わず悪口ばかり出てくる人。
どうなんだろう…
幼稚園の頃、夜中に高熱を出した私を抱えた父がかかりつけの病院に駆け込んでくれたりしたので愛されてないことはないと思うんだが…
ネット上などのそれらの言説が自分を救ってくれることはないと理解され始めているからだ。
彼らの正論から紡がれる力強く美しい世界は自分を救ってくれないんだと骨身に染み始めている。
あいつらは俺たち奴隷のために本気で何かする気などなく、汚泥の飛沫届かない橋の上からもがかなきゃお前ら沈むだけだぞと正しい自分に酔ってるだけだと、そうとしか思えなくなってきている。
冷静に考えればこの落ちぶれていく日本の中で、ろくにとりえもない人間が時間をかけてズッポリと嵌ってしまったこの境遇から、今より沈まないだけで精一杯の泥沼から、より良い方向に抜け出せるわけがないのだ。
ならば橋の上を見上げて首を痛めるよりも、同じ汚泥のなかでパンを恵んでくれる人たちとともに支えあって今をできる限り充実させて生きる方がましだ。
俺は夢想する。いつかあの橋の上のやつらの顔面をひっつかんでうちのトイレに突っ込んでやりたいと。本当にこれはワクワクする想像だ。
俺みたいなやつらが吹き溜まり、その結果生まれたのがトランプではないだろうか。
早く彼のような存在が日本に生まれてくれることを望んでいる、たとえ自分がより不幸になったとしても、橋の上のやつらを苦しめられるならその方がうれしいのだ。
姉はイケメンだ。かなりぶっとんでるし、ちょっとどうかと思うような行動に走ったりもするけど、総じてイケメン。性格は姉妹で正反対。私は人見知りで、基本的にいつもおどおどしている。今までいろんな局面で何度も姉に助けられてきた。そんな姉への感謝の気持ちを綴りたい。
うちは母が早く亡くなってる。私が5才になる年に喉頭癌でこの世を去った。姉は私より11才上で、私が小学校に入った年にはすでに高校生だった。
そんな姉が、私の入学式に母の代わりとして参加してくれたのだ。その時のスーツ姿がとても素敵だった。人指し指に緑色の翡翠の指輪をはめていて、それは母の形見だと教えてくれた。入学式の時の写真を見返すと、やはり姉は保護者の中で一人だけ幼げに見える。
姉は高校ではかなり目立っていた。たまに雑誌にも出てた。エルティーンという十代向けのファッション誌で、モデルみたいなことをしてた。私はまだ小学校に入りたてで、そんな姉を芸能人だと思い込んでいた。そのうちテレビにも出るんだと思ってた。その予想はのちに別の形で実現するんだけど、その話はあとに回そう。
姉はふだんはあまりエルティーンを読ませてくれなかった。小学生にはふさわしくないエロい特集が多かったのだ。そんな雑誌にちょくちょく載る姉の姿に、私は幼いながら、妖しい憧れのような感情を抱いていた。
父は土建業を営んでいたが、この頃には経営が苦しくなっていた。それまではずっと絶好調で、姉は何の疑いもなく「うちは金持ちだ」と信じ切っていたらしい。でもそんな幸福な時代はあっけなく終り、父は一気に萎れてしまった。母に先立たれて、経営も傾き、悲嘆にくれる日々。父がお酒に溺れ始めたのはこの頃だ。それでも父は姉を私立の大学に入れた。娘の教育は疎かにしない、それは母の遺言でもあったそうだ。
当時、私がまだ9才の時。姉が私をあるイベントに連れて行ってくれた。姉の大学の友達の中に、ひとりだけ9才の私が混ざるという、かなり無茶な形だった。野外で開催されるテクノパーティ。でもそんな詳細はすべてあとから知ったことで、当時は右も左もわからないまま、姉に連れられて、ただついて行った。そこはまさにカオスな空間だった。広大な森林のいたるところで人々が踊り狂っていた。真夜中にトランス状態で踊り狂っている大勢の大人たち。あの光景が私の音楽の原体験になってしまったのは、なんかちょっとまずい気もしている。
夜、私は姉と並んで芝生に寝転んだ。遠くではドンドンという無機質なテクノのビートが鳴っていた。私と姉はふたりで夜空の星を眺めながら話した。その時に姉がとつぜん言ったのだ。
「ママはもういないけど、私がお姉ちゃんとお母さんの両方をやるから」
後年、姉にこの話をしたら「そんなくさいドラマみたいセリフ言うわけない」と全否定した。でも私は完全に覚えている。ありがとう。あの言葉にどれだけ支えられたかわからない。
三つ目は、話自体がかなりぶっとんでる。
私が中2の時、父の会社が潰れた。全てを整理しなければならなくなり、家族は家も失った。私たちはアパートに引っ越した。父はもはやアル中の一歩手前みたいになっていた。
