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はてなキーワード: 文意とは

2021-07-27

anond:20210727012846

からオタクヤンキーは同根」と言ったんだけどね。つまり軽薄で近視眼的で半径50mのことにしか興味がない人たち。

そういう文意を読み取れない奴が「元増田全く読んでなさそう」とかズレたことを言ってるけど。

2021-07-26

anond:20210726155050

それ言ったら厳密には殺さないとだめになるんじゃないの。

てなわけで元増田も厳密な意味で縁が切れたとか使ってるわけじゃないと思うし全体の文意が分かるなら問題ないんじゃ。

かいことに気を取られて読解が進まなくなるのはよくない傾向。

2021-07-24

はてブヤフコメAPI導入の件

このシステムヤフコメでは確かに効果が出ていて、導入後はかなりコメント欄治安が良くなった。今のヤフコメが優れた言論空間になってるかと言われたらなかなか首肯しがたいところもあるが、それでも、NGワードが平気で横行していた頃を考えれば雲泥の差だ。

それでは、何故はてブあんまりうまく行っていない感じなのかと言うと、はてブ問題のあるコメントって文面だけ捉えればマトモだからなんだろうなと思う。はてブ問題のあるコメントって、例えば、一面的正義でもって何らかの対象を殴っているとか、揚げ足を取った上でそれをやたらと皮肉的に言うとか、全然関係ない記事政治の話を始めるとか、そういうのが多いかなという感じだが、こういったコメント文章形式だけを見れば何ら問題はないわけだ。ヤフコメでの問題のあるコメントが、露骨NGワードを含んでいたり、文章の長さや構成に特徴があったりしているのと比べると、状況が異なっている。

からはてブコメントの質を判断しようとすると、ブックマーク先の記事も含めて、文脈文意まで見ないと判断することができず、その点においてこのAPI対応しきれていないのではないだろうか。

もちろんAPIの中身を熟知しているわけではないので、見当違いのところもあるだろうが、API導入後の傾向を見た個人的感想として、そのように思った次第。

2021-07-23

さすがに男の話の方が長いぞこれ。

しか英語の方が時間単位で詰め込める文意多いのに。

2021-07-22

anond:20210721220919

何でこんな日記を書こうとしたのかというと、某匿名掲示板で「コンテンツについて不特定多数の人と楽しみを分かち合うことは普通に価値あることでは?」と言われて

まりにも気持ちが悪くて吐きそうになったからです。その掲示板の流れの中の文脈で言うと、要するに、「作品を褒め合う馴れ合いコミュニケーション価値がある」と言われてたんですね。

もうね、馬鹿かとアホかと、小一時間問い詰めたい

これに対する反論が「賛辞はいらない、金を落とせ」っていうのは

流石に文意を読めてなさすぎでは…。

感想を言い合う、楽しみを分かち合うって行為が「視聴者にとって」価値があることだよねって話でしょ

元の文が抜粋から断言はできないけど、製作者に向けた話ではないと思う

釣りだろうけどさ

マジで自称クリエイターがこれを書いてるんだとしたら、そりゃいいものが出来るわけがない

anond:20210722184929

「男は髪型が複雑作画であるほど好きなはずだ」を前提として想定するのは文意拡大解釈してるってことや

2021-07-16

意味が分からない文章があったから紹介しておく

一連の書き込み時系列順に示す

引用元:https://togetter.com/li/1176430

中村伊知哉氏の、データ量増やしたら簡単なのに東ロボが受験に失敗したから、とかツイートしてるの見たときひどいなぁと思ったけどそんなような感じに見えちゃう人もいるんだな。実際にはこれやってる先生、中卒までに全員読めるようにするとか無謀に思えるようなことはじめてる。 私はブタヲタ粘着された時、びっくりするほどその万単位の人々が読めなかったんでやっぱり。。って思ったけど。

宇多田のおかげで奇跡が起こった、読めるようになったって数年どころじゃない年単位でそこら辺歩いている普通の人(学生や老人や)に粘着された。http://www.gepr.org/ja/ が専門家研究者が読むもので読解できるなんておかしい、依然なかったはずって叩きまくられた。ブタヲタが読めないってだけだった。こっちもどうせバカだと思ってるから竹内純子さんとかやわらかめのも選んでるのに。

ビジネス誌サイト文章全然ダメで。あまりバカにされるんで、英語の訳や 日本語文章の要約もしたんだが、あっているのか間違っているのかブタヲタ、どう考えても万単位なのに、判断付かない。つまりひとりもわからない。英語はともかく 日本語からないってなんでしょうね。。そういうのが宇多田が 私はすごかったです って言っただけで天才でみんな文句言うなになり信者になって金貢ぎまくる恐ろしい社会なんだなとつくづく。

[世界一速く結果を出す人は、なぜ、メールを使わないのか ]グーグル社の本、ぱらぱら立ち読みしたけどそこもAI仕事とられることには触れてるけどリアルにはAI以前に中国などに仕事とられてるね。事務職も。

しかもわし国語の成績好くて高校の時は一回だけど県で10番内に入ってる。たまたま家族が晒されているときにこれを言ったんだが、それでも 読めるわけない って叩きまくられた。世間ほとんどの人々が 教科書参考書見ても そのくらいの成績が取れたらどのくらい読めるか 文章難易度も分からないレベルのようなんですが。。実際どうなのか、RSTで明らかになるかなと楽しみです。。

挙句言われたのが私はそんな風に見えないと。世間ほとんどの人が イメージ で よさそうなひとにしがみついて、あとはほかを排除して自分たちがいいという風にしてるだけのようです。当然私より宇多田のほうがイメージは良かったわけですが、飯田哲也に逆らうなんて恥ずかしいとかたたかれてもなあ。。2011年で終わった人だけど。。いまはほんと、バカと一緒になりたくないって思ってる。

すごいバカ集団で。私の話が宇多田坂本正反対でも分からない。宇多田からいい、私だからダメ、それだけ。でたたきまくった挙句、私の話があっているらしいとなると 急に 宇多田をパクったから になる。あのー毎日私の話がおかしいって叩きまくったよね?って思うんだが。 よさそうだと宇多田ダメだと私で、私と宇多田は仲間だから同じというキチった話平気でして来た挙句自分リア充からお前より上とカップル粘着してくる。わし結婚してますが。

まあ、文章難易度説明するために、小学校などの図書館にある本の説明したり、信じないから 塾の年齢別読書のページ使ったり、センター入試問題大学テキスト偏差値別使って説明しても 全部読めないからわからないのか 叩かれまくったからなあ。これ、時間制限でも わからない がポイントだろうな。

最終的にブタヲタに通じたのが主語をまるでくくって線でひいて目的語を□で囲んで矢印で比較して、だった。。 その結果。何簡単なこと言ってんの下らないで終わった。しかもその次も。奇跡が起こった、認めろ。あげく、今日粘着は嘘ついている、本当は読めない。。。。読めない人は本当に読めない。。

でもね。具体的にツイッター出すのどうしようか迷うけど。読めない人同士は通じ合うの。。これがすごいなあって本当に思う。すんごいカオスに話がガンガン進んでいく。。面白いけど反感もたれたら大変。。集団で来るよ。。意味不明だよ。。

ㅤㅤ

意味不明なのはお前の文章なんだよなあ…

何か戦ってる相手がいてそれにまつわる不平不満を細切れに書いてるということか分かるが、いまいち文脈が掴めない。

順を追って講評すると

まず中村伊知哉という学者か何かのツイート的外れだと批判したいようだ。

「そんな感じに見えちゃう人」とはどういう意味か。とりあえず「中村氏ツイート共感する人がいる」と捉えておこう。

「私がブタヲタ粘着された時」からもう話が飛躍を始めているように見える。どういうことが「やっぱり。。」なのか?

