はてなキーワード: 院生とは
まあ、ワイは大学を機に上京したから出身の地方から見たらそう見えるかもしれないな。
幼稚園、小学校、中学校は私学だったので、県のお金を使ったのは高校だけと言えなくもないかもしれないけれど。
大学は公立で大学院まで行ったけれど、その辺は稼いだ分が国税に吸われてるからフリーライドでもなくないか?と思う。
それを言うなら、大人になってからは稼いだお金が国税にとられ、地方交付税交付金として出身地方に配られているはずで、言うほどフリーライドではないと思う。総務省には人の金使ってて偉そうな顔すんなよって思う。
学費を幼稚園から大学院まで払ってくれた親に別に仕送りとかしてないのでそこもフリーライドっちゃフリーライドだね。
ただ、「うちの子〇〇に通ってるの」だの「うちの子〇〇で働いているの」だの言えるようにしたのでその分はお互い様だと思ってる。未婚の兄弟とか院生のころのワイとかを表に出すのを露骨に嫌がったのを感がえると、そういうことを言える分だけ投資分回収しているだろって思う。
大学院を中退して久しい。記憶が正しければ、私が大学院中退を決意したのは6月末であったことから、あともう少しで半年が経つ。
さて、就活についてはようやく良い風が吹いてきた。金融の、ある分野において業界上位三位以内の地位にある企業の最終面接の一歩手前まで進めることができている。
一部上場のIT企業(Sier)については、最終面接を控えるところまできた。ESを提出した後に任意の質問会をやると聞いたのでそれに参加してみると、人事が質問会で「この質問会でESブラッシュアップしてね」なんて言い出した時は冷や汗が止まらなかったが。
どちらの企業も来週面接であることから、中々にプレッシャーではあるが、何とかなるだろう。
ところで、前回の記事で「まあ、プライドが高いお前は上場企業じゃなけりゃ満足しないんだろう(⇔身の程を知れ)」といった趣旨のコメントが付されていたが、当然である。プライドが高いからこそ、私は結果を出せないと満足できない。そのお陰で、就活もここまで進めれている訳だ。実は、総合商社の中途枠についても、二次選考まで進めれていたりもした。とは言いながらも、今現在も無職であることには変わりがないことから、彼彼女をあざ笑うにはまだ時期尚早ということで、この程度にしておく。内定が出たら改めてあげつらう予定だ。
エントリー中はなりふり構わず履歴書を送りまくっていたし、後輩にESや面接の方針について教えを乞うたりもしていたので、どちらかというとプライドをかなぐり捨てているような気もしたが。キレてノートパソコンを叩き割ったりと結構な醜態を晒していたし。
さて、私は上のどちらかの企業で王手をかけて上がる予定でいる(が、一応今も履歴書は送りまくっている)。金融の方はやはり選考難易度が高いことからまだまだ気は抜けないが、ITの方はコロナ禍であるにも関わらず敢えて増員していたぐらいだし、「最終面接で落ちることは基本的には無い」というのが就活サイトでの定説である(らしい)から、余程の地雷を踏みぬくか、ドジを踏まなければ内定は出ると睨んでいる。金融の方で面接を何度もしたから、これが活きてくれば良いのだが…。
そんな時、「私は一体何をしたいのか」と考えた。前の記事でも書いたが、私は資格を取ってプロになろう、という心づもりでいた。実は、この思いは今でも捨てきれていない。
そして、その資格であるが、実は金融ともITとも親和性が良いのだ。シナジーが大きいだけでなく、その両者について深い理解をしている有資格者が少ないことから、収入の面でも大きく期待できる。社会にも十分貢献できると思う。
ただ、金融 or ITのプロとして生きていくのも楽しそうだと感じるのだ。
金融については所謂部門別採用ではないため、基本的にはその足で走り回って数字を上げることになるだろうが、人と話すのが好きな自分としては極端な苦手意識はない。一時はクラブナンパなんかもしていたぐらいなので、目の前で蹴り捨てられる程度じゃヘタレることもない(流石に悪意むき出しの悪口を言われた時は少しキツかったが)。また、金融については学部・院生時代にある程度かじっていたので、苦手意識は全くないどころか得意と言い切ることもできる。勿論、いわゆる金融マンであることから死ぬほど大変であろうが、楽しめる気はする。