姉はすでに大学を卒業していたが、就職はしていなかった。なんと、カリスマキャバ嬢になっていたのだ。当時の某歓楽街ではかなり有名な存在で、テレビの取材も受けていた(冒頭に書いたテレビ出演の話はこれのことだ。ちなみに姉はこの後にもまた別の形でテレビに出るのだが・・・)。姉は客に媚びないSっぽいキャバ嬢という設定で、何度か深夜番組に出ていた。それはけっこうサマになっていた。
姉は家では父にハッパをかけ、とりあえず一労働者に戻って建築現場で働くことを勧めた。父は最初は経営者という立場にこだわり、かたくなに拒んでいたが、やがてしぶしぶ従った。
ここから急展開が訪れた。カリスマキャバ嬢としてのブームが一段落して、父もどうにか社会復帰できたというタイミングで、姉がいきなり海外に留学してしまったのだ。なぜこのタイミング?と思ったけど、どうも男絡みのようだった。色恋沙汰なら、もう誰が何を言っても無駄だ。姉の留学先はコスタリカだった。
姉は私に銀行のカードを託した。「本当にやばくなったらこのお金を使いなさい」と姉は言った。さらにもう一点、「絶対に父には秘密にすること」姉はそれだけ私に言い残して、さっさと異国へ旅立ってしまった。当時、私はまだ中2だった。おいおい、母親の代わりをするって話は?
預金は600万円だった。コンビニのATMで残高を見た時、足が震えた。私はこわくなって、すぐにカードを机の引き出しにしまい、鍵をかけた。それは中2の私に背負える額ではなかった。
そのまま中3になり、受験の時期を迎えた。姉がいなくなってからというもの、家の中はめっきり暗くなっていた。父は働いてはいるものの、お酒の量がどんどん増えていた。親子の会話もほとんどなくなっていた。学校でも、私の家が落ちぶれたという噂がうっすらと広まっていて、なんとも言えない惨めな気分だった。姉の600万だけが心の支えだった。まだ大丈夫、うちにはこれがある、そう言い聞かせながら日々を送っていた。とかいいながら、カードからお金を引き出す勇気なんてまるでなかった。私は根っからの小心者なのだ。大金を前にして、完全に怖気づいていた。どうしても心細くなって、ひとりで布団をかぶって泣く日もあった。勉強にも身が入らず、だんだん授業がちんぷんかんぷんになっていった。高校に受かる気がしなかった。この時期は私の人生でいちばん苦しかった頃かもしれない。
そんなときに、姉が帰ってきた。まるで私の危機を察するみたいに。姉は予告もなく、いきなり家に現れた。あの時、姉を見た瞬間、私の全身にぐわーっと広がった強烈な安堵感が忘れられない。自分がいかに姉を頼りにして生きているのか、骨身に染みて分かった。
姉のコスタリカでの日々は、それだけで一冊のルポルタージュが書けるぐらい強烈だった。でも私がここに書くのはちょっと無理だ。筆力が足りなすぎる。姉はコスタリカで日本人の恋人と暮らしていたのだが、やがてその男と別れて、現地でスペイン人と付き合うことになった。交際から数日後に、ふたりでパナマに小旅行に行ったら、国境を渡るバスから彼がいきなり逃亡してしまった。理由はわからない。ともかく姉は一人にされてしまった。それから姉は執拗な警察の取り調べを受けたりしつつ、どうにか事なきを得て、家に帰りついた。後日、彼が麻薬組織の幹部だということが発覚した。姉はそんなこと何も知らなかった。彼がなぜ逃げたのか、どこに逃げたのか、全てが謎に包まれていた。
そういう話が他にもたくさんあるんだけど、とても書ききれない。とりあえず姉は無事に日本に帰ってきた。そしてコスタリカでのエキサイティングな日々を迫力満点に語ってくれた。私はなんだか自分の悩みがバカらしくなってきた。受験が不安だとか、ほんとに小さなことって気がしてきた。姉に相談したら「勉強しろ」と言われた。2秒で話が終わってしまった。銀行のカードをいちども使わなかったと言ったら「あんたらしいね」と笑った。姉が相変わらず人差し指に翡翠の指輪をしていたので、私は「お母さんの指輪だ」と言った。姉はそっけなく「あれウソだよ」と言った。「蛍火の墓を見て、適当にでっちあげた」「マジで!?」「うん」私は脱力した。
それから受験勉強に身をいれて、私は無事に第一志望の高校に受かった。姉は父の酒浸り生活も、きびしくたしなめた。父は何だかんだ言いながら、姉には従う。酒の量を控えるようになり、少しずつ生気を取り戻していった。やがて昔の仲間と一緒に、また小さな会社を発足させた。最近は土建以外にも手を広げて、高齢に鞭打ちながら、建物管理の資格の勉強なんかをしている。