宇多田のおかげで奇跡が起こった」と、いきなり第二の人物が登場する。宇多田ヒカル?じゃないよな?

どうやら「普通の人」とか粘着してきた人間を「ブタヲタ」と呼んでいるように見える。でもなぜ宇多田がやったことについてこの書き手が叩かれるのか文章からはさっぱりピーマンである

どうにも書き手宇多田という人間敵対しているようだ。宇多田の主張に対する反論が「普通の人」の目に留まって粘着されているという趣旨みえる。

宇多田自分自身で自分の功績をたたえていて、それに対して書き手別に宇多田が何かする前から一般人でも論文を読むことは普通にできたと言っている、

それに対して宇多田の囲いに「いいや宇多田だね!」と粘着されているのか?

それどころか「お前も宇多田恩恵を受けている。お前も以前は論文など読めない普通の人側の人間だった」と言われているように解釈できる、のだろうか。>それでも、 読めるわけない って叩きまくられた。

飯田哲也って誰やねん。2011年終わった人って何があったねん。

自分国語力自慢が少しばかり続けたあとで粘着相手たちをバカ集団と評している。

「よさそうだと宇多田ダメだと私で、私と宇多田は仲間だから同じというキチった話平気でして来た」これも意味不明。なぜ宇多田の仲間で同じだと粘着されるのか?いわゆる党派性観点では説明がつかない。

あとは「ブタヲタ」のバカさ加減について具体例をもって語られている。「面白いけど反感もたれたら大変」とはどういう意味か?

「奴らのキチガイ加減は見る分には滑稽だが、ただこういう馬鹿な奴らを敵に回したらさっきから言ってるように厄介なことになる」ということか?「集団で来るよ」は「反感持たれたら(集団でくるから)大変」の意か?

結局大枠としては「曲学阿世の人がいてそれに対して自分は正しい(と思う)こと言ってただけなのに、その信者粘着されてしかも奴ら馬鹿だしうざい」という趣旨か。

いまいち文意確信が持てない。別にてにをはに間違っているところは見受けられないし、「ファルスパージ」みたいな内輪ネタ造語の多用ゆえにわかりづらさとも違う。

規格化されたこ社会においてここまで何言ってるか分からん文章を書けるのはある種の才能。貴重な文才の原石として保護していくべきではなかろうか。

参考

脳はどこから「もうひとつ世界」を創るのか―創造的な作家たちの内なる他者を探る

(学校教育創造性を殺すと言われる理由)

https://yumemana.com/labs/stranger-within/#i-5

2021-07-15

anond:20210715092404

無理して使うと、逆に頭悪く見えるし、そもそも文意が伝わらん

そのとおりだと思う。

ただ、ひらがな漢字の繋がりや量のバランスで使いたくなるときがある。

なろう系作家漢字使いが下手【追記

確り(しっかり)

漸く(ようやく)

徐に(おもむろに)

齎す(もたらす)

みたいな奴は、これを常用してる人が書いてるとは思えない作品に出てくるから漢字変換の弊害だよな

無理して使うと、逆に頭悪く見えるし、そもそも文意が伝わらん

自分だって、読めないだろ?


狭間とか木訥あたりは、わざと使ってるんだろうが・・・

あれ、でもそうすると、なろう系作家は60以上のオッサン率が高く、引退後の趣味発表だったりするのかしら?

それでも、「もたらす」は変換しないよな、普通

確りとか「たしかに」みたいな意味に読んじゃうよな




追記:2021-07-18 08:00

ブコメがすごくなっててびっくりした

どこ経由なんだろ


これの問題は、「対象読者に届かんだろう」ってところ

何かの状況に対して、キャラが「確り」とだけ反応したとき

一瞬、脳が止まるんだよね

動画が読み込み不良で止まったような、唐突書き手が想定したわけではない「間」が生じてさ

①調べるか、②適当に補完して読み進めるか、③無視するかを迫られるんだけど

大抵、②か③を選んじゃう

この時、③はまだいい方で、②を選んだのに文意と違ってた場合、読者は全然違う世界を見てる


ラノベでは「それが作家の売り」でもないと校正されてるよ

小説純文学)で許されてるのは、上と一緒で、読者からそれが求めらr・・・


あぁ、読者から求められる側面もあるのかね

そういう文化圏

とすると、同じプラットフォームに並んでいるからと読んでしまった私の方が異物という事か

「確り」に違和感を感じたら「not for me」

もっと広く届けたいんじゃないの?」は余計なお世話

うーん・・・それも理解できるが・・・面白い小説でそこだけ躓くと「勿体無い」って思ってしまうんだよなぁ



2021-07-12

anond:20210712184205

魅力に釣られているだけなら社会正義の面すんなってw

文意が通ってないのでやり直し

2021-06-28

anond:20210628214030

絶対悪に読み替えても文意は変わらないと思う。読み替えてくれていいよ

国語テストって何を見てたんだろか

少なくとも自分小学校時代を考えてみる。

うん、国語テストで点取れない奴でもだからといってコミュニケーション障害を持ってるということはなかった。

というか障害児でもないかぎり日本で育てば日本語扱えるようになって当然なわけで、じゃあ国語って何を見てたのってことになる。

するとまずは共通語によるやり取りを覚えさせるということが考えられようか。家庭で学ぶ話し言葉共通語にはどうしたってずれがあるから共通語理解したりできるかどうかを試してるのかもしれない。(識字率が極めて高い社会にいるとここらへんの感覚麻痺する)

では問題レベルが高くなるほど文意を答えさせたり要約させたりするようになるが、あれは何を試してたのか

文意なんて書いた人に直接聞けばいいんじゃん?てことは英語で言えばCan youに当たる疑問文の作り方さえ心得ていれば事足りる問題にも思える。

なぜわざわざ質問禁止とい縛りプレイ文意を導かせる能力を試すのか?それは通常のおしゃべりに要求される能力を大きく超えている。すでに「国語」という語感とのずれを感じられる。