ITについては、大昔に自分でパソコンを組んだことの他、ネットサーフィン経験を通じてセキュリティ・ネットワーク周りのことを最低限身に着けたことを除けば、全く知識がない。今現在基本情報技術者試験の勉強をしているが、何が分からないのか分からない、という部分が大半である。ただ、参考書を見た瞬間に脳がストレスを感じる、ということはない。Javaの解説ブログなんかも流し読みしてみたが、面白かった。全く適性がない、ということはないと思う。金を産めるか、という質問について胸を張ってイエスといえる自信はやはりないが。
就活生は、どのようにして自己のキャリアを定めるのだろうか。学部時代のある友人は、憧れを理由に、その企業を選んでいた。金を理由にその企業を選んだ友人もいる。その企業の製品が本当に好きだからということで、その企業へ進んだ友人もいる。
どの友人も、見事であると思う。内定をきっちりと取り切っているし、何より行動に対する結果が伴っている。そして、今も尚働いている。素直にすごいと思うし、心の底から尊敬している。将来的に転職をすることになったとしても、私からすると学部時代にそのようにはっきりとしたキャリアプランを持つことができていたことそれ自体が大変素晴らしいことだと思う。
私自身、それなりに将来のことを考えて進路設計はしてきたつもりだったが(母親に奨学金を使いこまれるのは流石に予想外だったが)、良いように言えば知的好奇心が強い、悪いように言えば器用貧乏なタイプなのだ。この性格から、上記の企業で知識を身に着けながら学部時代より抱いていた思いを実現するべきか、それともその道のスペシャリストとして生きていくべきか、と今もくよくよと悩んでいる。一刀両断的な判断はあまり好まないため、どこかでグレーゾーンを設定して落ち着くことになるとは思うが、今現在それを設定できない自分に対するもどかしさは結構感じている。
他人の陰湿な子供なんてほんとに無理。私も院生のとき先生がやたらと子供とか友達とかを招く人で、付き合わされていた。
会社員になってみて思うのは、これは完全に決めつけなんだけど、
社会人経験のある先生は別として、大人になってからずーっと大学や研究所に居れる人(研究実績を残せる、残せなくても研究し続けられる集中力とか図太さがある)って、ちょっと発達障害のケがある人が多いと思う。
コミュニケーションに難があるとまではいかなくても、ちょっと変だなって人が多くて、家族との関わりとか、内と外、公私の境界とかがあやふやなんだなって思う。
子育てする側もされる側も大変なんだろうなーって一歩引いた目で見下してる私は最低人間です。子供が来る日は体調不良で早退するか研究に集中する日にしたいな…
正直限界なので吐き出させてほしい。
私は現在M1で、今は土日も含め、ほぼ毎日のように研究室に通っている。
コロナの影響で思うように研究が進められなかった時期もあったので、今は毎日が充実していて楽しい。
教授は私の指導教官であり尊敬している相手ではあるんだが、ゼミの行事に何かと子供を連れてくる。
私はもともと子供が苦手なので、学部のころのゼミ合宿などでは、先輩や同級生たちが子供の面倒を見ているのを遠くから眺めていた。
院生になってから、教授が研究室にも子供を連れてくることがあるとわかった。
頻繁に連れてくるわけではなく、2~3か月に1回ほど、両親とも仕事で保育園にも預けられない日?(そのへんの詳しい事情はわからない)に仕方がなく…という感じなので、文句も言いづらい。
教授が仕事をしている間、その日に研究室にいる学生やスタッフで息子の面倒を見るんだが、これがかなりしんどい。
この息子は学生を完全に舐め切っている。
学生たちが教授の目を気にして息子に強く出られないことを理解しているため、嫌いな学生に対しては教授が同じ部屋にいるときに、こちらにだけ聞こえるように嫌味を言ってくる。
多分学生が子供相手に本気で怒るなんて大人げないと思って我慢することも理解したうえで陰湿な攻撃をしてくる。
先述したとおり私は子供が苦手なため、他の学生のように息子のことをチヤホヤしないのが気に入らないらしく嫌われている。