姉はコスタリカで築いた人脈を駆使して、某国の大使館でアルバイトをするようになり、そこで能力を見込まれて、正規の職員になった。大使館について詳しく知っているわけではないけれど、私は漠然と「超エリートの仕事」だと思っていた。姉のイメージとはどうしても結びつかなかった。最初に聞いた時は、女スパイが組織に潜入しているような姿が頭に浮かんでしまった。
姉の最後のテレビ出演は、この大使館がバラエティ番組の取材を受けたときだった。姉は有名な芸人さんにおいしくいじられていた。姉は完全にキャラ変して、シャイで生真面目な妙齢の職員を演じていた。「あなた、かなりの箱入り娘でしょ。男性経験も少なそうだな」芸人さんがそんなようなことを言って、姉をからかっていた。姉は恥ずかしそうに両手で顔を隠した。『かわいぃ~』みたいなテロップが入った。いやいやいや、と私は全力でテレビに向かってつっこんでしまった。
そんな姉も、長く勤めた大使館をやめて、今はスペインバルのオーナー兼マネージャーとしてバリバリ働いている。ほんとはここにお店のサイトのリンクを貼って、微力ながら宣伝したいんだけど、それをするには姉の許可を得なくちゃいけない(というか、こんなの宣伝にならないか)。
ちなみに私は普通に高校を出て、短大を出て、今はOLだ。ほんとに波風のない人生。何から何まで姉とは対照的だ。そのうち私にも、めくるめく冒険の日々が訪れるのだろうか。
結局、姉への感謝はたくさんありすぎて、とてもここには書ききれない。何でこんなことを書こうと思ったかというと、このあいだ何気なく実家で昔のアルバムをめくっていたら、幼い頃の姉の写真を見つけたから。3才ぐらいで、まだ私が生まれる前。姉は母の腕に抱かれていた。泣き出す直前みたいな、絶妙な仏頂面。姉を抱く母の人差し指には、緑色の翡翠の指輪が光っていた。なんだ、やっぱり形見じゃん。本当だったんだ。きっと照れくさかったんだろう。いかにも姉らしいと思い、うれしくなってしまった。それで姉への気持ちをまとめてみようと思ったんだけど、うまくまとまらなかった。無理もない、姉自身がまとまってないんだから。
別に面接がブラックだったとか100社落ちたとかそういう話では全くなくそれ以前の問題。
今まで22年生きてきた過程を振り返ると、圧倒的コミュ障力により、自分が職場に馴染めない&仕事ができないのは働く前から
骨身にしみて分かっていた。そんな欠陥商品を良いように見せて会社に売り込む行為はほとんど詐欺に近いし、
自分が就活をすること自体が犯罪的なことではないかと思い、エントリーボタンすら押せなかった。
雰囲気のいい職場に入って唯一の異物としてその空気を壊すことへの恐怖。
会社が面接をするのってハズレくじを引かないためじゃないですか。自分がそのハズレくじだったらどうすればいいんだよ。
日本に生まれるとすべての人間が学校に行かなきゃいけなくて、それが終わったら就活をして就職をしなきゃいけない。
生まれた時点で課題が課せられていてそれがクリアできないと一生劣等感を味わうことになる。
小学生ぐらいのときに、あっ自分は将来まともな社会人になれないな、とうっすら気づいていた。そして社会に出るまでのカウントダウンが
じわじわ近づいてくる恐怖をなんとなく抱えながら生活していて、今その瞬間が来たんですけど人生ってこれからのほうが長いんですけどスタ
ートラインにも立ててないんですけどって感じだった。
新しい年になっても辛気くさい気分のままだから、寝る前に浸りきって、朝が来たらより良い2017年のために頑張りたい。
そのために書いたクソポエムです。
2015年12月31日、私は自分がアイドル絡みで涙を流す日が来るなんて思いもしなかった。純粋に、そこまでの思い入れがなかった。ないと思っていた。ましてやジャニーズアイドルなんて。
同級生の女の子たちが楽しそうにジャニーズの話をしているのが理解できなかった。カッコイイと言うその感覚が分からなかった。テレビできらきら歌い踊る彼らを見ても、彼女たちと同じ熱量で歓声を上げることなんてできそうもないという結論を下すほかなかった。
それでも、女子として学校生活を送る以上「好きなアイドルって誰?」という質問を避けては通れない。そんなとき、私は「SMAPとかかな」と曖昧に笑みを浮かべて答えた。
私は今、社会人1年生。留年なしのストレート。周りは「SMAPなんておっさんじゃん」と切って捨て、「変わってるね」と私のことを笑った。
中学1年のときには花より男子の2期目が放送され、みんな嵐に夢中だったし、デビューしたばかりだったHey! Say! JUNPや関ジャニ∞のファンの子もいた。ごくせんの影響でKAT-TUNが好きな子もいた。その4グループ以外にも、SMAPより後輩のグループなんてほかに沢山ある。