…それは要領のいい人間を求めているということかもしれない。

何回も問答を繰り返えさないと言ってることが理解できないような人間は「使えない」ということかも。

また読解に際しての評価軸を統一する狙いもあるのかもしれない。

「こういう文章だったらこういう評価軸で評価する」という暗黙知のようなものを身につけてる人間がほしい。

評価軸の相違で水掛け論になってるはてブの論者を見れば分かるがああいう手合もまた人材として要領が悪いということだろう。

国語の成績が悪ければコミュ障で寡黙であるということは決してなく口からまれたようによくしゃべりネット自己主張するような人も大勢いる。

国語力とは日本語でおしゃべりする力じゃないようだ。

要領のいい文章を一発で書けて、それを一発で要領よく理解する力なのだろうと思う。

いちいち会って伝えて質問に答えてやらねばならないような人間時間無駄リモートワークもない時からそういう意識根底にあって国語問題は作られてたのかもしれない。

2021-06-26

anond:20210626121830

こんな奴とどんな会話すればいいんだよ。

いや普通人達の会話って行きつ戻りつ同じような問答を繰り返して意識の共有を図ってるんだと思うよ

一発で言いたいことを理解して当然だみたいな考え方の方がおかしい。

文章ばっかり書いたり読んだりしてるとそういう考えになっちゃうのかもね。

かに文章では意識のずれを直す問答が顕在しづいから。

例のブコメのようなことを書き手が対面で言われたら即座に「そうじゃない」と訂正を始めるだろう。

いやそれ以前にブコメする側の人が「生きにくさって~って意味ですか?」と質問しているかもしれない。

やり取りが文章の上であるゆえにお互いがこの対話としてなら当たり前の過程を省略してしまう。

質問調で言うはずのことも問答が期待できないために仕方なく断言調で書かれる。

なぜなら対面の会話では数十秒で目的を達するするような一連の問答をするのに、

文章だと何十分もかかりえてしまい、まどこっしくてかなわないからだ。

から一発で達意の文章が書けたり一読して文意を読み取れる人間尊重されるのはわかるが

それにしてもそういう人がむしろ聡明な部類に属するだけであってそうでない人間が劣っていることにはならないと思う。

普通人間病院に行けと勧めれば病院側が仕事過剰で迷惑するだろう。

2021-06-25

昔の2chかに入り浸ってた時代

もちろん露骨荒しなんかも存在したけど

その他の人とはだいたい文意文脈が正しく伝わって会話が成立してたと思う。

現代はなんか、意図的曲解してるとかじゃなく、ただ単純に文意が読めてなかったり、相手の言ってない条件を足して解釈したりする人が増えてるように思う

そういうデータ明日までにあつめといて

2021-06-22

anond:20210621215059

噛み付いたトラバに真面目に返信してくれたんでこっちも真面目に返信する。

自分は、元増田自身個人的解決をもはや期待していないと読んだ。

ただ、そのつらさを吐露して共感してくれる人がいるなら少しだけ救われる。

そしてこれは誰かが我慢したり妥協することでは本質的解決にはならない、長期間かけて解決に取り組むべき社会的課題であるという認識が広まってほしい、というのが文意だ。

第一段階は、その性欲が許されない汚らわしいものであるという見られ方がなくなること。

第二段階で、ようやくそ解決策の話になるがそこは遠すぎて今は見えない。

今はただ汚らしいものしかなく存在することが許されていない中年男性の性欲も、

いずれ社会がきちんと向き合い、誰もが傷つかない方法での対処を考えるようになるでしょう。

これは真面目な話ね。

俺はその時代が来る頃にはもう死んでるだろうから

この時代は、汚らわしい性欲を外に出ないように抱えながら死んでいく既婚男性としての一生なんだろうな。

から、よくある女性共感してもらいたくて話をしたら男性解決策を提案したり、お前にも非があったんじゃないか説教するやつのパターンに見えた。

それから、現状風俗産業存在していること自体中年既婚男性の性欲が認められていることには直接つながらない。

風俗産業パートナーを得るのが難しい男性や、出張などで遊びたい独身男性の利用が多い。芸能人などが恋愛トラブルスキャンダルを避けるために利用するケースもある。いずれにしても既婚男性セックスレス理由に堂々と遊べる風潮には男性の間でもなっていない。

奥さん負担をかけないようにこっそり風俗で解消するなんて良い夫だね、と思う人はいないんだ。

男性の性欲自体が汚らわしいと言われているのではなく、既婚男性が性欲を抱えているとそんな欲望は捨てて親として生きろと言われる、モテたいとか若い女の子にちやほやされたいというチャラチャラした気持ちと同一視されて非難される風潮を、存在が許されないと書いている。

2021-06-21

anond:20210621080446

こういう元の文意も読めず、脊髄反射で持論を述べたがるバカが一番害悪

お前の長文で唯一まだ元の内容に呼応しているのは最後段落の後半だけだよ。

お前は課題に対して狭い視野で一足飛びに解決手段とその問題点まで先回りする思考の癖をやめた方がいい。

まず、解消されない性欲という課題がある。そこを認識しろ

それはお前みたいな奴がいるからこれまで語られにくかったセンシティブな話なんだ。

課題を見た瞬間、つまり他者女性)を犠牲にするしかないのねという思考がお前のダメなところだ。

課題課題解決手段解決手段。別のものだ。

セックスしたい夫とセックスしたくない妻が話し合っても結論は出ないことが多い。

もし妥協点が見つかったとしても、大抵はどちらかが相手への優しさでなんらかの我慢を強いられることになる。

これを簡単には解決ができない社会的問題としてとらえずしてどうする。

風俗なのか医療なのか代替手段による発散なのか最適解はまだわからない。

だが、課題認識して、関係するすべての人の人権配慮した継続可能な最適解は探るべきだろう。

2021-06-11

結婚

 ここ1ヶ月、図らずも『結婚』について考えることがとても多かった。

 本当に偶然色々なところから結婚とかそれに関係するものを見せつけられたというか、「目を逸らすな」と言われている気がした。今までも度々結婚に関して否定的なことも確かに書いてきたけど、手放しに「結婚なんてクソだ、絶対したくない」と思っているわけではない。

 ただあまりにも「結婚幸せ」の価値観を、全くの思考停止で受け入れている人間が多すぎることに辟易としていることは事実。それへのアンチテーゼというか、警鐘というわけではないけど「あんたらそれちゃんと考えて言ってんの?」と言いたかっただけ。

 結婚にはメリットデメリットもあると思う。今の自分にとってはデメリットの方が大きいような気がする、というだけで否定的なこともつらつら発信してきたのもまた事実なので、しっかり言語化して考えないとな、と思った次第であります

 まあメリットデメリットと言ってもそれらは結局表裏一体で、扱う人間タイミングによって良くも悪くも簡単に変わってしまもの。まずその良し悪しは考えずフラットに、恋愛から結婚に変わることによる影響を挙げてみる。

⑴ 2人の関係法的拘束力が生まれ

子どもを産み育てることがスムーズになる

 …あれ、こんだけ?って感じだけど、マジでこんだけ。この二項の中に色々な面が潜んでて複雑に入り組んでいるだけだと思う。

 強いて言えば、⑶ 社会的立場の構築 ってのも追加できるけれど、自分にとってそれは全くメリットでもデメリットでもなければ、何かアクションを起こすに当たって原動力になるものではない。一緒にいることの周囲への説明が楽になるぐらい?