この間会ったときには「またお前かよ」などと言われて絶句してしまった。
教授は一応学生に子供の面倒を見てもらっていることを申し訳なく思っているのか、たまに夕飯をご馳走してくれる。
この夕飯はご自宅に招待していただくかたちになるので、もちろん息子に会うことになる。
正直行きたくないが、この先の進路のことや研究室での立ち位置を考えると、断ることはできない。
初めてお呼ばれした日には、息子に「どうして帰らないの??」と何回も言われた。別にこっちだって好きで来ているのではない。
先輩が一度教授に相談したことがあるらしいが、教授は自分の息子がそんな陰湿なことをしているとは想像もしていないみたいで、軽く注意して終わってしまうらしい。
息子も教授の前ではかなり大人しくしているので、そこがまた腹が立つ。
正直息子に会いたくないので研究室に行くのが億劫になってきた。
そんなの気にしなければいいというのはわかっているが、子供とはいえ他人に理不尽な悪意を向けられることや、それに傷つく自分の大人げの無さに自己嫌悪するのが嫌だ。
教授もどうかと思う。私は研究するために大学に通っている学生である。教授のベビーシッターではないのだ。
子供が全然かわいいと思えない私が悪いんだろうか。子供相手にイライラしている私が悪いんだろうか。
自分で産んだ子なら多少はかわいいと思うかもしれないが、他人の子供、それも私に明確に悪意を向けてくる相手に対してかわいいなどと思えるわけがない。
こんなバカなことで大学に行きたくないと思う日が来るとは思わなかった。
たくさんご意見ありがとうございます。
自分の視野が狭くなっていて、大学側に報告するという当たり前の選択肢が見えていなかったことに気づかされました。
研究室内はもう子供のやることは目をつぶろうという空気で、先輩方にもやんわりと我慢するように言われたり、同期には先生に協力しようという気持ちがないのかと叱責されたりしたので、もう私が泣き寝入りするしかないと思い込んでいました。
とりあえず今日、生活課にこんな時期に研究室に部外者が入り込んでいることについて大学側はどう考えているのかと聞きに行きました。コロナが完全に落ち着くころには私も研究室を出ているはずなので、とりあえず数年間息子の出入りがなければいいかなと思いこのような理由をつけました。
生活課の方は一度事実を確認しますと言ってくださったので、何かしらの対策はとってくださると信じています。
情けない話ですが、教授や息子に直接言えるほどの勇気がなかったので、教授より上の人間に言ってもらう方向で解決しようと思います。
現在10/5(月)の夜ですが、今日から研究室に復帰しました。今日は片付けだけでなにもしませんでしたが、意外と皆排斥せず受け入れてくれて有り難かったです。申し訳ないです。
「今日からお世話になります!あ、留年が決まりましたので、あと1年半よろしくお願いしますね!」と挨拶回りをしました。
自分も増田と同じ有機合成専攻で、M1の3月に東日本大震災に遭って就活も修論もやる気がなくなり、大学に全然行けなくなって就職決まらず卒業した。(以下略)
増田で有機化学の人なんて見つかると思っていませんでした。コメント有り難いです。震災の時もやはり色々大変だったかと思います。
私はひとまず修士は出るか、と心に決めましたので、頑張りたいと思います。
こないだ久しぶりにマクマリー(学部の有機化学の教科書)を読んで、自分有機化学好きだったな、と思い出しました。
そうだよ、私有機化学好きだったじゃん。巻き矢印とかが楽しかったから有機化学来たんじゃん。高校生の時にカルボン酸とかせっけんとかアセチルサリチル酸とか作ったのが楽しかったから化学科来たんじゃん。
というか有機化学得意じゃないっつったってさ、比較対象は学年首席とかな訳で、まあそれと比べたらちっとも勉強は足りなかったが、有機化学の院生に最低限求められている知識は有していたつもりじゃん。研究室内学力テストだってギリギリだけどパスしたじゃん去年。(でも半年引き込もって多分結構忘れているからまた勉強しないとな……。)
中小製薬は人手不足ですか、本当ですか?製薬は興味自体はありますが、化学の人からすれば薬学部生と争う必要があって狭き門だからあまり視野に入れていなかったのですが、入れそうなら説明会くらい行こうかな…今年はネットだろうしな…