でも、私は「好きなアイドル」にSMAPしか挙げなかった。嵐のグループ名は認知していたし、花より男子は見ていたから松潤の名前も知っていた。適当に嵐ファンの振りをすることも、いま思えばできた。
でもやっぱり、当時の私はSMAPが好きだと言っていた。あの子たちと同じ熱量できゃあきゃあ言ったりできないのに。
SMAPの世界に一つだけの花が好きだった。オレンジや夜空ノムコウが好きだった。SHAKEも好きだった。がんばりましょうも。好きな歌が沢山あった。
母親がスマスマをよく見ていた。母は自分の世代だった近藤真彦が好きで、その後輩たちの動向も気になるらしかった。
世界に一つだけの花がダブルミリオンを達成したと知らせるラジオを母と一緒に聞きながら、小学生のころ、飛び跳ねて喜んだことがある。そのころの私は世界に一つだけの花が空で全部うたえた。
2016年、年明け早々に流れたSMAP解散報道を知ったのは、卒論を書き終えて自堕落に昼過ぎまで惰眠を貪り、起き抜けに枕元のスマホを手に取ったベッドのなかだった。
嘘でしょ、と反射的に思った。SMAP解散報道は今まで何度もされて来たけれど、どれも誤報で、結局SMAPは解散しなかった。だから今度だって誤報に決まってる、つまんない憶測でしょ、信憑性なんかない、と思った。
記事を読み進めていくうちに、今度はかなり深刻らしいと悟った。
気がついたら、涙が一筋こぼれていた。
驚いて、びっくりして、それからダブルミリオンの知らせを聞いたときの嬉しい気持ちを思いだした。
母親がSMAPの番組をよく見ていたから、SMAPが総合司会をやった年の27時間テレビも、SMAPメンバー5人で旅行した5人旅も、見ていた。それぞれのメンバーが個人でやっている番組も見ていた。
気がついたら、私は5人のことをけっこう知っていた。少なくとも中学生だったあの日、苦し紛れに「SMAPが好き」と答えていたあのころより、ずっと沢山のことを知っていた。
最初は5人じゃなくて6人で、メンバーがひとり脱退しちゃってるとか。2回もメンバーが逮捕されてるのに、解散してソロでやっていく判断はしなかったとか。
27時間テレビで見たライブのときの顔、5人旅で見た意外な仲の良さ。
いろんなことを知っていて、点と点を線で繋げられるまでに私は成長していた。昔は分からなかったことの意味が、頭のなかを巡っていた。
自分の部屋を走り出て、リビングにいた母と不安な気持ちで解散報道について話し合ったことを覚えている。
それから、例の謝罪があって、解散が決まって、署名が37万人以上も集まったり、世界に一つだけの花がトリプルミリオンを達成したり、スマスマが終わったり、8面も新聞広告が載ったりした。
私は不安や、よく分からない憤りや悲しみを抱えて、それを眺めていた。画面の向こうで、紙面を見つめて、いろんなことは言うけど、言うだけだった。
母親と相談して、アルバムとBlu-rayを買ったぐらいかな。やったことって。
年の瀬が迫るにつれて、どんどん心配になるのに、なんだから今さら遅すぎる気がしていた。
今さら、本当はちゃんと好きだったって気付いても、遅い。
「ジャニーズなんて」みたいな気おくれも、私を笑う周りの声も、真面目に取り合わなきゃならないようなものじゃなかった。そんなものさっさと捨てればよかった。
ずっとそのままでいてくれるって、いつの間にか思い込んでいたから、多分あまえていた。
いなくなると知って初めて大切さに気付くなんて、やってる本人はドラマチックに浸れるかもしれないけど、やられた方は堪ったものじゃないことは、ずっと前から実地体験して骨身に染みてたはずなのに。
2016年最後の日、初めてアイドルのラジオを聞いた。SMAPの、中居さんのラジオ。
終わったとき、泣いていた。涙が一筋じゃ済まなかった。ぼろぼろ泣いていた。
2016年が終わった。
27時間テレビのノンストップライブの録画がまだ残っていたので昨日、改めて見た。格好いいな、と思った。思ってる。SMAPが好きです。
土日に街を歩くと高確率で泣き叫ぶ子供とそれを放置する親を見かけるけど、あの親たちは恥ずかしくないのかといつも疑問に思う。
公共の場で泣き叫ぶ子供=きちんとした躾が出来ない欠陥親がここにいるよ、ということの証。子供が大声で「この親はろくに躾もできない馬鹿親ですよー!」って泣き叫んでるのに、なんですぐにそれを止めさせようとしないんだろう。本当に不思議。