 結果としてついてくる分には勝手しろって感じだけど、社会的立場のために何かをしたりしなかったり、という判断はしない。それは結婚云々に限らず。

 てことで⑴⑵について順番に書いていくけど、既に長丁場になりそうな予感がプンプンする。

⑴ 2人の関係法的拘束力が生まれ

 それによって生まれるのは①安心感と②義務感。この時点でも善玉と悪玉に分かれてそうだけど、実はもう一つ階層がある。

安心感

 安心感がもたらすのは、文字通り “不安が取り除かれた心地よさ” ともう一つ、あらゆる人間関係において最大の敵 “馴れ合い” だ。

 文字通りの意味については書くまでもないけど、やっぱり本能的に人間自分以外の人間に求めるものってこれしかない。「愛されている」っていう実感が欲しいし、そこからの変化が一番恐ろしいものだと感じる。

 つまり愛し愛されていると思っていた人が目の前から消えてしまう、という最も恐るべき状況に陥るリスクを最小化してくれる正攻法として、婚姻届という書類を提出して認められる結婚という契約が、最も手っ取り早くて一般的手段であるということ。それによってお互いがある程度心地よく生活できるし、信頼にも繋がってくる。するとパートナーにも自由を与えることが容易になる。

 それが一つ。厄介なのはもう一つの馴れ合いというやつで、先述の通り男女中に限らずあらゆる人間関係において最も脅威になるのがこいつ。

 これは交際前と交際後という比較的浅い次元関係性の変化でも猛威を振るう。「付き合ってから冷たくなった」だとか「もっと誠実だと思ってた」だとか、こういった類のパートナーに対する愚痴って全て馴れ合いから来ていると思うのだ。それは言う側も言われる側も同じこと。

 言われる側からすえば、付き合う前だったら「この人に好かれたい、嫌われたくない」という一心でどんなことでもできてしまう。親切にするし、優しく受け答えするし、浮気な様子は見せない。けれど付き合い始めて「この人は自分が好きだ」と認識できた途端、「これぐらいいいだろう、許してくれる」という感情が生まれて、それまでとは違った対応や行いをしてしまうようになる。

 言う側からすれば、付き合う前であれば「自分はこの人の何でもないし、相手にされなくて当然」という謙虚気持ちでいられるのに、付き合い始めると「自分はこの人に大切にされて当然、自分のために動いてくれて当然」という傲慢さが顔を出して自分勝手な期待を相手押し付けて、それが叶わないと裏切られたような感覚になる。だから上記のような愚痴をこぼす。

 言う側と言われる側は固定された立場ではなくて、どちらともがどちら側にもなりうる。こうしてすれ違って、ある日プツンと切れて、もうバイバイ。これがよくあるカップル破局パターンなんじゃないかと思う。し、自分もこれまでほとんどそうだったような気がする。

 浮気、冷たい、優しくない、好きじゃない、…どこにでもありふれた別れの真因としてこの馴れ合いがある。

 人と人との関係を良好に保つには、「それぞれの人間だ」と認識できるほどの距離感が常に必要だ。

 付き合う前のような「好かれたい」「嫌われたくない」というある種の緊張感が、その最たるものだということ。それがあるからこそ気遣いや思いやりが生まれるし、欠けてしまったところも受け取る側がカバーできる。

 交際から後への距離感の変化を乗り越えられたとしても、結婚前と後ではまた違ってくる可能性は大いにある。それは交際という口約束とは異なり、婚約というもの法的拘束力を持つからだ。

 これが安心感がもたらす負の側面。乗り越えるには所謂「親しき仲にも礼儀あり」という先人の智慧を、片時も忘れないよう脳裏に焼き付けておくこと。しかない。

義務

 さっきの安心感に比べればこちらはシンプルもので、「この人を幸せにしなければならない」とより強く思うことができれば、そのおかげで仕事モチベーション向上に繋がる良い面がある。

 その代わりに、義務感という言葉強制的な印象を持ってしまうと一気に嫌悪感を覚えてしまうことが大いにある。

 人間は何でも強制されるものが嫌いだ。「好きだった物事も、強制されると嫌になる」なんてのは世の中にありふれた陳腐言葉だが、それだけ多くの人に当てはまってしまう内容でもあるということだ。

子どもを産み育てることがスムーズになる

 できちゃった婚、なんてのが存在することからも分かるように、一般的に真っ当に子どもを育てようとしたらその両親は夫婦であることが望ましい。

 とされている、と言った方が正しいのかもしれないけど。

 まあともかく、「子ども作るなら結婚するでしょ」「子どもできたなら結婚するでしょ」という発想が当然という世の中であるということ。それが⑵の文意から必然的にここで議論を進めるのは、子どもを作る・子どもがいることによるメリットデメリットになる。

 子どもが家庭の中で担う役割はやはり二つあると思っていて、一つは①家族の一員としての役割、もう一つは②夫婦の間に生まれ子どもとしての役割、というこの二つ。

家族の一員としての役割

 これはやはり一般的幸せとされていること。「家庭を持つことが全人類の夢」とでも言わんばかりの勢いで押し付けられがちな価値観だけど、確かにそれも一理ある。

 正常に機能している家族であれば、そこに帰属する幾人かの繋がりはとても強くて、無条件に愛し愛され、外敵から攻撃から守ってくれる居場所になるはずだ。そこに血縁関係が有るか無いかなんてそこまで重要問題ではないとも思う。これが家族であることの幸せ

 ただ、現実問題そのように理想的機能している家族は少ない。と思う。そんなことないのか?いや、きっとそうだと思う。そうだと思いたい。良いな、と思う家族は知り合いの中でも一握りだし、実際SNSなんかでも家族に対する愚痴ばかり流れてくる世界

 そして自分が育った環境もあまり良いものとは言えなかった。育児放棄だったりアルコール中毒者による虐待だったり、そんなような何か明らかに大きな問題を抱えていた訳ではないけれど、家族であることの決定的な意義でとなる、愛されているという実感や安心感自己肯定感を育む教育、そんなものを一切享受することはできなかった。

 それに、世間一般家族における父親に対する風当たりというのは、相当に強いものがある。自分父親が大嫌いだし、母も姉も、だ。家族から愛されている父親なんてパーセンテージでみたらほんのわずかだろう。

 ほとんどの家族で見られる構図として、まず夫婦仲は良くない。子どもたちはずっと面倒を見てくれている母の味方につき、母を攻撃する存在である父を敵とみなす。ありふれた構図だ。

 それだけならまだいいのだが、何故か、いくら育児に協力的であっても、家事をこなしていても、父親というもの基本的孤立するようにできているらしい。悲しい習性だけど。

 世の母親が「腹を痛めて子どもを産んでよかった」と答えるのは、そういうことだと思う。そこに綺麗なものは何もない。

 もし自分父親になったら、と考える。先述のように「愛されたい」という欲求を家庭で満たされることなく育ったがため、自分はこうも恋愛依存的になってしまったのだと確信している。他にその欲求をぶつける対象として友人や集団帰属などの手もあったにはあったんだろうが、自分にはそのどちらも受け入れられなかった。

 まあともかくそうやって、ようやく見つけた「自分を愛してくれる人、肯定してくれる人、守ってくれる人」と結婚したとして、その人との間に子どもができれば、それがまた全て奪われて無に帰してしまう。