途中自分語りが入ってしまいすみません。なんにせよ頑張ります。コメントありがとうございます。
・研究ってやったからといって結果が必ず出るわけではないけど、やらなければ結果がでることは絶対にない
ある種の信念というか自信がなければ、結果が出るまでやり続けるのはつらい
そうした信念や自信に根拠がないことも多いし、根拠らしきものがあると思っても見当違いだったりもする
自分を信じられるようになるまで、結果がある程度見通せる仕事に就いたほうがいいかもしれない
心にささります。ある種の自信が無いと研究は続けられない、それはそうだな、とすごく分かります。私は少なくともアカデミアは向いてないです。
トラバを汚してしまってすみません。あなたの日記はとてもとても共感しながら読みました。
あなたが、中退という形になりましたが、無事就職できたようでよかったです。私はつまりあなたの過去を歩んでいるので、あなたのこれからについてあまり言えることが無いですが、あなたが納得できる人生を歩めることを望んでいます。
すごく理性的でためになる文章です。ありがとうございます。いわゆる「本当に適正のない」1-2割から「可もなく不可もない」7割にいけているかの自信が無いです。そこそこの条件検討を、先生に許可とってから振ってます。今、ちょうどテーマの切りがよくて、新しいテーマを自分で考えろと言われてすごく困っています。たかだか修士に無理では…?とも思うし、それが出来なければ修士ではないのでは…?とも思ってすごく困っています。せいぜい今までのテーマのまじでちょっと変えた派生しか出てこないです。色んな後輩とか助教の先生とかに助言を聞こうと思います。
私は元からアカデミアは目指していないので、そこは大丈夫です。アカデミックは向いてないな、と研究室入ってすぐ分かりました。
余談ですが、教授の性格はまさに「図太く、楽観主義的で、かつ超強烈な自我をもっている人」なので、先生は
教授に適正があったのだな、なれてよかったな、と思います。あの楽観主義はどこから来ているのでしょう、すぐ上手くいくよ!とすぐに言います。すごいですね。
うちの学科の卒業生でITに行く人はそれなりにいます。やはり院生の肩書きは求められているのですね。
学部の教養の授業でさわりだけ(if文くらいまで)触れたC言語は超楽しかったので、プログラムを書くことの適正が全くない訳ではないとは思います。
ただネットワークとかパソコン関係、機械操作にに全く強くないしあんまり興味ないので、それだときつくないか?と勝手に思っています。理系だからね、周りに私より機械に詳しい人が沢山いたらわざわざ覚えようとは思わないよね。
あと増田はIT系の巣窟だからすぐ引っ張り込もうとするが、あんなにITつらいの文章で溢れているのにみすみす行こうと思うのか、いや、ない。
増田の皆様のおかげで場末の大学院生の退学を阻止できたということで、誠にありがとうございます。
間違いなく僕はキモオタなのだが、研究室に集まってくる学生が思ってたのと違う。
研究する上で、間合いを保ったままズバズバ突っ込んでいくオタク同志のコミュニケーションは楽しいんだけどな。
こうもっと、ラフで気楽な壁にアニメのポスター貼っちゃう院生が居そうな研究室にしたかった。
実際は学力低めのチャラ男ともヤンキーとも言えないマイルドな無気力学生ばっかり入ってくる。
劣った男に関わりたく無いという理由なんだよ
うん、だから男性に男性らしさを押しつけているから「劣った」っていうのが出てくるんだよね?
劣った男がいたっていいし別にそれぞれで構わないのに「劣った」っていうマウティングしている時点で
貴方は家長制度の男がうらやましかっただけ、貴方は課長に成り代わりたいだけ。
好きにしろよ、専業になりたい女性だっているし別にそんなもんは好き好きにしろ
自分より弱い物しか愛でることが出来ないって言っていてそれって家長制度の男と一緒だよね?
でも、大型犬飼ってるよね?怪我なんかで見にくくっても飼ってる女性も男性もいるよね。
みんながそうであるって考え方って家長制度のモラハラする家長と同じなんだけどわかってる?