親に迷惑かけたらどうなるかが骨身にしみていないからあんな勝手な行動に出るんじゃないだろうか。子供が親のことを舐めてる。なんであの親たちは甘やかし続けるんだろう。なんで甘やかして他人に迷惑をかけるのだろう。どういう神経をしているんだろう。私だったらほっぺた引っ叩いてでも蹴り飛ばしてでも泣きやませるのに。
低スペ人間として言わせてもらいたいのは、いいかげん男女を問わず、低スペ人間が存在するという現実に目を向けて欲しいってこと。
親や親類や旧友が「いいかげん結婚したら?」みたいなことを言ってくるけど、正直、自分の日常は結婚をイメージできるような環境にはない。
そうしたことを言うと、必ず「努力しないから」とか「逃げてる」「自己卑下」みたいありがたいアドバイスをくれるんだけど、
俺は自信を持って日常生活の中で「逃げ」や「怠惰」な部分はないと断言できる。
ただ、物心ついた頃から「人並みのことが人並みにできない」という自覚はあった。
今で言えば発達障害なり何なりと診断されるんだろうけど、そんな診断をされたところで役に立たないから、
それでも人並み以下の結果しかでない。そんな毎日を生き続けている。
ついでに経済的に恵まれていない家庭に育ったから、人並みの消費文化を楽しんだこともない。
海外への家族旅行どころか、修学旅行以外に旅行に行ったこともないし、
ファストフード店以外の外食もほとんど経験ない。そういうことも多少のコンプレックスではある。
金がない生活が骨身に染みると、趣味や遊びに金をかけるってことが感覚として理解できないんだ。
(ネットは無料で楽しめるものがあるから、ネット使えるようになってからはたいぶ生活のクオリティは上がったけど)
今だってちょっと気を抜けば落伍者になりかねないという不安と戦っている。
生まれついての低スペ人間というのは、アクセル全開でも法定速度以下しかでない自動車みたいなもんなんだ。
かといって、ハードな知的障害者と違って国や周囲のサポートもない。
とにかく必死で食らいついていく。そういう生き方しか残されていないんだ。
それにも関わらず、周囲は呑気に「結婚したら?」「結婚しないと人並み以下」とプレッシャーをかけてくる。
特に一番言われて辛いセリフは、「もしかしてゲイ?」とか「その歳で童貞とか死にたくならない?」みたいなからかいだ。
ただでさえ、他人とコミュニケーションしたり、着実に段取りを踏んだり、凡ミスを防ぐのが難しい脳みそで、
一般人ならすぐに慣れるような仕事でも、毎日怒られながらこなしていくしかできないのに、
これ以上のものまで求められなければならないのか。そうしないと人生の落伍者のように扱われるのか。
そもそも、人間関係そのものから喜びを得られない体質なんだぞ。自閉ってのはそういう意味だ。
確かに高度成長期の時代は、俺くらいのアホでも周囲がお膳立てをして見合い結婚できたかもしれない。
だけど、人並みのコミュ力を前提とした恋愛を経なければ結婚できない現代において、
俺みたいなポンコツが結婚(して更にその生活を維持)することは、ほとんど夢物語に近い感覚だ。
たぶんDV人間とか、ストーカーみたいのは、俺みたいなポンコツが分不相応に人を好きになった結果なんだろう。
(俺は特に小中学生のころ、怒りをコントロールできず軽い傷害事件を繰り返してきた経歴もある。今は落ち着いたが)
別に世の中に恨み事を言ってるわけじゃない。「軽度障害者の俺も結婚する権利がある!」とか思ってるわけじゃない。
全くその逆だ。俺にはできないし、すべきじゃないことがわかってる。わかってるからこそ、「ほうっておいて」ほしい。
確かに表面上、俺は特別逸脱した人間には見えないかもしれない。
けど、それは全力で生きてきた結果として、ようやく人並みっぽく見えているというだけで、
一般人とは違ってそれ以上の余力がない。
(人並みといっても、東京住みのエリートでもないので、地方で実家暮らしの年収300万未満だし)
「努力してきてそんな低スペなの?」って煽られるかもしれないけど、その通りだ。それが低スペの低スペたる証拠だ。
こんな内容が散らかった下らない文章を書くにも、何時間もかけてないと形にならない。
一般人なら、こんな愚痴みたいな文章なら30分くらい書けるんだろうな。
努力もせずに愚痴っているならダメ出ししてやるのも一つの優しさだろう。
でも、一生懸命に生きている人間を更に追い詰めて何が楽しいのか。
世の中には低スペの人間が存在するんだ。助けれくれとは言わないから、せめてほうっておいてくれ。
少子化を加速させるという意味では迷惑をかけているかもしれないけど、それ以外では全く世の中に迷惑かけていない。
子育て政策のために独身税を取られるというなら、喜んで金は払う。