 子どもにとっては母である自分パートナーを奪われ、挙句の果てに家庭という場所から孤立する。そうなるとまた生まれ育った悪夢のような家族に逆戻りだ。それを恐れている。

夫婦の間に生まれ子どもとしての役割

 「子は鎹」という言葉がある。

 こんなクソみたいな言葉はこの世にないってぐらいクソみたいな言葉だと思う。鎹がなければ離れてしまうような関係人間と一緒に過ごさざるを得ない上に、それに子どもを付き合わせるなんて最悪だ。

 けれど皮肉なことに、その離れる原因はほとんどが子どもだったりもする。

 子どもができることによって夫婦関係は父母という関係にもなって、彼氏彼女、夫と妻、という1:1の関係性ではなくなる。その変化の中で上手く2人の間を擦り寄せていかないと、育児教育家計問題でやっかみ合うようになり、関係悪化する一方だ。そうして子どもが原因で離れていった2人を、繋ぎ止めるのもまた子どもなのである

 これを果たして幸せと呼ぶことができるのか。

 …とまあ、長々と書いたけど今の自分で考えが及ぶ範囲はこれぐらいだ。

 あとはもっと歳をとったり、独り身になったり、自分結婚してみたりして見えてくるものもあるのだろうなとも思う。それはその時にならないとわからないし、とにかく今はこう考えている。

 という記録。

2021-05-12

日本女性として生まれて思うこと」の文章力批判する/追記

anond:20210512045724

この国で女性地位は明らかに低い

正直、自分が小さい時は気にもしなかったしどうでもよかった

問題10代になって頑張って社会に入り始めた時から音を立てながら自分女性という地位が明らかになっていった

ふと、この考えを不意に思い出すきっかけを作ったのはあるゲームでのキャラクターだった

私はネット出会いなんて求めていない主婦なのでゴリラみたいなおっさんキャラオカマ口調でチャットで話していた

するとどうだろう、話している事や言葉現実で女として立ち回るのと似ているのに「優しい」だの「好き」だの言われ始めた

もちろんそれは恋愛対象としてでは無いのだが、私はこれに対して凄く頭を悩ませた

現実の私は普段どれだけ気を使っても「女性から当たり前」や「もっと優しくできないの?」と言われる始末だ

  • 「女として立ち回るのと似ているのに」→「の」は多義的言葉なので便利に使いがちだけど、読者からするとどの意味の「の」なのかがわからない。「女として立ち回るときと」。悪文。
  • 「似ているのに」→ここは「ほとんど同じ」の方がよい。「ほとんど同じ」という表現比較したときに、「似ている」は「同じではない」という含意が含まれる。「ほとんど同じ」であれば「同じ」であることが強調される。
  • 「どれだけ気を使っても~と言われる始末だ」→「どれだけ気を使っても褒められることはない、むしろ~と言われる始末だ」くらいに書き換え。1文が長いので読みにくい。

どうしてここまで差が生まれたのか軽く考えた

先に差別的表現申し訳ありません

「ああ、オカマは"男性"として見られてるし一般的には半男性で半女性から女性より地位があるんだな」

そう考えるとなんだか妙に納得してしまった

そう、女性だとこの国では少し地位が低い

女性男性になってオナベになっても元が女性男性からか何故かオカマより強く見下されている気がする

もう疲れてきた。

元が男性女性の要素を内面に持ったら…

でもそれも場合による、男性が外見共に女性化したら社会的弱者のように見られる

女性が外見共に男性化したら明かさなければ半分ぐらいは社会強者だが明かせば社会的弱者になりうる

なんかそこから日本時代の背景とか考えちゃうと女は昔から地位がなくて守られる存在とか言われて結構蔑ろにされてきてたんだと感じた

江戸時代出産なんか今みたいに叫べないし産んだら7日間は頭上げたまま寝ることも許されない、遊女とかも気に入った男が女を金で買う制度とか奴隷となんらかわらない

最初に言った話に戻すと10代の頃に会社で働いてたらセクハラパワハラを受けた

そこでクソ野郎から言われはしないが社会について学んでいった

そいつから学んだことはだいたいこんな感じだ

「女は大人しく、男の都合よく、美しく、可憐で、汚れを知らない、男よりも下であれ」

ハッキリ言って反吐が出る

対して好きでもない不細工な頭悪い無能ブ男に何故媚びを売らねばならんのだ

しか自分より能力も低い男にストレス発散される意味が分からない

から記録して金貯めて裁判で勝ってやった

しかし仮に気に入った相手だとしても上手くいかない

男も女も顔が良くても能力が低くて頭が悪くて中身が無いやつとは恋人にも友人にもなりたくない

特にそういう男は女を見下しながら自分の糞みたいなプライドを守りながら生きている場合が多い

  • しかし仮に気に入った相手だとしても上手くいかない」→後段の流れ見る限りここでの「気に入った」って容姿の話ですよね? 気に入ったのになんで嫌うのかって普通読んだら思います。悪文「しかし、仮に気に入った顔の相手であっても上手くはいかない」
  • 「男も女も顔が良くても能力が低くて頭が悪くて中身が無いやつとは恋人にも友人にもなりたくない」→超悪文。主語はどこなのかわからねえんだよ。「顔が良くても、能力が低くて頭が悪く中身がないようなやつとは、恋人にも友だちにもなりたくない。男でも女でも」。読点いれて文章の順番を入れ替えろ。
  • 特にそういう男は女を見下しながら自分の糞みたいなプライドを守りながら生きている場合が多い」→「特に、男の場合は女を見下すことでクソみたいなプライドを守って生きている場合が多い」

女の場合は美しいからと頭悪くて無能自分を棚に上げて誰ふり構わず見下しまくってる場合が多い

大した能力も何も無いから顔しかいい所がない

たぶん顔と能力がどちらか強く偏っていると自分の糞みたいなプライドの為に人を傷つけるんだな

なんかゲームオカマしてただけなのにこんな深く考えてしま自分も嫌になる

女性として地位がない、地位があるとかどうでもいいか安全暮らしたい

セクハラとかパワハラとかモラハラとかね

男女問わず変な人達に関わらなくて住める環境が欲しいだけ

男は男らしく、女は女らしく

そんな糞みたいな考えが今の糞みたいな問題を作ったならもっと多様化してぐちゃぐちゃになれば何が何とかどうでもよくなんのにそれが差別主義とか馬鹿論点ズラしながら言いやがるし人生やになってくるわ

地球嫌いだから宇宙行きてー二度とこんな糞みたいな星生れんわ

タイトルだけ見てや全部読まない人へ

最後まで読んでほしい

普段から持つ偏った主観で決めつけるのではなく

無の気持ちになって柔軟な思考で読みながら考えて下さい

たぶんそれをしないと内容が見えません

読んだ。

追記

なんか文章力について書かれてたけど自分理解できないのを他人のせいにしないで

内容を読んで感情的個人攻撃する感想を書くのはなんなんだ

自分の都合に合わない話や理解できない内容なら大人数で1人を叩いていいの?

理解できない自分を疑うべきではないの?