とかなら例外的にいいと思うけどね
貴方はとても心が醜いよ
アドバイスは求めてないと思うけど、学費含めたお金の問題をクリア出来るのであれば留年して修士課程を修了したほうが良いんじゃないかな。
①「バイオテクノロジーってカッコ良さそう。」というノリで生物系学科に進学する。(勉強はあまり出来ないのでB4でピペドとなっていた。)
②「リーマンショックで不景気確定なのに就活やりたくないよ~」と言って大学院へ進学する。
③B4時から薄々感じていたが周りの人間のレベルについていけなくなり引きこもりっぽくなる(当時は一人暮らしていたのでアパートとコンビニとATMを往復する毎日であった。)
④自分と連絡が取れなくなった指導教官が両親に連絡して心配してアパートに来て自分を連れ出し嫌々ながら研究室に行くようになる。
⑥除籍は流石にマズイので先輩から実験データをもらって何とか修論を書く。
大学院で研究に打ち込んだ事はいい経験になるみたいなことを言う人いるけど自分にはそれもない。修論の実験データも先輩からの貰い物ですし。
それでも修了しちゃえば修士号持ちになるわけで、就職する時に大卒より高い修士卒の初任給を得たのよ。
あの時は本当に大学院行って良かったと思ったよ。
多分創作増田だけど、ポスドクの彼氏と別れるか悩んでるやつ読んで、自分も文系院生(その後ドクターに行ったけど、特にめぼしい業績を残せず学問の道を去ったらしい)の歳上彼氏と別れたのを思い出した。
男は奢れ!とは思わないけど、私が稼いでるからって理由で歳下なのに多めに払わされるのは納得いかなかったし、「議論が好き」って言いつつ、話の腰を折って言葉で相手をねじ伏せるのが好きな人だった。
何が面白いって、親の金で私立の中高一貫男子校を出て、浪人して、やっぱり親の金で大学院行ってるのに、自分のことめちゃくちゃ貧乏人だと思ってたこと。「俺なんて、万引き家族だよ笑」っていうのが口癖だった。
一人当たり申請上限額(院生希望図書 30,000円、学生希望図書 15,000円)
年間予算額(院生希望図書 200,000円、学生希望図書 50,000円)
・申込みの上限 年度において1人3冊以内かつ合計金額が20,000円以内
年度1人当たりの購入上限冊数 7冊
税込み価格が10,000円を超える図書は附属図書館選書委員が購入の是非を検討
和書・洋書とも、図書1点当たりの定価が、1,000円以上、50,000円以内のものに限る
当該年度につきリクエストできる冊数・金額の上限 年10冊まで(月5冊まで)、合計金額が3万円以内
価格(税抜き定価)が1,000円に満たない、もしくは30,000円を超えるものは対象外
一人が同一年度内に申し込める上限 原則として12冊まで、もしくは総額120,000円まで
リクエストできる図書 希望者本人以外にも広く利用される図書であること
2週間前、東京で就職した友人が戻ってくるので、研究室仲間で先輩後輩みなで集まって飲んだ。久しぶりに揃う顔を見て楽しかった。
その中で、ひとり喧しく飲むヤツがいた。少々奇抜な格好をして自分なりの美学を通す彼は、もう30才。別の帝大卒で院から京都に来た彼は、修士、博士と順調に進み、いまや文系満期退学だ。来年3月だったか再来年だったかに博論を出さねばならないが、あまり書けていないらしい。
大きな声で話しながら、飲むだけ飲んで、一軒目も二軒目も払わずに帰っていった。きっと金がないんだろう。以前は、よく飲み歩いて、酒場や盛り場の世情を語り、抱いた女の数について自慢していた。それでも一桁だったと思う。
東京で就職した仲間は、激務ながら圧倒的な能力で仕事をこなし、すでに昇進したらしい。大変だろうが頑張ってほしいと思う。
一方、その喧しく飲む仲間は、いまだ何をやっているのか、何をしたいのか、よく分からない。Twitterでは数千人のフォロワーがいるらしい。ただ無意味なボヤキの垂れ流しなので、もう長いこと見ていない。