だから、俺たち低スペ人間にけしかけたり、からかったりするのはやめて、ほうっておいてほしい。
普通の人なら気にかけてもらえることが嬉しいのかもしれないけど、低スペ人間はむしろスルーされる方が清々しいんだ。
いろいろ矛盾してるかもしれないけど、これ以上うまく伝えられない。終わり。
例の生理について無知な童貞諸君がdisられまくっている件についてである。
発端の記事は「信じられないツイート」から唐突に始まり、女性の生理についての話を生々しく繰り広げる。
http://mutitumi.hateblo.jp/entry/2016/04/17/024520
曰く、避難所の責任者のおっさんが、生理用品のナプキンをエログッズだと思って送り返した事件があったと。
それはけしからんと。
姉ちゃんが女体の神秘についてちゃんと教えたるけんねーと。
え?見知らぬ他人のツイートが一次情報?と思ったがまあ最初はスルーした。
はいはい無知でごめんなさい未婚でごめんなさいついでに童貞でごめんなさい
しかし、ここまで好き放題言われてるわりには、その根拠であるニュースソースが全然見つからない。
てか生理用品って、いつも水・食料の次くらいには優先されて送られてると思うのだが・・・
東日本大震災ではわりと大きく被災した県に住んでいたし、親戚が原発事故の影響をもろに食った地域にいたので、
当時からTwitterやはてブは齧り付くように見ていて、震災・原発に関するいざこざには一通り目を通してきたつもり。
そのはずなのだが、「生理用品をエログッズと勘違いして送り返したジジイがいた」という事件があったとは初耳だった。
そんな事件があったなら当然Twitterでは騒ぎになっただろうしブコメも山のように付いたはずなのだが、探してもどうも一次ソースと思しきものが見つからない。
まず東日本大震災直後から熊本の震災の前日までで、それっぽいワードでTwitter検索してみた。
確かに「生理用品をエログッズ扱いして送り返したジジイの話」を呟いているアカウントはけっこうある。NHKの番組で見た、という証言もある。
だが、目を通した全てが伝聞情報でしかなかった。一次ソースへのリンク、番組の具体的なタイトル・内容などに言及しているツイートは一つも見つけられなかった。
加えて、震災当時に遡るほどジジイの登場頻度は下がる。ジジイがよくTLに登場するようになったのはここ2~3年ほどである。どうも辻褄が合わない。
発見したニュースの中で唯一ソースと言えそうなもので閲覧可能だったのは以下の記事。
http://www.news-postseven.com/archives/20110403_16444.html
ただこのニュースの中には「生理用品をエログッズ扱いして送り返したジジイ」は姿形もない。
女性用品を救援物資として持ち込んだが「そんな要望はないんだよな」と無下にされた、ムートンのブーツがなんなのか理解されずに受け取ってもらえなかった。という情報以外は読み取れない。
ブーツが受け取られなかったのは確かなんだろうが、生理用品その他の物資がどうなったのか?などはここからは分からない。
で、上の記事タイトルで検索したら関連ありそうな記事が2つ見つかった。
http://www.news-postseven.com/archives/20110401_16362.html
http://media.yucasee.jp/posts/index/7094
出てくる単語が一致するのでこれらの記事は同じ事案について書き方を変えただけのものだろう。
ピーチジョンだから当然物資の中身は女性用品。その中には生理用品もある。
↓
↓
やっと辿り着いた避難所で「そんな要望出していない」と無下にされいじける
↓
記事内容は実際けしからんし、たらい回しは気の毒だったが、熊本の震災では政府から直接ボランティア自粛を求める声明が出たように、
個人での物資持ち込みは現場のオペレーションを激しく乱す行為であると最近だいぶ周知されてきている。
震災当時は憤慨する人も多かっただろう。が、今となっては「まあそうなるよな」である。
ここまで実態が具体的になっても出てこないのでは、このソースは一次情報としては使えんことになる。
DTジジイは結局Twitter上で伝聞情報として語り継がれているものしか発見できなかった。
核になりそうな情報はポロポロとは見つかるが、そのものズバリな情報は存在しないと言いきっていいと思われる。
自分の中では「生理用品をエログッズ扱いして送り返したジジイ」の存在は都市伝説の域を出ないと結論せざるを得ない。