これを読んだ少数派の人は理解してくれてる様子が伺えるけど大多数は内容を読んでも理解出来ずになんか話が分からいから"決めつけて攻撃"してるようにみえ

人って理解できない事に強く攻撃なのはわかるけど・・・

今度から理解できない人の為に分かりやす一般的増田を書くよ

自分が気に入った書き方をしても理解できない人から攻撃されるなら理解できない人に優しくしなきゃいけないなんて

理解できない人が理解する努力も無く・・・やっぱ地球嫌いだわ

私は別に誰も攻撃してるつもりないし

そういうふうに見えたらごめんね

悪いけど自分増田文章力を一切信用しない。この文章理解できないのは増田のせいです。句読点意識して、慣用句ちゃん慣用句として使い、修飾語と被修飾語がわかりやすいように文章の順番を意識してください。

反応への追記

「お前の文章下手」→その通り。書きながらもっとしっかりした表現に直したくなったけど増田だし気にしないことにした。文章添削した人間がの下手さを指摘されるのは当たり前だし、あとで書いてるようにこの文章自体性格悪いので自業自得として修正しないでおく。

「なんで突っかかるの」→「自分理解できないのを他人のせいにしないで」って書いてるの読んでイラッとしたのが3割、殴れるサンドバッグがでてきたなと認識して自覚的に殴ったのが7割。

キモイ」「性格悪い」「傲慢」「下品」「マウント取るの楽しい?」→ストレス発散だったのは自覚しているし、性格が悪い行為なのも同意する。事実ストレス発散にはなったし、「自分理解できないのを他人のせいにしないで」って書かれた以上反省しない。

「そんなささいなことどうでもいいだろ」「後で直せばいいだけの細かい作文ルールにうるさい」→悪文は「ちょっとした違和感の積み重ね」で生まれる。つのない文章が続く中で1箇所2箇所文法の間違いがある……といったパターンならいいが、たったこれだけの短い文章のなかで「簡単に指摘できてしまうような読みにくい理由」がこれだけあるのは、残念ながらどうでもいいことではない。文章を書く技術ってものすごく高度なことなので、きれいな文章が書けないことがまずいことだとは思わないけど、元増田自分文章ちゃんと書けてないってことを自覚してほしい。

プロファイリングしろよな」→別増田に上がってたnote読んだ。悪文であればあるほど書き手の背景が色濃く出るのでこういうこともできた筈なんだよな。なぜかいきなり遊女の話が出てくるあたりそこに関心があった=風俗で働いてたって推測には合理性があるし。本当はこれくらい攻めた読み解きがしたい。結構反省したし尊敬する。

ジェンダー問題興味ないだろ」→元増田よりは興味があるのは間違いない。元増田システロ女性と推測するが、女性男性に比べて社会地位が低いというところに全く異論はないけど、それがMtFFtMに対する雑語りを許していいわけないし、内面に対して「男性化」「女性化」みたいな表現している辺りの、性自認と性指向理解のなさを許容していい理由にはならない。

マンスプレイニング」→この文章書き手男性だと判断した理由がわからないが、事実男性なので踏みこみません。この文章単体への指摘として言及されてるのであれば無視します。「こんだけトラバでもブクマでも批判されているところで追い打ちをかけるようにこんな文章を書くな、マンスプレイニングに荷担している」という指摘なら納得するので以後つつしみます

病院に行け」→多分つかれてなかったら添削してなかったし、病院にいくかはともかく自分の体調見直すわ。

2021-05-10

「何故女性やフェミニストに言うのか」を読解する(「弱者男性差別は存在するから知ってください、フェミニストはこれ以上差別しないでください」について)

弱者男性差別存在するから知ってください、フェミニストはこれ以上差別しないでください

https://note.com/mefimefiapple/n/n6b712e954db8

 

上記noteについて「何故女性フェミニストに言うのか」「強者男性に言うべきでは」との意見がある様なので、何故なのか、読解してみようと思います

予め断っておくとこれは女性フェミニストへの攻撃意図はありません、また件のnoteについても敵意は(受け止められている程には)大きくはないと判断しますが、それについても最後に触れます

 

ではどのように読解すればいいでしょうか?いい方法があります

以下の様に、国語テストだと思って読解してみてはどうでしょうか?

問1ーこのnote女性フェミニストに向けられている理由について、本文から関連する箇所を抜き出して答えよ。

このように国語テストだと思えば、noteを読み込んで該当箇所を抽出するのも楽になる人も居る筈です。難しい問題や複雑な問題ゲームテストだと思えば簡単に解けてしまう人はいものです。

(これを「ゲーミフィケーション」という言葉に倣って「国語の期末テスティフィケーション」と呼ぶ(「国語中間テスティフィケーション」でも可))

卒業の掛かった大事テストだと思って解いてみましょう。

 

解答

以下、幾つかのパートに分けて女性フェミニストに向けられている理由解釈できる箇所を抜き出します。

 

誰もが抑圧者になり得る事

ジェンダー差別女性セクシャルマイノリティも、そして男性も抑圧し、抑圧者には女性を含めて誰でもなりえる。

上記箇所の様に、このnoteでは女性も抑圧者・加害者になり得る事を繰り返し強調しています

これがこのnote目的だとすると、明らかに女性に向けた方が効率的です。強者男性に向けて「実は女性も抑圧者になり得るんだ」と言っても「お、おう」と成るだけですし、むしろ告げ口に似てしまます。だから女性本人に言う必要があると言えます

また、男性強者側に位置付けられたり、「抑圧者=男性」という図式が前提とされがちな現代では、そうでない側を殊更に強調する必要があり、そこに女性対象にする必然性もあると言えます

(ただしその様な前提はテキストの外部から読み取る事なので、テキスト内で論理的に完結する必要のある国語テストとしては回答に出せない部分になります

 

差別正当化」の主題

いかれた差別主義者がわめくのは無視できますが、社会的正義の名のもとに差別正当化される苦しみは無視できないのです。

上記箇所の様に、noteでは差別のものに負けず劣らず、差別否認し、正当化する事への非難に紙幅が割かれます

例えば、

未婚男性寿命の短さは無視される上男性女性虐待証拠になり、男性メンタル悪化と低すぎる幸福度無意識化された特権意識のせいにされ、ホームレス引きこもりさえも女性に厳しい差別構造の例だとされます

そしてその抑圧が苦しいと言った途端、「社会/女性への憎悪」「分断を煽る差別」「差別者の見当違いな被害者意識

の様に、男性差別的な境遇問題化しようとしたときに、それが女性差別問題へとすり替えられる様子が描かれます

弱者男性差別のもの強者男性女性フェミニスト共に加害者に成り得ますが、「弱者男性差別女性差別」の様な差別主題スライドは、女性差別を取り沙汰したいフェミニストしか動機がありません。

従ってこのような差別スライド問題にする限りでは、フェミニストの方々に向ける理由があるという事に成ります

こうなるとフェミニストはもはや、「女性差別は気にするけど男性差別は気にしない」だけではなく、「女性差別は気にするけど男性差別積極的に口を塞いで透明化する」というセクシストに見えます