本人は一端の文化人、評論家、思想家のつもりらしい。しかし、誰でも分かると思うが、本当に才能のある人物は、だいたい20代で業界のトップ集団に手が届く位置にいる。その意味で、彼は、ごくごく普通の人、ただの一般人なのだ。
久しぶりに会った友人らは、会計を払いたくないために先に帰った彼の背中をみて、誰となくぼやいた。「心配だけど、救い難いな…」と。
単著もなければ、メディアでの露出もない。論文の数も多くはない。Twitterやyoutubeでワイドショー芸人と同じように振る舞って、身内からの僅かな称賛と日銭を得て、貧しく楽しく暮らす。
別に本人の意志だから構わないが、もう顔を見なくてもいいかな…と思った。そりゃぁ、芸人よりは知的だろう。しかし、博士を持っていなければ学者ではないし、単著がなければ作家でもない。トップクリエーターでもなければ、仕事に着いてもいないので職業人でもない。
つまり彼は何でもないのだ。友人らと共通した彼への見解は「博論のためにも、とりあえず定期的に働いたらいんじゃないか」というものだ。本当はサラリーマンになるのが一番よいだろう。
左京区に長くいると、何かしらの文化に触れて、自分も何者かになれるのでは…?と勘違いしてしまう。しかし、一般人がそう思う頃には、才気煥発の本物はすでに「何者かになっている」し「名を上げている」。
以上、友人が勘違いしたまま30代になった話。森見登美彦「四畳半神話大系」の中盤ループに出てくる先輩化した友人をみて、悲惨だな…、これこそ京大院生エレジーだな…と思った。友よ、働いてくれ。
俺は長年の田中芳樹ファンだけど、残念ながらその頃と今回とでは「当たり前の批判」の社会的意味が違うんだよ。認識をアップデートしてよ。
タイトルの通り増田は20年来の銀英伝ファンですが、私が銀英伝を知りネットの掲示板や個人サイトなどを見始めた当時から、ファンによる「銀英伝の女性キャラはステレオタイプ過ぎる」とか「田中芳樹は女性を描くのが下手」みたいな批判は当たり前のものとしてありました。今回炎上した冒頭のツイートもそれと同系統のものであり、作品内の女性の扱いに対する感想としては見慣れた内容で特に違和感はありませんし、個人としての違和感を述べたうえでリメイクにあたってのアップデートを希望するものであって、それ自体問題があるものとは思えません(なお、「Die Neue These」はリメイクではなく「原作の再アニメ化」なので、その点は事実誤認なされているものと思います)
うん、銀英伝のファンのあいだでは「あいつ女を描けてねーよな」みたいな評は普通のものだったよね。そういう意味で、例の社会学者氏のツイートの認識はごくありふれた銀英伝認識を示したものだといえる。それだけを切り取ってみれば特に叩かれる要素はない。
でもさ、
ことと、
twitterという、簡単に支持者を社会運動に動員できるプラットフォームで、これまでさんざんコンテンツを燃やしてきた社会学者っていう属性の人が、表現の内容を変えるべきだと口を出したら、単なる批評の域を超えて作品へのバッシングを煽動してるようにしか見えないんだわ。
ジェンダーがどうこうというのも、そういうバッシングの際によく使われる常套句だからね。
「あっ、この状況、キズナアイバッシングで見たことある!」って思っちゃうんだよね。
実際にそれらの描写を変更すべきか否かはそれぞれで判断が異なるのは当然としても、こうした意見に対して「現代にそぐわないから変えろって言いだす社会学者やべえ」などと嘲笑するのは原作者のスタンスを含めて明らかに論点を見誤っていますし、「銀英伝を燃やしに来た」などと反応するのは過剰です。挙げ句に社会学者というツイート主の職業にフォーカスしてその職業全体を否定するような言説まで行うのははっきり言って異常だと思います。
もちろん、昨今のネットの社会学バッシングはどう考えてもおかしい。一部のおかしな社会学者の存在で以て学問としての存在意義まで否定されるべきではない。
ところで、「すべての男がそうじゃない」みたいな言い訳をする男に対してノットオールメンって言ってきたのってどういう人たちでしたっけ?