うん、まあ別に構わんよ、根拠がなくても。議論が深まっ太郎でも。実際良い啓蒙にはなっただろうよ。
でもな、他人の伝聞を一次ソースにするのは愚の骨頂だ。それは震災以後デマやヘイトに晒され続けて骨身に染みたよ。
見知らぬ他人の伝聞なんて、伝言ゲームの中でいくらでも盛られるし、改変される。とても信用するに値するものではない。
人は自らが信じたい情報を率先して信じるというのが、オレが震災を通して得た教訓の一つ。
別にでっち上げでも何でもいいの、自分がその情報でハッスルできれば。
一緒に騒げる仲間が多ければ、なおさらそれに気付きづらくなる。
自分では常にそれに気を遣っているつもりでも、どうしても自分が信じたい情報には気を取られるしな。これは本能に近いものがある。
この件がデマだったとして誰も傷つけてないし世の中の啓蒙になるんだから良いだろ、と言われたら返す言葉もない。
が、東北の震災を経てきた身としては、デマを真に受けた第三者達が当事者不在のまま好き放題騒いでいるということが不快でしょうがない。
勉強になるならないとか関係ないのよ、俺達が5年間我慢してきたのはなんだったのよ、何も学んでくれなかったの?あなたたちは。
まあ実際これが全くのデマなら、傷ついた人間も被害を被った人間もいなかったということにもなるし、喜ぶべき事なのかもしれないが。
DTジジイがみんなの心の中にいるおかげで、被災者達に適切な物資が行き渡るなら、それはそれでいいのかもしれない。
でもやっぱり納得はいかない。納得がいってない男がここにいることは理解して欲しい。
<追記>
という人も多いんだろうと思う
わかるよ、とってもわかる
だって、平和に何不自由なく暮らしてる場所で、いきなり水の箱を何十個も送るとか言いだす人を見たら変に見えるもん
あ、ちなみに俺は元熊本県民、元阪神大震災経験者だけど今回の地震の被災者ではないとだけ一応
あと、今は物を送るな、今は行くな、って言うのが理性的で正しい行動と信じている人もわかるよ
物より金がいい、っていう人のこともわかるよ
だってそうだよね、パニックな時に何かしたって、かえって現地に混乱が広がるだけに思うよね
でもさ、違うんだよ
これ全部違うんだよ
いま水が必要な人がいるんだよ
いま食べ物がなくて困っている人がいるんだよ
落ち着いて金が来る頃には生きてられないかもしれないんだよ
経験したことのある人は、場所によってはこれがオーバーじゃないのわかるだろ?
確かに、慣れない者が、自分が食べる物もないくせに、やったこともないボランティアしようとするとかえって迷惑なのはその通り
でも、いま必要としている物資を、いま持ってきてくれる人ほど有難いものはない
もちろん、持ってきた以上消費して帰ったら無意味だよ!
最短でさっと来て、物資を置いて、出来ることだけして出来ないことはせず、長居せずに帰る、これは役に立たないわけがない
そうだろ?
どう考えても役に立ってるだろ?
支援物資、今送っても、という人がいるけど、いまは被災地がうまく回らないので受け付け停止になっている
そもそも送れないからね
荷物を受け付けてくれるようになれば、もはや何も心配せず送ればいい
大歓迎
モチベーションが偽善でも不純でも、何かをしてくれたら助かるのは当たり前
やってもらった側はその人のモチベーションなんかどうでもよくて、ただありがたい
道の復旧、インフラの復旧、そういうのが全て終わって街は元どおりになったとしても、傾いた個人の家や家具は最後まで片付かない
おばあちゃん1人でこれを片付けるのは不可能なので、最後の最後まで、ボランティアはありがたいです
・出来もしないことをしようとする人
・現地の物資を消費する人
・目的なく来る人
だけであって、
・物資を持ってきてくれる人
・役立つことが出来るし、する人
は何も迷惑じゃない
どう考えても迷惑じゃない
ただ、多くの人は、何も出来ないし、何も持って行けないので、理性的であろうとする人が言う通りに動くことが、結果的に正しくなる
これは悲しいけど現実
でもそれは、次善の行動なわけで、全員にとって絶対に正しい常識でもない
自衛隊や掘削のプロや、炊き出しのプロ、まあ、なんでもいいから、役に立つことが出来る人が行くことは、今すぐでも意味がある
水や食料を今すぐに避難所に持って行く人がいれば、それは来年お金をくれる人より、骨身にしみてありがたい
みんな、出来ることをしよう
しないことの理由を探すのが、知的で常識的で理性があるわけじゃないぞ
ましてや行動に起こす人を批判するのは下の下だ
ただし、出来ないことはくれぐれもしようとするな!