という箇所も同様でしょう。差別スライドによって「男性差別積極的に口を塞いで透明化する」という積極的な加害行動が問題化されます

関連して、

フェミニストの方に考えてほしいのは、「男性差別はない」「あったとしても大きな声で言うのは女性の口をつぐむことだからいけない」という考えはこの時点でかなり人権軽視であったり、性差別的な言葉ということです

という箇所もありました。

ここについてもやはり、「男性差別はない」「あったとしても大きな声で言うのは女性の口をつぐむことだからいけない」といった発言をする動機が大きいのは女性フェミニストです。対して強者男性にその様な発言をする動機は大してありません。

例外としてフェミニストかつ強者男性場合女性フェミニストと同じ動機を持ち得ますが、当然その場合フェミニスト」に重なっています

 

似た箇所として、以下の部分も上げられます

なぜ弱者男性が、ジェンダー平等を望む仲間のはずのフェミニスト攻撃してしまうのか、それは一部のフェミニストジョージ・ワシントンからということもあるでしょう。

ここでジョージ・ワシントンは「世界最初人権宣言した憲法を書き上げながら、ネイティブ・アメリカンへの虐殺差別だと認識できなかった」人物として言及されます

この文意は「一部のフェミニスト」がジョージ・ワシントンと同様の構造(つまり女性人権保護しながら、弱者男性への差別認識できなかった)を持っている、だと解釈できます。その上で、

自分たち白人平等に殺す無法者より、人権を高らかに謳い上げるがお前たちは人間じゃないから殺されてOKと言う、ジョージ・ワシントンの方が憎く見えたでしょう。

差別に最も敏感な映画でも、男性対象になると途端に差別を素通ししてしまうのです。

という様に加害そのものより、差別正当化や、「人権を謳い上げる」正義側に無視される事の苦痛が強調されます

この点に着目した時、フェミニストは(時に露悪的な)強者男性よりも正義僭称する機会が多く、正義側としての側面が濃い為、強者男性よりも対象にする動機が大きいと言えます

 

直接的な加害者として

弱者男性への扱いも、強者男性より女性全般のほうが差別的かもしれません。

この箇所では明確に、差別的な度合いが強者男性より女性全般のほうが大きい可能性を検討しています

女性はこの差別の抑圧者として大きな存在です。上記差別では明確に女性の影があります私自身、街を歩いていて嫌悪や指をさして笑う行為吐き気をするようなジェスチャー、そういったことを度々経験していましたが、すべて女性でした。

以上の様に、女性による直接的な差別や加害もnoteでは幾つか言及されます

彼女も作れない人間はセクシストで、そのような人間悲鳴はすべてミソジニー」というような意見フェミニストが多くするのが原因です。男らしくならなければジェンダー平等を訴える人たちの間でさえ人間扱いされないどころか、セクシスト扱いされるのです。

これに対して、女性は異性の「点数が低い人達(先程の結果からみると本来は平均的な人たち)」を排除したり、嫌がったり嘲ったりする形で攻撃します。

これを咎められたあるフェミニストは「ゴキブリウィルスへの嫌悪と同じだから性欲ではない」と言いました。

いじめ対象になった時、加害者女性だとまともに扱われないどころか、加害女性が正しいことになる

例えば「女は黙って朝飯作って帰りは正座で待ってくれてないと」のような差別的な言葉と「無職の男とか絶対無理キモい」のような差別的な言葉は同じくらい重い、そう言えます

こうした直接的な加害は恐らく女性フェミニストの方々の中でも一部の方がしている事で、女性フェミニスト全体がしている事ではありません。

従って女性フェミニスト全体へ向けてこれらの事を直接の告発として言うのは(丁度一部の男性が行った加害を男性全体に向けて非難するという、弱者男性問題の主要な問題の一つと同様)間違っていますが、

「ぶつかりおじさん」の様に、女性からは見えにくい一部の女性の加害を知って貰う、という可視化としては意味を持ち得ます

そしてこれらが女性からは見えにくいのであれば、特に女性に向けて周知する意味があると言えます

 

特にその中でも、

最も弱者男性差別的なことを言っていて、かんたんに論破できるような「女をあてがえ理論」に対するフェミニストたちの反応を見てください。「弱者男性とかキモい無理。女性人権侵害している。」、「その考えが差別的。特権意識から降りろ。」、その他諸々。なぜ、「女性が誰と結婚するかは個人自由なので社会国家が介入するな。」とだけ言えないんですか??

フェミニスト差別糾弾する際、「キモい」「特権意識から降りろ」等の余計であったり部分的に適合しない侮蔑を含めてしまうケースが上げられています

この箇所を「差別糾弾する際に、別の差別意識が表面化し易い」という意味だと解釈すると、差別糾弾する機会の多いフェミニストの方々に特に向ける意味があると言えます

 

フェミニズム言説への応答として

この貧しい家庭に生まれいじめで苦しむことも多い一生弱者男性(これは実際に統計的に全部正しいんです)は、下駄を脱げと言われても脱げる下駄がありません。むしろ脱出できる可能性、助けてくれるまわりや、ケアしてくれる行政や団体の偏りを考えると、この層においては女性下駄を履いていると言っても嘘になりません。この層に「下駄を脱げ」というのは、レイシストが「在日コリアン特権を捨てろ、社会を牛耳ってる支配者のくせに弱者のフリをするな。孫正義を見てみろ。」というような最悪な言葉と大差ないのです。

この箇所はフェミニズム文脈男性に向けられがちな「下駄を脱げ」といった言説が、弱者男性場合には適合せず(脱げる下駄が無い)、「在日特権」の様な存在しない特権糾弾という、深刻な差別に成ってしまうケースが扱われています

このようなフェミニズム言説への応答の箇所は、当然フェミニストへ向ける意味を持ちます

また、

障害貧困差別で苦しんでいる中で、誰か一人にでも愛されたくても無理で絶望して今も首をを吊っていってる人たちに、無理とかキモいとかお前の孤独感さえ差別の証だだとか、それはもう加害欲求暴走している、差別が楽しくてやめられない、としか言えないじゃないですか

ゲイも、トランスジェンダーも、在日コリアンも、ハーフも、黒人も、障害者も、相手を「キモい」と言って正義の名のもとに糾弾する光景をあまり見ないですが、フェミニストだけは例外です。

の箇所の様に、フェミニズム的な批判に伴って加害欲求暴走する可能性についても警告しています。ここもやはり強者男性に向ける意味はあまりなく、フェミニストへ向けて初めて意味がある箇所になります

 

 

はい。長かったですが、いかがでしょうか?

件のnoteを読み返しながら、国語テストのつもりで関連しそうな箇所を抜き出してみましたが、結構あるものですね。

ただこれで全部ではないと思います。もしできれば、これを読んでいるあなた国語テストのつもりで挑んでみてはいかがでしょうか?