文系のはしくれとしてはノットオールソシオローグスと言いたいところなんだけど、フェミニズムに同調して社会問題に口を出してきた社会学者がそれを言うことは、まあ論理的一貫性の問題を惹起するよなあ。
本件もそうですが、ポリティカル・コレクトネスを巡る議論においては「過剰なポリコレを押し付けるな!」などと主張する批判側にも個人の意見に対して過剰かつ攻撃的な言動を繰り返す「反ポリコレを旗印に個人を抑圧するネット憂国騎士団」みたいな存在も目立ってきており、まともな議論が成立しづらい状況になっているように思います。
マトモな議論が成り立ちにくい環境を作ってきた責任を反ポリコレの側「だけ」に求められても困るんですが。
ポリコレが高邁な理想としての側面しか持ち合わせていなかったのであればともかく、実際には他の表現を抑圧する棒として使われてきていたという前史があった上での反ポリコレ側の過剰反応でしょう。
つい最近起きた騒動にだけ目を向けても、ジェンダーを専門とする社会学者によってキズナアイがバッシングされ、フェミニズムを掲げる弁護士や研究者によって献血ルームが攻撃され、「ミカンはお母さんが買うもの」などと宣うフェミ学者たちがラブライブの農協コラボを焼きに来た、といった話があって、その上で今回の社会学者氏の感想への過剰反応があるわけ。
ポリコレ棒でヒステリックに殴られてきた側がちょっとでもポリコレっぽく見えるものにヒステリックに反応するのは自明の理では?
悪いけど、ポリコレ棒を振り回して暴れ回ってきたポリコレ憂国騎士団の皆様にはもうウンザリしてるんだよ。
だからといってこちらも憂国騎士団ムーブをしていいことにはならないけど、ポリコレ側の憂国騎士団ムーブのことを棚に上げて反ポリコレ側だけを憂国騎士団と言われても困惑するほかないんだよね。トリューニヒトみたいな詭弁やめろ(憤怒)
実際問題、2013年の人工知能学会表紙事件以降、表現(特にオタクコンテンツ)をネットで叩いて社会問題化し、金と名声を得るというのは、社会学者の定番になってる。最も顕著だったのが宇崎ちゃん献血ポスター騒動
いや、ネットで表現を燃やしたところで影響力とか声望とか自尊感情とかはともかく金は得られんよ(少なくとも学者の世界では)。金目当てで彼らが動いているというのは被害妄想がすぎる。そりゃ有名どころのレーベルで新書とか書けばまとまった金は入ってくるかもしれんが、彼らは現段階ではtwitterで吠えてるだけで別に一般向けに売れそうな本を書いているというわけでもないし。
この界隈Twitterさえ見なきゃ起きてない論争多くない?ほぼネットそれもTwitterでしか「社会学者」を知らなそうな人多くない?
そりゃ、多くの人には表現を燃やしに来る「社会学者」の姿しか見えてませんし……
アカデミアあるいはそれと近いところにいれば、社会学といっても色々あって、ハマータウンの野郎どもを研究する人もいれば聖なる天蓋を論じる人もいて、ジェンダーやオタク文化に関心を持っているのは一部であり、表現を燃やしに来るのはさらにその限られた少数に過ぎず、もっと言えば社会学者といっても博士課程の院生から誰もが参照すべき大御所まで「権威」に勾配があることくらい理解しているだろうし「社会学者」を十把一絡げに論じるべきじゃないっていうのは自明の理なわけだけど、燃やされた被害者からはそのごくごく一部の姿しか見えないので。
アカデミアと縁のないそのへんのオタクにとって、哲学者や数学者や工学者や物理学者や言語学者や文化人類学者なんてろくずっぽ知らないのが「普通」でしょう。普通の人は良かれ悪しかれそんな学問について詳しい知識は持ってないんだよね(漠然としたイメージは持ってるかもだけど)。だからtwitterのオタクがロクに社会学者について知らないってのもある意味当然なのよ。
そんな学問についてよく知らない一般大衆は、まあ、自分たちの表現を燃やしに来た一部の社会学者の姿を見て「社会学者」のイメージを形成しちゃうよね。
もちろん「そんな社会学者ばかりじゃない」という異議申し立てはどんどんやればいいと思うよ。「そんな男ばかりじゃない」と同程度には正当性のある反論だろうし。
『ムーラン』と『銀河英雄伝説』が同時並行で話題になってホッテントリに出まくってるのに誰も『風よ、万里を翔けよ』の話してないのおかしくない!?