線香花火を儚さの象徴として、恋心が薄れることの寂しさを歌った歌はたくさん存在するのだが、もやしの足の速さで、恋愛感情の移ろいやすさを歌った歌は存在しない。なぜか。
なぜかはわからないけれども、どうも食品というものは、恋愛なんかのような真面目な事象をを象徴するにはふさわしくないものと思われているらしい。
歌、漫画、小説、映画などで食べ物の名前をタイトルに入れた真面目なコンテンツはおそらくそう多くはない。
ほろ苦さを象徴するチョコレート、甘さを象徴するイチゴ、甘さの中の酸っぱさを象徴するレモン、オレンジなどの柑橘類くらいであろうか。
最近、漫画を読んでいる時に、食べ物が象徴的に出てこないか気をつけながら読んでいるのだけど、岩永亮太郎「パンプキン・シザーズ」と、小池田マヤ「聖 高校生」は印象的だった。
ネタバレ気味になるけど、パンプキン・シザーズでは、戦後復興を担当する主人公が、復興を妨げる抵抗勢力の強い抵抗のことを南瓜で例えていて、
聖 高校生では、日本人とフランス人とのハーフの登場人物が、本名のジュンではなくジョーヌ(フランス語で黄色、黄色人種の意味)と呼ばれていじめらてていたのだが、主人公に作ってもらったオムレツに対して優しい黄色という感想を持つあたりは印象に残った。
食べ物は真面目なコンテンツには向かない。だが、コメディには向いている。
映画ならUDONといううどんをタイトルにした映画があったし(見てないけど、ユースケサンタマリアが主演ならコメディだろう。)、「お前なんか、NY(にぎってやる)!」で有名なスシ王子!などもあり、何故かコメディは多い。
また、漫画の話になるけど、以前「ゆゆ式」のセリフの中に食べ物がどれくらい出てくるのか調べていた事があったのだけど、あの、パソコンで調べる部活のテーマのうち、1/3~半分くらいは食べ物だ。
なぜかは分からない。だが、そうだった。
もしも貴方が、歌を作ったり、漫画を描いたり、小説を書いたりするのが趣味で、今までにない斬新な表現を追い求めているのなら、是非もやしをつかって恋愛の歌、恋愛漫画を描いてみて欲しい。きっと、何故いままで世の中に無かったのかが骨身に染みることになるだろう。
あっ
お金で買えないものもあるけど、それはお金の便利さが骨身にしみてる人間が言わないと負け惜しみだぜ?
いや、お金がないなりにはいい思いさせてもらってる人だけど、それは誰かが儲けるために僕が必要だと思って、僕の分まで持ってくれてる人なわけだよ…ほとんどの場合。まれに棚ボタもあるけど
自分の生活が良くなってほしいと思ってない人の仕事は請けないほうがいい。ものにもひとにも値段がついててタダじゃないことを知ってる人間の仕事しか請けるべきじゃない。報酬の有無ではなく、案件の問題として
プロ意識なんてものはプロだと認めてる人にしか出さないし、それは誠意として見返りを用意してもらうことでしか出せないんです…逆に言うとちゃらんぽらんな奴でも敢えて報酬を発生させて「これだけの責任があるよ」と示すのも1つの作戦です
痴漢とミニスカ一緒にされてもなぁ…。これはあるスウェーデン人も指摘してるけど、日本人は上半身の下着が見えそうな格好には過敏なくせに、下半身の下着が見えそうな格好を簡単にしすぎ。自覚位あるのかと思ってたが、ないとすれば重篤
聞けば聞くほど、女性によって「これは男から誤解されるだろう」という行動を意識して自衛できる人と、半ば危うい行動をとって「男って酷い」というパターンとある。まぁ、何に対してもそうだけど、起こるべくして起こる事故もあるよね…。被害者は被害者でも危うきに近寄らないのもまた必要なわけで
女性が悪いとか悪くないとかそういう話じゃなく「確かに加害者よりは悪くないし、あなたは被害者だけど、全く落ち度がないわけでもないよね?」という案件もちらほら見かけるからこの手の話は落とし所が難しい。…何に対してもあることだが、女性に男性が言うのはアンタッチャブルな空気が強すぎてねぇ
因みにさっき話した搾取サークルの決まり文句は「お客様ツラをすんな!」。この言葉でイベントの企画から司会、会場の手配までぜーんぶ末端会員に丸投げしようとしやがった。幹部は気に入らない時に口出すだけ。アホかっ。
それって、僕が前に「オタク趣味として洗練されてないから女性を募集して潰れちゃうんだろ?」と言い放った(なぎささんの話によく出てくる)あのサークルでしょうか?よく聞いてるけど、1つも同情の余地がある話が出てこないですね…
は?