 

最後に、これまで追ってきたようにあのnote女性フェミニストへ向けて書かれたものですが、「向ける」ということが「攻撃」や「批判」とイコールではない事は強調しておいた方が良さそうです。

現に彼自身

から、一部のフェミニストの方がしてしまたことも、不幸なすれ違いだと思うんです。「ただそんな人達がいると知らなかった」だけだと思うんです。なので、ジェンダーで苦しんでいる人間たちは一緒に戦っていける、そう思っています理想主義的ですが、理想がないと進歩もありませんから

と書いています

この増田に付いても女性フェミニストへの攻撃批判意図ではなく、あくまで彼の文章女性フェミニストへ「向け」られていた理由を読解する為に書いたものです。

もし彼のnoteやこの増田を読んで自分を責めている女性フェミニストの方が居たら、自分を責め過ぎないようにしてください、責める事が目的なのではなく、知って貰う事が目的ですから

彼のnote女性フェミニストへ向けられていますが、それに応答するために女性フェミニストの方がするべき事は、実はそれほど大きくはない、というのが私の解釈です。まずは「知る」「存在を認める」「積極的な加害はしない」ただそれだけの事で達成できる、ささやかものなのです。(当然ですが、同様の事を私は女性差別に対しても行います

そして私が言うまでも無く、彼のnoteへの反応の中で既にそれをしている女性が何人か居た事は知って居ます。そのような方々に尊敬感謝を申し上げると共に、そうした方々が今後増える事を祈ります

 

付録

何故「弱者男性」を取り上げるのか?

今回の主題からはズレますが、何故「弱者男性」を取り上げるのか?と疑問を抱いている方も居たので、ごく簡単にですが、ここにも読解を加えておきます

私は「男性」という属性は、「ヘテロセクシャル」「健常者」といった単純に「強者」とみなしてもあまり問題が発生しないものではなく、特定属性とつながるととても悪い影響をもたらす属性だと思っています

男性」に「障害者」、「貧困者」、「外見が悪い」などが付くと、「女性」にそれをつけた時より状態悪化するということがあります。これが「弱者男性差別」です。

この箇所で言及されている通り、「障害者」、「貧困者」、「外見が悪い」等の弱者属性と「男性」が組み合わさった場合特に悪化・深刻化するとすれば、

それは「弱者単独でも「男性単独でもなく、「弱者」+「男性」という組み合わせをわざわざ取り上げる強い動機を生む事になります。何故ならそのような悪化・深刻化は組み合わせないと発現せず、見えないからです。

anond:20210510145203

あくまで私個人は、「誰かに殺されているのではなく、自分寿命を縮めている状態」という表現差別ではないと考えている。

女性非正規雇用に就いている割合男性よりも高く、自分賃金を下げている状態

黒人大学進学率が白人よりも低く、自分低学歴を選んでいる状態

だったらド直球の差別だけどな。

統計的事実だとしても、その主体選択の結果に帰属するのは明らかにあかんやろ。

note特定の「誰か」ではなく、教育環境要因で「そういった選択をせざるを得ない」ことをもって「~されている」と表現しているんだろうが。

あえてなのか知らんが、文意誤読して見当違いの反論をしているように見える。

2021-05-03

弱者はまず黙って丁寧な暮らしをしよう」がはてな民の総意

弱者男性はまずクロワッサンを読め。丁寧な暮らしをして、自分の機嫌を取れ。」

絶賛してる多くのはてな民と、ブチギレてる弱者男性擁護派に見事に別れたこ提言

でもこれ冷静に考えると正論なんだよな。珍しくはてな民がマトモなことを言っている。

反発してしまうのもわかるが、全くの正論しか言いようがないのだ。

現代弱者というのは結局の所、自分自分の世話ができないことがストレスとなり

他人リソースを注入せざるを得ないのに加害性が高く、コミュニケーションも高コストになる、というところに本質がある。

おとなしく機嫌の良い弱者ならなんとでもなるが、暴力的で不機嫌な弱者支援しづらく、相互扶助のリターンは小さく、支援者にも避けられ、ますます弱者になっていく。

社会関係資本という最も重要資本を自ら失ってしまう。たとえば公的支援も後回しになり、金銭サービスを受ける際にも追加でコストを取られる。

私的関係なんて当然言うまでもなく壊滅していく。それが弱者たる所以

から、「まず自助努力で丁寧な暮らし自分の機嫌を取れるようになり、そこから支援を受ける」というのは理想的な流れと言える。

ここまではほとんど自明な話だ。

とはいえ、これを弱者に向かって直接いうと当事者や、同情している人々に激怒されるのも確かだ。むしろそれこそが真の問題である

答えはわかっているのに、納得したくないというケースが非常に多い。

最近の別の典型例は車椅子クレーマーで、あれは弱者敵対的コミュニケーションによって周囲に加害していた例だろう。

一般人の反感を買ってますます支援理解を得られなくなるのだが、「あれが戦略的に正しい」という意味不明擁護左派の中で多かった。

もちろんそんなわけないのだが、当事者に寄り添うと、認知が歪んでしまい、客観的物事を見られなくなるのだ。これ自体は仕方がない。一般的な話で、左右の問題ではない。

今回の件で言えば弱者男性擁護派もブチギレていた。全く同様の心の動きだろう。

そこにさらなる正論反論しても、ますますヒートアップするばかりで、納得が得られる可能性は低い。

忠言耳に逆らう、というのは普遍的な話だ。最も重要提言ほど、正面から言うと理解が得られない。


からこそ、様々な弱者に対して「弱者はまず黙って丁寧な暮らしをしようよ」という正論を投げかけるのは有効だと思う。

障害者マイノリティ弱者男性、いろいろな弱者がいるわけだが、その全てに同情している人間はそれほど多くないだろう。

自分がまったく同情していない、あるいは嫌悪している対象ならば、「弱者はまず黙って丁寧な暮らしをしよう」という正論合理性簡単理解できると思う。

もちろん同情しているとか、実際に当事者なら怒るだろうが、その場合にはまた別の対象を持ってくればいい。

弱者男性擁護派も他の弱者に対しては同様の論理を持ち出していることは多い。

そこからはじめて繰り返していけば、弱者一般に対しても全く同様の論理が成立することも、最終的にはみな理解できるだろう。

実際に今回、はてな民の大多数は理解できた。地道にやっていくことが大事だ。

そうすればだんだんと加害性の高い弱者が減っていき、協調性の高い社会にたどり着くことができるだろう。

今回の提言は図らずも多くの学びを得られた。


余談だが、以下のような論理は全く空転しているといいたい。

今まで言っていたことと矛盾している人間がいたからといって、今回の反応が間違いだ、というのはレトリックにしてもあまりにも短絡的だ。

しろ、今までが間違っており、今回正しい結論に至ったと見るべきであろう。

https://anond.hatelabo.jp/20210503143456


追記

ブコメに明らかに文意が読み取れていないはてな民が見受けられる。

私は福祉否定しているわけではない。弱者に助けが必要なのはそのとおりだ。読めばわかるだろうが、共助や公助を受ける「ために」自助努力必要だという話をしている。

それが、助けてくれる相手に加害をしないように最低限のセルフケアをする、丁寧な暮らしをする、という今回の提言だろう。

まりこういうことを言いたくはないが、自分が何に賛同して何に反対しているのかぐらい考えてからコメントを書いてほしい。

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