父:元気。今年定年退職。再雇用制度で働くか迷っているらしい。
弟:私立大学院生。就活に失敗し、学費を祖母を頼って無理やり進学。
弟:私立大学生。2回留年。コロナ直前の就活市場で内定を勝ち取るも単位が足りずに卒業できなかった。学費は両親が払った。
新入社員になる直前、母の病気治療のために家計が苦しくなるため、援助してほしいと言われた。実家出て一人暮らしするのに嫌や…と渋ったが事情が事情なので、毎月1万円を入れることにした。
その際両親とは、独身の間は払うが結婚したら払わないという約束をした。
今年に入籍。当時の約束を母に話すが、「父親が定年で、私も病気が進行してもう働けない。援助は止めないでほしい」と渋られる。
約束が違うし、なぜそんな財政状況で弟の留年を許した?父親は新車を買った?見直せる部分が沢山あるのに俺頼りなのはおかしい。気に食わない。払いたくない。
しかし、余命残り少なく、非常に弱っている母親の姿を見て感情がどうしても揺れ動く。
とりあえず、本当に足りないのか?
俺が払う1万でどれだけの事が出来ていたのか?
そのあたりを精査するところから始めるとするかな…
ちなみに妻は
「うちは財布が完全に分かれてるから、あなたが自分の財布から出すものに何も言えない。ただ、あなたと同じ立場なら払いたくない。気持ちだけ言ってしまうと、あなたには払ってほしくない」とのこと。
最初の1ページが書けないから相談に乗ってほしいと顔を近づけて勘違いさせてとっかかりを書かせる。後はどうしても続きが書けないとか教授のコメントがわからないとかずるずる巻き込んで最後までやらせる。
2.メンタルの不調を言い訳にして単位の救済措置を講じてもらう。
メンタルクリニックに行って今年に入ってから症状が悪化したと医者に訴えてその旨を診断書に書いてもらう。診断書を持って学部長のもとに行き、代替レポートの提出で勘弁してもらえるよう、学部長が首を縦に振るまで泣き落としで粘る。レポートは童貞院生にやらせる。
ババアの介護を手伝っていて就活できなかった、話だけでもとか言って採用担当者とアポをとる。そこからサシ飲みまで持っていき、飲みの途中でしなだれかかってホテルで一夜を共にする。そのあと弁護士を使って同意のない性行為をされたと会社を脅し、示談の条件として新卒採用してもらう。
デリヘルとか嘘ばかりついてきたこととかババアの死に際にセックスしてたこととか悪事の限りを心の中で謝って罪悪感を消してスッキリする。
20代最後の盆休み。大学入学からもう10年以上経つ。私自身をとりまく環境は数年に1度大きく変わるのに、私自身は何ひとつ変わらん。
大学は実家から通って、親父が仕事クビになって奨学金貰って学費稼ぎながら勉強して、大学院から違う大学行って貧乏一人暮らしを経験した。シンプルにキャパオーバーで、ずっとうすぼんやりと死にたかったことを覚えてる。のち無事に就職して縁もゆかりもない土地に来て仕事して、そろそろまた違うところに転勤。金こそ困らなくなったが、ずっと学生時代の金銭感覚だし、奨学金返すのキツイし、友人こそ居ても恋人はおらん。大学以降での友人も、そこまで深い付き合いにならず、引っ越したらそれっきりが多い。そして何より、焦りというものが全く無い。精神年齢が18歳で止まってる感覚。
来月で30歳。そこそこやりたい仕事もできてる、転勤はあれど納得はしてる、給与に不満はない。でも恋人もおらず、深い友人づきあいもせず、一生家賃5万で適当に過ごしていくんだろうか。学生時代に欲しかった安定した収入を得て、それを何年か続けることもできて、なんか仕事も好きになってきて、人生に余裕が出てきたからこそ、生き延びる以上の何かを考える、考えてしまう暇が出来てしまったのか。院生一人暮らしで死なずにすんだのも、学生のうちに一人暮らししてみたかったというモチベーションがあったからだ。仕事をやってこれたのも、自力で生き延びるという成功体験が欲しいというモチベーションがあったから。今、何もモチベーションにつながるものがない。
生き延びることは、多分出来る。生きることを、やりきる自信がない。あのうすぼんやりと死にたかった感覚は、余裕のなさという環境ではなく、自分の根源的な何かである可能性が見えてきた。
自分の根源的なものなら、どうにか折り合いをつけて生きていくしかない。肯定は出来なくていい。来月で30歳。次は30歳と1ヶ月を目標に生き延びよう。